博士(文学)学位請求論文審査報告要旨
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(2) 氏名 滝澤 民夫 育史にどう位置づけ、いかなる意義をもち、その後の日本の宗教観にいかなる影響を与えているのかを論じて いる。なお、補論として、家族のその後にも論及している。 本論文の特質すべき意義は、第一に、ほとんど無名の、研究史的にもほとんど言及されてこなかった人物の 全生涯を、長期にわたる丹念な追跡調査によって、蘇らせたことにある。資料の欠落等、厳しい研究条件はあ りながらも、増野の足跡を追って各地(アメリカを含む)に足を運び、遺族等を発見して資料の提供を受けなが ら、能う限りの痕跡(資料)に即して増野という人物の思想・信仰と実践を明らかにした意義は大きい。 第二に、それを通じて近代日本におけるキリスト教受容のあり方に新たな角度から迫った点にある。本論文 は、増野のキリスト教神学思想の内容を新史料に即して具体的に解明し、それを通じて日本近代におけるプロ テスタントキリスト教受容の多様性を明らかにしている。幕末維新期に武士・士族の子として生まれた人物が、 いかにキリスト教と出会い、やがて自由派基督教(ユニバーサリズム)に惹かれながら、晩年、なぜ儒教などに回 帰しつつ「儒教的基督教徒」となったのか。それは、日本におけるプロテスタントキリスト教受容のあり方を検証 するための重要な素材を提供するものとなっている。 第三に、明治期青年の人格形成のあり方を明らかにすることによって、二重の意味で既存の研究を更新した ことにある。一つには、増野という儒教・国学などの教育を受けて生育した武士階級出身の青年知識人が、外 来のプロテスタントキリスト教を受容して、いかに人格形成していったのかという点において、また、二つには、 その増野が、日清・日露戦後の時期、いかなる国民道徳論・青年教育論・女子教育論を展開していったのかと いう点において、思想史的・教育史的に意義ある研究貢献をなすものとなっている。 第四に、増野をめぐる人的ネットワークや、家族、とくに妻とその周辺の人物像に着目することによって、時代 のなかを生きた人々の生き方や相互関係に光をあてた意味は大きい。本論文は、石井十次・安部磯雄・岸本 能武太・北村透谷などの人物研究に有益な情報を提供するものとなっている。また、本論文における女性への 着目や、増野の女子教育論への言及は、女性史・ジェンダー史からみても意義深い。 ただし、本論文の今後に残された課題として、さしあたり以下の諸点が指摘される。まず、本論文の研究史整 理は、増野に関する研究の欠落や言及・検討の不十分さの指摘が中心となっているが、それにとどまらず研究 史全体の構造化をはかって本論文の位置づけをさらに明確にすることが求められる。また、近代日本の各時期 の時代の構造や、近代日本思想史のより大きな脈絡のなかに増野を位置づけることが必要とされる。増野の思 想に即しても、個別的な言及にとどまらず、より立ち入った系統的な思想史的分析が欲しい。さらに、同時代の キリスト教思想の全体像とそのなかでの増野の位置、他のキリスト者、たとえば大西祝・内村鑑三などの思想・ 信仰との対比における増野の位置に関して、より内在的な比較検討を加えることが必要とされる。そのうえで、 さらなる資料の発掘・整理・研究によって、事実関係の究明と確定を進めること(とくに不明な点が多い第Ⅰ部・ 第Ⅱ部のさらなる充実化)に期待したい。なお、第八章・第九章には、叙述の錯綜、論稿の紹介的記述が目立 つため、論述の整理と論理の明確化をはかることが求められることを付言する。 しかし、以上は申請者が今後さらに追究すべき課題であって、本論文は博士(文学)の学位を授与するに十 分に値するものと判断される。. 公開審査会開催日. 審査委員資格. 2018年 5 月 14. 日. 所属機関名称・資格. 氏名. 専門分野. 博士学位. 主任審査委員. 早稲田大学文学学術院・教授. 大日方 純夫. 日本近現代史. 博士(早稲田大学). 審査委員. 早稲田大学文学学術院・教授. 鶴見 太郎. 日本近現代史. 博士(京都大学). 審査委員. 早稲田大学文学学術院・教授. 真辺 将之. 日本近現代史. 博士(早稲田大学). 審査委員 審査委員.
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