奈良教育大学学術リポジトリNEAR
日本国憲法に於ける裁判官の任期と再任制度
著者 松元 忠士
雑誌名 奈良教育大学紀要. 人文・社会科学
巻 20
号 1
ページ 91‑103
発行年 1971‑10‑30
その他のタイトル On the term of office and the reappointment system of the judges in the Japanese
Constitution
URL http://hdl.handle.net/10105/2883
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日本国憲法に於ける裁判官の任期と再任制度
松 元 忠 士 (政 治 学教室)
(‑)
日本国憲法は、国民主権の具体的な方法として、公務員を選定、罷免する国民国有の権利を裁 判官にも及ぼし、最高裁判所の裁判官に国民審査制度を、下級裁判所の裁判官に10年の任期と再 任の制度を定めた。最高裁判所の裁判官の国民審査制度については、日本国憲法の公布されてよ り既に何回かの経験をもち、この制度の実効性については疑問の多いことが、学界はじめ各方面 から指適されてきたが、それに代る代案もないまま今日に至っている(1)
。これに対して、下級裁
判所の裁判官の再任制度は、永い問比較的に問題もなく、慣行によって運用されてきたところ、
最近その運用の如何によって裁判官の身分保障に憂慮すべき事態の起りうることが注目されるに 至った。即ち、昭和46年中に再任期を迎えた13期裁判官で再任を希望する64人のうち、熊本地方 裁判所の宮本康昭判事補1人が、最高裁判所の再任名簿に指名されずに、再任を拒否された事件 がそれである(2)
。最高裁判所は、この指名拒否について裁判官会議の非公開性と人事の秘密を理
由にその処分の根拠を一切明らかにせず、髄論の厳しい批判に対しても沈黙を堅持している。一 般には、官本判事補が青年法律家協会の会員であることが、指名拒否の理由にされたのではない かという強い疑惑がもたれたが、最高裁判所の真意をおしはかるところではない。
裁判官の再任拒否について、その理由を明らかにしないことの法的根拠は、最高裁判所による 裁判官の指名権は自由裁量で、何ら拘束されたものではないという点にある。しかしながら、憲 法80条1項について、例えこのような解釈が可能であるとしても、最高裁判所がこれまで本人の 再任希望に従ってきた慣行からすれば、このような解釈による今回の措置は、著しく国民の正義 感情に背反することは否めない。しかも指名拒否の理由如何は、憲法上からいっても重大問題を 提起するのである。しかし、この間題は、指名拒否の理由もさることながら、われわれを更に根 本的課題へ導く。即ち、下級裁判所の裁判官の任期と再任制度は、如何なる法的趣旨のものか、
その法的性格は如何なるものであるかという学問的課題であるO
通説的見解によると、下級裁判所の裁判官に定められた10年の任期と再任制度は、最高裁判所
の裁判官に導入された国民審査に対応する代替制度であるとされている。つまり、後者が国民に
よる直接民主制の一方法であるとすれば、前者は国民の裁判官に対する間接民主制の方法として
採用されているとされている。このことは、日本国憲法が裁判所の裁判官も国民の信任に基いて
その地位にあり、国民に対して責任を負う司法の民主制原則の確立を意図していることから、一
応理解されうるであろう。問題は、最高裁判所裁判官に対する国民審査制度が、国民の裁判官に
対する民主的統制の方法として、殆んど実効性を期待されないか、或は本来、趣旨そのものが裁
判官に対する強い信任を期待された制度でありながら、下級裁判所裁判官の再任に対しては、最
高裁判所の指名権をもって、無制限に実質的な再任決定権を有するが如く解釈され、運用されて
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日本国憲法に於ける裁判官の任期と再任制度(松元)
いる事実である。憲法80条1項の任期と再任の制度をそれだけとり出して、行政法学の一般的用 法に従って形式的解釈を施した場合には、このような結論も考えられないことはない。しかし、
そうした解釈の結果が、甚しく裁判官の地位を不安定ならしめ、もはや裁判官の独立と裁判官に 対する国民の民主的統制という司法に関する二大憲法原則に著しく反することは避けられない。
それは条文の形式論理的解釈を以て、憲法の司法原則を殺すことに外ならない。現行司法制度の 下にあっては、憲法80条1項の任期と再任制度については、公平な裁判を保障する憲法原則と再 任の立法趣旨が生かされるよう理論構成を行ない、運用に資すべきであろう。
(二)
憲法80条1項の定める下級裁判所の裁判官の任期の趣旨については、学説は裁判官の人事行政 の適正化をはかるという広く司法行政目的をもつ終任制度であるとする見解と、裁判官としての 不適格者を排除するための特別終任制度であるとする見解に大別される。これらの見解の相違 は、前者が裁判官の十全の身分保障に伴う裁判官の人事の停滞と独善とを防止するという司法行 政目的に重点をおいて任期制度を考えているのに対し、後者は裁判の公平を担保する裁判官の身 分保障という点に主眼を置き、任期制度を厳格にそれに適合して解釈している点にある。両者の 見解は、 80条1項の任期が、裁判官の全部交代を意図したものでない点では一致しているが、
(‑)如何なる裁判官の退任をはかるかという点、 (二)それをほぼ裁量の余地のない客観的に明白 な基準に基いて行うか、それともその判断は指名権者、任命権者の裁量に委ねられるかという 点、従って(≡)再任は新任と異り、 (二)の基準に法的に拘束される特別再任制度とするか、それ とも再任を立法趣旨には制約されつつも、基本的には新任と同様、指名権者も任命権者の自由裁 量とする等の諸点で大きな対立を示している. (二)(≡)は、それぞれ(‑)の任期の目的の技術的 結論に外ならないが、その結果如何は、下級裁判所の裁判官の地位の安定性に影響するところは 大きい。従って、より根本的に減れば、本条項が任期の立法目的を達成するため、任期、再任制 度が現行の裁判官制度を基礎とするとき、どれだけ規範的妥当性を有するかという問題も提起さ れよう。しかし、この点の問題提起は、それ自体のうちに立法論議を含んでいるので、ここでは 本条項の任期、再任制度を司法に関する憲法規範の全体構造の中で位置づけて論ずることとす る。
(I)裁判官の人事の適正化をはかるための終任制度であるとする説
この説の立場に立つものとして、そこに若干のニューアンスの相違はみられるが、法学協会の
「注解日本国憲法」、最高裁判所、兼子‑博士、宮沢俊義教授の諸見解があげられる。
まず、 「注解日本国憲法」は、憲法80条1項の任期の目的について「下級裁判所の裁判官に任 期を設けたのは、裁判官の身分保障が厳格であることの反面として、誤って任命された不適格者 を排除する途を開き、身分の保障に伴い勝ちな裁判官の独善化化石化を防止するためである」 (3) と述べている。又、最高裁判所事務総局の解説が、同条項の趣旨について「人事の渋滞をまね き、独善と沈滞をみちびくおそれがあるので、その弊を打破すること」 (4)としているのも、ほぼ 同意見であろう。ここにいう裁判官の「独善化化石化」 「独善と沈滞」とが、具体的にはどのよ うな状態を指すのか、これだけの鍍述だけでは簡に過ぎて不明である。この点、兼子‑博士が、
「裁判官の地位の固定するの余り裁判官がこれに安んじて不勉強になったり、世間知らずになる
おそれを防ぎ、又新陳代謝や配置の合理化を期する上から任期を定めたのである」 (5)と述べられ
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93ているのは、前者の趣旨をより具体化したものであるか否かは別としても、任期の立法目的をよ り明確にされているといえよう。これに対し、宮沢教授は、 「任期の満了を期して、任命権者お よび補職権者が憲法や裁判所法でみとめられる特権にもかかわらず、改めて自由に裁判官の選考 および移動を行うことができ、従来裁判官であった者でもいちじるしく成績のわるい者をのぞく
ことができるようにするにあると考えられる」 (6)と述べられる。つまり、任期で排除される裁判 官としての不適格者の範囲を上記のいずれの見解よりも狭く解され、むしろ公務員の分限免職事 由にも相当するものと解されている。しかし、以上のいずれの見解に於ても任期の目的とする裁 判官の不適格状態が単に裁判官としての懲戒ないし、弾効事由に諸当する行状を指すものではな く、もっと広く裁判官の職務の能力や態度について不適格性を指し示していることは十分理解さ れる。つまり上述の裁判官についての不適格状態を示す文言は、その内容に広狭の差はあるとし ても、裁判官の職務成績の不艮化、職務能力の退化等の職務の結果や能力について一定の客観的 状態を意味していると考えられる。そして、宮沢教授の「いちじるしく成績のわるい者」の場合 を除けば、いずれもその内容は可成り幅広く、抽象的であり、従ってその一般性、抽象性の程度 に比例してその具体的、個別的判断については指名権者ないし任命権者に自由裁量の審査権を与 えたものと考えられる。前記「注解日本国憲法」が、 10年の任期満了の裁判官の再任について
「一応選考し直されるのであるが、特別の事情がない限り再任されるものと思われる」 (T)としな がらも、 「任期が終了して再任されないときは、当然退官することになる」 (8)として、再任の保 障については何らふれられてないのは、再任の決定が自由裁量によるものであると解していると いえる。叉、宮沢教授も裁判京としての不適格者の範囲を厳格に制限されながらも、再任がその 範囲以外の適格者について任用を拘束されるべきことについては何ら触れられていない。従って
、宮沢教授が任期満了の裁判官について、 「原則として再任されるものとする」 (9)と述べられて も、それに特別の法的意味を含ませているとは解せられないのである。これに対して、前記最高 裁判所事務総局の解説は、憲法80条1項の再任について、 「ただ再任が禁ぜられていないことを
明らかにした趣旨にすぎない」 (10)と、前記諸見解のいずれよりも消極的意味に解している。この 見解によれば、再任を認めるか否かは、法的には、指名権者、任命権者の全く自由で、裁判官の 身分保障の適用は文字通り10年の任用期間ということになる。
一般に,任期の目的は、その地位にある者の資格を任期の満了により、自動的に終了せしめる ことにある。その際、その地位にある者の再任は、特別制限規定がない限り禁ぜられないのが普 通である,と同時に法的な保障を受けないのも通例である。従って、この点からすれば、以上の 諸見解は,任期についての普通の用法に従ったものといえるO しかしながら、憲法80条の裁判官 の任期は、一般の任期の目的と異るところにその特異性がみられるのであるO即ち、裁判官の任 期は、上記の諸見解に於ても認められているように、初めから裁判官の全部交代をはかることを 目的とするものではなく、少数の不適格者を退任させるところにある。なかには、もっと広く裁 判官の配置の合理化という行政目的に利用する考えもみられるが、この点については殆んど異論 をみない。換言すれば、裁判官の任期は、その大部分について資格の解除を目的とするものでは なく、いわゆる身分の継続を前提として、その例外的な排除を行うところにある。ここに、 「裁 判官の任期が,一般の任期とその性格を顕著に異にする点があるO
このように、裁判官の任期がその少数の不適格者を排除するところにあるとすれば、それは実
質的には本人の意に反する分限免職であり、その少数者のため大多数の裁判官適格者の任期を終
了せしめる必要があろうかという疑問が生ずるのも当然である。この疑問に対しては、如何なる
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日本国憲法に於ける裁判官の任期と再任制度(松元)
回答が与えられるであろうか。前記諸見解は、恐らく二つの回答を与えることが考えられる。一 つは、任期が例え大多数の裁判官適格者の退任を目的とするものではなくとも、 ‑率に裁判官の 資格を解除し、改めて選考し、任命し直すことにより、大多数の裁判官の職務成績、能力や資質 の向上をはかる大きな役割をはたし、第二に、新たに任命された裁判官の自由な配置変えによ り、身分の厳格に保障された裁判官の独善や硬直化をも防げる等の効果が上げられると。これら については、前記「注解E]本国憲法」や、最高裁判所事務総局の解説が、第‑点の趣旨を含ませ ていることが看敬されるし、兼子‑博士や宮沢教授の見解が、 0サ第二点をはっきり表明されてい
る点からも明白であろう。
問題は、任期、再任制にこのような効果を認めるとしても、それは同時に裁判官の身分保障を 著しく弱め、ひいては裁判官の独立を生損しばしないかという点にある.即ち、 10年の任期終了 後も、更に身分の継続を希望する大多数の裁判官は、再任時と選考に当る指名権者ないし任命権 者に対し、絶対的弱者の立場に立ち、その立場をカバーするため裁判の訴訟指揮や判決に於て、
行政権ないし司法行政機関たる最高裁判所に対する迎合を生むのではないかという危供の念があ り、又、迎合をいさざよしとしない裁判官に対しては不再任の措置がとられるのではないかとい う危悦の念が生ずるのである。少くとも現在のところ、再任時に選考の基準となるべき客観的で 一義的な資格要件が立法化されていず、又指名権者、任命権者の権限濫用に対する救済保障手段 が与えられていない為、これらの危供の念は、その根拠を全く否定するわけにはゆかない。しか しながら、上記の諸見解に対するこのような疑問についても、いくつかの反論が予想される。そ の‑は、裁判官の任期は、憲法80条1項が明示的に10年と定めている以上、裁判官の身分保障も 当然その任用期間についてのみであり、それ以上は更に再任が決定された者についてのみである と、 (12)他は10年の任期と再任制は、最高裁判所の10年ごとの国民審査に対応しているのであり、
その意義を喪失せしめるなら ′下級裁判所の裁判官に対する間接的にしろ国民の民主的統制の手 段はなくなり、実質的に定年に至るまで終身の任期を国民から遊離して務めることになると。くま3) 前者の反論は、憲法規定の形式的文理解釈からのものであり、後者のはその実質的の立法目的か
らのものである。
これらの反論は、前記裁判官独立の危懐に対する反論となりうるであろうか。まず、前者の反 論についていえば、憲法80条1項が下級裁判所裁判官の任期を10年と定めていても、その立法目 的が裁判官の全部交代を意図するものではなく、少数の不適格者を排除するところにある以上、
再任に当っても身分保障の原則を適用除外とする理由はないし、除外してはならないということ である。同条項が、任期のあとにわざわざ「再任されることができる」と規定しているのも、積 極的にこのことを裏づける。 「〜することができる」の規定形式は、通常、法律上の能力ないし 権利を有することを表現する場合に用いられるのであり、 (14〕ここでは受身の形で表現されている ところから、法律上の能力、権利の主体は再任を行う者ではなく、再任を希望する者である。そ うだとすれば、この規定が単に「再任を妨げられない」 (15)という再任禁止を特に排除した消極的 な確認規定であると解することはできない。又、後述するようにキャリア・システムで行われて いる射手裁判官制度の下せば、本条項の「再任の権利」を規定したものC16)であることが、平和に 営まれている現実の法律生活によって支持される。憲法の規定も、そうした法律生活の現実を保 護しているものと考えられるのである。更に、より根本的には、再任は新任と異なり被再任者に 法的保護を加えない限り、被再任裁判官の独立はとうてい期し難いということである。即ち、再任
の場合は少くとも過去10年間の裁判の訴訟指揮や司法行政上の言動、判決内容等の裁判官の独立
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95に属すべき重要事項が、職務成績や職務能力等の審査事項と劃然と区別できないで選考対象とな りうるのであり、そうした条件の下での選考自体が裁判官の独立を侵害する蓋然性が極めて大き いaoといわねばならない。再任行為の自由裁量説に於ては、このことを全く念頭においていない のである。しかし、再任に当って裁判の運用や内容を審査される裁判官には、裁判官の職権の独 立は、法的には初めから期待されない道理である。憲法80条1項が、任期を10年としているから といって、再任用期間は裁判官の独立を全く考慮しない趣旨であるとはとうてい解せられない。
このように、再任の選考に常に裁判官の独立を侵害する具体的危険性が存在しているとすれば、
前者の反論は、すべての裁判官が10年の任期で全部交代する場合が、裁判官の独善と沈滞の防止 という司法行政目的を裁判官の独立に優先させる場合にのみ、その主張を肯定することができよ う。従って、前記の反論は裁判官独立の侵害の危供に対する根拠ある反論とはいえない。
ただ、裁判官の身分保障を10年とし、再任を憲法上も消極的にしか認めない最高裁判所の見解 (181に於ては、そもそもそのように解釈せねばならぬ憲法上の根拠が問われるべきであり、そのよ うな憲法解釈の不自然さが指摘されないであろうかOわが国の裁判官制度が最高裁判所のそうし た解釈を受け入れ、それを具体化した制度や慣行も行なわれていないことは、屡々指摘されてい るところであるO即ち、わが国の裁判官制度は、 「その実質上、任期制による任用を受けている ものではなく、むしろ厳格なキャリア・システムに組みこまれているのであって、報酬体系、退 職金制度、任地および転任等もその前提に立って運用されており、裁判官自身も係属中の事件処 理も再任期を念頭に置いて区切りをつけようなどとは思っていない」 (19)現実なのである。そし て、そのことはわが国の裁判官制度の基本を定める裁判所法が、判事補を司法修習を終えた者の 中から任命し(法第43条)、判事をその判事補の昇進とし同任命することを認めている(同法第 42条)ばかりでなく、それが裁判官制度の大部分の慣行とすらなっていることを表現しているの である。もし、このような法律制度やそれに基ぐ田行の方が、憲法の趣旨に合致せず、上記最高 裁判所の憲法解釈が正しいとするなら、このような法律制度の20数年に亘る運用の現実を如何に 理解すべきであろうか。このような裁判官の再任を原則とする長期にわたる平和的にして公然た る法律生活の現実は、例えそれに反するごく少数の例外があるとはいえ、文字通り憲法上の慣行 といえないであろうか。否、憲法上の慣行というより、憲法規範の実質的効果とみなすべきでは ないだろうか。例え最高裁判所が、このような法律生活の実際を憲法規範の運用として認めない としても、事実として大多数の裁判官の問に、或は国民の問にすらそうした法感情が少なからず 存在することは否定できないのである。
次に、後者の反論に移れば、まず下級裁判所裁判官の任期再任制度が、最高裁判所裁判官の10 年ごとの国民審査に対応するものであることは詔とられるとしても、最高裁判所による裁判官の 再任選考の裁判官の国民審査と同質の裁判官に対する民主的統制の方法として考えることができ るであろうか。両者の制度の趣旨が、その現実の機能や効果とともに全く異っていることは事実 の示す通りである。即ち裁判官の国民審査制は、 「すでに任命された特定の裁判官を国民が罷免 すべきかどうかを決定する一種の解職投票の制度」 (20)であるのに対し、後者の最高裁判所による 裁判官の選考は、裁判官の司法行政監督機関による事前の資格審査である点で根本的に相異す
る。第‑に、統制の形式的効果としても前者が地位の継続を前提として、例外的な不適格者の罷
免であるのに対し、後者は選考により地位の発生を事後に生ぜしめる行為で、選考による再任の
決定が指名権者、任命権者の自由裁量であるとすれば、一層事前統制の効果を生むということで
ある。第二に、統制の主体が一方が直接国民であり、他方が間接的に選任される司法行政機関で
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旦杢畢葦法に於ける裁判官の任期と再任制度(松元)
ある。しかし、第三に、統制の実質的効果は、逆に国民審査の場合は、おびただしい国民の孤立 した意思が機械的に合成され、しかも罷免にその過半数を必要とする法的要件からして、むしろ 過半数を越える統一的な国民意思の形成は、多くの場合極めて困難であって、従って統制の効果 は殆んど間接的で、心理的であるといわねばならない。これに対して後者の場合は、ごく少数の 最高裁判所裁判官の武恩が選考に直接的に反映し、しかも裁判官の広範な裁量的選択を可能にし ている点で、統制の効果に大きな開きがある。以上の諸点を結論づければ、最高裁判所の国民審 査は、国民から直接統制を受けるものであっても、その統制の効果は極めて間接的で身分の継続 を原則としているのに対し、最高裁判所による裁判官の選考は、選考主体の最高裁判所裁判官自 体が間接的な国民代表から間接的に選任されるものであるにも拘らず、統制の方法としては事前 抑制的であり、直接的で前者より遥かに強力であるといえる。
要は、後者の場合でも大局的にみて裁判官に対する民主的統制の機能を果しうるか否かであ る。この点、まず最高裁判所の裁判官が、間接的な国民代表である内閣から選任され、国民から の距離が遠いことがあげられるが、それが国民審査による信任によってカバ‑されうるかが問題 となる。それは、国民審査の受動的性格、裁判官職の専門性、特殊性からいって、最高裁判所裁 判官が国民審査の信任により、直ちに国民の意恩を代表するということは困難とみなければなら ない。このことは、国民審査制度の実効性が現実に極めて乏しい事実から一層いえるであろう。
そうだとすれば、それは結局最高裁判所の選考・指名権が、被再任裁判官に対しどれだけ公正に 行使されうるかということにかかっているといえる。そして、その保障としては、とりわけ最高 裁判所の裁判官が国民の多様な意思を公平に反映されうるように構成され、国民の世論から常に 遊離しないようにすることが重要である。最高裁判所の裁判官の選任に当って、その任命権を有 する内閣の意恩が、適当に抑制され裁判官の構成が適切に行なわれる場合には、下級裁判所裁判 官の再任審査に当っても、その公正な意思が反映され、再任審査が政治的に左右されることは考 えられない。これに対し、同一政党の同一内閣が長期にわたって維持され、その意思が最高裁判 所裁判官の選任に強く反映される場合には、最高裁判所自体が同内閣の圧力を受け易い上に、同 質的な閉鎖的な意思を形成し易く、下級裁判所裁判官の再任審査にもその一面的な意思の反映を 十分に抑制することは困難となろう。そうだとすれば、最高裁判所による裁判官の再任審査を国 民の民主的統制の一方法として認めるためには、最高裁判所裁判官が国民審査により国民の信任 を受けているというだけでは不十分であり、裁判官の再任審査が公正に行なわれるという制度的 な保障が必要だといわねばならない。そのような保障があって初めて任期、再任制度が裁判官の 独立を侵害することなく、その本来の目的を達成できるのである。
(Ⅱ)不適格性を客観的に認められた裁判官を排除する特別終任制度であるとする説
憲法80条1項の定める裁判官の任期が、少数の裁判官としての不適格者を排除する目・的をもつ ものであること、従って大多数の裁判官の再任を前提とした特別の終任制度であることは、前記 諸見解を含めて多く異論をみない。唯、問題は退任される裁判官の不適格性の内容は何かという 点、再任を原則として認めてもそれが法的に保障されない限り、裁判官の身分保障は極めて弱化 せられるということ、従っそそれを如何に保障するかという点にある。
この立場に立つ説も、これら二点について相当見解の相違がみられるが、いずれも前者につい ては客観的に一義的な要件を設定しようと試みていること、後者については何らかの方法で再任 を権利として構成しようと努めている点に共通性がみられる。
佐藤教授は、被再任裁判官の自由選考によって裁判官の身分保障が失われかねないことを認め
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つつ、「これは憲法が本条自身によって認められた制度であって、憲法の趣旨は行政権によらず して最高裁判所にこの権限を認めた以上、不当な名簿作成がなされないということを予想してい るものと解するよりはかない。すなわち特別の事情にある者、たとえば老齢の者や病気のためか ねて辞意を表明している者、あるいは懲戒処分をしばしば受け不適任であることが客観的に認め られる者等がこの機会に地位を失なわしめられることは認められるが、その他不当な理由(たと えば裁判官の思想傾向を理由とするがごとし)によって再任せしめないことば認められない。」(21) としておられる。教授が再任を「10年間の実績に照らして最高裁判所が選考し直す」ことである ことを認めながら、再任を認められない裁判官の範囲をほぼ裁量の余地のない客観的に明白な不 適格事由の該当者に限定されていることが理解される。唯、その「特別の事情にある者」の内容 は、例示的であって、如何なる基準で定められるのか必ずしも明らかではない。又、不当理由で 不再任となった場合、その不再任の決定は如何なる法的効果を生ぜしめるかについては何ら触れ られていない。この場合の不当理由とは、むしろ違法な理由というべきであるが、そうであろう か。もし、教授が、違法な理由による不再任の決定に何らの法的保障もないとすれば、結局この 見解も再任行為の自由裁量説に接近するものといえるが、如何であろうか。
次に、裁判官としての不適格の範囲を厳格な職務義務違反に限定し、裁判官の再任についての 期待的権利・再任請求権を主張されるのは竹田判事の見解である。竹田判事は、現行憲法の裁判 官の任期制が、裁判官の国民から遊離し独善化することを防止する点にあることを強調するのあ まり、裁判官の身分保障を弱め、司法権の独立を掘りくずすことになることを警戒され、任期の 目的を憲法上の裁判官の職責に厳格に適合せしめようとされる。即ち、裁判官の不適格性の内容 について「再任にあたっては、10年の任期の到来した裁判官に、憲法と良心に従って裁判しない 危険性が具体的、客観的に顕在していると認められない限り、これを不適格としてはならないO」
とされる(22)
。そして、ここにいう憲法と良心に従って裁判しない危険性の具体的、客観的な顕在
化については、その具体的内容は憲法78条の心身の故障に基づく執務不能の場合と弾劾事し加こ該 当する場合とされ、「ただ再任の場合には、右の裁判を受けるにいたらなくても、憲法と良心に 従って職務を遂行する裁判官の責務という見地に立って、実質的に右に該当する事由が存在する 裁判官を排除できるにすぎない」(23)とされるD又、その対象範囲を「裁判官としての在職Tijの中 職務行為(たとえば、判決などの裁判、裁判所の司法行政に関する言動)、およびこれに密接関連 する行為」に限定される。つまり、判事の見解は、被再任裁判官の不適格事由を憲法上の裁判官 の不適格事由に一致せしめることによって、再任に対しても任用期間と同様憲法上の裁判官の身 分保障の原則を通用したもので、唯、憲法78灸の執務不能の場合の裁判と弾劾裁判の手続保障を 排除し、その審査権を指名権者、任命権者に与えた点に任期再任の意義を認められるのである。
このことは、再任選考に当って指名権者、任命権者に決して裁量権を排除したことを意味しない が、むしろその点に間接的にしろ国民の裁判官に対する民主的統制としての任期、再任制度の意 義を生かしたものといえよう。
竹潤判事の見解で注目すべきは、再任に当って指名権者、任命権者の悪意的の、違法の任命行
為に対する保障手段としての「裁判官の地位の回復を求める再任請求権」の提唱である。しか
し、この再任請求権の具体的内容については、竹田判事は詳細な論拠を示されずに、文字通り一
つの提言に止められている。検討を要する点は、再任請求権の性格であり、その訴訟上の問題で
ある。まず、判事の「再任請求権」の是非を論ずるには、その諸前提を明確にしておく必要があ
ろう。判事の「再任請求権」についての説明は、「換言すれば、裁判官の任期、再任制度は裁判
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日本国憲法に於ける裁判官の任期と再任制度(松元)
官の身分の保障の弱体化を目的とするものではなく、前記のような不適格者を排除することのみ を目的とするものであるから、最高裁および内閣は、かかる不適格者でない限り、再任希望者を すべて指名任命する義務を有するものと解すべきであろう。最高裁または内閣がこの義務に違反
した場合、それは実質的には違法な罷免にあたり、再任を拒否された裁判官は、単にさきに述べ た憲法上の期待的権利の侵害として損害賠償請求権をもつにとどまらず、裁判官の地位の回復を 求める再任請求権を有し、これを行使するために出訴できるというべきである」 (24)というもので ある。即ち、判事の「再任請求権」は、第‑に任期と再任について一般用法に従い、任期満了に よる地位の消滅と、従って裁判官の身分を発生させる形成行為を理論的認識の前提としているこ と。第二に最高裁または内閣は、任期・再任制度の立法目的から、適格裁判官の指名再任の義務 を有すること、唯、この義務違反は実質的には違法な罷免にあたるが、法的には憲法上の期待的 権利の侵害にとどまる。従って、第三に被再任希望者の指名再任の義務違反に対する対抗手段
は、違法処分の取消による地位の回復ではなく、再任用を求める請求権の実現でなければならな い、等の諸前提にもとづいて概念構成されたものであることが理解される。判事のここでの恩考 態度は,任期・再任の一般的な法律的用法に従い、極めて正統的な論理構成をとっておられると いえよう。判事が、任期・再任制度の立法趣旨や運用の実績から、再任についての憲法上の期待 的権利をひき出されたのも、その現れというべきであるが、 「再任請求権」については別の確固 たる理論的根拠を必要とするのではないだろうか。即ち指名・任命権者が、その職務の性格から どんなに任命について義務負担を負っても、被任用者に権利が附与されるためには、憲法80条1 項の任期・再任制度の立法目的や法的性格の根本的検討を必要とするのではないだろうか。再任 を新任とは、義務の程度の異る基本的には同質の任命行為として理解する限り、再任についての 権利は期待的権利に止まると考えられるが、如何であろうか。この点、杉原助教授は、再任の法 的性格を司法に関する憲法上の基本原則に照らして根本的に改革され、新しい意味を附与されて おられる。即ち、再任を「裁判官の身分の継続性を前提とし、憲法78条所定の例外事由に該当し ないことの確認行為」であるとされるのがそれであるが、 (25〕次に紹介することとする。この問題 は、なお今後の研究課題というべきであろう。
次に、杉原助教授は、裁判官が憲法と法律以外の権威から職権の独立を保障されているという 大前提のもとに、裁判官の「再任の原則」「身分継続の原則」を抽き出され、その例外を憲法78条 の罷免事由に厳格に限定された上で、再任の権利としての性格を論ぜられる。杉原助教授の下級 裁判所裁判官の「再任の原則」 「身分継続の原則」の論拠は、ほぼ次の4点である。第一に裁判 所の国会・内閣に対する独立の保障と、更に裁判官の憲法・法律以外の権威に拘束されないとす る職権の独立の保障、第二に司法行政権からの裁判官の職権の独立の保障、第三に下級裁判官と 同等に職権の独立が保障されていること、第四に職権の独立のため、裁判官には憲法上一般の公 務員以上の身分保障がなされていること等である。 (26)これらの諸原則から、再任制度は「裁判官
には「再任される権利」を、指名権者・任命権者には再指名・再任命すべき義務を与え、結果として
「再任の原則」 ・ 「身分継続の原則」を定めたものと解されなければならない」 (27)とされるO そ
して、このような「再任の原則」 ‑ 「身分継続の原則」から、その例外は、 「裁判官の身分の剥
奪を意味する」とされ、従って、 「それは、裁判官の身分保障と両立すると憲法上承認されてい
る場合に限定されなければならない」 (28)のである.このことから、不再任事由‑不適格事由は杉
原助教授の場合も前記竹田判事の見解と同様、憲法78条の身分保障の例外事由と同一のものとさ
れる結果、不再任とは「10年ごとに執務不能の裁判・弾劾裁判の手続によらないで、その事由に
日本国憲法に於ける裁判官の任期と再任制度(松元)
99該当する者につき裁判官の身分を奪うこと」 (29)の意に解される。つまり、任期・再任制度の意義 は、憲法78条の裁判手続の保障を排除し、その審査権を指名・任命権者に与えたところにあると されるのである。この点も、竹田判事と全く同じ見解であるが、唯、その理論的根拠は若干立場 を異にしているように思われる。竹田判事は、積極的に「憲法と良心に従って職務を遂行する裁 判官の責務という見地」から、その根拠を説明されようとしているのに対し、杉原助教授は、む しろ再任拒否が裁判官の身分の剥奪を意味することに対する身分保障の原則と、他方10年ごとに 国民審査を受ける最高裁判官との均衡という観点からであるO両者は重なり合うところもあると 考えられるが、前者が裁判官の職責として憲法と良心の擁護という積極的理由を含ませているの に対し、後者はもっぱら指名・任命権者に対する被再任者の法的保護という消極的理由と、最少 限国民の民主的統制をも生かすという点を加味されている点に相違がみられる。
杉原助教授の見解で最も特色を示されているのは、前述したように再任の法的性格に従来の一 般的用法とは異った全く新しい意味を附与し、再任の権利を積極的に構成されようとしている点 にある。披再任の権利は、再任を新任と同様裁判官の身分を発生させる形成行為と解する限り、
その理論構成上困難に遭遇する。何故なら、被再任の権利は指名権者・任命権者に対し適格者の 再任を義務づけることからは、直ちに正当化されえないからである。例え、再任についての義務 違反が、実質的に如何に違法な罷免に当るとしても、任期・再任命の性格上それを不利益な処分 として権利回復をめざして争うわけにはゆかない。再任を、その義務の程度は異なるとしても基 本的には新任と同様、裁判官の身分を付与する任命行為と解するときには、一般にはせいぜい再 任についての期待的権利が承認されうるのみであるO杉原助教段は、こうした再任についての通 説的見解を破棄され、前述の諸原則から大担に裁判官に「再任される権利」を、指名権者・任命 権者には再指名・再任命すべき義務を認められ、その結果として裁判官の「再任の原則」 「身分 継続の原則」を単に立法趣旨や条理法的性質のものに止めることなく、再任の法的性格を根本的
に変える法規範的効果をもつものと主張される。即ち「憲法80条1項の「再任」は、裁判官の身 分の継続性を前提とし、憲法78条所定の例外事由に該当しないことの確認行為で、裁判官の身分 を発生させる形成行為ではない、と解される」 (30)とされるのである。従って、その論理的帰着と
して、 「再任の拒否」は、不再任行為ではなく、裁判官の身分を剥奪する罷免処分としての性格 をもっと解される。それは法的意味に於ても罷免処分としての性格をもつとされるから、訴訟法
にも「行政事件訴訟法3条によって、 「再任」を拒否された裁判官はその取消を訴求できる」も のと主張されるのである。更に、最高裁が同法にいう「行政庁」に実質的意味で該当し、それだ
けで訴訟上の当事者適格を有するとされるので、杉原助教授の「再任の権利」は、単に抽象的な 法理構成に止まることなく、訴訟法上の権利の性格に至るまで、一応系統的に解明されたといえ
よう。
問題の核心は、杉原助教授が再任を「憲法78条所定の例外事由に該当しないことの確認行為」
であるとされる点にあるといえよう。つまり、憲法80条1項の再任を権利として認め、その結果
として「再任の原則」 「身分継続の原則」を承認するとしても、そこから直ちに再任が「憲法78
条所定の例外事由に該当しないことの確認行為」であるとする結論がだされうるか、どうか。再
任をそのような法的性格のものと解するとすれば、第一に憲法80条1項の任期は、 「公務員の身
分の存続すべき予め定められた期間」 (31)という一般の用法に全く背反し、任期が到来しても自動
的には資格は消滅しないこととなる。その結果、勿論裁判官の再任命ということもありえず、任
期は定年に到るまで継続することになる。このことは、実質的には明治憲法下と同様裁判官の終
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る裁判官の任期と再任制度(松元)
身の任期を保障したものといえる。そうだとすれば、そもそも「再任の原則」とか「身分継続の 原則」という概念思考そのものが無意味であって、身分継続は常に自明の前提でなければならな いのである。しかるに、杉原助教授は立論の前提として、初めから「再任される権利」とか「再 任命すべき義務」を説かれ、一般的な法律用語としての再任の概念を法理構成の根拠として使用 されているのではないだろうか。杉原助教授の再任の確認行為説は、裁判官の身分継続の原則が その理論的支柱であるが、その身分継続の原則は裁判官の「再任される権利」指名権者・任命権 者の「再指名・再任命すべき義務」からの浜鐸ではなかったのではないだろうか。そうだとすれ ば、形成行為としての再任の概念から出発して、結論として確認行為としての再任の概念も論証 したこととなり、理論構成に於て論理的矛盾を犯したことにならないだろうか。
第二に、裁判官が不適格事由に該当するか否かの身分関係の審査に、確認行為の法律概念を通 用することがはたして正当かという点が問題となる。確認行為とは「特定の法律事実又は法律関 係の存否又は正否に関し疑叉は争がある場合に、行政庁が公の権威をもって、これを確定し、こ れを公に宣言する行為をいう」 (32)のである。まず、裁判官の不適格事由の存否が一応何らかの法 律関係の存否として認められるとしても、その審査決定は行政庁が公の権威をもって、これを確 定し、これを公に宣言する行為といえるであろうか。公の権威をもってとは、裁判所内部の権威 を越えた広い意味で、社会の権威ではないだろうか。従って、又ここでいう法律関係も官庁内部 での法律関係ではなく、広く行政庁と国民との問の法律関係ではないだろうか。しかも裁判官の 不適格事由の審査が、判断の表示として、既存の法律関係の存否を確定し公に宣言する行為であ
るかほ、甚だ疑問だといわねばならない。裁判官の審査は、当人のみに関係することで、その結 果を公に宣言するという性質のものではないからである。そして、より根本的疑問としては、裁 判官の不適格事由の審査が、はたして法律関係の存否を確定するという性質のものであるかとい うことである。このような審査は、本来任命権に基づく一方的な権限の行使であって、法律関係 の存否を確定する性格とは相容れないのである。その他、若干の疑問が提起されるが、既に再任 を憲法78条所定の例外事由に該当しないことの「酢譜行為」であるとする理論的根拠は疑わしい
ことが明らかにされたと思う。
(≡)
以上、憲法80条1項の任期・再任制度について、 (I)裁判官の人事の適正化をはかる終任制度 であるとする説と、 (Ⅱ)不適格性を客観的に認められた裁判官を排除する特別終任制度であると する説に大別してそれぞれの法理上の問題を検討した。両説は、本条項の任期・再任制度が裁判 官の全部交代を立法目的とするものではなく、不適格性を認められた裁判官の排除を目的とする という点では一致しえたが、裁判官の不適格性の内容・範囲について、又指名権者・任命権者の 指名・再任行為の性格や、再任の保障の方法については大きな開きを示している。そして、両説 の内部においても様々な意見の対立がみられたが、そうした意見の対立は、根本的には司法に関 する憲法原則、規範構造の中で、任期・再任制度の趣旨、性格をどう理解し、それらをどのよう に法理的に構成しようとしたかという研究の基本的視座の相違に韮くものであったといえよう。
即ち、基本的傾向としては、再任を予想し、或は再任を原則としながらも、任期、再任制度をあ
くまでも裁判官人事の適正化という広く司法行政目的に奉仕せしめようとする見解と、裁判官の
独立を基本とし、任期・再任制度の裁判官人事の独善化、化石化の防止という行政目的をそれに
日本国憲法に於ける裁判官の任期と
・、トーt :Ll IDII適応する範囲で又方法に限定し、積極的に再任の保障を行おうとする見解の対立であった。前者 は、多くは任期・再任等の法律概念を一般的用法に従って適用し、指名権者・任命権者に自由裁 量の選考権を与えることによって、任期・再任制度の立法趣旨を達成しようと努めたのに対し、
後者は指名権者・任命権者に客観的に明白な成東裁量の不再任要件を義務づけ、それらの義務違 反に対し「再任請求権」 「罷免処分」等の保護手段までを法理論化して、裁判官の独立の維持に 努めたのであった。従って、前者に於ては、 10年の任期や再任等の動かし難い法律形式を前提 に、裁判官の独立、従って裁判官の身分保障の原則が、任期や再任制度の上にも可能な限り保障 されるべきことが看過される傾向にあったといわねばならない。これに対して、後者の場合に は、司法行政に対して、裁判官の独立、裁判官の身分保障の原則を優先させんとするの余り、法 律概念の一般的用法を無視するか、なお理論的裏付けを必要とする新しい法理構成の提唱に止ま る傾向にあったといえよう。しかし、後者は任期・再任制度をそれだけを孤立して文理解釈する ことなく、司法に関する憲法規範の構造関連の中で裁判官の独立を基本原則として生かしつつ、
それらの目的・性格を適切に位置づけて把握しようとしている点で優れている。司法に関する憲 法上の基本原則は、憲法と基本的人権を擁護するという責務を果すための裁判官の独立にあり、
それは一切の外部権力に対して保障されるのみならず、司法内部に於ても、特に司法行政に対し て保護されなければならない。従って、憲法80条1項の任期・再任制度の規定が、憲法76条3項 の裁判官独立の司法上の基本原則に対して例外となる司法行政上の権限を最高裁判所や内閣に与 えたものと解することはできない。 (つづく)
読(1)和田 英夫 「国民審査の二一三の問題」法律時報資料IQ
(2 )宮本判事補再任拒否事件については、宮本卿召「裁判官の身分保障と再任制度」 O
法学セミナーNo.185.弁護士合同調査団報告書「宮本裁判官の再任拒否問題調査」朝日新聞昭46.
5.ll,,
(3)法学協会「注解日本国憲法」下巻1198頁、和田教授もほぼ同趣旨である「裁判官の身分保障と人 事」法律時報第43巻第3号。
(4 )最高裁判所事務総局「裁判所法逐条解説」中巻41頁。
(5)兼子 ‑ 「裁判所法」173頁o (6)宮沢 俊義 「日本国憲法」663頁。
(7〕(8)法学協会「前掲書」 1,202頁o (9)宮沢 俊義 「前掲書」663頁。
〔10)最高裁判所事務総局「前掲書」中巻37頁。
(ll)兼子 ‑ 「前掲書」 173頁、宮沢俊義「前掲書」 663貢。
(12〕同趣旨について シンポジウム「裁判官の独立をめぐる法的諸問題J中の阿部発言・法律時報第 43巻第7号。
(13)法学協会「注解日本国憲法」 、兼子‑ r前掲書」等が「裁判官の独善化」や裁判官の「不勉強に なったり、世間知らず」になるおそれを指摘しているのも同趣旨である。
(14)佐藤達夫編 「法令用語辞典」学陽書房 357頁参照O
(15)前記最高数判所事務総局の見解の外、田上穣治「憲法提要」 211頁がこの見解に立つ。
(16)同見解は、杉原泰雄「日本国憲法における裁判官再任制度の構造」ジュリスNo.479、 「再任請求
権」を肯定する見解として、竹田稔「裁判官任用・再任の憲法的考察」法律時報第43巻第3号、大
須賀明「裁判官の再任と身分保障」法律時報第43巻第6号、 「再任請求権」は法文上無理とする
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