はじめに
我が国では、企業の試験研究(研究開発)を税制面から支援する措置として特別償却制度と税額 控除制度が施されている。このなかで税額控除制度は、特別償却制度に比べて税負担の軽減効果が 大きく、かつ制度の拡張が行われている。しかし、我が国ではその重要性に反して、試験研究に対 する税額控除制度の評価及び有効性について分析が行われているとは言えない状況にある1。
本稿では我が国の試験研究に対する税額控除制度の意義について考察し、その重要性についての 検討を行う。さらに、近年の試験研究に対する税額控除制度の制度改正について市場はどう評価・
反応したか統計的手法であるイベント・スタディを用いて定量的に分析し、今後の試験研究に対す る税額控除制度について述べることとする。
本稿の構成は以下のとおりである。
1 では、試験研究 2 に対する優遇税制その中でも、試験研究に対する優遇税制の全体像について 概観し、近年、その重要性が高まっている税額控除制度の実態について概説し、その制度上の制約 や問題点を検討する。
2 では、試験研究に対する税額控除制度の有効性を検証した先行研究について概観する。試験研 究に対する税額控除制度に関する先行研究については、Hall and Reenen(2000)においても挙げ られるように、税価格弾力性についての検証、試験研究の支出額の変化についての検証等の研究手 法が用いられている。次に、本稿ではイベント・スタディを用いて分析を行っていくことになるた め、税制改正に関するイベント・スタディの先行研究についても概観する。
3 では、実際に近年の税制改正について統計的手法を用いた定量的な分析を行い、資本市場は試 験研究に対する税制改正にどのような反応を示すのか検証し、そこから得られるインプリケーショ ンについて述べる。
1 例えば、大西・永田(2010)は、2003年に導入された試験研究費の総額に係る税額控除制度が、企業の研究 開発支出の増加に寄与しているか否かの検証を行い、当該制度が企業の研究開発支出の増加に直接寄与してい ないとして、さらなる制度改善の必要性を示唆している。
2 試験研究に対する言葉については、一般的には研究開発(Research and Development)という用語が用いら れることも多いが、本稿で扱う試験研究に対する税額控除制度は税法上の特例であるため、「試験研究」という 用語を使用していくこととする。
試験研究への税額控除制度に対する資本市場の反応
加藤 惠吉・齊藤 孝平
【論 文】
最後に 4 では、本稿全体について総括するとともに、今後の課題について述べる。
1 試験研究に対する優遇税制
現在、我が国では試験研究に対する優遇税制として、特別償却制度と税額控除制度を設けてい る。特に税額控除制度は、制度の拡張が頻繁に行われかつ控除税額も拡大しており、政策的な観点 からも重要性が高まっている。また、海外においても税額控除を中心とした試験研究に対する優遇 税制は積極的に導入されており、その動向は注目すべきものとなっている。
1 では、試験研究に対する税制上の優遇措置である特別償却制度と税額控除制度の現状について 概観する。次に、近年、制度改正が行なわれ、重要性が高まっている試験研究に対する税額控除制 度の動向について述べる。
1 . 1 試験研究に対する特別償却制度と税額控除制度
我が国における試験研究に対する優遇税制は、特別償却制度と税額控除制度の 2 種類に大別され る。特別償却制度は、通常の償却に加えて、対象となる資産の取得価額又は通常の償却額の一定割 合相当額を特別に償却することができる制度である。一方、税額控除制度は、対象となる資産又は 費用に一定の割合を乗じて算定された金額を当該事業年度に納付すべき法人税額から控除すること ができる制度である。特に税額控除制度は、長期間にわたって実施される企業の試験研究活動を支 援する措置として有効であると考えられる。
我が国において、試験研究に対する税額控除制度が施行されて久しいが、その間、制度改正が行 われてきている。近年では、経済のグローバル化や海外企業との企業間競争が激化したため、我が 国企業の国際競争力の強化にも適うため制度の拡張が行われており、政策的な重要性も高まってい る。税制面では、研究開発投資や設備投資、IT 投資等の促進を図る措置が講じられ、特に試験研 究に対する税額控除制度は、重点分野として2003年度税制改正において抜本的な改革が行われて以 降も拡張を続けている(図表 1 ‒ 1 )。
図表 1 ‒ 1 近年の試験研究に対する税額控除制度の改正
年度 改正内容
2003年
試験研究費の総額に係る税額控除制度の創設
大学・公的研究機関等との共同研究・委託研究に係る税額控除制度の創設 中小企業技術基盤強化税制の強化・拡充
税額控除限度超過額の繰越控除制度( 1 年)の創設
試験研究費の増加額に係る税額控除制度の適用期限延長( 3 年間)
試験研究費及び特別試験研究費の範囲の見直し
2004年 試験研究費の増加額に係る税額控除制度について、対象となる試験研究費の範囲から中小企業 経営革新支援法に係る措置(沖縄振興特別措置法に係る部分を除く。)を除外
2005年
試験研究費の増加額に係る税額控除制度について、対象となる試験研究費の範囲から食品の製 造過程の管理の高度化に関する臨時措置法に係る負担金及び沖縄振興特別臨時措置法に係る負 担金を除外
2006年
試験研究費の総額に係る税額控除制度について、税額控除率に 5 % の上乗せ措置 中小企業技術基盤強化税制について、税額控除率に 5 % の上乗せ措置
試験研究費の増加額に係る税額控除制度の廃止
特別共同試験研究費の範囲に希少疾病用医薬品及び希少疾病用医療機器に関する試験研究費を 追加
2008年 試験研究費の増加額等に係る税額控除制度の改組(増加型と高水準型の選択適用制度の創設)
2009年 特別試験研究費の範囲に改正後産業技術力強化法に規定する試験研究独立行政法人と共同して 行う試験研究に係る費用及び同法人に委託する試験研究に係る費用を追加
2010年 試験研究費の増加額などに係る税額控除制度の適用期限延長( 2 年間)
2011年 試験研究を行った場合の法人税額の特別控除に係る特例の廃止
出所:財務省 HP 2003年〜2011年度の「税制改正の大綱」に基づき作成
図表 1 ‒ 1 のように、2003年以降でも試験研究に対する税額控除制度に関する項目が改正されて おり、その重要性は増していると言える。特に2003年、2006年、2008年の改正は制度の見直しや新 制度の創設等が行われた重要な改正である。以下述べていく。
2003年度税制改正は、試験研究に対する税額控除制度の抜本的改革が行われた重要な改正であ る。税制調査会(2002)は「平成15年度の税制改革に関する答申」3 において、「厳しい経済状況の下、
研究開発の分野でも合理化や効率化が進められる中で、研究開発支出が『増加』した場合に税額控 除を行う現行制度が有効に機能しなくなっている面がある。このため、研究開発支出の『総額』の 一定割合を税額控除する制度を導入する。その際、研究開発支出を増加させるインセンティブを高 める観点から基本的に売上高に占める研究開発支出の比率が高いほど、税額控除率を高く設定す る。また、研究開発は21世紀の我が国を支える産業・技術の創出につながることから、制度の基幹 的部分は期限を区切らない措置とする。」以上のように本改正は、試験研究に対する税額控除制度 の恒久化と全事業者向けに総額ベースの制度が創設された。これは、時限措置であった試験研究に 対する税額控除制度の恒久化と全事業者向けに総額ベースの制度が創設されたことにより、企業は 長期的な試験研究活動に関する意思決定においても優遇措置を考慮することができるようなった。
2006年度税制改正においては、試験研究費の総額に係る税額控除制度と試験研究費の増加額に係 る税額控除制度の統合が行われた。2003年度税制改正以降利用の減少していた試験研究費の増加額 に係る税額控除制度を上乗せ分として、試験研究費の総額に係る税額控除制度と統合することによ り、実質的に両制度の併用が認められることとなった。
3 政府税制調査会 HP「平成15年度の税制改革に関する答申」2002年 7 頁
さらに2008年度税制改正においては、試験研究費の増加額等に係る税額控除制度の改組が行われ た。これにより、従来の試験研究費が比較試験研究を超え、かつ、基準試験研究費を超える場合と 試験研究費が平均売上金額の10% 相当額を超える場合のいずれかを選択適用できる制度が創設され た。また、当該制度は、試験研究費の総額に係る税額控除制度とは別枠として創設されたため、併 用が可能であり、控除税額の上限はさらに引き上げられることとなった。
経済産業省は「2012年度税制改正に関する経済産業省要望」の中で、試験研究に対する税額控除 制度の拡充を盛り込んでいる。現在、時限措置とされている試験研究費の増加額等に係る税額控除 制度の恒久化することがその中心である。経団連(日本経済団体連合会)も「2012年度税制改正に 関する提言」の中で当該制度について、少なくとも延長する必要があるとしている。また、経団連 は試験研究に対する税額控除制度の本則化、控除税額の上限引上げ(現行の20% から30%)、繰越 税額控除限度超過額の繰越期間の拡大(現行の 1 年間から 3 年間)等についても言及している。
以上のように、近年、我が国の試験研究に対する税額控除制度は拡張を続けており、現行制度を 最大限に活用すれば、企業は当該事業年度に納付すべき法人税額の40% 相当額を控除できるまでに なっている。しかし、主要先進国においても国際競争力の強化のために研究開発に対する優遇措置 は拡張される傾向にあり、控除税額の上限が設けられていない国も存在する。こうした中で、我が 国の産業経済が持続的な発展を遂げていくためには、試験研究に対する税額控除制度のさらなる拡 張を行うとともに、より多くの企業が活用できる制度の構築に向けた議論を行っていく必要があ る。
1 . 2 試験研究に対する税額控除制度の状況
近年、我が国の試験研究に対する税額控除制度は制度面での拡張を続けている。そのため、控除 税額等がどのように推移しているか、といった試験研究に対する税額控除制度の実態についても整 理しておく必要がある。
本稿では、国税庁が毎年実施している「会社標本調査(税務統計から見た法人企業の実態)」に 基づき、近年の試験研究に対する税額控除制度の実態について整理する。
まず、近年の我が国の試験研究に対する控除税額の推移については、2003年度税制改正により試 験研究に対する税額控除制度の抜本的な改革が行われたため、2003年以降の控除税額は増加傾向と なっている。2007年には6,269億円に達し、2003年から約 6 倍の増加となっている。試験研究費の 増加額に係る税額控除制度が中心であった2000年から2002年までの 3 年間の控除税額が700億円程 度で推移していることを考慮すれば、2003年以降の控除税額の拡大が驚異的であると言える。2008 年以降はリーマン・ショックの影響により、企業の試験研究が縮小したため、控除税額も減少傾向 となっている。各制度個別の控除税額の推移に注目すると、特に試験研究費の総額に係る控除税額 の拡大が著しく、2007年には6,102億円となった。
一方で、試験研究費の増加額等に係る控除税額は、2003年以降減少が続き、2005年には83億円に
まで減少しており、事実上制度利用によるメリットがなくなっていたと言える。その点で2006年度 税制改正による、試験研究費の総額に係る税額控除制度との統合には意義があったと言える。2008 年度税制改正により、再び制度の改組が行われたが、統合前の水準を上回っており、一定の効果は あったと言える。
次に、近年の我が国の試験研究に対する控除税額の資本金階級別の推移を示す。国税庁「会社標 本調査(税務統計から見た法人企業の実態)」によれば、資本金100億円以上の企業の控除税額が 2003年以降、すべての年度において最も大きな割合を占めており、特に2006年は資本金100億円以 上の企業の控除税額が3,739億円であり、全体の約64% を占めるまでになっている。また、連結法 人が控除税額全体に占める割合も資本金100億円以上の企業に次いで高く、2005年以降は約15〜
40% で推移している。
以上のように試験研究に対する税額控除制度は重要な政策の 1 つとなっていることがわかる。
次章以降では、上述したような制約を解消するために控除税額の上限緩和等が講じられた近年の 税制改正について統計的手法を用いた定量的な分析を行っていく。次節では、当該研究領域におけ る先行研究について概観する。
2 試験研究に対する税額控除制度の有効性に関する先行研究
試験研究に対する税額控除制度は、近年、我が国だけではなく海外主要国においても積極的に導 入されている。それに伴い試験研究に対する税額控除制度の有効性に関する研究も行われている。
そこで本章では、試験研究に対する税額控除制度の有効性に関する先行研究について概観する。
試験研究に対する税額控除制度の有効性を検証した先行研究としては Hall(1993)が挙げられる。
Hall は税価格弾力性4を用いて、1980年〜1991年までの、アメリカの製造業約1,000社を分析対象企 業とし、試験研究に対する税額控除制度の投資促進効果の検証を行っている。分析の結果、試験研 究支出に対する税価格弾力性が短期的には−1.21、長期的には−2.48となることを発見した。すな わち、試験研究に対する税額控除制度を通じて、法人税額が 1 % 低下したならば、試験研究支出は 短期的には1.21%、長期的には2.48% 増加することを意味しており、投資促進政策としては有効で あることを検証した。
また、我が国においても Koga(2003)が税価格弾力性を用い、試験研究に対する税額控除制度 の有効性を検証している。Koga は、1989年〜1998年までの、日本の製造業約904社を分析対象企業 とし、試験研究に対する税額控除制度の投資促進効果の検証を行っている。分析の結果、我が国の 製造業における試験研究支出に対する税価格弾力性が−0.68であることを検証した。加えて、分析
4 税価格弾力性とは、法人税額の変化率と試験研究支出の変化率の比率であり、 試験研究支出の変化率
法人税額の変化率 と定義される。
税価格弾力性が−1よりも小さければ、法人税額が 1 %低下した場合に試験研究支出が 1 % 以上増加することを 示していることになる。
対象企業を企業規模で分類し、分析した結果、大企業では試験研究支出に対する税価格弾力性が
−1.03となり、Hall と同程度の結果を得ている。この検証は、我が国の試験研究に対する税額控除 制度は大企業に対する投資促進政策としては有効であることを示唆している。
次に、Billings and Fried(1999)は、1994年の米国企業113社を分析し、試験研究に対する税額 控除制度の有効性を検証している。この研究においては、企業の試験研究への支出を売上高で除し た値を試験研究集約度としその決定要因を分析している。分析の結果、税額控除や有形固定資産比 率、そして負債比率といった要因が試験研究支出の決定要因となっていることを検証し、税額控除 制度の有効性を示唆している。
さらに、Billings et al.(2001)は、上記研究を発展させ、試験研究支出の決定要因として税額控除 が有効かどうかの検証を行っている。Billings et al. は、1992年〜1998年にわたって、サービス業を 除く企業231社を分析対象とし、それらの企業を税額控除が有効な企業とそうでない企業に分類し て分析を行っている。この研究では、試験研究支出を被説明変数とし、税額控除や負債比率等を説 明変数として重回帰分析を行っている。分析の結果、税額控除が有効な企業の方が、そうでない企 業に比べて試験研究支出を増加させており、試験研究に対する税額控除制度が投資促進政策として 有効であることを示唆している。
また、Gupta et al.(2004)では、税額控除制度の変更が試験研究支出に与える影響についての分 析を行っている。米国では1989年以前は、過去 3 年間の試験研究支出の移動平均を上回る場合に控 除を受けることができたが、1989年の制度改正により試験研究支出が売上高の一定割合を超える場 合に控除が受けられることへ改正された。Gupta et al. は、この制度改正が試験研究への支出に与 える影響について分析を行っている。分析では、1981年〜1994年にわたって、米国企業2,540社を 分析対象企業として、1989年の制度改正の影響を検証している。分析の結果、1989年の制度改正以 降、試験研究集約型企業では試験研究支出が約15.9% 増加していることを報告している。すなわち、
1989年の制度改正は投資促進政策として十分機能していた事を示唆している。
最後に菅谷・東出(2009)では、試験研究には直接関係はしないが、税制改正が市場に与えた影響 分析を行なっている。この研究では、税制改正大綱の公表日をイベント日とするイベント・スタディ を行なっている。分析では、日本版不動産投資信託(Japan-Real Estate Investment Trust)制度 に関連する税制改正が行われた2009年度税制改正に対して、資本市場がどのような反応を示すかに ついて、分析を行っている。菅谷・東出は、REIT の投資口価格(株価)の低迷が法人税の課税リ スクに起因するものであるならば、それが軽減される政策が公表された場合、投資口価格は本来の 価格へと上昇するであろうと考え、その上昇分を超過リターン AR (Abnormal Return)として算 定し、資本市場からの評価について分析を行っている。分析の結果、公表日(イベント日)の 1 日 前から 1 日後にかけての 3 日間における累積超過リターン CAR(Cumulative Abnormal Return)
が有意にポジティブな反応を示していることが検証された。さらに、これらの CAR についての要 因分析を行うことで、2009年度税制改正が課税リスクを削減するという点で効果があったと考えら
れるとしている。しかし、反応が見られない REIT が存在することや投資口価格の低迷が続いてい ることから、いまだ解消されていない問題が存在すると結論付けている。
以上のように、制度改正についての定量的な分析の蓄積はされてきていないのが現状である。そ こで、次章では、近年の試験研究の税額控除制度の改正について、統計的手法であるイベント・ス タディを用いた分析を行う。
3 税額控除制度改正に対する資本市場の反応
本節では税制改正大綱の公表というイベントについて、統計的手法であるイベント・スタディを 用いて分析する。すなわち、試験研究に対する税額控除制度の改正がその恩恵に資すると考えられ る企業をどう市場は評価するか検証を行う。日本では、試験研究に対する税額控除制度に関する実 証研究の蓄積が十分には行われてこなかった。
本章ではまず、実証分析の枠組みとしてイベント・スタディの手法について概説する。そして、
分析対象として取り上げた 3 つの税制改正大綱のケースについて分析を行い、その結果を示すとと もにそこから得られるインプリケーションについても述べる。
3 . 1 リサーチ・デザイン
イベント・スタディとは、経済上のイベントが企業価値にどのような影響を与えるかを分析する 手法である。具体的には、分析対象となるイベントが起らなかった場合に実現していたと考えられ るリターンを推定し、実際のリターンとの差額を求め、その有意性についての検定を行う統計的手 法である。イベント・スタディの手法は、一般に適用可能であるため、会計学にとどまらず、ファ イナンスや法と経済学等の各学問分野でも広く利用されてきた手法である。
3 . 1 . 1 イベント・スタディの分析モデル
イベント・スタディは、正常リターン NR(Normal Return)と実際のリターンとの差額を超過 リターン AR(Abormal Return)として算定することにより、イベントの企業価値に及ぼす影響を 分析する手法である。そのため、まずは NR を推計する必要がある。NR の推計モデルはいくつか 存在するが、代表的なモデルとしてマーケット・モデル(Market Model)が挙げられる。マーケッ ト・モデルは、各個別銘柄の期待リターンとマーケット・インデックスとの間に安定的な線形関係 があることを用いて、各個別銘柄のリターンをマーケット・インデックスに回帰させることでパラ メータを推計する方法である(MacKinlay(1997)及び Campbell, Lo, and MacKinlay(1997)(邦 訳)祝迫得夫、大橋和彦、中村信弘(2003)参照)5。
5 本稿では、MacKinlay(1997)及び Campbell, Lo, and MacKinlay(1997)(邦訳)祝迫得夫、大橋和彦、中村 信弘(2003)のマーケット・モデルの方法論に従い、分析を行っている
各個別銘柄の期待リターンがマーケット・インデックスによって推計されるとすれば、各個別銘 柄のリターンとマーケット・インデックスのリターン
R
m, tは次のような線形関係に従う。⒢㗵ប㒰ᐲᡷᱜߦኻߔࠆ⾗ᧄᏒ႐ߩᔕ
, , ,α
i,β
i:パラメータ、ε
i, t:誤差項また、マーケット・モデルの構成要素である
R
i, t及びR
m, tは、t
日における前取引日(t
−1
)に対 する変化率として、次のように算定する。 ,,
, , ,
,
, ,
P
i, t ,P
m, t:t
日における各個別銘柄株価及びマーケット・インデックス後述するように、本稿では分析対象企業が東京証券取引所 1 部上場企業を対象とするため、マー ケット・インデックス、TOPIX(東証株価指数)を用いる。
上記の回帰式におけるパラメータ
α
及びβ
は推計ウィンドウ6のデータを用いて最小二乗法 OLS(Ordinary Least Square Method)によって推定する。本稿では、 3 つのケースについて税制改正 大綱のアナウンスメント日の140営業日前から21営業日前までの120日間を推計ウィンドウとして 設定する。
そして、以下のように OLS によって推計されたパラメータの推計値
及びをイベント・ウィン ドウ7の各日に外挿することのよって NR を推計する。 , ,そして、AR は推計された NR と実際のリターンの差額として、次のように定義される。
, ,,
AR を算定することによって、イベントの企業価値に及ぼす影響を分析することが可能となるが、
イベントの影響は 1 日単位で表れるとは限らない。そのため、イベント・スタディでは数日間の累 積された AR の動きについても観測することが重要となる。イベント周辺の数日間の影響を分析す る た め に は、AR を イ ベ ン ト 日 周 辺 に お い て 累 積 さ せ た 累 積 超 過 リ タ ー ン CAR(Cumulative
6 パラメータの推計を行うための期間のことをいう。推計ウィンドウのデータにイベント・ウィンドウのデー タを含めると NR にもイベントの影響が反映されてしまうため、通常は推計ウィンドウとイベント・ウィンドウ が重ならないように期間設定を行う。
7 分析対象となるイベントに関連する企業の株価を分析する期間のことをいう。イベント・ウィンドウの設定 には明確な基準は存在しない。本稿では、税制改正大綱の内容が多岐にわたるため、イベント日から数日後に 影響が表れる可能性を考慮し、イベント日以降の期間を長くしている。
Abnormal Return)を次のように算定する。
本稿では、イベント・ウィンドウをイベント日の10営業日前から15営業日後までの26日間とし、
さらにイベント・ウィンドウを複数の期間に区切り CAR の算定を行う。
3 . 1 . 2 AR 及び CAR の検定
次に、算定された AR 及び CAR の有意性についての検定を行う。
本稿では、まず、
t
検定により AR 及び CAR が有意であるか否かの検定を行う。t
検定は AR が正 規分布に従うことを前提とするパラメトリックな検定である。そして、AR については、山崎・井 上(2005)において示される検定統計量θ
を用いた検定を行なう。さらに、検定においては、t
検 定に加えノンパラメトリックな検定であるZ
検定も行なう8。本稿では符号順位和検定であるウイル コクソン(Wilcoxson)検定を用いる。これらの検定を合わせて行なうことにより、検定結果についての信頼性を高める。
さて、MacKinlay(1997)によれば、AR はその性質上、イベントが企業価値に影響を及ぼさな いという帰無仮説(
H
0)の下で、平均 0 、分散 の正規分布に従うとしている。つまり、 ,~0,
となる。この性質を利用することでイベント・ウィンドウにおける AR 及び CAR の有意性につ いて検定を行う。
また、検定統計量
θ
を算定するためには、AR を標準化して標準超過リターン(Standardized AR:以下「SAR」とする。)を求める。 ,,
標準化に用いる
は推計ウィンドウにおける誤差項の標準偏差として次のように算定される。,
/ 2
ただし、L は推計ウィンドウの日数を表し、本稿では120となる。
8 正規分布を前提としないノンパラメトリックな検定については Corrad(1989)がイベントスタディにおけるそ の有効性を指摘している。MacKinlay(1997)p.32においても、パラメトリックな検定と併用することで信頼性が 高まることを指摘している。
そして、SAR を用いた検定統計量
θ
を次のように算定する。4 2
1
,
検定統計量
θ
は、平均 0 、分散 1 の標準正規分布に漸近的に従うため、この性質を利用して、イ ベント・ウィンドウの各日における AR の有意性についての検定を行う。ここで、本稿における帰無仮説は、
H
0:t
日においてイベントは企業価値に影響を及ぼしていない。
H
0:期間t
1からt
2においてイベントは企業価値に影響を及ぼしていない。となる。すなわち、もしイベントが企業価値に影響を及ぼしていないならば、
t
日の超過リター ン及び期間t
1からt
2の累積超過リターンの期待値は 0 となる。逆に、イベントが企業価値に影響 を及ぼしているならば、超過リターン及び累積超過リターンは有意に 0 から乖離することになる。また、本稿のように分析対象企業にとってのイベント日が同一となるイベント・スタディにおい てはクラスタリング(Clustering)の問題が生じることがあるが同一産業に偏っていないことなど を考慮し分析を行なっている9。
3 . 1.3 分析対象企業及びデータの選択
本稿では、試験研究に対する税額控除制度の改正のアナウンスメントというイベントの影響が最 も顕著に表れると考えられる企業として、東京証券取引所 1 部上場企業のうち以下の試験研究上位 100社(以下「R&D 企業」とする。)を分析対象とした10。
トヨタ自動車 パナソニック 本田技研工業 ソニー 日産自動車 日立製作所 東芝 キヤノン 武田薬品工業 日本電気 デンソー 富士通 アステラス製薬 エーザイ 富士フイルム HD シャープ 日本電信電話 三菱電機 三菱重工業 住友化学 NTT ドコモ リコー スズキ アイシン精機 ブリヂストン マツダ 田辺三菱製薬 住友電気工業 旭化成 三洋電機 ヤマハ発動機 オリンパス ニコン キリン HD パナソニック電工 いすゞ自動車
9 イベント・スタディにおけるクラスタリングの影響とは、イベントスタディ分析の際、同一産業のサンプル を設定する場合、分析対象企業の超過リターンの間に相関関係が存在するとき、超過リターンについての帰無 仮説が棄却されるバイアスを持つことがあるとしている。本稿ではクラスタリングの影響を否定し得ないもの の、特定の産業に集中せずに多種な産業にサンプルを取っているため影響は軽減されていると考え分析を行なっ ている。
10 R&D 企業は、(株)WDB 運営「研究 .net(企業 R&D データベース)」により検索し、かつ日次株価データが入 手できた企業を分析している。
東京エレクトロン TDK 塩野義製薬 大日本住友製薬 京セラ 日本たばこ産業 新日本製鐵 小松製作所 東レ 任天堂 旭硝子 花王 ダイハツ工業 村田製作所 三井化学 日野自動車 川崎重工業 オムロン ローム 東京電力 富士重工業 パイオニア 味の素 協和発酵キリン ブラザー工業 大日本印刷 信越化学工業 帝人 コナミ KDDI トヨタ紡織 横河電機 ダイキン工業 神戸製鋼所 大正製薬 アルプス電気 ジェイテクト 豊田自動織機 豊田合成 日立化成工業 クボタ 日本電産 凸版印刷 富士電機 HD 積水化学工業 住友金属工業 東芝テック 三菱自動車工業 ヤマハ カルソニックカンセイ 日東電工 昭和電工 関西電力 カプコン JSR アルパイン 住友ゴム工業 アドバンテスト テルモ 小糸製作所 古河電気工業 東海理化電機製作所 カネカ 三菱瓦斯化学
なお、分析対象企業の株価データ及び TOPIX データは、東洋経済新報社株価 CD‑ROM2010から 収集した。
3 . 2 試験研究に対する税額控除制度の改正に関するイベント・スタディ
前述したように、本稿では、税制改正大綱の公表日をイベント日として分析を行う。実際の税制 改正は、税制改正大綱の公表後に閣議決定や国会の議決というプロセスが必要となる。しかし、本 稿で取り上げる2003年度、2006年度、2008年度の 3 つのケースでは政府与党の税制改正大綱の公表 後に衆議院の解散等に関する報道がなされていないため、税制改正大綱はほぼ確実に可決されると 考えられる。したがって、資本市場も12月の税制改正大綱の公表以降は税制改正を織り込んだ価格 形成を行うものと予想される。
本稿では、分析に際して櫻田・大沼(2010)及び加藤(2011)と同様にイベント日を挟んだ前後 期間のマーケット・インデックスの推移についての確認を行う。もし、イベント日が2008年 9 月の リーマン・ショック周辺の期間に代表されるような長期間に及ぶ株価の異常な下降局面にあるとす れば、分析に重大な影響を及ぼすため、本稿の目的である税制改正大綱の公表が資本市場に及ぼす 影響を観察することは困難である。そのため、本稿では、イベント日周辺にそのような傾向が見ら れるかどうかの確認を行うこととした。本稿で分析対象となる2003年度、2006年度、2008年度の税 制改正大綱の公表日前後60日間のマーケット・インデックスの推移は図表 3 ‒ 1 のとおりである。
図表 3 ‒ 1 マーケット・インデックスの推移(イベント日前後60日間)
600 800 1,000 1,200 1,400 1,600 1,800
-60 -50 -40 -30 -20 -10 0 10 20 30 40 50 60( ) 2002 9 17 2003 3 18 2005 9 15 2006 3 15 2007 9 14 2008 3 17
(Pt)
図表 3 ‒ 1 によれば、2003年度及び2006年度のケースでは、イベント日前後60日間のマーケッ ト・インデックスの推移に異常な下落傾向は見られない。2008年度のケースでは、イベント日前後 60日間で約400ポイントの下落となっており、株価は著しい下降局面にあることが分かる。しかし、
イベント・ウィンドウにおける推移を見ると、26日間で約110ポイントの下落であるため、異常な 下落傾向であるとは言えない。
以上より、本稿で分析対象となる2003年度、2006年度、2008年度の税制改正大綱の公表日周辺に おいて、分析に重大な影響を及ぼすほどの異常な株価変動は見られないことが確認された。
以下では、2003年度、2006年度、2008年度の税制改正大綱のケースについて実際に分析を行い、
資本市場がどのように反応したかについて述べる。
3 . 2.1 2003年度税制改正のケース
2002年12月13日に政府与党が公表した2003年度税制改正大綱における試験研究に対する税額控除 制度に関連する主な改正項目としては、試験研究費の総額に係る税額控除制度の創設、大学・公的 研究機関等との共同研究・委託研究に係る税額控除制度の創設、中小企業技術基盤強化税制の強 化・拡充等がある。税制改正大綱では、これらの試験研究に対する税額控除制度が従来の制度とは 異なり、恒久措置として創設されることが示された。
以上のように、税制改正大綱で税額控除制度の恒久化が明確にされたことで、企業は長期的な試 験研究活動についても税額控除制度を考慮した意思決定が可能となった。すなわち、企業の試験研 究に対するインセンティブは高まり、試験研究活動を通じた企業価値の創造が期待されることになる。
2003年度改正のケースについては、政府与党による税制改正大綱の公表が行われた2002年12月13 日をイベント日として分析を行っている。
まず、AR のイベント・ウィンドウにおける推移は図表 3 ‒ 2 のとおりである。
AR の平均値(Average AR)はイベントの影響が最も顕著に表れると考えられるイベント日に おいてプラス域にあるが、その反応は弱いものとなっている。中また、イベント日から 6 日後周辺 や12日後においては強いプラスの反応が見られる。そのため、イベント日以降の期間において税制 改正大綱の内容が徐々に評価されていったとも考えられる。
次に、イベント・ウィンドウの各日における AR が統計的に有意な反応であるか否かを検証する ために
t
検定、検定統計量θ
、Z
検定用いた検定では、AR はイベント日において 2 検定ともに有意 な反応を示していないことが分かる。t
検定では、イベント日から 8 日後と12日後に有意にポジ ティブな反応が見られる。同様に検定統計量θ
を用いた検定ではイベント日から12日後に10% 水準 で有意にポジティブな反応が見られる。しかし、この結果だけではイベント日周辺において2003年 度税制改正大綱の公表が R&D 企業の企業価値にどのような影響を与えたかを判断することはでき ない。図表 3 ‒ 2 2003年度税制改正時の AR の検定結果
Day AR 検定統計量
t
有意水準 検定統計量θ
有意水準 検定統計量Z
有意水準‑10 0.004 1.709 * 1.657 * 0.928
‑9 ‑0.001 ‑0.588 ‑0.681 0.695
‑8 0.003 1.332 1.057 1.403
‑7 ‑0.004 ‑1.704 ‑1.009 1.307
‑6 0.002 0.929 0.803 0.866
‑5 0.005 2.841 *** 2.473 ** 2.562 **
‑4 0.002 1.340 0.971 1.100
‑3 ‑0.002 ‑0.747 ‑0.189 0.935
‑2 ‑0.000 ‑0.198 0.075 0.041
‑1 ‑0.001 ‑0.592 ‑0.214 0.536
0 0.002 1.143 0.843 1.341
1 ‑0.002 ‑1.173 ‑0.756 0.653
2 ‑0.003 ‑1.485 ‑1.760 * 1.403
3 0.000 0.125 0.128 0.622
4 ‑0.003 ‑1.618 ‑1.519 2.204 **
5 ‑0.004 ‑2.245 ** ‑1.418 1.929 *
6 0.002 0.949 0.754 0.774
7 0.002 1.360 0.890 1.348
8 0.003 2.252 ** 1.246 2.001 **
9 ‑0.004 ‑2.017 ** ‑1.340 2.562 **
10 ‑0.004 ‑2.934 *** ‑1.687 * 2.355 **
11 ‑0.005 ‑3.146 *** ‑1.970 ** 2.744 ***
12 0.004 2.661 *** 1.770 * 3.163 ***
13 0.000 0.248 ‑0.326 0.282
14 ‑0.002 ‑1.429 ‑0.834 1.478
15 0.002 1.163 0.744 0.921
***: 1 % 水準,**: 5 % 水準,*:10% 水準で有意
そこで、イベント・ウィンドウ内の各期間における CAR が統計的に有意であるか否かの
t
検定、Z
検定で検証を行った。CAR は、例えばイベント日の10日前からイベント日までの11日間であれば CAR(‒10, 0)、イベント日の 5 日前からイベント日までの 6 日間であれば CAR(‒5, 0)と表記す る。検定結果は、図表 3 ‒ 3 のとおりである。図表 3 ‒ 3 2003年度税制改正時の CAR の検定結果
CAR (t1, t2) 検定統計量
t
有意水準 検定統計量Z
有意水準CAR (‑10, 0) 0.010 1.883 * 1.503
CAR (‑5, 0) 0.006 1.760 * 1.420
CAR (‑1, 0) 0.001 0.565 0.505
CAR (‑1, 1) ‑0.001 ‑0.433 0.433
CAR (0, 1) ‑0.000 ‑0.137 0.031
CAR (0, 2) ‑0.003 ‑1.184 0.846
CAR (0, 5) ‑0.010 ‑2.385 ** 1.850 *
CAR (0, 10) ‑0.011 ‑2.000 ** 1.850 *
CAR (0, 15) ‑0.011 ‑1.593 1.616
CAR (1, 5) ‑0.012 ‑2.949 *** 2.383 **
CAR (1, 10) ‑0.013 ‑2.372 ** 2.101 **
CAR (1, 15) ‑0.013 ‑1.901 * 1.822
CAR (‑2, 2) ‑0.004 ‑1.381 1.093
***: 1 % 水準,**: 5 % 水準,*:10% 水準で有意
図表 3 ‒ 3 によれば、CAR はイベントの影響が最も顕著に表れると考えられるイベント日周辺に おいて有意な反応を示していない。イベント日以降の期間について見ると、CAR(0, 5)、CAR(0, 10)、CAR(1, 5)、CAR(1, 10)、CAR(1, 15)が有意にネガティブな反応を示している。すなわち、
2003年度税制改正大綱の公表日周辺において資本市場は有意な反応を示しておらず、R&D 企業の 企業価値に対して何ら影響していないことになる。そして、イベント日以降の期間において企業価 値に対してマイナスに作用していったことになる。
3 . 2.2 2006年度税制改正のケース
2005年12月15日に政府与党が公表した2006年度税制改正大綱では試験研究に対する税額控除制度 に関連する改正として、試験研究費の総額に係る税額控除制度及び中小企業技術基盤強化税制につ いて、試験研究費のうち比較試験研究費を上回る部分の税額控除率に 5 % を上乗せする措置が示さ れた。すなわち、2006年度税制改正は試験研究費の総額に係る税額控除制度及び中小企業技術基盤 強化税制を2003年以降利用が減少している試験研究費の増加額に係る税額控除制を統合し、税額控 除率の優遇を行うことで控除税額の拡大と制度の利用を促そうとしたものである。控除税額の上限 緩和は、企業の試験研究に対するインセンティブを高めるため、企業価値にとってもプラスに作用 することが考えられる。
2006年度税制改正大綱は、2003年度の試験研究に対する税額控除制度に関連する改正を評価した
上で、さらなる国際競争力の維持・強化のためには税額控除率の上乗せ等の措置が必要であるとい う経団連の要望に一部応えるものとなっている。
2006年度税制改正のケースについては、政府与党による税制改正大綱の公表が行われた2005年12 月15日をイベント日として分析を行っている。
図表 3 ‒ 4 から、イベント・ウィンドウにおける AR はイベントの影響が最も顕著に表れると考 えられるイベント日周辺において平均値(Average AR)がイベント日の翌日及び 2 日後にプラス の反応を示していることが分かる。また、イベント日から 5 日後、 8 日後、11日後以降においても プラスの反応が見られる。そのため、税制改正大綱の内容は資本市場からプラスの評価を受けてい たと考えられる。
次に、イベント・ウィンドウの各日における超過リターンが統計的に有意な反応であるか否かの 検定結果については、AR はイベント日においていずれの検定ともに 1 % 水準で有意にネガティブ な反応を示していることが分かる。その後、イベント日の 3 日後、 6 日後においても 1 % 水準で有 意にネガティブな反応が見られる。そして、イベント日から 8 日後、12日後、13日後、14日後にお いて 3 検定ともに 1 % 水準で有意にポジティブな反応が見られる。
図表 3 ‒ 4 2006年度税制改正時の AR の検定結果
Day AR 検定統計量
t
有意水準 検定統計量θ
有意水準 検定統計量Z
有意水準‑10 0.003 1.605 2.322 ** 1.128
‑9 0.000 0.178 0.410 0.254
‑8 0.001 0.687 ‑0.226 0.292
‑7 ‑0.008 ‑4.887 *** ‑5.987 *** 4.865 ***
‑6 0.001 0.681 1.252 0.344
‑5 ‑0.000 ‑0.065 ‑0.633 0.303
‑4 ‑0.002 ‑0.995 ‑1.855 * 1.888 *
‑3 ‑0.001 ‑0.657 ‑0.775 1.685 *
‑2 0.001 0.504 0.411 0.571
‑1 0.001 0.389 0.194 0.258
0 ‑0.007 ‑4.168 *** ‑4.902 *** 3.744 ***
1 0.001 0.662 0.803 1.038
2 0.003 2.040 ** 2.881 *** 1.307
3 ‑0.006 ‑4.685 *** ‑4.571 *** 4.559 ***
4 0.002 1.103 2.033 ** 1.496
5 0.003 0.953 1.060 0.595
6 ‑0.006 ‑4.072 *** ‑4.710 *** 4.542 ***
7 ‑0.000 ‑0.112 ‑0.142 1.073
8 0.005 3.357 *** 4.361 *** 2.830 ***
9 ‑0.001 ‑0.867 ‑0.639 1.056
10 ‑0.001 ‑0.903 ‑0.877 0.677
11 0.001 0.576 0.722 0.189
12 0.006 3.045 *** 5.430 *** 2.238 **
13 0.009 4.356 *** 6.758 *** 3.607 ***
14 0.005 2.423 ** 3.021 *** 2.462 **
15 0.002 1.250 2.200 ** 1.231
***: 1 % 水準,**: 5 % 水準,*:10% 水準で有意
次に、イベント・ウィンドウの各期間における CAR が統計的に有意な反応であるか否かの検定 を行った。検定結果は、図表 3 ‒ 5 のとおりである。
図表 3 ‒ 5 2006年度税制改正時の CAR の検定結果
CAR (t1, t2) 検定統計量
t
有意水準 検定統計量Z
有意水準CAR(‑10, 0) ‑0.010 ‑1.873 * 2.957 ***
CAR(‑5, 0) ‑0.009 ‑2.126 ** 2.878 ***
CAR(‑1, 0) ‑0.006 ‑2.564 ** 2.393 **
CAR(‑1, 1) ‑0.005 ‑1.922 * 2.297 **
CAR(0, 1) ‑0.006 ‑2.856 *** 3.218 ***
CAR(0, 2) ‑0.003 ‑1.186 1.520
CAR(0, 5) ‑0.004 ‑0.933 1.313
CAR(0, 10) ‑0.008 ‑1.472 1.740 *
CAR(0, 15) 0.015 2.097 ** 2.400 **
CAR(1, 5) 0.003 0.722 0.684
CAR(1, 10) ‑0.001 ‑0.225 0.437
CAR(1, 15) 0.022 3.109 *** 3.263 ***
CAR(‑2, 2) ‑0.001 ‑0.380 0.770
***: 1 % 水準,**: 5 % 水準,*:10% 水準で有意
図表 3 ‒ 5 によれば、CAR はイベントの影響が最も顕著に表れると考えられるイベント日周辺の CAR(‒1, 0)が 5 % 水準、CAR(‒1, 1)が10水準、CAR(0, 1)が 1 % 水準で有意にネガティブな反 応を示していることが分かる。また、イベント日後の CAR(0, 15)が 5 % 水準、CAR(1, 15)が 1 % 水準で有意にポジティブな反応を示している。この結果から、2006年度税制改正大綱の公表は イベント日周辺においては R&D 企業の企業価値にとってマイナスに作用し、その後の期間でプラ スに作用していったことになる。
3 . 2 . 3 2008年度税制改正のケース
2007年12月13日に政府与党が公表した2008年度税制改正大綱では試験研究に対する税額控除制度 に関連する改正として、試験研究費の増加額等に係る税額控除制度について、従来からある「試験 研究費が比較試験研究費を超え、かつ、基準試験研究費を超える場合」に加えて「試験研究費が平 均売上金額の10% 相当額を超える場合」のいずれかを選択適用できる制度を創設することが示され た。税制改正大綱では、当該制度における控除税額の上限は、法人税額の10% 相当額であるが、試 験研究費の総額に係る税額控除制度及び中小企業技術基盤強化税制とは別枠であるとしている。す なわち、当該制度の創設により、企業は最大で法人税額の30% 相当額を控除することができるよう になった。控除税額の上限緩和は、企業の試験研究に対するインセンティブを高め、R&D 企業の 企業価値にとってもプラスに作用すると考えられる。
また、2008年度税制改正大綱は研究開発支出の多い上場企業約320社の40% 近くが控除の上限に
達しているという経団連の調査及びそれに伴う上限緩和の要求に応えたものである11。
2008年度税制改正のケースについては、政府与党による税制改正大綱の公表が行われた2007年12 月13日をイベント日として分析を行っている。
まず、イベント・ウィンドウにおける AR の推移は図表 3 ‒ 6 のとおりである。
図表 3 ‒ 6 によれば、AR はイベントの影響が顕著に表れると考えられるイベント日周辺におい て平均値(Average AR)はプラスの反応を示していることが分かる。その後、イベント日から 6 日後に強いプラスの反応が見られるが、イベント日以降の AR は全体的にマイナス域で推移してい る。そのため、税制改正大綱の内容は資本市場にとって短期的にインパクトのある情報であったと 考えられる。
AR の検定については、AR はイベント日及びイベント日の翌日において 3 検定ともに 1 % 水準 で有意にポジティブな反応を示している。その後、イベント日から 6 日後においても 1 % 水準で有 意にポジティブな反応が見られる。一方で、イベント日から 4 日後、 5 日後、 7 日後、11日後以降 に有意にネガティブな反応が見られる。
図表 3 ‒ 6 2008年度税制改正時の AR の検定結果
Day AR 検定統計量
t
有意水準 検定統計量θ
有意水準 検定統計量Z
有意水準‑10 0.001 0.353 0.460 0.093
‑9 0.003 1.288 1.339 0.392
‑8 ‑0.003 ‑2.379 ** ‑2.270 ** 2.400 **
‑7 0.000 0.218 0.710 0.361
‑6 0.002 1.300 1.351 1.496
‑5 ‑0.001 ‑0.286 ‑0.176 0.994
‑4 0.000 0.106 0.108 0.182
‑3 0.001 0.396 0.600 0.378
‑2 0.001 0.974 0.773 1.331
‑1 0.002 1.729 1.457 0.987
0 0.005 2.943 *** 3.258 *** 2.771 ***
1 0.007 4.217 *** 4.277 *** 3.851 ***
2 ‑0.000 ‑0.156 0.106 0.457
3 ‑0.002 ‑1.582 ‑1.107 1.162
4 ‑0.003 ‑2.482 ** ‑2.063 ** 2.833 ***
5 ‑0.005 ‑3.381 *** ‑2.858 *** 3.538 ***
6 0.009 5.507 *** 5.235 *** 4.986 ***
7 ‑0.003 ‑2.328 ** ‑2.021 ** 2.283 **
8 0.001 0.530 0.483 1.434
9 0.000 0.066 0.242 0.203
10 ‑0.001 ‑1.062 ‑0.649 1.530
11 ‑0.006 ‑3.267 *** ‑3.771 *** 3.088 ***
12 ‑0.003 ‑1.570 ‑0.898 1.324
13 ‑0.004 ‑2.082 ** ‑2.716 *** 2.727 ***
14 ‑0.006 ‑2.854 *** ‑3.275 *** 2.840 ***
15 0.000 0.098 0.315 0.495
***: 1 % 水準,**: 5 % 水準,*:10% 水準で有意
11 山本守之『税制改正の動き・焦点 平成20年度対応版』税務経理協会 2008年30頁