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簡易耐震補強法を用いた地域防災力向上スキームの構築に関する基礎的研究
1 はじめに 当研究室では,圧縮抵抗型の C FT ブレースを用いた RC 造建物の簡易耐震補強法の開発1)を行ってきている. こうした補強法は,重機の利用等が難しい離島狭隘地 に存在する建物への適用が期待できる. 本研究では , 沖縄県の西表島と石垣島における RC 造 建物に C FT 圧縮ブレース補強を普及させることで,当 該地域の継続的かつ自立的な防災力向上のスキーム構 築を目指しており,表1に示す取り組みを行った.こ れらは,ボランティアによるパイロット補強工事と, 広報活動および防災講演会による地域住民への啓蒙活 動からなる.本論は,耐震補強工事という技術的な取 り組みを先行させることで,地域防災という社会活動 の励起を試みた萌芽的実験研究に位置付けられる. 2 西表島においての耐震補強普及活動 2 .1 補強対象建物 補強対象建物は , 西表島の竹富町離島振興総合セン ター(以後 , 振興センターと呼ぶ)とした(写真 1).振 興センターは ,RC 造 2 階建である.写真 1(b)のように 柱形が屋内側に出張っており , 本補強法では屋内側での ブレース設置となった. 2.2 補強工事 本補強は , 施設の所有者である竹富町役場から , 研究 終了後のブレースの管理について懸念された.ブレー スの撤去を前提とした , コンクリート打設の直前までの 補強となった. 図 1 に補強構面の立面図および平面図を示す.ブレー ス設置角度は 45 度とし ,V 形配置の片側のみ施工した. 写真 2 に完成写真を示す.本施工は,重機を用いず, 研究室の実験担当者 3 名の手作業により完了できた.耐 震補強ブレースの設置作業に約 5 時間を要した.この パイロット施工のブレースは,振興センターで展示用 として 2013 年 11 月より約 1 年間公開保存した. 本施工に関して , 詳しくは文献 2)を参照されたい. 2 .3 防災講演会 防災シンポジウム「簡単に取り付けることができる 新しい耐震補強の紹介」を 2013 年 9 月 28 日に , 防災ワー 芦田 恭子 クショップ「地震や津波が来たときの身の守りを考え る」を 2014 年 6 月 30 日に振興センターで開催した.写 真 3 は , ワークショップの様子である.ワークショップ では,地震発生時の対処方法についての説明に加えブ レースの見学を行った.参加者から多数の質問があり, 地域住民の関心が高いことがうかがえた. しかしながら , 上記の取り組みを発展させ,一般市民 を主体として補強を継続させる活動には至らなかった. この理由は , 在住人口が極端に少なく , 地域住民主導の 自治組織が貧弱であること , 高等教育機関がないことが 原因として考えられる. 図1 補強構面の立面図および平面図 写真1 竹富町離島振興総合センター (b) 補強構面 表1 本研究における取り組み一覧 (a) 外観 垂壁 柱 打設孔 吊り治具用孔 アンカー 梁 ターンバックル ワイヤー ロープ 柱 鋼板 ブレース アンカー 接合部型枠 50 0 20 0 梁 ブレース(1) ブレース(2) アンカー 3500 36 40 3 60 0 西表島 石垣島 補強工事 対象建物 竹富町離島振興 総合センター 沖縄県建設業協会 八重山支部の事務所建物 2013年9月28日 2014年7月2日 2014年6月30日 2014年10月19日 講演会 実施日60-2 3 石垣島での耐震補強普及活動 西表島での知見を鑑みて,より人口が多く,高等学 校もある石垣島を研究対象地として , 同様の活動を行っ た. 3 .1 防災講演会 防災講演会「国土強靭化計画における沖縄からの提 案」を 2014 年 7 月 2 日に沖縄県石垣市石垣市民館で , 防 災ワークショップ「地震・津波が来たときの身の守り 方」を同年 10 月 19 日に石垣市立図書館で実施した. 防災講演会は , 八重山毎日新聞,八重山日報新聞,沖 縄建設新聞,石垣ケーブルテレビの取材を受け,各メ ディアを通して報道された.多くの地域住民にこの取 り組みを周知させ,防災意識の向上に貢献できたと考 えられる. 3 .2 補強対象建物 前述した広報活動および防災講演会による啓蒙活動 の結果 , 石垣島の沖縄県建設業協会八重山支部の賛同が 得られ , 事務所建物(以後 , 建設業協会と呼ぶ)(写真 4) を補強対象建物として提供頂けた.学生ボランティア を主体として建設業協会に耐震補強を実施した. 建設業協会の 1 階平面図を図 2 に示す.建設業協会は RC 造2階建である.代表的な柱断面の寸法は450×550mm, 桁行き方向の梁断面の寸法は 300 × 550mm である.1 階 および 2 階の階高は 3400mm である.写真 4(b)のよう に柱形が屋外側に出張っており , 屋外側でのブレース設 置となった. 3.3 補強計画 図 3 に補強構面の立面図および平面図を示す.補強 部材は , 撤去予定である振興センターのブレースを活 用する.補強構面は,1階の Y2 通りの X1-X2,X4-X5 構 面とした.なお,補強設計は,2014年9月に完成した「CFT-SS 補強工法-圧縮抵抗型 C F T ブレース補強工法-設 計・施工指針」3)(以後,「CFT - SS 設計指針」と呼ぶ) に従った. X1-X2 構面のブレース(2)と下側接合部は,振興セ ンターの部材を再利用する.ブレース部分は , 角形鋼管 (□ 100 × 100 × 3.2(STKR400))に , 打設孔を設けた 9mm のエンドプレートを溶接したものを 4 本用意し,2 本ず つ現地でボルト接合を行う.下側接合部および上側接 合部は鋼板にアングルを溶接し,ボルト接合により組 み立てる.補強構面は屋外側であるため , 塩害が懸念さ れる.ブレースおよび接合部鋼板には塗装を行った. 補強対象建物は,図 3 から分かるように柱形が腰壁 より 380mm 屋外側に出張っているため,これを枠材と して利用し,屋外側への取り付けとした. 3.4 施工手順 ブレースの設置手順について説明する.ここでは, X1-X2 構面のブレース設置作業について述べる. はじめに,下側接合部の設置用に,既存の基礎梁上 面に 4 箇所アンカーを打設する.次に,上側接合部の 設置用に,既存梁に 2 箇所,既存柱に 2 箇所アンカー を打設する.ブレース鋼管の吊り冶具用に,既存梁に 1 箇所アンカーを打設してアイボルトを設置する. 下側接合部型枠を基礎梁上面に打設したアンカーに 写真 2 完成写真 写真3 防災ワークショップの様子 X1 X2 X3 X4 X5 Y1 Y2 Y3 5800 5000 5000 5000 83 00 25 00 図 2 建設業協会の 1 階平面図 写真4 建設業協会 (a) 外観 (b) X1-X2構面
60-3 より設置する.上側接合部も同様に打設したアンカー により固定する. ブレース鋼管(1),(2)をボルト接合により一体化す る.一体化したブレース鋼管を吊り治具により吊る.こ のとき,ターンバックルを介したワイヤーロープを使 用した. 最後に,下側接合部,上側接合部をそれぞれブレー スエンドプレートとボルトで接合する.この際に,ブ レース吊り治具に取り付けたターンバックルにより微 調整を行いながら設置する. X4-X5 構面も X1-X2 構面と同様にブレースを設置する. なお , 本施工では , コンクリート打設は行っていない. 3.5 施工結果 写真 5 に完成写真を示す.本施工は,重機を用いず 学生ボランティア 5 名の手作業により完了できた.ブ レースの設置作業には約 4 時間を要した.なお,西表 島の振興センターのブレースの撤去作業は,学生ボラ ンティア 3 名の手作業により約 1 時間 30 分で完了した. 本施工実験にかかった費用を表 2 に纏める.運送費 は , 所定の材料を九州大学から建設業協会に運送した費 用である.ブレース鋼管を 2 本に分けることで , 一番長 いブレース(2)の重量を 22kg に抑え , 人力での持ち運 びと宅急便での運送を可能とした. このブレース設置工事は , 八重山毎日新聞の取材を受 け ,2014 年 10 月 22 日の新聞に掲載された. 3 . 6 補強設計と弾塑性解析 「CFT-SS 設計指針」3)による補強設計の妥当性を検証 するため,プッシュオーバー解析4 )を行った. 図 2 の実線で囲んだ 1 層 4 スパン部分の平面フレーム を対象とし,補強前および補強後の2つのモデルを作 製した.表 3 に補強対象建物の柱断面を示す.建物は 現在使用中であり,詳しい材料調査を行うことができ なかったため,表に示す断面を仮定した.鉄筋の降伏 (b) X4-X5構面 (a) X1-X2構面 図3 補強構面の立面図および平面図 (a) X1-X2構面 写真 5 完成写真 (b) X4-X5構面 2610 ブレース(1) ブレース(2) 梁 ターンバックル ワイヤー ロープ アンカー 接合部型枠 アンカー アンカー 3 8 0 550 2 5 0 0 3400 21 5 アンカー 柱 腰壁 9 00 アンカー 25 00 34 0 0 3 80 550 ブレース(3) ブレース(4) 梁 ターンバックル ワイヤー ロープ 接合部型枠 アンカー アンカー 腰壁 2610 アンカー 21 5 柱 90 0 アンカー アンカー
60-4 強度は 308N/mm2,既存躯体のコンクリート圧縮強度は 21N/mm2とした.CFT ブレースの鋼管の降伏強度は 410N/ mm2,コンクリートは 45.8N/mm2とした.表 4 に柱支持軸 力を示す.これは,通常の構造設計にならって固定荷 重と積載荷重を集計したものである. 図 4 に X1-X2 構面の補強後解析モデルを示す.柱梁接 合部内は剛域とし,ヒンジ領域長さは柱について柱せ いの半分とした.ブレースの接合部上部には , 圧縮力の み負担できる要素を挿入して , 圧縮抵抗型の CFT ブレー スの挙動を模擬している.ブレース両端部および中央 部にヒンジ領域を設け , 中央部には材軸直行方向に l/500 (l:ブレース材長)の初期たわみを与えた.コンクリー トは耐力劣化を考慮しない Popovics モデル5),鋼材は, バイリニア型でひずみ硬化を考慮したモデルとした. 図 5 に計算および解析により得られた層せん断力 Q -層間変形角 R 関係を示す.ここで,破線は計算値を, 実線は解析値を示す.解析における層せん断力 Q a n aと 層間変形角 Ranaは,無補強モデルの場合,すべての柱が 曲げ降伏した時の層せん断力とその時の層間変形角, 表 2 施工コスト 項目 金額(千円) 材料費 26.2 運送費 25.5 塗装費 5.3 合計 57.0 0 250 500 750 1000 1250 1500 0 0.5 1 1.5 2 Q (k N ) R(%) Rana 0.50% Qana 620kN Rcal 0.40% Qcal 605kN 無補強 0 250 500 750 1000 1250 1500 0 0.5 1 1.5 2 Q (k N ) R(%) 補強 Rana 0.40% Qana 1127kN R cal 0.34% Qcal 882kN 図 5 層せん断力Q- 層間変形角 R 関係 補強モデルの場合,層せん断力の最大値とその時の層 間変形角としている. 補強を施すことにより,計算値においては約 1.46 倍, 解析値においては約 1.82 倍の水平耐力が得られる結果 となった. 計算値と解析値を比較すると,無補強モデルの耐力 および層間変形角は,高い精度で一致した.補強モデ ルの耐力は解析値に比べ計算値が大きく 3 割程度安全 側の評価になるものの,層間変形角はほぼ一致した. 4 まとめ 本研究では,離島における建物を対象として CFT 圧 縮ブレース耐震補強を実施するとともに,当該地区の 地域住民への啓蒙活動として防災講演会等を行った. 得られた結論を以下に示す. 1) 西表島で行った施工実験は,宅急便での部材輸送お よび手作業での取り付けが可能であった.しかしな がら,在住人口が極端に少なかったため,地域住民 を主体に耐震補強を継続的に行う取り組みには至ら なかった. 2) 広報活動および防災講演会による地域住民への啓 蒙活動の結果 , 沖縄県建設業協会八重山支部の事務 所建物を補強対象建物として提供頂けた.学生ボラ ンティアを主体として耐震補強を実施し,地域防災 力向上に貢献できた. 3) 沖縄県建設業協会八重山支部の事務所建物を補強 対象とした施工実験は,学生ボランティア 5 名の手 作業により約 4 時間で取り付けが可能であった. 4) 沖縄県建設業協会八重山支部の事務所建物の一構 面を対象にプッシュオーバー解析を行った結果, 「CFT-SS 設計指針」による計算値は安全側の評価と なり,補強設計が妥当であることがわかった. 【参考文献】 1 ) 中原浩之,赤松直,小山田英弘,山口謙太郎,吉岡智和,蜷 川利彦,河野昭彦:C F T ブレースにより耐震補強を施した 実在建物の静的水平加力実験,日本建築学会構造系論文集, Vol.78 , No.688,pp.1131-1138, 2013 年 6 月 2 ) 中 原 浩 之 , 他 :C F T ブ レ ー ス に よ る 耐 震 補 強 法 の 簡 易 施 工性 の 検 証 に 関 す る実 験 的 研 究 ,日本 建 築 学 会 大 会 学術 講演梗概集(近畿),pp.145-150,2014.9. 3 ) CFT-SS 補強工法開発推進研究会:CFT-SS 補強工法-圧縮抵 抗型 CFT ブレース補強工法-設計・施工指針,GBRC 性能証 明第 14-20 号,2014 年 9 月
4 ) Kawano, A., Griffith, M.C., Joshi, H.R. and Warner, R.F. :Analysys of the Behavior and Collapse of Concrete Frames Subjected to Severe Ground Motion, Research Report No.R 163, Department of Civil and Environ-mental Engineering, The University of Adelaide, Australia, Nov.1998. 5 ) Popovics, S. :Numerical Approach to Complete Stress-Strain Curve of
Concrete, Cement and Concrete Research, Vol.3, pp.583-599, 1973. 5800 25 00 2500 l 初期たわみ l/500 剛域 ヒンジ領域 図 4 X1-X2構面の解析モデル 表 3 柱断面 X1 X2 X3 X4 X5 2F 30 194 180 180 90 1F 60 433 477 450 225 表 4 Y2 通り柱支持軸力(単位:kN) B×D 400×500 主筋 6-D19 帯筋 D10@100