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付加価値会計の生成について
‐各国における付加価値会計の導入と発展の経緯‐
牟禮 恵美子
<目次>
はじめに
第1章 ドイツにおける付加価値会計 1.付加価値会計の生成と発展の経緯
(1)経営共同体概念と付加価値(創造価値)
(2)経営共同決定制と付加価値(創造価値)
2.ドイツの付加価値(創造価値)会計の特徴
(1)理論的展開
(2)実務的展開
第2章 フランスにおける付加価値会計 1.付加価値会計の生成と発展の経緯
(1)プラン・コンタブルと付加価値会計
(2)労使協調政策と付加価値会計
(3)『シュドロー報告書』と社会貸借対照表 2.フランスの付加価値会計の特徴
(1)理論的展開
(2)実務的展開
第3章 イギリスにおける付加価値会計 1.付加価値会計の生成と発展の経緯
(1)労使協調政策と付加価値会計
(2)企業の社会的責任論の高まりと社会情報の開示
(3)社会報告の開示の提案 2.イギリスの付加価値会計の特徴
(1)理論的展開
(2)実務的展開
第4章 アメリカにおける付加価値会計
- 2 - 1.付加価値会計の生成と発展の経緯
(1)スーヤーネンの企業体理論
(2)ラッカーの生産分配の法則
(3)社会関連情報の開示要請と対応 2.アメリカの社会関連会計の特徴
(1)理論的展開
(2)実務的展開
第5章 日本における付加価値会計 1.付加価値会計の生成と発展の経緯
(1)付加価値指標の導入と生産性向上運動
(2)企業観の変化と企業の社会的責任 2.日本の付加価値会計の特徴
(1)理論的展開
(2)実務的展開
はじめに
持続可能な社会や企業の社会的責任(Corporate Social Responsibity、
以下、「CSR」)といったことが世界的に叫ばれ、大企業を中心としてCSR 経営を標榜する企業が増加している。しかしながら、会計の分野において、
CSR経営を示すことのできる確立した会計はほとんど見られておらず、時 代の要請に応じた会計の役割が求められている。
ところで、会計の分野でも、企業の社会性を問う付加価値会計その他の 社会関連会計が一大ムーブメントとなった時期があった。1960年から70 年代にかけて欧米では付加価値会計や社会関連会計が華々しく登場し、企 業においても従来の損益計算書に加えて新たな会計が開示されるに至っ た。ところが、付加価値会計を含めた社会関連会計が制度会計に含まれる ことはほとんどなかった。
しかしながら、当時の社会関連会計の研究や実践の完成度は高く、現在 でも十分に適用可能なものも存在している。そこで、本研究資料では、当
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時の社会関連会計が現代においても適用可能なものかどうかを探るため の第一歩として、社会関連会計が生まれた背景とその後の発展の経緯を概 観し、さらに各国の特徴を理論面と実践面から整理している。そのため、
現時点で、付加価値会計の生成に関して、特別な結論を導くことを目的と はしていない。
具体的には、ドイツ、フランス、イギリス、アメリカ、日本における社 会関連会計の生成期における、過去の文献の整理を行った。重要と思われ る文献は幅広く収集するように努めたが、筆者の能力の限界から、必ずし も全てを網羅できていない。また、ドイツ語、フランス語文献に関しては 訳書に頼っている。
第1章 ドイツにおける付加価値会計
1.付加価値会計の生成と発展の経緯
企業の産出した国民所得は、英米やフランスでは「付加価値」(value added, valeur ajoutée)と呼ばれているが、ドイツでは「創造価値」
(Wertschöpfung)と呼ばれている1
ドイツにおいて創造価値という用語を最初に用いたのは、1921 年、W.
ラテナウ(W.Rathenau)であり、その後この創造価値概念を経営目的に 利用し発展させたのがM.Rレーマン(M.R.Lehmann)である。
。
ラテナウが賠償会議の準備のために「労働時間当りの創造価値」がおお よそ 50 ぺーニッヒであると主張し、この仮定の検証がドイツ経済省でな された時、レーマンはドイツ経済省で働いており、創造価値概念を経済政 策的分野に利用することに強い感銘を受け、その後、この創造価値概念を 経営経済的計算方法に発展させ理論的に展開していった 2
1 日本社会関連会計学会(1991)、p.189。
。すなわち、ラ テナウの創造価値概念は、経済政策的意義を第一としていた点がレーマン とは異なっていた。
2 Lehmann, M. R.(1954)、山上達人訳著/木村和三郎監修『レーマン生産性測定と創造価値計算』、
pp.114-115。
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レーマンの基本となる思考には、経済政策・社会政策の一環として、国 民経済と個別企業との関係が意識されている。特に、1920 年代前半のド イツは、第一次大戦後の混乱からの復興期であり、産業合理化が緊急課題 となり、一国経済の経済性から個別企業の経済性、すなわち生産性測定の 必要性が強調された時期であった3
(1)経営共同体概念と付加価値(創造価値)
。
ドイツにおける企業観のひとつに経営共同体概念があるが、この考え方 はドイツの付加価値会計思考の基盤になっていると考えられる4
経営共同体概念によれば、企業というものは国民経済の一環であり、国 民経済と企業は密接に結びついていると考えられる。企業は、企業をとり まく国家・経営者・資本家・従業員・債権者集団などの利害関係者集団か ら成り立っているものであり、企業はこれらのグループに対して貢献する ことが必要であると考えられる
。
5
H.ニックリッシュ(H.Nicklish)の経営共同体思考によれば、企業の経 営過程は経営成果分配と経営成果形成から成り立つと考えられており
。
6、 前者は経営構成員と経営それ自体を、ひいては経済全体をも維持発展させ ることを目標とし、後者は目標を実現するための不可欠の手段となるもの である。ここで経営成果は、賃金・給料その他・自己資本利子・成果の残 余である利潤から構成され、「経営成果=売上高-原価(外部調達に使われ た費用)」と表現されることから、付加価値に等しいあるいは類似したも のであるといえる7
(2)経営共同決定制と付加価値(創造価値)
。
ドイツでは、歴史的に経営共同決定制が敷かれてきた 8
3 Lehmann, M. R.(1954)、山上達人訳著/木村和三郎監修『レーマン生産性測定と創造価値計算』、
pp.138-139。
。経営共同決定 制とは、企業の労働者や労働組合が企業の経営意思決定過程に参加し、そ の意思形成に影響力を持たせようとする制度を意味する。ドイツでは、
4 中原章吉(1979)、p.2。
5 青木脩・後藤幸男・山上達人(1977)、pp.115-116。
6 高田馨(1967)、p.143。
7 青木脩・小川洌・山上達人(1981)、p.175。
8 二神恭一(1971)、p.9によると、1850年には最初の労働者評議会が設けられており、また1890
年に出た『ドイツ産業における労働者評議会』では50の事例があげられている、とされている。
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1950年代以降、経営共同決定制が法的に強制されてきた点が特徴である9 共同決定は、通常企業レベルと経営レベルに分類される。まず企業レベ ルの共同決定は、監査役会への労働者代表の参加と主に人事・社会的事項 を取扱うことを任務とする労務担当取締役の設置をその内容としており、
具体的には、①モンタン共同決定法(das Gesetz über die mitbestimmung der Arbeitnehmer in den Aufsichtsräten und Vorständen der Unternehmen des Bergbaus und der Eisen und Stahl erzeugenden Industrie)、②経営組織法(das Betriebsverfassungsgesetz)、③共同決 定法(Mitbestimmungsgestz)により規定されている。
。
このうち石炭・鉄鋼業に適用される「モンタン共同決定法」は、完全な 労使同権的システムである。また「共同決定法」は共同決定システムをモ ンタン企業以外にも拡張するものであり、従業員 2,000 人以上の株式会 社・有限会社・株式合資会社に適用される。そこでは企業規模(従業員数)
に従って監査役会に占める資本側・労働側を代表する監査役の人数が決め られており、また取締役メンバーの中に労務担当取締役を設置しなければ ならない。
一方、経営体レベルの共同決定を想定する法律は「経営組織法」であり、
従業員5人以上の事務所に適用される。従業員5人以上の事務所には経営
協議会(Betriebsrat)を設置しなければならず、経営協議会は従業員のた
めの法律・規則・労働協約・経営協定が遵守されているかを監視する役割 を果たしている。「経営組織法」においては、具体的に(a)社会的事項、
(b)人事事項、(c)経済的事項のそれぞれに関して、共同決定権・協議 権・情報権等が詳細に規定されている10
労働者が共同決定者として協議に加わる際、経営者からその措置につい て説明を受ける権利(インフォメーション権)が与えられる
。
11
共同決定にあたっては、必要に応じて経営情報を開示する意義が極めて 大きくなるが、労働者の関心の高い労働条件や利益分配に関して、利害関
。
9 二神恭一(1971)、p.4。
10 向山敦夫(1990)、pp.123-124。
11 二神恭一(1971)、p.30。
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係者間の調整に貢献する重要なものとして付加価値情報を位置づけるこ とができる12。
2.ドイツの付加価値(創造価値)会計の特徴
(1)理論的展開
ドイツでは、付加価値会計に関して、理論的な進展がみられるが、その 根底には、付加価値会計思想の基盤となるニックリッシュの経営共同体思 考と創造価値会計論を確立したレーマンの影響が大きい。
そして、レーマンの創造価値会計論は、その後、生産性測定論として展 開されていく13。また、創造価値会計論は、理論的な展開としてドイツ経 営学・会計学の各分野に受け継がれるとともに、経営分析・経営比較、商 業・租税などの会計の隣接領域、分配領域などへも展開していくことにな る14
①ニックリッシュの経営共同体思考
。
ニックリッシュは、経営共同体思考として、経営成果の獲得と分配の関 係を重視し、体系化している。これはニックリッシュが経営の根源的な存 在意義を、人間欲求充足の場たるところに見ることから来ている。すなわ ち、その目的は、根源経営たる家計と派生経営たる企業との両者の価値循 環によってはじめて達せられるのであるが、その価値循環は、経営成果の 獲得と分配を通じて行われるからである 15。さらに、ニックリッシュは、
経営給付、経営成果概念を用いて、経営の活動によって付加された価値の 大きさ、すなわち経営の自己本来の働きによる価値創造分である経営成果 を明らかにしようとしたと考えられる16
②レーマンの創造価値概念
。
創造価値の概念を理論的に発展させたのがレーマンである。レ-マンが 展開した創造価値は、個々の企業が社会的生産に貢献したものをいうが、
12 青木脩・小川洌・山上達人(1981)、pp.177-178。
13 青木脩・後藤幸男・山上達人(1977)、pp.117-120参照。
14 青木脩・後藤幸男・山上達人(1977)、pp.120-122参照。
15 高田馨(1967)、p.143。
16 高田馨(1967)、pp.150-153。
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この思考の前提には、経営共同体思考がある。レ-マンの創造価値思考は 財貨所得面と貨幣所得面の二側面から把握される。財貨所得の側面からは、
創造価値は「総収益-前給付原価」として把握される。それは企業の生産 面からみた社会への貢献分であり、企業が稼得した売上収益から原材料 費・減価償却費・外部用役費・危険費など、いわゆる前給付費用(前給付 原価)を控除して把握される。一方、貨幣所得の側面については、分配関 係面からのアプローチであり、この側面からは企業の産出した創造価値は 公共収益(成果)、資本収益(成果)、労働収益(成果)の三者に分配され る。レ-マンはこのような絶対値としての創造価値を定義したうえで、さ らに投入要素とかかわらせて、労働生産性、資本生産性、総生産性などに 分類・把握している17
(2)実務的展開
。
ドイツでは、すでに 1900 年頃から営業報告書において社会的な報告を している企業が見られるようになっていたが18
①営業報告書における開示
、その開示が進むのは1930 年代に入ってからである。また、社会貸借対照表という包括的な開示も進 展していくことになる。
1931 年商法改正の中の営業報告書に関連する事項として、営業報告書 において企業の財政状態と諸関係を解説し、年度決算書の説明をしなけれ ばならない、という規定がおかれていた。また、1937 年株式法において は、営業報告書における営業の経過と企業の状況の叙述(状況報告)の規 定がおかれ、この状況報告において社会関連報告が重要な項目として位置 づけられるようになっていった19
ドイツでは、1936、7年頃には社会関連報告がさかんに営業報告書に導 入され始めており、とくに資本金の大きな大企業では報告が慣習化してい た
。
20
17 青木脩・後藤幸男・山上達人(1977)、p.117。
。
18 向山敦夫(1988)、p.46。
19 向山敦夫(1988)、pp.43-44。
20 向山敦夫(1988)、p.47。向山敦夫(1988)によると、例えば、ドイツ労働戦線(DAF)の1937 年の年報では、調査した1600社の営業報告書のうち、社会的関係と給付について詳細な報告が行 われているのが300社、不十分だが報告されているのが457社あった(p.46)。
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②社会貸借対照表
1960 年代の後半になると、環境問題への関心の高まり、消費者運動等 を背景に、各国で企業の社会的責任論が盛り上がりをみせるようになった。
こうした時代背景のもとドイツでは、化学製品の製造に関わっていたス テーク社(Steag AG)が1971/72年度に、「環境の維持と改善」と「労働 の人間化」をスローガンに社会貸借対照表を公表した。この社会貸借対照 表は、生活の質や従業員福祉の改善をテーマに伝統的会計の拡張を志向し た 新しい 形態 の報告 書で あった 。そ の後、 ザー ルベル クヴ ェルケ 社
(Saarbergwerke AG)、ピーロート社(Pieroth GmbH)が相次いで同様 の報告書を公表していった21
さらに、1975 年には、化学工業協会経営経済委員会の研究報告『社会 の中の企業』
。
22が、1977年には、社会貸借対照表実務研究グループの提言
『今日の社会貸借対照表』23が出され、社会関連報告実務の指針となって い っ た 。 こ こ で は 、 社 会 報 告 書 (Sozialbericht)、 創 造 価 値 計 算 書
(Wertschöpfungsrechnung)、社会計算書(Sozialrechnung)の三つの 形式を統合して社会貸借対照表と呼んでいる24。
第2章 フランスにおける付加価値会計
1.付加価値会計の生成と発展の経緯
(1)プラン・コンタブルと付加価値会計
プラン・コンタブル(plan comptable)とは、フランスにおける会計原 則である。1942年にドイツ占領下のヴィシー体制のもとで最初のプラン・
コンタブルが策定(非公認)された後、最初に公認された1947年プラン・
コンタブル(以下、「1947年プラン」)が策定され、その後1957年プラン・
コンタブル(以下、「1957 年プラン」)、1982 年プラン・コンタブル(以 下、「1982年プラン」)と改訂された。
21 上田俊昭(1995)、p.168。
22 亀井孝文(1980a)。
23 亀井孝文(1980b)。
24 向山敦夫(1990)、pp.119-120。
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プラン・コンタブルは、特に企業の会計システムの整備を基軸に据えて いるが、さらに広く社会会計(国民所得会計)との体系的一貫性にも配慮 している点が特徴である25
すなわち、第二次大戦後のフランス経済は、政府の指導による「計画」
を中心としてその復興発展をみたが、このフランスの計画経済を基調とす る修正資本主義制度における会計制度として、つまり、社会会計への資料 提供をその主たる報告目的としてプラン・コンタブルは設定された
。
26。社 会会計の重要領域である国民所得会計で算定される国民所得は、企業付加 価値によって構成されることから、プラン・コンタブルでは付加価値会計 制度の確立が指向されていった27
①1947年プラン
。
1947 年プランが策定されたのは、第二次大戦によって荒廃したフラン ス経済の再建期にあたる。この時期には、経済再建のための長期経済計画 を樹立することの必要上、社会会計に役立つ会計計算や会計報告にかかる 会計原則の設定が要請されていた。1947 年プランは、一般会計(財務会 計)基準と分析会計(原価会計)基準により構成されていたが、上記のよ うな要請を受け、一般会計は、国家に対して社会会計に役立つ資料を提供 することを財務諸表の作成目的としていた。そのため、1947 年プランの 一般会計は、中小企業も含めた全企業に適用され、各企業の財務諸表項目 デ-タの集計を可能にするために、会計処理と基準を統一的に設定し、さ らにすべての業種について同一形式の財務諸表様式を定めることが必要 であった。このため、一般会計から分析会計を勘定組織上完全に分離する 独自の勘定組織を有した、他国の会計基準に例をみないほど統一化された ものとなっていた28
②1957年プラン
。
1957年プランの改訂時期は、1954年に終結したインドシナ戦争および その後のアルジェリア戦争に係る経済的負担と 1957~8 年にピークに達
25 野村健太郎(2003)、p.60。
26 青木脩(1977)、p.3。
27 青木脩(1977)、p.3。
28 青木脩(1977)、p.6。
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した世界的不況とが重なり、第二次大戦後最大の経済的危機が到来した時 期にあたった。こうした経済的危機の克服のためには経営合理化が有力な 手段であると考えられた。また、企業の間でも、1950 年代の初期から経 営管理のための管理会計の重要性が認識されるようになり、プラン・コン タブルに対して管理会計的な内容の導入が要請されるようになった。こう した要請に応える形で、1957 年プランでは標準原価計算や直接原価計算 等の新しい管理会計技法が採用され、分析会計基準を充実させる改訂が行 われた29
プラン・コンタブルはもともと社会会計目的で制定されたものであった が、当初は社会会計分野そのものの研究が始められたばかりであり、企業 会計と社会会計の接合概念としての意味を持つ付加価値概念は、1947 年 プラン、1957年プランでは触れられていなかった
。
30
③1982年プラン
。
1957 年プランは、社会会計(国民所得会計)との関連性や経営管理の 面で欠陥が目立つようになり、またコンピュータを利用した情報処理への 対応にも問題があったことから、1971 年に改訂作業が開始された。1975 年に原案が完成したが、その後EC第4号指令との調整等の影響から、改 訂が確定するのは1979年となり、最終公布は1982年となった。
1975 年の原案では、全ての企業に付加価値尺度を取り入れた成果計算 書の作成を求めることで社会会計との関連性を確保するものであったが、
確定した1982 年プランでは、付加価値尺度の導入は任意的性格の財務諸 表システムである「発展体系」(systéme développé)において表現される にとどまった 31
なお、1982 年プランで付加価値会計が志向された背景として、労使協 調制度や利益分配参加制度が大きく影響したものと考えられる
。しかしながら、1982 年プランにより制度として付加価 値会計の導入が達成されることとなった。
32
(2)労使協調政策と付加価値会計
。
29 青木脩(1977)、p.7。
30 青木脩(1977)、p.162。
31 野村健太郎(1990)、pp.19-21。
32 青木脩(1977)、p.9。
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第二次大戦後のフランスでは経済的再建のために、資本と労働の「協調」
を実現する社会政策の導入が必要であった。このような背景のもと、労使 関係の改善のための制度が整備されていった。
①労使協調制度
「企業委員会制度」(comité d’entreprise)(1945年)は、従業員数50 人以上の会社に労使間の協調機関として企業委員会を設けることを義務 づけたものである。企業委員会が決定権を持つのは社会的領域に限られて おり、また企業委員会の議長が経営者側にあったことなどから、企業委員 会はあくまで諮問機関として位置づけられる。
「従業員代表制度」(délégués du personnel)(1946年)は、労使間を 対等の関係とする協調機関であり、常時 10 人超の従業員を雇用する企業 に対し、従業員代表制度の設置と運営を義務づけたもので、制度の設置と 運営を協調手段によって決定すべきとされている33
企業委員会制度の 1966 年の改訂では、経営者から企業委員会へ報告す べき内容を具体的に規定した。そこでは、企業活動全般が把握できるよう な販売、生産、雇用といった情報の報告が求められた。また株式会社形態 の企業では、株主総会に提出される基本会計書類(損益計算書、貸借対照 表、監査報告書と附属的会計書類)を事前に企業委員会に提出すること、
企業委員会は必要に応じて監査役に説明を求めることができること、企業 委員会は報告資料を検討するために会社の費用で公認会計士を委嘱する ことができること、企業委員会の代表委員は諮問権をもって取締役会に出 席できること、の権限が認められ
。
34
②利益分配参加制度
、労働者側に対する経済情報の報告と いう基盤が作られた。
利益分配参加制度(participation des salaires aux fruits de l’expansion des entreprises)は、多くの批判があるなか35
33 黒川保美(1991)、p.85、青木脩(1977)、p.165参照。
、既存の資本主義体制の変 革をめざしたドゴール政権下で1967 年に法制化された。この制度は、企
34 青木脩(1977)、pp.165-166。
35 財界のみならず、経済専門家、労働者側からも批判がなされた。詳細は、青木脩(1977)、 pp.167-169参照。
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業の増加した利益を従業員にも直接関係づけさせるとともに、企業の投資 能力の増大と新しい貯蓄の奨励を目的としたもので、従業員が100人を超 える全ての企業に適用された 36。具体的には、算定された参加利益額を、
従業員に対して株式や社債などの形で分配するが、この分配額は非課税と された。参加利益額は、「(税引後所得-5/100×自己資本)×(賃金・給 料/付加価値)×1/2」として算定される。ここで、制度として付加価値が 取り上げられることとなったが、この付加価値額は、「人件費、租税公課、
財務費、減価償却費、引当金繰入額、経営利益の合計」として規定されて おり、実務的な有効性を考慮したものであった37
(3)『シュドロー報告書』と社会貸借対照表
。
1968 年の5 月危機を契機として、フランスでは企業に対する批判が急 速に高まり、企業の改革が急務とされるようになった。この 5 月危機は、
これ以前から蓄積されてきたフランス国民、特に労働者の不平等感に根ざ していたと言われている。1967 年には当時の大統領であったドゴールが 利益分配参加制度を制定するなどして、この問題に対処してきたが、5 月 危機を見ることになったフランス政府は、これ以降、取締役への組合代表 者の選出、職業訓練休暇、臨時雇用および個人的不当解雇などに関する一 連の労働関連法規を制定していった38。そして1975年2月には、P.シュ ドロー(P.Sudreau)を委員長とする企業を改革するための研究委員会
(comité d’étude pour la réforme de l’entreprise)による報告書(以下、
『シュドロー報告書』)39
そこでは、生産性至上主義(productivism)による労働者の社会的状況 や労働条件の悪化が批判され、このような状況を打開するためにいくつか の提案がなされている。社会貸借対照表の作成および公表は、これらの諸 提案の中でなされたものであり、その目的は労働者の社会的状況や労働条 件に関する代表的指標を毎年作成し、これを企業委員会に提出して労使対
が公表された。
36 青木脩(1977)、p.170。
37 青木脩(1977)、pp.170-174参照。
38 小関誠三(1993)、p.3。
39 Sudreau, P.(1975).
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シュドロー報告書を受け、1977年7月12日の法と12月8日のデクレ およびアレテ(Loi du 12 juillet 1977, Decret et arêtes d’application du
decembre 1977)により、1979年からは750 人以上の従業員を有する企
業に対して、1982 年からは300 人以上の従業員を有する企業に対して、
社会貸借対照表(le bilan social)を作成し公表することが義務づけられた。
。
ここで社会貸借対照表とは「社会的領域において企業の状況を評定し、
実行された成果を記録し、また前年度と前々年度において生じた変化を測 定することができるように、主要な数値資料を一つの書類に要約したもの である。そこには、雇用、報酬・諸手当、衛生・安全条件、その他の労働 条件、職業訓練、職業関係、およびこれらの条件が企業に依存する限りで の従業員やその家族の生活条件に関する情報が含まれる。」41と規定されて おり、統計データとしての指標により構成されている。
2.フランスの付加価値会計の特徴
(1)理論的展開42
社会会計目的を重視する 1947 年プランが完成して以来、フランスでは 会計を企業会計と社会会計との統合と考える見解が一般的となり、企業会 計理論としては、企業会計と社会会計とに共通する一般理論を究明しよう とする純粋会計論が学界の主流を占めてきた。一方では、インフレーショ ンと技術革新のもとで、経済指標としての適格な数値を算定することが困 難となったため、プラン・コンタブルを改訂することによって企業会計と 社会会計との関連性を一層密接にしようとする試みが、社会会計学者の間 で行われた43
J.デルソル(J.Delsol)は、企業会計上の損益計算が社会会計における 経済分析に適合しない原因が付加価値概念を採用しないことにあるとし
。
40 小関誠三(1993)、p.3。
41 小関誠三(1993)、p.4。
42 (1)理論的展開の記載内容は、主に青木脩(1977)、p.177-182によっている。
43 青木脩(1977)、p.177。
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て、付加価値計算を中心とする社会会計原理を企業会計に導入する可能性 を検討した。デルソルは生産勘定・経営勘定・処分勘定・資本形成勘定・
財務勘定を用いて、産出高と投入高との対応による付加価値の算定、その 分配、自己金融、配当金、財務費などからなる資金の流れの表示を行うこ とを試行した 44。また、M.ロルトン(M.Lorton)も、デルソルと同様の 立場から企業会計に付加価値概念を導入しようとして、企業会計に生産勘 定を導入し、生産付加価値勘定とそれを変形した販売付加価値勘定、付加 価値分配勘定を提唱した45
J.ブータン(J.Boutan)は、企業会計と社会会計にとって有用な情報の 明確な定義、情報収集のための会計標準化の実施、企業会計と社会会計と の間における情報の交流の促進の三条件をみたすような会計制度を考察 した
。
46
なお、ブータンとデルソルは1969年に発表した「新しいプラン・コンタ ブルに向けて」(Pour un nouveau plan comptable)において、1957年プ ランの改訂の必要性を明らかにしている。彼らは国民経済計算ないし社会 会計上の思考を重視し、社会会計と企業会計との間の首尾一貫性を確保す ることによって、企業会計から得られる会計データを社会会計に迅速に集 計しうるシステムを確立することの必要性を強調した。特に、付加価値算 定の重要性から企業の生産勘定と経営勘定を重視した
。
47
(2)実務的展開
。
①社会貸借対照表の内容
社会貸借対照表は、300人以上の従業員を雇用している会社には毎年作 成が求められるもので、直接的には企業委員会に対して開示がなされる。
社会貸借対照表の内容は主として雇用や労働状況などの統計数値であ るが、会計情報に関わる項目として、以下の項目がある。48
・報酬の額:年間総賃金給料額
44 青木脩(1977)、pp.177-178。
45 青木脩(1977)、pp.179-180。
46 青木脩(1977)、p.181。
47 ここでの記載内容は、野村健太郎(1990)、pp.30-36によっている。
48 野村健太郎(1990)、p.491。
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・報酬の階層:もっとも高い報酬受領者10人の総額
・付随費用:従業員のために行われる外部企業に対する支払額
・総人件費負担:付加価値分配率または人件費対売上高比率
・財務参加額:企業成長参加の総額
・継続的専門職業訓練費用:継続的教育訓練に支出される額、協定の適 用によって実施される教育訓練費、教育訓練保証基金への支払額、認 可機関に対する教育訓練支出額
・社会事業:必要ある場合企業委員会および事業所委員会への寄付金ま たは貸付金
②社会関連情報の開示実態49
フランス公認会計士・認可会計士協会(Ordre des Experts Comptables et des Comptables Agréés)によるフランス主要企業150社の実態調査50 では、1981 年に社会貸借対照表を開示した企業が74 社であるのに対し、
1984年には90社に増加している。法律では、従業員数750人以上の企業 については1979年以降、従業員数300人以上の企業については1982年 以降に作成が求められたことから、これを反映した結果といえる。またこ のうち、年次報告書とは別の書類として社会貸借対照表を開示した企業が 1984年では74社となっている。一方、法定の社会貸借対照表以外の社会 報告書を発行した企業は、1981年の27社から1984年には18社と減少し ている。なお、社会貸借対照表の法制化以前において、報告書の冊子の一 部を社会情報51
③1982年プランにおける付加価値計算書
にあてている企業が1976年に81 社、1977年に80社あ り、社会貸借対照表が法制化される前から社会関連情報が開示されている ことが分かる。
1982年プランでは、財務諸表を基礎体系(systéme de base)、単純体系
(systéme de abrégé)、発展体系(systéme dévéloppé)の3つの体系と
49 ②社会関連情報の開示実態の記載内容は、日本社会関連会計学会(1991)、pp.182-185によって いる。
50 Ordre des Experts Comptables et des Comptables Agréés(1979・1980・1986).
51 ここでは、従業員数や教育・訓練などの従業員関連情報が社会情報として調査されている。
- 16 - して示している52
(a)基礎体系:中規模または大規模の企業が作成を要求される最低限の会 計情報からなる。財務諸表の種類として、貸借対照表(bilan)、成果 計算書(compte de résultat)、附属明細書(annexe)があげられてい る。
。
(b)単純体系:基礎体系の採用を必ずしも必要としない小規模の企業に適 用される。財務諸表の種類は基礎体系と同じであるが、貸借対照表お よび成果計算書の様式は著しく簡素化されている。
(c)発展体系:基礎体系よりもさらに豊富な会計情報を提供するものであ るが、その採用は一部または全体について任意となっている。財務諸 表の種類として、基礎体系における財務諸表のほか、資金計算表
(tableau de financement)が追加され、基礎体系の貸借対照表様式
と成果計算書様式に修正・付加を行うことで、その内容を充実させて いる。具体的には、基礎体系の成果計算書の中の費用・収益を区分し て経営中間残高表(tableau des soldes intermédiaries de gestion)を 作成し、これを成果計算書に含め、さらに、商品売上総利益および付 加価値算定のための費用・収益の取替え基準を経営中間残高表と結合 することで、付加価値・損益結合計算書としての性質をもたせている。
④1982年プランの適用状況53
1982年プランが実際に適用対象となったのは、1984年度の財務諸表か らであった。フランス財務分析協会(Sociéte Française des Analystes
Financiers)が100社を対象に実施した1984年度の財務諸表の調査によ
ると、発展体系を採用した企業は、貸借対照表では 41 社であったのに対 し、成果計算書では 22 社にとどまり、成果計算書に関して基礎体系を採 用している企業が71社 54
52 青木脩(1981)、pp.91-95。
と顕著であった。特に連結財務諸表作成企業に おいては成果計算書で基礎体系を採用する割合が高くなっていた。また、
53 ④1982年プランの適用状況の記載内容は、黒川保美(1991)、pp.13-29によっている。なお、
原典はJacques Meriaux“L’information comptable1984: la cassure”, analyse financière, ler trimestre 1986。
54 これ以外に、改良基礎体系、図表表示があり、合計すると100社となる。
- 17 -
成果計算書における中間経営残高は、付加価値の計算と売上総利益の把握 を容易にできる指標であるが、この中間経営残高を開示している企業は19 社にとどまっていた。
このように、1982 年プラン導入時点においては、フランス企業の開示 は保守的なものであった。
第3章 イギリスにおける付加価値会計
1.付加価値会計の生成と発展の経緯
(1)労使協調政策と付加価値会計
イギリスでは、第二次大戦後労働党内閣によって促進された経済構造の 社会主義化政策による、計画経済型体制とそのための労使共同型企業経営 に基づく分配関係を実現するための経済政策(以下、「労使協調政策」)に 付加価値会計生成の基礎がみられる55
この政策の代表例である生産性基準分配契約は、当時、新しい成果分配 方式として欧米において脚光をあびた労使分配契約である。R.K.フリーマ ン(R.K.Fleeman)とA.G.トムプソン(A.G.Thompson)によると
。
56
また、VABS(value added bonus scheme)は、賃金生産性や労働分配 率のような付加価値と人件費の関係を基軸として、これらの指標に現れて いる労働生産性の向上に基づいて従業員分配分を計算するもので、参加意 識・モチベーション・インセンティブなどの思考と結びついて労使関係の
、こ の制度では、生産性基準分配契約の対象を、個人、経営部門、企業全体の 三つに分け、それぞれの生産性に応じて成果配分が行われる。例えば、個々 の直接生産労働者に対しては、作業時間を生産性尺度として成果配分の基 礎とし、各部門に対してもこの作業時間尺度が準用される。そして、企業 全体の生産性の測定は全体経済への貢献度すなわち「付加価値」で測定さ れることになる。
55 青木脩・小川洌・山上達人(1981)、p.229。
56 Fleeman, R. K. and A. G. Thompson(1970).
- 18 - 領域で用いられている57
なお、労使協調政策は、EC加盟によりさらに強化されたといえる。す なわち、イギリスは1973年にECに加盟したが、1972年にEC委員会が公 表した会社法に関する第5次指令案(Draft Proposals for a Fifth Directive
on Company Law)では、500人以上の従業員を有する全ての会社の監査
役会に従業員代表を参加させることが提案されていた。さらにEC委員会 は1975 年にヨーロッパ会社法の改正案を公表したが、そこではヨーロッ パ労使協議会(European Works Council)の設置および監査役会への労 働者代表参加という労働者の経営参加についての提案がなされていた
。
58
(2)企業の社会的責任論の高まりと社会情報の開示
。
1970 年代に入り、企業の社会的責任論の高まりを受け、会社法の改訂 作業が進められるとともに、この会社法改訂に大きな影響を与える報告書 が相次いで公表された。これらに共通した趣旨は、企業は株主と債権者だ けでなく、従業員や社会一般の利害関係者に対しても責任を負うべきであ り、このためにより広範囲の会社情報をアニュアル・レポートに開示すべ きであるというものであった。この一連の報告書は後述する『コーポレー ト・レポート』における諸提案の背景になったものと考えられる59
①イギリス産業連盟『イギリス公募会社の責任』
。
イ ギ リ ス の 産 業 界 の 代 表 的 な 組 織 で あ る イ ギ リ ス 産 業 連 盟
(Confederation of British Industry)の会社業務委員会(Company Affairs Committee)は、1973年9月に『イギリス公募会社の責任』60
この報告書は1973年7月に英国通商産業省から公表された『会社法改 正報告書』
を 公表した。
61
57 山上達人(1984)、pp.181-182。
に対するイギリス産業連盟の見解を述べる形で記述されてお り、当時の経済的、社会的、政治的および技術的変化に基づき、公募会社 の利害関係者に対する責任を再検討する必要性があることを指摘してい
58 飯岡透(1978c)、p.184。
59 青木脩・小川洌・山上達人(1981)、p.229。
60 Confederation of British Industry(1973).
61 Department of Trade and Industry(1973).
- 19 -
る。すなわち、企業の目的は利益の獲得にあるが、企業は株主のみならず、
債権者、得意先、従業員および社会一般といった企業の営業活動に関連の あるすべての利害関係者に責任を有しているとしている。特に、従業員に 対する責任の重要性を強調するとともに、意思決定におけるより広範な従 業員の参加を推奨している62。また、社会一般に対しては、良き市民とし て行動し、事業活動から生じる環境問題や社会的な問題に注意を払わなけ ればならないとしている63
②イギリス労働党『社会と会社』
。
イギリス労働党(Labour Party)は1974年5月に、『社会と会社』64
報告書によると、『会社法改正報告書』の提案では、一連の不正事件に よる問題点を解決したり、私企業の力を統制するのには十分でなく、抜本 的な改正が必要であるとしている。すなわち、会社法では株主や債権者の 権利を主題としているが、公共の利益や従業員の利益についても規定する 必要があるとしている
と 題する会社法改正に関するグリーン・ペーパーを公表した。
65。そのうえで、企業と労働者との関係に関して新 たな組織を確立すること、会社委員会によって会社と金融機関を規制する こと、公共の利益や従業員の利益のために、開示の範囲を拡大すること、
といった内容の提案を行っている66。労働党はすでにこの報告書を公表す るまでに、会社が労働組合代表に対して開示すべき内容を提案してきた が67、これらに追加して資金収支表、子会社・関係会社・年金基金などと の取引、財務的データ、雇用関係のデータ、社会的データなどの広範な情 報の開示を勧告している68
③イギリス労働組合会議『産業民主主義』
。
イギリス労働組合会議(Trades Union Congress、以下、「TUC」)は1974 年に『産業民主主義』69
62 飯岡透(1978a)、pp.67-70、Confederation of British Industry(1973), pp.19-21.
と題する報告書を公表した。報告書は、労働組合
63 飯岡透(1978a)、p.70、Confederation of British Industry(1973), p.23.
64 The Labour Party Industrial Policy Sub-Committee(1974).
65 The Labour Party Industrial Policy Sub-Committee(1974),p.7.
66 The Labour Party Industrial Policy Sub-Committee(1974),p.8.
67 The Labour Party Industrial Policy Sub-Committee(1974),p.26.
68 The Labour Party Industrial Policy Sub-Committee(1974),pp.29-30.
69 Trades Union Congress(1974).
- 20 -
組織の伸張や団体交渉の領域の拡大、産業民主主義の主張、ECのヨーロ ッパ会社法案などを考慮して次のような提案をしている。
すなわち、取締役会を監査取締役会と経営取締役会の二本立てとし、経 営上の意思決定に加わるために労働組合を通じて選出された労働者の代 表が監査取締役会に参加すべきことを提案した70。さらに、こうした提案 を円滑に実施するために、販売計画、生産計画および投資計画などの予測 情報をはじめ、労働移動率、欠勤率、疾病および事故発生率など労働者の 利害に直接関連のある情報を開示すべきであるとしている71
(3)社会報告の開示の提案
。
①ASSC『コーポレート・レポート』
イギリス会計基準委員会(Accounting Standards Steering Committee、
以下、「ASSC」)は、1975年7月に『コーポレート・レポート』72と称す る討議資料を公表した。この討議資料の目的は、財務諸表の利用者、利用 者の目的、目的に見合ったレポートの形について検討することにあった。
つまり、財務諸表がどのようなグループのために作成され、またこれらの グループにとって適切な情報内容とはどのようなものであるかを検討す ることにあった73
討議資料では、情報を受けるべき合理的な権利をもつグループとして、
①投資家グループ、②債権者グループ、③従業員グループ、④アナリスト・
アドバイザーグループ、⑤取引先グループ、⑥政府、⑦一般大衆に分類し
。
74、 それぞれのグループの合理的な権利や要求する内容について検討してい る。そのうえで、コーポレート・レポートの基本的な目的は、情報に合理 的な権利を持つ利用者にとって有用な報告企業の経済的価値と資源およ び業績に関する情報を伝達することであるとしている75
70 Trades Union Congress(1974), p.39. 邦訳は、飯岡透(1978a)、pp.78-79を参照している。
。そして、経済活 動や利害関係者との関係が大きく変化している現状においては、伝統的に
71 Trades Union Congress(1974), pp.31-33. 邦訳は、飯岡透(1978a)、pp.78-79を参照している。
72 The Accounting Standards Steering Committee(1975).
73 The Accounting Standards Steering Committee(1975), p.9.
74 The Accounting Standards Steering Committee(1975), p.17.
75 The Accounting Standards Steering Committee(1975), p.28. 邦訳は、飯岡透(1978b)、p.139 を参照している。
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財務報告の目的とされてきた所有主のための利益の報告が、企業活動を示 す単一のもしくは主要な指標とは言えなくなったとしている76
このうち付加価値計算書については、企業の努力の結果としての利益が、
従業員、資本提供者、政府、再投資にどのように分配されたかを示すもの で、企業の経済的な業績を評価するのに役立つものであるとしている
。適切なコ ーポレート・レポートには、損益計算書、貸借対照表および資金計算書に 加えて、①付加価値計算書(Statement of value added)、②雇用報告書
(Employment report)、③対政府貨幣取引明細書(Statement of money exchanges with government)、 ④ 外 貨 取 引 明 細 書 (Statement of transactions in foreign currency)、⑤将来予測の説明書(Statement of future prospects)、⑥企業目的に関する説明書(Statement of corporate
objectives)、などが必要であるとしている。
77
②産業民主主義調査委員会『ブロック報告書』
。
イギリス労働党政府によって発足した産業民主主義調査委員会は、1977 年1月に調査結果である『産業民主主義調査委員会報告書』(以下、「ブロ ック報告書」)78を公表した。そこでは、当時のイギリスにおける大規模企 業がおかれている経済的・社会的環境の特徴を分析し79、イギリス企業を 取り巻く変化を背景にして、企業の社会に対する影響の重大性がますます 認識されるようになってきたとしている80
さらに、イギリス近隣諸国において、労働者の経営参加の動向が見られ ており、また、1972年のECの会社法に関する第5次指令案では、監査役 会への従業員代表の参加について提案がされ、1975 年のヨーロッパ会社 法の改正案では、ヨーロッパ労使協議会の設置と監査役会への労働者代表 の参加について提案がされていることから、イギリス政府も議論に関与せ ざるをえない状況にあることを述べている
。
81
76 The Accounting Standards Steering Committee(1975), p.40. 邦訳は、飯岡透(1978b)、p.143 を参照している。
。
77 The Accounting Standards Steering Committee(1975), p.48.
78 Department of Trade(U.K.)(1977).
79 Department of Trade(U.K.)(1977), pp.4-19.
80 Department of Trade(U.K.)(1977), p.20. 邦訳は、飯岡透(1978c)、pp.172-182を参照している。
81 Department of Trade(U.K.)(1977), pp.24-25. 邦訳は、飯岡透(1978c)、p.184を参照している。