Constructing Goeritz matrix from Dehn coloring matrix
市原 一裕 (日本大学文理学部)∗1 堀内 柾希 (福島県立福島高等学校)
松土 恵理 (日本大学文理学部自然科学研究所)∗2 吉田 壮太 (福島県立福島高等学校)
1. Introduction
[2]において,L.ゲーリッツ(L.Goeritz)は,与えられた結び目図式から成分が整数で ある行列への対応を与え,その行列式の絶対値が結び目不変量になることを示した。そ の行列は現在では,結び目図式の ゲーリッツ行列と呼ばれている。
その後,[5]において,結び目図式のゲーリッツ行列が,その図式に対するデーン彩 色 と関連があることが示唆された。実際,[7, Theorem 4.3]において,[5] や [6] の結 果の拡張として,次のことが示された。ゲーリッツ行列を係数行列としてもつ連立1次 方程式の解空間は,その結び目のデーン彩色がなす線形空間と同型である。1
本稿では[3]をもとに,与えられた結び目図式に対して,デーン彩色を定めるデーン 彩色行列からゲーリッツ行列を構成するアルゴリズムを紹介する(定理 1)。このアル ゴリズムは,入力として結び目図式に関する情報も必要であるが,特に,その結び目図 式が素である場合には,そのアルゴリズムは純粋に代数的なものになっている(定理 2)。
この節の残りで,基礎的な用語についてまとめておく。
まず,結び目図式に対するゲーリッツ行列の定義を与える。Dを結び目図式とし,そ の補領域にチェッカーボード彩色が与えられているとする。(簡単のため,本稿を通し て,チェッカーボード彩色は,非有界領域を黒で塗ると仮定しておく。)
図 1で示されたように,隣接する黒領域の配置に合わせて,Dの各交点の指数 +1 か
−1を定める。[7] に従って,この+1 か −1を,その交点のゲーリッツ指数と呼ぶ。
−1 +1
図 1: 交点のゲーリッツ指数
図式Dの黒領域に対して,X1, . . . , Xn という変数を設定し,j ̸= k である変数 Xj と Xk に対応する黒領域の組に対して,その2つの領域に接する交点のゲーリッツ指 数の総和をcjkで表す。
キーワード:Goeritz matrix, Dehn coloring, knot
∗1〒156-8550 東京都世田谷区桜上水3-25-40 日本大学文理学部数学科 e-mail:ichihara.kazuhiro@nihon-u.ac.jp
∗2〒156-8550 東京都世田谷区桜上水3-25-40 日本大学文理学部 e-mail:eri.matsudo@nihon-u.ac.jp
1正確には,[7]ではunreduced Goeritz matrix と呼ばれている。
このとき,次で定義される行列G= (gij)を,その結び目図式 Dの ゲーリッツ行列 という。
gjk =
cjk (j ̸=k)
−∑
ℓ̸=j
cjℓ (j =k)
注意 1. 上のようにして得られる行列G= (gij)は,黒領域の数を b としたとき,b×b 行列になる。いくつかの文献では,このG のことは「前ゲーリッツ行列」などと呼ば れ,そこからある1行1列を取り除いた行列のことをゲーリッツ行列と呼んでいる。こ の1行1列を取り除いた行列の行列式の絶対値が結び目の不変量になり,結び目の行列 式と呼ばれる。
例 1. 例として,よく知られた結び目表において 819 と呼ばれる結び目 K について,
ゲーリッツ行列を求めてみよう(実はこの結び目は(3,4)型のトーラス結び目である)。 その結び目は 図 2の結び目図式D で表される。この図式は,結び目 K の最小交点数 の図式になっていることが知られている。
B1 B2
B3 B4
B5
図 2: 結び目819のダイアグラム
図 2のように,B1, . . . , B5をD の黒領域とし,それに対応する変数をX1, . . . , X5 と する。このとき,D のゲーリッツ行列は次のようになる。
4 −1 0 −1 −2
−1 −1 1 1 0 0 1 −2 0 1
−1 1 0 −1 1
−2 0 1 1 0
次に,結び目図式に対するデーン彩色方程式とデーン彩色行列を定義する。Dを向 きづけられた結び目の図式とし,その補領域をR1, . . . , Rm とする。補領域 R1, . . . , Rm に対して変数 Z1, . . . , Zm を定める。図式 D の各交点に対して,図 3のように,その 交点の周りの補領域 Ri, Rj, Rk, Rl に対する変数を Zi, Zj, Zk, Zl としたとき,方程式 Zi+Zj−Zk−Zl = 0 を考える。このような方程式からなる連立方程式を,結び目図 式 Dの デーン彩色方程式 という。そして,その連立方程式の係数行列のことを デー ン彩色行列 という。
Ri
Rj Rk
Rl
図 3:
注意 2. 結び目図式 D に対して,デーン彩色方程式の式の数は D の交点数に等しく,
変数の数はD の補領域の数に等しい。したがって,Dのデーン彩色行列の行の数は D の交点数に一致し,列の数は Dの補領域の数に一致する。とくに,デーン彩色行列の それぞれの行はD のある交点に対応し,それぞれの列はD のある補領域に対応する。
例 2. 結び目 819 について,例1で与えられた結び目図式D を考える。図4のように,
Dの補領域を R1, R2, . . . , R9, R0 とし,対応する変数を Z1, Z2, . . . , Z9, Z0 とする。
R1 R6 R2 R7
R3
R8 R4 R5
R9
R0
>
図 4:
このとき,デーン彩色方程式は次のようになる。
Z2+Z7−Z1−Z6 = 0 Z4+Z8−Z2−Z7 = 0 Z5+Z6−Z0−Z1 = 0 Z3+Z8−Z5−Z6 = 0 Z4+Z9−Z1−Z7 = 0 Z5+Z8−Z4−Z9 = 0 Z2+Z8−Z3−Z6 = 0 Z0+Z5−Z1−Z9 = 0
ここで,方程式の順序は,図式D 上に沿って順に交点をたどっていったとき,上弧に 現れる交点の順に並べてある。
従って,対応するデーン彩色行列は次になる。
−1 1 0 0 0 −1 1 0 0 0 0 −1 0 1 0 0 −1 1 0 0
−1 0 0 0 1 1 0 0 0 −1 0 0 1 0 −1 −1 0 1 0 0
−1 0 0 1 0 0 −1 0 1 0 0 0 0 −1 1 0 0 1 −1 0 0 1 −1 0 0 −1 0 1 0 0
−1 0 0 0 1 0 0 0 −1 1
注意 3. いわゆる結び目図式の デーン彩色 について,ここでは詳しい説明は省略する が,実際,デーン彩色方程式の解が結び目図式のデーン彩色に対応することが知られ ている。結び目のデーン彩色とよく知られたフォックス彩色との関係や,それらの非 自明性と彩色可能性についてなど,詳細については,例えば [1] を参照。
2. Results
今回,結び目図式のデーン彩色行列とゲーリッツ行列に関して,次の結果が得られた。
定理 2.1. チェッカーボード彩色が与えられた結び目図式 D 対して,最初の b 行が図 式 D の黒領域に対応するようなデーン彩色行列を MD とする。(b はDの黒領域の 数。)ある j(1≤j ≤c,c は D の交点の数)に対して,MD の行で第j成分が0でな いものを選ぶ。それらの各行に,第j成分が対応する交点のゲーリッツ指数の−1倍に なるように,+1か−1をかけて,その和をとり,1つの横ベクトルを作る。この操作を j = 1 から j =c まで繰り返し,得られた c 本の横ベクトルを縦に並べて行列を作る。
得られた行列の左半分(正確には,第1列から第b列までの部分)が,D のゲーリッツ 行列と一致する。さらに,その行列の残りの右半分の成分は全て 0 になる。
この定理の証明の鍵となるのは,図 5のような交点の周りで,対応するデーン彩色 方程式が次のようになり,いずれの場合においても,その黒領域に対応する変数の係 数の符号が逆になっていることである。
Xi+Yj−Xk−Yl= 0, Yi+Xj−Yk−Xl = 0
Bi
Wj Bk Wl
Wi
Bj Wk Bl
図 5:
証明の詳細については [3] を参照。
例 3. 再び,例 2で考えた結び目図式 D のデーン彩色方程式とデーン彩色行列 MD を考える。ここで,黒領域と白領域を区別するため,例 2から,変数 Z1, . . . , Z5 を X1, . . . , X5 に,変数 Z6, . . . , Z9, Z0 を Y1, . . . , Y4, Y5 に変更している。
X2+Y2−X1−Y1 = 0 X4+Y3−X2−Y2 = 0 X5+Y1−X1−Y5 = 0 X3+Y3−X5−Y1 = 0 X4+Y4−X1−Y2 = 0 X5+Y3−X4−Y4 = 0 X2+Y3−X3−Y1 = 0 X5+Y5−X1−Y4 = 0
MD =
−1 1 0 0 0 −1 1 0 0 0 0 −1 0 1 0 0 −1 1 0 0
−1 0 0 0 1 1 0 0 0 −1 0 0 1 0 −1 −1 0 1 0 0
−1 0 0 1 0 0 −1 0 1 0 0 0 0 −1 1 0 0 1 −1 0 0 1 −1 0 0 −1 0 1 0 0
−1 0 0 0 1 0 0 0 −1 1
行列 MD の第1列の成分が 0 でない行は,第 1, 3, 5, 8 行で,対応する方程式は次 のようになっている。
X2+Y2−X1−Y1 = 0 X5+Y1−X1−Y5 = 0 X4+Y4−X1−Y2 = 0 X5+Y5−X1−Y4 = 0 図 2より,それらの行に対応する交点のゲーリッツ指数は
−1, −1, −1, −1
となっているので,定理2.1のように ±1倍して,これらの方程式の和をとると,次の ようになる。
(−1)(X2+Y2−X1−Y1) + (−1)(X5+Y1−X1−Y5) + (−1)(X4+Y4−X1−Y2) + (−1)(X5+Y5−X1−Y4)
= 4X1−X2−X4−2X5 = 0
この操作を第2列から第5列まで繰り返し行うと,次の4つの方程式が得られる。
−X1−X2 +X3+X4 = 0 X2−2X3+X5 = 0 X1+X2−3X4+X5 = 0
−2X1 +X3+X4 = 0
以上の5つの式からなる連立方程式の係数行列は
4 −1 0 −1 −2
−1 −1 1 1 0 0 1 −2 0 1
−1 1 0 −1 1
−2 0 1 1 0
となり,これは例 1で得られた D のゲーリッツ行列と一致している。
次に結び目図式が素である場合を考える。ここで,結び目図式D が素 であるとは,
その D と横断的に2点で交わる任意の単純閉曲線が囲む円板と D の交わりが交点の ない単純弧であることをいう。与えられた結び目図式が素である場合,次のような結 果が得られた。
定理 2.2. チェッカーボード彩色が与えられた結び目図式 D 対して,最初の b 行が図 式 D の黒領域に対応するようなデーン彩色行列を MD とする。(b はDの黒領域の 数。)ここで D が素であると仮定する。ある j(1≤j ≤c,c は D の交点の数)に対 して,MD の行で第j成分が0でないものを選ぶと,それらの各行に+1か−1をかけ て和をとって,第(b+ 1)成分以降が全て0になるようにすることができる。しかもそ のような線形和のとり方は符号を除いて一意である。さらに,そのようにして得られ た横ベクトルに+1か−1をかけて縦に並べて得られる行列が対称行列になるようにで き,その左半分が D のゲーリッツ行列と符号を除いて一致する。
例 4. 例 3と同様に,結び目818の図式 D に対して,デーン彩色行列MD を考える。
MD =
−1 1 0 0 0 −1 1 0 0 0 0 −1 0 1 0 0 −1 1 0 0
−1 0 0 0 1 1 0 0 0 −1 0 0 1 0 −1 −1 0 1 0 0
−1 0 0 1 0 0 −1 0 1 0 0 0 0 −1 1 0 0 1 −1 0 0 1 −1 0 0 −1 0 1 0 0
−1 0 0 0 1 0 0 0 −1 1
第1列に着目すると,第1成分が0 でない MD の行は,第 1, 3, 5, 8行である。第1 行を固定して,第3, 7, 8行を±1倍して和をとり,第6列から第10列の成分を全て0に することを考える。
例えば,MDの(1,6)-成分と(3,6)-成分に着目すると,そのようにするには,第3行 を+1倍して第1行に加えないといけないことがわかる。第7行と第8行についても同 様にして考えると,次のような横ベクトルを得ることができる。
(−1 1 0 0 0 −1 1 0 0 0 )
+
(−1 0 0 0 1 1 0 0 0 −1 )
+
(−1 0 0 1 0 0 −1 0 1 0 )
+
(−1 0 0 0 1 0 0 0 −1 1 )
=
(−4 1 0 1 2 0 0 0 0 0 )
同様にして,第2列から第5列まで考えると,次の横ベクトルが得られる。
(−1 −1 1 1 0 0 0 0 0 0 ) (
0 −1 2 0 −1 0 0 0 0 0 ) (
1 −1 0 1 −1 0 0 0 0 0 ) (−2 0 1 1 0 0 0 0 0 0
)
得られた5本の横ベクトルをそのまま縦に並べると次の行列をえる。
−4 1 0 1 2 0 0 0 0 0
−1 −1 1 1 0 0 0 0 0 0 0 −1 2 0 −1 0 0 0 0 0 1 −1 0 1 −1 0 0 0 0 0
−2 0 1 1 0 0 0 0 0 0
しかし,この行列の左半分は対称行列ではないので,各行を適切に ±1倍して,左半分 が対称行列になるようにする。そして得られた行列が次である。
−4 1 0 1 2 0 0 0 0 0 1 1 −1 −1 0 0 0 0 0 0 0 −1 2 0 −1 0 0 0 0 0 1 −1 0 1 −1 0 0 0 0 0 2 0 −1 −1 0 0 0 0 0 0
この行列の左半分,つまり第1列から第5列までの部分に対応する正方行列,は例1で 得られた D のゲーリッツ行列の−1倍に一致している。
謝辞
本研究は,国立研究開発法人 科学技術振興機構(JST)が推進する「スーパーサイエ ンスハイスクール」プロジェクトの一環として福島県立福島高校で実施された研究活 動の成果として得られたものです。
参考文献
[1] J. S. Carter, D. S. Silver and S. G. Williams, Three dimensions of knot coloring, Amer.
Math. Monthly 121(2014), no. 6, 506–514.
[2] L. Goeritz, Knoten und quadratische Formen, Math. Z. 36(1933), no. 1, 647–654.
[3] M. Horiuchi, K. Ichihara, E. Matsudo and S. Yoshida, Constructing Goeritz matrix from Dehn coloring matrix, To appear in Proceedings of the Institute of Natural Sciences,
Nihon University(日本大学文理学部自然科学研究所研究紀要).
[4] S. Kolay, Knot Colorings: Coloring and Goeritz matrices, preprint, arXiv:1910.08044 [5] K. R. Lamey, D. S. Silver and S. G. Williams, Vertex-colored graphs, bicycle spaces and
Mahler measure, J. Knot Theory Ramifications25 (2016), no. 6, 1650033, 22 pp.
[6] O. Nanyes, Link colorability, covering spaces and isotopy, J. Knot Theory Ramifications 6 (1997), no. 6, 833–849.
[7] L. Traldi, Link colorings and the Goeritz matrix, J. Knot Theory Ramifications 26 (2017), no. 8, 1750045, 19 pp.