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ついての考察 - 久 保 博 氏 の大 和 塗 工 程 も含 め て -

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(1)

弘前大学教育学部紀要 第37号 :46‑53(1977年2月) Bull.Fac.Educ.HirosakiUniv.37:46‑53(Feb.1977)

唐塗 の呼称 な らびに史的変化に ついての考察

久 保 博 氏 の大 和 塗 工 程 も含 め て ‑

佐 藤 武 司*

ひろさき

今 日,青森県の弘前市 とその周辺で生 産され, 「津軽塗」 と呼ばれてい る漆器類があ る

しぽ うる

この津軽塗の中に,多孔状の仕掛べ ら (貢 1)によって,絞漆が凸模様 に付 け られ,研磨 され て仕上 げ られ る塗技法があ る。

この技法 を 「麿塗技法」 といい,仕掛べ らによる絞漆の凸模様を基本 と し て塗膜面 に現 われ る模様 を 「唐模様」 といい,唐模様を主体 に して仕上 げ ら れた漆器類 を 「唐塗の塗物」 とか,単 に 「唐塗」 と呼んでいるO

弘前市 において唐塗 とい う呼称の歴史は古 く,古文書 (御国 日記)の正徳 1)

五乙未年 (1715年)正 月十七甲貫 目に, 「唐塗之御文箱‑・‑」 と書かれ, こ の頃か らのものであ る。

唐塗模様に塗 られた漆器類 を 「津軽塗」 とい う人が多 く, また唐塗模様に よる器物の生産が多いので,今 日では暦塗 を 「津軽塗」 と呼んでい る程であ る0

校漆 による暦模様を基本 に して塗 られた漆器 の塗模様の種類は多 く,その

あげぬ り

漆器の呼び名の大部分は,唐塗 の上塗の色彩 による場合が多い。

しか し, これ ら上塗の色彩な どに基づいた呼称の中にあ って,上塗 の色彩

や ま と

な どに関連 を もたない呼称の暦塗技法 ・ 「大和塗」があ る。

大和塗は, 大正元年 (1912年)か ら昭和20 (1945年)頃まで,弘前市 の 久保歪氏な どに依 って塗 られ,久保博氏に受 け継がれた技法 であ る。

著者は,暦塗 に関 して,その呼称,技法 の史的変化に考察 を加 わえるなか で, この大和塗工程 とこれ に使われ る彩漆の粘度 に も触れてみた。

呼称についての考察 1 呼 称の意味

写真1 仕掛けべ ら, 良 さ28cn 久保謹氏使用

「暦塗」 とい う語 には, 「技法「模様「青森県の弘前市で塗 られた津

ぬ りもの

軽塗漆器」 とい う意味がある

す ぐるめ うるし すき うるし しぽ うる

今 日の唐塗技法 とは,素黒 目漆 (透漆) と卵白を混合 してつ くった絞漆 を,多孔状の仕掛べ らとい う特殊

いろ うる

な形のへ らで,器物へ凸状 に転写 し,その上 に無油の彩漆や透漆を塗 り重ね, また粉類 を蒔いた りして凹凸

かわ りぬ り

状 にな った塗膜 を,砥石や研磨紙 で研いで平滑 にす る 「変塗技法の‑技法」をいい, この技法の中で,仕掛

しかけ

べ らに依1て付けられたrrJL状の統漆の模様を 「仕掛」 と呼び, この模 様を基本 に して塗 られた 「漆器類」 を

*弘前大学教育学部技術科教室

(2)

官塗の呼称ならびこ史的変化につIJlての考察 47

か ら

「唐塗 の塗物」 と,]J,ゝ「唐塗」 とい う。

弘前 市とその辺 で塗 られ る漂器類 には変塗技法 による物が多 く,それ らの技法 の中で も,特 に この唐模 様を もつ漂若詩の生産が多い ことか ら,唐塗漆器 の ことを 「津軽塗」 と呼ぶ 人が多い。

2 呼 称の歴 史

唐塗 と1)、う語は,津 軽蒲 の御国 日記,正徳五乙未年 (1715年)正 月十 七甲貫 目に 「唐塗之御文箱一つ・・・」, 正徳六丙 申年 (1716年) 七月十一 戊辰 日に 「唐塗文台‑・」「唐塗御鼻紙 箱‑」「唐塗御硯箱‑」「唐塗御多

1) ぽ こ盆 ‑・」 と書か,fl,翌十二 己巳 口には 「利休 暦塗 四「唐塗‑」 と書かれ てい る.

3)

宝暦八 戊寅 年 (1758年)の津軽見聞記 には 「か ら塗」 と書 かれ,天 保四契巳年 (1833年)五 月の塗 物伝書 2)

と,弘化三両午年 (1846年) の塗物秘 伝書 には 「麿塗仕様」 と書かれ てい る。

年代の記録が無 く,何時頃書 かれた ものか確かでない漆合 方並 に塗 物家伝全 には 「か ら塗 の事「か ら塗 1)

研 キ出 しには‑」 と書 かれ てい る。 明治,大正そ して今 日も暦塗 と書 き 「か らぬ り」 と読 んでい る。

3 呼称発生 の背 景

前 述の よ うに,弘前市 において,暦塗 とい う語 は,1715年頃か ら今 日まで用い られ て きた語 であ る。

漆器 に初 めて唐塗 とい う呼称が付 け られた頃,塗師達は 「優れた技法」 とか 「めず らしい模様」 とい う意 味で この語 を用い, また漆器 の使用者達は 「上等 な漆器「めず らしい漆器」 とい う意味で用いていた もの と察せ られ るC

その理 由は,鎌倉時代 に禅宗 とともに新 しく渡来 した中国の遣形晶を唐物 と呼び,禅院生活 の必需品 とし て用 い,武家生活 にもと り入れ, 日本 の絵画や工芸 にも大 きな影響 を及 ぼ してお り,漢画や中国風 の器具 の

4)

製作 を促 していた とい う時代背景があ るか らであ る。

また別 の理 由は,池 田源太郎が1697年 か ら1704年 まで,江 戸の青海方で修業 中に,唐物 と呼ばれ ていた漆

か ら 5)

器類 を見 る機会 もあ り,更 に麿の転意 として, 「めず らしい「上等」 な どとい う意味があ ることか ら考 え ると, 当時 の津軽藩で塗 られ ていた黒塗や朱塗 の漆器類 と比較 して,変塗技法 による漆器 はめず らしく, デ ザイ ンも斬新 で上等 であ り,彩漆 の重ね塗 が唐 物 と呼ばれ る漆器 と似 てい るよ うに見 え,唐物 と呼ぶに相 応

しい ことか ら, この呼称 を生 んだ もの と推察 で きる。

4 他 の用語 との関連

「籾殻 や卵殻 を用い,韓 の国か ら伝来 した技法 であ ること か ら,殻塗 とか韓塗 とも書かれた」 と言われ てい るが,籾殻 を用いた虫喰塗,卵殻 を用 いた卵殻塗は,唐塗 と明確 に区別 で きる技法 であ り, これ らの字は,む しろ当て字 によるもの と解 したい。

5 上塗 の色彩 と呼称あげぬり

ろあ

上塗 の色彩 によって,唐塗 された漆器 を 「呂上 げの唐塗」

「あお上 げの麿塗「黒上 げの唐塗」 と呼 んだ りしてい る。

塗師達は単 に 「呂上 げ「あお上 げ「黒上 げ」 と呼ぶの が普通 であ る。

この よ うに,上塗 の色彩 によって呼ばれ る唐塗漆器 に どの よ うな呼称 が付 け られ てい るのか,最 も簡単 な分類 を してみ ると表1の よ うにな る。

弘前市 とそ の周 辺で塗 られ る麿塗漆器 は,表1にあ る呂上 げ類 が最 も多 く,彩漆当釦ま少 ない。

1 上塗 の色彩 と唐塗呼称 上 塗 の 色 彩 l 唐 塗 の 呼 称

l 黒

l 紅 柄 上 げ 5 l だ い だ い l 盗 読 上 げ

61

l 朱

栗 皮 上 81 くさ (み ど り)l あ お 上 げ

9 1

l

101 色粉(栄 )上 げ

l

(3)

48 :['J

史的変化 についての考察

1 津軽蒲 における唐塗漆器誕生 の背 景

現在,弘前市 とその周辺で塗 られ 「津軽塗」 と呼 ばれ てい る漆器類 の変塗技法 は,塗師池田源兵衛の子源 太郎 に依 って始 め られ,若狭塗, 青海波塗,蒔絵法 な どの技法 と関係 が深い。

福井 県 に若狭塗 と呼ばれ る漆器頴があ るo これ らの漆器の髭漆法 は,慶長年間 (1596‑1615年) に,漆工 松浦三 十郎が菊塵塗 と称 し,西脇紋石門が磯辺塗 と称 した創作技法 であ り, この他 にも 万 清 年 間 (1658 1661年) に金銀箔 や卵殻 な どを値鞘す る技法 を発 明 し,藩主が若狭塗 と命名 した技法 であ る。

おはま

弘前市へ変塗技法が伝播 して きた経緯 は,寛文10年 (1670年),小浜か ら弘前 (津軽蒲)へ来た池 田源兵 衛が,小浜 において, これ ら若狭塗の漆器類 を見,若狭塗の髭漆法 を体得 していたので,津軽蒲 の塗師 とし て召抱 え られ るとい うかた ちで移入 され た, と考え ることがで きる。

この源兵 衛が,1686年,江 戸で病死 した時,息子 の源太郎は12才であ り, この年令 に達 した当時の子 ども が,親 の仕事 内容 を全 く知 らない とい うことは考 え られず, また親 として源兵 衛が, 自分の子 どもを塗師 に

したい と転 っていた とすれば,塗技法 に関 しての教育 もしていた もの と察す ることがで きる。

若狭塗 についてのあ る種の技法 は,す でに源太郎‑伝授 され ていたのに加 え,源太郎は江戸の青海方 で, 漆液 の粘度 を変 え る ことによる青海波塗や蒔絵法 を修得 し,多 くの変塗技法 による漆器類 を見学 した後津軽 蒲へ帰 り,創作活動 を行 な ってい るので,源太郎に よる変塗模様の漆器は偶然的発見 による発 明品 とはいい 難 い。

「定盤 を研 いでい る時 に,定盤 に現 われた雲状色彩か らヒン トを得 た」 とい う話は,今 日の唐塗模様の漆 器 と,そ の よ うな彩漆 を付着 させた定盤 を見 る限 りにおいて説得力を もつ ものであ るが,前述の よ うな変塗 技法 の移入 の経緯や親子間の塗技法伝授 の形態 を考慮 した場合 には疑 問であ る。

また,漆液や用具類 の管理 の厳 しさか らは,彩漆が数nmも厚 く, しか も堆朱 のよ うに彩漆の層が美的 に見 える定盤類 は出来難 い ことや,塗師 の習慣 として,注文品の漆器は注文数 よ り多 く製作 し,試 作 してみ るこ とが あ ることか ら考 え ると, 「定盤 を研 いで‑‑‑ヒン トを得 た」 とい う話は極 めて不 自然 であ る。

寧 ろ,不満 に思 えた作品 には再 度塗 り重ね,製作依 頼がな くても創作活動 を行 ない, この よ うな作品の中 か ら新 しい模様 の手がか りを得 ,研賛努力 した結果,優れた変塗漆器が作 られ,それ らの一つに唐塗技法 が あ った と考 え るべ きであろ う。

源太郎が唐塗 を発表す る以前,青海勘 七 (1688‑1704年)が塗 った千鳥蒔絵青海波塗硯箱 (242×180×44 m ・青森県立郷土館蔵) の内部 に,へ ら目付 け ・研 ぎ出 し唐塗風 の塗技法 に依 る模様 を見ることがで きる。

そ して この模様 と技法が後 の唐塗 の発 明 と関連 深い ことが, この硯箱 についての藤 田清正 氏の技法 の分析的 観察記録 によって明 らかにで きる。

藤 田氏は次の よ うに述べ てい る。

黒漆 を仕掛 し, 自由 に移動 させたへ らで,‑ ら目を付 けて乾燥 させ る。

( 灰色彩漆で再 度仕掛 をす る。乾燥 させ るC

黄 白色彩漆で細かい彩色 をす るO乾燥 させ る。

暗 い灰色彩漆 を全面 に塗 り,研 ぎ出 し, 呂色仕上げす る。

この よ うに唐塗技法 と極 めて似 た師匠 の技法 を習得 して津軽‑帰 った源太郎が,1704年頃か ら創作活動 を 行 ない,他地方 に無い模様 であ ることを確かめ,技法が安定 した時点 で 「唐塗」 と命名 し,1715年頃 に発表

した とすれば, この技法 の発 明は1704‑1714年 と考 え ることがで きる。

2 唐塗技法 の史的変化

(1)唐模様 の基本 の作 り方

創作 された1714年頃か ら今 日までの,唐塗技法 の中の仕掛模様 の作 り方は,次 の よ うに2つに分け られ る。

絞漆 を器物全体 に塗 り, この塗膜が乾燥 しない うちに凹凸をつ け る。

(4)

膚塗の呼称ならび∴史的変化二二ついての考察 19

漆 を器物 に付 け J乙O

先 ず,① の技法 が 主体 を しめ てお り, 次 に① 土② の技法が混在 し,今 日では② の技法 が主体 を しめてい る。

(2) 唐模様 の基本 を作 る用具 の種類

唐模様 の基本 を作 る円 具 と して,次 の よ うな ものをあげ る ことがで きる。 用具 の大 きさを問題 にす るとそ の数 は更 に多 くな る。

① 仕掛べ ら (多孔状 の もの) ②漆べ ら ⑨漆べ らの先端 に凹凸を付 けた もの ④紙 を タンポ状 に丸 くし こより た もの ⑤紙 を円筒状 に巻 いて,先 端 を細長 に切 り折 り返 え して小 鳥 の脚 の よ うな形 に した もの ⑥紙経

ひち 士

⑦稲 わ ら ⑧棒 ⑨ 糸瓜 ⑯刷毛 ⑪筆 ⑫ 織 り目の粗 さの異 な る布 で作 った タンポ (3)用具 の動か し方

唐模様 を作 るた めの問具 の動 か し方 には次 の よ うな運動 をあげ る ことがで きるO 運動 範 囲や強 さ も様 々で, 模様誕生 の多 様性 も ここに起 因 してい る。

① 叩 く ②直線運動 を させ る ⑧ 回転運動 を させ る ④ 円運動 を させ る ⑤ 自由 に動 かす 先 ず用具 を密着 させ,それ を上 に引 き上 げ る

以上 の よ うに,絞漆 をいつ付着 させ るか, どの よ うな用具 を使用 し, どの よ うにそれ らを動 か して付着 さ せ るのか とい う菅模様 を作 る要素 か ら

唐模様 を付 け る (参 絞立 てす る

1)

マ キ (渦巻)

ひね り模様

ね じ り模様

な どの用語 が生 じ, 唐模様 を作 る基本 的 な要素 だけみた として も, 多彩 な技 が駁 使 され ていた ことを窺 う ことがで きるO

あげ

これ らの要素へ,上塗 の彩漆 の要素 が加 わ り,唐塗 はそ の数 を更 に増 し, この ことが,唐塗 の多 様性 とな り,個 人 の好 みや, そ の時代 の社会的要 求 に対応 で きる漆器 とな り,長 い歴 史 を歩

む要 因 とな った。

(4) 仕掛べ らについ て

唐模様 を作 る用具 は様 々あ り,それ らが どの よ うな史的変化 を したか明 らか にで きるのは仕 掛べ らの形 であ る。

漆べ らや波形 をつ くる (揃 目模様 も含め る)へ ら類 が発 展 して,写貢 2の よ うに

‑ らの先端 に大 き目の凹凸が付 け られ, これ が昭和初年 頃 まで怪 聞 され た。

‑ らや薄い小板 に焼火箸 で多 くの孔 をあけ,写貢 1の よ うな‑ らを作 り,仕掛べ らと称 した。模様 のか ら く りとい う意味 で名付 けた呼称 と思 われ る。 大 正 9 年 に

6)

「仕掛」 と記 され てい る。

不定形 の仕掛べ らも昭和35年 頃か ら,左 右対 称 の形 が 多 くな り今 日に至 ってい る。

(5)唐塗模様 の作 り方

天保 四突 巳年 (1833年 ) の塗 物伝書 には 「漆通た る紙 之古 キ ヲ丸 ク致 模様 に付 2)

也」 と書 かれ,弘化三丙午年 (1846年) の塗物秘伝 書 には 「漆 を通 スた る 紙 の古 2)

丸 く致 唐模様 を付 るな り」 と書 かれ てい る。

大正9 (1920年) には 「仕掛塗 り‑略 ‑大 同ノト異 の軌 貴様 の もの へ らにて付 6)

け る あ られ形 の鉄瓶 の如 く高 く付 け るものな り」 と書 かれ てい る。

以上 の資料 か ら,浦紙 か らへ らに変化 した とい うよ りも寧 ろ,様 々な用具 が集約

化 され,仕掛べ らに固定化 され た と考 え る ことが妥 当であ ろ う。 写 真2 昭和初 期頃 弘化三年 の唐 模様 は・唐草 模様 の よ うに動 きのあ る絞 漆 の付 け方 を したであ ろ う まで の仕掛 けべ ら ことが,古 作漆器類 か ら窺 うことがで きる。 長 さ27.5cn

(5)

50 佐 藤 武 司

現在の唐模様は写真 3 ・A, 3 ・Bの ようであ り, これは産業形態の変化,上程の規格化な どの諸要 求に よることが主原因 とな って固定化 した ものである,

1cHl 写真3.A 仕掛 けべ らによる菅模様 ・

部分拡大

1C 写真3.B 唐塗 ・部分拡大

3 唐塗技法

(1)弘化三年 (1846年) の唐塗技法

「生漆 目形拾文 目 水 にて合せ 十五 日程か らし 其上右 の漆 を 黒 メるな り 右 の漆 随分堅 く致 し 夫にても かた く無之院‑ 1 少 し加減を見て 唐土 を加‑ 思ふ道具 に塗 其上漆を通 スた る 紙 の古 を

丸 く致 唐模様を付 るな り 其上 一夜か らし 摺 り漆 を致 し 青漆黄成 とも塗 り 一夜かわか し ほん 2)

の木炭にて研 キ 三 日程かわか し 鹿 ク石香 にて 指 の腹へ付程 磨也 油 も付 磨 く」

生漆へ水を加 えた り,唐土 (塩基性炭酸鉛)を混入す ることによって絞漆の粘土調整 を してい る。

水分を加 える意義は,生漆 の粘度測定値か らも知 ることがで きるC 岩手県二戸郡浄法寺町小文米蔵氏の採取 した生漆の粘度値を表2とした。

2

l 粘度 (×102cP) 加熱減量 (%) l 採 取 時 期

2か ら,含有水分が多い とされてい る初辺,末辺 と,含有水分が少ない とされてい る盛物の掠液 の粘度 を比較 してみ ると,水 分が多い と粘度 も大 きくな り,粘度 の大 きい絞漆 をつ くるために,生漆へ水 を混合 し ていた当時 の粘度調整法 を窺い知 ることがで きたC

粘度調整を終 えた漆を器物に塗 り, この塗膜面 に,紙 をタンポ状 に丸 くした用具 で凹凸を生 じさせ てい る。

これが現在の仕掛 に相 当 し,当時は この凹凸を唐模様 と呼んでいた。

漆で固め,彩漆 を塗 り,研磨の工程を経 て作業が完了 してい る。

(6)

庖塗の呼称ならびに史的変化についての考察 51

この塗技法が行なわれていた頃か ら100年以上経た今 日, この唐塗技法が どのように変化 したのか, また

や まと

変化せず に残 った工程は どれかを確かめるために,唐塗技法 の一つである大和塗工程 について調べてみたO (2)大和塗 の工程

あげ

唐塗技法で塗 られ る漆器の大部分は上塗の色彩で呼ばれ る。 しか し,上塗 の色彩 に関連 をもたない呼称の 大和塗が,大正元年 (1912年)か ら昭和20 (1945年)頃まで久保謹氏な どに依 って塗 られ ていたO

唐塗技法の中で色粉を蒔 くこの技法は,なな こ塗 の中で色粉を蒔 く錆塗 と同 じような位置関係 にあるとい

}こ)O

未塗 された この漆器は個性的で,大正時代を忍ぶ ことがで きると同時 に,不景気な時代を背景 として,販 路拡大の試 み として塗 られた とも考 え られ る。次 に久保博氏の大和塗工程を書 くD

素地調整 (木材,木質材料),布着せ,下地,下塗, 中塗 された後,次のような工程によって塗 られ る。

仕掛 ‑他 の唐塗 に用い られ る仕掛べ らよ り,少 し大 き目の孔 をあけた仕掛べ らを使用 し,絞漆 に依 っ て厚 目の模様 を付 けるo

絞漆の厚 さは0.07‑0.20nmあ り,平均値が0.15nl7Rであ る.

絞漆は,素黒 目漆1kgと油煙0.32kgを混ぜ, これ に型置漆 (商品名)1kgを混ぜ,更 に卵 白を0.37kg混ぜ る。

乾燥 ・‑温度18oC‑20oC,湿度80%の漆風 呂へ4日間入れ,乾燥 させ る。

石黄塗掛‑次のような割合で混合 された彩漆 を,漆刷毛で薄 く全面 に塗 る。

素黒 目漆 1毎 と石黄1.3毎 を混ぜ る。

乾燥‑漆風 呂へ1日入れ る。

朱塗掛塗‑次のよ うな割合 で混合 された朱漆を漆刷毛 で全面 に塗 る。

素黒 目漆1kg, カ ドミウム朱 (310♯)0.53kg,本朱0.27kg. この朱漆の粘度 は36.60×102cPである。

(参 乾燥.・儒 風呂へ1日入れ る。

呂塗‑・素黒 目漆を漆刷毛で全面 に,厚 目に塗 る。

みつ ほ が せい しつ

三乗描 き‑青漆 (み ど り色 の彩漆)を,穂が硬い刷毛 に付 け,刷毛 を直立 させ,一端を支点 として回 転運動 させ,刷毛 目模様 のある円形 を描 くO このような円形を三伯接近 させ,三葉のよ うな感 じの模様 にす

る。

青漆をつ くるには,素黒 目漆 1毎 に対 して,金 こん じょう0.05毎,石董0.1毎を一応の基準混合量 として, 好みの色になるよ うに混ぜ る。

粘度を75.5×102cPくらいに してお く。

(軒 乾燥・漆風 呂へ二 日間入れ る.

ふ ん まき

粉蒔・.工程⑤ で用いた朱漆 を漆刷毛 で,全面に,普通の厚 さに塗 り,直 ちにこの上 に錫粉10:未 0.5 に混ぜた粉 を蒔 く。

乾燥‑・漆風 呂へ1‑ 2日入れ るQ

と妃)ぬ り

留塗‑工程⑤ で開いた朱漆を溶剤で希釈 し,漆刷毛 で出来 るだけ薄 く,色む らが生 じないように注意 しなが ら塗 り込む。

乾燥‑涼風 呂へ1日入れ る。

おお しみず

荒研 ぎ‑大清水砥 で水研 ぎす るが,耐水研磨紙240て水研 ぎす る場合 もある.

乾燥・‑漆風 呂へ1日入れ る。

押 し研 ぎ‑荒研 ぎに使用 した大清水砥 よ り,粒度 の小 さい大清水砥で水研 ぎす るが, 耐水研磨紙320

‡で水研 ぎす る場合 もある。

こぎ塗‑工程⑤ で用いた朱漆を,へ らで扱 き塗 りす る。

乾燥漆風 呂へ 1日入れ る。

仕上 げ研 ぎ‑守甲し研 ぎに使用 した大清水砥 よ り,更 に粒度の小 さい大清水焼 で水研 ぎす るO耐7k研磨

以上 で大和塗特有 の色彩 と模様が現われ る。決か らの工程は,鏡面仕上 げの津軽塗 に共通 した,呂色仕上

(7)

52 佐 藤 武

げ と呼ばれ てい る艶 付 け工程が行 なわれ て完成 す る

秘伝書 に書 かれ てい る唐塗, 唐塗 技法 の一種 であ る大和塗 ,市 販 され てい る唐塗漆 器な どを比較 してみ る と,次 の諸点 で共通 してい る

(∋ 塗膜 面 に絞 漆 凸面 が つ くられ る。

この凸面 が,動 物,植 物, 自然 の風 景 や心霊的 な ものの描写 とい う具 象的 な模様 でない。

(参 彩 漆 が塗 られ た り,塗 り重ね られ た りす る場合, 彩漆 を斑点 状 に点在 させ る。

そ の他 の変塗 工 程 や変塗 技法 な どは, 唐塗 に限 らず,漆法 と して共通 してい る ものであ るO

層塗 は,弘 前市 とそ の周辺 で塗 られ る漆 器類 の中で,最 も生 産数 の多い漆器 であ る。

そ のた め,弘前市 とその周 辺 で塗 られ る漆器 を総 称 して 「津 軽塗 」 と呼 んでLィ、るに もかか わ らず,唐塗 を 津 軽塗 と呼 ぶ人が 多 い。

暦塗 とい う語 は,1715年 頃 か ら古文書 に書 かれ ,今 日までそ の呼 称が続 い てい るC

唐塗技法 は池 田源 太郎 に依 って,1704‑1714年頃 に創案 され,1715年頃 か ら安 定 した技法 とな った。

麿塗 の基本 とな る仕 掛模様 は,絞 漆 を様 々な用具 で,い ろい ろな動 きに よ ってつ くるので, そ のパ ター ン の数 は極 め て多 く, これ に塗 られ る彩 漆 の種類 も多 い ので,唐塗 と呼 ばれ る模 様 の漆器 は,個 人 の好 み や社 会 の要求 に対 応 で きる技術 内容 を もつ こ とにな り, この ことに よ って260年 の歴 史 を歩 む ことが で きた と言 え る。

創作 当時 の唐塗 は,現在 と同様 に, 様 々あ る変 塗 技法 の 中の一一つ の技法 で しか なか った。

当時 , 黒塗 や朱 塗 の漆器 が多 か った南 部蒲 や津 軽港 内, また変塗 漆器 が塗 られ てい た他地 方 に も見 られ な い 「めず ら しい「上 等」 な漆器 であ った こ とか ら, 「麿塗」 と呼ばれ るよ うにな った。

唐塗技法 の誕生 に,若狭塗 の技法 ,青海波塗 , 蒔絵法 が 深 く関係 してい る こ とは,源 太 郎 の父 が 若狭 の塗 師 であ った こ と, 青海勘 七 が塗 った千鳥 蒔絵 青海波 硯

箱 の内部 の塗 技法 , 青海源兵 衛 が塗 った漆器類 な どか ら窺 うことが で きる。

唐塗 は,絞漆 で凸面が 自由 に構成 され, 彩漆 が艶 点 状 に点在 させ られ た模様 の漆 器 で, 人 の好 み,社 会 の 変 化 に対 応 で きる要 素 を内在 してい る。

この こ とは,写 真4か ら窺 うことが で きる。動 きの あ る絞 漆 の模 様,彩 漆 の点 在 な ど今 日の暦塗 と比較 し て, 自由 さ と偶然的楽 しさを見 出す ことが で きる。

最 近, 仕掛 べ らの形 やそ の値 鞘 去 ・工 程, 色彩 な ど の固定化 ・画 一化が すす め られ ,地 方色が 濃 くな る反 面,唐 塗 の歴 史 を支え て きた 自由 さ と, これ を因 に し てい た対 応性 と発 展性 が失 なわれ よ うと し て い る 点 に, 間誼 が あ る こ とを指摘 した い。

本 研究 にあた り, 久保 博氏 か ら懇切 な御指 導 や御援 助 をいた だいた。 こ こて深 く感 謝 の意 を表 しますC

著 者 に髭 漆法 を御指 導下 さ り,資料 を提 供 してT さ った児 工業試 験場主任研究 員藤 田清正 氏,櫛 引元三 氏 や協 力 して下 さ‑1た本 学 文部技官 中畑 武 夫 氏,斎 藤 ,橋本芳 弘,相馬 恵美 子の各 氏 に, ニこ礼 申 し

上 げ る。 写 真4 唐塗 重箱、揃 引元三 氏 所蔵

(8)

唐塗の呼称ならびに史的変化についての考察 53

1)青森県教育委員会,青森県無形文化財調査報告書津軽塗,青森県教育委員会,昭和511月14 2)佐藤武司他,津軽塗秘伝書,弘前大学教育学部技術科教室,昭和5088日

3)弘前市経済部商工課,津軽塗産地診断報告書,弘前市,昭和461 4)水尾比呂志, 日本美術史,筑摩書房,昭和49815

5)渡辺ひろし, グラン ド現代百科事典5,学習研究社,昭和50年 71 6)弘前 図書館,津軽覚え書,弘前図書館後援会,昭和4925日 7)沢 口悟‑, 日本漆工の研究,美術出版社,昭和41710 8)中小企業庁,漆液の耐候性 に関する研究,中小企業庁,昭和4210

(昭和51年12月15日受理)

参照

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