女性研究者支援センター ロールモデル集?
引用
女性研究者支援センター ロールモデル集. 2,
p.1-32
2
元 気 !活 き 生 き
大阪府立大学
ロールモデル集
Ⅱ
大阪府立大学 理事・副学長
地域連携研究機構長
21世紀科学研究機構長
安保 正一
P r o f i l e 大阪府立大学大学院工学研究科博士課程修了(工 学博士)(1975年)。大阪府立大学工学部助手(応 用化学科)(1975年)、同講師、助教授を経て、教 授(1990 年)、工学 研究科 長(工学部長)(2007 2009 年)。この間、パリ第 6大学、トリノ大学、 東京大学、大阪大学等28大学・研究機関の客員教 授、非 常 勤 講 師。大 阪 府 立 大 学 理 事・副 学 長 (2009年 現在)、兼務として、21世紀科学研究機 構長(2009 現在)、学術情報センター長(2009 2011年)、地域連携研究機構長(2010 現在)。 専門は光化学、触媒化学、光触媒。国際専門誌、Res. Chem. Intermed., Chief Editor ( Springer, USA )、 日本学術会議連携会員、欧州学士院外国人会員。女性研究者支援事業の
成果に期待
本学の「元気!活き生き女性研究者・公立大学モデル」は、理系女
性研究者および女子大学院生の増加を目標に、平成22年度科学技術
振興調整費(平成22-24年度、現在は科学技術人材育成費)に採択さ
れ、女性研究者支援センター(センター長 田間泰子 教授)を中心に、
様々な活動に取り組んでおります。
2010年4月22日、プレゼン用の資料を徹夜して読み込み、正木理
事や田間教授らとともに文部科学省のヒアリングに臨んだ時のことを思
い出します。府大プラスワン方式による女性研究者の増加などまだ不十
分な点もありますが、理系女性研究者支援を本学の事業として位置づけ、
学内での推進体制の整備をはじめ、シンポジウムやセミナーの開催、学
内保育園「つばさ保育園」の開設、また、育児期間中の研究支援など
を行ってきました。また、理系を志す女性を増やすために、小・中・高
校生に科学の楽しさを伝える理系女子大学院生チーム IRIS の組織化と
活動、理系女子大学院生が国際会議等で発表する際の渡航費支援な
ども継続的に行っております。これらの活動を通して、本学のミッショ
ン達成に向け着実に前進していることを実感しております。
私自身の経験として、1985年よりほぼ毎夏、パリ第6大学を中心と
した欧州諸国の大学での共同研究に参加する機会をいただき、様々な
研究室に滞在いたしましたが、ヨーロッパでは当時でも既に、理系研究
者の半数を女性が占め、当初はカルチャーショックを受けたものです。
内閣府の資料にもあるとおり、我が国での理系女性研究者の比率は、
今なお極めて低いのが現状です。本学においては、女性研究者の比率
は他大学に比して、決して劣っているわけではありませんが、私も所属し
ておりました理系研究科に関しては、残念ながら、未だ極めて低い状態
にあります。教育・研究の多様性、また、昨今の異業種での女性の目
覚しい活躍を鑑みれば、理系女性研究者、女子大学院生の増加、更に
はキャリア継続のための支援を推進することは、本学の発展にとって、
重要かつ不可欠なことは言うまでもありません。
本学の「元気!活き生き女性研究者・公立大学モデル」事業が、大
学のロールモデルとして、ますます発展・進化して行くことを期待してお
ります。今後は、子育て支援の更なる充実や柔軟な勤務体制の構築に
も目を向けねばならないと思います。最終的には、男女、既婚・未婚、
子の有無を問わず、本学の女性研究者・女子大学院生が生活と仕事の
バランスを取りながら、イキイキと研究ができ、優れた成果を上げてい
ただけるよう、切に願っております。
理
事
ご
あ
い
さ
つ
3
このロールモデル集を
手にとってくださった皆様へ
大阪府立大学から皆様に、ロールモデル集第2集をお届けします。第1集に引き続き、魅
力的で素晴らしい活躍をなさっている女性たちをご紹介します。
本学は、数多くの人材育成プログラムをもつ教育熱心な大学であり、世界で活躍できる人々
を育てようと尽力しています。私は、文部科学省が女性研究者支援のためのプログラムを実
施していることを知り、本学では特に理系女性研究者が少なかったので、ぜひ本学でも支援
事業を実施したいと考えました。そして平成22年度の開始から2年ほどのうちに、たくさんの
学内外の素晴らしい方々にお目にかかることができました。この第2集では、本学所属の理
系女性研究者と、運営委員として支援事業に携わる女性研究者、彼女たちとともに平成24
年度から「文理融合型」大学としてともに教育を行う立場となる女性研究者をご紹介します。
さらに、この支援事業にロールモデルとしてお力添えをいただいた、本学以外の理系女性研
究者にも、登場していただくことができました。また、本学では独自に、理系女性大学院生
へのインセンティブとして、表彰制度を実施してきました。第2集では、その最優秀者となっ
た方々をご紹介しています。
この事業は、文部科学省の科学技術振興のための人材育成政策によるものですが、同時
に政府の男女共同参画政策にも基づいています。今、日本社会における科学技術は女性たち
の参画によらなければ、伸びてゆくことはできません。それでこそ、社会全体も、より素晴ら
しいものとなるでしょう。本学では、女性たちの素晴らしい活躍が、男性たちの活躍とともに
可能になるよう支援していきたいと考えています。
このロールモデル集を読んでくださった皆さんが、夢と希望をもって私どもと一緒に歩んで
くださることを願います。
を
皆様
様へ
様へ
へ
セ ン ター 長 ご あ い さ つ
大阪府立大学 地域保健学域 教授
女性研究者支援センター長
田間 泰子
P r o f i l e 京都大学大学院博士後期課程(社会学専攻)修了。博士(文学)、専 門社会調査士。専門は家族社会学・ジェンダー論。 熊本大学、大阪産業大学ののち、2005年秋より本学勤務。現在、日 本家族社会学会理事、大阪府男女共同参画審議会委員ほかを務める。 『母性愛という制度』(勁草書房、2001)、『「近代家族」とボディ・ポ リティクス』(世界思想社、2006。女性史青井なを賞奨励賞)ほか。5
3
理事ごあいさつ
4
センター長ごあいさつ
【ロールモデル】
8
楠川 恵津子
(大阪府立大学 工学域 助教)10
石井 万幾
(大阪府立大学 生命環境科学域 助教)12
吉原 静恵
(大阪府立大学 生命環境科学域 助教)14
前川 泰子
(大阪府立大学 現代システム科学域 准教授)16
若林 緑
(大阪府立大学 現代システム科学域 准教授)18
長畑 多代
(大阪府立大学 地域保健学域 教授)20
(大阪府立大学 地域保健学域 准教授)口 由美
22
宇野 賀津子
(財団法人ルイ・パストゥール医学研究センター・基礎研究部・インターフェロン生体防衛研究室長)24
坂東 昌子
(NPO 法人知的人材ネットワークあいんしゅたいん 理事長)26
世界に翔け!理系女子大学院生表彰
27
黒田 桂菜
(大阪府立大学大学院 工学研究科 航空宇宙海洋系専攻 博士後期課程)28
Raja Zahilah binti Raja Mohd. Radzi
(大阪府立大学大学院 工学研究科 電気・情報系専攻 博士後期課程)29
坂本 佳子
(大阪府立大学大学院 生命環境科学研究科 緑地環境科学専攻 博士後期課程)30
センター事業紹介
C o n t e n t s
M y f a v o r i t e
研究対象の生産︱物流︱販売システムでの品質管理や経営戦略に
数学や工学系理論が適用される奥深さと解析や最適化を行い
結果が得られた時の喜びが研究のモチベーションにつながっています。
数学や工学系理論が生産
︱
物流
︱
販売
システムにおける解析や最適化に
適用される奥深さが面白い!
【学歴】 大阪府立八尾高等学校▶近畿大学理工 学部経営工学科▶大阪府立大学大学院 工学研究科経営工学専攻博士前期課程 ▶同博士後期課程 【職歴】 大阪府立大学大学院工学 研究科 経営 工学分野 助手▶同電気情報システム工 学分野 助教▶大阪府立大学大学院工 学研究科電気・情報系専攻 助教P r o f i l e
大阪府立大学 工学域 助教楠川 恵津子
博士(工学) 『セントバーナード』 この犬種は、普段ボーっとしてみえますが、 救助犬なんだそうです。映画『ベートベン』 シリーズではそんな様子がコメディータッ チに描かれています。子ども時代から「先生」という職業に興味を持ってい ました。補欠合格を頂いた近畿大学九州工学部での1年 間の大学生活では、「学ぶことは何か」、「教育とは何か」、 「先生とは何か」等の教育に関する根本を知ることができ、 一生忘れがたい貴重な時間となりました。大学の教員と 学生の自由な発想のもとでの教育研究環境が私の性格に 合っているかなと感じました。博士後期課程への進学を 機に、近畿大学理工学部での大学教員就職を目標に、太 田宏教授の指導のもとで研究を進めていました。そんな中、 太田宏教授から研究室の助手の職を頂きました。 助手の仕事がスタートすると、自分の研究以外に卒業 研究および修士論文の学生指導および演習授業の業務が 加わり、大学院時代以上の継続的な努力と効率的な時間 管理が必要となりました。研究面では、生産工程下での 品質管理の研究分野に加え、複数業者からなるサプライ チェーン、E コマース環境下および使用済み製品の再資 源化環境下における生産―物流―販売システムに対する 最適運用方策に関する研究、そして関連業者の意思決定 支援を行うためのアプリケーション開発に従事しています。 教育面では、情報教育、C 言語プログラミングや創成実 験の演習講義を担当しています。また、学生研究指導では、 学生1人平均週1回2時間のゼミを行い、研究議論を進め ています。ゼミの中で学生の生活面での話を聞くように しています。 小学校時代から邦楽・洋楽・クラシック音楽等を聴き 音楽漬けで、作業空間の音響設計に興味を持っていました。 高校3年生になり、文系か理系かの進路選択の際、音響 設計学部への進学が専門的で狭き門であることを知り、 当時の私の理系科目の成績では現役合格は厳しい状況で した。そんな中、「文理融合学科」と銘を打つ「経営工学科」 の大学案内があり「経営学・経済学」+「工学的手法」+「人 間工学」のイメージイラストの「人間工学」に目が止まり、 音響設計に近いことができるかもと思い、「経営工学科」 関連の大学を受験しました。しかし、大学受験準備不足 で全て不合格となりました。ただ、近畿大学九州工学部 経営工学科から補欠合格を頂き、近畿大学には転学部・ 転学科制度が設けられていたので、学部2年時に近畿大学 理工学部経営工学科に編入しました。この試験面接官が 偶然にも大阪府立大学工学部旧経営工学科から移られた ばかりの久米靖文教授でした。久米靖文教授から大阪府 立大学工学研究科旧経営工学分野への大学院進学を勧め られました。合格する自信は持てませんでしたが、ダメも とでやれるだけやって院試に臨みました。予想通り院試の 出来は満足できるものではなかったのですが、指導教員と なる太田宏教授から私を受け入れるとの連絡が入りました。 大学院時代は太田宏教授への感謝の念を忘れず、猛勉 強しました。研究面では興味をもった品質管理に焦点を絞 り、高品質生産工程環境下での製品不良率の管理技法に 関する研究を行っていました。 趣味 趣味 趣味 趣味 20% 20% 20% 20%0% 仕事 仕事 仕事 仕事 仕事 80% 80% 80% 80% 80% 現 在 独 身で家 族と暮らしていま す。家族の絶大なる協力のおかげで、 就寝・通勤以外のほとんどの時間を 仕事となる大学での教育研究活動や 所属学会での業務に充てることがで きています。ただ、現在も続く自分へ の継続課題は、効率のよい時間管理 です。仕事が片付き時間のとれる週 末には、ライブや映画、演劇を鑑賞し たり、実家が経営しているカフェでゆ っくりと時間を過ごしたり、また実家 の庭に植えている観葉植物を眺めた りして、次の平日に向けてリフレッシ ュしています。
P e r s o n a l H i s t o r y
W o r k L i f e B a l a n c e
学
生
時
代
社
会
人
時
代
将 来 の 目 標・夢 D r e a m 社会人時代(2001∼) 学生時代(∼2001) 2007∼ 大阪府立大学 助教 2001∼ 大阪府立大学 助手 ∼2001 大阪府立大学 博士後期課程 修了 ∼1998 大阪府立大学 博士前期課程 修了 ∼1996 近畿大学 卒業 M e s s a g e 後輩への メッセージ 将来の夢に向かって日々真摯に努力を怠ら ず、あきらめずに頑張っていれば、必ず 道は開けると思います。 研究面では、数学や工学系 理論の生産―物流―販売シ ステムにおける解析や最適化 への適 用に関する研究を継 続的・積極的に進めていくことです。教 育面では、教育研究活動を通して学生の 優秀な能力を引き出し活かすことで、学生 を立派な技術者・社会人として世に送り 出すことです。9
M y f a v o r i t e
興味が尽きるまで、疑問が解決できるまで
研究を続けることが目標です。
それが「社会に貢献できる研究成果」になれば…
研究の原動力は
“興味と疑問”
【学歴】 帝塚山高等学校▶日本大学農獣医学部獣 医学科▶東京大学大学院農学生命科学研 究科獣医学専攻 【職歴】 (財)東京都医学研究機構東京都神経科学 総合研究所 流動研究員▶同客員研究員▶ 動物病院(大阪市内)▶大阪府立大学大学 院生命環境科学研究科獣医学専攻 助教P r o f i l e
大阪府立大学 生命環境科学域 助教石井 万幾
博士(獣医学) 『骨標本』 (上:リュウキュウイノシシ、下左:ネコ、 下中央:ウサギ、下左:カエル) これまでに作製した物のうちの、ごく一部 です。形態的に美しいので、大好きです。家事・育 家事・育 家事・育 家事・育 家事 育児児児児 45% 45% 45% 45%5% その他 その他 その他 その他の他他 15% 15% 15% 15%% 仕事 仕事 仕事 仕事 仕事事 40% 40% 40% 40% 40% 4 これまでバランスというものを意識したことはありません。 自分がやりたいことや、やらねばならないことをその時々に やるという生活をしています。独身時代の生活は、やりたい ことで埋め尽くされていました。しかし結婚後は、家事等、や らねばならないことに費やす時間を作る努力をしていまし た。それでも出産前までは、やりたいことをする時間があっ たのですが、出産してからは自分のことをする暇がないこともよくあります。今はまだ、子育 ての合間に仕事、という日々ですが、育児が落ち着いたら趣味の時間を作りたいと思ってい ます。 私は出産してまだ半年も経っていませんが、自分のペースで仕事に復帰させてもらってい ます。仕事と育児を両立できるかどうかは、家庭と職場の環境次第だと思います。私の場 合、私や夫の母親達が快く子どもを預かってくれ、夫も育児に参加してくれます。また職場 においても、研究室の教授、准教授ともにとても理解があり、産後の職場復帰をしやすい 環境を整えていただいています。独身時代や出産前には気付かなかったことですが、女性 が育児をしなければならないが仕事もしたいと思うと、自分の努力だけでは実現不可であ ることが分かりました。周りの理解と協力があってこそ、子育てをしていても仕事を続ける ことができるのだと感謝をしつつ、今は周囲の好意に思いっきり甘えています。 大学院修了後、やはりまだ研究を堪能しきれず、東京 都神経科学総合研究所(現・東京都医学総合研究所)で 神経科学の研究に打ち込みました。研究所での研究生活 は厳しく、朝から終電まで働き、家では寝るだけの毎日 でした。結婚してからも起きている時間のほとんどが仕 事で、休日は溜まった家事に追われていました。今のと ころ、私の人生の中で最も大変だった時期がこの研究所 勤務時代だと思います。しかし、好きな研究を仕事とし ており、私と同様に研究者である夫の理解と協力があっ たのでやっていけたものの、心身ともに余裕はありませ んでした。そこで、一度気持ちを切り替えるためにも転 職を決意し、動物病院へ勤務することにしました。研究 所には客員研究員として籍を置き、論文を書きながらの 病院勤務だったのですが、研究とは全く違う環境で時間 にも気持ちにもゆとりができ、これまでの仕事に対する 自分の考え方を改める良い機会になりました。この時、 臨床を学びながらも、やはり基礎学問の研究を続けたい という思いも生まれ、運良く現職に就くことができました。 自分の身を色々な所に置くことは、考え方にバリエー ションを生み出し、自分自身を成長させることにつなが るのではないかと思います。動物病院での経験が、現在 の仕事で役立つ時もありますし、研究経験が病院業務で 有効活用できたこともありました。今後もこの経験を生 かして、楽しく仕事ができればと思っています。 子どもの頃から絵を描くのが好きで、祖父が画家だっ たこともあり、将来は画家になりたいという思いがあり ました。その一方で理科が得意だったので、何か理系職 に就きたいと考えていましたが、どうせならヒトの役に 立つ医者がいいなと思っていました。高校生で進路を決 める際、画家で食べていくことができるほどの才能は、 当然のことながら無いと分かっていましたので、医学部 を目指すことにしました。しかしそんな時、飼っていた 犬が病死したことがきっかけで獣医師という職を知り、 医師ではなく獣医師になることを決意して獣医学科に進 学しました。 大学の研究室配属の際、卒業後は臨床獣医師を希望し ていながら、臨床系研究室ではなく基礎獣医学である解 剖学の研究室を選択しました。その理由は、大学に入学 してすぐに出会った骨格標本の美しさや、形態の合理性 に惹かれていたことからです。いずれ動物病院に勤務す るのであれば、嫌でも臨床は学ぶことになります。基礎 学問は今しかできないという思いもありました。この時 は大学院に進もうなどということは全く頭にありません でした。しかし、やればやるほど、解剖学は生物学にも かかわらず、芸術的な面をもっている学問であると実感し、 解剖学をもう少しだけ続けたい、と考えて大学院進学を 決めました。この時も将来研究者になろうとは考えてお らず、大学院で解剖学を堪能したら、その後は動物病院 に勤務するつもりでした。
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W o r k L i f e B a l a n c e
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将 来 の 目 標・夢 D r e a m M e s s a g e 後輩への メッセージ 「社会に貢献できる研究成果 を…」と言えれば格好がいい のかもしれません。しかし、 私 が 研究を続けている原動 力は “興味と疑問”です。興味が尽きる まで、疑問が解決できるまで研究を続け ることが目標です。プライベートでは、夫 と息子と3人で、趣味のバイクで世界中を スケッチして回りたいなと思っています。 人生は一度きり、その瞬間は 二度と取り戻せません。過去 を振り返って「やっておけば よかった」と後悔するくらい であれば、失敗をしてもいいからやってや る、という意気込みで挑戦し続けること が充実した人生を送る第一歩だと思います。 社会人時代(2005∼) 学生時代(∼2005) 2008∼ (財)東京都医学 研究機構 東京都神経科学 総合研究所 客員研究員 2005∼ (財)東京都医学 研究機構 東京都神経科学 総合研究所 流動研究員 ∼2005 東京大学 大学院 修了 ∼2001 日本大学 卒業 2008∼ 動物病院 (大阪市内) 2009∼ 大阪府立大学 助教 2011 第1子 出産 2006 結婚11
M y f a v o r i t e
M y f a
虫や動物が大好きで生き物にたくさん触れて育ち、
それが研究につながっています。
夢中になれることや物を大切にしてください。
ワクワクと楽しく仕事を
いくつになっても
P r o f i l e
【学歴】 桐蔭学園高校▶東京理科大学基礎工学部生 物科学科▶東京大学大学院総合文化研究科 広域科学専攻修士課程▶同博士課程 【職歴】 日本学術振興会 特別研究員DC2▶日本学術 振興会 特別研究員PD▶大阪府立大学先端 科学研究所 助手▶大阪府立大学大学院理学 系研究科生物科学専攻 助教 大阪府立大学 生命環境科学域 助教吉原 静恵
博士(学術) 『自転車』 水泳やジョギングなどが好きですが、なか なか時間がとれません。天気がいい日は 30 分ほどかけて自転車通 勤しています。 仕事前、仕事後に頭をスッキリさせてくれ ます。独身の頃は自分の時間は全て自分のために使え ましたから、時間を気にせず仕事にも趣味にも打 ち込めました。私は、「やれることは何でもやりた い」質なので、研究に対しても「結果が出る可能性 があるなら、あれもこれもやります!」とブルドーザ ーのように取り組んできたと感じます。もちろん、 その労力が実を結んだこともありますが、子どもが生まれてからは、時間と労 力の無駄を省いて有功に使えるよう、少しずつ意識を変えてきました。決まっ た時間に仕事を切り上げるために、時間のかかる実験はあらかじめ予定を組 んでおく必要があります。毎日、「明日やるべきこと」を書き残して帰宅し、日 中は残り時間をにらみながら効率よく仕事をこなそうと努力しています。今は、 女性研究者支援センターにつけていただいている研究支援員の方の存在が 大きな助けになっています。 同じ研究者の夫とは離れて暮らしているため、家事や育児は私がおこない ます。仕事に割ける時間が限られていることに焦る気持ちはありますが、やは り子どもは可愛く、その成長にはいつも驚かされます。今は目の前のひとつひ とつを丁寧にこなし、徐々に仕事の割合を増やしていきたいです。 家事・育 家事・育 家事・育 家事・育育 家事・育児児児児児 40% 40% 40% 40% その他 その他 その他 その他の他 20% 20% 20% 20% 2 仕事 仕事 仕事 仕事事 40% 40% 40%% 40%% 物心ついた頃から、虫や動物が大好きでした。幼稚園 児の頃は毛虫もつかんでいたことを覚えています。ツバ メの巣の下の地面にミミズをおいて、親鳥がひなにあげ てくれないかとずっと待ったまま干からびさせてしまっ たり、カマキリの卵をたくさん集めて家に置いておいた ところ、いっせいに孵化して部屋中が赤ちゃんカマキリ だらけになって、母親が悲鳴をあげていたこともありま した。 自然豊かなところで育ったので、虫や鳥などの生き物 に触れる機会がたくさんありました。小さい頃にあのよ うな環境で毎日走り回っていられたのは、今振り返って みると貴重な経験です。 自然に理系の生物を学ぶ道を選びました。温暖化や環 境汚染などの問題に興味があり、私にできることは何だ ろうと考える学生時代でした。植物が静かにエネルギー を作り出す光合成に関心をもち、漠然と生き物の力で環 境問題に取り組みたい、と大学4年生では光合成を研究 する部屋に入れていただきました。初めての研究室生活 でしたが、先生方が結果が出るたびに嬉しそうに話し合 っている姿を見て、“いくつになってもワクワクと楽しく 仕事ができそう”と感じたのが研究職を考えたきっかけ でした。 大学院では、光合成そのものからは離れましたが、植 物が光に応答するしくみについて興味を掘り下げ、実験 や勉強、議論に夢中で取り組みました。教員や先輩後輩 にも恵まれ、たくさんの影響を受けて成長することがで きたと感謝しています。 博士号取得後、博士研究員として研究室に残りました。 その間に大阪府立大学で助手を募集している事を知り、 応募したのが現職に就くきっかけでした。 大学院では主に生理学、生化学的な研究を行ってきま した。ある生命現象について、関わっている因子(タン パク質)を一つ一つ同定し、その現象が起こるしくみを タンパク質間の相互作用によって説明することを目指し ました。現在の研究室では、さらに細かい視点で生命現 象を解く事を目指しています。例えば、ある刺激受容タ ンパク質が刺激を受容すると、タンパク質の立体構造が 変化し、その結果、他のタンパク質との相互作用が変わ ります。そして、この相互作用の変化によって、刺激が シグナルとして伝わります。現在はテーマの一つとして、 刺激を受容したタンパク質の構造変化を見いだす研究に 取り組んでいます。ここでしか学べない技術や知識、考 え方などを獲得し、同じ生命現象を様々な角度から見ら れるようになることが目標です。 学生実習や講義の他、研究室では毎年1∼2名の卒業研 究を指導しています。学生が自発的に自分の研究テーマ に取り組めるよう、意識して接しています。卒業後、研 究職に就かなかったとしても、計画を立て、正確に実験 して結果を出すことのサイクルが身につけば、どんな場 所でも役立つと信じているので。そして、新しい結果が 出たときの達成感も味わい、糧にしていって欲しいです。
P e r s o n a l H i s t o r y
W o r k L i f e B a l a n c e
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将 来 の 目 標・夢 D r e a m M e s s a g e 後輩への メッセージ 夢中になれることや物を大切にしてくださ い。勉強や仕事に直接つながらないとし ても、ひとつひとつが自分を知る材料に なって自信につながり、道が開けてくると 思います。 子どもの成長を見ながら、仕事に費やせ る時間や労力、意識を以前のように増や していき、成果につなげていきたいです。 学生時代(∼2003) 社会人時代(2001∼) 2007 結婚 第1子出産 2006 日本植物学会 若手奨励賞 受賞 2005∼ 大阪府立大学大学院 理学系研究科 助教 2004∼ 大阪府立大学 先端科学研究所 助手 2003∼ 日本学術振興会 特別研究員 PD 2001∼ 日本学術振興会 特別研究員 DC2 ∼1998 東京理科大学 卒業 ∼2000 東京大学 大学院 修士課程 修了 ∼2003 東京大学 大学院 博士課程 修了13
M y f a v o r i t e
情報工学を勉強しましたが、
医療系への思いがあり、看護師の免許をとりました。
今は、工学を利用した
看護に役立つ技術を研究しています。
看護を通して、
人の健康を守ることに
何らかの形で関わっていたい
【学歴】 兵庫県立姫路西高等学校▶三重大学工学部情報 工学科▶大阪府立看護大学医療技術短期大学部 ▶大阪府立看護大学大学院修士課程▶大阪府立 大学大学院工学研究科電気・情報系専攻博士後 期課程 【職歴】 アトラス情報サービス株式会社▶神戸市立西市民 病院▶大阪府立看護大学医療技術短期大学部 助手▶大阪府立看護大学看護学部 助手(2005年 より大阪府立大学看護学部)▶大阪府立大学看護 学部 助教▶大阪府立大学21世紀科学研究機構 准教授P r o f i l e
大阪府立大学 現代システム科学域 准教授前川 泰子
博士(工学) 『着物』 友人と定期的に、習った着付 けを忘れないように、着物で 出かけるノルマ?があります。 『華』 叔母が 華道の先生をしてくれ ているおかげで、趣 味として 華 道だけは約 20 年 間、絶え 絶えながらも続いています。家事 家事 家事 家事 家事事 10% 10% 10% 10% 1 その他 その他 その他の他他他他 そ そ そ 他他他他他 5% 5% 5% 5% 5% 5 趣味 趣味 趣味 趣味 10% 10%0%0% 仕事 仕事 仕事 仕事事 75% 75% 75%5%%% 働きながら博士課程で研究をしていた頃は、週 に何日か家にも帰らないという生活をしていた時 期もありましたが、基本的には、仕事は仕事として 一所懸命やり、また、仕事とは全く別の次元で、一 度きりの人生、悔いのないよう出来るだけいろいろ なことを体験したいと思い、興味をもったことはと りあえずやってみるようにしています。随分昔にビートたけしが下駄でタップダ ンスをしていたのを見て、タップダンスを習ったこともありました。将来何かの 役に立つかもしれないと思って、秘書検定をとったり、ファイナンシャルプラン ナーの勉強をしたり、その勉強中に出会った人達と友達が2組結婚して子ども も生まれ、別の意味ではありますが、何等か人の役に立てたかもしれません。 若い頃に少しでもやった事は、時間が出来た時、また再開しやすいように思い ます。昔習っていたピアノやゴルフもまたやりたいなぁと思っています。週末も 仕事があったり、実家に帰らなければいけなかったりしますが、忙しい時に は、次は何をしようか、次はどこに行こうかなど計画を立てるだけでも気分転 換になります。 情報工学科卒業後、ソフトウェアの会社に就職し、神 戸大学の総合情報処理センターで、会社と縁のあった副 センター長の元で勤務していました。その時、阪神・淡 路大震災に遭い、震災の悲惨な状況を目の当たりにして、 それまで漠然と考えていた医療に携わりたいという思い が具体的になりました。また神戸大学での仕事が震災で 中断したこともあって、会社を辞め、大阪府立看護大学 医療技術短期大学部に入学し、看護師免許を取得しまし た。看護学部で修士課程を修了後、震災から復興して再 オープンすることになった神戸市立西市民病院に就職し ました。臨床は、患者の命をあずかるという重い責任が あり、日々緊張しながら働いていましたが、そんな中で も患者や一緒に働く同僚との面白エピソードなど多々あり、 振り返ると貴重な経験がたくさんあります。大学に戻る ことになったのは、母校の恩師に声をかけていただいた からです。修士課程では、看護情報を専攻し、看護師の 持つ患者情報を効果的に活用すること、また情報の有効 利用により看護師の過酷な労働条件を改善することも、 患者へのよりよいサービスにつながるという思いがあり、 今もそれに関する研究をしています。2005年に大阪府 立大学が3大学を統合したのを機に、工学部の先生方と 工学を利用した看護に役立つ技術について、一緒に共同 研究をさせていただきました。それがきっかけで、看護 学部で教員をしながら博士号(工学)を取得しました。 2011年度には21世紀科学研究機構へ、2012年度には 現代システム科学域に異動し、これまでの研究を継続し ています。 子どもの頃は、2人の姉の習い事や遊びにいつもくっ ついて、バレエや水泳、そろばんやお茶など姉の手ほど きでよく真似をして遊んでいました。毎日ほとんど外で 遊び、なかなか家に帰らずしょっちゅう怒られていたよ うに思います。小学校の頃は地域のポートボールチーム に所属して市内大会で優勝、中学ではバレーボール、高 校では剣道、大学ではダンスや合気道のクラブに所属し たりと、活発な方でした。 理系を選択したのは、これも姉の影響で、上の姉が理系、 私はどちらかというと文系だったのですが、高校で進路 を決める際、上の姉が「理系の方が潰しがきく」と言っ た安易な一言を信じて選択してしまったというのが正直 なところです。その後すぐ、文系人間が理系で潰しをき かせる為には相当頑張らないといけないことに気付くわ けですけれど、その姉が数学や理科でわからない問題を 教えてくれる時、とてもわかりやすく楽しそうに説明す るのを見て、きっとわかれば面白い世界なんだろうなぁと、 自分もそうなれたらいいなぁと思っていました。大学で は情報工学を専攻し、医療画像(X 線 CT 画像)処理の 研究をしました。それに面白さを感じつつも、進路を安 易に決めた自分の中の葛藤が常にあり、医療系に進みた いという思いが定まって、勤めていた会社を辞め、あら ためて看護の勉強をしました。工学部にいる時には、人 工知能やファジィといった工学的な技術をよりグローバ ルにヒトに近づけるような研究が注目されていたのに対し、 看護という人間を対象とする分野では、より科学的にそ の技術・現象をつぶさに追求することを面白く感じました。
P e r s o n a l H i s t o r y
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将 来 の 目 標・夢 D r e a m M e s s a g e 後輩への メッセージ 自分と向き合って、肩肘張らずやりたいこ とを探し続けてください。それから一度や り始めたことは、ある程度自分で満足す る形になるまで頑張りましょう。長い人生、 必ずどこかで役に立つと思います。 研究・教育では、看護を通して、人の健 康を守ることに何らかの形で関わっていた いと思っています。人生の最期を迎える時、 自分らしい、なかなか面白い人生だったと 言えるように、生きていたいです。 社会人時代(1994∼) 学生時代(∼2011) 2000∼ 神戸市立 西市民病院 2002∼ 大阪府立看護大学 医療技術短期大学部 助手 2006∼ 大阪府立大学 助教 2011∼ 大阪府立大学 准教授 2003∼ 大阪府立看護大学 助手 (2005年より大阪府立 大学看護学部) 1994∼ アトラス 情報サービス 株式会社 ∼1998 大阪府立看護大学 医療技術短期大学部 卒業 ∼2000 大阪府立看護大学 大学院修士課程 修了 ∼2011 大阪府立大学大学院 博士後期課程 修了 ∼1994 三重大学 卒業15
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研究も家庭も、夫と共同で
同じ経済学の研究者どうし、共同研究をしたり
家事を分担したりしています。
経済学の研究者は、自分で時間を管理しやすいので、
自分を律しさえすれば、結婚や育児との両立は可能です。
【学歴】 北海道立小 樽潮陵高等学校▶小 樽商科 大学商学部社会情報学科▶大阪大学大 学院 経済学 研究科博士前期課程▶同博 士後期課程 【職歴】 大阪府立大学経済学部 専任講師▶同助 教授▶同准教授P r o f i l e
大阪府立大学 現代システム科学域 准教授若林 緑
博士(経済学) 『家族と一緒の休日』 休日に家族で京都の金閣寺に行きました。 梅の花が咲いてきれいでした。家事・育 家事・育 家事・育 家事・育育育児児児児児児 30% 30% 30% 30%% 趣味 趣味 趣味 趣味 趣味 趣 趣 趣味味味味 5% 5% 5% 5% 5% 5 5 仕事 仕事 仕事 仕事 仕 65% 65% 65% 65%5% 65 大学院を終えて大阪府立大学に着任する頃に結婚しまし た。同じ経済学の研究者と結婚したので、結婚前と結婚後 で大きく変わったことはありませんでした。 結婚したものの、子どものことはまったく考えていません でした。夫が東京で単身赴任をしたりと仕事が落ち着かな かったこともあり、とにかく研究一筋でした。とはいえ、体が 鈍らないように二人でスポーツクラブに通っていました。大学関係以外の友人がたくさんで き、体も丈夫になりました。 2008年5月に妊娠がわかり、同年12月に出産しました。妊娠中はつわりがひどかったにも かかわらず、授業も研究もなんとかこなせました。正直、お腹に赤ちゃんがいることはわか っていましたが、あまり実感がわかず、無茶な生活をしていたと思います。 娘を出産して半年後に夫の就職が落ち着きました。将来への不安が少しなくなった一方 で、私の平日の育児負担が多くなるという新たな不安が生じました。とはいえ、思いの外、 娘との生活は女同志気楽で、楽しくやっています。 家事に関しては、なるべく軽減するためシンプル生活を心がけています。土日は夫が料理 をしてくれます。家事は夫婦半々だと思います。 平日は私は研究、娘は保育園、土日は家族3人で過ごしています。日曜午前は、夫と娘は ふたりで遊びに行き、私はスポーツクラブにいくという生活で、リフレッシュできています。 大学院生活を経て、大阪府立大学経済学部に専任講師とし て着任しました。非常勤講師の経験もなくいきなり教壇に立 った私は、一回目の授業を開始後15分で話が続かなくなる という失態を犯してしまいました。それからはきちんと授業 ができるように、授業ノートを2∼3日かけてつくるという 綿密な準備をして授業に臨みました。そのような経験をした からか、現在ではなんとかこなしています。 経済学部の学生さんは熱心な学生もいますがそうでない学 生もいます(笑)。少しでも経済学に興味をもってくれるよ うに努めていますが、空回りすることも多いです。でも一方 で素直な学生さんが多く、着任してから楽しい大学生活を送 っています。 経済学部の研究環境はとてもいいです。経済学部の先生方 や事務の方々に融通をきかせてもらっていると思っています。 平成24年度から経済学部は現代システム学域になっていま すが、この環境が変わらないのを祈るばかりです。保育園の お迎えで会議を早退しなくてはいけないことがあったり、懇 親会に出られないことが多いのが気にかかることです。 研究に関しては、指導教官におんぶに抱っこだった私が独 り立ちできるか心配でしたが、指導教官がうまく私を引き離し てくれました。一方、大学院生だった頃に比べて授業など大 学の仕事が増えることにより、論文が書けないことに不安を感 じていました。そして、そのように迷いを持っていた頃から、 夫と共同研究をするというスタンスをとりはじめました。経済 理論に基づいて仮説を立てるのが得意な夫と、その仮説を実 証分析する私でタッグを組み始めました。指導教官の力がほと んどなく(もちろん、助言やコメントはたくさんいただきました) 論文が掲載されたときの感動は大学院生のとき以上でした。 専門分野は、大阪府立大学に着任してからは一貫して家族 の経済学(社会保障制度や労働市場と家族の貯蓄行動・就業 行動の関係)に関心を持って研究を進めています。 父が経済学系の大学教員だったので、研究者の生活は 見慣れていました。父は本当に研究・教育が大好きで、 好きな仕事ができることをうらやましく感じていました。 子どものころからアンケート調査が大好きでした。購 読していた雑誌のアンケート調査の結果を見て、どうし て○○という質問をしないのか、とか、どうしてこうい う人に聞かないか、この解釈には無理があるだろう、な どと毎日考えていました。 高校で好きな科目は英語、数学、社会でした。高校3 年の時のクラスは理系クラス(男子32人、女子8人)で、 その時の女子の友人たちとは今でもとても仲良しです。 理系の大学を目指していました。しかし、理科が苦手 だったことからセンター試験で思っていたほど点数が取 れず、文転することを決めました。経済学だったら自分 の得意科目を生かせるかなと思ったのがきっかけです。 大学1∼2年は恥ずかしながら、人生で一番勉強しませ んでした。サークル活動をしたり、友達と遊んでいる毎 日でした。 大学院に行こうと本格的に考えたのは大学3年生のと きです。女性教官から統計を学んだのがきっかけでした。 当時、関東の大学を考えていましたが、所属大学の先生 の勧めで大阪大学大学院経済学研究科に行くことに決め ました。 大学院に入学したとき、大学院ではここまで勉強しな くてはいけないのかと驚きました。大学院拡充で学生が 増えた最初の年でコア科目と呼ばれる必修科目(ミクロ 経済学、マクロ経済学、計量経済学)の勉強に必死でした。 大学院では指導教官に恵まれました。「経済学者は論文 を書いてこそ存在する意味がある」という考えのもとで、 英語で論文を書くことをひたすら学びました。
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将 来 の 目 標・夢 D r e a m 昔は女性の経済学の研究者は 少なかったのですが、最近は増 えてきていると思います。有志 による「女性経済学研究者の女 子 会」が立ち上げられるなど、 サポートの芽も芽生えてきています。経済学 の研究者は自分で時間を管理できることが多 いので結婚・育児との両立は可能と思います。 もし興味のある分野があるならばぜひがんば ってめざしてみてください! まだまだ勉強不足のことも多く、 知識をどんどん吸収したいです。 まだまだ研究したいことがたくさ んあります。自己満足に終わらず 世の中の人に役立つような研究 をしたいです。 家族について 夫婦お互いの仕事が落ち着き、定住の地を探 したいです。娘が大きくなったら、どのような 道に進むのか今から楽しみです。本人は、「お 母さんと同じ(保育園の)先生になりたい」と 言っています(笑)。 社会人時代(2003∼) 学生時代(∼2003) 2006∼ 大阪府立大学 助教授 2007∼ 大阪府立大学 准教授 2003∼ 大阪府立大学 経済学部 専任講師 ∼2000 大阪大学大学院 博士前期課程 修了 ∼2003 大阪大学大学院 博士後期課程 修了 ∼1998 小樽商科大学 卒業 2008 第1子 出産 2003 結婚 M e s s a g e 後輩への メッセージ17
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豊かな人生経験は必ず仕事に活かされていくはず。
その時々の優先順位を考えつつ、
自分のペースやバランスを大事にすることが、
私なりのワーク・ライフ・バランスのあり方です。
家族や同僚に助けられている
からこそ…という、
感謝の気持ちを忘れないでいたい
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【学歴】 東京都立日比谷高等学校▶千葉大学看護学 部▶千葉大学大学院看護学研究科博士前期 課程▶神戸大学大学院医学系研究科博士後 期課程 【職歴】 東京都港区赤坂保健所・芝保健所▶大阪府 立看護短期大学 助手▶大阪府立看護大学 (現大阪府立大学看護学部) 助手・講師・助 教授▶大阪府立大学看護学部 准教授▶同 教授 大阪府立大学 地域保健学域 教授長畑 多代
博士(保健学) 『我が家のアイドル』 去年の夏に生まれた、スコティッシュフォ ールドの男の子です。 とっても甘えん坊で、毎日癒されています。家事・育 家事・育 家事・育事・育育児児児児 30% 30% 30% 30%0%% その他 その他 その他 その他の他 10% 10% 10% 10%0 仕事 仕事 仕事 仕事 60% 60%0 60%0 キャリアを続けていくなかでの大きな転換点は、やはり出産と 子育てです。教員を続けていくのであれば学位取得は必須です が、私の場合は30代になってからの結婚だったので、博士課程進 学よりもまず出産・育児を優先させました。幸い二人の子どもに恵 まれましたが、小さいうちはどうしても授業や実習などの代わりが きかない時に限って急病になったりするので、実家が遠くサポート を得られない身としてはやりくりが大変でした。夫とシフトを組ん で休み、どうしても抜けられない時はファミリーサポートに頼り、 学生をベビーシッターに雇ったりもして、毎日が綱渡りでした。 看護系の教員は女性が圧倒的に多いので、育児や家族の介護、学位取得など、周りも皆2∼ 3足のわらじを履いて当たり前のように働いていますが、自分のキャパシティはせいぜい2足 が限度なので、子どもたちが小学校に上がるまでは学位取得を考える余裕もありませんでし た。一段落してから博士課程に社会人入学しましたが、准教授に昇格した時期とも重なっ て、学位取得までには5年かかりました。このように常に複数のわらじを履いているので、や はり人の2倍も3倍もの時間がかかってしまうのが現状です。私の場合は、夫の協力と職場の 上司や同僚の先生方のフォローのおかげで、また自分も含めた家族全員が健康であったから こそ、自転車操業的ながらもマイペースで何とかやってこられました。 今は子どもたちも中学、高校生となったので、夕方必死に帰らなくてはいけない状況では なくなりましたが、長期履修生のために大学院講義を土曜日に開講しているので、その分ウ ィークデイには極力残業しないようにしています。また、職場まで車で15分のところに住ん でいますので、職住接近に助けられていることも多々あります。ワーク・ライフ・バランス のあり方は人それぞれだと思いますが、周りから助けられていることに感謝しながら、その 時々の優先順位を考え、自分のペースやバランスを大事にすることがポイントなのかなと思 います。 大学卒業後は東京都特別区に採用され、港区の保健所 で保健師として勤務しました。特別区の保健所は市町村 事業も兼ねてやっているため、乳幼児から老人、難病、 精神、結核等、様々な事業に携わりました。当時はちょう どエイズが新しい感染症として問題になり、検査や啓蒙 活動が始まったところでした。また、新人の時には伊豆大 島三原山の大噴火が起こり、島民避難の受け入れ先とし て災害看護の先駆け的なことも経験しました。このように 保健所では、時々刻々と変化する健康問題に対応する最 前線としての刺激はありましたが、一通り仕事がこなせる ようになると、本当に地域のニーズに合ったことが出来て いるのだろうか…と疑問を感じ始めました。そんな時、大 阪府立大学看護学部の前身である大阪府立看護短期大学 から声がかかり、助手として転職することになりました。 母校の修士課程に進学するため1年あまりで一旦退職 しましたが、修了後は設立2年目となる大阪府立看護大 学に戻り、他分野での助手を3年経験した後、専門とし ていた老年看護学分野に異動することができ,今年で14 年目を迎えました。現在の研究テーマは、高齢者施設に おける看護モデルの開発で、特に看取りケアや認知症ケ アに焦点をあてた看護実践の明確化、ケアの評価指標の 開発などを行っています。高齢者施設では、看護職や医 師だけでなく、介護職をはじめとする様々な専門職との 協働が不可欠となります。今後は、ケアチームにおける 看護の専門性を明確にするとともに、多職種との有機的 な連携のあり方を探り、ケアの質向上に貢献していきた いと思います。 早生まれで身体も細くて小さかったせいか、比較的お となしい内気な子どもでした。ただ、共働き家庭のため 保育園→学童クラブ→日替わり習い事コースを歩まされ たので、自分の意思とは関係なく様々な環境に投げ込ま れても、順応できるよう鍛えられた気がします。学業面 では得意科目も不得意科目もない、良く言えばオールラ ウンドプレイヤーでした。何らかの専門職になって身を 立てなさいと幼いころから刷り込まれてきたので、高校 では理系科目を選択していましたが、3年になって物理 と数学が伸び悩み、自分は真の理系人間ではないと気づ きました。とはいえ軌道修正もできず迷っていたころ、 当時、厚生労働省の研究職だった母から、「国立大学で唯 一の看護学部だから学問として学べる」と勧められて、 千葉大学看護学部を受験することになりました。 看護学部のカリキュラムは非常にきつく、月曜日から 土曜日まで(当時は土曜も普通に授業がありました)、そ して朝から晩まで授業や演習がビッシリでした。元々強 い動機づけがないまま入学してしまったので、講義は最 大限サボり、当時はまっていたスキーとその資金稼ぎの バイトに精を出していました。さすがに臨地実習では心 を入れ替えざるを得ませんでしたが、何をしていいのか オロオロするだけの私に、患者さんは「あなたがいてく れてよかった」と言って下さり、感謝される快感を知り ました。今でも実習で受け持った患者さんたちのことは よく覚えていますし、人の人生に深く関わる看護の仕事 の奥深さや面白さを知るきっかけとなりました。
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将 来 の 目 標・夢 D r e a m M e s s a g e 後輩への メッセージ 継続は力なりという言葉があ りますが、どんなに細々とで あっても続けることが大事で す。人生にはいろいろなこと が起こるので、常に100%の力を仕事に振 り向けることはできませんが、豊かな人生 経験を積むことは必ず仕事に活かされてい くと思います。 後期高齢者になるまでしっかり長生きして、 その頃には高齢者ケアの質はずいぶんよ くなったな…と思えるような看護を受けて 看取られたいと思います。そのためにも、 優秀な看護職を育てていきたいです。 学生時代(∼2008) 社会人時代(1986∼) ∼1986 千葉大学 卒業 ∼1995 千葉大学大学院 博士前期課程 修了 ∼2008 神戸大学大学院 博士後期課程 修了 1986∼ 東京都港区 赤坂保健所・ 芝保健所 1999 第2子 出産 1996 第1子 出産 1995 結婚 大阪府立大学2005∼ 准教授 1995∼ 大阪府立 看護大学 助手 1998∼ 大阪府立 看護大学 講師 2004∼ 大阪府立 看護大学 助教授 2010∼ 大阪府立大学 教授 1991∼ 大阪府立 看護短期大学 助手19
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理学療法士として働き、感謝されたり、
機能改善を実感することができました。
現在は、発信力のある大学で研究することに責務とやりがいを感じています。
それぞれのやりがいを感じます
臨床にも研究にも、
【学歴】 岐阜県立大垣北高等学校▶筑波大学第2学群人間学 類▶京都大学医療技術短期大学部理学療法学科▶滋 賀医科大学医学系研究科看護学専攻修士課程▶大阪 医科大学大学院博士課程社会医学系専攻 【職歴】 大阪医科大学附属病院リハビリテーションセンター技 術職▶大阪府立看護大学医療技術短期大学部理学療 法学科 助手▶大阪府立看護大学(現大阪府立大学) 総合リハビリテーション学部理学療法学専攻 助手▶ 大阪府立大学総合リハビリテーション学部理学療法 学専攻 講師▶同大学院総合リハビリテーション学研 究科 講師▶大阪府立大学総合リハビリテーション学 部理学療法学科 准教授▶同大学院総合リハビリテー ション学研究科 准教授P r o f i l e
大阪府立大学 地域保健学域 准教授口 由美
博士(医学) 『向田邦子さん』 作品はもちろん、料理や骨董など趣味人と しての向田さんの生き方も含めて憧れです。 『我が家のペット』 世話をする私によく懐いて、可愛い次男坊 (笑)です。家事・育 家事・育 家事・育 家事・育 家 児児児児児 25% 25% 25% 25% その他 その他 その他 その他他他他 10% 10% 10% 10%% 仕事 仕事 仕事 仕事事 65% 65% 65%5%5% 結婚前は、大学病院のリハビリテーションセンタ ーで理学療法士として勤務し、終電近くまで職場 で勉強する生活を送っていました。在職中に結婚 し、助手として大学で働き始めてまもなく、第1子を 出産しました。産前に2週間、産後に4か月ほどの産 休をとりましたが、研究者は休んでいる間は業績が 0になってしまうので、長く休むことはできませんでした。 出産後、子どもを普通の保育所に預けることができず、職場の大学近くの保 育園と契約し、保育時間に合わせて仕事をしていました。子どもが熱を出して 呼び出されたときなどには、周りに迷惑をかけてまで働くことに気持ちが揺れ ることもありましたが、周囲の理解と協力のおかげで、研究生活を続けること ができました。場合に応じて、私や夫の実家にお世話になったり、ファミリー サポートや一時保育を利用したりもしました。 医師の夫も子育てに協力的ではあるものの、やはり多忙なため、子育ては 保育園に頼りっぱなしでした。研究と家事、子育てで目一杯なため、趣味に使 える時間はほとんどありませんが、子どもがいることや女性であることを、仕 事の言い訳にはしたくないと思っています。 学生時代の話の中にもありましたが、短大で免許取得 した後は、大学病院で理学療法士として4年間勤務しま した。 現場の技術者として働きながらも、毎日が勉強の日々で、 帰宅が終電近くになることも少なくありませんでした。 今でこそ女性の理学療法士が増えてきましたが、当時は ほとんどが男性で、就職活動で不利を感じたこともあり ました。理学療法士として働くことは、感謝してもらえ たり、目の前で体の機能が改善されることを実感できた りといったことが、やりがいにつながっていました。 技術職を退職して半年後に、大阪府立大学に統合され る前の大阪府立看護大学医療技術短期大学部で助手にな りました。それから現在に至るまで、大学名こそ変わり ましたが、研究者(教員)として働き続けています。 その間に大学院の修士課程と博士課程を終了し、また、 短大時代のつながりから、京都大学医学部保健学科でも 非常勤講師をしています。 現在の研究テーマは、高齢者の歩行機能と介護予防で す。歩行は生命予後の予測因子とされるほど、個人全体 の機能を反映しています。弱くなる前駆症状が歩行にど のように現れるか、どのようなプログラムが歩行機能を 維持出来るのか、疫学調査から介入研究まで行なってい ます。大阪府立大学という発信力のある大学で研究する ことに、責務とやりがいを感じています。 小学生の頃から、医療職に就きたいというぼんやりと した像は描いていました。祖父母の通院や入院、ガンで 亡くなった親戚の存在がきっかけだったと思います。また、 白衣の人へのあこがれや、ずっと働き続けたいという思 いも、当時から持っていました。小学生の頃はソフトボ ール、高校では水泳に熱中し、楽しい学生生活を送って いましたが、小学生の頃からの思いは続いていて、進路 を選ぶにあたって理系クラスに入りました。しかし、化 学があまり得意でなかったため、大学受験では文理の科 目が半分ずつの学科を受験し、心身障害学を学ぶことに なりました。 大学では、小学校に上がる前の脳性マヒの子どもたち と接する経験をしましたが、そのときのある理学療法士 との出会いが、その後の私の研究人生を方向づけること になりました。理学療法士として子どもの療育に関わり たいと思った私は、短大に入り直して理学療法士の免許 をとりました。 それから、理学療法士として大学病院のリハビリテー ションセンターに就職しましたが、その頃から理学療法 を学べる大学院が増え始めたこともあって、現場で技術 者として働くだけでなく、研究職にも興味を持ち始めま した。4年間の勤務の後、大阪医科大学で研究生となり、 その後は大阪府立看護大学で大学教員として研究を行い ながら、修士課程と博士課程を修了しました。大学院で は公衆衛生学教室に所属し、地域住民に対する疾病予防 や介護予防の方法について学びました。