Newsletter of The National Museum of Modern Art, Tokyo [Feb.-Mar. 2015] │ 14
毎年︑工芸館の夏季の展覧会は
︑ ﹁ 子ど
もたちと一緒に
工芸
を学ぶ﹂ことを
目的
として企画されています︒学ぶとはいって
も︑
せっ
かく
の 夏休
みシーズン︒何より子
どもたちが楽しく︑面白いと感じることが
大切
です︒そうでなければ
能動的
な
姿勢
は促せず︑また
学習効率
にも
限界
がある
と予想されるからです︒そこで学びと楽し
さを
共存
・共鳴
させる
手法
として
有効
な
のが﹁
鑑賞
﹂です︒
鑑賞
は︑
基本的
に
能動
的姿勢があって成立するものですが︑段階
的な
仕掛
けがあれば︑
持続
と
深化
が
期待
できます︒ある時にはそれは適切な量とタ
イミングによる情報提供やアウトプットの
機会かもしれず︑同時に展覧会のテーマ設
定や展示効果の検討が重要課題となるこ
とは言うまでもありません︒本稿では︑二
〇一四年六月二十八日から八月三十一日
に
開催
した﹁
所蔵作品展
こども+おとな
工芸 館
もようわくわく﹂の
構成
とそこで
出会
った
来館者
の姿を捉え︑工芸鑑賞の
可能性について考察します︒
まずは
展覧会
を
概観
してみましょう︒
今回
のテーマは﹁
模様
﹂でした︒
多様
な発
達段階
の子どもの
来館
を
想定
するので︑
芸術理論
や
歴史
の
知識
を
前提
としない︑
直感的
アプローチが
容易
であることが求
められます︒そのためこれまでの展覧会で
は︑二つの方向性が検討されてきました︒
一方は﹁動物﹂や﹁植物﹂のような親しみや
すいモチーフ︑他方は造形要素を抽出し︑
工芸
の
基礎
の
学習
を
企図
したものです︒
本展
は
後者
に属し
︑ ﹁ 色
﹂ ︵ ﹁イロ×イロ﹂展︑
二〇一〇年
︶ ︑ ﹁
かたち
﹂ ︵
ボディ
3︑二〇一三
年︶に続く流れに位置づけられます︒
さて︑あらためて考えてみると︑
模様
とはどのようなものでしょうか︒
辞書
の
模様の項には︑共通して﹁装飾﹂の言葉が
記されています︒
実際
︑模様
を施す
一番
の目的が装飾性の充実にあることは間違
いありません︒しかしそこには
上辺
の飾
りに留まらない︑それを
周囲
に置き︑あ
るいは身を包むことで美しく︑健やかに︑
豊かに︑幸あれと願う
気持
ちがこめられ
ていることも多いのです︒そして
近年
の
作からはるか
彼方
の
古典
まで︑
模様
とし
て
成立
したときのひらめきと喜びが息づ
いてもいます︒
たとえばあらゆる
模様
の
基本形
となる
幾何学模様
︒授業
で
見慣
れた図形も
複数
並ぶとリズムが生じ︑人の
心理
に
作用
す る新たな
造形
へと
転生
します︒
名称
はそ
の表れです︒
並走
する線は︑太さの
差異
の
有無
によって﹁
双子 縞﹂や﹁ 親子縞
﹂ ︑ 曲
線は﹁よろけ縞﹂と呼び分けられます︒ま
た円は﹁
水玉
﹂ ︑ 極小
の円の
集合体
は︑鮫
皮への連想から﹁鮫﹂と名付けられました︒
さらに三角形や六角形が規則的に配列す
れば﹁鱗﹂や﹁亀甲﹂と︑状態の描写から別
のものへの見立てまで多様です︒第
1室は 幾何学模様
だけでまとめ︑
図様
の
共通項
が浮かび上がるよう︑
素材
の
区分
なく多
くの点数で構成しました﹇図
1﹈︒
会場
は
6室
ある
工芸 館
の
構造
にあわ
せ︑第
1室
﹁幾何学模様
﹂のほか︑
導線順
に︑第
2室
﹁植物模様
﹂ ︑ 第
3室
﹁古典模
様﹂ ︑
第
4室
﹁動物模様
﹂ ︑ 第
5室
﹁模様
い
ろいろ
a﹂ ︑
第
6室
﹁模様
いろいろ
b﹂と
しました︒第
1︑ 2︑ 4︑ 5室
はモチーフ
別の
分類
で︑第
5室は 文字
︑道具
︑気象
︑
風景
など︑日々の
生活
を巡る
事物
の
模様
ですが︑前の展示室のモチーフも含まれる
ため︑イメージを分解しながら賞味出来た
ようです︒他方︑第
3室は模様の歴史に︑
第
6室は模様を生成させる化学や物理的 現象
に
注目
した
構成
です︒確かに
歴史
や
制作技法
を子どもたちと
共有
するのは容 易ではありません︒けれども一方的な知識
の
提供
ではなく︑
発達段階
に応じた
鑑賞
を準備すれば十分可能です︒
第
3室
における
観賞事例
を
紹介
しま
しょう︒作品は図
2︑厳島神社の︽古神宝
類半 はんぴ臂
︾ ︵
平安時代︶の裂地を復元模造した
もので︑
公家
の
装束
や
調度
に用いた
有職
文の典型が見られます︒対象は未就学児︑
低学年︑中学生が混在したグループで︑鑑
賞はモチーフの
抽出
からスタートしまし
た︒鳥の首が長く︑ケース内に同じモチー
フの
作例
を集めていたので︑すぐに﹁鶴﹂
と
判別
しました︒
並置
した︽
亀香合
︾にも
関心が及んだところで﹁鶴は千年︑亀は万
今 井 陽 子
子 どもと
一緒
に 工芸 鑑 賞
﹁
もよ う わ くわく ﹂ 展 の 試 み
教 育 普 及
図1 第1室、会場トークの様子
15 │ Newsletter of The National Museum of Modern Art, Tokyo [Feb.-Mar. 2015]
年という言葉を聞いたことがある?﹂と尋
ね︑吉祥のイメージを示唆します︒二羽一
組でダンスをしているという発言には︑鶴
のダンスは
求愛行動
であり︑
長寿
だけで
なく子孫繁栄の象徴とも考えられること︑
また向かい合う様を
再確認
しながら﹁向 むかい
鶴 づ
﹂という名称を伝えました︒観察のプロ る
セス
によ
って
すで
に
図様を咀嚼しているた
め︑タイミングを見計
らっ
て
情報提供する
と︑小さな子どもも強い関心を示します︒
実際
︑情報
の幾つかは
中学生
に向けたも
のでしたが︑
低学年以
下
の子どもたちも
変わらず反応を示しました︒そしてたとえ
数分後には忘れてしまう知識でも︑そこに
到達するまでの思考の体験は有意義であ
ろうと思います︒さらにこの時は︑向鶴の
周囲の唐草を手に包み込む仕草に移し替
えて
情趣
を味わったり︑
花菱文
を巡る連
珠が蝶と花菱に有機的関係を成立させた
ことを
推察
するなど︑用いる
言葉
は
年齢
相応
でも︑
染織史
や
文化史
の
核心
に迫る
鑑賞が出来たようでした︒
セルフガイドは各室から一点ずつ選び︑
子ども向けと
大人向
けの
二種
︑どちらも
同じ
作品
を
掲載
しました︒
夏季
の
展覧会
には︑子どもたちが楽しめる工夫を凝らし
ますが︑
作品
を子ども向けとそれ
以外
に
分けているわけではありません︒選定基準
は
展示室
ごとのテーマを
端的
に表わすこ
と︑抽出するポイントや素材技法のバラン
ス︑そして並置した時のグラフィック的な
効果などです︒
子ども向けセルフガイド﹇図
3﹈のコンセ
プトは
︑ ﹁ 模様
の謎への挑戦マップ﹂です︒
クロ
ーズ
アッ
プ
写真を手がかりに会場で作
品を探し︑見つけたら次の丸に進んで文
字ヒントを読み︑
作品
のさらなる
観察
を
促します︒この短いテキストは︑文字の大
小によって
対象
となる
年齢
に即して書き
分け︑
視覚
だけでなく
触覚
や
聴覚
にも訴
える
内容
としました︒そして驚き︑
感動
︑
疑問
︑好き︑嫌いなど︑心の
琴線
に触れ
る何かが湧き起ったら
︑ ﹁
ア
!
﹂のマスに
スタンプを押して次の作品に移動します︒
スタンプラリー
形式
のセルフガイドは︑二
〇〇 三年
に
工芸 館
で初めてセルフガイド
を製作して以来︑継続している試みです︒
ところで︑子ども向けセルフガイドの図
版は︑望遠鏡で覘いたように円形にトリミ
ングを施しました︒これには図
1で子ども たちが持っている﹁
ジロ
ジロ
メガ
ネ﹂という
鑑賞ツールと同じ狙いがあります︒
ジロ
ジ
ロメ
ガネ
は︑夏季展開催時に小学生以下の
﹁タッチ&トーク﹂
参加者
に
配布
する
鑑賞
ツールです︒これで作品を覗くと視野は制
限されますが︑見える範囲に集中し︑少し
大きく感じられます︒また全体像がもたら
す
固有
のイメージ
│
特に工芸は形式
の
力も非常に強いのですが︑それに左右され
ずに︑部分で起きていることに関心を集め
ることができます︒どちらのツールも作品
が鑑賞者
の心理に迫り︑全体像と
部分
と
を比較しながら視線を何度も対象に向か
わせる効果をもたらしました︒
一方︑
大人向
けセルフガイド﹇図
4﹈は︑ 作家解説
のほかに
素材
︑技法
︑歴史
︑作
家の
言葉
などから選んだ三つのポイント
を
記載
しました︒
六点
いずれも
歴史的背
景のある
模様
であり︑
近代
の
作家
が
自作
において
伝統
とどのように向き合ったの
かということにも
言及
しまし
た︒こちらは
中学生
以 上
を対
象に配布しました︒
二種 類のセルフガイドを作
る
理由
は︑
記載
する
情報
の難
易を分けるためだけではあり
ません︒セルフガイドを手にし
て
会場
を巡る子どもと
大人
︑
それぞれの
観賞
の
姿勢
が
双方
に
刺激
をもたらすことを
期待
図2 喜多川平朗《紅地鳥蝶唐花文錦》部分 1960年 東京国近代美術館蔵
図3 子供向けセルフガイド(部分)
図4 大人向けセルフガイド(部分)
Newsletter of The National Museum of Modern Art, Tokyo [Feb.-Mar. 2015] │ 16
してもいるのです︒同じ作品の前に立ち︑
子どもの低い
目線
に合わせて初めて作
品の
垂直性
に気づくこともあれば︑
大人
用の
解説文
に子どもが
興味
を抱き︑
説明
を受けている
光景
を見かけることがあり
ます︒セルフガイドは一種のコミュニケー
ションツールとしての機能も担っているよ
うです︒
会場
を一周した子どもたちには︑別の
ワークシート﹁もよう
図鑑
﹂が
用意
されて
います︒会場で最も気に入った/気になっ
た作品の模様を絵に表すとともに︑ほかの
人にも見てほしいところをコメントし︑所
定の
場所
に
掲示
します︒
工芸 館ではこの
カードを︑
参加者皆
で作る
工芸
の
図鑑
と して︑
会期終了後
も
大切
に
保管
していま
す︒
今期
の﹁もよう
図鑑
﹂には
約百 三十点
の作品が掲載されることになりました︒本
稿では︑
セル
フガ
イド
にも
掲載した赤地友
哉︽
曲輪造彩紅盛
器︾ ︵
一九六〇年︶のカー
ドを見てみましょう﹇図
5﹈︒高さ五
セン
チ
︑
円盤部分はほとんどフラットな盛器が︑六
歳男児によってダイナミックな旋風に置換
されました︒
大人
のセルフガイドには︑円
環の持つ永続的なムーヴマンについて触れ
たのですが︑同様の感覚をこのカードの作
者も体験したのかもしれません︒ほかにも
﹁見た瞬間︑
ビッ
クリ
して
︑視覚的うずまき
みたいに見えます
﹂ ︵
六歳
︶ ︑ ﹁
黒のところが
味があったり︑赤のところもツヤがありと
てもきれいでした
﹂ ︵
九歳
︶ ﹁
赤と黒の感じが
いいことを見てもらいたい
﹂ ︵
十四歳︶とい
う記述が見られました︒模様とボディとに
分かちがたい
関係
を築いている
円形
の充
満するエネルギーと︑それを最大に引き出
すべく選んだ︑赤と黒との
明快
な
対比
の
効果が子どもたちにダイレクトに伝
わっ
た
ことを
︑ ﹁ 図鑑﹂は知らせてくれたのです︒
展覧会場
の外でも︑子どもたちが
模様
という
事象
に実に
真摯
に︑そして
繊細
に
対面
する
姿勢
が見られました︒図
6︑ 7
は七︑八月に計四回実施した﹁こどもタッ
チ&トーク﹂のうち﹁さわってみようコー
ナー﹂における記録です︒透明なガラスの
ボディに︑これも
透明
な
球体
が押し込ま
れ︑熔着された様は︑大人でも見飽きるこ
とがありません︒個別に制作したボディと
パー
ツと
の接合部分を︑ほとんど同じ温度
にして熔着させるのですが︑完全に一体と
化したのか︑あくまでも異物なのか︑その
境界
は朧です︒図
7の
三人の子どもが観
察しているのは
江 戸小紋
の
帛紗
です︒江
戸小紋は極小の点や線が模様を形成する
染めもので︑その豊かな
発想
も
面白
いの
ですが︑彼らの目を
釘付
けにしたのは模
様を表す
白点
︵
糊防染
の
痕跡
︶と
縮緬
とい
う
生地特
有
の
凹凸
との︑異なる二種類の
点の
存在
でした
︒ ﹁ 不思議
﹂ ﹁ ツルツル
﹂ ﹁ ブ
ツブツ
﹂ ﹁ こ
っち
の
凸凹﹂といった断片的な
彼らの
発 言
に︑私た
ちは
作品
の
本質
を窺
い知ることができる
ようです︒
作品
に向かい合う
時
間︑
ある い は その
アウトプット﹇図
8﹈に
よっ
て
︑子どもたちは
図5 ワークシート「もよう図鑑」
図6 さわってみようコーナー
(高橋禎彦《つぶつぶのボウル》)
図7 さわってみようコーナー
(小宮康孝 江戸小紋帛紗 )
さまざまな
反応
を示します︒どんな小さ
な声や細やかな仕草︑表情であっても︑私
たちはそれらを見逃すことなく受容し︑励
ましとともに次の
段階
に
後押
して︑子ど
もたちの
充足感
と
自負
とが深められれば
と願っています︒そして彼らの
反応
の考
察は︑次の
鑑賞
プログラムのヒントとな
り︑さらには私たち
自身
のものの
見方
を
更新
させる
貴重
な
機会
ともなります︒つ
まり工芸館の
夏季
の
展覧会
は︑子どもの
ためではなく︑子どもとの共同作業による
工芸探求の試みなのです︒
︵工芸課主任研究員︶
図8 こどもタッチ&トーク「ウキウキも
ようき(模様+容器)」の制作
表紙:中村ミナト ブローチ・ペンダント《透明な形》2011年 個人蔵 デザイン:安藤基広(サン・アド)、撮影:上原勇(サン・アド)
東京国立近代美術館賛助会員 (MOMAT メンバーズ) 2015年2月1日発行 (隔月1日発行) 現代の眼 610号
編集:独立行政法人国立美術館 東京国立近代美術館/美術出版社 制作:美術出版社
発行:独立行政法人国立美術館 東京国立近代美術館
〒10 2-8 32 2 東京都千代田区北の丸公園3-1 電話0 3(3214)2 5 61 次号予告 2015年4- 5月号 4月1日刊行予定
611
生誕110年 片岡球子展
大阪万博1970 デザインプロジェクト Rev iew
中 村ミナトのジュエリー:四 角・球・線・面