ドイツ経営経済学の新展開についての一考察
牧 浦 健 二
本旨 本稿では,ワスムス著『ドイツ経営経済学の展開―科学としての100年間の経営経済 学』を用いる。本稿は,グーテンベルクの主張の批判として,1970年代から展開された,ハ イネンとウルリッヒの主張,更に,両者に続いて展開された,シャンツの主張を,適宜,翻 訳しながら検討する。各自の主張を概観することと,全体の思考の流れを検討することは困 難である。ワスムスの見解については不充分な所も認められるが,ドイツ語圏で活動する1 研究者の成果として,紹介する。体系への再認識と,先行研究について再考する機会にした い。
キーワード ワスムスによるドイツ経営経済学の展開について検討,ハイネン,ウルリッヒ とシャンツによる,グーテンベルクの理論の批判の流れ
原稿受理日 2019年12月1日
Abstract In this treatise, we use the Wassmuths’ book, that has titel to “100 years, The Development of Theory of Business Economy in German”, in German, “Entwick- lungslinien der Betriebswirtschaftslehre.:100 Jahre Betriebswirtschaftslehre als Wissenschaft, Marburg 1997”. We conducted research on the assertions made by Heinen, Ulrich and Schanz, by discretionary translation. After 1970, they started each opposition way against the Gutenbergs’ theory of Business Economy. It is dif- ficult to survey each opinion and research the whole relation between them. We see the inadequate points at Wassmuths’ statement, but it has worth reading a Ger- man memorial. We make this paper in hopes of the formulating the way of system and the reconsidering to ahead approach.
Key words Wassmuths’ statement of “The Development of Theory of Business Economy in German”, the opposition way against the Gutenbergs’ theory, made by Heinen, Ulrich and Schanz
は じ め に
西ドイツでの経営経済学の第二次世界大戦後,特に,1960年の後半以降の状況は,3 つ の観点から,特徴付けられうる。第一に,この専門科学はより強い分裂(Aufspaltung)
と,独立性(Verselbsta ndigung)の傾向により特徴付けられる(Vgl.Wo¨ he, G. 1¨ 990. S.223 224.)。個々の経営上での機能領域(Funktionsbereich)での継続した差別化(Differen-
zierung)は,たとえば,資産管理の領域(Vermo genwirtschaftsbereich)での「資材と¨ 在庫管理(Material- und Lagerwirtschaft)」,「財務管理」(Finanzwirtschaft)や,組 織領域(Organisationsbereich)での「人事制度」(Personalwesen),「情報制度」(Infor- mationswesen),「計算制度」(Rechnungswesen)の分離(Ausgliederung)で指摘さ れうる。しかし,指摘された展開は,多数の専門分野の代表者でも,慎重に考察されてい ない(Vgl.Wo he, G. 19¨ 90. S.234.;Mu ller-Merbach, H. 1¨ 983. S.818.)。特に,個々の経 営上での機能分野での過度な特殊化(Spezialisierung)は, 不当に広ろげられた(u ber-¨ greifend)問題設定がもはや充分には洞察されず, 経済上の統一体としての企業に対する 見通し(Blick)を喪失させている。更に,シュミレービッチによれば,〈【筆者補足】たと えば,販売(Umsatz)と売却(Absatz)の間での換金化, 制作(Erstellung)と製造
(Erzeugung)の間での準備のような〉,機能分野での境界領域の荒廃(Vero dung)の脅¨ 威を示唆している(Vgl.Chmielewicz, K. 1984. S.152.)。 グーテンベルクは,1980年代の 開始に,「どれ程多くの経営経済学が,今日,実際に(eigentlich)存在し,これらは何を 一緒に(miteinander)行っているのか。専門科目(Disziplin)は,理論上(thematisch)
と,方法論上で(methodich),輪郭を作り(konturieren),輪郭(Konture)を,益々,
曖昧にする(verwischen)ことを始めている」(Gutenberg, E. 1989. S.158.)という疑問 を呈示した。
結局,特殊領域での進歩は,それらが全体の企業でのより良い構成(Gestaltung)に役
この点,「○○-wirtschaft」という用語は,拘束されている資本の経済性が追求されることを 示唆するが,「○○-wesen」という用語には,人事管理では不満,情報制度には正確性・タイミ ング,財務管理では支払能力などの特殊な目標が追加されていることには注意されなくなってい る。
この疑問は,ドイツと同様に,アングロサクソンのマネジメント,マーケティング,イノベー ション,ファイナンスなどの用語を無批判に導入してきた,わが国でも,妥当すると考えられる。
また,特殊経営学の多様化では,たとえば,マネジメントではジャングルや,戦略でサハリに喩 えられるが,経営経済学の将来の展開のためには,主題に従い,方法論上で,一緒に,再び,全 体としての企業での,統一された関連(Bezug)を考えることが重要と思われる。
に立つ,貢献で評価される(Vgl.Albach, H. 1986. S.576.)。このため。経営経済学の将来 の展開にとり,「理論上と方法上での併存(Nebeneinander)」より,全体としての企業で 統一された関連(Bezug)を与えることが重要と思われる。このような学際上での[統合 のための]努力(Integrationsbestrebung)のためのアプローチは,既に,明らかに認め られうる。経済実践での増加する需要の示唆(Heinweis)として,全体として志向する,処 理上の(dispositiv)機能分野は, ロジスティックと情報管理のような統合的特色を有す る,横断的機能分野論(Querchnitts-Funktionsbereichslehre)と呼ばれるが,たとえば,
コントロール(Controlling)と,戦略的企業管理(Strategische Unternehmensfu hrung)¨ の形式で展開されている(Vgl.Klein-Blenkers, F. und Reiß, M. 1993. Sp.1430.)。 現状 では,希望に近いが,経営経済学総論(Allgemeine Betriebswirtschaftslehre)が,経営 経済上の研究内容の差別化(Differenzierung)と統合(Integration)の間での緊張した 分野(Spannungsfeld)での中心的な地位(Schlu sselposition)を占めるべきである。経¨ 営経済学総論の対象が,長く,総ての経営に共通している,経営経済の問題〈【筆者補足】た とえば,管理,意思決定,組織〉の取り扱いでは,認められる(Vgl.Wo he, G. 19¨ 90. S.232 234.)。これにより,経営経済学総論には,同時に,構成する部門の専門科目の多様さに係
わらず,経営経済学の統一性を保証するという,重要な課題が与えられる。それは,見た ところでは(quasi),多数の特殊な経営経済学を統合する枠(integrative Klammer)を 形成する(Vgl.Wassmuth, B. 1997. S.8990.)。しかし,少なくとも, 学説(Lehre)の 領域に対しては,経営経済学総論はその課題を現状ではほとんど正当化されていない。と いうのは,極,僅かな高等教育機関(Hochschule)のみしか経営経済学総論に対して纏ま りのある講義システム(geschlossenes Lehrsystem)を提供していない(vermitteln)。 経営経済学の教育は,むしろ,しばしば,多数の個別の講義の並列(Nebeneinander)に より特徴付けられ,これは,学徒では,統一されたシステムでの要素の関連と序列につい ての知識を阻害している。このため,ベェーエ〈Wo he, G. 19¨ 24 〉は,正当に,学徒が,
「孤立した語彙(Vokabeln)でなくて,むしろ,―像に残すために―,文法上(gramma- tisch)と,文体の様式上(stillstisch)で異議のないアプローチで〈【筆者補足】特定の ケースでのトッピクスではなくて,正しい序列と,時代の流れに沿った,歴史上の資料と して〉伝達できるために,経営経済学総論に属する,研究業績を,体系的に序列付け,不
この点,経営を中心にした応用科学と考えると,経営経済学は,もちろん,経営社会学や経営 心理学は,学際的研究が進んでいる専門科学といえるかもしれない。しかし,アングロサクソン のマネジメント論ではしばしば取りあげられてきたが,経営工学,経営法学,経営倫理学などは,
業種や業態などにより限定されてきたとみなせる。
当に干渉しない(u bergreifende)システムの関連で提供することの必要性を指摘した(Vgl. ¨ Wo he, G. 19¨ 90. S.233.)(Vgl.Wassmuth, B. 1997. S.90.)。
経営経済学の研究は,長らく,特に,その構造(Struktur)が問題の提案に最も適合し た,大企業の問題に集中してきた(Vgl.Chmielewicz, K. 1984. S.152.)。 この確認は, 経 営経済上の知識の大部分が,基本的には,総ての企業の経営規模と無関係に適用されうる こと,とりわけ,商業経営学と工業経営学のように,伝統的な経営経済の部門は中小経営 の特殊性を大抵(in der Regeln)適当に考慮することに反する(entgegenhalten)。だが,
多数の経営経済学の[各論での]専門科目(Teildisziplin),特に,また,経営経済学総論 の描写は今日でも当てはまる。 たとえば, レークガーは, 経営財務管理論(betriebliche Finanzwirtschaft)の例で,正確に,財務管理の分析は,優先して,上場した大規模企業 の状態に関係し,特殊な条件は取引所での相場が付けられていない会社を広範に無視して いることを指摘した(Vgl.Rehkugler, H. 1989. S.397412.)。正に,専門領域(Fachgebiet)
により,多かれ,少なかれ,強く特徴付けられる,大規模経営への一面的な整理(Ausrichtung)
は,中小規模の企業の特殊な問題の構造が,全体として,不充分にのみ考慮されることを もたらす。定性的と定量的な区分基準の選択により,ドイツでは,ほぼ90%の企業が考察 より閉め出されている。経営経済学が,総ての企業に対して問題解決を与える,応用科学 と解される限り,ここでは再考が必要である(Vgl.Wassmuth, B. 1997. S.9091.)。中小 企業は,国内では重要な経済主体であり,国際競争でも輸出の成果に係わっている。競争 力維持,リスク負担とイノベーションなどでの,中小企業の特殊な意義は,経営経済学で も認められるべきであり,科学上での支援が必要であり,たとえば,中小企業やベンチャー 企業,地場産業などの研究プランが必要である(Vgl.Wassmuth, B. 1997. S.9192.)。
そして,目立った特徴として,近代的な経営経済学の欠落した歴史意識がある。経営経 済学総論(Allgemein Btriebswirtschaftslehre)のための多数のテキストでは,専門科目 の歴史は,完全に呈示されないか,あるいは,僅かに呈示されている(Vgl.Schneider, D.
1987. S.80.)。 シュミレービッチは,この関連では,経営経済学を「反歴史主義の専門科 目」(abhistorische Disziplin)と呼ぶ(Vgl.Chmielewicz, K. 1984. S.149.)。 このような
この点,経営に係わる特殊理論を機能領域で統合することを目指す,経営経済学総論と呼べる テキストは,ドイツと同様に,わが国でも,僅かしか存在しない。学徒が将来目指す専門領域が,
全体としての経営経済学のいずれに位置しているのかを知らないで,研鑽を始めれば,トッピク スに目移りして,体系を把握することはできないであろう。
わが国よりも企業の集中が進んだドイツでは,1980年代の後半で,従業員が500人までの, 中 小企業が,経済で活動する被雇用者のほぼ65%,国内経済の総給付のほぼ55%,私的な投資(pri- vate Investition)のおよそ41%を行っていた(Vgl.Rehkugler, H. 1989. S.407408.)。
否定的な態度は,経営経済学が不安(Besorgnis)の動悸(Anlaß)を与えることを疑問視 するだけでなくて,本来の専門の発展の歴史に係わった,ほとんどの代表者の広範な無関 心を示唆する(Vgl.Wassmuth, B. 1997. S.92.)。現在の展開状態と,科学の公開された問 題の理解にとり,全く,その歴史展開の知識は特に意義がある(Vgl.Wo he, G. 1¨ 993. S.58.)。
学徒で,個々のアプローチの時間関連性(Zeitbezogenheit)と時間限定性(Zeitbedingheit)
に対する強い意識を促進するために,経済科学の研究の領域での,経営史と学説史(Dog- mengeschicht)の教育に集中すべきである(Vgl.Wassmuth, B. 1997. S.9192.)。
このように,西ドイツの経営経済学は,1960年代の後半以降に,アングロサクソンのマ ネジメント論の導入などで,経営経済学総論が有していた企業の全体像を解明するという 課題を喪失すると共に, 特殊な分野での研究が, 経営経済上の研究内容の差別化(Diffe- renzierung)と統合(Integration)の間での緊張した分野(Spannungsfeld)で行われて きたが,その成果は,企業全体のより良い構成(Gestaltung)のためには,調整されなけ ればならない。反面,学際上での[統合のための]努力(Integrationsbestrebung)のた めのアプローチとして,たとえば,ロジスティックと情報管理,コントロール(Controlling)
と,戦略的企業管理(strategische Unternehmensfu hrung)などで, 部分的には認めら¨ れるようになった。しかし,近代的な経営経済学には,大規模企業への過大な志向傾向と 共に,欠落した歴史意識が認められるが,改善の見込みはない。本稿では,このような情 況が,経営経済学で実際に発生しているのかを,まず,戦後,経営経済学総論の代表作と みなされていた,グーテンベルクの業績を検討し,次に,その批判として展開された,意 思決定志向的,組織志向的と,行動志向的なアプローチの動向について言及する。
1 グーテンベルクの生産性の関係についての分析の限界
1970年代の西ドイツの経営経済学では, グーテンベルク〈Gutenberg, E. 18971984〉
は, 企業を投入・産出システムとみなす(Vgl.Gutenberg, E. 1989. S.159160.)。 たとえ ば,彼が,生産性の関数についての分析では,生産要素の最適な組み合わせを探求するた め,人を目的関数で考察することはなかった(Vgl.Wassmuth, B. 1997. S.51.)。 彼は,
『経営経済学原理』(生産編)では,特殊な前提(完全な合理性の仮定)の下で,特定の生 産関数(Productionsfunktion)と原価理論(Kostentheorie)が成立すると主張した。ま
自然科学は時間と空間に限定されない普遍理論が一部で成立しているかもしれないが,社会科 学は,時間と共に,空間に限定された,限定理論であることを認識すべきである。
た,『経営経済学原理』(販売編)では,販売市場で,価格政策,販売方策(Absatzmethode), 広告と製品構成から成る,販売政策上での手段(absatzpolitisches Instrumentarium)
がどのように使用されるのかを検討したが,そこでは,販売政策上での手段の投入にとり 最も好都合な(目的関数を最適にする)条件が検討された。そして,『経営経済学原理』
(財務編)では,企業では,給付の創造(Leistungserstellung)は財務管理上の問題と関 係しているため,資本フォンド(Kapitalfond)が資本需要に充分な時には,財務上の均 衡が維持されると主張した。そこでは,資本調達の制度上の側面(institutionaler Aspekt der Finanzierung)を,財経済上,あるいは,生産技術上で決定される,資本需要により 突破しようとした(durchbrechen)(Vgl.Wassmuth, B. 1997. S.5053.)。彼は,数理上 で分析し易い領域を選択して,特殊な前提の下では,特定の関数(生産関数,販売関数,
在庫関数,資本調達関数,投資関数)と特殊な命題(原価理論,販売理論,在庫理論,財 務理論)が成立すると主張した。その際,彼は,企業管理(Unternehmungsfu hrung),¨ 計画と組織をあげるが,「処理的要素」,つまり,定性的な要因(心理的,政治的,社会的 な影響要素)が存在する所, たとえば, アングロサクソンの経営学(マネジメント論
(Managementlehre))で,実学として展開された,販売戦略(マーケティング),企業政 策(戦略),人事管理(Menschensfu hrung)や人間関係などについて言及することはでき¨ る限り回避した。
グーテンベルクは, 生産要素の結合プロセス(Kombinationsprozeß)として経営プロ セスを把握するという,アプローチ(Ansatz)を堅持したが(Vgl.Wo he, G. 1¨ 993. S.76.), 同世代のフィッシャー〈Fischer, G. 18991983〉が,アングロサクソンの経営学(マネジ メント論)では,たとえば, 販売戦略(マーケティング),企業政策(戦略),人事管理
(Menschensfu hrung)や人間関係などが積極的に取り扱われており,無視できないという¨ 理由で,『経営経済学』の体系が崩れるという危惧にも係わらず, 検討したこととは対照 的な道を進んだ。 グーテンベルクの主張は,理論上では,経営経済の現象を区分する枠
(Klammer)を形成することが可能であるため,枠の内で生ずる現象をより明確にする条
グーテンベルクは,価格理論では,マーシャルなどのミクロ経済学の価格理論に依存したと語 るが(Vgl.Gutenberg, E. 1985. S.12061209.),目的関数と制約条件から,最適解を求める,モ デル形成(Modellbildung)は,西ドイツでは,投資決定モデルによる論争が行われていたこと から推測すると珍しくなかった。また,財務論の領域では,1958年と1961年に,モジリアーニと ミラーによる,MM の世界(完全資本市場の仮定)では,資本構成や配当金は企業価値に影響力 を有しないという主張や,1977年に,投資家がポートフォリオ理論に従うという仮定下では,証 券市場でどのような均衡状態が生ずるのかを説明する CAPM が,わが国と同様,ほぼ無批判に 紹介された。背後には,コンピュータの発達により,演算のためのプログラムがあれば,従来に 比べて非常に容易に,データを投入して,結果を推測できる環境があった。
件〈【筆者補足】たとえば,他が一定ならばという,ケテリス・パリブス(ceteris paribus)
という前提〉を設定すれば, 数理上で描写できるという,「[説明のための]課題」(Erkla - ¨ rungsaufgabe)として,生産関数や原価関数などを呈示したが,[説明のための]課題」と して獲得された業績を,実際に企業で利用できるように,統合する,[構成のための]課 題(Gestaltungsaufgabe)を達成したとはみなせない。
2 ハイネンの意思決定志向的経営経済学
ところで,ドイツ語圏では,1960年代の後半以降,大きな学派に所属している者,具体 的には,グーテンベルクから学位を受けた,たとえば,アルバッハ〈Albach, H. 1931 〉, リュッケ〈Lu cke, W. 1¨ 926 〉,ヤコブ〈Jacob, H. 19271997〉,キルガー〈Kilger, W. 1927 1986〉,ハックス〈Hax, H. 1933 〉,コジオールから学位を受けた,たとえば,グロッホ ラ〈Grochla, E. 19211986〉, シュミット〈Schmidt, R.-B. 19281991〉,シュバィッアー
〈Schweitzer, M. 1932 〉らの影響力が大きかった。
ハイネン〈Heinen, E. 19191996〉は, グーテンベルクから学位を受けたが, 意思決定 を, 本来の選択過程のみではなくて, 広く,「目標の実現のための情報の獲得と処理のプ ロセス」(Heinen, E. 1985. S.51.)と定義した。彼のシステムについての構想(Systementwurf)
は「総ての経済活動は人による意思決定に最終的には還元される(zuru ckfu¨ hren)¨ 」とい う認識に基づいて,経営経済上の問題を意思決定問題として規定し, 解決しようとした
(Vgl.Heinen, E. 1985. S.22.)。その際,経営経済の目標システムと情報システムに加えて,
社会システムを重要な決定因子(Determinate, Einflußgro¨ße)とみなした。このため,ハ イネンのモデルでは, 目標システム, 情報システムと社会システムは,「企業」という包 括システム(umfassenderes System)の,相互に関連した,サブ・システムである(Vgl.
Heinen, E. 1985. S.5153.)。この点,グーテンベルクが,数理モデル,つまり,所与の前 提(制約条件)下で,特定の目的関数を最大,あるいは,最小にする解を求めたのに対し て,完全な合理性の仮定を拒否して,経済活動の実際を重視して,実践において,経済主 体がどのような意思決定を行っているのかを検討した(Vgl.Wassmuth, B. 1997. S.25.)。
彼は,グーテンベルクの生産性志向のアプローチ(produktivita tsorientierte Ansatz)¨ を,意思決定志向のアプローチ(entscheidungsorientierte Ansatz)に転換した。たとえ ば,彼は,[経営のための]装置の操業度(Leistungsintensita t betrieblicher Aggregate)¨ の時間上の変更について検討して,C型の生産関数を呈示した(Vgl.Heinen, E. 1985. S.165
176.)。その際,彼は,基本結合当たりでの要素消耗(Faktorverbrauch je Elementarkom- bination)と呼ぶが, 要素投入と産出容量(Ausbringungsmenge)の関係を明確にする ために,製造プロセスを部分プロセスに区分した。この点,従来の経営経済学の課題が人 に基づく(ニックリッシュ)か,要素投入と[要素による]収益の間での生産性の関係を 基礎にする(グーテンベルク)かであったのに対して,ハイネンは両者を統合しようとし た(Vgl.Wassmuth, B. 1997. S.6263.)。その際,フィッシャーが,計画(Plan)と計画 設定(Planung)を区別したように,経営目的とその達成のための手段の選択を区別した 上で(Vgl.Heinen, E. 1985. S.52 Abbildung 4.),ハイネンは,意思決定志向的経営経営 学の課題は,「経営経済での意思決定の改善をもたらす,手段と手法(Mittel und Weg)
を提示すること」(Vgl.Heinen, E. 1969. S.209.)にあるとみなす。また,人の意思決定活 動(menschliches Entscheidungsverhalten)の理論の基礎には,企業での意思決定プロ セスの経過(Ablauf)を明らかにし,経営の意思決定プロセスの解決のための活動の推薦
(Verhaltenempfehlung)を与えるべきであると考えた(Vgl.Heinen, E. 1971. S.430.)。 つまり,活動での意思決定をより合理的にすることを目指す,実学としての,意思決定志 向的アプローチ(entscheidungsorientierter Ansatz)を呈示した。このため,彼の意思 決定モデルの形成では,意思決定志向的経営経済学は,人の意思決定の構造と経過(Ablauf)
を研究し,これに基づく, 意思決定の準備と実行(Vorbereitung und Durchfu hrung)¨ のためのフォーマルな規則(Regeln)を作成する,フォーマルな意思決定の理論を利用す る(Vgl.Heinen, E. 1993. S.7879.)。また,グーテンベルクによる,生産理論と原価理論,
販売理論,投資理論で使用された変数を上回る,追加の変数の挿入により,手元のモデル の意思決定の状態は変更され,安全性,リスクと不確実性の下での意思決定が考慮される が,演算のための計算プログラムの改善により,たとえば,最適な生産プログラム,生産 能力の配分, 序列付けの問題が数理上では解決されうるようになる(Vgl.Wassmuth, B.
1997. S.6566.)。その際,意思決定は,常に,特定の目標に関連して下されるため,目標 についての調査研究が,意思決定志向的経営経済学の最も重要な決定因子(Determinate)
になる。それは,一方で,経営上での実際で追求される,目標についての描写を提供し,
他方で,しかもまた,代替的な目標設定の展開に貢献すべきである(Vgl.Heinen, E. 1985b.
S.981.)。伝統的な企業理論のモデルでは,企業は,今まで,利益最大化のみを追求する,
意思決定単位として,簡略化して,考察されてきたのに対して,ハイネンは,経営活動で は,基本的には,共同で,企業の目標システムを形成する,複数の目標が現れることを指 摘した。このような目標システムの分析と精密に確定することは,意思決定志向的経営経
済学の中心問題を意味する(Vgl.Heinen, E. 1971. S.431.)。これを可能にするため,ハイ ネンの見解によれば,経営経済学は,たとえば,心理学,あるいは,社会学のような,他 の専門科学の知識に頼るべきであり,意思決定志向的なアプローチ(entscheidungsorien- tieter Ansatz)は,これにより,学際的なアプローチ(interdisziplina rer Ansatz)にな¨ る(Vgl.Heinen, E. 1985c. S.50.;Wassmuth, B. 1997. S.6567.)。また,経営経済では,複 数の人が協働し,経営経済は環境に対する多数の関係を内容とするという基本思考から始 めて,意思決定志向的なアプローチの領域では,経済活動者(wirtschaftender Mensch)
のモデルと,これに基づく,経営経済のモデルと,環境関係のモデルが提供される(Vgl.
Heinen, E. 1971. S.432433.)。このようなモデルは一般システム論(allgemeine System- theorie)に還元される(zuru ckfu¨ hren)¨ 。すなわち,多数の考慮できるシステムから,「個 人」,「グループ」,「組織」と「社会」という,経営経済学上で関連したシステムが限定さ れる。これらは,隣接科学に対する経営経済学の交点にあり,意思決定志向的なアプロー チの記述上での理論上の基礎(deskriptives theoretische Fundament)を形成する。企業 を特殊な組織構成体として特徴付ける,意思決定志向的なアプローチの,「経営経済」に ついての基礎モデルにより,他の科学領域の知識は経営経済に統合される(Vgl.Wassmuth, B. 1997. S.67.)。そこでは,歴史的な展開は, 3
つのモデルのタイプに区分された(Vgl.
Heinen, E. 1985. S.4950.)。第1のタイプは,経営経済を組織のない,経済構成体として 考察し,これにより,組織の局面(Organisationsaspekt)を完全に無視するのに対して,
第2のタイプの領域では,組織を,少なくとも,経営経済の部分的な局面として認める。
このような見解は,「経営経済は組織(Organisation)を有する」というテーゼにより特 徴付けられ, たとえば, グーテンベルクのモデルで,表される。 第3のタイプは,「経営 経済は組織である」という主張と対応しており,意思決定志向的な概念が基礎にする,新 しい見方であり,本質上では,組織心理学,社会学,サイバネティクス(Kybernetik)の 領域による研究業績,並びに,情報とコミュニケーションの研究からの引き継ぎにより生 じた(Vgl.Heinen, E. 1969. S.216.)。経営経済は,目標形成の観点の下では,様々な利害 集団の提携(Koalition)とみなしうる,複雑な,オープンな,社会・技術上のシステムと して特徴付けられる(Vgl.Heinen, E. 1971. S.432435.)。そこでは,本質上の構造の特徴 は,企業での技術上の分業(Arbeitsteilung),個々の利害集団の権力関係(Machtbezie- hung)と権力の地位(Machtposition),並びに,コミュニケーションの経路にある。最 も重要なプロセス上の特徴は,情報プロセス,並びに,貨幣・財の交換プロセスに当ては まる。このような組織論の基礎モデルにより,意思決定志向的なアプローチは,古典的な
経営経済学を,特に,企業内での目標形成での様々な利害集団の影響の考慮に関して,拡 大した(Vgl.Wassmuth, B. 1997. S.68.)。意思決定志向的経営経済学の本質上での認識の 進歩は,グーテンベルクのかなり静態的な理論とは反対に,時間の要素を挿入し,これに より,複数の期間に亙る意思決定,あるいは,時間経過での意思決定の経過が,リスク,
あるいは,不確実性の包括の下で考察されることにある(Vgl.Wo he, G. 19¨ 90. S.228.)。ア プローチの数理的で・静態的に志向する方針の領域で,主観的な確率(Wahrscheinlichkeit)
とストカティシュな選好関数(stochastische Pra ferenzfunktion)を考慮することにより,¨ 古典的な理論が基礎にする,合理的に行動する人のモデルは,まず,不完全な情報の事実
(Tatbestand)では補完された(Vgl.Heinen, E. 1971. S.433.)。 ハイネン自身が確認した ように(Vgl.Heinen, E. 1985. S.48.),強く行動科学上(verhaltenwissenschaftlich)で特 徴付けられたモデルのアプローチは,一歩前進し,合理的に行動する意思決定担当者の前 提(Pra misse)は,ただ制限された合理的な意思決定行動の現実により近い仮定に,取り¨ 替えられたが,まだ,この分野では,重要な研究上での要求が存在し,現実に近い,経営 経済上のモデルの展開のための努力が明らかに認められうる(Vgl.Wassmuth, B. 1997.
S.7071.)。意思決定志向的なアプローチにより導入された, 経営経済学の学際的な窓口
(O ffnung)と,これに関連した,経営経済上の事実に対する新しい視点は,経営経済の研究¨ と理論での多数の新しい問題領域と,新しい方法の採用を見付けた(Vgl.Edwin, R. 1989.
S.112114.)。意思決定志向的アプローチは,今日の観点では,経営経済学の,生産的な,
同時に,有望な概念上の基礎として示されるが,それは,たとえば,環境問題のような,
新しい問題領域の統合を可能にする(Vgl.Wassmuth, B. 1997. S.71.)。
ところで,上記では,1970年代以降のハイネンの業績について概観したが,アングロサ クソンの経営学,とりわけ,サイモン,サイヤートとマーチ,バーナードの主張が導入さ れ,従来の経営ではなくて,企業を研究対象にする,経営経済学の流れが生じた,1960年 代に,彼は,企業参加者の行動と「企業目標」に係わる問題の検討のため,企業内での組 織的意思決定過程の特徴を分析した(Vgl.Heinen, E. 1966.;参照。田島壮幸1968. 699717 頁;菅家正端1976. 187226頁)。
3 ウルリッヒのシステム志向的なアプローチ
意思決定志向的なアプローチと共に,特に,システム志向的なアプローチ(systemori- entierter Ansatz)は,構成志向的な経営経済学(gestaltungsorientierte Betriebswirt-
schaftslehre)のための,1
つの現在(1970年代以降)の優勢な基礎の構想(Grundkonzep- tion)とみなせる。このアプローチの領域では,経営経済上の問題は,システム論とサイ バネティク(Kybernetik)で展開された基本概念と知識により分析され,これに基づく
[解決のための]戦略(Lo sungsstrategie)が獲得される。そして,ドイツ語圏でのシステム¨ 志向的なアプローチの重要な主張者の1人がウルリッヒ〈Ulrich, H. 19191997〉である。
1968年以降, 彼が公開した著『生産・社会システムとしての企業』(Die Unternehmung als produktive soziales System)は,システム志向的なマネジメント論の展開の基礎と なった。ウルリッヒは,スイスで生まれ,経済科学(Wirtschaftswissenschaft)を学び,
1953年以降,セント・カレン(商科)大学で,経営経済学の講座を担当した(Vgl.Wassmuth, B. 1997. S.7172.)。彼は,ハイネンと同様,グーテンベルクのかなり厳密に限定された,
生産性志向の考察様式から,かなり早く,解放された(Vgl.Ulrich, H. 1968. S.155163.)。 ハイネンでは,システム論は, 本質上では,経営経済の基礎モデル(Grundmodelle)の 推論(Ableitung)のために利用された(heranziehen)のに対して,ウルリッヒでは,シ ステムの観点(Systemaspekt)は考察の中心に押し出された(ru cken)。彼の経営経済学¨ は,システム論とサイバネティクを基礎科学(Basiswissenschaft)として,システム志向 的な科学として,構想された。 学際的な調整(Ausrichtung)と,[構成のための]課題
(Gestaltungsaufgabe)の強調(Betonung)により,古典的な経営経済学(klassische Betriebswirtschaftslehre)から分離し(abheben),この点で,ハイネンの意思決定志向 的な構想との類似(Parallele)を呈示する,経営経済学の新しい,科学上の理解は,ウル リッヒのシステム志向的なアプローチの特徴である(Vgl.Wassmuth, B. 1997. S.72.)。 ところで,ウルリッヒは,経営経済学を,生産・社会的なシステムの構成と指導(Ge- staltung und Lenkung)に役に立つ, 管理論(Fu hrungslehre)と解する(Vgl.Ulrich, ¨ H. 1981. S.3.)。その際, 管理(Fu hrung)の概念は,人の管理(Fu¨ hrung)だけに限定¨ されずに,企業のような,実際の社会上の構成体(gesellschaftlichers Gebilde)の管理に
ハイネンによれば,伝統的には,行動可能性の評価は,4
つの要素により,行われてきた。第 1に,「目標の検討」(Zielforschung)であり,経営経済上の目標値として,利益,売上高,収 益性, 経済性, 安全性などがあげられてきた。第2に,「体系化の課題」(Systematisierungs- aufgabe)であり,経営経済上での意思決定の事実(Entscheidungstatbestad)の体系化のた め,たとえば,生産,販売と財務の各分野での問題の設定(解明)である。第3に,「[説明のた めの]課題」(Erkla rungsaufgabe)であり,経営経済上での説明モデルとして, たとえば, 生¨ 産関数,価格・販売関数の形成である。そして,第4に,「[構成のための]課題」(Gestaltungs- aufgabe)であり,実際に利用される,経営経済上の意思決定モデルとして,たとえば,最適な 生産計画のための意思決定モデル,投資モデルなどの呈示である。この内,伝統的な経営経済学 は,第2の「体系化の課題」,グーテンベルクは,第3の「[説明のための]課題」に取り組んだ が,第4の「[構成のための]課題」,実際に利用される,経営経済上の意思決定モデルを呈示す るにはハイネンは充分ではないとウルリッヒはみなす(Vgl.Wassmuth, B. 1997. S.6870.)。
も関係付けられた。この点,ハイネンは,経営経済学を意思決定の視点(Blickwindel)の 下で,展開し,経営経済で発生する総ての問題を意思決定問題として特徴付けたのに対し て,ウルリッヒは,構成と指導の視点を強調した。彼の科学上での構想は,総ての経営経 済上の問題は,抽象化された考察の領域では,構成と指導の問題として解釈され,このた め,統一された理論上の取り扱いを可能にする(zuga nglich machen)¨ ,構造上での共通性 を呈示するという仮定に基づく(Vgl.Ulich, H., Krieg, W. u. Malik, F. 1976. S.135137.;
Wassmuth, B. 1997. S.7273.)。実践上の経営の問題を,構成と指導の問題とみなす,首 尾一貫した解釈は,直接,アプローチのシステム志向的・サイバネティクな基礎をもたら す。その際,サイバネティクは, 特定の抽象水準では, 人の組織では, 指導とコミュニ ケーションの問題が同様な構造を呈示し,このため,同種の方法(Methode)で分析され るべきであるという認識(Erkenntnis)から展開される(Vgl.Wassmuth, B. 1997. S.73.)。 このような方法は,学際的な類似観察(Analogiebetrachtung)の基礎に基づいて,具体 的な[構成のための]行動(Gestaltungshandeln)のための知識を獲得し,任意のシステ ムの指導に有効な,共通の法則と原則(Gesetz und Prinzipien)を形成しようと試みる
(Vgl.Ulrich, H. 1968. S.100104.)。 その際, このような方法は,その陳述(Aussage)
が,直接具体的な対象ではなくて,むしろ,常に,システムと関係する点で,システム論 の手段(Instrumentarium)として利用される(Vgl.Wassmuth, B. 1997. S.73.)。
ウルリッヒでは,システムは,共通して,特定の特徴と,相互関係を有する,要素(サ ブ・システム)の集合(Menge)と解される。総てのシステムは,統合される,1
つの包 括システム(umfassenderes System)の構成部分である。要素と包括システムは,限定 された意味で, システムと更に解されうる(Vgl.Ulrich, H. 1970. S.105.;Wassmuth, B.
1997. S.73.)。 このようなシステム観を基礎にして, システム志向的経営経済学の領域で は,現実は,環境との多数の交換関係に支えられた,目的志向的,ダイナミックな,社会・
技術上のシステムとして描かれる(Vgl.Ulrich, H. 1968. S.4950.)。財の流れ,貨幣の流 れと情報の流れが明らかになる(sichtbar werden),このような交換関係は,企業を,更 に,また,環境システム(Umsystem)が分析に組み入れられる時にのみ,充分に分析さ れうる,オープン・システムとして特徴付ける。このため,システム志向的な経営経済学 者は,企業と環境を同様に把握し,企業・環境モデル(Unternehmungs-/Umweltmodell)
で描写しよう(darstellen)とする。その際,企業は,複数の機能上でのサブ・システム から構成される,1
つのシステムとして描かれる(Vgl.Wassmuth, B. 1997. S.7374.)。 ウルリッヒは,必要な投入財の調達と処理(Verwaltung)のための機能領域(配慮領域
(Versorgungsbereich))と,望む産出財の開発(Entwicklung),製作(Erstellung)と 引き渡しのための機能領域(実施領域(Vollzugsbereich))に区分する。ウルリッヒのモ デルでは,このようなオペレーショナルな領域は,管理システム(Fu hrungssystem)と¨ 指導システム(Lenkungssystem)により,課題(Aufgabe)が与られる(u berlagern)。¨ 個々の管理領域,配慮領域と実施領域は,再び,オープンな,相対的に自立した,サブ・
システムとして,描かれ,他の機能領域と,企業の環境との関連で分析される。ここでは,
既に,グーテンベルクにより行われた,企業の管理システム(Fu hrungssystem)と給付¨ システム(Leistungssystem)は,システム志向的企業モデルの領域では,拡大され,具 体化されている(Vgl.Wassmuth, B. 1997. S.74.)。企業と環境の連結は,[システムによ る]思考(systemisches Denken)の直接的な首尾一貫性として, 拡大された管理の理解
(Fu hrungsversta¨ ndnis)をもたらすが,そこでは,企業と環境の関係の構成と指導(Ge-¨ staltung und Lenkung)を中心に押し出す(ru cken)。この[相互作用の]関係(Interak-¨ tionsbeziehung)の把握のために,ウルリッヒは,企業環境を,特殊な影響と依存関係の 分析を可能にする,個々の部分領域に区分する。彼は,その際,4
つの考察水準,あるい は,次元を用い,経済上の次元と共に,技術,社会,生態上の(o kologisch)次元に区分¨ する(Vgl.Urich, H. und Krieg, W. 1974. S.1820.;Wassmuth, B. 1997. S.74.)。
ウルリッヒは,自らの公開物で,システム・アプローチの背後には,経営経済学の意義 についての特定の見解が潜んでいることを, 常に, 繰り返して強調した(Vgl.Ulrich, H.
1971. S.44.)。彼は, 理論(Lehre)としての経営経済学のプラグマティクな目標(prag- matisches Ziel)を,今日と将来の管理力に,管理活動の成果の多い実行のために必要な,
知識を伝達することにあるとみなした。これに対応して,科学としての経営経済学の目標 は,実践上での管理活動に必要なこのような知識を伝達すること(教育)に本質がある。
これにより,意思決定志向的経営経済学と同様に,また,システム志向的経営経済学は,
「純粋理論」ではなくて,むしろ,応用,実際の問題設定に向けた企業管理論(Unterneh- mungsfu hrungslehre)と解される(Vgl.Urich, H. u. Hill, W. 1¨ 976b. S.308.)。方法上の 観点では,それは,ある程度,既に,シュマーレンバッハが前世紀の初めに主張した,立 場と結び付いている。それは,実践的な経営管理(Betriebsfu hrung)のための,手続き¨ 規則(Verfahrensregeln)を提供する,技術論(Kunstlehre)になる。もちろん,この手 続き規則は,今や,理論上の知識に基づいて,多数の異なる専門科目(Disziplin)を展開 する(Vgl.Wo he, G. 19¨ 86. S.196.; Wassmuth, B. 1997. S.76.)。
ウルリッヒ自身は,自らの見解を,「新しいプラグマティズム」(neuer Pragmatismus)
として特徴付け,経営経済学では,主に,存在する現実(Wirklichkeit)の説明より,む しろ,「可能な将来の現実についての観念(Vorstellung)」の展開と, このような観念の 実現のための[行動の]格律(Handlungsmaximen)の誘導(Ableitung)に合わせた
(ausrichten), ゲシュタルト論(Gestaltungslehre)を認めた(sehen)(Vgl.Ulrich, H.
1971. S.4647.)。そこでは,[構成のための]課題(Gestaltungsausgabe)のこのような 強い強調は,[サイバネティクな]思考(kybernetiches Denken)の直接的な表示であり,
企業は極端に複雑なシステムであり,その行動は因果分析の説明が限定的にのみ達成でき るという認識に配慮する。この[構成のための]課題の達成のため,経営経済学は,ウル リッヒの見解によれば,管理問題(Fu hrungsproblem)に関係した総ての専門科目(Diszi-¨ plin)による認識を引用すべきである。このため,経営経済学は, ―個別の科学の通常 の境界により評価すれば, ―必然的に,学際的な性格を有する。このため,ウルリッヒ は,経営経済学を,技術上でなくて,むしろ,特定の特質を有する,社会システムを無効 にすることによってのみ,最終的には区別される,工学(Ingenieurwissenschaft)に近付 ける(Vgl.Wassmuth, B. 1997. S.7677.)。
ウルリッヒのシステム志向的なアプローチの決定的な進歩は,経営の事実(Tatbestand)
の包括的,かつ,多元的な考察にあり,それは,更に,一方で,伝統的な経営経済学と,
他方で,企業管理論(Unternehmungsfu hrungslehre)の要素の間での広範な統合(Syn-¨ these)を可能にする(Vgl.Malik, F. 1979. S.26.)。たとえば,サイバネティク,社会学,
心理学,比較行動研究(vergleichende Verhaltensforschung),あるいは,進化論(Evo- lutionstheorie)のような, 他の科学領域の研究業績の考慮は,経営経済学上での問題に 利用されえ,経営経済学に対するその意義が,益々,認められる,多数の新しい認識をも たらす。しかし,また,とりわけ,[構成のための]課題のために,[説明のための]課題
(Erkra rungsaufgabe)の広範な無視に対して向けられる,批判に,ウルリッヒのアプロー¨ チはさらされている(Vgl.Schanz, G. 1990. S.94.)。 新しいプラグマティズムの構想は,
―批判家の論拠のように, ―理論上の浸透(Durchdrigung)と,現実の現象の実践 上の構成(Gestaltung)の間での密切な関連を「洞察する」。更に,ウルリッヒは,正に,
自らのアプローチでその接近を探した,工学(Ingenieurwissenschaft)が,丁度,その 成果で,まず,理論上で,従って,[説明のための]目標(Erkra rungsziel)に向けられ¨ た専門科目を提供するという,個々の準備作業で貢献することで満足しない(Vgl.Wassmuth, B. 1997. S.77.)。ウルリッヒにより用られたシステム志向的な展望(Perspektive)は,経 営経済学にとり,特に,環境に対する企業の解放性(Offenheit)というの視点(Aspekt)
の強調と,これに関連した,企業・環境モデルへの企業モデルの前進から結果としてもた らされる,重要な認識の獲得(Erkenntnisgewinn)に結び付いていた。しかも,また,
古典的な経営経済学(klassische Betriebswirtschaftslehre)での,孤立した構成体として ではなくて,むしろ常に,上位に位置する全体―たとえば,国民経済,あるいは,世界 経済のような―の部分としてみなす。しかし,このような考察の中央には,圧倒的に,
市場との関係が存在する。[システムによる]思考(systemische Denken)の発生と普及 により初めて,企業と環境の間での多様な相互関係(Interaktion)の分析が押し出され
(ru cken), 分析は,また, 常に拡大する環境(fordernde Umwelt)¨ , 利害の前面(Vor- dergrund)で,企業というシステムの維持の問題をもたらした。システム志向的な経営経 済学の, 企業・環境・構想(Unternehmungs・Umwelt・Konzeption)は,たとえば,
企業の増大する経済上の調整のような,新しい視点を考慮できる,能力のある(leistungs- fa hig)モデルを示す(Vgl.Wassmuth, B. 1¨ 997. S.7778.)。
ウルリッヒによる,科学プログラム上での構想(Entwurf)は,全体の専門科目(Disziplin)
を体系的に展開するため,経営経済学への,システム志向的で,サイバネティクな認識の 組み入れのための,非常に包括的なアプローチを意味する。これに比べて,システム志向 的・サイバネティクな考えを,主に,経営経済学の特定の部分領域に適用する,多数のそ の他のアプローチが生じた。ここでは,たとえば,組織の理論(Organisationstheorie)
(Vgl.Fuchs, H. 1973.),あるいは,監視の理論(U berwachungstheorie)の(Vgl.Baetge, ¨ J. 1992. Sp.20382054.), システム志向的・サイバネティク志向的なアプローチをあげる べきである。組織の理論の領域では,たとえば,自己組織(Selbstorganisation)のよう な,サイバネティクな組織原則により,社会・技術上のシステムの増加する複雑性を考慮 できる,新しい,能力のある構成と指導の模範(Gestaltungs- und Fu hrungsmuster)が¨ 展開された。 更に,システム志向的・サイバネティクな認識は,特に,生産と製作の指 導の領域で(Vgl.Werner, K. 1992. S.1013.),しかもまた,ロジスティクのような,境界 生物には,本来,自律的に秩序を有する構造を作り出す機能,つまり,「自己組織化」(Selbstorga-
nisation, self-organization)が存在するが,経営経済学(経営管理論)では,企業や経営はも ちろん,人の組織,いわゆる社会システムは,利害関係の異なる参加者から構成されるが,通常 では,自己組織化のプロセスにより自立的に形成されたルールや慣行に従っている。しかし,参 加者によりコンセンサスが形成されなければ,特定の人(上位の経営者)や集団が有する,他の 参加者とは異なるビジョン(超越的ビジョン(transzendirende Vision))に従って,組織の新 しい方針(コンセンサス)は決定される。つまり, 通常では,「自己組織化」で解決されるが,
困難であれば,「外からの組織化」(Fremdorganisation)により,統一される(参照。経営学史 学会編 2012. 2426頁)。この点,進化経営学では,企業を例にして具体例があげられているが,
人の組織,いわゆる社会システムを国家とする,「外からの組織化」の具体例として,たとえば,
第二次世界大戦後に,戦勝国が敗戦国に行った,民主化,過剰な武装や独占企業の解体のために 半ば強制的に実施した政策があげられる。
を跨ぐ機能領域(u bergreifender Funktionsbereich)でも(Vgl.Hans-Christian, P. 19¨ 96.
S.2630.),益々,意義を獲得している。能力のあるシステム志向的なアプローチは,特に,
その学際的な解放性(Offenheit)と,現実の現象の全体の考察に基づいている。更に,統 一された専門用語は,様々な研究分野の科学者の間でのコミュニケーションを容易にする
(Vgl.Wassmuth, B. 1997. S.7879.)。
以上,システムを,秩序付けられた,あるいは,相互依存関係にある,要素(サブ・シ ステム)の全体とみなすならば,企業は,生産活動を行う人のシステムとみなせる。この 点,経営経済学では,グーテンベルクのように,人に係わることをできる限り回避するの ではなくて,ニックリッシュのように人に係わるべきである。また,社会には特定の目的 に誘導する制度(Institution)が存在すると考えれば,サイバネティクスも,システム論 の1つで,社会や自然の現象を制御し,統制することを目指す理論であるため,ウルリッ ヒのように,経営経済学で,社会サイバネティクスのアプローチを用いる,システム志向 的なアプローチ(systemorientierter Ansatz)を呈示することには,正当性が認められ る。反面,ウルリッヒの主張は,企業のみではなくて,技術,社会や生態に係わることに より,たとえば,工学,社会学や生態学に比べて,理論の水準が低いことは認められるが,
彼は,たとえば,マネジメント論で用いられた,management と top management の区 別を用いて,通常の経営活動では,中位・下位の management で,彼が管理(Fu hrung)¨ と呼ぶ,投入と産出の比較による,制御が行われるが,単純な訂正では,回避できない,
乖離の発生を確認できるならば,環境に適応するための,top management で,彼が指導
(Lenkung)と呼ぶ,制御が行われると考えた。 これは, 彼が,組織の理論(Organisa- tionstheorie)ではなくて,企業管理論(Unternehmungsfu hrungslehre)と呼ぶ,マネ¨ ジメント論を基本的には踏襲しているから,可能であった。
ところで,上記では,1970年代以降のウルリッヒの業績について概観したが,ウルリッ ヒは,経営経済学は,問題を志向した,ゲシュタルト論(Gestaltungslehre)であるため,
応用科学とみなし,経営経済学で, 社会の現象を制御することを目指す, 社会サイバネ ティクスのアプローチを用いる,システム志向的アプローチを提唱した。そこでは,企業 は, 生産志向的な社会システムとみなされるため,分業を前提として,指導システム
(Lenkungssystem)と管理システム(Fu hrungssystem)は区分され,従来の評価基準が¨ 設定される,工学的に処理されうる,モノの管理システムではなくて,人の管理システム が重視された。このような,研究の基本姿勢は,1968年に初版が公開された,主著『生産・
社会システムとしての企業』で既に確定されていた。しかし,1970年代以降,常に拡大す
る環境(fordernde Umwelt),利害の前面(Vordergrund)で,企業というシステムの維 持の問題を彼は無視できなくなった(Vgl.Ulrich, H. 1970. S.193.)。このため,システム 志向経営経済学での,企業・環境・構想(Unternehmungs・Umwelt・Konzeption)は,
たとえば,企業の増大する経済上の調整のような,新しい視点を考慮できる,能力のある
(leistungsfa hig)モデルを示す企業と環境の関係に研究領域を広げた。しかし,この実際¨ の社会上の構成体(gesellschaftlichers Gebilde)の管理にも研究領域を広げる試みによ り,たとえば, グーテンベルクを信奉する者での,[構成のための]課題(Gestaltungs- aufgabe)のために,[説明のための]課題(Erkra rungsaufgabe)を広範に無視している¨ という批判に,ウルリッヒのアプローチはさらされた(Vgl.Schanz, G. 1990. S.94.)。だ が,ウルリッヒは,理論(Lehre)としての経営経済学のプラグマティクな目標(prag- matisches Ziel)を,今日と将来の管理力に,管理活動の成果の多い実行のために必要な,
知識を伝達することにあるとみなすと共に,これに対応して,科学としての経営経済学の 目標は,実践上での管理活動に必要なこのような知識を伝達すること(教育)に本質があ ると考えている(参照。渡辺敏雄2008. 125頁)。なお,ウルリッヒは,ゲシュタルト論
(Gestaltungslehre)の立場から,教育のための経営経済学では,理論の形成や因果分析の 不可能性と不必要性を主張したが(Vgl.Ulrich, H. 1971. S.4549.),彼の主張は,ニック リッシュが,学校の教育では現場の知識を獲得できないとか,経験と直観を重ずる講義と 理論の必要性を主張したことと重なる。また,1970年代に顕著になった,ポッパーの科学 哲学を取り入れる姿勢は, 経験科学への接近とみなしうる(Vgl.Ulich, H., Krieg, W. u.
Malik, F. 1976.)。
ポッパー〈Poper, K. 19021994〉の主著は,第二次世界大戦の開戦時に出版された,『開かれ た社会とその敵』(The Open Society and Its Enemies, Volume One, Routledge 1945.:武田 弘道訳『自由社会の哲学とその論敵』2巻 泉屋書店 1963年,世界思想社 1973年;内田詔夫・小 河原誠訳『開かれた社会とその敵』2巻 未來社 1980年)である。しかし,第二次世界大戦後の 1962年に出版された,クーン著『科学革命の構造』(Kuhn, T.:The Structure of Scientific Revo- lution, Chicago-London 1962.:中山茂訳『科学革命の構造』みすず書房 1971年)で,科学理論 が否定的反証と肯定的反証の反復により発展してきたという主張に取り組まれた。また,経営経 済学では,1960年代に,グーテンベルクにより,その内容から,論理の認識基準としての「反証 可能性」が注視され,導入されたため,「批判的合理主義」と呼ばれてきた。しかし,ラカトシュ
〈Lakatos, I. 19221974〉が(生物学を除いた)自然科学と新古典派の経済学の分野に関するリ サーチプログラムの方法を歴史的事例として検討して,この分野の命題は,中心的仮説に支えら れた主要命題と,この主要命題を守る補助命題から構成され,前者が反証されると,新しい命題 に取り替えられるという「科学革命」により,発展してきたとみなした。経営経済学の現状では,
彼のこのような可謬主義的方法論を,歴史的資料で歴史分析する研究では,利用する者がかなり 存在する。
4 シャンツの行動志向的なアプローチ
経営経済学の学際的な窓口(O ffnung)により,行動科学(Verhaltenswissenschaft)¨ の知識は常に強く関心の前面に押し出された(ru cken)。意思決定志向的経営経済学とシ¨ ステム志向的経営経済学の主張者は, 彼らの主張の推論(Ableitung)では,社会学, あ るいは,心理学のような,行動科学という専門科目(Disziplin)の業績に頼っているが,
この「行動科学」という名称の下に,人の行動(Verhalten)の説明と予測(Prognose)
を取り扱う,科学上の専門科目(Disziplin)総てを包括する(Vgl.Schanz, G. 1993b. Sp.
45224523.)。その際,人類学(Anthropologie),社会学,心理学のような,古典的な社 会科学(Sozialwissenschaft)と共に,また,益々,情報論とコミュニケーション論,意 思決定論,サイバネティクスとシステム論のような新しい学際の分野が関係させられる。
行動科学の研究の本質的な特質は,学際的な調整と共に,特に,現実に関する吟味(U ber- ¨ pru fung)の総ての理論上の陳述を支える,経験上の行動様式(Vorgehenweise)にある¨
(Vgl.Wassmuth, B. 1997. S.79.)。
経営経済学の行動志向的なアプローチの特徴は,何よりもまず,グーテンべルクにより 特徴付けられた, 経営経済の問題についてのかなり一面的な工学・技術上での考察
(ingenieurwissenschaftlich-technische Betrachtung)の放棄(Abkehr)にある。生産要 素の結合プロセスではなくて,むしろ,経済上の個人としての人が分析の中心点に押し出 される(ru cken)。心理学,社会学と社会心理学の視点を広範に組み込もうとした,シャン¨ ツ〈Schanz, G. 1943 〉により展開された,行動志向的経営経済学(verhaltensorientierte Betriebswirtschaftslehre)のための科学プログラムでは,このような視界(Sichtweise)
が特に重要である。 シャンツは, 彼の行動志向的構想(Konzeption)の主要な課題を,
「人に由来する」経営経済上の問題設定を解釈し,「個人を中心にした」経営経済上の描写 システムを展開することにあるとみなす(Vgl.Schanz, G. 1977. S.45.)。この限りでは,
彼は,既に1920年代に,人を経営経済の研究の中心に置いた,ニックリッシュの構想と関 係している(Vgl.Wassmuth, B. 1997. S.7980.)。
経営経済学の行動志向は, 特に,〈【筆者補足】グーテンベルクのような〉,圧倒的に合 理的に行動する人(ホモ・エコノミカス)の仮定に基づく,伝統的な経営経済の基礎モデ ルに関する批判から生じた(Vgl.Wo he, G. 19¨ 85. S.1213.)。しかし,個人と組織の実際の
[意思決定のための]行動は,強く, 心理と社会上の要素により規定され, その結果,現
実での意思決定は,限定的にのみ,合理的である。このため,経営と市場での経済主体の 行動についての,実際の描写(realistischere Aussage)を得るために,動機付け論を志向 する,あるいは,権力,もしくは,コンフリクトを志向する,描写のような,アングロサ クソンのマネジメント論の知識を,益々,(管理プロセス(Fu hrungsprozess)¨ ,グループ 関係, 労働条件, 賃金体系などの)経営経済上で関連した事情(Sachverhalt)に適用さ れる(Vgl.Schanz, G. 1990. S.95.)。これにより,経営経済学は, マネジメント論の特性
(Pra gung)が,基礎では, 必然的に学際的に調整される,特殊な社会科学(Sozialwis-¨ senschaft)として把握される(Vgl.Wassmuth, B. 1997. S.80.)。
意思決定志向的経営経済学と同様に,行動志向的経営経済学は,[説明のための]課題
(Erkla rungsaufgabe)と[構成のための]課題(Gestaltungsaufgabe)を設定する。行¨ 動科学の知識を基礎にして,まず第一に,経済上のプロセスに参加する個人の(意思決定 の)行為の成立(Zustandekommen)と作用(Auswirkung)が説明されるべきである
(Vgl.Schanz, G. 1980. S.105.)。しかし,本来の目標は,行動様式(Verhaltensweisen)
により影響力を及ぼすこと,あるいは,行動の変更を促進するために,展開される行動可 能性にある(Vgl.Schanz, G. 1990b. S.231233.)。中心となる[説明のための]事実(Er- kla rungstatbestand)は,たとえば,組織の有効性(Effektivita¨ t)と効率(Effizienz)¨ に本質的な影響を及ぼす,経済上の組織の協働者の給付行動である(Vgl.Schanz, G. 1978.
S.526.)。[説明のための]課題の領域では,協働者の給付の準備(Leistungsbereitschaft)
に影響力を及ぼす,総ての要素が具体的に説明される。[構成のための]課題の範囲では,
対応した,協働者の給付の準備を高める,刺激システム(Anreizsystem)が構想される。
行動に影響を及ぼす規模(Großen)と,これと共に,行動の操作(Verhaltenssteuerung)
のための,アプローチの観点,あるいは,手段が,報酬政策と共に,とりわけ,作業計画の構 成,管理スタイル,並びに,組織志向的な規則(Regelung)が確認される(Vgl.Wassmuth, B. 1997. S.8081.)。
ところで,ハイネンの意思決定志向的なアプローチへの接近は,意思決定が特定の行動 様式の具体的な描写と解釈されることで示唆される。この意味で,シャンツは,自らの行 動志向的経営経済学の構想を,「意思決定志向的なアプローチの基盤(Fundamende)を深 め,また,拡大しようとする」(Schanz, G. 1977. S.3.),意思決定志向的経営経済学の継 承と解する。 これと共に, また, システム志向的なアプローチとの類似(Parallel)が明 らかになる。なぜならば,行動志向的な構想の領域では,経営経済上の認識対象が,同様 に,分析されるべき,要素の間に多様な関係が存在する,制度(Institution),あるいは,
システムと解されるからである(Vgl.Schanz, G. 1977. S.3.;Wassmuth, B. 1997. S.81.)。
〈【筆者補足】以下では,シャンツが言及したのではないが,行動志向的なアプローチに ついて将来展望をすれば〉, 従来, 経営経済学では,行動科学的な知識は,特に,販売論
(Absatztheorie)と組織論(Organisationstheorie)での導入(Eingang)を見付けてき た。近代的なマーケティング論では,行動科学の描写を基礎にして,消費者の行動に対す る販売政策上の方策の効果(Wirkung)を分析し,このような行動の,目指す,影響力を 可能にする,戦略(Strategien)を展開してきた(Vgl.Hans, G. 1994. S.55.)。このよう にして,経営上での販売プログラムの妥当性(Genauigkeit)と確実性(Sicherheit)は高 められ,経営上の販売政策の最適化が全体として達成されてきた(Vgl.Kroeber-Riel, W.
1974. Sp.165.)。行動志向的組織論の領域では,所与の組織上での条件(Bedingung)の下で 設定される(einstellen),制度(Institution)による行動と,このような制度での協働者の 行動が研究される。このような基礎では, 社会・技術上のシステム(sozio-technisches System)での個人の行動とグループの行動と,社会・技術上のシステムの構造に関係した 行動についての知識が獲得されうる(Vgl.Grochla, E. 1978. S.130136.;Wassmuth, B.
1997. S.8182.)。
また,「行動会計」(Behavioral Accounting)の標語の下では,差し当たり,中心の経営経 済の領域は,計算制度(Rechnungswesen)と同様,行動科学の分析に従う(unterziehen)。 その際,行動様式と共に,計算制度に従事する人は,特に,様々な使用者,あるいは,使 用グループでの経営上でのプロセスの操作(Steuerung)と制御(Kontrolle)としての計 算制度が誘導する(induzieren),行動の効果(Verhaltenswirtkung)に関心がある。こ のため,いずれのデータが優先的な利用を見付けるか,あるいは,特定の望ましい反応を 惹き起こすのかを調べるために,特殊な使用グループでの,様々な計算制度のデータがテ ストされる。このようなアプローチの背後には,適当な情報の投入により,企業管理(Un- ternehmungsfu hrung)の目標との協働者のより強い呼応(Kongruenz)が獲得されうる¨ という考慮(U berlegung)がある(Vgl.Schoenfeld, H.-M.W. 1¨ 993. Sp.280292.;Wass- muth, B. 1997. S.82.)。
行動科学の知識のはっきりした挿入(explizite Einbeziehung)により, ドイツでは,
グーテンベルク以降の主な理論的に志向された経営経済学は,具体的なマネジメントの問 題の解決に向けられた,アングロサクソンのマネジメント論(Managementlehre)に接近 した(Vgl.Kirsch, W. 1974. S.460.)。しかし,行動科学に対する解放(O ffnung)の長所¨ は,応用志向(Anwendungsorientierung)と,基礎にされる,現実に近い人の像(reali-