修士論文要旨 (
2008
年度)マルチエージェントモデルに基づく 水害避難シミュレーションシステムの構築
Development of Simulation System for the Flood Disaster Evacuation based on Multi-Agent Model
土木工学専攻
5
号 宇野 圭亮Keisuke UNO
1. 研究目的
近年,地震や高潮,津波,洪水などの巨大自然災害が 頻発している.それらの自然災害がおよぼす人的被害の 程度は,災害の規模や防災施設の整備状況に加えて,住 民の避難状況により大きく異なる.近年,防災対策の評 価・検討に,避難シミュレーションを用いた人的被害の 予測研究が行われるようになってきている 1).これら のシミュレーションを正確に行うには,災害時における 人間の避難行動の特性を考慮する必要がある.避難行動 を決定する要因としては,避難者の周囲の状況や,年齢・
性別などがあるが,これらを考慮できる手法の一つとし てマルチエージェントモデルが近年注目を集めている.
そこで本研究では,水害を対象としたマルチエージェ ントモデルに基づく避難シミュレーションシステムの 構築を行うものである.入力データの作成には
GIS
を 使用し,地形・地理情報の簡便な入力データ作成法を開 発した.また,マルチエージェントシミュレータに対し て,行政無線や広報車などの情報伝達モデルの組込みを 行った.適用例として,徳島県海部郡海陽町宍喰周辺に おける東南海・南海地震発生時の津波氾濫問題を取り上 げ,本システムの有効性を検討した.2. 水害避難シミュレーションシステムの概要
本研究で構築している水害避難シミュレーションは,
避難者が世帯ごとに移動し,避難所までの距離や,標高 などの要因を判断しながら道路上を移動するシミュレー ションである.津波や高潮などの氾濫データを取り入 れ,広報車などの情報伝達媒体を考慮することができ,
様々なシチュエーションを想定することが可能である.
図
1
に実行画面を示す.災害避難シミュレーションは図
2
の手順で実行する.ここで,縮小率はシミュレータの幅を実際の対象領域の 幅で割ったもので,各種データは,この縮小率を掛けて,
シミュレーション領域で正規化して配置される.
3. 避難シミュレータへの入力データ作成
避難シミュレータへの入力データは図
3
の手順で作成 する.3.1
避難者初期位置の入力(フロー(A)
)避難者は建物内から避難を開始すると想定し,避難者 初期位置は建物内にポイントとして配置する(図
4
).図
– 1
シミュレーション実行画面実際の対象領域の読み込み 縮小率の決定 各データの読み込み・配置
避難者のルールの実行 避難者数が
0
の時に終了毎ステップ
図
– 2
避難シミュレーションの実行手順(B)
経路分岐点の作成(C)
標高・避難所距離の入力(D)
氾濫解析結果の入力(A)
避難者初期位置の入力避難シミュレータへの入力データ 図
– 3
避難シミュレータへの入力データ作成フロー3.2
経路分岐点の作成(フロー(B)
)避難者は,道路の経路分岐点間を移動するため,経路 分岐点と,その隣接関係を作成する必要がある.
まず,紙地図を参考に,ポリラインの道路中心線を
GIS
で作成する.ポリラインの頂点が経路分岐点となる(図
4
).さらに,避難者が避難開始後建物から道路へ移 動することを想定し,避難初期位置の点から最短距離と なる位置に新たな頂点(経路分岐点)を作成する.経路 分岐点の位置を設定後,隣接関係作成プログラムにより図
– 4
道路中心線と避難者初期位置図
– 5
避難経路例表
– 1
経路分岐点隣接関係経路分岐点 隣接点総数 隣接点1 隣接点2 隣接点3 隣接点4
1 1 2
2 3 1 3 4
3 2 2 5
4 2 2 5
5 4 3 4 6 7
6 1 5
7 1 5
経路分岐点の隣接関係を作成する.隣接関係作成プログ ラムは,避難経路ポリラインより経路分岐点隣接関係を 作成するものである.避難経路例とその隣接関係を 図
5
と表1
に示す.3.3
標高・避難所距離の入力(フロー(C)
)避難者は経路分岐点に達した時点で,隣接した経路分 岐点の情報を比較して判断を行うため,経路分岐点の データに対して属性データを追加する.追加するデータ は,避難所距離および標高である.標高に関しては
10m
メッシュ標高データ(北海道地図株式会社,GISMAP Terrain
)を3
次Spline
で補間し,標高サーフェスを作 成する.その標高サーフェスを経路分岐点に重ね合わせ た.避難所距離に対しては,Dijkstra
法によって,各避 難所からのネットワーク距離で計算する.表
– 2
水深・流速による避難者の状態の分類分類 流速および水深 避難者の状態
1
水深0m
影響無し2
図6
の安全避難可能の領域 歩行速度半減3
図6
の安全避難が困難な領域 被害者とする3.3.1 Dijkstra
法Dijkstra
法は,ある始点からネットワーク上の各ノー ドへの最短経路を,始点の周辺から1つずつ確定し,徐々に範囲を広げ,最終的にすべてのノードへの最短経 路を求めるアルゴリズムである.必要なデータは,ネッ トワークに対応する距離行列と,始点のノードである.
ネットワークのノード集合
N
に対して始点ノードs
か ら他のすべてのノードに至る最短経路を求めるDijkstra
法の手順を以下に示す.step1: T
S とk ← ∞ (j ̸ = s)
,i ̸ = s
,ノード集合M = N − s
とする.step2: M = φ
ならば終了.それ以外なら以下の手順で反復計算をする.
(1) j ∈ M
に対してmin { T
j[k], T
i[k]+ d
ij} = T
i[k]+ d
ij(d
ij<
∞ )
ならばT
j[k+1]= T
j[k]+ d
ij,B
j= i
とおく.(2) min
j∈M{ T
j[k+1]} = T
p[k+1]となる
p
を求める.(3) p
をM
から除く.j ← p
,k ← k + 1
と おく.ただし,
d
ijはノードi
からノードj
にかけての距離,N
はネットワークのノード集合,s
は始点ノード,p
は永 久ラベルが付いているノード,j
は一時ラベルが付いて いるノード,B
j はノードj
の直前のノード,T
jは始点 ノードs
からノードj
への暫定的な最短距離,T
pは始 点ノードs
からノードp
への最短距離である.3.4
氾濫解析結果の入力(フロー(D)
)避難者へ津波氾濫の影響を考慮するために,浸水地点 と浸水状況のデータを作成する.浸水予定点は,シミュ レーション領域に
10m
間隔のグリッドとして作成し,氾濫解析結果の水深・流速のデータを浸水予定点へ補間 する.氾濫解析結果は有限要素法の三角形メッシュで解 析したもの用い,水深・流速を浸水予定点へステップ毎 に線形補間するものである.さらに,避難者は水深・流 速によって状態を
3
パターンに分類する.分類の基準は 表2
に示す.図
– 6
水深・流速と避難難易度の関係4)歩行者密度の獲得 浸水状態の確認 歩行予定距離の決定
目標の経路分岐点へ歩行 経路分岐点に到達?
経路選択
歩行予定距離に到達?
yes
歩行終了yes
no
図
– 7
避難者の移動アルゴリズム3.5
避難者の移動アルゴリズム避難者はステップ中に図
7
の手順で移動を行う.3.5.1
避難者の密度の判定各避難者について,ステップの開始時に自身の前方か ら角度
30
◦,半径2m
の扇形領域内の避難者を数えて,これによる歩行者密度を考慮して歩行速度に変化を与え る(図
8
).歩行者密度と歩行速度の関係は,通勤通学中 や買い物客としての歩行者などを対象として研究されている2) 3).本シミュレーションでは,一般道路での関
係である以下の式を用いてシミュレーションを行った.
v = 1.69 − 0.17ρ
ここに,
v
は歩行者速度[m/s]
,ρ
は歩行者密度[
人/m
2]
である.3.5.2
避難者の経路選択避難者の経路の判断は経路分岐点に到達した時点で行 い,隣接した経路分岐点の情報を獲得し,避難所に近づ くか,低い場所から遠ざかるかという情報を基に決定す る.避難所距離
s[m]
,標高z[m]
とし,効用S
を最大と する隣接点を次の目標点とすることで経路の選択を行う モデルとして,次式に示す重力モデルを用いた.S = a s
α− b
z
β判定角度 判定半径
図
– 8
歩行者の密度判定図
– 9
音声到達のイメージここで,
a
,b
はそれぞれの変数に対する重みであり,値が大きいほど全体の効用に占める割合が大きくなる.
一方,
α
,β
は各変数に対する空間距離の影響度であり,値が小さいほど遠くまで影響を及ぼすこととなる.
3.6
情報伝達モデル本研究では,情報伝達モデルの媒体として,行政無線 と広報車の概念を取り入れる.行政無線と広報車は,音 声到達半径を設定し,避難者が音声到達半径に含まれて いるときには,各情報伝達媒体が持っている避難情報を 避難者が取得する(図
9
).なお,行政無線は,広報車が 移動しないものとして考えることができる.4. システム適用例 4.1 シミュレーション条件
シミュレーション領域は,徳島県海部郡海陽町宍喰周 辺の横
2280m
×縦2550m
の範囲とした(図10
).津波 氾濫データは,東南海・南海地震が同時に発生したケー スを想定し,有限要素法で解析したものを用いた.共通 のシミュレーション条件は,初期世帯数988[
世帯]
,1
世 帯を4
人とし,標準歩行速度を1.18[m/s]
とした.4.1.1
防災対策無しでのシミュレーションまず,防災対策を検討するために,避難者が移動しな かった場合でのシミュレーションを行う.犠牲者の時刻 歴変化は図
10
のようになっており,25
分後辺りで到達 する津波の第一波で10
世帯程の被害が出ており,第二 波の最大浸水域となる44
分後辺りで約700
世帯の被害 が出て出ていることが確認できる.図
– 10
シミュレーション領域ᆅ㟈Ⓨ⏕ࡽࡢ⤒㐣㛫>ศ@
≛≅ୡᖏᩘ>ୡᖏ@
0 10 20 30 40 50 60
100 200 300 400 500 600 700 800 900
図
– 11
防災対策無しでの犠牲者の時刻歴変化4.1.2
防災対策を施したシミュレーション次に,防災対策を施した場合のシミュレーションを行 う.行政無線
3
箇所,および広報車2
台の走行経路は図10
のように設定する.広報車の走行速度は10[km/h]
, 音声到達範囲を150[m]
とする.また,避難者は避難情 報を受け取ってから避難を開始するようにした.地震発 生からの広報車および行政無線の始動時間を変化させ て,シミュレーションを行う.シミュレーション実行画面を図
13
に示す.避難情報 を受け取った避難者を赤で表示している.また,シミュ レーション結果を図12
に示す.これにより,地震発生 から25
分までに広報車および行政無線の情報伝達を始 めることで,人的被害を減少させられることが読み取れ る.しかし,地震発生から25
分を過ぎてしまうと,情 報を受け取っても津波から逃げ遅れてしまう避難者が急 激に増加してしまうことが分かる.ᆅ㟈Ⓨ⏕ࡽࡢ㑊㞴㛤ጞ㛫>ศ@
≛≅ୡᖏᩘ>ୡᖏ@
0 5 10 15 20 25 30 35 40
200 400 600 800
図
– 12
情報伝達のタイミングによる最終犠牲世帯数図
– 13
広報車による情報伝達の様子5. 結論と今後の課題
本研究では,マルチエージェントモデルに基づく水害 避難シミュレーションシステムの構築を行い,以下の結 論を得た.
• GIS
を用いて地理情報を加工・編集することで,入力データ作成の簡略化と,現地の情報を避難者 の行動に反映することができた.
•
マルチエージェントモデルによって情報伝達モデ ルを構築し,行政無線および広報車を設定するこ とで,情報伝達による人的被害の軽減を確認する ことができた.今後の課題として,避難シミュレータ上で避難経路 ネットワークを対話的に修正できるようにすることなど が挙げられる.
参考文献