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各種選挙結果から見た釧路市の社会党 : その「強さ」の実相と原因

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(1)Title. 各種選挙結果から見た釧路市の社会党 : その「強さ」の実相と原因. Author(s). 山本, 佐門. Citation. 北海道教育大学紀要. 第一部. B, 社会科学編, 30(2): 29-43. Issue Date. 1980-03. URL. http://s-ir.sap.hokkyodai.ac.jp/dspace/handle/123456789/4428. Rights. Hokkaido University of Education.

(2) . 各種選挙結果から見た釧路市の社会党 - - そ の 「強 さ」 の 実相 と 原 因. 山. 本. 目. 佐. 門. 次. は じめに. 第一章 戦後の各種選挙における社会党票の推移とその特色 第二章 選挙結果からみた北海道の中での釧路市社会党の位置 第三章 釧路市社会党の 「選挙構成」 .上の特色. は じ め に. 退潮傾向をく い止めえない日本社会党にあっ ても,「北海道の社会党はまだ強い その中 でも釧路 , の社会党はより強力 である」 といわれている, しかし 「政党の強さ」 といっ ても多面的 である 釧 , 路の社会党の何 が, 何に対して, 強かっ たのか, それはなぜか 厳密に検討してみ る必要 があろう , , この小論は, その検討の一作業として, 各種選挙結果 での釧路の社会党の動向を分析したもの で ある, それによっ て, この党の 「集票力」 の強さの実体把握と その力の源泉解明をめ ざし ね. ) 2 , ( , , ・(釧路市 1 ( 1 )戦後の釧路市社会党の歩みについての立入った研究報告はまだ出ていないが, 『新釧路市史』 )第 2 , 97 1巻, 5章 「戦後の釧路政界」 第3巻4章3節 「 戦後の社会労働運動 が参考になる 北海道全体の 「 」 選挙で , , , の社会党」 研究については, 十亀昭雄氏の一連の論文がある. そのほとんどは十亀著『北海道の政治風土』(北海 道地方自治研究所,197 )に収録されている, また最も新しい分析結果としては「北海道の政治構造序説 -- 保 7 革選挙地図からみた若干の断面」(『北大法学論集-29巻3. 4合併号』1 9 9 7 , さらに札幌市に焦点をあ . 3収録) わせ, 支持者の意識構造まで立入っ た 「選挙研究」 も進められている. 荒木俊夫 「1 9 7 6年総選挙における社会, . 共産両党の退潮の諸相」(『法学研究』(北海学園大学法学部紀要) 3巻2号1 ) 97 7 ,1 , 小川, 荒木, 阿部, 蓮池『大 都市の革新票-札幌と 仙台の場合』(木鐸社刊, 1 ) 参照. 975 ( ) 誠に残念ながら, 原稿締切日の都合で,197 2 9年1 0月の衆院選結果を分析に全く加味できなかっ た. 必要最低限 の補正は図表, 「注」 で行ったが不十分 であり, 次回に言及する予定である.. 第一章. 戦後の各種選挙における社会党票の推移とその特色. 戦後24年間の国政, 道政, 市政各レベルの選挙 で社会党票がどのように変化していっ たであろう か, そしてそこで表現される社会党の「集票力」は他党派のそれと比べどのよう な位置にあるのか , の検討がこの章の内容 である.(表1) - (表6) は, 人口・有権者の変動と比較的各政党の集票力 29.

(3) . 山 本. 表1. 年 大9. 国勢調査に基 づく釧路市の 人口推移. 世帯数. 人. 口. 増 加 率 国勢調査. 39,392. 64.19. 第1回. 42,332. 68.98. 2回. 51,586 56,170. 84.06. 3回. lo. 9,522 10,237. 91.53. 4回. 15. 11,538. 63,180. 102.96. 5回. 22. 12,412. 61,368. 100. 6回. 25. 18,077. 93,357. 152, 13. 7回. 30. 23,604. 194,79. 8回. 35. 33,779. 119,536 150,624. 254,44. 9回. 40. 44,853. 174, 105. 283.71. 10回. 45. 54,680. 200,575. 326.84. 1 1回. 50. 63,606 71,836. 206,840 215,057. 337,05. 12回. 14. 昭5. 53. 佐. 7,953 8,463. 350.44. 門. 表2 年 度. 釧路市における有権者の増加状況 (市議選 の年度における). 有権者数 増 加 数 増 加 比 100. 22. 28,506. 24. 39,495 54,405. 10,989. 138.55. 14,910. 190.85. 9, 605 14,911. 224.55. 36. 64,010 78,921. 40. 97,101. 18,180. 340.63. 44. 119,771. 22,670. 420.16. 48. 131,073. 11,302. 459.81. 52. 141,401. 10,328. 496.04. 28 32. 276.86. (注) 増加比は昭和22年 (1947年) をl ooとした。. 現在. (注1) 昭和24年 (1949年) に鳥取町と合併 (人口1.4方増) 947年) を1 00とした. (注2) 増加比は昭和22年 (1. が明確に反映される四種類の選挙 (衆院選, 参院地方区選, 道議選, 市議選) の各党の得票率の変 化を表示したものである (選挙関係の図表はいずれも釧路市選挙管理委員会の資料に 基づき作成し たものである) . 0年代後半から40年代前半ま で続く, 異常ともいう べき人口 まず指摘せねばならないのは昭和2. 増-- 有権者増 である, 近年その伸 びはほとん ど止まっ ているものの, 25年から5ケ年間 での人. 0万人以上の都市 では川崎市に次いで全国 2位,30年からの5ヶ年 では6位と, 首 口増加率は人口1 都圏, 京阪神の衛星都市 並みの激増 ぶり で, 最低に見積っ ても45年には釧路市民の70%は戦後居住. 者という状態になっ た. これを有権者の増加状況で表現しなおしたのが (表2) である, 10年間 で 2倍強, 20年間 で4倍の有権者 である. 戦後釧路の選挙戦は, この数年を除き, たえず流入する新 . 市民, 有権者との対 応の中 で展開されつづけたといえよう. この人口膨張の中 で, 社会党票がどのような変化をた どっ たであろうか.(表3) - (表5) は他 党派との関わり での社 会党票の消長を示したものである.. 最初に衆院選から概観してみよう.釧路市は衆院選の選挙区でいえば北海道5区に属 しているが, この選挙区では当初より, 自民党系, 社会党系の有力候補は三つの地域 -- 釧根, 十勝, 北見・網 走, のいずれかを拠点とし, もっ ぱらそこ での大量得票 で当選圏に達するというやり方が続いてい 6年間) にわたり, 自民, 社会各1人の有力候補が票 た. 釧路市を中核とする釧根地方 でも7期 (1. を2分し, 5名の定員内に食い込むという状態 であっ た. しかし38年の選挙で自民党が代議士交代 に失敗, 釧根出身自民党候補不在という事態にま で至り( , ) ,社会党候補 が「唯一の地元有力候補」 を 看板にこの地域の支持を独占しつ づけるという状況が生まれた. さらに多党化の波も, 公明党の立. 候補見送り(44年のみ立候補一次点) ,共産党のの び悩みということ で,社会党票の減少とはならず, 8%の得票率にもなっ てい 釧路市 では常に極めて高い支持を得ており,42年には68%, 51年には5 る.衆 院選の得票分析に際しては, このような釧路地方の選挙事情の特殊性を考慮すべき であっ て, この選挙 での社会党の得票を単純に 「社会党の強さ」 に結びつけるのは正しくない. 5年) を除き{ 次い で参院地方区選の経過をみよう. 戦後まもない時期 (22 2 } , 特別 な地元候補も ,2 30.

(4) . 選挙結果から見た釧路市 の社会党. 表3 衆議院議員選結果にみる各党の消長 社 会 共 産. 22. 24. 27. 28. 30. 33. 35. 38. 42. 44. 47. 51. 54. 5,966 6,255 19,47217,57319,2 1222,70328,253 27,61450,415 37,270 45,98562,57557,263 32.81 32.02 53.64 49,97 47,69 50,01 55,27 46,79 68,17 45,93 49,69 57.99 55.54 I. I. 0. I. I. I. I. 0関. I. I. 0例. l. l. 1,578 1,463 848 1,236 2,063 1,727 1,065 1,482 2,792 4,288 12,134 8 400 6 658 , , 8.68 7,49 2.34 3.51 5.12 3,80 2 08 2,51 3.77 5,28 13,11 7 78 6,40 . , 自 10,63811,440 15,86716,081 18,59320,41820,711 29,85220,407 26 50834,430 36 718 39 987 , , , 58.50 58.57 43 .71 45.72 46.16 44.98 40.51 50.58 27.59 32.67 37.20 34,03 38,48. 民. I. l. l. I. I. 0( 勾. l. 0. 0. 0. 0. 49. 52. 0. 0. (注1) 各党の上段は得票数, 中段は得票率, 下段は釧路市を地盤とする当選者数。 綿は次点. 表4 参議院議員選結果にみる各党の消長 28. 社. 31. 34. 37. 40. 43. 46. 13,53319,408 20,29525,86128,055 32,08728 441 35 51134 879 , , , 会 50.94 60.99 56.17 54.36 54.97 51.19 41.25 36.33 35.37. 共 産 公 明. 854. 906. 2,68. 2,51. 1,845 3,448 3,912 7,890 14,255 7,968 3.88 6.76 6,24 11,44 14.59 8,08 15,877 15,141. 16,24 15,35 11,27710’107 12,69519,289 16,52419,76628 856 32 09140 319 , , , 42.54 31.76 35,13 40,54 32,38 31,53 41,85 32.75 40.88. 自民 系. (注1) 各党の上段は得票数, 下段は得票率である。 (注2)「自民系」 としたのは初期の改進党, 緑風会候補, 後期の 公認もれ 新自ク候補を含んだから。 (注3)43年には民社党候補も出ている。. 表5 道議会議員選結果にみる各党の消長 社会系. 22. 26. 30. 34. 38. 42. 46. 50. 54. 10,05312,829 15,27327,251 27,738 31,699 31,882 35,47740,488. 共. 48.76 35.74 40.07 60.40 49.41 44.76 32.80 31.86 35.55 I l l I 2 2 2 I l 900 2.50 0. 産 公 明. 1,449 2,131 7,753 12,057 9,953 2.58 3,00 7,90 10.82 8,74 0 0 0 0 0 く 12,141 18,61917,799 12.41 16,72 15.62. 自民系. 0. l. l. 8,353 22,159 22,93517,86326,94534, 414 45,82245,19545,645 35.96 61,73 59,91 39,59 48,00 48.59 46,72 40.58 40.08 0 I I I l 2 2 2 2. (注) 上段は得票数, 中段は得票率,下段は当選者 31.

(5) . 山. 本. 佐. 門. 表6 市議会議員党派別当選者の変動 社会, 社系無. 共産. 22. 2. -. 2. 24. 2. -. 0. 左社 労者 1 5 1. I. 28. 公 明. 民社. 自 民 系 新政 民主 4 9 7 改進 7. 無. 計. 19. 36. 目由 9. 18. 36. 9. 12. 36. 32. 8. 1. 1十( 1 ). 11. 36. 11. 2. 2. { 2 ). 15. 36. 6. 21. 40. 40. 16. 1. I. 3. 12. 7. 40. 44. 14. 2. 3. 4. 9. lo. 40. 48. 14. 1. 4. 5. l. 7. 8. 40. 52. 14. 0. 3. 4. I. 7. 11. 40. ,. ,. (注1) いずれも選管届出結果にもとづく分類である。 (注2)「社系無」 とは社会党推せん候補 (注3)36年の公明( 2 1 )は選挙時では無所属 )は創価学会,32年の共産(. 表7 釧路市議選における社会党・社会党推せん候補の ・比重 22. 24. 28,. 32. 36. 40. 44. 48. 52. 定 員. 36. 36. 36. 36. 40. 40. 40. 40. 40. 当選者. 2. 2. 7{ } 1. 9( 1 }. 13 { 2 ). 17 { 1 }. 16( 2 ). 15 ( 1 ). 14. 得 票 1,484 3,647 8,i89 12,881 22,392 27,819 32,661 39,356 39,671 得票率 7,15 16.21 18.32 24.91 35.81 35.02 31.82 34.94 32三39 (注) (. ) は社会党系無所属. なく, 比較的各党派の集票力が正確に反映されていると思われる. 選挙戦は, 当初の政党分化, 乱 立の状態をぬけ出し,28年からは保守系政党と社会党の2対2の議席配分をめぐる攻防戦として 展 開され, 途中2回の ”順位争い」 選挙を含み, 43年まで続いた, 釧路市 ではこの自 社対決戦におい て, 社会党候補が常に 10%以上も得票率においてリー ドし, 圧勝している. これは第三章 で言及す るが, 労働組合の選挙 戦体制が整っ て いる釧路市において, その候補のほとんどが大労組幹部とい う社会党の選挙条件が有利に作用 していると判 断 しうる. しかし46年を境とし, 共産党の躍進, 公 明党の登場に対応し,社会党の得票率は釧路市 でも大幅に減退した,これに対し,「公認もれ」 新人の 活躍, 新自由クラ ブムー ドという事情 があるにせよ, 公明・共産両党 進出の自民党への得票上の影 響が明確にあらわれていないのは注目すべき現象であろう. 道譲選は参院地方区選とは逆に, 各党の地元候補同士の激戦 である. しかしその結果は参院選と 相当類似した得票配分になっ ているのは興味深い. 道議選の定員は釧路市の有権者の 激増に応じて ● I名から4名に順次増加 して, そ の 都度過半の議席獲得をめ ぐり自民, 社会両党の争いが続いた. 0%の減, しかし46年以降公・ 共, とくに公明党の進出は社会党により強い打撃 となり, 得票率 で1 自民党と分けあっ ていた議席のうちの一 つを失うという事態に なっ た, 衆院選の 結果 だけを見る 限り では 「55年体制」 が健在のよう であるが, 参院選地方区, 道議選の 結果は, 釧路市 でも自社対決から多党化への移行を示しているとともに, その影響は社会党に対し 強く表われており, 「野党内の多党化」 という傾向がより強いの である. 次に市議選の結果をみよう. (表6) は戦後の市 議会党派別 議席の変動 表 であり, (表7) は社会 32.

(6) . 選挙結果から見た釧路市の社会党. . . 2 2 4 26 28 30 3 2 3 4 3 6 38 40 42 44 46 48 50 5 2. 図1. 釧路市社会党の, 衆院選, 参院地方区選, 道議選市議選, 得票率変動比較 党の市議会選 での集票力を示したものである。 社会党は32年党公認市長を初めて出現させたが{ 3 } , この時点を飛躍台として, その後30%強の得票率,15名前後の当選者, という集票力を示し続けて. 0年) をピークに市 議の数は毎 いる. しかし 「奇跡の勝利」 といわれた山口哲夫市長 初当選の時 (4 回1名ずつ減少している. とは いえ得票率では30-35%, 3 .5万-4万という最近の市議選の社会 党票は, 先に検討した参院選, 道譲選の多党化進行後の得票とほぼ一致するものであり, 目下の釧 路市の社会党の動かしがたい支持層とみなしえるであろう. この4つの種類の選挙での社会党票の変動 を得票率の グラフ にして重ね合せたのが (図1) であ. 0%も る. 一見共通項がないかにみえるが,「地元候補」 ・の効果を生かしきり, 市議選の社会党票の2 高い得票率となっ ている衆 院選のグラフを別にすれば, かなり明確な変動 傾向が指摘しえよう か つて自民党と二分していた社会党票は公明, 共産両党の進出により相当減少しており, この点では 社会党の退潮傾向は釧路市でも起きているといえよう, 一方市議選 でみる 限り, 他党派の台頭にも. かかわらず, なお第一党の極めて高い, 安定した支持を確保しているの である, そして市議選 での 長期(5期)に わたっ て維持した得票水準と, 参院選・道議選の多党化の中で後退した得票水準が, ほぼ一致したということは, 多党化の中でも残存した 「固い支持層」 の実勢を明確に示したものと いえよう, そしてこの 「固い支持層」 が市議選にあっ ては, 他の党派を得票の面でも, 議席の面で も凌駕していることを考えれば, 釧路市の社会党の集票能力はなおき わめて強いといわ ざるをえな い. そしてもしこの市 議選 で示された得票水準の低下が明白になっ た時こそ釧路市の社 会党にとっ ての存亡のかかっ た危機の到来といわざるをえ ない. このように選挙次元での最強政党としての地位を保ちつづける社会党に対し, 釧路市の他の政党. はどのような状況にあろうか. 社会党の対抗政党たる自民党は一貫して組織的結束力を欠き, 市民 を強く自陣営に引きつける指導力を発揮しえなかっ た. 市議会 での保守系議員の分化状態は敗戦直 後から現在まで続いており, 自民党系市長がようやく 出現した現議会 でも, 自民クラ ブ (自民党) 0名, と正式に自民党に結束しうるのはその半数 にも達 しない. 7名, 市政クラ ブ(保守系無所属)1 また衆院選 では, 今回の選挙 でも地元候補擁立運動の足並は乱れ, またしても他地域地盤の自党候 補の激しい 「草刈り場」 と化し, 釧路の保守陣営もこれに巻き込まれ, 分裂, 抗争させ られたので あっ た, しかし (表6) の市議会構成にみられる如く, 自民党を, 正式の 「自民党」 と無所属保守 系を含む 「自民党勢力」 と考えれば, それは社会党を上回る集票力をもつ党派となるの であり, そ 33.

(7) . 山. 本. 佐. 門. の強さは衆院選を除く最近のすべての選挙 で示されている. 例えば, 52年の市議選 では 「自民党勢. 力」44 3% (55 934票) に対し, 社会党は32.39% (39671票) 4年の道譲選 では自民党40 .6 , また5 . % ( 09 4564 5票) に 対し,社会党35 48 9票) であり,中道勢力(公明, 民社) をも組み込ん .55% (40, だ52年の市長選 では,「自民党勢力」 は9千票もの差 で社会党公認現職を破り, また54年の知事選. でも, 約7千票の差を社会党系候補に つけてしまっ た。 一方釧路市 での自社対決時代を選挙レベ ルでつきくずした中心政党は公明党 である 参院 馨 道 , . 議選 では, 民社党・同盟の支援 で1 5%台の得票率を保持し(道議1名) 「 自民党勢力 市議会 では 」 , , , 社会党に次 ぐ第三勢力として, キャ ステン グボート的位置に立っ てから久しい. しかしその進出以 来の各種選挙 での得票の推移をみれば, 頭打ちの傾向がはっ きり示されている. 共産党は20年代末 か ら3 0年代の 「泡沫候補」 並 みの得票水準時に比べれば, その伸 びはめ ざましいが, 1 0%の壁を越. えたとはいい難く, 集票力 では公明党に対してもかなり劣っ ており, 市議選 でも得票と議席がうま く結びつかず一進一退の繰り返しである,. こうした各党の状況, さらに市政の経過を踏まえて党派の力関係を考えてみると, 三つの政派 ブ ロ ッ クの分離が可能になろう. それは 「自民党勢力」「社共勢力」「中道勢力」 であり, 52年の市議 選 の 得 票 比 でそ の力 関 係 を 示 せ ば, 45:38:17 , であり,54 年 の 道 議選 では 40:44:16と なる. そ. して目下の市政, 道政の流れは自民・中道の協力下に進行しているとすれば, それらの集票力の優 位性は明 らか であろう{ 4 } . このように他党派との関わり で, 社会党を検討すれば,「最強政党」 としてのその位置は, あくま でも相対的なもの であっ て, 確かに 「革新勢力」 の中心であるが, 単独 では, 他党派の連合に対し. てはもちろん, 「自民党勢力」 に対してさえも自らの優位性を保持しえないのが実相 である.. ( 1 ) それまで, 6期当選のベテラン伊藤郷一氏にかえ, 阿部英一氏を立てたが惜敗, その後は十勝から2名, 網走 から1名という自民党の候補者配置が固定化していった, 2 ( ) 地元候補として22年, 社会党候補 (岡林) , 25年には保守系無所属候補 (清水) -いずれも落選-が釧路市で 大量得票している. ( 3 ) 32年の市長選では社会党公認, 元助役の山本武雄氏が再度立候補, 1万票以上票をの ばし,8 00 0票差で現市長 を破った. 社会党市議の大量当選は, この時点であるが, すでに第1回市議選 (22年) で, 社・共4名のほか, 労組関係議員1 0名も当選, 「革新クラ ブ」 を結成, 革新陣営の大進出と評されている (『新釧路市史』 3巻, 5 28 -30頁) . ( 4 ) 公明党が明確に「自民党勢力」と共闘 した52年の市長選の得票比率は5 4(自民系):4 6(社会) であり,48年 の47(自民系) :53(社会) とは比率が全く逆になっている,. 第二章. 選挙結果からみた北海道の中での釧路市社会党の位置. ここ では釧路市社会党の選 挙次 元 での特色をより鮮明にするために, 全国, 全道レベル での社会 党の得票経過, 集票力と釧路市のそれを比較 してみたい. 周知の如く北海道の社会党は, その組織, その集票力, において全国最強 であり, 党全体に強い 影響力を持っ ている. これを具体的に考えるためにいくつかの量的勢力を示す事項を順位づけした のが (表8) である. 党員数 でいえば, 東京都よりも多く, 総党員数の10%を越えている(ただしこの数は19 78年3月. 社会党委員長選の有権者数 として公表されたもの である)( . ) . また国会議員に ついても, 衆・参いず 34.

(8) . 選挙結果から見た釧路市の社会党. 面 項悪. 表8 全国社会党の量的勢力順位表 員. 党. I. 北 海道. 2. 東. 京. 3. 新. 潟. 4. 大. 阪. 5. 神奈川. 備 考. 総. 4.4当選市議数 数 国 会 議 員 都道府県会議員 5 4,660 北海道 1 (79 ) 0 5) 北海道 17 2 4) 北海道 2 8 (1 1 2(8 , 4,185 東 2,096 新. 1 5 東 京 78 2 京 9( 1) 神奈川 25 (1 (60 ) 8, (44 0 ) 0(6 0) 新 潟 63 )長 野 2 潟 7(5,2. 1,780 神奈川 6( 4 )福 .2. 岡 1 9(8 9) 埼 玉 6 2 ( 7 7 0). 0 5 ) 12 6 )大 阪 6 (54 8 ( 1, 70 2 福岡・兵庫6( 5. 1) 東 京 1 ) は衆参別 ( ) は 定 員 ( ) 改選定数. 数 43,918 (. 表9 衆院選における各区別, 党派別得票率 自 民. 社 会. 共 産. 全 道. 37.4 42.6. 33.5. 10,4 10,4. 7,7 7.3. 1 区. 28.3 32,O. 29.6. 12,3 15,8. 14.9 15.O. 53,9. 38.I. 58.4. 36,4. 49.O 40,9. 22,2 24,4 29,6. 8,8 12.6. 38.3 43.4. 25,8. 11.8. 46.O. 6.8. 52.6. 42,2. 5,2. 2 区 3 区 4 区 5 区. 28,4. 33,O 32,9. 公. 明. 民 社. 無所属. 5,5. 5.5 4.1. 2.7 6.5. 8.4 4.3. 7,6 5,2. 0.4. 11,3. 17,5 25.9. 13,5 11,6. 15,8 12.5 3,8 .. (注) 上段は51年, 下段は54年 (小数点第2位 四捨五入). れのレベ ルでも全国一 であり, 道内 でも自民党と並んでいる, また地方議員 では, 道議会に28名送 9%, 2位は鳥取, 26 り込み, 議席数のみならず得票率 でも全国第一位 である (26, .1%) , また市議 97 9年4月改選議員のみの比較 で不十分とはいえ,全国の社会党の中では,議席占有率も含め, でも1. 4 9 群を抜いている. それはまた道内各政党の中でも断然第一位 である (自民11 , 公明67 , 共産5 , 民社1 2) . このように全国の社会党との比較 で考えるなら, す でに選挙レベ ルでも野党第一党の地位も失っ ている都府県が相次い でいるなか で, 退潮しているとはいえ 「社会党王国」 という評価もなお可能. であり, また党員地方議員の多さという点 では, 国会議員中心の逆ピラミッ ド政党という社会党観 も北海道に限ればいく分訂正の必要も出てこよう. こうした強力な北海道社会党の中 で,釧路市のそれはどのような位置にあろうか,(表9)は51年,. 54年の衆院選の各党の各区別の得票率比較 である,. これによれば, 5区の社会党の得票率は抜群であり, 51年の結果 でいえば, 多党化の進行しきっ た1区, 4区, 自民党候補同士の競り合いの激しい3区の社会党の得票率を1 5%以上も上回っ てお り, 区内 では自民党をも凌いでいる. しかも1選挙区で社会党公認候補3名も立てうるのは全国で. ここだけであり, 51年には最高点を含み3名とも当選している. 衆院選において, 退潮傾向にある 社会党が, 多党化の進行を押え, 自民党に対等に戦いうる全国でもめずらしい地域である( 2 ) . そして 一 「 ポイントも加わり この中で釧路市の場合はす でに 章 でふれた如く, 唯一の地元候補」という集票 , 異常に高い社会党票を確保しつづけているのである.. 35.

(9) . 山 本. 溢 き 全 道. 釧 路. 佐. 門. 表l o 参議院地方区社会党候補得票率比較 28. 31. 34. 37. 40. 43. 46. 49. 52. 33,26 58,04 53.26 41.15 44.65 40,87 36.96 30 83 28 71 . . 50,94 60,99 56.17 54.36 54.97 51.19 41.25 36 33 35 37 . .. 表1 1 北海道知事選社会党系候補得票率比較 22. 26. 30. 34. 社会系候補 田 中 田 中 田 中 横 路 全. 道. 53.83. 54.05. 63.97. 釧. 路. 56.65. 63,57. 67.74. 46.56 56.93. 38. 荒. 46.. 50 54 塚 田 塚 田 五十嵐 五十嵐 42. 34.35. 38.25. 40.27. 46.87. 49.09 51,71. 44.84 50.02. 42.86 46.56. 表1 1 0万以上) 社会党得票率比較 2 道内大都市 (. \響き 粛挙 3 4・知事. 3 4・参院 42・知事 43・参院 52・参院 5 4・知事. 札 幌 函 館 旭 川 釧 路 小 樽 室 蘭 帯 広 苫小牧 全 道 43.79. 41.11 35,65. 56.93 56.17. 43,65. 57.91. 41.16. 54.50. 46.56. 44.16. 60.88. 40,62. 48.39 48.30 44,32. 36,26. 39,91. 46.87. 39.77. 50.65. 3 1,56. 59.09 43.81. 53,26 38.25. 42.55 42.48. 46.97. 34.11. 42.07. 26.70. 37.96 37.36. 40.87. 30.74. 39.21 24.72. 37.35. 27.23. 51,19 35.37. 51,61. 25.10. 26.37. 48.92. 49.73. 28.71. 46,56. 46.29. 47.12. 42.09. 43.99. 42.86. さらに全道を一区とする選挙 -- 参院選地方区, 道知事選の結果がより適当な素材となろう. 知 事選の場合必ずしも特定政党への支持とは一致しないが, いずれも同一候補への, 各地域の支持率 ) ) は この 二種類 の選挙の, 社会党系候補の得票率の全道平均と の差 が示されよう. (表10 , (表11 釧路市との比較 である.. ここ で取り上げたのは参院選9回, 知事選9回 であるが, 全体として社会党系候補の後退, とく に参院選 での得票率の大幅低下の傾向が目立つ. 釧路市の場合もこの傾向の例外 ではないが, 道全. 体の社会党の得票率を常に越えている. そのうち11回は5%以上の高さ で, とくに参院選において 0%以上のオー バーが半数を越える5回もあり, 一貫 して社会党の選挙拠点たることを示してい は1 る.. それではこの拠点性の程度はどれくらいであろうか. 他の道内大都市(人口10万以上) の社会党 との集票力を比較したのが (表1 ) である. 2 釧路市 での得票率の漸減傾向も見落せない事実 であるが, 他都市 ・に 比較 してなお高い得票水準を. 維持しているのも確か である, とくに30 ,40年代には室蘭とともに全道の大都市の中 では抜きんで. た地位にあり, 50年代に入っ ても, その水準は低下したとはいえ, 候補者の出身地 (旭川, 帯広) などの要素を考慮すれば( 3 } , 最上層に入る集票力を示しえていることは否定しがたい. 次にその政党の最も基本的な力量が示される であろう市議選については どう であろう.(表13 )は. 54年4月の統一地方選終了 時の道内大都市の市議会議席分布 である.. 各都市 での社会党勢力に相当の差 がある.その中 で釧路の社 会党の議席占有率は最も高く(35%) , 無所属をも上回る完全第一党になっ ているのも釧路だけ である. さらに38年以降 (釧路は36年以 降)の各市の社会党議員の変動を示してみると,札幌1 ÷ う1 5 3→1 6 ÷ う1 0一11 5一16 ,函館8→11→11→1 , 旭 川 11→16÷う15一13→12 ,小 樽 8→ 9→ 8→ 8→ 6,室 蘭 9→10一 6→ 9 → 4,釧 路 11→16う14→14 36.

(10) . 選挙結果から見た釧路市の社会党. 表1 3 道内人口1 0万以上の都市市議会勢力図 (1 97 9年4月現在). \ 獅市 名返送. 総 数 自 民 社 会 公 明 共 産 民 社 新自ク 社民連 無所属. 札. 幌. 68. 23. 15. lo. 7. 0. l. 0. 12. 函. 館. 44. 11. 5. 4. 4. 0. l. 15. 旭. ,4. 川. 44. 14. IZ. 3. 2. I. 0. 0. 12. 釧. 路. 40. 7. 14. 4. 3. I. 0. 0. 11. 小. 樽. 40. 15. 6. 4. 6. 0. 0. 0. 9. 室. 蘭. 40. 6. 4. 4. 4. I. 0. 0. 21. 帯. 広. 36. 12. 9. 4. 3. 0. 0. 0. 8. 苫小牧. 36. 6. 9. 4. I. 3. 0. 0. 13. 表14 5 2年参議地方区, 5 4年道議選三党得票率比較. \辿市 溌党 社 公. 共. 会 明. 産. 札 幌. 函 館. 旭 川. 釧 路. 小 樽. 室 蘭. 25.10. 27.23. 21,98. 30.74. 26,57. 24,72. 26.70. 15,16. 13,97. 30,26. 35,37. 12.33 11.54 10.25. 13,32 10,68 12.08. 11.30. 35.55. 10,91. 15,35 15.63. 7,15 9.18. 8.08 8.74. 16,15 14.29. 20.23 14.95. 18.05. 10.65 17.75. 13.44 14.76. (注)上段は参院選 下段は道議選(札幌は市議選). →1 4 , であり, 各市議会の定数を考慮するならば, 釧路市社会党の長期にわたる基礎的な集票力の 強さの持続がより鮮明 になっ てくる. このように どのレベルの選 挙結果を比較して も 「社会党王国」北海道の中 でも強固な集票力を発 , 揮しえているのが釧路 市の社会党という判断になるの である そしてこの事実は全国 の大都市の中 , でも社会党の選挙 での最強地域に入ることを示すもの であろう . しかし社会党の最 強の地域であると いうことは 同時に他の政党派の集票力に大きな打撃を与え ,. ていることを意味する. すなわち釧路 の他政党のどれかは 他地域のそれに比して 社会党の高得 , , 票によっ て, その進出を阻まれているはずである 自民・社会対決型の選挙にあっ ては社会党候補 , の優位は当然にも自民党候補の劣勢 を意味する 地元候補を擁立 しえぬ衆院選 はもとより 知事選 . , , 40年代前半ま での参院選にあっ ては, 釧路市は 自民党にとっ て 「敵地」 ともいいう る状態 であ , っ た. また3 0年代初めより 40年代末ま で, 市長選 では5連敗 市議の数 でも社会党に大きな差 をつ , けられていた, しかし多党化の波はこの状勢を突き崩 し 第一章 で検討した如く 社会党の集票力 , , に特に大きな打撃を与 え, 得票率の大幅低下をもたらし 単独 ではもはや 「保守系無所属」 を含ん , だ自民党勢力 に対抗しえなくなっ た しかし後退 したとはいえ 先に検討した如く全道レベル では , , 釧路市の社会党はなお最強の集票力を保持しえて いた この事実は 社会党がその集票力を弱め切っ . , ている地域に比 して, 多党化 が不完全に しか進行していない いいかえれば 公明 共産 さらに , , , , は民社が釧路市 では十分に伸 び切っ ていないことを推定させるのである す でに言及した衆院選北 . 海道5区の事情はそれを裏付けている さらにこの推定を明確にするための資料 が(表1 4) 5 ) . ,(表1 である.(表1 4) は52年参院選地 方区, 5 4年道譲選の5大市の社会, 公明, 共産三党 の得票率の比 較 である (札幌市の場合は, 道議選 で, 公明 共産両党は2つの区にしか候補者を立てて いないの , 37.

(11) . 山. 本. 佐. 門. 4 ) )はこれらの市の社・公・ 共三党の議会勢力比較表 である.(表1 で市議選結果を用いた) .(表15. でみると二種の選挙 での三党の得票率構成は比較的近似しており, 各党の集票力の固い水準の表現 とみなしえよう. そしてその中味についていえば社 会, 共産両党の場合都市によっ て得票率にかな. りの格差があり, 一方公明党はこれに比すれば割合平均 した集票力を示しえている. 社会党では釧 路が抜群 (いずれも35%台) , 次い で旭川 (30%台) , 最低 の小樽とは20%の差も出ている (54年道 1 産党は最強が小樽 ( 1 4 7 6 8 5%) で, 一方釧路, 旭川は1 0%ラインを割り 議選) . , .0 . これに対し共. つづけ, 最低層となっ ている. こう見ると社会, 共産両党の拠点の逆関係 -- 社会党の拠点は共産 5 ) の検討はこの事実を一層はっ きり 党の伸 び悩み地域 -- という現象が浮び上がっ てくる.(表1. させよう. 社会党の議席率の第一位は釧路, 次いで旭川となり, これらの市 では共産党の議席はの び悩ん・でいる(釧路2→1→3→ 4→ 3, 旭川1→2→1→ 2→2) . 一方 小樽では共産党は社会党 を凌ぐ勢い である(推せん議員を含むと社会党を上回る) . 室蘭, 札幌 でも社会党議員団の比重は低. くなっ ている一方, 公明党とともに共産党も相当進出しているといっ てよく,「社・共拠点逆関係」 を裏付けるものとなっ ている. 社会党の得票, 議席上の比重の低下は, 公明,. 表1 5 北海道6大都市市議会議員数比較. (1979年4月 現在) 小一 室 一 4 6. 共 産 の 進 出 を中 心 と した 「野党 の 多党 化」 と と く. 楽 1 お き- 署長士字 … 撃 薯 繋駕≦ 壷謡 ‐ 治憲富豪妻驚喜 L 社. ・ 1 逝みと関連し しつづけて 喝 のは ’ 共産党ののび ている. 選挙次元でいえば, 道内5大市 では最強 の社会党と最弱層に入る共産党が釧路 では並存し. 套. 密 閉 事. 一 4 一 6. 一 4 一 4. ÷ ÷ 葺. ていることになる. その困果関係の説明は容易 ではないが(第三章参照) , こう した選挙 での社会党 の強さ之共産党の弱さ (その逆も) という関係の存在は見過しえない重要なことがらである,. 全道レ ベ ルから釧路の社会党を考えた時, その全般的退潮という傾向には歩みを同じく している. さ, ものの, なお最高の集票水準を示しえていた. そしてその強さは,「野党の多党化」進行の不十分・ 応 とりわけ他地域に比しての共産党のの び悩みという事態に対 している. ( 1 00万の党づくり」 がその後叫ばれつづけているが, 大幅な党員増という報告は ) 朝日新聞197 8 . 3,2参照,「1 97 9 まだない. 釧路市社会党の場合も, 党員は230名程度で横バイという状況らしい (1 . 9現在) . 2 4年衆院選 では, 北海道において自民党は前進し, 得票率のみならず, 議席数でも社会党を上回った. 5区で ( )5 も社会党は3議席 (定員5名) を守ったものの得票率では、 自民党に逆転された. 2年参院選では丸谷金保氏は帯広市の隣接町池 ( 3 ) 54年度知事選に関しては, 旭川市は五十嵐氏の出身地であり,5 田出身, いずれも得票上の 「地元効果」 が出て, 通常より高い得票率になっている.. 第三章. 釧路市社会党の 「選挙構成」 上の特色. 第一章 では, 釧路市内 で, 最強の集票力をもつ党派としての社 会党が, 第二章 では全道の社会党 の中 でもきわめて高い集票力をもつ釧路市の社 会党の位置が, 確認された. ここ では 「選挙構成」 上の特色として, どのような人々 が社 会党議員と なるのか, そしてそれらの議員を生み出す, 支援 基盤はなにかを, 検討してみたい, 16 2名, 衆議院議員(釧路市地盤)10名の1 4名, 道議1 社会党選 出議員は延人員にすると, 市議9 38.

(12) . 選挙結果から見た釧路市の社会党. 表1 6 社会党系市会議員の出身分布図 太平洋炭磯 国. 22. 24. 28. 32. 36. 40. 44. 48. 52. 計. I. 2. 3. 5. 5. 6. 6. 5. 5. 38. 鉄. 0. 0. 0. I. 3. 4. 4. 3. 2. 17. 市 役 所. 0. 0. 0. 0. l. l. l. 2. 2. 7. 庁. 0. 0. 0. I. I. l. l. I. I. 6. 電電 公社. 0. 0. I. I. l. l. 0. 0. 0. 4 4. 支 日. 通. 0. 0. 0. 0. 0. I. l. I. I. 港. 湾. 0. 0. 0. 0. l. l. I. l. I. 5. 教. 員. 0. 0. 0. 0. 0. 0. 0. I. I. 2. 自. 8. 営. I. 0. I. I. l. l. I. l. I. そ の 他. 0. 0. I. 0. 0. I. l. 0. 0. 3. 計. 2. 2. 6. 9. 13. 17. 16. 15. 14. 94. (注1)「太平洋炭磯」 には 「太平洋主婦会」 をも含む r注2)その他の3名は 「建設」 「炭酸」 「製紙」 会社の社員. 名に達する, (表16 ) は社会党・社会党推せん市議をその出身職場 ごとに分類したもの である . のべ94名にもなる社会党議員 のうち, 太平洋炭磯関係が38名と群を抜いて多く 次に多い国鉄 , とあわせれば総議員の6割を占める, そして自営業 (8名) を除いた議員のほぼ全員 が自ら職場の 労働組合の幹部経験者であり, その労組を主基盤とし 選挙を戦い 当選しえたの である 労組名 , , . でこれらの議員の出身を言い直せば, 炭労太平洋 国労・動労 市職労 全道庁 全電通 全日通 , , , , , , 全港湾, 北教組, となり, いずれも釧路市の有力労組 ばかり である それゆえ現象面から判断して . も, 戦後一貫して釧路 市の社会党議員団は 「釧路大労組代表 議員団」 であっ たことは明 らかといえ よう. そしてこの中でも 「炭労太平洋」(太平洋炭磯労組) の比重が特に高いのである この傾向は . 戦後釧路市選出の社会党議員, 道議の構成にもあらわれ ている 岡田 (衆議院議員5期 炭労太平 , , 洋) , 太田 (道議5期, 北教組) , 武藤 (道議3期, 炭労 太平 洋) , 浜村 (道 議1期, 国労) , 桜井 (道議1期, 全 電通) , 岩崎 (道議2期, 市職労) , 7名中6名 (のべ17期) が大労組役員経験者 で あ る( 1 ) ・. こう した社会党議員の出身構成は同時にこの議員 を生み出す力 -- 選挙 での社会党票を集めう る力 -- の源泉を明示している,それらは太平洋炭磯労組 を中心とした釧路 市の社会党支持の立場 を推進する多く の大労組 である. こう した労組は釧路 市労働組合協議会 (略称釧労協) という労働. 組合連合体の中心的な構成単組 となっ ている そして釧労協は総評→全道労協というタテ の系列に . つながるとともに, 北海道東部の労働組合運動の中核的機関ともなっ ている (表1 )は釧労協 およ 7 . びその基幹三労組の組合員の推移を, 市長・市議改選時 ごとにみたものである (28年については , 『名鑑』 が入手 できなかっ たので29年度のものを用 いた) . 釧路 市民に対する釧労協の,そして釧労協における太平洋炭磯労組,国労・動労 市職労の 量的 , , 比重 の大きさ が確認しえよう. そしてまた社会党市議員団の過半がこれら三つの労組から送り出さ れている のも当然という判断もできる. そして釧路市にあっ ては現実に, 社会党は釧労協と一体化, いや釧労協に依拠 しきっ て 数々の , 選挙戦を闘 い抜いたのである. 市議選 では社会党候補は常に全員(自営業出身者も含み)「釧労協統 一候 補」 となり, 社会党と いう 「政党」 の候補者 であるとともに 釧労協 という 「労働団体」(利益 , 集団) の候補者としても登場 し, 情宣, 資金調達, 集票という選 挙戦 での具体的活動 は主として釧 39.

(13) . 山 本. 佐. 門. =労協および三大組合の加入人員の推移 表1 7 斜. (『北海道労働組合名鑑』 北海道労働部,による). \\ ミ度 組合 -\ 釧 路 協. 16,259. 19,124. 21,301. 23,125. 炭労太平洋. 3,965. 4,007. 3,845. 3,311. 職. 676. 697. 998. 代 表 市 議. 3. 6. 9. 1,304 11. 40. 36. 32. 29. 48. 52. 20,271. 19,708. 20,930. 3,677. 3,076. 2, 999. 1,475 11. 1,550 lo. 1,800 9. 44. 1 1; 1i 2 11 1 } 国 一国 労 2 g ≧ ; ・ l } ・ } ・ } ・ ¥ ; 菱 } 2 ,鑓 ’ ,縞 ’ ,細 ’ ,蹴 ,蹴 墓誌・ ,禦 誓書 ,潮 電話2 鉄 1動 労 三. 市. 1年の人員を用いた (注1) 釧労協40年度の人員は資料不備で確認できず4 9~40年は市職組連合会 (注2) 市職労は2. ) は52年市議選 での 「釧労協統一候 8 労協→加盟各単組を通 じて展開されていっ たの である.(表1. 補」(全員社会党公認) の単組割り当て表である, 「炭労太平洋」 を中心に, 有力労組を 「責任単産」 とし, これを基盤に, 支持票を拡大してゆく 方式 であり, 釧労協の市議選戦術の基本として定着しているもの である. 市長・知事選 では釧労協 は一本化した集票機関となるが, 道議選 では加盟単産がほぼ二等分される. 減少しつつあるとはい. 0%を占める 「利益集団」 が特定候補・政党のためにフル稼動した時の一般市民に与える え人口の1 パ そのイン クトは絶大であっ たろう. そしてこの組織的力こそ が, 自民党勢力の 反攻を押 え, 5期. 00%に近い当選率達成しつづけた原動力なの である( も社会党市長を作り出し, 市議選 でほぼ1 2 } ,そ 釧労協にと ては経験の れゆえ52年の市長選 での9 っ 、千票もの大差の敗北, 2名 の現議員の落選は, ない 「大失敗」 といえる事態 であっ たJ もちろん社会党公認市長候補が釧労協組織だけ で, 釧労協統一候補が割り当て労組票だけ で, 当. 選 しえたと判断するのは誤りである. 釧労協組織人員×2としても, 市長選 で過半数は獲得しえな ) の割り当て票とその家族票を固め切っ たと仮定しても, 当選ライン (52 (表18 いし, 市議選 では,. 200票) に達しえる候 補は数人 である. 社会党系候補が当選するには, 釧労協, ある 年 の選挙では2 いは割り当て労組を越えた大幅集票が不可欠なのである. そ して社会党市長の出現, 市議戦 での高. 1労協 が労組の枠を越えた集票力を持ちえている証拠 でもあろう, し い当選率は, 釧路の社会党・釧 . 安定した集票装置の存在こ かしそれ以前にまず, 2万の組織人員を常に保持する釧労協の強力 で, べ きであろう. 市長・市 保障していることを確認しておく そが, 釧路市社会党の選挙 での最強性を 議選など各種の選挙に際しての釧労協翼下労組の結束力の強さ, しかもこれらの労組の大半が長期 にわたり社会党候補支持の立場を堅持しつ づけたことにこそ, 釧路市社会党の選挙での持 続した強. さの直接的な源泉がある. 54年衆院選直前の朝日新聞道内版( 3 )に,「北海道の政治風土 -- 多党化の中 で」 というシリー ズ 特集があり, そこ で北海道は 「革新王国」 という が実は「社会党王国」 であるという指摘とともに,. 「社会党議員選出の大きな力となるのは, 全道労協の強い支え である. 自治労, 国労, 動労, 全逓, 全電通, 全林野, 北教組, 炭労……, , 官公労のほとんどの組合が全道労協翼下にあり, 国政選挙で は社会党支持 で結集する. 共産党寄りといわれる組織は高教組, 全日自労などごくわずかしかない. 東京, 大阪, 京都など共産党の強いところと対照的なのだ」 とし, 「頼る労組をもちえない」 のが北. 海道の共産党の弱さの基本原因という分析が示されていた. この分析は, 社会党支持単組の順序を 変えれば, 釧路市の国政のみならず市政選挙の実情に, より厳密な形であてはまる であろう. そし 1労協翼下の労組票の社会 て釧 ・党への固定化が継続する限り, 釧路 でも共産党の集票力の強化は緩慢 40.

(14) . 選挙結果から見た釧路市の社会党. 表1 8 市議会選 「釧労協統一候補」 支援単産割当表 候補者. 当選回数. T,T H,T. 3 2. 国労支部. H,Y , K.T. I. 国労支部. 2. 全. C,C M,K. 2 I. G.H K,I. 2. 全 道 庁. 4 (7 8) 全農林ほか5単産 (3 76 ). I. 北 教 組. (9 4 ) 全開発ほか3単産 (7 7 5 6 )+×. 責 任 単 産 全 日 通. 支 援 単 40 (3 ) 全林野ほか6単産 (4 15 ). 産. 40) 東邦交通ほか6単産 (4 (6 82 ) 4 (6 0) 小鳩タクシーほか8単産 (82 1). 逓. ( 28 1) 日糧ほか7単産 ( 48)+× 6 市 職 労 (1, 1 0 0) 警備員労組ほか5単産 (12 2 ) 市 職 労 (80 0 ) 日放労ほか6単産 (43 5)+×. K,Y T,T. I. 全 港 湾. (96 0 ) 道東トラックほか3単産 (14 3 ). I. 動. 40 0) 車両整備ほか10単産 (40 ( 6). T,M. 5. 炭労太平洋. (2 2 0) トヨタカローラほか2単産 (3 90). K.W. 新. 炭労太平洋. (70 0 ) 釧豆食品ほか9単産 (3 2 5). 2. 炭労太平洋. (60 0 ) 釧印労 (11 4 )+×. 2. 炭労太平洋. 0 (60 ) 道新ほか2単組 (20 1 ). M.H Y.H. 新. 炭労太平洋 (1, 2 0 0) 釧路生協ほか4単組 (2 88)+×. K,H Y.N. l. 労. 国労工場. ) 電通共闘ほか5組織 ( (26 5 1, 00 7 )+×. (注)+×(ブラス・エックス)は, 単組の事情で集票活動の因難な 「支援単産」 もしくは極小単産. に しか 進 ま な い であろ う( 4 ) ,. このように独立 した組織の全く 弱体な社会党 の集票力 集票装置 の検討は釧労協 の選挙闘争 の実 , 体解明と重なり合うと ころが多いのが実情 である , しかしす でに言及したように, 釧路 の社会党についても 副次的とは いえいく つかの釧労協の枠 , を越えた集票ルートも存在あるいは形成さ れつつあることも見落されるべき ではない とくに注目 . すべきは, 全道的にみても先進地域とされている釧路市の町内会活動を通じての 集票力拡大の傾 , 向である, 釧路 では 「革新市政」 の支えもあっ て 単町レベルの町内会活動が連合町内会活動と い , う組織的な動きと強く 結びついていっ た そしてこの連合町内会 には目下市内の9 割近 い町内会 . (38 2会) が加 入している( 5 } ,そして現在 の16名の社会党市議の中にはこの連町活動 の中心的メ ンバーとして活動した人物も含まれており(連合町内会事務局長 連町地域ブロ ック会長な ど) 議 , , 員を含み, 社会党, 釧労協 の活動家が, 居住環境改善 の小地域 での運動に積極的に加わり 「居住の , 場」 での市民の支持も得ていることも事実 である 社会党系活動家がどれほど町内会活動に貢献し . , そこでの集票パイ プは どの程度のものかを判断する材料を筆者はまだ整えていないが 少なくとも , 網の目のように市内に張りめぐらされた単位町内会組織とその日常活動が保 守勢力の独占物にな っ ていないことは明白 である とはいえ 「職場」 とともに 「居住」 にも根をはり 労組票の低下の補 . , 完をそこに求めうるか どうかはなお今後の努力 にかかっ ていよう . 今までの部分で「選 挙構成上の特色」として, 社会党の釧労協依存の骨格を すなわち社会党議員 , 供給源であるとともに社会党票集めの最強の装置としての釧労協 の存在を 指摘してきた しかし , . こうした総評系労組依存の体 質は日本の都市部の社会党に共通する傾向ともいえる それでは一体 . この全国共通 の社会党的構造を持ちつつも 全国最強ともいうべき集票力を長期に保持しえた釧路 , 市社会党, そしてそれを取り巻く政治的条件の特殊性は どこにあっ たのだろうか それは釧路の社 , 会党研究の核心的問題 であり, 単なる選挙結果分析からは到底答ええない難問 である しかし そ . , 41.

(15) . 山 本. 佐. 門. の重要な手がかりはす でに検討した部分から導きえる であろう. その第一は, 一章の初めに確認した, 20年代後半からの, 釧路の産業躍 進にともなう, 急速かつ 大幅な人口増 である. この北辺の, 石炭, 水産, 製紙を中核とした生産都市へ新しい生活の場を求 め, 移住してくる人々 の絶えざる 流れ, この 「働く人々」 の大 量流入の中 で, 社会党市長が生まれ, 社会党市議団は 全国的にもめずらしい大勢力にふく れ上っ た. その因果関係の実証的解明, 川崎, 豊中, 西宮など同時期の人口 急増都市との比較 など今後必要 であろう が, そのマチの古い秩序に 適 測しえる( 6 ) 合していない労働者的移住者と「現状不満」 . ,「改革志向」 の強さの対応関係は容易に推 釧 会党が吸収したのが 選挙 で社 働組合を通じ ネルギーを労 「 改革 の巨大なエ 「 不満 」 」 そしてこの , 路市の場合といえよう. 第二に推測しうるのは, 釧路市社会党の屋台骨たる釧労協の強みともいう べきユニークさ であろ 0%という組織人員は極立っ て多い う. 全道労協翼下の 「地区労」 は他の大都市にもあり, 総人口1 もの ではない, 釧労協の特色は, 太平洋炭磯労組を一貫してその中核に してきた組 織構成にある. 太平洋炭嬢労組自体は, 石炭産業の 盛衰とともにその組合員の増減を経験したが, 住職一体となっ たその組織形態は, その家族をも含めた組合員の 「仲間意識」 を強め, 生活向上の闘争においての 7 ) みならず,各種の選挙 で労組推せん候補の当選に強大な威力 を発揮しつづけた( .そして太平洋炭磯 部に人材 釧労協・社会党指導 とともに 労組は釧労協の中 で最も強く, 安定した集票装置たりえた , を絶えず送りつ づけたのであっ た. この労組の示す組織力, 行動力は釧労協全体の強化をもたらし た こ と は 否 定 し が た い.. そして現在この太平洋 炭磯労組は, 全国の国労運動の草分けともいう べき国鉄釧路 工場をもつ国 労, 20年間の 「社会党市長」 体制の中 で強力になっ た市職労とともに, 釧労協結束の核となっ てお. り, 組織的に弱体な社会党を支え切っ ているの である. 「総評系労組にのみ依存しきっ た社会党の限界性」 が指摘されて久しい. 釧労協にも, 社会党票 の集票装置 としての機能を低下させかねない不安定要素は生じている. 具体的に指摘すれば, 一方 00名) の 「同盟」 への移行, 市職労, 国労の では 「同盟」 の組織化も進ん でおり, 本州 製紙労組 (7 91名) も存在しており( 5名) 8 ) 第二組合ともいう べき, 市役所労組(31 , この同盟組織を背 , 鉄労(1 景に, 市議会に 「民社クラ ブ」(2名) も生まれた. 他方釧労協内部に も, 旧来の強固な社会党路線 , を を批判する勢力も漸増しており, 現在の3名の共産党市 議は太平洋 炭磯 (2名) , 国鉄 (1名) 出身職場としている. しかし同盟の釧労協に対する人員 比は1対6 であり, 顕著な加入者増もみら れないし, 釧労協内部の 「政党支持 グルー プ」 も定期大会代議員レ ベ ル では全くの少数派に止まり つ づ、け て い る.. こうして基本的な路線上の変 更のないままの釧労協の強固さはなおしばらく続きそう だし, 各種 選挙にあっ ては社会党の中心的集票装置として当分作動しつづける であろう. 戦後の各種の選挙結果を基礎資料に, 釧路市における社 会党票の推移, その位置, 選挙構成, が 検討された. しかしこれは 「選挙にみる釧路市社会党研究」 とテーマを 限定しても, まだその第一 段階にす ぎないであろう. 研究はさらに, 選挙戦・集票装置の実 体解明, 指導者・支持者の政治意 識調査, と深められねばなら ない. ( ) 例外は, 戦後初期から5期衆議院議員であった森三樹二 (弁護士) だけである. 1 00%) 3 ← ÷13(1 0%) 2年9(立候補)→9(当選)(10 , ( 2 ) 釧労協統一候補の当選率を具体的にいえば,3 , 以下36年1 一方釧労協の % ) である 4( 8 7 6 一1 % 5 2年1 1 3 ) 5( 9 % 4 8年1 6 ÷ う ) 1 6( 1 0 0 6 一 4 4年1 4%) 8→1 7(9 40年1 , , , , 支えを失った社会党系候補の当選は困難である.例えば44年の市議選前に釧路市社会党内で内紛があり,4名の 現議員が離党, 無所属 で立候補したが, 全員落選した. 42.

(16) . 選挙結果から見た釧路市の社会党 ( 3 ) 朝日新聞, 19 7 9 . 9, 8 (北海道版) ( 4 ) しかし釧路市の労働組合運動の歴史をみた時, 終戦直後の「労組創設期」にあって その中心になった人々には , 共産党系が多く,「釧労協」 の前身 「釧労連」 も初代委員長は武本実三郎 書記長土屋祝郎である また太平洋炭磯 , . 労組でもその影響力が強く,2 2年の第1回市議選 では当時書記長だった武内季房氏が共産党を名乗り 同労組出 , 身の社会党, 無所属候補とともに 「春採(太平洋炭磯所在地名) 民主戦線」候補として出 2位 で当選している , , 共産党の大労組での影響の後退の原因は根深いが, レッ ドパージーが致命的打撃となったことは明白 である 釧 . 路市でも,太平洋炭磯51名,国労2 2名, 全逓4名(第一次分のみで)の追放者があった,『新釧路市史』3巻5 06- 5 0 9頁参照, ( 5 ) 釧路市連合町内会の活動経過については 『わたくしたちの1 0年の歩み』(釧路市連合町内会, 1 9 ) が参考に 7 7 なる.. 6 ( )1 97 5年に釧路市が20 00名の市民を対象に 「生活環境意識」 調査を行ったが, この調査によれば 調査回答者 , (1 778名)の7 5%は戦後釧路居住者 であり, また居住期間の少ないものほど「居転希望」 が多く 釧路の生活環 , 境に否定的な評価を下す, という結果が出ていた. しかし 「政党支持」 との関わりなどの調査は行われていない 『釧路市生活環境意識調査報告書』 釧路市企画室, 1 ( 5 97 0参照) ,1 , ( ) 太平洋炭磯労組の闘争の歴史の詳細は 『太平洋炭磯労働組合三十年史』(太平洋炭磯労働組合 1 7 ) 6 , 97 . ( ) 組織人員数はいずれも 『釧路支庁管内労働組合名鑑-昭和5 8 3年版』(釧路支庁) による1978年6月 30日現在 の もの である.. (本学助 教 授・釧 路 分 校). 43.

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参照

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