接続詞の「ただし」と「ただ」 : 先行研究におけ る問題点
著者 鹿嶋 恵
雑誌名 三重大学日本語学文学
巻 16
ページ 118‑106
発行年 2005‑06‑26
URL http://hdl.handle.net/10076/6621
接続詞の「ただし」と「ただ」
一先行研究における問題点‑
鹿嶋 恵
キーワード:接続詞,副詞,意味機能,区別の曖昧さ,使用頻度
1.はじめに
まずは、次の例(1)〜(3)を見ていただきたい。いずれにも【皇室/主宣と】が含まれ
ている。どちらか一方を選ぶとしたら、読者は「ただ」を選ぶであろうか、あるいは
「ただし」を選ぶであろうか。
(1)抄訳だから全部訳さなくてもいいが、【皇室/生玉上】大切なところは落とし
てはいけない。 (森田1987:265)
(2)おもしろい計画だね。【皇室/皇宣上】金がかかりそうだ。
(グループ・ジャマシイ編著1984:195)
(3)あいつは悪いやつだ。【皇室/主左上】家族にはやさしいようだが。(グループ・ジャマシイ編著1984:195)
実は、上記の例(1)〜(3)はいずれも出典は辞典であり、「ただ」の項目において、そ の用例として挙げられていたものである。しかし、大方の読者は判断に迷うか、ある いは「ただし」を選んだ人も多いのではなかろうか。
このように、接続詞の「ただ」と「ただし」には重なるところ、あるいは違いの曖 昧なところが存在すると考えられる。事実、先行研究を遡ってみると、互換可能な語、
あるいは同義語と見なされてきた場合も少なくない。
その一方で、後述のように、「ただ」と「ただし」の意味用法の違いについての指摘 もあり、その扱いには不安定な状態が見受けられる。
接続詞の「ただし」と「ただ」は、同義と扱ってもよいのであろうか。あるいは、
それぞれ独自の意味機能を果たす語として扱うべきなのか。
この間題を考えるために、以下、本稿では、まず、以下の4つの観点から先行研究 における「ただ」「ただし」の位置づけをまとめたい。そして、このまとめを踏まえて、
問題点の指摘を行いたい。
①接続詞の「ただし」「ただ」の成り立ちと発達
‑118‑
③接続詞の分類研究における「ただし」「ただ」の位置づけ
④現代語の「ただし」「ただ」の違いに関する先行研究
2.接続詞の「ただし」「ただ」の成り立ちと発達
現代の辞典類においては、「ただし」の語形態は、副詞「ただ」に、とりたての副助 詞「し」が結合してできたもの、という見解で説明が一敦している(田中1987,『大 辞林』1988,『大辞泉』1995,『日本語文法大辞典』2001,『日本国語大辞典第二版』
第八巻2001,)。
これに対して、接続詞「ただ」の語形態についてはあまり記述がないものの、『日本
語文法大辞典』(2001:439)では現代語の接続詞として項目が立てられ、「副詞『た だ』が、接続詞に転成したもの」(糸井通浩)と記されている。
日本語の接続詞には固有のものがなく複合語か転成語であること、またその発達は 古代には不十分で中世以降まで遅れたことが、従来から指摘されている(cf.京極・松
井1978:90・93)。京極・松井(1978:94・95)は、古代の漢文訓読資料の中で複合語や転成語として用
いられた接続詞のうち、後世に定着した接続詞の1つに「ただし」を拾い上げている。また、『大鏡』『今昔物語』『平家物語』での接続詞の使用状況は、それ以前の和文系諸
作品に比べて質量ともに著しく発達したことを明らかにし、この3作品各々において10例以上使用されている接続詞の1つに「ただし1)」も挙げている。そして、この語
を含む20数語が「古代後期から中世にかけての代表的な接続詞であったことは、ほぼ
誤りないであろう」としている(京極・松井1978:100・102)。他方、青木(1978)の資料「接続詞および接続詞的語嚢一覧」では、「上代」「中古」
「中世」「近世」「近代・現代」に分けて、接続詞の用例採取状況が示されている。そ こでは、「ただし」は中古からの用例採取が示され、その採取文献として『今昔物語』
と『訓点資料』が挙げられている。また「ただ」についても、中古の『源氏物語』と
『今昔物語』からの用例採取が示されている。その後、「ただし」「ただ」は引き続い て用例が見られることも、この一覧は示している2)。
さらに野田他(2002:149・150)は、接続詞の成立の事情に由来する形態的特徴に 関して、先行研究では5種(「副詞系」「名甲系」「動詞系」「指示詞系」「接続助詞系」)
1)ここで指摘されている「ただし」が、「ただ」を含むものであるかどうかはく定かではない。確認 を要する。
2)この青木(1978)の一覧には、「ただしは」が中世から用例が見られることが示され、その文献と して『虎清本狂言(研究史大成「狂言」所収)』が挙げられている。一方、京極・松井(1978:111) は、近松の作品ではじめて現れた接続詞の一つとして「ただしは」を指摘している。すなわち、青
木(1978)の用例の指摘は、京極・松井.(1978:111)よりも時代を遡っている。
に分けられていることを示し、「ただし」「ただ3)」ともに「副詞系」の例として挙げて いる。
以上のことから、接続詞としての「ただ」と「ただし」はいずれも、副詞「ただ」
を元に生まれた語であり、古代後期から中世にかけて定着したものと言えそうである。
3.辞典における「ただ」と「ただし」
次に、近年の国語辞典における「ただし」と「ただ」の接続詞の用法について、各々
どのように解説されているかを押さえておきたい。
3.1「ただし」の語義
近年の国語辞典における「ただし」の接続詞の用法について見てみると、例えば次
のような解説がある(用例は省略)。
『日本国語大辞典第二版』(第八巻2001)
①先行の事柄について補説するときに用いる。
¢先行する事柄に対して、逆説的に、それに付随する条件または例外などを追 補する場合。そうでありながら。しかし。
◎先行の事柄に対し、推量や疑問を加えつつ補説する場合。ひょっとすると。
もしかしたら。
②先行の事柄に関連して、話題を変えたり、1つの事をとりあげたりするとき用 いる。ところで。さて。
③どちらとも判断しかねて、並列あるいは対立する事柄をあげる時用いる。また は。それとも。ただしはム
『大辞泉』(1995)
①前述の事柄に対して、その条件や例外などを示す。しかし。
②前述の事柄に対する推量や疑問を導く。ひょっとすると。もしかして。
③前述の事柄に対して、別の事柄を並立させる。それとも。もしくは。
『大辞林』(1988)
日上に述べたことについて条件や例外を付け足すときに使う。しかし。だが。
巳①「ただ」を強めた語。̀
②前文に対する疑問・推量などの文を導くために使う。もしかしたら。
③ところで。さて。
3)特に「ただ」に関しては、「むしろ」「もちろん」などとともに、陳述副詞との区別が接続詞の認 定基準に揺れを生じさせる問題となっている、との説明も加えられている。
‑116‑
④それとも。あるいは。ただしは。
『日本語文法大辞典』(2001:440‑441(糸井通浩))
①前文の内容を受けて、それに関する留保の条件や例外となる事項を、以下に述 べることを示す。もっとも、とは言え、の意。補足の接続詞。
②前文の内容に対して、仮定的に例外や留保すべきことと思われることを述べる ことを示す。(下に疑問や推量の表現がくる)。もしかしたら、あるいは、の意。
③前文の内容を認めた上で、それとは別の事項を選択的に並記することを示す。
あるいは、それとも、の意。
これらの内容の共通事項をまとめると、「ただし」の機能として、次のa)〜d)の4点 が言えよう。このうちa)〜∂については、上掲の3つの辞典に共通して指摘されてい る機能であり、d)は2つの辞典に指摘されている機能である。
a)先行する事柄に対して、条件や例外を補足する。
b)先行する事柄に対して、推量や疑問を加えつつ補足する。
C)先行する事柄に対して、並立あるいは対立する事柄をあげる。
d)先行する事柄に対して、話題を変えたり、1つの事を取り上げる。
なお、上掲の辞典に挙げられていた用例には、品詞認定の揺れが1例見られた。す
なわち、「『ただ』を強めた語」という語義に関して、『大辞林』では下記の用例が、接 続詞として挙げられていた。しかし、これと全く同じ用例が、『大辞泉』では副詞の例
として挙げられていた。
其ノ後、天皇此ノ由ヲ聞シ食テ、使ヲ遣シテ、其ノ鹿ヲ嘲ヘル輩ヲ令捕給フ。其ノ時
ニ、男女十余人皆、其ノ難二値テ、身振ヒ心動テ更二憑ム所無し。旦と「三宝ノ加護二
非ズへ誰力此ノ難ヲ助ケム」ト思ヒ得テ、思ハク、「我等、伝へ聞ケバ、『大安寺ノ丈六ノ釈迦、吉ク人ノ願ヒニ随ヒ給フ』ト。(中略)」ト云テ、‥…・
(『今昔物語集』巻第十二・第十六4))(下線は筆者) 注釈本では、上記の「但シ」は、「ただ」と同意とされている5)(山田孝雄他校注1961,
馬淵和夫他校注1971)。このような「ただし」の品詞認定の揺れは、「ただ」にも関わ4)馬淵和夫他校注(1971)『日本古典文学全集21今昔物語集一』(小学館)より引見
5)この用例文に関しては、読点の扱いも注釈本によって異なる。例えば、山田孝雄他校注(1%1)
『日本古典文学全集24今昔物語集三』(岩波書店)では、頭注に「玄玄では、ただの意。」とあり、
本文中に「但シ、」と読点が振られている。一方、馬淵和夫他校注(1971)『日本古典文学全集21 今昔物語集一』(小学館)では、頭注に「ただ。漢文訓読文においては、多く「ただ」と同意。」と あり、本文中の「但シ」には読点はない。しかし、その訳文には、「ただ、」と読点が振られている。
ってくる問居であり、その位置づけの曖昧さを裏付ける現象と言えよう。
他方、接続詞の「ただし」を考えるに際しては、副詞の「ただし」も押さえておき たいところである。しかし、副詞の「ただし」については、「平安時代にはもっばら漢 文訓読体で用いられたJ(『日本語文法大辞典』2001:440・441)、「『ただ』の意を強め たもの。多く、漢文訓読語として用いられた」(『日本国語大辞典第二版』(第八巻2001)
と指摘されている。すなわち、現代語においては、まずもって副詞的用法の「ただし」が存在するのか否か、そこから別途検討を要する問題と考える。
3.2rただ」の語義
次に、前掲の辞典4種において、接続詞の「ただ」について調べてみると、次のよ うな語義解説があった(用例は省略)。
『日本国誇大辞典第二版』(第八巻2001)
先行する事柄に対して、例外を認めたり、その他の事柄を追記する場合。しか し6)。ただし。
『大辞泉』(1995)
前述の事柄に対して、条件をつけたりその一部を保留したりするときに用いる。
ただし。
『大辞林』(1988)
前に述べたことについて、留保・注釈・条件などを付け加える語。ただし。も っとも7)。
『日本語文法大辞典』(2001:439(糸井通浩))
前文の叙述内容を、それはそれでよいと認めた上で、その内容から見て例外と なる事項や注意しておかなければならないと思う問題点などを、以下に補足的 に述べることを示す。補足ないし解説の接続詞。
これらの解説は、「ただし」のそれに比べて、明らかに簡略的である。
そして、4種の辞典のうち3種までが語義の中に「ただし」を挙げている。このよ うな解説を見る限り、「ただ」と「ただし」は互換可能な語、あるいは同義の語と、と
られなくもない。なお、上の4番目に引用した『日本語文法大辞典』(2001:439)では、語義の中に
6)「ただし」と「しかし」の互換性については、外国人への日本語教育の観点から見ても非常に興 味深い問題がある(ef.富田1997:275・276)。これについては、稿を改めて考察を行いたい。
7)「もっとも」と「ただし」の互換性についても、稿を改めて蔑諭する必要があり、ここでは扱わ ない。
‑114‑
は「ただし」は挙げられておらず、むしろ、「ただ」の補説の中で「ただし」との違い が指摘されている。これについては、後述する。
また、上記の4種の語義解説に挙げられている内容について、先にまとめた「ただ し」の機能a)〜心と比べてみると、基本的にa)の「先行する事柄に対して、条件や例 外を補足する」という項目しか重ならない。残りのb)〜d)の機能については、どのよ
うに想定されているのか大きな疑問が残る。
4.接続詞の分類研究における「ただし」と「ただ」
接続詞の分類については、すでに諸説が蓄積されている。その分類の観点は、「ただ」
とイただし」の意味や機能を考える際にも、辛がかりになると考える。したがって、
ここで接続詞の分類に関する主な説において、「ただ」と「ただし」がどのように扱か
われているのかを確認しておきたい。結論から言えば、接続詞の分類研究における「ただし」と「ただ」の扱いは、両者 が同等な存在として扱われたものなのか、あるいは別の存在として扱われたものなの
か、曖昧なままにされてきたと言わざるを得ない。「ただし」と「ただ」を双方とも例として挙げているものには、市川(1957)、市川 (1978)、田中(1984)がある。一方、「ただし」のみしか挙げていない分類には、永 野(1972)、永野(1986)、盛岡(1978)がある。以下、順に見ていきたい。
まず、市川(1957:293・298)は、文連接における意味上の連関形式に関して接続 詞の接続の職能を言及している。そこでは、接続詞が大きく5種(「承接」「再叙」「転 換」「補足」「前置き」)に分けられている。一ここでは、項目のみを図1に示しておく。
この分類において、「ただし」と「ただ」は、「承接」の下位項目「限定」の例に挙
A承接‑al帰結,a2きっかけ,a3事態や作用からの結果,
a4添加,a5選汎a6対比,al準星̲,a8保留,a9応答
B再叙「‑ヰ1換言,b2詳述,b3要約,b4反復C転換
D補足一週,血例示(証明)
E前置き‑el提示,e2例示園1市川(1957)の分類枠(文の連接における意味上の関連形式) 下熟ま「ただし」「ただ」が用例に挙げられている範疇
げられている。ここでの「承接」とは、後件が前件に直接由来もしくは連関する関係 とされる。また「限定」とは、前件に対して後件を限定的に述べる関係とされている。
加えて「ただし」と「ただ」は、「補足」の下位項目の「解説」にも挙げられている。
ここでの「補足」とは、後件が前件に依存し、それを明確にするための関係(なんら かの意味で、後件が前件を支える関係)とされる。「解説」は、前件について、原因・
理由・事態・条件・様態・属性などを解説する関係(挿入やいわゆる倒叙の形式をと る場合もある)とされている。
これが時を経て市川(1978:89・93)の「文の連接関係の基本類型」の解説になると、
「補足型」(前文の内容を補足する内容を後文に述べる型)の下位項目に「制約」が設 けられ、「ただし」と「ただ」が共に挙げられている。
また同書における市川(1978:65・66)では、前後の意味関係の上から、接続詞が3
類7種に分類されている。この7種とは「順接」「逆接」「添加」「対比」「転換」「同列」
「補足」であり、その下位項目は計21種に及ぶ。「主な例だけをあげる」と断られた
接続詞の例の中に「ただし」があり、「補足」(前の内容を補足する内容を導く)の下 位項目「制約」に挙げられている。しかし、「ただ」は挙げられていない。
①二つの事柄を論理的に結びつけて述べるのに用いる (ア)順接 (イ)逆接
②二つ(以上)の事柄を別々に述べるのに用いる (ウ)添加 (エ)対比 (オ)転換
③一つの事柄に関して拡充して述べるのに用いる (カ)同列
(キ)盈星̲
図2 市川(1978)の接続詞の分類枠 下線は「ただし」「ただ」が用例に挙げられている範疇
他方、田中(1984)は、接続表現を文や語句の結び付き方の面から3種に分けてい る(「対等の接続」「承前の接続」「転換の接続」)。「ただし」と「ただ」は、「承前の接 続」の例として挙げられ、「もっとも」や「なお」といっしょに「説明や条件を補足す
る意味で用いられるもので、文末に、必ずしも特定な言いおさめを求めない」と説明
されている(p.109・111)。次に、「ただし」のみを用例として挙げている分類研究をまとめて見ておきたい。
永野(1972:90・92)は接続詞を7種に分類し、「前の事がらに関する理由などの説
ー112‑
明を補うことを表すもの」という範疇の例に「ただし」を挙げる。
これが、永野(1986:90‑93)では、接続の上からの分類として、6種の分類になっ ている。こちらの分類でも「ただし」のみが「前の事がらに関する説明や細目を補う
ことを表すもの」の例に挙げられている。
また、盛岡(1978)は、接続詞と感動詞の違いの検討に際して、接続詞を3種(「先 行文の内容をとりこみ「従属節」の変わりに用いられる接続詞」「並立の接続詞」「補
足の接続詞」)に分けている。この3種目の例に「ただし」が挙げられている。これらの永野(1972)、永野(1986)、盛岡(1978)、および先の市川(1978:65‑66)
は、いずれも「ただし」は取り上げているものの、「ただ」に関する言及はなく、その扱いは定かではない。
上記の先行研究は、接続詞の分類に関するものであり、そこに挙げられている具体
的な接続詞は一例に過ぎない面もある。それを踏まえたとしても、「ただし」と「ただ」
は同義に扱われていたのか否か、非常に疑問が残る。
5.「ただし」と「ただ」の違いに関する先行研究
ここまで、「ただ」と「ただし」の成り立ちと発達を押さえた上で、辞典における扱 い、および接続詞の分類研究における扱いをみてきた。そこでは多くの場合、「ただ」
と「ただし」が、区別を曖昧なままに扱われてきた様子が窺えた。
ところで、「ただし」と「ただ」の違いについて調べてみると、先行研究は非常に数 少ない。以下、その中から、意味用法の違い、および話しことば/書きことばの違い
という2つの観点から、分析と問題点をまとめておく。
5.1「ただし」「ただ」の意味用法の違い
「ただし」と「ただ」の意味用法の違いの分析については、森田(1987)と糸井(2001)
がある。まず、長くなるが、森田(1987:266)の解説を引用しておく。
「ただ」と似ているが、「ただ」は前の文から予想する評価とは逆の評価をしなけれ ばならない点がごく僅かあることを後の文で補足する。「ただし」は、前の文で述べ
た事柄が百パーセント通用するのではなく、それの適応に条件空軋隈童迦える。
「手術をすれば完治するが、ただし専門医がいるかどうかは知りませんよ」
これを「ただ」に換えると、
「手術をすれば完治するが、ただ問題はこの村には専門医がいないということだ」
のように、プラス評価にマイナス評価を補足する例の方がぴったりする。このような
評虚空佳わな生さ「大学構内に入ることを禁ずる。ただし、教職員はこの限りではない」
は、̲工姐̲皇藍.う上杢白鳳⊆象る̲。<中略>
jきム聖堂む適性塑内室追厘ヱ五霞値を吐吐迦去星空ガ̲[姐̲なら、乾性四内容拉 富農鞄を余塵吐吐旦±る旦ぜ̲工むむ∠1̲であると言えよう。(破線は筆者) また『日本語文法大辞典』(2001:439(糸井通浩))では、「ただ」の補説の中で、
「ただし」と「ただ」の違いが次のように解説されている。
接続詞「ただし」は、前文内容が、存在する又は認められる上での条生空御旗を鹿 足±皇ときに用いられる点で、接続詞「ただ」と異なる。「皇匙書き」「左左上、十
八歳未満の方はご遠慮ください」「午前九時から午後五時までは歩行者天国となります。主星と、月曜日は除きます」後者の場合は、接続詞「ただ」を用いることも可能
である。(破線は筆者)森田(1987:266)と『日本語文法大辞典』(2001:439)は共に、「ただし」が条件 や制限を加える/補足するという点において「ただj
とは異なる、ということで一致している。
しかしながら、ここで冒頭の例(1)〜(3)に戻ってみれば、「ただ」の後件に述べられ
ている内容は、(1)は「条件」、(2)は「制限」、(3)は「例外」を示すものと考えられる。
同様の反例は、簡単に見つけることができる。
(4)出かけてもいい。皇室、昼までには帰るように。
『大辞泉』(1995:1641)
(5)理想的な学校だが、皇室入学試験が少々むずかしい。森田(1987:265)
(6)あの店の料理はどれも皆おいしいという評判です。豊玉、魚料理だけは多少問題ありですかね。
『日本語文法大辞典』(2001:439)
それぞれ「ただ」の後件に述べられている内容は、(4)が「条件」、(5)が「制限」、(6) は「例外」を示すものと考えられる。
すなわち、条件や制限を加える/補足するという機能は、「ただし」に限られるもの ではなく、「ただ」を用いても同様に可能と言える。このことは、すでに辞典の語義解 説の検討において見たように、「先行する事柄に対して、条件や例外を補足する」とい
う「ただし」の機能が、「ただ」のそれと重なっていたことからも、当然の成り行きと も言えよう。また、このような「条件」が、森田(1987:266)の指摘する客観性の有
無とは無関係であることは、上記の例(1)と(4)から言えるであろう。
さらに、例(1)と(4)は、「評価を伴わない」場合に「ただ」を使うと不自然になる'と
いう森田(1987‥266)の指摘に対しても、その反例となっている。すなわち、評価の 有無という観点も「ただ」と「ただし」の区分基準にはならないと考えられる。
‑110‑
5.2 「ただし」「ただ」と話しことば/書きことば
グループ・ジャマシイ編著(1998:194・195)による『教師と学習者のための日本
語文型辞典』では、「ただ」の説明について、「前に述べたことを補ったり、そのほか の条件、例外などを述べるときに使う。話しことば。書きことばでは『ただし』を用
いる」と記されている。このような、「ただ」は話しことば、「ただし」は書きことばという区別は、次のよ うに田中(1984:110)でも指播されている。
「タダシ」は、法令文・公用文・論文などを特徴づける、きわめて固い文語的な言い 方であり、「但し書き」の称がある。普通の口語文や、日常の会話などには、用いられ ないが、演説・講演・訓辞などには、使われないこともない。それに対して「タダ」は、
話しことば的な言い方で、おもに、うちとけた会話に使われ、書きことばには、あまり 用いられない。
しかしながら、現代語における実際のデータを見てみると、上記の説明とは異なる 実態が浮かび上がってくる。ここで、現代語の「ただし」と「ただ」の使用頻度調査 からその実態を見てみたい。
次の図3は、10日間の朝日新聞における「ただし」と「ただ」の使用頻度を日ごと に示したものである8)。いずれの日も、「ただ」の方が「ただし」よりも多く使用され
ていることがわかる。合計では「ただし」は24件、「ただ」は136件になり、単純計算すれば「ただ」の使用頻度は、「ただし」の5倍強になる。
すなわち、書きことば9)であるにも拘わらず、現代の新聞記事においては、「ただし」
よりも「ただ」の方がはるかに頻用されている10)。
8)今回、検索に用いたのは、朝日新聞記事のデータベース(聞蔵DNAfbrLibraries)である。検索 対象紙は、東京発行の朝日新聞の朝刊および夕刊(いずれも本紙のみで地方版は除く)、調査期間 は20ロ5年2月1日(火)から同年2月10日(木)までの10日間、検索語は「ただし」およびrた だ」である。その検索の結果、検索語「ただし」では37件、検索語「ただ」では255件(「ただし」
37件を含む)がヒットした。ただし、この中には不適切な用例も含まれていたた吟(ex.「ただし
い」「ただした」「いただく」「いただければ」「ただでは」「あっただけ」など)、これらを1つずつ 確認して取り除いた。
9)今回の検索に際しては、記事の掲載面について制限を加えていない。その主なものは、総合、外 報、経済、オピニオン、スポーツ、くらし、家庭、′」、説、社会、文化、芸能、エンタテイメント、
教育、読書、科学医療、科学、歌壇俳壇、などである(詳しくは同データベースを参照のこと)。
なお、′J、説やインタビューにおける会話文の直接引用文には、話し言葉の特性が反映されることも 想定される。しかし数が少ないため今回は特に分けることはせず、他のものと同様に扱った。
10)参考までに、2004年8月1日(日)から8月10日(火)までについても同様の検索および不
適切語の取り除きを行った。その結果、「ただ」は110件、「ただし」は11件が得られた。すなわ ちこの期間においても、「ただ」の使用頻度は「ただし」よりもはるかに多くなっている。2月1日 2月2日 2月3日 2月4日 2月5日 2月6日 2月7日 2月8日 2月9日 2月10日
図3新聞記事における「ただ」とrただし」の使用頻度
朝日新開記事データベース(聞歳DNAfbrubra∫ies)2005年2月1日、2月10日より作成
したがって、田中(1984:110)およびグループ・ジャマシイ(1998:194・195)に 指摘されていたような、「ただ」は話しことば、「ただし」は書きことばという説明は、
現代の新聞記事を見る限り、不適当と言える11)。
なお、上に見たような新聞記事における「ただし」と「ただ」の使用傾向が、時代 を遡っても同様であったかどうかについては、別途検討が必要と考える。
ちなみに、明治初期の新聞用語については、国立国語研究所の調査がある(国立国 語研究所編1959)。京極・松井(1972:118)の集計によれば、同報告書にあがってい
る接続詞およびそれに準ずるものは83種類あり、そのうち50回以上使用されている ものが16種あったという。そこに含まれる接続詞の「タダシ(但)」は、使用度数が 104となっており、かなり高い頻度と言える。しかしながら、同調査報告書において「ただ」の項目を探してみると、副詞として挙げられている「タダ(唯)」しかない。す
なわち、接続詞の「ただ」は、接続詞の「タグシ(但)」に含められたのか、あるいは11)これとは別に、近年の新書や雑誌から「ただし」と「ただ」の用例を拾い出してみたところ、「た だし」が65例、「ただ」を48例集まった。したがって、新聞記事のように、「ただ」が「ただしJ
よりも使用頻度が高いとは、一概には言えないと考える。しかしながら、「ただ」が話しことば、
という指摘はできないものと考える。また、著者によっても、その使用にはかなり偏りが見られた (たとえば、「ただし」の代わりに「もっとも」を多用するなど)。その具体的な検討は、別の機会 に譲りたい。
‑108‑
副詞の「タダ(唯)」に含められたのか、不明である。したがって、この資料からは、明 治初期の「ただし」と「ただ」の使用実態を調べることは叶わなかった。
6.おわりに
以上、本稿では、先行研究における「ただ」「ただし」の位置づけを明らかにするた めに、①接続詞の「ただし」「ただ」の成り立ちと発達、②辞典における各々の語義、
③接続詞の分類研究における扱い、および④現代語の「ただし」「ただ」の違いに関す
る先行研究という4つの観点から、まとめと問題点の指摘を行った。これを要約すると、次の4点になる。
i)接続詞として甲「ただ」と「ただし」はいずれも、副詞「ただ」を元に生まれ
老語であや、舌代後欺から中世にかけて定着したものと考えられる。・′、
丘)辞典に指摘されている.「ただし」の意味をまとめると、次の4点になること。
a)先行する事柄に対して、条件や例外を補足する。
b)先行する事柄に対して、推量や疑問を加えつつ補足する。
c)先行する事柄に対して、並立あるいは対立する事柄をあげる。
d)先行する事柄に対して、話題を変えたり、1つの事を取り上げる。
他方、「ただ」の語義説折は簡略であり、その説明によれば、「ただし」の語義
′と重なるものは基本的に上記のa)のみであり、b)〜d)の機能については、どのよう
に想定されているのか疑問が残る。また、3つの辞典セは、「ただ」の語義の中に「ただし」が挙げられていた。
泣)接続詞の分類研究における「ただし」と「ただ」の扱いは、両者が同等な存在 として扱われたものなのか、あるいは別の存在として扱われたものなのか、曖昧
なままにされてきた面が大きい。お)現代語の先行研究においては、「ただし」が条件や制限を加える/補足すると いう点において「ただJとは異なるという指摘がなされていた。しかし、「ただ」
にもその意味機能による用例が見られるために、「ただし」と「ただ」の区分基 準にはならない。また、新聞記事のデータベースの検索・集計から、現代の新
聞記事においては、「ただし」よりも「ただ」の方がはるかに頻用されていた。このことから、先行研究に指摘されていたような、「ただ」は話しことば、「ただ
し」は書きことばという説明は、不適当と言える。残念ながら、本稿では、「ただし」と「ただ」の違いの分析には及ばなかった。今後
の課題として、稿を改めたい。参考文献
青木伶子(1973)「<資料1>接続詞および接続詞的語嚢一覧」鈴木一彦・林巨樹編
『品詞別
日本文法講座6』明治書院,210‑253.
グループ・ジャマシイ編著(1998)『教師と学習者のための日本語文型辞典』くろしお
出版.市川孝(1957)「文章の構造」岩淵悦太郎他編『講座現代国語学第2巻ことばの体系』
筑摩書房.
市川孝(1987)『国語教育のための文章論概説』教育出版.
井手至(1973)「接続詞とは何か「研究史・学説史の展望‑」鈴木一彦・林巨樹編『品
詞別日本文法講座6』明治書院46‑88.
国立国語研究所編(1959)『国立国語研究所報告15明治初期の新聞の用語』国立国語
研究所.京極興一・松井栄一(1973)「接続詞の変遷」鈴木一彦・林巨樹編『品詞別日本文法
講座6』明治書院,89‑136.
永野賢(1972)『文章論詳説』朝倉書店.
永野賢(1986)『学校文法概説』(新訂版)英文社.
野田尚史・益岡隆志・佐久間まゆみ・田窪行則(2002)『複文と談話〔日本語の文法 4〕』岩波書店.
盛岡健二(1973)「文章展開と接続詞・感動詞」鈴木一彦・林巨樹編『品詞別日本文
法講座6』明治書院,7‑44.
田中章夫(1984)「4接続詞の諸問題‑その成立と機能‑」『研究資料日本文法第4 巻』明治書院,8ト123.
富田隆行(1997)『続・基礎表現50とその教え方』凡人牡 山口明穂・秋本守英編(2001)『日本語文法大辞典』明治書院.
[かしま めぐみ 本学教員]
APreliminaryConsiderationofJapaneseConjunctions由dbsbland由da:
ProblemsinPreviousStudies
KASHIMA,Megumi
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