1.現状と研究目的 厚生労働省の調査によると2013年7月末時点で、来 春卒の高 生の求人数は前年同期比18.1%増の約17万 2千人、求人倍率は0.18ポイント増の0.93倍となり、 前々年度より好転している。しかし、現代の若者の就 職に関わる諸問題はこれまでの日本の社会制度・慣行 の中では未曾有の事態であり、これへの対応が重要で あることは共通の社会認識となっている。若者の就職 に関する問題は、景気の減退や国際化に伴う企業の海 外進出などの産業社会の変化によるものはもちろん、 特に高 生の就職においていわゆる「一人一社制」や 「学 長推薦」など独自の制度が崩壊ないし変容する などの求人−就職システムの変化にも起因する。 こうした戦後の学 による職業斡旋は、当初は学 及び教職員の機能・役割を超える(逸脱する)行為と して全面禁止となり、職業安定法成立時(1947年)に も国会等で議論となった(柴沼俊輔「学 における職 業紹介担当者の人的資格要件の制度化過程」『産業教育 学研究』第43巻第2号2013年)。しかし、「学 外の施 設・機関の専門職員」による英・独・仏国型や「専門 の職業カウンセラー」による米国型とは異なり、日本 の学 における職業斡旋は、いわば独自の慣行・制度 として定着した経緯がある。現今の高 生に対する職 業紹介の担当者が職業斡旋業務を代行・代替している ことは、教育学における専門用語でいう「デマケーショ ン」問題であり、これは教育学研究として十 取り上 げられてはこなかった(大学生の職業紹介制度は学 に限定されないのでやや事情が異なるが、それでも最 近はキャリアセンターを拡充して対応している)。 そこで本研究では、学 におけるキャリア教育の担 い手として制度化されている教員免許状「職業指導」 に着目し、その成立過程を検討することで、現在のキャ リア教育やキャリアガイダンスのあり方に示唆を得る ことを目的とする。 2.教育行政における政策動向 現在の事態に呼応して、2011年1月に中教審答申「今 後の学 におけるキャリア教育・職業教育のあり方に ついて」が出された。この答申の重要な点の一つは、 若者の学 から社会への移行を円滑に進めるために、 特に後期中等教育と高等教育におけるキャリア教育・ 職業教育を充実させ、実際の進路選択とりわけ就職へ
中等教育段階における教員免許状「職業指導」に関する研究
A Study on Vocational Guidance of Teachers Certificate for Upper Secoudary Level
佐藤
人
SATO Fumito (和歌山大学教育学部)
Abstract:
This article examines the process of organization of vocational guidance, a kind of teachers certificate legislated by the Educational Personnel Certification Law,in order to receive suggestions for the way of career education and guidance in the schooling in Japan. The conclusion is as follows. (1) Vocational guidance has been regarded as one of teachers certificates or equivalent license after the World War II. (2)This legal status is based on the educational ideals in democracy. However, vocational guidance has been taking the unique role as before the World War II. Because of the changes of the educational content and the students future courses after graduation,it has not functioned and has been overlooked. (3)The current needs for career education and guidance require the professional abilities of teachers for vocational teachers. However,it makes the aims of vocational guidance of teachers certificate meaningless,because the human resources from outside of schools are substituted for teachers.
Keywords:vocational guidance, teachers certificate, upper secondary level, career education, career guidance 和歌山大学教育学部教育実践 合センター紀要 №24 2014
の実績に効果をもたらすことを企図していることにあ る。さらに注目できるのは、これまでの「職業観・勤 労観」の育成など子どもの内面に働きかける取り組み が主であったキャリア教育と、「特定又は一定の職業に 関する知識・技能・態度等」など子どもの外的側面や 能力形成をねらいとした職業教育が2本立てとして明 確化されたことである。 また大学生のキャリア教育に関しては、大学設置基 準の改正によって職業指導・キャリアガイダンスの義 務化がなされるなど事態が進行している。いずれにし ても若者の職業生活への導きは、個人の権利保障と社 会のマンパワーの両側面において必要であり、昨今の 状況では喫緊の課題であることは明白である。 このようにキャリア教育・職業教育は、第一に「観」 の育成(心理的側面)、第二に職業の知識・技能・態度 (能力形成側面)の2つの取り組みで進展しつつある。 しかしこれらを「誰が担うのか」という人的リソース の課題に関して、現在は検討すべき段階に来ていると える。 3.戦前期における教員免許制度とその特徴 戦前の国家主義体制下における教育は勅令主義に基 づいており、帝国議会での審議を経て実施される教育 行政は教育予算などごく限られた内容と範囲において であった。戦前における教員の資格に関する一定の水 準を担保するため法制度、すなわち教員免許制度も勅 令主義に基づいて定められていた。その特徴の一つは、 免許取得の資格を学 種別毎に定めていることである。 具体的には、初等教育の教員については小学 令、中 等教育については中学 令・高等女学 令・実業学 令のそれぞれで規定していた。 戦前期の教員制度に関する研究として海後宗臣らの 『教員養成』 がよく知られている。この研究によれ ば、教員免許制度は「教員養成における一定の目標を 示すとともに、教員養成の具体的な教育内容を拘束す る作用をもつ」 とされている。国家主義体制下におけ る国民教育の中核をなす修身や歴 ・地理などの教科 を教えるための基礎段階は初等教育である。初等段階 の教員には、こうした内容を教員養成段階において習 得させなければならないから、その役割を担う制度と して官立の師範学 が制度化された。これは国民教化 の徹底が図られたことと軌を一にしている。もともと 教員養成を目的としている師範学 及び高等師範学 の卒業生には、卒業と同時に免許状が授与されていた。 これ以外に国立の大学・専門学 の卒業者には、指定 学 の卒業生として免許状が授与されていた。これと は異なり 私立の大学・専門学 の卒業者には、卒業 生に免許状が授与される「許可学 」とそれ以外の学 があった。さらに「試験検定制度」があった。 海後らの研究によれば、こうした戦前の免許制度は 「きわめて重層的で複雑である」としている。さらに 「教員養成学 を特立することによる特権の附与する ともに、制度における種々の内規の運用にあたって主 観的な判断の入り込む余地が少なくない」として、そ の不合理、不 平の危険性を指摘している 。この時期 の教育行政の恣意性は勅令主義に基づく根深いもので あり、例えば学 の設置や教育費の補助の許認可など にしばしば見られるものである。こうした特徴をもつ 戦前の教員免許制度は、それぞれの学 別の発達・整 備と関連して改訂が行われ、海後らの見解としては「そ の歴 は戦後に連続している」とされる 。 戦前戦後の画期に際して、国家体制や国民観等の劇 的な転換が生じたことは、教育に留まらず制度・シス テムの変換・変容に影響した。例えば1947年制定の教 育基本法第10条に教育行政の役割が明確に規定された ように、教育内容など教育の内的事項への介入の禁止 と国民主権に基づく教育条件整備がその主な役割とさ れた。教育学研究における戦前戦後の法制度と原理の 連続・断続に関する課題は、このように教育行政や財 政の 野においては、戦前戦後において明確な転換が あったとする場合が少なくない 。例えば戦後の教員 免許制度特徴として取り上げられるいわゆる「開放制」 に関しても、すでに戦前からその理念は見られ、制度 改革への動きも見られた 。教員免許制度に関して、 「連続している」とする海後らの指摘をさらに詳細に 検討することが必要であろう。 4.実業教育に関する教員免許制度 戦前の教員免許制度について、中等教育段階に焦点 を り、論点を整理する。先述したように、中等教育 段階の教員免許は、当初学 種を規定する学 令に よって規定されていた。実業教育に関しては1899年に 実業学 令制定時に教員について初めて規定され 、 さらに1903年の実業学 令中改正においても継承され た 。しかし、実際には文部大臣が定めるとした「規則」 は制定されず、1907年の「 立私立実業学 教員資格 ニ関スル規程」(文部省令第28号)によってようやく実 現する。この規程の主な内容として教員資格を認めら れる者は、①学士を有する者、②帝国大学及び官立学 の卒業者、③文部大臣の指定した者、④文部大臣が 許可した者となっている。その後1922年の「 立私立 実業学 教員資格ニ関スル規程中改正」(文部省令第5 号)によって「教員免許令ニ依リ教員免許ヲ有スル者」 に改められ、試験検定や無試験検定による免許状授与 に切り替わっている。しかし、卒業した学 による免 許状授与の原則は継続されており、この改正は免許状 主義への制度転換とはいえないものであった。 このように、実業学 の教員資格は原則として卒業 した学 の経歴によるものであることが明らかであり、 小学 及び中学 の教員についての免許状主義は、実 業学 には適用されなかったことがすでに指摘されて いる 。 すなわち、戦前期の教員免許制度は、学 種別の規 定を基礎としながら、その内容は 種によって異なり、 中等教育段階における教員免許状「職業指導」に関する研究 150
実業学 の場合においては、学歴(卒業した学 歴) が基本となっていた。このことから明らかなように、 戦前期の教員免許状制度は、その原理と制度内容にお いて統一されていなかったといえる。実業学 に特徴 的な問題は、他の中等教育段階の学 に比べて、無資 格教員が多数存在したことである。実業教育はその 野・領域が多岐にわたることが特色であり、各 野・ 領域の専門的知識・技能を有する者を教員として確保 することの困難さは従来から問題視されてきた。こう した実業教育固有の課題から、教員資格に関しては学 歴・学 歴のみによって認めざるを得ない状況となっ ていたと えられる。 5.戦前における職業指導の位置づけ 現在と同じく戦前においても学 卒業後の進路、と りわけ就職の必要性から学 及び教員による就職紹 介・斡旋行為は常態化されていたことが明らかになっ ている 。元来、職業指導は失業者対策としての社会 政策の側面 が強く、労働・厚生行政との関連が無視 できない。特に1930年頃には青少年の就職希望者が激 増する情勢となり、職業紹介機関はこれへの対応が求 められるようになる。具体的には、1930年7月に内務 省社会局社会部長と文部省社会教育局長の共同通達が 出され、学 及び職業紹介機関の連携が目指された。 社会におけるその必要性から、教員養成においても 「職業指導」が取り扱われることとなった。具体的に は、1931年の師範学 教授要目改正にあたって、教育 学のうちに「教育指導及ビ職業指導」が位置づけられ た。さらに1942年の同改正では独立の項目として「職 業指導」が教育内容として位置づけられた。 このように教員養成においても「職業指導」が重視 され始めたことによって、その意義や役割が他の 野 にも波及・影響することとなる。例えば、1938年の職 業紹介法改正に伴って、厚生・文部両省による「小学 卒業者ノ職業指導ニ関スル件」(両省訓令第1号)が 発せられ、両省の連携が図られることになっている。 さらに、職業指導の内容を学 教育の内容として位置 づけるという えに従って、文部行政においても1943 年に普通学務局がそれを所管することとなった 。 このように職業指導の必要性が社会的に重要である と認識され、学 教育における位置づけも次第に大き くなっていった。 6.戦前期の教育制度改革と職業指導 昭和戦前期においては教育制度改革が教育関係諸団 体や政党等によって論議されており、少なくない改革 案が示されていた。 寄俊雄によれば、こうした改革 諸案の全体的傾向は以下のようにまとめられる 。 ①たんなる制度批判にとどまらず、改革構想にまで 整えられたこと。 ②構想の提案主体が、個人的レベルにとどまらず、 官野の諸団体の意見として 表されたこと。 ③改革案や改革案形成のエートスが、戦後教員養成 改革への理念的遺産になったこと。 ここで論議された改革諸案は教育制度全般に及んで いるので、必ずしも教員養成や教員免許に限ってはい ないけれども、 寄が指摘する3点について、戦後の 教員免許制度へと繋がりに関して若干検討したい。 ここでは具体的な事例として、帝国教育会調査会「学 制改革案」 を取り上げる。これは、こうした諸改革 案のなかでも、実業教育に関する教員養成についても 一定程度の改革構想が示されているからである。その 中で中等教育の教員養成については以下のように改革 案が提案されている。 一.師範大学を認め、その修業年限を4カ年とする こと。 二.高等師範学 は(中略)廃止すること。 三.技能科及び実業科の教員養成に関しては、専門 学 又は大学に教員養成所を置くことを得る事。 改革案の内容には、実業教育の内容、すなわち教科 等の専門性に関する言及はないことがわかる。同様に 職業指導に関する言及もなく、その位置づけなどは不 明である。しかし、実業教育の特殊性に配慮しており、 その専門性の担保の観点から専門学 や大学での高度 な教育を必要としていることは興味深い。この部 だ けでは、社会状況や学 の教育現場における職業指導 の重要性が増しているにも拘わらず、教員養成・免許 の制度改革においては職業指導が特別に位置づけられ ているとは看取れない。 7.戦後の「教員免許法基本要綱案」と「教育職員免 許法」 戦後の教員養成研究では山田昇の研究が知られてお り、その中では教員免許制度 設の過程として文部省 における教員免許法の準備過程が整理されている 。 文部省による「教員免許法基本要綱案」は1947年10月 29日付けで、さらに「教員の免許状の種類案」も11月 1日付けでまとめられている。「種類案」 を詳しく検 討してみると、中学 の教科としては、「職業」が示さ れているけれども、「職業指導」は見当たらない。ま た、高 は「実業科科目」としては、「工業」「商業」 「水産」「家 」が示されているけれども、やはり「職 業指導」は見当たらない。 戦前からの経過の中で、職業指導の重要性が認知さ れ、教育内容として位置づけられていたにも拘わらず、 この時期にはそれが教員免許法の対象教科とは見なさ れていなかったことがわかる。 ところが、1949年5月に制定される実際の「教育職 員免許法」及び「法施行法」の内容には、大きな変 が見受けられる 。中学 の教科として「職業」とは 別に「職業指導」が独立しており、さらに「職業実習」 も独立した教科とされた。高 の教科も「職業指導」 が単独の教科とされた。こうした法内容の変 の経緯 和歌山大学教育学部教育実践 合センター紀要 №24 2014 151
については、なお調査が必要ではあるが、先の「教員 免許法基本要綱案」と「教育職員免許法」との変化は わずか1年半ほどの期間に起こっており、戦後の教育 理念とは無関係に職業指導の重要性に基づく教科化が 企図されていたことになる。このことは、戦後の免許 状制度における「職業指導」が他の 種・教科とは成 り立ちが異なることを示している。 民主主義教育の理念に基づく子どもの職業選択の自 由や社会的自立の保証に関わって、学 における職業 指導(Vocational Guidance)は重要な役割を担うもの と位置づけされた。「免許状主義」「 開制」等を特徴 とした戦後の教員免許状制度にもその反映がみられ、 中学 及び高等学 の教員免許に「職業指導」が 設 された。戦後の免許制度では、中・高 において教科 担任制を基本とし、教員免許もこれに対応して各教科 を基本に種類が決められている。ここでは「職業指導」 も教科の一つとして構想されていたことが同制度の設 立経緯から看取できる。 8.「職業指導」の担い手 このように構想された中・高 「職業指導」ではあっ たが、その後の教育現場における職業指導の実態には これを十 活かすことができなかった。戦後の学習指 導要領において中・高 には「職業指導」が教科とし て教育課程に位置づけられず、現在までこれが継続し ている。さらに職業指導に関して、本来は職業斡旋を 専門職とする教職員を措置するべきであったが、実際 には教育職である教諭を「進路指導主事」として充当 し、しかもこれは必置の職員としなかった(学 法施 行規則第71・104条)。それに伴って教員採用の実績が ほとんど無いことも明らかになっている。さらに戦後 の学 教育においては、中学 卒業後の進路が1974年 には高 進学が90%を超えたことによって、中学 に おける職業指導はほとんど進学指導に切り替わったと いう実態もある。これに対応するように「職業指導」 は「進路指導」に取って代わり、中・高 における職 業指導はいわばその機能を十 果たしてこなかったと いえる。 9.キャリア教育の必要性とその担い手 前述の通り、現在では大学生を含めて若者の就職問 題は厳しい状況にあり、学 教育においてもこれに対 応することが求められている。現在のキャリア教育の あり方も特定教科を設定するのではなく、教育活動全 般においてそのねらいを実現することが方針とされて いる。従って、中・高 の教員はこれまで職務として 十 自覚的ではなく、教育実践の蓄積もないキャリア 教育の実施に戸惑いや不安をもつこともあり得る。こ うした状況においては、例えばNPO法人や就職産業等 の外部講師の招聘などで対応することが少なくない。 こうした人材を活用すること自体はキャリア教育の内 実を豊かにするためには肯定されるけれども、教員免 許法の趣旨とはかけ離れている。キャリア教育の担い 手として中・高 の教員の能力形成や職務の明確化は 重要な課題である。 10.まとめ 戦後教育の理念を実現させるための制度として整備 された教員免状制度において、「職業指導」は他の 種・教科とは異なる成立要因を持っていた。その特徴 は以下のようになる。 (1)戦後の教員免許状の一つとして、中・高 の「職業 指導」は教科ないしそれに準ずるものと位置づけら れていた。 (2)「職業指導」の教科ないしそれに準ずるものに位置 づけたことは、戦後の教育理念に基づくことと同時 に、戦前から独自の役割を担っており、他の教科と は異なっている。それ故にその後の教育の教育内容 や卒業後の進路状況の変化によって、職業指導を機 能不全とし、その機能や教育的価値は見過ごされる こととなった。 (3)現代におけるキャリア教育の必要性はこれを担当 する教職員の専門的能力を要請するものの、即時的 対応により、「職業指導」免許状の趣旨が活かされ ない状況を発生させている。 注 1 『教員養成』戦後日本の教育改革 第八巻 東京大学出版 会 1971年 2 前掲同書 p.235 3 前掲同書 pp.235-236 4 前掲同書 p.236 5 代表的な教育行財政制度の研究として小川正人『戦後日 本教育財政制度の研究』(1991年 九州大学出版会)をあ げておく。 6 寄俊雄「文理科大学・高等師範学 の存続問題」神戸大 学発達科学部研究紀要 4⑵ pp.131-146 1997年 7 「実業学 教員ノ資格ニ関スル規則ハ文部大臣之ヲ定ム」 8 「 立私立ノ実業学 ノ教員ニ関スル規則ハ文部大臣之 ヲ定ム」 9 前掲1と同じ。p.247 10 石岡学『「教育」としての職業指導の成立−戦前日本の学 と移行問題』勁草書房 2011年 11 仙崎武他『生徒指導・教育相談・進路指導』田研出版 2011 年 12 文部省『産業教育百年 』ぎょうせい 1986年 p.192 13 前掲6と同じ。 14 帝国教育会編『学制改革案 調査報告』1932年 15 山田昇『戦後日本教員養成 研究』風間書房 1993年 16 国立教育研究所「戦後教育資料」Ⅴ-36 17 『例解・教育職員免許法』時事通信社 1949年 中等教育段階における教員免許状「職業指導」に関する研究 152