短期大学の情報教育による経営差異化の一考察
著者 新谷 公朗
雑誌名 同志社政策科学研究
巻 4
ページ 103‑122
発行年 2003‑03‑18
権利 同志社大学大学院総合政策科学会
URL http://doi.org/10.14988/pa.2017.0000004754
あらまし
少子化による志願者確保が難しくなるなか、
短期大学は、志願者を確保するために、経営差異 化を迫られている。また、急速に情報技術が浸透 する社会は、情報機器をより有効に活用できる 人材を求めている。これからの幼児教育系短大 における情報教育は、保育者としての専門分野 に情報技術を生かすことができる人材の教育が 必要であると考えられる。本論では、経営差異化 の具体的なアプローチとして地域との連携のな かで、保育教材「デジタル紙芝居」を開発し、教 材としての有効性を検証するとともに、新しい 情報教育カリキュラムとしての可能性について 検証した。
はじめに
大学における情報教育は、大きな転機を迎え ようとしている。急速に情報技術が浸透する現 代社会においては、より高い情報技術を有する 人材を求める傾向にある。従来は、情報技術など 必要とされなかった分野・業種においても、情報 リテラシーは、読み書きと同様に必要なものに なると予想される。これからの大学に求められ る情報教育は、先端技術としての知識や技術論 の探求も重要であることは言うまでもないが、
現実社会にある問題を、情報の力で解決する能 力を学生に身に付けさせる事が重要である。
各々の専門分野において培われた知識や方法を
高度に情報化された現代社会にどう適応させる かを探ることは、情報教育の大きな課題である と考えられる。
一方、現代社会に大きな影響を与える少子化 もまた大学にとって大きな問題である。18 歳人 口は、減少の一途を辿り数年後には、志願者全入 学の時代が来ると言われている。大学の「生き残 り」を賭けた生存競争が激化するのは必至の状 況である。教育の質の維持向上と学生確保のた めに、競合他者と差異化を図ることは、私立大学 の経営にとって重要な課題であると言える。他 大学との差異化を図る上で、特色のある教育を 志願者にアピールすることは、有効な戦略の一 つであると言える。
特色ある教育を実現する方法としては、様々 な方法が考えられるであろう。既に各大学にお いて種々の取組みが行われている。その方法の1 つとして、情報技術の活用は、今日の社会状況か ら見ても、キーファクターとして最有力である。
政府の IT 基本戦略を待つまでもなく、社会の要 求に応じた人材養成のための情報教育カリキュ ラムを早急に整備することが必要であろう。そ れが、大学にとって競合他者から競争優位を得 ることにもつながるものと考えられる1。 そこで、本稿では、志願者の4年制大学志向の 強まりから、特に少子化の影響が深刻な、幼児教 育系2の私立短大の経営差異化政策として、情報 技術をキーファクターとした特色ある教育を提 案する。
幼児教育分野は、保育者の養成機関である短 大や、就職先である幼児教育機関(幼稚園・保育
1 [ポーター 99]
2 教員養成系大学は、学生の就職先である教育機関が既に少子化により統廃合される情況にあり、教員養成系の大学の経営は、一 層厳しい状況にある。
短期大学の情報教育による経営差異化の一考察
新 谷 公 朗
3 幼稚園、保育所を総称して表現する場合、一般的には、保育機関あるいは、幼児教育機関と表現するが、本稿では、幼児教育機 関と総称する。
4 幼児教育機関でも事務管理部門の業務では、情報機器は少なからず利用されている。ここで言う保育活動とは、保育者が行う、対 児童、対保護者とのコンタクトを主にした業務を指す。
5 著者の勤務先である。幼児教育科の単科の短期大学
6 [基本調査] 文部科学省が実施している統計調査
所)3も比較的情報化の遅れた分野の一つである と言える。幼児教育の性質上当然と言えばそれ までであるが、情報技術が現実の保育4にどれだ け生かされているかという点について、現在ま で十分な検討がされないまま、保育者を養成す る大学・短大では、ワード・エクセル中心の情報 リテラシー教育が行われているように思われる。
未検討の部分が多く存在する分野であるだけに、
情報技術分野が単独で問題を解決することは難 しい。しかし、保育現場において保育に携わる保 育者からの支持を得ることができれば、幼児教 育における情報技術の利用における方法論とし てのデファクトを得ることができる。実際に、複 数の幼稚園・保育所の経営者(園長・副園長等)
にヒヤリングによるフィールドリサーチを実施 したところ、以下のような意見を得た。
① 幼児教育分野において、情報技術を従来の データプロセッサーとして捉えるならば、そ の用途は限られたものとなるが、マルチメ ディアあるいは、コミュニケーションツール として捉えるならば、幼児教育分野でも有効 に活用できるのではないか。
② 大学・短大、幼児教育機関が協同で情報技術 の活用方法を研究・開発することで、実践性 の高い活用方法を見出すことができるのでは ないか。
③ 幼稚園・保育所の保育現場での情報技術の活 用には賛否両論がある。しかし、社会の情報 化が、幼児の生活環境にも影響を与えるであ ろうことは容易に予想できる。幼児教育の立 場から情報技術が幼児に与える影響を検証し、
保育の本質に沿った情報技術の活用方法の研 究が必要である。
④ 地域教育機関との協同による研究開発が、教 育機関の連携強化に繋がる。
このような意見を基に、特に保育現場において 実用性が高いと思われる、保育教材への情報技 術の導入について、常磐会短期大学5と協力を得 られた大阪府下の複数の幼稚園・保育所が、協同 で保育教材への情報技術の活用について研究・
開発に取り組んだ。
具体的なアプローチとして、美術造形科目、保 育方法科目と情報処理教育科目の協調による、パ ソコン、液晶プロジェクタ等の情報機器を利用し た保育教材、「デジタル紙芝居」の研究・開発を試 みた。幼児教育系短大では、学生自らが情報機器 を用いて紙芝居を制作し、実際に液晶プロジェク タを用いて幼稚園等で実演するカリキュラムの実 験を実施し、カリキュラムの有効性、保育教材と しての実用性について評価を行い、経営差異化の ための情報政策としての有効性について検証した。
以下、1章では、幼児教育の状況について分析 する。2章では、幼児教育における情報技術の活 用の概要とアプローチの方法について述べる。
3章では、アプローチの詳細と、実験の結果につ いて検討を行う。4章は、本稿のまとめであり、
今後の課題である。
1.幼児教育系短大の状況
" 構造不況業種 " と言われる大学・短大なかで も、幼児教育系短大は、特にその経営が厳しい状 況にある。経営差異化を議論する上で、大きな社 会的要因として考えられる少子化と、幼児教育 分野の情報化の状況について分析をしておく。
1.1 少子化
1.1.1 短大の置かれた状況
図1は、大阪市内にある短期大学の志願者と 入学者数の推移を示したグラフである。入学定 員数は、維持しているものの平成8年以降急速 に志願者数は減少している。志願者数の減少は、
少子化による 18 歳人口の減少に加えて、志願者 の4年制大学志向が要因として考えられる。大 学・短大への進学率は、年々高まる傾向にあり、
平成 12 年度学校基本調査6によると、18 歳人口
7 大学・短期大学・専門学校(専修学校専門課程)の入学者(いずれも過年度卒業者を含む)及び高等専門学校4年在学者数を3 年前の中学校卒業者数で割ったもの
に占める高等教育進学者の割合7が70%台に乗っ たと報告されている。3年前の中学校卒業者151 万 1 千人に対し、高等教育への入学者数は 106 万 6千人となり、進学率は前年度より 0.7 ポイント 増え 70.5%に達している。その内訳は、大学 39.7
%、短大 9.4%、専門学校等が 21.5%となってい る。前年に対して大学が 1.5 ポイント増加してい るのに対して、短大は 1.5 ポイントダウンしてい る。高学歴化が進むなかで短大への進学者数は、
図2をみても判るように減少傾向にある。平成 6年の進学率と比較すると、大学は 30.1%から 39.7%に増加しているのに対し、短大は13.2%か ら 9.4%へと減少している。
また、図3は、各教育機関への入学者数の推移 を示したものであるが、小学校、高校への入学者 数を見ても少子化が進行していることは、明白 である。大学・短期大学の入学者数も平成6年を ピークに緩やかではあるが、減少へと転じてい る。高等学校への入学者数が平成2年以降急速に 減少していることから、大学・短大の志願者数 は減少すると予想できる。我が国の18歳人口は、
平成4年の205万人をピ−クとして、長期的な減 少局面を迎えている。合計特殊出生率(1人の女 性が一生の間に産む子どもの数)は、昭和 25 年 頃から急速に低下を始め、平成 11 年には、過去 最低の 1.34 を記録した。合計特殊出生率は、現 在の人口を維持するためには 2.08 以上必要であ るといわれているが、これを大幅に下回ってい ることになる。このような状況から、政府は、平 成6年からの「エンゼルプラン」の推進を始め、
平成 11 年5月には「少子化対策推進関係閣僚会 議」を設置するなど、少子化に対する取組を行っ ている。文部科学省でも、少子化対策の充実を図 るため、地域で子どもを育てる環境を整備し、
「全国子どもプラン(緊急3ヶ年戦略)」の推進等 を行っているが、これらの政策は、依然として効 を奏してはいない。いずれにせよ 18 歳人口が増 加に転ずるには、長い年月が必要である。
このような状況から、現状の偏差値重視型の 入試制度では、下位にランクされた大学が経営 危機にさらされるのは、必至である。文部科学省 は、入試制度を改革し偏差値重視の入試からの 0
200 400 600 800 1000 1200 1400 1600
7 8 9 10 11 12 13 平成
人
入学定員 応募者
入学者
図1 応募者と入学者の推移 出典)学校案内、進学雑誌等により著者作成
0 1 0 2 0 3 0 4 0 5 0 6 0 7 0
6 0 6 2 平 成 元 3 5 7 9 1 1
万 人
大 学
短 大
図2 大学・短大の入学者の推移 出典)学校基本調査文部科学省資料より著者作成
3,000
2,500
2,000
1,500
1,000
500
0 25
1 小学校は、第一学年児童数である。
2 専修学校及び各種学校は、各年の4月1日から5月1日までの入学者である。
(注)
(単位:千人)
高等学校 1,400 小学校 1,192 幼稚園 759 大学・短期大学 741 専修学校 386 中学校 117
30 35 40 45 50 55
723 810 286
104
472 76
1,400
1,931
925 2,554
2,027
894
60 平成2 7 12(年度)
入学者数の推移
大学・短期大学 幼稚園
図3 各教育機関への入学者の推移 出典)学校基本調査文部科学省
8 [IT基本戦略]
脱却を図ろうとしているが、大学・短大は、自学 の存続のために入学者の確保と学生の質を維持 するための方策を講じる必要がある。既に多く の大学が、競合他者との経営差異化を図るため に、名称変更や学部・学科の改組転換等に着手し ている。
1.1.2 幼児教育機関(就職先)の状況
幼児教育科の学生の主たる就職先でもある幼 稚園・保育所も少子化は、深刻である。幼稚園・保育所も少子化により児童確保に必死の状況で ある。図3からも判るように、昭和53年には140 万人いた幼稚園入園者総数が、平成 11 年には 76 万人と半減している。こうした状況から、公立の 幼稚園では統合化が始まっている。また、廃園す る幼稚園も出現している。平成2年に 15,076 園 あった幼稚園が平成 12 年には 14,451 園に減少し ている。園児確保は、幼稚園経営の大きな課題で ある。
一方、保育所の児童数をみると平成7年以降 増加傾向にあり平成 11 年では 184 万人となって いる。これは、国の少子化対策である子育て支援 政策による保育年齢の低年齢化や長時間保育の 促進によるものと考えられる。このような状況 を受けて、幼稚園の主管官庁である文部科学省 でも、幼稚園教育制度の改革を行っている。その 結果、現在では、その保育時間からみて、幼稚園 と保育園との差違はなくなりつつある。また、幼 稚園でも、低年齢児の受入れ等を認可する等、制 度改革を行ってきた。幼稚園と保育園の保育条 件よる差異は、無くなりつつある。ただし、保育 園は厚生労働省所轄の社会福祉施設であるため、
入園者の選抜には、地方自治体が関与するため、
同一地域で異なる保育所同士が子供を奪い合う ことは生じにくい。これに対して、文部科学省が 管轄する私立幼稚園は、自由競争市場であり、園 児を確保するために、教育内容や制服、新幹線や 猫の形にデコレーションされた送迎バス等様々 な手法で経営の差異化が行われている。
少子化は、各教育機関にとって非常に深刻な 問題となっている。幼児教育系の短大は、少子化 社会のなかで学生と就職先の確保という2つの
大きな課題を克服しなければならない状況にあ る。
1.2 情報化の波
一方で、大学・短大は、社会構造に大きな影響 を与えている情報化への対応をも迫られている。
社会のあらゆる分野に情報化は急速に浸透して いる。もはや、情報化の波を避けることは、不可 能である。政府は、IT 基本戦略8のなかで高等教 育機関に対して、2005 年までに米国水準を上回 る高度な IT 技術者・研究者の確保と、超高速ア クセス(目安として 30 〜 100Mbps)が可能な世 界最高水準のインターネット網の整備を促進し、
電子商取引の普及の促進、電子政府の実現を図 るための基盤として、インターネット接続環境 の整備による国民の情報リテラシーの向上、IT を指導する人材の育成、IT 技術者・研究者の育 成及びコンテンツ・クリエイターの育成等人材 育成の強化を求めている。
さらに基本戦略では、技術者・研究者育成のた めに、大学に関する制度を見直し、大学改革を積 極的に進め、競争原理を導入して、大学自身によ る一層の自律的・機動的なマネジメントを可能 とし、IT 関連教育の充実など独自色の発揮がよ り一層促進される環境を早期に実現するとして いる。
また、大学・短大の教育の成果が、学生を通じ て社会に還元されるという意味において、大学・
短大にとって就職は重要な意味を持っている。
しかし、大学中退者や大卒者の「フリーター」人 口の増加、学生の学力低下など、大学の存在意義 が問われるなか、「大学」を出たということだけ では評価されない、高学歴であることが、昔ほど の魅力を持たない時代になりつつある。企業等 の多くの就職先は、長引く不況と産業の構造変 化から、若年層に対する人材ニーズは、従来とは 視点がかわりつつある。低成長の時代を迎え、激 化する国際競争や IT 革命が産業構造の変化を促 している今日、企業は採用にあたって、高い専門 性や創造的能力、IT の活用力を重視するように なっている。
このような政策的要求、社会情勢の変化によ
9 [利用実態調査]メディア教育開発センターによる、高等教育機関のマルチメディアの利用実態調査(2000 年1月)
10 教育職員免許法施行規則
11 英語の早期教育に見られるような一般的な社会状況の予測であり、著者がこうした考えに賛同しているわけではない。
12 指導要領(抜粋)情報及び情報技術を活用するための知識と技能の習得を通して,情報に関する科学的な見方や考え方を養うと ともに,社会の中で情報及び情報技術が果たしている役割や影響を理解させ,情報化の進展に主体的に対応できる能力と態度を 育てる。なっている。
科目として、「情報A」:コンピュータや情報通信ネットワークなどの活用を通して,情報を適切に収集・処理・発信するため の基礎的な知識と技能を習得させるとともに,情報を主体的に活用しようとする態度を育てる。「情報B」:コンピュータにおけ る情報の表し方や処理の仕組み,情報社会を支える情報技術の役割や影響を理解させ,問題解決においてコンピュータを効果的 に活用するための科学的な考え方や方法を習得させる。「情報C」情報のディジタル化や情報通信ネットワークの特性を理解させ,
表現やコミュニケーションにおいてコンピュータなどを効果的に活用する能力を養うとともに,情報化の進展が社会に及ぼす影 響を理解させ,情報社会に参加する上での望ましい態度を育てる。が用意されている
り、大学は、情報教育の充実と専門分野への情報 技術を活用方法の開発にも取り組んでいかなけ ればならない状況にある。
1.3 短大生の情報リテラシー
平成 11 年度の「高等教育機関におけるマルチ メディア利用実態調査」概要9によれば、イン ターネットによる教材の提供、電子メールによ る課題の提出に利用している短大は、4割程度 である。この数値は、短大全体であるから、文系 の短大に限れば、その利用状況はもっと低いと 予想できる。文系の短大では、情報技術は、独立 した科目として扱われており、情報技術を他の 科目や講義を行うためのツールとして活用して いる学校は少ない。インターネットの利用環境 や、利用方法の充実している学校は、まだまだ限 られている。著者の勤務する常磐会短大を例に 見 て も 、 情 報 処 理 科 目 の 演 習 用 と し て コ ン ピュータ教室を整備しているが、学生数から考 えると 10 名に1台程度という整備状況である
(2001年3月にインターネットへの接続環境を整 備)。ちなみに、小中高等学校等におけるコン ピュータの整備状況は、イギリス(1999 年に約 12 人に 1 台)やフランス(1999 年に約 15 人に1 台)なみの、「約 13 人に1台」(2000 年)という 水準である。短大では、情報技術の利用環境は、
まだ十分と言えるような状況ではない。情報教 育の演習科目では、1人1台の環境ではあるが、
情報科目以外の科目が利用できるだけの環境は 整っていない。情報技術利用環境は上記のよう な状況である。
一方、幼児教育系短大における情報技術の教 育への活用という観点から見た場合、教育課程
の中に情報教育科目は開講されているが、その 内容は、ワープロや表計算等のビジネスアプリ ケーションによる機器操作を主眼に置いたもの が殆どである。文系大学のなかでも幼児教育科 の学生は、音楽・美術等の芸術的な分野を得意と する傾向にあり、情報リテラシーは高いとは言 えない。設備面や学生のリテラシーを見ても、他 の科目が、積極的に情報技術を利用した講義・演 習を行える状況ではない。また、就職先である幼 稚園・保育所における保育活動への積極的な情 報技術の活用事例は、著者が調査した限りでは 報告されていない。多くの学生にとっては、単位 を得ることだけが目的の科目となっている。
しかし、社会の状況を勘案して、幼児教育分野 でも、教員養成課程の改正により平成 12 年度か ら情報処理教育が教育課程において必修化され た10。さらに初中等教育機関への情報機器の導入 や情報科目の開講は、幼児教育分野への波及が 充分に予想される。小学校への導入は、幼稚園・
保育所への就学レディネス11としての教育の要求 が予想される。また、高校での情報科目の導入 は、そのカリキュラム12をみても、各教科の指導 内容は、機器の操作、ネットワークの活用、デー タベースの利用と構築、情報倫理等について技 術的な内容に深入りしないよう留意することと しながらも広範な内容となっている。従来の情 報リテラシー教育では、学生を満足させること が出来ないのは、明白である。
著者は、本研究の準備として常磐会短大の平 成 12 年度の新入生約 400 名を対象として、短大 入学時の情報リテラシーを調査するためにアン ケート実施した。図4は、学生の学習経験と、家 庭でのパソコンの所有とその利用をグラフ化し たものである。グラフからも判るように、80%以 上の学生が、既に情報について学習経験がある
と回答している。また、半数以上の学生の家庭 は、パソコンを所有しており、学生の約 30%は、
家庭でもパソコンを利用している。
学生の高校・中学での学習内容は、ワープロ・
表計算が主な内容であった。家庭での利用は、イ ンターネットの利用が主なものとなっていた。
このアンケートで特筆すべき点は、やはり携帯 電話の所有率である。メール対応型の携帯電話 の所有率にいたっては、90%を超えており、メー ルのやり取りや、着メロのダウンロード等は日 常化している。
インターネットや、i-mode に代表されるメー ル対応型携帯電話の普及は、コミュニケーショ ンツールとして、情報技術の活用を日常的なも のにした。携帯電話のメールのやり取りを行う のに、面倒な設定は、皆無である。家庭での利用 が、インターネットが主となっているのは、ブラ ウザを起動して、マウスさえ操作できれば事足 りると言う状況である。
インターネットに代表される情報通信ネット ワークの普及により、不特定多数の者が、双方向 に文字・音声・画像等の情報を融合して交換する ことが可能となった。さらに、携帯電話の普及に より、利用者の置かれた地理的環境や、時間にか かわりなく、必要とする情報を迅速に入手した り、自分の意思を相手に伝えることが、日常的な コミュニケーションの方法になりつつある。
情報化の進展は、様々な可能性を広げるとい う「光」の部分と同時に、人間関係の希薄化、心
身の健康への影響、犯罪への利用等の「影」の部 分が存在する。様々なマスメディアから流され る多くの情報の中で、どの情報を選択するか極 めて難しい。溢れる情報の中で、誤った情報や不 要な情報に惑わされることなく、必要な情報を 取捨選択する能力を身に付けることが、ますま す重要な課題となってくる。
個人が、情報の発信者となる高度情報通信社 会においては、プライバシーの保護や著作権に 対する正しい認識、インターネットやE−メー ルを利用する上でのネチケット等の情報モラル を利用者が身に付けることが必要である。情報 機器は、自分を助けるツールであり、自らの考え で判断し、自らの責任において行動することが 必要である。
今後、短期大学における教育では、こうした点 について正しく理解させるとともに、「ワープ ロ・表計算」より一歩進んで、「情報技術で現実 の問題を解決する力を養う」教育が必要である。
そのための指導方法や指導内容等について、研 究を進める必要がある。
2.情報教育による経営差異化
少子化、情報化という社会的要因により、幼児 教育系短大は、非常に厳しい状況に置かれてい る。また、その学生の主たる就職先でもある幼稚 園・保育所も同様の状況である。
学習経験 その他
1%
中 学 校 5 2 % 高 校
1 5 % 両 方 1 7 %
無 1 5 %
PCの所有と利用
利用 する 33%
利用 しな い 21%
なし 46%
図4 学生の情報教育の学習経験と家庭での利用 出典)常磐会短期大学において実施したアンケートより著者作成
13 幼稚園教育要領
14 エデュテイメントはエデュケーション(教育)とエンタテイメント(娯楽)を重ね合わせた言葉である。いわば、楽しみながら 学べるソフトのことを指す。エデュテイメント分野のソフトは「お絵かきソフト」などの児童向けのものから、恐竜などの生態 をグラフィックに説明する成人向けのものまであり、その種類は多様である。
15 キッドピクスに代表されるマウスを使って絵を描いたり色を塗ったりできるソフト
16 前出の幼児教育科の学生に実施したアンケート 90%の学生が、情報技術には興味があると回答している。
幼児教育系短大の経営差異化を図る方法は多数 あると考えられるが、本稿では、以下の理由から 情報技術教育を機軸とした差異化を提案する。
◆ 幼児教育分野は、比較的、情報化の遅れ た分野である。しかし、社会の情報化は、
急速に進行している。
◆ 就職先である幼稚園・保育所も経営差異 化の方法を模索している
◆ 情報科目は、学生のカリキュラムとして インパクトがある。
◆ 他者との差異化を図るためには、未検討 な分野で先行することがより競争優位と なる。
2.1 幼児教育分野における「情報」
幼児教育現場は、比較的情報機器の利用が遅 れた分野である。幼児期には自然や人との関わ り等の実体験、直接体験が大切であるという考 え方13から、情報機器の保育への利用に対して否 定的であったためである。保育者の多くは、それ がどういうものなのか、具体的な体験をするこ ともないまま、感覚的に否定している場合が多 い。「コンピュータ」「技術」という言葉から想像 される、機械的、難しい、というイメージは、保 育に求められているものからは、かけ離れてい るように思われている。さらにコンピュータを 保育活動に取り入れてみたいと考えても、絵本・
紙芝居や積木のように保育者自身が経験し、積 み重ねてきたものではないため、保育活動への 関連づけや、利用方法が確立されていない状況 であると考えられる。
2.1.1 幼稚園・保育所の情報化の現状
幼児を取り巻く社会環境の変化から情報機器 を保育に活用したいと考える幼稚園・保育所も 出現している。しかし、情報技術がどのように幼児教育に関与できるかについては、未検討な部 分が多く、標準化された利用方法は存在しない。
パソコンやTVゲーム用の幼児向けエデュテイメ ント・ソフト14等も販売されているが、その多く は家庭用に開発されたものが多く、幼稚園・保育 所に保育教材として普及するまでには至ってい ない。
情報技術を保育現場に導入し、活用しようと いう試みとして、エデュテイメント・ソフトとパ ソコンを使ったお絵かき15や、電子絵本を使った 読み聞かせ等の研究が行われている。こうした 試みは、小学校への情報機器の導入を受けて更 に広まると考えられる。しかし、操作方法自体が 変わってしまうかもしれないコンピュータのマ ウスの操作やキーボードに慣れさせることより も、創造性を育てるための道具の一つとして、コ ンピュータの特性を生かした、通常の保育活動 に馴染む、活用方法が必要である。
また、幼稚園・保育所では、本来、主体となる 幼児が、教育や保育を評価し、判断するのではな く、保護者の意思によるところが大きい。幼稚 園・保育所に子どもを預けている保護者の年齢 層が低く、社会の情報化にも柔軟に対応してい る。保護者の中には、早期教育、就学前教育とし て情報教育を望む保護者の出現も予想される。
また、保護者や地域が、情報技術を活用した情報 発信やサービスを幼稚園・保育所に期待するこ とは、情報化の進む社会においては、自然な流れ である。
2.1.2 新しい情報教育カリキュラムの必 要性
幼児教育科の大半の学生は、情報技術に関心 があると回答しているが16、学生が、教育・保育 実習で体験する保育現場は、前述のような状況 にあることから、多くの学生は、ビジネスユース を目的としたタイピイングスピード訓練や、表 計算の関数に保育現場での活用性を見出せない
17 コア・コンピタンスの概念は、単に,経営学の領域における企業の競走戦略の要としての概念に留まらず、さまざまな組織の生 き残り戦略の要としても応用可能な概念であると言える。 [ハメル95]
でいる。高校ですでに情報科目を修得した学生 にとっても、現状の情報技術教育は、魅力あるカ リキュラムとは言えない。だからと言って、プロ グラミングや、サーバの構築を教育しても保育 現場で役立つとは思えない。幼児教育短大の情 報技術教育が目指すべきカリキュラムは、学生 にとって目的が明確であり、保育現場で活用で きる情報技術である。情報技術を用いて、他の幼 稚園・保育所との差異化が図れるような技術教 育が必要であろう。
しかし、幼児教育分野での情報技術の活用は 未検討であり、情報教育科目が単独で幼児教育 分野での活用方法を見出すことは難しい。また、
情報技術を従来のようなデータ・プロセッシン グと捉えるならば、保育現場の用途は限定され るが、表現方法としてのマルチメディアあるい は、コミュニケーションツールとして考えると その用途は広がりを見せる。幼児教育分野には、
音楽や美術、表現、言葉等、情報技術が扱える分 野が多数存在するからである。
2.2 地域連携とコラボレーション
前述したように、大学・短大の教育の成果が、
学生を通じて社会に還元されるという意味にお いて、大学・短大にとって就職は重要な意味を 持っている。短大では、その生い立ちを見ても専 門職業人の養成が主たる目的である。その意味 において、短大における教育・研究と、社会にお ける実践や実務とのバランスがとれていること が重要である。
従って幼児教育における情報技術の活用を考 える場合、次のようなことが、要素として考えら れる。
1. マーケティング:幼児教育機関との共同 により幼稚園・保育所にある問題をどう 解決するかが、短大の教育の成果であり、
実践と研究のバランスを生む。
2. 日常の保育活動への導入:新しい画期的 なことに使うのではなく、今ある保育に 手段として活用する。コンピュータを使 わせる(馴れさせる)ことが目的ではな
い。
3. コスト・ベネフィット(費用対効果):効果 はあるが、『時間的コスト』が高すぎると、
コンテンツが普及しない。保育者が、従来 よりも「楽に」あるいは、同等でなければ、
非常に忙しい保育者に普及しない。
4. コラボレーション(共同・協調):利用者
(保育者)の要望を聞き、利用者とともに 幼児教育の本質に沿った活用方法
2.2.1 幼児教育のコア・コンピタンス
日常の保育活動への導入という点から情報技 術の活用を考えた場合、やはり、普段の保育活動 に使われている保育の方法や手段といかに融合 させるか、あるいは、そうしたものの表現方法の 一つとしての活用を考えることが、普及させる 方法であると考えられる。幼児教育系短大には、ピアノや、歌唱等の音楽 科目、紙芝居・絵本の研究・制作を行う美術造形 科目、実際の保育方法を学ぶ保育方法科目等が 存在する。これらの科目は、教職課程でも必修化 されており保育者育成上、極めて重要である。ま た、幼児教育の核とも言うべき分野であり、長い 歴史の中で研究実績を蓄積している。
しかし、将来の音楽・美術造形・保育方法を考 えた時に、音楽や美術では、既にコンピュータが 駆使されている分野も存在することから、情報 機器の活用から無縁であり続けることは不可能 であると思われる。
保育現場は前述のような状況にあり、今後、子 育て支援の一環として、多様化する地域や保護 者のニーズへの対応を求められている。もはや、
急速に浸透する情報化を避けて通れる状況では ない。幼児教育系短大では、蓄積された幼児教育 のノウハウ(言葉、健康、人間関係、環境)、ス キル(表現方法、保育方法)、コンテンツ(音楽、
美術、体育等)というコア・コンピタンス17を集 約して「幼児教育の情報化」を図る必要がある。
また、実践性の高い情報機器活用の教育カリ キュラムが、保育現場から支持を得られれば、幼 児教育の情報化や、カリキュラムは、デファクト
18 VHS 規格の VTR の開発は、有名である。また、商品としては、トヨタ自動車、松下電器によって同一名称の自動車や、家電、化 粧品を開発・販売している。
19 [奥山 95]
20 学校教育法施行規則 昭和 22 年5月 23 日 文部省令第 11 号、児童福祉施設最低基準 昭和 23 年 12 月 29 日厚生省令第 63 号/
昭和 23 年 12 月 29 日等施行によって定められている。
となり得る可能性を秘めている。幼稚園・保育 所との関係において、知識や技術の一方的な供 与だけではなく、保育現場のニーズを反映した 人材養成は、就職先を囲い込む上でも有効であ る。
短大においては、情報技術科目が、単独で幼 児教育における情報機器の活用するためのカリ キュラムを考えるのではなく、音楽・美術造形・
保育方法科目等複数の科目と情報技術科目が共 同で、保育現場において、保育者が従来よりも 楽に教材を作成できたり、保育の目標の達成に 効果的な、幼児教育にフィットした情報教育カ リキュラムの作成が有効である。
2.2.2 地域連携
このような方法は、実践性を要求されるため 関連機関との連携は不可欠である。また、現実 社会の問題は複雑であり、単独の教育機関、あ るいは、特定研究分野の研究者のみでは、問題 点の抽出・解決策提示が難しい。種々の教育機 関及び専門分野の研究者が集い、問題解決策を 模索することが望ましい。技術や知識の一方的 な供与による、「遅れた地域を指導する」のでは なく、むしろ、大学・短大が、「地域に教わりな がら情報処理技術の活用を考える」ことになる。
そして、現実の問題に触れ、情報技術の力を利 用して課題を解決する方法を共同で模索するこ とにより、解決するための情報処理技術の活用 を実践する。地域社会との情報交換により、何 が短大に求められているかを敏感に受け止め、
学生に実践や実務に必要な能力を身に付けさせ ることが、短大の教育には求められている。
今日の企業では、多様化、複雑化する社会に 対応するために、マーケティングによるユー ザーニーズの調査、ユーザーニーズに即した技 術(商品)のコラボレーションによる開発・提供 という方法を採用して成功を収めている事例が 多数存在する18。コラボレーションは、「今まで にないものを生み出す」時に有効である19。この
ような手法は、多様化する幼児教育分野では、未 知の技術である情報技術の活用においても有効で あると考える。幼児教育機関(保育現場)や、幼 児教育の中核となる科目と共同・協調し、①情報 技術を活用した保育教材の研究・開発、②幼稚 園・保育所の保護者を対象とした情報サービスの 開発をするなかで情報技術の活用方法を探り、そ れを支える教育を情報教育のカリキュラムとす る。
2.2.3 幼児教育系短大の特性
地域との連携によるコラボレーションは、実行 するための基盤として①幼児教育系短大は、地域 性の高い短大である。②地域と学生の就職先であ る幼稚園・保育所は、オーバーラップしている。
③教育実習・保育実習というインターンシップ制 度が確立されている。と言うような有利な点が幾 つかある。図5は、常磐会短大の入学者を都道府 県別に見たものである。所在地である大阪府下か らの入学者が殆どである。学生の大半が自宅から 通学している。卒業後の就職先は、約90%が幼稚 園・保育所である。その就職先の所在地も入学者 の分布とほぼ一致している(図6)。殆どの学生 が、幼稚園教諭と保育士の資格を取得して幼児教 育機関に就職している。女子学生という特性もあ るが、資格取得を目標に自宅からの通学圏の短大 を選択し、自宅からの通勤圏内に就職している。
このような状況から、地域と連携しその存在をア ピールすることにより高校や、幼稚園・保育所に 対する宣伝効果を生むと考えられる。
また、学生の主たる就職先である幼稚園・保育 所は、児童の定員数に応じて保育者の必要人員を 設置基準により定められている20。それ以上に採 用しても違法ではないが、経営的には効率が悪 い。必然的に欠員の補充あるいは、定員増による 増加分の補充ということになる。新卒採用者は、
採用後、直に現場に配置されるため即戦力として の実践性が要求される。幼稚園・保育所の保育内 容に差がなくなりつつあり、多様化を求められて
7 25
57
7 16
335
5 20
53
6 12
396
0 5 0 100 150 200 250 300 350 400
大阪府 京都府 兵庫県 奈良県 和歌山県 その他
(人)
志願者数 合格者数
127
9 1
189
27
1 3 2 1
0 50 100 150 200 250 300 350
大阪 奈良 京都 和歌山 兵庫 その他
幼稚園 保育所
図5 府県別志願者・合格者数(平成 12 年度)
出典)平成 13 年度募集要項資料より著者作成
図6 府県別就職者数(平成 11 年度)
出典)平成 13 年度募集要項資料より著者作成
いることから保育現場のニーズに即した質の高 い人材を求めている。また、他者との経営差異化 に繋がる技術や知識の供与あるいは、人材の供 給は魅力的である。
2.2.4 地域連携によるコラボレーション
以上のような観点から、コラボレーションに よる幼児教育分野における情報技術活用の具体 的なアプローチとして、幼稚園・保育所で保育者 が日常的に使う保育教材の開発プロジェクトを スタートさせた。保育現場には、デジタル化が可 能なコンテンツが多数存在する。そこで、情報機 器の中でも普及が進んでいるデジタルカメラや イメージスキャナ、液晶プロジェクタの利用と ビジュアル的にも取り組みやすい画像を使った、保育者が制作するパソコンによる紙芝居「デジ タル紙芝居」を開発し教材としての有効性を検 証する。併せて、幼児教育系短大の情報教育カリ キュラムとしても評価を行う。
以下でプロジェクトの詳細を述べる。
3.「デジタル紙芝居」保育教材の開発と研究
美術造形科目と情報技術科目、幼稚園・保育所 が連携し、保育現場で情報機器を有効に活用す る方法として紙芝居・絵本を、情報技術を活用し て制作し、液晶プロジェクタで大画面に投射し て保育活動に活用できる教材、保育方法を開発・研究している。
電子絵本・電子紙芝居は、エデュテイメント・
ソフトとして既に存在する。このような既存の 市販ソフトとデジタル紙芝居の相違点は、保育 者が、保育内容に沿って教材を選択し保育者自 身が制作する点にある。日常の様々な保育活動 への流用を考え、拡張性の高い教材制作方法の 研究・開発を行った。
3.1 目的
幼稚園・保育所でも、情報機器を導入する動き
21 著者が、ヒヤリング調査を実施した複数の保育所でもデジタルカメラを導入されていた。保育所の行事等の撮影に利用されてい るが、後の処理は、園長、副園長の仕事であることが多いようである。
がでてきている。最近では、小学校への導入の影 響からか、パソコン、プリンタは言うまでもな く、デジタルカメラ、イメージスキャナ、液晶プ ロジェクタという機器を導入している場合が多 い。既にパソコンを導入して幼児に使わせるよ うな保育を行っている幼稚園・保育園も存在す るが、保育現場は、前述したような状況にあるこ とから、有効な利用方法は存在しない。例えば、
デジタルカメラは、幼稚園・保育所へもかなり普 及しているが、多くの場合、保育者は、従来のカ メラと同様撮影するのみである。フィルムを現 像所に持ち込む代わりに、一部の技術に明るい 園長あるいは副園長等が処理を行っているのが 現状であるように思われる21。そこで、以下のよ うな観点から保育教材に着目し、情報技術の活 用方法とその有効性を幼児教育の立場から検証 しようとするものである。
1. 幼稚園・保育園では、紙芝居・絵本を保育 の様々な場面で活用することが多く、保 育方法として有効な手段の一つである。
保育現場では、市販されている既成の紙 芝居や絵本だけでなく、保育者が自ら保 育内容に合わせて紙芝居等を制作すると いうことが、しばしば行われている。
2. ファミコンを利用したものからパソコン 用まで、電子媒体を利用した絵本、紙芝 居、お絵かきツールが、エデュテイメン ト・ソフトとして市販されているが、幼児 教育の立場から充分に検討されたものが 少なく、保育現場のニーズに即したもの が存在しない。
3. 幼児にコンピュータのマウスの操作や キーボードに慣れさせることが、目的で はない。
4. 保育者が、幼児の創造性の芽を育てるた めの道具として情報技術を、通常の保育 活動に利用できる教材、表現方法として 活用することが望ましい。
デジタル紙芝居は、保育者自身が、保育内容に 合わせてデジタル教材を制作することが、最大 の特徴である。幼児が予想どおりの反応を示し てくれれば、保育者としても充実感を味わうこ とができる。日常的に利用するものをデジタル
化することで新しいアイデアや用途の広がりも 期待できる。
3.2 概要
デジタル紙芝居の制作方法及び、保育現場で の利用方法を考える上で次のような点に配慮し た。
1. 機器やアプリケーションの操作が、保育 者の負担にならない。
保育者が、取り組み易いよう機器のメ ンテナンスや、紙芝居専用のアプリケー ションの操作を覚える必要性を最小限に 留める。また、幼稚園・保育所にある機器 構成で教材制作が行えるものにする。
2.教材としての汎用性、拡張性
一度作成した教材をストーリーやコ ンセプトを変えて複数回利用できたり、
従来の教材にはない新しい仕組みで、保 育現場にあるコンテンツをデジタル化で きるような拡張性に富んだシステムにす る。
3.保育者の情報リテラシーの向上につなが る
保育者、幼児教育科の学生の情報リテ ラシーは全般的にそう高いものではない。
ワープロが使える程度であると考えられ る。保育現場に導入されているデジタル カメラや、液晶プロジェクタ等の機器を 有効に活用するためにもリテラシーの向 上が必要である。
4.幼児への視聴覚環境への配慮
光感受性発作(テレビ発作・テレビゲー ム発作)を引き起こす要因への配慮と、メ ディアを活用するだけでなく、自らも教 材制作者となり得る、保育者用のマルチ メディア教材の活用・制作上の留意点に ついても検討を行う。
以上のような点から、パソコンと液晶プロ ジェクタを利用したアニメーション機能を備え たデジタル紙芝居を保育教材として活用する方 法を考えた。紙芝居の制作プロセスにおいて保
育者は、保育の内容と目的を考えざるを得ない。
また、幼児の興味を引き付けるためのストー リーやアニメーション効果についても同様であ る。さらにコンテンツのデジタル化には、デジタ ルカメラやスキャナを操作しなければならない。
日常的に利用することで、ファイルの取り扱い や画像ファイルの特性についての知識等も身に 付くと考えられる。
3.3 制作方法 3.3.1 コンテンツ
「デジタル紙芝居」には (1)既存の紙芝居に比べ て大画面で迫力があり、幼児に訴える力が強い、
(2)パソコン画面上の「お絵かき」であるので、修 正、背景処理、素材の複写が容易・既存コンテン ツのコピーが可能、(3)動画を導入できる、(4)写真 等の張り込み(コラージュ等)、コンテンツの拡 大・縮小も容易、(5)幼児の反応によってストー リーの変更が可能、(6)音声もコンテンツとして扱 うことが可能である。等のメリットがある。(図 7)これにより、従来の紙芝居には無かった新し いコンテンツが期待できる。また、絵が不得手で も、ストーリーさえ考えれば、保育に合わせた自 作紙芝居を積極的に制作、活用することができ る。このような効果を活用すれば、リアル(現実)
とバーチャル(仮想)を利用した保育活動も可能 である。
3.3.2 制作方法
デジタル紙芝居の制作方法は、デジタルカメ ラ、イメージスキャナで取込んだ画像あるいは、
ペイントブラシ等のお絵かきソフトを用いて紙 芝居を制作し、液晶プロジェクタで紙芝居を大 画面に投射して保育活動に利用する。紙芝居を 制作する基本のアプリケーションとしてビジネ ス用プレゼンテーションツールである Microsoft 社の PowerPoint を採用した。PowerPoint は、デ ファクトスタンダードであるWord・Excelとイン
ターフェイスが共通する部分が多く、データの 共有も可能である。また、アニメーションや、音 声 を 簡 単 に 導 入 で き る メ リ ッ ト が あ る 。 PowerPoint は、本来、プレゼンテーション用のア プリケーションであるため、幼稚園・保育所の紹 介や行事の説明等にも利用が可能である。
取り込んだ画像処理用のアプリケーションに は、Adobe 社の Photo Deluxe を利用して画像の加 工を行う。Photo Deluxe は、同社の PhotoShop の 廉価版でありイメージスキャナやパソコンにバ ンドルされている場合が多く、ポピュラーなア プリケーションであると言える22。「デジタル紙 芝居」の制作プロセスは、以下のような行程によ り構成されている。
1. 紙芝居のストーリーを決める:保育に合わせ て紙芝居の内容を決める。自分でストー リーを創作する。(試作では、市販の絵本を デジタル化した)
2. 紙芝居のコンテンツを作成する:紙芝居に使 用する素材を決める。自分で描いた絵等を 用いてストーリーに必要なコンテンツを作 成する。ここでコンテンツの作成のために デジタルカメラの利用も必要となる。
3. コンテンツのデジタル化:イメージスキャナ を使用して画像を取り込む、デジタルカメ ラの画像も同様に画像データとしてパソコ ン に 取 り 込 む 。 取 り 込 ん だ 画 像 は 、 PowerPoint で扱えるデータサイズに Photo Deluxe を使って加工する。画像のファイル サイズが大きすぎると PowerPoint で作成し た紙芝居のサイズが大きくなりすぎ、性能 の低いパソコンでは、再生に時間がかかる ため注意が必要である。
4. 紙芝居を組み立てる:PowerPointに画像を貼 り付ける、アニメーションの設定を行い紙 芝居が完成する。液晶プロジェクタによる 投射では、コンテンツの色が淡いと見にく くなるため、背景色とのバランスや、彩度 は、試写を行い微調整する必要がある(図 8)。
22 デジタル紙芝居を保育教材として考案する準備としてデジタル紙芝居を著者が試作し、保育園に於いて予備実験を実施し、保育 者にヒヤリング調査を行っている。
3.3.3 課題
現実にこの「デジタル紙芝居」の教材としての 利用、カリキュラム化には、下記のような点につ いて明らかにしていく必要がある。
(1) デジタル紙芝居に対する現場の保育者の賛 否、幼児の反応の良し悪し。
(2) 保育者の情報リテラシースキルとしてどの 程度のものが必要か。
(3) カリキュラムに対して、幼児教育課程の学 生が、興味を持って取り組み得るか。
(4) 従来の紙芝居、ビデオ教材と比較した場合 の教育効果、あるいは、併用の可能性があ るのか。
(5) 従来の紙芝居で蓄積された「抜き」(紙芝 居で画面を、幼児に期待を持たせながら途 中まで抜くやり方)等の技術的方法論、ノ ウハウがどの程度、継承できるのか。
(6) デジタル紙芝居特有の新しい方法論、ノウ ハウを蓄積する必要はないのか。
このような点について評価していく必要がある。
そのなかでも特に重要性が高いと考えられる、
上記(1)(3)(4)に焦点を絞り、幼稚園・保育所での 評価実験と幼児教育科の学生による「デジタル 紙芝居」の制作の実践を試みた。
3.4 実験
3.4.1 幼児の観察結果(1)
幼児の反応を評価するため、①幼児の言動・視 線の場面(時間)ごとの変化、②時間の経過、絵 の構図、配色、アニメーション、ナレーションと 幼児の反応の関連を分析した。具体的には、常磐 会短期大学付属常磐会幼稚園の3〜5歳児クラ 図7 コンテンツの例
上左から、クレヨンによる絵、実写を使った鉛筆
下左から落ち葉のコラージュ、パソコンに取り込んだクレヨン
スを対象に、各クラス(25 名程度)からランダ ムに 10 名を抽出して観察した。測定は人手観察 記録が主たるものである。(図9)
表1から3は、3・4・5歳児クラスの観察記 録を集計したものである。笑う、画面を見る、反 応して喋るという項目の数値の高さからも判る ように、幼児の反応は良好である。アニメーショ ンする場面で驚いたり、画面の中のオブジェク トが、上下左右へ動くのを目で追うような仕草 も多く見られ今回の実験から見る限り、アニ メーションの導入と、大画面はインパクトが大 きい。
一方、今回の実験では、幼児達が、プロジェク タの光源を手で遮って遊ぶという行動が目立っ た(実験という観点から敢えて制止しなかっ た。)。表に示したように、後ろを見る行動も多 かった。これは、読み手・語り手が後方に位置し ていたためと考えられる。各年齢における幼児
の様子は、以下のようなものであった。
3.4.2 幼児の観察結果(2)
[3歳児]:普段なじみのない場所で視聴した ので、不安気な様子や落ち着かない様子を示す 幼児もいた。予想外に静かに見ていたことに対 しては、居場所への不安定さから自分の思いを 表現するだけのゆとりがなかったものと思われ る。場面の変化に表情をゆるませる程度の反応 が多かった。ストーリーの展開に対する予想や 期待感もあまり感じることがなかった。これは、
ストーリーが難解であるという事ではなく、画 面の展開への一種の驚きの連続がそうさせたも のと思われる。中には場面の展開に応じて言葉 やしぐさで表現する幼児もあり、やはり個人差 が感じられた(表1)。
図8 デジタル紙芝居と保育所での実験風景
図9 幼稚園での実験風景
行 場動 面
1 1 5 1 1 2
2 6 3 4
3 5 1 3 5
4 5 2 2 1
5 3 1 2 3 4
6 1 4 2 3 4
7 1 3 1 4 2
8 5 1 5 3 4
9 3 2 2 1 2 2 1
10 5 1 1 2 3 4 1
11 1 2 1 1 2 2 2
12 1 5 1 2 3
13 5 3 2
14 2 1 3 3
15 1 1 1 4 5
計 4 1 5 9 5 8 2 5 4 1 4 2 2
3 歳 児
笑 う
驚 く
画 面 に 見 入 る
反 応 し て 喋 る
頭
︑ 顔 に 触 れ る
手 を 動 か
す 足
を 動 か
す 左
右
・ 後 ろ を 見 る
友 達 に 話 し か け る
表1
行 場動
面
1 3 1 3 3 1 1
2 4 3 1 2 4
3 2 1 4 1 3 3
4 1 5 1 1 1 1
5 3 2 1 1 4
6 3 4 1 3 1 1
7 2 1 2 1 0 3 2
8 3 3 2 2 3 2 3
9 2 2 5 1 2 1 1
10 1 4 2 4 2
11 1 2 2 2 1 3 1 1
12 1 5 2 1 1 1 1
13 3 2 3 2 1 3 1
14 1 5 1 1 1 1 1
15 1 4 2 1 1 1
計 2 8 3 4 9 2 2 1 6 3 6 1 8 2 6 2 友 達 に 話 し か け る
4 歳 児
頭
︑ 顔 に 触 れ る
手 を 動 か
す 足
を 動 か
す 左
右
・ 後 ろ を 見 る 笑
う 驚
く 画 面 に 見 入 る
反 応 し て 喋 る
表2
行 場動 面
1 2 3 8 2
2 9 2 2 4
3 1 0 2 2
4 2 2 3 1 2 3
5 6 1 2 1 2 1 1
6 2 4 1 2 1 1 1
7 1 2 3 3 5 2
8 5 4 4 1 2
9 3 6 1
10 1 3 3 4
11 1 5 4 1 1 5
12 2 8 2 2
13 4 7 1
14 1 6 1 1 1 1
15 2 2 2 2 2
計 4 5 1 9 4 1 3 1 1 3 2 4 9 1 8 2
5 歳 児
友 達 に 話 し か け る 頭
︑ 顔 に 触 れ る
手 を 動 か
す 足
を 動 か
す 左
右
・ 後 ろ を 見 る 笑
う 驚
く 画 面 に 見 入 る
反 応 し て 喋 る
表3
[4歳児]:視聴場所へ入る時から、何が始まる のだろうという期待感が感じられた。画面や光 源に対して興味をもち、手を映したり伸び上 がったり、立ち上がるなどして自分の影を映そ うとする姿がひとしきり見られた。物語が始ま ると集中して見る傍らで、隣の子とうなづき あったり、言葉を発したりしながら、自分なりの 見方を楽しんでいるようであった。(表2)
[5歳児]:4歳児と同様に、手や体の一部を映 そうとする行動が見られた。タイトルがでると 口々に読んだり、知っていることを言い合った りしていたが物語が始まると、集中して見てい た。画面の一つ一つに対する反応は、やはり5歳 児が最も活発で自分なりに整理しながらストー リーの展開や画像の動きのおもしろさに共感し、
納得していたようである。発言の中には5歳児ら しい論理性や創造的な発想もみられ、動く画像 がそれらの思考を誘発していったのではないか と思われる。(表3)
3.4.3 保育者からの反応
経験を持つ保育者の反応は、概ね好意的で あった。保育者側の反応として、(1) プロジェクタ を園児の後ろに置いてしまうと、園児の顔が見 えないために、やりにくい。 (2) 紙媒体とは異な り、どのポイントでマウスを操作すると、どんな 動きを示すかがわかりにくい。と言った意見が 出された。
一方、(1)手を光にかざす幼児の行動は、幼児が 参加する形態であり、活かせないか。(図10) (2) 画面が大きいので、読み手・語り手がその光の中 に飛び込むようなアプローチがある。等の意見 が寄せられた。液晶プロジェクタの表現媒体と しての可能性を感じさせる側面である。今回の 実験から、デジタル紙芝居を保育教材として発 展させるためには、以下のような点について検 討を進めていく必要があるのではないかという 結果を得た。
① . デジタル紙芝居に適したストーリーの選択
● 繰り返しの中に発展性が見られること。
(食べ物が変化していく中で、小さなアオム シがだんだん大きくなる)
● 絵の中に動きが作れること。(アオムシが 葉っぱを食べて行く過程)