■ 短 報
重症心身障害児者看護を経験してきた ある看護師のライフストーリーから
捉えた倫理的側面
The ethical aspects of care for people with severe motor and intellectual disabilities as shown
in life story of a nurse
窪田 好恵
1Yoshie KUBOTA
キーワード :重症心身障害児者、ライフストーリー、看護師、倫理的側面
Key words :people with severe motor and intellectual disabilities, life story, nurse, ethics
本研究の目的は、重症心身障害児者(以下、重症児者)看護を経験してきた看護師の語りから重症児者看護における 倫理的側面を明らかにすることである。そこで、16年間の経験があるA看護師へのインタビューを行った。その結果、
以下の4つの倫理的側面が見出せた。「重症児者の尊厳」「重症児者と家族の経済的・法的・年齢的問題」「終末期医療 の課題」「重症児者への関わりのありよう」である。これらが重症児者看護ならではの倫理的側面の特徴につながる背 景として以下のことが考えられた。重症児者看護には、重度な身体障害と知的障害があり生来もしくは小児期から意 思決定できないという「対象」の特性と、病院機能と児童福祉施設の機能を併せ持つ機関であるために医療・福祉を受 けながら生涯をすごす「日常」の生活の「場」としての特性がある。また、関わる人のありようや想いを問う徳の倫理 が重要である。
Ⅰ.緒言
重症心身障害児(以下、重症児)は、児童福祉法
(第7条の2)によって定義され、「重度の知的障害及 び重度の肢体不自由が重複している児童」であり、多 くの原因により発生した多くの病気や状態像や症候群 の集合体である(p.7)1。重症児が入所する重症心身障 害児施設(以下、重症児施設)への入所の法的基準は なく大島の分類2が汎用されてきた。大島は、IQ35以 下で運動機能は寝たきりおよび座れるまでの状態が重 複するものを重症児の基準とした。ただし、一定の条 件によっては基準に関わらず「周辺児」として入所の 対象になるとしている。
近年では障がいが重く運動機能や呼吸機能の障がい など日常的に多くの医療・看護を必要とする超重症児 や準超重症児が増加している(p.21)3。岩崎ら4によ
ると、「全国の重症心身障害児施設のうち76施設にお いて、2007年度から2008年度長期入所の受け入れは 678名で、そのうちNICU長期入院児は11.6%、小児 科長期入院児で20.6%であり、長期待機児の半数が 自宅であった」ことが報告されている。また、杉本ら5 も、満床や医療体制の不備を理由に超重症児を受け入 れることができない重症児施設が多く、NICUが満床 となり母体搬送に影響を及ぼしたり、NICUから退院 した在宅療養児の重症化などを報告している。このよ うな現状から、看護者にとって重症心身障害児者(以 下、重症児者)への関わりの場は、重症心身障害児者 施設(以下、重症児者施設)のみならずNICU・GCU や在宅など多面的になっている。重症児者は、重度な 心身障がいのために身体的にも社会的にも自立できず 意思決定能力がないため、関わりのあらゆる場面で倫 理的配慮が必要である。
1 園田学園女子大学人間健康学部人間看護学科 Department of Human Nursing, Faculty of Human Health, Sonoda Womenʼs University
自己決定権が問われる看護場面における倫理的問題 の先行研究として、精神科病棟で働く看護師が体験す る倫理的問題6や脳・神経系病棟に勤務する看護師の 倫理的問題に関する研究7がある。重症児施設におい ては「福祉専門職に求められる倫理観と価値観の形成 は短期間の体験では困難であった」という報告がある8 が、重症児者看護の倫理的側面に関する先行研究は見 当たらない。重症児者看護は看護基礎教育において学 習する機会が少ないため看護師全般にも十分認知され ていない。2010年現在122の重症児施設に勤務する 看護師は約6,100名であり(p.349)9、2010年の全国 の看護職員従業者数(p.2)10の約0.41%に過ぎない。
また、重症児者看護は、対象の個別性の度合いの高 さ故に実践の積み重ねにより継承されており、これま で形式化された看護として明文化されてこなかった。
池川11は看護師の実践知へアプローチしようとするな ら、「その人の意識内現象あるいは前意識内現象を、
ありのままに記述し、了解する試み」が必要であり、
その「基礎的資料になるのは、その人自身の言葉」で あると述べている。
そこで、本研究は長年重症児者看護を経験してきた A看護師にインタビューを行い、その語りから実践知 として体得された重症児者看護における倫理的側面を 明らかにすることを目的とする。
Ⅱ.用語の定義
1.重症心身障害児(重症児)・重症心身障害児者
(重症児者)
旧児童福祉法による「重症心身障害児施設」への入 所は成人になってからも可能となっていた。そのため 18歳以上になった人を含む「重症心身障害児」の呼称 は重症児、重障児、重症児者、重症児(者)、重症 児・者など様々である。本稿では、対象が小児の場合 は重症心身障害児(重症児)、先行研究において使用 されている表記はそのまま使用するが、その他の場合 は重症心身障害児者(重症児者)とする。
人権尊重の立場から広義には「障がい」を用いるこ とが妥当ではあるが、本稿においては、法的および医 学的に用いられている「重症心身障害児」などの用語 についてはそのままの表記とし、広義に用いる場合は
「障がい」と表記する。
2.重症心身障害児施設(重症児施設)・重症心身障 害児者施設(重症児者施設)
1966年厚生省次官通達では、重症児者は18歳以降
も「重症心身障害児施設」に入所が可能な状況であっ た。しかし、2012年4月障害者総合支援法が制定さ れ、それに伴い児童福祉法における「重症心身障害児 施設」という文言が削除された。現行では年齢区分に より18歳までの医療型障害児入所施設と成人を対象
とした療養介護事業の2つの事業を運営する施設と なった。実態としては内容の変化はないままの入所者 への援助が継続されている。日本重症児福祉協会にお いても、「重症心身障害児者施設」とすることを新約 款案に示している。そのため、本稿においては旧児童 福祉法にもとづく表記は「重症心身障害児施設(重症 児施設)」とするが、それ以外は年齢区分に関わらず
「重症心身障害児者施設(重症児者施設)」とする。
Ⅲ.研究方法
1.研究デザイン
ライフストーリー法により、語りに埋め込まれてい る倫理的側面を明らかにする。
ライフストーリー法は、「個人がこれまで歩んでき た人生全体ないしはその一部に焦点をあわせて全体的 に、その人自身の経験から社会や文化の諸相や変動を 読み解こうとするものである(p.14)12」また、「〈いま‒
ここ〉での相互行為を行っている語り手が存在し、〈物 語世界〉の登場人物として〈あのとき‒あそこ〉の自己 を語る(p.213)12」ことによって語り手が語りながら 自己を捉え直す。緒言で述べたように重症児者看護は 形式化された看護として明文化されておらず、これま でに重症児者看護の倫理的側面は解き明かされていな い。そのため、看護師が倫理的側面であることを気づ かずに実践知として看護師の内面に形成されてきてい ることが多いと考える。そこで、これまでの重症児施 設での看護の体験を語ってもらい、その語りを解釈す るライフストーリー法による研究方法とする。
2.研究協力者
緒言で述べたように重症児者施設における福祉専門 職の価値観の形成は、短期間の体験では困難であった という報告8があることから、重症児者施設に少なく とも10年以上勤務している看護師で、本研究につい ての同意を得られた看護師を研究協力者とした。
3.データ収集の方法
1)インタビューによるデータ収集
インタビューは1回2時間程度で5〜6回程度を行う ことを目安とし、毎回自由に語ってもらう。重症児者 看護における倫理的側面は、「これまでの重症児者看 護の経験を自由に話してください」と問いかける程度 にし聞き役に徹するように心がける。倫理的側面を知 るという目的意識をもって聞き、話された内容を詳し く知りたいことは促して、同意を得て追加してもら う。
2)インタビューによるデータ収集の期間
2009年7月〜2010年3月(1ヶ月 か ら2ヶ月 に1回 を目安とし、6回行った)
3)データの解釈
ライフストーリー法により、研究協力者の語りに埋 め込まれている重症児者看護における倫理的側面を解 釈する。研究協力者の語りは以下のように解釈する。
①出来事がどういう経緯で語られるか、②誰の視点で 語られているか、③重症児者の尊厳をどう語っている か、④重症児者看護をどう思っているか、⑤語られて いる内容が倫理的側面として捉えられるか。
また、信頼性・妥当性を高めるため、質的研究の専 門家からスーパーバイズを受けた。
4.倫理的配慮
本研究は滋賀県立大学研究に関する倫理審査委員会 の承認を得て実施した。研究協力者には、研究に対す る十分な説明と参加の自由意思、同意後の撤回の自 由、拒否および撤回による不利益はないことを口頭お よび文書で説明し同意を得た。また個人および語りに 登場する他者ならびに組織についても特定されないよ うにした。録音は毎回許可を得て行い、逐語録の記述 内容は毎回研究協力者に確認してもらい、修正、削 除、加筆の希望があった場合はそのとおりに修正した 後再度確認してもらい、データとして用いることの同 意を得た。
Ⅳ.結果
約30年前に新人看護師として重症児施設に勤務し、
他部署への異動を除く16年間重症心児者への看護を経 験してきたA看護師の協力が得られた。インタビュー は毎回約2時間、合計約13時間行った。A看護師の語 りからは4つの倫理的側面が浮かび上がってきた。
1.重症児者の尊厳
A看護師の語りから「重症児者の尊厳」として、「生 きること自体に他者の援助を必要とする人の尊厳を守 る」「重症児者への対応の不十分さ」が次のように語 られている。
すごい変形の人とか低形成で未熟なままに発達し ちゃってて。
他の小児とは違いますもんね。緊張とか、体温調節 とか、骨折しやすいとか……だからいい環境を整え てあげたいですよね。
以前、理解力のある方で環境が変わると緊張が……
それで、その日のうちに亡くなったって、そういう 怖いこともありますよね。
重心の方だから自分でいわれる方はいないですね、
ほとんど。だからこちらが読み取らなければいけな い。
たとえば絨毯上に寝てらっしゃる利用者さんのとこ ろを通る時には、頭の方でなく足の方からとか、声
掛けしながら介助できてるのか、相手を人として尊 重しているかというところがどうなのかっていうの が。
重症児者は、多彩な急性の身体合併症が起こりやす く、わずかな環境変化でも生命の危機が生じやすい。
A看護師は常に観察力と洞察力を働かせて個々の状態 を把握し個別性に合わせた援助が必要であることを強 調している。生命の尊厳と人として尊重した関わりを 大切にしていることが読み取れる。
さらに、「重症児者への対応の不十分さ」の様子が 小児期に入所した人たちの変化として次のように語ら れている。
昔は利用者さんが小さかったので、抱っこでよかっ たりとかバギーに乗せたりとか車椅子に乗せたりと いうのが手間じゃなかったと思うんですね。
今はもう皆さん平均年齢も40過ぎて保育という状 況じゃないもんですから。
医療的なケアがどんどん増えてきてますよね。
もちろん高齢化です。重度化ですよね。
職員の関わりの部分で十分じゃない、接してあげた くてもできないのが現実かなって。
約30年前に小児期だった入所者の平均年齢は40歳
台へと変化してきたという。A看護師は、小児期から 成人期まで数十年間にわたって継続的に関わっている ことになる。入所者の変化は加齢による機能低下だけ ではなく重度・重症化もみられる。重症児者施設で は、現在では入所者1名に対し看護師および福祉職員
が1対1の人数を配置することになっている。しか
し、入所者の重度化・高齢化により身体面での援助者 の負担が大きくなり、医療的ケアなど看護師の役割の 比重が多くなってきたことや対象者の変化に伴う療育 のありようを問う気持ちが語られている。
2.重症児者と家族の経済的・法的・年齢的問題
「重症児者と家族の経済的・法的・年齢的問題」と して「法律や社会変動に翻弄される重症児者と家族状 況に悩む」「本人や家族の欲求と安全を守ることとの 対立に悩む」が語られている。
A看護師が就職した頃には重症児の家族は様々な困 難を抱えていたことが次のように語られている。
社会そのものが貧困だったですよね。ですから、そ ういう障がいのある方を抱えた家庭というのはすご く苦労をされていて。
A看護師が就職した頃は「重症児殺人事件」や「障 害 児 の 母 子 心 中 事 件」が 報 道 さ れ る こ と が あ り
(p.466)13、障がいのある人の家族の生活の困難さは 身近で感じていたことなのだろう。
その後現在に至るまでに社会情勢の変化や法整備に より、ある程度重症児者の家族の生活が保障されて いった。一方で、2005年に障害者自立支援法が制定 されたことによりシステムの変化や地域移行の施策が 進むなか、「法律や社会変動に翻弄される重症児者と 家族状況に悩む」ことが次のように語られている。
システムも変わって、法律も変わって(中略)すべ て変わりましたよね。そんなところで、私たちは翻 弄されてるのか、私たちはっていうか利用者さんが 翻弄されてるっていうところが。
利用者さんが施設で豊かに生活ができる。家庭でも 家族の方が資金の、こう苦労しなくていろんなサー ビスを得ながらじっくりわが子と生活できる。それ がベストですよね。
世代交代で帰る家がなかったり、親御さんももう年 ですから家での介護が難しいというところも。
皆さんそれぞれご自分の好きなお洋服でおしゃれを して、マニキュアを付けてもらって喜んでとか、そ ういうことはいいなって。
入所者の高齢化は親のさらなる高齢化を意味する。
地域で生活する人たちにとって、高齢者が成人になっ た子を介護することは一層困難なことである。A看護 師からは自律性の低下している人たちが、施設で守ら れた生活ができることと施設から出てある程度自由な 生活ができることとの生活の場の選択に悩む様子が語 られている。
一方で、一定の社会保障や経済状況の変化により制 約のない楽しみができるようになったということをA 看護師は有益だと捉えている。
また、「本人や家族の欲求と安全を守ることとの対 立に悩む」ことについて、ある程度言語的コミュニ ケーションが可能な人の例を挙げて次のように語って いる。
「食べたい。食べたい」というような方だからよけ い家族の方からしたら辛くって。
で、検査をしてもらったらやっぱり誤嚥してるっ て。職員が「べつに食べさせることはできるけど、
食べさせた後にもし何かあったら」っていうんです ね。
お母さんで、面会に来てくださるんですけど。認知 症がでてきてるんですよね。いっぱい子どもには食 べさせたいですよね。でも食べさせたかどうかを忘 れてしまわれて。利用者さんだけでなく、家族の方 も。
「食べたい」という欲求はわかっても、重症児者の 頻度の高い合併症として著しい身体の変形や胃食道逆 流症があるため、誤嚥から呼吸器症状を引き起こす危 険がある。
また、高齢化した家族への対応も難しくなったこと が、A看護師の本人や家族の欲求と安全を守ることと のジレンマとして語られている。
3.終末期医療の課題
重症児者は治癒の見込みはなく常に生命の危機状態 にあるが、本人の意思決定ができないため終末期医療 の判断はより難しい問題である。重度な障がいのある まま生涯にわたって入所していることが多い。そのた め本人と家族との関係性は毎日面会に来て密接な関係 を継続している家族もあれば、面会もほとんどなく疎 遠になっている家族など様々である。30年の間に家 族関係や医療のありかたも変化してきたなかで、延命 治療をどこまで行うかは一層難しい課題であることを A看護師は次のように語っている。
(開設)当時は終末期のことを家族の方にきちんと 確認するというようなことはしてなかったと思うん ですね。自然体でというか、その場その場で最大限 の医療を施してっていう風だと思うんですけど、今 は確認をしてるんですよね。
どうしてほしいですかっていわれて、お返事のでき ない重心の方の代わりで家族。でも家族の方もそば にいらっしゃるわけではないし。
すべて世の中のやりようが重心のところに同じにっ てのは、無理がある部分もあるのかなっていうふう に感じる時も。
環境が生命に影響を及ぼすほどに繊細な関わりを必 要とする重症児者は、合併症として呼吸障害や消化器 疾患、整形外科疾患など身体各部の二次的障害も発症 する。そのため胃瘻などの治療処置は症状や苦痛緩和 の目的で行われる。また気管切開や人工呼吸器装着も 例外ではない。このような福祉用具としての医療的処 置と延命のための医療処置の線引きは非常に困難であ る。「その場その場で最大限の医療を施して」という A看護師の語りには、医療と福祉の線引きの難しさも 包含されていると捉えられる。本人の意思決定能力が ないなかで症状の進行や合併症への対応として、親の 代理意思決定により治療が行われてきたのであろう。
また、「すべて世の中のやりようが重心のところに同 じにってのは、無理がある部分もあるのかなって」と いう語りには、小児期から重度な障がいのまま入所し ている重症児者にとって、倫理的に複雑な要因が多す ぎて一言では語ることができないA看護師の想いが含 意されていると捉えられる。
4.重症児者への関わりのありよう
A看護師から頻回に語られ、最も強調されていたこ とは人的環境として重要な「重症児者への想い」と
「多職種協働で成長・発達を支える療育が必要」であ るという「重症児者への関わりのありよう」である。
重症児者への想いを大切にした人的環境の必要性は 次のように語られている。
私たちだって利用者さんにとって大切な環境なんだ から。
自分にとって、こう、害がないなっていう人を利用 者さんはきっと素早く察知する。
自分本位のじゃなくて相手の方をきちんと自分のな かで受け止めた関わりをするから、手の強さになっ たり、声の大きさになったり、トーンになったり、
顔つきになったりかなっていうのを思うんですけど ね。
声のない声にもきちんと耳を傾けないといけないっ て姿勢が。
「どういうことを欲しているのかな」。要求をこちら に問いかけているのか、求めているのか、たえず向 き合って引き出しながらというのか、考えながらと いうのか、そういうふうに接して。そしてそれを満 たすための関わりを自分なりにしてきたように思う んですね。
その雰囲気とかそういうものを感じる、整ってない 雑然とした雰囲気だったら、きっとそういう雰囲気 を感じ取るでしょうし、整然としていればそういう 雰囲気を感じてるでしょうし、可愛くしてやれば可 愛い。そういうのって私はすごく大切なんじゃない かなって思うんですけどね。
関わる人のありようが重度な障がいのある人の環境 として影響を及ぼすことを意図しながら、想いを込め て関わろうとしているA看護師の語りである。自分が どういう人間であるべきかが、そのまま重症児者に感 化することを意味していると捉えられる。重症児者の 場合、その人のニーズを本人に確認する手段がない場 合がほとんどであり、看護の基準はないために、その 時に関わる看護師の判断と関わり方で行っている。A 看護師は常に自分自身に問いかけて良かれと思う方法 で行い、それを重症児者が雰囲気として感じ取るのだ と信じて関わっている。
そして、A看護師の重症児者への想いが次のように 語られている。
利用者さんのあの笑顔、あの声、あの仕草です。
50歳くらいの方が「さいた、さいた……」って童謡 を歌われる。一緒に歌える自分がいる。わかってい らっしゃるのかわかっていらっしゃらないのかわか
らないけど、ニコッと笑顔を返してくださる。
私は小児が好きとか、成人が好きとか、重心が好き とかっていうなかの、やっぱり重心が好きってこと になるんでしょうね。
快の刺激に対する反応としての笑顔を求めて関わる ことが関わりの評価でもあり、その人たちから発せら れるわずかな了解のメッセージの一つとも言える。
また、重症児者施設では「療育」として医療・看 護・福祉が協働して成長発達を支えるケアが行われて いる。重症児者への療育のために協働し合う職種に は、医師・看護師をはじめとした医療関係職員と児童 指導員などの福祉関係職員がある。A看護師の語りの なかで、施設を「家庭」と表現するほどの入所者との 関係や職員間の緊密な連携で療育が行われてきたこと と、一方で連携の困難さもあることが以下のように語 られている。
その時は病棟そのものが一つの家庭という雰囲気で したね。ドアの入口に保育士さんたちが装飾をされ るんですね。やっぱり自分の家の玄関なのでという ところで、ほんとに見事な装飾でした。
職種も看護師、それから保育士、指導員、まあやっ ぱり職員の足並みがそろわないといい療育はできな い。
Ⅴ.考察
A看護師による数十年にわたる重症児者看護の経験 が、語ることを通して再構築されてきた看護のありよ うであり、その語りから重症児者看護における倫理的 側面が明らかになったと考える。
それは、「重症児者の尊厳」「重症児者と家族の経済 的・法的・年齢的問題」「終末期医療の課題」「重症児 者への関わりのありよう」の4つの倫理的側面であっ た。このような倫理的側面を読み解くなかで、重症児 者看護には重度な身体障がいに加え意思決定できない という「対象」の特性と、病院機能と児童福祉施設の 機能を併せ持つ機関である「場」の特性があり、関わ る人のありようや想いを問う徳の倫理が必要であるこ とが、重症児者看護ならではの倫理的側面の特徴につ ながると捉えられた。
1.重症児者の「対象」の特性による倫理的側面 重症児者は、発症の時期と原因の違いによる障がい の程度と表れ方に違いがあること、著しい成長・発達 の遅延による発達の個人差が大きいこと、治癒の見込 みはなく生きられる年数が未知であることなどの特性 がある。そのため、一人ひとりの特性を熟知した看護 を行う必要がある。
また、重症児施設が児童福祉法により法制化された 時 は、 医 学 的 に も 予 後 は 未 知 で あ っ た。 し か し、
2010年4月時点での全国122重症児施設では18歳未 満の入所者が全体の11.5%である。一方、30歳以上 の占める割合は69.9%となっており(p.349)9、入所 者の高齢化が進んでいることを示している。先に述べ たように、現在では小児と成人では入所の法的体系は 異なるが、実質的にはこれまでと同様に小児期から老 年期にいたるまで成長発達を支える療育が行われてい る。しかも実年齢と知的年齢が異なる。また、年齢に 関わらず意思決定能力がないという特性がある。
A看護師から語られた「重症児者の尊厳」という倫 理的側面は、重症児者の生命の尊厳と、重度な障がい があっても人として尊重しながら成長・発達を支える アドヴォケイトとしての役割があることを意味する。
また、入所者の親も高齢化が進み、入所者の成年後 見人は親族でない場合も増えてきた。そのため医療に おける意思決定を誰が行うかは難しい現状にある。A 看護師の語りに含意されているのは、過去に意思決定 能力があった認知症や意識レベルの低下した人たちを 対象とした成人や高齢者に対する意思決定能力の問題 とも異なる。重症児者は生来から意思決定ができず、
長期にわたって入所している人たちが多いため、家族 にとっても終末期医療の判断は一層困難な側面であ る。加えて後見人が親族でない場合は、医療に関する 意思決定ができないという側面もある。
山田は、重症心身障害児者の急変した場合や看取り のために、どこまでの医療を行うかを選択する医療を
『選択的医療』と名付けて実践(p.57)14している。A 看護師は言及していないが、終末期医療の問題は今後 さけては通れない倫理的側面であると考える。
2.重症児者施設の「場」の特性による倫理的側面 重症児者施設では、「療育」として医療・看護・福 祉が協働して成長発達を支えるケアが行われてきた。
A看護師が語るように重症児者に対して、医療職と福 祉職が多職種協働で「家庭という雰囲気」で成長・発 達を支えている。つまり、「療育」という視点から看 護と福祉が複合的な価値を共有しているという「場」
の特性があると捉えられた。「療育」という成長・発 達を支える家庭的な環境を重視した「場」の特性から 生じる倫理的側面として、「重症児者の尊厳」を守る ことや「重症児者への関わりのありよう」が重要にな り、一緒に生活することのできない家族をも含めた
「重症児者と家族の経済的・法的・年齢的問題」が語 られたと考える。
重症児者施設は、一般病院に治療のために入院する という「非日常の場」ではない。重度な障がいは治癒 の見込みがないため、生きることを継続する福祉とし ての医療的ケアを実施しながら小児期から生涯にわ
たって成長・発達を支える「日常の場」である。それ 故に重症児者施設ならではの倫理的側面があると考え られる。
3.関わる人のありようや想いを問う徳の倫理 A看護師の「利用者さんのあの笑顔、あの声、あの 仕草」という語りには、対象者への深い想いが含意さ れている。また、「関わる時の姿勢ですね、心の持ち よう」「声のない声にもきちんと耳を傾けないといけ ないって姿勢が」というように関わる人の姿勢やあり ようが語られた。葛生15は、「よい看護師は、規範に 依拠してではなく、『いま』『ここで』『この』患者に 対して、どうすることが最も適切かを判断して行動す ること、いわば倫理的行為に関する実践の知をもつこ とが求められる」と述べている。A看護師の「自分本 位のじゃなくて相手の方をきちんと自分のなかで受け 止めた関わり」「どういうことを欲しているのかな」「要 求をこちらに問いかけているのか、求めているのか、
たえず向き合って引き出しながら」という語りには、
よい看護師のありようが反映している。A看護師の長 年の経験により形成された実践の知であり、「行為者 の態度や資質の探求」16と捉えられるところから「徳 の倫理」であると考える。
有馬は「人間同士が想いや希望、喜怒哀楽などの感 情を表現し、相手に伝えるのは、言葉や表情・身振り など、ほとんどすべてが運動機能によっていて、運動 機能に制限があればそれらが困難となる(p.1)17」そ のため、重症児者への倫理的配慮が重要であることを 指摘している。
看護一般において、徳の倫理は「よい看護師」とし て見直されてきている。故に、重度な障がいがあって も人としての潜在的な能力や成長の可能性を育んでい くことが必要な重症児者看護においては、徳の倫理は 特に欠かせない倫理的側面であると考える。
A看護師の語りから、自ら訴えることも表現するこ ともできない、人として最も尊厳を守ることが必要な 重症児者への看護における倫理的側面が捉えられた。
今後、終末期医療の課題を含め、意思決定ができない 人の倫理的場面はますます増加することが予測され る。これから先の見通しを立てていくためにも、今回 得られた結果をもとに、さらに研究を深めて倫理的課 題を明らかにし、課題解決のための方策も検討してい く必要がある。
Ⅵ.研究の限界
本研究では、A看護師の語りから、これまで明らか にされてこなかった重症児者看護の倫理的側面が明ら かになった。しかし、データはA看護師1名の語りか ら得たものであり、一般化には限界がある。重症児者 施設の入所者の重症度や体制も、各施設により異なっ
ている。今後も様々な背景での研究を重ねていくこと が課題である。
文 献
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17. 有馬正高.重症心身障害児をケアする医療職員の 倫理観.浅倉次男監修.重症心身障害児のトータ ルケア:新しい発達支援の方向性を求めて.第1 版.東京:へるす出版;2006.