Ⅰ は じ め に
現在,IASB(International Accounting Standards Board;国際会計基準審議会)
は概念フレームワークの改訂プロジェクトに取り組んでおり,計画では今 年度(2017年)中に改訂作業を完了し,改訂後の新しい概念フレームワー クを公表する予定となっている。
概念フレームワークの開発については,1970年代後半以降,米国の FASB(Financial Accounting Standards Board;財務会計基準審議会)による取組 み1)が注目されてきたが,21世紀に入り,グローバルな会計基準の設定を めざすIASBの活動2)の活発化に伴い,2004年に開始されたIASBとFASB
1) FASB (1978) (1980) (1984) (1985) (2000).
2) 2001年 か ら2011年 ま で のIASBの 活 動 を 詳 述 し て い る 文 献 と し て,
1 商学論纂(中央大学)第59巻第1・2号(2017年9月)
測定と業績報告
石 川 鉄 郎
目 次
Ⅰ は じ め に
Ⅱ 測定基準のカテゴリー
Ⅲ 混合測定基準アプローチ
Ⅳ 測定基準の選択要因
Ⅴ 業績報告をめぐる論点
Ⅵ おわりに 論 文
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の共同による概念フレームワークの改訂プロジェクトの取組み3),そして
2012年に再開されたIASB単独による概念フレームワークの改訂プロジェ
クトの取組みに注目が向けられている。
概念フレームワークは現代における会計学の基礎理論にかかわるハイラ イトの1つである4)。そのため,筆者は概念フレームワークの開発の歴史 やそれをめぐる専門的な議論に少なからざる関心を持っており,特に近年 におけるIASBによる概念フレームワークの改訂プロジェクトについては,
今後の展望も含め,その動向に注目している。
IASBによる概念フレームワークの改訂プロジェクトでは,FASBとの 共同プロジェクトの成果を含む現行の概念フレームワークの全体にわたる 見直しが検討されている。また,これまで概念フレームワークとしては取 り扱われてこなかったいくつかの領域についても,基礎概念の開発が試み られ,概念フレームワークの中に組み込むことが議論されている。
IASBは,2012年に再開されたIASB単独による概念フレームワークの 改訂プロジェクトの過程の中で,2013年7月に『財務報告のための概念フ レームワークの見直し(A Review of the Conceptual Framework for Financial
Reporting)』と題する討議資料5)を公表している。また,その後,IASBは,
討議資料に寄せられたコメントを踏まえて,2015年5月に公開草案6)を公 表している。IASBによる改訂作業は,現在,2015年5月に公表した公開 草案をベースに進められている。
Camfferman and Zeff (2015)が参考になる。
3) FASB (2010)およびIASB (2010a) (2010b) (2010c).
4) Evans (2003) Chapter 7; Deegan (2014) Cha pter 6; Schroeder, Clark and Cathey (2014) Chapter 2およびWolk, Dodd and Rozycki (2017) Chapter 7な どを参照。
5) IASB (2013).
6) IASB (2015a) (2015b).
本稿は,IASBによる概念フレームワークの改訂プロジェクトに注目し,
特に測定および業績報告をめぐる議論を取り上げ,そこで論じられている 主要な議論を整理し,その要点を明らかにするとともに,若干の論評を加 えることを目的としている。測定および業績報告をめぐる議論を取り上げ るのは,それらが企業会計の中心的な課題であり,また,さまざまな議論 が提示されている論争の多いテーマだからである。実際,公開草案の公表 をめぐって,IASBの委員14名のうち3名の委員が反対票を投じているが,
そのうちの2名の委員の反対理由は,主に測定および業績報告をめぐる異 論を根拠としている7)。本稿では,公開草案を主な手掛かりに,関連する いくつかの主要な議論も参考にしながら,測定および業績報告の問題につ いて論ずることとしたい8)。
Ⅱ 測定基準のカテゴリー
IASBの 現 行 の 概 念 フ レ ー ム ワ ー ク は, 測 定 に つ い て は,IASC
(International Accounting Standards Committee;国際会計基準委員会)の時代に 開発した1989年の概念フレームワーク9)をそのまま引き継いだものであり,
そこでは,測定という用語を簡潔に定義した上で,測定基準(measurement
basis)について,次の4つのカテゴリーを列挙している10)。
⒜ 歴史的原価(historical cost) ⒝ 現在原価(current cost)
⒞ 実現可能価額(realizable value)または決済価額(settlement value)
7) IASB (2015b) AV1 AV34項を参照。
8) なお,筆者は,別の機会に,IASBの公開草案のうち,財務報告の目的や
有用な財務情報の質的特性にかかわる論点を取り上げ,若干の論評を加えて いる。石川(2016a)(2016b)などを参照。
9) IASC (1989).
10) IASB (2010a) 4.55項。
⒟ 現在価値(present value)
また,これらの測定基準のうち,財務諸表を作成するにあたって企業に よって最も一般的に採用されている測定基準は歴史的原価であるとした上 で,状況に応じて,これに他の測定基準が組み合わされて適用されること があると記述している11)。
しかし,このような現行の概念フレームワークにおける記述は,21世紀 の現代における企業会計の実務やそれを規定する会計基準には適合しない 面を多分に含んでおり,最新のものに書き換える必要がある。また,測定 基準を選択するための指針や判断規準も示されてはいない。そのため,
IASBの公開草案では,21世紀の現代における会計実務やそれを規定する 会計基準を踏まえて,測定基準のカテゴリーを最新化すること,および,
測定基準の選択を指導する指針ないし判断規準となるガイダンスを示すこ とに力点を置いて,概念フレームワークの見直し作業を進めている。
測定基準のカテゴリーについては,討議資料で提示したカテゴリー12)を 踏まえながら,公開草案では次のような分類を提案している13)。
⒜ 歴史的原価(historical cost) ⒝ 時価(current value) ① 公正価値(fair value)
② 資産の使用価値(value in use)と負債の履行価値(fulfilment value) 歴史的原価は,資産,負債,収益および費用について,それらを生み出 した取引や事象から導かれた情報に基づいて測定するものであり,価格の
11) IASB (2010a) 4.56項。
12) 討議資料では,測定基準を ⒜ コスト・ベースの測定, ⒝ 公正価値を含む 現在市場価格および ⒞ その他のキャッシュ・フロー・ベースの測定という 3つのカテゴリーに分類している。IASB (2013) 6.37‑6.54項。
13) IASB (2015a) 6.4‑6.46項。
変動は反映しない測定基準である。歴史的原価のカテゴリーには,当初測 定(initial measurement)における「みなし原価(deemed cost)」,二次測定
(subsequent measurement)における資産の減損処理や不利(onerous)とな った負債の増額処理,金融資産や金融負債の償却原価も含まれる。また,
資産の歴史的原価には取引コストが加算され,負債の歴史的原価からは取 引コストが控除される。
一方,時価は,資産,負債,収益および費用について,測定日における 状況を反映する最新の情報に基づいて測定するものであり,これには市場 ベースの価値を反映する公正価値と企業固有(entity-specific)の価値を反 映する資産の使用価値と負債の履行価値がある。
このうち,公正価値は,測定日における市場参加者間の秩序ある取引
(orderly transaction)において,資産を売却することによって受け取られる
価格,または負債を移転(transfer)するために支払われる価格のことであ る。公正価値は,歴史的原価とは異なり,取引コストからは独立して決ま る測定概念であり,公正価値の測定にあたって,取引コストが加算または 減算されることはない。
また,使用価値は,企業が資産の継続的な使用とその最終処分から受け 取ると予想するキャッシュ・フローの現在価値(present value)であり,履 行価値は,企業が負債を履行するときに負担すると予想するキャッシュ・
フローの現在価値である。使用価値には,資産の最終処分に伴う取引コス トが反映され,履行価値には,負債の履行に伴う取引コストが反映され る。なお,使用価値と履行価値は,原理的には企業固有の前提に基づいて 計算されるが,実際的には,公正価値に類似する市場の前提などを部分的 に取り入れて,カスタマイズ(customize)されることがあるとされている。
なお,IASBの公開草案では,入口価値(entry value)の時価概念である 現在原価は,測定基準のカテゴリーからは除外される取扱いとなってい
る。すなわち,歴史的原価は,原価ベースの測定基準という意味では,現 在原価と同じ入口価値を表す測定基準であるが,しかし,二次測定の観点 からは,それはあくまでも過去の入口価値を表すものであり,歴史的原価 のカテゴリーの中に現在の入口価値を表す現在原価を含めて考えることは できない。また,IASBの公開草案における時価のカテゴリーである公正 価値,使用価値および履行価値は,すべて出口価値(exit value)を表す時 価概念であり,提案のままでは,そこに入口価値の時価である現在原価が 含まれると解釈することもできない。
IASBの公開草案では,特に価格変動が著しい状況では,現在原価に基 づく情報は歴史的原価に基づく情報よりも有用である場合があり,また,
物的資本維持の概念が採用されるときには,現在原価が必要になる場合が ある旨の簡単な言及14)は行っているものの,今後の会計基準の開発にあた って,測定基準として現在原価の選択を考える可能性は少ないという理由 で,測定基準のカテゴリーからは事実上,除外する取扱いを提案している ようである15)。
しかし,現在原価のこのような取扱いについては,強い異論がある。た とえば,英国のFRC(Financial Reporting Council;財務報告評議会)のメンバ ーであるロジャー・マーシャル(Roger Marshall)とアンドリュー・レナー
ド(Andrew Lennard)は,現在原価は入口価値を表す時価概念として一定
の有用性を持っており,概念フレームワークの段階で測定基準のカテゴリ ーから現在原価を排除する提案には疑問があると主張している16)。現在原 価の取扱いやその位置づけは,測定基準のカテゴリーをめぐる1つの重要 な論点となっている。
14) IASB (2015a) 6.18項。
15) IASB (2015b) BC6.23項。
16) Marshall and Lennard (2016).
Ⅲ 混合測定基準アプローチ
測定基準の選択をめぐる大きな論点の1つに,単一測定基準アプローチ と混合測定基準アプローチの対立がある。単一測定基準アプローチとは,
単一の標準(default)となる測定基準をあらかじめ措定し,それを基軸と して測定を考えていくアプローチのことである。これに対して,混合測定 基準アプローチは,すべての状況にあてはまる単一の標準的な測定基準は 存在せず,状況に応じて異なる測定基準を用いることが必要になると考え るアプローチである。IASBの公開草案では,財務報告の目的,有用な財 務情報の質的特性およびコストの制約を考慮すると,資産,負債,収益お よび費用の項目が異なれば,選択すべき測定基準も異なる可能性が高いと して,混合測定基準アプローチを前提に提案を行っている17)。
しかし,単一測定基準アプローチには,措定した単一の測定基準の観点 から会計上の測定に一貫性と体系性を付与し,また,測定数値である会計 数値の意味を明確にし,とりわけ会計数値全体の意味づけを容易にすると いう長所がある。さらに,会計上の測定システムをあまり複雑にせず,比 較的シンプルに保つという長所も有している。また,たとえあらゆる状況 において有用な情報に導く単一の標準的な測定基準を措定することが難し い場合でも,あるいは同一の状況において複数の測定基準がそれぞれ有用 な情報に導くと判断される場合でも,IASBの公開草案が提案する混合測 定基準アプローチは必ずしも唯一の考えられる答えというわけではない。
たとえば,AAA(American Accounting Association;米国会計学会)が1966年 に公表したASOBAT(A Statement of Basic Accounting Theory;基礎的会計理論 の報告書)は,会計情報の有用性を重視する現代会計の方向づけに先駆的
17) IASB (2015a) 6.3項およびIASB (2015b) BC6.7 BC6.14項。
な役割を果たし,また概念フレームワークの開発にも大きな影響を与えた 研究報告書であるが,そこでは歴史的原価に基づく情報と現在原価に基づ く情報がそれぞれ有用性を有しているという問題状況に対する解決策とし て,歴史的原価と現在原価を混合させるアプローチではなく,歴史的原価 に基づく情報と現在原価に基づく情報を財務諸表本体に併記させるアプロ ーチを提案している18)。また,現行会計の枠組みを前提とする場合でも,
財務諸表本体では単一測定基準アプローチを採用した上で,別の測定基準 に基づく情報を補足的な追加情報として財務諸表に注記する方法も考えら れる。財務諸表への注記を利用する方法については,IASBの公開草案に おいても言及が行われている19)。しかし,それにもかかわらず,IASBの公 開草案では,財務諸表本体で複数の測定基準を混合(混在)させるアプロ ーチを採用し,それを前提に測定問題に対処することを提案している。
IASBの公開草案が混合測定基準アプローチを提案している背景には,
企業が行う活動や関連する事象の複雑化に伴い,企業会計の対象領域が拡 大し,対処すべき問題状況も高度に複雑になっているため,単一の測定基 準に基づいて会計の全体像を描くことがますます難しくなっているという ことがある。
たとえば,歴史的原価を単一の測定基準とすることを支持する場合,米 国のFASBによる概念フレームワーク・プロジェクトの初期段階における 討議資料20)まで遡り,そこで提示された収益費用観の重要性が強調される ことがある。この傾向は,特にわが国でよくみられる。しかし,収益費用 観は資産負債観に対するアンチ・テーゼとして強調されるだけで,ほとん どの場合,収益費用観に基づく会計システムの全体像が明らかにされるこ
18) AAA (1966).
19) IASB (2015a) 6.74 6.75項。
20) FASB (1976).
とはない。単一の標準的な測定基準として歴史的原価が措定されるために は,ペイトン(W. A. Paton)とリトルトン(A. C. Littleton)が『序説』21)を著 した20世紀前半の歴史的原価会計ではなく,21世紀の現代における歴史的 原価会計の全体像が明らかにされる必要がある。
一方,IASBは,IASCの組織再編により2001年に設立されたが,設立当 初からしばらくの間は,単一の標準的な測定基準として公正価値を措定 し,そのような単一測定基準アプローチに基づいてIFRSの設定をめざし たとされる。しかし,政治的な要因も含め,公正価値を基軸とする会計の 全体像を有効に描くことができず,またその将来の展望も明らかにできな かったことが,混合測定基準アプローチの提案に導いたといわれてい る22)。実際,IASBの委員であるスティーブ・クーパー(Steve Cooper)は,
公正価値に基づく単一測定基準アプローチは有力で魅力的なものである が,しかし,IASBが2014年7月に完成版を公表したIFRS第9号『金融 商品(Financial Instrument)』,2014年5月に公表したIFRS第15号『顧客と の契約から生ずる収益(Revenue from Contracts with Customers)』,あるいは 公表に向けた設定作業が行われている「保険契約(insurance contracts)」に かかわる会計基準について,公正価値を単一測定基準とするアプローチの 追求を有効に行うことができなかったことが,公開草案における混合測定 基準アプローチの提案につながったと説明している23)。
しかし,設立当初のIASBの委員を務めたマリー・バース(Mary E.
Barth)は,財務報告の目的,有用な財務情報の質的特性,資産および負
債の定義など,現行の概念フレームワークが規定する基礎概念を前提とす る限り,それと一貫するのは公正価値であり,少なくとも二次測定におけ
21) Paton and Littleton (1940).
22) この点については,Whittington (2015) (2016)が参考になる。
23) Cooper (2015).
る公正価値の優位性を踏まえて財務報告における測定問題にアプローチす る必要があると主張している24)。また,公開草案の公表時にIASBの委員 であったパトリック・フィネガン(Patrick Finnegan)は,時価の優位性を 支持する立場から,混合測定基準アプローチを含む公開草案における測定 をめぐる提案全体に異論を示し,公開草案の公表に反対意見を表明してい る25)。
以上のような状況を踏まえると,IASBの公開草案が提案する混合測定 基準アプローチが概念フレームワークとしての役割にどの程度寄与できる のか,その見通しはやや不透明であるといわざるをえない。これは,そも そも概念フレームワークとは何か,企業会計におけるその位置づけや期待 される役割にもかかわる問題であるが,少なくとも混合測定基準アプロー チを採用する場合には,個々の状況における測定数値の個別的な有用性だ けでなく,混合測定によってもたらされる会計数値の全体的な意味や有用 性が改めて問われる必要があると考えられる。
Ⅳ 測定基準の選択要因
測定基準の選択は,財務報告の目的の観点からみて,それが有用な情報 をもたらすのかどうかで決定される。特定の測定基準がもたらす情報が財 務諸表の利用者にとって有用であるためには,概念フレームワークが規定 する有用な財務情報が具備すべき質的特性を満たし,またコストの制約に も従うものでなければならない。そこで,IASBの公開草案では,測定基 準の選択にあたって考慮すべき要因について,基本的な質的特性である目 的適合性および忠実な表現,また補強的な質的特性のうち関連するものと して比較可能性,検証可能性および理解可能性を順次取り上げ,それらに
24) Barth (2014).
25) IASB (2015b) AV17‑AV28項。
関連づける形で説明を行っている。
IASBの公開草案が示している説明の中で特に重要なのは,目的適合性 に関連づけて言及されている選択要因である。すなわち,公開草案では,
提供される情報の目的適合性との関連では,測定基準の選択にあたって,
次の3つの要因を考慮することが特に重要であるとしている26)。 ⒜ 資産または負債の将来キャッシュ・フローへの関与の仕方 ⒝ 資産または負債の特性
⒞ 測定の不確実性
上記の⒜の資産または負債の将来キャッシュ・フローへの関与の仕方 とは,測定対象である資産または負債がどのように将来キャッシュ・フロ
ーに関与(contribute)するのかということである。資産または負債が将来
キャッシュ・フローにどのようなかかわりを持つのかは,当該資産または 負債が企業の事業活動の中でどのように利用されるのかにも依存して決ま る。
⒝の資産または負債の特性とは,たとえば,それらがもたらすキャッ シュ・フローの変化しやすさ(variability)の性質または程度,市場要因の 変動やその他のリスクに対するそれらの価値の感応度(sensitivity)などの ことを指している。
⒞の測定の不確実性(measurement uncertainty)とは,正確な測定を行う ことの難しさのことである。測定の不確実性は,測定対象である資産また は負債がもたらす将来の結果の不確実性(outcome uncertainty)とは区別し なければならない。また,測定の不確実性は,状況の変化に応じて測定結 果が変化する程度を表す測定値の不安定性(volatility)とも混同されるべき でないと指摘する論者もいる27)。
26) IASB (2015a) 6.54‑6.56項。
27) 測定値の不安定性については,Cooper (2015) p. 5およびIASB (2015b)
IASBの公開草案では,測定基準の選択問題について,上記の選択要因 をさらに掘り下げて議論したり,より具体的な指針ないし判断規準を提示 したりすることは行われていない。また,上記の選択要因を含め,個々の 選択要因の相対的な重要性(すなわち,優先順位)についても,事実および 状況に応じて決まることになるとしているだけで28),具体的な判断は個々 の会計基準のレベルに委ねる形となっている。したがって,公開草案で は,測定基準の選択について,高度に抽象的なガイダンスを示すにとどま っている。この点は,概念フレームワークにおいてどの程度のガイダンス を示すべきかという問題として,1つの大きな論点となっている。
測定基準の選択問題について,IASBの公開草案が示すガイダンスより も踏み込んで,より具体的な議論を展開している論者に,米国のトーマ ス・リンスマイヤー(Thomas J. Linsmeier)ならびにすでに取り上げた英国 のマーシャルとレナードがいる。彼らは,IASBによる概念フレームワー クの改訂プロジェクトに関連して,それぞれ独自の議論を提示してい る29)。ある意味で,彼らの議論は典型的なものであるので,ここではその 要点を簡単に確認しておくこととしたい。
まず,リンスマイヤーの所説であるが,リンスマイヤーは,歴史的原価 と公正価値の選択問題に焦点を合わせ,それを未実現の利得・損失を追加 で認識することの適否の問題として整理した上で,そのような未実現の利 得・損失を認識することによって提供される追加情報の有用性を検討して いる。
リンスマイヤーによると,未実現の利得・損失の認識が有用な情報を提 供するのは,満期前または耐用期間終了前に資産を売却または負債を移転
AV28項を参照。
28) IASB (2015a) 6.48項。
29) Linsmeier (2014) (2016)およびMarshall and Lennard (2014) (2016).
する経営者の能力に影響を及ぼす内部的または外部的な制約がない場合で ある。そのような状況では,未実現の利得・損失は逆戻り(reverse)する ものではなく,それらの認識は,満期前または耐用期間終了前に資産を売 却または負債を移転する場合に企業が経験するであろう,潜在的な富の変 動に関する有用な情報を提供する。一方,資産または負債を満期前または 耐用期間終了前に売却または移転することについて経営者の行動や意思決 定を妨げる内部的または外部的な制約がある場合には,未実現の利得・損 失は逆戻りするものであり,それゆえ,それらの認識は,非常に有用性の 限られた情報を提供するにすぎない。
したがって,リンスマイヤーは,未実現の利得・損失を認識することの 有用性は,主として,満期前または耐用期間終了前に資産を売却または負 債を移転する経営者の能力を制限する内部的または外部的な制約があるか どうかに依存して決まる問題であると考えている。内部的な制約が存在す るのは,資産・負債の性質または事業活動の性質によって,経営者が満期 前または耐用期間終了前に当該資産を売却したり,当該負債を移転したり することを抑制(disincentive)しようとする場合であり,また,外部的な 制約が存在するのは,経営者が当該資産を売却したり,当該負債を移転し たりすることを妨げる障壁(impediments)がある場合である。
リンスマイヤーは,以上のような議論に基づいて,満期前または耐用期 間終了前に資産を売却または負債を移転する経営者の能力を制限する内部 的または外部的な制約がある場合には,歴史的原価が適切な測定基準であ り,そのような制約がない場合には,公正価値が適切な測定基準であると いう結論を導き出している。
一方,マーシャルとレナードの所説では,入口価値と出口価値の選択問 題に主な焦点を合わせた上で,特に事業モデル(business model)の概念を 援用する形で議論を展開している。
マーシャルとレナードによると,測定基準の選択問題にとって,次の2 つの事業モデルを区別することが重要である。
⒜ 「価値創造(value added)」事業 ⒝ 「価格変動(price change)」事業
価値創造事業とは,仕入先や従業員などから投入財(inputs)を獲得し,
通常,一定種類のプロセスの後,当該投入財を使用して顧客に対して産出
財(outputs)としての財・サービスを提供し,そこから収益を獲得する事
業のことである。これに対して,価格変動事業とは,価格の変動からもた らされる利得を得るために,資産(および負債)を取得する事業のことで ある。
マーシャルとレナードは,価値創造事業における投入財を表す資産を営
業資産(operating assets)と呼び,営業資産については入口価値を表す原価
(歴史的原価または現在原価)が適切な測定基準であり,営業債権(trade
receivables)を含むそれ以外の資産については出口価値が適切な測定基準
であると結論している。一方,価格変動事業における資産および負債につ いては,出口価値(現在市場価格)が適切な測定基準であると結論してい る。
なお,IASBの公開草案では,事業モデルに基づくアプローチをめぐっ て,その用語の意味も含めてさまざまな意見があるため,事業モデルとい う用語を用いた一般的な議論の提示はあえて行っていないとしている30)。 また,マーシャルとレナードは,慎重性の概念についても議論の柱の1 つとし,「用心深さとしての慎重性(cautious prudence)」に限定せず,「非 対称性としての慎重性(asymmetry prudence)」も概念フレームワークに含 めるべきであると主張しているが31),この点についても,公開草案の公表
30) IASB (2015b) BCIN.28 BCIN.34項。
31) Marshall and Lennard (2016) pp. 500‑502.
に反対意見を表明したフィネガンは,逆に,そもそも「用心深さとしての 慎重性」を概念フレームワークに含めることに異論を唱えておりS32),慎重 性の概念をめぐって見解は大きく分かれている。
Ⅴ 業績報告をめぐる論点
業績報告については,純利益,OCI(other comprehensive income;その他 の包括利益)および包括利益の報告(表示)問題が最も議論の多い主要な論 点となっている。
IASBは,討議資料では,OCIとして表示される可能性のある項目を次 の3つのカテゴリーに分類した上で,考えられるさまざまなアプローチを 検討し,やや複雑な議論を提示していた33)。
⒜ ミスマッチの再測定(mismatched remeasurements) ⒝ 橋渡し項目(bridging items)
⒞ 一時的な再測定(transitory remeasurements)
しかし,公開草案では,議論が整理され,比較的シンプルな内容の提案 が示されている34)。公開草案が提示している議論とそれに基づく提案の要 点は,次のようにまとめることができる。
⑴ これまでの調査研究および討議資料に寄せられたコメントなどを踏 まえると,収益および費用を純利益の構成項目とOCIの項目に一貫 性のある形で区分することは不可能であり,また,OCIの使用につ いて,すべてに共通した単一の概念的根拠を見出すことはできない。
⑵ 企業業績は多面的であり,単一の指標によって企業業績を明らかに することはできないが,純利益は企業業績を表す主要な指標として計
32) IASB (2015b) AV16項。
33) IASB (2013) Section 8.
34) IASB (2015a) 7.19 7.27項およびIASB (2015b) BC7.24 BC7.57項。
算・表示することが適切である。したがって,純利益を表示する業績 計算書(損益計算書)がその期の企業業績に関する有用な情報を提供 する主要な情報源(財務諸表)として作成されるべきである。
⑶ 純利益を表示する業績計算書はその期の企業業績に関する有用な情 報を提供する主要な情報源であるので,原則として,すべての収益と すべての費用は当該計算書に記載され,OCIとして表示される項目 は生じない。OCIが生ずるのは,当該項目をOCIとして表示するこ とが純利益を表示する業績計算書の有用性(目的適合性)を高める場 合のみであり,この判断はIASBにより個々の会計基準レベルで行わ れる。
⑷ OCIとして表示した項目については,原則として,将来の一定期 間において,純利益を表示する業績計算書に組替え(reclassification) を行う。組替え(いわゆるリサイクリング)を行わないのが認められる のは,組替えを行うための明確な根拠がない場合のみであり,この判 断もIASBにより個々の会計基準レベルで行われる。
したがって,IASBの公開草案では,主要な業績指標として純利益の重 要性が強調されるとともに,OCIの使用は極力制限され,また,包括利 益の概念は,純利益と区別される利益概念としては,ほとんど意味を持た なくなるという方向で,提案が行われている。
問題は,公開草案が示すガイダンスが,実際にそのめざす方向での改善 に少しでも役立つものであるのか,その有効性にあるといえる。公開草案 の公表に反対票を投じたクーパーとフィネガンは,業績報告にかかわる公 開草案の提案に異論を唱えているが35),それは公開草案の提案がめざす方 向に対する異論というよりも,提案の有効性ないし実効性に対する疑念を
35) IASB (2015b) AV2 AV7項。
表明したものであると解釈できる。
なお,純利益,OCIおよび包括利益の報告問題については,IASBによ る概念フレームワークの改訂プロジェクトに関連して,さまざまな論者か らさまざまな議論が提示されている。
たとえば,米国のリンスマイヤーは,純利益の構成項目から明確に区別 できるOCI項目に共通した固有の特性は存在しないので,OCI項目の区 分表示は概念的な根拠を持たないものであり,また純利益を独立した利益 数値として報告することにも意義を見出すことは難しいとして,営業利益 の区分表示に重点を置いた包括利益計算書の作成を提案している36)。ただ し,純利益とOCIの区分に概念的な根拠はないと考える点では,リンス マイヤーとIASBの公開草案には一定の共通した面がみられ,特にリンス マイヤーが提案する包括利益計算書のボトムラインを包括利益ではなく,
純利益と読み替えると,OCIの使用が行われない場合には,IASBの公開 草案が提案する純利益を表示する業績計算書と大きくは異ならないものと なる。
一方,英国のマーシャルとレナードは,営業利益とともに,純利益が業 績指標として重要であるとして,純利益を表示する業績計算書の作成を提 案している37)。しかし,純利益が業績指標としての有用性を保つためには,
収益および費用の一部を純利益の構成項目から除外し,OCI項目として 表示することが必要となる場合が少なからず存在すると指摘している。マ ーシャルとレナードは,そのようなOCI項目として報告することが考え られるケースとして,次の場合を挙げている。
⒜ 活発な市場の存在しない資産および負債について時価による測定が 行われる場合
36) Linsmeier (2014) (2016).
37) Marshall and Lennard (2014) (2016).
⒝ デリバティブをキャッシュ・フロー・ヘッジとして契約している場 合
⒞ 戦略投資の場合
⒟ 負債の再測定の金額が企業自身の信用リスクの変動を反映している 場合
⒠ 価値創造事業の営業資産が時価で再評価される場合
また,マーシャルとレナードは,OCI項目が討議資料のいう「ミスマ ッチの再測定」や「橋渡し項目」に限定される場合には,純利益への組替 えを行うことに問題は生じないが,それ以外の「一時的な再測定」に該当 する項目が含まれている場合には,純利益への組替えを行うことには問題 が生ずるとして,原則として組替えを行うというIASBの公開草案の提案 を批判している。
さらに,わが国のASBJ(Accounting Standards Board of Japan;企業会計基準 委員会)やその関係者は,マーシャルとレナードとは異なる観点から,業 績指標としての純利益の重要性に焦点を置いた議論を提示している38)。そ こ で は 特 に, 純 利 益 が 有 用 な 業 績 指 標 で あ る た め に は, 不 可 逆 的
(irreversible)な成果を表す確固(robust)とした測定値でなければならず,
また,包括的(all-inclusive)な成果を表す完璧さ(integrity)を持った測定 値でなければならないとされ,そのためには,財政状態を報告するための 測定基準と業績報告のために純利益の構成項目に適用される測定基準が異 なる場合に,それらを連携させる要素(linkage factor)としてOCIは不可 欠であり,また純利益を包括的な業績数値として保つためには,OCI項 目の純利益への組替えも必要不可欠なことになると主張している。そのよ うな主張は,現行会計を踏まえた現実的な議論として評価できるが,たと
38) Nishikawa (2013) ; ASBJ (2014)およびNishikawa, Kamiya and Kawanishi (2016). なお,Hoogervorst (2014a) (2014b)も参照。
えば次の点に議論の余地が残ると考えられる。
⒜ 不可逆的な成果という場合の不可逆的という言葉の意味の曖昧さ
⒝ OCIの使用が「ミスマッチの再測定」や「橋渡し項目」に限定さ れていない場合におけるOCI項目の純利益への組替えを支える概念 的な根拠の薄弱さ
⒞ 純利益と包括利益という二重の包括的な利益概念が併存することの 複雑さ,あるいは,財政状態の測定と業績の測定という二重の測定が 併存することの複雑さ
Ⅵ お わ り に
本稿では,測定と業績報告の問題について,IASBの公開草案を中心に,
関連するいくつかの主要な議論も参考にしながら,議論の要点を整理し,
若干の検討を加えてきた。
測定基準のカテゴリーについては,現行の概念フレームワークを21世紀 の現代に相応しい最新のものとする見直しが行われているが,IASBの公 開草案における提案については,特に現在原価の取扱いやその位置づけが 論点となっている。
混合測定基準アプローチについては,単一測定基準アプローチを採用す ることの難しさを踏まえた提案という面もあるが,混合測定基準アプロー チが概念フレームワークとしての役割にどの程度寄与できるのか,その見 通しはやや不透明である。また,混合測定基準アプローチを採用する場合 には,個々の状況における測定数値の個別的な有用性だけでなく,混合測 定によってもたらされる会計数値の全体的な意味や有用性が改めて問われ る必要がある。
測定基準の選択要因については,IASBの公開草案では,目的適合性な どの質的特性に関連づけて一定のガイダンスが提案されており,現行の概
念フレームワークを改善する試みが行われている。ただし,提案されてい るガイダンスは高度に抽象的なものにとどまっており,また選択要因相互 間の関係も示されていない点は,1つの大きな論点となる。
業績報告の論点については,純利益およびOCIの表示や取扱いが問題 となるが,IASBの公開草案では,純利益の表示に焦点を置いた比較的シ ンプルな提案が行われている。しかし,OCIの取扱いをめぐっては複雑 な問題もあり,IASBの公開草案における提案がどの程度の有効性や実効 性を持つことができるのか,その見通しは必ずしも明らかでない。
以上のように,本稿で取り上げた論点はすべて容易に見通しを持つこと のできない難しい問題ばかりであるが,IASBの公開草案が示している議 論や提案は,関連するさまざまな論者の議論とともに,概念フレームワー クを進化させようとする貴重な取組みとして,十分に評価できるものであ る。IASBの新しい改訂後の概念フレームワークはまもなく公表される予 定であるが,その内容にも注目しながら,関心を持ってしばらく研究を続 けることとしたい。
参 考 文 献
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