経営組織についての意識形態的考察 : 社会システ ム論的規範主義の視点からの問題提起
その他のタイトル Thinking about Management from the Standpoint of Ideological Organization
著者 岡田 至雄
雑誌名 関西大学社会学部紀要
巻 25
号 1
ページ 1‑29
発行年 1993‑09‑05
URL http://hdl.handle.net/10112/00022559
経営組織についての意識形態的考察
−社会システム論的規範主義の視点からの問題提起一
岡 田 至 雄
ThinkingaboutManagementfromtheStandpointofldeologicalOrganization YoshioOKADA
Abstract
TherearevariousprobLemsassoclatedMththeacutechangeswhlch havetakenpLace inthosesegmentsoftheJapanesebusinessNorLdwhich haveexperiencedtheprocessofpost‑1ndustrlaLization, SomeexampLesare:
thedisruptionoftraditionaL beL1ef inmanagement, thedeveLopmentof gLobaLization" theacceLerationof intercuLturaL reLationsandtheinno‑
vationofnew informationtechnoLogy(3C revoLution).
・ Theattemptmadehere istoempLoyasocia( systemsapproachtoshow howthesechanges havehadan impactonbusinessadministration・ Its basicperspective isthat aLL ofmanagementpracticesuLtimateLytake pLacefromHithincuLturaL systems,andespeciaLLythattheideoLogicaL systemand/orthe ideotogicaL c(imate isaLways centraL tobusiness administration, Thismeans that administrativepracticesare Linkedtothe Mder culturaL backgroundof thesocietyasawhoLe" toageneraL
managementphlLosophywhich is commontothewhoiebusinessadministration, andtotheuniquebusiness creedorvisionofeachenterprise.
ItrytoexpLaintheconnectionsbetweencertainadministrativeprac‑
ticesandthecuLtural ‑1deologicaL‑phiLosophywhich surroundsthem. HoH hasmanagementphlLosophy lnfluencedorganlzationaL cooperation?Howdoes management react tothecuLturaL changes lnwhlch itHas lnvoLved?Thls isanattempttounderstandtheseprocessesand/ormechanisms.
Keywords: thetheoryofsocialsystems,reductionofcomplexity,equivalent functionali‑
sm,multifinality, viewsofmanagement, ideologysystems,valuesystems, implicitcontract, rationalism,achievementprinciple,occupationorientedphil‑
osophy,administrationorientedphilosophy, intercultural interactions,elective affinity.
抄 録
経営組織が人間の協働を的確に維持しようとする時,強力なインパクトとなる要因として,機械設 備や技術的条件といった側面と人間のマインドコントロールに係わる側面を指摘できる。本稿は,後 者とりわけ組織運営・管理や組織の構造生成に当って,組織成員の積極的かつ献身的協力と経営指向 的態度の醸成を得るために決定的役割を演じる組織のイデオロギー形態に焦点を当て,その機能を考 察する。ここでイデオロギー形態とは,価値観・観念体系・意識形態などをトータルに総称するコン セプトであり,その内実は,企業をとり巻く文化体系をはじめ,企業経営一般に内在する基本的価値 体系,それぞれの経営体に独自の経営理念や信念,などによって多彩に構成される。その場合,本稿 の基本的分析視点は社会システム論的規範主義とでも呼ぶべきもので,経営組織をイデオロギー的組 織という観点から吟味・詳述する。
キーワード:社会システム論,複合性の縮減,等価機能主義,多結果性,組織観イデオロギー体系,
価値体系,黙契、合理主義、業績主義、職業原理,管理原理,異文化交流,選択的親和
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1. 経営組織の分析視点の潮流
組織の研究は,伝統的に所与の環境の中で能率的に組織目標を達成するために型取りされる合 理的なシステムの模索という視点から展開され,基本的に一元論的発想に基づいた組織観が主流 をなしてきた。フオックスは企業で発生するコンフリクトを分析するに当って三つの分析視点の あることを示唆した')がこの視点はそのまま組織観として援用できる。その視点とは一元論的枠 組(theunitaryframework), 多元論的枠組(thepluralist framework),急進論的枠組 (theradicalframework)である。端的に三者の特徴を素描すれば, まず,一元論的枠組とは 企業の構成メンバー間には共通の関心・共通の利害が存在するという仮定をベースにして,すべ てのメンバー間に利害の根本的衝突はないという立場から組織問題にアプローチする。次に多元 論的枠組とは組織内にいろいろな相異なる関心のあること, さらにメンバー間に利害の衝突があ ることをも積極的に認めた上で,妥協と調整の方法を組織戦略の骨子として追求する立場を指称 する。最後の急進論枠組というのは,多元論的視角を否定するのではなくて, この視角のもつ限 界に注目し,表面的な多元的共存に潜む矛盾,すなわちメンバー間に存在する基本的な不平等現 象,権力者・支配集団の絶対的優位性からくる不合理に論点を当てて組織の矛盾を課題視する 視座をいう。組織戦略上の作業仮説をめぐっての三者の重要なコンセプトは, したがって, それ ぞれ,献身・金科玉条,妥協・バランス,構造的矛盾・コンフリクトと概括できるだろう。
伝統的な組織観では,組織者の論理すなわち支配・権力集団の利害を追求する手段としての組 織活動に対して従業員サイドから反発・反抗することは不合理であり,戒むくきこととされ,一 元論的アピールがイデオロギーや宗教を駆使して強力に推進される。産業報国,滅私奉公,経営 家族主義,和・恭順, といったイデオロギーを反映した美句を始め,天職論,二重予定説,禁欲 主義,諦念思想といった宗教的色彩の強い観念を前燈に,経営サイドの企業活動の正当性と適法 性を訴える手法がまさに一元論的枠組の基本戦略となる。しかし, このような仮定に立って組織 戦略を策定する時代は去った。今まで, どちらかといえば,使用者・経営者サイドから自分達の 関益を追求するために編制する管理システムとして組織を問題にする傾向が強く,構造的要因と メンバーの職業的力量とのバランスを保つための組織構造,両者の激突を処理する方法としての 組織体系を考察するという局面がやや疎そかにされてきた嫌いがある。そのために,組織とは特 定の目的に指向し, より慎重に, より自覚的に計算された合理的な構成体として描写され,それ ゆえに内部に社会的コンフリクトや構造的矛盾の入り込む余地は原則として想定されていない。
ここで重要なことは組織はその作り手によって設定された構造に依存しつつも,特定の社会的環 境の中で適応的に生存・存続するための状況規定的関係様式をとり込む実相や,同時に組織内に
1)A・Fox, <@IndustrialRelations:asocialcritiqueofpluralist ideology'' inJ・Child.(ed)Man andOrganizationl973.
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セットされたいろいろな下位体系・部門がダイナミックに, また対症的に反応する様相を透析す ることの必要性である。とりわけ組織に内在する多彩な内的緊張や下位体系間のコンフリクトを 正視することを避けてはならない。その意味では多元論的枠組の方が妥当な作業仮説を提示して いるといえよう。
労使協調路線が汎化し,組合主義の狙いも体制内変革というよりも現状肯定の中での条件斗争 という色彩を強化している状況では,組織編制の基本戦略は多元論的にならざるを得ない。理念 的にはともかく,実質的・実用的には調整不可能な矛盾や対立は存在しないという視点を基調と しつつ, メンバー間の,あるいは部門間のコンフリクトや対立・抗争を的確に処理する制度や仕 組み・装置を考案するというのが多元論的発想の前提になっている。この視座には,組織は本質 的に目的指向的であり,課業をベースにして編成されるけれども,組織者サイドの意図が形式合 理的にどうであろうと,組織参加者は独自のいろいろな関益や目標を組織に持ち込むという現実 を重視する姿勢がある。したがって,作附けの装置の中にちょうどクロスワードパズルのように 適当に人材をはめ込んで完成すればよいといった安易な組織観を疑問視し,多彩でしかも場合に よっては激しく対立・衝突する目的や関益を保有した人々の連合体という観点から組織を把握 し,それゆえに組織は環境随伴的にあるいは状況随伴的に自己変革するし,流動的にその様態を 変える構成体であると多元論的組織観は診立てる。ここでは,バランス感覚,妥協,互換性・互 恵主義といったコンセプトが重用される。したがって, この枠組は比較的に安定した条件の下に ある産業社会では,一般受けのする中庸的作業仮説として容認されるだろう。特に組織が繁栄と 成長のサイクルにあって,報酬の持続的かつ安定的供給がなされ,一般に協調や協力が円滑に達 成され,協調が規範的価値として支持される反面,反抗や対立は反社会的・病理的行為とラベリ
ングされるような状況では,多元論的命題は説得力があるし,正論として強力な支持を得る。し かし,不況や利益追求に問題が生じ,組織に低迷状態が現われると,成長の陰に隠れていた集団 間の抗争や利害の対立が一気に表面化し,構造的要因に起因するコンフリクトや矛盾の解消に向 けての処方が求められることになる。労使間や組織の下位体系間に利害の不一致が構造的に内在 化しているケースでは, これを克服するための視座が必要となり,急進論的発想に活路が開かれ る。この事態は,多元的共存という単純な名目的モットーではもはや手に余るわけで組織の構造 的欠陥にメスを入れることが求められ,急進論的アプローチに対する期待が必然化することにな る。
一般に,かなりのしかも永続的な不平等や不利益が組織内に介在しているにもかかわらず,そ
れが組織を揺がすような深刻な事態に到ることはほとんどない。その理由として,人間の願望や
要求水準を醸成する価値体系の意義に注目し,不平等・不利益と不平不満との関係を心理的に論
及する見解がある。 この立場のキー・ワードは「相対的剥奪」 (relativedeprivation)である
が, このコンセプトによれば, 不平等・不利益に対する不満は当事者の受けている不平等(現
実)の度合に比例して感じられるものではないということになる。願望・要求水準が社会的コン
トロールの閾内にあったり,それと達成水準との折り合いが比較的容易につく場合には,確かに この相対的剥奪は有効な分析概念となるが,不平等と不利益に起因する衝突・抗争が構造的矛盾 の現われとして本格化した状況では,個人心理の問題としてではなく,構造的に処方する急進論 的診断が不可欠となる。急進論的アプローチとは,矛盾現象やその基底にある原理・原則のミス マッチや論理的不整合のメカニズムを,組織の構造的文脈という視点から吟味・精査することに よって,顕在化している課題現象に留まらず,潜在的に仮定される矛盾要因や問題点をも掘採し て,組織労働の人間化という視座から組織や仕事の構造の再編・改革に迫っていく構造変革的立 場を指称している。この立場は,資本一労働という対極的生産関係を軸にした階級的関係を主要 な決定因とみなして,不平等・非人間化の構造に迫るマルクス主義的分析と混同され易いが,両 者の間には一線が画される。組織構造や仕事構造に現われる問題点は,体制や政治的イデオロギ ーに帰着し得ない人間の行動科学的分析による解決を必要とするわけで,マルクス主義的アプロ ーチの適用できる領域は今では極めて狭小である。労働の人間化を労働者の人間化と言い換えて も,脱工業化段階での処方としてマルクス主義の適用できる余地はほとんど残されていない。急 進論の基本的視角は,本来,仕事に直接・間接的に当然内蔵されるべき人間的条件(たとえば,
物理的職場環境,賃金,労働時間,福利厚生,管理・監督機構,職業的成長,職務内容,意思決 定機構,地位・昇進システムなどの面で従業員の人格と基本的人権を保障すること)が剥奪され ることに対して,人間的条件の奪還すなわち人間性の復権を目指して構造的対策を考察するとい う点にある。したがって,その取り扱う課題領域は非常に多彩でバラエティに富み,社会体制や 思想的ドクトリンの枠を越えて究明されるべき性格をもちマルクス主義的発想とは異質の分析視 点をもつアプローチということになる。ただし, このアプローチの場合にも,実際には企業組織 に不可避の根本理念である経済合理性の追求という宿命的課題との間に乗り越えなければならな い障壁があり,次のような限界を指摘できる。確かに他の二者に比べて, より理想に近いモデル であるとしても,本性的に組織と個人の関係は純粋に人間性の実現という基準でその理想像を探 ることには馴染まないという厄介な問題がある。つまり,急進論的アプローチは,経営組織の二 大原理である能率の論理と非個性化の原理によって強固な足椥を填められていることになる。無 論, この立場から提起される「労働の人間化」をめぐる命題や具体的提案の中には注目すべきも のが多い。たとえば, スウェーデンのボルポ社でのベルトコンベヤー作業の廃止2), イギリスの タビストック研究グループの示唆した半自律的作業集団(semiautonomousworkgroup)の編 制3),ユーゴスラビアの労働者協議制(workerscouncil)を枢軸に据えた経営民主主義体制の
2)P.G・ユーレンハンマー「人間主義の経営:フォードシステムを越えて」(阿部実監訳)1978 3)A、K.Rice,ProductivityandSocialOrganizationl958.
E、L・Trist,etal,OrganisationalChoicel963.
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構築4)といった現実のアクシヨンに及んでいるものをはじめ, この課題に対しては多彩な立場か らの科学的洞察にもとづいた理論や主張が林立している。ただし,労働の人間化とは具体的にど のようなリファレントを指しているかを吟味してみると,その論者達の間に必ずしも明白な一義 性があるわけではない。広義には産業民主主義や組織民主主義に関連した内容, とりわけ意思決 定の人間化・民主化に焦点を合わすもの, また狭義にはJEp5)のように日常的業務内容の人間 化・質的充実に言及するものもあり, 「労働の人間化」のリファレントは釈然としていない。た だ, このコンセプトを課題視する際には,現状では阻害されている人間的要求の復権を目指して 組織体制を点検し,改善に向けて管理体制の見直し,人間化を計ろうとする努力が共通項として 認められる。高度工業化の実現に貢献した「合理化」 イデオロギーの予期せざる申し子「人間 疎外」,正確には「組織労働の自己疎外現象」の克服に向けての実践的手法の模索に関する基本 的姿勢の一つとして急進論的アプローチの論点に配意すべきであろう。
2. 社会システム論的規範主義一価値体系としての組織観一
脱工業化の成熟とともに,産業合理化の方向性が高度情報処理技術の導入・活用に傾斜し, コ ンピュータや先端情報機器の飛躍的高度化とその普及に伴い, これまでの組織論では対応できな い新しい組織現象が発生してきた。エレクトロニクスや光通信といった先端技術を駆使して開発 された情報ネットワークや情報処理業務の加速的急成長は,オフィスの作業工程や統制機構の大 幅な変更を余儀なくし,職場の組織構造の編成原理の見直しをも迫っている。業種によっては,
優秀な人材を得るための雇用戦略として,在宅勤務やリゾート勤務を呼び水にできるほど情報ネ ットワーク技術の画期的進展を促進し, マルチメディア化を導入するという推移の中で,同一の オフィスや工場に封じ込められた囲い込み的労働を前提にして提起された従来の経営組織論の一 般原理や有効モデルがもはや時代遅れで,通用しないという事態が発生してきた。経営組織論 の転生が必要なのである。仕事の構造にしても,本来人材に特有の仕事能力とされてきた調整 (coordinate),統合(integrate),判断(judge),想像(imagine)といった能力6),あるいは (1)多数の動作を行って,それらを(2)統合し(3)バランス(balance)をとり, (4)制御し(control) (5)測定(measure)し, (6)そして判断するという能力7)でさえも,その多くが情報処理システム
4)岡田至雄「産業民主主義と経営参加」関西大学「社会学部紀要」第18巻第1号, 1986.
J.Kolaja,WorkersCouncils‑YugoslavExperiencel965.
I.Adizes, IndustrialDemocracy‑YugoslavStylel971.
5)岡田至雄「組織行動と個人的システムー「仕事への動機づけ」理論に関する考察一」関西大学「社会学 部紀要」第15巻第2号, 1984.
JEPとはJobEnrichmentPlan(職務内容の質的充実のための構想)の頭文字を組み合わせて,造 語したものである。
6)P.F. ドラツカー「現代の経営」続篇, 1959, 112頁。
7)同書, 145頁。
・コンピュータによって代行され,人的資源の価値は低落傾向にある。このような状況下にあっ ては,管理.監督者が不在でも組織運営は可能になり,その意味ではリーダーシップ問題などは その領域そのものが消失することさえ想像に難くない。斬新な経営感覚と豊富な資金に恵まれた トップを有する企業にあっては, このような無監督者組織も実現不可能な組織スタイルではない ことも事実である。また仕事の人間化を推進する有効な選択肢として情報処理シスラムの有効利 用に目を向けるべきであろう。この段階になると在宅勤務や「仕事とレジャー」の統合をも射程 に入れたフレームを盛り込んだ経営組織論の展開が期待される。全体社会の生活構造や生活文化 に注目しつつ,仕事空間と非仕事空間の多角的な構成対応を射程に入れ,仕事,家庭, レジャー の三大生活プレーンのバランスと調和をも脈絡に入れて,組織労働や仕事の質やそのあり方を考 究するという視座がこのフレームには求められる。 「仕事の人間化」も基本的には労働権,生活 権,能力発揮,機令均等,平等・公正といった人間的要件の体現を枢軸としつつも,そのリフアレ ントにはもっと包括的.全体社会的な文化体系や主要価値に内在する文化項目(例えば, 自己実 現性, 自律性,民主性,情緒性など)や,非仕事空間での生活・文化スタイルが関与し,実体化 する。経営組織や組織労働をこのような生活文化的視野から抑えながら,他方ではミクロで閉鎖 的な仕事問題にも論及するというフレームの必要性が,社会システム論的発想の導入を必然化す る。ここで社会システム論的発想というものの中には,初期パーソンズ(T・Parsons)のシステ ムモデル以降,社会学の領域で展開されてきたオーソドックスな社会システム論の学説(たとえ ば, システムー機能主義,過程システムモデル,生命体システム論,意味連関システムモデルな ど)にとどまらず,経営組織の領域で提起された社会.技術システム論(socio‑technicalsyst‑
em),いわゆる状況随伴モデル(contingencymodel)8),産業関係システム論(industrialrel‑
ationssystem)なども当然含まれる。経営組織を社会システム論的視点から分析し,診断し,
処方するという場合に重要なリファレントになる現象は,等価機能主義,状況(環境)随伴性の 二重性,相補と自律の関係, 自己準拠的システム,複合性の縮減,情報提示=意味指示のメカニ ズム, コンセンサスとコンフリクト,均衡と適応,内的要件と外的要件,開かれたシステムとい ったコンセプト9)に絡んだ実態である。
経営組織を社会システムという視点から考察するということは,経営組織を制度化された価値 体系とみなし, この価値体系の統合と制度化を維持するメカニズムと捕えた上でこのメカニズム の安定化を探究することを意味する。いわゆる好ましい。期待される経営組織とは,一方で制度 化された価値体系を安定的に維持する型の維持機能が完遂され,他方で制度化された役割期待へ の同調を個人に積極的に支持させるように緊張処理が円滑に行なわれるようなシステムを内蔵し
8)ContingencyModelの邦訳は, 「偶有性モデル」「環境随伴モデル」「偶発モデル」「不確定モデル」な ど多彩であるが,本論文では「状況随伴モデル」とする。
9)これらのコンセプトについては新睦人・中野秀一郎編「社会学のあゆみパートⅡ」 (1984)の第1部 社会システム論の展開でわかり易く解説してある。
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た組織である。制度化された価値体系に対しては社会の文化的脈絡に応じて,それを維持しよう とする力とそれを改変しようとする力とが複雑に交錯するのが常態'0)であるから,型の維持と型 の革新とのバランスを政策的に執る必要が生じる。その場合, システムの安定化を狙うとなると その枢軸は型の維持機能に求めざるを得ないわけである。一方,個人的文脈でいえば,社会状況 の変化に伴い,個人が制度化された価値体系を疑問視したり,派生的に制度化さてれいる役割規 範や役割期待までも否定するといった事態を想定して, このような個人の精神的ストレインの発 生を未然に防いだり,発生した場合にはその解消に的確に対処できる機関が用意されていなくて はならない。換言すれば,緊張処理のためのメカニズムが不可欠なのである。無論, このケース でもただひたすらに制度化された価値を守り抜くという立場からの対策のみではなく,その価値 が現実不適合であるという判断の下に創造的に緊張解消に対処できる機構も当然含んでいる。経 営組織は,労使間,部門間,個人間といった多元的なレベルで複雑かつ多様な価値体系の林立を 常としており,それらの間には補完一非補完,調和一対立といった関係も多く見られる。したが って,社会システム論の概念を演用すれば,構造静態(morphostasis)と構造生成(morphge‑
nesis)の両過程'1)を円滑にコントロールしながら,調和と均斉のとれた安定的秩序を構築する こと, またより高い水準の自己調整や自己組織化を可能ならしめるメカニズムやフィードバック システムを装備することが求められている。経営組織はその性格上,適応的均衡システムと特徴 づけられるわけで,可変的で多様性に富む外部環境と循環一因果的にかかわりをもちながら,特 定の価値を選択し, それを洗練しつつ体系的に制度化しなければならない宿命を課せられてい る。その意味で,現存の組織秩序・状態を維持する方向での不断の努力にかかわる構造静態のプ ロセスと,現状をより洗練化し, より発展的に適応的変化を促進することにかかわる構造生成の プロセスとの両者に焦点を合わせながら,柔軟かつ的確な価値選択をするという図式が組織運営 のパラダイムとして不可避というわけである。その際,重要なことは,組織がその環境に適応し ていくためには,当該環境に内在する諸価値や文化項目に符合した有効かつ妥当な価値摂取対策 を臨機応変に講じうる体制を常に保持するということである。
このような社会システム論のフレーム'2)に急進論的視点を架橋することによって,経営組織に 対する社会システム論的規範主義という新しい組織論の展開が可能になる。
急進論的アプローチはどちらかといえば組織で発生する問題の解決策は組織内にその原因を求 められるという立場から戦略を模索するので,他の生活空間や組織外の要因との絡みで広角的に 解決法を探るという視座を欠いている。これに対して,社会システム論的規範主義というのは,
経営組織で発生する問題の因果究明に当って閉鎖的に組織内独立現象的に対応するのではなく て,経営組織内あるいは仕事空間で発生した問題といえどもその基底に外部社会や外的環境から
10)T.ParsonsandN.J・Smelser,EconomyandSocietyl956,pp.16‑17.
11)W.バツクレイ「一般社会システム論」(新睦人,中野秀一郎訳)1980, 73‑78頁。
12)詳細はW.バックレイ「一般社会システム論」を参照されたい。
の強力なインパクトがあるという観点から, これらのインパクトを射程に入れて処方菱や解決策 を模索するという姿勢が全面に出るので急進論とは異なる。ルーマンの等価機能主義(機能等価 性)'3)にこの立場の原点がある。
いかなる経営組織も相互に矛盾にみちた多種多様なシステム要件を同時に充たさなくてはなら ない。組織は絶えず難問やジレンマに悩まされ,その解決に向けて特定のアクションを策定する が, このアクションがさらに予期せざる結果や逆機能を招き障害を発生するために再びリアクシ ョンを講じなければならないといった具合に循環的変化を経ながら,組織は自己展開しつつ,構 造変化を遂げていく。このプロセスで採択されるアクションは機能的には等価の多数の選択肢の 中から,満足基準やゴミ入れモデルで任意に選ばれたものであって,万全のものではない。解決 策を決定する側からみれば,考慮されうる選択肢や代替案は機能的には等価を見越しているわけ であるから, どれを選ぶかは左程重要ではないが,組織運営の戦略としてみた場合には, この等 価機能的方法あるいは等価機能主義というパラダイムは注目すべき発想となる。
等価機能主義とは,問題解決に当って機能的に等価な手段を広角的・多角的に模索し,いろい ろな代替案(原案)を比較・吟味・検討しながら現実即応的かつ有効な解決策を選定しようとす る思潮を指し,柔軟な発想をベースにして展開される。例えば,仕事の人間化という課題に対し て,短絡的にJEPにその解決策を求めるのではなくて,労働条件の人間化,意思決定の民主 化,人間関係の改善, レジャー活動とのセットによる代償的補完化,将来構想も含む人事管理の 人間化などとの絡みで「人間化」の内実を埋めるべきであり,常にトンネル的視野で戦略を探究 し,選定することには難点があるとみなすわけである。利用できるカードの品数の多さこそ,最 適戦略を選定できる必須条件であり,等価機能主義の利点もここに壷きる。仕事の機械化やテー ラーリズムはそれだけでは非人間化の対象とはなり得ない。これらの仕事の形態は組織によって 思念された意味連関に照合された時,人間的な意味や人間化という基準での評価が可能になり,
実測される。技術そのものは本来没価値的であるが,それが実用段階に導入されるや否や価値評 価の対象となる。何のために,どのような意図や理念にもとづいてそれが使用されるかによって,
価値判断をされるわけで,実践段階では価値中立ではあり得ない。かって, レーニン(N.Lenin) は,ブルジョア的搾取の洗練されたやり方で人間の残忍な奴隷化をはかる極悪システムとして科 学的管理法(テーラリズム)を批判しながら,他方ではこの方法には極めて豊富な科学的成果が 収められていると高く評価し,すべての組合学校でテーラー (F.W.Taylor)の提唱した「科 学的管理」を教科書にするよう推薦したといわれている。 10月革命以後, スタハノフ運動に例示 されるように科学的管理は大きな意義をもつことになる'4)。このことは,技術がその使い手の目
13)N.ルーマン「目的概念とシステム合瑚生」(馬場・上村訳) 1990, 171‑186頁。
「法と社会システム」(土方昭監訳)1988, 31‑32頁。
14)笛木正治「科学的管理」1958, 206‑209頁。
レーニン全集第18巻第20巻,第33巻に指摘されているという。
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的とそれを正当・合理化する理念の如何によって, またそのことを評価する判定者の価値観によ って,二重の状況随伴性(doublecontingency)'5)の下で価値評価がなされることを示唆してい る。経営サイドの繰り出す諸施策の評価は,全体社会で支配的な文化.価値体系,企業.産業活 動というカテゴリーで重視される文化的脈絡, さらに経営組織という側面から演鐸される理念や 原則といった三者間に一元的に通貫する意味づけのメカニズムが無ければ,多義的となり,組織 の混乱は免がれ難い。組織活動に対して統轄的な有意反応を可能にし,意味秩序を明示的に徹底 するためには,整然とした意味加工のプロセスが明確に制度化されていなくてはならない。この 制度化を通じて組織成員の一義的な評価パターンが育成されるのである。認知・解釈・理解とい った心理的レベルで, また同時に判断・応対・反応という行為的レベルで,組織成員間に複合性 の縮減(Reduktionderkomplexitat)'6)が達成されない限り,有効な協働体系を維持するこ とはできないというわけである。
組織が秩序を維持し,その目的プログラムを的確に遂行するためには,組織活動を制度化し,
規範化することが不可欠であり,制度化・規範化に当ってはこれを推進する理念やイデオロギー が存在しなければならない。組織がその目的を達成するために立案・執行する条件的プログラム に対する組織成員の反応はこのイデオロギーを判断基準にしながら評価されるわけで,絶対的価 値基準が存在するわけではない。組織が明示的に公表したイデオロギーを基軸にして展開する施 策や戦略に対して,組織成員が真正面から異論を唱えることは極く稀で,かれらが問題にするの はむしろ条件的プログラムが唱導されているイデオロギーに符合しないことに対してである。イ デオロギーはそれ自身価値判断の基準として実践場面では機能するが, きわめて便宜主義的・戦 略的に選定される宿命にあるので,一般的な意味での安定した恒常的価値とは同定できない。し かし,特定のイデオロギーが確定した段階では,それと等価と仮定できる他のイデオロギーを選 択する可能性は無くなり,価値の複合性は縮減されることになる。経営組織が特定の価値を選択 し,それに符合して一定の処置や戦略を展開する局面は,結果的にみれば,その組織が重視する 価値序列を明示すると同時に,暫定的であるにせよ組織の安定的秩序を維持するに当っての基本 線が示唆されたとみなせよう。組織内でコンフリクトや矛盾が表面化したとしても,複雑性の縮 減が徹底している場合には, メンバー間や部門間の合意の形成や役割期待の適合的一般化はそれ ほど難しいことではなく,事態は深刻な抗争にまでは発展しない。イデオロギーは即自的には価 値序列の形成にはなんら関わりをもつものではないが,組織がこれを信条として主唱する際には 組織活動の価値評価の基準として,あるいは規範的指針として重要な役割を演じることになる。
組織運営に当っての基本的戦略の策定や戦略遂行のための細則の決定はもとより,実践段階での 15)T.パーソンズ「社会体系論」(佐藤勉訳) 1974, 16頁, 42‑43頁。
doublecontingencyを佐藤氏は「二重の条件依存性」と訳され,新睦人氏は「二重の状況偶有性」と 訳されている。
16)N.ルーマン「法と社会システム」前掲書, 180‑225頁。
「目的概念とシステム合理性」前掲書, 122‑143頁。
プロセスの分析や評価に対する判定基準はすべて,組織が唱導する基本方針すなわちイデオロギ ーに則って構成され,組織施策の許容範囲はこの方針によって制約され,複合性・複雑性は縮減 される。その意味で組織が唱導する主要価値や支配的イデオロギーは戦略的に採択される措置や 施策の中に常に明確に照徹されていなくてはならない。無論,複合性は経営サイドと同時に従業 員サイドにおいても縮減されないと,組織に混乱を招くことになる。組織成員の全てに対して,
フォーマルに一般化され,制度化された価値=意味の構造が提示され, これが徹底しないかぎ り,組織は統合・調整・コントロールの指標を失うことになり,組織の円滑かつ有効な稼動は望 めない。組織の機能要件は,最終的にはこの意味・価値秩序をコアにしつつ,状況随伴的に複合 性を縮減することで完遂できるわけで,主要価値の確定なくして,組織のノウ・ハウを策定する
ことはできない。
一般に組織内でコンフリクトが発生する契機をみると,指針化され一般化されているはずの主 要価値や信条と現実の組織運営との間にズレやギャップが著しく, これに対して組織メンバーが 疑念や不信を抱いている場合にもっとも深刻な事態になる。活動や思考の基準や指針として役立 たないような価値やイデオロギーは意味がないから, この事態を打開する処方は,時勢と周界の 動向を見極めながら,組織成員の合意が得られ,かつ成員の要求や期待が反映するように価値の 優先序列を組み替えること以外には考えられない。このことが不可能であるとしたら,組織の戦 略や施策の正当性・妥当性・有効性を判定することは愚か,組織運営そのものが不可能になるは ずである。したがって,数多くの価値の選択肢の中から,組織の現実に適合する価値を選別し,
それを単なる象徴としてではなく,現実の組織活動のレベルで実体化し,制度化することが組織 の重要課題となる。多様で複合的な価値群の中から,特定の価値を選定し,それを組織運営の要 義として周徹することによって始めて,組織が執行するアクションに対する価値的理解が可能に なるのであって,俗にいう客観的・普遍的な価値的理解と呼ばれているものは幻想に過ぎない。
一つの価値を有効かつ妥当なものとして採択した時点で, この価値との適合性によってすべての 事象は評定されることになる。つまり価値の複合性や複雑性が縮減されることで,指定された価 値にスポットを当てつつ価値的理解のフレームが醸成されるというわけである。組織は理念的に は人間の行為能力や人間性の完壁な実現に向けて真正の価値を探究・選定すべきではあるが,実 際には偶有的に,あるいは状況操作的に有効な価値を戦略的に選定するのが通則である。このこ とは,組織の価値選定のプロセスが普遍的かつ最適の価値の選択を必ずしも意図して作動するの ではなく,極めて戦略的,妥協的に稼動することを示唆している。
それぞれの企業が,全体社会,地域社会,産業界,一般的企業風土といった企業を取り巻く周 界の影響を受けつつ時間をかけて醸成してきた特有の価値観すなわち企業文化を修正したり,変 更したりすることは容易ではない。この価値観をベースにして諸種の条件的プログラムが制度化 されているので価値観の微調整ならともかく,不連続的変更'7) (文化革命)を断行する場合には,
17)日本経済新聞社編「続現代経営学ガイド」1989, 169‑173頁。
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現存のすべての制度を変更しなければならないために,組織はカオスに陥いるかもしれないとい うリスクを危倶し,二の足をふむことになる。一時マグレガーが労働者をY理論に診立てて処 方した目標管理'8)を,その一面である仕事の能率的運営面のメリットにのみ注目して, 日本の企 業でも導入に走ったわけである力3,そのほとんどは失敗に終り,途中でその続行を断念せざるを 得なかった。その理由は簡単である。 目標管理主義は単なる業務管理ではなく, 労務管理や人 事管理と一体化したイデオロギーを内蔵しているにもかかわらず,業務の能率的側面にのみ只乗 りしようとしたために組合の抵抗や従業員の反発を誘発し,意図せざる結果を招き廃止に追い込 まれたのである。特に,年功序列や生活給で彩られた旧態然とした労務管理システムを温存した ままでの, 目標管理の導入はどう見ても矛盾しているし, また逆にもし目標管理主義を総体とし て導入するとすれば,年功序列や生活給を既得権として支持する層からの激しい抵抗を受け,結 局導入を見合わせることになるだろう。いづれにしても,既存の企業文化に不連続的変化を敢行 するには,上からの指令という形ではなく,下からの要請,下からの変革への気運の熟成を待た なくては成功し得ないわけであるから,そのための意識革命にまず手をつけることが必要であ る。組織の管理は組織人の管理であるから,組織のポリシーはその成員に受容されなければ意味 がないことを考えれば,組織成員の意識革命や態度変容に1句けての教導的努力やネットワークづ くりを蔑にしてはならない。今,企業を取り巻く政治・経済・科学技術・文化といった領域を主 軸にして,周界の変化は,連続的・累積的変化は無論のこと,不連続的変革を伴いつつ複雑な態 様を呈している。特に急テンポで進展する情報技術革新と経済活動の国際化,加えて異文化圏間 の相互交流の加速化といった動向が必然化する中で,企業はこの変化を射程に入れて新しいビジ ョンと理念を見定めた企業文化の育成を迫られている。周界が複雑性を増すと,組織の複合性縮 減や主要価値の絞り込みは難解になり, ともすればコンフリクトや内部摩擦が頻発することにな る。海外進出企業がその人事戦略をめぐって現地労働者との間にトラブルを喚起したり,外国企 業との取引きで異文化に起因するトラブルが発生したり,あるいは日本企業の労務慣行の適用を 受けて外国人が抗議するといったケースに対して,価値理解というレベルで問題の解決を計るこ とができなければ,事態の基本的打開は難しい。その意味で企業活動や労働力のグローバル化・
ポーダレス化という粁曲の中で,わが国の経営組織がイデオロギーの見直しを前提にした構造的 調整を迫られていることは明らかである。
日本の経営組織はゲマインシャフト的性格で彩られ,感情的融和や精神的態度に依拠して組織 の機能を果すべく制度化されている。終身雇用制,年功序列制,企業内組合,温情主義的労務管 理,生活給・福利厚生制などをコアにした企業経営は,企業と個人が経済的動機を契機にしたゲ ゼルシャフト的・契約的関係にあるというよりも,単一組織専属型社会'9)の特性でもある企業と
18)D・Mcgregor,TheHumanSideofEnterprisel960
19)秋光翔「文化としての日本的経営」1990, 89頁。
個人の一体化すなわち,企業は個人の家族や生活を丸抱えする形で従業員を管理する。この価値 的.手段的集団主義や企業帰属意識を基軸にした個人と企業の関係を欧米型社会の宗教的結びつ きに類似するものと診立てる見解20)も的を射ている。全人格的献身,忠誠,和,協調といった態 度を重視する日本的経営は確かに同質性への固執と異質性の排除を汎化した宗教的結合に酷似し た均質主義イデオロギーと親和した人事管理を強力に推進していることを否めない。伝統的に単 一民族観に占有された集団主義を骨子に,同質的な人材の協調・融和・結束を統合原理とする人 事戦略が根強く制度化され,異質なものとの共存には馴染まない体質を温存している。企業活動 の国際化という潮流の中で,人の心を大切にしながらタテ社会の論理を前面に出す集団主義で組 織の安定と効率を得ようとする日本的経営が問題視され,外国人の受け入れ方やその処遇の仕方 が問われているわけである。一般に日本的経営は外国人労働者を「ヒト」とみる視点に欠け,そ のために人権の無視・軽視が著しく,差別に鈍感であるといわれる。その裏には吸収同化路線を 軸に同質性の濃淡を基準にして人材の序列化・差別化に走る人事戦略21)が, 日本文化にマッチン グしているという現実がある。 日本的経営の基底にある日本文化が,多文化主義や異文化交流や 異質との共存に適合せず,むしろ, これらの円滑な遂行にとって阻害要因となる特異性を内包し ている点に注目すべきであろう。
このような状況にあって,異質との共存を実現するためには, (1)異種の企業文化を融合し,ハ イブリッドして,新しい企業慣行を創立するか, (2)適用する方針や慣行を適用対象の文化的背景 を考慮して多元化し,差異化するかのいづれかが選択肢となる。無論, この他に吸収同化もある が, これは論外である。例えば, 日本的慣行の中で,外国人が屡々疑問視しているものに, カシ
・カリの論理や根回し,義理・人情・恩といった信条22)の持ち込みがあるが, これらへの同化を 外国人に求めることは容易ではない。これらは外国人にとって不条理かつ受け入れ難い慣行であ り異種交配23)の難しい制度的文化であるから第2のタイプでしか対応できない。また,滅私奉公 的一体感や会社に対する総有意識,学歴主義,年功序列制,終身雇用制といった日本的企業文化 は,若干の手直しや修正を加えることによって,外国人の企業観・経営組織との調整が見込まれ ることから第1のタイプの処方が期待される。つまり,双方の価値観を妥協的に融合して新しい 複合文化を組成する方向で対処できるというわけである。これからの経営組織は基本的に国際化
・グロバリゼーション・異文化交流といった方向性を避けては通れない。欧米企業には「国際 化」という経営方針はないと言われている24)。しかし, 日本では歴史的に単一民族観が根強く浸 透し, ウチ・ソト隔離意識を基底にした内密外疎的・自己防衛的戦略が蔓延しすぎてきたため
20)同書, 90‑102頁。
21)同書231‑234頁。
22)日本経済新聞社編前掲書, 180頁。
23)同書, 222頁, 55‑66頁。
24)日本経済新聞社編「テラスで読む日本の経営」1989年, 48頁。
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に,敢えて「国際化」を標傍して経営の転換に取り組まなければならないほど,今,事態は深刻 化しているというわけである。経営の国際化とは,結局,人事・人材の国際化に収散するから,
国民性や民族文化の異種交配を射程に入れた複合性・多様性の縮減が不可避となる。
複合性の縮減に当っては,前述のように,適用する価値・文化・制度を諸種用意して,その適 用対象を分離分割するという分離主義的方法をとるか,適用対象を全員一括で対象間の差異を調 整しハイブリッド化した新しい価値・文化・制度=複合文化を育成するという融合主義的方法を とるか,あるいは両者の混合形態をとるかの選択に迫られる。日本の企業は国際的に見て独特の 日本的経営理念や日本的経営手法を持っているので,欧米各国はもとより外国の社員との間でハ イブリッドした新しい複合文化を創成することは非常に難しく,結局,吸収同化を強要するとい うケースが多い。人事の国際化,人材の国際化という問題は,国際的に共通の文化圏として類別 できるエリアでは円滑に推進できるが, 日本は他国に比べて特異な企業文化や企業風土,人間関 係上の慣習や制度を保持しているので,多くの高いハードルをクリアしないと実のある国際化を 達成できないという事情がある。したがって適用対象を分離分割して,異質の対象にはそれに符 合した価値や制度を加味してハイブリッド化した価値を適用することになり,複雑な多価値主義
・多文化主義をベースにした共存・共同というスタイルがモードにならざるを得ない。しかし,
この多文化主義は,いづれの文化も等価・平等として扱うことを前提にしているから,全体的に 見れば,文化の複合性を縮減することによって組織の統合性を確保するという狙いに逆機能す る。日本的経営に特有の制度や企業文化と諸外国のそれらとの間に,絶対的評価という基準で,
優・劣,善・悪,良・不良を判定することはできないから,双方の調整は妥協と互譲にもとづい て推進されるはずであるが,実際には一方の側に吸収同化されるという形で結着しがちである。
日本では相対的に脱亜入欧観が強いから,西欧文化には弱く,それに誘引され,伝統的かつ日本 に固有の文化や制度でさえも比較的安易に欧米風に修正・変更する嫌いがある。西欧流の個人主 義,実力主義,仕事帰属主義といった理念の安易なとり込みが, 日本的経営の根幹をなす集団主 義イデオロギーの特長や実質的有効性を精査することなしに行なわれるという事態はまさにその 好例である。文化的コンプレックスの如何が組織運営上のイデオロギー選定に直映する適例でも ある。
異文化圏の交流にあたって,知識,価値,宗教,文化などの相違に起因するギャップや企業風 土・文化間に発生するトラブルは,実際にはハイブリットというよりも交流の当事者(国)間の 力関係をベースにした妥協というスタイルでの解決が一般的である。特に日本文化は上下関係や 序列感覚に鋭敏な反応を示すという特性を温存しているので,その意味では多文化主義やハイブ リッド方式は理念的にはどうであれ,実際には導入しにくく,結局,一方的な同化戦略(同化す るか,同化させるかの違いはあるにせよ)に依存させるを得ないという問題点を抱えている。タ テ社会的発想の転換が急務というわけである。
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3. 黙契一組織的共同の基底一
経営組織を社会学が問題にする際には,同等の立場に立つメンバーが協力的に仕事・職務・課業 をデザインし,執行し,調整する装置として組織活動に迫るのでは不十分で,多元論的に,ある 特定の立場にある人が,かれの設定する目的を達成するために課業を考え,企画し,構造化した 上で,必ずしもその目的とは符合しない異質の目標や関心をもつ人々を採用し,かれらをコント ロールするプロセスで喚起するコンフリクトや意図せざる結果の実態を少くとも的確に把握する という要件を充足しなければならない。経営者サイドの仕事の構造化および組織形態の選択に当 っての基本原則は採算性と予測可能性を基準にした合理化にある。合理化の本質は採算性.計算 可能性にあり, これを強調することは伝統や宗教に代って科学・技術的基準で最適の組織形態を 操索することの必須性を示唆する。組織の核心は,内部体系という側面からみれば職務.課業の デザインとそれらの管理・調整・コントロールの仕組みをいかに合理的に構成するかという点に 求められるが,その場合古典的管理論学派では,あらゆる組織に適用できる普遍的最適モデルの 探究という形でこの問題に迫っていった。例えばファヨールは自己の経営経験にもとづいて組織 の管理機能に注目し,その一般原理(generalprinciplesofmanagement)を析出し,組織を支 配する原理を14項目にわたって提唱した25)。無論,かれ自身はこれらの原理が絶対・普遍的なも のではないことを明言してはいるが,内容的には鋭敏な現実的分析に支えられた普遍的モデルの 定立と性格づけられる。フォーマル組織に焦点を絞り込んで科学的に評価できる組織モデルを学 史的に模索した場合,常識的にはその原型を官僚制の理念型に求めるのが通説となっているが,
現実科学的視座から診ればフアヨーリズムの卓越性はその比ではない26)。しかし, フアヨーリズ ム・モデルにしても基本的な組織デザインの形式についてはかなり体系的に精綴とはいえ,人間 関係の機微や環境の影響力が組織の構造化に対して与えるインパクトという基本的要件について 解答が用意されているわけではない。いわば最適モデルというよりも,組織編制上の基本的ガイ
ドラインあるいはチェックポイントの提示とみなした方がよい。分業体制は職能主義,部門主 義,マトリックス型のいづれがよいのか。給与は能率給,職能給,生活給,年功給のいづれを枢 軸に据え, これらのバランスをどう保てばよいのか。集権一分権体制,職務権限規程はどうすべ きなのか。意思決定機構は, ラインとスタッフの調整は……。このような組織にとっての基本的 問題に対して,組織編制上の二大原理といわれる職業原理と組織・管理原理を活かしながら,具 体的に模範解答を示すということは不可能に近い。理念上の戦略ならともかく,実践的に最適有
25)H.Fayol,Administrationindustrielleetgeneralel916.
(Trans,byC.Storrs,GeneralandlndustrialManagemementl949・ pp.20‑41.
26)岡田至雄「経営組織の一般原理と状況随伴モデル」関西大学「社会学部紀要」第19巻第2号, 1988, 17
‑21頁。
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効モデルを想定することは難しい。理念的・形式的に合理的な施策が実質的に合理的で順機能的 結果を招くとは限らない。古典的経営管理論の因果律では同じ施策に対しては常に同じ結果が生 じることを想定しているが,最近の状況随伴モデルでは同じ施策をとっても相異なる結果が生じ るという「多結果性(multifinality)の原理」27)が当然視され, この因果モデルが行動科学の領 域では一般化している。ウェーバー(MWeber. )の「意図せざる結果」「結果の逆説的現象」
をはじめ,マートン(R・Merton.)の「逆機能」 「潜在的機能」といったコンセプトは, これら 多結果性の原理を立証する概念でもある。その意味では,組織が採択するすべての施策は,それ が静態的なものであれ,動態的.創生的なものであれ,特定の時空の下で仮定的にその有効性や 順機能的成果を予期しているに過ぎず,環境や状況の変化を読み込んで採択・決定されているわ けではない。しかも, これらの施策は常に最善策や最適案が選択されるのではなくて,一般的に 満足基準によって決定されるに過ぎず, まして,その結果を完壁に断定できるほど精巧な科学的 予測が施されているわけでもない。むしろ, この戦略決定のプロセスは,科学的合理性や洗練さ れた知的判断というよりも, コーエンが皮肉をこめて言及した「ゴミ入れモデル(garbagecan model)」28)で説明した方がより現実に近いかもしれない。このような偶有的で思いつきに依拠し た形で採択される施策にあっては,その成果についての主観的な期待値は想定できても客観的な 実効値を予測することはできず,時として内部矛盾やコンフリクトを招くことも珍しくはない。
組織を実践的に編制する際の基本原理は経済的合理性であるが, この原理を全うするために選 ばれる合理化という作業仮説はその語感ほどには明噺ではない。合理化という概念には即自的な 現象やリファレントがなく, これを標傍する主体が確定して始めてリファレントが具体的に決ま るという極めて窓意的な特性が潜んでいる。つまり,合理化の内実は特定の人間や集団によって 決められるという経緯が非常に重要である。その際,サイモン(HA.Simon)が指摘したよう に,人間は完壁な合理性によってではなく,常に制約された合理性にもとづいて価値判断や事実 判断を行い'最適基準ではなく満足基準をべースにして現実適応的に代替案を策定・処方する29)。
いろいろな不確定要素をコントロールしたり,除去したりできないまま,偶発的にたまたま思い 付いた素案に一見合理的帰結であるかのような粉飾を施して処方葵を出すというのが合理化の偽 らざる内実である。感覚的「合理化」のレベルで示されるこれらの施策は, したがって,不完全 かつ半端場当り的で短絡的なものが多いといわれ, このことは合理化プロセスそのものに限界 と難点が内在し,合理化と称されるプロセスが,実は実質的には何の科学的裏付けももたない,
不合理な選択で構成されるというまさに逆説的展開をしていることを暗示している。更に皮肉な
27)W.バツクレイ前掲書, 76頁。
28)M.D.Cohen,etal, !$Agarbagecanmodeloforganizationalchoice''AdministrativeScience Quarterly1972, vol、 17,No. 1, pp、 1‑25.
29)J、G.MarchandH.A.Simon,Organizationsl958,pp.169‑171,pp、 203‑205.
H.A.サイモン「経営行動」(和田,高柳,二村訳) 1965, 96‑108頁。
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ことに,産業合理化や経営合理化の旗印の下で展開される多彩な政策や戦略が,意図せざる結果 一組織内に緊張, コンフリクト,抗争など−を誘発し,経営者サイドの思わくで推進される 合理化が内部衡突や内部矛盾の発生源となるという事態を招くことになる。その意味では,組織 活動は長期的に見れば,形式合理性と実質合理性の不断の緊張,いわゆる構造的矛盾に対する有 効な処方と対策が講じられて始めて円滑に運営されることになる。一般に仕事の組織化に当って 顕在化する構造的矛盾の原点は,職業原理と組織・管理原理との激突にある。これは個人に付さ れる中心的価値と組織に付される合理化原理のぶつかり合いでもある。ひいては,全体社会の文 化と経営組織の文化との矛盾にまで演緯できる構造上の問題であるケースもある。これらの問題 の根底には,人間の問題を考慮することなしに,経済合理性の追求という文脈の中で経営者サイ
ドの関益によってのみ決定がなされるというメカニズムの偏依性がある。一般に,労使間で表面 化するコンフリクトや組織に意図せざる結果を招く多くの矛盾現象は,合理化のプロセスの不完 全性や未熟性に起因するというよりも,概して一般組織成員の人間的側面や人間的条件の尊重と いう視座を軽視して執行される経営者主導のアクションが引き金になっているケースが多い。無 論このようなメカニズムが一元的にこのようなコンフリクトや矛盾に連動するわけではない。
人間が組織に加入する場合には,少くともその中での自己の処遇をめぐって暗黙の了解すなわ ち黙契30)を想定している。つまり,個人と組織の間で相互に無言ではあるが同意すべき事項があ り, これを前提にして両者の関係はダイナミックに作動するわけである。個人は組織に対して何 をなし,何を期待すべきか,逆に組織は個人に対して何をし,何を期待すべきかについて,組織 メンバーは黙契的に情報をインプットし,一定のオリエンテーションを文化的脈絡の中で敏感に 感受する。一般に従業員は,状況随伴的な価値基準(基本的な価値)の内面化と,個人的な損得 感情との折合を黙契という形で自己処理する。たとえば, 自律性・創造性・自己実現性を断念し て滅私的犠性をも甘んじて厭わないが,その代償として応分の見返りが当然得られることという 形で黙契を定立するわけである。この黙契が組織において一元的に支持され,履行されてはじめ て,労使の協働が可能になり,労使関係は安定化することになる。したがって, もしも貢献と報 酬とのバランスについての従業員の黙契が経営者によって破られたと感応されたならば,労使の 安定性は崩れることになる。一般に,黙契は,組織を取り巻く文化的環境の影響を受けながら,
組織構成員の個々の評価活動を共通の文化的・価値的基準によって査定できるように機能する
「暗黙の合意事項」と定義づけられ, ワトソンはそのフレームを次のように要約している。
1. 貴重な資源が欠乏している社会では, これらの資源に関する利権を求めたり,あるいは守 ったりするために役立つように関係者の間で協定が結ばれる。
2. 特定の集団が,乏しい資源の争奪に当って他の集団を打ち負かし,制度のコントロールや イデオロギー的宣伝を通じてかれらの有利性を固持しようと,常に企んでいる。
30)T、 J.Watson,Sociology,Workandlndustryl987,pp.100‑102,pp、220‑223.
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3. ある社会で,ブルジョア集団がかれらの利益を得ることに成功したので産業資本主義が出 現した。しかし,官僚制,技術的分業,賃労働,最新技術といった形式合理的手段を活用す ることで得られるかれらの有利性は常に脅かされている。その脅威は,単に特典のない集団 による挑戦によるだけではなく,産業資本主義体制そのものに潜んでいる多彩な矛盾傾向の 結果として生じる。
4. 労使関係は黙契(implicitcontract)を中心に展開する。この黙契とは,従業員が自分達 の特定の動機・期待・関益から見て自分達に個人的な資源(例えば,技能,知識,体力,財 産など)さえあれば最高の取り決めを可能にするような,不揃いの集団間に成立する協定で ある。取り決められる契約(約束)は,従業員の努力,損傷, 自律性の放棄といったインプ ットと,現金収入,付加給付,仕事の満足感,社会的報酬,安全,地位,立身出世の可能性 といった報酬との一定の関係(一部は明示的であるが,その不確定性のゆえに大部分が暗黙 的である)を含んでいる。
5. この契約は,特にそれが取り決められる市場的文脈に影響を受けるので,本質的に不安定 である。雇用主の側の市場生存能力がコストを最小にすべく一定の圧力をかける。すなわ ち,報酬を削減するか,あるいはより一層の努力を求めるか,いづれにしても従業員に不利 に作用する圧力がかかる。しかし,従業員は,雇用主が重視する市場とまったく同一の市場 で商品やサービスを買い求めるために, 自分達の立場を守るために対抗することになる。逆 説的に言えば,経営組織の宣伝広告やマーケティングの努力が,従業員の報酬を増大させる か少くとも安定させるべく圧力をかける(つまり,従業員と消費者は結局は同一人物である から)。雇用関係の中で作動するこの矛盾する圧力の模様は図1に示される。
資源や願望に対する 階級的思考様式の影響 階級的思考様式の影響
個人と経営組織との間の黙契(implicit contract)
臺票悪ヨ云雲謡壼
労力・努力・体調の悪化 給与,付加給付,仕事の 従業
員一
識・体力
経資
a
資 本 a
営者 技能・知識・体力
などの資源の保有 者として 動因や関心の荷い 手として
の荷い
精神的集中・勤勉,
自律性・自治権の放棄 経営者の支配を容認等 精神的集中・勤勉,
自律性・自治権の放棄 経営者の支配を容認等
資源の保有 者として 動因や関益の荷 い手として
↓満足感・達成感,安全性
社会的報酬,地位・昇進 進歩向上性等 満足感・達成感,安全性 社会的報酬,地位・昇進 進歩向上性等
a
○ ︐
bb
経営者に挑戦 するために集 団行動をとる 傾向がある
戦集 る
報酬を最大にし 経営者の出費を 増大せんとする 圧力が作動、
結果的に労使の衝突を 伴いつつ協定(黙契)
がバランスを失うよう に圧力が稼動する
出費を最小にし 従業員の報酬を 極小化せんとす る圧力が作動
能團
めI術自 傾I
能率 をあげるた めに組織的・技 術的変更をする 傾向がある。
市場
図1 社会的・経済的文脈の中での労使間の黙契
(出典T.J.Watson:Sociology,Work&Industry, 1987, p.224)
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6. 能率や市場生存力を増大するために,雇用主は多様な組織的・技術的変化を導入するが,
いかなる変化も,たとえそれが些細な変化であっても,従業員に黙契が脅かされるとみなさ れた時は,従業員の反抗を誘発する。この反抗は,仕事の満足感といった心理的報酬を縮小
したり,職人的技能を活用する機会を少なくしたりする施策が原因である場合もあれば,労 働強化という形での従業員の労力投入の増量を要求したり,従業員の自律性の度合を圧縮し たりする計略に起因するケースもある。潜在的なコンフリクトが,雇用状況ではいかなる経 営的発案にも実際にはつきものなのである。
7. 従業員は, 自分達の市場的地位を高め, 自分達の立場を守るために,雇用者のより強力な 権力に対抗して効果を収めるのに必要な集団的挑戦を示すべく,関係者間でいろいろな提携 をとり結ぶ傾向がある(各従業員が,雇用者がそれに依存するような特殊な技能や知識を持 っている場合は例外であるが)。かくて雇用組織の内部には,労働組合組織,専門職業者集 団の動員,事務所や現場でのインフォーマルな集団づくりなどが現われる。これらのすべて が経営者の特権に対する挑戦を表わしている。
8. すべての仕事空間には,経営・業務の状況や内容, また収益・報酬内容についての一定の 交渉や再交渉による合意・協定がある。この交渉過程の一部がフォーマルなものに過ぎず,
その大半は暗黙の合意である。外部環境は絶えず変化しているので, これらの合意や協定は 常にその安定性をおびやかされている。労使関係の基底に潜む利害の衝突はいつ表面化して もおかしくないし,特に次の二点に論点は集約できよう。つまり,従業員に配分される物質 的報酬の量と経営者に与えられる従業員に対するコントロール権の度合である。
9. ある特定の黙契がバランスを失うと感知される時には常に不平不満の事態が発生するとい える。この不平不満が, ストライキから常習欠勤にいたる, また妨害行動から退職にいたる 幅広い反応を喚起する。不平不満は以前の黙契の原状を回復することによってのみならず,
黙契を新しい型に再調整することによって解消される。たとえば,技術の変更に伴う自律性 の目減りを埋め合わせるために,現金収入の増額に応じるといった調整31)。
組織的共同を円滑に推進するためには,上からの厳格な監督やコントロールのみでは不十分 で,共同を演出する道徳的・精神的基盤の整備が不可避である。この基盤から誘発される規範的 秩序が,黙契に反映する。したがってこの黙契は,個人が組織に加入する際に,かれを取り囲む 多元的な文化的環境や企業文化を射程に入れつつ主観的に想定する常識的な合意事項に過ぎず,
本質的に可変的で不安定であり,社会や企業の体質の変化に敏感に感応するという特徴を有して いる。しかし,状況規定的にしる組織との間に常識的に黙契が設定できることで個人は安心して 組織にインボルブできるわけで, この黙契は組織の最重要要素である。労使間の紛争や衝突も,
従業員が想定している黙契が無視され,脅かされ,破約されたことで誘発される不安・不満に起因 する面が大きい。この現象は別のコンセプトで説明すれば,役割期待の相補性が崩壊した事態と
31)"d.pp.221‑223.
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