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1. Edda Akv. Atlaqviba in grcenlenzca Am. Atlamál in grcenlenzco Dr. Dráp Niflunga Fj. FjQlsvinsm(21 FM. Fragmente von Heldenliedern Fm. Fáfnismal Grm

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(1)

古 代 ゲ ル マ ン語 に お け る 副.文 の成 立

1.古 代 ノル ト語 関 係

1. Edda

Akv.

Atlaqviba in grcenlenzca

Am.

Atlamál in grcenlenzco

Dr.

Dráp Niflunga

Fj.

FjQlsvinsm(21

FM.

Fragmente von Heldenliedern

Fm.

Fáfnismal

Grm.

Grímnismál

Gór.

Gubrunarqvióa

Hav.

Hávamál

HH.

Helgaqviba Hundingsbana in fyrri

HH. II

Helgaqviba Hundingsbana Qnnor

HHv.

Helgaqviba Hiorvarózsonar

Hm.

Hambismál

Hym.

Hymisqviba

Ls.

Locasenna

Od.

Oddrúnargrátr

Rm.

Reginsmál

Sg.

Siguró arqvióa in scamma

Skm.

For Scinis

Vkv.

VQ1undarqviba

Vm.

Vafórúbnismál

Vsp.

Volospá

Prm.

Prymsqviba

pr.

Prosaische Einschübe

2. Saga

Ari.

Íslendingabók

Hákon.

Hákonar saga góda

Njál.

Njálssaga

(2)

202

11。古代ドイツ語関係

   Hel.

   Hild.

   Isid.

   Ludwigsl.

   Musp.

   o.

   L.

   Sa皿ar.

   Tat.

   Wesso.

皿,ゴート語関係

Wulf,

 」.  Lk.

Mk.

 K.

K. II.

 Rn

 T.

 N.

1>.古代英語関係

   Beow.

   OE.

Heliand (as.) .

Hildebrandslied

Isidor

Ludwigsiied

Muspilli

Otfrids Evangelienbuch

Zuschrift an K6nig Ludwig

Christus und die Samariterin

Tatian

Wessobrunner

Wulfilas Gotische Bibel

Das Evangelium des Johannes

Das Evangelium cles Lukas

Das Evangelium des Marl〈us

Der 1. Brief des Paulus an die Korinther

Der 2. Brief des Paulus an die Korinther

Der Brief des Paulus an die R6mer

Der Brief des Paulus an Timotheus

Nehemias

Beowulf

Aus dem B. Mitchells ‘‘A Guide to Old English”

[1]

 はじめに本稿の標題として掲げたく副文の成立〉という主題に入る前に,’古代ゲルマン

語,場合によってはある意味で原ゲルマン語(Urgermanisch)のもっていたと思われる文

論(Syntax),わけてもそこにおける文結合(Satzverbindung)の模様について概観してお

きたい。

 言語学が19i止紀初頭にあらためて自らの研究の対象と領域を明確にすることによって,新

しい科学であることを自他ともに確認することができた。そしてその後のこの言語学の発展

は誰の目にも明らかである。ところでこの近代における言語学はとりわけインド・ヨーロッ

パ語(印欧語)の開拓者であるF.BOPPとR. Raskの諸発見から生まれたという事情か

ら,長らく研究の赴く方向は自然と印欧語の比較文法に向けられていた。しかしこの方面で

の研究も主に対象領域とするところは比較による共通基語の再建ということにあって,その

主たる任務課題は語形の再構にあった。いうなれば文献資料の比較方法による単語(Wort)

再構に関わる記述的説明が主流をなしていた。さらに換言すれぽ,言語の語源研究や,形態

と構造の由来を説明することをその課題としてきた。この方面での研究ではこの一世紀に極

(3)

古代ゲルマン語における副文の成立

203

めて著しい成果を挙げることができ,それらの成果は隣接科学からの傍証と相俊って一つ一

つ次から次へとその多くが確認実証されていった。ところが一方の文論および文の組み立て

(Satzbau)に関する領域での仕事は一見魅力的ではあるけれども,それは極めて困難な仕

事である。その理由としては文論自身のうちに内在する問題の難しさに加えて,印欧語に属

する個々の言語の有する最古の文献に現われる史的段階においてすでにそれぞれが可成り進

展した独自的な様相を呈示しているということに拠る。このようなことから共通基語の文構

造,特に文結合を帰納的に推論再構成することがはなはだ困難な仕事の一つであることは理

解されるであろう。因みにギリシャ語やラテン語においてこれをみるに両者の間にはそれぞ

れに独特な独自性のあることが明瞭に認められる。

 以上のことからも推し測られることではあろうが,原ゲルマン語は言うに及ばず,ゲルマ

ン諸語の古層におけるSatzbauの模様を考察するということになると,そこには程度の差

はあるにしても,仕事を進める上に困難な事情がたちはだかっていることにはかわりはない。

ゲルマン語の世界において最も古い時期に属する文献資料のほとんどのおおかたが翻訳物で

あり,しかもそのうちの大半がキリシャ,ラテンの古典の世界との接触,なかでも,キリス

ト教の伝来,それに伴う伝道上の必要から宗教上の布教並びに啓蒙に関する文献の翻訳で占

められているのである。そしてここには先進文明との接触に啓発され,それを移入受容する

側での初期に一般的傾向としてありがちな逐語的な翻訳文献が多く,こうした状況のもとに

あってはならして多少の自国語の語順なり,慣用に違反するところがあっても原典に即して

できうる限り忠実であろうとする。このようなことから古代ゲルマン語の古文籍に現われる

文島上の現象はゲルマン語古来のSatzbauとはそもそも乖離するところがあることは看過

することはできない。ところで古代ドイツ語の文献の中でも原典に最も忠実な逐語訳で知ら

れているTatianのなかに次のように僅かながらも原文資料(原典)から逸れる例がみら

れる。

  Der heilant was giweigit fon der wegeverti, saz so oba themo brunnen. (Tat.

 87, 1)

 これを原文と比べてみるに,原文の方では,

  Ihesus ergo fatigatus exitinere sedebat sic super fontem. (J. 4, 4)

 となっている。ラテン語の原文についてみるならば,ここでは前文との因果関係を表わす

のに副詞的な接合詞(Gelenk wort)ergoが使われている。しかもその語あるが故に文章

の流れが滞ることなく滑かな動きとなって流れている。これに対するTatianのドィッ語

訳の方にはこのergoに対応する訳語は見出されず,従って文が並列にならべておかれてい

る。しかしTatian訳をさらに詳しくみてみると,ラテン語文のfatigatusという日時性

を示す完了分詞の訳出に当っては細心の考慮が払われてはいるものの,was g童weigitとsaz

とを述語動詞とするそれぞれの文は先程も述べたように並置されている。ラテン語文はこの

点に関しては全休が一個口単文形式になっていて,sedebatという定動詞の表わす主動作に

対する晴伴的状況語としてfatigatusが使われているなどのことを考慮するならぽ文語文的

な表現であるという一面はもちろんあるにしても,論理的流動性が通っていて,hauptsach・

lichなものとnebensachlichなものとの関係が明白である。この点を比べてみるとドイツ

語文の方ではそうした流動性への配慮は文表現の上ではみられない,というよりは自らの言

語のうちにそうした技術的手だてを見出すことができなかったとみるのが妥当のように思わ

(4)

204

れる。

 このことからにおかに断定することは許されないかもしれないが古代ゲル・マン語の世界で

は頼るべき接.合詞を持たず,従ってasyndeti.sch(unverbしinden)に文が並置されていたと

みてよかろうかと思う。言うなれば一般にKonjuntionとil乎ばれうるようなWortartの成

立は三々遅れていた。

 以下この辺の説明についてはBehaghelの所説に従い,また彼の著になるSyntax(一)か

らその例文を借用列挙して概説しみることにする。まず彼はasyndetisch(連結詞を欠いた)

な文がParataxis(並列文)としておかれた場合に生ずる文と文との間の連合関係を次のよ

うに大きく六つの類型に別けて説明している。

   A)二つの陳述文(Aussage)において双方が同一の事物について言及しているよう.な

    場合,     Musp. 38(i)       daz sculi der antichristo rnit Eliase pagan.・・・…Elias stritit pi den ewigon lip.

   B)二つの陳述文が同一思想内容を表現している場合,

    Hel. 197(2)       skred the wintar for6, geng thes geres gital.     Hel. 200s(3)

      werod bli60de, warun thar an luston liudi atsamne, gumon gladmodie,

   C)二つの文が相互に対立しているとき,

    Hel. 4256(4)

      tho war6 thar gumono so filu giwendid aftar is willion,”・…sum so modeg

      was Iudeo folkes,」一ii・・ni weldun is worde gilobien.     Musp. 28(s)       wanit sih kinada diu wenaga sela: ni ist in kihuctin himiliskin gote. ・

   D)後文が前文を承け継ぐことによって前文の一般的な内容を敷術し,具体的:に説明す

    るような関係にある場合,

    Hel. 170(6)       tho war6 it sam giiestid so,・・・…so thar an them wiha gisprak engil thes       alowaldon: war6 ald gumo spraca bilosit.     Hild. 49(7)       wewurt skihit. ih wallota sumaro enti wintro sehstic ur iante, i…ny nyso rnan

      mir at burc enigeru banun ni gifasta, nu scal mih suasat ・chind $uertu

      hauwan.     O. 1, 2, 47(s)       thu hilfis io mit krefti theru thinera giscefti: dua huldi thino ubar mih.

   E)それぞれの文の表示する内容が相寄り相内って一つの全体的な表象を形作るよう.な

    関係に立っている場合,

    Musp. 51(g.)・       so inprinnant die perge, poum ni kistentit enihc in erdu, aha artruknent,       rnuor varswilhit sih, suilizot lougiu der. himil, .

(5)

      古代ゲルマン語における創文の成立      205

    F)一方の文と他方の文の間に因果関係の成立が認められるような場舎,

     O. L., 71(lo)       thoh habet therer ・・・… thiz fasto binagilit ; simbolon bisperrit, uns widarwert       ni merrit.      Hel. 2764(iD       thiu thiorne spilode hror aftar themu huse : hugi was an lustum, managaro       modseも。.      Samar. 5(i2)        (wurbon sina thegana be sina lip1eita): bat er sih ketrencan daz wip thaz       ther thara quam.

 Behaghelはこのように並列に置かれた文と文の問に生起する具体的な関連の仕方を類型

的に大別し.た後で,さらに続いてこれらのAsyndetonの用法を史的(通時的)な進展の順次

に従って四つの階程に分けて順次考察を進めているけれども,ここではそのうちで最も古い

初期の段階に属すと説明しているものについて彼の所論に姑く触れておきたい。通時的にみ

てその発生が一番古い初期の部類に入るタイプというのは,全く任意の文が何らのGelenk・

wortを伴わずに可成り自由に,しかも無碍に接合されて.いるような場合のことだとし,こ

のようなタイプのものは特に古代ゲルマンの詩に多くみられ,時には散文にも僅かながらも

散見することが.できると言っている。

     Vkv, 16(13)       hon inn um gecc ennlangan sal, st66 6 g61fi, stilti rC2ddo.      H. H. .7.(14)       n6tt var6 i bce, nornir qv6mo, er O.6iingi aldr urn sc6po.      Am. 3(irJ)       horsc var h“sfreyia, hug6i at manviti, lag heyr6i hon or6a,      Beow.47(16)(二)       Pa gyt hie him asetton segen gyldenne heah ofer heafod, leton holm beran,       geafon on garsecg.      Hel. 201(i7)

      tho forurn thar wise man, snelle tesamne, thea suasostum mest, wundrodun

      thes werkes.      Hild, 5(is)       garutun se iro gu6hamun, gurtun sih iro suert ana,      Tat. 79, 2(icj)       t’a.reta sin inti wolta inan arslahan, ni mohta.     Musp. 79(20)

      denne varant engila uper dio marha, wechant deota, wissant ze dinge.

     Ludwigsl. 44(2i)       fand her thia Northman. Gode lob sageda.     ebenda 46(22)       ther kuning veit kuono, sang lioth frano.

(6)

206

   O. III, 17, 34(23)     thaz suazes er gilerti, zi sarphidu iz bil〈erti,

 ついで第二次の段階に属するものとしては,文相互の間に比較的密なる関連のあることが

認められるような場合であって,次のような例が挙げられている。

   Wulf. Mk. 7, 19(24)

    in urrunsa usgaggiP, gahraineiP allans matins.

   ebenda Lk. 5, 3(2S)

    galaiP Pan in ain Pize skipe, Patei was Seimonis, haihait ina aft.iuhan

    fairra staPa leitil.    Tat. 99, 5(26)

    tho arbolgan ward sin herro, salta inan wizzinarin.

   O. V, 7, 6(27)

    si stuant thoh, weinota thar.

 同じく第二次段階のものとして,二つの文が同じ意味内容をもっているとき,

   HH. 24(2s)     enn ungr konungr C.,6rom sag6i; seint qva6 at telia.    Musp. 41(2g)

    Elias stritit pi den ewigon lip, wili den rehtkernon daz rihhi kistarkan.

   O. IV, 2, 4(30)     er unsih tho gidrosti, fon bianton irlosti.

 または同じ動詞が両方の文におかれているような時,

   Musp. 44(3i)

    der antichristo stet pi demo altfiante, stet pi demo Satamase.

   ebenda 55(32)

    verit denne stuatago in lant, verit mit diu vuriu viriho wison.

 などの場合があるとしている。

 上掲のBehaghelからの引用例とその説明からもうかがえるように,またそれらの例が

多く古形に依拠し,それを温存する傾向の強いといわれる詩にみられるというようなことな

どを併せて考えるとき,古代ゲルマン語はその時代を棚るほどこのようなAsyndese(接続

詞欠落文)の現象が支配的になっていくことが知られるのである。そしてこのことからこれ

らの文の配列においてはおのおのの陳述は等位的関係に立ち,それぞれが相補,補完的な役

割を果していたものと考えられる。そしてそれらの間の連関の方向づけは周囲のコンテキス

トなり,Situationなりに基づく主観的判断に委ねられる余地が大きく残されていたとみる

べきであろう。なおこうした接合詞を伴わない並列的な文の接合という方法は中世ドイツ語

の時代にまでかなり強靱な力をもっており,それらの砂蟹のなかに保存継承されている。わ

けてもゲルマン古代詩のもつ特性の一つとして挙げられるところの粉飾を控えた簡勤な文体

のもつ美しさというものがゲルマン語に生来音声上の特性として具わっているアクセγ?・の

位置に深い係わりをもつStabreim(頭韻法)という韻律法と相呼応し,これらが両々相侯

ってこうした文論上の特性を長く保持し,かつその生命力を発揮しえたのではないだろう

か。

(7)

古代ゲルマン語における1卦11文の成立 207

 これまでに例下し述で来たったような古来の接合詞欠落文と並んで時とともに徐々にでは

あるが個々の独立した単文をより大きな思考単位の表現に纒め上げて,叙述の文脈単位な

り,思想の連鎖なりをより高次のものへと高めていこうとする絶え間ない人間言語活動の営

為と努力が言語の歴史の上に足跡を残している。より高次元の思想により論理性の強い表現

形式を付与することによって思想を伝統と進歩の調和の上に立つ堅実な衣を纒わせ形態的に

安定させていこうとする人間文化の伝統の力というようなものがそこにはうかがえるような

気がする。しかしそのような人間的努力の端緒はまずなによりも単文と単文との間に論理的

脈絡を通貫させようとするとにあるのであって,そうした試行的気運と手掛りは言語・のそれ

ぞれの歴史に随処に見られるところである。本稿ではこの辺の事情に着目しつつ以下に論究

を進めて行きたいと思う。まずその一例として,印欧語のもっていた独特のVerbform(動

詞形)による手続きである。このVerbformのなかからゲルマン語はKonjunktiv(接続

法)またはOptativ(希求法)と呼ばれる動詞の活用形を引き継いでもっている。この動詞

形は上位文(der tibergeordnete Satz)に対する下位文(der untergeordnete Satz)に置

かれた文の述語動詞に充当されていることは周知のことである。

   Samar. 21(33)     Herro, ih thicho ze dir, thaz wazzer gabist du mir,

 こうした連結の仕方にはこの動詞形が印欧語のOptativに来由するというそ・もそものそ

の出生の起源に適用の限界があった。このことは元来この動詞形が伝達,希求,祈願,判断

などという上位文の動詞なり,またはその文肢の内容を話者の主観的観点より具体的に補足

説明するために接続される文の中の動詞に当てられることに起因している。

 次に挙げるものは上述のKonjunktivの動詞形による上位文と下位文の接続という方法

と同工異曲とみるよりはむしろ,そこでみたような適用の限界から来るところの制約姪粘を

超克し,より多くの表現形式の自由と余裕を求める努力の発現とみるべき筋合のものであろ

う。その方法とは,前文(Obersatz)の中の主語もしくは目的語となるべきSubstantivum

に相当する文肢(Satzglied)の内容が混み入った内容を持っているので,一旦代名詞(多く

は中性指示代名詞)で先II文りとして置いておいて後続する文(Nachsatz)をその代名詞と同

格の形で追加し,その代名詞の内容を具体的に補足説明するという形式によるものである。

   Hild. 1(3tD     Ik gihorta 6at seggen, 6at sih urhettun eenon muotin: 1{iltibrant enti Ha6u−

    brant untar heriun tuem.

   ebenda 42(35)

    dat sagetun mi seolidante westar ubar wentilseo, dat inan wic furnam.

   O. 1, 17, 16C3{;)

    wanta er ni horta man thaz; thaz io fon magaburti man giboran wurti.

   ebenda 1, 13, 12(37)     tha2 scolta sin bi noti, thaz er in thionoti.    Hel. 3857(38)     ef he that giquai, that sie sie quica letin.    ebenda 1207(3cj)     was that an is wordun scin,・・・…that he drohtin was.

(8)

208

     Musp.37(40)        daz hortih……, daz sculi der antichristo mit Eliase paganl      ebenda 26(4D        da2 ist rehto palwic dink, dag der man haret ze gote enti imo hilfa ni          コ       コ        qUlmit,      Isid. III,248(4ン= tt        (see endi chideda got so selp so dhih.) dhazs ir chichundida dhazs dher        selbo gheist ist got.      Wesso. Gebet.1(43)        dat gafregin ih……, dat ero ni was noh ufhimil.      Beow.1846(44)        gifカeet gegange6, pEet 6e gar nyme6、      ebenda 290(45)        icρ謡gehyre, p。retおis is hold weorod frean Scyldinga.      ebenda,750(46)        sona pEet onfunde fyrena hyrde, pEk∋t he ne mette middan・geardes.      Ls.19(47)        Lopzci pat veit, at hann leikinn et.      Skm.7(48)        1)at vill eage mapr, at vit samt seem.      HH. II,28(49)        var P6r pat SCapa6, at加at r6gi riCmenni vart.      Fj.49(50)        ntゆα渉varp……, at P血’st kOmenn……til minna sala.

  これまでに挙げ例文では先行文(Vordersatz)に現われる先取りのPronomenはdaz,

Paet, Patと中性の指示代名詞であるが,この代名詞に置かれる重みが梢々軽くなって三人

称の中性の人称代名詞によって行なわれているのがみられる。

     0. 1, 5, 35(5正)        wanana ist iz, tJzaz ih es wirdig bin.      ebenda IV,35,11(52)        ni findist ia, tha2 man io thaz gidati.      Hel..4046(53)        it giwer6en scal……, that he scal up astanden,      ebenda 4952(54)        it at is friumde abad……, that man ina gangan Iet for6 an thene fridhof.      OE.(55)        peet is micel wundor pEEt hit ece God eefre wolde peoden polian,ρεe’wurde

       pegn swa monig for蜘dd be pam lygenum.

     Gδr.III,1,(56)        hitt myndi oe6ra iQrlo皿piccia, at vi6 menn meeltir ok mic seeir.

(9)

古代ゲルマン語における駄文の成立

209    H6v. 99(s7)

    Peitt ec husf6a, at ec hafa mynda ge6 hennar alt oc gaman.

 前にも述べた如くこれらの先行文に置かれている代名詞はいわばvorwegnehmendes

Pronomen(先取りの代名詞)でそれとappositiv(同格的)に後続文(Nachsatz)が置か

れていることは上に挙げた例文からも明瞭にうかがうことができる。がしかし後続文の文頭

に位置を占めているdaz,伽t, at,は一・体どのようなものかというに,これは後程問題に

するRelativpronomenのところで詳しくは説明するので,ここでは簡単な説明にとどめて

おくが,要するに発想においては関係詞とほぼ完全に軌を一にするものであるように思われ

る。すなわち先行文中の代名詞を再度繰返すことによって先行文中のPronomenとの連繋

指示の働きを担い,さらにそのことによって先行文中の代名詞との照応が確認されるととも

に,あるいはまた既出の語との照応関係が明確にされることによって,そこにanaphorisch

な作用が働き前後の文に脈絡を通わせる連鎖の環の役目を果している。これを現代英語で表

わしてみるならば,

   He said that: that he was ill.

 ということになるかと思う。

 このようにして古代ゲルマンの人々は門々複雑な思想内容(観念)を表出するための方途

を拓き,自らの言語のもっこれまでの1盤路を超克して行った。なお序でに申し添えておくな

らば,先行文中の指示代名詞はdeiktisch(直証性の強い)な意味合いが濃厚で,上例から

もおおよその見当はっくかと思うが,文頭もしくはその近くのいわゆる強調のおかれる部位

に位置していることが多いということなどはこの指示詞にかなりの重みがおかれていたこと1

を示すと同時に,後続文のそれ(Gelenkwort)との照応を容易ならしめる用をなしていた

ものと思われる。例えば,

   OE. (Jrs)     Pa Peet offan mEeg a)rest onfunde, PEet se eorle nolde yrh60 gePolian.

 こうした用法から徐々に斜文の間の結びつきが緊蜜になるに従って,繰返しの必要ば逓滅

し,ここにRedundanz(冗語性)が生じることになり,こうした統語上の余剰はいつしか

姿を消していくものである。

   O. II, 8, 23(59)     si wessa thoh ・・・…, tltaz iru thiu sin・guati nirzigi thes siu bati.    Hel. 245(60)

    god alomahtig forgeben habda, that he is himilisc barn herod te weroldi, is

    sel’ises sunu sendean weldi,

   OE. (61)

    ic wat PEet u eart heard man.

   Fm.. 8(62)     Pa fannt, at ec lauss lifi.    Dr, 15(63)     Pa ba6 Gu6r(in sono sina, at Peir bce6i Gi(icungom lifs.

 これらの例文においては先行文中の指示詞は省略され,(Vordersatz→Hauptsatz),後続

文の導入語であり,しかもanaphorischな機能をもっていたappositivな指示詞は生来の

(10)

210

意味と機能を喪失し,Gelenkwort(接合詞)に変移していることが知られる。ここに至っ

てはその機能はKonjunktionセこ大きく接近しており,もはや彼我一簿を輸するのみであ

る (Nachsatz→Nebensatz)。

 というのはこれら後続文のEinleitungswortであり,両文のGelenkwortの働きをして

いる語の用法を見てみるに,その大半がdeclarandi(理性的判断,言明)sentiendi(感情

的判断,欲求)などを表示する動詞の目的語文を導入している。しかもこれらの動詞がそれ

ぞれの判断内容を自然発生的に要求するという性格から推して,そこには内容的に言って主

観的見地からする一種同格的なObjektsatzが立つと考えられるところがら上述の場合の延

長線上の現象とみることができるわけで,ここにNebensatzの成立の第一歩を認めること

ができる。

 ところでさらに次のような事態は上述のこととの関連においてのみ把握されうることであ

る。それは先行文において.要求される指示詞の格が斜格(caSus obliquus)であるような場

合のことであって,このときにはこの斜格に立つ指示詞の省略は殆どみられない。例えば,

   Hel. 148(64)

    wit thes an uncro iugu6i gigirnan ni mohtun, that wit erbiward egan

    mostin.

   ebenda 5225(6S)

    te thiu war6 ik giboran, that ik gewitscepi giu wares thinges mid minum

    kumium ku6di.

   O. III, 16, 30(6c))     wer ist thes hiar thenke, thaz thir tod giwirke ?    ebenda 13, 41(G7)     ih es wurti wirdig, ・・・… thaz ih mit thir irsturbi.    ebenda II, 12, 63(68)

    so Moyses ju zi thiu gifiang, thaz er thia natarun irhiang in theru wuasti.

   Beow, 2591(69)     nacs Pa long to Pon, Peet Pa aglaccean hy eft gemetton.    OE. (70)

    Men Pa Pacs wundron, hu Pa weargas hangodon.

   Hym. 18 (7D

    Pess vEenti ec, at Per myni Qgn af oxa au6feng vera.

   Od, 10(72)     hneca6 ec af Pvi til hiilpar Per, at Pa veerir Pess ver6 aldregi.

 これらの例では動詞または前置詞の格支配のためにどうしても斜格の指示代名詞は不可欠

で省略は許されえない。このような状況のもとでは後続文頭のGelenkwortは今やここに

至ってこの語はいわゆるmot grammatical.(文法語)の地位に推移しつつあることを物語

っているように思われる。

 こうした事情は裏付けてくれる恰好の例文があるので,まずそれを具体的な例証として挙

げておきたい。それというのは先行文の中におかれている指示詞が後続する文を先取りして

いることをなによりも明確に示しているように看取されるからである。

(11)

古代ゲルマン語における副文の成立

211    O. III, 6, 1(73)     thaz ih hiar nu zellu, thaz weiz thiu worolt ellu, wio Krist nam finf leiba.    1)rym. 14(74)     um Pat r660 rikir tivar, hve Peir Hlo’rri6a hamar um sevtti.    Vsp. 5(75)     s61 Pat ne vissi, hvar hon sali a’tti, stiC.)rnor Pat n6 visso, hvar Pner sta6i     ditto, inani Pat n6 vissi, hvat hann megins a’tti,    OE. (70)

    men Pa P,℃s wundrodon, Jzu Pa weargas hangodon.

 ここに挙げた例文では,先行文のなかにおかれている指示代名詞はすべて後続する疑問詞

を伴った間接疑問文を先取りしている。これらの場合には当然のことながら疑問詞自体が一

種のGelenkwortの働きをなすので,前述の場合とは異なり,後続文のEinleitungswort

であり,しかも先取りの指示詞とappositivにおかれた指示代名詞を必要としない。このこ

とは逆に言うならば,後続文の文頭に位置を占める中性単数の指示代名詞の主格(または対

格)形なるものが,先行文中の指示(代名)詞とそもそものはじめにはAppositionに立っ

て,先行文中の指示詞によって代表された事柄の内容を補足し,さらに具体的に提示説明す

るためのAnaphoraとしての役割を果していたことを裏から傍証しているものと受け取っ

てよいのではないだろうか。それがさらに時の経過と慣用に従ってGelenkwortとしての

性格を強めるとともに緩やかにその指示性,Anaphora的性格を失い,遂にはKonjunktion

として全きmot grammaticalへと次第に歩度を速めて行った経緯をここに窺知できるよう

に思う。この点に関してはさらに古代アイスランド(古代ノルト語)が明確な説明の手掛り

を与えてくれるように思う。それはすなわち,古代ノルト語にみられる後続文の文頭に現わ

れるGelenkwortであるatという語の語形に関する問題である。一見するにこのノルト

語のatには他のゲルマン語にみられるところの印欧警語の指示代名詞語幹*te・/to・に来由

する原ゲルマン語の語幹*Pe一/Pa一の語頭音が認められない。この語頭音は古代ゲルマン語

では男性,女性の主格形を除いてはほとんどすべての格に共通して現われる。このノルト語

のatについてJan de Vriesは彼の語源辞典(三)のなかで次のように説明している。この

atの元の形はpatであったのがAnaphora として使われるようになるにつれて次第に

Konjtmktio11の方向を強めていくな:かで,その指示性を弱めていったとしている。なお附

言するならばこの史的経過の過程で発音の上にも変化が生じ,それが遠因となって語頭音の

消失をみるに至ったというものであろう(IL9)。すなわち前僑的(enkiitisch)になり弱化して,

語頭音を失ったものと思われるQこの点に関しては後で関係詞のところで更めて問題にして

みたいと思っている。上述の例証ならびに這般の事情等を考慮するとき,ここに述べ来った

論拠が一・段と明確に証明されることになる。なかでもこの古代ノルト語の現象はわれわれの

見解を強く証したててくれているように思う。

 ここで更めてこれまでの論証を辿りつつ,その梗概を纒めの意味で以下に姑く触れておき

たい。古代ゲルマン語においてKonjunktionといわれるのは,そのうちわけても名詞節ま

たはそれ相当節の導入の役割を果していた指示(代名詞)が先行文中の指示詞との照応関係

に立つうちにそのaPpositivな性格が弱まっていく。それと並行してGelenkwortから

Konjunktionへと次第に歩度を進めていった。しかしその来源とするところは, Hauptsatz

(12)

2正2

が二つそれぞれ並列(Parataxis)におかれていたものが,やがてそこに上位文と下位文との

配置関係に序列が生起し,下位文はHypotaxis(従属文)の位置に転移していった。その際

の連関接合の役を務めたのがAnaphora的な指示詞であった。最初はこの先行文と後続文

の間にはわずかながらも,はっきりそれと認知できる程のPauseがおかれていたが,この

Pauseも時の経過とともに縮少された。その結果先行文中の指示詞との重複が強く感じら

れるようになり,いわゆるRedundanz(冗語性)の現象が現出し,ここに言語経済の力が

作用する結果になってその姿を消していったものと考えられる。

〔皿〕

 ここに取り上げる関係文の成立という二合にも,前述の現象とその成立の起源において軌

を一にするところがあるように観ぜられる。

 従ってこれから以下において古代ゲルマン語におけるもう一つのSatzverbindungの手続

きとその成立の模様をこれまでの論述の観点から比較分析しつつ検討を加えてみたい。ここ

に関係文というのは言うまでもなく関係詞(Relativum)によって結ばれるRelativsatzの

ことである。しかし古代ゲルマン語の古い文献資料にみられるところのものが果して現代文

にいうところの関係文と銘を打ってよいものかどうかは疑聞の余地がある。というよりは言

語の歴史においては新しい品詞が俄かに突如として無の中から発生するということはな:く,

いつも言語の手持ちの言語財のうちから,思想とその運び手である言語との問に生起する空

隙を埋めるべき必要からたまたま選び出されて来たものが慣用の裡に新しい品詞の誕生があ

ることを考えると,ここにみるものが果して関係詞及び関係文と呼び得るものかどうか定か

でないのは故なきことではないのかもしれない。いずれにしても古代ゲルマン語のなかに関

係文の成立の崩芽の兆しとその用法の嚇矢が認められることは事実である。ところで詳しい

説明については後程触れることにして,まず先程も述べたように〔1〕のところで例挙説明

した現象と共通する部分のあることを申し述べたが,その点についての考究考証を進めてみ

よう。関係詞の場合にも,〔1〕の場合と同じように,Gelenkwortとしての指示(代名詞)

の用法にまずその来歴を求めることができる。前にも言及した如く,古代ゲルマン語の古層

にはParataxisによる言表は確立してはいたけれども,未だHypotaxisによる言表は未

発達の状態にあったとみることができる。ところが新しい時代の精神に啓発されて次第に思

想内容が多様化複雑化するに伴ってParataxisからHypotaxisへの発表形式の複雑化の

現象が進んで来た。こうした事由により思想の表現手段である言語の表現形式の上にも,よ

り高次の思想単位へと纒め上げていこうとする試行と模索がうかがわれるわけである。その

一つに名詞節的なもの,他方に形容詞節的なもののいわゆるNebensatzの成立の基盤が造

成されていくことになる。ただしこれら二つのものはその発想と手続きの点ではおよそ同じ

轍を踏んで駒を進めているようにみられる。

 例証に移る前にその辺の事情について若干の考察をおこなっておきたい。parataktischに

置かれた二つの文のうちの先行文中の一つの文肢(Satzglied),多くは名詞,をBezugswort

(stUtzendes Glied)(関係代名詞が照応する身元保証語)とし,その性,数,格において一

致する指示代名詞を後続文の文頭に立てて,まずそのEinleitungswortとしている。この

Einleitungswortを両文のFUgungswortの指標としている。このようにして両文の間の

(13)

古代ゲルマン語における副文の成立

213

距離は縮められ,さらには両者間に一条の連関が生じ,脈絡が通貫するようになることは

自然の勢いというべきであろう。この後続文の文頭におかれた指示代名詞は,はじめは

〔1〕の場合にみたと同じように先行文中のBezugswortとappositivにおかれていたの

であるが,このようにして両吟の距離が縮写するなかでその指示性(deiktsch)を失い,

anaphorischなものへと推移して,遂にはGelenkwortとしての作用しか持ち合わせない

mot grammaticalに移行し,さらにGrammatisation(文法化)への道を直進することに

なるのである。こうした過程の動きのなかで三文の間に上位文と下位文という比重の差が生

じることは必定といわざるを得ない。ここにNebensatlとしてのRelativsatzが成立する

由縁がある。ここで特に注意を払わなければならないことは,〔Bの場合のNebensatzの

成立との相違点である。まず現代文におけると同じようにPronomen relativumの場合に

はGelenkwortである指示代名詞が後続文の一つのSatzgliedの役を兼ねていること,い

うなればPronomen relativumとしての文法上の特【生である性,数,格を帯していること

を存立条件としている。この点について古代ゲルマン語はいかなる工夫を凝らし,ひいては

そのことによって自らの思想の表現領域を広げるとともに,自らの言語の表現力を高めると

いう結果を誘起することになったかについて例挙しつつ具体的な論究を進めていぎたいと思

うQ    Beow. 2382(7c})

    Pone selestan see−cyninga, Para 6e sinc brytnade,

   ebenda 3033(77)

    fundon 6a on sande sau,ul−leasne hlim−bed healdan, Pone Pe him hringas

    geaf.

   OE. (7s)

    gedo grenne finul XXX nihta on eenne croccan Pone 4e sie gepicod utan,

   Beow. 2198(79)     06rum swi60r, sids rice, Pam 6rer selra wEes.

   HeL 421(so)

    godwilligun, then the god anl〈ennead.

   ebenda 2063(8i)

    alloro li60 lofsamost, tliero the ic eo an thesumu liohte gesah.

   ebenda 3608(82)

    lzimilisfeen herron, thene the sie mid is handun giscop.    O. L, 75(83)     allo ziti thio the sin.    ebenda II, 2, 11(.sti)     thaz lioht, thaz thar then liutin irscein.    ebenda III, 19, 19(8r))     sie iz allaz abahotun, thie thar iz tho gihortun.    ebenda IV, 10, 1(s6)

    bigan tho druhtin redinon then selben zuelif theganon, then thar umbi inan

    sazull.

(14)

214

Tat. 25, 2(87)   thaz iz liuhte allen, then in huse sint. ebenda 118, 2(88)   gibu dezemon allero, thero ih in ehti bihaben. ebenda 43, 2   ther ist gilih tumbemo man, tJzie thar gizimbrota sin hus ubar sant

  (similis est viro stulto qui aedificavit domum suam super herenam)

ebenda 45, 7(89)   thie ambahta westun iz, thie thar minnot. ebenda 127, 1   Sadducei, thie thar quadun thaz ni wari urrest.   (Sadduceei, qui dicunt non esse resurrectionem) ebenda 129, 9(go)   tlzisu menigi, thiu thar ni weiz euua. ’Musp. 73(gi)   der suanari, ・ny・… , der dar sunnan scal toten enti lepenten. ebenda 77(92)   ze derza mahalsteti, deru dar kimarchot ist Isid. 218(93)

  sendida mik after guotliihhin zi dheodom, dhem euuuih biraubodon.

ebenda 520(gtt)   dhes selben christes, dltes wir iu sinera maniscnissa chiburt chichundklom. Samar, ・ 6(9s)   daz wlP, thaz ther thara quam. Wulf. Lk. 18, 12   afdailja teihundun clail allis Pi2e gastalda. ebenda Kor. II, 13, 10   bi waldzafnjo Pammei frauja fragaf mis. Vsp. 65(gc})

  μkのmr煽7ぽ飢……, s4 er Qllo ree6r。

ebenda 4(c」7)   Burs synir ・一・…, Peir er mi6garcl sc6po. ]目[誕v.94(98)   eyvitar firna er ma6r annan scal, Pess er um margan gengr,

FM.6 ・ , i

  kom P6rr til a’r Peirar er Vimur heitir. Rm. 4 pr. ({g)   Loki sa alt gull, Pat er Andvari atti. Sg., 65(ioo)   oss C2110m’ ・・・…, Peim er sulto me6 Sigur6i.

(15)

古代ゲルマン語における副文の成立

21ro    Fm, 34(ioi)     Qllo gulli PA knA hann einn ra6a, fiQld, Pvi er und F,{fni lii(i一)    Skm, 8(lo2)

    mar gef6u m6r Pi, Pann er mic um myrqvan beri.

 二二する例文の数が幾分多すぎる嫌があるやに感ぜられるむきもあろうかと思うけれど

も,ここでは論証を帰納的に浮かびあがらせるというつもりもあって敢えて多く列挙した。

 先程も述べたように,〔1〕のところで論述したときの後続文は前文中の先取りの指示(代

名)詞に対して同格的に立つところの一種の名詞節的な働きをすることを知ったが,いまこ

こにみるものは先行文中の一文肢(Satzglied)である名詞に対してattributivに連関する

という点において両者の間に関連の仕方が異なっている。いうなればこれを現代文において

考えると前者はKonjunktion(dap, that),後者はRelativpronomenを介して先行文に

接続するということになるわけで,この点の異同を考慮すれば問題点は相当はっきりするの

ではないかと思う。そこでこの異同ということに焦点をあてて論究を進め,なおそうするな

かで両者の成立上の相異に基づくそれぞれの特性を検討してみるよう努めたい。まず例文に

みられる特徴点の考察から始めよう。関係文ともみるべきこの場合にも後続文の文頭にも矢

張りEinleitungswortとして〔1〕の場合と同様に代名詞がおかれている。ところがこの

〔II〕の場合にはそこに立つ指示(代名)詞に変化(Flexion)と幅がある。というのは後

続文の文頭に立つ指示代名詞が先行文中のBeZugswortと照応することを必要条件として

いる。その照応は単純なものではなく,名詞に備わる文法的カテゴリーのほとんどすべてに

おいて一致照応するということ,すなわち性(Genus),数(Numerus),格(Kasus)の三

様にわたることを前提としている。この点に関して見る限りここに挙げた例文では照応の方

向が逆になっているところがあるけれども大略において現代語のRelativumとほぼ異なる

ところがないように見受けられる。ではこの照応の方向が逆であるということが何を意味す

るかについて考えてみることにしよう。先にも見たように,古代ゲルマン語における副文成

立の揺二期には,単文(独立文)による言表から脱却してより高次元の言表形式を求める努

力と試行があるなかで,とりわけその努力は常に連関を保つべくその指標を探し求めてい

た。そこで選ばられたのがこの指示詞による連繋であり,さらにそれをappositivにおくこ

とによって,指示詞にanaphorischな力をより強く発揮させることができた。こうした観

点に立ってみるとき,この田〕の場合にも二つの独立した単文の間に連関を生じさせ,滞

ることのない脈絡を通貫させる意味から文頭にAnaphoraとしていまみるような指示代名

詞による照応の手続きを取るに至ったとみるべきであろう。そうすることによって上位文

(主文)と下位文(副文)という両三の問に三位が生まれることになった。こうした事情を

明確にしてくれるのが指示代名詞の照応の方向が逆方向であるということであろうかと思う

し,またそれは〔1〕のところで触れたことをも証して余りがあるというべきではなかろう

か。

 上に述べたことと併せてもう一つ大きな特微があるのでそれについての論究をしぼらく進

めてみよう。上に掲げた例文からも明らかなように,後続文の文頭に立つ指示代名詞,これ

は間もなくGelenkwortとして両文の接合の任務を負うということになるのだが,その指

示代名詞の直後におかれているthar, the, Pe, erといった語のもつ機能なり,意味を考え

てみるに,これらの語は古代ノルト語のer(es)の他はすべてP音を持っていることを知

(16)

21守

る。このP音については〔1〕のところで言及した如く印欧語の指示詞の語幹*te一/to・に源

を持つ語であることには変りはない。従ってこのthar, the等の語も指示代名詞同様に指示

性と併せてAnaphora的性格を内在的に具えていると言える。いまここではこれらの語は

一種の副詞的Begleitwort(随伴語)として文頭の指示代名詞に付加されている。これらの

語はどのような職能を負っていたのかという点になると,ゴート語がその辺の間門解決への

緒を示してくれているように思われるので例文からみてみよう。

   Wulf. Mk 2, 8(io3)

    jah suns ufkunnands lesus ahmin seinamma Patei swa Pai mitodedun sis,

    qaP du im.

   ebenda J., 12, 34(io4)

    weis hausidedum ana witoda Patei Xristus sijai du aiwa.

 ゴート語の上例にみられるPateiという語は実はPat(代名詞)とeiというSatzver・

bindungspartikelとからなるKompositum(複合語)である。ところがこの複合語の後半

のeiなるPartikelはまたRelativpartikelとして指示代名詞などと合成して使われるこ

とは前にも見た通りである。このように指示代名詞の合成辞として指示代名詞に附加随伴す

るのみならず単独で一種のKonjunktionの働きをもすることができた。

   Wulf. N. 5, 14(ios)

    framm Pamrna daga ei anabauP mis

   ebenda T. II, 3, 8(io6)

    Pamma haidau ei Jannes jah Mamres andstoun Moseza.

   Tat. 147, 1(io7)

    unz then tag tho do ingieng in thia arca Noe.

   ebenda 147, 12(ios)     in themo tage the her ni wanit inti in theru ziti the her ni weiz.    Hel. 587(iocj)

    an them sel’Bon daga, the ina an thesan middilgard modar gidrogi.

   Beow. 2399(Ho)

    06 60nne anne dEeg, Pe he wi6 Pam wyrme gewegan sceolde.

   Grrr}. 29(iii)

    hverian dag, er hann dcema ferr

 上掲の例文からも推定できるように,これらei, the, Pe, erという語にはそれぞれに大

きく.共通する部分を持っており,特にSatzverbindungspartikelとして機能しうる素地を

強く保持していたことはそれぞれの訳文をみれば自ら明瞭である。Kraheはゴート語のei

の出自二二について次のように説明している。印欧基語の代名詞語幹*e一の所格(Lokativ)

男性単数形*ei一にその起源があるとしている(六)。また古代ノルト語のer/esについてみて

みるに,この語はもともと三人称の人称代名詞の男性主格,属格形に由来するものであると

Kraheは説明している!七)。 しかし今ここでわれわれが問題にしているerについては主格

形というよりは属格形にその起源を求めたい。というわけは,古代ドイツ語に次のような例

にみるに三人称中性単数の属格の用法と相通ずるところがあると思うからである。

   O. II, 9, 3(112)

(17)

古代ゲルマン語における副文の成立

217

    thoh will ih es mit willen hiar etheswaz irzellen, thaz wir ni werden einon

    thero goumano adeilon.

 ここに使われているesは中性三人称単数の人称代名詞izの属格形であって,その意味

するところはNhdのdavonにほぼ相当する。そしてanaphorischに前文の一部を承前

するGelenkwortの役目を担っている。かくの如くにして独立した前後の文の間に承継関

係が生起するという効果を挙げ得ている。こうした事情はまた古代ゲルマン語の先程の

thar, the, Pe, erなどの語の用法にも共通するところがある。語源に関しては前述の如く

印欧語の指示詞代名詞の語幹*te・/to一から出ており,語形とその語の意味から推して空間

概念をanaphorischに指向することを中心的意味としていたものが慣用を通して意味の

「広がり(領域)」が拡大されていった。その証拠に上掲の例文からもわかるように,ほと

んどすべていかなる文肢をも先行詞(Bezugswort)とすることができるようになった。こ

うした意昧と用法の拡大が語本来の根幹的中心の意味を不透明にし,語自体の自律性が稀薄

になっていくという結果を招来した。それがやがては anaphorischなGelenkwort的な

方向にその活路を求めていくのと並行して自らの傾僑性を増していった(八)。こうした事情

は次のような例文にもうかがうことができる。なお以下に掲げる例文においては後続文の文

頭に指示代名詞ではなくて人称代名詞が立っていることに注目してほしい。

   Wulf. R, 14, 4(i]3)     Pu hwas is, Puei stojis framaPiana sl〈alk ?    ebenda K. 1, 15, 9(ii4)     ik auk im sa smalista apaustaule, ileei ni im wairPs ei haitaidau apaustaulus.

   Othlos Gebet. 1

    trohtin alnzahtiger, tu der pist einiger trost.    Tat. 34, 6     fater unser thu thar bist in himile.

   OE,

    feeder ure 6u Pe eart on heofenum.

    (pater noster, qui es in coelis.)

   Tat. 141, 17

    Pharisei, lichezera, ir de dezemot minzuil.

    (Pharisei hypochritae, qui decimatis mentam)

   Ls. 29Qir)     oe err ertu, Loki, er Ptz yr6a telr lj6ta lei6stafi,    Od. 33(116)     hvi ec eptir mac lifi halda, er ec 6gnhv(2tom unna P6ttomz. s’ver6a deili,

    sem sialfri m6r.

 これらの例文を見てわかることは,一つには後続文の文頭に前の例文にみられたように指

示代名詞が立つ代りに,人称代名詞が立っているということである。このことは何を意味す

るかと推論してみるに,前の指示代名詞の場合よりも一層はっきりと後続文の文頭に立つ

語,すなわちこの場合には人称代名詞が先行文中の一文肢(Bezugswort)をanaphorisch

に照応承継していることを明示しているとみてよいのではなかろうか。その際そこに立つ代

(18)

218

名詞がappositivにおかれていることを明瞭に窺い知ることができるのである。次いでこ

れらの例文が教示していることは,先の指示または人称代名詞に随伴する語(Begleitwort)

thar, the, pe, erなどのPartikelに負わされている職能の問題である。〔1〕の場合と異

なって,ここにみるRelativsatzの場合には,後続文の文頭に立つ語は単なるBezugswort

を持つAnaphoraとしての役目だけではなく,後続文中の一文肢でもあることは今更附言

するまでないことである。さらに文頭に立つPronomenが先行文のBezugswortと照応す

る際に文法的カテゴリーを引き継いだ変化形をもって立つことが前提的条件となっていたが

ために形態並びに芋川の両面からみて〔1〕のPat, thazに比べて安定度が低いことがわ

かる。そのことはまた取りも直さずanaphorischな力の薄弱になるという結果につなが

る。’さらにまた,代名詞にかかる負担が先行文の方向にanaphorischに,かつ後続文の方

向にはdeiktisch(直証指示的)に働くというわけで二重にかかってくる。単なる代名詞だ

けをもってしてはこの過重な負担には耐え切れるだけの力量を持ち合わせない。そうした負

担の軽減と,その機能の任に耐えうるに好個適切の語としてこれらのPartike1が選び出さ

れたとみるのが穏当であろう。それが選ばれるに至った論拠などはこれまでの例証ならびに

語の来歴から既に分明なことである。このような方法によって結び合わされた二つの文の間

には連鎖関係が樹立され,上位文,下位文という位序が生起する。そのことによって文脈は

滞ることなく滑らかな流れとなって首尾を一させることができるというものである。ところ

で新しいGelenkwortとしてのRelativpronomenの濫賜をここにみることができると判

断するのは早計というべきだろうか。

 このような一事1の運びをもって成立したRelativsatzは上に見る如く古代ゲルマン語の

各言語を通して成立の基盤をほぼ同じくすることを知るが,しかしその後においては,その

用法が慣用化されるや,個々の言語は個有の気質と滋養とをもって独自の道を歩み始めるの

である。古代ゲルマン語にみるこうした特異な表現様式がそれぞれ独立に,しかも共通に存

在して特有の表現機能を果していたものと考える。

 いまこの辺の事情を古代アイスランド語の場合を例にその歴史が辿った航跡を融く概観的

に顧みて,その後の模様の一端を調べてみることにしたい。

 古代アイランド語では後続文の文頭に立っていた指示代名詞,この指示代名詞が後続文に

属していたことはVersformなどから明瞭な事実であるがその代名詞は脱落し, er/esが

一手に関係代名詞の役を務めることになる。この点では現代英語のthatと共通する部分を

多く持っている。すなわち,いろいろな用法と意味をもつ文結合子としてKonjunktionに,

また格標示を持たないRelativpronomenとして広範囲の活躍をする。一方Westゲルマ

ン,とくにドイツ語においては格標示への配慮が重要視されてKaSusformを明確にする方

向へと向つた。いわゆる現代文にみるようなKasusformの確立とともにBegleitwortで

あるthar, the, Peは次第に影をひそめて,遂には姿を消すに至った。

 古ノルト語に関してはこれまでに挙げて来た例文は殆どすべてが古エッダの中からのもの

であった。よく知られていることではあるが古ノルト語の古謡詩エッダはわけてもノルト語

の古形を温存している。あるいはその他の古代ゲルマン語の韻文による資料から判ずるに詩

行のSchnitt(caSur切れ目)がわれおれのこれまでみて来た先行文と後続文の切れ目と一

致することなどから推しても,後続文の文頭に立つ指示代名詞または人称代名詞は後続文に

配属されたものと考えざるを得ない。そしてなおこのCasurには文字通りPauseがおか

(19)

古代ゲルマン語における副文の成立

219

れていたことはまず問違いないことである(九)。ところが古ノルト語のその後の散文資料な

どから判断するに,このPauseは緩やかではあるが間隔時間が縮められ,徐々に先行文

(上位文)の方向に引き寄せられていった。その証拠に散文では以下のような用法をもった

表現が多くなっている。

   Njal.(cap.103)

    kemr at eldi peim, er pangbrandr haf6i vigt.

   ノ

   Olal.(cap、53)

       ノ

    gekk pat alt undir kristnibo61)at. er O1.!ifr boδa6i.

   Hakon。(cap,13)

    at peir kom:6r o.llum fylkjum peim, sem eru iρr㏄11dal gum.

 これらの例文では指示詞は先行文の方に完全に組み込まれてしまっており,本来の指示詞

の機能を挽回している。さらには次のように,

   Njil. (cap.103)

    veδr pann eldinn, er enir hei6nn menn vig6u.

   H盃kon.(cap.13)

    hann lokka6i pa menn, er honum v6ru kEerstir.

   Ari.

    pess manns er ek kunna spakastan.

   ノ

   Ol首f. (cap.53)     um pat riki alt, er fyrr haf6i.

 というように形式の面からもすっかり先行文のBezugwortの方に編入されていってしま

っていて,もつぼら関係詞の役はerの一語に委嘱されている。これら一餅の事実に徴して

みても,われわれがこれまでに論証し来ったこと,および関係文成立の基礎とみなしてきた

用法に関係詞の淵源を見出すことができることを証しだてているのではないだろうか。

 印欧逐語の*te・/to一という指示詞の語幹に起源をもつゲルマン語のthar, theはその起

源上の意味からみて元来はdeiktisch(直証指示的)な意味合いの濃厚な語であった。とこ

ろがゲルマン語の指示代名詞であるpa/saがゆるやかにdeiktischな指示性を減じていっ

たのに対し,この薄れゆく指示性を取り戻すべくあらたにこれまでの指示詞のFlexions−

formにPartikel−se/一siを付け加えることによって指示性を補強して,その空隙を埋め

るという手法をとったというような事情を顧慮するならぽ,このthar/theにおいても同じ

く本来の指示性は衰弱後退していったものとみて差し支えない。しかしその反面において慣

用の度を増すにつれてanaphorischな照応指示の意味合いが漸増し,顕在化して来たこと

を次のような例は伴示していると考える。

   Tat.116,2

    uurfun iro giuuati ubar then folon inti inan thara ubiri tatun sizzan.

    (iactantes vestimenta sua supra pullum et eum desuper sedete fecerunt)

   ebenda.128, 9

    sih nahenti bant sina wuntun, goz thara ana oli inti win.

    (adpropians alligavit vulnera eius infundens oleum et vinum)

   Isid.355(l17)

(20)

220

    dher forasago einan in sineru gotnissu chichundida, dhar aノ「ter quhad fona

    dlierri angilum.

   Hel. 1509ms)

    ne bi himile themu hohon, ne bi er6u tlzar undar.

   ebenda 2306(ii9)

    tho giwet imu an enna seli innan heleando Crist;huarf war6 thar umbi,

    megintheodo gemang.

   O. II, 3, 2(120)     thaz duent buah festi, t・…s tharana sint .criscribene urkundon manage.    ebenda II, 3, 40(i2i)     sit io wakar filu frua, joh thara gihabet iuih zua.    HHv. 30, pr. 11Ci22)     var fram leiddr sonar’gltr, lc?g60 menn Par a hendr sinar.    Grm. 7(i23)

    SQcqvabeccr heitir inn fi6r6i, enn Par svalar knego unnir yfir glymia.

 上掲の例文にみられるようなthar/parはNhdのda/darに,また現代英語のthere

(therefore, therebyに見られる)の用法と殆ど共通しているが,古代ゲルマンのそれは

「物(Ding)」だけに限られずに,「人(Person)」をもそのBezugwortとして照応承継す

ることができたということと(一1’),さらにはNhdのようにantizipatorisch(先取り,前示

的)には用いられることはなく,ただanaphorischな用法に限られていたというような特

性を考え合わせるとますますこの語が人称代名詞に随伴してanaphorischに先行文の

BeZugwortへの照応を明示する指標として選ばれた理由が拘泥することなく首肯できるよ

うに思う。

 これまでの説明からもわかるように,もともとParataxisにおかれていた文と文を

anaphorischな性格をもった指示詞に一一種のGelenkwortの用を持たせることによって文

の結合を滑らかにしょうとした努力の形跡がここにも偲ばれる。このようにして連繋され,

結合されて成立した二文問の距離は既にrelativischであって,現代の用法との距離は弁じ

難くほとんど一触の距離である。

〔胴

 古代ゲルマン語におけるNebensatz成立の発端の契機的動因を指示代名詞もしくは指示

詞などに内在しているanaphorischな照応承継の機能にもとつく用法に求められることを

これまでの論述で解き明してきたつもりである。なお指示詞に内在する特性以外にもこのよ

うなSatzverbindungの方法を生み出す萌芽を古代ゲルマン語は自らの言語具体のなかに

胚胎していたと思われるような状況とその現象が目につく。そうしたことからそこに視点を

おいて間接的誘因と日されるようなもに言及しつつ最後に結論風にこれまでの所説のまとめ

の作業に入るとしよう。

 古代ゲルマン語に通用するというよりは,そのなかでもとりわけて韻文による文献資料に

顕著な表現形式上の手法の問題を取り上げて,それが本稿に説くところのSatzverbindung

(21)

古代ゲルマン語における謂文の成立

221

を生み禺す間接的な因子になっている事情を見てみよう。そうした表現上の手法とは

Umschreibungのことである。このUmschreibungの技巧の極致が古代ノルb語の特に

アイスランドの宮廷詩人Skaldたちの手になる詩文にみられるKennigarとよばれるもの

である。これなどを理解するためにはその言語に通暁していることは言うまでもなく,学殖

豊かな故事有職でないと詞藻に盛られた含蓄を汲み取ることは到底不可能なほどに文様,技

巧とにも手の籠んだものである。これなどはゲルマン語の言表の特性を極端にまで誇張した

異例のものであると看倣することができる。だがしかしこうした傾向は随処にその姿を露わ

しているのでその意相と趣向の一端を覗き見ることができる。(十)

 二・三例を挙げるならば,

   Hild. 53(124)     nu scal mih suasat chind sttertz{ hauwan, breton mit sinu billin.    ebenda 65(i20”)

    do stoptun to samane staimbort hludun heuwun harmlicco huitte scilti unti

    im iro lintun luttilo wurtun.

   Hel. 1118(i26)     thie im si60r iz{ngardom, scoldun ambahtscePi aftar lestien, thionon thiolico.    O. II, 12, 67Ci27)

    so limphit thaz man fahe joh hoho nan irhahe zi sulichera wisun then selbon

    menntgen sun.

   ebenda III, 24, 86(i28)

    thaz thu gisihis gotes kraft joh selben druhtines maht.

   O E. (12cj)

    hergode he his rice, Pone ilcan ende Pe AEPered his cumpEv.der healdan

    sceolde.

 こうした迂言的換言法は作詩の上に特別の愛好をもって受け容れられ,間接的にまたは比

喩的に対象間にこれまでにない新鮮な関係を生起させる効果を伴っている。こうした表現の

背景には言外になんらかのanaphorischな力が作用していなければならないはずである。

 そこでこの言外のanaphorischな力の累積と慣用がやがて未然の形で文結合の大きな心

理的支えとなっていた。

 また次のみるようなことは必ずしもゲルマン語に特有のことは言い難いにしても,古代ゲ

ルマン語に共通して認められる現象であって,とりわけゲルマン語に顕著な表現様式の一つ

と看取される。それは例えば,

Akv,

Hm.

Beow.

Hel, 2. seggr inn su6rceni 30. at s61 inni su6rhQllo

22. iborg inni ha

28, br66ir occar inn brC26frcecni (713. 719. 1016. 1984)

  in sele Pam hean

3097, beorh Pone hean

25. Godspe11 that guode

参照

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