のための音楽童話《こいぬのうんち》を教材として
著者 山下 薫子
雑誌名 静岡大学教育学部研究報告. 教科教育学篇
巻 37
ページ 89‑98
発行年 2006‑03
出版者 静岡大学教育学部
URL http://doi.org/10.14945/00009048
静岡大学教育学部研究報告 (教 科教育学篇)第 37号 (2006.3)89〜 98 89
音楽的イメージの育成プゴグラム
一T朗 読とピアノのための音楽童話 《こいぬの、 うんち》を教材として一一
A Teaching Program for Developing Musical Imagery Using frKoinu-noUnchirf as a Teaching Material
山 下 薫 子
bruko YAMASHITA
(平 成 17年 9月 30日 受理
)はじめに
本稿の目的は ,音 楽の諸活動において重要な役割を担う「音楽的イメ■ジ (muScalimagery)」 の育 成プログラムを提出することにある。
筆者はこれまで ,演 奏活動を中心とする表現活動において ,音 楽 :的 イメ‐ジがどめように作用 して いるのか ,そ の理論的枠組みを提出し (坂 田 1993,1995),知 覚とイメージとのかかわりについて明ら かにしてきた (山 下 2003)。 また ,ご の作用を評価するための視点として ,① 沈黙の活用
,「②ボデイ・
パーカッションとヴォイス・パーカッション ,③ 即興演奏 ,④ 題名づけの4つ を挙げ ,そ のための具体 的な方法を提案した (Yamashita 2005■ 2oo5b)も これらの研究から ,音 楽的イタージの作用
│.こは6つ の
、 発達的な段階性がある ,と いうことを仮説的に導きだしている。 `
さらに ,可 ヽ 学校高学年から大学までの生徒たちを対象に ,音 楽的イメージを育成するためのビアノ・
レッスンのあり方を検討してきた (坂 田 2000ほ か )。 本稿は ,こ れらの成果に基づき ,① 知覚する力と 記憶を呼び起こす力の発達 ,② たとえる力の促進 ,③ 関連づける力の形成 ,④ 想起する力の強化 :そ し て⑤想起を妨げる力の軽減 ,と いう 5つ の観点から ,ビ アノ・レッスンの場を想定した育成プログラ
ムの試案 を提 出 しようとす る ものである。
ここでいう「音楽的イメージ」
,とは ,創 作や演奏 ,鑑 賞なビ ,音 楽の諸活動において働 く ,想 像力の ことを意味する 1。 根源には ,音 ・音楽と身体との共振が位置づいており ,そ の作用には比喩や連想と いう [メ タファー J2の 性質が含 :.ま れる。また ,演 奏や鑑賞などの諸活動において ,こ れが十分に機能 するためには ,聞 こえてきたものをとらえるだけでなく ,実 際の音に先立って ,こ れからくる響きを心 の中で想起するという ,内 的な努力が必要となる
3。したがって ,音 楽活動の中で十分に作用するよう になるまで音楽的イメージの能力を発達させるには ,T人 ひとりのもつ潜在的な想像力を形成・ ′
強化
´するという努力と ,イ メージの想起を阻害する力の軽減を図るという努力の 2つ の方向性を視野に入 れて考えてゆかねばならない。
そこで ,本 稿ではこれらの要素について網羅的に説明することのできる「物語とピアノのための音
楽童話」を教材例として採用する cま ず ,楽 曲の概要と特徴を分析 し ,そ の教材性を明らかにする。次
に ,こ の組曲の学習プロセスを通 して身につけることので きる音楽的イメージについて ,具 体的に説 明する。そ して最後に,音 楽的イメージ育成プログラムの全体構想 を提出する。
1口 教材曲の概要
本稿で取 り上げる教材曲 ,物 語 とピアノのための 《音楽童話 こいぬのうんち》は ,ク ォン・ジョンセ ンによる韓国の物語に ,寺 嶋陸也が「挿絵 を付 けるような気持 ちで」 4曲 をつけたものである。この物 語は ,1969年 ,韓 国の第 1回 キリス ト教児童文学賞を受賞 した童話であ り,1996年 に子 どものための 絵本 として書 き直されている。この絵本 にはチ ョン・スンガクによる挿絵が施 され ,視 覚的なイメージ を得ることもで きる。邦訳は ,ピ ョン・キジャが担当 し ,日 本語版は 2000年 に出版 された (平 凡社 )。
ス トーリーは ,自 分が何の力 ももたず ,存在価値 を見出せずにいた主人公「 こいぬのうんち」が ,た んぽぽの花 を美 しく咲かせ るのに自分が役に立てるということ知 り,心 から喜んで土にかえってゆ く という内容である。韓国では ,教 科書にも採用 され ,日 立たない もの ,弱 い ものに対するやさしさがこ め られた名作 として ,子 どもから大人まで ,多 くの人々に愛 されているという。
寺嶋による組曲は,11の ビアノ独奏曲か らなるが ,最 後の 〈はる〉には連弾 ヴアージヨンがつけら れているため ,全 12曲 の構成 となつている。くつち くれのうた〉と くあめとたんぽぽ〉の 2曲 は ,朗 読
とピアノの演奏が同時進行するが ,こ れらを除いて ,朗 読の後にピアノ独奏曲が続 くとい う形式でつ くられてぃる。それゆえ ,場 面の もつ緊張体系をあ らか じめ心の中に描 き ,身 体の構えをつ くってか ら 演奏に臨むことができる。
また ,ピ アノのパー トには ,実 際の音だけでな く ,動 きや色彩 を感 じさせる役割が託されてお り ,運 動感覚的イメージあるいは視覚的イメージを手がか りとして,音 楽的 イメージを育成する可能性 を含 んでいる。そ して ,と か く抽象的に語 られることの多い「音楽 と心情」との関わ りについて ,よ り具体 的に理解することがで きるのである。
さらに ,わ が国の民謡や朝鮮半島の民族音楽などにみ られる音階 とリズムが取 り入れられているこ とか ら ,こ れ らの様式の音楽をあわせて鑑賞することにより ,楽 曲の もつ躍動感 を ,身 体的な感覚 と結 びつけなが ら感 じとることができるだろう。
それでは次 に ,音 楽的な特徴 を 1曲 ずつ見てゆきたい。
(1)こ いぬのうんち Allegretto,2/4拍 子
全体 を通 して,日」 の リズムと8分音符のスタッカー トで統一 されている。基本 となるモチーフは
:3度 上行の後 ,弾 けたようにスタッカー トで下行する音型で ,最 初は単旋律で登場するが ,後 半では左 手の和音に支えられて再現 される。 3小 節の短いコーダ (譜 例 1)で は ,モ チーフが再び単旋律で演奏
され ,主 人公の孤独 な様子 を思わせ る。
譜例 1(第 38〜 40小 節
)リ ロ
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◎ 2002 by Zen‐Oι Music Company Ld.
音楽的イメージの育成プログラム
o)す ずめのか らかいうた Allegretto leggiero,4/4拍 子
体符にはさまれた冒頭の 16分 音符 ̀(譜 例 2)が ,遠 くか ら飛んで きたすずめの動 きとその遠近感を 表す。左手 には同音の反復型が多 く用い られてお り ,す ずめがち ょんち ょんとつつ く動 きを描 く。強 弱の変化が激 しく ,場 面の転換やすずめの気持 ちの変化 を表 しているようである。デイミヌエ ン ドし
て ppで 終わ り ,す ずめが行 つて しまった後の虚 しさを感 じさせ る。
譜例 2(第 1〜 4小 節
)◎ 2002 by Zen― On Musに Company Ltd.
(3)な げき ModeratO,4/4拍 子
前半では ,1音 の同音反復か ら徐 々に音が厚 くなってゆ く音型 (譜 例 3)が ,自 分 という存在につい て思い知 らされた主人公の衝撃 と動揺 を表 している。この形が 2回 繰 り返 された後 ,3/4拍 子 に変わ
るが ,リ ズムは付点4分 音符を単位 として動 き ,シ ンコペーションのような不安定 さと緊張 を引 き起 こ す。最後に ,同 音の反復型が再現 され ,主 人公の叫びのような音型 (譜 例 4)で 終わる。
譜例 3(第 1〜 44ヽ 節 )
@ZaOZby Zen-On Music Company Ltd.
譜例 4(第 22小 節
))つ ち くれのか らかいうた Allegretto scherzando,3/4拍 子
低音か ら始 まる弱起のモチーフ a(譜 例 5)と ,二 とイ音 をゆらゆ らと往復するモチーフ b(譜 例 6) の組み合わせか らなる。どちらのモチーフも ,再 現 されると動 きが どんどんと激 しくなつてゆき ,最 後 のモチーフ aは ,完結せぬまま ,ア ッチェレラン ドでなだれ落ちてゆ く。
譜例 5(第 1〜 4小 節 )
◎ 2002 by Zen― On Music Company Ltd.
譜例 6(第 5〜 8小 節
)91
⑤ おおなき Con mOtO,4/4拍 子
第 3曲 で用いられた心の動揺 を表すモチーフが ,さ らに激 しく ,さ らに厚い音で現れる 65小 節 目に は自音の トリルが fで 奏 され ,主 人公の泣 き叫ぶ声 を彿彿 とさせる。
⑥ つち くれの うた Andanino1 6/8拍 子
6/8拍 子の揺れにのって ,朗 々とした旋律が ,つ ち くれの気持 ちを歌い上げる。左手のパー トは
,最初伴奏 を受け持つが ,徐 々に対旋律 を奏でるようにな り ,前 半の最後で拍子が 9/8に 変わらてか らは,2つ の声部が対話するように聞こえる。
後半は 3/4拍 子 に変わ り ,朗 読 とピアノが並行 に進んでゆ くため ,音 楽は BGMの ように情景 を
描写する。第 3曲 で用いられた
'「
の リズムが現れて ,主 人公の心の揺れを表す。
テンポ・プリモに戻 り ,再 びつち くれのつぶや くが聞こえるが ,突 然 2/4拍 子 に変わ り ,荷 車がやっ てきた様子 を暗示する。
)に ぐるまのお じさん Allegretto,2/4→ 6/8→ 9/8→ 3/4拍 子
ドローンのように長 く持続する左手のパー トに支えられて ,5小 節 を 1つ のフレーズ とする旋律 (譜
例 7)が 様 々な声部に現れる。タイで結ばれたリズムと独特の装飾音は ,朝 鮮半島の民族音楽に特徴的 な要素である。
譜例 7(第 5〜 8小 節 )
◎ 2002 by Zen‐ On Must Company L●
.③ ひとりぼっち Andante,3/4拍 子 と 4/4拍 子の交替
主旋律が単旋律で現れ ,2小 節 ごとに音が長 く引 き伸ばされる (譜 例 8)。 交替する拍子は,孤独感 と不安定な気分 を募 らせる。左手パー トは ,最 初イ音 と 卜音の間をゆらゆらと揺れ動 くだけであるが
,中間部では並行 4度 で下行する和音が現れ ,主 人公の心の動 きを暗示するかのよ うである。ほぼ全曲 を通 して pの 指示があ り,演奏する者に集中力 を要求する。
譜例 8(第 1〜 44ヽ 節 )
uに わ と り と ひ よ こ Allegro,3/4相 千
8分 音符の 1つ 日と 4つ 目につけられたアクセ ン ト (譜 例 9)が ,主 旋律 とのポリリズムのような緊 張 を引 き起 こし ,に わとりの滑稽な動 きを暗示する。装飾音のついた同音の反復型 (譜 例 10)は ,つ い ばむような動 きを表す ものか ,そ れとも12羽 のひよこの歩 き方を表す ものであろうか。主題の再現で は ,3連 の 8分 音符か ら 16分 音符へ と動 きが細分化 されて ,旋 律が装飾 される。
譜例 9(第 1〜 4小節 )
◎ 2品 by ZelOn Musi compふ y Ltd。 =
◎ 2002 by ttn‐ OI Must cOmpany Ltd.
⑨ にわとりとひよこ Allegro,3/4拍 子
音楽的イメージの育成プログラム
譜例 10(第 5〜 6イ ヽ 節 )
(1の あめ とたんぽぽ Andantino,4/4拍 子
右手の 16分 音符 (譜 例 11)は ,静 かに降 り注 ぐ雨を描 き出 し,左手の 2分 音符は ,太 陽の光 と温か さを暗示する。12小節 日以降は ,第 6曲 と同様 に朗読 と音楽が並行 に進行するが ,こ の曲では ,下 行す るアルペ ッジョの音型 (譜 例 12)が ,主 人公の気持 ちの変化 を暗示するかのようである。
21小 節 目からは ,音 楽が物語に先行 して ,主 人公の近未来 を予感 させる。
譜例 11(第 1〜 2小 節 )
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