著者 荒牧 重雄
雑誌名 静岡地学
巻 88
ページ 1‑8
発行年 2003‑11‑22
出版者 静岡県地学会
URL http://doi.org/10.14945/00025036
8 8 号 ( 2 0 0 3 )
の フ
牧 友金*
1 .富士山ハザードマップ検討委員会の発足
2 0 0 0 年 1 1 月 8 日、山梨県の主催で、富士吉出市において「富士山の火山防災 J に関するシンポジウ ムが関かれた。私自身も参加して、基調講演をさせていただいたが、注目すべきことは、パネルディ スカッションの席上、パネラーとして出席された武] 1
1富士吉出市長と小佐野河口湖町長が、こもごも
「これまでと違って、富士山の火山防災対策を前向きに進めてゆく J と発言されたことである
O打ち せもなしにこの発言であったので、私自身も大変驚くと同時時.にうれしく 応
j町 、 つ
Jハルに」悶1 9 8 2 年頃、「富士山大爆発、運命の 1 9 8 3 年 9 月 X 日 J という文庫本が出版された。ズパリ題名の通 り、指定された時期に富士山が大爆発をするという内容の本であるが、述べている根拠
付けに乏しいものが多く、とても現代の火山学界には受け入れられない代物であった。当然、指定さ れた時期には噴火が起きなかったが、結果的には客の入れ込み数が減って、富士山原辺の観光産業に
えたという話である
Oとなって、富士火山の過去の噴火災害の実誤留を作成し、
して、将来の噴火災害軽減へ役立たせたいとの提案がなされた。しかし、上のよう
っていたためもあろうが、地元 G 市町村は消極的な反応を示した。「住民に実績図を配布 る と マ ス コ ミ に 流 れ て 騒 ぎ が 大 き く な る こ と が 心 配 さ れ る ム に 公 表 す る こ と は 住 民 の 混 乱 を きそうなのでさけたい j、人.住民が勘ぐる@・. J 、「寝た子を起こすようなことはしないでほし い i などのコメントカヨあったという
Oこのような精神土壌が存在していることが十分わかっていたので、先 ι 述べた、富士吉田市長、河 口湖町長のご発言は、意外と言えるほどうれしいものであつれ
Jちょうどそのころ、 2 0 0 0 年同月から 1 1 月にかけて、富士山直下で f 低周波地震jが群発した。火山 性の低周波地震の実体はまだ解明されていないが、マグマの活動に関係が深いらしいというのが、火 山研究者の間のコンセンサスである
Oこれがマスコミの知るところとなって、騒ぎが大きくなった。
このころはまだ、有珠山と三宅島の噴火が進行中であり、雲仙普賢岳の災害などの記憶も新しく、
士山周辺の自治体の関係者各位も、この際前向きに富士山噴火の防災他作を考えるべきであるとの意 見を持たれるようになった。
国(担当は内閣府)もこれを受けて、県知事、市町村長、国務大臣レベルの「富士山火山防災協議 を 2 0 0 1 年 7 月に発足させ、同時に作られた「富士山ハザードマップ検討委員会j に諮問を行っ た。「ハザードマップ J を作ることが委員会の主要な仕事であることはたしかであるが、さらに自治 体が策定すべき「地域防災計画j の内容についての実質的な検討をも含んで、いる
OE主
失や、経済的な損害まで含める「リスク j という語とは、厳密には思別される
Oそこで、検討委員会 は、「ハザードマップ J の代わりに「防災マップj と表記することにしている
Oは現在も作業中であり、予定より遅れているが、今年 ( 2 0 0 3 年)秋をめど を「富士山火山防災協議会 J へ提出する予定である
O2 .富士火山災害の特性
は日本国を象徴するような火山であることは一般に認められているが、それは必ずしも日本 の代表的、平均的な火山を意味するものではない。富士山は数ある日本の火山の内で最も標高が高 く、最も体積が大きい火山である
Oこれは富士山が決して平均的な規模でなく、突出して大きな火山 であることを意味する
O噴出するマグマは、いわゆる玄武岩質の組成を持ち、安山岩質のマグマが圧 倒的に多い日本の火山の中では異色である
Oさらに過去の噴出物を調べると、火山灰の生産量が顕著 に多いが、これは玄武岩質のマグマには通常見られない特徴である
Oこのように、火山学的に言えば
は、日本列島ではむしろ特殊な、際だ、って大型の火山であると言うことになる
Oなぜ¥そのような特徴を富士山が示すのかは、火山学的に見ても重要で興味ある問題であるが、
際のところあまり明快な説明がなされていないのが現状である
O富士山はユーラシア、北米、フィリ ピン海、太平洋の各プレートが角を接しあってひしめいている会合点の近くに位置しているのが特徴 であり、火山の特異性もプレートテクトニクス上の特異性と密接に関係していると思われる
O事実と
してはっきりしているのは、古富士@新富士の活動期1 0 万年間を通じて、マグマの噴出率がきわめて きかった(> 2 k l n
3/千年)…すなわち噴火活動度が抜群に高かったと言うことである
Oこのこと は、将来も富士山で噴火災害が頻繁に起きることが予想されることを意味する
O1 万年間は、新富士火山の活動期であるが、さらに 5 期に分けられる O 第 1 期 (10 , 000~
8 , 0 0 0 年前)は特にマグマ噴出率が高く、大規模な溶岩流を多く流出した。最近6 , 0 0 0 年間の山体成長 曲線を見ると、最近約2 . 2 0 0 年間は、それより前と比べて、異なった傾斜を示すのがわかる
Oちょう
どこの時期は山頂噴火が起きていない時期に相当し、第 5 期と呼ばれる
O富士山の将来の噴火を予測 するには、最も近い過去の実績を重視するのが合理的であるから、最近約2 , 2 0 0 年間の実績を最も 要視し、次に過去3 . 2 0 0 年までさかのぼった実績を考膚、することとした。
最近2 , 2 0 0 年間の噴火活動は、山腹割れ目火口群からの小中規模のスコリア@火山灰噴出と溶岩流出 のケースが最も多い。約1 , 5 0 0 年前頃、北郷斜面から火砕流が発生し、高度1. 1 0 0m 地点まで到達し た。最も新しい噴火は、西暦1 7 0 7 年(宝永 4 年)に発生した、南東斜面5 合目付近に生じた大火口か ら大量のスコリアを空高く放出する噴火であった。成層圏まで達したスコリアは偏西風に乗せられて まで達し、須走村で 2 mくらい、横浜で20cm 、江戸でも南部は最大 5cm の厚さに積もった。
火口に近いところでは建物が潰れ、速いところでも灰砂の除去に手間取って、多くの亡村、飢餓難 民、さらに土石流@洪水の大災害を発生した。
もう少しさかのぼって、富士山の第 4 活動期、約3.200 年前までに注目すると、山頂火口からの大
規模な溶岩噴泉を伴う火砕噴火や火砕流発生、山体崩壊による大規模な土石なだれなどの特徴的な活
号 ( 2 0 0 3 )
ま ること
を る火山災害のほとんどす
さ t し る
O3 , べてのタイ
マグマ
には少なくとも 7 5 自の噴火が知ちれているが、そのうちの 87%
に 1 回噴火する頻度となり、しばしば噴火 と る
Oすなわち富士出の将来の噴火はかな
し されねばならない。
3 .将来の宝永噴火は予知できるか?
ところが、ここで問題になるのが、 1 7 0 7 年(宝永 4 年)の大規模噴火である
Oこの噴火
, 2 0 0 年間の内で知られている大規模噴火 3 例のうちの一つであり、巨大なプリニー式噴火を した点でも特異なケースである
Oしかもこの噴火の後は、 3 0 0 年もの間噴火が起こらず、現夜に E っ ている
O言い換えれば、過去 3 , 2 0 0 年間の活動史の中でも、無噴火という特異な 3 0 0 年間の状態、が現在 まで続いているのである
Oある研究者は、宝永噴火以後は火山全体のシステムに大きな変化が起きた ため、今後はそれ以前 2 , 9 0 0 年間の活動とは異なった推移をたどるかも知れないと考え、別の研究者 は今後も過去 2 , 9 0 0 年間と同じような活動を続けるだろうと考える
Oとにかく両方の説ともに、具体 的な証拠を欠いているので、確実な予想は出来ない。
いずれにせよ、宝永の噴火は史料や野外の地質学的な証拠も に残存していて、噴火の条件や経 るのに適していることと、一般市民にも
の大規模噴火のシナリオとしては適当であると考えられる
Oとして残っていることなどから、将来 として、史料や野外 を檎足的に行い、降下スコリア
e火山灰の数値シミュレーションも数多く試してみた。
また、現在の高度に発達した都市環境で、宝永噴火と同様な噴火が起きたらどのような被害が想定 されるかという、算定をも試みた。最も条件の悪い、梅雨期のケースでは、経済的な損失は 2 兆 5
にものぼることがわかった。来るべき東南海大震災の場合の経済損失は約 1 0 0 兆円にのぼるとい う予想をどこかで読んだ、記憶があるが、最大級の火山災害でも地震災害に比べれば規模は小さいもの であることがわかる
Oしかし、死者は 1 名も想定されなかった、宝永相当の富士山噴火でこの程度の 額の被害が出るということは、やはり現代の日本社会に与えるショックは相当に大きなものであると いえるだろう
Oのこのような大規模噴火を予測することは可能であろうか?検討委員会に協力して、気象庁 噴火予知連絡会内に設置された「富士山ワーキンググループjが主体となって、予鴻の可能性が検討 された。その結果、「予測は可能である J との結論が出た。宝永噴火の際には、 1 ヶ月以上も前から 火山 1 ' 主と思われる地震が発生しており、十数日前からは有感地震の数が急増した。地震の強度と頻度 は噴火の前日からさらに増大した。結局 0 . 7km
3のマグマが噴出したわけで、地下にはそれの何倍も のマグマが急速に岩脈として貫入したはずである
O適当なモデルを想定すると、噴火の前日までに は、傾斜変動などの地殻変動も確実にキャッチされ、緊急火山情報の発令が可能であるとの結論に達 したのである
O将来の仮想的な噴火について、緊急火山情報の発令が定量的に予想されたのは画期的なことであっ
4 .将来の噴火の可能性マップ
会は、新富士火山の過去 3 2 0 0 年間の噴火活動に基づいて、将来起きる噴火の可能性につい て評価を行った。図版 1‑ 1 は既存の火口の位置を示したもので、噴火の規模を小規模(噴出したマ グマの量が 0 . 0 2 km
3以下、黄色で示す)、中規模(向 0.2~0.02 km
3以下、緑色で示す)、大規模(同 0 . 2 km
3以上、赤色で示す)に分けて示した。火口の分布は明らかに北西一南東方向に偏っており、
地殻上部に加わったこの方向の圧縮応力に応じて割れ目火口が生じやすいことを示している
O一般論として、ハザードマップには、
し個々の特定された条件の下に起きる事象に限定して記述するマップ(例えば特定の地点から特 温度、マグマの種類、継続時間などで流出する溶岩流の予想、マップ)と、
2 .当該地域で特定の期間内に発現するすべての事例を累積的に表現するマップ(例えば特定の期 間内に任意の地点が溶岩流によって覆われる確率を示すマップ)
の 2 種類を想定することが出来る
Oしのケースは、現象の物理モデルが知れていれば、数値シミュレーションにより決定論的に することが可能となる
O現時点で数値シミュレーションが試みられている火山現象としては、
流、噴石(投出岩塊)、プリニー式噴火による火砕物降下、土石流、火砕流、ガス拡散などがある
O個々のシミュレーションによって描かれた は 、 では「ドリルマツ と呼んでい る
Oムのケースは確率論的なアプローチが必要であるが、火山活動のように過去の事例数が多くない は極めて悶難な作業となる
O本委員会では「可能性マップj とも呼ばれている
O図版 1
…2 は l と 2 を折衷した様なマップであるが、溶岩流が流出してからどのくらいの時間で現 地に到達するかを、危険度の低い側(安全度を大きくとった債のに限って表現した図である
Oこの図
を作成する子顕は次の通りである
Oまず、小規模噴火の場合に限って考察すると、図版 2‑ 1 のように、小規模噴火の場合の火口分布 (黄色の範囲)の最外側の任意の地点、から溶岩が流出したと仮定し、数値シミュレーションを行 う
O任意の噴出地点、は図版 2 1 では赤点、で示しである
O全部で 2 2 個の例につい した。それぞ れのシミュレーションについて溶岩の到達時間を色分けで示した。
同様なシミュレーションを中規模噴火の火口範国の最外側に複数の火口を設定して計算する
Oさら に大規模噴火についても同様の計算を行う
Oこうして全体で 5 2 個の例について計算した。これらを全
も外側に来る地点をつなげて線をヲ i いたのが図版 1 2 である
Oこの閣は、
士山で噴火が始まると、任意の地点、に最短で何時間以内に溶岩流が到達する可能性があるかを示して いる
O注意すべき点は、過去 3 . 2 0 0 年間の実績を参考にしてはいるが、最悪の最も早く溶岩流が到達 する場合だけを示したものであって、確率的な表現はなされていないという点である
Oしかし、防 災@減災の観点からは、最も悪い条件のケースに注目し、最も安全度が高い対策を考えるという
は、ある意味では書定されるべきであろう
O8 8 号 ( 2 0 0 3 ) 1 2 のような方法を使って、
ことが原理的に
1 2 から引用)が示されている
O八 百 つ
について、
の例であり、
よび溶岩流が 2 をすれば、これら をあらかじ る となりうるものである
O5 .富士山の火山 j 坊災マッ
る 火口かち投出される
( 図 版 、 などの避
の防災マツ について していないが、おおよその
んでいる
Oる
述べたタイプ 2 の ップ)の何枚かによっ
は 、 される
Oは次の 3 種類がある
Ol を 1 枚 に ま と め た も の て、裏面には各地方自治体ごとに関連する
となる情報を示した閣を掲げる
Oとなって鴎を作成することになる
Oこれに加えて、火 防災上のヒントなどの
2 3 .
どの可能性マツ
マッア
Oハンドブックタイ マップ。
防災ドリルマツ ど、関連する
6 . 欝士山の火山防災対策
りばめられる
Oる際に 地域ごとに個別に、
したマツ
図(上に されるマップ
では Al 版 サ イ ズ し 、
は各市富討すの防災担当が主体 山の活動史、火山
ようなマツ 各火 な
¥サードマップ検討委員会の作業の内で相当の部分が、噴火災害の防止鯵減災対策 る努力に向けられている
Oこの点では、これまで作られてきた他の火山のハザードマップと
なっている
O前に述べたとおり、富士山の噴火災害は、多都県にまたがる、広範で大規模なものに なる可能性があり、市町村レベルにとどまらず¥都道府県レベル、さらに悶レベルでの視野をもっ て、高度の知識@技術の資産を動員して、基本に立ち炭って防災対策を策定する必要があるとの認識 に基づいているからである
O会の終盤では、活用部会を中心として、富士山の火山防災対策の概要を研究議論して、広域防 災計画や地域防災計画を立案する際にガイドラインとなりうるような資料、提言をまとめる作業が行 われている
O当然、既存の l r 坊災基本計画@火山災害対策編j などに準拠して議論を進めるべきであ るが、火山災害に特有の事情や状況をふまえて、かなり抜本的な案を作ろうという意欲を当事者は 持って作業を進めておられるように強く感じられる
O7 .富士山火山防災対策策定の意義と今後の開題
山はその高い活動度と巨大な山体のため、過去の噴火活動履摩も極めて多様な現象を縞羅し
政学的に重要な位置にあるため、規模の大きな災害が起きれば、現代の日本社会に深刻な影響を与え 得る点でも な火山である
Oさらに、繰り返し述べたように、日本における火山ハザードマップ作 成の動きが一巡した現時点において、火山防災の観点からハザードマップ作成の方法論を総括し、
直す時期に来ている点でも重要なケースとなっている
O幸い、関係者の深い理解と情熱に支えられて、極めて質のよし ¥ザードマップが作成される しが立っている
O日本におけるハザードマップ作成史の際立つたベンチマークとなるであろう
Oしかし、防災対策そのものについての指針の作成ははじめての経験でもあり、未だ最終段階に達して いないので、どの程度満足な成果が得られるかわからない。
最後に私個人の強い印象を申し述べたい。これまでに作成された日本の火山ハザードマップの大部 分は、作成者がはっきりと意識していたかどうかは別として、結果的には一般住民(観光客を含め て)へ配布するためのマップであった。多くの専門家が努力を傾注して作成したため、学術的には極 めて正しく、程度の高いマップが多いと思う
O世界的に見てもそう思われる
O一方、災害現場を経験すると、本当に大切なのは現地の防災担当者が、適切な情報を適当な時期に
けることが出来るということがわかる
Oそのためには、防災業務用の各種マップ及びそれにともな
う参考資料、解説資料の充実が緊急課題である
Oこの問題についてはまだまだ不満足な状態が現況で
あると思う
O富士山防災マップの作成は、この問題へ大きく切り込んだ最初の試みである
O今後の発
展のために、礎のーっとなることを祈っている
O第 8 8 号 ( 2 0 0 3 )
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L伺図版 1 .
1 . 過去 3 2 0 0 年間の実績 に基づいた火口形成の可能領域を示す図.
2 . 溶岩流の到達時聞を示す可能性マ ップ.説明は本文を参照.
~~..,:乞こ」二ゴ弘、\・ a 図版 2 .
1 . 小規模噴火による溶岩流のシミュレーションの例.
2 . 溶岩流,火砕流,噴石,融雪時泥流などの危険区域を示す図.
2
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