生命科学 A
東北大学農学研究科 福田 智一
2.遺伝の仕組み
(1)メンデル遺伝とその拡張
メンデルは1822年オーストリアに生まれる。聖トマス修道院に入り、1844年 神学校入学、1849年27歳でギムナジウム(高等学校)の補助教員、1851 年から1853年にかけてウイ-ン大学の聴講生として生物学、物理学、化学 を学び、ウイ-ンの動植物学会員に推薦された。その後再び聖トマス修道 院に戻り、国立実科学校の補助教員を兼任。
1856年から8年間にわたってエンドウを用いた交雑実験を行ない、まとめ た結果を1866年に「植物雑種に関する研究」と題して学術雑誌に発表した。
当時ヨ-ロッパには有名な生物学者がいたにもかかわらず、メンデルの研 究は全く認められず埋もれていた。1868年修道院の教主、1884年63歳で 生涯を終えた。
1890年オランダのドフリ-スはトウモロコシ、ドイツのコレンスとオ-ストリア のチェルマックはエンドウについて、それぞれ独立に研究を行い、期せずし て3人の学者はほとんど同時に研究成果を発表。しかし、これらの結果と全 く同じことを1866年メンデルが発表していたことがわかった(メンデルの再 発見)。そこで、3人の学者はメンデルの功績をたたえて、メンデルが発見し た遺伝法則をメンデリズム(Mendelism)と名付けた。
ホモ接合体 ホモ接合体
ヘテロ接合体
メンデルの優性の法則
メンデルの独立の法則
豆の形や子葉の色などのように、表面 に現れる形質を表現型(phenotype)、
その因子構成を因子型(遺伝子型、
genotype)とよぶ。
遺伝子型は優性あるいは劣性因子 のみからなるもので(AA、aa)、これを 同型接合体あるいはホモ接合体 とい い、優性因子と劣性因子の組み合わ せからなるもの(Aa)を異型接合体ある いはヘテロ接合体と呼ぶ。
メンデルの法則には3つの重要な法則、
優性の法則、分離の法則、独立の法 則がある。
ヘテロ接合体では優性形質が表現す る。対をなす遺伝因子は配偶子に配分 され、必ず分離するので交雑した際形 質は分離する。さらに対立因子は何対 あってもそれぞれ独立に遺伝し、他の 因子により影響されない。
メンデルが用いたエン ドウの7つの形質
しわのあるマメは丸いマ メが突然変異の結果で あるが、これはデンプン 分岐酵素1と呼ばれる酵 素をコードする遺伝子が アミロペクチンを合成す るのに必要であり、丸い マメはアミロペクチンを含 むためエンドウの種子が 乾燥して水分を失っても 均一に収縮する。アミロ ペクチンを欠くマメは収 縮が不規則になるためし わができることが近年の 分子遺伝学的解析により 明らかとなった。
量的形質とは?
・連続分布を示し、「白い、黒い」など2つのグ ループに明確に分けることが出来ない形質。
・例としては体重、背の高さなど。
・量的形質(Quantitative trait)と呼ばれる。
遺伝子支配の2つの形式
遺伝子支配には多数の遺伝子による、1つひと つが小さな効果を持つ遺伝子の集積による 支配と少数の遺伝子の効果によって支配さ れる2通りが存在する。
1) ポリジーン支配
小さな効果を持つ遺伝子群の集積した効果と 環境要因によって表現型が決まる。
2) Majour Gene支配
少数だが、大きな効果を持つ遺伝子により表現 型が決まる場合。
量的形質の遺伝形式の概念
正規分布する場合、特にポリジーン支 配の場合の現れる傾向
・遺伝子型と表現型の単純な1 vs 1の対応 が消失する。極端な例をのぞき、表現型か ら遺伝子型を推測することが困難になる。
・遺伝子座の数が増加するに連れてその分 布はしだいに正規分布(Normal
Distribution, 別名、ガウス分布)に近づい てゆく。
表現型はどのようにして決まるか?
・ガウス分布の形は平均値と分散(山のなだらかさ)の 2つの要因によって決まる。
・分散は独立した要因であると足し算出来るので、
表現形分散(Vp)=
遺伝分散(Vg) + 環境分散(Ve)と表すことが出来る。
加えて、遺伝分散 (Vg) は
Vg= 相加的遺伝分散 (Va) + 優性分散 (Vd) と表すこと が出来る。
表現型の値はどのように決定されるのか?
表現型値 (Phenotypic value:P) P = G + E
G: 遺伝子型による効果 E: 環境効果
G は遺伝子による影響。
E は環境による影響。すなわち、栄養条件や育つ 環境、誤差などを含む。
では遺伝子型値は?
遺伝子型値は、
多数の遺伝子の効果が積み重なったものなので、
相加的遺伝子効果(additive effect)と呼ばれる。
加えて、ヘテロ接合体になると、ホモ個体の平均値よりもずれる場 合がある。このような効果を考慮して、
優性効果(dominant effect)を考慮する必要がある。
Vg = 相加的遺伝子効果Va + 優性効果Vd
優性効果の例としては、マウスの純系同士を掛け合わせた交雑種 では、ばらつきは大きいけれど、
・成長が早い、一腹に生まれる子供の数が多い、
ストレスに強い、生殖能力に優れるなどがある。
どれくらい遺伝の効果が表現型に効果を持つか?
量的形質において表現型に占める相加的遺伝 子効果の割合は形質によって異なる。
この割合は遺伝率(heritability)と呼ばれ、
h2 = Vg / Vpで表される。
Vg: 遺伝分散 Vp: 表現型分散
また、相加的遺伝子効果は集団において、
子孫へ表現型を伝える能力そのものである。
そのため、相加的遺伝効果は
育種価(breeding value)とも呼ばれる。
これは遺伝育種において重要な概念。
各形質における遺伝率
選抜反応
ある形質を良くしよう、
もしくは変化させようと する時、親として平均値 より離れた個体を利用 して、次世代を作成す れば、次世代の集団の 持つ分布は親世代のも のより変化する。
ΔP: 選抜差(基礎世代
と選抜世代の平均の差
ΔG: 遺伝的改良量しかし、問題は選抜にある。どれくらいの割合を選 抜すればいいの?
厳しい選抜をかければかけるほど、短期的な改良量は
大きくなる。しかしその結果、失われるものはないの?
世代間隔や選抜反応を考慮した育種計画の必要性
・選抜強度を強くすれば強くするほど、短期的な改良量 は大きくなる。しかし、長期的視野で見ればどうなる か?
・次世代が大きくなるのを待って、選抜をかければ選抜 の正確度が上がるために世代あたりの応答、すなわち 改良量を得やすくなる。しかし、単位時間あたりではど うか?
選抜強度と世代間隔を考慮した最も効率よい育種計画 を設定しなければならない。
選抜の正確度を高め、加えて世代間隔を短くする方法 はないのか?
それが出来れば、飛躍的な改良が可能になるはず。
1970-80 年代
酵素多型(いわば血液型のようなもの)やRFLPをマー カーとして利用して、量的形質を支配する遺伝子を染 色体上にマッピングする試みがなされた。
これをQTL解析(Quantitative trait loci)と呼ぶ。
しかし、その当時は染色体上のマーカーの数が少なく、
多くの試みは失敗に終わった。
RFLP(Restriction Fragment Length Polymorphism 法
の原理
マイクロサテライトマーカーの開発によりQTL解析が可能となった
マイクロサテライトはゲノム中に約30,000-50,000個存在す ると考えられる。
マイクロサテライトマーカーによるQTL解析の例 ウシの乳房炎の発症に関わるQTLおよび原因 遺伝子の同定
Proc. Natl Acad. Sci. USA 103: 6454-6459 (2006)
原因遺伝子としてFEZL(Forebrain embryonic zinc finger-like)遺伝子を分離。12グリシンが13グリシンに。
QTL解析に用いられるマーカーはSNP(Single Nucleotide Polymorphism)が中心になりつつある。
・DNAチップを用いたゲノム網羅的なSNPの検出。
一度に100K(100,000箇所)の多型を検出することが可能に。
それでは SNP を使えば全てのゲノム中の QTL が見つかり、
全て飛躍的に改良が進むか?
・そのそも相加的遺伝子効果の割合が低い形質は環境要因が 大きい。QTLが見つかったとしてもなかなか改良量が得られない。
・Major Gene支配の場合はQTLが同定出来る可能性もある。しか しポリジーン支配の場合は環境要因や誤差に埋もれて検出出来 ない場合もある。
・ヒトの慢性疾患(癌、糖尿病、高血圧)を対象に2000年周辺に大 規模なQTL解析が行なわれた。現在も一部だが続いている。しか し多くは期待されたほど研究結果が出ていないのが現実。
・ある集団でmappingされたQTLが他の集団では有効ではない、
世代が変わると有効にならない例もある。いわゆるゴーストQTL。
・解析が可能で、統計学的に有意な連鎖が認められることと、実際 の改良に有効であることは同義ではない。