‒ 51 ‒
段階的なヴァイオリン奏法の習得をめざす教材開発の視点
─アンサンブル活動を主体とした学習プログラムの提案─
伊 藤 誠 埼玉大学教育学部音楽教育講座
キーワード:ヴァイオリン、指導法、初心者、実践記録、奏法研究
1.はじめに(研究の背景)
本稿は、筆者が担当している「弦楽器演習」(本講座が開講する中等教科専門科目の一つ)にお ける平成25年度の授業実践を振り返りながら、その成果と課題について述べるものである。受講 する学生のほとんどがヴァイオリン初心者1)であること、アンサンブル活動に重点を置いた学習形 態であること、授業時数が半期15回と限られていること等、さまざまな条件のなかで毎年度実施 している。ここ数年の受講者の平均は22名から23名であるが、そのほとんどは音楽専修に在籍す る学生である。
ヴァイオリン奏法という、いわば運指法や運弓法に関する文献(あるいは視聴覚資料)は、数 多く市販されている。その近代的奏法には少々古い解釈が散見されるものの、世紀を代表するヴ ァイオリニストたちの名著もそれに含めることができる。しかしそのほとんどは、ヴァイオリンを 専門的に研究する人を対象に書かれたものであり、筆者がめざす「初心者を対象とした集団学習 における指導法」という観点に立って著されたものではない。先行研究が皆無のなか、これまで“ア ンサンブル活動の有効性”“指導の方法と手順”“両手の拇指の働き”等に焦点をあてて研究を継 続してきたが、今回は昨年の学会発表2)の内容をベースにして、ヴァイオリンの左手と右手の両 奏法を関連させた指導の成果について述べる。
2.本授業の特徴と研究計画
授業の特徴は、主に以下の4点である。まず、この授業が「アンサンブル活動」を中心に展開 されている点である。すなわち、実技(演習)の授業でよく見られるマンツーマンによるレッスン 形式は一切採用せず、できる限りヴァイオリンによる合奏を経験させるなかで技術の習得をめざ したこと、2点目は「楽器の貸出」は、借りたいという希望が出れば1週間単位で許可したこと(強 制的に貸し出したことは一度もないこと)、3点目は、授業終盤の頃によく実施する「実技試験」
は行わなかったこと(学生個々の評価は平常点のみで行ったこと)、4点目は、抜き打ち的にチェ ックシート3)を用いた検査を、二度行ったことである。
さて、表14)は全15回の授業記録であるが、本稿の趣旨に沿うよう教材ごとに学習させた内容 に加えて、それを通して取り上げた左右の奏法を、できるだけラインを揃えて表記した。また、あ る学習内容を別の教材でも取り上げたときは、破線によって両者(内容と教材)の関連性が深い ことを示した(=表1の注8の説明)。回ごとに取り上げた教材は、音階も含めて第1回目の「わ らべうた/童謡」に始まり、最終回の「冬げしき」まで全15曲を数える。さまざまなジャンルか 埼玉大学紀要 教育学部,64(2):51-62(2015)
ら教材選択を行ったが、今回も芸術曲の中核として、S.フレッチャーの作品(英語表記された4曲)
を取り上げた5)。
この学習プログラムを構想するうえで、過去の指導経験を活かしつつ奏法に関係する8つのキ ーワード(要素)をあらかじめ設定した。左手は「4つのフォーメーション」6)「開放弦の有効活用」
能」の3つ、右手は「2つのアーティキュレーション」「移弦」「長弓と短弓」「指関節の意識」「ウエ イト」の5つである。筆者独自の理論体系に基づくこれら8つの要素の位置付けについては、次項で詳述 する。
表1 授業の流れ(平成25年度)
表1 授業の流れ(平成25年度)
‒ 53 ‒
「親指の機能」の3つ、右手は「2つのアーティキュレーション」「移弦」「長弓と短弓」「指関節の 意識」「ウエイト」の5つである。筆者独自の理論体系に基づくこれら8つの要素の位置付けにつ いては、次項で詳述する。
3.左手と右手、両奏法の関連性
ヴァイオリンを演奏するとき、左手と右手でその機能や役割はまったく違う。一口に言えば、左 手は正確な音程づくりに、右手は曲想や音色の変化に深く関わる。演奏者はこの相反する両者の 技術を、同時かつ瞬時にコントロールしなければならない。よって、この難解かつ複雑な要素を 含んだ奏法について指導するためには、準備周到な教材研究と、それにともなう入念な指導計画 を立てる必要がある。
授業を円滑に効率よく進めるために、「左手」のサポートとしては、より確かな音程づくりのた めに指板上の2箇所(第1ポジションにおける人差指と薬指の位置)に、押える場所の目印として 小さい丸形のシール7)を、D線とA線の間に貼った。「右手」については、初心者にとって正しい 弓の持ち方以前の問題として、弓の重さをコントロールすることがむずかしいため、まずその重さ を軽減するねらいから、弓を持つ通常の場所より15cmほど中央寄りのところを持つように指示し た(写真1)8)
3-1 音階練習の大切さ
言うまでもなく、楽器の奏法研究にとって音階を弾く(さらう)ことは重要である。充分時間を かけて、少しずつ基礎に磨きをかけ積み上げていきたいところである。しかし授業時数が限られ ているため、この授業では学習プログラムにおける「音階」の在り方を、根本から見直さなけれ ばならなかった。
左手については、体系的な音程づくりを行ううえで、いろいろな音階を弾きながら、第1ポジシ ョンにおける主要な4つのフォーメーションを身に付けることをめざした。たとえば、最初に取り 上げたニ長調9)の音階は、フォーメーションA10)を学習するために使用した。そして他3種類の フォーメーションを経験させながら「半音(短2度音程)をつくる条件によっては、左親指の形や ネックに対する深さも一律ではない」ことを実感させた。左肘の位置が体の外側に移動しない(逃 げない)こと、そして左手全体がネックを包み込むようにして、親指を除く4本の指の構えが崩れ ないことにも留意させた。
写真1 《かえるの合奏》演奏シーン
(平成25年10月24日 第4回目の授業) 写真2 指板のシールをはがした頃
(平成25年11月29日 第8回目の授業)
右手についても、一連の音階練習を通して、(1)一音一弓の単純なストロークから2つの音を 一弓で弾く、いわゆるスラーの学習へ発展させたこと、(2)リズムパターンを変化させて、1つの 音階でいろいろなボゥイングにチャレンジさせたこと、(3)彼らが特に苦手とする「移弦」につい ての学習では、各弦に対する右腕の角度を使い分けられるように、右肘の高さを意識させたこと、
(4)いろいろな速度で弾くことによって長弓と短弓の使い分け、あるいは弓幅を三等分して、使う 場所を限定したボゥイングを試みることで、ウエイトをかけながら均質な音量を出す学習11)をさ せたこと、等をあげることができる。
これら左右の独立した機能を組み合わせることによって、機械的なドリル練習にならないよう配 慮するとともに、教材として扱った芸術曲のなかに、この基礎的奏法がどのように汎用されている かを自らの力で気付けるような指導をめざした。
3-2 アンサンブルの楽しみ
全員で合奏する魅力とは何だろうか。弦楽合奏でいえば、弦楽器特有の奏法を使って、お互い が聴き合うことで美しいハーモニーをつくり味わうことではないか、と筆者は考える。《おはよう》
12)というわらべうたがある。彼らにとって最初の教材であるが、使用する指は2本(開放弦を使 えば1本の指で済む)、弓もシンプルな動きで弾くことができる。ピチカートによる対旋律やオス ティナート(執拗音型)を主旋律に重ねれば、アンサンブルが短時間で完成する。曲の形式は単 純であっても構成する音が多くなれば、使用する指も弦も必然的にふえ、移弦の回数も増す。初 期段階での応用編として童謡の《チューリップ》の他、《かえるの合奏》でカノンを体験させた。
いずれもイ長調で取り組ませたが、この調を選択した理由は、左手の音程づくりにもっとも適した フォーメーションAで演奏できること、そして主要三和音のベース音のうち、主音と下属音に開放 弦が得られるからである13)。ボゥイングについては、イレギュラーな弓14)の使い方を新しい右手 奏法として指導した。
第6回目の授業からは、S.フレッチャーが編纂したアンサンブル曲集『New Tunes for Strings』
15)から、4つの作品を導入した。これらの作品を演奏するためには、フォーメーションを基にし た音程のとり方、アーティキュレーションにともなうボゥイングの種類等、さらに難度の高い両奏 法が必要となる。左手奏法については、フォーメーションB、C、Dが加わり、複数の“左手”を 弾き分ける学習段階に入ったこと、右手奏法については、弓の持ち方が正式なスタイルにかわり、
弓幅やスピードの調節によって音の強弱を工夫できるステージに入ったことになる。
多くの教則本や曲集が出版されるなかで、この作品を選択した根拠をここで述べる必要がある だろう。以下に、今年度使用した4曲から《Banjo Tune》《Polka》と、授業終盤に取り上げた《The Old Clock》(この作品の分析は第4項(56~57頁)を参照のこと)の3曲について、和声分析と 使用されている両手奏法の2つの視点から考察を試みたい。
(1)《Banjo Tune》の考察
使用されている和音はⅠ+6(四和音の一種である「六の和音」)とⅤ9(長9の和音)の2種類の みである。和声としてはやや複雑であるが、和音を構成する音は、ヴァイオリンの左手奏法(音 程づくり)からすれば、そのレベルはきわめて初歩的である。前者の和音における構成音はG-H- D-Eである。Gの音高を一点トとした場合、第1ポジションにおけるフィンガーリングは3-1- 3-0となる。また、この音列を1オクターヴ下の音高に置き換えると0-2-0-1となる。つまり
‒ 55 ‒
ト長調で両者の構成音を弾くためには、人差指と薬指を頻繁に用いることになるが、この2本の指 がつくる音程はフォーメーションAとCを適用すればまったく問題がない。これらの音に開放弦で 得られる音を適度に絡ませながら、左手奏法の難度をより軽くしようとする工夫がみられる。S.フ レッチャーが、この作品をト長調で作曲した意図も理解できる。
次に右手奏法について分析を行う。伴奏パートは、8分音符による規則的な動きの繰り返しが 特徴である。ボゥイングのなかではもっとも単純な短弓によって演奏が可能である。それに対して 主旋律を弾くパートは、それとは対照的にやや長めの運弓を必要とする音が所々含まれている。
長弓と短弓を使い分ける練習として、適当な教材といえるだろう。また2つの音をつなげるスラー も挿入されているが、いずれも移弦を伴わないスラーである。作曲者の、初心者に対する配慮の 表れとも言えよう。
(2)《Polka》の考察
リピートしても、1分に満たない短い作品であるが、和声は《Banjo Tune》よりも複雑である。
前半の8小節はⅠ+6とⅤ9の和音で作曲されているが、後半に入るとⅣ+6の和音をきっかけにして機 能の異なる2種類のドッペル・ドミナントの和音があらわれる。最後の3小節間では1拍単位で4 種類の和音が連結され、最後はクラスターを思わせる装飾的な和音で終わっている。フォーメー ションとしてはAとDが主に使われている。この作品も開放弦の音が効果的に使われている。全 曲を通して上段は53個の音符、下段は124個の音符からできているが、そのうち開放弦の音だけ を拾い上げてみると、上段は25個で下段は80個を数える。すなわり、開放弦の音を有効に用いな がら、複雑な和声の響きをつくり出しているといえよう。右手奏法としてむずかしい点は、主旋律 パートのcrescendoがかかる音符、さらにクライマックスの部分にあたる2つの2分音符をほぼ全 弓で弾くための安定したストロークが求められることである。その他の音符は、pizz.を除けば弓 の元半分の短弓でほとんどが演奏できる。
ところでAdvanced Accompaniment for Duoと指定された下声部のパートは、連続するダブル・
ストップ奏法で書かれている。授業ではarcoとpizz.の学習を兼ねて、この伴奏パートを3つのグ ループに分けてアンサンブルをさせた。その内訳は、主に1拍目と2拍目ウラの4分音符に対して 弓で演奏するグループ、1拍目ウラと2拍目の4分音符による重音のうち上の音だけをpizz.で演 奏するグループ、そしてその重音の下の音だけをpizz.で演奏するグループである16)。
このように、音階練習で学習した奏法を生かすことができる作品(芸術曲)を選定するとともに、
左手と右手の両奏法の関連性についても、段階をおってそれぞれの課題にアプローチするように した。
3-3 ヘ長調の音階と2種類のフィンガーリング
授業も3分の2を経過した頃、フォーメーションDを用いて、フラット系の調であるヘ長調の音 階練習に取り組ませた。学生たちにとって4番目(最後)に学習するフォーメーションである。こ のフォーメーションの特徴は、2本の指同士が半音関係をもたない(これまで学習した3つのフォ ーメーションと根本的に違う)17)ところである。授業では、さらに別の指使いでこのヘ長調にチャ レンジさせた。それは、フォーメーションBを応用したポジション移動の学習である。
フォーメーションBを使って、D線の第1指から順に音を上げていくとホ長調の音階が得られる。
その「左手」をそのまま半音移動させて、同様にD線の第1指から開始するとヘ長調の音階となる。
すなわち、これはポジションのシフトを行った(第1ポジションが第2ポジションに置き換わった)
ことによる18)。しかしわずかな距離とはいえ、楽器を支える親指といっしょに左手を動かすと、手 全体の形がくずれてしまい、たちまち音程が悪くなる。これまでも何度となく試してみたのだが、
予想に反してよい結果が得られないことから、今回はポジション移動の“疑似体験”をさせるこ とを思い立った。半音の間隔は、せいぜい1cm強である。そこで親指の位置はそのままで、4本 の指だけを(形が崩れないようにして)第2ポジションの場所に移動させてみた。移動の仕方自 体に曖昧さを含んでいるため、あえて疑似体験という言葉を用いたが、わずかな移動によって隣 り合う(半音関係を持つ)調への移調が可能な弦楽器がもつ奏法の特徴に触れさせることができた。
このポジション移動を、I.ガラミアンは「ハーフシフト(half shift)」19)と称している。初心者 にとって、左の親指は決して楽器を支えるだけの指ではないことを学ぶ機会にもなったことだろう。
ただし、この奏法では親指の関節の伸縮が必要になるため、指自体に余分な力が入っていたり、
左手全体がネックを深く握っていたりすると、この奏法の真意を理解できないことになるだろう。
ハーフシフトの学習に対する「右手」については、これまで積み上げたボゥイング奏法の復習にあ てた。したがって、ここでは左右の奏法の関連性から述べることは特にない。
4.《The Old Clock》で試みたこと
20)ニ短調の和声的短音階で増2度音程について指導した21)あと、これまで培った知識と技能のす べてを、この作品の演奏手段に応用させた。以下の12項目がその留意点である。
(1) 小指を、開放弦の音の替え指にした理由を理解する
(2) 4つのフォーメーションを意識して、より正確な音程をめざす
(3) ハーフシフトの効用(スムーズな移弦)を理解する
(4) 増2度音程に注意する
(5) 弦楽器特有のポルタメント奏法の効果を味わう
(6) 特にかけ合いのようにできている部分を意識して、お互いのパートを聴き合う
(7) arcoとpizz.の使い分けを機敏に行う(pizz.のとき、弓の持ち方に注意するとともに)
(8) 変ロ長調に転調した中間部の曲想と速度の変化をはっきり表わす
(9) イレギュラーなボゥイングに留意する
(10) 音価に比例した長弓と短弓の使い分け、弓の使用する部分をそろえる
(11) マルテレ(martelé)、デタッシェ(détache)の2種類のボゥイングを使い分ける22)
(12) ダウンとアップをそろえるとともに、音の強弱の変化及びアクセントを明確につける
(1)から(5)が左手奏法に関する項目、(7)から(12)が右手奏法に関する項目である。表1 の破線は、過去に学習した主だった項目が、この教材に向かっていることを示している。S.フレッ チャーの楽譜(ヴァイオリンのパート譜)及びTeacher’s Bookの伴奏パートは、いずれもタイト ルにふさわしく、正確に時を刻む秒針の動きを音であらわしている。しかし終始一点イと一点ホの 音符が交互に並んでいるだけである。そこで、この授業で取り上げた上記の12項目を復習できる ようにするため、多少のアレンジを加えた。留意したことは、主旋律を演奏するパートが偏らない ようにしたこと、どちらのパートを受け持つにしてもarcoとpizz.の奏法を応用できるようにした こと、中間部での音の強弱の変化を大きくしたこと、“秒針の動き”を強調するため、8分音符を
‒ 57 ‒ 効果的に用いて律動感を出したこと等である。
5.まとめ
教材ごとに明確な課題を示すことで、全体を通した指導計画が立てられたこと、そして授業の 進行途中で大きなプログラムの組み替えをすることなく、一回一回の学習成果を積み上げること ができたという点では、一応の手応えを感じている。今後の課題として、以下3つの点をあげたい。
それは(1)「右手の指導方法の改善」、(2)「ペア(あるいはグループ)学習の時間確保」、そして(3)
「段階的なチェックと、チェックシートの再考」である。
(1)についてであるが、音をつくるという作業、そして音を音楽にするのは、右手だけに課せら れた大切な機能である。その意味から左手以上に難度の高い繊細なテクニックが要求されるため、
右手の指導には更なる改善を行う必要があるだろう。《The Old Clock》の中間部分での表現力の 乏しい彼らの演奏は、右手奏法習得の不完全さの表れと言える。(2)については、今年度(平成 26年度)さっそく実行を試みた。それぞれ4つの教室に分けて、グループ単位で課題曲(12回目 は《たきび》、最終回は《Fiddler’s Blues》)に取り組ませた。その間、筆者は巡回してアドバイス をしたり、彼らからの質問に応じたりした。結果的に実施してよかったのではないだろうか。日頃 は教師主導の授業スタイルに陥りやすく、そのため学生たちも受動的な態度に染まる傾向がある。
お互いの演奏を聴き合いディスカッションする時間も設けた。各グループの演奏を記録に残した ため、次回の学会発表では動画にて紹介したいと考えている。(3)についても、チェックシート の在り方自体を抜本的に改め、学生の自己評価とそのときの筆者の評価とを擦り合せるようにした。
右手奏法習得の不完全さの表れと言える。(2)については、今年度(平成26年度)さっそく実行を試み た。それぞれ4つの教室に分けて、グループ単位で課題曲(12回目は《たきび》、最終回は《Fiddler’s Blues》)
に取り組ませた。その間、筆者は巡回してアドバイスをしたり、彼らからの質問に応じたりした。結果的 に実施してよかったのではないだろうか。日頃は教師主導の授業スタイルに陥りやすく、そのため学生た ちも受動的な態度に染まる傾向がある。お互いの演奏を聴き合いディスカッションする時間も設けた。各 グループの演奏を記録に残したため、次回の学会発表では動画にて紹介したいと考えている。(3)につい ても、チェックシートの在り方自体を抜本的に改め、学生の自己評価とそのときの筆者の評価とを擦り合 せるようにした。そうすることで、演奏の良し悪しについて客観的な評価ができているかどうかを判断す るよい機会になると考えた。今年度も、この抜き打ち検査を二度行ったが、例えば2回目のときは一人ず つ《かたつむり》をホ長調で弾いてもらい、「薬指(第3指)や小指(第4指)の音程はどうだったか」
「左ひじが、適度に内側に入っていたか」「各フレーズの終わりの音に、適度な弓幅が使われていたか」
「右ひじの高さをコントロールして移弦をしていたか」等、左右の奏法に対する6つの質問項目を用意し て3段階による評価を行った。このように検査の結果を、次時以降に生かすことができるよう配慮した。
学生たちは、弦楽器の“むずかしさ”とともに「すばらしさ」も実感したことだろう。理論と実践のア プローチを通して、一つの楽器の奥深さを知ることの大切さを味わうことができたと思う。安易な操作で 簡単に音が出せることが蔓延する時代だからこそ、このようなアナログの世界に浸ってもらう時間も貴重 ではないだろうか。毎年、そのような信念と自負をもって、学生たちと真剣に向き合っている。
表2 表2 抜き打ち検査のときに使用したチェックシート抜き打ち検査のときに使用したチェックシート
そうすることで、演奏の良し悪しについて客観的な評価ができているかどうかを判断するよい機会 になると考えた。今年度も、この抜き打ち検査を二度行ったが、例えば2回目のときは一人ずつ《か たつむり》をホ長調で弾いてもらい、「薬指(第3指)や小指(第4指)の音程はどうだったか」「左 ひじが、適度に内側に入っていたか」「各フレーズの終わりの音に、適度な弓幅が使われていたか」
「右ひじの高さをコントロールして移弦をしていたか」等、左右の奏法に対する6つの質問項目を 用意して3段階による評価を行った。このように検査の結果を、次時以降に生かすことができるよ う配慮した。
学生たちは、弦楽器の“むずかしさ”とともに「すばらしさ」も実感したことだろう。理論と実 践のアプローチを通して、一つの楽器の奥深さを知ることの大切さを味わうことができたと思う。
安易な操作で簡単に音が出せることが蔓延する時代だからこそ、このようなアナログの世界に浸 ってもらう時間も貴重ではないだろうか。毎年、そのような信念と自負をもって、学生たちと真剣 に向き合っている。
注
1) 平成25年度の受講者は22名であったが、ヴァイオリンの学習経験をもつ学生はわずか3名(他の弦 楽器の経験者は皆無)だった。例年に比べて経験者が少ない年度であった。
2) 平成26年10月に開催された日本音楽教育学会第45回大会において「豊かな演奏表現をめざすヴァイ オリン教材開発の視点─アンサンブル活動を主体とした授業実践を通して─」というテーマで発表し た。
3) 学会発表を行ったときの資料である。「右手」について第9回目の授業で実施したときのチェックシー トである。シート右下の“点数”は、特に評価の対象になるものではない。(=表1の注4の説明)
4) これも学会発表を行ったときの資料である。表には8つの注が付けられているが、それぞれの詳細に ついては、本論及び注のなかで適宜説明する。
5) フレッチャー作品の有効性については、「アンサンブル学習のためのヴァイオリン導入期教材の模索─
New Tunes for Strings (Book 1) の有効性─」(日本音楽教育学会第43回大会(2011.10))におけ る口頭発表、並びに「導入期ヴァイオリンのためのアンサンブル教材選択の視点─S.Fletcher編纂に よる「New Tunes for Strings (Book 1)」の特徴を手がかりに─」(『研究紀要(東京音楽大学)』第 35集、25-37頁)において発表した。(=表1の注5の説明)
6) 本稿で用いる「フォーメーション(Formation)」とは、特定の弦上に揃えた左手4本の指の相対的な 位置関係をいう。
7) 左手の第1ポジションにおけるフォーメーションの習得状況から判断して(例年、第7回か第8回の 授業で)、2つのシールをはがすよう指示する。この印を取り除くことは“弦楽器の音程づくりは、指 先を見ながら行うものではない”ことを意味する。授業進行の後半における音程づくりに関わる大切 な要件である。写真2は、その頃の演奏風景である。左手の構えも整ってくる頃であり、弓の動かし 方も積極的になってくる。(=表1の注6の説明)
8) 写真1は、第4回目(平成25年10月24日)の授業で《かえるの合奏》を演奏している場面である。
元寄り3分の1あたりで弓を持つことによって、弓の重さが軽減されること、同時に短弓のストロー クを学習する際、ウエイトを弓にかけやすい状態が得られることから、ボゥイング練習の第1ステッ プとしてこの方法を採用した。(=表1の注3の説明)
9) 表1にある6種類の「音階名」は、いずれも第1ポジションにおけるD線とA線を使った場合に得ら れる調である。フィンガーリングやフォーメーションが同じでも、使用する弦をかえれば、異なる調(完 全5度上、あるいは下)の音階となる。(=表1の注2の説明)
10) フォーメーションAは、第2指(中指)と第3指(薬指)が半音をつくる型、Bは第3指と第4指(小 指)が半音をつくる型、Cは第1指(人差指)と第2指が半音をつくる型、Dは開放弦の音程を決め
‒ 59 ‒
ているナットと第1指が半音をつくる型。(=表1の注1の説明)
11) 楽器を左脇あたりに押し当て楽器の傾きを比較的立てた状態で、ウエイトを弓にかける練習方法を考 案した。演奏しているとき、スティックのしなり具合を目で確認させる必要があるため、左鎖骨から 低い位置に楽器を固定させる手段をとった。太い芯線が使われているG線を使う理由は、ウエイトが 必要以上にかかり過ぎたとしても、他の3本の弦に比べれば音がつぶれる割合は少ないと判断したか らである。
12) 「おはよう、おはよう、あさひはまだか、コーケッコー」という歌詞が付いた、全音関係をもつ二音か らなる2拍子の曲。
13) 属音は第1指を使う。この指が押える場所にはシールを貼っているため、音程を大きくはずすことは ない。なお「第1指」は、ポジションの位置を把握するための基準となる指であるため、すべてのフ ォーメーションづくりの学習に大切な意味をもつ。
14) 2つの音符が並んでいるとき、最初の音はダウン(下げ弓)、次の音はアップ(上げ弓)で弾く。その 原則を破って、連続でダウンを使うようなとき、あるいはあるフレーズの音がダウンで終わり、新た なフレーズが強拍の音ではじまる場合、その音にもダウンを使う。このようなボゥイングを称して“イ レギュラー”という言葉を用いる。
15) 第1巻には39曲の作品が収められている。この曲集の魅力は、各作品のなかに様式観が内包されてい ること、そして集中的に特定の奏法を学習できることである。
16) 本授業では、重音奏法に関しては取り上げなかった。作品によって重音で書かれた箇所は、このよう にパート分け(divisi.)にして分奏させた。対象年度は異なるが、学生たちによるこの作品の演奏は、
筆者の研究発表「教員養成系大学におけるヴァイオリン指導法の研究」(日本音楽教育学会第40回大会)
で、動画により紹介した。
17) 使用する指同士がくっつかない理由は、ナット(開放弦の音程を決めている弦の接点部分の一つ)と 第1指との間で半音をつくるからである。
18) この原理を応用すれば、第3ポジションではト長調となり、逆に第1ポジションから半音下げると変 ホ長調となる。限られた範囲のなかでの移調奏が可能である。
19) ガラミアンは著書(pp.23-24)のなかで、シフトには主に完全シフトとハーフシフトの2種類がある と断ったうえで「ハーフシフトでは、手と親指がヴァイオリンのネックのところでの接触の場所は変 わらない。親指は固定して動かさず、ただ曲げたり、のばしたりして他のポジションに移れるように する。」と述べている。このように手と親指の両方が、新しいポジションに動く「完全シフト」とは区 別している。
20) この教材は、第12回目の授業(平成26年1月17日)で取り上げた。すでに注2で触れたが、昨年の 学会発表のなかで、《かえるの合奏》「ハーフシフトの練習」《おおスザンナ》とともに、この《The Old Clock》の演奏風景も動画で紹介した。
21) この調を用いて和声的短音階を体験させた。これにより、隣り合う2本の指でつくる3種類の音程(短 2度、長2度、そして増2度)を取り上げたことになる。
22) 学習プログラムを設計するうえでの8つのキーワードのなかに「2つのアーティキュレーション」が あった。言うまでもなくレガートとスタッカートのことであるが、弦楽器の場合は弓の使い方(いわ ゆるボゥイングの種類)によって、レガートにも大きく分けてスラーとデタッシェがあり、スタッカ ートにはマルテレ、スピッカート、フライング・スタッカート等、名称は細かく分かれている。
参考文献
Fletcher, Stanley (1971). New Tunes for Strings (Violin: Book One). Boosey & Hawks.
Galamian, Ivan (1962). Principles of violin playing & teaching. Shar Products Company.
伊藤 誠(2011)「ヴァイオリン合奏による演奏表現力の形成過程─「弦楽器演習」のカリキュラム構築を めざして─」『音楽教育研究ジャーナル』第36号,1-11頁.
伊藤 誠(2014)「ヴァイオリン奏法における「拇指」の重要性─学習未経験者中心の演習授業を通して─」
『埼玉大学紀要(教育学部)』第63巻第1号,21-29頁.
永見信久(2013)「初期段階におけるバイオリン指導法に関する考察」『島根大学教育臨床総合研究』12,
117-130頁.
(2015年3月26日提出)
(2015年6月3日受理)
‒ 61 ‒
A Viewpoint for Developing Teaching Material Aimed at the Step-By- Step Acquisition of Violin Playing Techniques:
Proposal for a learning program centered on ensemble activities ITO, Makoto
Faculty of Education (Music Department), Saitama University
Abstract
This paper reviews the implementation of the “Stringed Instrument Practice” course, which was taught by the author, who normally teaches every year, during the second semester of the 2013 academic year (a total of 15 sessions), and describes the outcomes and challenges of the course1). The 22 students who took the course were mainly second-year students enrolled in the music ma- jor program. With the exception of a few, none of them had ever learned how to play the violin.
This discussion will include the following sections: Research Background; Features and Research Plan of the Course; Relationship between the Left and Right Hands (playing techniques of each hand), The Joy of Ensemble Playing, the F Major Scale and Two Fingerings for the Scale, Musical Experiments with The Old Clock, and Conclusion.
When playing the violin, the functions and roles of the left and right hands are completely different. To teach playing techniques that contain various inherent difficulties, scrupulous research into teaching materials and careful instruction planning are necessary. This time, I considered in particular instructional methods that emphasize the relationship between the playing techniques of each hand and the corresponding procedures for doing so. One feature of this class is that it centers on ensemble activities. While the diverse range of teaching materials includes nursery rhymes and children’s songs, Ministry of Education songs for schoolchildren, major and minor scales, and art songs2), I established a direction and objective to use playing techniques unique to stringed instru- ments from the very first step, and to have students create and enjoy beautiful harmonies by listen- ing to each other. In conceiving this learning program, I made use of past teaching experience and established eight elements related to playing techniques. There are three for the left hand (“Four Formations,” “Effective Use of Open Strings,” and “Function of the Thumb”) and five for the right hand (“Two Articulations,” “Moving Across the Strings,” “Long and Short Bowing,” “Awareness of Finger Joints,” and “Weight”). We expressed these eight elements, which are based on the au- thor’s own theoretical system, as part of the analysis of teaching material, instructional content of scale practice, and development of ways of musical expression. The learning content of The Old Clock, a teaching piece taken up in the final phase of the course, includes understanding the reason for making the fourth finger a substitute finger for open string notes, making quick alternations be- tween arco and pizzicato, applying the two types of bowing (martelé and détache), executing clear dynamics and accents, and using long bowing and short bowing in proportion to the values of notes, thereby simultaneously obtaining good placement of the part of the bow that is used. We
pursued a step-by-step instructional method, maintaining the relationship between playing tech- niques of each hand all the way through to the final teaching piece (Oh, Susanna).
By indicating a clear challenge for each teaching point, I was able to formulate an instruction plan for the entire course, allowing accumulation of learning successes without the need for a ma- jor reorganization while the course was underway. Challenges are “improving right hand instruc- tional methods,” “securing time for pair and group learning,” and “emphasizing step-by-step checks and check sheets.” From here on, I would like to continue our research with the aim of teaching classes that enable both students and teachers to obtain a satisfying sense of achievement.
1) The paper was compiled from the corrected and revised content of an oral presentation that was given at the 45th Conference of the Japan Music Education Society, which was held in October 2014. At the presen- tation, I introduced four videos of situations in which students were performing. Two materials that were handed out that day, “2013: Flow of Stringed Instrument Practice” and “Check Sheet (Right Hand),” are also reprinted herein.
2) We took up four songs (Banjo Tune, Jig, Polka, and The Old Clock) from New Tunes for Strings (total of two volumes), compiled by Stanley Fletcher.
Keywords : violin, instruction method, beginner, practice record, playing technique research