寄宿舎の価値と課題(2) : 2008年春に退職した寄宿舎指導員2人への聴きとり調査 利用統計を見る
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(2) Ⅱ.方法. 1.対象 平成19年度に定年退職した山梨県の寄宿舎指導員2人(ともに女性)に調査を依頼して, 同意を得た。この2人(以下,A氏・B氏)を対象とする。. 2.日時と場所 A氏については,本人の意向により紙面による調査のみとした。B氏については,平成 20年5月27日午後,ある公民館の一室にて聴きとり調査を実施した。. 3.手続き (1)事前の説明 平成20年3月に,聴きとり調査の趣旨を口頭で,そして同4月に聴きとり調査の趣旨や質 問事項,記録の仕方などについて文書(郵送)にて説明する。 (2)質問事項 対象者に文書にて示した質問事項は以下のとおりである。 1 2. 勤務歴と寄宿舎で働こうと思った動機を教えてください。 忘れ得ぬ子ども,および,その子どもから学んだことについて教えてください。その際, その子の属性(学部・学年,障害種別)といつ頃のことかについてもお話ください。なお, 1人もしくは2人の子どもについてお話ください。. 3. 子どもとかかわる上で大切にされていたことを教えてください。. 4. 保護者とかかわる上で大切にされていたことを教えてください。. 5. 学部の教員との関係について. (1) 学部の教員とかかわる上でのコツ・技について教えてください。 (2) 学部の教員と寄宿舎指導員の間に溝や考え方の違いのようなものなどがあると感じた ことはありますか?ありましたら,その内容についてお考えください。 6. 勤務されてきた中で変化したと感じられることを,以下の小問に沿ってお答えください。. (1) 勤務形態の変化によって生じた寄宿舎指導員(寮母)の意識や仕事の仕方の変化 (2) 「寮母」から「寄宿舎指導員」に名称変更されたことによって生じた寄宿舎指導員(寮 母)の意識や仕事の仕方の変化 (3) 保護者の寄宿舎に対するニーズ,評価の変化 (4) 学部の教員の寄宿舎に対するニーズ,評価の変化. (3)聴きとりの進行や記録など B氏に対する聴きとり調査の進行は筆者らが行う。ICレコーダーで記録する。紙面に書 き起こした記録はB氏に送付して,内容の確認を依頼する。A氏については,A氏からの 書面での回答を,筆者らが日本語表現上の修正を行い,その内容の確認を依頼する。. - 133 -.
(3) Ⅲ.結果と考察. 以下,質問項目に沿って考察する。なお,それぞれの回答の中で,考察にて引用した部 分にはアンダーラインを付す。. 1.勤務歴および寄宿舎で働こうと思った動機について 寄宿舎で働くことになった動機はともに「たまたま(A氏・B氏)」とのことである。 その後,この仕事に強い魅力を感じてのこと,という経緯である。 (1)A氏について A氏:. 勤務歴は,聾学校15年,○○養護学校15年(※肢体不自由),盲学校8年です。市町村の行政. 職でしたが,保母資格取得に取り組んでいました。施設の見学がその条件にあり,聾学校をた またま見学しました。そこで,欠員が生じたためすぐに来てほしいと言われ,事務職より人を 育てる職業に魅力を感じて,転職しました。. (2)B氏について B氏: 盲学校15年,○○養護学校(※肢体不自由)7年,○○養護学校(※知的障害)5年,聾学校2 年,○○養護学校(※知的障害)2年,勤めました。 筆者: 寄宿舎で働くことになった動機をお話しください。 B氏: 産休代替をお願いされました。そして,勤務する中でこの仕事を続けたい,試験があれば受 けようと思いました。 筆者: 産休代替に誘われたきっかけを教えてください。 B氏: 欠員が生じたのですが,たまたま人がいませんでした。友人に声をかけられ,気持ちが動き ました。 筆者: 誘われた時に,即答したのですか。 B氏: 即答というか,こういう仕事があることを知りませんでした。勤めている間に,「こういう仕 事があるのか,私にもできそうかな」と思いました。当時,盲学校の生徒は大人でしたので, 抵抗なく話ができ,少しでも手助けできたらという気持ちになりました。. 2.忘れ得ぬ子どもについて 卒業後の舎生の生活に関して,「じっくりと向かい合ってかかわってくれることが少ないこと もあってか,その後,施設を転々としたようです(B氏)。」と述べられている。A氏の回答に も,じっくり目の前の子どもと向き合い,一人一人に合った支援を探っていったことが随所に 見られる。. (1)A氏について A氏:. 「1人もしくは2人の子どもについてお話ください。」ということですが,たくさんいて困り. ます。 聾学校の子どもたちからは, 「積み重ね積み重ねてゆくろうの子に言葉の壁を学びしわれは」 と,痛感させられました。 男子A(小1):「先生,ママってお母さんのこと?」と聞かれました。親が離婚していたた め,友達の言う「ママ」が「お母さん」を指すことを知らなかった。胸が痛みました。 女子B(小3):「靴」を「つく」と覚えてしまい,日記指導の中でその都度「反対だよ。」と 教えました。学校での勉強の様子を知るために授業参観をしました。当時,日勤者は必ず2時 間くらいは授業参観をしました。. - 134 -.
(4) 男子C(小2):小2からの転入でした。知っている単語が7個しかなく,絵カードなどを作っ て,毎日の日記指導で言葉を増やしました。 肢体不自由養護学校の子どもたちからは,「生命の大切さ」について考えさせられました。 男子A(小4・重度の知的障害を重複):発語といっても「オウー」や「アイー」程度でした。 しかし,こちらの話すことはよくわかっていました。日常の多くの介助は,職員1人では困難 でした。排泄は職員1人で介助しましたが,失敗した時は職員2人が必要になります。本人の体 は大きく,トイレは狭く,どのようにしたら本人が楽にできるか,試行錯誤の毎日でした。 女子B(小1・知的障害を重複):母親が食事を作ることができず,また食べる機能にも遅れ があったため,食事に対する意欲のようなものが育っていませんでした。口を開けることから 拒否していたような記憶があります。そこで,食事の指導から始めました。学級担任や母親と 連携しながら,食べておいしいという気持ちを育てることに力を注ぎました。食べてくれた時 は天にも昇るうれしさでした。 女子C(中1・知的障害を重複):情緒不安定で,突然,友達をひっかいたり,叩いたりする ことがありました。自傷行為もありました。スキンシップを多くとり,散歩や運動をさせたり, 絵の具を使って絵を描かせたり,心の中のものを表出させました。衣装ケースへの洗濯物のし まい方や入浴の準備など,スモールステップで指導しました。そのようなかかわりを続け,徐々 に落ち着きました。子どもの心に寄り添うことの大切さを学びました。多くの仲間から学んだ のかもしれません。 盲学校の子どもたちからは,「時間を大切に生きている」ということを学びました。また, 点字の世界を知ってよかったと感じています。 男子A(小3・全盲に肢体不自由と知的障害とを重複):食事ではパンは好みでしたが,食べ る機能の発達にも遅れがあったのでしょうか,ご飯は焼きのりで食べる以外,ほとんど口にし ませんでした。刻み食にしたり,食べやすい雰囲気をつくったり,食べ物に触らせながら説明 をしたり,「おいしいよ」と言葉がけしたり,といろいろと工夫をしました。食事指導の難し さをあらためて痛感しました。3年くらいしてやっと食事に対する安心感や,おいしいという 気持ちが育ったのか,いろいろと食べてくれるようになりました。卒業時には何でも食べられ るようになりました。 男子B(理療科):ある病気と闘いながら,国家試験をめざして学んでいました。入退院を 繰り返し,勉強は遅れがちでした。投げやりになることもしばしばあり,暴言を吐くこともあ りました。元気に毎日勉強できた人と違い,苦しかったと思います。変に刺激するような態度 や言葉がけは慎み,しかし励まし接しました。結果は合格で,本人「俺は合格が信じられん」 と言っていました。追いつめられて,もう今の今しかチャンスはないという生徒の執念を目の 当たりにしました。. (2)B氏について B氏: B養護学校の高等部3年生の生徒です。ダウン症でした。手のかかる生徒で,あらゆる方法で, いたずらばかりする男子生徒でした。その都度,話をしました。いろいろ話をしていくうちに, だんだん聞き入れてくれるようになりました。 何か責任をもってできることをさせたいということで,今まで職員が行っていた風呂場の掃 除をその生徒に頼んだところ,卒業するまで掃除をしてくれました。今まで誰の話も聞き入れ なかった子が,繰り返し話をしてきたことで,そのような行動を取ったことについて,他の職 員も驚いていました。彼自身も,責任を果たせたという気持ちが自信につながったようでした。 結構,穏やかになって卒業しました。 卒業後は○○(※知的障害者授産施設)に入りました。そこで結構,神経を使っていたよう です。いじめられたこともあったようで,ある悪さをして辞めさせられました。B養護学校に 来た時は,結構,穏やかに話ができました。他の施設に移った後も,学校に野菜を売りに来て くれました。そこで,話をしているとよい子なのです。でも,そういうところでは,そうやっ てじっくりと向かい合ってかかわってくれることが少ないこともあってか,その後,施設を転々. - 135 -.
(5) としたようです。. 3.子どもとのかかわりで大切にしていたことについて 一人一人に適した支援を心がけ,何よりも「情熱や熱意(A氏) 」 「本気さ(B氏) 」をもって. 子どもにかかわることがあげられている。また,A氏からは成人の舎生には「親しき仲に も礼儀あり」という方針,そしてB氏からは「大人(職員)と子どもと分けることなく」 という方針がそれぞれ述べられている。 (1)A氏について A氏:. まずは健康チェックです。 「今日は何をしてあげようかな」 「どういうかかわりをしようかな」. と考えます。その日の計画や個別指導目標を常に頭に入れておき,一人一人に適した支援を心 がけました。 成人に対しては,要領よく話すこと,話し方に節度をもつこと,言葉のかけ方などに注意を 払いました。親しき仲にも礼儀あり,ということです。 また,古いことも踏襲しながら,常に創造・工夫をして生活に豊かさを取り入れることに心 がけてきました。情熱や意欲をもって仕事にあたることが舎生に反映すると思います。. (2)B氏について B氏:. 大人と子どもと分けることなく, 怒る時は怒るというようにいつも本気でかかわってきま. した。どの学校でも,小さい子に対しても同じように接してきました。同僚に対しても同じこ とが言えます。. 4.保護者とのかかわりで大切にしていたことについて 子どもについて感じたことを保護者に率直に伝えることは共通している。両者のいわゆ る「キャラクター」の違いとして,A氏は「どの保護者にも対等に接するように,言葉づ かいに気をつけ,親しい口ぶりをしない」と,B氏は「包み隠さず素直に保護者に伝えて きました。」「どんどん言ってきました。」と述べている。 (1)A氏について A氏:. どの保護者にも対等に接するように,言葉づかいに気をつけ,親しい口ぶりをしないように. 心がけました。「こんなところが今日見えましたよ」と,小さくても日頃の発見を連絡帳や口 頭でまめに伝えること,連絡帳は「5W1H」を意識して的確に表現することを注意しました。何 か特別な事態が生じてしまった時は,速やかに行動をとり,お詫びする時は率直に心からお詫 びするようにしました。信頼関係を築くということは,そんなことの積み重ねではないでしょ うか。. (2)B氏について B氏: 子どもについて感じたことを包み隠さず素直に保護者に伝えてきました。小さい子であれば ある程,親が代弁したり,子どもにさせずに親がしてしまうことが多く見られました。「それ だったら,子どもが一人で生きていけないよ。子どもが先に逝くんだったらいいけど,子ども が後だから」と肝心な時には,話をしてきました。 筆者: お母さんが,手を出している時に指摘するのですね。 B氏: その場では指摘しません。様子を見ながら後でよくないことを伝えました。しかし,あまり に見かねる時は,その場で伝えました。 筆者: そうすると,お母さんも,少しずつ変わっていくのですか。. - 136 -.
(6) B氏: お母さんも「はい」とその場では言ってくれます。しかし,長年の家庭での積み重ねがある ためか,頭ではわかってはいるけど,どうすることもできないのでしょうか。距離を置くこと は難しく,見守ることができなくなっていました。 土日,長期の休みなどに友達とのかかわりが少ないので,お互い行き来できるよう,具体的 に例を挙げ提案しました。「自分では,全然気がつかないことを教えてもらってよかった」と 言ってもらいました。中には,聞き入れてくれない親もいましたし,子どものお金をあてにす る親もいました。「子どもにかわいそうだ」ということで,どんどん言ってきました。. 5.学部の教員との関係づくりのコツや技について A氏は「伝達はこまめに」,B氏は「お茶を飲みながら話をする」「ちょくちょく学校 に足を運んで」と,両者とも日頃から意思の疎通を図ることをあげている。 (1)A氏について A氏:. 伝達はこまめにする。直接話ができないこともあるため,メールなりメモなりの方法で連絡. します。それによって, 「知らなかった」 「聞いてない」などのトラブルを防ぐことができます。 信頼される人となるように努力することです。教師が求めていることには呼応できるように, 舎生一人一人の成長を伸ばす支援者であるという自覚をもつことです。ただ,舎生を担任して いる先生は寄宿舎のことがわかっていますが,そうではない先生は,職員会議やメールでお知 らせをしても関心が低いように感じていました。. (2)B氏について B氏: 技もないのですが,子どものことを素直に話し,協調性を大切にしました。学部の先生に対 しても分け隔てなく,よいことはよい,悪いことは悪いとはっきり言いました。みんな,学部 の先生に遠慮しがちです。 寄宿ではできるのに,学校ではまごついてできないということがあり,何でかなと思うこと はありました。学校での指導は時間に追われているのか,先生が手を出してしまうように感じ ました。 筆者: 学部の先生方とよい関係をつくっていくということについて,アドバイスしてください。 B氏: 今の若い人たちは,先生方が来た時にお茶を飲みながら話をするということができない。た かがお茶の一杯ですが,ゆっくり話ができます。関係をつくるための一つの手だと思います。 筆者: それ以外に具体的にしていたことがあれば教えてください。 B氏: 日頃,ちょくちょく学校に足を運んで,いろいろ見てくることも大切だと思います。何でも いいから話をしながら,そして,子どもの話をしました。日頃からそうやっていないと,何か あった時だけ行くという感じになってしまいますよね。話し合えたことが,その後の指導に役 立つことも多かったです。互いに遠慮なく話し合える場が多く持てると良いと思っています。. 6.学部の教員と寄宿舎指導員の間にある溝や考え方の違いについて A氏は「教師の方が上と思っている」と述べ,B氏からもそれと同じような印象が述べ られていることが共通している。 学部と寄宿舎の教育方針の違いに関するB氏の「寄宿舎の方が子どもたちはリラックス できるからでしょう。」という指摘は示唆に富む。 (1)A氏について A氏:. 管理職をはじめ,教師の方が上と思っているような気がします。学歴の違いが大きいように. 見受けられました。私は高卒ですから,特にそう感じるのかもしれません。多くの方が大卒に. - 137 -.
(7) なるとどうなのでしょうか。. (2)B氏について B氏: ○○学校(※勤務したある学校名)の話ですが,寄宿舎でできることが,学校ではできない ということがありました。寄宿舎の方が子どもたちはリラックスできるからでしょう。それが 寄宿舎の一番よいところです。 筆者: 学部の先生は,口を出しすぎなんでしょうか。 B氏: 自分も子育てをした時に,親がやった方が早いみたいなところがあったので,遠くから見て いたのでよくわかりませんが,先生もそんな感じだったのかもしれません。 筆者: 寄宿舎と学部とで,教育の方針に違いはありますか。 B氏: 盲学校の成人の場合「学校は成績をもらうところ。寄宿舎は何もないから,どうでもいいや」 というところが目立ちました。学齢の子どもたちは,そういう駆け引きはないから,そういう ことは,ありませんでした。○○養護学校(※知的障害)にも,そういう子がいました。 筆者: 学部の教員と寄宿舎指導員の間に溝や垣根のようなものがあると感じたことはありますか。 B氏:どう説明すればいいかわからないけど,ありました。寄宿舎の職員を軽く見ているようなとこ ろはありました。同じことやっているのに,いやむしろ寄宿舎の方が一生懸命やっていると思 うところはありました。冷たい,ちょっとひどいなと感じることもありました「免許なくても できる仕事でしょ」というところは多いと思います。. 7.勤務形態の変化によって生じた寄宿舎指導員の意識や仕事の仕方の変化について 勤務形態の変化について,その経過説明は両者から詳細に説明がなされている。現在の 状況とは明らかに異なっていたという事実を関係者は忘れてはいけないであろう。 この設問に関して,A氏からは「寄宿舎での特別支援教育をどのようにしていくか」, B氏からは「泊まりが週1泊になってからは,学校の仕事や分掌にもかかわれるようにな りました。」「担当の子には特に目標をもって接する」と述べられ,かつてに比べてより 意図的に子どもにも学部にもかかわれるようになったことがあげられている。 (1)A氏について A氏:. 昭和45年採用ですから,現在の毎週帰省・祝日休みという勤務はありがたいことです。当時. は,6週間に1度,日曜日が休みという勤務でした。昭和47年に勤務改善が行われました。その 当時としては画期的だった「遅番」という勤務形態が,つまり夜7時30分までの勤務の仕方に ついて,各校へ伝達された記憶があります。 私は組合に加入していないため,各校の勤務の実態は把握していませんが,今はどこの学校 も厳しいのではないかと思われます。 寄宿舎での特別支援教育をどのようにしていくかという問題が今は大きなテーマになってい て,さまざまな「Plan Do See」が求められています。舎生の実態が多様化しています。命を預 かる仕事として,緻密な指導・支援をしなければなりません。そのためには,指導員自身が健 康で毎日が楽しく,かつ真摯に勤める場所であるように,ということを努力してきました。 毎日の引き継ぎはていねいに行い,次の人へのバトンタッチがスムーズに行えるようにして, 齟齬の生じないように努力してきました。. (2)B氏について 筆者: 盲学校では,どのような勤務でしたか。 B氏: 長期の休業中だけ閉舎で,土日は開舎していました。 筆者: 週に泊まりはどれくらいありましたか。 B氏: 当時,指導員が9人いたので,1週間に2泊の週と,3泊の週がありました。. - 138 -.
(8) 筆者: そういう勤務をしていたのは,盲学校だけですか。 B氏: そうです。盲学校で,途中から土曜日が閉舎になりました。舎生は,土曜日に帰省し,日曜 日の夕方,舎に帰ってきました。徐々に,日曜日も閉舎になり,月曜日の朝,登校というよう になりました。 筆者: 勤務が変わって,意識や仕事の仕方が変わったということはありますか。 B氏: 仕事は増えたけど,充実した感じはしました。土日も開舎していた時は,泊まりが多いから, 学校の仕事ができなかったのですが,泊まりが週1泊になってからは,学校の仕事や分掌にも かかわれるようになりました。垣根をなくすという意味合いではよかったと思います。 筆者: 週に3泊から徐々に少なくなっていって,子どもへのかかわり方が変わったということはあり ますか。 B氏: 盲学校の時は,学齢児と違い舎生が大人だったので,泊まってお世話をすることはあまりあ りませんでした。○○養護学校(※肢体不自由)では,担当の子には特に目標をもって接する ことがでてきました。この子には,こういう目標をもって接していこう,ということはよいこ とだなと感じていました。. 8.「寮母」から「寄宿舎指導員」への職名変更により生じた意識等の変化について B氏の「どうってことなかった」との発言に象徴されるように,職名変更には特別の印 象はなかったようである。ただA氏からは「(時代は変わってきているので今後は)何ら かの資格が必要な気がします」ということが述べられている。 (1)A氏について A氏:. 男性の指導員の採用により,職名が寮母から寄宿舎指導員に変わりよかったと思います。た. だ,職名が変わって,保護者や先生方が「寄宿舎指導員」としてみているとは限りません。一 軒の家には父と母がいて家庭をなすように,寄宿舎が母子寮であってはならないと思います。 寄宿舎指導員として男性が存在することは,とても大きな価値があります。 採用条件についてですが,今や高卒の採用ではなく大卒に引き上げていくべきではないかと 思います。私が高校を卒業した時代とは大きく違います。教育にかかわる寄宿舎指導員とて, 何らかの資格が必要な気がします。. (2)B氏について B氏: どうってことなかったと思います。 筆者: ○○養護学校(※肢体不自由)にいた頃に名称が変わりましたね。 B氏: そうです。寮母の時代を長く勤めてきた先生たちが多いから「今さら指導員って何よ」とい うところがありましたが,それに沿うようになりました。 筆者: 寮母さんという呼び名に関して,どう思われていましたか。 B氏: それが職種だから仕方ないという思いはありました。 筆者: 寄宿舎指導員という名称について,どのように思われましたか。 B氏: 何年か経ったので慣れましたが,最初は「えっ,寄宿舎指導員」という感じで,受け入れづ らかったです。「寮母」で長いこときたからだと思います。. 9.寄宿舎に対する保護者のニーズや評価の変化 A氏の「子どもたちが意欲的に行動できるようになったとか,自分の行動に見通しがも てるようになってきたとか,保護者はわかってきている」,B氏の「寄宿舎で日頃してい るから,家でもできる。頼まれなくてもすることができるようになったということで,す ごく喜ばれました。」のように,両者とも保護者から理解が得られているという見解であ - 139 -.
(9) る。また,B氏の回答から,保護者の寄宿舎に対する期待については,障害種別や舎生の 実態によって異なるようである。 (1)A氏について A氏:. レスパイトとは違うこと,寄宿舎としての理念をもって実践していることを保護者は理解し. ていると思います。子どもは一朝一夕に変わるものではありません。8人のシフトでまったく 同じ支援・指導とはいかない面もあります。しかし,ていねいな引き継ぎを通して,共通理解 をして,一人一人を高めていく,「自立につなげていく」ことで成果をあげてきています。保 護者からの本当の意味での評価はわかりませんが,子どもたちが意欲的に行動できるようになっ たとか,自分の行動に見通しがもてるようになってきたとか,保護者はわかってきていると思 います。. (2)B氏について B氏: ○○養護学校(※知的障害)では,想像以上に寄宿舎に望んでいることが多かったです。入 舎の日に,親がやっとの思いでスクールバスに乗せて学校に来た子がいました。 登校する時は,何の抵抗もなくスクールバスに乗ることができました。子どもが泊まったこ とで,学校に来る楽しさを知ったということを親はすごく喜んでくれました。寄宿舎に対する 期待がすごく多く,みんな喜んでくれていました。卒業生の親たちが,子どもたちが寄宿舎で 伸びたことに喜び,寄宿舎にお礼に来てくれたこともありました。 今まで,ずっと親と一緒に寝ていた子の親に「寄宿舎では一人で寝ているので,家でもそう してください」と話すと,「やってみました。時間になったら,自分で部屋に行って休むよう になりました」など,いろいろなことで,すごく喜んでくれました。整理整頓,洗濯干しや取 り込み,皿洗いなどを寄宿舎で一つ一つすると,家でもできるようになったと,喜んでくれま した。寄宿舎で日頃しているから,家でもできる。頼まれなくてもすることができるようになっ たということで,すごく喜ばれました。 筆者: 聾学校では,どうでしたか。 B氏: 家でも自分でできることはさせてほしいことを伝えると,実際にやってくれるなど,素直な お母さんたちでした。 筆者: ○○養護学校(※知的障害)では,どうでしたか。 B氏: 騒々しすぎてという学校で,子どもにさせようとするけど,なかなか思うようにいかず,つ いつい手を出してしまうという保護者はいました。 筆者: 寄宿舎に対する期待や要求は,どうでしたか。 B氏: 寄宿舎で話したことやお願いしたことを素直に受け入れてくれる保護者が多かったです。子 どもが言ったことを真に受けて誤解された時もありました。寄宿舎に対して期待はあっても要 求はなかったように思います。 筆者: ○○養護学校(※肢体不自由)では,どうでしたか。 B氏: 重度の子が多かったので,親から要求や要望はなかったように思います。「びしびしやってく ださい」くらいのことは,どの学校の保護者も言っていました。. 10.寄宿舎に対する教員のニーズや評価の変化 A氏の「自立に向けた体験を直接できる寄宿舎として認めてくれていると思います」, B氏の「学校で教えていないことを寄宿舎で先にしているから,できたということで喜ば れました」と,学部の教員から理解されているという見解である。ただ,このことについ ては,時代の変化というより,各教員により異なるという印象のようである。 (1)A氏について A氏:. 自立に向けた体験を直接できる寄宿舎として認めてくれていると思います。ただし,どこま. - 140 -.
(10) でそれをきちんと理解してくれているかは不明です。学部・学級担任との連携を十分にして, 一人の子どもを学部と寄宿舎の双方から支えていくことでよりよい支援ができると思います。 ○○学校の場合,校務分掌・舎務分掌・毎日の係(日勤・遅番・泊まり)等が多く,多忙でし た。子どもに直接かかわるという本来の職務のため,校務分掌には思うように協力できない時も ありました。. (2)B氏について B氏: 学校で教えていないことを寄宿舎で先にしているから,できたということで喜ばれました。 寄宿舎で,少しずつ教え,みんながやっている姿も見て,自分もやってみるということがあり ます。ボタンがかけられるようになった,掃除ができるようになったなど,細かなことでは喜 んでくれました。寄宿舎に目が向いている先生は,そのように評価も高いですが「寄宿舎は何 だ」という人たちは,そのようなところはないです。 筆者: 時代と共に大きく変化したと感じることもなく,先生によって違うということですか。 B氏: そうです。 筆者: 宿泊学習の時に寄宿舎にいる子かいない子かによって動きが全然違うと感じています。 B氏: そうですね。寄宿舎の子どもは,日頃,一人で入浴しているので宿泊学習やプールに入る時 などスムーズに行動できます。通学している子は着替えることなどにも時間がかかります。. Ⅳ.まとめと今後の課題. 寄宿舎の価値について,両者とも「自立に向けた体験を直接できる。」「仲間の中で育 ち合える。」「寄宿舎指導員という,教員や保護者とは明らかに異なる存在がある。」「目 の前の子どもとじっくり向かい合い,一人一人に合った支援を行うことができる。」など と強調していた。寄宿舎の課題について,両者とも学部もしくは教員とのさまざまな局面 での考え方の違い,そしてその違いとどのように向き合うかに触れている。これらは先の 研究(石川ら,2007)の対象者3人と同様である。 最後に,本研究で用いた設問項目ごとの考察以外の事柄について述べることとする。. 1.保護者との関係の在り方 昨年度の対象者と共通して,保護者のことを否定しない,あるがままの保護者をあるが ままに捉え続ける大切さが語られた。一方,今年度の対象者は,保護者の思いに共感しつ つも,保護者に子どもの事実を伝えるというように積極的なかかわりを強調していた。 また,昨年度の対象者は,子どもとのかかわりに関して,指導目標を意識しすぎること への疑問を述べていた。学部の教育とは違うとの立場である。目標を意識しつつも,意図 的なかかわりを生活の自然な流れの中でさりげなく行うなど,あくまで生活の場であるこ とに配慮することを強調していた。しかし,今年度の対象者からは,そのような回答は得 られなかった。 保護者へのかかわりの基本方針や目標の意味づけについては,今後とも検討を重ねてい かなければらない事柄である。. - 141 -.
(11) 2.政策としての「特別支援教育」とのつきあい方 特殊教育から特別支援教育への移行に関する質問はないが,このことについてA氏から は「寄宿舎での特別支援教育をどのようにしていくか」「Plan Do See が求められていま す。」と問題提起がされている。これに関しては,各地・各校でさまざまな取り組みがな されている。 いわゆる「地域支援機能」を担当する校務分掌に寄宿舎指導員も加わり,「日常生活上 の世話及び生活指導(学校教育法第79条第2項)」に関するノウハウを寄宿舎が提供した り,教育相談として特別支援学校に訪れる子どもに寄宿舎指導員もかかわったり,という 動きも散見される。 一人一人の子どもの教育的ニーズに柔軟に応じるというスタンスになった。就学および 通学を保障するために,さらには放課後の豊かな生活を保障するために,学校への保護者 による送迎の扱い方が緩やかになり,早朝や放課後の時間帯の寄宿舎の利用を許可すると いうこともある。 寄宿舎は今のままでいいということはなく,学部との連携の中で情報を共有し,寄宿舎 に対するニーズを把握し,寄宿舎がもつ価値や機能をどのように活用していくのか,議論 や実践を重ねていくことが必要であろう。. 文献 1)古屋義博(2005)特殊教育諸学校の寄宿舎の意義について-山梨県内の寄宿舎指導員 に対する意識調査から-.山梨大学教育人間科学部紀要,7(1),172-180. 2)広瀬信雄(2005)愚痴に終わらせず,専門性を磨く.寄宿舎教育研究会(編),実践 がいま,語りかけるもの.三学出版,75-87. 3)石川美知代・古屋義博(2007)寄宿舎の価値と課題(1)-2007年春に退職した寄宿 舎指導員3人への聴きとり調査-.山梨障害児教育学研究紀要,2,90-111.. - 142 -.
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