特集
タイの大学におけるビジネス日本語コースの現状と課題
―カセサート大学を事例として―
ユパカー・フクシマ
1 タイ人日本語学習者は 2012 年頃から急増し、2015 年の日本語教育機関調査でも 2012 年に比べて 34.1%増の 173,817 人となり、ついにアメリカを抜いて世界第 6 位になった。その背景にはタイの教育 方針、日本のサブカルチャーの人気、および日本とタイの経済的結びつきの強さという 3 つの要因が 考えられる。この約17 万人の中、高等教育機関の学習者は 14.3%の 24,789 人であり、大学の卒業生 の大半がタイ国内の日系企業に就職することを踏まえ、企業が求める日本語人材はどのようなものか、 それらの要望にビジネス日本語コースがいかに対応しているか、カセサート大学を事例としてビジネ ス日本語コースの現状と課題を考察した。 キーワード:タイの大学、ビジネス日本語コース、現状と課題、カセサート大学1.はじめに
70 年の歴史注 1を持つタイの日本語教育は、2012 年 頃から学習者数が急増した。国際交流基金が3 年ごと に実施する日本語教育機関調査によれば、2009 年には 学習者数が78,802 人だったが、2012 年には 129,616 人に増加し、64.5%増となった。2015 年の調査結果で も2012 年に比べて 34.1%増の 173,817 人となり、ア メリカを抜いて世界第6 位になった。中国、インドネ シア、韓国、台湾では、2012 年に比べて、学習者数が 減少したが、タイでの学習者は増加を続けている。 この背景として、2010 年からタイの教育省が中等 教育機関を対象に「WORLD-CLASS STANDARD SCHOOL」という方針を導入し、外国語教育の重要性 が再認識されたことが挙げられる。これにより英語以 外の第二外国語が理科系を含めた全てのクラスで履修 可能となった。このように国の教育方針が日本語学習 者数の変化に大きく影響を与えているが、同時に日本 のサブカルチャーの人気の影響も大きい。Yupaka 他 1) 調査では、「日本文化への興味」が日本語学習動機の 一位になっており、興味の対象としては漫画・アニメ、 音楽、アイドル、料理、映画が順に挙げられる。また、 2013 年に観光ビザが免除され、日本へ旅行するタイ人 観光客が増加し、そのため日本語を学習する人も増え 1タイ国カセサート大学人文学部助教授 た。加えて、タイと日本との経済関係も良好で、現在 タイの国内外から注目を集めている政府の重要政策で あるEEC注 2(Eastern Economic Corridor 東部経済回廊)に対する日本企業の関心も高い 2)。2017 年 JETRO の調査によると、活動が確認されたタイにお ける日系企業数は5,444 社で、2014 年に比べて 877 社増えた。日本語が運用できる人材は就職しやすい状 況であると推測される。 このように、タイの教育方針、日本のサブカルチャ ーの人気、および日本とタイの経済的結びつきの強さ という3 つの要因の相乗効果によって、日本語学習者 数を押し上げていると考えられる。
2.企業が期待している人材
日本企業における高度外国人材の採用・活用に関す る調査報告書注 3によれば、今後外国人留学生の採用を 検討している企業のうち、21.2%が「タイ」、19.8%が 「ベトナム」、17.5%が「インドネシア」と答えており、 東南アジアの学生の需要が高まっている。これを反映 するように日本法務省の『留学生の日本企業等への就 職状況』では、日本で就職した外国人が年々増え、平 成28 年の報告ではタイ人が第 6 位、在留資格変更許 可注 4は238 人と 2013 年から徐々に増加している。 それでは、企業はどんな外国人材を求めているのだろうか。前掲の高度外国人材の採用・活用に関する調 査の結果から、採用時に最も重視されるのは日本語力 で、具体的にはBJT 日本語能力テスト J2 レベル注 5以 上(N1 相当)である。次に「コミュニケーション力」 「バイタリティ」「熱意(志望度)」「専門性」が順に続 く。一方、教育機関に期待する教育内容は、(1)日本 語能力(日常会話・読み書き)、(2)日本の企業文化へ の理解を促す教育、(3)日本企業の基本的なビジネス マナー教育、(4)ビジネスシーンで使用する高度な日 本語教育、(5)社会人基礎力の育成が上位を占める。 これに対して、タイにおける日系企業の要望に関し ては、原田3) による日系企業とタイ人日本語学習者を 対象とした日本語ニーズの調査がある。それによると、 企業側は多くの場合、会話だけではなく、読み書きも 十分でき、日本の商習慣やビジネスマナー・付き合い 方も理解できることを求めていることが分かった。具 体的には、事業戦略などの文書や専門用語が混在する 文書が読めて理解できること、技術的な事項・案件を 理解し専門用語を使いこなせること、E メールや FAX によるやり取りができること、日本語によるスケジュ ール表の作成ができることである。タナサーンセーニ ー他 4) の調査でも、企業側が期待する日本語能力は、 企画書が読める、マニュアルが翻訳できるなど専門的 な知識も必要であると、上記と同様の結果が得られた。 更に、鹿目他5) がタイの日本企業が求める日本語能力 について調べた結果、JLPT のレベルには言及がなか ったものの、学習しておくべき科目として日常会話、 日本事情(文化社会)の他、ビジネス会話、ビジネス・ ライティングなどビジネス関連科目が挙げられた。こ れらの条件・資質は、堀井6) が提示している「ブリッ ジ人財」に該当する。「ブリッジ人財」の定義は、母国 と対象国(日本)の2 国間をつなぐ仕事に従事する人 材である。ASEAN 諸国の展開を進めている企業にと っては日本語に堪能で企業文化に精通したブリッジ人 財が求められる。 企業や卒業生が感じている問題点、大学への要望に ついては、タナサーンセーニー他4) の調査で明らかに なった。企業側が感じた問題点としては、仕事の進め 方や仕事への姿勢・態度が言及された。一例として「分 からないことを分からないと言えない」「ホウレンソウ ができない」「社会的マナーに欠ける」「すぐやめる人 が多い」などが挙げられた。また、大学に対しては、 「敬語の使い方を教えてほしい」「ビジネスの基礎知識 を教えてほしい」という要望があった。 一方、卒業生が就職して職場で感じた日本語使用に おける問題点は「聞く・話すなどコミュニケーション 上の問題」「専門用語や敬語」「ビジネス知識」などが 挙げられた。また、スィラダー7) では、ビジネス日本 語コースの卒業生によるコースへの評価の結果、会話 能力を育成する教室活動が不十分であることが挙げら れた。これらはパッチャラポーン8) で卒業生の仕事上 で感じている課題の上位に挙げられている「聞き取れ ない」「日本語で話せない・伝達できない」「専門用語 が分からない」などと一致している。これに加えて、 卒業生が大学に求めるものとして「日本人と話す機会」 「聞く機会」を増やすことが挙げられた。この他、「日 本の社会で役立つマナー」「日系企業の文化」に関する 教育への要望も見られた。
3.ビジネス日本語コースの現状:カセサー
ト大学を事例として
3.1 ビジネス日本語コースの現状 以上の様々な調査研究から、企業が外国人材に求め る資質・条件は高度な日本語能力、コミュニケーショ ン力、日本の社会文化、日本の企業文化、ビジネスマ ナー、社会人基礎力などで、日本人の場合と変わらな いと言える。日本語主専攻課程を持つ大学の教育目標 が日本企業への就職ではないが、大半の卒業生が日系 企業に就職するという事実から、大学も企業の要望を カリキュラムに反映させていく必要があるだろう。 日本語主専攻課程を持つ大学は、国立・私立合わせ て38 校(41 学科)あるが、このうちビジネス日本語 学科があるのは 6 校注 6である。数は少ないものの、一 部の大学はより実用的な日本語が必要と考え、企業の 要望に対応しようとしているという状況が、見て取れ る。カセサート大学も1983 年に開設した従来の日本 語専攻に加えて、2012 年に新たにビジネス日本語専攻 をスタートさせた。日本語専攻の入学条件は、日本語 既習者であることに加え、大学入試での日本語試験の 正答率が60〜70%以上であることとなっている。ビジネス日本語専攻の場合、日本語未習者注 7を対象 としているため、日本語を主専攻としたい理科系の学 生も多く出願した。両カリキュラムの違いは、ビジネ ス日本語専攻のほうが、就職に役立つ科目(企業文化、 政治経済、ビジネスライティング、ビジネスプレゼン テーション、通訳、翻訳、ホテル日本語、観光日本語、 エアライン日本語、貿易日本語)を選択科目としてよ り多く設けている点である。とはいえ、1 年生で日本 語を文字から学び始め、2 年で初級が終了し、4 年生 の学習レベルは中・上級程度である。4 年次終了時点 でもN3 への合格者は約半数で、N2 は数人である。 このように、ビジネス日本語専攻は、ビジネス場面 で応用できるカリキュラムとして期待され、発足した が、日本語能力そのものが、企業が求めるレベル(N2 程度以上)まで届いていない。さらに一般的認識に反 して、ビジネス日本語コースの卒業生が従来の日本語 コースの卒業生より日本語能力が低いという現象が見 られる。これは日本語未習者を対象としていることと も関係しており、ゼロ初級からスタートしたビジネス 日本語コースの現状だろうと思われる注 8。 Pakatip 他9) の分析では、N2 合格者のほとんどは、 大学入学時点で日本語既習者であり、多くは日本への 留学経験がある人であることが分かった。ビジネス日 本語コースにはエアライン日本語、貿易日本語など専 門日本語の科目があるが、この場合、専門知識、専門 用語を習っても日本語の実力が伴わなければ意味がな く、カリキュラムの見直しが必要である。表1 には 2 表1 日本語専攻とビジネス日本語専攻の違い 日本語専攻 ビジネス日本語 専攻 講座開始 1983 年 (現在2017 年度 改訂版カリキュラム 使用) 2012 年 (2017 年以降 新入生受け入れ 中止) 対象者 日本語既習者 日本語未習者 入学条件 日本語試験は60 ~70%以上獲得 入試全体の得点 カリキュラム の特徴 アカデミック・ ジャパニーズ 実用的な日本語 4 年次の日本 語能力 半分がN2-N1 を合格 半分がN3 を 合格 専攻の違いを示した。今後の方向性としては、企業側 の要望に応えられるよう2 つのカリキュラムをビジネ ス日本語に一本化し、既習者のみを受け入れる方針を カセサート大学日本語科では検討している。 カセサート大学日本語科の卒業生の大半は、これま で、タイ国内の日系企業に就職してきたが、最近日本 で就職する学生も現れ始めている。卒業する直前の4 年次第2 学期にはインターンシップへの参加が可能な こともあり、参加者の数は年々増えている。就職前に どのような準備が必要か、日本語人材として不十分な ところは何かを自身で把握する好機となる。 3.2 ビジネス日本語教育の実践上の困難点 ビジネス日本語というとより実用的であるというイ メージが抱かれやすく、大学で日本語専攻を目指す学 生にとっては響きがよく、人気があるようだ。企業か らもビジネス日本語コースの卒業生のほうがより実践 力があると期待されている。しかし、ビジネス日本語 コースの運営は困難で、本学カセサート大学も 2012 年に開講したビジネス日本語コースを2017 年に一旦 終止符を打った。教員不足が主な原因だったが、その 経験からビジネス日本語教育の実践上の困難点を以下 のよう3 点にまとめることができる。 (1) 教師の専門性 カセサート大学日本語専攻課程は現在タイ人8 名と 日本人2 名の教員が教育を行っている。タイ人教師の 専門は日本語学、日本語教育学、日本文学が多く、企 業等での就労経験もほとんどない。そのため、現状と してビジネス関連日本語の授業を日本人教師に任せて、 タイ人教師は一般日本語の授業を担当することが多い。 とはいえ、日本人だからと言って上手くビジネス日本 語を教えられるわけではなく、企業での就労経験のな い新人教師もいる5)。 (2) 一般日本語とビジネス日本語の連続性 カセサート大学ビジネス日本語コースはビジネス日本 語Ⅰ~Ⅳ、ビジネス日本語会話Ⅰ~Ⅳの教科書として 『Japanese For Busy People』を使用している。2 年 間で初級文法を終了し、2 年生の 1 学期に「仕事のた めの日本語読解」がある。この時点で基礎日本語が不 十分なままビジネス関連語彙、初級を超える漢字、文 型を学ぼうとして、学生は習得に困難を極める。
表2 日本語専攻とビジネス日本語専攻の カリキュラムの比較 日本語専攻 ビジネス日本語 専攻 卒業単位 141 単位 138 単位 1.一般教養 科目 30 単位 30 単位 2.専攻科目 105 単位 102 単位 2.1 専攻 必修科目 60 単位 -言語学入門 -日本事情 -基礎日本語Ⅰ,Ⅱ -基礎日本語会話Ⅰ,Ⅱ -中級日本語Ⅰ,Ⅱ -日本語読解と口頭発表 Ⅰ,Ⅱ -基礎日本語ライティン グ -中級日本語ライティング -中級日本語会話Ⅰ,Ⅱ -上級日本語Ⅰ,Ⅱ -上級読解 -上級ライティング -日本語コミュニカ ティ ブ・ライティング -上級日本語会話Ⅰ 54 単位 -漢字圏の言語 -ビジネス日本語 Ⅰ,Ⅱ,Ⅲ,Ⅳ,Ⅴ,Ⅳ -ビジネス日本語会話 Ⅰ,Ⅱ,Ⅲ,Ⅳ,Ⅴ,Ⅵ -仕事のための日本語 読解Ⅰ,Ⅱ -日本語コミュニカ ティ ブ・ライティング -社会と文化の日本語 -中国・日本・韓国の 現代史 2.2 専攻選 択科目 30 単位 -漢字学 -日本語の発音 -日本語の構造 -日本文学Ⅰ,Ⅱ -上級日本語会話Ⅱ -日本語読解と討論 -日本現代文学史 -ショートストーリー -日本語スピーチ -ビジネス日本語会話 -メディア日本語 -日本語翻訳 -日本語通訳 33 単位 -日本文学Ⅰ,Ⅱ -生教材中級読解 -ビジネスパブリックリレ ーションズのための日本 語 -日本企業の言語と文化 -政治経済の日本語 -日本語能力試験対策 -ライティング・フォーキ ャリア -ビジネスプレゼンテー ションのための日本語 -ビジネス日本語の 翻 -観光日本語 -ホテル日本語 -日本語教授法 -日本語能力試験対策 訳 -ビジネス日本語の 通 訳 -ホテル日本語 -エアライン日本語 -観光日本語 -貿易日本語 2.3 副専攻 科目 15 単位 15 単位 3.自由選択 科目 6 単位 6 単位 (3) 教授法 タイにおける日本語教育の現状はパッチャラポー ン8) が指摘している通り、大人数のクラスで文法の教 科書を使用した講義型の授業が多いw。教授法が教師 主導という点でなかなかコミュニケーション能力の育 成に繋がらない。日本国内のビジネス日本語教育は経 済産業省(2007)の「外国人留学生向けの研修のあり 方について」で示した通り、外国人が取り組むべき課 題は「ビジネス日本語能力の育成」「ビジネス文化・ 知識への理解」「グローバル人材としての能力の育成」 「社会人基礎力の養成」がある。この4 分野を取り入 れた海外技術者研修協会の教材注 9はプロジェクト型 学習(PBL)の教材であり、そのねらいは「外国人留 学生が日本の産業社会で必要とされる総合的な能力を Project Based Learning で身につけることで、学内教 育から企業内教育へのソフトランディングを目指す」 としている。堀井6) はPBL 教材を使用したことによ り、チームワーク、待遇表現力、異文化コミュニケー ション力、論理的思考、問題発見解決能力、自己学習 力が総合的に身についたとしており、ビジネス日本語 教育を行う教師に求められるものは、従来の日本語教 育の専門性にプラスして、ビジネス日本語をコンテン ツとする RP,PBL などの活動をダイナミックに展開 するためのファシリテート力、さらに、他分野・キャ リア開発部門、そして企業・産業界とのネットワーク 構築力が必要とされている。このような指摘から、タ イにおけるビジネス日本語教育実践の場では大きな改 革が必要である。
以上の現状や困難点より、タイのビジネス日本語コ ースは企業の要望に対応しきれず、鹿目他5) の指摘通 り、「現時点においてタイ人日本語学習者が日本やタイ の日本企業の就職要件とされる必要な高い日本語能力 を身につけることは容易ではない」のである。
4.課題と展望
タイにおけるビジネス日本語コースは日本語未習 者を対象とするゼロ初級からスタートするコースがほ とんどで卒業生の日本語能力のレベルが課題であり、 企業の要望を考えた場合、カリキュラムの内容を見直 す必要がある。具体的には堀井(2013)が提示してい るように、会話・読み書き4 技能を育成・強化する日 本語科目がコース全体の約7 割に対し、ビジネス関連 科目を約3 割にするのが妥当だろう。ビジネス関連科 目は、専攻科目を7 割ほど履修し、N3 以上の日本語 能力を有する3 年の後期からスタートするのが望まし いと思われる。また、教授法も学習者が主体となる PBL 等を取り入れ、教師がファシリテーターに変わる 必要があろう。企業関係者を招き入れ、ビジターセッ ション等の活動に加わってもらえれば、企業経験のな い教師でもコースを担当することが可能である。 一方、企業の要望として、会話、読み書きが十分で きるN2 以上の日本語能力を持ち、日本の商習慣やビ ジネスマナーも理解できる人材が求められる。大学も それに応えられるようなカリキュラムを開発してきた。 それにもかかわらず、卒業生は職場での日本語使用の 問題点として「日本人と話す機会」「コミュニケーショ ンにおける聞き取りの問題」「日系企業の文化」「社会 人としてのマナー」「専門用語・敬語」を挙げている。 これは、授業での教育内容がまだ、それが必要な職場 での円滑な運用に結びついていないということをうか がわせる。以上のような分析を踏まえれば、ビジネス 日本語教育を行う大学が今後取り組むべき課題は以下 の4 点である。 (1) 明確な到達目標の設定 表 3 には、日本語能力試験の受験者数を示した。 2010 年から 2017 年のタイにおける日本語能力試験の 受験者数を見ると、N1 と N2 の受験者数はタイ人受 験者全体の25%ほどである。合格者数が約 36%と仮 定注 10すれば、N1 及び N2 の合格者はさらに少ない。 卒業時の日本語能力の目標設定を企業が求めるN2 以 上と明確にすることが必要であると考えられる。その ためには確実に日本語能力試験対策を行うべきであろ う。 (2) 会話能力の育成・強化 生の日本語に慣れてもらうためには、日本人と話す 機会を持たせる課外活動を増やしたり、日本から日本 語教育インターン派遣注 11を一層活用することが可能 である。また、授業内で会話能力を高めるための活動 が不十分という卒業生の指摘7) から、会話能力の育成 はネイティブ教師の役割という前提をなくしてよいだ ろう。日本人教師による会話の授業だけにそれを期待 するのだけではなく、日本語への接触を増やすために タイ人教師が日本語で授業を行うなど、その役割の分 担も必要だろうと思われる。 (3) 敬語・専門用語の扱い 敬語は形を覚えるだけでは意味がなく、どの場面で だれに対して話しているかを考え、適切な敬語を使う 会話練習が必要である。また、使う機会がなければ獲 得できないため、「観光日本語」「ホテル日本語」「エア ライン日本語」「ビジネス通訳」の授業で継続的に練習 すべきである。この場合、科目間の連携が重要になっ てくる。専門用語に関しては、すべて大学で対応しき れず、また、企業側も多くの場合、現場で習得できる ものと認識していることから、使用頻度の高いものを 抽出し、「ビジネス日本語会話」「日本事情」などで場 面にそって取り上げることができよう。このような学 表3 タイにおける JLPT 受験者数(2010-2017) N1 N2 N3 N4 N5 計 2010 1,185 2,597 3,188 3,029 3,694 13,693 2011 1,040 2,311 3,005 3,348 3,496 13,200 2012 1,496 2,959 3,914 4,139 4,274 16,782 2013 1,455 2,793 3,953 3,958 4,641 16,800 2014 1,663 3,166 4,407 4,502 5,648 19,386 2015 1,873 3,405 4,996 5,529 6,435 22,238 2016 1,848 3,801 5,102 5,993 6,859 23,603 2017 1,814 4,113 5,121 6,534 6,783 24,365 計 12,374 25,145 33,686 37,032 41,830 150,067 % 8.2 16.8 22.4 24.7 27.9 100.0習場面で大切なのは、企業側の指摘の通り「初めて出 会った言葉、未知の事柄に拒否反応を示さずに自分で 問題を解決し、そこから学んでいく力を養う」4) こと である。 (4) 日本文化・企業文化への理解 ブリッジ人財を育成するためにもう一つ重要なの は、日本の文化・習慣、企業文化を理解することであ る。前野他10) の調査でも分かるように日本の企業は日 本語能力の他、責任感、誠実さ、積極性注 12など社会人 基礎力を重視している。この他、日本語の曖昧さへの 理解も必要なため11)、授業において学生にはこれらの ことを伝えていくとともに、実際に企業で日本的な働 き方を体験してもらうインターン制度を積極的に利用 していくことができよう。 企業あるいは社会の期待に応えることが人材を送 り出す大学の重要な役割の一つであると考え、今後タ イ人日本語学習者のためのビジネス日本語教育につい て検討し、教育モデルを構築していく必要がある。そ のための教育実践、研究の進展が期待される。 注 注1 1947 年にボピットピムック後期中等教育日本語講座 が初めて開設された。 注2 EEC とはバンコク東部のチョンブリー、ラヨーン、チ ャチュンサオの3 県にまたがり、電気自動車(EV)やプラ グインハイブリッド車(PHV)といった次世代自動車をはじ め、医療、航空、ロボットなどのハイテク産業の特定業種の 投資促進と陸海空インフラなどを一体的に開発する構想(辻 本,2017) 注3 平成 24 年度アジア人財資金構想プロジェクトサポー トセンター事業『日本企業における高度外国人材の採用・活 用に関する調査』報告 http://www.meti.go.jp/policy/asia_ jinzai_shikin/surveydata_2012.pdf (2018 年 8 月 8 日閲覧) 注4 留学などを目的とする在留資格である「留学」から、 就職を目的とする就労資格である「技術・人文知識・国際業 務」などへの在留資格変更許可 注5 「限られたビジネス場面で日本語による適切なコミュ ニケーション能力がある(JLPT N1 相当)」 注6 「アサンプション大学文学部ビジネス日本語学科」(1988 年開講)、「ファーイースタン大学教養学部ビジネス日本語学 科」(2004 年開講)、「チャンカセーム・ラチャパット大学人 文社会学部ビジネス日本語学科」(2006 年開講)、「トゥラキ ットバンディット大学人文科学部ビジネス日本語学科」 (2009 年開講)、「カセサート大学人文学部東洋言語学科ビジ ネス日本語専攻」(2012 年開講)、「パンヤーピワット経営大 学教養学部ビジネス日本語プログラム」(2013 年開講) 注 7 実際に入学した学生は日本語既習者も 30-40%ほど 含まれている。 注8 スィラダー(2016)では、ビジネス日本語カリキュラ ムの改善案としてN3 を到達目標とされている。 注9 海外技術者研修協会(2012)『留学生のためのビジネ ス日本語教材―人財―』 注 10 国際交流基金・日本国際教育支援協会が提示した 2010 年から 2017 年までの海外受験者認定率に基づき、平均 値を求めた。 注11 カセサート大学は、2014 年に中央大学 SEND プロ グラムのインターン生をティーチングアシスタントとして 受け入れた。また、2017 年からは、国際交流基金による「海 外日本語教育インターン派遣プログラム」の派遣先になって おり、学習院大学からインターン生を受け入れている。 注12 具体的には「規則やルールを守る」「時間を守る」「勤 勉で真面目に仕事をする」「健康である」「会社の一員とし ての責任感を持っている」「報告、連絡、相談をまめにする」 参考文献
1) Yupaka Fukushima, Kanokporn Numtong, Soysuda Na Ranong: The Popularity of Learning Japanese and Chinese Language among KU Students : How are their Motivations Different?, Japanese Studies Journal Vol.30 No.1, pp.27-40, (2013) 2) 大泉啓一郎:「タイランド 4.0」とは何か(後編)―EEC (東部経済回廊)開発とその課題―,環太平洋ビジネス情 報RIM,VOL.17 NO.67,pp.99-115, (2017) 3) 原田明子:バンコク日系企業の求める日本語ニーズに関 する分析―ビジネスパーソンによる日本語学習動機との 比較から―,早稲田大学日本語教育紀要,5 号,pp.169-181, (2004) 4) タナサーンセーニー美香・高坂千夏子・當山純・中井雅也・ 深澤伸子:ビジネスで使う日本語を考える―企業と教育現 場の視点から―,国際交流基金バンコク日本文化センター 日本語教育紀要,2 号,pp.207-222, (2005) 5) 鹿目葉子・大橋真由美:タイの日本企業が求める日本語人 材育成に向けた日本語授業の提案―タイの日本企業への 日本語ニーズ調査から―,言語教育研究,8 号,pp.25-34, (2017) 6) 堀井恵子:留学生の就職とビジネス日本語教育の現状と 課題,ウェブマガジン『留学交流』,VOL.31,pp.1-10, (2013) 7) スィラダー・ブンサーム:高等教育ビジネス日本語専攻カ リキュラム改善の一考察―タイ私立大学トゥラキットバ ン デ ィ ッ ト 大 学 の 事 例 ―, Proceedings of BALI International Conference on Japanese Language Education, (2016)
8) パッチャラポーン・ケーオキッサダン:Can-do をベース としたコミュニカティブ日本語教育―タイの高等教育機 関における日本語教科書作成への応用の可能性―, 日本 語日本学研究第7 号,111-128, (2017)
9) Pakatip Skulkru, Patcharaporn Kaewkitsadang: Japanese Graduates : Towards World-Class Standards, Japanese Studies Journal Vol.27 No.2, pp.49-66, (2011) 10) 前野文康・勝田千絵・Nida LARPSRISAWAD:在タイ 日系企業が求める日本語人材―アンケート調査より―,国 際交流基金バンコク日本文化センター日本語教育紀要, 10 号,pp.67-76, (2013) 11)池田伸子:ビジネス日本語教育における教育目標の設定 について―文化・習慣についての重要性を考える―,ICU 日本語教育研究センター紀要,5 号,pp.11-24, (1996)