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労働調査という逆説(PDF:488KB)

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提 言

No. 704/Feb.-Mar. 2019 1 本誌の過去の提言を眺めていたら 2013 年 2・3 月号(632 号)で守島基博教授の「労働調査研究 のあり方を考える」という文章に出会った。 守島教授の提言に次のような言葉がある。「労 働調査研究そのものが,大まかな流れとして,政 策的に意味がある,または話題性のあるテーマに 集中している」「この傾向が行き過ぎると,労働 場面で基礎的な賃金,労働時間,人材育成,昇進, 移動,貧困などについての質の良い研究が行われ なくなる可能性がある」と。全く共感した。これ に励まされ,気恥ずかしいけれど,労働調査につ いての私の正直な気持ちを書いてみようと想い定 めた。 労働調査とは計量的調査と事例調査の二つがあ る。もう一つ,調査とは言えないが文献研究もあ る。ここで文献研究という研究方法について,こ れを軽視すると労働調査の質の劣化をもたらすこ とを言いたいと思う。そう言うと労働調査にあっ ても必ず報告書の執筆で先行研究のレビューを 行って,計量的調査では「仮説」を,事例調査で は「課題」を特定する作業を行っているのに何を いまさらという反論が聞こえてきそうである。そ れはそうだが,その作業の実際は「仮説」や「課 題」を特定するための助走としての作業に過ぎな いのではないか。そのことを憂慮している。 調査の助走としての先行研究レビューではない 文献研究は,かつては労働分野での学問の主柱で あった。私事で恐縮だが,指導を仰いだ中西洋教 授に「君,調査報告書はなかなか研究業績とし ては認められないのだ」と言われたこともあった し,調査の話を私が持ちかけると「君,いつに なったら学問を始めるのだ」といわれたこともあ る。私は心の奥底で先生の言うことは正しいと 思っていたし,今もそう思っている。ただ,頭も 悪く不器用な自分には,立派な文献をいくら読ん でも「分かった気になれない」ことが多く,調査 をして「腹の底から分かった」と思えることを書 けるような研究を進めるしかこの世界で自分に生 きる道はないと覚悟を決めたのも先生の教えを受 けたからであった。今も私は「文献研究で分かっ たら,わざわざ気の重い調査をする必要はない」 と大真面目に院生に言っている。 分からなかったことは,賃金に関しては,80 年 代は「年功賃金」,90 年代後半以降は「成果主義」, 働き方に関しては,80 年代以降は「日本の自動車 工場の国際競争力」,2000 年代以降は「グローバ ル経営」であった。文献の中にこれらの語彙は夥 しく登場するけれど「分かった気になれない」と いう焦燥に突き動かされて,気の重い調査をせざ るを得なかった。その調査は他者の評価はともか く,少なくとも自分を納得させることはできた。 だから,労働調査において大切なことは,第一 に文献研究でやすやすと「分かった気にならな い」自分を持つこと。第二に,「自分を納得させ るためには何をどのように調べたらよいのか」を よく考えること。第三に,上に例示したように分 からない事柄は広漠としているから,これをどう 調査に馴染むような具体的な問いにできるかを繰 り返し考え,友と果てしもない楽しい「雑談」を 繰り返すことである。厳しく業績の本数が問われ る時代にあって,守島教授の言われる良質な調査 を支える楽しい「雑談」がどこまでなされている のか心配ではあるが。 そういう労働調査は,分からなかった文献に対 して,その概念や理論への批判をもって返礼する ことになり,結局は,すぐれて理論研究になって しまう逆説の中に置かれている。この逆説に労働 調査研究の栄光があるのだと祝福してよいのでは ないか。 (いしだ・みつお 同志社大学教授)

石田 光男

労働調査という逆説

参照

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