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グル ック‑ ピッチ ンニ論争 につ いて

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グル ック‑ ピッチ ンニ論争 につ いて

AQuarrelbetweentheGluckistsandthePiccinnists

井 民 子 *

TamikoIMAI

論文要 旨

本稿で は,第2次 ブフォン論争 といわれ るグル ック‑ピッチ ンニ論争 の本質 を明 らかにす る ため, ピッチ ン二派のマルモ ンテル, グル ック派のアルプ,中立派のシャバ ノンの論考,及 び この論争 とは無縁であったモーツァル トのオペ ラ論 を検証 す る。古典主義 の立場 か らグル ック の表現 を激 しす ぎると退 けるマルモ ンテル は,同時 にイタ リア音楽の声楽美の濫用 に も批判 の 目を向け,一方アルプは, グル ックのオペ ラ改革 の成果 を評価 しつつ,深 い感動 を誘 うピッチ ンニオペ ラの魅力 も認 める。 また,旋律 と和声 を ともに認 めるシャバ ノンの見解 は,ル ソー と ラモー以来 の旋律 ・和声論争 に終止符 を打つ もの として注 目され る。 イタ リア派の一人 として, 音楽の詩 に対す る優位 を主張す るモーツァル トは, グル ックとは対極 のオペ ラ作 曲家 といえる。

これ らの見解 は,18世紀音楽の中心主題であったイタ リア音楽対 フランス音楽,旋律対和声の 問題 の終悪 を意味す るもの といえよう。

キーワー ド :プフォン論争, グル ック‑ピッチ ンニ論争,18世紀音楽,オペ ラ。

は じめに

1752年, イタ リアオペ ラ団のパ リ公演 をきっかけに起 こった, イタ リア音楽 とフランス音楽 の優劣 をめ ぐるブフォン論争 は,決着 をみることな くやがて鎮静化 したが, その後Ch.W. ル ックとN.ピッチ ン二 を両派の代表 として再燃す ることとなった。これ を第2次 ブフォン論争 とい う。1774年, ウィー ンでのオペ ラ改革 の実現 に限界 を感 じたグル ックは, フランスオペ ラ を携 えてパ リに進出 し,≪オー リドのイ フイジェニ≫とフランス語版 の ≪オル フェオ≫を上演 し て成功 を収 める。同 じ頃, ピッチ ンこ もパ リに到着 し,2人 の巨匠の存在 は, たちまちパ リの 文人 たちの論戦 の火種 となった。 その後,1777年 にグル ックが≪アル ミ‑ ド≫,1778年 にピッチ ン二が最初 のフランスオペ ラ ≪ルノー≫ と続 く ≪ロラン≫ を,1779年 にグル ックが ≪トー リド のイフイジェニ≫,1781年 にピッチ ン二が同名 のオペ ラを上演す る とい う具合 に2人の競作 は続

き,いずれ もかな りの好評 を博 した。

ところで,当事者である2人 に とって は論争 の加熱 は甚 だ迷惑 な もので,彼 らの関係 はかつ てのJ.lPh.ラモー とJ.J.)レソーの確執 とはほ ど遠 く,む しろ尊敬 と友情 に満 ちた ものであっ た といわれ る。事実, グル ックはピッチ ンこ よ りも先 に ≪ロラン≫ の作 曲に着手 したが, イタ リア派のJ.F.マルモ ンテルが ピッチ ン二に も同 じオペ ラの作 曲を依頼 したのを知 り, 自分の

*弘前大学教育学部音楽教室

DepartmentofMusic,FacultyofEducation,HirosakiUniversity

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草稿 を焼 き捨 てた とい うエ ピソー ドもある。 また,1787年, ウィー ンで亡 くなったグル ックに 対 す るピッチ ンこの追悼文 は最大級 の讃辞 にあふれている。1)さらに,結果的 に2人が競作す る ことになった ≪トー リドのイフイジェこ≫ について, ピッチ ン二 は, 自分 のオペ ラはグル ック の利益 も評判 も損 うもので はない,2つのオペ ラは詩 も場面 の表現 の詳細 も異 なってお り,互 いに対抗す る作品で もない, と断言 している2)因みに J.ラッシュ トンは,2人 の≪トー リドの イフイジェこ≫ をテキス トと音楽 の両面か ら詳細 に比較分析 している03)

かつて熱烈 なイタ リア派であったル ソー はじめD.デイ ドロ,∫.LR.ダランベール ら百科全書 派 の人々 は,今 回 は概 ね フランス派のグル ックを支持 した。4)本稿 で は,ピッチ ン二派のマルモ ンテル, グル ック派のJ.F.d.1.アルプ, 中立派のM.P.G.d.シャバ ノンの論考,及 び この論争 とは無縁であったW.A.モーツアル トのオペ ラ論 を検証 し, グル ック‑ピッチ ンニ論争 の本質 を明 らかにす る

Ⅰ.マルモンテル

ここで は,彼 の 『フランス革命 について』を検討す る。5)マルモ ンテル は, フランスのオペ ラ の とるべ き道 は, フランス人 のオペ ラの趣味がその詩劇 と同 じ位 向上 してか ら明 らかになるの であ り, それ まで は 「体 系的な精神 の幻影」や 「新奇 さの誘惑」 には用心 しよう, と暗 にグル ック批判 を示唆 しなが ら, まず, これ までの フランスオペ ラの変遷 をふ りか える6)∫.‑B.リュ リのオペ ラのデクラメー シ ョンは単調優雅 だが,エール は簡潔でわか り易 く, フランス人 に愛 されたの は当然で, フランスオペ ラの向上 に貢献 した。

次 に,和声の効果 を強調 したラモーのオペ ラは, リュ リよ りも学識 ぼ り難解で フランス語 に そ ぐわなかったため,人々には野蛮で洗練 さに欠 けるように思われたが,やがで慣れ るに従 い 好 まれ るようになった。 ラモー は, デクラメーシ ョンで無駄 な装飾 を施 し, リュ リよ りも過度 に速度 を遅 らせ,簡潔 さを損 う誤 りを犯 したが,活気 ある和声 を支 えに心 を動かす レシタテ ィ ー フを生 み出 した。崇高な合唱や舞 曲で も才能 を発拝 したが, とりわ け後者で は, その無尽蔵 の多様性 とパ ッセージのす ぐれた選択,活気 ある動 き,器楽 の とり合わせ とその対話 の妙でオ ペ ラにおける不巧 の地位 を確立 した。

しか し, ラモーの才能 もかげ りが見 え始 めた頃,折 りLも, イタ リアのオペ ラ団がやって き て機知 と陽気 さにあふれた小気味 よい音楽で人々 を魅了 した。G.B.ペル ゴレージの音楽 は, リ ズムの効果 と明暗の陰影法,明快 な構想,伴奏 と旋律 の統合, ア リアの楽節構成 の絶妙 さがあ

り, フランス人 たちは, 自国のオペ ラを単調で,性格 と色彩 に欠 ける もの と感 じるようになっ た。我々 フランス人 は, フランス語がイタ リア音楽 の リズムや抑揚 にな じまない と信 じている ので,新 しい音楽への激 しい憎悪が生 じたの も故 な きことで はない。 イタ リア音楽 の美 しきは フランス語 を受 け入れ に くい, といわれて きたので,我々 はイタ リア音楽への嫌悪感 に悩 まさ れ ることとなった。 その結果,奇妙 に も20年来 フランス国内で続 いていた リュ リ派 とラモー派 の争 い はお さま り,両派 はイタ リア音楽 の侵略 に対 して一致団結 した。以上,マルモ ンテルの フランスオペ ラの変遷 に関す る記述か らは, フランスの伝統音楽 と新 しいイタ リア音楽双方の 間 を揺れ動 く彼 の微妙 な立場が読 み とれ る。

次 に,マルモ ンテルによるグル ック批判が始 まる。7)彼 はグル ックのオペ ラをギ リシャ劇 の再 莱,表現力 と劇的魅力 を兼ね備 えた唯一 のオペ ラ とす るグル ック派 に反論 を加 える。すなわち, 魂 を動かす芸術 の目的 は,人の情緒 に作用す るばか りでな く,喜 び も伴 うものであるので,情

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緒 に対 して強烈す ぎて はな らず心地 よい ものでなければな らない。マルモ ンテル は,その模範 を古代 ギ リシャの詩や絵画,彫刻 に求め,美 の特性 をゆがめることのない悲嘆 の表現 を理想 と した。激 しさを避 け,優雅 さ と抑制 を とき, ヴェルギウス, ラシーヌ, ヴォルテール を讃 える 彼 は,紛れ もない古典主義者である

グル ックのオペ ラにもこの美 の原理が適用 され批判 され る。 まず, ヴェルギウスやラシーヌ, ヴォルテールの古典様式の詩 の もつ美点,つ ま り,優雅 さ,律動的でわか り易いスタイル,堤 律的な言語 は, 自然 をゆがめ弱めるもので, む しろ,洗練 されず,粗野で投 げや りで耳障 りな もの こそ自然 に近 い真 の詩 なのだ, とい うグル ックオペ ラの詩人,R.d.カルツアビージの見解 は誤 りだ とす る。音楽 も同 じことで,激情 を恐 ろしい叫び声で表現す るにも,抑揚 を装飾せず に自然 の ままに模倣すれば,単なる苦痛 の印象 を与 えるだけである 人 の心 を動かす真 の悲 し みには,傷 を癒やす鎮静剤が必要で,それ は五感 の楽 しみであ り,詩で は崇高な思想 と感性, 高貴 で優雅 な表現,魅力的な美 しさであ り,音楽で は,エールや哀歌や激情 の悲痛 な抑揚が 自 然 の ままには表現 しえない美 しさなのである。

音楽の旋律 は表現 とぴ った り手 を携 えるべ きなのだが, グル ックの音楽 は旋律的でな く,構 想 と周期性 に欠 け, ば らば らの部分 と完結 しないモチーフ,無秩序で関連 のない リズムの集 ま

りである伴奏付 きレシタテ ィー フにして も,オーケス トラでゲルマ ン人 の欠点 を覆 い隠 し, 力強 さで表現の的確 さを補 い,結局, イタ リアオペ ラを過度 に模倣 したにす ぎない。合唱 はラ モーほ ど劇的で はな く,人物 たちが舞台上 を動 き回る場面 は世 の絶讃 を受 けるほ どの もので は ない。 さらに序曲で は, グル ックはモチー フをオペ ラの部分 と関連 させ, また全楽器 をユニ ゾ ンで始 め,やがて相互 の楽器 を巧みに分奏 させ るが, これ とて も一般 の人 にはわか らない専門 家 の語法である。総 じて, グル ックの音楽の目立 った特徴 は,イタ リア人 のい う 「ごつ ごつ し たなめ らかでない」和声, ア リアにお ける転調やパ ッセージの無秩序 さ,構想 の欠如 にある。

そ して結論 として,グル ック派のい う,「フランスオペ ラの壮麗 なスベ クタル を輪郭 に「あら ゆる感情 を描 くにふ さわ しいイタ リア音楽の色彩で」偉大 な絵画 を描 いた彼 の存在 を否定す る。

最後 に,マルモ ンテル はフランス音楽 とイタ リア音楽の比較論 を展開す る。8)彼 は荒々 しいグ ル ックの音楽 をシェイクス ピア,優美なイタ リア音楽 をラシーヌにた とえ, フランス人がイタ リア音楽 よ りもグル ックの音楽 を好 むの は, よほ ど耳が鈍感である証拠 だ とす る。 このた とえ は, グル ックを ミケランジェロ,∫.A.ハ ツセ をラファエ ロになぞ らえたイタ リア派の音楽史 衣,C.バーニーの批評 を思わせ る。9)

ただし,マルモ ンテルは単純 なイタ リアオペ ラの讃美者で はな く, その欠点 に も目を向 ける。

すなわち,イタ リアオペ ラの悲劇 は面 白みがな く,もの悲 し くてオペ ラ向 きで はな く,P.メタ スタージ ョの才能 を もって して も成功 しなかった。 フランスオペ ラは, とりわ け悲恰 な ものに す ぐれているが, これ とて も豪華 な舞台 と祝祭的要素の生み出す視覚美 のお蔭である。イタ リ アオペ ラの華やかな声 の技巧であるブラヴ‑ラ ・ア リアは,無益 な美の 「濫用」 だ と批判 しな が ら,伴奏付 きレチタテ ィーブォの崇高 さ と自然 さ,表現力 はフランスオペ ラ も及 ばない とす る。 しか し, イタ リア人 は悲劇か らオペ ラをつ くる際,詩 と音楽 の両方 をゆがめて しまった。

つ ま り,悲劇 はその連続性 と陰影法,雄弁 さ,描写力 を失 い, そのため観客 の退屈 さを紛 らす ために自由な歌唱法が必要 となった。

一方, フランスオペ ラは,祝際的な要素の魅力 と壮麗 な視覚美で飾 られているので,音楽 は 単調で もの悲 し くな らず描 く対象 と一致す るのである。 イタ リアで は,軽快 自在 な耳 を驚かせ

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る声の妙技 を聞 き馴れている人々 は, その楽 しみを捨 て去 ることはないだろうし,歌手の気紛 れ と見栄 につ きあわ され る作 曲家 は,技巧 をひけらかす無数のパ ッセージを書 くことを余儀 な くされている。 しか し, フランスで は,英雄役の声 はより男性 的で,女性 の声 も華麗 さよ りも 感受性 に富み,作 曲家 はオペ ラの支配権 をもっている。以上,マルモ ンテルの見解 には, フラ ンス古典主義への強い愛着 とともに, イタ リア音楽 を自国の伝統オペ ラ復興 の活力剤 とす る考 えが窺 えるが,これ は,F.M.グ リムのように,イタ リア派 を自認す る多 くの百科全書派 にみ ら れ る傾 向なのである。

Ⅰ.ア ル プ

アルプのオペ ラ論 として, 『アカデ ミア, または古今 の文学論』の6章 『オペ ラについて』の 4節,『イタ リアオペ ラ とフランスオペ ラの比較,及 び新 しい音楽が フランスオペ ラに もた らす 変化』を検討す る。10)まず, イタ リア人 とフランス人 は対等 にオペ ラの発展 に寄与 し, それぞれ の国民性 に応 じて前者 は音楽 を,後者 は悲劇 を完成 させた として,両国のオペ ラの比較論が展 開 され る。11)フランスの誇 るの は,イルージ ョンによ り持続 し,コルネ‑ユ以前か らフランス人 が慣れ親 しんだ劇的情緒で,イタ リア人 には理解で きない ものである。 コルネ‑ユの ≪ル ・シ

ッ ド≫以来, フランス悲劇 のす ぐれた趣味 は確立 され,生 き生 きした洗練 された もの となった。

一方, イタ リア人 の音楽 の才能 は生来 の もので, イタ リアの国土の産物であ り,人々 は音楽 の 復興 を促 すあ らゆる努力 を尽 くした。彼 らは生 まれなが らの音楽家で, しか も, ご く幼 ない頃 よ り音楽 を理解 し味わ うことを学 んでいるので, その結果,彼 らの趣味,判断 は厳 し く,凡庸 な音楽 には辛抱で きな くなっている 彼 らは, じっ くり音楽 に耳 を傾 けることはせず,一級の 作品 に対 して も, あ とで休息 を要す るほ どの陶酔 にひたるのである。

そ して,オペ ラに対 するイタ リア人 の態度 には気候 と習慣 の影響がみて とれ る。つ まり,彼 らは劇場 でお互 いの桟敷席 を訪ねて会話や賭事,食事 を楽 しむ。昼間ほ とん ど動かないイタ リ ア人 には,夜 の観劇 は活動 と気晴 らしの機会 なのである。 ただ し,彼 らの唯一 の関心事 は名人 のア リアだけなので,い くら音楽が美 し くて もオペ ラが よ くな らないのは当然である ヴォル テールが, イタ リア人 は音楽で悲劇 をだめに して しまった, とい うのは正 しい。 しか しメタス タージ ョほ どの逸材 を輩出 したイタ リアが, イタ リアオペ ラ不審 の理由を詩的才能 の欠如 とす ることはで きない。 それ は, ひ とえに,歌手 の見せ場 をつ くるために筋 を拡大 させたバ ランス の悪 い リブレッ トのせいである。 に もかかわ らず,聡明な ものであれば,筋 の面 白さや対話や スタイルの美 しさにメタスタージ ョな らで はの才能が認 め られ よう。

一方, フランスで は知的芸術 としての詩が十分評価 され る つ ま り, フランス人 は涼 しい気 候 の中で よ り活動的にな り,国民性 の一つである,強烈 な自負心か ら発す る精神 の主張 に専念 す る。 そ して,己れの美的判断 を下 し新奇 さを楽 しむためには,すべてを放棄 し耐 え忍ぶ こと がで きるのである。 アルプは結論 として,イタ リア人の豊かだが放埼 な国民性が詩 を堕落 させ, フランス人 の合理的で知的な国民性がす ぐれた芸術 を生 んだ とす る。

次 に,グル ックのオペ ラ創作 の理念が検討 され る。12)グル ックが,イタ リアオペ ラの音楽表現 は,わずかのア リアだけにあ り, それ は劇全体か らか け離れた ものである, とい うのは正 しい。

事実,声 の芸当をい ともた易 くやってのける歌手 たちを甘やか した結果,著名 な作 曲家 さえも 本来の美 しい歌唱芸術 の原理 を逸脱す ることとなった。 このような無益 な声楽美の極地 は, 冒 や耳 を楽 しませ るバ レーや祝祭 に似 つかわ しいが,音楽が情況や人物 に一致 しなければな らな

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い場面 を台無 しにして しまった。ペル ゴレー ジ以来 のす ぐれた作曲家 たちで さえ,イタ リア人 のこのような 「力技」への熱狂 にしば しば屈 したが, この力技 は決 して素晴 らしい芸術 で はな い。 なぜな ら,芸術 は自然 をそのお もむ くままになぞるものだか らである 自然 は常 にその技 を隠すため, 自然の美 しさは容易 な ものにみえるように,芸術 もまた同様 でなければな らない。

グル ック とカル ツァビージ ョの ≪オル フェオ≫ は,真実 らしさが しばしば曲げ られているが, 筋 の統一 と簡潔 な主題 に新 しい価値がある。≪オル フェオ≫は, グル ックのオペ ラの中で もっと

も歌唱が多 く用い られ,しか もピッチ ン二やA.M.G.サ ッキーこ,G.パイジェッロらのす ぐれ た旋律 に限 りな く近づいたオペ ラの一つである。 このオペ ラは,音楽が筋か ら分離せず,終始, 歌詞 と旋律が真の劇全体 を生 み出 した最初 の例である

グル ックの新 しいオペ ラが受 けいれ られたのは,イタ リアで はな く,従来 のオペ ラに改革 を 望んでいたフランスであった。 とりわ け,エール ≪私 はユ リディスを失 った≫や ロマ ンス ≪私 の愛す るもの≫, デュエ ッ ト≪何 とい う耐 えがた き苦悩 よ./≫は最 もす ぐれている オル フェが 地獄 の霊 たちに歌 いか ける ≪私 の涙で心 を動か して下 さい≫ は, あ まりに も多 くの ことが意図 され,高揚 した想像力 よ りも月並みな情緒が感 じられて, それ ほ どの効果がない。 しか し,霊 たちの ≪な らぬ≫ とオルフェの嘆 き, あるい は1幕,ユ リディスの墓 を弔 う合唱 と間に挟 まれ るオルフェの悲憤 な叫び, また地獄 の霊 たちの合唱 とバ レエ, これ らの対照 には,従来 のオペ ラにはなかった劇的イ リュー ジョンがある。

続 いて, アルプはピッチ ンこの称讃 に移 り,彼 の ≪ディ ド≫ は,オペ ラに望 まれ るほ とん ど すべてを含むフランスオペ ラの傑作 だ とす る。13)それ はオペ ラ として巧 みに構成 され,とりわけ 感動的な哀感 にあふれているが, この哀感 は,悲劇が入念 に とり入れ, グル ック以来 あ まりに 惜 しみな く表現 された恐怖 よ りも価値がある ディ ドの死 を覚悟 した静かで凝縮 された絶望 の 表現 は,筋 と音楽が最 も効果的 に高めあって深 い感動 を与 え, これ こそ真の完壁 なオペ ラであ アルプは, フランスのグル ック派たちが ピッチ ン二 を執 ように侮辱 し,ついにはフランス か ら追 い出 した彼 らの心 ない仕打 ちに心 を痛 める そして彼 は, グル ック派たちの唱 える音楽 と悲劇 の安易 な結合が, グル ック以降のフランスオペ ラの堕落 につなが った ことを指摘す る

結局, アルプは, グル ック‑ピッチ ンニ論争か らは距離 をお きなが ら, 自然 の単純 さで真実 ら しさの表現 に迫 るグル ックの主張 と,深い感動 を誘 うピッチンこのオペ ラの魅力 を ともに認 め る立場 にある といえよう

Ⅰ.シャバ ノン

シャバ ノンの見解 について は, 『音楽,主 に芸術 の形而上学 についての見解』の8章 と22章 を 検討す る。14)まず,8章 『歌の表現 は分節 されていない衝動の叫びの模倣 にあるので はな』で は, ル ソーやディ ドロの主張す る旋律 の起源 を人間の原始の叫びに求 める考 えに異議 を唱 える 15)っ まり,衝動的 な叫びは,音楽 の基盤 で も本質で もな く,仮 に これ をア リアに とり入れて も 偶然 の効果 にす ぎない とす る例 えば,楽 しさの衝動的な叫び は笑 いであるが,心 をうきうき させ る舞曲 は笑 いの模倣で はない。 また,笑 いを模倣 したア リアが楽 しさを損 ない,却 って悲 し くさせ るの も同様 である

グル ックは,悲 しみの表現 を強 めるために, しば しば美 しい歌 に哀調 を帯 びた旋律 を挟 み, 歌手 にも自然 に近い表現 を求 めた。 しか し,≪オルフェ≫のパ リ初演 の際, トラキア人 たちの嘆 きの合唱の合間のオル フェの苦痛 の叫びがあまりに真 に迫 っていたので,次回か ら歌手 はその

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表現 をやわ らげ,趣味の範囲に とどめて よ り音楽的 になった。シャバ ノンは,「人 は生 まれなが らにして旋律 に感受性 をもっている。 さもなけれ ば,言葉のない楽器が人々 に様々な反応 を喚 起す るだ ろうか」 とい うクインティリアヌスの評言 を引用 し,音楽 は単 なる衝動 の叫びで はな く,美 し く昇華 された ものであることを主張す るが, これ は, グル ックの表現 をあま りにも自 然 に近 く激 しす ぎると否定的であったマルモ ンテル とも共通す る。

次 に22章 『和声 と旋律 の結合 について』を検討す る。16)まず, シャバ ノンは,和声 とは異 なる 複数の音が同時 に響 き, その全体 の印象が ある明確で特徴的な感覚 を生 じるもので, これ は人 間の聴覚が音楽 を知覚す る時のみ起 こる現象だ とす る。 その感覚 は,い くつかの声部が和声的 に調和 して歌われれ ば,各声部 とともに声部全体 の印象 も同時 に聴 きわ ける,複雑かつ単純 な 感覚である。 もし,旋律以外 の声部が,規定 の和声 にあて はまらない音であれば,統一 はこわ れ旋律 も消 え去 って しまう。

旋律 と和声の関係 については,彼 は次 の ように とらえる。つ ま り,旋律 はバ ス と和声音 を含 まねばな らず,同様 に,一連 の和音進行か らは美 しい旋律が抽出 されなければな らない。旋律 と和声 はどち らが先 とい うことはで きず,一方が他方 を生 じ, またお互 いに相手がなければ存 在 しえない関係 なのである。彼 は, ヨーロッパ人がユニ ゾンしか知 らない未開人 たちに和声 を もつ歌 を聴かせ るある実験 を想定 し,彼 らの反応か ら,和声 の感覚が人間 にどれ ほ ど自然か, それ とも人工的で手の こんだ ものかがわか る とす るが,和声 の普遍性への強い信頼 も窺 える。

彼 は次 に差音現象や協和,不協和 について言及 したのち,最後 に旋律 の和声 に対す る優位性 について論 じる。17)旋律 は,和声の提供す る諸音 を全体 に位置づ けて従属声部 を編成 し, また, 声楽 と器楽 を交互 に用いて主要旋律 を示す。彼 は,声楽のみな らず器楽 の重要 さに もふれ,多 声部 のオーケス トラが個別 に, あるいは一体 となって発揮す る,歌手 も及 ばない自在 な表現力 を強調す る。旋律 と和声 にはおのず とそれぞれの役割があ り,感動的なア リアやアダージ ョで は,伴奏和声 は旋律 を模倣せずにテーマの まわ りに美 し く寄 り添 い, あるい はある効果 を描写 す る。和声 を学ぶ ものが守 るべ きことは,単純 で 自然 な旋律 を生み出す和声 は正 し く規則 にか なってお り,逆 に苛 だたせ る難解 な旋律 を生 む和声 は認 め られない ことである。人 を驚かす難 解 な和声 は,音楽の正道 を逸脱 した もので,衝動的な満足 の追求 にす ぎない。以上 の ように, 旋律優位 を ときなが らも和声 との相互依存 を とくシャバ ノンの見解 は,へ旋律重視 のル ソー と和 声重視 のラモーによって展開 された旋律 と和声の優劣論争の終鳶 を示す もの といえよう。

Ⅴ.モーツアル ト

モーツ アル トに とって, グル ック‑ピッチ ンニ論争 はほ とん ど無縁の ものであった といって よいだろう。 これ は,同 じ ドイツ人であるグ リムがその 『オル フアル論』でブフォン論争 の口 火 をきり,百科全書派の有力 な一員 として活躍 したの と対照的である。事実,モーツァル トは グル ック‑ピッチ ンニ論争 のさなか にパ リに滞在 していたに もかかわ らず,書簡 で はパ リの ピ ッチ ン二や ウィー ンのグル ックの友好的態度がわずかにふれ られているにす ぎない。18)

同行 の母 を亡 くし,求職 も不首尾 に終わった1778年の失意のパ リ旅行 の書簡 か ら読 み とれ る の は, フランス音楽への蔑視 だけである。彼 はパ リの音楽家 を家畜,野獣 同然 とし,演奏 の ま ず さ と趣味のなさを露骨 に非難す る とともに, フランス古典 オペ ラのフランス語 を非音楽的な

悪魔 の詩」 と呼んでい る。19)これ らは,C.バーニー をはじめ とす る当時のイタ リア音楽の讃 美者 たちの批評 と重 なるものであ り,実際,モ‑ツアル トは, フランスのオペ ラ ・コ ミックを

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翻案 した ≪バ ステ イアンとバ ステ イエ ンヌ≫ を唯一 の例外 として, フランスオペ ラ とは無縁で あった。む しろ彼 は, ヨーゼフⅠⅠ世 の提唱す る ドイツオペ ラの振興 に大 いに共鳴 し,彼の初 の

ドイツオペ ラ となる ≪後宮か らの誘拐≫の創作 に意欲 を燃や した。20)

書簡 で詳 し く語 られ る ≪後宮≫の創作 メモ は,彼のオペ ラ観 を窺 う貴重な資料 である。 まず, 1781年,9月26日の書簡 で は,台本作者 のJ.G.シュテフアニーにモーツアル ト自身が変更 を申 し入れ,台本創作 に大 き く関与 していることがわか る。21)すなわち,彼 は,歌手 の特徴 を生か し てモノローグをア リエ ッタに,2人 の会話 を 2重唱 に要求 したばか りか,3幕 冒頭 の 5重唱 ( 4重唱) を2幕 の終 曲に移す根本的構成 の変更 を指示 したのだった。

次 に同年,10月13日の書簡 で は,オペ ラの本質的課題である詩 と音楽 のあ り方が言及 され る。

22)っ ま り,モーツアル トは音楽優位 の立場 を とり,「詩 は音楽 の忠実な娘」であることを主張す 台本 のつ まらないイタ リアのオペ ラ ・ブ ッフアが,音楽 の魅力で素晴 らし くなるのはその 証明である そのため,詩 は音楽 にひたす ら奉仕すべ きで,作 曲家 の着想 を打 ち こわすわ ざ と らしい押韻 は音楽 に有害なだけである。演劇 を理解す る作曲家 と賢明な詩人が手 を組 む ことに よ り, はじめて理想的なオペ ラが生 まれる という

ところで,グル ックとモーツァル トの2人 を対極 のオペ ラ作 曲家 とす るH.ア‑ベル トの指摘 は正 しい。23)彼 は,モーツァル トをグル ックの後継者 とす る従来 の見方 を否定 し,2人 の根本的 相違 を明 らかにす る。

グル ックは古典主義美学の具現者 といわれ るように,彼 の創作理念 の背景 には,理性 と秩序, 明噺 さを重視す る18世紀 の合理主義がある。 この合理精神 は,伝統的 にフランス人 とイタ リア 人 に顕著で,17世紀 のフランス古典主義で開花 し, メタスタージ ョの詩作 に受 けつがれた。 グ ル ックのオペ ラ創作 は,全体 の中に特性化 した人物 を撤密 に配す ることで, その人物 は, メタ スター ジ ョのそれが当時の社会慣習の範囲内で描 かれているのに対 し,概念化,抽象化 されて いる。

一方, あふれでるファンタジーに導かれたモーツァル トの創作態度 は,非合理的,非論理的 で, グル ックと対照的である。 メタスタージ ョの ≪テ ィ トスの慈悲≫が必ず しも成功 しなかっ たの は,モーツアル トが古典主義 と無縁であった ことの証 しであ り,一方,オペ ラ ・ブ ッフア での成功 は,彼 の現実主義的な気質 と合致 したか らである モーツァル トオペ ラの人物 は, グ ル ックの理念化 された もので はな く, あ くまで個別的だが, その複雑多様 な魅力で普遍的な真 実 に到達 している。H.ア‑ベル トは,グル ックは確固たるプランの もとにオペ ラを創作 し,モ ーツァル トで は,秩序 と創造,統一 と多様性が常 に共存 し, その芸術 は「偶然的な ものの魔法」

である, と結論す る。

参考文献

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(8)

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H.ア‑ベル ト,モー ツ アル トとグル ック,モー ツァル ト叢書11,モー ツアル トと大作 曲家 たち,吉 田 泰輔訳編,1977,音楽之友社,pp.64‑106

1)E.Winternitz,A HomageofPiccinnitoCluck,StudiesinEighteenth‑centuryMusic,a TributetoKarlGeiringer,New York,London,1970,pp.397‑400

2) M.F.Rushton,̀IphigenieenTauride',:TheOperasofCluckandPiccinni,MusicandLette73, liii,1972,p.415

3) ibid.,pp.411‑430

4) J.Tiersot,CluckandtheEncyclopedists,TheMusicalCba71erly,1930,pp.345‑356 5) J.F.Marmontel,EssaisurlesrvolutionsdelamusiqueenFrance,Paris,1777(E.Fubini,

MusicandCultureinEighteenth‑CenturyEurope,trams.,B.∫.Blackburn,Chicago,1994,pp.

366‑372に英抄訳所収)

6)E.Fubini,MusicandCultureinEighteenth‑CenturyEurope,pp.366‑367 7) ibid.,pp368‑370

8) ibid.,pp370‑372

9)今井民子,Cバ ーニーの ドイツ音楽紀行,弘前大学教育学部教科教育研究紀要,第26,1997,p.

17

10) J.F.deLaHarpe,Lycee,OuCoursdeLitteratureancienneetmoderne,Paris,1799‑1805, 1803,ch.6,Del'Opera(E.Fubini,MusicandCultureinEighteenth‑CenturyEurope,pp.373

‑378に英抄訳所収)

ll)E.Fubini,MusicandCultureinEighteenth‑CenturyEurope,pp.373‑374 12) ibid.,pp375‑376

13) ibid.,pp376‑378

14)M.P.G.deChabanon,Observationssurlamusique,etprincipalementsurlametaphysique del'art,Paris,1779,ch.8,ch.22(E.Fubini,MusicandCultureinEighteenth‑CenturyEurope, pp.378‑383に英抄訳所収)

15)E.Fubini,MusicandCultureinEighteenth‑CenturyEurope,pp.378‑379 16) ibid.,pp379‑383

17) ibid.,pp382‑383

18)モー ツ アル トの手紙,柴 田訳,1980,岩波書店, (上),p.168, (下)p.72,p.89 19)前掲書, (上),pp.153‑154,p.169,p.178

20)前掲書, (下),pp.87‑88,p.114 20)前掲書, (下),pp.24‑28 20)前掲書, (下),pp.30‑31

23)H.ア‑ベル ト, モー ツ アル トとグル ック, モーツ アル ト叢書11,モー ツ アル トと大作 曲家 たち, 吉 田泰輔訳編,1977,音楽之友社,pp.64‑106 (1998.7.23受理)

参照

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