要 旨
子どもの体調不良をめぐる働く母親の経験 吉野 純
1. 背景
近年、女性の高学歴化、少子高齢化に伴う労働力人口の減少、不況による所得の減少等 から女性の社会進出は進み、女性の雇用は拡大している。特に既婚女性の就業率は大きく 上昇しており、夫婦共働き世帯も年々増加傾向にある(内閣府男女共同参画局,2012)。そ のような社会情勢を受け、女性が働きながらも安心して子育てができる社会のしくみを整 えることが急務とされ、育児休業や保育サービスの量的質的充実等、仕事と育児の両立の ための制度や環境の整備は行われつつある。
しかし、働く母親が仕事と家事・育児を両立させていくためには、家族・地域の協力や 子育て中の母親に対する職場の理解とサポートが必要である(中井,佐々木,山内,2012)。
家事・育児を積極的に担う父親も増えてはきたが、いまだに「夫は外で働き、妻は家庭を 守るべきである」とする固定的役割分担意識に賛成の男性が過半数を超え(内閣府男女共 同参画局,2013)、家事・育児の分担は進んでいない。働く母親は、育児・家事と仕事の二 重役割を強いられ、その両立に大きな負担と不安を抱えている(中井,佐々木,加藤,2010)。
なかでも、子どもの体調不良時への対応の困難が両立への阻害要因として影響しており
(藤本,木戸,伊東,2011)、母親は「子どもが病気のときぐらい母親が休んで看病するべ き」という母性神話的な慣習と、「子どもの病気ぐらいで仕事を休むな」という職場の圧力 の板挟みになっていると推察できる。
子どもの体調不良時における働く母親の対応に関する研究は、そのほとんどが質問紙に よる調査であり、そのときの思いや対応を断片的に把握することはできる。しかし、母親 が仕事と育児の葛藤の中で、何を思い、どのように対応してきたのか、その経験について 深く追求し質的に記述することによって、母親の経験を理解することが必要であると考え た。
2. 研究目的
保育所や幼稚園に通う子どもの体調不良に直面し対応してきたことが、働く母親にとっ てどのような経験であるのかを母親の語りから記述することである。
3. 研究方法
本研究の研究デザインは、インタビューによる働く母親の語りを通した質的記述的研究 である。研究参加者は、乳幼児を育てながら働く母親12名であった。週4日、1日4時間 以上の就労に従事し、子どもが保育所ないし幼稚園に通う者とした。
データ収集方法は、子育て支援サービスを提供する団体を通じて研究参加者を募り、半 構成的面接法でデータを収集した。データの分析は、語られた内容から、子どもの体調不 良に際して、働く母親は何に直面しどのような対応をしてきたのかに焦点を当てて分析し、
子どもの体調不良をめぐる働く母親の経験の意味づけを行い、テーマを抽出した。
倫理的配慮は、平成26年度首都大学東京荒川キャンパス研究安全倫理委員会の承認(承
認番号14059)を得て行った。研究参加者には、文書を用いて研究の趣旨や方法、倫理的
配慮について説明し、同意を得た。
4. 結果
インタビューデータを分析した結果、子どもの体調不良をめぐる働く母親の経験につい て、以下の4つのテーマが見いだされた。
1)子どもの体調不良という窮地を、綱渡りで乗り切る
子どもが体調不良になった時、仕事と子どもの看病の調整を迫られ、自分が休むか、自 分の持てるあらゆるサポートを総動員して看病を何とか間に合わせ、その場を切り抜けて いた。しかし、仕事も休めずサポートも得られなかった時、体調不良を押して、子どもを 保育園に行かせ、その場をしのいでいた。
2)仕事にも子どもにも負い目を感じ、苦悩している
子どもの体調不良により仕事を休むことは「穴をあけること」であり、許されないと考 えていた。仕事への責任や評価、職場への迷惑を強く意識し休みづらさを感じていた。一 方、働くことで子どもに十分なことがしてやれないという申し訳なさから、病気の時ぐら い仕事を休んで看病してやりたいと願い、仕事と子どもの看病との間で悩んでいた。
3)何とか回している生活が、子どもが体調不良になっても立ち行かなくならないように備 えておく
母親たちは、忙しい時間の中で、生活が円滑に進むようにやりくりし、何とか「回して」
いた。夫や周囲の人々を巻き込み、子どもの体調不良時にサポートが得られるよう関係づ くりをし、子どもが体調を崩さないように生活を管理していた。また、やむを得ず休んだ 場合にも職場への影響が最小限になるように根回しをしていた。
4)育児も仕事も中途半端と思いながら、「子どもを育てながら働くこと」の折り合いをつ
けようとしている
母親たちは、仕事と子育ての両立という厳しい状況の中で、子どもの健康に一喜一憂し、
仕事を続けられるか悩んでいた。それでも、仕事は自分の一部であり、自分が自分である ために必要なものだった。将来のために今できることを細々と続けていくしかないと考え、
仕事と子育ての折り合いをつけようとしていた。
5. 考察
これらの働く母親たちの経験について、「回していく母親」、「子どもの健康と働く母親」、
「子育てをしながら働くこと」という3つの視点から以下のように考察した。
働く母親は、子どもの健康に左右されながら、制約された時間の中で、家事や育児、仕 事に関わる多くのことをこなし、日々の生活を必死に「回していた」。子どもの体調不良に 伴い、そのやりくりは行き過ぎたコントロールへとつながっていることが推察され、子ど もの健康は危機にさらされていた。仕事に対する責任や評価という重圧、子どもに対する 母親としての至らなさや世間の評価が負い目となって、さらに母親を苦しめ、母親自身も また社会の呪縛に支配されていることが考えられた。そして、社会でもっとも弱い存在で ある、もの言えぬ子どもたちに、そのしわ寄せがいっていることも事実であった。母親の 苦悩と負担を理解し、母親と子どもの健康と発達を守るための支援が必要であると考えら れた。
母親たちは、そのような過酷な状況の中でも働き続けたいと願い、自己の生き方を模索 していた。仕事は自分の一部であり切り離すことはできないと考え、子育てと「折り合い」
をつけ細々とでも働き続けていこうとしているのだと考えられた。
以上のことから、働く母親と子どもへの支援についての課題が示された。1)仕事と子育 ての両立における母親の苦悩や負担を理解し、その重圧から解放されるような社会の意識 の変化を促す努力をすること、2)働く母親が子どもの体調不良においても、子どもの健康 と発達を守ることができるようなサポート体制を充実させていくこと、が重要であると考 える。
文献
藤本美由紀, 木戸久美子, 伊東美佐江 (2011). 子育てと仕事の両立に影響する要因 子育て期に就業経験のある女性への面接データ分析から. 母性衛生, 51(4), 704-710.
内閣府男女共同参画局(2012). 平成24年版男女共同参画白書.
http://www.gender.go.jp/about_danjo/whitepaper/h24/zentai/pdf/h24_002-009.pdf 内閣府男女共同参画局(2013). 共同参画.55,
http://www.gender.go.jp/public/kyodosankaku/2012/201303/pdf/201303.pdf
中井芙美子, 佐々木秀美, 加藤重子(2010). 育児中の母親の家庭内及び職場内における 役割機能の変化と対処行動. 看護学統合研究, 12(1), 24-41.
中井芙美子, 佐々木秀美, 山内京子(2012). 仕事と育児を両立する母親のエンパワーメ ントに関する研究(その1) 仕事と育児を両立させた母親のエンパワーメント獲得のプロ セス. 看護学統合研究, 13(2), 1-15.