研 究 代 表 者 (2016 年 3 月 現 在
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(2) ※ ホームページ等で公表します。 (様式2-1) 立教SFR-院生-報告. 研究成果の概要(図・グラフ等は使用しないこと。) 明 治 2 9 年 に 博 文 館 よ り 刊 行 さ れ た 大 町 桂 月 ・ 塩 井 雨 江 ・ 武 島 羽 衣 に よ る 合 著 『 美韻 文文 花 紅 葉 』に 端 を 発 し 、 「 美 文 」は 流 行 し た と さ れ て い る 。美 辞 麗 句 集 の 中 に は 渡 邉 直 政 編『 美資 文料 美 辞 麗 句 』 再 版 ( 大 学 館 、 1901 年 ) の よ う に 、 そ の 書 名 に 「 美 文 」 を 冠 し 、 美 文 を 書 く た めの資料 集であ ると 銘打たれ ている もの も多く見 られる 。ま た、美辞 麗句集 には 、梅泉先 生『 美資 文料 紀 行 作 例 』 ( 小 川 尚 栄 堂 、1 9 0 1 年 )や 野 沢 濶 編『 千万 景色 記 事 紀 行 文 』 ( 岡 本 偉 業 館 、1 9 0 4 年)などのように「紀行」の名を含むものも散見される。美辞麗句集は、作文に際して、 描 こ う と す る 対 象 物 ご と に 項 目 が 立 て ら れ て お り 、そ れ ら を 表 現 す る 美 辞 麗 句 が 列 挙 さ れ る と い う 体 裁 が 一 般 的 で あ る 。 こ の 項 目 に お い て も 、「 山 」 や 「 水 」 と い っ た 自 然 描 写 に 関 す る も の が 多 数 を 占 め て い る も の も 少 な く な い 。 こ れ ら の 実 際 の 資 料 か ら 、「 美 文 」 と 「紀行文 」がと もに「美辞麗 句」を含 む 文章であ るとい う点 において 近接し てい た ことは 明 ら か で あ る と い え よ う 。 こ の よ う に 美 辞 麗 句 集 に 採 録 さ れ た 美 辞 麗 句 表 現 は 、「 美 文 」 と「紀行文」という文章ジャンルを越境していたのである。 本研究で は、こ れら の美文や 紀行文 に共 通する〈 風景 描 写〉における 美辞麗 句に ついて 精 察 す べ く 、『 文 芸 倶 楽 部 』 に 掲 載 さ れ た 紀 行 文 や 名 所 案 内 と い っ た 叙 景 文 に 関 す る 調 査 を 行 っ た 。『 文 芸 倶 楽 部 』 は 明 治 2 8 年 1 月 に 博 文 館 よ り 創 刊 さ れ た 文 芸 雑 誌 で あ る 。 同 年 同 月 に 同 じ く 博 文 館 か ら 総 合 雑 誌 で あ る 『 太 陽 』 が 創 刊 さ れ て お り 、『 太 陽 』 に は 、 創 刊 の 時 点 で「 地 理 」欄 が 設 け ら れ 、紀 行 文 や 名 所 案 内 が そ こ に 掲 載 さ れ て い た 。同 時 期 に は 、 明 治 2 2 年 2 月 に 創 刊 さ れ た『 風 俗 画 報 』 ( 東 陽 堂 )が 、明 治 3 0 年 5 月 の 第 1 4 0 号 よ り「 地 理 門 」 と い う 項 目 を 新 設 し て い る 。 さ ら に 、『 淑 女 』 で は 明 治 3 2 年 5 月 に 「 地 理 」 欄 が 、 『 中 央 公 論 』で は 明 治 34 年 1 月 に「 紀 行 」欄 が そ れ ぞ れ 新 設 さ れ る な ど 、明 治 30 年 前 後 において、各雑誌では、地理・紀行に関する欄が次々と新設されているのである。ここか ら 各 地 の 風 土 や そ れ ら の 描 写 に 関 心 が 高 ま っ て い た こ と が 看 取 で き る 。『 文 芸 倶 楽 部 』 で は創刊当 初こそ『太 陽』との 差別化 をは かってか これら に 類 似した欄 はない もの の、のち に「勝地案内」欄が登場するに至る。本研究では、この『文芸倶楽部』における叙景文か ら 美 辞 麗 句 表 現 を 抽 出 し 比 較 検 討 を 行 う こ と で 、文 芸 雑 誌 に お け る 美 辞 麗 句 表 現 を 検 証 し た。 『 文 芸 倶 楽 部 』 で は 、 明 治 3 2 年 4 月 号 に お い て 、「 避 暑 地 案 内 」 欄 の 新 設 に 際 し 投 書 を 募 集 す る 呼 び か け が 誌 面 に 載 る こ と と な る 。そ の 内 容 に つ い て は「 ○ 温 泉 場 ○ 海 水 浴 場 ○ 山 水 の 風 景 ○ 土 地 の 便 不 便 ○ 宿 泊 料 の 概 略 ○ 名 所 旧 跡 ○ 旅 費( 何 処 よ り 何 処 ま で と い ふ 概 算 )○ 飲 食 物 の 便 不 便 等. 尤 も 有 名 な る 所 に て も 、あ ま り 世 に 知 ら れ ざ る 特 色 と 思 し 召 す. も の は 御 斟 酌 な く 仰 せ 下 さ れ 度 候 」と 記 さ れ て い る 。こ れ に 続 き 、同 年 8 月 号 に お い て「 本 誌の避暑地案内は本号限りにて撤去し、次号よりは更に『勝地案内』なる一欄を設く今や 汽 車 汽 船 の 便 大 い に 開 け 、従 つ て 旅 行 者 の 頗 る 多 く な り し 時 、此 欄 の 新 設 亦 必 要 と 存 じ 候 」 として「 避暑地 案内 」の募集 内容 を 引き 継いだ投 書募集 が掲 載されて いる 。美辞 麗句が数 多 く 見 ら れ る 叙 景 文 の 投 稿 欄 は こ の よ う に 当 時 の 交通機関の発展に基づいた、各地の名勝を描く という需要に供するかたちで開始されており、美辞麗句は全 国 各 地 の 地 勢 ・ 文 化 を 文 章 に よ っ て 紹 介 し て い く と い う 動 き と 深く結びついて発展したといえるだろう。 『文芸倶楽部』における叙景文では、数多くの美辞麗句表現が確認された。まず、とりわけ多く見られたものは以 下である。 「赤 間 福 間 の 辺 に い た ら ば 、一 帯 の 根 丘 す べ て 此 れ 矮 松 、幹 は 老 ひ 枝 は 低 れ て 靄 々 た る 翠 色 滴 ら む と し 、 風 致 掬 す べ し 。( 春 山 鶴 峯 「 鎮 西 め ぐ り 」 明 治 3 2 年 7 月 号 )」「 翠 色 滴 ら ん と せ る 一 大 老 松 あ り 、『 由 縁 の 松 』 と 云 ふ 、( 来 往 生 「 由 縁 の 松 」 明 治 3 4 年 4 月.
(3) ※ ホームページ等で公表します。 (様式2-2) 立教SFR-院生-報告. 研究成果の概要. つづき. 号 )」 こ れ ら の 、「 翠 色 」 や 「 翠 緑 」 な ど が 使 用 さ れ て い る 「 翠 色 滴 る 」 は 、 主 と し て 松 を表現する美辞麗句として著わされていた。さらに、水の様子についての美辞麗句では 「遠近の山は低く高く蜿蜒波瀾の状をなし銀蛇の如き大井川此間に流れて(不識庵聴秋 「 秋 の 旅 」明 治 3 2 年 1 2 月 号 )」 「 迸 発 せ る 水 流 は 、宛 然 銀 蛇 の 邁 奔 す る に 似 て 、 (木村小 舟 「 東 濃 の 仙 区 ( 承 前 )」 明 治 3 7 年 6 月 号 )」 な ど が 確 認 で き た 。 こ の よ う に 、 風 景 を 描 写する際に、定型句である美辞麗句は数多く用いられており、それは翻っていえば、全 国各地の勝地に関する紹介の文章が募られた場合に、どのような景色を〈名所〉と捉え る か と い う 点 に お い て 、こ の よ う な 定 型 化 さ れ た 美 辞 麗 句 を 用 い る こ と が で き る〈 風 景 〉 こそが〈名所〉だとされ、投書に結びついたといえるのではないだろうか。 さ ら に 、『 文 芸 倶 楽 部 』 に お け る 美 辞 麗 句 表 現 と し て 考 察 を 試 み た い の は 、 以 下 の よ う な表現である。 ママ. 岩尾の瀑布は、一に観音の滝ともいふ、固防国玖珂郡神代村に在り、天神山の半腹 より落ちて瀑布をなす、高さ二丈、幅二間余、 この「高さ二丈、幅二間余」との表現は、正確な数値である印象を受ける。これは明治 3 2 年 5 月 号 「 避 暑 地 案 内 」 の 白 菊 「 岩 尾 の 瀑 布 」 の 一 節 で あ る が 、『 文 芸 倶 楽 部 』 の 叙 景文では、この頃より道行き案内として目的地までの距離が記されるといった数値では なく、 〈 風 景 〉そ の も の を 数 値 化 し て 描 写 す る 試 み が き わ め て 多 く 見 ら れ る 傾 向 に あ る こ と が 明 ら か に な っ た 。こ う し た 数 値 に よ る 表 現 は「 勝 地 案 内 」欄 の 新 設 の 頃 よ り 見 ら れ 、 こ の こ と か ら 、「 勝 地 案 内 」 欄 に 紹 介 す る に あ た り 、 各 地 の 特 有 の 風 景 を 他 の 名 所 と 差 異 化し、正確な風景を読者に想像させることが重視されはじめたといえよう。しかしなが ら、この数値化によって、特有の風景を描くことができない定型句である美辞麗句が衰 退したかといえばそうではなく、数値によって説明された風景には、必ずといってよい ほどに、美辞麗句が付与されていたのである。また、一見対極のように見える数値化と 美 辞 麗 句 で あ る が 、 美 辞 麗 句 集 で あ る 中 村 巷 『 美 文 之 資 料 』( 矢 島 誠 進 堂 、 1 8 9 8 年 ) に 「幾個の峰巒は矗々として天を攅し、険峭断岫数千尺」とあるなど、壮大な情景を表現 す る た め の 定 型 化 さ れ た 数 値 を 含 む 美 辞 麗 句 も あ る 。さ ら に 、明 治 3 7 年 に は 坪 谷 水 哉「 耶 馬渓=対=甲州御岳」のように、数値の大小のみに依った景観の優劣がついてしまうこ とを疑問視する声もあがり、大幅に減じていったのである。このような動きは、美辞麗 句という定型表現が特有の具体的な風景を描くことができないにもかかわらず用いられ 続けていたことにも重なっており、それらがせめぎあっていた状況だといえるだろう。 さ ら に 、『 文 芸 倶 楽 部 』 に は 、「 口 絵 説 明 」 や 「 絵 と き 」 と い う 、 写 真 が 付 さ れ た 風 景 に対して説明を行っている文章が多数見られたが、それらには美辞麗句が散見される。 そ し て 、明 治 32 年 に 刊 行 さ れ た 、写 真 と 紀 行 文 が 収 め ら れ た 大 橋 乙 羽『 千 山 万 水 』に つ い て 『 文 芸 倶 楽 部 』 明 治 32 年 2 月 号 ・ 3 月 号 「 時 報 」 に 評 が 掲 載 さ れ た 。 こ こ で は 乙 羽 の 美 文 を 「 実 景 に 遠 ざ か り て 」 と 評 し て い る も の の 、「 所 謂 千 山 万 水 を 紙 面 に 幻 出 せ し め て 」 と 評 価 さ れ て い る 。 同 様 に 明 治 33 年 1 月 号 に は 同 書 に つ い て の 別 の 評 も 掲 載 さ れ 、 その筆致が「幻術」と評されており、これらの評や写真に付された「絵とき」では、風 景 を「 幻 出 」さ せ る 、美 辞 麗 句 表 現 と い う〈 こ と ば 〉の 役 割 が 認 識 さ れ て い た と い え る 。 『文芸倶楽部』における美辞麗句表現の変遷を見るに、美辞麗句によって著わされた 叙 景 文 は 言 語 的 な 風 景 を 構 築 す る と い う 役 割 を 果 た し て い た と い え よ う 。こ の こ と か ら 、 当時の美辞麗句が担っていた「幻出」という機能を再評価すべきではないだろうか。 ※この(様式2)に記入の成果の公表を見合わせる必要がある場合は、その理由及び差し控え期間等 を記入した調書(A4縦型横書き1枚・自由様式)を添付すること。.
(4) ※ ホームページ等で公表します。 (様式3) 立教SFR-院生-報告. 研究発表 (研究によって得られた研究経過・成果を発表した①~④について、該当するものを記入してください。該当するものが多い 場合は主要なものを抜粋してください。 ) ①雑誌論文(著者名、論文標題、雑誌名、巻号、発行年、ページ) ②図書(著者名、出版社、書名、発行年、総ページ数) ③シンポジウム・公開講演会等の開催(会名、開催日、開催場所) ④その他(学会発表、研究報告書の印刷等). ① 湯本優希「美辞麗句によって「幻出」される風景――明治三十年代の『文芸倶楽部』を視座として――」 『立教大学日本文学』115 号、2016 年、pp.69-82 ④ 湯本優希「 〈均される風景〉からの脱却――明治期の美辞麗句を中心に――」 科学研究費・共同研究プロジェクト「日本のネイチャーライティングにおける交感表象の歴史的様相」 第1回合同研究会テーマ「日本のネイチャーライティングの成立─明治30年代をメルクマールに」 2015 年 8 月 6 日(木)、長野 ④ 湯本優希「明治三十年代の叙景文にみる美辞麗句――「幻出」という機能をめぐって――」 科学研究費・共同研究プロジェクト「日本のネイチャーライティングにおける交感表象の歴史的様相」 第2回合同研究会テーマ「一次自然と二次自然の問題圏:ネイチャーライティングとトラヴェルライティング」 2016 年 3 月 30 日(水)、滋賀.
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