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Haxamanis 朝初期における小家畜管理

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(1)

Haxamanis 朝初期における小家畜管理

著者 川瀬 豊子

雑誌名 国立民族学博物館研究報告

巻 4

号 1

ページ 43‑78

発行年 1979‑07‑30

URL http://doi.org/10.15021/00004560

(2)

川瀬

Haxa:manis

朝 初期 における小家畜管理

Haxamanig-

朝初期 にお ける小家畜管理

川 瀬 豊 子*

The Royal Management of UDU.NITA (Small Cattle) under the Early Haxamanis-Dynasty

Toyoko KAWASE

Persepolis Fortification Tablets (PFT) deal with administra- tive transfers of foodstuffs from 509 to 494 B.C., i.e., from the thirteenth to the twenty-eighth year of Darayavau-I. Through the investigation of these tablets, this essay attempts to reconstruct tentatively the major outline of the royal management of UDU.

NITA.

Ninety-three texts referring to UDU.NITA were extracted from PFT, to which was added Fort. 6764, published by G. G.

Cameron. The following facts emerged from the detailed analysis of the texts:

1) The royal nutanta- (stockyard) was the central organization of UDU.NITA breeding in the royal economy;

2) Breeding was based on the consignment system;

3) A form of cattle tax (bazil) was levied by the royal court;

4) The use of meat and hides is confirmed by the texts, whereas that of wool and milk is only suggested, as for products derived from UDU.NITA. In additon, UDU.NITA were ritually sacrificed.

5) The consumption of UDU.NITA, was apparently restricted in daily life, and evidently, the interest of the royal court centered on increase of UDU.NITA and utilizing them alive. It is thought that UDU.NITA were not regarded as consumer goods, but rather as savings;

6) The consignment system and the levy of bazi1 seem to have shared the functions of linking the royal economy with the cattle breeders, from which it may be concluded that in addition to their economic functions, the consignment system and the levy of bazi:s" aimed at the close interaction with the cattle breeders.

*大 阪大学文学部 ・国立民族学博物館共 同研究員

(3)

国立民族学博物館研究報告  4巻1号

Ⅰ.は じめ に

Ⅱ .名 称 体 系 の再 構成

.ペ ル セ ポ リス 王 室経 済 管 轄 下 のUDU.

NrrA

1)会 計 簿 か ら の ア プ ロ ー チ 2)利 用 形 態 へ の ア プ ロ ー チ IV. HiranとUrandugの 場 合

V.お わ り に

Ⅰ .は じ め に

本 稿 の 目的 は,ペ ル セ ポ リス 出 土 の エ ラ ム 語 経 済 文 書 を 手 が か り に,従 来 と りあ げ ら れ る こ と の 少 な か っ た イ ラ ン の 基 本 的 な 生 業 形 態 で あ る 家 畜 飼 養 の 問 題 を,特 に 羊 ・ 山 羊 の 小 家 畜(UDUNITA)管 理 と い う側 面 か ら考 察 す る こ と に あ る 。

  前539年 バ ビ ロ ン征 服 に よ って 古 代 オ リエ ン トの 新 し い 支 配 者 と して の 地 位 を 獲 得 し た バ カ ー マ ニ シ ュ朝1》(ア カ イ メ ネ ス 朝)は,第3代 ダ ー ラ ヤ ワ ウ1世(ダ レ イ オ ス1世,在 位522‑486  B.C.)の 治 世 に 帝 国 の 統 治 行 政 機 構 の 整 備 に 着 手 し た 。   従 来 の バ カ ー マ ニ シ ュ 朝 史 研 究 で は,も っ ぱ ら,古 代 ペ ル シ ャ語 に よ る 王 碑 文 と古 典 古 代 史 料 が 主 要 な 対 象 で あ っ た が,近 年 わ れ わ れ は,あ らた に,バ カ ー マ ニ シ ュ 朝 内 部 か らの 「報 告 」 を 利 用 で き る よ う に な っ た 。 と りわ け 本 稿 で と り あ げ よ う と す る 城 砦 文 書 は,数 量 的 に も 内 容 的 に も 他 史 料 を 凌 駕 す る2)。1933‑1934年 に お こ な わ れ た シ カ ゴ 大 学 オ リエ ン ト研 究 所 の ペ ル セ ポ リス 発 掘 に よ っ て,大 基 壇 北 東 隅 の 城 砦 か ら大 量 の 粘 土 板 文 書 群 が 発 見 さ れ,そ の う ち2087点 がR・T・ バ ロ ッ ク に よ り1967年 に PersePolis Fortification Tabtetsと して 公 刊 さ れ た3)。 こ れ ら は 物 資 の 支 給,収 納,輸 送,交 換,貯 蔵 に 関 係 す る ダ ー ラ ヤ ワ ゥ1世 の 第13‑28年(509‑494  B・C・)の 王 室 経 済 の 管 理 文 書 で あ る 。 そ の 記 録 は,南 は 少 な く と もニ ー リー ズ か ら 北 は エ ラ ム 東 部 (た だ し ス ー サ は 普 通 含 ま れ な い)に 及 ぶ か な り広 範 な ペ ル セ ポ リス 王 室 経 済 圏 に つ い て 記 さ れ て い る 。

  城 砦 文 書 が,バ カ ー マ ニ シ ュ 朝 の 社 会 経 済 的 諸 関 係 や 歴 史 的 地 理 的 諸 事 実 の 究 明 に 対 し て 測 り しれ な い 貢 献 を 果 す も の で あ る こ ζ は 衆 目 の 一 致 す る と こ ろ で あ り,最 近 1)以 下で は バ カ ー マニ シ ュ朝 帝 国 を,古 典 古 代 のア ンチ ・テ ー ゼ と して捉 え よ う とす る従来 の ヨー ロ ッパ 中 心主 義 の ア プ ロ ーチ に対 し,バ カ ーマ ニ シ ュ朝 を,そ れ 自体 と して古 代 世 界 の 中 に位 置づ け た い とい う筆者 の立 場 を 明示 す る た めに,王 朝 名 と王 名 に 関 して は優 先 的 に古代 ペ ル シ ャ語 碑文 に現 われ る形 一 た だ し名 詞幹 の形一 を 採用 す る こ とに したい 。

2)城 砦 文 書 の 内容 につ い て はす で に佐 藤 進 氏 に よ って詳 細 な 報 告 がお こ な わ れ て い る[佐 藤 1973]。

3)1977年 段 階 で す で に4500の タ ブ レ ッ トの研 究 が 終了 した と報 告 され て い るIHALLocK  1977:

127]が,PF  2087以 後 の あ らた な公 刊 は実現 して い ない 。

44

(4)

川 瀬   Haximanig‑as初 期 に お け る 小家 畜 管 理

で は し だ い に そ れ ら に つ い て の 研 究 成 果 が 発 表 さ れ る よ う に な っ て き て い る 。 し か し な が ら家 畜 管 理 の 問 題 に つ い て は,バ ロ ッ ク 自 身 の テ キ ス ト解 説 以 外 に は,W.ヒ ン ツ に よ っ て ペ ル セ ポ リス 王 室 経 済 管 理 部 門 の 一 部 と して 言 及 さ れ[HINZ  1971:288‑

290],あ る い は 個 々 の 単 語 の 語 義 解 釈 が 幾 人 か の 言 語 学 者 に よ っ て な さ れ る こ と が あ っ た に す ぎ ず,体 系 的 に と り あ げ られ る と

表1  イ ラ ンに お け る土地 利 用 区分

土 地 区 分 比 率(%)

未利用地

牧 野

砂 漠

半 砂 漠 低生産牧野

枚 野

森 林

伐採 され た 森 林 跡地 乾 燥 農 業 用 地 灌 海 農 業 用 地

25.0 25.0 20.0 5.0 1.2 8.8 12.5 2.5 貢輿井   1977:138

い う こ と は こ れ ま で ま っ た く お こ な わ れ て い な い と い って よ い 。

  しか し表1に 示 さ れ る よ う に 現 代 イ ラ ンの 土 地 利 用 区 分 か らみ た 場 合,遊 放 利 用 面 積 は 国 土 の25%を 占 め る の で あ り,家 畜 飼 養 に よ る 土 地 利 用 が き わ め て 重 要 な 意 義 を もつ こ と は 明 ら か で あ る[熊 井   1977:138]。 バ カ ー マ ニ シ ュ朝 時 代 の イ ラ ン高 原 で は,す で に 人 工 灌 瀧 の た め の 地 下 水 路 「カ ナ ー ト」    現 在 に お い て も こ の 地 域 の 灌 概 手 段 と して 機 能 し て い る    が 掘 られ て い た こ と,そ し て,そ れ に よ っ て 農 業 生 産 が 増 大 し た こ と,あ る い は バ カ ー マ ニ シ ュ 朝 が 植 物 栽 培 や そ の 普 及 に 熱 心 で あ っ た こ

と等 が 報 告 さ れ て は い る が[GHIRsHMAN  l  954:182‑184],一 般 に 農 業 生 産 の 拡 大 が 阻 止 さ れ る 傾 向 の あ る イ ラ ン高 原 の 自 然 環 境 を 考 え た 場 合,と り わ け 古 代 に お い て は, 家 畜 飼 養 に 大 き な 比 重 が 置 か れ て い た こ と が 予 想 さ れ る[ラ ム ト ン  1976:360]。 し

か も城 砦 文 書 の 主 要 管 轄 地 域 で あ り バ カ ー マ ニ シ著 朝 発 祥 の 地 で あ るヲ ァー一ル ス 地 方 は,ザ ク ロ ス 山 脈 を 控 え た 良 好 牧 野 の 分 布 す る 地 域 で あ る 。そ れ ゆ え,当 該 地 域 の 家 畜 管 理 の 実 態 を 解 明 す る こ と は,バ カ ー マ ニ シ ュ 朝 の 基 本 的 性 格 を 理 解 す る う え で,き

わ め て 重 要 で あ る と 思 わ れ る 。 以 下 で は前6世 紀 末 一 前5世 紀 初 め の ペ ル セ ポ リス 王 室 経 済 圏 に お け るUDU.NITA管 理 の 史 料 を 整 理 紹 介 す る こ と を 第 一 の 課 題 と して, 今 後 の バ カ ー マ ニ シ ュ 朝 社 会 分 析 の た め の 予 備 的 作 業 と し て 報 告 を お こ な い た い 。 な

お 当 該 地 域 の 家 畜 所 有 は 遊 牧 民 に よ る も の と定 着 民 に よ る も の に 大 別 さ れ る が,以 下 で 取 り扱 わ れ る の は 主 に 大 家 畜 所 有 者 と し て の 王 室 所 有 のUDU  NITAで あ る 。   本 稿 で はUDU.  NITAに 関 す る も の と し て 城 砦 文 書 中 よ り93点,城 砦 文 書 に は 未

収 録 で は あ る が す で にG.G,キ ャ メ ロ ン に よ っ て 紹 介 さ れ て い たFort・6764[CA‑

MERoN  1942:21614)の 計94点 を 分 析 の 対 象 と し て 抽 出 し た 。 次 に バ ロ ッ ク の 分 類 に

4)当 初 キ ャメ ロ ンは タ ブ レ ッ ト作 成 年 を第16年 と再 構 した が,そ の 後 バ ロ ッ クに よ って 第19年   と解 す べ きこ とが指 摘 され[PFT:52】,現 在 で は一 般 にそ れ が受 け入 れ られ て い る 。

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(5)

      国立民 族学博物館研究報告  4巻1号 基 づ い て93点 の 内 訳 を 示 して お く。

    Bテ キ ス ト(物 資 の 交 付):PF  58‑74   Ctテ キ ス ト(委 託):PF  232

  C4テ キ ス ト(税 と して の 小 家 畜):PF  267‑273,2025   C5テ キ ス ト(交 換):PF  278

  C6テ キ ス ト(C1‑C5以 外 の 委 託):PF  283・‑287    Dテ キ ス ト(一 般 的 領 収):PF  332‑333

    Eテ キ ス ト(祭 儀 用 あ る い は 加 工 用 の 支 給):PF  352,362‑364,367,376,417,       2030

   Gテ キ ス ト(糧 食 支 給):PF  587‑5885)

  Hテ キ ス ト(官 吏 に よ る 領 収):PF  654‑663,678     Jテ キ ス ト(王 室 の 糧 食):PF  695‑696,2033

  K2テ キ ス ト(称 号 を もつ 個 人 に 対 す る毎 月 の 支 給):PF  775   K3テ キ ス ト(無 称 号 の 個 人 に 対 す る 毎 月 の 支 給):PF  823‑825    Qテ キ ス ト(旅 行 支 給):PFl442,1572‑1573,2057

   Rテ キ ス ト(分 類 不 可 能 な テ キ ス ト):PF  1633   S1テ キ ス ト(動 物 に 対 す る 定 期 支 給):PF  1712‑1716     Tテ キ ス ト(手 紙):PF  1790‑1791,1793‑1794,1829,1854,20706)   Uテ キ ス ト(ラ ベ ル):PF  1905

  Vテ キ ス ト(仕 訳 帳):PF  1943,1946① ② ③7)   Wテ キ ス ト(会 計 簿):PFI987,2007‑2012,2083,2084   な お 本 稿 で は 、 以 下 に 示 す よ うな 略 号 を 使 用 し た 。   略 号

    AV:ア ヴ ェ ス タ語

    DB:ダ ー ラヤ ワ ウ1世 ビ ー ス ト ゥ ン 碑 文     且dt:ヘ ロ ド トス 『歴 史 』

JHSHO:Journal  qf  the  Economic  and Social Histor] of the  Orient   JNES:Journal  Of  Near  Eastem  Studies

5)内 容 的 に は明 らか にC5テ キ ス トに分 類 さ れ るべ き もので あ る。

6)内 容 的 に はPF 1790はK2テ キ ス ト,  PF 1791はL2テ キ ス ト(労 働者 に対 す る毎 月 の 支給) ,   P F I  793はK2テ キ ス ト,  PF 1794はMテ キ ス ト(特 別 支給) , PF 1829はC1テ キ ス ト,  PF   1854はDテ キ ス ト,PF  2070はC4テ キ ス トに分 類 され る。  Fort,6764も こ こに含 ま れ る,   た だ し内容 的 に はJテ キ ス ト。

7)内 容 的 に はす べてS1テ キ ス トに分 類 され る 。

46

(6)

川 瀬   Hax乱mani善 ・朝 初 期 に お け る 小家 畜 管 理

JSS:Journal  of Semitic  Studies NP:近 世 ペ ル シ ヤ 語

OIr:古 代 イ ラ ン 語 OP:古 代 ペ ル シ ャ 語

PF:城 砦 文 書 テ キ ス ト

PFT:1)ersePolis乃7'哲6α ゴoηTablets ZA:Zeitschrzft  fUt/AsEアrio  to.gie

.名 称 体 系 の再 構 成

  以 下 の 報 告 を お こ な う に 先 立 っ て ま ず ペ ル セ ポ リス 王 室 経 済 の 管 轄 下 に あ るUDU・

NITAが,い か な る 類 別 名 称 に 基 づ い て 識 別 さ れ て い た の か を 明 ら か に して お く必 要 が あ る 。

  UDU.  NITAは,本 来 の シ ュ メ ー ル 語 文 書 で は そ の コ ン テ キ ス トか ら 明 ら か に 去 勢 さ れ た オ ス 羊 を 示 す 名 称 で あ る が[LANDsBERGER  l960:67‑68],城 砦 文 書 で は 小 家 畜 の 総 称 と して 用 い られ る8)。 さ らにUDU  NITAに は,  kumaS,  kupSu  etc・

の 系 列 とraptam,  hidu  etc・ の 系 列 の 明 らか に 異 な る2品 種 が 存 在 す る 。 この2品 種 を 決 定 す る こ と は 必 ず し も 容 易 な こ と で は な い が,城 砦 文 書 に お け る 各 々 の 取 扱 量 の 差 に 基 づ い て 前 者 を 羊,後 者 を 山 羊 と す る 見 解 が 一 般 に 受 け 入 れ ら れ て い る[PFT:

‑1句ρ)。一これ に っ い て は 種 別 を 確 認 で き る テキ ス トを 整 理 し た 表2を 参 照 さ れ た い。

        ノ

後 述 す る よ うに,確 か に王 室 経 済 管轄 下 のUDU・NITAの 飼養 あ るい は 増産 の対 象 は もっ ぱ ら前者 に 集 中す る。 そ れ ゆ え本 稿 で も上 記 の 見解 に従 う こと に した い 。   さて 他 の 類 別 名称 体 系 の諸 例 と同 様 に城 砦文 書 の 羊 ・山羊 の各 々 につ い て も,性 差

と成 長 段 階 に応 じて 名称 が 変 化 す るだ けで な く,オ ス と メス の成 長 段 階 の ス ケ ー ル に も相 違 が存 在 す る こ とが確 認 で き る。 す な わ ち オ ス に は2段 階 の年 令 区 分 の ス ケ ー ル しか存 在 しない の に対 して,メ スの そ れ に は3段 階 が 存 在 す る。

  ま ず羊 につ いて は次 の よ うに な る。 生 まれ た 年 に は オ ス ・メ ス と も 区 別 な くputU 8)羊 と 山羊 が 羊 の呼 称 で代 表 され ると い う こ とは一 般 に起 こ りう る ことで あ るが,各 々の呼 称

とは別 に両 者 の総 称 が 存 在す る のは特 異 な こ とな のだ ろ うか 。城 砦文 書 以 外 の例 と して トル コ 語 につ いて は牛,水 牛 の 大家 畜 を 示すmalに 対 し羊,山 羊 を 示 すdavarが 存 在 す る とい うこ とを松 原 正 毅 氏 よ り御指 摘 い た だい た 。ま た モ ンゴ ル語 に つ いて は大 家畜 を 意 味 す るbodaに 対 す るbaya mal(小 さな 家 畜)と い う呼称 が 存在 す る とい う御 指 摘 を原 山燈 氏 よ りいた だ い た 。 9)R・E・ エ ンメ リッ クはPFTに つ いて の 書 評 の 中でkupsuが セ ム語kbsを 表 わ して い る と主

張 して い る[EMMERIcK  1971:213]。 た だ しア ラ ビア語 で はkabasは オ ス羊 で あ る。

      47

(7)

表2種 別 に 基 づ く 頭 数 比 較

PFナ ン バ 58 59 60 61 62 63 64 65

661

67 68 69 70 71 72 232 267 268 269 270

テ キ ス ト 分 類

B B B B B B B B B    B B B B 8 B C2

C4 C4 C4

治    世     年

18 19 21 21 19 20 18 20 20 20 20 21 21 21 24 21 17 17 19 19

k・p5μ …

12 3 6 14 9 1

κ

2 15 10 9 476 382 226 222

hidu.na 5 6 10 16 10 1 13 8 14 11 3 16 15 17

271 272 273 283 284 285 286 287 1987 2007 2008 2009 2010 2025 2070 2083

 C4 C4 C4 C6  C6 C6 C6 C6 W W W W w C4 T(c4) w

16 19    18 19 21 20 21 24 19 15 15 16 16 17 15 16 19 18

70 127 83 8 10 27 16 19 9265 584 539 681 247 570 570 533 8 997

167 16 73 2 7578 185 26 86 86 41 40 111

(註)PF58‑72のBテ キ ス トは屠 殺 され た 羊 ・山羊 の皮 の 宝庫 へ の納 入 を記 録 す る こ とを 最終 目 的 とす る。す な わ ち こ れ らは全 く消費 の カテ ゴ リ

     ー に属 す る もの でCテ キ ス トやWテ キ ス トとは性 質 を異 にす る もの で あ る点 につ いて は留 意 され た い

(8)

川 瀬   Haxamanig・ 朝 初 期 に お け る小 家 畜 管 理

と呼 ば れ る 。 性 別 が 必 要 な 場 合 に はGURUS(オ ス),  MUNUS(メ ス)で 区 別 さ れ る 。 オ ス のput丘 は 第2年 目 に はkumaSに 移 行 す る(PF  2008:34,17;PF

2010:8‑9,30)が,そ の 後 名 称 の 変 化 は な い 。 一 方 メ ス のputUは 第2年 目 にapgar と呼 ば れ る よ う に な り(PF  2008:7,19;PF  2010:11,32),第3年 目 に はkup§uに 移 行 す る(PF  2008:5‑6,18)。 城 砦 文 書 で は 同 一 のputUに つ い て 誕 生 か らkumaS, あ る い はaPSar,  kUPSuへ の 移 行 を 連 続 的 に 検 証 す る こ と は で き な い の で,各 移 行 の 基 準,時 期 を 確 認 す る こ と は 不 可 能 で あ る 。 し か し な が ら後 述 す る 会 計 簿 計 算 で は, putUが い っ さ い 出 産 に 関 係 しな い の に 対 して, apgarの 一 部 とkupSuの ほ と ん ど す べ て が 出 産 に 関 係 す る 。 メ ス 羊 は 一 般 に6‑16ケ 月 で 最 初 の 発 情 期 を 迎 え る と さ れ て い る[HAFEz  I969:3201。   putUで は ま だ 性 的 に は 未 成 熟 で あ る が,  putUか ら移 行 し たkuma§ お よ びapgarは す で に 性 的 に 成 熟 し は じ め て い た,す な わ ち 生 殖 可 能 な 段 階 に 達 し て い た と み な す こ と が で き る 。そ れ ゆ え 全 体 と して はput丘 を 仔 羊,  kuma9 を 成 オ ス,ap§arを 若 メ ス, kup§uを 成 メ ス,と い う 現 在 一 般 的 に 使 用 さ れ て い る ス ケ ー ル に 対 応 さ せ る こ と が 可 能 で あ る よ う に 思 わ れ る 。 な お 単 にputUと の 対 比 の み が 問 題 と な る 場 合 に は,ap§arは 現 わ れ ずkupsuで 総 括 さ れ る 。

  山 羊 の 場 合 に も状 況 は全 く 同 様 で あ り,オ ス に つ い て はkaririとraptamの2段

階,メ ス に つ い て はkariri,  bakema9,  hiduの3段 階 の ス ケ ー ル が 確 認 で き る 。  た だ しkaririか らraptam(PF  2010:3‑4,26),  kaririか らbakemas(PF  2010:6,29) へ の 移 行 は 検 証 で き た が,bakema§ か らhiduへ の 移 行 に つ い て は 検 証 で き な か っ た 。kaririと の 対 比 の み が 問 題 と さ れ る 場 合 には,bakemasはhiduで 総 括 さ れ る 。   な お 羊 の 総 称 に は 羊 の 成 メ スkupguが,山 羊 の 総 称 に は 山 羊 の 成 メ スhiduが, 各 々 所 有 格 を 構 成 す る 接 尾 辞 一naを 付 与 し て 適 用 さ れ る。

  さ ら に 城 砦 文 書 に は,UDU.  NITAの た め の 第3の 類 別 名 称 体 系 が 存 在 す る 。 す な わ ち 羊 ・山 羊 がUDU.  NITAで 総 称 さ れ う る場 合 に は,上 述 の 個 々 の 類 別 名 称 体 系 はputuを 除 い て は 利 用 さ れ な い 。 し か もUDU.  NITAと して の み 言 及 さ れ て い る 場 合 に はputUとhasanaの 二 段 階 の ス ケ ー ル の み で,成 長 段 階 は 性 別 を 無 視 し, む し ろ 概 括 的 総 称 的 に 表 現 さ れ る傾 向 が あ る 。 ま た 羊 ・山 羊 に 共 通 に 認 め られ る 「1 才 」 も,こ の 第3の 類 別 名 称 体 系 に 含 ま れ る もの と し て 処 理 した 。

  UDU・NITAは 今 述 べ た よ う にputUとhasanaに 大 別 さ れ る 。putUに つ い て は, 会 計 簿 に お い て 出 産 に 関 連 して 言 及 さ れ る 場 合 に は,特 にhadus10)(PF  2009,2010,

       

10)UDU・NITAと 牛(GUD)(PF  2086)の 出 産 に 関 連 す る 以 外 で は 「糧 食 」 を 意 味 す る[PFT:

686];W・ ヒ ン ツ は 「収 獲 」 と 解 釈 して い る[HINz  1967:332,1973:170]。

(9)

国立民族学 博物 館研究報告   4巻1号 2083)あ る い はkurte(PF  2008)と 呼 ば れ る 。 一 方hasanaは 成 獣 を 示 す 総 称 で, 牛(GUD),ロ バ(ANSE),ラ ク ダ(ANSE・A・AR・BA)お よ び 家 禽 類 に も適 用 さ れ る が,各 家 畜 の 成 熟 速 度 に 応 じ て そ の 下 限 が 異 な る こ と は 当 然 の こ と で あ ろ う11)。

UDU.  NITAに つ い て は 明 らか にputuの 対 立 概 念 で あ る(PF  2011,2012)。 「1 才 」 の 羊 ・山 羊 へ の 言 及 は,城 砦 文 書 で は5例 の み で あ る 。 そ の う ち4例 は メ ス の コ

ン テ キ ス トで 現 わ れ(PF  267,268,285,287),  put丘 とkupguあ る い はkaririと hiduの 間 の 成 長 段 階 で あ る こ と が 確 認 で き る 。す な わ ち 少 な く と も部 分 的 に はap§ar, bakemasの 成 長 段 階 と 重 な る こ と が 予 想 さ れ る 。 残 る1例PF352はUDU・NITA

で 総 称 さ れ て い る の で,オ ス の 「1才 」 に つ い て は 直 接 の 検 証 例 を わ れ わ れ は も た な

い 。

  図1は 以 上 の結 果 を ま とめ た もので あ る。 た だ し これ はあ くまで 抽 出 した テ キ ス ト に 基 づ いて 再 構 成 され た もので あ り,必 ず し も当時 お こな わ れ て いた 名 称 体 系 を 完 全

に説 明 す る わ けで は な い 。 た と え ば,城 砦 文書 に認 め られ るオ ス の識 別 は きわ めて 単 純 な もので あ り,家 畜 の管 理 上 当 然 予 想 され る去 勢 につ い て は,そ の実 態 を 明 らか に す るた め の手 かが りは ほ とん ど何 も得 る こ とが で き な い12)。た だ しUDU.  NITAと

図1 名 称 体 系 の 再 構 成

11)hasanaで 修 飾 さ れ て い るUDU・NITA以 外 の 家 畜 に つ い て は 次 の こ と が 確 認 で き た 。 ① 牛,   ロ バ,家 禽 で は オ ス,メ ス と も検 証 で き る 。 ② オ ス 牛 で は3才,1才,仔 牛 は含 ま な い 。 メ ス   牛 で は 仔 牛 は 含 ま な い が1才 はhasanaで 総 称 さ れ う る(PF  2086,2087)。 ③ メ ス ロ バ で は1   才 は 含 ま な い(PF  289,290)。 ④ 家 禽 の オ ス で は 雛 を 含 ま な い 。 メ ス で は1才 と雛 を 含 ま な い   (PF 280,2014)。 ⑤ メ ス ラ ク ダ で は5才(4才?),3才,1才 を 含 む(PF  331)。

12)バ ロ ッ ク に よ れ ば 去 勢 を 示 唆 す る も の と して 「メ ス ・オ ス の(MUNUS.  GURUS‑na)」 と 修   飾 さ れ て い る 牛 と ロ バ が 言 及 さ れ る[PFT;734]。

(10)

川 瀬   HaxEmanig一 朝 初 期 に お け る小 家 畜 管理

い う総 称 が示 唆す る よ うに,シ ュ メー ル以 来 の慣 例 と同 様,城 砦文 書 で 取 り扱 わ れ る オス 羊 はす べ て 去 勢 オ ス羊 を前 提 と して い た と考 えて よい の か も しれ ない13)。

      ダ

  さ て 以 上 の よ う な 類 別 名 称 と は 別 個 に,城 砦 文 書 のUDU.  NITAに は,そ の 成 長 段 階 あ る い は 管 理 形 態 を 補 足 的 に 説 明 す る と 考 え ら れ る 次 の よ う な エ ピ セ ッ トを 認 め る こ と が で き る:batin(「 地 区 に い る 」PF  l 829),  hadumiya(「?」PF  695),  ha‑

pitamnug14)(「?」PF  2009),  hatrima蓉i5》(「?」PF  2009,2012,2083),  IN‑na16) (「放 牧 中 の 」PF  1712‑1714,1716,1946① 一 ③),  kibatin‑na(「 放 牧 中 の 」PF  1943), nutanuya917)(「nutanuSに 属 す る 」PF  58,73,74,2009,2010,2012),  sunki‑na (「王 の 」PF  775,1442)。

  これ らの エ ピセ ッ トを 解 明 し,そ の 相 関 関 係 を 正 し く位 置づ け る こ とは,王 室 経 済

        ダ

管 轄 下 のUDU・NITAの 具 体 的 な管 理 構 造 を理 解 す るた あ には 必 要 で あ る 。 しか し その よ うな 作業 は現 在 の史 料状 況 の下 で はほ とん ど不 可 能 で あ る。 今 回 の報 告 で直 接 に 言 及 し う る も の は,nutanuyaSの み で あ り,そ れ 以 外 の エ ピ セ ッ ト に つ い て は, 上 述 の よ う に テ キ ス ト例 と 各 々 の 解 釈 の 可 能 性 を 示 す に と ど め た い 。

13)古 バ ビ ロ ニ ア 時 代 の 家 畜 管 理 の 研 究 の 中 でF・R・ ク ラ ウス はudu・nita2を 去 勢 オ ス 羊 と 解   した 場 合 の 種 オ ス の 飼 養 に つ い て ふ た つ の 可 能 性 を 指 摘 して い る 。 す な わ ち 種 オ ス は ①udu.

  nita2の 中 に 含 ま れ て い た,② 記 帳 に は 関 係 し な い 特 別 の 家 畜,た と え ば 牧 夫 の 所 有 す る 家 畜   の 中 に 含 ま れ て い た[KRAus  1966:26‑27]。

14)UDU.  NITAと 牛(PF  2085)を 修 飾 す る 。  PF 2009の 会 計 簿 計 算 で は,前 年 度 の 繰 り 越 し   分 に は 含 ま れ る が,当 該 年 に は お そ ら く個 人 に 委 託 さ れ た 結 果 全 体 の 計 算 か らは 除 外 さ れ る 家   畜 群 を 修 飾 して い る:.ハ ローッ ク はPF  2009のhapitamnu§ 数 亡hatrima§(後 出 註15参 照)一 数   が 一 致 す る と い う事 実 に 基 づ い て,hapitamnu§ を メ ス の 家 畜9e  hatrimaSの 代 替 物 と み な そ   う と す る[PFT:68]:ヒ ン ツ はOP*5pidaumna‑「 水 を 求 め て 群 が っ て い る 」 を 想 定 して い   る[HINZ  l975=32]。

15)UDU  NITAの 成 メ ス の み を 修 飾 す る 。 PF 2009のhiduの 計 算 か ら,追 加 あ る い は 補 充 の   た め の 家 畜 群 で あ る こ と は 確 実 で あ る 。 そ れ ゆ えPF  2009:37の108(?)hatrima§ は,バ ロ ッ   ク に従 い61hatrimasと して 訂 正 して 以 下 で は 取 り扱 う こ と に し た い:ヒ ン ツ は0.  Ir.*ha一   θrava「 交 尾 さ れ る べ き 」(c£Av・haθra‑「 一 緒 に,同 時 に 」)を 想 定 す る が,会 計 簿 計 算 で は   出 産 の 項 目 に は 関 与 し な い 。 あ る い は ヒ ン ツ は*haθriva一 と 読 む 可 能 性 も指 摘 して い る が,こ   れ に つ い て は 語 源 不 明[HINz  1973:87,1975:ll9]。

16)UDU・NITA(7例),牛(11例),馬(4例),家 禽(9例),  Sukur(動 物 の 一 種)(1例)   を 修 飾 す る 。 こ の 解 釈 はPF  1792で 穀 物 支 給 を 受 け る 牛 と 受 け な い 牛 に つ い て 後 者 の み がIN‑

  naで 修 飾 さ れ て い る こ と,お よ びPF  1709でIN‑naで 修 飾 さ れ る も の に 対 す る 支 給 額 が 修 飾   さ れ な い も の の%で しか な い と い う2点 に 基 づ い て い る[PFT:48]。

17)UDU.  NITA,牛(PF  2013,2085),家 禽(PF  I 721,2014),  kurta駁 王 室 経 済 管 轄 下 の 労 働   者)(PF  848,1008,1142)を 彦飾 す る 。 nutanu§ はOP*nid五ni一 の 借 用 語 で 宝 庫,倉 庫,貯   蔵 庫 」 を 意 味 す る[GERsHEvlTcH  1951:143;HARMArrA  1954:289‑301]。 た だ し城 砦 文 書   でnutanu§ が 取 り扱 う対 象 は も っぱ ら 家 畜 で あ る の で,本 稿 で は 家 畜 庫 」 と考 え る:ヒ ン ツ   はnutanusに つ い て は 「宝 庫,貯 蔵 庫 」 と す る こ と を 認 め て い る が, nutanuyaS  1こつ い て はD.

  ウ ェ ー バ ー の 見 解 を 取 り入 れOP*nitaniya一 を 想 定 し 「家 畜 が 手 足 を 伸 ば して 横 た わ る 場 所 」   す な わ ち 「家 畜 の 収 容 場 所 」 を 主 張 して い る[HINz  1973:  86‑87,1975:176]。

(11)

国立民族学博物 館研究報告   4巻1号

Ⅲ .ペ ル セ ポ リ ス 王 室 経 済 管 轄 下 のUDU.  NITA

      ノ

  さてUDU・NITAの 管 理 につ い て は,限 られ た 数 で は あ る が,王 室 経 済 の会 計 簿 が か な りま と ま った 形 で そ の 内容 を 伝 え て い る。 現 存 の 会 計簿 は,8ル セ ポ リス の王 室 経済 全 体 を 対 象 と して い る と推 定 され るPF  2007以 外 は,王 室 経 済 管 轄 下 の家 畜 飼 養地 域 に あ るnutanu§(家 畜 庫)を 対 象 と した もの と考 え られ る。 それ ゆ え これ ら の 記録 を 詳 細 に検 討 す る こと に よ って,nutanuSの 管 理 形 態 に つ いて その 概 観 を得 る こ とがで き るで あ ろ う。本 章 で は まず この作 業 が お こな わ れ る。 そ して その 後,抽 出 した他 の テ キ ス トを 活 用す る こ と に よ って,具 体 的 なUDU.  NITAの 利 用 形 態 が ア プ ロー チ され る。

1)会 計 簿 か ら の ア プ ロ ー チ

会 計 簿 は 原 則 的 に は 次 の よ う に 構 成 さ れ る 。 前 書 き:取 り扱 わ れ る物件(UDU.  NITA),担 当官 吏 前 年 度 の 繰 り越 し分:

raptam

kariri

GURUS‑na

hidu

bakemaき

kariri MUNUS.na

hidu‑na

kumaS

put{i GURU§.na

kUPSu

apSar

put丘

MUNUS‑na

kup蓉u‑na

GURUS.na

MUNUS‑na

UDU.  NITA

(12)

川 瀬    Hax互man溢 朝 初期 にお け る小 家 畜 管 理

当該年 の計算:

martukka碁e  sudan batmana  hi parimak halpika  (屠 殺)

rapt3m

kariri hidu bakema§

kariri kuma§

put丘 kup§u ap忌ar

put丘

計   回    pitika  (移 動) 計  画   halpika十pitika

合 計

合 計

raptam hidu bakemag kuma§

kup§u ap§ar

katuka

mat  katuka mat  pir halpika mat  pitika

(保有)

datma§e  sudan hadu§hi  parimak hadu§ku§ika         ワ

  GURUS‑na   MUNUS‑na hadu§mazzika

(出産)

(支出)

B=A×1/10

E=C一 トD

G÷Aの 成 メ ス 合 計 H=G×2/3

1=Ia十Ib

J=H‑1

(13)

国立民族学 博物館研究報告  4巻1号

計:UDU.  NITA  katuka

合 計

raptam hidu

bakema§

kuma蓉

put6 kUPSu

aPSar

put丘

UDU.  NITA  katuka

UDU.  NITA  mazzika  (支 出)

K・・   F十I

Lの 算 出 方 法 につ い て は 本 文 参照

  以 上 の 項 目 の す べ て が 必 ず し も常 に 満 た さ れ る わ け で は な く,当 然 各 テ キ ス トに は 個 々 の 状 況 を 反 映 した ヴ ァ リ エ ー シ ョ ンが 認 め ら れ る(表3)。 しか し 全 体 を 通 じ て み れ ば,会 計 簿 計 算 の 基 本 的 な 手 順 と そ の 特 徴 と し て 次 の こ と を 確 認 す る こ と が で き る 。

  ①   屠 殺,移 動,保 有,出 産 がnutanuSの 主 要 な 管 理 項 目 で あ る 。

  ②   当 該 年 の す べ て の 計 算 に 先 立 っ て 取 扱 総 頭 数18)の1/10がmartukka9と し て 計 算 さ れ,batmana(家 畜 担 当 官)19)に 支 給 さ れ る 。 こ れ は す べ て 屠 殺 さ れ る べ き UDU.  NITAで お こ な わ れ た 。

  ③ 「屠 殺 さ れ た も の 」(appa  halpika)に は,  a)他 よ り 持 ち 込 ま れ た(harika) UDU・NITAが 屠 殺 さ れ る 場 合(PF  2008,2010)と,  b)当 該nutanu9に 属 す る

        ノ

UDU・NITAが 屠 殺 さ れ る 場 合(PF  2009,2083)の2通 り が あ る 。

    a)持 ち 込 ま れ たUDU  NITAはnutanuSの 保 有 頭 数 そ の も の に は 影 響 を 与 18)hatrimaSが 含 ま れ る場合 の取 扱量 は複 雑 であ る。  PF 2009に お い て オ スは207頭 で 年 頭保 有   頭 数 と取 扱 量 の間 に差 は な いが,メ ス は年 頭保 有 頭 数390頭 に対 し取 扱 量 は460%頭 と計算 され   る。 この70%頭 の 増加 は 当該 年 に計 上 さ れたhatrimaSに 由来 す る もので な け れ ばな らな い。

  た だ し当該 年 のhatrimaSは 合 計269頭,そ の うち屠 殺 され た もの は140頭 で あ る(PF  2009は   屠 殺方 法bに 属 す る)。明 らか にhatrimaSの 取 り扱 い は他 のUDU.  NITAか らは区別 さ れて   お り,一 種 の 羊価 の存 在 を想 定 で きるの か も しれ な い 。

19)バ ロ ックはbate‑「 牛 や羊 の 群 れ を集 め る」 に基 づ い て,,batmanaも 後 出 のbateraも と も   に 「 牧 夫 」 と訳 して い る[PF 676]が,  batmanaは 家 畜管 理 を 記 録 す る会 計簿 にの み認 め られ   る呼称 で あ り,直 接 飼 養 に関 わ るb弓teraと は 区別 され るべ きで あ る。 そ れ ゆえ 本稿 で は,前  

者 を 「(nutanu§の)家 畜 担 当官 」,後 者 を 「牧夫 」 と訳 す こと と した い 。

(14)

川 瀬    Hax5manig・ 朝 初 期 に お け る 小家 畜 管 理

  え ず20),出 産 に も 関 係 し な い 。 こ れ は す べ てbatmanaに 対 し て 支 給 さ れ る 。     b)当 該nutanuSに 属 す るUDU・NITAに つ い て は,他 の 項 目 と 同 様,オ ス ・   メ ス に つ い て 各 々 の 成 長 段 階 に 基 づ く内 訳 が あ る 。そ して 屠 殺 総 頭 数 か らbatmana   に 対 す る 支 給 を 差 し 引 い た 頭 数(pir  halpika)が,  nutanusの 「支 出 」21)(mazzika)   の1項 目 に な る 。 こ の 場 合 に は 出 産 に も 関 係 す る 。

  ④ 「移 動 さ れ た もの 」(appa  pitika)は す べ てnutanusの 「支 出 」 と な る 。   ⑤ 「生 き て い る も の 」(appa  katuka)は,  nutanusの 「支 出 」 に は 含 ま れ な い 。 お そ ら く こ れ はnutanuSに 残 さ れ,  nutanuS自 体 の 飼 養 お よ び 消 費 の 対 象 と な っ た UDU.  NITA群 と 推 定 で き る 。 換 言 す れ ば,こ の 項 目 はnutanusの 直 接 の 保 有 頭 数 を 示 す も の と み な す こ と が で き る。

  ⑥matの 語 義 は 確 証 さ れ て い な い が,出 産 数 を 計 算 す る た め の 基 準 で あ る こ と は 間 違 い な い 。matは 基 本 的 に は 屠 殺,移 動,保 有 の 各 項 目 の 成 メ ス の 合 計 に 基 づ い て 計 算 さ れ る 。 た だ しkupSuに 出 産 を 期 待 で き な い も の が 含 ま れ て い る 場 合 も あ っ た し(PF  2009:51,64),あ る い はapSarの 一 部 が 加 え られ る 場 合 も あ っ た(PF 2083:68‑69,82)22)。matに 関 連 す るapsarの 選 別 基 準 は 必 ず し も 明 確 で は な い が,

∬ 章 で 述 べ た よ う にaPSarの ほ と ん ど は す で に 生 殖 能 力 を 有 し て い る の で,こ こ で は お そ ら く そ の う ち 妊 娠 経 験 の あ るapgarが 特 に 選 別 さ れ た も の と推 定 で き る 。 す な わ ちmatは 生 殖 能 力 の あ るkupsuと 妊 娠 経 験 の あ るapsarに よ っ て 構 成 さ れ て い た と み な す こ と が で き る 。

  ⑦mat数 の%に あ た る 出 産 が 記 録 さ れ,  nutanu9に 残 さ れ る一 部 を 除 い て 他 は す べ て 「支 出 」 さ れ る 。 こ の 「支 出 」 がnutanu§ の 「支 出 」 全 体 の 中 で 最 も 主 要 な も の で あ った 。nutanusに 残 さ れ る の は す べ て 羊 で あ る が 性 比 に は さ ほ ど 際 立 った 特 徴 は 認 め られ な い(表3・E項 のputu欄 参 照)。

  ⑧   前 年 度 の 繰 り越 し分 か ら 「屠 殺 さ れ た も の 」 と 「移 動 さ れ た もの 」 を 除 い た 残 り,す な わ ち 「生 き て い る も の 」 と 前 項 で 述 べ たnutanusに 残 さ れ る 一 部 の 仔 羊 の

20)こ の こ と は,と りわ けnutanuSに 属 す る牛 の保 有 頭 数 の5年 間 に わた る変 動 を継続 的 に記 録   したPF  2013に よ って 明 らかで あ る。

21)mazzi‑「 取 り除 く,回 復 す る」 の過 去 分 詞 で あ るが,会 計 簿 計 算で は も っぱ ら 「支 出 」 の意   味 で 用 い られ て い る。

22)PF  2008のmat計 算 に関 連 して1・22の 欠 損部 分 をバ ロ ック は6KI+MIN(=mat)pi‑ir  ha

  [1‑ba‑ka]と 再 構 して い るが,こ の テ キス トは持 ち込 まれ たUDU・NITAが 屠 殺 さ れた こ とを

  報 告 す る もので あ り,pir  halpikaの 出現 は期 待 で きな い 。 しか も 当該 年 のkuP§u 249頭 は

  mat計 算 の項 で はす で に 「生 きて い る もの」219頭,「 移 動 さ れ た もの」30頭 と して 計 算 が終 了

  して い る。 それ ゆ え この6頭 の メス も当該nutanu9が 保 有す るapgarの 中 に求 め るべ きで あ る

  よ う に思 わ れ る 。

(15)

表3会     計     簿

PF ナ ン バ ー

治 世 年

項1)

kup蓉u‑na

hidu.na

UDU.

        '

♂ ♀ ♂ ♀

NITA

kumas putu kupsu apsar putu raptam kariri hidu bakemas kariri

2007 15 D 3531 889 3970 186 689 2051 1153 3343 375 656 16843

2008 15 A 275 35 216 33 25 584

16 B

C D E

30 280

280 7

30 219 219

25

25 8

58 2) 60 524 539

2009 16 3) Al A2

167 71

38 344

17

16 28   2

152

 2 29

597 269

17 B

C D E

34 93 40 40

21 17

 6

188(61) 52(14) 194(14) 194

10  5  2  2

 3 23

 5

  1   1

79(79) 77(77) 26(24) 26

336 4) 268 262 273

(16)

2010

15 A 221 8 339 2 30 10      45 1 656

16 B65 5)

D 229 339 2 40 45 1 656

E 229 339 2 40 45 1 656

2083 A

B 1043  6)

C 454 104 988

}  38

82

151(151)

4 1821

D 185

699(33)

1  57

1 3

108(108)

1052

E 185 30 699 1  [5717)

1 【26]7) 3 108

[1108] 7)

註  1)項 目

A:前 年 度 繰 り越 し分=nutanuSの 年 頭 保 有 頭 数 B:屠   殺

C:移

D:nutanuSの 保 有 E:nutanu§ の 最 終 保 有 頭 数

2)持 ち 込 ま れ たUDU.  NITAが 屠 殺 さ れ た 。 す べ てbatmanaへ の 支 給 3)Al:nutanu§ に 残 さ れ る

A2:hapitamnuSと して 取 り 分 け ら れ る 4)66頭 はbatmanaに 対 す る 支 払

5)持 ち 込 ま れ たUDU・NITAが 屠 殺 さ れ た 。 す べ てbatmanaに 対 す る 支 給 6)365頭 はbatmanaに 対 す る 支 払

7)欠 損 部 分 を 筆 者 が 再 構

*な おkup§u , hidu欄 の()内 の 数 字 は, hatrima§ の 数 を 示 す 。

(17)

国立民族学博物館研究報告  4巻1号 合 計 が,当 該 年 の 「生 き て い る もの 」 の 総 計 と して 記 録 さ れ る。 こ の 総 計 が 当 該 年 の 最 終 的 なnutanus保 有 頭 数 を 構 成 す る 。

  ⑨   当 該 年 のnutanuSの 総 「支 出 」 は,屠 殺 の あ り 方 に よ って そ の 計 算 方 法 が 異 な る 。

    a)仔 羊 ・仔 山 羊 の 「支 出 」+移 動 頭 数 一batmanaへ の 支 給 。

    b)仔 羊 ・仔 山 羊 の 「支 出 」+移 動 頭 数+(屠 殺 総 頭 数 一batmanaへ の 支 給)   す な わ ちbatmanaへ の 支 給 は, nutanusの 最 終 的 な 「支 出 」 と は み な さ れ て い な い 。 現 段 階 で はbatmanaの 職 務 内 容 を 決 定 す る こ と は で き な い 。 し か し こ のbat‑

manaへ の 支 給 は か れ 個 人 に 対 す る 報 酬 で は な く,む し ろ か れ が 管 理 す る べ きnut‑

anus内 の 屠 殺 家 畜 の 消 費 許 容 量 を 表 わ す も の と み な す べ き で あ る よ う に 思 わ れ る 。 お そ ら く屠 殺 に 関 す る 権 限 は 家 畜 の 所 有 者 た る 王 室,よ り直 接 的 に はnutanusに あ った23)。 と こ ろ でa)の 場 合batmanaへ の 支 給 は 明 ら か に 当 該 年 に 生 ま れ た 仔 羊 ・ 仔 山 羊 で お こ な わ れ な け れ ば な ら な い 。 仔 羊 ・仔 山 羊 の 「支 出 」 に は 既 述 の よ う な 管 理 項 目 の 内 訳 が 明 記 さ れ ず 「支 出 」 合 計 の み が 記 録 さ れ て い る の で あ る か ら,今 そ の 一 部 が 屠 殺 に 充 て られ た と解 釈 し て も問 題 は 生 じ な い 。 生 後 ま もな い仔 羊 ・仔 山 羊 の 屠 殺 が お こ な わ れ て い た こ と が 示 唆 さ れ る 。

  ⑩ 以 上 の 計 算 は,各nutanusで 自律 的 に お こ な わ れ た の で は な く中 央 の 監 督 下 に お こ な わ れ た 。 と り わ けPF  2008,2009の 各 項 目 の 割 当 を 決 定 し たHarrenaは, 王 室 経 済 の 最 高 責 任 者Parnaka  24)に 直 属 す る ペ ル セ ポ リス の 家 畜 長(kasabatti9)  25) で あ り,お そ ら く家 畜 管 理 の 最 高 責 任 者 で あ った 。

  以 上 の よ う に して 計 算 さ れ た 屠 殺,移 動,出 産 の 各 項 目 の 「支 出 」 は,個 人 に 分 配 さ れ る 。 た と え ばPF  2011に よ れ ば第18年 に は 合 計667%頭 が14名 に,翌 年 第19年

23)cf・ 古 バ ビmニ ア 時 代 の ハ ー デ ィ ン グ 契 約 で は 年 頭 の 家 畜 総 頭 数100頭 に つ き15頭 の 皮 の 消 費   が,あ る い は 新 バ ビ ロ ニ ア 時 代 に は100頭 に つ き10頭 の 皮 の 消 費 が 家 畜 の 所 有 者 に 認 め ら れ て   い る(後 出 註30,35参 照)σ

24)ParnakaはHテ キ ス トに お い て は 城 砦 文 書 中 最 高 の 定 額 支 給 を 受 け,  Tテ キ ス トに お い て   は 王 室 経 済 か ら の 支 給 を 直 接 命 令 す る 立 場 に あ り,王 の 命 令 は か れ を 通 して 実 現 さ れ た 。 ま た   か れ は 王 に 次 ぐ押 印 文 書(halmi)の 発 行 者 で も あ った[川 瀬   1978:87]。

25)くOP*gaiθa‑pati‑[PFT=711;Hinz  1952:237,1975:102]。

す べ てUDU・NITAに 関 連 して 現 わ れ る 。 PF 2025でUranduSの 家 畜 長Makamaに 言 及 さ れ る 以 外 は す べ てHarrδnaに 付 与 さ れ て い る(PF  1791,1793,1794,  Fort.6764)。   Makama   が お そ ら く一 地 方 の 家 畜 長 で あ っ た の に 対 し,HarrenaはUDU.  NITAや 牛 の 支 給 をParnaka   に 直 接 に 命 じ られ,あ る い は か れ 自 身UDU・NITAの 支 給 を 命 じ る 手 紙 を 発 行 し, nutanuSの

計 算 を 割 り 当 て,bazi§(後 述)と して のUDU・NITAの 委 託 を 割 り当 て る な ど,明 らか に 王 室 経 済 圏 全 体 に 及 ぶ 権i限 を 有 して い た と考 え ら れ る 。 お そ ら くか れ 自 身 はParnakaと 同 様 ペ   ル セ ポ リス に い た 。

(18)

川 瀬   Hax5manig一 朝 初 期 に お け る 小家 畜 管 理

に は 合 計1447%26)頭 が15名 に 対 し て 支 出 さ れ て い る 。 こ の 場 合 に は 第19年 に 追 加 さ れ た1名 を 除 く14名 は す べ て2年 間 連 続 してUDU.  NITAを 受 け取 っ て い る 。第19 年 の 「支 出 」 の 急 激 な 増 加 は,仔 羊 ・仔 山 羊 の 「支 出 」 が 前 年 度 の48頭 か ら982頭 に 増 加 した こ と に よ る も の で,各 個 人 に 対 す る 「支 出 」 も そ れ に 対 応 し て2‑2.5倍 に 増 加 し て い る が,各 個 入 間 の バ ラ ン ス は 維 持 さ れ て い る 。 あ る い はPF  2012で は第 16年 に 合 計176%頭 が24名 に 「支 出 」 さ れ て い る 。 記 載 さ れ て い る 各 個 人 が 家 畜 飼 養 者 で あ る の か,製 品 の 加 工 者 で あ る の か,あ る い は 単 な る 消 費 者 で あ る の か,そ の 資 格 に つ い て は 必 ず し も 明 らか で な い が,PF  2012の 例 が 示 す よ う に(N章 参 照),お

そ ら く は 当 該nutanuS管 轄 地 域 内,あ る い は 近 隣 地 域 の 住 民 を 主 要 な 対 象 と して い た と 推 定 す る こ と が で き る 27)。

  さ て こ れ ま で こ の 種 の 会 計 簿 計 算 の 理 解 を 困 難 に し て き た 最 大 の 原 因 は,mat数 ×

%と して 計 算 さ れ る 出 産 の 項 目 で あ っ た 。 バ ロ ッ ク 自 身 はmat数 の 合 計 に 続 い て 現 わ れ るdatmaSと い う 語 が 常 に%の 計 算 を 要 求 す る と い う こ と を 指 摘 す る に と ど め, そ の 意 味 を 具 体 的 に 説 明 す る こ とは 控 え て い る 28)。 ま た エ ラ ム 語 の 一 方 の 権 威 ヒ ン ツ は こ れ に つ い て,バ カ ー マ ニ シ ュ 朝 治 世 下 に お い て は3頭 の 仔 羊 の う ち2頭 し か 生 き残 ら な い と 考 え られ て い た な ど と い う 幾 分 混 乱 した 解 釈 を 提 示 し て い る29)。 し か しな が ら こ のdatmaS計 算,す な わ ち%計 算 の 手 順 を 家 畜 飼 養 地 域 の 慣 習 の 中 に 還 元 して み れ ば,こ れ が 預 託 制 を 前 提 に して 初 め て 成 立 し う る も の で あ る こ と は,ほ と ん ど 疑 問 の 余 地 の な い こ と で あ る 。

  前 章 で 述 べた   putu→kumasあ る い は   apsar  apsar→kupsu,  kariri→raptamあ る い はbakemaSへ の 移 行 は 「生 き て い る も の 」(=nutanusに 残 さ れ た も の)の 項 目 で の み 起 こ り う る の で あ り,屠 殺 や 移 動 の 項 目 で は 決 して 起 こ ら な い 。 す な わ ち nutanusのUDU.  NITAの 屠 殺((b)の 場 合)や 移 動 が お こ な わ れ る 場 合 に は 成 長 段 階 の 移 行 に 先 行 して 実 施 さ れ た の で あ り,出 産 の 時 期 に は す で に そ の 作 業 は 完 了 し

26)1. 22合 計144%は 明 らか に154%の 誤 り,こ こ で は訂 正 した結 果 を加 算 した 。

27)PF  2084で はUDU.  NITAと 油 が 各地 区 の倉 庫 管理 人(amparabara)を 通 して 「 支 出」 さ   れ て い るが,こ の場 合 はか な り広 範 な地 域 が 対象 とな って い る よ うで あ る[PFT:68]。 お そ ら   くい ったん 倉 庫 に納 め られ た後,各 地 区 にお いて 分 配 され た ので あ ろ う。

28)バ ロ ック はhadu§parimakを 予想 され る 出産 数, hadu§kusikaを タ ブ レ ッ ト作 成 時 に すで   に生 ま れて い た仔 羊 とみ な し,後 者 が 当該 年 のnutanuSの 真 の増 加分 を構 成 す る と考 え た 。 こ   の解 釈 に従 えばhadu§mazzikaと は 「支 出」 の 最 大 許容 量 を 表 わす にす ぎない 。 ま たdatma9   につ い て はOP*dEtma(ka)一 を 想 定 しAv。   dおmaiyaと の比 較 に基 づ いて 「ふ い ご」を 主張 す   るゲ ル シ ェ ビ ッチ の語 義 解 釈 を紹 介 して い るが,バ ロ ック 自身 はそ れ につ い て は消 極 的 な 評価   しか 与 えて い ない[PFT:66‑67]。

29)datmasに つ いて はOP*daeva‑「 次 の世代,出 産,収 獲 」 を想 定 して い る[HINz  l973=87・

  1975;87]0

       59

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国立民族学 博物 館研究報告  4巻1号 て いた と考 え ね ば な らな い。 しか も前 述 した よ うにnutanu§ か らの 「支 出 」 は 各 個 人 に分配 さ れて い た の で あ る か ら,い った ん分 配 され た家 畜 が交 尾 あ る い は,出 産 の た めに再 び徴 集 され る とい う可 能 性 はほ とん ど期 待 で き な い。 また一 般 に会 計簿 は 当 該 の 会 計年 度 の終 了 後 に作 成 さ れた の で あ る か ら,こ の数 字 を 単 純 に 当該 年 の 出産 の 見 積 りで あ る とみ なす の も適 当で は ない 。 す な わ ち各 項 目のmat数 はあ くまで 計 算

の必 要 上 要求 さ れ る もの で は あ るが,そ れ に 基 づ く 出産 頭 数 は 現 実 に 当該nutanu9 の収 入 と して確 保 され た 仔 羊 ・仔 山羊 を 報 告 して い る とみ な さ ねば な らな い。 問 題 は nutanusが 確 保 すべ き仔 牛 ・仔 山 羊 の頭 数 で あ り,現 実 の 出産 頭 数 その もの で は な い。

  す なわ ちペ ル セ ポ リス の 王 室経 済 で は,す で に支 出 され た もの も含 めて,当 該nut‑

anusの 年 頭 のUDU.  NITA保 有 総 頭 数 の うちmatと 形 容 され う る メ スの%が,公 的 な 出産 規 準 と して 承認 され て い た ので あ り,そ れ がnutanusの 最 低 確 保量 と,み な され て い た とい え る。 た だ し,こ こで は家 畜 の所 有 者 と飼 養者 の間 の 契 約 とい う形 で 証 明 され う るよ うな個 々の ケ ー ス の詳 細 を 知 る こ と はで きな い ので,単 純 に%を 個 々 の預 託 料 と して適 用す る こ と は危 険で あ る。 しか し全 体 と して みた 場 合 に は,nut‑

anusのUDU,  NITA飼 養 が 預託 制 に依 存 して い た こ と はい ま や 明 らかで あ る。 お そ ら く全 体 と して%を 越 え る 出産 が 実現 した 場 合 に は,そ の余 剰 は直 接 各 飼 養 者 に還 元 され た の で あ ろ う。 なぜ な らば余 剰がnutanusの 収 入 に計 上 され る こと は な か っ

た 。反 対 に も し%が 達 成 され な か った場 合 に は各 飼 養者 に はそ の不 足 分 を 補 償 す る義 務 が課 せ られ て い た と考 え られ る。

  と ころで 家 畜 の 飼 養 お よび 管 理 とい う面 か らみ た場 合,複 数 の個 人 に預 託 され る こ との最 大 の メ リ ッ トは,家 畜 を分 散す る こと に よ って危 険 も また分 散 され る とい う こ とで あ る。 天 候 の異 変 や伝 染 病 、 狼 の襲 撃 等 の 原 因 に よ って,こ の地 方 の家 畜 飼 養 は きわ め て不 安 定 で あ り,現 在 で も1年 で1群 の50%が 失 わ わ れ る とい う ことは 稀 な こ とで は な い[BARTH  1961:7;STAUFFER  1965:293‑294]。 ただ し城 砦文 書 の 会 計 簿 に は損 害 や 不 足 の項 目が 欠 如 して い るの で,危 険 の分 散,補 償 義務 等 につ い て直 接 検 証 す る こ とは で きな い。

  な お古 代 オ リエ ン ト世 界 に お け る預託 制 につ い て は す で に古 代 バ ビ ロニ ア時 代 の ハ ーデ ィ ング契 約30)や ハ ム ラ ビ法 典 に記 載 され て い る ハ ー デ ィ ング 契 約 の規 定31)の 中 に,そ の具 体 的 な イ メー ジ を探 る こ とが で き る。 そ の 結果 は以 後 の 西 ア ジ ァの 家 畜 飼 養 地 域一 一maに認 め られ る 預 託 制 の 諸特 徴 と 驚 くほ ど 類 似 した もので あ る32)。 王 室 経 済 のUDU.  NITAに 関す る会 計 簿 の 構成 自体 が,こ の よ うなバ ビ ロニ ア以 来 の伝 統 に従 う もの で あ るが,出 産 項 目の処 理 につ い て もその コ ンテ キ ス トは きわ めて 類 似 し

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川 瀬  Haxまmani首 一朝 初 期 に お け る小 家 畜 管 理

て い る33)。 し か し な が ら出 産 率 や 預 託 料 そ の も の は 時 代 や 地 域 に よ っ て 当 然 変 化 す る34)も の な の で,%と い う城 砦 文 書 の 値 そ の も の に つ い て 評 価 を 加 え る こ と は こ こ で は 控 え た い 。 た だ 新 バ ビ ロ ニ ア 時 代 の 契 約 例 の 中 に も,牧 夫 は 年 頭 の メ ス 羊100頭

に つ き66%頭,す な わ ち%を 当 該 年 に 出 産 さ れ た 仔 羊 の 中 か ら所 有 者 に ひ き 渡 す べ き で あ る,と す る も の が あ る こ と を 指 摘 して お く に と ど め る35》。

30)古 バ ビ ロニ ア時 代 の1・arsa出 土 のハ ー デ ィ ング契 約文 書 で は,羊 毛 刈 か ら羊 毛 刈 まで が,1   会 計 年 度 とみ な され,牧 夫 に は 当該 年 の成 メ スの保 有 頭 数10◎頭 に つ き80頭 の 仔羊,年 頭保 有   総 頭数100頭 につ き15頭 の皮,1頭 につ き2mana(÷0・96kg)の 羊 毛 を所 有 者 に返 す 義 務 が 課   せ られて い た 。仔 羊 や羊 毛 につ いて の余 剰 は牧 夫 の収 入 とな ったが,ハ ーデ ィ ング の過 程 で 規   定以 上 の 損 失 が生 じた 場合 には牧 夫 に補 償義 務 が 課せ られ て い た[KRAus  l966]。

    牧夫 の利 益 は主 に家 畜飼 養 の余 剰 に由 来 す るが,時 に はそ れ以 外 の言 及 も認 め られ る 。た と   え ば ハ ム ラ ビ法 典 の例(後 出 註31参 照)以 外 に も,穀 物8GURの 賃 金 と銀1shekelの 被 服 手   当で雇 わ れ て い る牧 夫 の例,穀 物5GURの 賃金 に加 え2・2 GURの 穀 物 支 給 と銀1shekel   の 被 服手 当 で 雇 わ れて い る牧 夫 の例 な どが 認 め られ る[PosTGATE  1975:9]。

31)牧 夫 の権 利 と義務 はお よ そ次 の よ うに規 定 さ れ る。 ①牛 や 羊 の世 話 を す る牧 夫 には1年 に穀   物8GURが 支払 われ る(§261)。 ② 家 畜 群 の規 模 が 縮少 した り出産 数 が減 少 して も契 約 成 立   後 に は規 定 の義 務 を遂 行 しな けれ ば な らない(§264)。 ③ 牧 夫 が家 畜 を 盗 ん だ場 合 に は有 罪 を   宣 告 され 盗 んだ もの の10倍 を所 有 者 に返 さ なけ れ ば な らな い(§265)。 ④ 不 慮 の災 難 や ライ オ   ンの襲撃 に よ る家 畜 の損 失 に対 して は牧 夫 は責 任 を負 わ な い(§266)が,牧 夫 の不 注意 に よ っ   て 伝 染病 が発 生 した場 合1ζは牧 夫 はそ の損 失 を補 償 しな け れ ばな らな い(§267)。あ るい は家 畜  

を道 に迷 わせ た 場 合 に は牧 夫 は 同種 の 家畜 で 補 償 しな けれ ば な らな い(§263)[DRIVER  1955:

  88‑91,270‑276]。

    ④ の補 償 義務 につ いて はす で にハ ム ラ ビ以 前 にそ の例 を 認 め る こ とが で き る と報告 され て い   る[PosTGATE  I975:6‑7]。

32)貨 幣経 済 の導 入 によ って 家 畜 飼養 者 に対 す る報 酬 も様 々に変 化 して い るが,ラ ム トンが 報 告   す る現 代 イ ラ ンの例 の 中で 最 もわ れわ れ の関 心 を ひ く も の の ひ と つ はTorbat‑e‑Heydariyeh   地方 の もの で あ ろ う。 そ れ に よれ ば① 現金 な らび に現物 によ る賃 金,た とえ ば現 金1000リ ア ル   と小麦2ハ ル ヴ ァール(約600‑kg),.フ エ ルト 製 上着1着,靴1足,② 一定 の割 合 の家 畜 の 仔 ・   た とえ ば出 産 し乳 離 れ した の ち所有 者 に渡 さ れた 仔 羊 と仔 山 羊 の10%,に よ って 牧夫 へ 支払 わ   れ る[ラ ム トン  1976:355]。

    あ るい は北 ア フガ ニス タ ンのBand‑i‑Turkest互nで は生 ま れ た仔 羊10頭 につ き1頭 と 食 糧 に   よ って支 払 わ れ る[織 田 ・末 尾 ・慮地   1967:172‑1731。

      さ らに比 較 的最 近 の もので は,250頭 の 羊 ・山羊 を 管理 す るチ ューパ ン(羊 番)の 家族 に年   4000リ ア ル と小 麦160マ ン(480 kg)と 塩,バ タ ー,チ ー ズ が支払 わ れ る フ ァール ス 地 方 の例   [大野  1971:351]や,1年 間 の 食糧(小 麦 粉,バ タ ー,チ ーズ,塩)と 遊 牧 に必 要 な 服装 の   すべ て と靴 が現 物 支給 され 別 に賃 金50000‑80000リ ア ルが支 払 わ れ る エ ス フ ァハ ー ン地 方 の例   [熊井  1977:149]が 報 告 さ れて い る。

33)た だ し古 バ ビ ロニ ア時 代 の ハ ーデ ィ ング契 約 で は前 年 度 の成 メ スの 頭数 に基 づ いて 牧 夫 の 義   務 が決 定 され た ので あ り,城 砦文 書 のap§arの 成 長 段 階 に対 応 す ると考 え られ るkirx・gubや   kir。.  UR4は 出 産 に は関 係 しな い。

34)古 バ ビ ロニ ア時 代 のLarsaで は既述 の よ うに メ ス羊100頭 に対 し仔 羊80頭 が 公 的 な規 準 と し   て 認 め られ て い た よ うで あ るが,他 の例 で は メ ス羊100頭 に対 し仔 羊75や70と い う報告 もあ る  

【KRAus  1966:50‑51]。 あ るい は古 代 の南 イ タ リア の カ ラブ リア 地 方 の よ う に メス羊1000頭  

に対 し仔 羊1000頭 が期 待 で きる と い うよ うな きわ め て高 い 出産 率 を 報告 す る例 もあ る[ORTH   1921:381]0

35)そ れ に よれ ば牧 夫 は家畜 の所 有者 に対 し以下 の もの を支 払 わ な け れ ばな らな い 。① 当該 年 の

  出産 か らメ ス羊100頭 に対 し仔 羊66%頭,メ ス 山羊1頭 に対 し仔 山羊1頭,② 羊1頭 に対 し

  1%manaの 羊 毛,山 羊1頭 に対 し50 shekelの 山羊 毛,③ 羊 ・山 羊100頭 に対 して10頭 が死 ぬ

  と して10頭 につ き皮1と 腱2%sheke1[KRAus  l966:18]。

参照

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