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修 士 学 位 論 文

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(1)

題 名

トランスクリプトームの性差からせまる ショウジョウバエの性的拮抗の進化

指導教授 田村浩一郎 教授

令和

2

1

10

日 提出

都大学東京大学院

理学研究科 生命科学 専攻 学籍番号

18846434

氏 名 ミノヴィッチ あに香

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学位論文要旨(修士(理学)

論文著者名 ミノヴィッチ あに香

論文題名:トランスクリプトームの性差からせまる ショウジョウバエの性的拮抗の進化

性染色体は代表的な性決定機構のひとつとして知られており、生物の進化過程で何度 も独立に生じてきた。性染色体は常染色体が性決定関連遺伝子を獲得することで生じる と考えられているが、常染色体が性染色体になると通常 Y 染色体は組換えを行わなく なり、有害変異の除去に支障をきたす。その結果、Y染色体上の多くの遺伝子は消失す る、もしくは機能を失う(偽遺伝子化)。したがって、性染色体の獲得は生物にとって 潜在的に不利な可能性がある。多くの生物には遺伝子量補償という機構が存在し、オス X染色体上の遺伝子の発現量を上昇させることでY染色体の退化による遺伝子発現 量の低下を補っていることが知られている。しかし、ショウジョウバエを用いて行われ た当研究室の先行研究によって、Y 染色体だけでなく X 染色体においても常染色体と 比べて偽遺伝子化の速度が上昇していることが明らかになった。X染色体上の遺伝子が 機能を失っている場合、Y染色体の偽遺伝子化を補償できない。このことは、遺伝子量 補償がY染色体の退化を完全には補えないことを示唆する。

ではどのようにして性染色体を持つ生物は様々な分類群で多様化し得たのだろうか。

私は、性染色体の獲得が性的拮抗の解消・軽減に寄与するのではないかと考えた。性的 拮抗とは雌雄で利害関係が対立する状態のことである。性的拮抗を解消するメカニズム のひとつとして、性的拮抗形質に関与する遺伝子が片方の性に偏った遺伝子発現(以下 性バイアス発現とよぶ)を獲得することが知られている。性染色体は片方の性に偏った 遺伝様式を持つため、性バイアス発現が進化しやすいと考えられる。つまり、性染色体

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の獲得には性バイアス発現の進化を促進し、その結果生存や発生にかかわる性的拮抗を 軽減するという利点がある可能性がある。

そこで本研究では、上記の仮説を検証することを目的とし、常染色体が性染色体と融 合することによって性染色体化したネオ性染色体を持つショウジョウバエとネオ性染 色体をもたない近縁種の遺伝子発現を RNA-seq データを用いて網羅的に比較し、ネオ 性染色体の獲得が遺伝子発現の性差にどのように影響するかを調べた。

まず、幼虫、蛹、成虫、精巣/卵巣のRNA-seqデータを用いて、ネオ性染色体を持つ Drosophila mirandaと近縁種でネオ性染色体を持たないD. pseudobscuraD. obscura おける性バイアス発現遺伝子の数や割合を比較した。その結果、必ずしもネオ性染色体

を持つ D. miranda における性バイアス遺伝子の数は近縁種に比べて多くなかった。し

かし、ネオ性染色体における性バイアス遺伝子の割合は常染色体と比べて高い傾向にあ り、この傾向は特に幼虫において統計的に有意であった。そこで、幼虫のどの組織で性 バイアス遺伝子が進化しやすいのかを調べるため、成虫原基とそれ以外の組織のRNA- seqデータを比較した。その結果、顕著な差ではないものの、成虫原基においてネオ性 染色体上に相対的に多くの性バイアス遺伝子があることが明らかになった。一方、成虫 の複数の組織で同様の解析を行ったところ、特に頭部、胸部において性バイアス遺伝子 の割合がネオ性染色体で大きいことがわかった。一方、生殖器官を含む組織ではその傾 向が弱くなっていた。

さらに、同様の解析を D. miranda とは独立にネオ性染色体を獲得した D. albomicans およびD. americanaついても行った。その結果、D. albomicansD. americanaにおいて も、特に幼虫においてネオ性染色体誕生後に常染色体と比べて相対的に多くの性バイア ス遺伝子がネオ性染色体上に生じていることが明らかになった。

そこで、D. mirandaD. albomicans で独立に生じたネオ性染色体上の性バイアス発 現遺伝子に共通性があるかを調べた。D. miranda D. albomicansのネオ性染色体は部

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分的に同じ常染色体に由来するため、この2種のネオ性染色体上には約1,400個の相同 遺伝子が存在する。しかし、幼虫の組織ではこの2種においてネオ性染色体上の特定の 遺伝子が性バイアス遺伝子に進化しやすい傾向はみられなかった。

以上の結果から、ショウジョウバエにおいては、ネオ性染色体の獲得によって生殖に 直接関係ない組織や器官においてネオ性染色体上に性バイアス遺伝子が生じやすくな ることが示唆された。これらの性バイアス遺伝子が実際に性的拮抗の軽減に寄与してい るかどうかは不明であるが、個体の生存、発生、行動に関わる性的拮抗に関連している 可能性がある。本研究で得られたこれらの知見は、今後性染色体と性的拮抗の関連性を 調べる上で有用な基盤情報となるはずである。

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学位論文要旨(修士(理学)

論文著者名 ミノヴィッチ あに香 Evolution of sexual conflict in Drosophila species

: An approach from sex differences in transcriptomes

Sex chromosomes are among the major sex-determination systems and have emerged many times independently in different lineages during evolution. Sex chromosomes are known to have originated from a pair of autosomes by acquiring the sex-determination genes as well as sexually antagonistic genes. Once the pair of autosomes becomes sex chromosomes, however, the recombination between X and Y chromosomes is suppressed in many cases, which makes the Y chromosome inefficient in removing deleterious mutations and results in the massive pseudogenization and/or gene losses on the Y chromosome. Thus, the acquisition of sex chromosomes could be potentially disadvantageous for organisms. Many organisms have a mechanism so called dosage compensation, by which the gene expression level of the X-linked genes is upregulated in males to compensate the decrease in the expression level of X-linked genes due to the losses of Y-linked genes. However, a previous study in our laboratory reported that the rate of pseudogenization is accelerated not only on the Y chromosome but also on the X chromosome in Drosophila species. If an X-linked gene is pseudogenized, the loss of Y-linked genes cannot be compensated. This observation suggests that dosage compensation cannot completely compensate the Y chromosome degeneration.

Then, how have organisms with sex chromosomes diversified in many different lineages? I hypothesized that the acquisition of sex chromosomes contributes to the resolution or reduction of sexual conflict. Sexual conflict is a state in which the conflict of interests exists

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between females and males. However, the sexual conflict can be resolved if a gene involved in the conflict acquires sex-biased expression. Evolution of sex-biased genes can be promoted on sex chromosomes, because the mode of inheritance for sex chromosomes is biased to one sex (i.e., two-thirds of the X chromosomes are inherited through females and the Y chromosome is inherited only through males). Therefore, acquiring sex chromosomes may accelerate the evolution of sex-biased expression, which results in the reduction of sexual conflict involved in survival and development.

The purpose of this study is therefore to investigate the above-mentioned hypothesis by comparing sex differences in gene expression level between the Drosophila species with neo-sex chromosomes (i.e., an autosome fused with an ordinary sex chromosome) and the closely related species without neo-sex chromosomes.

First, using RNA-seq data of larva, pupa, adult, and testis/ovary, I compared the number of sex-biased genes in D. miranda that has neo-sex chromosomes with its close relatives, D.

pseudoobscura and D. obscura, without neo-sex chromosomes. The result showed that the number of sex-biased genes in D. miranda is not necessarily greater than those in other species without neo-sex chromosomes. However, the proportion of sex-biased genes on the neo-sex chromosomes in D. miranda tended to be higher than that on autosomes. The difference was particularly conspicuous and statistically significant in larva. To clarify the tissues in which sex- biased expression is promoted, I compared the RNA-seq data between imaginal discs and other tissues in larva. The result showed that sex-biased genes tend to have emerged more often in imaginal discs compared with other tissues of larva, although the difference is not really large. A similar analysis in several adult tissues revealed that the proportion of the sex-biased genes on the neo-sex chromosomes is remarkably greater than that on autosomes in head and thorax.

I also conducted the same analyses in D. albomicans and D. americana, each of which

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independently acquired neo-sex chromosomes after splitting from their close relatives. The results showed essentially the same trend as those in D. miranda, i.e., in both species, the proportion of sex-biased genes on neo-sex chromosomes was significantly greater than that on autosomes, particularly at the larval stage.

I next examined whether the species with independent neo-sex chromosomes share the pattern of sex-biased gene expression. Since the Muller element C independently became the neo- sex chromosomes in both D. miranda and D. albomicans, there are about 1,400 orthologous genes that are located on the neo-sex chromosomes in both species. However, the genes that acquired sex-biased gene expression in larva after the acquisition of neo-sex chromosomes were largely different between the two species and shared no common feature.

These results suggest that sex-biased genes tend to have emerged more frequently on the neo-sex chromosomes relative to autosomes in the tissues that are not directly related to reproduction. At this moment, however, whether the sex-biased genes identified really contribute to the reduction of sexual conflit remains unclear. Yet, some of which may be involved in the sexual conflict concerned with viability, development, and behavior of an individual. The findings in this study can be a useful and basic information to further examine the relationship between sex chromosomes and sexual conflict.

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目次

序論 ・・・ 9 材料と方法 ・・・ 14

結果 ・・・ 19

考察 ・・・ 28

結論 ・・・ 36

謝辞 ・・・ 37

参考文献 ・・・ 38

・・・ 44

・・・ 92

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序論

性染色体は代表的な性決定機構のひとつである。性染色体は進化の過程で、一対の常 染色体に性決定遺伝子や性的拮抗遺伝子が集まることで生じると考えられている (Charlesworth and Charlesworth 1978) 。性染色体には遺伝情報に性的二型を生み出すこと によって、環境によらず一定の性比を保つことができるという潜在的な利点がある。し かし、性染色体による性決定を維持するためには、異型性染色体(XYまたは ZW)間 で組換えが抑制される必要がある。組換えには効率的に有害な変異を除去する特徴があ ることから、組換えの機会を失ったY(またはW)染色体には有害な変異が数多く蓄積 すると考えられてきた。実際、多くの生物において Y 染色体にはオス形質やオスの生 殖 を つ か さ ど る 、 ご く 限 ら れ た 遺 伝 子 し か 存 在 し な い こ と が 分 か っ て い る

(Charlesworth et al. 2005) 。例えばヒトではY染色体上には68、キイロショウジョウバ

エ に お い て は 24 の 遺 伝 子 し か 見 つ か っ て い な い (NCBI よ り 情 報 を 抽 出 、

https://www.ncbi.nlm.nih.gov/)。また、反復配列が多数蓄積しておりヘテロクロマチン化

が進んでいる (Denniston 1985) 。このような観点から考えると、性染色体の獲得は生物 にとってかえって不利であるととらえることもできる (Ohno 1967)

しかし、性染色体は生物の進化過程で何度も独立に誕生しており、性染色体を持つ生 物は様々な分類群で多様化・繁栄している (Bachtrog et al. 2014) 。このことは、生物が Y 染色体の退化という潜在的不利を乗り越える何らかの機構を持っている可能性を示 唆する。実際、多くの生物に遺伝子量補償という機構が存在し、オスのX染色体上の遺 伝子の発現量が上昇して、X 染色体数の性差によって生じる X 染色体遺伝子の発現量 の減少を補っていることが明らかになっている (Ohno 1967; Ercan 2014) 。しかしなが ら、近年当研究室で行われたショウジョウバエの比較ゲノム・トランスクリプトーム解

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析によって、性染色体の初期進化過程においては、Y 染色体だけでなく X 染色体も常 染色体に比べて偽遺伝子化の速度が有意に上昇していることが明らかになり、Y染色体 のみならずX染色体も退化することが示唆された (Nozawa et al. 2016) 。X染色体上の 遺伝子が機能を失っている場合、遺伝子量補償は作用し得ない。これはすなわち、Y 色体の退化というリスクを遺伝子量補償で完全には克服できないことを示唆する。私は、

多くの生物(特に動物)が性染色体を保持していることを説明するためには、性染色体 の獲得が安定した性比の維持以外にも生物にとって何らかの利点があるのではないか と考えた。

そこで着目したのが性染色体の獲得による性的拮抗の解消・軽減である。性的拮抗と は、動物の雌雄間で最適な表現型が異なる状態を指す (Lessells 1999) 。例えば鳥類のオ スにとって長く派手な羽(いわゆる装飾羽)は生存には不利でも生殖行動の観点から適 応的である可能性がある。一方、メスにとってはこの形質はただ生存に不利な形質であ る (Andersson 1994) 。このとき、オスにとっては長い羽、メスにとっては短い羽が適応 的という性的拮抗状態に陥る。もし、オスにとっての有利さとメスにとっての不利さの 程度が同じであれば、その結果実現する羽形質は両性にとって非適応的なその中間的な 長さになる可能性がある (Cox and Calsbeek 2009) 。しかし、このような性的拮抗は、性 的二型が生じることで解消される (Rice 1984) 。上に述べた鳥類の羽の例では、オスの みに顕著なクジャクの装飾羽がこれにあたる(図 1)。性的二型によってある形質の性 的拮抗が解消されるとき、遺伝子レベルではその形質に関与する性的拮抗遺伝子が片方 の性に偏った遺伝子発現(以降性バイアス発現とよぶ)を示すことが多い (Parsch and

Ellegren 2013) 。そこで性染色体が性バイアス発現の進化を促進し、その結果性的拮抗

を軽減するのではないかと考えた。なぜなら、性染色体は片方の性に偏った遺伝様式を 持つからである。具体的には、X染色体は3分の2がメスを通じて遺伝し、Y染色体は

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オスのみを通じて遺伝する(ZW染色体ではこの逆)。このとき、優性度にもよるが、理 論的にはメスで有利/オスで不利(メスで不利/オスで有利)な遺伝子がX(Y)染色 体上で多く発現し、一方Y(X)染色体上で発現しなければ性的拮抗は解消される (Rice

1984) 。つまり、メスで有利/オスで不利(メスで不利/オスで有利)な X(Y)染色

体上の遺伝子がメスバイアス発現(オスバイアス発現)を獲得すれば、性的拮抗は解消 されうるのである。実際、ショウジョウバエや哺乳類では X 染色体にメスバイアス遺 伝子が多くオスバイアス遺伝子が少ない傾向にあること (Lifschytz and Lindsley 1972;

Hense et al. 2007) 、Y染色体にはオスの生殖に関与する遺伝子が有意に多く存在するこ

とが明らかになっている (Gatti and Pimpinelli 1983; Carvalho 2002) 。したがって、「性染 色体の獲得は性的拮抗を軽減するか」という仮説は、「性染色体を獲得することで性バ イアス遺伝子が増加するか、そしてそれらの遺伝子が実際に性的拮抗に関与し得る機能 を持っているか」を調べることで検証可能なはずである。ただし、ここで注意したいの は、上記のクジャクのような例では、性的拮抗が解消されたとき種としての適応度が上 昇しているかどうかは定かではない、ということである。なぜなら性選択によってオス の装飾羽が極端に大きくなった場合、生存という観点からみると不利になる可能性が高 いためである。つまり、ここで検証したいことは、性選択に関わる性的拮抗だけでなく、

生存や発生における性的拮抗を含む。もし生存や発生における性的拮抗が解消されれば、

種としての適応度が上昇すると考えられるので、性染色体獲得の利点となりうるためで ある。

そのためには性染色体の割合が異なる近縁種が必要となる。しかし、多くの生物の性 染色体は起源が古く検証が困難である。例えばヒトは約2億年前に性染色体を獲得して おり (Lahn and Page 1999) 、チンパンジーなどの近縁種とは染色体構成がほぼ同じであ るため、上記の仮説を検証できない。カモノハシや鳥類はヒトと異なる起源の性染色体

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を持っているが、仮に両種の間で性バイアス遺伝子の数や割合に違いがあったとしても、

ヒトとこれらの種はあまりにも遠縁であり (Cortez et al. 2014) 、性バイアス遺伝子の数 や割合を性的拮抗の強さと関連付けることは困難である。そこで約110万年前にネオ性 染色体を獲得したDrosophila miranda(以降D. mir)とその近縁種でネオ性染色体を持 たないD. pseudoobscura(以降D. pse)およびD. obscura(以降D. obs)を用いてこの仮 説を検証することにした(図2)。ネオ性染色体とは、常性染色体が性染色体と融合して 性染色体化した起源の新しい性染色体のことである。ネオ性染色体は性染色体に比べて 比較的起源が新しいため、性染色体の初期進化過程を研究する格好の材料として特に近 年盛んに研究されている (Lucchesi 1978; Mahajan and Bachtrog 2017; Mongue et al. 2017;

Ellison and Bachtrog 2019) 。当研究室においてもこの3種のゲノム配列とトランスクリ

プトーム配列が決定されており、さらに RNA-seq 法を用いて決定された様々な組織の 網羅的遺伝子発現データが利用可能であり (Nozawa et al. 2014; Nozawa et al. 2016;

Nozawa et al. 2018) 、性バイアス発現の進化を調べる基盤は整っている。さらに、当研

究室では D. miranda とは独立に、より最近ネオ性染色体を獲得した 2 種についても研

究が進められている (Nozawa未発表) 。一種は、D. albomicans(以降 D. alb)であり、

近縁種でネオ性染色体をもたないD. nasuta(以降D. nas)やD. kohkoa(以降D. koh)

と分岐した後、約24万年前にネオ性染色体を獲得した (Satomura and Tamura 2016) (図 2)。もう一種はD. americana(以降D. ame)であり、近縁種でネオ性染色体を持たない D. texana(以降D. tex)やD. novamexicana(以降D. nov)と約38万年前に分岐後、ネオ 性染色体を獲得した (Caletka and McAllister 2004) (図2)。すでに当研究室ではこれら 6種のゲノムおよびトランスクリプトーム配列が決定されており、RNA-seq法による遺 伝子発現データも利用可能である(Nozawa未発表)。

そこで本研究では、ネオ性染色体を独立に獲得した3種のショウジョウバエとそれぞ れの近縁種でネオ性染色体を持たない6種のショウジョウバエ、合計9種の遺伝子発現

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データを用いて、性染色体の獲得が遺伝子発現の性差にどのように影響するかを調べた。

得られた結果から、遺伝子発現の性差が性的拮抗に及ぼす影響を検証する。

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材料と方法

ゲノム配列

本研究ではネオ性染色体を持つショウジョウバエ3種(D. mir、D. alb、D. ame)およ びネオ性染色体を持たないそれぞれの近縁種2種(D. mirについてはD. pseD. obsD. albについてはD. nasD. koh、D. ameについてはD. texD. nov)のゲノム配列を 用いた。このうち、D. pse (Clark et al. 2007) 、D. obs (Nozawa et al. 2016) に関しては、

先行研究で決定され、すでに公開されている配列を用いた。D. mir、D. alb、D. nas、D.

koh、D. ame、D. tex、D. novについては、当研究室で決定したゲノム配列を用いた (Nozawa

et al. 未発表) 。これら9種のゲノム配列の概要は(表1)に示した。また、これら9

種の採集地などに関する詳細は(表2)に記載した。

トランスクリプトーム配列、遺伝子アノテーション

ゲノム配列と同様、ネオ性染色体を持つショウジョウバエ3種(D. mir、D. alb、D.

ame)とネオ性染色体を持たない6種(D. pse、D. obsD. nas、D. koh、D. tex、D. nov)

のトランスクリプトーム配列を用いた。このうち、D. pse、D. obsに関しては、先行研 究で決定され、すでに公開されている配列を用いた (Nozawa et al. 2014; Nozawa et al.

2016) 。D. mir、D. alb、D. nas、D. koh、D. ame、D. tex、D. novについては、当研究室 で決定したトランスクリプトーム配列を用いた (Nozawa et al. 未発表)

遺伝子発現データ

RNA-seq 法を用いて決定された上記 9 種の遺伝子発現データを使用した。このうち

D. mir、D. pse、D. obsに関しては、先行研究 (Nozawa et al. 2014; Nozawa et al. 2016) 決定され、すでに公開されている3齢幼虫(全組織、成虫原基、それ以外)、蛹(全組

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織)、成虫(全組織、頭部、胸部、腹部、腹部から生殖腺を除いた部分、精巣、卵巣、副 精巣)各組織の雌雄の発現データをダウンロードした(表3)。D. alb、D. nas、D. koh、

D. ame、D. tex、D. novについては、当研究室で決定した3齢幼虫(全組織)、蛹(全組

織)、成虫(全組織、精巣、卵巣)各組織の雌雄の発現データを用いた (Nozawa et al. 発表)。各サンプル2回の独立した実験(2回反復)に基づく遺伝子発現データを使用 した。これら遺伝子発現データの概要を(表3)に示した。これらのデータは1サンプ ル当たり15.5百万リードから91.5百万リードのペアエンドシーケンスデータである。

これらの遺伝子発現データはすべて 20℃で飼育されたショウジョウバエを用いて得ら れたものである。

RNA-seqリードのクオリティコントロール

まず、各遺伝子発現データのリードからCutadapt 1.9.1 (Martin 2011) のデフォルトオプ ションを用いてアダプター配列を除去した(Forward リードのアダプター配列は

AGATCGGAAGAGCACACGTCTGAACTCCAGTCAC、Reverseリードのアダプター配列

AGATCGGAAGAGCGTCGTGTAGGGAAAGAGTGTAGATCTCGGTGGTCGCCGTATC

ATT)。次にSolexaQA++ 3.1.7.1 (Cox et al. 2010) dynamictrimlengthsortコマンドを 用いてQ値(クオリティ値)が25 以上の塩基が連続して50 塩基以上のリードペアだ けを選抜した。

マッピングと正規化

上記の手順で選抜されたリードペアを、STAR 2.7.0 (Dobin et al. 2013) を用いて各ゲノ ム配列にマッピングした。マッピングのオプションには以下のものを用いた。

--outFilterMultimapNmax 20 (マルチアライメントの最大許容数)

--outFilterMismatchNoverReadLmax 0.01 (許容するミスマッチの割合)

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--outFilterMatchNminOverLread 0.9 (リード長の正規化)

--outSAMtype BAM SortedByCoordinate (リードの位置情報で並べ替え) --outSAMprimaryFlag AllBestScore (全てのベストスコアアライメントの出力)

次に、mmquant 1.3 (Zytnicki 2017) を用いてマッピングの情報から遺伝子ごとのリー ド数をカウントした。この際、遺伝子アノテーションファイルとして、各転写産物のエ クソン領域のみで構成されるGTFファイルを用いた。遺伝子数はそれぞれD. mir: 25374、

D. pse: 14533、D. obs: 16139、D. alb: 18529、D. nas: 13148、D. koh: 13359、D. ame: 15271、

D. tex: 12602、D. nov: 12662のものを用いた。

オルソログの同定

本研究では性バイアス遺伝子の種間比較を行った。そのために、比較する3種におい 1 1 の関係にあるオルソログ(種分化によって生じた相同遺伝子)のみを選抜し た。まず、各種の全アミノ酸配列が収納されたFastaファイルから遺伝子ごとに最長の アミノ酸配列を抽出した。さらに、ネオ性染色体を持つ3種(D. mir、D. alb、D. ame)

については、この配列からネオX染色体上の遺伝子のアミノ酸配列を除いたもの(mir-

neox)、ネオY染色体上の遺伝子のアミノ酸配列を除いたもの(mir-neoy)、の2種類を

作成した。以降の手順については、D. mir(mir-neox、 mir-neoy)、D. pse(pse)、D. obs

(obs)を例に説明する。まず、3種のうちの1種をクエリー配列とし、別の1種をデー タベースとしてBLASTP-2.9.0+ (Camacho et al. 2009) を用いたタンパク質相同性検索を 行った。次に、得られたヒットからE値が最も低い遺伝子(ベストヒット)の情報を抽 出した。同様の相同性検索を全ての組み合わせ(5組み合わせ)で相互に行い(計10 り)、相互にベストヒットの関係にある遺伝子を11オルソログとした。上記の手順 によって3種に存在するオルソログを同定して以降の解析に用いた。D. alb、D. nas、D.

koh、およびD. ame、D. tex、D. novについても同様の手順でオルソログを同定した。

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17

また、D. mirD. albは独立してネオ性染色体を獲得したが、D. mirはマラーエレメ ントC(第3染色体)、D. albはマラーエレメントCと D(第3染色体、ただしD. mir とは染色体番号が異なることに注意)がネオ性染色体になっており、どちらもマラーエ レメントCがネオ性染色体である(図2)。したがってマラーエレメントCに存在する 遺伝子の多くが相同遺伝子である。そこで、この2種で共通する性バイアス遺伝子の数 と割合を調べた。上記の手順と同様に、それぞれの外群種であるD. obsD. kohの各 遺伝子の最長のアミノ酸配列をクエリー配列とし、キイロショウジョウバエにおける各 遺伝子の最長アミノ酸配列をデータベース配列にして相同性検索を行った。このときE 値が 10-10 未満のものを使用した。そして、互いに同一のキイロショウジョウバエにお ける遺伝子がベストヒットであった遺伝子をオルソログとした。

性バイアス遺伝子の検出

得られた各オルソログのリードカウントを用いて、各種組織ごとにTCC 3.10 (Sun et

al. 2013) を用いて性バイアス遺伝子を検出した。この際、Q値(多重検定による効果を

補正するため、P値をFalse Discovery Rate(FDR)で制御した値)が0.05未満のものを 性バイアス遺伝子とした。また、得られた性バイアス遺伝子をオスバイアス遺伝子とメ スバイアス遺伝子に分類するため、同じくTCC を用いて内部的にiDEGES/edgeR によ って各オルソログのリードカウントを補正、正規化した。正規化したオスの発現量がメ スの発現量よりも高く、Q 値が 0.05 未満の遺伝子をオスバイアス遺伝子、メスの発現 量がオスの発現量よりも高く、Q 値が 0.05 未満の遺伝子をメスバイアス遺伝子、それ 以外の遺伝子を非バイアス遺伝子とした。

ネオ性染色体と常染色体の性バイアス遺伝子の割合

性バイアス遺伝子の割合をネオ性染色体と常染色体で比較するため、以下のインデッ

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18 クスを作成した。

(メスバイアス遺伝子) R = FbNeo-sexFb /(FbNeo-sex+MbNeo-sex+UbNeo-sex)

Auto/(FbAuto+MbAuto+UbAuto)

(オスバイアス遺伝子) R = MbNeo-sexMb /(FbNeo-sex+MbNeo-sex+UbNeo-sex)

Auto/(FbAuto+MbAuto+UbAuto)

ここで、FbNeo-sex ( MbNeo-sex ) はネオ性染色体上のメス(オス)バイアス遺伝子の数、UbNeo-

sexはネオ性染色体上の非バイアス遺伝子の数、FbAuto ( MbAuto ) は常染色体上のメス(オ ス)バイアス遺伝子の数、UbAutoは常染色体上の非バイアス遺伝子の数を表す。また、

R値が 1 から有意にずれているかどうかを検証するため、FbNeo-sex、MbNeo-sex+ UbNeo-sex FbAutoMbAuto+UbAuto(オスバイアス遺伝子の場合はMbNeo-sexFbNeo-sex+ UbNeo-sexMbAuto FbAuto+UbAuto)の4つの値を用いてフィッシャーの正確確率検定 (Fisher 1922) を行った。

遺伝子オントロジー(GO)解析

性バイアス遺伝子に機能的な特徴があるかどうかを調べるため、遺伝子オントロジー

(Gene Ontology: GO)解析を行った。解析には R パッケージの ClusterProfiler (Yu et al.

2012) を用いた。また、解析用のデータベースとして、キイロショウジョウバエのオン

トロジーデータ(org.Dm.eg.db)を使用した。性バイアス遺伝子をインプットとして使 用し、Q値が0.05以下の GOを、性バイアス遺伝子中に有意に多く含まれるGO Term とした。

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結果

D. mirandaと近縁種における性バイアス遺伝子の数

まず、ネオ性染色体をもつD. mir とその近縁種でネオ性染色体をもたないD. pse

よびD. obs3齢幼虫、蛹、成虫(いずれも全組織)の雌雄の遺伝子発現データを用い

て、性バイアス遺伝子の数を調べた(表4)。また、性特異的な器官であり、性バイアス 発現が顕著であると予想される精巣と卵巣における性バイアス遺伝子の数も同様に調 べた。解析には、3種において同じ染色体上に存在する9,242の遺伝子を用いた。その 結果、いずれの種においても発生段階が進むにつれて性バイアス遺伝子の割合が増加し ていた(例えばD. mirでは幼虫15.5%、蛹、48.3%、成虫54.2%)。また、精巣・卵巣で は性バイアス遺伝子の割合が最も大きかった(D. mirでは75.8%)。この結果は、これま でに行われてきた性バイアス遺伝子に関する研究 (Assis et al. 2012; Avila et al. 2015;

Harrison et al. 2015; Catalán et al. 2018) と一致する。

もしネオ性染色体化が性バイアス発現の進化を促進していれば、D. mirにおける性バ イアス遺伝子の数は近縁種に比べて多くなると予想される。実際、蛹ではゲノム全体で のメスバイアス遺伝子、オスバイアス遺伝子がどちらも D. mir においてより多い傾向 が見られた。また、D. mirでは幼虫におけるゲノム全体でのメスバイアス遺伝子も近縁 種に比べて多かった。しかし、その他の組織では、近縁種であるD. pseD. obsの方が 性バイアス遺伝子の数は多かった(表4)

次に、種間での性バイアス遺伝子の共通性と特異性を調べた。祖先種から分岐した後、

D. mir D. pse は同じ時間を経ているので、種分化後の進化パターンに違いがなけれ

ば、それぞれの種で生じた性バイアス遺伝子の数も同じであることが期待される。しか し、もしネオ性染色体の獲得が性バイアス発現の進化を促進していれば、D. mirには種 特異的な性バイアス遺伝子(1種のみで性バイアス発現、残りの2種では非バイアス発

(20)

20

現を示す遺伝子)がより多く存在するはずである。解析の結果、先ほどの結果同様、蛹 のメスバイアス遺伝子、オスバイアス遺伝子、幼虫のメスバイアス遺伝子については、

D. mirにおいてD. pseに比べてより多くの種特異的性バイアス遺伝子がみつかった(表

5、図3)。また、精巣・卵巣においてもD. mirにおける種特異的メスバイアス遺伝子の

数はD. pseよりもわずかに多かった。しかし、その他においてはD. pseの方がD. mir

りも種特異的性バイアス遺伝子の数は多かった。また、全体の傾向として、発生段階が 進むほど3種で共通した性バイアス遺伝子の割合が大きくなり、特に精巣・卵巣におい てその傾向は顕著であった(図3)。以上の結果は、D. mirでは幼虫と蛹において性バイ アス遺伝子が近縁種に比べて多い傾向にあることを示唆している。しかしながら、発生 段階を通じて考えると、ネオ性染色体を獲得したからといって必ずしも性バイアス遺伝 子の数がネオ性染色体上で増加し、全染色体における性バイアス遺伝子数が増加すると はいえない。

D. mirandaと近縁種の各染色体における性バイアス遺伝子の数

次に、性バイアス遺伝子の数と割合を染色体ごとに計算した(表4)。染色体の番号 は種によって異なるため、ここではマラーエレメントの記号を用いた。マラーエレメン トはAからFまであり、双翅目昆虫で広く保存されている (Schaeffer 2018) 。染色体番 号は異なっていても(例えばD. mirのネオ性染色体はD. pseの第3染色体)、マラーエ レメントが同じであれば、その染色体は相同であり(上の例ではどちらもマラーエレメ

ントC)、染色体上に位置する遺伝子も多くが相同である。

解析の結果、これまでの結果と同様に、幼虫と蛹では、D. mirにおけるマラーエレメ

ントC(D. mirではネオ性染色体、他2種では第3染色体)上のメスバイアス、オスバ

イアス遺伝子の割合がD. pse、D. obsに比べて高いことが分かった(例えば、幼虫のメ スバイアス遺伝子の割合はD. mir:13.1%、D. pse:3.1%、D. obs:0.0%、表4)。しかし、

(21)

21

そのほかのマラーエレメントにおいては、必ずしもその傾向はみられなかった。また、

成虫と精巣・卵巣においては、マラーエレメントCにおいて特にD. mir が高い性バイ アス遺伝子の割合を示すわけではなかった。

次に種特異的性バイアス遺伝子の数と割合を染色体ごとに計算した(表 5)。その結 果、やはり幼虫と蛹ではD. mirにおいてマラーエレメントC上の性バイアス遺伝子の 割合が他2種に比べて大きかった。

D. mirandaと近縁種におけるネオ性染色体と常染色体の性バイアス遺伝子の割合比

そこで、常染色体(マラーエレメントBE)における性バイアス遺伝子の割合をコ ントロールにして、それに対するネオ性染色体(近縁種では第3染色体、マラーエレメ

ントC)における常染色体に対する性バイアス遺伝子の割合の比を計算した(計算式は

「材料と方法」を参照)。その結果、他種に比べて性バイアス遺伝子が多かった蛹では R値が1より大きい(ネオ性染色体上で性バイアス遺伝子の割合が大きい)ということ はなく、オスバイアス遺伝子ではむしろ1より有意に小さい(ネオ性染色体上では割合 が小さい)結果となった(図4)。このことは、D. mirの蛹ではネオ性染色体でなく、常 染色体上の性バイアス遺伝子が増加していることを意味する。一方3齢幼虫では、メス バイアス、オスバイアス遺伝子共にR値が1より有意に大きな値を示した。さらに、成 虫のメスバイアス遺伝子についてもR値は1よりも有意に大きかった。一方、近縁2 においてR値が1を有意に越えた組織はひとつもなかった。

また、同様の解析を種特異的性バイアス遺伝子についても行ったところ、やはり幼虫 では両性バイアス遺伝子についてR値が1より有意に大きな値となった(図5)。また、

蛹と成虫のメスバイアス遺伝子についても同様の結果となった。一方、近縁2種で有意 R値が1を越えていたのは蛹の D. pseのオスバイアス遺伝子のみであった。これら の結果は、D. mirの進化過程でネオ性染色体を獲得した後、特に幼虫においてネオ性染

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22

色体上の性バイアス遺伝子が常染色体と比べて相対的に顕著に増加してきたことを示 唆する。

D. albomicans、D. americanaおよび近縁種における性バイアス遺伝子の数と割合

D. mirとその近縁種を用いた上記の解析によって、特に幼虫を中心にネオ性染色体で

は常染色体に比べて相対的に性バイアス遺伝子が増加していることが明らかになった。

そこで、この傾向が D. mir とは独立にネオ性染色体を獲得したショウジョウバエにお いてもあてはまるのかを調べた。ショウジョウバエでは、D. mirの他にも独立にネオ性 染色体を獲得した種がいくつか存在する (Bachtrog 2013) 。そのうち、当研究室ではD.

albD. ameに着目して研究が進められており、この2種およびそれぞれの近縁種(前

者についてはD. nasD. koh、後者についてはD. texD. nov)の遺伝子発現データが すでに決定されている (Nozawa et al. 未発表) 。そこで、D. mirと同様に3齢幼虫、

蛹、成虫、精巣・卵巣における性バイアス遺伝子の数、種特異的性バイアス遺伝子の数 を調べた。なお、D. alb、D. nas、D. koh3種で同じマラーエレメントに存在する相同 遺伝子数は9517、D. ame、D. nov、D. tex3種で同じマラーエレメントに存在する相 同遺伝子数は8766であった。

まず近縁種間で性バイアス遺伝子の数を比較した。その結果、D. alb においても D.

mir同様、ゲノム全体でみてもネオ性染色体(マラーエレメントCD)だけをみても、

幼虫と蛹において近縁種と比べて性バイアス遺伝子が多い傾向にあった(表6)。また、

種特異的性バイアス遺伝子に関しても同様の傾向が見られた(表7と図6)。さらに、D.

mir、D. albとは独立にネオ性染色体を獲得したD. ameについても同様の傾向が見られ

た(表8、表9、図7)

次に、ネオ性染色体(近縁種では相同常染色体)における性バイアス遺伝子の割合の常 染色体における性バイアス遺伝子の割合に対する比を計算した。その結果、D. mirのと

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23

きと同様、D. albでは幼虫においてR値が有意に1を上回っていた(図8)。また、成虫 の全組織や精巣・卵巣のオスバイアス遺伝子についても、わずかではあるが有意に1 上回る値を示した。同様の傾向は種特異的性バイアス遺伝子の割合でも同じであった

(図9)。また、D. albでは調べたどの組織においても、種特異的オスバイアス遺伝子の 割合がネオ性染色体上で多く、さらに成虫の種特異的メスバイアス遺伝子のにおいても 同様の傾向を示した(図9)。一方、近縁2種ではR値が有意に1を越えている組織は ひとつもなかった。D. ameと近縁2種についても解析したところ、D. mir、D. albと同 様、やはりD. ameの幼虫においては両性バイアス遺伝子ともにR値は有意に1を越え ていた(図10)。また、他の組織においてもオスバイアス遺伝子はネオ性染色体上の割 合が大きかった。ただし、近縁2種においてもオスバイアス遺伝子はネオ性染色体上の 割合が大きく、この傾向はネオ性染色体を持つD. ameに特有のものではなかった。し かし、種特異的性バイアス遺伝子に限って解析すると、近縁2種で R値が 1を有意に 越える組織はひとつもなくなり、D. ame の幼虫における雌雄性バイアス遺伝子はネオ 性染色体上の割合が非常に大きかった(図11)

以上のことからD. mirとは独立にネオ性染色体を獲得したD. albD. ameにおい ても、特に幼虫において、ネオ性染色体の誕生後にネオ性染色体における性バイアス遺 伝子の割合が増加してきたことが明らかになった。

D. mirandaおよび近縁種の幼虫における性バイアス遺伝子の組織分布

ここまでの解析結果は、少なくともショウジョウバエにおいてネオ性染色体が誕生す ると、特に幼虫においてネオ性染色体上に常染色体と比べて相対的に性バイアス遺伝子 が生じやすいことを示唆している。そこで、幼虫のどの組織で発現する遺伝子が性バイ アス化しやすいのかを調べた。当研究室では、D. mirD. pse2種について、3齢幼 虫を「生殖腺原基以外の成虫原基をまとめたもの(脳神経節を含む)」、「それ以外の組

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24

織(生殖腺原基原基を含む)」に分けて遺伝子発現解析を行ってきた (Nozawa et al.

2016) 。そこでこれらのデータを用いて、それぞれの組織の性バイアス遺伝子、種特異

的性バイアス遺伝子の数を同様に調べた。その結果、ゲノム全体でみると生殖腺原基以 外の成虫原基では特にオスバイアス遺伝子の数がD. pseに比べてD. mir で多く(それ ぞれ288個、80個)、一方それ以外の組織(成虫原基を除く、生殖腺原基を含む)では メスバイアス遺伝子がD. mirで顕著に多かった(D. mir346個、D. pse44個、表10)。

この傾向は、種特異的性バイアス遺伝子の数についても同様であった(表11、図 12)。

また、ネオ性染色体だけに限って解析するとその傾向はより強くなり、いずれの組織に おいても両性バイアス遺伝子共にD. mirの方がD. pseに比べて数が多かった(表10、

11)

次に、性バイアス遺伝子の割合をネオ性染色体(D. pseでは第3染色体、マラーエレ

メントC)と常染色体(マラーエレメントBE)で比較したところ、D. mirではどち

らの組織においてもメスバイアス、オスバイアス遺伝子共にその比は1を有意に上回っ た(図13)。この傾向は種特異的性バイアス遺伝子の割合を比較したときも同様であっ た(図14)。ただし、その比は性バイアス遺伝子、種特異的バイアス遺伝子のどちらに おいても生殖腺原基以外の成虫原基で他の組織と比べてより大きい傾向にあった。一方、

D. pseではいずれの組織においても比は1を有意に越えなかった。

D. mirおよび近縁種の成虫における性バイアス遺伝子の組織分布

これまでの解析によって、幼虫以外の組織でもネオ性染色体には常染色体と比べて性 バイアス遺伝子の割合が大きい傾向がみられた(図 4、5)。当研究室では、D. mir、D.

pseD. obs3種について、成虫の組織ごとの遺伝子発現解析を7組織(精巣、卵巣に

加えて、頭部、胸部、腹部、腹部から生殖腺を除いた部分、副精巣)において行ってき た(Nozawa et al. 2016)。そこで、これらの組織における性バイアス遺伝子、種特異的性

(25)

25

バイアス遺伝子の数と割合を上記と同様に調べた。その結果、最も性バイアス遺伝子を 多く持つ種は組織ごとに様々だった(表12)。この傾向は種特異的性バイアス遺伝子の 数においても同様であった(表13、図15)。しかし、性バイアス遺伝子の割合をネオ性 染色体(近縁種では第3染色体、マラーエレメントC)と常染色体(マラーエレメント

BE)で比較したところ、両バイアス遺伝子共に頭部、胸部、腹部から生殖腺を取り

除いた部分の3つの組織については D. mirではいずれもR値が1を有意に上回ってい た(図16)。一方、生殖腺を含む腹部と副精巣においては、R値はおおよそ1であった

(ただし腹部のメスバイアス遺伝子、副精巣・卵巣のオスバイアス遺伝子は1より有意 に大きい値を示した)。同様の傾向は、種特異的性バイアス遺伝子を用いた解析でも見 られた(図17)。特に頭部、胸部におけるオスバイアス遺伝子でのR値は、D. mirにお いてそれぞれ9.07、15.5と非常に大きかった。以上の結果から、D. mirはネオ性染色体 を獲得した後、生殖腺以外の組織、特に頭部や胸部においてネオ性染色体上に性バイア ス遺伝子を相対的に多く獲得してきたことを示唆する。

ネオ性染色体の獲得に伴って生じた性バイアス遺伝子の共通性と独自性

ここまでの解析結果から、独立にネオ性染色体を獲得した 3 種のショウジョウバエ

(D. mir、D. alb、D. ame)において、いずれも特に幼虫の段階でネオ性染色体上に性バ イアス発現を示す遺伝子が進化しやすい傾向にあることが分かった。そこで、これらの 遺伝子や遺伝子機能に何らかの共通性があるかを調べた。D. mirはマラーエレメントC、

D. albはマラーエレメント C Dがネオ性染色体化している。したがって、この両種

のネオ性染色体はどちらもマラーエレメントCを共有している。前述の通り、同じマラ ーエレメントには相同な遺伝子が多数存在しており、相同性検索の結果、D. mir、D. pse、

D. obs、D. alb、D. nas、D. koh6種においてマラーエレメントCに存在する1362 オルソログを同定した。また、その他の染色体も含めると6292の相同遺伝子が6種で

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26

同じ染色体に存在していた。そこでこれら遺伝子の発現データから、D. mirD. alb 幼虫、蛹、成虫、精巣・卵巣において、ネオ性染色体の誕生後に2つの系統で独立に性 バイアス発現を獲得した遺伝子がどのくらい存在するかを調べた。

その結果、幼虫、蛹、成虫、精巣・卵巣のいずれにおいてもD. mir、D. albの両方で 性バイアス発現を獲得した遺伝子が見つかった(図18)。なかでも、特に蛹において両 種に共通する性バイアス遺伝子は数多く観察された(メスバイアス遺伝子 65個、オス バイアス遺伝子184個)。同様の傾向はこの両種においてネオ性染色体であるマラーエ レメントCでも見られた(表14)。しかし、偶然同じ遺伝子が両種において性バイアス 遺伝子になった可能性もある。そこで、これら両種で共通する性バイアス遺伝子が偶然 生じたものかを検証するため、並び替え検定を行い、偶然D. mirD. albの両方の系統 でメス(オス)バイアス発現に変化した遺伝子数の期待値を求め、観測値の有意性を調 べた。その結果、蛹で見られた共通性は両バイアス遺伝子共に偶然の一致では説明でき ないほど大きいということが分かった(表14)。しかし、マラーエレメントごとに分け て検定を行ったところ、マラーエレメントCでは有意な結果は得られなかった。また、

成虫で見つかったネオ性染色体(マラーエレメントC)上の共通する5つのメスバイア ス遺伝子は偶然の一致では説明できないほど多いことが明らかになったが(表14)、こ の傾向は他のマラーエレメントでも見られた。以上の結果は、D. mirD. albの進化過 程でネオ性染色体に生じた性バイアス遺伝子に遺伝子レベルでの有意な共通性はない ことを示唆している。

しかし、遺伝子レベルでの共通性はなくても、遺伝子機能では性バイアス発現の進化 に共通性がある可能性は残されている。そこでまず、D. mir、D. alb、D. ame3齢幼虫 におけるネオ性染色体上の種特異的性バイアス遺伝子の遺伝子機能の傾向を、GO解析 を用いて調べた(表15)。その結果、3種で共通する遺伝子機能を見つけることはでき なかったが、D. mirD. ameのオスバイアス遺伝子において共通で代謝プロセスに関

(27)

27

わる遺伝子が検出された(ヌクレオチド代謝プロセス、オリゴ糖代謝プロセスなど)。

メスバイアス遺伝子についてはどの種においても検出された数が少なく、2種間でも共 通する遺伝子機能は見つからなかった。

次にD. mir、D. albの両種で種分化後に性バイアス発現を獲得したマラーエレメント

C上の遺伝子についてflybasehttps://flybase.org/)を用いて遺伝子機能を調べた。その結 果、3齢幼虫(全組織)のメスバイアス遺伝子においては心筋、オスバイアス遺伝子に おいては生殖に関わる遺伝子が複数見つかった(表16)。また生殖細胞に関与する遺伝 子は蛹、成虫においても見つかった。

(28)

28

考察

本研究で得られた結果は以下のようにまとめられる。① ネオ性染色体の獲得により、

ゲノムに占める性染色体の割合が増加しても、全ての組織、全ての染色体において、性 バイアス遺伝子が増加するわけではなかった。② 生殖器官には近縁種で共通な性バイ アス遺伝子が数多く存在した。③ D. mirではネオ性染色体を獲得後、常染色体に比べ、

ネオ性染色体において性バイアス発現を獲得する遺伝子が幼虫、蛹、成虫のいずれの発 生段階でも割合として多い傾向にあり、特に幼虫においてその傾向が強く見られた。④ 同様の傾向はD. mirとは独立にネオ性染色体を獲得したD. albD. ameにおいてもみら れ、その傾向は共通して特に幼虫で顕著であった。⑤ D. mirでは、特に成虫原基(ただ し生殖腺原基を除く)において、オスバイアス遺伝子が常染色体に比べてネオ性染色体 上に生じやすい傾向にあることが分かった。また、成虫では頭部、胸部において同様の 傾向が特に強く見られることがわかった。⑥ D. mir、D. alb、D. ame において幼虫でネ オ性染色体が生じた後にオスバイアス発現を獲得したネオ性染色体上の遺伝子は、遺伝 子機能として主に代謝プロセスに関わるものを持つものが多かった。これらの結果から 以下のことを議論する。

ゲノムに占める性染色体の割合とゲノム中の性バイアス遺伝子の割合の関係 ネオ性染色体を持つショウジョウバエはネオ性染色体を持たない近縁種と比較し て、必ずしも性バイアス遺伝子の割合が高いわけではなかった。生殖器官には最も性 バイアス遺伝子が集中して多く存在することが報告されていることから (Parisi et al.

2004) 、本研究を開始する時点では、ネオ性染色体が生じると、特に性特異的組織で

ある精巣、卵巣において性バイアス遺伝子が増加するものと予想していた。[実際、当 研究室ではこの予想のもと、D. albD. nasそれぞれ20系統のゲノム配列と精巣・卵

(29)

29

巣の遺伝子発現データが決定されており(Nozawa et al. 未発表)、私も一部実験に関わ った。]しかしながら、解析の結果、精巣と卵巣を比較すると性バイアス遺伝子の割合 はネオ性染色体を獲得した種、獲得していない近縁種の間で大きな差異は見られなか

った(表4、6、8)。また、3種に共通する性バイアス遺伝子の割合も非常に大きかっ

た(図3、6、7)。同様の傾向は、キイロショウジョウバエや寄生バチにおいても報告

されている (Wang, Werren, and Clark 2015; Whittle and Extavour 2019) 。精巣、卵巣には もともと性バイアス遺伝子が数多く存在しているため、新たに性染色体が生じても性 バイアス遺伝子が増加する余地があまりないのかもしれない。

発生が進むと共に性バイアス遺伝子の割合が増加することはこれまでも報告されて いた (Ingleby et al. 2016) 。しかし、幼虫や蛹において、特に近縁種間でも共通のメス バイアス遺伝子がほとんど存在しないことは知られていなかった。一方、オスバイア ス遺伝子は発生段階を通じて種間で共通のものが多かった。これは、オスバイアス遺 伝子が集中して分布するY染色体は、オスのみに遺伝するためオスバイアス遺伝子が 保存されやすいのに対して、X染色体は雌雄両方に遺伝することからメスに有利な遺 伝子を保存しにくいためであると考えられている (Assis et al. 2012) 。もちろん、幼虫 や蛹ではメスバイアス遺伝子の数自体が少ないことも影響していると思われるが、オ スバイアス遺伝子の方が種間発現パターンの保存性が高いことが示唆される。成虫に ついては、ショウジョウバエ (Whittle and Extavour 2019) やチョウ (Catalán et al. 2018) を用いた先行研究においても、近縁種間で性バイアス遺伝子数に大きな違いがあるこ とが報告されており、本研究の結果はこれと矛盾しない。

以上のことから、ネオ性染色体が生じてゲノムに占める性染色体の割合が増加して も、全組織の全ての染色体において性バイアス遺伝子が増加するわけではないと考え られる。ただし、性的二型や性差の程度によっても性バイアス遺伝子の割合は変わる 可能性があるので、本研究の結果を一般化できるかはまだ分からない。

参照

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