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密教文化 Vol. 2007 No. 219 005静 春樹「金剛乗がもった女性観序説 PL9-L40,139」

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密 教 文 化

金 剛乗 が も った女 性 観 序 説

は じ め に 筆 者 は、『密 教 文 化 』掲 載 論 文 (No.216,217) で、思 想 史 的 に イ ン ド仏 教 は声 聞 乗 (小 乗)・ 波 羅 蜜 乗 (大乗)・ 金 剛 乗 の三 っ の乗 (yaia)を も った とす る見解 を打 ち 出 して き た。ま た そ れ と不可 分 の 問 題 と して 、 イ ン ド密 教 史 の総 体 を 「タ ン トラ」の 展 開 史 とす る立 場 を確 立 した の が ま さ し く金 剛 乗 の 阿闇 梨 た ち で あ った と い う当然 の事 実 を再 確 認 した 。金 剛 乗 は イ ン ド密 教 史 に特 化 して 眺 め る と喩 伽 部 密 教 と無 上 喩 伽 部 密 教 (大喩 伽 タ ン ト ラ と鍮 伽 女 タ ン トラ) に跨 る段 階 とな る。 本 稿 で は、金 剛 乗 が そ の宗 教 実 践 に 関与 す る女 性 の位 置 につ い て ど の よ うな 見 解 を も って い たか の素 描 を提 出 した い。 これ は、 フ ェ ミニ ズ ム の問 題 圏 を も巻 き込 む極 め て 先鋭 的 ・現 在 的 な課 題 で あ る。我 々 は人 で あ る前 に 先 ず 、 〈性 〉 と して の 男 で あ り女 で あ る と い う言 明 が あ る。 こ の セ ック ス (生 物 学 的 な性 別) と ジ ェ ン ダ ー (社 会 的 ・文 化 的 な 性 の あ りよ う) と の 区 別 が 「第 一 の 性 」 に は意 識 さ れ て こな か った 点 を フ ェ ミニ ズ ム は 激 し く糾 弾 す る。 フ ェ ミニ ズ ム は、男 性 の女 性 支 配 シス テ ムで あ る 「家 父 長 制 」 の理 念 的支 柱 とな っ たす べ て の宗 教 を告 発 す る。例 え ば、 あ る文 化 が 女性 中心 の シ ン ボ ル体 系 を もっ こ と は、そ の 社 会 で 現 実 に女 性 が 抑 圧 され 、 自 デ ィス クール 身 の 言 説 を奪 わ れ て い る事 実 (「サ バ ル タ ンは 語 る こ とが で き な い 」) と 何 ら矛 盾 を きたす もの で はな い。さ らに、西洋 文 化 圏 で近 代 理 性 へ の批 判 ・ 自 己批 判 と して 出発 した フ ェ ミニ ズ ムの一 部 が、世 界 史 の 「ア ジ ア的 停 滞 」 が 生 み 出 した 文 化 パ ラ ダイ ム (共 同観 念) の聖 化 へ と逃 避 ・退 行 す る傾 向

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を 日本 も含 め た東 洋 の先 進 的 な フ ェ ミニ ズ ム が批 判 す る。 哲 学 者 ヘ ー ゲ ル に よれ ば、世 界 史 は絶 対 精 神 の 自 己 実 現 の過 程 で あ り、 そ れ は 自 由 の拡 大 の道 程 と同義 で あ る。事 実 、 五 十 ・百 年 の スパ ンで見 る と女 性 は着 実 に 力 を っ けお り、男 女 平 等 の進 展 は必 然 で あ る と言 え る。 こ れ は フ ェ ミニ ズ ムの 主 張 の正 否 の 如 何 にか か わ らず 進 む人 類 史 的 な過 程 で あ ろ う。 しか し、そ の一 方 で 、初 期 仏 教 以 来 、「二 級 市 民 」の 位 置 に既 め ら れ た ま ま で お よ そ 前 進 の 見 ら れ な い の が 仏 教 に お け る女 性 の 位 置 で あ る(1)。 内部 に様 々な 立場 ・力 点 の相 違 を生 み 出 し相 互 に論争 しっ っ 、世界 の フ ェ ミニ ズ ム は、人 文 学 が 蓄 積 した テ クス トの 再 解 読 ・脱 構 築 とい う壮 大 な 試 み を 始 め て い る と当 事 者 た ち は主 張 す る。 この 点 で、 キ リス ト教 を核 とす る文 化 パ ラダ イ ム内 部 で の 目覚 ま しい フ ェ ミニ ズ ム学 の成 果 と引 き比 べ て、 わ が 国 の フ ェ ミニ ズ ム研 究 者 に よ る仏 教 の批 判 的再 解 読 は端 緒 に っ い た ば か りで あ る。 さ らに、身 近 な対 象 の 日本 仏 教 に比 べ て 、 イ ン ド仏 教 の総 体 的 な再 解 読 の試 み は未 だ視 野 に 入 って い る と は言 え な い状 況 に あ る。 1.イ ン ド仏 教 史 と フ ェ ミ ニ ズ ム 問 題 点 を見 て い く。イ ン ド仏 教 に あ って も、 自然 性 に基 づ く男 女 の性 差 の 問 題 が 教 理 内 容 と切 り結 ぶ 地 点 が あ る。 ま ず 、周 知 の 「女 人 の 五 障 」説 に定 式 化 され た 男 性 第 一 主 義 (androcentrism) は、阿 含 経 以 来 、教 理 系 の外 に あ って そ れ を 規 定 す る枠 組 み と して 働 い て い る。釈 尊 は女 性 (比 丘 尼 僧 伽) が 男 性 (比 丘 僧 伽) か ら 自立 す る こ と を 禁 止 した。 しか し、部 派 仏 教 の 目 標 は 阿 羅 漢 果 の 獲 得 で あ り、 声 聞 乗 は律 蔵 の 八 敬 法 (attha garudhaima) に集 約 的 表 現 を見 るそ の明 か な 女 性 差 別 に もか か わ らず 、 悟 りの 可 能 性 を 比 丘 尼 に も認 め て い た。つ ま り、女 性 は そ の性 の ま ま で 悟 りを得 る こ とが 出来 る とさ れ て い た(2)。 これ に代 わ って、大 乗 (波 羅 蜜 乗) が す る女 性 へ の対 応 は、複 雑 で レ ト 金 剛 乗 が も っ た 女 性 観 序 説

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密 教 文 化 リッ クに 満 ちた もの で あ る。 まず 前 提 と して、女 性 は本 来 的 に具 わ る とい う 「五 障 」 の故 に、声 聞乗 の 阿 羅 漢 に代 わ る大 乗 の 目標 で あ る仏 果 の獲 得 か ら原 理 的 に排 除 さ れ て い る(3)。しか し、「大 きな乗 物 」を 標 榜 す る以 上 、 菩 薩 行 を実 践 す る女 性 を ど の よ うに位 置 づ け摂 受 す るか が 避 け て通 れ な い 課 題 と な る。 こ こか ら幾 多 の 初 期 大 乗 経 典 で は、女 人 救 済 の 本 願 思 想 や空 思 想 を底 に置 い た 「転 女 身」 「変 成 男 子 」 と い う方 便 が 案 出 され る。 『維 摩 経 』で 理 路 整 然 と空 性 を説 い て 舎 利 弗 を や り込 め る天 女 も、実 際 は男 性 で あ る菩 薩 が本 願 力 で 女 身 を現 じて い る の で あ る。 ま た 『小 品 般 若 経 』 に 出 る恒伽 提 婆 (Gahgadeva) とい う名 の 女 性 は仏 陀 か ら作 仏 の 授 記 を 得 るが 、 彼 女 も女 身 を転 じて男 性 とな り成 仏 す る。女 身 に即 して言 え ば 、波 羅 蜜 行 を 実 践 す る女 性 の菩 薩 た ち が 不 退 転 位 (aoaivartira) に ま で は到 る とす るの が経 典 作 者 た ちの 妥 協点 で あ り、一 番 遠 くまで 進 み 得 た地 点 で あ った。 経 典 作 者 が 、 この 階位 に まで 到 った 者 に は誰 で あ って も仏 位 は 保 証 され た も同 じで あ る と理 解 す る よ う求 め て い る こ と は明 か で あ る。 これ は含 意 の 問題 で あ る。 そ して、 当 然 の こ と な が ら、正 面 切 っ て無 条 件 に、女 性 が 即 身 に仏 と成 る事 例 を説 く大 乗 経 典 は一 部 もな い(4)。教 義 と そ れ を生 み 出 す 生 きた思 想 状 況 は ま ず 峻別 さ れ るべ きで あ る とす る の が筆 者 の 問 題 意 識 で あ り方 法 論 で あ る。 そ の地 点 か ら照 射 す れ ば、「男 子 の 法 な く、女 人 の 法 も な い」 と い う性 差 否 定 の言 説 の存 在 は 大 乗 が もっ 女 性 差 別 に対 す る免 罪符 に は な らな い。 大 乗 の論 師 が 自在 に 紡 ぎ 出 す 空 思 想 の外 側 に、「女 人 の 五 障 」説 の枠 組 み が 厳 と して 存 在 す る こ と は誰 も否 定 で きな い。 さ て 、金 剛 乗 で は 、そ の シ ンボ ル 体 系 に あ って 、 金 剛 〔杵 〕(vaja) は ま さ し く フ ェ ミニ ズ ムが 「父 権 一 神 教 的 ・ロ ゴス 中 心 的 価 値 体 系 」(5)の根 底 に見 よ う とす る男 根 (phallus) を 意 味 す る。『真 実 摂 経 』(『初 会 金 剛 頂 経 」) の 出現 に よ って 成 立 した金 剛 乗 は、同経 「教 理 分 」に 出 る貧 欲 の宗 教 実 践 (ragacarya) を 理 論 的 に深 化 させ る。 大 喩 伽 タ ン ト ラの 中 心 経 典 Guhyasamajatanra (以 下 、『秘 密 集 会 」) で は、そ の 冒頭 で 世 尊 一 切 如 来 身語 心 金 剛 (真 実 在) は 「諸 々 の金 剛 妃 の女 陰 (bhaga) に住 し」て い る(6)。

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喩 伽 女 タ ン トラのHevajratantra-duiralpa (以下 、『二 儀 軌 』)〈説 方 便 品〉 で は、世 尊 金 剛 薩 錘 は、加 持 (adhisthana) にっ い て の説 法 に先 立 って女 尊 た ち か ら金 剛 供 養 (uajrapuja) の を受 け る。 そ こで、 ナ イ ラ ー トミャ ー ヨーギ ニ ー を上 首 とす る ダ ー キ ニ ー た ちす べ て は 、五 甘 露 と三 昧 耶 の実 物 (五灯 明) を摂 取 し、世 尊 金 剛 薩 蓮 を 供 養 す る。交 会 に よ って 随 喜 し、彼 女 た ち は 〔交 会 か ら生 じ た〕金 剛 杵 の 甘 露 (精 液) を飲 み込 む(7)。 っ ま り、引 用 の双 方 で 世尊 は性 喩 伽 を行 って い る。生 身 の 修 法 者 が理 念 的 存 在 (尊格) を 具 現 化 (成 就) して行 う性 喩 伽 とは 、[桜 井1998:174]に よ れ ば、「男 女 の 性 的 交 わ りに お い て尊 格喩 伽 や 『菩 提 心 』 と して の精 液 を 対 象 と した 観 法 等 を行 い、一 定 の境 地 を 体 験 しよ う とす る実 践 儀 礼 」 で あ る。「秘 密 集 会 』や 『二 儀 軌 』の作 者 は、そ の 教 説 を叙 述 す る場 に お い て何 よ り も先 ず 女 性 〈性 〉 の存 在 を要 請 して い る。 と ころ で 、金 剛 乗 の 〈行 の 体 系〉 の 根 幹 とな る性喩 伽 は、パ ー トナ ー と な る女 性 に と って の 場 合 に も 男 性 修 法 者 と 同 じ意 味 を もっ の で あ ろ うか 。あ る い は、 そ もそ もそ の 貧 欲 行 は、女 性 が 自 ら理 論 構 築 し、 実 践 で イ ニ シ ャ テ ィ ヴ を取 った もの で は な い こ とか ら して 、 フ ェ ミニ ズ ム が糾 弾 す る第 一 の 性 に よ る 「第 二 の 性 」の 収 奪 の図 とな るの で あ ろ うか 。 フェ ミニ ズ ムの 論 者 ・大 越 愛 子 は、 あ たか も存 在 しな い か に見 え る仏 教 独 自の 父 権 的性 格 を示 す メ ル ク マ ー ル と して 、言 語 否 定 ・性 否 定 ・女 性 性 の 否 定 を挙 げ 、さ ら に 「これ ら は結 局 は仏 教 の 現 世 否 定 の 多 面 的 な現 れ と 捉 え 直 す こ と もで き る。世 界 の諸 宗 教 の 中 で 稀 有 とい え る ほ ど の 強烈 な世 界 嫌 悪 は、仏 教 の 父 権 的 性 格 の 真 髄 と いえ る」(8)と述 べ る。大 越 が 出 した この判 断 基 準 は、小 乗 ・大 乗 (波 羅 蜜 乗) と並 ん で 金 剛 乗 に も当 て は ま る の で あ ろ うか 。 こ う した 問題 提 起 を 自 らに課 す こ と に よ って 、筆 者 は金 剛 乗 が 声 聞 乗 ・波 羅 蜜 乗 か ら自 らを別 立 す る メ ル クマ ー ル を さ らに特 定 す る 金 剛 乗 が も っ た 女 性 観 序 説

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密 教 文 化 こと が で き る。他 方 で 、 フ ェ ミニ ズ ム に と って は、 これ まで に 出 した イ ン ド仏 教 につ い て の知 見 で は金 剛乗 を 有 効 に姐 上 に載 せ る こ とが 出 来 な い と 判 明 す る こ と も あ ろ う。 そ の場 合 は、他 の二 っ の乗 と は異 な った 金 剛 乗 の 独 自性 の検 討 は、 フ ェ ミニ ズ ム 自身 の知 見 と方 法 論 の 深 化 を もた らす に違 い な い。 多 くの 先 行 研 究 の成 果 が示 す よ うに、 金 剛 乗 が イ ン ド初 期 中世 に お け る 女 神 崇 拝 の大 き な潮 流 の 影 響 を受 け た こ と は間 違 い の な い 事 実 で あ ろ う。 フ ェ ミニ ス トの 理 論 家 た ち が聖 母 マ リア崇 拝 を男 女 の 権 力 関 係 を隠 蔽 す る 装 置 で あ る と読 み解 い た こ と は、我 々が 、女 神 崇 拝 を もつ ヒ ン ド ゥイ ズ ム と金 剛 乗 に対 す る際 の 他 山 の石 とな ろ う。これ まで の よ うに仏 教 学 の 没 ジ ェ ン ダー の超 越 的 な立 場 か らす る言 説 は論 点 のす り替 え と言 わ ざ る を得 な い。 そ れ で は、人 類 が築 い た文 化 パ ラ ダ イ ム の相 対 化 を試 み る フ ェ ミニ ズ ム と イ ン ド仏 教 史 は ど の よ う に切 り結 ぶ ので あ ろ うか。仏 教 学 も、 フ ェ ミニ ズ ム と の真 摯 な論 争 を通 して 己 の 出 自の検 討 を さ らに深 め た い もの で あ る。 この よ う な現 代 思 想 の 舞 台 で の先 鋭 的 な 問 題 意 識 を踏 ま え て 、本 稿 は、 金 剛 乗 が も った女 性 観 にっ い て、筆 者 が 現 時 点 で もっ 概 念 図 お よ び 問 題 点 を提 出 して 、彼 我 の 研 究 の 発 展 を 願 う もの で あ る。 2.ヨ ー ギ ニ ー と ダ ー キ ニ ー この 節 で は、金 剛 乗 が 展 開 した ヨー ギ ニ ー ・ダ ー キ ニ ー(9)の表 象 に つ い て タ ン トラ文 献 か ら具 体 例 を 挙 げ て論 じる。表 象 とは何 らか の 実 在 す る対 象 ・事 象 に つ いて 観 念 が と る形 態 の ひ とっ で あ る。数 多 くの 仏教 タ ン トラ 文献 か ら、中 世 イ ン ド社 会 の底 辺 に は、特 異 な儀 礼 内 容 の 集 会 を す る と さ れ る喩 伽 女 た ちの 集 団 の存 在 が垣 間見 られ る。特 定 の 日 に特 定 の場 所(10)に 集 ま って、彼 女 た ち の 集 団 に伝 承 され た 魔 術 的 儀 礼 を 行 な った と文 献 に記 載 さ れ て い る この よ う な女 性 の集 団 と、喩 伽 女 タ ン トラ は不 可 分 な 関 係 に あ る。Sarvabuddhasamayogadakinijalasamvara-uttaratantra (以 下 、

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『サ マ ー ヨ ー ガ』) か ら始 ま り 『チ ャク ラサ ン ヴ ァ ラ』系 の文 献 で 説 か れ る 集 会 場 所 ・狂 躁 的舞 踏 ・秘 儀 的 食物 ・性 の 饗 宴 ・霊 薬 ・空 中 飛 翔 等 々 は こ う した喩 伽 女 た ち との 現 実 的 ・観 念 的 な交 渉 か ら立 ち現 れ た 事 象 で あ る。 最 初 に、金 剛 乗 成 立 以 前 の 仏 教 徒 た ち は、魔 女 ・鬼 女 の 集 団 に擬 され た こ の よ う な女 性 集 団 と は積 極 的 な関 わ りを もた な か った こ とを 確 認 して お き た い。 イ ン ド神 話 に 出 る ヨー ギ ニ ー は、大 母 神 ドゥル ガ ー (Durga) の使 埠 と して の 半 女 神 (demigoddess) 的存 在 で あ る。喩 伽 女 タ ン トラの 『チ ャ ク ラ サ ンヴ ァ ラ』最 終 章 で は、死 を迎 え る喩 伽 行 者 を橦 幡 や 飛 幡 を掲 げ持 ち、 楽 器 の 音 色 に合 わせ た歌 の供 養 と共 に ダー キ ニ ーの 国 へ と引 導 す る ヨ ーギ ニ ー が表 象 さ れて い る(11)。この箇 所 に 出 る ヨ ーギ ニ ー の姿 は、限 り な くダ ー キ ニ ー (空 行 母) に近 い。 この よ う に、喩 伽 女 タ ン トラで は ヨー ギ ニ ー が ダー キ ニ ー と 同義 的 に取 り扱 わ れ て い る場 合 が多 くあ る こ と か ら、 ヨー ギ ニ ー も この 節 で は ダ ー キ ニ ー に含 め て論 じ る こ とに した い。 次 に 、 ダ ー キ ニ ー は、大 母 神 カ ー リー (Kali) の 使 碑 で あ る。仏 教 タ ン トリズ ムの聖 者 伝 説 の 中 で は、人 間 に禍 と福 の両方 を もた らす 愚惑 的 で あ っ て 同時 に畏 怖 す べ き両 義 性 を もっ半 女 神 的 な存 在 で あ る。 ダ ー キ ニ ーが 生 身 の女 性 と して 現 れ る場 合 で あ って も、彼 女 は そ の 背 後 に常 に この 両 義 性 を 隠 し もっ 存 在 と され る 。従 って 、文 献 の 中 で、 生 身 の 女 性 が 「喩 伽 女 」 の 一 般 的 用 語 で 表 現 され て い て も、彼 女 が 実 は、尊 格 と して の ダ ー キ ニ ー で あ る場 合 に注 意 しな け れ ば な らな い。 ま た い くっ か の聖 者 伝 説 に は、仏 教 の影 響 下 に あ って、喩 伽 行 者 に 好 意 的 な 内 の ヨ ー ギ ニ ー に対 して 、魔 女 ・鬼 女 と して の外 の ヨ ーギ ニ ー ・外 道 の ダ ー キ ニ ー が 出 て い る(12)。と こ ろ が 仏 教 徒 の ダ ー キ ニ ー の 口か ら、「内 外 の区 別 な く」人 身 御 供 と な る犠 牲 者 を彼 女 た ち の集 会 へ拉 致 す る仕 方 が 述 べ られ て い る。 この こと は、仏 教 の影 響 下 あ る ダ ー キニ ーで あ って も ダー キ ニ ー で あ る限 り、彼 女 た ち の 固 有 の儀 礼 で あ る人 身 供 犠 と人 肉 食 め 儀 式 金 剛 乗 が も っ た 女 性 観 序 説

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密 教 文 化 を 行 っ て い た こ と 、 あ る い は そ の よ う な 歴 史 的 に 培 わ れ た ダ ー キ ニ ー の イ メ ー ジが 流 通 し て い た こ と を 物 語 る も の で あ る。 さ ら に 、多 く の 仏 教 タ ン ト リス トた ち が 人 生 の 岐 路 に あ る と き 、 彼 ら の 前 に 現 れ て 進 路 を 教 示 す る ダ ー キ ニ ー の 記 述 が い くつ も の 聖 者 伝 説 に 見 ら れ る(13)。そ う し た 啓 示 や 教 導 が で き る た め に は 、彼 女 た ち は 人 間 を 超 え た 存 在 で あ る こ と が 要 請 さ れ る 。 こ の よ う に 禍 福 を 告 げ 、解 脱 へ の 道 を 指 し 示 す 役 割 を 演 じ る ヨ ー ギ ニ ー ・ダ ー キ ニ ー は ま さ し く半 女 神 と して の 存 在 で あ る 。 こ こ で 、 喩 伽 女 タ ン ト ラ に 到 る ま で の 仏 教 文 献 に 出 る ダ ー キ ニ ー の 姿 を 簡 単 に 振 り返 る こ と に す る。 中 期 大 乗 経 典 の 『入 樗 伽 経 』 〈陀 羅 尼 品 〉 で は 、 ダ ー キ ニ ー は 、 ダ ー カ (daka) と一緒 に 、天 (deva)・ 龍(naga)・ 薬 叉 (yaksa)・ 阿 修 羅 (asura)・ 迦 楼 羅 (garuda)・ 緊 那 羅(kimnara)・

マ ホ ー ラ ガ (mahoraga)・ 乾 達 婆 (gandharva) な ど の 半 神 や 、 ブ ー タ 鬼 (bhuta)・ 鳩 藥 茶 (kumbhanda)・ ピ シ ャ ー チ ャ (pisaca)・ 羅 刹(raksas a)・ カ タ プ ー タ ナ (kataputana) な ど の 下 級 鬼 神 と一 括 り に し て 並 べ ら れ て お り、 何 ら特 別 な 地 位 は 与 え ら れ て い な い(14)。同 経 の 一 切 の 肉 食 禁 止 を 説 く 〈遮 肉 食 品 〉 で は 、 以 下 の 文 言 が 見 ら れ る。 マ ハ ー マ テ ィ よ 、 〔肉 食 者 は 〕 こ の 世 で は 、 村 落 の 七 っ の 家 屋 で 多 量 の 肉 を 貧 る が 故 に 、 肉 食 に 耽 る 恐 る べ き ダ ー カ や ダ ー キ ニ ー に 生 ま れ る こ と に な る 。 マ ハ ー マ テ ィ よ 、 ま た 転 生 に 際 して は 、 肉 の 味 に 執 着 す る が 故 に 、 ま さ し く獅 子 ・虎 ・豹 ・狼 ・射 ・猫 ・ ジ ャ ッ カ ル な ど 多 量 の 肉 を 貧 る 者 の 胎 に 、 〔ま た 〕 さ ら に 肉 食 者 た る ピ シ ャ ー チ ャ女 や よ り恐 る べ き 羅 刹 女 な ど の 胎 に 堕 ち る こ と に な る(15)。 〔肉 食 者 は 〕 ダ ー キ ニ ー 種 姓 の 胎 か ら肉 食 の 種 族 に 生 ま れ 、 ま た 羅 刹 女 や 猫 の 胎 に 生 ま れ る 。 こ れ は も っ と も卑 賎 な 人 間 で あ る(16)。

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ダ ー キ ニ ー の 名 は 、 『毘 盧 遮 那 現 等 覚 」(『大 日 経 』)〈 普 通 真 言 蔵 品 〉 で は 、 「羅 刹 ・薬 叉 ・ピ シ ャ ー チ ャ ・ブ ー タ 鬼 ・阿 修 羅 ・マ ホ ー ラ ガ ・緊 那 羅 」 な ど と 並 ん で 現 れ る(17)。こ の 扱 い は 『入 榜 伽 経 』 と 基 本 的 に 同 じ で あ る 。 い わ ゆ る 「金 剛 頂 経 」文 献 を 成 立 さ せ て い っ た 金 剛 乗 の 阿 閣 梨 た ち は 、 ヒ ン ド ゥ イ ズ ム 並 び に ヒ ン ド ゥ イ ズ ム に は 属 さ な い 種 族 民 や 下 層 民(18)の 宗 教 的 表 象 ・観 念 に 「金 剛 」(uajra) の 語 を 押 し 被 せ る こ と で 大 量 に 摂 取 しパ ン テ オ ン の 構 成 メ ンバ ー と す る。 ま さ し く金 剛 乗 で は 「金 剛 」 が 氾 濫 す る の で あ る 。 『真 実 摂 経 』 の 釈 タ ン ト ラ で あ る 『金 剛 頂 タ ン ト ラ』 で は 、 ダ ニ カ が 次 の よ う に 説 か れ て い る 。 〔以 上 の 〕 禁 戒 (vrata) を 清 浄 に 円 満 して 、 喩 伽 〔行 者 〕 の ダ ー カ 〔あ る い は ダ ー キ ニ ー 〕 曼 茶 羅 に お い て 、 持 金 剛 〔と な る 〕 阿 閣 梨 に 対 し 一 切 の 仏 が 灌 頂 す る で あ ろ う(19) 次 に 、 大 喩 伽 タ ン トラ に 属 す る 文 献 か ら、 ダ ー キ ニ ー へ の 言 及 を 引 用 す る 。 Mayajalatantra (『幻 化 網 タ ン トラ 』) こ の 場 所 に こ の 曼 茶 羅 王 の 名 前 と な る も の を 描 くか ら、 天 ・阿 修 羅 ・ 薬 叉 ・羅 刹 ・餓 鬼 ・ ピ シ ャ ー チ ャ ・Apasmara鬼 ・ブ ー タ 鬼 ・ダ ー キ ニ ー ・Ostaraka鬼 ・迦 楼 羅 ・緊 那 羅 や 明 呪 の 成 就 者 や 召 使 い を 引 き 連 れ た 長 老 あ る い は 女 長 老 と して 住 す る 者 は 去 れ 。 こ の よ う な 持 金 剛 の お 言 葉 を 聞 い て ま さ に 速 や か に 立 ち 去 れ(20)。 二 拳 で も っ て 両 小 指 を 絡 ま せ 、 両 の 人 差 し 指 を 立 て 、 相 互 に 離 し て お く の が 金 剛 飲 血 尊 (Vajraheruka) の 印 契 (降 三 世 の 印 契) で あ る 。 〔こ の 印 契 を 縛 して 〕 林 に 赴 くな ら ば 、 〔恐 ろ し き 〕 ダ ー キ ニ ー た ち 金 剛 乗 が も っ た 女 性 観 序 説

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密 教 文 化 を 震 え 上 が ら せ る で あ ろ う(21)。 『秘 密 集 会 』 っ つ い て 一 切 如 来 の 主 で あ る金 剛 手 〔菩 薩 〕 は 、一 切 の ヴ ァ ジ ュ ラ ダ ー キ ニ ー の 三 昧 耶 を 自 己 の 身 語 心 金 剛 よ り流 出 さ れ た 。 「糞 尿 と 経 血 を 口 に し 、常 に 酒 な ど を 飲 み 、 ヴ ァ ジ ュ ラ ダ ー キ ニ ー と の 喩 伽 に 入 り、 住 位 の 特 徴 に よ っ て 殺 生 を な す べ し」(22)。 『秘 密 集 会 』 は こ の 「ヴ ァ ジ ュ ラ ダ ー キ ニ ー の 三 昧 耶 」 の 説 示 に 先 立 ち 、 「薬 叉 ・薬 叉 女 の 三 昧 耶 」 「竜 の 自 在 王 妃 の 三 昧 耶 」 「阿 修 羅 の 娘 の 三 昧 耶 」 「羅 刹 女 の 三 昧 耶 」 「ブ ー タ 鬼 の 三 昧 耶 」 を 説 く。 大 乗 経 典 で の よ う に 、畜 生 と並 べ て 説 か れ る こ と は な い と し て も、 こ こで の ダ ー キ ニ ー の 地 位 は 必 ず し も 高 い と は 言 え ず 、 未 だ 下 級 鬼 神 の 性 格 を 大 き く留 あ て い る 尊 格 で あ る。 Paramadya-mantrakalpakhanda-nama(『 吉 祥 最 勝 本 初 』 以 下 、 『理 趣 広 経 』) 全 て の ダ ー キ ニ ー の 鉤 召 と 趣 入 と 調 伏 に つ い て は 、 金 剛 カ ト ヴ ァ ー ン ガ 杖 の 印 契 を 〔縛 し〕 持 っ こ と に よ っ て で あ る 。(略)全 て の 母 天(m atrka)や ダ ー キ ニ ー を 奴 碑 に す る た め に は 、 母 天 の 住 処 で 葱 怒 〔の 相 〕 に よ っ て 十 万 反 〔明 呪 を 〕 唱 え よ(23)。 阿 闊 梨 に 対 して 侮 蔑 す る 者 は 誰 で あ れ 一 切 諸 仏 を 侮 蔑 す る こ と に な る か ら、 絶 え ざ る 苦 痛 を 蒙 る こ と に な る 。 疫 病 や 毒 や 混 ぜ 合 わ さ れ た 毒 や ダ ー カ 〔ま た は ダ ー キ ニ ー 〕 た ち に よ る 危 害 や 悪 鬼(graha)や 凶 悪 な る ヴ ィ ナ ー ヤ カ(vinayaka)に よ っ て 殺 害 さ れ て 地 獄 に 堕 ち

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る(24)。 さ らに 同 経 で は、ヘ ー ル カ尊 の前 身 と さ れ る金 剛 火 炎 日輪 尊(Vajrajva lanalarka) の 事 業 が 、「一 切 の 天 (deva) の打 倒 、竜 の放 逐 、薬 叉 を 随 従 させ る こと、羅 刹 を 畏 怖 させ る こ と、 ダ ー キ ニ ー な ど の一 切 の悪 鬼 の 調 伏 、 一 切 の魔 衆 の 制 圧、母 天 た ち の 調 伏 、難 調 な る輩 の集 団 の 粉 砕 、難 調 な る 輩 ど もの 調 伏 」(25)など と して 説 か れ て い る。 以 上 を ま とめ る と、 ダ ー キ ニ ー は、悪 鬼 や魔 衆 と同 じ く、不 用 心 な 人 間 や 阿 閣梨 を 侮 蔑 す る弟 子 に危 害 を加 え る厄 介 な存 在 と して 下 級 鬼 神 に分 類 さ れ て い る。 しか し同 時 に、修 法 者 が 「喩 伽 に 入 る」対 象 で あ り、 あ る い は修 法 者 の威 力 で 「奴 碑 に さ れ」て 駆 使 され 、 そ の禍 々 しい力 は利 用 され る。修 法 者 の縛 す る ヴ ァ ジ ュ ラ ダ ー キ ニ ー の 印 契 は有 情 と三 宝 に仇 な す魔 衆 を 降 伏 す る の に使 用 され る。っ ま りダ ー キ ニ ーの 地 位 は、『理 趣 広 経 』で は、下 級 鬼 神 の 身 分 を保 持 しな が ら も、 同 時 に、喩 伽 行 者 との 交 渉 に入 る 存 在 へ と二 重 化 し、大 き く変 化 して い る と考 え られ る。 引 用 の最 後 は 『サ マ ー ヨ ー ガ」 か らで あ る。 同 タ ン トラの 具 名 が 「一 切 仏 と平 等 に楡 伽 す る ダ ー キ ニ ー網 」 で あ る こ と か ら も明 らか な よ うに、 こ こで 「ヴ ァ ジ ュ ラ」の 語 を冠 さ れ て 仏 教 に取 り込 まれ た ダー キ ニ ーの 地 位 の理 念 的 上 昇 は一 目瞭 然 で あ る。同 時 に、下 級 鬼 神 と して の ダ ーキ ニ ー の 性 格 も保 持 さ れ て い る こ とが 読 み 取 れ る。 〔魔 な ど の〕難 調 な る者 た ちの 血 を 飲 む こ とが で き る王(ヘ ー ル カ)は 、 そ の 者 た ち と倶 にP林 で 遊 戯 さ れ る。一 切 の 金 剛 平 等 喩 伽 で あ る燃 え 盛 る ダ ー キ ニ ー曼 茶 羅 に よ って、極 め て 凶悪 で あ り凶猛 な る有 情 界 を 清 浄 と なす(26)。(略) diと い う の は ダ ー カ 〔の 標 幟 〕で あ り、 こ の三 界 を通 暁 し、虚 空 を 行 く印 契 〔を具 え た 者 〕た ちが ダ ー カで あ る と して知 られ る。一 切 処 に 金 剛 乗 が も っ た 女 性 観 序 説

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密 教 文 化 お い て 様 々 な 印 契 〔を 具 え た者 〕 は、全 員 が 虚 空 を行 くの で あ り、一 切諸 仏 と平 等 に喩 伽 す る ダー キ ニ ー と して よ く知 られ る。 〔ダ ーキ ニ ー〕 網 の 舞 踏 自在 成 就 者 に はAr読 と い う名 が 付 け られ る。 ダ ー キ ニ ー も またAraK`で あ り、仏 の 標 幟 の 印契 〔を具 え た者 〕で あ る(27)。 〔聚 会 の食 物 と施 物 を一 緒 に して 献 ず べ し。〕疫 病 や毒 や 珠 宝 毒 や ダー カ 〔お よ び ダ ー キ ニ ー〕 の災 難 や悪 鬼 た ち と魔 や 悲 惨 な有 情 た ちが こ の供 養 に よ って 息 災 と な る(28)。 『理 趣 広 経 』 お よ び 『サ マ ー ヨ ー ガ』の 系 列 で は、大 乗 経 典 で 畜 生 と並 べ て説 か れ る よ うな下 級 鬼 神 の グル ー プ か ら ダー キ ニ ー が大 き く抜 け 出 し て い る。『真 実 摂 経 』「教 理 分 」か ら始 ま った タ ン トラ的 実 践 は、大 楽 思 想 と して展 開 し、イ ン ド社 会 ・宗 教 に お け る共 同 観 念 の 累 積 に、歌 舞 飲 食 に よ って 「一 切 仏 と平 等 に喩 伽 す る ダー キ ニ ー」 とい う肯 定 的 な新 しい ダ ー キ ニ ー像 を付 け加 え た の で あ る。 同時 に、 ダ ー キ ニ ー が 鬼 神 ・魔 衆 と同 列 に して 論 じ られ て い る記 述 が 存 在 す る の は、共 同観 念 の あ り様 と して の 重 層 性 を示 す もの で あ り、 ダ ーキ ニ ー の地 位上 昇 と矛 盾 を来 す もの で は な い。 と こ ろで 、冒 頭 に も述 べ た とお り、金 剛 乗 が そ の パ ンテ オ ンを 駆 け登 っ て 地 位 上 昇 を遂 げ た理 念 と して の女 性 の 尊 格 を もっ こ と と、金 剛 乗 の現 実 の あ りか た で女 性 差 別 が 存 在 す る可 能 性 とは何 ら矛 盾 す る もの で は な い。 女 性 原 理 が 男 性 原 理 を 補 完 す る形 で 現 実 社 会 に働 く 「家 父 長 制 」が 貫 徹 す る こ と は、 ヒ ン ドゥイ ズ ム の シ ャ ク テ ィ ・女 神 崇 拝 が 好 例 で あ ろ う。次 の 節 で は、仏 教 タ ン トラの 五 っ の グル ー プ分 けで は最 後 に位 置 づ け られ る喩 伽 女 タ ン トラの い くっ か を 見 て い くこ とに す る。 3 報男 性 喩 伽 者 が 畏 怖 す る 喩 伽 女

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こ の節 で は 、前 節 で論 じた表 象 と して の ヨ ー ギ ニ ー ・ダー キ ニ ー を体 現 して い る とさ れ る生 身 の 喩 伽 女 の姿 を文 献 の 中 に追 求 して 行 き た い。っ ま り、 タ ン トラ に そ の姿 を垣 間見 せ る よ うな イ ン ド社 会 の底 辺 に存 続 した と 考 え られ る 「魔 女 集 会 」の あ り様 と魔 女 ・鬼 女 た ち の 姿 を引 用 を 中心 に し て描 い て い き た い 。[杉 木2007:23∼192]は 、宗 教 学 ・文 化 人 類 学 の方 法 論 を 用 いて 、津 田真 一 が 礎 石 を置 い た 「サ ン ヴ ァ ラ密 教 」の 研 究 を大 き く 前 進 さ せ た成 果 で あ る。同 書 は ヒ ン ドゥー タ ン トラ文 献 に出 る聖 地 群 と仏 教 タ ン トラ文 献 の それ と の比 較 検 討 を通 して、 イ ン ド初 期 中 世 に お け る タ ン トラ修 法 者 が 共 有 して い た 「土 地 と して の 外 的 聖 地 」 を 明 確 に し、 そ の 多 くを比 定 した。 こ う した聖 地 の ネ ッ トワ ー ク は喩 伽 女 タ ン トラ に固 有 の 規 範 的 な空 間 と規 定 で き よ う。 さ らに敷 術 す れ ば、 こ の時 代 の僧 伽 の 具 体 的 な あ り方 で あ る群 小 の僧 院 を傘 下 に収 め た大 僧 院 同士 の広 範 な ネ ッ トワ ー ク と こ う した聖 地 群 の 両 者 が 織 り なす 空 間 が 金 剛 乗 の も った 歴 史 的 で あ り 同 時 に理 念 的 な空 間 で あ る。 さ て 、『二 儀 軌 」 の 中 で 、喩 伽 女 た ち の集 会 で 遵 守 す べ き三 昧 耶 を説 く <説 密 印 品 〉 を見 て い く。 〔世 尊 ヘ ー ヴ ァ ジ ュ ラが 、楡 伽 女 と喩 伽 行 者 が 互 い を 識 別 す る秘 密 の サ イ ンを 説 い た後 、〕 そ こで 、楡 伽 女 は賞 讃 して、 「善 哉 、 善 男 子 よ 、 大 悲 を もっ 者 よ」 と言 う。彼 女 た ちが 手 に華 婁 を 示 す な らば、「そ の場 所 で 集 ま る べ し」 と言 って い る の で あ る。華 婁 を 手 放 せ ば 〔そ の 意 味 は〕「禁戒 を もっ 者 よ、三 昧 耶 の規 範 に住 す べ し」で あ る。 そ の集 会 地 で頂 礼 し、神 聖 な る領 域 に依 止 して 、喩 伽 女 た ち が 命 令 した こ と は何 で あれ 実 行 す べ し(29)。 喩 伽 女 タ ン トラで あ る ヘ ー ヴ ァ ジ ュ ラ 〔の サ ー ク ル〕 に お け る、一 切 有 情 利 益 の た め に喩 伽 女 た ちが 集 合 す る節 会 を 汝 に語 ろ う。金 剛 蔵 は 請 問 した 。「世 尊 よ、 そ れ は何 日で し ょ うか 」。世 尊 は仰 った。「黒 月 の 金 剛 乗 が も っ た 女 性 観 序 説

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密 教 文 化 十 四 日 と同 じ く八 日 で あ る。 〔修 法 者 は〕絞 首 台 に 吊 され た 者 や戦 場 で 殺 され た者 や 七 生 人(30)の肉 を 食 す べ し。智 者 は努 め て 悲 を生 起 して か ら、殺 害 儀 礼 を行 な うの で あ る」(31)。 〈説 密 印 品〉 に説 か れ る月 の 内 で二 回 行 わ れ る とい う喩 伽 女 た ち の集 会 は、人 間 の殺 害 とそ れ に よ って獲 られ た 人 肉 の 共 食 を行 う儀 式 で あ る。 こ の儀 礼 か ら仏教 的 な 意 味 づ け を取 り払 った結 果 残 る思 想 内 容 は、 ま さ し く ア ニ ミズ ム の思 考 で あ る。そ れ に っ い て[湯 浅:126]は 、「 〈食 人(cannib alism)〉 とい う風 習 もそ うで 、畏 怖 しっ つ 敬 う人 間 の 肉 体 の一 部 を 口唇 的 に体 内 に取 り込 む こ と に よ って 、そ の人 の 持 っ 威 力 を 同 化 で き る と思 う」 と述 べ る。「原 始 」の 次 に くる段 階 と して 人 類 史 に想 定 され る 「ア フ リカ的 段 階」の ひ とっ の あ り様 を特 徴 づ け る この ア ニ ミズ ム を イ ン ド亜 大 陸 に探 っ た場 合 、 〈七 生 人 〉 供 犠 儀 礼 の原 型 は、 ヒ ン ドゥー 社 会 の周 縁 部 に根 強 く 生 き続 け る種族 民 の間 に あ っ た とす るの が妥 当 で あ る と思 わ れ る。著 者 は、 イ ン ド中 世 初 期 に、仏 教 徒 た ち の身 近 に は、 ア ニ ミズ ム 的 な 「超 能 力 〔獲 得 の た め〕 の食 物 で あ る七 生 人 」 の観 念 と、そ れ に基 づ い て 人 身 供 犠 儀 礼 を 行 う女 性 中心 の集 団 が 実 際 に存 在 した か 、あ る い は、 そ の よ うな儀 礼 主 体 を ヨー ギ ニ ー ・ダ ー キ ニ ー に想定 す る集 団 が 存 在 した と考 え る。そ して、 この よ うな人 肉 食 儀 礼 に 仏教 的意 味 づ けを して 取 り込 ん で 以 後 、 そ れ を遵 守 す べ き三 昧 耶 (慣 習) と して 保 持 した の が、喩 伽 女 タ ン トラに 結 集 した 仏 教 徒 た ちで あ った と考 え る。 この よ う な女 性 集 団 の姿 を 『チ ャ ク ラ サ ン ヴ ァ ラ」系 のVajradakatantraとSamvarodayatantra (以下 、『サ ンヴ ァ ロー ダヤ』) か ら引 用 す る。 この 地 方 で 勇 者 に悉 地 を 授 け る娘 は、 い っ も夜 に 俳 徊 し集 会 す る。 〔この 娘 た ち は〕 非 常 に獲 得 し難 い空 行 と い っ た広 大 な悉 地 を 与 え 、 修 法 者 の一 切 の願 望 が成 就 す る こ とは疑 い な い(32)。

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ピー タ ・ウパ ピー タ ・ク シ ェ ー トラ ・メ ー ラ ーRシ ュ マ シ ャー ナ等 々 〔の 巡 礼 地 〕 に住 み着 い た男 女 勇 者 の 自在 者 た ち全 員 に私 は 帰 命 し ま す 。「女 尊 は真 理 の基準 な り。三 昧耶 は真理 の基 準 な り。彼 女 た ち に よ っ て 言 わ れ た言 葉 が真 理 の基 準 な り」(略)(33)。 〔彼 女 た ち は、〕頭 蓋 鉢 、斧 、刀 、橦 幡 と輪 、彿 子 、金 剛 杵 と螺 貝 、 同様 に三 叉 戟 を 自分 の 家 に描 い て楽 しむ。常 に 肉 と酒 を悦 び 、恥 じ らい と 畏 れ を忘 れ た 女 は ダ ー キ ニ ー の部 族 に生 まれ た倶 生 女 で あ る と言 わ れ る。 〔修 法 者 は〕そ れ ぞ れ の地 方 に生 ま れ た 〔そ う した〕喩 伽 女 た ち に 常 に承 事 す べ し(34)。 こ う した、夜 分 に 俳 徊 して集 会 す る娘 、あ る い は巡 礼 地 に住 み着 い て 集 会 を 主 宰 す る喩 伽 女 は 、ま さ し く 「 林 の宗 教 」 を 担 う魔 女 ・鬼 女 を 出 自 とす る集 団 で あ り、喩 伽 女 の語 が 鬼 神 ダ ー キ ニ ー の 同義 語 と して 通 用 す る 領 域 で あ る。 こ こ で喩 伽 女 タ ン トラ を特 徴 づ け る 「秘 密 の言 葉 」 と 「秘 密 の 身 振 り」 に触 れ て み た い。 さて、秘 密 の秘 密 の身 振 りにっ い て の章 品 を 説 こ う。そ の 身 振 りに よ っ て 兄 弟 (喩 伽 行 者) が 姉 妹 (喩 伽 女) と間 違 う こ と な し に識 別 し合 え るの で あ る(35)。 金 剛 蔵 は請 問 した。「喩 伽 女 た ち の大 い な る三 昧 耶(伝 承 ・慣 習)で あ り、声 聞 や 他 の 者 に は理 解 で きな い秘 密 の言 葉 を よ くわ か る よ う に お 説 き くだ さ い。 この 秘 密 の 言 葉 は、微 笑 む 〔所 作 タ ン トラ〕 と、見 つ め合 う 〔行 タ ン トラ〕 と、抱 擁 す る 〔喩 伽 タ ン トラ〕 と、交 会 す る 〔大 喩 伽 タ ン トラ〕の 四 っ の タ ン トラの 中 で さえ 説 示 さ れ て い ませ ん 」(36)。 金 剛 乗 が も っ た 女 性 観 序 説

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密 教 文 化 ヘ ー ヴ ァ ジュ ラの サ ー クル で灌 頂 を受 けた 者 が 、 この 秘 密 の 言 葉 を話 さな い な らば 、越 三 昧 耶 と な る こ とは 疑 い な い。 た とえ 覚 者 で も、 こ の秘 密 の 言 葉 を話 さな い な らば、疫 病 ・盗 賊 ・悪 鬼 ・熱 病 ・毒 に よ っ て死 ぬ で あ ろ う。 同 じ三 昧 耶 を遵 守 す る仲 間 と 出会 っ た 時 に 、 この 言 葉 を 話 さ な い者 に は、四 つ の 巡 礼 地(Jalandhara,Oddiyana,Purna giri,Kamarupa)に 生 ま れ た ヨ ー ギ ニ ー た ち が 怒 り を も って 災 い を なす で あ ろ う(37)。 ピー タ あ るい は ク シ ェ ー トラで、符 牒 (samketa) を 使 って 、喩 伽 女 た ち と喩 伽 行 者 た ち の集 会 が行 なわ れ る(38)。 これ らの偶 頒 か ら もわ か る よ うに、「秘 密 の言 葉 」「秘 密 の 身 振 り」 の使 用 は、楡 伽 女 タ ン トラの サ ー クル で灌 頂 を受 け た喩 伽 行 者 が 遵 守 す べ き絶 対 的 な 義 務 で あ る。 そ の 遵 守 を 強 制 す る力 は、巡 礼 地 に生 ま れ っ い た ヨー ギ ニ ー た ち の手 に委 ね られ て い る。ユ ング派 深 層 心 理 学 の術 語 を 用 い る と、 こ こで は 「太 母 」元型 の暗 黒 面 と金 剛 乗 の三 昧耶 の 遵 守 が 分 か ち難 く結 び つ け られ て い る。 ま た 社 会 的 に は、秘 密 の言 葉 や 符 牒 が 、規 範 力 を もつ 共 同観 念 と して通 用 して い た外 部 に対 して 閉 ざ さ れ た集 団 ・結 社 の 存 在 が 推 測 さ れ る。 あ る い は、 タ ン トラに記 述 され て い る事 柄 は 「仏 教 神 話 学 」 の 産 物 で あ って、喩 伽 女 の 集 会 や そ こで 行 わ れ る 〈七 生 人 〉 の 供 犠 とい っ た 儀 礼 のす べ て が 構 想 さ れ た もの で あ る と考 え る こ と もで き る。 しか しそ の 場 合 は、仏 教 徒 た ち が タ ン トラ作 成 に 当 た って、母 天 崇 拝 を 背 景 に 、集 団 内 で の 隠 語 や 符 牒 が 強 制 力 を もっ喩 伽 女 主 導 の集 会 を 自 らの 規 範 的 な 空 間 と して 創 出 した こ とを 意 味 す る。巡 礼 地 に住 み着 い て 男 性 喩 伽 行 者 を 従 え 集 会 を主 宰 す る喩 伽 女 た ちの グ ル ー プ は、ま さ し く共 同 観 念 と して の ダ ー キニ ーの 具 象 化 で あ る。 別 な例 と して、『サ ン ヴ ァ ロー ダヤ」 〈金 剛喩 伽 女 供 養 儀 軌 の 説 示 〉 に は、

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楡伽 行 者 が ピー タ 〔等 の聖地 〕を巡 る ことが で きな い時 に、「外 の ヨー ギニ ー」 に擬 さ れ た 女 性 を 自分 の家 に呼 ん で供 養 す る次 第 が 説 か れ て い る(39)。この 施 主 に吉 凶 を 告 げ る生 身 の喩 伽 女 の背 後 に は、怖 畏 す べ き威 力 を もっ ヨー ギ ニ ー (ダ ーキ ニ ー) が想 念 され て い る と見 て よ い。 これ ま で、仏 教 ・ヒ ン ド ゥー教 を 問 わ ず 、 タ ン トリス トの世 界 で は よ く 知 られ た巡 礼 地 (聖 地) で行 な わ れ る集 会 を見 て き た。 そ の集 会 は、男 性 喩 伽 行 者 を 従 え た喩 伽 女 主 導 で 行 わ れ る と され る もの で あ った 。 じゅ りん と こ ろが 、Vajramaltztantra〈 聚 輪 供 養 と喩 伽 女 との交 際〉 やMaham udrdtilakatantra〈 聚 轍 義軌 と ダ ー キ ニ ー の姿 態 の特 徴 〉(40)など の章 品 に お け る聚 輪 言 及 箇 所 に は、仏 教 徒 の組 織 す る聚 会 にや って来 る そ れ と は明 らか に別 な種 類 の喩 伽 女 に っ いて の 記 述 が 見 られ る。 仏 教 徒 で な い ダ ー キ ニ ーが 数 人 、妄 分 別 が 無 い心 で や って 来 た 場 合 、 修 法 者 は、 そ の場 で そ の 時 に決 して 話 しか け るべ きで は な く、言 葉 だ けで 返 答 して は い け な い。「楽 しみ に来 た のか 」 は印 契 で 言 うべ し。そ の 場 で は、 ほ ん の 少 しで も話 す こ とが あ れ ば 〔金 剛〕 阿 闇梨 自身 が な す べ し。あ るい は また 〔秘 密 の身 振 り と印 契 な ど の〕所 作 の す べ て は、 褐 磨 金 剛 者 (harmavajrin) が正 し く対 応 す べ し。(略)こ の よ うに努 め て 理 解 した の だ か ら、智 者 は、夜 に 〔ダ ー キ ニ ー た ち が 〕や っ て来 て も少 しで も怖 れ て は な らな い。 この道 理 を わ きま え て 真 実 供 養(交 会)を なせ(41)。 そ の よ うに 〔聚 輪 の儀 軌 を正 し く〕な せ ば、悉 地 が 獲 得 され ダー キ ニ ー も ま た一 緒 に集 ま る。 も しも外 部 か らの 喩 伽 女 が 観 察 す るた め にや っ て 来 る 場 合 、智 者 は、 そ の 場 で い さ さ か の疑 念 も抱 くべ き で は な い 。 話 しか け て は い け な い。 印 契 を縛 して 、「ご機 嫌 い か が 」 と言 うべ し。 (略)様 々 な 姿 を した 喩 伽 女 が 再 三 再 四 や っ て来 て も、 そ こで 少 しで 金 剛 乗 が も っ た 女 性 観 序 説

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密 教 文 化 も怖 れ て はい けな い(42)。 この 男 女 喩 伽 者 の 集 会 に、 外 部 か ら再 々 や っ て 来 る 喩 伽 女 の 性 格 は 、 「外 の ヨー ギ ニ ー」(ダ ー キ ニ ー) で あ る。 自 らが教 化 した 性 喩 伽 のパ ー ト ナ ー で あ る印 契 女 、あ る い は集 会 の 常 連 メ ンバ ーで あ る息 の か か った喩 伽 女 た ち を 喩 伽 行 者 が怖 れ る理 由 は な い。 い くっ もの 「金 剛 乗 の 律 典 」 の禁 止 条 項 か ら判 断 す る と、 む しろ反 対 に、時 と して 彼 女 た ち は 男 性 喩 伽 行 者 た ち の性 的 放 縦 の対 象 と もな って い る。 これ らの タ ン トラの 記 述 は、仏 教 徒 た ちが 組 織 した 自前 の 集 会 の 外 部 に 、彼 らの 手 の 届 か な い 「 林 の 宗教 」 を担 う鬼 女 ・魔 女 た ち が常 に居 た こ とを タ ン トラ自体 が 語 って い る こと に 他 な らな い。理 念 と して は、絶 対 的 な行 為 主 体 で あ る こ とを 願 う男 性 タ ン トリス トに と って も、「外 の ヨー ギ ニ ー」 と想 念 され た女 性 た ち は 、畏 敬 と 畏 怖 の 対 象 に留 ま っ た の で あ る。 4.聚 会 に 参 加 す る 喩 伽 女 た ち 本 稿 の 最 後 に取 り上 げ るの は、 タ ン トラの宗 教 実 践 に積 極 的 に参 加 した り、あ るい は彼 らの サ ー ク ル を経 済 的 に支 援 して い る女 性 た ち の様 子 で あ る。 この 節 で は、先 の 二 っ の節 に 出 る よ うな尊 格(表 象)や そ の 具 象 化 と 想 念 さ れ た 女 性 の あ り方 と比 較 して、 よ り現 実 的 で 等 身 大 の 女 性 た ち が現 れ る。 この 問題 の 検 討 の た め に は 、仏 教 タ ン ト リス トた ち の サ ー クル構 成 が 問題 とな る。 い くら理 念 と して女 性 〈性 〉 が 持 ち上 げ られ て も、生 身 の 女 性 が 不 在 で は話 に も な らな い。[羽 田 野1987a:40]は 、8c後 半 を 活 動 年 代 とす るJnanapadaが 印 契 女 と の行 法 に 専 念 した生 涯 の あ る 時 期 の状 況 を以 下 の よ うに ま と め て い る。 密 教 者 と して の 彼 の 遍 歴 は 、北 印 の シ ャー ク タ 的 色 彩 の 濃 厚 な 般 若 (母)タ ン トラか ら は じめ られ た。中 印 を さ る230由 旬 の 北 方"Oddiya

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iα"な る 空 行 母 加 持 の 地 に お い て 、 大 印(加 α擁 π協 砂 の を 善 修 せ る リ ー ラ ヴ ァ ジ ュ ラ に っ き 、作 (事)、 喩 伽 タ ン トラ を 修 し、 さ ら に 般 若 タ ン ト ラ の 核 心 を 成 す 「不 可 思 議 次 第 の 教 誠 」 を 得 た 大 喩 伽 母 グ ネ ル を 師 と し、 無 上 タ ン ト ラ を え 、 自 ら セ ン ダ ラ 族 ジ ャ ー テ ィ ク ジ ュ ヴ ァ ラ の 娘 を 喩 伽 母 と し、八 ヶ 月 に わ た り 大 印 を 修 し悟 讃 を え た(43)。 次 に 、Jnanapada作Dvikramatattvabhavana-nama-mukhagama (『大 口 伝 書 』)に 註 釈 し たVitapadaのSukusuma-nama-mukhagamavr 諭(『 麗 華 』)か ら喩 伽 行 者 た ち の あ り様 を 記 した 箇 所 を 出 す 。 そ の 地 方 (Kohkana) の あ る と こ ろ に 、 方 便 を 主 と す る タ ン ト ラ に つ い て 密 意 し て 、大 河 の ご と く な っ て 、 一 生 補 処 を 成 就 し た 自 在 者Pali tapadaと 名 づ け る お 方 が 住 し て お ら れ 、 そ の お 方 も神 通 を 具 え た 弟 子 に 囲 ま れ て い た 。 そ の 者 た ち が 誰 か と 言 え ば 、Catrataと い う 名 の バ ラ モ ン、Guhyapatraと い う 名 の バ ラ モ ン、Manjusriと い う 名 の ク シ ャ ト リヤ 、Punyabhadraと い う名 の ヴ ァ イ シ ュ ヤ 、Dlpamkara と い う 名 の シ ュ ー ドラ 、Kharpaputraと い う名 の シ ュ ー ド ラ 、Aloki と い う 名 の 娼 婦 、SadhuSilaと い う名 の 娼 婦 で あ っ て 、 そ の 全 員 の 資 具 や 衣 服 と食 物 はDevlVasudharaと い う名 の 者 が 毎 日 、 土 地 の 金 で 重 量10マ ー シ ャ カ (masara) と真 珠 の 首 飾 り の 半 連 と 貨 幣300カ ー ル シ ャ ー パ ナ (rarsapana) で 賄 っ た の で あ る 。 〔Jnsnapadaは 〕 優 れ た グ ル で あ る 彼 の 下 で 九 年 間 頂 礼 し、 一 生 補 処 に 進 ん だ 。 「集 会 の 大 タ ン ト ラ」 云 々 な ど と は、 グ ル の 密 意 で あ り、 そ の 内 、 『集 会 タ ン ト ラ』 は 喩 伽 者 た ち 〔と共 に 〕 で あ る 。 そ の 註 釈 は 喩 伽 を 学 ん だ チ ャ ン ダ ー ラ の 女 性Vimalamudri〔 と 共 に 〕 で あ る(44)。 この よ うな 素 写 を得 た と こ ろで 、次 に、聚 会 に 参 加 して い る女 性 た ち を 取 り上 げ て論 じて 行 く。 こ こに 出 る聚 輪 儀 軌 は仏 教 徒 た ち が 実 践 す る集 団 金 剛 乗 が も っ た 女 性 観 序 説

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密 教 文 化 的修 法 で あ り、彼 らが も った 貧 欲 行 で あ る 〈行 の体 系〉 で は、「戯 論 の 行 」 に位 置 づ け られ る。 こ こに現 れ る喩 伽 女 た ち は、男 性 喩 伽 行 者 と ほ ぼ肩 を 並 べ て集 会 に参 加 して い るか に見 え る。 初 期 仏 教 の 時 代 に お け る 目立 った 女 性 の 関 与 ・参 加 は 、『長 老 尼 の偶 』 、(Theriga tha) の 存在 か ら疑 問 の 余 地 な く明 か で あ る。 そ れ とは対 照 的 に 、 古 代 の大 帝 国 没 落 後 の ポ ス ト ・グ プ タ期 に あ って、仏 教 徒 の世 界 で は、比 丘 尼 僧 伽 が 衰 退 し、教 団 側 も女 性 に背 を 向 け る姿 勢 を 取 り始 め る とさ れ る。

Davidson, R.Mの 著 書"lndian.Esoteric Buddhism"は 、 イ ン ド初 期 中世 の 激 動 す る社 会 の 内部 か ら立 ち現 わ れ て くる イ ン ド密 教 の精 神 性 と社 会 的 広 が りを分 析 した 労 作 で あ る。 そ こでDavidsonは 、 女 性 の仏 教 僧 伽 へ の 関 与 ・参 加 に つ い て 、「女 性 参 加 を支 援 す る ど ころ か 、独 立 し た対 等 な人 格 と して 参 加 した い と願 う女 性 た ちの 宗 教 的 願 望 に対 して 真 言 乗 は決 定 的 に有 害 で あ っ た」 と述 べ 、「現 存 す る文 献 は、 イ ン ド密 教 に お い て 、女 性 が 対 等 に参 加 した と想 定 す る こ との間 違 い を示 して い る」 と断 定 す る(45)。 お そ ら く、Davidsonの 言 う とお り、女 性 が 男 性 と対 等 に 参 加 した こ と な ど イ ン ド仏 教 史 を 通 して決 して な か った に違 い な い。男 尊 女 卑 が 徹 底 し たバ ラモ ン教 を 奉 じる ヒ ン ドゥー社 会 は、 ま さ し くフ ェ ミニ ズ ム の 文 脈 で 言 う 「家 父 長 制 」が 典 型 的 な社 会 で あ る。世 俗 の 法(ヒ ン ド ゥー社 会 の 慣 習)に 包 囲 さ れ た仏 教 教 団 が 事 あ る毎 に世 間 の 批 判 ・指 弾 に あ って 、そ の 度 に世 間 に迎 合 的 な対 応 を余 儀 な くされ た こと は律 蔵 に詳 しい 。律 蔵 の 名 目的 な制 定 者 は釈:尊で あ るが、実 際 は 四方 僧 伽 の共 同意 思 で あ る こと か ら、 律 蔵 の 当事 者 は各 部 派 で あ り、イ ン ド仏 教 史 の文 脈 で は声 聞 乗(小 乗)で あ る と言 って よ い。 さ らに 、世 間 の 法 で あ る 「家 父 長 制 」 を教 団 自身 が 内 化 した 規 範 が 比 丘 尼 の 「八 敬 法 」に典 型 的 に見 られ る。 ま さ し く[佐 々木: 205]が 述 べ る よ うに 、「比 丘 尼 が絶 対 的 に 比丘 よ り下 位 に置 か れ る こ とを 示 す八 っ の規 則」で あ る。 その 第 八 の 条 項 に は、「比丘 尼 は比 丘 が 罪 を犯 し て もそ れ を指 摘 す る こ とは で きな い。一 方 比 丘 は比 丘 尼 の罪 を指 摘 す る こ とが で き る 」(46)とあ る。 一 般 化 す れ ば 、男 性 は女 性 に 対 す る 認 知 者 ・審

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判 者 で あ り、 ま さ し くこ の規 範 は、 フ ェ ミニ ス トの 弾 劾 を待 っ ま で も な く 男 性 が 女 性 に 一 方 的 な命 令 と服 従 を 強 い る 露 骨 な 父 権 的 権 力 の 発 現 で あ る(47)。 さて 、 先 に 引用 した よ う にDavidsonは 、 イ ン ド初 期 中 世 の集 権 的封 建 制 度 (samanta-fudalism)  の下 で、七 世 紀 以 降 、北 イ ン ドで は比 丘 尼 の影 が 薄 くな った と述 べ る(48)。彼 は、さ ら に 「僧 院 で あ れ 、在 家 の共 同 体 で あ れ 、 あ る い は 新 興 の成 就 者 集 団 に お い て で あれ 、仏 教 徒 の活 動 で は、女 性 へ の支 援 や 女 性 の 関 与 が劇 的 な まで に衰 退 した」(49)と結 論 す る。彼 は そ の 根 拠 と して、碑 文 研 究 ・人 類 学 ・文 献 資 料 か ら、イ ン ド初 期 中世 か ら今 日 に 至 る ま で、 ほ とん ど の宗 教 的活 動 に主 体 的 に当 事 者 と して 参 加 す る女 性 は1%か ら20%に 留 ま る とい う概 数 を 出 す 。 さ らに、 それ らの女 性 た ち で あ って も、「二 級 市 民 」 と して の役 割 しか与 え られ て い な い事 実 を述 べ る。 さ て 、イ ン ド初 期 中 世 を特 徴 づ け る社 会 の 激 動 に よ って 最 初 の 犠 牲 者 と な ったの が 、初 期 大乗 経 典 で は大 きな役 割 を 果 た す在 家 信 者 、つ ま り居 士 ・ 長 者 とい った 社 会 層 で あ る。そ の反 対 に、社 会 が 生 み 出 す 仏 教 徒 の世 界 の 新 た な極 が 在 俗 の 楡 伽 者 集 団 で あ る。従 って 、金 剛 乗 とい う仏 教 の新 た な 潮 流 へ の女 性 の 関与 ・参 加 に関 して は、仏 教 教 団 ・僧 院 にお け る比 丘 尼僧 伽 の 具 体 相 お よ び在 俗 の喩 伽 者 集 団 に お け る女 性 楡 伽 者 の 姿 と い う二 極 を 設 定 して 文 献 の精 査 に入 る方 法 が 有 効 と な ろ う。 第 一 の 極 につ い て、つ ま り比 丘 尼 僧 伽 の 存 在 お よ び そ れ を 前 提 と した記 述 が 見 ら れ る 文 献 と して 、Kalacakratantraの 註 釈 書Vimalaprabha 〈灌 頂 品〉 に現 れ る 〈勇 者 の 饗 宴 〉 次 第 を 引用 す る。 そ こで 、勇 者 の饗 宴 (virabhojya) に際 して の 儀 軌 は以 下 の ご と くで あ る。(略)若 年 で あれ 年 長 で あれ 、已 灌 頂 者 と い う点 で は 共 通 なの で あ るか ら、比 丘 で あ る持 金 剛者 の集 団 は東 に面 す る よ うに な す べ きで あ り、沙 弥 の 集 団 は 北 に面 して 、在 家 者 の 阿 閣 梨 集 団 は 南 に 面 して 金 剛 乗 が も っ た 女 性 観 序 説

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密 教 文 化 〔で あ る〕。 同様 に 、比 丘 尼 の集 団 、沙 弥 尼 (Sramaneri) の集 団 、優 婆 夷 (updsikd) の集 団 も各 別 で あ る。彼 らには老 若 な どの 〔区 別〕 によ っ て 座 が与 え られ る(50)。 次 ぎ に、第 二 の極 、 っ ま り在 俗 の 喩 伽 行 者 集 団 にお け る女 性 喩 伽 行 者 に っ いて の 記 述 を聚 輪 と 〈勇者 の饗 宴 〉 の関 係 を詳 い た文 言 か ら引 用 す る。 誰 で あれ 以 上 の す べ て につ い て 、 〔男 性 〕勇者 だ け で 行 う こ と は 勇 者 の 饗 宴 と言 わ れ る。聚 会 の 自在 者 は 〔般 若 母 を 伴 うの で 、他 の 者 と〕 同 じで は な い 。同 様 に、女 性 の 勇 者 だ け 〔で行 う こ と〕 に っ い て は 、 女 性 勇 者 で 自在 者 の饗 宴 で あ る。 この よ うに、 〔双 方 の〕輪 の 自在 者 に ア ル コー ル 限 って は、般 若 や 方 便 を伴 った者 で あ る。あ る い は ま た 、肉 と酒 精 と 精 液 に っ いて は、 聖 者Vajrapapiの 御 前 が 、「肉 と酒 精 と精 液 を 具 え て い な い と、 〔聚 会 と して の〕特 質 と福 徳 を損 な う。導 師 で あ る 聚 会 の 自在 者 に は、特 別 に般 若 母 を左 脇 に置 くべ し」 〔と述 べ て お られ る と お りで あ る〕(51)。 この 場 で 、 も しグ ル以 外 の者 た ち に対 して 般 若 母 が 居 な けれ ば 、そ の 場 合 は、勇 者 の 饗 宴 と は言 わ れ る けれ ど も、 聚 輪 で は な い の で あ る。 グ ル に対 して は勇 者 の饗 宴 の場 合 で も、印 契 女 は必 ず 献 じられ る の で あ り、 〔そ れ は施 主 の 〕福 徳 増 進 の ため で あ る(52)。 そ の故 に、男女 勇 者 で 自在 者 の二 っ の 輪 にお いて 、 も し一 人 の 般 若 母 も一 人 の 方 便 も居 な い場 合 に は、施 主 の功 徳 は損 な わ れ る で あ ろ う し、 般 若 と方 便 の 楽 が 無 け れ ば、 〔功 徳 〕は 決 して獲 得 で き な い で あ ろ う。 般 若 母 を欠 い た集 会 は道 化 師 の集 ま りに過 ぎ な い と世 尊 が仰 って お ら れ る(53)。

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男 性 勇 者 を 伴 っ て い な い 女 性 勇 者 と 、女 性 勇 者 を 伴 っ て い な い 男 性 勇 者 た ち が 、聚 輪 を 転 じ て は い け な い 。曼 茶 羅 を 持 た な い で 男 女 の 勇 者 の 饗 宴 を し て も な ら な い(54)。 こ の よ う に 聚 輪 お よ び そ れ に 類 似 す る 〈勇 者 の 饗 宴 〉 と い っ た 集 団 的 修 法 に 限 っ て 言 え ば 、 早 く も[Lalou 1965]が 指 摘 して い る よ う に 、 男 女 喩 伽 者 は そ れ ぞ れ の 役 割 を も っ て 、 ほ ぼ 対 等 に 参 加 して い る よ う に 思 わ れ る。 以 下 の 二 っ はDombi-herukaのGanacakravidhiとRatnakarasantiの Vajrabhairavaganacakraか ら の 引 用 で あ る 。 そ こ で 、 導 師 は 甚 深 の 法 に 等 至 し て 宣 説 せ よ 。 そ の 金 剛 〔杵 〕 に よ っ て 楽 を 鼓 舞 す べ し。 「大 楽 の 諸 々 の 集 団 が 施 主 の 資 糧 積 聚 の た め に 甚 深 の 法 を 宣 説 せ よ 」 と 言 うべ し。 そ の よ う に 方 便 (男 性 喩 伽 行 者)と 般 若 (女 性 喩 伽 行 者) の 集 団 が 順 番 に 法 を 語 る の は 正 法 で あ る 語 の 輪 で あ る 。 次 に 、 導 師 に 鼓 舞 さ れ て 、妄 分 別 を 捨 て 遊 戯 に よ っ て 方 便 が 舞 踏 を 、 般 若 が 歌 を 、 あ る い は そ の 逆 で 行 な う の は 身 と語 の 輪 で あ る 。 歌 舞 は 順 番 ど お り に 〔な し て 、 方 便 と 般 若 の 〕 全 員 に よ っ て 輪 が 転 じ ら れ る 。 次 に 、相 互 の 順 で 〔行 な う べ し〕(55)。 色 っ ぽ い 仕 草 と遊 戯 の 情 感 (rasa) に よ る 楽 を 〔鼓 舞 す べ し〕。 甚 深 と 広 大 の 言 葉 を 説 き な が ら、 真 実 の 精 進 を す る 者 が 供 養 す べ し。 歌 と 太 鼓 な ど の 〔楽 器 を 伴 っ た 〕 舞 踏 に よ っ て 、 方 便 と 般 若 は 最 勝 楽 を 〔享 受 し〕、 相 互 に 等 し く恭 敬 す べ し(56)。 次 ぎ は 、Manjusrlkirti作Sarvaguhyavidhigarbhalamkaraか ら の 引 用 で あ る 。 勇 者 と喩 伽 女 た ち は 、 自 分 が 享 受 す る も の な ら 何 で も各 自 で よ く享 受 金 剛 乗 が も っ た 女 性 観 序 説

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密 教 文 化 してか ら、次 は参 加 者 が 全 体 で 一 緒 に楽 しむ の で あ る。酒 は女 性 喩 伽 者 が 扱 わ な い場 合 に は、男 性 喩 伽 者 に取 り分 は な い。 肉 につ い て も同 様 に、男 性 喩 伽 者 〔が 扱 うの〕で あ る。順 番 どお りに享 受 す べ きで あ っ て 、 味 を 十 分 に愉 しん で か ら、 貧 欲 を 離 れ、 世 間 の 法 を 放 棄 して 、 Kamasastra (『愛 欲 論 』) の 中 で述 べ られ た よ うに、 二 根 交 会 の享 受 に よ く住 す る(57)。 これ らの 箇 所 か ら、先 ず、聚 輪 が 正 法 を説 く修 法 の 場 で あ る こ と を肝 に 銘 じな け れ ば な らない 。次 ぎ に、 聚 輪 に参 加 して い る喩伽 女 た ち にっ い て、 男性 を喜 ば せ るた め に 宴 席 で 酒 を 注 い で 回 る酌 婦 の イ メ ー ジを もっ こ と は で きな い。肉 を取 り分 け て配 って 回 るの は、今 度 は男 性 喩 伽 者 の 役 に 当 て られ て い る か らで あ る。 ま さ し く、聚 輪 は 「男 女 共 同 参 画 」が 実 現 さ れ て い る場 とみ な して よ い構 成 に な って い る。 しか し、 一歩 下 が っ て、 こ こ にDavidsonが 持 ち 出 す 「最 大 限20%ル ー ル」を 当 て は め て み る。す る と、男 女 が各 別 に 行 う 〈勇 者 の 饗 宴 〉 は よ い と して も、女 性 喩 伽 者 の 数 の 問 題 で 、聚 輪 の成 立 は常 に危 う くな る こ と が 理 解 さ れ るで あ ろ う。厳 密 に は聚 輪 は成 立 し得 な い こ と に な る 。反 対 に実 際 に修 法 を行 うた め の マ ニ ュ ア ルが 儀 軌 で あ る とす れ ば、聚 会 に 関 して は Davidsonの 概 数 の ル ー ル は当 て は ま らな い こ とに な る。 こ れ は ど の よ う に理 解 す れ ば よ い の で あ ろ うか。聚 会 の儀 軌 作 成 者 が 、出来 も しな い 集 会 マ ニ ュ ア ル を作 成 す る と は まず 考 え られ な い。第 一 、聚 輪 が 成 立 しな い と す れ ば 、あ り も しな い事 象 を論 じる意 味 もな い。 多 くの喩 伽 女 タ ン トラ文 献 で は、 自分 の 家 で 、秘 密 の場 所 で 、人 け の な い 所 で 、園 林 で 、洞 窟 で、墓 場 で 、海 辺 な ど で 、巡 礼 地 で の 集 会 を 模 範 と して行 わ れ た と考 え られ る聚 会 が述 べ られ て い る。 これ は男 性 喩 伽 行 者 主 導 の集 会 で あ って、喩 伽 女 主 導 で の集 会 と は記 述 され て い な い。 こ れ ら の 集 会 に不 可 欠 な喩 伽 女 は、成 就 に必須 とさ れ る性 喩 伽 に熟 達 した 者 で あ り、

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あ る者 は、『二 儀 軌 」 〈金 剛 王 出現 品 〉 〈飲 食 品 〉 で見 られ る よ うに 母 系 の 親 族 名 を も っ た地 縁 的集 団 で あ る と考 え られ る。 こ う した 女 性 た ち は、常 日頃 か ら男 性 喩 伽行 者 の 集 団 と何 らか の 関 係 を も って お り、聚 会 に 招 請 さ れ て 施 主 の布 施 に与 る常 連 で あ る と考 え られ る。 っ ま り、仏 教 徒 の ネ ッ ト ワー ク に組 み込 ま れ た喩 伽 女 た ちで あ る。仏 教 徒 た ち の サ ー クル に は一 定 数 の喩 伽 女 が常 に存 在 して お り、 それ は、施 主 の希 望 で 男 女 が ペ ア とな っ て行 う聚 輪 を 転 ず るの に十 分 な数 で あ った と考 え る と この概 数 の ル ー ル の 問 題 は解 決 す る。 5.文 献 学 の 難 問 と 「方 法 論 的 懐 疑 」 この 問 題 に っ い て は さ らな る文 献 の精 査 が 必 要 で あ る。 しか しこ こで少 し立 ち止 ま って 、主 に文 献 の 精 査 と操 作 に よ って 成 立 して い た わ が 国 の 「大 乗 仏 教 在 家 起 源 説 」 が 、碑 文 研 究 に基 づ く実 証 に よ って 根 本 的 に 批 判 さ れ た事 態 を想 起 して み た い。 これ は、文 献 学 とい う系 内 部 で の研 究 の 限 界 が 示 さ れ た 好 例 で あ る。大 乗 思 想 運 動 に は僧 院 内外 を巻 き込 ん だ 社 会 的 広 が りな どな く、実 際 は、何 れ か の部 派 に属 す る比 丘 た ちの 意 識 内 の 世 界 と して 存 在 した に過 ぎ な い と い う穿 った 見 方 もで き る。 こ う した意 見 を 反 駁 す る に は、外 国 人 の手 に な る イ ン ド旅 行 記 と小 乗 と財 め られ た傾 向 の 人 た ちや 外 教 徒 の文 献 に 頼 る以 外 、大 乗 文 献 の 内部 にお いて だ け で は か な り 困 難 な の で あ る。同 じ こ とが イ ン ド初 期 中 世 に 展 開 した 金 剛 乗 の 内実 と社 会 的広 が り に っ い て も当 て は ま る。 そ こで は、在 家 信 者 や 藩 侯 た ち の僧 院 へ の寄 進 を 記 した碑 文 は存 在 す る と して も、 そ の僧 院 は、根 本 的 に相 容 れ メ ン タ リ テ ィ ー な い精 神 性 を もっ 声 聞乗 の比 丘 と金 剛 乗 の 比 丘 で 構 成 され て い た ので あ る。 聚輪 や 〈勇 者 の 饗宴 〉 に代 表 され る金 剛 乗 に 固有 な 集 団 的 修 法 は、 当 初 か ら声 聞 乗 の比 丘 た ち を排 除 して 行 わ れ る集 会 で あ る。 元 よ り声 聞 乗 に と っ て は、 金 剛 乗 の教 説 な ど考 え もっ か な い 「魔道 」 に 過 ぎな い 。 従 って 、 そ う した 集 会 が 、 声 聞乗 ・金 剛乗 共 住 の 僧 院 内 で な さ れ る こ とが 原 則 的 に あ 金 剛 乗 が も っ た 女 性 観 序 説

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密 教 文 化 り得 なか った とす れ ば、 考 え られ る可 能 性 は一 つ 、 つ ま り、 金 剛 乗 の比 丘 た ち は僧 院 の外 部 に聚 会 の場 を求 め た で あ ろ う こ とで あ る。 この 修 法 空 間 こ そ が 筆 者 が 自 著 『ガ ナ チ ャ ク ラの 研 究 』で 論 じて き た 〈聚 会 の 祠 堂 〉 (matha,tib.tshogskyikhangpa) (58)であ り、Davidsonが 言 う 「小 規 模 な 地 域 的 僧 院 」 「小 さ な 会 堂 (congregation)」 で あ る。 しか し、 残 念 な が ら この理 論 的 仮 説 の設 定 まで が 文 献 操 作 の限 界 で あ る。 合 理 的 推 論 が 指 し示 して お り、 文 献上 か ら もその 存在 が 明 か で あ る この 〈聚 会 の祠 堂 〉 も、 考 古 学 的 発 掘 を 待 って 初 め て そ の 存 在 が 確 証 され る こ と と な る。 この 建造 物 が発 掘 さ れ 同 定 され る こ と に よ って 、 イ ン ド密 教 研 究 が 抱 え て い る難 問 の多 くが解 決 す る こ と は間 違 い な い。 逆 に 言 え ば 、考 古 学 な ど との協 同 に よ って 同 定 され な い 限 り、 〈聚 会 の祠 堂 〉 の存 在 は厳 密 に は仮 説 に留 ま る。 理 論 物 理 学 や分 子 生 物 学 の 分 野 で の理 論 的 予 測 ・仮 説 が 実 験 で 立 証 され る よ うに、 金 剛 乗 の社 会 的広 が りに 関心 を持 っ筆 者 は、 この 問 題 の解 明 に つ い て イ ン ドに お け る考 古 学 の進 展 に多 くを期 待 す る者 で あ る。 と ころ で現 実 に立 ち戻 って 考 え る と、寄 進 者 が 福 徳 を積 む こ と を願 い聚 会 の入 り用 を負 担 して 聚 輪 が 転 じ られ た と して 、そ の 寄 進 が碑 文 と して後 世 に残 るで あ ろ うか。僧 院 に所 属 す る金 剛 乗 の 比 丘 と在 俗 の喩 伽 行 者 と の 恒 常 的 な 交 流 の場 と して機 能 した こ とが 文 献 か らは明 か な 〈聚 会 の 祠 堂 〉 が 発 掘 され 、 それ と同定 され る可 能 性 は お そ ら く薄 い で あ ろ う。 この よ う に、金 剛 乗 の社 会 的 広 が り と存 在 様 式 を立 証 す るよ うな 史 料 を文 献 学 の 外 部 に発 見 す る可 能 性 は極 めて 低 い と思 わ ざ る を得 な い。 そ れ で は、本 筋 に戻 って 、 前 節 に述 べ た男 女 平 等 主 義 的 な 記 述 は何 を 意 味 す るの で あ ろ うか。 こ う した儀 軌 類 は、経 典 と タ ン トラ同様 に男 性 作 者 に よ る構 成 ・記 述 と考 え るの が 自然 で あ る。っ ま り、男 性 の言 説 で あ る点 を まず 問題 に す るの が フ ェ ミニ ズ ム の テ キ ス ト解 読 作 法 で あ る。 ま さ し く Manjusrikirtiお よ び 先 に引 用 した金 剛 乗 の 阿 閣 梨 た ち は 男 性 で あ る。彼 らは現 実 の聚 会 にお け る男 女 の役 割 を忠 実 に儀軌 に記 述 したの で あ ろ うか 。

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あ る い は シ ン メ トリー の必 要 性 か ら、聚 会 に 「男 女 共 同 参 画 」 の姿 を描 い た の で あ ろ うか 。つ ま り、 金 剛 乗 に あ っ て は、第 一 節 に 引用 した 『秘 密 果 会 」 や 『二 儀 軌 」 の規 範 的 場 面 設 定 に 則 っ て 、作 成 す る経 典 ・儀 軌 の枠 組 み 自体 が理 念 と して で あ れ、生 身 と して で あ れ 女 性 の 存 在 を要 請 す るの で あ ろ うか。 あ る い は逆 に、実 際 の聚 会 は 指 南 書 で あ る儀 軌 どお りに行 わ れ た の で あ ろ うか 。 も し、現 実 の集 会 が あ ま り に も男 性 中心 で あ り、彼 らの 放 縦 を許 す 事 態 で あ っ た とす れ ば 、儀 軌 作 者 た ち は、単 に 「理 念 」を 述 べ た に 過 ぎな い こ と に な る。 研 究 の 現 段 階 で は 未 だ 結 論 は出 せ な い。 こ の場 で は 問題 提 起 に留 め て お き た い。 フ ェ ミニ ズ ムの 文 脈 に 関連 して 一 つ 言 え る こ と は、諸 々の 「金 剛 乗 の律 典 」が 挙 げ る 「般 若 を 自性 と す る女 性 た ち を 財 め る べ か らず 」 と い う禁 制 か ら して、金 剛 乗 の 阿 闇梨 た ちが もっ 精 神 性 は、 キ リス ト教 の 父 権 的 な教 父 た ち や ロ ー マ教 会 が ヨ ー ロ ッパ 古 代 の女 神 た ち を 疑 め た 精 神 性 と は明 らか に異 な る こ とで あ る。 前 節 で 引用 した よ う に、現 実 に生 身 の女 性 の参 加 を ま って始 め て 行 わ れ る聚 輪 の マ ニ ュ ア ル に は、か な り の程 度 の 「男 女 共 同 参 画 」 と み な し得 る 記 述 が あ る。仏 教 タ ン ト リス トの ネ ッ トワ ー ク に組 み 込 ま れ て、定 期 的 に 行 わ れ る聚 輪 に請 わ れ て 参 加 す る 喩 伽 女 の 姿 は、 〈行 の 体 系 〉 に お け る 「戯 論 の行 」(prapansasarya) の 側 面 か ら捉 え た喩 伽 女 観 で あ る と規 定 で き る。 こ こま で が 文 献 操 作 か ら導 き出 され る結 論 で あ る。 しか し学 問 で あ る限 り、聖 トマ ス の よ うで あ りた い者 と して 、 も う一 度 、問 題 点 を 確 認 して お く。つ ま り、聚 輪 が 実 際 に行 わ れ て い た こ と は否 定 で き な い と して 、 そ れ で は、聚 輪 で は 男 女 協 同 的 な あ り方 が 実 際 に大 勢 で あ っ た か、 あ る い は、 そ れ を 聚 会 の理 想 的 な あ り方 と して金 剛 乗 の 阿 閣 梨 た ち が 構 想 したか の二 っ の 可 能 性 が 残 る。 ど ち らに しろ確 実 な こ と は、最 低 限 、 そ の よ うな 精 神 性 を も った 阿 閣 梨 た ちが 残 され て い る著 作 の 数 分 は居 た と い う否 定 で き な い事 実 で あ る。 金 剛 乗 が も っ た 女 性 観 序 説

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密 教 文 化 結 語 金 剛 乗 で は、 始 め の二 節 に 述 べ て き た よ うな尊 格 (ダ ー キ ニ ー ・ヨー ギ ニ ー) と して の含 意 を 背 後 に もち 、修 法 者 の 優 位 に立 っ喩 伽 女 が い る。 言 い換 え る と、 〈母 な る もの〉 の 力 を体 現 し、命 を与 え る が 同 時 に奪 い もす る ヌ ミノ ー ゼ的 なお ど ろ お ど う しい 存 在 で あ り、禍 々 しい鬼 神 ダ ー キ ニ ー (あ る い は ヨー ギ ニ ー) と して 表 象 され る喩 伽 女 で あ る。 と ころ が他 方 で は、男 性 喩 伽 行 者 の成 就 のパ ー トナ ー と して の 役 割 に 限 定 さ れ て現 れ る喩 伽 女 が い る。 この 女 性 た ち は、男 性 修 法 者 が修 法 の パ ー トナ ー と して選 び、仏 教 知 識 を注 入 して 教 化 ・訓 練 した喩 伽女 で あ り、 そ の 典 型 は、『二 儀 軌 』 〈教 授 品〉 〈倶 生 義 品 〉 〈画 像 儀 軌 品 〉 〈説 成 就 品 〉 の 説 示 に 見 られ る とお りで あ る。 あ る い は ま た、『理 趣 広 経 』「真 言 分 」 の 聚 会 に現 れ る喩 伽 女 は ご く普 通 の 女 性 た ちで あ る(59)。この よ うな 、金 剛 阿 闊 梨 の威 力 に よ って 智 慧 を 遍 入 さ れ て 始 め て喩 伽 女 と な った女 性 た ち も、 般 若 波 羅 蜜 母 を具 現 した存 在 で あ る こ と に変 わ りは な い。 しか し、 こ う し た普 通 の 女 性 た ちが 、巡 礼 地 に住 み着 いて 集 会 を 主 宰 す る喩 伽 女 や男 性 喩 伽 者 を 畏怖 させ る喩 伽 女 と相 違 す る こ とは 明 らか で あ ろ う。 繰 り返 す と、実 在 した女 性 集 団 で あ れ 観 念 上 の存 在 (尊 格) で あ れ 、密 教 行 者 か ら自立 した威 力 を具 え た 存 在 で あ り、 タ ン ト リズ ムが 依 って立 っ 〈母 な る もの 〉 の 本 源 的 な力 を 分 か ち もっ 存 在 と して、時 に応 じて喩 伽 行 者 に教 示 を与 え る畏 怖 す べ き優 越 者 で あ る喩 伽 女 が 一 方 に居 る。 そ れ に 対 して 、印契 女 と して の喩 伽 女 は、仏 教 徒(男 性)の 修 法 の従 属 的パ ー トナ ー と な った女 性 と して 記 述 され て い る。 この後 者 の あ り方 で 現 れ る女 性 た ち に対 す る男 性 喩 伽 者 の身 勝 手 な欲 望 の 充 足 を禁 止 す る た め の 規 定 が 、「金 剛 乗 の 律 典 」の 「普 通 罪 過 」第 一 で は、「力 ず くで 喩伽 女 と性 交 渉 す る こ と」 と して 挙 げ られ て い る(60)。 金 剛 乗 に現 れ る喩 伽 女 は、下 級 鬼神 に出 自 を もち、半 女 神 か ら至 高 の存 在 に まで 登 りっ め た尊 格 を 体 現 す る と想 念 され た女 性 と、 男性 喩 伽 行 者 に

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