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南アジア研究 第29号 014書評・福味 敦「佐藤創・太田仁志(編)『インドの公共サービス』」

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Academic year: 2021

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(1)南アジア研究第29号(2017年). 佐藤創・太田仁志(編)『インドの公共サービス』 書評. 東京:アジア経済研究所 2017年2月 259頁 3200円+税 ISBN 978-4258290451. 福味 敦 近年書店に並べられたインド関連書籍のなかでも本書は、インド経済 や社会の“足腰にかかわる”公共サービスに焦点を当てた、ユニークな 存在である。そのねらいは、公共サービスの現状と課題について、歴史 的経緯を踏まえながら検討することで、インドの社会や経済を理解する 上での一つの視角を提供することにある。対象となるのは「公共配給制 度」 「医薬品」 「生活用水」 「都市ごみ処理」 「義務教育」 「乳幼児保育」 、 以上六つの生活に密着した公共サービスと、これらを拡充するうえで重 要な役割を担い、かつ公共サービスの一種でもある「司法」の役割が検 討されている。 「序章 インドにおける公共サービス」で整理されるよ うに、各章でまず指摘されるのは、分析の対象として取り上げた公共 サービスの多くは、そのサービスの質、範囲ともに今なお不十分である こと、ただし1990年代前後を境に、状況が好転する傾向が見られること である。そして本書はこうした変化のきっかけを、政策転換以降に進め られた市場原理の導入ではなく、公益訴訟に見出している。すなわち 1990年代以降、公共サービスの充実を権利として求める認識が市民社会 において徐々に高まり、それらを基盤として提起された公益訴訟が、公 共サービスの発展に重要な役割を果たしてきたことが強調されている。 加えて、財政制約下でのサービスの拡充という難題に対する打開策とし て、官民連携(public-private partnership: PPP)の推進による民間部門 の活用が図られていること、ただしそれにともなう政府の役割の縮小は、 公共サービスを権利とする立場との摩擦をもたらしつつあることも、随 所で示唆されている。本書に通底するこうした認識を踏まえた上で、序 章につづく各章の内容を以下の様に整理したい。 「第1章 岐路に立つ公共配給制度」では、インドの食管制度の要を なす「公共配給制度」について、中央政府によるコメ・小麦の買い上げ、 保管と、州政府による消費者への流通という現在に続くその骨格が1965 年までに形成されたこと、ただし、1990年代以降、財政負担の削減を主 な思惑として貧困層へのターゲティングがより強く意識されるように 220.

(2) 書評. 佐藤創・太田仁志(編)『インドの公共サービス』. なってきたことがまず指摘される。同制度は貧困層の食糧安全保障に とって重要な役割を担ってきたが、一方で、農民からの買い取り価格で ある最低支持価格が、選挙の道具として割高に設定され、過剰在庫の形 成と財政負担の増大をもたらしたことや、流通段階において、全国平均 で5割弱が不正によって失われていることなどが指摘される。将来的に は、インフラの整備を前提とした現金直接給付の導入が、状況の改善に 寄与する可能性を示唆し、議論を結んでいる。 「第2章 インドにおける医療品供給サービス」の分析対象は、健康 保険が浸透せず、国民の大半が医薬品を自費で購入する状況のもと設け られた、公的医療機関による医薬品の無料供給サービスである。従来、 規制により世界でも最低の水準に維持されてきたインドの医療品価格で あったが、規制が緩和され、 「知的財産権の貿易関連の側面に関する協 定(TRPIS 協定) 」が発効した1990年代中盤以降、価格上昇が懸念される こととなった。本章では、その経緯を踏まえたうえで、①医師らによっ て提起された公益訴訟が、価格上昇に歯止めをかけるきっかけとなった こと、②1990年代以降、タミル・ナードゥ州をはじめとする各州で導入 された医薬品無料供給サービスが一定の成功を収めたことが、医薬品ア クセス改善に貢献したこと、が指摘される。しかしながら依然として公 的医療機関への信頼感の低さがサービスの利用を妨げており、民間医療 機関・薬局をも含む形での制度の拡張が、今後の課題とされている。 「第3章 インドにおける生活用水の供給」では、生活用水、とくに飲 料水の供給サービスに焦点が当てられる。ここでまず確認されるのは、 安全な飲料水へのアクセスは、過去20年ほどの間に大きく改善している が、一方で地域・グループ間の格差も大きく、上水道の利用率は低水準 に留まるなど、未だ不十分な状況にあることである。1990年代以降、民 間部門の参入を促しながら、サービスの拡充が試みられているが、その 背景にあるのは、水は「経済財」であるのとの認識である。投資・運営コ ストの回収を重要視する近年の改革と、水へのアクセスを基本的な権利 とする立場との間で摩擦があることを指摘し、議論を結んでいる。 「第4章 インドにおける都市ごみ処理」ではまず、長年にわたり必 ずしも重視されてこなかった都市自治体によるごみ処理サービスに対し、 1990年代半のペスト発生と、廃棄物処理に関わる公益訴訟の提起をきっ かけに、中央政府の財政支援をはじめ、本格化な梃子入れがなされるよ 221.

(3) 南アジア研究第29号(2017年). うになったことが確認される。ただし、都市ごみの収集と、燃料・肥料 化などの中間処理はいまだ不徹底であり、不適切な埋立てにより環境汚 染が深刻化するなど、処理のいずれの段階においても問題は山積である。 近年、積極的に推進される官民連携には、こうした状況を好転させる役 割が期待されているが、民間事業者への支払いの遅延や、契約の変更な どのリスクが官民連携事業の持続性に影を投げかけており、自治体側の 体制、制度作りが喫緊の課題となると論じている。 「第5章 公立校における義務教育」で検討されるのは、必ずしも国 内で標準化されていない義務教育である。独立後、基礎教育の普及は管 轄する州の政治的コミットメントの低さなどの要因により、ヒンディベ ルトを中心に大きく遅れることとなった。しかしながら1990年代に入る と、国際的潮流とともにインド国内でも教育を権利とする認識が高まり、 充実化が図られる。本章ではまずこうした経緯と現状を踏まえた上で、 公立校が抱える問題として、不十分な設備、教員の欠勤や怠業、子ども たちの学力不足、などを指摘している。かかる状況が上位階層の公立校 離れと私立校需要の拡大をもたらしていること、さらには社会的、経済 的な格差が学校教育によって再生産されていると論じ、議論を結んでい る。 「第6章 乳幼児の保育と教育をめぐる取組み」では、乳幼児死亡率 や就学前教育参加率などの指標より、乳幼児の保育・教育環境が改善傾 向にあることがまず確認される。その上で、1975年に、乳幼児の栄養・ 健康状態の改善、就学前教育の推進などを目的とする「乳幼児の統合的 発達サービス(Integrated Child Development Service: ICDS) 」が開始 されたこと、そうした取り組みは、1990年代の乳幼児保育・教育サービ スの充分な受給を権利とする認識の高まりや、2000年代以降に出された ICDS の普遍化を求める最高裁命令などを経て強化・拡張されてきたこ と、を指摘している。一方、インドにおける乳幼児の栄養不良はいまだ 世界最大規模であり、州間での格差も大きい。かかる状況に対して、 NGO など市民社会への委託や、官民連携を推進することによる ICDS の強化・再構築が試みられているが、ともすれば効率性が前面に出るそ うした政策に対して、懸念が生じつつあると論じている。 「第7章 公益訴訟の展開と公共サービス」ではまず、1970年代中盤 のインディラ政権下の非常事態宣言を境に、インドの公益訴訟が、富裕 222.

(4) 書評. 佐藤創・太田仁志(編)『インドの公共サービス』. 層の権利を擁護する司法積極主義から弱者層の権利を擁護するそれへと 転換したことを指摘する。その上で公共配給制度、医薬品価格規制、飲 料水・生活用水へのアクセス、廃棄物処理、教育を受ける権利など、本 書が取り上げた公共サービスが拡充されるプロセスにおいて、公益訴訟 がいずれも重要な役割を果たしてきたこと、近年になって保守回帰の傾 向がみられるものの、社会的に弱い立場にある人々にとっては状況を改 善し、少なくともアピールする制度として、重要であり続けると論じ、 議論を結んでいる。 以上、各章はいずれも、インドの公共サービスの概要と現在に至る経 緯について、官民連携事業をはじめ直近の情報も多く含めコンパクトに 整理している。読者は、公的部門の規模、権限がきわめて強大であった 時代にむしろ公共サービスがおざなりにされてきたこと、1990年代以降、 サービスの充実化が図られる過程において、公益訴訟とそれを支える市 民社会が重要な役割を果たしてきたことを、理解できるだろう。著者ら はその経緯を「自由化による変化というよりも、むしろそれ以前からの 連続的な展開(p. 18) 」であったと指摘するが、ここで浮かび上がってく るのは、低所得者、被差別カースト、女性、子どもなど社会的、経済的に 弱い立場にある人々が、国際的な人権意識の高まりとともに自らの権利 を認識し、公益訴訟という手段を通して、社会政策でもある公共サービ スを獲得してきた歴史である。したがって本書は単なるインドの公共 サービスの概説書に留まることなく、公共サービスを通して、インド社 会や経済に対する視座を提供するという目的を十分に達成するものとい える。こうした成功は、バックグラウンドを異にする研究者を集め、複 数の公共サービスを同時に、かつその歴史的な経緯を含めて検討する本 書の特徴ゆえであり、我が国のインド研究において独自の立ち位置を獲 得するものといえる。無論、様々な制約のもとでなされた共同研究であ り、分析対象に含めるべき公共サービスや、いま少し踏み込んだ議論が 求められる論点もあるかもしれない。そうした点を評者があえてひとつ 挙げるとすれば、効率性を重視する近年の改革と、公共サービスの充実 を求める権利の相克である。すなわち本書の随所で、財政制約のもと効 率性の改善が重要課題とされるなかで、これまでに市民が獲得してきた 権利が、ともすれば損なわれかねない懸念が生じていることが示唆され ている。この点は公益訴訟の役割と並ぶ本書の重要な含意であると思わ 223.

(5) 南アジア研究第29号(2017年). れ、全章を跨ぐ整理があっても良かったかもしれない。ただしこれは評 者自身が関心を寄せる課題でもあり、むしろ本書を読むことで多くを学 び、問題を整理することができたし、公益訴訟の功罪についてより包括 的に論じた編著者による一連の学術研究への橋渡しとなった。本書は、 インドの社会や経済のみならず、広く開発研究に関心を寄せる全ての読 者にとって有益な、そしてさらなる好奇心を喚起する好著である。この ことを強調し、筆を擱くこととしたい。 ふくみ あつし ●兵庫県立大学経済学部. 224.

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