Title P・T・フォーサイスにおけるインディペンデンシーの影響 Author(s)
高, 萬松
Citation
聖学院大学総合研究所紀要, No.22, 2002.2 : 256-280
URL
http://serve.seigakuin-univ.ac.jp/reps/modules/xoonips/de tail.php?item_id=4081
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P ・
T ‑ フ ォ
l
サイスにおけるインディぺンデンシ!の影響
1=1
I
司
高
松
序
英 国 の 神 学 者 ︑ P ・
T ‑
フ ォ
l サイス
( 伊 丹
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同 ︐
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司 ︒ 吋
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一 八
四 八
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九 一
一 一
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に対する評価は多くある︒例え
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1 ( 何
百 戸
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田
ロ ロ 2
)
はフォ!サイスを
p g ‑
︒ 向 日
m S ω )と位置づけている︒それは︑近年ハ l
ト (
B 叶
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円ωS 国 ユ ) の 編 集 に よ り 出 版 さ れ た ︑ 守 的 立 町 内 忌 ぬ 司 ミ 色 P
︒ お
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ミ ミ
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同 起
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唱 ︒
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宮 ︑
M U 刷 ︑ 守 ︑ 可 ︒ 高 い ま ( 一 九 九 五 年 ) と い う 論 文 集 に 紹 介 さ れ て い る ︒ そ の ﹁近代英国の最も偉大な神学者﹂
( 任
︒ 喝
g g ω
件 ︒ 片 岡
5 同 島
m w B
回 江 民
ω﹃
他にもパルティアン
(∞ 号吾
E D )
もしくはリッチュリアン
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出
︒ ロ
)
というタイトルもある︒ ハンター
( ﹀ ・ 冨
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前のパルティアン﹂
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3
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S E H A E ‑ s σ S B
E 円前一)として知られている︒ブラッドリミ戸田三
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馬
( 3 )
﹁方法と原理を採用﹂したという面において︑彼はブオ
ブ ォ
I サイスは
﹁ バ
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以
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ミ
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悼 む
ミ 丸
山 内
な 司
︒ 込
( 忌
印
N )
という書において︑ リッチュルの
ーサイスをリッチュリアンとして見る傾向があった︒しかし︑ フォ!サイスが終生リッチュリアンであったかについて
は 疑 問 が 生 じ る ︒
わ れ わ れ は ︑
﹁ 恩
寵 の
使 徒
﹂
(ロ 何 回
ω目 ) ︒
ω
巴 σ
︒ 同
フ ォ
1 サイスが何よりも﹁恩寵の神学﹂
S F g F
唱 え
句
R σ )を回復した
というのは彼が会衆派教会の牧師としてピューリタン
( 七
Z EEロ )
m H
・m 凶の⑦)
ではないかと考えることができる︒ の伝統を
受けた点と︑彼がピューリタンの伝統とその力を復興するために神学的に奮闘した点があるからである︒
フ ォ
1 サイス
における教会的伝統と彼の神学的闘いがあるにもかかわらず︑ ほとんどの研究者たちはピューリタンの影響について︑
無視するかあるいは沈黙している︒
われわれはこのような実情に逆らってフォ
1サイスの神学を︑
ピューリタンの恩寵の宗教に照らして彼の神学に深く
根ざしているピューリタン的な要素を再発見したいと思う︒
フォ!サイス一思寵の使徒
フ ォ
1 サイスは果たしてリッチュリアンであろうか︒この間いに答えなければならない︒
そのために彼に起きた回心
という体験を取り上げることによって︑彼の神学的路線がどのように転換されたかについて考察してみたい︒
ま ず リッチュリアンというタイトルの放棄に関してみよう︒われわれは︑彼がどこまでリッチュリアンであるかと
いうことでなく︑ どういう契機によってそのようなタイトルを放棄したかということに重点を置きたい︒ というのは︑
彼が神学的モチーフによってリッチュル主義を放棄した面が見られるからである︒ブラウン
( 問 ︒
σ
皇宮 ︒
K 2
∞ 5 3 )
は 同
丹 ︑
︒ お
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ミ .
吾 ︑
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︒ 札
お い
て (
忌 印
N )
と い
﹀ つ
室 田
に お
い て
︑
フ ォ
l サイスへのリッチュル主義の影響について述べる︒
また初期の著作はリッチュリアンの路線に傾
( 4 )
斜した︒が︑迫町内雲︑︒
p s h N
S ? 凶号︑おさミなのような後期の著作においては多くのリッチュリアンの洞察を拒否する﹂︑ ﹁リッチュルは︑彼(フォ
1サイス) の初期の発展に大きく影響を与え︑
P.T
・フオーサイスにおけるインディペンデンシーの影響
257とブラウンは三守つ︒ここには不十分さが見られる︒ というのは吋守
QN
一 ミ ミ
M N
Gミ
‑S
ぬ M
R S
還さ訟は一九一七年の著作であ
るが︑この書物よりもっと早い時期にリッチュリアンの洞察と絶縁する傾向が見られるからであお︒
フ ォ
1 サイスにお
258
けるリッチュル主義の放棄に対する研究の中で︑ ハートのものはわれわれに示唆することが多い︒
ハ ー
ト は
云 向
S ︒
5 F
kAH
︒ ミ
さ S
F h N ミ
弘 司
君 b
s s
ミ .
V S 叱という題の論文において︑
というタイトルが合わなく︑むしろ﹁そのタイトルを転倒させた
フ ォ
1
サイスには一八八 0 年代の半ばからリッチュリアン
( 6 )
( ω
言 ︒
巳
S F O 包
) ﹂
︑ と
述 べ
る ︒
フォ!サイスに何が
起こったのか︒ それがキーポイントである︒
ハ1
1 l v h
t
キノ
l J a︑
フ ォ
l サイスに起きた回心という出来事に注目したのである︒
大木英夫教授が﹃ピューリタン﹄という書において︑
( 7 )
心)である﹂︑と述べるように回心という体験によって︑
﹁ ﹁
聖 徒
﹂
になるための基本的な条件は ︿コンヴァ!ジョン﹀(回
フ ォ
l サイスの神学思潮は一転したのである︒
ハ ー
ト は
︑ フ
オーサイスにおける神学的変わり目を得るためにフォ 1 サイスの二つの説教を挙げる︒
一 つ
は ︑
フ ォ
l サイスの二九歳
の時(一八七七年)云母︑ GS?
﹁ ミ
ご さ
札 ︒
s f 守急えという題目の説教として︑
ンの福音に対する顕著な支持
( ω E E
D 向
島 同
自 主
計 )
) ﹂
の 説
教 で
あ り
︑
の声明﹂のようなものである︒もう一つは︑十四年後︑
﹂ れ
は ハ
1
ト に よ れ ば ︑ ﹁リッチュリア
﹁神学的自由主義
( p g F g 岡 山 ニ
‑ g g
出 ω E
)
のため
一八九一年(四三歳) レスタ l
・ ル
l トランド会衆派同盟総会
議長になった時のベ雪︒ミ﹃ミ SS 札忌ぬ宅さ¥という題目の議長演説である︒これが現れるまで︑ ﹁フォ!サイスは神学
その後ずっと死ぬまで彼を占める運命であった自由主義的プロテスタント福音に対する計画 的な撤回
( 5 8
包括)に既に従事していた)﹂︑とハ 1
トは述べる︒前述したようにわれわれが最も重要視するのは︑リ
的に重大な決意をして︑
ッチュル主義の放棄に対する時期よりきっかけである︒何によってフォ
l サイスがこのように変わったのかである︒
N U S
詮足︑
3 h N h p s h h s h 出
足 ︒
号 ︑
ミ ミ
N . 3 R H ( 5 0
︑ 吋
) と
い う
著 作
に お
い て
︑
( 日 )
る者から恩寵の対象へと向きを変えられた﹂︑と述べる︒回心という体験の真相を明らかにした言葉であろう︒回心の
フ ォ
l サイスは ﹁キリスト者から信者に︑愛を愛す
以降︑彼にはリッチュリアンというタイトルが漸進的に合わなくなる︒
このような神学思想の転換はフォ l サイスに起きた回心の結果である︒
( ロ )
の発見﹂としてみなすが︑われわれは ハートはフォ l サイスにおける回心の経験を
﹁神の下でのモラル・リアリティー
( B
包古島守)
2 ﹁思寵の発見﹂として見なし
午
﹂
︑ A O JJ
︑ U というのは回心の体験以前は教会に必要なのが啓蒙された教えと自由主義的神学であるという考え方の持ち主で
あったが︑体験の以降は新しい人間として恩寵という理念を回復しようとした試みがあったからである︒恩寵の発見と
いうことについて︑われわれは二つの観点から考察してみたい︒ 一 つ は ︑ フ ォ l サイスの
N V S
注目 認可R
ミE S h G ミ 民 ー ミ ︒ 号 ミ
﹂‑ b
s h
叫
(
5 0 3
という書物の全体の文脈から見た場合であり︑もう一つは︑彼が回心の体験を語った箇所の前後の文脈
から見た場合である︒第一︑全体の文脈から見た場合︒
を何度も語らなかった︒それゆえ︑大部分の研究者はフォ!サイスにおける回心という出来事の詳細を上記の書物に大 ハンターによれば︑
フ ォ
l サイスは自分の変化についての詳細
分依存している傾向がある︒驚くべきことは︑ その書物の全体の文脈においても︑彼の趣旨は
﹁ 神
の 思
寵 ﹂
という理念
に集中する点である︒三一口うまでもなくその書物の関心事は説教であるが︑それの重荷をどこに置くかが鍵である︒
﹁神の恩寵﹂である︒さらに︑その書物が七つの主著の一つであ ーサイスにおける説教の重荷は︑ ハンターによれば︑
るということを勘案する時︑彼がどれほど神の恩寵という理念を重要視したかが明らかになる︒第二︑回心という体験
を語った箇所の前後の文脈から取る場合であるが︑前後を注意深く読めば︑新しい人間として恩寵の理念を回復しよう
とする旨を読める︒
﹁ 新
し い
人 間
﹂ ︑
﹁恩寵における経験的な(田宮ユ
E g g ‑ )
宗 教
﹂
という言葉がそれを反映している︒
回心の体験を語るすぐ前に︑彼は神学する人問︑ つまり新しい人間について述べる︒ ﹁信仰から推論される二次的な神
学があり︑信仰の本質から生まれる第一義的な神学がある︒
である﹂︑と彼は言う︒ ﹂の偉大で第一義的な神学を扱う条件が新しい人間(ロ命者
B S )
ここで新しい人間というのは︑ キリストを審判者として取り扱い︑先に人間を知ってく
ださるお方としてキリストを知り︑御霊から捜し求められている者としてキリストを捜し求める新しい人間を意味す
( 日 )
﹁恩寵における経験的な基盤﹂
る ︒
ま た
︑
のない宗教が批評学(三号一自己) に 直 面 す る と ︑ フォ!サイスによれば︑
ブ オ
P.T
・フオーサイスにおけるインディペンデンシーの影響
259ノ 、 。
回 復
﹂ と
︑
ニックになる︒このような二つの観点から︑彼が上記の著作を通して十字架における神の審きすなわち﹁恩寵の感覚の
﹁聖性の感覚と罪の感覚の更新﹂を強調する者に変えられたと受け止められる︒
260
ブラッドリは︑同円︑ミ屯忌 (HC
印N )
よ れ
ば ︑
ブ ォ
1 サイスはモリス
フ ォ
l サイスにおける知的背景について述べている︒彼に
( 問 )
( 宮 内
E E 2 )
やリッチュル以外に多くの人々から神学的洞察を受けた︒ボールドウイ
と い
﹀ つ
童 目
に お
い て
︑
ン・ブラウン
( 回巳 門
Hd司
宮回
g d 司
ロ)
︑デ
l ル
(ロ 包め )︑フェアベアン
(司 巳ユ )包
H・ ロ ) ︑
ケ
l
ラ (
間 以
E q )
などの名をあげるこ
とができよう︒また︑
ついて︑ブラッドリはそれをフォ 1 サイスの
フ ォ
1
サイスの初期の神学において︑大きな影響を与えたモリスやリッチュルを訂正することに
( 問 )
(古 島︿
E g
ロ守)として見なした︒他の神学者とは違ってフォ l サ
{ 固
'1
生
イスは多くの人々から神学的関心事をたくさん摂取したが︑
フ ォ
l サイスを折衷主義者としてでなく︑真理に対する彼
に印象を与えれば︑彼は権威の原理の下で の注意深い熟考と不断の探求の結果として分析したであろう︒ブラッドリによれば︑特定の著者の理念がフォ l サイス
﹁自分の経験に一致する﹂ものを摂取し鳩︒ ﹁自分の経験に一致する﹂
と
し ヨ
う言葉には一定の価値があると思われるが︑ブラッドリには不十分さがある︒というのは︑
フ ォ
1 サイスにおける回心
という体験を抜きにしたからである︒
フ ォ
1
サイスが
3 M
設 定
︑ さ
む の
と お
h g h
ミミミミミ
S R N ( 5 0
吋)という著作において︑
他の人々のものをどう受け入れるかといういわゆる基準を見れば明らかである︒
( 紅 )
正され︑打ち破かれた﹂︑
フ ォ
l
サ イ
ス は
︑
﹁常に聖霊によって
の で
あ る
︒
このような姿勢は︑ブラッドリの一言う﹁個性﹂
トよ山h
ソ ︑
はるかに大きい
﹁ 回
心 ﹂
と
いう恩寵の体験の結果である︒
そ れ
で は
︑
フ ォ
l サイスの告白を聞いてみよう︒彼自身の告白︑言わば﹁恩寵の告白﹂
( g D
向 ︒
ω
ω
目 ︒
ロ ︒ 片 山
州 5
8 )
という
ものは︑彼が思寵の使徒であるという確信を与える︒彼は︑
一 九
O
五年イングランド・ウェイルズの会衆派同盟議長と
し て
︑
﹁教会における道徳的権威としての福音の恩寵﹂ という題目の講演をした︒それは︑豆町内
P N h 3 F M 3 E
ぬ
2 の
もと
gh
出
' p q
な 守
( S A
山
N
)
という題目の書として出版された︒
﹂ の
書 物
に は
︑
ハンターによれば︑円熟なフォ 1 サイスの神学的洞
察 が
表 れ
︑
フ ォ
1
サイスの真髄(舌
E22
ロ 芝
) が
見 出
さ れ
( 的
︒
フ ォ
1 サイスはその書物の一章を割いて思寵の告白に
対する必要性を強調する︒聖書の御言葉と神の恩寵に捕われたブォ l サイスの謙虚の姿を︑ そこから発見することがで
﹁聖書の全ての精髄は︑:::神の恩寵をもってわたしを安定させ
( R E O )
・ 静 め る
( &
5 0
聖書はわたしのために
( お )
偉大な働きを行なわれた﹂︑と彼は述べる︒ここで彼は︑聖書を恩寵の歴史的な手段としてみなしている︒聖書の精髄 き
る ︒
に捕らわれていたことに違いない︒
( M )
リティ
1︑わたしの永遠の命を発見した﹂︑とフォ l サイスは言う︒ を通して
﹁ 神
の 思
寵 ﹂
﹁わたしは︑歴史的蹟罪におけるわたしの岩︑わたしのリア
それゆえわれわれは︑
フ ォ
1 サイスの回心の結果に対するロジャ 1 ズ C
︒ 甘
口 出
・ 問
︒ 巳
m q ω )
の言及を評価する︒
ャ l
ズ は
司 ︑
足
M3 pg円 高
し て
ミ 同
丹 ︑
︒ 言
︑
sM JE内 向 ︑ ︒
a
ミ︐
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ミ的司令
WNR叫 忌
内 同
さ と
お き
ミ ミ
c
ミ(巴∞日)という書において︑
フ ォ
l サ
イスの回心に対する神学的一転を述べる︒
義を越えて恩寵の神学の回復へ押された﹂︑ ﹁神の御手は彼の生涯にもっと直接的に・劇的に到達した︒:::彼は自由主
と︒陳腐な・空想的な神学でなく︑命という道徳的性質と永久的に関係が
ある神学つまり﹁聖なる恩寵の中で生まれて結末をつける神学﹂を︑
ズの言葉を借りれば︑
フ ォ
l サイスは必要とした︒それゆえ︑
(S
︒
ω8己
ゆ え
m E 2 )
と呼ばれるに十分である︒ ロジャー
フ ォ
1 サイスは
﹁ 恩
寵 の
使 徒
﹂ インディぺンデンシ!の影響
ま ず
︑
インデペンデントというのはどういう人々を示しているかを見ょう︒大木英夫教授は﹃ピュ l リタニズムの倫
理思想﹄(一九六六年)という著作において︑ インデペンデントについて詳しく述べている︒大木教授によれば︑
デペンデントは︑初期ピュ l リタニズムの政治的改革運動の挫折から生じた改革派的歴史観と宗教改革の実践との結び
ロ
ジ P.T・フオーサイスにおけるインディペンデンシーの影響
イ
ン261
っきの破れの中から出てきた︑
( お )
ピューリタン・グループである︒
﹁歴史的に﹁インデペンデント﹂
大木教授が﹃新しい共同体の倫理学││基礎編
と呼ばれたコングリゲ l ショナリズム﹂について述
下 ﹄
(一九九四年)という書において︑
262
べられている書物︑ それは何であろうか︒ それはフォ 1 サイスの一九一二年の著作︑ミ
H F
﹃
之 内
乱 ︒
送 ︑
ぬ ま
一
一 円
骨 肉
︑ ミ
ミ ミ
と い
この至高の題目:::偉大な教会と西欧の歴史における一つの
要素として見られたインデイペンデンシ
l の成立と特質の具体的な例証であ碍﹂︑とフォ l サイスは一言う︒彼はその著 う書物である︒ ﹁この小さい書に述べられていることは︑
作を通して︑二十世紀を支配するためには︑英国の偉大な伝統つまり十七世紀のインデペンデントに向きを変えなけれ
ばならないことを主張した︒彼の神学の闘いは︑近藤勝彦教授が﹃福音の神学と文化の神学﹄において述べているよう
ザ﹂︑
l ﹁近代的自由とデモクラシーの成立に決定的な影響を与えたピュ l リ タ ニ ズ ム ︑
( 出 )
その再建を目指しての奮闘であった﹂︒ つまりインディペンデンシ
l
( 独
立 派
)
の伝統の中で︑ ﹂ の 闘 い の 路 線 を ︑ フォ!サイスは次のように明らかに
トマス・グッドウィンに思想的に傾斜して︑
視野 (﹃
︒ュ
8
ロ)と高揚(毘門)を持ってこのような人々の思想の中に向かわなければならない﹂︑と述べる︒ する︒彼は教義学者たちより︑クロムウェル︑ミルトン︑ ﹁わたしたちは
ここで教義
学者というのは︑西欧の全教会と全歴史において自分が置かれている場所に対する偉大な感覚を失われた十八世紀の
人々を示す︒
フ ォ
l サイスが関心を置いた人々とは︑ インディペンデンシ 1 の精髄を持っているクロムウェル︑
ト マ
ス・グッドウィン︑ オウエンである︒
ま ず
︑
フ ォ
l サイスにおけるインディペンデンシ!の影響について︑今までの研究者たちの成果をみよう︒このよう
なテ
1マに対して︑彼らの研究の成果はどれ︑ぐらいあるのであろうか︒ 一一言で言えば︑皆無の状態ではないかと思われ
ブラッドリは︑ る︒ブラッドリが NJMJ
﹃ ミ 旬 ︑
$( HS N)
という書において︑他の人々に比べれば少し深いレベルで述べる程度であろう︒
フ ォ
1 サイスの言う﹁神の聖性﹂という理念に対する神学的モチーフを︑トマス・グッドウィンからで
あるという仮定を立てる︒
フ ォ
1
サイスはその時代の他の神学者たちと異なって神の聖性を強調したが︑
の ﹁ 聖
性 ﹂
と
か ﹁
選 び
﹂
という神学的理念をトマス・グッドウィンからはじめて洞察を受けたという見解である︒ブラッドリは︑
﹁ フ
ォ
1 サイスがこの思想家(トマス・グッドウィン)を彼の後期の著作でたびたび引用する事実と︑ エペソ人への手
紙の解説を触れるのは︑次の仮定を信頼できるものにする︒その仮定とは︑フォ 1 サイスが彼の神学の重大な面(聖性)
( 鈍 )
において初めての洞察をグッドウィンから受けたということである﹂︑と述べる︒ ﹂のような仮定を立てたが︑プラッ
ドリは推測で終わる︒
﹁ こ
の テ
1
マ
( 神
の 聖
性 )
において彼の関心の発展をたどることはたぶん不可能であるが︑
主題で精神がフォ
1サイスのものと一番近い著者はグッドウィンである﹂︑
と︒ブラッドリも他の研究者たちと同じよ
﹀ つ に ︑
フ ォ
1 サイスに対するインディペンデンシーからの影響を過小評価したことに違いない︒
で は
︑
フ ォ
1 サイスがインディペンデンシ l の伝統をどのように解釈しているかを考察しよう︒
﹁ イ
ン デ
ィ ペ
ン 一
ア ン
シ l の源泉はカルヴァン主義であり︑
的 な 源 泉 は ︑ その傾向は再洗礼派であり︑その土壌はイングランド国民性であった︒その歴史
( お )
ピュ
1
リタニズムを通したカルヴァン主義であった﹂︑とフォ l
サイスは言う︒カルヴァンを父と︑再洗
礼派を母としないインディペンデンシーもあるわけであるが︑彼はこのようなものについては排他的である︒というの
lま
これらが使徒的継承と福音的基盤︑
そして再生させる環境
( 3 m g o s g
忠 臣
︒ 毎
日 5
5 )
を失ったからである︒
ーサイスによれば︑
( お )
ではない︒彼が徹底的にクロムウェルとトマス・グッドウィンに傾斜している理由は︑彼の関心事が真の教会と︑神学
三 つ
い ﹀
つ の
は ︑
トマス・グッドウィン︑ ロビンスンのよ﹀つなインディペンデンシ l クロムウェル︑
にあると考えられる︒
フ ォ
l
サ イ
ス が
司 ミ
$ ︑
﹃ 之
内 乱
︒ 選
︑ お
お 札
忌 町
︑
Nh
雪
之
( S H N ) という著作において何回も強調するのは︑
インディペンデンシ
1の関心がドグマでなくポリティ
l Q
︒ ロ
司 )
であるということである︒彼は︑ ﹁インディペンデン
シーは︑ドグマよりポリティーにもっと関係を持ち︑その関心は教会を通して純粋な教理でなく福音を通して真の教会
( 幻 )
に関心を持つ﹂︑と三守つ︒そして︑インディペンデンシ 1
は歴史を持つ魂の宗教として︑歴史の上で成
(可 ロ命︒
F E .
︒﹃)
長・発展する︒ そこに神学の働きがある︒彼は言う︒ つまり福音 ﹁インディペンデンシ 1 は︑積極的・経験的な土壌︑
フ の
オ
P'T・フオーサイスにおけるインディペンデンシーの影響
263の信仰の写し(可
S R
宮
E
)
そこから成長した︒:::それは神学に生ける気迫(ロ︿ E 同 g 己)を与えた︒:::神学は個人
であり︑聖徒たちの生けるあつまりの中で発展し鳩﹂︑と︒
264
的体験において定着され︑
このインディペンデンシ!の伝統をフォ l サイスは誰から継承しようとしたのであろうか︒精神の面と神学の面とい
う二つの側面を考慮する時︑
フ ォ
l サイスが精神宮立号) の面においてはクロムウェルから︑神学の面においてはト
マス・グッドウィンから継承しようとしたと考えられる︒第二精神の面に対してみよう︒ クロムウェルの神学は単純
ラク
C
︒FDH
︐ 巳 ‑ ︒
︒ ﹃ )
であったと思われるが︑同誌
‑ S F U N h
込おおなさねぎこな
hsh ぬお ( リさ
S
さ丘町 足止 さお 切
G N
円︒司
︑句 史ミ おお
(H
∞ 色
) と
い う
室 田
を 書
い た
タ
は︑クロムウェルの中からピュ l リタニズムの精神を発見した︒ ﹁それゆえクロムウェルは死ん
で失敗した (あるものは失敗して死んだと言うであろうが)︒ それにもかかわらず彼の精神は永久にインディペンデン
( 宮
ω ω E S )
︒:::インデイペンデンシ l の抜群の人物はクロムウエルであっか)¥とフォ 1 サイスは述べ シ 1 に移った
る ︒
勿 論
︑
フ ォ
1 サイスは単純にクロムウェルの人格だけを念頭にいれたのではない︒ トマス・グッドウィンとオウエ
ンのような人々との関係においてのクロムウェルを︑彼は意識したと考えられる︒次に︑ トマス・グッドウィンから
神学的な面を継承しようとした点をみよう︒ ﹁(オウエンとグッドウィンのことを考えると)︑中世的・形而上学的なも
(但 )
のからの神学は精神において近代的・心理的なものになった﹂︑とフォ l サイスは述べる︒古い形式が残っているにも
かかわらず新しい近代的な傾向を︑彼はトマス・グッドウィンとオウエンから見出すのである︒
し
か
しフ ォ
1
サイ
スはこの二人の神学的特性を見逃してはいない︒彼は言う︒ ﹁それ(インディペンデンシ!)が神学的である限り︑
そ れ
は
(オウエンとロビンスンと共に)カルヴァンから借りた点で組織的
2 3 Z B m E g ‑
‑ 可
)
で あ
る か
︑
またはキリスト
教を(クロムウェルとグッドウィンと共に)キリストの臆いの購罪という形成力ある経験をする点において経験的
(位 )
である﹂︑と︒彼はトマス・グッドウィンの神学から︑思寵による経験的なモチーフを発見するので
( ゆ 対 日
) q ‑ E g g ‑ q )
士山りす
Q
︒フ ォ
l サイスの鋭い洞察である︒
と い
﹀ つ
の は
︑
ロイド・ジョウンズ
( ロ
・ 冨
・ 巴
︒ 山
︑ 門 円 山
︒ ロ
2 )
も ︑
MJM
同町
︑足
︑む ぬま
同 封
丘 ︑
︒ 喝
︑ 常
設 的
︒ ミ
札
M N h R 2 8 3 ( 5 2 )
という書において︑
思 わ
れ る
が ︑
この事実を認めているからである︒伝記作家の言葉であると
ロイド・ジョウンズは述べる︒ ﹁彼(トマス・グッドウィン) は︑経験に基づいて
( 自 ℃
E g g s
‑ q )
説教
( E E ‑ a )
ように説教 した︒なぜなら︑彼は良い命の言葉を感じ(貯ロ)︑これを経験(宮
ω宮島)し︑これに手を触れた
したからである︒:::神は神の思寵の言葉に対する証言
( g t s
g 可)を与えか)﹂︑と︒このようなトマス・グッドウイ
ン の
神 学
的 特
性 ︑
フォ!サイスの主張するところと一致する︒フォ 1 サイスが一九 O 五
( 付 ) ( 必 )
﹁神学は経験的でなければならない﹂と述べたことと︑既述したように寸恩寵における経験的な基盤﹂ つまり経験に基づいた特性は︑
年の講演の中で
の宗教という言葉は︑ フォ!サイスがトマス・グッドウインに傾斜した理由は︑この恩寵の経験に それを表している︒
基づいた神学の性格であった︒
トマス・グッドウインは︑大木教授によれば︑インデペンデントの最も代表的な牧師であか
)Oフ ォ
1
サ イ
ス は
︑
マ ト
ス・グッドウィンをどのように評価しているのであろうか︒代表的な評価は次の表現であろう︒彼はトマス・グッドウ
( U )
( 任
命 告
︒
ω
己
o m S 己
E m F
円 ) ユ
g
件
︒ 同
︒ ロ
円 ︒
︒ 口
問 ︒
g Z D )
として名づける︒
イ ン
券 }
︑
﹁わたしたちの告白に属する使徒と大祭司﹂
何が︑このような表現を可能にしたのであろうか︒ そこにはトマス・グッドウィンの持つ神学的真理と霊的真理が考え
フ ォ
l サイスによれば︑神学は生きているものでなければならないし︑命の告白を伴うものとして︑永遠のも
( 必 )
のに対する教会の経験の産物としての真理でなければならない︒ ら
れ る
︒
フ ォ
1 サイスはトマス・グッドウィンからこのような
( 却 )
神学的真理を得た︒彼は︑トマス・グッドウィンの書物から﹁劇的荘厳と情熱的親密感﹂を得たと述べる︒ハンターの
( 切 )
﹁気品のある音楽の旋律のように記憶の中で生き残っている名句﹂が満ちている︑四つの例を挙げて 表現を借りれば︑
みたい︒第一は︑
﹁ 選
び ﹂
フ ォ
1
サイスにとって︑ に対する説教である︒ ﹂れは崇高なものである︒第二は︑ エペソ人
への手紙の説教である︒ フォ!サイスに言い表せない愛情を与えた説教である︒第三は︑ ﹁国家と王国に対する偉大な
関心
﹂
( 吋 ﹄ 刊
︒
h
ミ
ミ な
な 司
︑ 俗
的 円
︒ ¥
註 ミ
g h N
ミ 丸
一 一
史 認
乱 ︒
さ と
と い
う 題
の 説
教 で
あ る
︒
フ ォ
l サイスは堂々したものとして評価して
P.T
・フオーサイスにおけるインディぺンデンシーの影響
265
いる︒第四は︑聖霊の働きに関する論文集第九巻四章である︒
フ ォ
1 サイスはここから感動的・想像力に富むトマス
グッドウィンの思想と接することができたであろう︒これらの四つのものがトマス・グッドウィンの書物から得た神学
266
的真理に相当するならば︑霊的真理の面では次のものが考えられる︒
﹁ 悲
し い
告 別
に ﹂
という一句から得る洞察である
カ ま
﹁最初にこれを読んで以来︑
のようにそこで反響した﹂︑とブォ 1 サイスは述べる︒彼は︑ この一旬は五つの宝石のようにわたしの記憶から燃え続け︑ シューベルトのモチーフ
﹂のようにトマス・グッドウィンの書物から神学的真理
と共に霊的真理を発見した︒
そ れ
ゆ え
︑
トマス・グッドウィンは使徒と大祭司として︑
フ ォ
1 サイスの告白の中で生き
て い
た ︒
それでは実際的にフォ l サイスがトマス・グッドウィンからどういう神学的モチーフを得たかについて考察してみよ
う︒そのために︑彼が高く評価するトマス・グッドウィンの説教の中で︑堂々たる
( ω
室 ︒
q )
説教として評価した
国
家と王国に対する偉大な関心﹂ と い う 説 教 と ︑ エペソ人への手紙の註解書の説教︑二編をとりあげてみよう︒
ま ず
︑
﹁国家と王国に対する偉大な関心﹂ という説教である︒
﹂ の
説 教
は ︑
フ ォ
l
サイスに公共的関心
G z z r
EZ 足早)というモチーフを与えたと見られる︒ ﹂の説教は詩編第一 O 五篇
U︑
F D
に
μ
︑1 i
ん柏炉
﹁主は人の彼らをしえたげるのを
ゆ る
さ ず
︑ 彼
ら の
た め
に 王
た ち
を 懲
ら し
め て
︑ 一
一 一
一 口
わ れ
た ︑
﹁わが油そそがれた者たちにさわってはならない︑ わが預言
者たちに害を加えてはならない﹂
﹀ ︺ ﹂
︑
を本文とする︒トマス・グッドウィンは総二七頁にわたって︑旧・新約聖書の
歴史上に現れた大小王国の興亡を語る︒この説教を注意深く読むならば︑以下三つの重要点を得ることができる︒第一
は︑関心(吉
R B E )
の 所
在 で
あ る
︒
トマス・グッドウィンよれば︑ その国の繁栄と破滅は︑君主と国民の関心が その王国の繁栄あるいは破滅は︑王と国が神の聖徒をどのように扱ったかによる︒
﹁聖徒たちの取り扱い方に依存す硲﹂︒第
二は︑聖徒たちを保護する
( 司
5 2 3 0 )
キリストの関心である︒ ﹁悪魔の王国の大きな関心は︑
イエスの誠めを守る
人々を迫害することであるが︑イエス・キリストの王国の偉大な関心は彼の聖徒たちを保存し︑彼らを害するものを困
( 日 )
惑させることにある︒なぜなら彼は聖徒たちの王であるからだ﹂︑
と ︒
第 三
は ︑
トマス・グッドウィンが住んでいた王
国︑イングランドへの関心である︒ ﹁イングランドは︑主イエス・キリストという高価な宝石︑世界においてどの王国
( 日 )
と関係する偉大な宝物を持つ国である﹂︑とトマス・グッドウィンは述べる︒また︑ ヨハネの黙示録第十七章十四節︑
﹁小羊と共にいる召された︑ 選ばれた︑忠実な者たち﹂ という御言葉をイングランドに適用させ︑
る関心を持続し︑保存することを議員たちに要求した︒ イングランドに対す
﹁イングランドの聖徒たちはイングランドの関心である﹂︒これ
は︑トマス・グッドウィンが言おうとした言葉であろう︒この説教の中で重要なのは
﹁ 関
心 ﹂
という言葉である︒この
用 語
は ︑
フ ォ
1 サイスにおける公共的関心とつながっていると考えられる︒
と い
う の
は ︑
フ ォ
1
サ イ
ス が
同 封
内 向
芝 ︑
SS な
同
H
札 E
︒ ミ
司 応
︑
( 5 5 )
という著作において︑ トマス・グッドウィンの言葉と関連づけながら﹁公共的関心﹂を示してい
る か ら で あ る ︒
フ ォ
1 サイスによれば︑ ﹁敬度な人々は公共的精神(宮豆庁名
E H )
を 持
つ ﹂
︑
とい﹀つのはトマス・グッ
( 日 )
﹁キリスト者はこの関心の中に人生をかける﹂︑と述べる︒ ドウインの言葉である︒
カ ヨ
フ ォ
1 サイスはさらに進んで︑
そ れ
ゆ え
︑
フ ォ
l サイスの言う﹁パブリック﹂
G E E ‑
︒)という神学的洞察は︑ トマス・グッドウィンから得た可能性
が 最
も 高
い ︒
次に︑考察したいのは︑ エペソ人への手紙の註解書にある説教である︒
フ ォ
1 サイスはこの説教から自由な恩寵とい
うモチーフを得たと思われるが︑この詳細について考察してみよう︒ブラッドリによれば︑
( 幻 )
から神学的洞察を得た︒フォ l サイスは︑トマス・グッドウィンの﹁エぺソ人への手紙の十一番目の説教と十九番目の
( 関 )
説教に言い表せない愛情﹂があった︑言う︒ここで十九番目の説教とは︑
フ ォ
l サイスはこの註解書
エペソ人への手紙第二章七節︑
﹁ そ
れ は
︑
リスト・イエスにあってわたしたちに賜った慈愛による神の恵みの絶大な富を︑ きたるべき世々に示すためであった﹂
を本文とする説教であると思われる︒ というのはこの説教が︑ われわれの注目する
﹁ 神
の 恩
寵 ﹂
について説教するから
で あ
る ︒
ト マ
ス ・
グ ッ
ド '
ワ イ
ン は
︑
ここにおいて何を語ったのか︒彼の言葉を借りれば︑全体の解釈はこうである︒
キ
P.T
・フオーサイスにおけるインディペンデンシーの影響
267
﹁ここで使徒は︑人間の救いにおける神の目的を︑
( ω )
敬意を表す﹂︑と︒ それが神ご自身の栄光︑特に神の思寵の栄光を反映し︑ かつそれに
ここには六つの観察があるが︑次のようにまとめられる︒人間の救いにおける神の最大の目的は︑
268
ご自身の中にあるものをあらわすことであり︑特にご自身の恩寵をあらわして︑あがめられることをしらせることであ
わたしたちを救う至高の目的はご自
身の恩寵の豊かさをあがめることである︒ここで特に注目を要するのは︑神の思寵の中にある至高の卓越性である︒ト る︒また︑神があらわすことを望む最高のものは︑ご自身の恩寵の豊かさであり︑
( σ
︒ E H
q )
と惜しみない施し
( 5 2 m E q )
( 問
︒ ﹁
m Z E m )
と
から見出す︒特に︑与えることにおいて︑神はあらゆる方法を自由に与え︑
﹁ 赦
す こ
と ﹂
﹁ 与
え る
こ と
﹂
( m Z E m )
における神の寛大さ
マス・グッドウィンはこの至高の卓越性を︑
﹁ 恩
寵 の
自 由
﹂
は恩寵の豊かきであるという言及は興味深い︒
フ ォ
l
サイスはこの説教からどのような神学的洞察を得たのか︒
それは
﹁ 神
の 恩
寵 ﹂
という理念であると考えられ る︒その理由は︑以下三つあげられる︒第一は︑彼がその註解書の前提(℃
55 ぽゆ)を理解していた点である︒第二は︑
彼が恩寵という理念を︑彼の時代に回復したという点である︒第三は︑彼が曲げられた恩寵の理念と戦ったという点で ある︒第一の点に関してはその註解書の前提を見ょう︒
トマス・グッドウィンは言う︒ ﹁もしキリスト教の審判が︑イ
聖霊の最も霊的内的働き(︒胃
g z
︒ ロ
ω )エス・キリストのみを通して神の自由な恩寵と永遠の愛と購罪
( 3
母自立古口)にうまく基づいているならば︑また神の
( 臼 )
それは全ての誤りを防御することができる﹂︑と︒彼
に基づいているならば︑
が神の自由な恩寵に基づいていることを示している︒第二の点︑恩寵という用語を回復したことに関しては︑
ロジ ャー
ズが次のように述べている︒
﹁ 彼
( フ
ォ
1
サイス)
という用語を回復したのはフォ
1
( 位 )
フ ォ
1
サイスは神の恩寵︑聖なる恩寵に触れた﹂︑と︒第三は︑曲げ の同時代の人々に対して
﹁ 恩
寵 ﹂
サイスであった︒他の人々が神の愛に触れた時︑
られた恩寵の概念と戦ったことであるが︑
フ ォ
1
サイスの時代︑教会の中には恩寵の概念について二つの大きな曲げら
れた傾向があった︒非人格的な力もしくは善としての恩寵と︑ センチメンタルな愛としての恩寵という傾向である︒
ロ
ジ ャ
1 ズ に よ れ ば ︑
( 臼 )
フ ォ
l サイスはこの二つの傾向と戦った︒
既に考察してみたように︑思寵の体験によってフォ l サイスは﹁愛を愛するものから恩寵の対象へ方向を変えられた﹂︑
という告白ができた︒彼はインディペンデンシ!の伝統を生かすために︑恩寵という経験に基づいた神学者トマス・グ
ッドウィンを注目した︒ それゆえわれわれは︑
ブ ォ
1
サイスとトマス・グッドウィン︑ ﹂の二人の神学の接点が
﹁ 神
の
恩 寵
﹂
にあったと言わざるを得ない︒
恩寵の神学
わ れ
わ れ
は ︑
フ ォ
1 サイスが思寵の神学を回復しようとしたという見解を持つロジャ 1 ズを評価する︒
フ ォ
1 サイス
のニ一日う恩寵という理念に対するロジャ 1 ズの見解は︑比較的に恩寵の基盤の上で立っている︒
し か
し ︑
ロジャ!ズの
同 封 ︒ 司
︑ N
向 S
︒ 也
︑ 応
︑ ︑
・ 丹
︑ ︒
お い
て 忌
( 5 8 )
という書においては︑
ら れ
る ︒
ピ ュ
l リタニズムの研究が行われていない重大な欠点が見
わ れ
わ れ
は ︑
フ ォ
1 サイスの神学的モチーフに内在している恩寵の理念をピューリタンの伝統から見なければ
な ら
な い
︒
フ ォ
l サイスがピューリタンの伝統から特に﹁恩寵﹂
と
﹂ こ
で は
︑
﹁ 服
従 ﹂
という理念を回復しようとした
点と︑またこれらがトマス・グッド︑ワインのものと類似している点に注目しながら考察してみたい︒
ま ず
︑
ピューリタンの伝統︑ つまり神の恩寵を取り戻そうとしたことからはじめよう︒
フ ォ
1
サ イ
ス は
守 宮
内 宮
ミ ペ
﹄ 町
︑
同 出
向 む
︒ 旬
︑ と
お お
札 加
︒ ︒
な 守
( S S )
という書の終わりのところで︑偉大なピューリタンの伝統を復興する必要性を述べる︒
ギリシャの恩寵もあれば︑イスラエルの恩寵もある︒ フォ!サイスが要求するのはイスラエルの恩寵である︒古ピュ l
リタンたちは︑彼らの神学を持ってこの恩寵を求めたであろう︒また︑彼らは道徳的蹟罪という宗教心︑ つまり最も
P.T.
フオーサイスにおけるインディペンデンシーの影響
269
自由な・高価な福音のみを持って物事の中心に立った︒彼らは︑神をキリスト教の神とするもの︑
( 時 2 m E 2 )
だけでなくまた高価な思寵もしっかり握った︒ ﹁彼らはもっと恩寵を所有していた つまり自由な思寵
(創出)( ︒
者 ︒
仏 )
﹂ ︑
と フ
ォ
l サ
270
イスは一三弓つ︒彼がどれほど正しくピュ
1リタニズムを把握したか︑ ﹂の一語に凝縮している︒彼の鋭い神学的洞察がこ
こにある︒大木英夫教授は︑﹃ピュ 1 リタニズムの倫理思想﹄において︑
( 臼 )
リタンの宗教は思寵宗教である﹂︑と︒ ピューリタンの宗教について述べる︒
﹁ ピ
ュ
1
﹁ 恩
寵 宗
教 ﹂
というこの言葉から︑ わ れ わ れ は ︑
フ ォ
1 サイスがピューリタンの
正しい伝統に立っていると確信することができる︒ この伝統の上に立って︑彼はピューリタンの力(℃︒当
2 )
﹁力に復帰する(﹃高邑ロ)﹂ためには何をすべき つまり思
寵における力を回復しようとしたのである︒彼が強調するのも︑
の
﹁恩寵とは︑ピューリタンにとって︑罪人として無力なる人
( 切 )
聞をば神との契約のパートナーとして確立するところの力なのである﹂︑と︒ピューリタンにとって恩寵は力として理 かである︒大木教授は︑恩寵における力について述べる︒
解されうるが︑
フ ォ
1
サイスにとっても同じように言えるのであろうか︒この間いに対してハンターは明確な答えを与
﹀ え マ
Q
︒ブォ!サイスの著作︑ g 設定︑ミミ玄
3h hS民 ミミ ミミ ミ言 札
( 5 0
吋)という書には︑説教者の重荷について多くのこ
とが語られている︒
ハ ン
タ ー
は ︑
フ ォ
1
サイスの言う説教の重荷から神の思寵を発見するだけでなく︑恩寵が力と結び
ついていることも発見するのである︒ ﹁説教の重荷は︑神の恩寵││わたしたちの罪にもかかわらず︑神がわたしたち
を不相応に︑無償で赦し︑蹟われたーーであって︑教理または約束としてでなく︑神の行為と力として理解された恩寵
である﹂︑とハンターは述べる︒
こ れ
で ︑
ブ ォ
1
サイスの言う神の恩寵の理念がピューリタンのものと一脈相通じるこ
とが確認されたと思われる︒
フ ォ
l
サイスが取り戻そうとしたのがこの力である︒この恩寵という神の力を取り戻すた
めに︑彼はピューリタンの伝統を回復しようとしたのである︒
ピューリタンと同じ泉からくみ上げ︑彼らと同じ中心
に立ち戻らなければならないということを要求しながら︒ その中心とは何か︒ ﹁恩寵の購罪であり︑それを毎日自分の
( ω )
それを保護するものである﹂︑と彼は述べて
も の
(m
℃
w宮 .
︒ ℃
門 戸
川 岸
古 口
)
にすることである︒ これがキリスト教の軸であり︑
い る
そ ︒
れ で
は ︑
﹁自由な思寵﹂という理念に関して︑ トマス・グッドウィンとフォ!サイスのものを比較してみよう︒宗
フォ!サイスによれば︑神の自由な思寵を回復することである︒この線上に立つトマス・グッ 教改革の唯一の働きは︑
ドウィンの言う自由な恩寵という理念を先にみよう︒既に考察してみたエペソ人への手紙の説教は︑ われわれに重要な
手掛かりを提供する︒トマス・グッドウィンはこの説教において︑
( 冗 )
の自由は恩寵の豊かさにある﹂︑と述べる︒ ﹁神の恩寵は自由に与えることに示しており︑恩寵
﹁ 自
由 に
与 え
る ﹂
という思想が説教の中には溢れている︒ ﹁赦すことと与え
ることの両方において︑恩寵の優越性がこのように示されるように︑神はあらゆる点を自由に与える︒したがって皆さ
んは︑自由(骨
2 5 ω ω )
が思寵の至高の優越性であるということを知らなければならない︒
( η )
豊かきである﹂︑と彼は言う︒神が与えるという点において︑その頂点はキリストにあるが︑トマス・グッドウィンは つまり恩寵の自由は恩寵の
﹁ 与
え る
﹂
﹁神は与える(也君)御子をもっ︒神は計画をたてる︒神は言う︒ ということをよく表している︒ わたしは彼
を与え伝言︒)︑彼を贈り物とするための最善の仕方において彼を与え(間町之︑彼を十字架につけるために与え(包ヨ)︑
・:・あなたがたのために彼を与える(包
2 )
であろう︑と︒ここに︑恩寵の豊かさがあるのではないか︒あなたがたが
彼を所有する時︑あなたがたは彼と共に自由にすべてを所有するであろ一巧﹂︑と︒自由な恩寵の豊かさが︑
﹁ 与
え る
﹂
いう一語に凝縮している︒
で は
︑
フ ォ
1 サイスの言う自由な恩寵という理念はどうであろうか︒彼は豆町︑ミミ丹念町内ミ
h N h
忌 ︒
ミ 守
( 5 5 )
という著作において自由な恩寵の概念を述べる
02 5
︒ 5
5 ) )
にわたしたちは権利を持っていないことを意味す夕︑ ﹁神の自由な思寵とは︑神の前(すなわち︑ どん底
と︒言い換えれば︑ わたしたちが持っているもの
はすべてもらったもの︑神が与えたものであるという意味である︒このようにフォ!サイスの場合においても︑恩寵と
いう理念の中に神が与えるという思想がある︒
フ ォ
1 サイスは上記の書において︑全教会が告白すべき信条を企ててい
る が
︑
そこでも神が与えるという思想が濃厚である︒彼は︑序文には ﹁神の恩寵のメッセージ﹂を︑ その実体には神の
と