有償支給取引の管理会計と財務報告
著者 桜井 久勝
雑誌名 商学論究
巻 66
号 4
ページ 453‑469
発行年 2019‑03‑10
URL http://hdl.handle.net/10236/00027946
有償支給取引とは、 メーカーが部品等の製作を発注する外注先に対して、
原材料などを有償で支給し、 外注先が加工を行った後に、 メーカーが当初の 支給価格に加工報酬を上乗せした価格で、 これを買い戻す取引をいう。
このような有償支給取引は、 近年、 いくつかの観点から会計学の研究対象 として注目されるようになっている。 その第1は、 管理会計の観点から、 日 本企業の国際競争力を支えるサプライチェーンを効果的に機能させるために 有効な1つの取引手法として評価されていることである。 第2に、 東芝が粉 飾決算を行う対象取引の1つとして選んだのが、 この取引である。 第3に、
有償支給取引の管理会計と財務報告
桜 井 久 勝
− 453 − 要 旨
有償支給取引は、 支給元企業の在庫管理業務を軽減し、 支給先企業の在 庫利用効率を向上させる効用をもつ。 有償支給品は支給元が買い戻すので、
これを買戻契約とみなして金融取引として会計処理する方法がある。 しか し在庫管理業務の軽減目的を考慮して、 支給元企業が支給在庫をオフバラ ンス処理し、 利益を加算した有償支給価格で未収金を認識する会計処理も 考えられる。 ただしこの場合は、 未実現利益が計上されるので、 財務報告 ではその除去が必要である。
キーワード:有償支給 (supply for a fee)、 収益認識 (revenue recognition)、
買戻契約 (repurchase agreement)、 トヨタ自動車 (Toyota Motor Corporation)、 東芝事件 (Toshiba accounting scandal)
企業会計基準委員会が2018年3月30日に公表した企業会計基準第29号 「収益 認識に関する会計基準」 の審議過程において、 この有償支給取引の会計処理 が重要論点の1つとして議論されたことが注目される。
本稿の目的は、 このような有償支給取引の機能と会計処理を体系的に考察 することである。 本稿の直接的な関心は、 財務報告における有償支給取引の 取扱にあるが、 経済的実態を反映した適切な会計処理を考える出発点として、
筆者にとっては専門外の管理会計やサプライチェーンの議論も含めて、 有償 支給取引について体系的な検討を行う。
有償支給取引の管理会計1. 自動車産業のサプライチェーン
有償支給取引は日本のいくつかの産業で広く実用されている取引手法であ るが、 その典型的な成功例を自動車産業に見ることができる。
自動車1台を製造するのに必要な部品の数は、 一般的なガソリン車で2〜
3万点にものぼり、 この部品の大半はサプライヤーとよばれる供給企業から 調達される。 そのような自動車産業のサプライチェーンの特徴として、 ①自 動車メーカーを頂点にしたピラミッド型の分業構造、 ②自動車メーカーみず からが製造したものではない部品の利用割合が大きいという意味での高い外 製率、 ③部品のサプライヤーとの長期持続的な取引関係、 および④共同での 研究開発などが挙げられる。 特に注目すべきは、 自動車メーカーと部品サプ ライヤーが単なる外注関係にあるのではなく、 品質向上やコスト削減に向け た協調活動によって成果をあげている点である (経済産業省 [2016], 4 頁)。
自動車産業のこのような調達慣行は、 日米自動車貿易摩擦の激しかった 1980〜90年代初頭には、 不透明で閉鎖的な系列取引として批判された。 しか し日本の自動車産業が、 コスト・品質・納期の面で高いパフォーマンスを達 成している要因として、 自動車メーカーと部品サプライヤーの間で構築され ている非常に効率的な生産システムや調達慣行に着目して、 近年にはこれを 肯定的に評価するとともに、 このような日本の生産システムを外国企業も積
極的に取り入れようとする傾向が見られるようになっている。
有償支給取引は、 自動車産業に限定された取引手法ではないが、 1つの成 功例として自動車産業に注目し、 まずその管理会計的な意義の考察から開始 する。
2. 自己調達と支給
メーカーがサプライヤーに対して部品等を発注する場合、 その部品の製造 で使用する原材料などを、 メーカーがサプライヤーに支給すべき必然性はな く、 むしろ一般的にはサプライヤーが自身で自由に原材料などを自己調達す るのが通常である。 しかしメーカーは次のような場合に、 サプライヤーが部 品製造に用いる原材料などの面倒をみることがある。
第1は、 個々のサプライヤーの自己調達に委ねると、 価格や納期の面で調 達条件が不利になる場合である。 個々のサプライヤーが使用する原材料は少 量でも、 複数のサプライヤーの使用量を累計すれば大量に達する場合、 メー カーが一括購入すれば交渉力が増し、 有利な条件での調達が可能になるであ ろう。
第2に、 メーカーは自己が指定する原材料をサプライヤーに使用させるこ とで、 サプライヤーから調達する部品等の品質を確保することができる。 そ れが最終製品の品質の維持向上を可能にするであろうことはいうまでもない。
主としてこれら2つの目的により、 メーカーがサプライヤーのために原材 料等を一括購入してサプライヤーに使わせるのが 「支給」 であり、 サプライ ヤーが自由に原材料を購入する 「自己調達」 とは異なった取引方法である。
3. 無償支給と有償支給
メーカーからサプライヤーへの支給は、 その対価が無償であるか有償であ るかにより、 無償支給および有償支給という2つの態様に区別される。 メー カーが原材料等をサプライヤーに無償で供給する場合、 この取引はメーカー がサプライヤーに原材料等を貸与していることを意味する。 したがって無償
支給した原材料等の所有権は、 依然としてメーカー側が有することになるの で、 メーカーは実地棚卸も含めて、 支給した原材料等の在庫管理を行わなけ ればならない。
これに対して有償支給は、 後述する会計処理上の問題を別にすれば、 法形 式上はメーカーからサプライヤーへの原材料等の販売とほとんど同じである。
この側面を強調すれば、 メーカーが有償支給した原材料等はサプライヤーの 資産となるため、 その在庫管理もサプライヤーが担うことになり、 メーカー の在庫管理業務は大幅に軽減される。 ただしメーカーの管理業務が完全に消 滅するわけではない。 有償支給の対価はメーカーの債権となるから、 これを 完成部品の買い戻し対価として生じる債務と相殺するために、 有償支給の価 格や数量のデータの保持は依然として必要である。
このほか、 有償支給取引はメーカーにもう1つのメリットをもたらす。 そ れは仕損じ率の低下や作業屑の抑制を通じて、 原材料等の有効活用を促進す る効果である。 メーカーからサプライヤーへの原材料等の貸与であると考え られる無償支給の場合に比べて、 有償支給ではサプライヤーが対価を負担し て原材料等を取得したことが意識されるがゆえに、 原材料等の加工を慎重に 行うことにより、 仕損じ率をできるだけ低くしようというモチベーションが、
よりいっそう強く働くものと思われる。 また、 たとえば所定寸法の鉄板から 部品のパーツを型抜きする作業を考えれば容易に想像できるように、 原材料 等から生じる作業屑を抑制し、 所定寸法の原材料からできるだけ多くの納入 部品を製造しようという強い動機づけにもなるであろう。 サプライヤー側で 生じるこのような意識が、 メーカーの最終製品のコスト削減につながるにち がいない。
以上の考察から明らかなように、 有償支給取引の背後には、 メーカー側の 在庫管理業務の軽減、 およびサプライヤー側での原材料等の利用効率の向上 という、 主として2つの効用があることがわかる。
4. トヨタ自動車の会計処理
このような目的と効用の期待に基づいて、 日本企業で広く利用されている 有償支給取引は、 どのように会計処理すべきであろうか。 この問題を考える に当たって参考になるのは、 トヨタ自動車が示す会計処理である。 後述する 企業会計基準第29号の審議過程で、 同社が企業会計基準委員会に対して提出 した意見書には、 同社の会計処理が仕訳形式で極めて具体的に明示されてい るので、 ここではその仮設例を紹介しよう (トヨタ自動車株式会社 [2017], 3 頁。 金額のみ変更)。
たとえばメーカーが単価100で取得した原材料を、 サプライヤーに120で有 償支給し、 サプライヤーによる加工作業の報酬を加算し、 これを150で買い 戻す仮設例を考える。 トヨタ自動車の会計処理は、 図表1の通りである。
この会計処理の主要な論点は次の通りである。 第1に、 有償支給であっても 棚卸資産の通常の販売と同様に、 払い出した棚卸資産の取得原価を売上原価 として費用計上することにより、 管理業務の対象となる在庫品が、 メーカー の貸借対照表からオフバランスされている。 第2に、 有償支給の対価を債権
図表1 トヨタ自動車による有償支給取引の仕訳処理
①当期、 支給先への支給品の支給時
(借) 売上原価 [払出原価] 100 (貸) 商製品 100 (借) 未収入金 120 (貸) 売上原価 [引渡価格] 120 (※1)
※1:有償支給品は最終製品ではないことから、 有償支給差益相当額は原価で調 整。
②当期末時
(借) 売上原価 [未実現利益分] 20 (貸) 仮受金 20 (※2)
※2:支給先在庫分は当社の在庫として認識していない。
また、 翌期に洗替処理する。
③翌期、 加工後の製品納入時
(借) 商製品 150 (貸) 買掛金 150
④翌期、 支給先に対する債務の支払時
(借) 買掛金 150 (貸) 未収入金 120
現金預金 30
として管理するために、 対価の額に基づいて未収入金が認識されている。 た だし貸方を売上原価とし、 これを引渡価格で計上したことにより、 売上原価 勘定は20の貸方残高となるが、 これは100で取得した在庫品を120の未収入金 へと評価しなおしたことにより、 未実現利益を認識したことを意味する。 そ こで第3に、 2番目の仕訳で貸方計上された売上原価の金額を修正する目的 で、 当期末時の仕訳で借方を売上原価とすることにより、 この未実現利益が 削除されている。 貸方の仮受金は、 未収入金の評価勘定の性質を有するから、
期末現在で作成される貸借対照表では、 未収入金から控除されるものと思わ れる。 第4に、 翌期の洗替処理で貸方に未実現利益分の売上原価20が復活す るが、 これは加工後の製品納入の取引③で借方に計上される製商品の取得原 価150に含まれており、 この製商品が顧客に販売されて売上原価に転じるこ とにより、 はじめて実現利益になるのである。
有償支給取引を悪用した東芝の粉飾決算 1. 有償支給取引による利益操作額の重要性前節で考察したように、 有償支給取引は日本企業が効率的なサプライチェー ンの構築を目指して実践する優れた調達慣行であるが、 この取引を悪用して 利益捻出を行った悪質な粉飾決算の事例がある。 2015年に証券取引等監視委 員会への公益通報により発覚し、 のちに東芝の不正会計事件とよばれること になった粉飾決算がそれである。
東芝株式会社の第三者委員会が2015年7月20日付けで発表した 「調査報告 書」 (20項) によると、 2009年3月期から2014年第3四半期末までの約7年 間で、 合計1,518億円もの税引前利益が水増しされていたという。 粉飾決算 の手段として挙げられている4つの事項のうち、 パソコン事業における部品 の有償支給取引を悪用した売上原価の過大計上額が592億円にのぼり、 粉飾 額の実に4割を占めている点でその重要性は非常に高い。 以下では前述の第 三者委員会による調査報告書の記述を手がかりとして、 東芝による有償支給 取引とその会計処理の概要を整理する。
2. 東芝による有償支給取引の実態
第三者委員会の調査報告書 (206〜208頁) が示す東芝の有償支給取引の概 要は次の通りである。 東芝は、 パソコンの製造を台湾の外注先に委託し、 台 湾で加工と製造が行われた完成品を買い戻して、 それを販売している。 この 一連の取引は調査報告書で 「バイ・セル (buy-sell) 取引」 とよばれている。
台湾への生産の委託に際しては、 パソコンの製造に必要な部品を、 東芝側が 一括購入して台湾の外注先に販売する形で、 有償支給取引が行われる。
ここで注目すべきは、 有償支給される部品の価格である。 東芝は部品の有 償支給取引にあたり、 東芝グループによる部品の一括購入の仕入値が外注先 に明らかにならないようにして情報流出を防ぐ目的で、 有償支給部品の価格 を、 仕入値よりも大幅に高い価格に設定している。 支給される部品の実勢価 格からみてそれがいかに高い価格であろうとも、 外注先にとっては、 パソコ ン部品を組み立てて製品を完成させる作業に見合う正当な報酬額が上乗せさ れた価格によって、 東芝が完成品を買い取るのであれば、 不都合は生じない。
東芝から台湾の外注先へ有償支給される部品の価格は、 東芝による部品の 仕入値を隠す目的で設定されていることから、 その価格は 「マスキング価格」
とよばれている。 また東芝の部品仕入値と有償支給価格との差を、 第三者委 員会調査報告書は 「マスキング値差」 と称している。 前掲の図表1の前提と なった数値、 すなわちメーカーが単価100で取得した原材料を、 サプライヤー に120で有償支給し、 サプライヤーによる加工作業の報酬を加算し、 これを 150で買い戻す仮設例で表現すれば、 部品のマスキング価格は120であり、 そ のうち20がマスキング値差である。
東芝の有償支給取引の1つの特徴は、 部品の仕入値に比べて有償支給価格 が著しく高いことである。 第三者委員会の調査報告書 (212頁) は、 [マスキ ング値差÷仕入値] を 「マスキング倍率」 と称してその時系列データを報告 している。 それによるとこの倍率は2008年度の2.0倍から徐々に大きくなり、
2013年度には5.2倍にも達している。 たとえば部品の仕入値が50であれば、
それにマスキング差益 [50×5.2倍=260] が加算されるので、 有償支給価格
は300を上回ることになる。
3. 東芝による有償支給取引の会計処理
ここでは、 東芝が単価50で取得した部品を、 台湾の組み立て外注先に300 で有償支給し、 外注先による加工作業の報酬を加算し、 これを320で買い戻 す仮設例を考える。 この仮設例は、 基本的には第三者委員会の調査報告書 (208〜212頁) で説明のために用いられている数値例を参考にして作成した。
この有償支給取引に関する東芝の会計処理は、 図表2のとおりである。
図表2の会計処理は、 この一連の有償支給取引が1つの会計期間内で完結 するのであれば、 まったく問題点はないといえよう。 仮設例の数値に即して いえば、 製造原価勘定は最終的に70の借方残高となるのであり、 これは有償 支給された部品の取得原価50と、 外注先での加工賃20から構成されている。
有償支給取引を論じた当時の参考資料として、 日本公認会計士協会・会計 制度委員会報告第13号 「我が国の収益認識に関する研究報告 (中間報告) IAS第18号 収益 に照らした考察 」 (2009年12月8日) を挙げる
図表2 東芝による有償支給取引の仕訳処理
①部品の有償支給時
(借) 未収入金 300 (貸) 部品在庫 50 製造原価 250
※製造原価として貸方記録される250は、 東芝が加算したマスキング値差であり、
外注加工後の完成品の買戻し時に相殺消去される。
②加工後の買戻し時
(借) 部品在庫 320 (貸) 未払金 320 (借) 製造原価 320 (貸) 部品在庫 320
※上側の仕訳の貸方は、 未払金ではなく買掛金の方が的確であると思われるが、
次の仕訳で未収入金と相殺消去されること、 第三者委員会調査報告書でも未払 金として説明されていることを考慮して、 この科目名を用いている。
③外注先に対する加工賃の支払時
(借) 未払金 320 (貸) 未収入金 300 現金預金 20
ことができる。 そこでは重要な論点として、 有償支給時に売上収益を認識し ないことが指摘されている。 実現主義の考え方に照らすと、 有償支給元がそ の支給時において買戻しを予定している限り、 収益認識要件の1つと解され る 「財貨の移転の完了」 要件を実質的に満たしていないため、 収益は認識で きないと考えられるからである (94頁)。 東芝の会計処理も、 売上収益を認 識してはおらず、 この点について問題はない。
4. 東芝の会計処理の問題点
しかし、 仮設例の一連取引が1つの会計期間 (年次または四半期) 内に完 結しない場合には、 重要な問題を生じることがわかる。 図表1のトヨタ自動 車の仕訳処理では、 有償支給差異が未実現利益であることを考慮して、 それ を除去する会計処理 (図表1の仕訳②) が期末に追加されているのに対し、
東芝の会計処理では、 この配慮がまったく行われていない点で問題である。
このまま放置すれば、 次の問題が生じる。 通常であれば、 製造原価 (図表 2の仮設例では+70) を基礎として算定された売上原価を、 売上高 (たとえ ば100) から控除することにより、 利益は [売上高100−売上原価70=30] と して算定される。 しかし東芝の会計処理によれば、 製造原価が会計期間末で 暫定的に貸方残高となることにより (図表2の仮設例では▲250)、 利益が [売上高100−売上原価▲250=350] として計算されてしまうのである。 売上 高より利益の方が大きくなる計算は、 論理的にも決してありえない結果であ る。
しかも東芝の場合、 未実現利益であるマスキング差益が部品の取得原価に 比べて非常に大きく設定されているだけでなく、 有償支給したまま期末まで に買い戻されることなく、 外注先に残存している在庫量が年を追って増加し ている。
この点について第三者委員会の調査報告書は、 東芝の会計処理の不適切さ について、 次の2点を指摘している (218頁)。 ①部品を外注先に供給した時 点で、 マスキング値差を東芝にて製造原価のマイナスとして認識するという
会計処理方法そのものが不適切であること、 および②この会計処理方法を悪 用して、 四半期末において正常な生産行為に必要な数量を超えて、 外注先に 部品を有償支給して保有させて製造原価のマイナス額を大きくし、 見かけ上 の当期利益を嵩上げしたことの2点がそれである。
有償支給取引の収益認識1. 収益認識会計基準の新設
売上収益の認識と測定は、 損益計算書におけるその重要性にもかかわらず、
日本では長らく企業会計原則の実現原則に関連する規定のほかに、 収益認識 に関する包括的な会計基準は存在しなかった。 しかし国際的にみれば、 国際 会計基準審議会とアメリカの財務会計基準審議会が共同開発した会計基準の 適用が、 2018年1月以降の開始年度から開始されたことにより、 世界の主要 国において収益認識に関する会計処理が統一されようとしている。 このため 日本でも、 国際財務報告基準 (IFRS第15号 「顧客との契約から生じる収益」) の規定内容を基本的にすべて取り入れるとともに、 日本での適用上の課題に 対応するため、 国際的な比較可能性を大きく損なうことがない範囲で、 国際 基準とは異なる代替的な会計処理を追加的に認めるという方針で、 収益認識 に関する包括的な会計基準が制定された。
企業会計基準委員会が2018年3月30日に公表した企業会計基準第29号 「収 益認識に関する会計基準」 がそれである。 この新基準は、 2021年4月以後に 開始する年度から適用されることになっており、 2018年4月以後に開始する 年度からの早期適用も認められている。
この新基準は、 実現原則に言及することなく、 収益は企業が財やサービス に対する支配を顧客に移転することにより、 契約上の履行義務を充足した時 点で、 取引価格に基づいて認識することとした。 そのような履行義務の充足 のパターンとして、 ①一時点での充足と②一期間にわたる充足が区別される。
そして収益は、 ①では資産に対する支配が企業から顧客に移転した一時点で 認識し、 ②では企業による履行義務の遂行の進捗度に対応付けて一定期間に
わたり認識するものとして、 伝統的な販売基準と生産基準が統合されている。
本稿で取り上げる有償支給取引は、 ②の一期間での充足と判断されるため の要件を満たさないから、 ①の一時点で充足される履行義務に分類される取 引の1つである。 したがって、 資産に対する支配が移転した時点で収益を認 識することになる。 ただし原材料や部品をメーカーがサプライヤーへ有償で 支給する時点で、 すでに加工後の買戻しが予定されている。 したがって、 有 償支給時点で資産への支配が移転してメーカーの履行義務が充足されている と考えることができるか否かは、 慎重に判断すべき重要な論点となる。
2. 買戻契約の会計処理規定
メーカーからサプライヤーへの原材料や部品の有償支給取引は、 加工後に サプライヤーへの報酬を上乗せしてメーカーがその資産を買い戻すことが予 定されているから、 「買戻契約」 に該当する。 そのような形で、 メーカーが 資産を買い戻す義務を負っていたり、 資産を買い戻す権利を有している場合 には、 サプライヤーはその資産に対する支配を獲得しているとは判断されな い。
企業会計基準適用指針第30号 「収益認識に関する会計基準の適用指針」 は、
第69〜74項にわたり、 買戻契約の会計処理を、 図表3のように場合分けして 規定している。 それによれば、 買戻しの権利や義務の定めを含む契約は、 そ の権利や義務が企業と顧客のいずれに所在するか、 また当初の販売価格と買 戻価格のいずれが大きいか、 さらには買戻し時点での市場価格 (時価) との 大小関係により、 その会計処理は異なる。
本稿で考察しているメーカーからサプライヤーへの原材料や部品の有償支 給取引は、 メーカーが無条件の買戻義務を負っていたり、 または買戻権を有 していたりする場合に該当し、 かつ加工後の買戻価格に加工報酬が上乗せさ れるから、 販売価格より買戻価格のほうが大きい。 したがって図表3に照ら せば、 (b) 金融取引として会計処理すべきケースに該当するというのが、 1 つの有力な解釈である。
このケースのように、 当初販売価格より買戻価格の方が大きい取引の多く は、 販売価格分の融資を受ける担保として製品等を相手に引渡し、 これに借 入利息を加えた額で相手から買戻していると解釈できるので、 売手の企業は 金融取引の借手としての会計処理を行うことが求められるのである。
3. 適用指針の公開草案が提示した会計処理
この解釈に基づき、 企業会計基準適用指針は2017年7月20日に公表したそ の公開草案において、 有償支給取引の会計処理を例示するために、 次のよう な [設例32] を公表した。 この設例の前提条件は、 (1)〜(3) から構成され、
それぞれ次のとおりである。
(1) A社 (支給元) は、 B社 (支給先) と製品Xの購入契約を締結して いる。 A社は、 当該契約に基づき、 A社が製造した部品Y (A社における帳 簿価額は900千円) をB社に1,000千円で有償支給し、 加工後の製品Xを1,200 千円でB社から購入した。
(2) 当該取引において、 契約上、 次の事項が定められている。 ①B社は、
A社から支給された部品Yを、 A社に供給する製品Xの製造にしか使用でき ない。 ②A社から支給された部品Yについて、 B社が検収した時点で、 当該 支給部品に対する所有権及び危険負担は、 A社からB社に移転する。 ③A社 には、 B社に対して有償支給した時点で、 法的な債権が生じ、 また、 同時に
図表3 買戻契約の会計処理
権利義務の内容 販売価格と買戻価格の関係ほか 会計処理 企業が無条件の
買戻義務を負う、
または買戻権を 有する場合
販売価格>買戻価格 (a) リース 販売価格<買戻価格 (b) 金融
顧客の権利行使 により、 企業が 無条件の買戻義 務を負う場合
販売価格
>買戻価格
買戻価格>市場価格 (c) リース 買戻価格<市場価格 (d) 返品権付き販売 販売価格
<買戻価格
買戻価格>市場価格 (e) 金融
買戻価格<市場価格 (f) 返品権付き販売
B社には法的な債務が生じる。 ④A社からB社への部品Yの有償支給に係る A社の債権は、 製品Xの納入月の翌月末日に決済される。 ⑤B社からA社へ の製品Xの納入に係るA社の債務は、 製品Xの納入月の末日に決済される。
⑥製品Xの納入時点において、 製品Xに組み込まれた支給部品Yの価格は、
支給時の価格と同額である。
(3) A社は、 B社より加工した製品Xを購入することにより、 製品Xに 組み込まれた支給部品Yの全量を取得するため、 当該契約は実質的に買戻契 約に該当すると判断し、 B社が当該支給部品Yの使用を指図する能力や、 当 該支給部品Yから残りの便益のほとんどすべてを享受する能力が制限されて いることから、 A社からB社に支給部品Yの支配は移転していないと判断し た。
この一連の有償支給取引に関して、 適用指針が提示する会計処理は、 図表 4のとおりである。
図表4 設例の有償支給取引の会計処理
(仕訳の単位:千円)
①B社に対する部品Yの支給時
(借) 未収入金 1,000 (貸) 有償支給取引に係る負債 1,000
部品Yの有償支給により生じたB社に対する法的な債権を認識し、 加工後 の製品Xに対する支払義務に含まれる部品Y相当額として、 有償支給取引 に係る負債を認識する。 部品Yの帳簿価額 (900千円) はA社の棚卸資産 として引き続き認識される。
②加工後の製品XのA社への納入時
(借) 棚卸資産 200 (貸) 買掛金 1,200 有償支給取引に係る負債 1,000
B社の加工による増価部分を棚卸資産として認識し、 有償支給取引に係る 負債の消滅を認識したうえで、 これに係る営業債務の発生を認識する。
③B社に対する債務の支払時
(借) 買掛金 1,200 (貸) 現金預金 1,200
④部品Yの有償支給に係る債権の回収時
(借) 現金預金 1,000 (貸) 未収入金 1,000
この会計処理の最大の特徴は、 ①の有償支給時に、 棚卸資産の減少を認識 していないことである。 図表1でトヨタ自動車が取引①の貸方を製商品とし、
図表2で東芝が取引①の貸方を部品在庫として、 いずれも棚卸資産のオフバ ランス処理を行っているに比べて、 顕著な相違点となっている。 図表4の処 理では、 棚卸資産の減少記録に代えて、 「有償支給取引に係る負債」 という 項目名の負債が認識される。 これは買戻時に発生する支払義務額のうち、 有 償支給品の支給価格に相当する部分を表している。
4. 公開草案に対して表明された意見
企業会計基準委員会の審議資料 (「公開草案に寄せられたコメントとそれ らに対する対応案」 2018年2月22日、 8084頁) によると、 収益認識会計基 準の公開草案に寄せられた全コメント69件のうち14件が、 有償支給取引に関 する前述の設例に言及しており、 その多くが図表4の会計処理に反対意見を 表明している。 反対意見の論拠は、 おおむね次の5つに分類することができ る。
第1は、 有償支給取引の実態は多様であり、 すべての取引が一律に買戻契 約に該当するわけではないという反対意見である。 この意見は、 有償支給取 引を買戻契約に該当するものと該当しないものを識別できるようにするため、
買戻契約に該当するか否かの判断基準を示すべきであるとの提案につながる。
たとえば、 支給品の全量を買い戻すことが契約上で約束されている場合や、
支給品を第三者に売却することを一律に禁止している場合は買戻契約に該当 するが、 そのような契約条項がなければ買戻契約には該当しないとする判断 基準が、 その一例である。
第2に、 有償支給品に対する支配は、 支給の時点でいったん実質的に支給 先に移転していると判断すべきことを強調する意見も表明されている。 この 見解の論点は、 支配の移転を根拠として有償支給時に売上収益を計上する会 計処理を示唆するのではなく、 支給した原材料や部品を支給元のメーカーの 貸借対照表からオフバランス処理する点にある。
第3の反対意見は、 メーカーにとって有償支給取引の目的は、 製造過程の 一部を支給先に委託することを通じた生産の効率化にあるのであり、 支給品 を担保として支給先から資金提供を受ける目的で行っているわけではないこ とを根拠とする。 したがって図表3の(b)で規定されるような金融取引の性 質を有するわけではないから、 有償支給取引に関連して支給元が負債を認識 すると、 取引の経済的実態が財務諸表に的確に反映されなくなるというので ある。
第4に、 収益認識会計基準の適用範囲の整理に立脚した反対意見もある。
収益認識に関する会計基準は、 企業が顧客に財やサービスを提供する取引に 関する収益認識の会計処理を規定するものであるのに対し、 メーカーが原材 料や部品を有償で支給する相手先のサプライヤーは、 いかなる意味において も企業にとっての顧客ではないから、 そもそも有償支給取引は収益認識会計 基準の適用対象外であるという意見がそれである。
第5に、 仮設例が提案する会計処理を実践する場合の実務上の困難性を根 拠とした反対意見も表明されている。 図表5の①の仕訳の要点は、 有償支給 された在庫品が、 支給後もオフバランス処理されるのでなく、 支給元の棚卸 資産として引き続き認識されることである。 しかし支給先へ引き渡されてす でに手元には存在しなくなっている在庫について、 支給元が引き続き自己の 資産として管理しなければならないとしたら、 定期的な実地棚卸の作業も含 めて、 実務上で多額の管理コストが必要となるという。
5. 確定基準の規定と残された課題
これらのコメントをふまえて、 有償支給取引の会計処理を例示するために 設けられていた公開草案の設例32は、 最終確定した適用指針に付された一連 の設例から削除された。 この削除は、 有償支給取引の経済的実態が多様であ るにもかかわらず、 この設例を示すと、 すべての取引を一律に買戻契約に該 当すると判断し、 画一的な会計処理が求められているとの誤解を生じかねな いという意見に対応したものである。
また設例32に関する反対意見の多くは、 有償支給時に棚卸資産のオフバラ ンス処理が行われないこと、 および取引の経済的実質に反して支給元企業で 負債が計上されることの2点に集中している。
そこで適用指針は設例を削除したうえで、 有償支給取引の会計処理に際し ては、 ①支給元が支給品を買い戻す義務を負っているか否かを最初に判断し、
②義務を負っていなければ支給元は支給品の消滅を認識し、 ③義務を負って いるのであれば支給品の消滅を認識しない旨を規定している (104項)。
さらに、 支給品のオフバランス処理の実務的な重要性に鑑みて、 たとえ支 給元が支給品を買い戻す義務を負う場合であっても、 個別財務諸表において は支給品の譲渡時にその支給品の消滅を認識することができることを明示し た。 この特例は、 本稿の第2節で考察したとおり、 メーカーからサプライヤー への原材料や部品の支給を有償にすることの目的が、 実地棚卸の実施も含め て、 支給元企業の在庫管理業務の軽減を目的としており、 有償にすることで 仕損じや作業屑の発生を抑制し在庫品の有効活用を促進するという、 管理会 計の視点からの有償支給取引の意義に配慮したものであると考えられる。
なお適用指針104項で、 支給元企業が買戻義務を負うか否かにかかわらず、
有償支給の時点で譲渡に係る収益を認識してはならない旨が繰り返して強調 されている点も注目される。
これらを総合すると、 金融取引に該当せず、 買戻義務も負わない有償支給 取引の会計処理として、 有償支給の時点で行うべき仕訳は、 次のようになる であろう。 貸方では、 売上収益の認識ではなく、 棚卸資産の消滅が取得原価 (たとえば100) で記録されており、 借方には有償支給の対価としての債権 (たとえば120) の発生が認識されている。
(借) 未収入金 120 (貸) 棚卸資産 100
○○○○ 20
それでは〇〇〇〇として示された貸借差額 (ここでは20) の本質は、 どの ように考えるべきであろうか。 図表1のトヨタ自動車の会計処理では、 期中 で暫定的に売上原価とされたうえで、 決算日には仮受金に振り替えられてい
る。 他方、 図表2の東芝の会計処理では、 この貸借差額が有償支給先への報 酬も含めて最終的に当期総製造費用の計算要素とされることから、 製造原価 という項目名で記録されている。 しかし東芝の場合は、 決算日に至っても、
製造原価の貸方残高として放置されたことにより、 未実現利益の計上を引き 起こしたことは前述のとおりである。
図表4で①として示したように、 貸方で 「有償支給取引に係る負債」 を認 識するのではなく、 棚卸資産の消滅を記録するのであれば、 貸借差額の本質 は明らかに未実現利益であり、 そのことを明示するには上記の仕訳の貸借差 額を 「有償支給未実現利益」 のような名称で把握しておくのも一案であろう。
(筆者は関西学院大学商学部教授)
引用文献・参考文献
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