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体育科教育における今後の武道指導に関する考察

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Academic year: 2021

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1 はじめに

 学校教育における武道指導は,教科活動における体育授業の指導および教科外活動における部活動の指導に分けら れる。そして,この両者の活動は,その目的が異なることから,一見同じに見える学校内での武道指導であっても指 導内容や方法等には差異が存在する。なぜならば,部活動の目的は基本的には生徒の主体的,自主的活動であるのに 対し,体育授業の場合は学習指導要領がその指導の目的に大きな影響を与えるからである。したがって,学校教育に おける武道指導の問題は,この両者における目的の差異を考慮した上での議論が必要となる。特に,体育授業におけ る武道については,その授業の目的や教材化は学習指導要領との関連からとらえる必要がある。

 従来,学校における武道指導に関しては,初心者の技術指導面から多くの実践例11,13)が報告されている。一方,

学校体育制度内における武道指導の在り方を提言したものは数少ない3,12)。体育科教育の立場での武道指導について は,近年では大塚13),百鬼10)などに提言がみられるが,体育科教育で求められた武道指導の目的を学習指導要領と の関わりから提言した報告はあまりみられない。しかし,平成 24 年度から完全実施される新学習指導要領の移行期 間となった現在,現行や次期指導要領の趣旨にみられる生涯スポーツを時代背景とした運動特性論に基づく体育観と 武道指導の間に生じる問題を検討することは重要であろう。

 本研究では,「体育科教育における武道指導」に視点を当て,戦後の武道教材の採用経過および体育分野全体に占 める「武道(格技)」の配当時間の推移から学校体育における武道の現状を指摘する。また,体育科教育における今 後の武道註 1)指導の課題について運動特性論に基づく体育観との関連から論及する。

2 戦後の武道教材の採用経過および体育分野全体に占める「格技・武道」の配当時間の推移

 昭和 20 年(1945)の終戦に伴い,戦後の教育は,民主国家を標榜する諸政策の下に進められた。

 表1は,戦後の武道教材の採用経過を示したものである。

 昭和 22 年(1947)に教育基本法及び学校教育法が制定された。同年に示された「学校体育指導要綱」(表1の1)

によると,体育の目的は「体育は運動と衛生の実践を通じて人間性の発展を企図する教育である。それは健全で有能 な身体を育成し,人生における身体活動の価値を認識させ,社会生活における各自の責任を自覚させることを目的と する」と示された。これは,「教育としての体育」,「全人教育の一環としての体育」というアメリカの教育思想の影

体育科教育における今後の武道指導に関する考察

直 原   幹

(平成20年9月30日受付;平成20年10月14日受理)

要   旨

 本研究は,日本の学校体育における武道に関し,学習指導要領にみられる武道の取扱いの変遷を資料とし,学校体育にお ける武道の特性とその課題の明確化を試みたものである。その結果,学校教育教材としての武道の今後の実施は,その内容 や方法が近年の学習指導要領の中で曖昧に記述されているために困難な状況に置かれていることが明確となった。したがっ て,平成24年より完全実施される新しい学習指導要領の移行期間となった現在,新しい学習指導要領の目的を考慮した武道 指導の内容を再構築することが重要であると考えられた。また,本研究では,生徒の心の健康を増進するという視点から,

武道のもつ伝統的特性を再確認すること,および新しい指導方法の促進についても議論した。

KEY WORDS

Budo 武道

physical education 体育科

school course guidelines 学習指導要領

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響を受けたもの2)と言われている。したがって,体育の目標においては,民主主義国家の形成者の育成を目指すと いう大前提の変更が図られたものの,全人教育という点で体育を精神教育と結びつける戦前の体育観は継承されたと 言えよう。

 武道(特に剣道)の場合は,戦時下の軍国主義教育の手段として用いられた経緯から,戦後の一時期には全面禁止 措置がとられていた。そのため,戦後の学校体育への武道種目の導入に際しては種目によりその時期(表1参照)が 異なるものの,「民主的スポーツ」としての確立が条件とされた点で共通している。

 戦後,武道が再び重視されてくるのは,「格技」という名称がはじめて使用された昭和 33 年(1958)の中学校学習 指導要領の改訂(表1の8)からである。剣道・柔道・すもうをその内容とする「格技」は男子の必修教材とされ,

体育分野(徒手体操,器械運動,陸上競技,格技,球技,水泳,ダンス)全体の5〜 10%の時間が配当されたので ある。「すもう」の場合は,戦中の体錬科においては武道ではなく体操の一教材として扱われ,戦後は陸上競技の一 つに数えられていた(表1の1)。しかし,この「格技」という名称の使用が契機となって「すもう」が「格技」に 含まれたこと(表1の8)から,現在では「武道」の一種目に数えられるようになった。この指導要領の改訂では「道 徳の時間」が創設されたことからも明らかなように,学校教育全体が「徳育重視」の方針を打ち出していたのであり,

「格技」の重視もその一環とみるのが自然である。したがって,「格技」という名称はその運動形態から「個人的格技 形式」註 2)の運動の総称として使用されたものでありながら,徳育重視の武道教材の伝統を受け継ぐものと捉えられ ていたことが推察される。

 戦後「文字自体に軍事的及び至武的意味をもつ」として使用が禁止されていた武道という用語は,昭和 39 年(1964)

の日本武道館の設立を機に一般にも使用されるようになる。また,社会体育においても武道が盛んに行われるように

表1 戦後の武道教材の採用経過

1.昭和 22 年(1947):「学校体育指導要綱」

   中・高とも陸上競技としてすもうが教材として示される

2.昭和 25 年(1950):「学校における柔道の実施について」(文初中 500 号)

   中学校以上の学校教育の教材として柔道を行ってよい

3.昭和 26 年(1951):「中学校・高等学校学習指導要領保健体育科体育編」

   中・高とも男子について柔道が選択教材として示される    望ましい指導週数は3〜6

4.昭和 26 年(1951):「学校における弓道の実施について」(文初中 577 号)

   中学校以上の体育の教材として弓道を行ってよい

5.昭和 27 年(1952):「学校におけるしない競技の実施について」(文初中 289 号)

   中学校以上の体育の教材としてしない競技を行ってよい

6.昭和 28 年(1953):「学校における剣道の実施について」(文初中第 385 号)

   高等学校以上の実施可能な学校においては行ってもよい

   さしあたりクラブ活動(課外活動または特別教育活動)から始めることが望ましい 7.昭和 32 年(1957):「学校剣道の実施について」(文初中 285 号)

    従来中・高校で行っている「しない競技」と高校で行っている「剣道」を整理統合し,「学校剣道」として 中学校・高等学校で実施できる

8.昭和 33 年(1958):「中学校学習指導要領」(文部省告示 81 号)

   〈格技〉として,すもう・柔道・剣道を示す    「道徳の時間」が創設される

9.昭和 34 年(1959):「学校におけるなぎなたの実施について」(文体体 226 号)

   中学校以上の実施可能な学校においては行ってもよい

   主として,女子の特別教育活動(クラブ活動)または学校行事等において行われることが適当 10.昭和 41 年(1966):「高等学校における弓道,レスリング,なぎなた等の実施について」

   これらの運動種目はクラブ活動として実施することが望ましい(文体体 79 号)

11.昭和 42 年(1967):「高等学校における弓道,レスリング,なぎなた等の実施について」

      (文体体 120 号)

   体育の時間に弓道,レスリング,なぎなた等を指導することができる

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なり,武道ブームとも言われる情況が生まれてくる。このような社会背景から,体育科教育における武道の重視はそ の後も続き,指導要領の改訂ごとに体育分野全体に占める比重を増していくことになる。

 表2は,中学校学習指導要領にみられる「格技・武道」配当時間の体育分野全体に占める割合と推移を示したもの である。

 昭和 44 年(1967)の中学校学習指導要領の改訂では,その基本方針として,「健康や体力の増進」が掲げられ,総 則の第3に体育の項が新設された。この方針により保健体育の授業時数は各学年とも 20 単位の時間増加がなされ,

125 単位時間となった。中学校3年間では延べ 375 単位時間となるが,これより保健の授業 70 単位時間を除くと,

体育分野の3年間の単位時間は 305 単位時間が確保されている。これは,第二次大戦後はじめての体育の時間増であ る。

 また,昭和 52 年の中学校学習指導要領の改訂では,「ゆとりのある学校生活」を目指し,各教科の授業時数の削減 がなされた。この改訂では,保健体育については各学年 105 単位時間と定められている。中学校3年間の延べ単位時 間(:315 時間)から保健の授業 55 単位時間を除くと,体育分野は 260 単位時間の配当となった。このとき,体育 分野における領域の整理もなされ,従前の7領域が5領域(「体操」「個人的スポーツ」「集団的スポーツ」「格技」「ダ ンス」)に区分されている。したがって,それまで体育分野7領域の一つであった「格技」は5領域の一つに数えら れることとなり,必然的に領域に占める「格技」の比重が約 24%まで増加することとなった註 3)

 このような昭和 33 年から 52 年の約 20 年間の推移を配当割合から算出した「格技」の単位時間で比較すると,昭 和 33 年:12 〜 25 <昭和 44 年:30 〜 61 <昭和 52 年:62 〜 63 時間となる。昭和 52 年においては体育分野全体の 時間数が各学年 20 単位(:125 − 105)減少したにも関わらず,「格技」の時間数は大きく増加しているのである。

 このように「格技」の比重が増加した理由には,昭和 33 年の導入時における「徳育重視」や昭和 44 年の「体育重 視」の傾向からも理解できるように,加熱する進学競争にみられる「知識偏重教育」の是正をその背景にあげること ができる。

 一方,昭和 40 年代からの武道ブームを背景に昭和 53 年に結成された武道議員連盟は,政治の面から武道振興に取 り組むようになる。武道議員連盟の設立趣意書には,「歴史を眺めても経済の繁栄の中に心身の頽廃が民族を滅ぼし た例もいくつもあります。現代の世界を見て,これではいけない,我が子はもっと明るく,強く,正しくと人々の健 全な反発力が少年の武道を盛り上げた原動力ではないかと思います。」とある。さらに,「学校教育に於ける知育偏重 を憂え,徳育体育を重視する観点に立って」として「①学校に於ける柔剣道を積極的に奨励する。②其他広く武道振 興のための調査,立案等を行う。」という目的を掲げ文部省への強い働きかけを行ったのである。文部省はこれを受 けて,昭和 54 年「柔・剣道教育推進のための施策の拡充について」をまとめ,諸々の推進策を展開することになる註 4)。  昭和 61 年(1986)10 月,教育課程審議会は「中間まとめ」において「格技」から「武道」への名称変更を発表した。

これは,武道という名称が国際的にも普及し抵抗なく使用されていること,自国固有の文化を再評価した上で重視す るという理由によるものである。また,昭和 60 年(1985)6月の臨時教育審議会の「我が国の伝統や文化について の理解を深め日本人としての自覚の涵養を図ること」という答申を受けたものと考えられる。さらに,これに呼応す るように武道協議会が昭和 62 年(1987)4月「武道憲章」を制定し,「武道とは何か」という見解を示している。こ の名称変更のねらいについては,当時の塩川文相によると「学校教育におきましても,武道に名前を変える時のいき さつも実はありまして,その時に,私たち文部省が,なぜ武道と『道』にするかと言えば,今,社会人に求められて いるマナー,しつけ,こういうものに一番適しているスポーツだということと,逆に今,学校教育でそういうけじめ を教えるのは,ほかの学科ではできない。武道でないとできないんだという主張が非常に強くある。」16)とされている。

 そして,平成元年(1989)の指導要領改訂において,「格技」は「武道」と改められることになった。また,「伝統 的な行動の仕方に留意して」という表現によって「武道」の独自性が示されている。しかし,「伝統的な行動の仕方」

については具体的にどのような行動であるのかは明らかにされなかった。前記の文部大臣の言葉からは「社会人に求 められているマナー,しつけ」というものが推察される。一方,当時の文部省体育局の杉山は,名称変更のねらいに 関して「格技という名称でもいいけれども,単なるスポーツではなくて,自分自身を高めるという考え方を大事にし た日本文化であるというところを特徴とするためには,武道として出すほうがいいだろう」とした上で,「伝統的な 行動の仕方に留意するというのは,そういうものの考え方を,柔道や剣道を通して子供に教えていこうということで す。正座の仕方をきちんとやれなんていうことをイメージしているわけじゃない。」17)とし,文部大臣とはややニュ アンスが異なっている。いずれにしても,文部省では,武道の実践に伴う伝統的な行動の仕方を通じて,マナーや躾 と共にその内面(自分自身を高めるという考え方)を重視していこうという姿勢が感じられる。

 これに対し,授業時数の配当の面においてはこれまでにみられた「武道」重視の傾向は影を潜めている。すなわち,

従前の指導要領(:昭和 52 年)では「一部の内容に偏ることのないよう授業時数を配当する」という基準により「格

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技」の配当時間が理論上は約 24%にまで引き上げられた扱いになっていたのであるが,平成元年改訂の指導要領か らは「各運動の習熟を図ることができるよう考慮して配当すること」となったことにより配当時数の基準が削除され たのである(表 2参照)。これは,生涯スポーツの教育を重視して「運動の特性に深く触れさせ,生涯にわたる運動 やスポーツの実践を確実なものにすることを目指した」4)ことによるものである。しかし,このことにより学校の実 状や生徒の能力・適性,興味・関心等により「武道」の授業時数も決定することとなったため,以前の「武道」重視 の方向性とは明らかに違い,その扱いが不確定で不安定なものになった。具体的には,「選択制」が導入されたこと により,各学校の実状に応じて必要なだけ多く「武道」の授業を実施することもできれば少なくすることもできると いうことであり,生徒個人の場合はその希望によって「武道」を全く履修しないことも可能になったということでも ある。また,平成 10 年(1998)に改定された現行の学習指導要領では,体育分野の配当時間が過去最低の 222 単位 時間程度(表 2参照)とされた中で,内容の改善点として運動の取り上げ方の弾力化が計られ,生徒の主体的選択 に基づく学習活動がさらに進められていた5)

 以上のことより,学校体育における「武道」の現状は,昭和期の「武道科」の独立までも視野にいれた武道議員連 盟の推進策15)からは明らかに後退した状況にあったことが指摘される。なぜならば,平成元年以降の「武道」名称 の復活により「武道」重視の印象を強く与える一方で,その実態は学校まかせ,個人まかせということになっていた からである。

 このような中で,平成 19 年9月,学習指導要領の改定作業を進めていた中央教育審議会の体育・保健専門部会に より,中学校の保健体育授業で選択領域となっている柔道や剣道などの「武道」と「ダンス」を中学1年生・2年生 の男女全員が必ず履修するよう学習指導要領を改定する素案がまとめられた。そして,平成 20 年1月,中教審から 文部科学省に答申がとりまとめされ,平成 20 年3月,新しい学習指導要領が告示された7)。そこでは,武道の必修 化によって体の鍛錬だけでなく 礼儀や公正な態度など日本の伝統文化に触れる機会を広げるのが狙いであり,伝統 文化を肌で知る効果が期待されている。また,女子に対しても必修化するのは戦後初めてであり,この点も特徴的で ある。

 現行の学習指導要領では,中学の体育には武道(柔道,剣道,相撲,なぎなた),ダンス以外に器械運動や水泳,

球技など計8領域があり,学年に応じて全員履修領域と選択領域を設定している。そして,武道,ダンスは1年生で いずれかを,2年生,3年生ではいずれか,もしくは両方を選択することになっている。しかし,選択制のため中学 で一切,武道を経験しないで卒業する生徒も少なくないのが現状であった。一方,新しい学習指導要領ではこれを改 定し,1年生や2年生は武道,ダンスを含む8領域すべてを履修することとなった。また,3年では「体つくり運動

(:体ほぐしの運動・体力を高める運動)」と「知識」を全員が履修し,「器械運動,陸上競技,水泳,ダンス」と「球 技,武道」の2グループから,それぞれいくつかの領域を選択することとなっている。配当時間については,保健体 育については各学年 105 単位時間と定められ,中学校3年間の延べ単位時間(:315 時間)から保健の授業 48 単位 時間を除くと,体育分野は 267 単位時間の配当となっており,現行の学習指導要領に比べて 20%の増加である。し かし,従前と同様に,各種目領域に対する時数の配当割合の基準は定められていない(表2参照)。

 文科省スポーツ・青少年局企画・体育課は「運動に親しむ資質の育成を図るためには多くの競技を経験させる必要 があるという観点から,武道とダンスの必修化案が浮上した」と説明し,武道については「伝統的な行動の仕方に留 意して互いに相手を尊重できるようにするという目的がある」としている。すなわち,平成 18 年 12 月に改正された 教育基本法に盛り込まれた「伝統と文化の尊重」を受けた措置で,幅広い運動の経験も必要とされてはいるものの,

武道においては,武道実践に伴う伝統的な行動の仕方を通じた徳性面の効果に期待が置かれている。

 このような情況を認識する時,生涯スポーツの教育を重視していく時代の風潮のなかで,「武道」は今後どのよう な意味や価値を多様に持ち,生徒にそれを提供できるのか,生徒が自らの志向性によってどのように「武道」を学習 することができるのか,教師は生徒が「武道」と関わる学びの場においてどのように関与していくことができるのか が問われてきていると言えよう。

3 体育科教育における武道の今後の課題

 西村12)は,「本来の武道と政策としての武道」という二つの武道に視点を当て,「本来の武道」と学校制度や体育・

スポーツとの比較考察を行っている。そして,「本来の武道」は一貫不変のものであり,政府の政策的判断や行政的 便宜の取扱によって左右され変更するものではないとし,そこへの回帰を主張し運動部活動や社会体育における武道 の振興に力を注ぐべきとしている。しかし,本研究ではこのような二項対立的な態度をとらない。なぜならば,武道 はその歴史の中で人づくり・教育としての手段的価値を重視してきた経緯をもち,学校制度や体育の目的との大きな

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共通項を有しているからである。また,近代学校教育制度から引き続いている教育活動という枠の中では,全ての教 材が武道と同じように教育の目的に従属するものであることを認めなければならないからである。したがって,武道 の利用という側面を認めつつ,より積極的に教育の目的の中で日本の伝統的な運動文化としての武道が担うことので きる役割を模索していくことが必要なのである。

 伝統・文化の尊重について,中村8)は「その歴史上の問題点も含めて捉え直し,宗教倫理のエッセンスのような ものを提示することができればよいのではないか」とし,仁・義・礼・智・信や「恥の文化」といった日本文化にお ける「倫理」のリバイバルを提唱している。このような立場から,伝統的スポーツの振興も「その論理をわれわれ自 身の生活のなかに再生させていくこと」1)と捉えるならば,武道の場合も今日の社会にあった形へ武道における思想 性,身体観あるいは身体技法というものを再構成することが模索の第一歩であると考えられる。

 一方,「武道」における人間形成面の特性が認知されたとしても,「武道」の「徳育志向」13)と近年の体育の「楽 しさ」重視の関係の中で生じる「武道」のダブルバインド的な状況は解決されない。なぜならば,これまでの武道推 進の考え方が必然的に「画一的」「強制的」傾向をもっていたのに対し,平成元年の指導要領改訂以降は生徒が自分 の能力・適性,興味・関心等に合った運動や内容を選択して学習する「学習の個別化・個性化」という相反する傾向 がみられるからである。また,「武道」が精神面の効果的特性に期待が置かれているのに対し,近年の体育では運動 すること自体が目的とされ,機能的特性である運動の「楽しさ」自体が重視されているからである。したがって,こ の両者の相克を解決する上で,武道の特性を体育科教育の中で今後はどのように位置付けていくのかという視点が必 要となってくる。

 平成 10 年度(1998)に改定された現行の学習指導要領では,体育の目標に「心と体を一体としてとらえ」5)とい う文言が加えられている。「心と体」の問題は,現在のところ,いじめ・不登校等の学校病理現象といわれる心の不 健康状態との関わりにおいて,体操から発展した「体つくり運動」の内容の一つである「体ほぐしの運動」という新 たな内容の導入とともに強調され,「体への気付き」「体の調整」「仲間との交流」など心 - 身の関わりからみた精神 面の必要充足的機能に着目することが期待されている。しかし,ここで付言しなければならないことは,「体ほぐし の運動」に関してはこれが精神面の必要の全体を網羅するものではないということである。特に「体ほぐしの運動」

は「体に気持ちよい」運動の視点から扱われやすい現状にあるが,学校教育では「体に気持ちよい」という視点は認 めつつも「(健康を)増進する」あるいは「(心身を)鍛える」という視点も再評価されるべきと考える。もちろん,

この両者のどちらを重視するのかは学習者個々のケースから判断されるものであるが,その両方が学校体育の学習内 容として保障されることが必要と考える。

 「武道」が他のスポーツ教材に比べて敬遠される理由の一つには,「武道」が個人および社会的レベルの躾や徳育の 涵養のための授業として現在も期待されているという点が挙げられよう。また,学校体育制度における「武道」の目 的の歴史的経緯を概観するならば,「武道」では特に社会的規範(具体的な行為としての「礼」等)としての躾領域 の徳育的効果が期待されてきたと言える。特に,平成元年の学習指導要領の改訂における「格技」から「武道」への 名称変更以降は,文部省指定の武道指導推進校研究でも「自ら」,「心」の視点から態度面の育成が強くなってきたこ と,この傾向が体力つくり推進校の場合も同様であったこと13)が報告されている。そのような中では,「礼」や「武 道の特性」の問題を機能的特性論からみた武道のマイナスイメージの取り扱いおよび技術と人格の相即関係の面から 積極的に検討することが今後の課題13)とされている。一方,武道の特性について前林3)は「武道をいわゆる徳育体 育論として捉えることは,武道そのものの構造・特質からみて無理がある」とし,武道本来の特性は身体運動に即し た技術観・修行観・身体観とそれに関わる自己内面的な精神性にあることを指摘している。しかし,「武道」に期待 される教育的効果を,この前林の指摘する技術観・修行観・身体観に基づく身体的運動の体験に求めるならば,「武道」

表2 中学校学習指導要領における「格技・武道」配当時間の体育分野全体に占める割合

告示年 種目名称 実施形態 時数の配当時間 配当単位時間 体育分野の単位時間 昭和 33 年(1958) 格技 男子必修   5-10% 12 〜 15 単位時間 245 単位時間 昭和 44 年(1969) 格技 男子必修 10-20% 30 〜 61 単位時間 305 単位時間 昭和 52 年(1977) 格技 男子必修 約 24% 62 〜 63 単位時間 260 単位時間 平成 元 年(1989) 武道 男女選択 配当割合の基準なし 260-295 単位時間 平成 10 年(1998) 武道 男女選択 配当割合の基準なし 222 単位時間程度 平成 20 年(2008) 武道 男女必修 配当割合の基準なし 267 単位時間程度

(時数は3年間の延べ単位時間,1単位時間= 50 分)

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の「痛い」「怖い」というマイナスイメージを自己で克服すべき「強い意志」をはぐくむもの,或いは,相互の関わ りの中で生じる「思いやり」において緩衝すべきものとして学習内容化していく方向性が考えられる。また,内田

18)も指摘するように,「中世以来洗練されてきた身体文化のうち・・(中略)・・呼吸法,瞑想法あるいは錬丹法など といった自分自身と向き合う稽古」18)に着目し,適切に特定の宗教色を排除し,教育現場で武道の実技教育と並列 的に教材化することができれば 武道は精神の鍛練になり,対戦相手に対する礼儀はコミュニケーション能力を向上 させることに機能すると考えられる。さらに,技術と人格の相即関係についても,現在の「武道の学習のねらいと道 すじ」6)においてみられる技術追求型モデルの学習過程を,今後は武道思想の発生過程に視点を置き,勝負に対す る心のあり方を学習のねらいとする新しい心術追求型モデルとして構築することも必要であろう註 5)

 すなわち,このような自己の内面的な積極的学習が可能となった時,「武道」必修化の価値が明確になるといえる であろう。

 以上,本研究は,学校教育における武道体験が本来人間に必要である「精神の涵養」という充足機能を果たし,学 校教育の一助になることを期待するものである。

4 おわりに

 本研究では,体育分野全体に占める「格技・武道」の配当時間の推移および実施形態の推移を踏まえ,学校教育に おける「武道」の置かれた現状と今後の課題を指摘した。すなわち,学校教育における「武道」の現状は,配当時数 基準の廃止,選択性の導入および生徒の主体的選択に基づく「学習の個別化・個性化」という思潮の中でダブルバイ ンドな状況にあったこと,そのような中で新しい学習指導要領の告示と「武道」の必修化が図られ,武道の伝統文化 としての特性を体育科教育の中で今後はどのように位置付けていくのかという視点が問われていることを指摘した。

また,「武道」が伝統的な運動文化として独自に果たしうる体育科教育における積極的な価値やその教育的効果につ いて,新たな教材化の可能性の面から試論した。

 今後の教科体育における「武道」の場合は,現代社会に適応した形でその「自己内面的追求」性のエッセンスを社 会的規範との関わりから提示することが可能であるならば,そのことが体育科教育の中で取り扱われる「武道」の特 性に成り得ると考える。しかし,そのような実践に際しては 、 武道体験がもたらす精神的,運動学的あるいは健康学 的効果の具体的中身は何か,運動者の志向に応じた「欲求充足機能」を満たすためにはどのように教材化すればよい のかという問題を理論的レベルで明らかにする必要があろう。

註1)以下,本研究では教科名称として使用する場合には「武道」とした。

註2)「個人的格技形式」という表現は,昭和 27 年(1952)「学校におけるしない競技の実施について」(文初中第 289 号)

において「…これまでの学校体育の教材中に個人的格技形式のスポーツが少ない…」との記述がある。(石川松太郎 : 現代日本教育制度史料・第二巻,東京法令出版,469-470,1985)

註3)昭和 52 年の学習指導要領では各運動の配当時間の割合が示されていない。そこで,本研究では以下の記述から (100

−5)÷4= 23.75 と計算した。

  ・「知識」については体育分野の5%(:100 −5)

  ・格技については,主として男子に履修させる(:5領域からダンスを除く)

  ・「体操」,「個人的スポーツ」,「集団的スポーツ」,「格技」,「ダンス」については一部に偏らないようにする(:÷4)

註4)これら柔・剣道教育振興の事情や推進策については,「新体育社:柔・剣道教育の行方をめぐって,新体育,49(10),

7- 8,1979 」を参照されたい。

註5)文部科学省の示した「武道の学習のねらいと道すじ」において,ねらい①:「今身に付けている技を使って対戦相手 を選んで試合ができるようにする」,ねらい②:「得意技を身に付け,その技を使っていろいろな人と試合ができるよう にする」とされ,技を増やすことによって試合の幅を拡げていく技術追求型モデルが示されている。もちろん,この学 習のねらいや道すじにはさまざまな方法が考えられるが,その一つとして,武道思想の発生過程に視点を置いた勝負に 対する心のあり方を学習のねらいとした場合には以下のような例が提案できる。すなわち,ねらい①:「試合や練習の ときの心のあり方に気づくようにする」,ねらい②:「試合や練習で最もよい心のあり方に気づき,実践できるようにす る」という心術追求型モデルである。

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引用・参考文献

⑴ 稲垣正浩:「伝統スポーツ国際会議」に参加して,体育の科学,43,941,1993.

⑵ 井上一男 : 学校体育制度史増補版,大修館書店,148,1970.

⑶ 前林清和:教育としての「武道」の問題 - 特に学校教育との関連より -,筑波大学体育科学系紀要,12,11-17,1989.

⑷ 文部省 : 中学校保健体育指導資料(指導計画の作成と学習指導の工夫),東山書房,9,1991.

⑸ 文部省:中学校学習指導要領解説―保健体育編―,東山書房,7,1999.

⑹ 文部省 : 前掲書4),88-89,1991.

⑺ 文部科学省:中学校学習指導要領,東山書房,85-97,2008.

⑻ 中村雄二郎:心の傷を担う子どもたち,誠信書房,101-102,2000.

⑼ 中村雄二郎:http://www.tokyo-np.co.jp/widebunk/hueki/zenbun28.html 12/15/2001

⑽ 百鬼史訓:武道と教育,体育科教育,48(1),42-45,2000.

⑾ 日本武道学会第 33 回大会 : 武道の初心者指導法,武道学研究,33(2),33-54,2001.

⑿ 西村勝巳 : 本来の武道と政策としての武道,武道学研究,16(3),pp. 1- 9 ,1984.

⒀ 野村英幸,幸田隆,直原幹:文部省指定「武道指導推進校」の実践内容に関する研究,武道学研究,34(1),11-22,

2001.

⒁ 大塚忠義:「武道教育論 ] 再考,体育科教育,47(3),20-22,1999.

⒂ 小沢博 : 武道の未来像―武道議員連盟は何をめざすか,体育科教育,35(7),43,1987.

⒃ 塩川正十郎 : 日本武道を語る,月刊武道,2,1987.

⒄ 杉山重利 : 体育で何が,どう,なぜ,変わったか,体育科教育,37(6),24-25,1989.

⒅ 内田樹:http://blog.tatsuru.com/2007/09/06̲1110.php.

(8)

What Should Budo Promote in Consideration of the Transition of the School Course Guidelines?

Kan J IKIHARA

ABSTRACT

This paper, a part of a study on Budo being conducted with the physical education in Japan, was attempted to  clarify the characteristics of Budo and the problems concerning Budo on the physical education through the analysis of  the transition of the attention point that is related to the enforcement method of Budo in the school course guidelines of  Japan.

Throughout the course of this paper it became clear that future enforcement of Budo as a teaching material on  the school curriculums is put to difficult situation because the contents and method of Budo are described ambiguously  in the school course guidelines in recent years. Thereby it is important for us to reinvestigate the new contents and  method of teaching Budo that considered the purpose of the new school course guidelines because next school course  guidelines will be carried out from Heisei 24 (2012). In addition, the reconfirmation of the traditional characteristic of  Budo and the promotion of a new method of teaching Budo were also discussed from the viewpoint how improves the  mental health of the student.

  Music, Fine Arts and Physical Education

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