近畿地 方 にお け る国府 石器群 の再検 討

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近畿地 方 にお け る国府 石器群 の再検 討

TheReexaminationofKouIndustryinKinkiRegion

伊 藤 栄 二

EijiITO

奈 良 大 学 大 学 院 文 化 財 史料 学 専 攻 博 士 前 期 過 程 三 年

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近 畿地 方 にお け る国府 石器 群の 再検 討99

1は じ め に

近 畿 地 方 にお け る 旧 石 器 編 年研 究 は 、 ナ イ フ形 石 器 の 型 式 学 的 変 遷 に よ る編 年 研 究(鎌 木 ・高 橋1965)で 提 示 され た 瀬 戸 内技 法 の 崩 壊 過 程 お よ び ナ イ フ形 石 器 の小 型 化 とい う視 点 に も とづ き石 器 群 の 変 遷 が 把 握 され て い る の が 現 状 で あ る(松 藤1992、 久 保1999な ど)。 そ の な か で 国 府 石 器 群 は一 定 地 域 に 頻 繁 に見 られ る考 古 学 的 型 式 の 一 定 の 組 み 合 わ せ と して 評 価 され 、 時 期 区 分 と して の 国 府 文 化 期(国 府 期)が 設 定 され て い る。

しか し、90年 代 以 降 、 翠 鳥 園 遺 跡 、 長 原 遺 跡97‑12次 調 査 地 な どの 発 掘 調 査 に よ りブ ロ ッ ク を伴 う良 好 な 一 括 資 料 が 確 認 され 、 瀬 戸 内技 法 を有 す る石 器 群 の 増 加 と石 器 群 の 多 様 性 が 明 確 に な りつ つ あ る。 そ こで 、本 論 で は近 畿 地 方 に お け る瀬 戸 内技 法 を伴 う石 器 群 を対 象 に国 府 石 器 群 の再 検 討 を試 み る も の で あ る。

1国 府 石 器 群 研 究 の 現 状 と 課 題

国 府 石 器 群 研 究 は 、 二 上 山北 麓 の 分 布 調 査(同 志 社 大 学 旧 石 器 文 化 懇 談 会1974)、 郡 家 今 城 遺 跡(冨 成 ・大 船1978)、 国 府 遺 跡(島 ・山 内 ・鎌 木 1957、石 神1972)の 発 掘 調 査 に よ り、石 器 組 成 が 単 純 で 瀬 戸 内技 法 に よ っ て 製 作 さ れ た 国 府 型 ナ イ フ形 石 器 を 主体 的 な生 産 具 とす る石 器 群 が 確 認 さ れ た の を嗜 矢 と し(松 藤1974)、 出 土 層 準 、 ナ イ フ形 石 器 の 形 態 ・整 形 技 術 の 差 異 か ら古 ・新 に 時 期 区 分 され た(松 藤1980)。 ま た、 国 府 石 器 群 の 剥 片 剥 離 技 術 が 多 様 で あ る こ とが 明 確 に され(柳 田1979)、 瀬 戸 内 技 法 関 連 資 料 の 有 無 を基 準 とす る国 府 石 器 群 の定 義 が 提 示 さ れ た(柳 田1981、

以 下 柳 田定 義 と呼 称)。 しか し、 柳 田 定 義 で は瀬 戸 内技 法 関 連 資 料 の 量 的 視 点 が 欠 落 して い た こ とか ら、 国 府 石 器 群 は 、 瀬 戸 内 技 法 を主 要 な技 術 基 盤 と し、 翼 状 剥 片 を素 材 と した ナ イ フ形 石 器 を主 体 的 な 生 産 用 具 と した 石 器 群 と再 定 義 さ れ(松 藤1985、 以 下 松 藤 定 義 と呼 称)、 現 状 で は松 藤 定 義 が 大 半 の研 究 者 の 共 通 認 識 とな っ て い る。 また 、 瀬 戸 内 技 法 の量 的 割 合

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の 差 異 は 時 期 差 を 示 して い る と され 、 い わ ゆ る櫃 石 島 技 法 を主 要 な技 術 基 盤 と し瀬 戸 内 技 法 が 客 体 的 に伴 う八 尾 南 遺 跡 第3地 点 、 津 之 江 南 遺 跡B・

C地 点 な ど は 国 府 石 器 群 に後 続 す る石 器 群 に位 置 づ け ら れ て い る(久 保 1989、 佐 藤1989)o

国 府 石 器 群 の 編 年 的位 置 につ い て は広 域 火 山 灰 と石 器 群 の 関 係 か ら国 府 石 器 群 の 年 代 を推 定 す る方 法 が 一 般 的 で あ り、ATが 確 認 さ れ て い る 遺 跡 と して は桜 ケ 丘 第1地 点 遺 跡 、 鶴 峯 荘 第1地 点 遺 跡 が あ げ られ る。 桜 ケ 丘 第1地 点 遺 跡 で は 第3・4次 調 査 に お い てD調 査 区 黄 褐 色 シ ル ト層(H b層)の 上 部 よ りATが 検 出 され(横 山1983、 横 山 ・松 藤 ・佐 藤1984) 、 Hb層 、 皿層 の 出 土 石 器 は 、ATを 介 して そ の前 後 の 時 期 に 国府 石 器 群 が 位 置 づ け ら れ る 可 能 性 が指 摘 され て い る(松 藤1985a、b)。 一 方 、鶴 峯 荘 第1地 点 遺 跡 で は土 坑2出 土 の 石 器 がAT降 灰 以 後 の 所 産 と され 、 土 坑 の 検 出 面 付 近 で は琵 琶 湖51火 山 灰(BB51=大 山 系 火 山 灰)が 微 量 検 出 さ れ て い る(佐 藤1986)。 同様 に、 八 尾 南 遺 跡 第3地 点 で も大 山 系 火 山灰 が 微 量 な が ら検 出 され て お り(福 田編1989)、 鶴 峯荘 第1地 点 遺 跡 と きわ め て 近 接 した 時 期 の 石 器 群 と され て い る(久 保1989、 松 藤1992)。 従 っ て 、 国府 石 器 群 の存 続 期 間 は あ 現 状 に お い てAT降 灰 前 後 か ら大 山 系 火 山 灰 の 降 灰 期 に求 め る の が 一 般 的 で あ る(久 保1989、 佐 藤1989)。

国 府 石 器 群 に属 す る 遺 跡 は 、松 藤 定 義 に従 え ば二 上 山 北 麓 遺 跡 群 、 郡 家 今 城 遺 跡A地 点(図1‑1)、 同C地 点(図1‑2)、 国 府 遺 跡 第1地 点 、 同 第3地 点(図1‑3)、 は さみ 山遺 跡 ・7区(図1‑4)、 青 山 遺 跡(図

1‑5)、 林 遺 跡84‑1区SXOI(図1‑6)、 西 大 井 遺 跡(図1‑7)、 古 室 遺 跡(図1‑8)、 城 山遺 跡86‑1区(図1‑9)、 翠 鳥 園 遺 跡(図1‑

10)、 大 山 仲 町 遺 跡 、 鶴 峯 荘 第1地 点 遺 跡 土 坑2(図1‑11)な どが 該 当 し(松 藤1992)、 国 府 石 器 群 の 分 布 が 大 阪 平 野 の 周 辺 部 に 限 定 され 、 と くに 二 上 山 北 麓 地 域 や 羽 曳 野 台 地 に 密 集 す る状 況 が み て とれ る(図1)。

つ ま り、 国 府 石 器 群 の 分 布 は 、サ ヌカ イ トの原 産地お よびそ の周 辺地帯 に

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近畿 地方 にお け る国府 石器 群 の再検討101

b猪 名 川c古 長瀬 川 d古 平 野)1

図1

最 鈎8

e古 東 除川f石 川

近 畿 地 方 中央 部 に お け る 国 府 石 器 群 の 分 布 (趙1994

二 上 山

0部 改変)

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偏 在 す る こ とが 明 確 で あ る とい え る。

以 上 、 国 府 石 器 群 研 究 の 現 状 を定 義 、編 年 的 位 置 、 分 布 か ら整 理 を お こ な っ た。 次 に 、 編 年 の 分 析 単 位 、 瀬 戸 内技 法 の 量 的 割 合 の評 価 、 分 布 状 況 か ら国 府 石 器 群 研 究 の 問 題 点 を抽 出 し、 国 府 期 に お い て 国府 石 器 群 に併 行 す る 石 器 群 が 存 在 す る 可 能 性 を検 討 す る 。

従 来 、1遺 跡 ・1文 化 層 の石 器 群 が 編 年 の 分 析 単 位 と され て き た が(杉 原1956、 戸 沢1965な ど)、 近 畿 地 方 の よ う な層 位 的 条 件 が 劣 悪 な 地 域

で は 各 自然 層 で の 出土 石 器 を一 括 遺 物 と して 把 握 し、1遺 跡 ・1文 化 層 の 出土 石 器 を編 年 研 究 の 基 本 単 位 にす え る こ と は極 め て 困 難 な 状 況 で あ る と い え る。 そ こ で 、 遺 跡 内 にお い て 石 器 の 分 布 が 一 定 の 範 囲 に 集 中す る状 況 (ブ ロ ック 月 見 野 遺 跡 群 調 査 団1969)に 着 目 し、 ブ ロ ッ クの 形 成 過 程 が 極 め て 短 期 間 で あ る とい う前 提 に も とづ き ブ ロ ッ クの 出 土 石 器 を 、 一 括 遺 物(石 器 群)と して把 握 し、 編 年 研 究 の 分 析 単 位 と して扱 うの が 有 効 で あ る とい え る 。 そ の際 に は一 括 遺 物 の 同 時 性 を ブ ロ ック 内 で の 遺 物 の接 合 関係 か ら検 証 して い く こ とが 重 要 で あ る 。

石 器 群 に 占 め る瀬 戸 内 技 法 の 量 的 割 合 の 差 異 に つ い て は 、 単 純 に 時期 差 を 示 す だ け で は な く石 材 補 給 の 段 階 差 が 想 定 され(絹 川1994)、 原 産 地 か らの 距 離 的 関 係 を背 景 と して 遠 隔 地 の 遺 跡 で は非 瀬 戸 内技 法 の 比 率 が 増 加 す る 可 能 性 が 論 じ ら れ て い る(山 口1994)。 従 っ て 、 石 器 群 の 技 術 的 基 盤 を検 討 す る 際 に は 、 石 器 群 にお け る 石 材 消 費 過 程 の あ り方 を明 確 に し、

瀬 戸 内 技 法 の 量 的 割 合 の 差 異 が 形 成 さ れ る 背 景 を慎 重 に検 討 す る こ とが 重 要 で あ る。 近 畿 地 方 中 央 部 に お け る国 府 期 の 遺 跡 で は 、 二 上 山 産 の サ ヌ カ イ ト石 材 を圧 倒 的 に多 用 す る傾 向 に あ り、 原 産 地 か らの 放 射 状 の 石 材 供 給 が 想 定 され て い る(山 口1983)。 さ ら に 、 瀬 戸 内 技 法 関 連 資 料 の 遺 物 組 成 か ら、 国府 期 にお け る 石 器 製 作 工 程 の異 所 展 開 の 存 在 が 予 測 さ れ 、 サ ヌ カ イ ト石 材 供 給 シス テ ム と瀬 戸 内技 法 の工 程 展 開 の 強 固 な 関係 が 明 確 に さ れ て い る(山 口1994)。 ま た 、 原 産 地 遺 跡 と消 費 地 遺 跡 に お い て 瀬 戸 内

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近 畿 地方 にお け る国府 石器 群 の再検 討103

技 法 の 運 用 の 構 造 に差 異 が 認 め られ 、消 費 地 遺 跡 で は作 業 面 補 正 や 意 図 的 な打 点 の 移 動 行 為 の 出現 頻 度 が 高 く、横 長 剥 片 石 核 等 へ の 転 用 の 可 能 性 が 論 じ られ て い る(絹 川1993)。 以 上 の こ と は 、 国 府 期 の す べ て の 遺 跡 に お い て 瀬 戸 内 技 法 が 剥 片 剥 離 技 術 の 主 体 を 占 め る の か を検 討 し(藤 野 1994)、 国 府 石 器 群 に併 行 す る 石 器 群 の 存 在 を追 求 す る必 要 性 を示 唆 して い る と い え る(森 川2001)。

そ こ で 、 国 府 石 器 群 の 分 布 状 況 を み て み る と、 国 府 石 器 群 の分 布 が 原 産 地 お よ び そ の 周 辺 地 帯 に偏 在 す る こ とは 明 確 で あ り、 国 府 期 に お い て 国 府 石 器 群 に併 行 す る石 器 群 が 消 費 地(遠 隔 地)遺 跡 に お い て 存 在 す る 可 能 性 は 否 定 で き な い 。 ま た 、 国 府 期 の 直 後 に 該 当 す る 津 之 江 南C期(松 藤 1980)、 グ ル ー プ5(佐 藤1989)、3b段 階(久 保1994)の 遺 跡 を概 観 す る と、 い ず れ も消 費 地 的 な様 相 を 示 す 石 器 群 の み が提 示 さ れ 、 そ れ に対 応 す る原 産 地 的 な様 相 を示 す 石 器 群 は 皆 無 で あ り、 時 期 設 定 の 条 件 と して 原 産 地 お よ び消 費 地 的 な様 相 を示 す 石 器 群 の セ ッ ト関 係 を重 視 す る必 要性 を指 摘 して お きた い 。 次 に 、 近 畿 地 方 中央 部 に位 置 す る各 遺 跡 の ブ ロ ッ ク を規 模 、 分 布 状 態 か ら類 型 化 し、 石 器 製 作 作 業 の 内 容(工 程)と の 関係 を 検 討 す る こ とに よ りサ ヌ カ イ トに お け る 石材 消 費 過 程 の様 相 を検 討 す る 。

皿 ブ ロ ッ ク の 類 型 化 と 石 器 製 作 作 業 の 内 容(工 程)

近 畿 地 方 中央 部 で は 群 家 今 城 遺 跡C地 点 、 八 尾 南 遺 跡 第2・3・6地 点 、 長 原 遺 跡89‑37次 ・97‑12次 調 査 地 な どの 遺 跡 で ブ ロ ッ クが 確 認 され て お

り、 規 模 ・石 器 の 分 布 状 態 ・接 合 関 係 の 頻 度 か ら ブ ロ ッ ク を1〜 皿類 に 区 分 す る。 以 下 にそ の 内 容 を示 す と、1類 は石 器 点 数 が 百 点 以 上 で 石 器 分 布 が 密 集 し接 合 関 係 の 頻 度 が た か い 大 規 模 な ブ ロ ッ ク(図2)、H類 は 石 器 点 数 が 数 十 点 以 上 で散 漫 か つ 広 範 囲 に 石 器 が 分 布 し接 合 関 係 は1類 ほ ど認 め ら れ な い 中 規 模 な ブ ロ ッ ク(図3)、 皿類 は 石 器 点 数 が 十 点 前 後 で 散 漫

な分 布 を 示 し接 合 関 係 は ほ ぼ 皆 無 で あ る小 規 模 な ブ ロ ック で あ る。

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図2

●フロ,,

(S=1/100)

1類 ブ ロ ッ ク の 石 器 分 布(八 尾 南 遺 跡 第6地 点)

1・・ ∴.∫':'1

  

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図3H類 ブ ロ ッ クの 石 器 分 布(八 尾 南 遺 跡 第3地 点)

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近 畿 地方 にお け る国府 石 器群 の再検 討105

接合例A 接 合例B 接合例C

(S=1/3) 図4接 合 例A〜C(長 原 遺 跡97‑12次 調 査 地)

次 に、 各 遺 跡 にお け る 石 器 製 作 作 業 の 内 容(工 程)を 、接 合 資 料 お よ び 残 津 の 特 徴 、瀬 戸 内 技 法 関 連 資 料 の 遺 物 組 成 か ら、一 連 の石 器 製 作 工 程(原 礫 分 割 工 程 〜調 整 加 工 工 程)が 遺 存 す るa類 、 部 分 的 な剥 片 剥 離 作 業 と製

品 の 製 作(剥 片 剥 離 工 程 〜 調 整 加 工 工 程)の み が 遺 存 す るb類 、 石 器 製 作 作 業 の 痕 跡 が ほ ぼ 皆 無 なc類 に類 型 化 して 把 握 す る 。 具 体 的 に は 、接 合 資 料 を多 数 の 石 核 と剥 片 が接 合 し原 石 の 状 態 が ほ ぼ復 元 で き る接 合 例(接 合 例A)、 多 数 の 剥 片 や 石 核 と剥 片 の接 合 例(接 合 例B)、 剥 片 数 点 の接 合 例 (接 合 例C)に 区分 し(図4)、 接 合 例A〜Cの 量 的 評 価 に よ り石 器 製 作 作 業 の 内 容(工 程)を 把 握 す る 。 ま た 、 瀬 戸 内 技 法 の 各 工 程 の 組 成 比 を比 較 す る と、 第1工 程 〜 第3工 程 が 認 め られ 第1工 程 が 顕 著 で あ る 遺 跡 と第 1工 程 が ほ ぼ皆 無 で 第2工 程 が 主 体 を 占 め る遺 跡 に 区 分 が 可 能 で あ り(山 口1983、1994)、 前 者 は石 器 製 作 作 業 の 内 容(工 程)a類 に 、 後 者 はb 類 に ほ ぼ対 応 す る。 二 上 山 北 麓 遺 跡 群 の大 半 の 遺 跡(鶴 峯荘 第1地 点 遺 跡 、 桜 ケ 丘 第1地 点 遺 跡 な ど)、 国 府 遺 跡 第3地 点 な どはa類 に 、 郡 家 今 城 遺 跡C地 点 、 は さ み 山 遺 跡 、 八 尾 南 遺 跡 第3地 点 はb類 に 対 比 す る こ とが 可 能 で あ る 。 そ こで 、 ブ ロ ック の 類 型 ご と に石 器 製 作 作 業 の 内容(工 程)

を検 討 す る(表1)。

1類 ブ ロ ッ ク で は 、 接 合 例Aの 存 在 か ら石 器 製 作 作 業 の 内 容(工 程)

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表1ブ ロ ッ ク属 性 表

遺 跡 名 称

㌧1ア面 分 布(m)

点数 接 合 点数

合 例 石器群類型 遺跡

長径 短径 A B C 類型

郡家今城遺跡C地 点 A群 3 2 129 ]2 0 II b

II

郡 家n.7城遺 跡C地 点 B群 3 L5 15 1 m C

郡 家1城 遺 跡C地 点 C群 7 6.5 112 18 0 0 II b

郡家今城遺跡C地 点 D群 8 5 74 5 0 II b

郡 家r城 遺跡C地 点 E群 7 5.5 149 14 0 0 II b

郡家今城遺跡C地 点 F群 7.2 5 135 17 O 0 II b

郡 家nT城 遺 跡C地 点 G群 4.5 4 299 ?p 0 0 II b

郡 家i城 遺 跡C地 点 H群 6 5 122 11 0 0 II b

八尾南遺跡 第2地 点 Aブ ロ ッ ク 1.5 1.5 37 20 0 II C

八尾南遺跡第2地 点 Bブ ロ ック 1 1 6 2 m b 1

八尾南遺跡 第2地 点 Cブ ロ ック 2 1.4 343 69 0 O 0 1 a

八尾南遺跡第2地 点 Dブ ロ ック 2 2 47 10 0 0 II b

八尾南遺跡第3地 点 417 30 0 O II b II

八尾南遺跡第6地 点 1ブ ロ ッ ク 0.6 0.5 26 2 0 II C

1

八尾南遺跡第6地 点 2ブ ロ ッ ク 1.R 1.5 235 68 0 0 O 1 a 八尾南遺跡第6地 点 3ブ ロ ッ ク 1.6 o.a 61 8 O O II b 八尾南遺跡第6地 点 4ブ ロ ッ ク 1.5 1 512 107 0 0 0 1 a 八尾南遺跡第6地 点 5ブ ロ ッ ク 2.5 2 1023 274 0 0 O 1 a 八尾南遺跡第6地 点 6ブ ロ ッ ク U.8 0.5 33 4 0 0 0 II a 八尾南遺跡第6地 点 7ブ ロ ッ ク ].8 1.5 129 56 0 0 0 1 a

八尾南遺跡第6地 点 8ブ ロ ッ ク 1.7 1 186 31 0 O O 1 a

八尾南遺跡第6地 点 9ブ ロ ッ ク 2 2 35 5 O 0 II b 八尾南遺跡第6地 点 10ブ ロ ッ ク 1.2 1.2 34 8 0 0 II b

長 原 遺 跡97‑12次 LC1301 ]1 11 395 279 0 0 0 1 a

1

長 原 遺 跡97‑12次 LC1302 3 3 7 m C

国府 遺跡 第3地 点 } 251 10 0 0 II a 1

は さみ 山 遺跡87‑7区 北 西ユ ニ ソト 11 4 238 II b II

(凡例)石 器 群 類型 ⑦ ブ ロ ック ② 石器 製作 作 業 の内 容

a類 に対 比 で きる 。H類 ブ ロ ッ クで は 原 則 と して接 合 例B・Cの み で あ り、

石 器 製 作 作 業 の 内容(工 程)b類 に対 比 で き る が 、 八 尾 南 遺 跡 第6地 点、6 ブ ロ ック の み は 、一 定 量 の接 合 例Aの 存 在 か ら石 器 製 作 作 業 の 内 容(工 程)

a類 に 該 当 す る。m類 ブ ロ ッ クで は石 器 製 作 の痕 跡 が ほ ぼ 皆 無 で あ り、 出 土 点 数 、 製 品 の割 合 が 高 い こ と か ら石 器 製 作 作 業 の 内 容(工 程)c類 に対 比 で きる,,従 っ て 、1類 ブ ロ ック に は 石 器 製 作 作 業 の 内容(工 程)a類 、 II類 ブ ロ ッ ク に はb類 、m類 ブ ロ ッ ク に はc類 が ほ ぼ対 応 し、 ブ ロ ック の 類 型 ご と に石 器 製 作 の 作 業 内 容 に大 き な違 い が 認 め られ る。 また 、 プ ロ ッ

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近畿 地 方 にお ける国 府石 器群 の再検 討107

ク規 模 の 縮 小 と と も に石 器 製作 工 程 の 欠 落 部 が 拡 大 す る 傾 向 に あ る こ と か ら、 ブ ロ ッ ク類 型 とサ ヌ カ イ ト石 材 の 石 器 製作 作 業 の 内 容(工 程)と の 間 に は 相 関 関 係 が 存 在 す る とい え る。

そ こ で 、 以 上 の ブ ロ ック お よ び石 器 製 作 作 業 の 内 容(工 程)の 各 類 型 を 、 各 遺 跡 の石 材 消 費 過 程 の 様相 を明 確 に す る 目 的 か ら 、1類 及 びII類 遺 跡 に 区 分 す る 。 以 下 に そ の 内 容 を示 す と、1ブ ロ ッ ク を含 む 複 数 の ブ ロ ッ ク で 構 成 さ れ る 大 規 模 な 遺 跡 で石 器 製 作 作 業 の 内 容(工 程)a類 を示 す1類 遺 跡 、II・m類 ブ ロ ッ クの み で構 成 され る 中規 模 以 下 の遺 跡 でb・c類 を示 すII類 遺 跡 で あ る。1類 遺 跡 は 大 規 模 遺 跡 で サ ヌ カ イ ト石 材 の石 器 製 作 作 業 の 内 容(工 程)か ら石 器 製 作 工 程 の 全 工 程 が 認 め られ る原 産 地 的 な 様 相 を示 す 石 器 群(原 産 地 石 器 群)と して の 評 価 が 可 能 で あ り、 長 原 遺 跡97‑

12次 調 査 地 、 八 尾 南 遺 跡 第6地 点 な どが 該 当 す る。 ま た 、 ブ ロ ッ クは 未 検 出 で あ る が 、 二 上 山 北 麓 遺 跡 群 にお け る大 半 の 遺 跡 や 国 府 遺 跡 第3地 点 も 石 器 製 作 作 業 の 内容(工 程)か ら1類 遺 跡 に 帰 属 させ る こ とが 可 能 で あ り、

1類 遺 跡 の 分 布 は 、 二 上 山 北 麓 お よ び そ の10km圏 内 に 位 置 す る羽 曳 野 台 地 、 瓜 破 台 地 の み に分 布 す る の が 特 徴 で あ る(図1)。 一 方 、H類 遺 跡 は 、 中 規 模 以 下 の 遺 跡 で 石 器 製 作 工 程 の初 期 工 程 が ほ ぼ欠 落 す る消 費 地 的 な様 相 を示 す 石 器 群(消 費 地 石 器 群)と して の評 価 が 可 能 で あ り、群 家 今 城 遺 跡C地 点 、 八 尾 南 遺 跡 第3地 点 、 は さみ 山 遺 跡 が 該 当 し、 ブ ロ ッ クが 未 検 出 の 津 之 江 南 遺 跡 、藤 阪 宮 山 遺 跡 、星 田 布 懸 遺 跡 も石 器 製 作 作 業 の 内 容(工 程)か らH類 遺 跡 に 帰 属 させ る こ とが 可 能 で あ る。H類 遺 跡 の分 布 は 、原 産 地 か ら遠 隔 地 に位 置 す る淀 川 流 域 に分 布 が 密 集 す る が 、 は さみ 山 遺 跡 、 八 尾 南 遺 跡 第3地 点 の よ う に 原 産 地 周 辺 に も分 布 が 認 め ら れ(図1)、 サ ヌ カ イ トの 石 材 消 費 過 程 を単 純 に原 産 地 との 距 離 的 関 係 の み で 理 解 す る の は 危 険 で あ る。 従 って 、 石 器 群 の比 較 に は 一 定 範 囲 にお け る 石材 環 境 を 明 確 にす る こ とが 重 要 で あ り、 現 状 で は 最 終 氷 期 最 寒 冷 期 の古 大 阪 平 野 の 古 地 理 に 関 す る研 究(趙1994)に よ り推 定 復 元 され た 当 時 の 各 河 川 や 台 地

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な どの 地 理 的特 徴 や 遺 跡 の疎 密 を基 準 に、 近 畿 地 方 中央 部 を淀 川流 域 地 域 、 古 東 除 川 流 域(瓜 破 台 地)地 域 、 石 川 流 域(羽 曳 野 台 地)地 域 、 二 上 山北 麓 地域 に区 分 した う えで 石 材 環 境 を認 識 す る の が 妥 当 で あ る。 次 に 、 瀬 戸 内技 法 の 量 的 割 合 の 把 握 方 法 を提 示 し、 群 家 今 城 遺 跡C地 点 、 国 府 遺 跡 第3地 点 、 は さみ 山 遺 跡 、 八 尾 南 遺 跡 第3地 点 の 石 器 群 を対 象 に 瀬 戸 内技 法 を伴 う石 器 群 の 具 体 的 分 析 をお こ な う。

IV瀬 戸 内 技 法 を伴 う 石 器 群 の 様 相

近 畿 お よ び瀬 戸 内 地 方 で は 石 核 素 材 に剥 片 が 用 い られ 、 石 核 底 面 の 平 坦 な剥 離 面 の 意 図 的 な 取 り込 み を 目的 とす る剥 片(有 底 剥 片)を 生 産 す る有 底 剥 片 剥 離 技 術(絹 川1996)が 石 器 群 の 主 要 な技 術 基 盤 を形 成 す る場 合 が 多 く、 瀬 戸 内技 法 は 有 底 剥 片 剥 離 技 術 が 特 殊 化 した石 器 製 作 技 術 と把 握 す る こ とが 可 能 で あ る 。 そ こ で 、 有 底 剥 片 素 材 の ナ イ フ 形 石 器 を 背 面 構 成 の 特 徴 か ら1〜IV類 に、 有 底 剥 片 を底 面 の 剥 離 方 向 、背 面 構 成 の特 徴 か ら 有 底 剥 片A1類 〜C類 に類 型 化 し(図5)、 両 者 の 関 連 性 か ら 各石 器 群 の 有 底 剥 片 剥 離 技 術 の様 相 を把 握 す る。 ナ イ フ形 石 器 と有 底 剥 片 に お い て は 、

1類 とA1類 、II・rとA2類 、m類 とB類 が そ れ ぞ れ 対 応 し、 ナ イ フ形 石 器1類 お よ び有 底 剥 片A1類 は そ れ ぞ れ 国 府 型 ナ イ フ 形 石 器 、 翼 状 剥 片 に対 比 で き る。 従 っ て 、 有 底 剥 片 剥 離 技 術 の 関 連 資 料 に お け る1類 お よ び A1類 の量 的 比 率 は 、 石 器 群 に お け る 瀬 戸 内 技 法 の 量 的 割 合 の 指 標 と して 有 効 で あ る(表2)。 以 上 、 ナ イ フ 形 石 器 と有 底 剥 片 との 関 連 性 か ら石 器 群 に お け る瀬 戸 内技 法 の 量 的割 合 の 把 握 方 法 を確 認 した と こ ろ で 、 具 体 的 に石 器 群 の 分 析 を お こ な う。

群 家 今 城 遺 跡C地 点 は1973年 に 高 槻 市 教 育 委 員 会 に よ り発 掘 調 査 が 実 施 さ れ 、 石 器 お よ び礫 群 が 黄 褐 色 砂 質粘 土 層 か ら出 土 し、 遺 物 分 布 の 状 況 か らA〜H群 に 区 分 され て い る(冨 成 ・大 船1978)。 石 器 はlll4点 出土

し、 ナ イ フ 形 石 器 、 角 錐 状 石 器 、 掻 器(先 刃 形 掻 器 を含 む)、 削 器 、 彫 器 、

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近 畿 地方 に おけ る国府 石 器群 の再検 討109

ナ イ フ 形 石 器 有 底 剥 片

1類

A1類

H類

A2類

皿類

o,

D

B類

IV類

i%%///2.

C類

曲 (S=1/Z) 図5ナ イ フ形 石 器 ・有 底 剥 片 類 型 図

表2ナ イ フ形 石 器 ・有 底 剥 片 類 型 表

ナ イ フ形石 器 有底剥片

1m N 不明 合計 Al A2 B C 不明 合計

郡家 今城遺跡C地 点A群 4 1 2 6 13 3 1 1 1 5

郡 家今城 遺跡C地 点B・C群 3 2 1 6 12 6 5 3 2 16

郡家 今城 遺跡C地 点D・E群 4 4 6 8 22 4 5 2 1 1 13

郡 家今城 遺跡C地 点F・G群 4 1 4 3 12 13 3 1 2 1 20

郡家 今城遺 跡C地 点H群 2 1 1 1 5 2 2

国 府 遺 跡 第3地 4 2 6 18 9 5 2 34

は さ み 山 遺 跡87‑7区 7 1 2 2 1 13 12 5 3 20

八 尾 南 遺 跡 第3地 4 2 2 2 1 11 5 10 12 2 29

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縦 長 剥 片 、翼 状 剥 片 、 同 石 核 、 盤 状 剥 片 、 同石 核 な どで 構 成 さ れ る 。 石 材 は 圧 倒 的 に サ ヌ カ イ トを多 用 す る傾 向 に あ り、 チ ャ ー ト、 鉄 石 英 、 珪 質 頁 岩 、 溶 結 凝 灰 岩 、 流 紋 岩 な ど も利 用 され て い る。A〜H群 はII類 な い し m類 ブ ロ ッ ク に該 当 し、 各 ブ ロ ッ クの 石 器 製作 作 業 の 内 容(工 程)もb類 な い しc類 を示 す こ とか ら、 本 遺 跡 は 消 費 地 石 器 群 に位 置 づ け られ る 。 ま た 、A〜H群 の う ちB群 とC群 、D群 とE群 、F群 とG群 の 石 器 群 は 遺 物 の 接 合 関 係 か ら一 括 資 料 と して 認 識 す る こ とが 可 能 で あ り、 分 析 の 都 合 上 そ れ ぞ れB・C石 器 群 、D・E石 器 群 、F・G石 器 群 と呼 称 す る。

ナ イ フ形 石 器 お よ び 有 底 剥 片 の 類 型 組 成 に お い て 、A群 、B・C石 器 群 、 F・G石 器 群 で は ナ イ フ形 石 器1類 お よ び 有 底 剥 片Al類 を 主 体 とす る の

に対 し、D・E石 器 群 で は ナ イ フ形 石 器1類 とH類 お よ び有 底 剥 片Al 類 とA2類 の 量 的 比 率 が 拮 抗 す る点 で 相 違 す る 。 石 核 は遺 跡 全 体 でll点 確 認 さ れ て お り、 そ の う ち7点 が 有 底 剥 片 石 核(う ち1点 は掻 器 に転 用)で あ る が 、D・E石 器 群 に分 布 が 集 中 す る の に くわ え(7点 中5点)、3点 の 翼 状 剥 片 石 核 の う ち2点 はD・E石 器 群 に分 布 して い る。 従 っ て 、D・

E石 器 群 で は 国 府 型 ナ イ フ形 石 器 、 翼 状 剥 片 、 同 石 核 の セ ッ ト関係 が 成 立 して い る の に 対 し、A群 、B・C石 器 群 、F・G石 器 群 で は 翼 状 剥 片 石 核 が 皆 無 で あ る こ と か ら、 遺 跡 単 位 で は瀬 戸 内 技 法 を 主 要 な技 術 基 盤 と し、

国府 型 ナ イ フ形 石 器 の 製作 を主 体 とす る石 器 群 と して の 評 価 が 可 能 で あ る が 、 ブ ロ ッ ク単 位 で は 石 器 群 の 様 相 に相 違 点 が 認 め られ る。 また 、 有 底 剥 片 石 核 は 、翼 状 剥 片 石 核 の ほ か 作 業 面 が 盤 状 剥 片 の側 縁 部 に設 定 さ れ る も

の や 周 縁 に 設 定 さ れ る もの な ど多 様 で あ る 。

国 府 遺 跡 第3地 点 は1971年 に大 阪 府 教 育 委 員 会 に よ り発 掘 調 査 が 実 施 さ れ(石 神1990)、 石 器 は 暗 褐 色 小 礫 混 り土 層 か ら約2×3mの 範 囲 に集 中 して 出 土 して お り、 ブ ロ ック が 存 在 して い た可 能性 が 高 い と考 え られ る 。 石 器 は251点 出 土 し、 ナ イ フ形 石 器 、 掻 器 、 懊 形 石 器 、 ノ ッチ 、 翼 状 剥 片 、

同 石 核 、盤 状 剥 片 、 同 石 核 な どで 構 成 され 、 石 材 は す べ て サ ヌ カ イ トで あ

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近畿 地方 にお け る国府 石 器群 の再検 討111 る。 ナ イ フ形 石 器 お よ び有 底 剥 片 の 類 型 組 成 は 、 ナ イ フ 形 石 器1類 お よ び 有 底 剥 片A1類 を 主 体 とす る 。 石 核 は41点 出 土 し て お り、 そ の う ち 筆 者 が 実 見 した32点 の 石 核 の 特 徴 を示 す と、 盤 状 剥 片 石 核5点 、 横 長 剥 片 石 核 1点 を 除 く26点 が 有 底 剥 片 石 核 で=構成 され 、 そ の う ち17点 は翼 状 剥 片 石 核 で あ る こ とか ら 、 国 府 遺 跡 第3地 点 は 瀬 戸 内 技 法 が 主 要 な 技 術 基 盤 で あ る とい え る 。 ま た 、盤 状 剥 片 と盤 状 剥 片 石 核 、 翼 状 剥 片 と翼 状 剥 片 石 核 の 接 合 例 が 複 数 確 認 され て い る こ とか ら、 遺 跡 内 で の 瀬 戸 内技 法 に よる 石 器 製 作 が 盛 ん で あ っ た と推 測 さ れ 、 石 器 製作 作 業 の 内 容(工 程)は 、 瀬 戸 内 技 法 関 連 資 料 の 遺 物 組 成 か らa類 に該 当 し、 原 産 地 石 器 群 に位 置 づ け られ る。

は さみ 山 遺 跡85‑7区 は1985年 に大 阪 府 教 育 委 員 会 に よ り発 掘 調 査 が 実 施 さ れ(大 阪 府 教 育 委 員 会1986)、 住 居 状 遺 構 、 土 坑 状 遺 構 が 検 出 さ れ て い る。 石 器 は暗 灰 褐 色 粘 質 土 ま じ り砂 礫 層 か ら出 土 して お り、調 査 区北 西 側 の 南 北 約4.Om、 東 西 約11.Omの 範 囲 に ブ ロ ッ ク(北 西 ユ ニ ッ ト) か 確 認 され て い る 。北 西 ユ ニ ッ ト出 土 の 石 器 は238点 で あ り、ナ イ フ形 石 器 、 削 器 、 懊 形 石 器 、 翼 状 剥 片 、 同 石 核 な どで 構 成 され 、 す べ て サ ヌ カ イ トが 利 用 さ れ て い る。 北 西 ユ ニ ッ トはH類 ブ ロ ッ ク に該 当 し、 ブ ロ ッ クの 石 器 製 作 作 業 の 内 容(工 程)もb類 を示 す こ とか ら、 消 費 地 石 器 群 に 位 置 づ け られ る。 ナ イ フ形 石 器 お よび 有 底 剥 片 の 類 型 組 成 は 、 ナ イ フ形 石 器1類 お よ び有 底 剥 片A1類 を主 体 とす る 点 で 、 同 一 地 域 に位 置 す る 国 府 遺 跡 第3 地 点 との 類 似 点 が 指 摘 で きる 。 石 核 は9点 出 土 して お りす べ て 有 底 剥 片 石 核 で 構 成 さ れ 、 そ の う ち翼 状 剥 片 石 核 は3点 の み で他 の 有 底 剥 片 石 核 は作 業 面 が 盤 状 剥 片 の 側 縁 部 や 周 縁 部 に 設 定 され る も の な ど多 様 な様 相 を 示 し、

剥 片 剥 離 の 進 行 が 著 し く小 形 の もの が 大 半 で あ る。

八 尾 南 遺 跡 第3地 点 は1987年 に大 阪 府 教 育 委 員 会 に よ り発 掘 調 査 が 実 施 さ れ 、 石 器 は複 数 の 層 位 か ら 出土 して い る が 、 接 合 関 係 か ら同 一 の石 器 群 と把 握 され て い る(福 田 編1989)。 石 器 は417点 出 土 して お り、 ナ イ フ形 石 器 、 削 器 、敲 石 、 翼 状 剥 片 、 同 石 核 な どで 構 成 され 、 石 材 はす べ て サ ヌ

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カ イ トで あ る 。 なお 、 角 錐 状 石 器 と され て い る も の は 、 形 態 お よ び調 整 加 工 の 点 で 従 来 の 角 錐 状 石 器 と は相 違 点 が 著 しい こ とか ら、 同 一 器 種 と認 定 す る こ とは 困 難 で あ る 。 石 器 の分 布 は 、 狭 小 な 調 査 面 積 の た め 不 明 な 点 が 多 い が 、1ブ ロ ッ ク とそ の 周 辺 の散 漫 な遺 物 分 布 範 囲 を示 して い る と考 え られ 、Hブ ロ ッ ク の存 在 が 予 測 され る。 また 、石 器 製 作 作 業 の 内容(工 程) はb類 に該 当 し、 消 費 地 石 器 群 に位 置 づ け られ る。 ナ イ フ形 石 器 お よび 有 底 剥 片 の 類 型 組 成 は 、 ナ イ フ形 石 器1類 を 主 体 と しつ つ も、 有 底 剥 片 はA

2類 お よ びB類 を主 体 と し、Al類 は希 少 で あ る。 ナ イ フ形 石 器 の 類 型 組 成 の特 徴 は 、 は さみ 山遺 跡 ・7区 と類 似 す る 。 石 核 は18点 確 認 され て い るが そ の う ち有 底 剥 片 石 核 は12点 で あ り、翼 状 剥 片 石 核 の ほ か 作 業 面 が 盤 状 剥 片 の 側 縁 部 な い し末 端 側 に設 定 され て い る もの や 周 縁 に設 定 さ れ る も の な ど多 様 で あ り、 剥 片 剥 離 が 進 行 した 円盤 状 石 核 も認 め られ る。 翼 状 剥 片 石 核 は3点 の み で あ る が 、 素 材 の 形 状 に応 じて 便 宜 的 に剥 片 剥 離 工 程 が 設 定 され た結 果 との 解 釈 も可 能 で あ る(絹 川1993)。

Vま と め

以 上 、郡 家 今 城 遺 跡C地 点 、 国 府 遺 跡 第3地 点 、 は さみ 山遺 跡85‑7区 、 八 尾 南 遺 跡 第3地 点 を対 象 に瀬 戸 内技 法 を伴 う石 器 群 を検 討 して きた が 、 八 尾 南 遺 跡 第3地 点 を 除 く各 遺 跡 で は 瀬 戸 内技 法 を 主 要 な技 術 基 盤 と し、

翼 状 剥 片 を素 材 と した ナ イ フ形 石 器 を主 体 的 な 生 産 用 具 と した 石 器 群 で あ る こ と が 再 確 認 で きた 。 しか し、 郡 家 今 城 遺 跡C地 点 、 は さ み 山 遺 跡85

‑7区 で は一 部 の ブ ロ ッ クで 国 府 型 ナ イ フ形 石 器 お よ び 翼 状 剥 片 が 主 体 と しな い事 例 が 認 め られ る と と も に有 底 剥 片 石 核 の う ち翼 状 剥 片 石 核 が 占 め る比 率 が 低 い こ とか ら八 尾 南 遺 跡 第3地 点 との 類 似 性 が 指 摘 で き る。 また 、 八 尾 南 遺 跡 第3地 点 と は さみ 山 遺 跡 ・7区 は ナ イ フ形 石 器 の 類 型 組 成 に お い て 類 似 した特 徴 を示 して い る。 以 上 の 石 器 群 は 、 い ず れ も消 費 地 石 器 群 で あ り、 残 核 の 特 徴 に 多様 性 が み られ 、 瀬 戸 内 技 法 の 量 的 割 合 が 低 い の

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近畿 地 方 にお け る国府 石器群 の再 検 討113 が 特 徴 で あ る とい え る。 従 って 、 有 底 剥 片 剥 離技 術 を 主 要 な技 術 基 盤 と し つ つ も瀬 戸 内 技 法 が 客 体 的 な 消 費 地 石 器 群 が 、国府石 器群 と時期 的 に併行 関 係 に あ る 可 能 性 は 否 定 で きな い 。

本 論 で は 国 府 石 器 群 の 現 状 と課 題 を整 理 し、近 畿 地 方 中 央 部 に お け る瀬 戸 内 技 法 を伴 う石 器 群 を検 討 した う え で 、 国 府 期 に は 国 府 石 器 群 を 中 心 と す る が 、 消 費 地 にお い て は 瀬 戸 内技 法 を伴 い つ つ も主 体 を 占 め な い石 器 群 が 存 在 す る こ と を検 証 した 。 今 後 、 二 上 山 か ら遠 隔 地 に位 置 す る 淀 川 流 域 で 資 料 の 増 加 が予 測 され 、従 来 、 国府 期 に後 続 す る と され て きた 石 器 群 の う ち瀬 戸 内 技 法 を伴 う石 器 群 につ い て は 国 府 期 に帰 属 す る可 能 性 を検 討 す る必 要 が あ ろ う。 また 、 石 器 群 を比 較 す る う え で 石 材 消 費 過 程 の あ り方 を 重 視 し、編 年 の 時 期 設 定 にお い て 原 産 地 お よ び消 費 地 石 器 群 の セ ッ ト関 係 を重 視 す る必 要 性 を指 摘 した 。 さ ら に 、 石 材 環 境 が 類 似 す る 範 囲 で石 器 群 を比 較 す る 目的 か ら近 畿 地 方 中央 部 を対 象 に河 川 単 位 で 小 地 域 区 分 を 設 定

した。 今 後 、小 地 域 区 分 ご と に石 器 群 を検 討 す る こ とが 重 要 で あ る。 な お 、 ナ イ フ 形 石 器 の形 態 組 成 の 問 題 、 角 錐 状 石 器 を主 体 とす る石 器 群 と国 府 石 器 群 の 関係 につ い て は 本 論 で扱 う こ とが で きな か っ た が 、 今 後 の検 討 課 題 と して お きた い 。

本 稿 作 成 に於 い て 、水 野 正 好 先 生 の 御 指 導 を賜 わ っ た 。 また 、 以 下 の 諸 先 生 ・諸 氏 か ら御 教 示 ・御 協 力 を 受 け た 。 記 して感 謝 した い 。

泉 拓 良 、 酒 井 龍 一 、 山 田 隆 一 、 新 海 正 博 、 野 口 淳 、 森 川 実 、 田 部 剛 (順不 同 ・敬 称 略)

石神 恰1972 一瀬 和 夫 編1990 大阪 府 教 育 委員 会1986

員 会

鎌 木 義 昌 ・高橋 護1965

参 考 文 献

『国府遺跡発掘調査概要n』 大阪府教育委員会

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昭 和60年 度 は さみ 山遺 跡 発掘 調 査 概 要』 大 阪 府 教 育 委

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