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発達遅滞児における要求伝達手段の調整過程

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発達遅滞児における要求伝達手段の調整過程

松村多美恵*・工藤真里*

(1997年10月13日受理)

The Reg皿且atory Process of Comm皿icative Means fbr Request in Children with Mental Retardation

Tamie MATsuMuRA and Mari KuDo

(Received October 13,1997)

はじめに

健常乳幼児における要求伝達手段の発達的変化については多くの研究が行われている(山田,

1982;山根,1989;長崎・池田,1982)。それらの研究によると,前言語期には視線・身振り・発声 などの行動が単独で使用されるが,その後,前言語期から言語期へ移行し,1語文を用いるようにな っても,その言語がただちに主な伝達手段になるのではなく,前言語的活動と複合的に用いられる。

それが,最終的に2語文獲得の時期から,言語が主で身振りが補助的な活動になると考えられる。

それに対し,発達遅滞幼児においては,2語文が獲得されても身振りが主体として用いられる期間 が長いことが指摘されている(布施,1984)。また,長崎・池田(1982)は,ダウン症乳幼児と健 常乳幼児の要求場面での伝達行為の分析を行った結果,ダウン症児では提示行為が出現しにくく,

物をたたく,むずかる等の活動によって課題を解決しようとする傾向がみられることを報告してい る。さらに,年長児(MAI:2〜1:5)は年少児(MAO:11〜1:1)より母親注視への依存が減少し,

発声による伝達も重要な手段になる傾向がみられるが,両群ともに単一の活動による伝達の割合が 多く,年長になっても複合的な伝達形式があまりみられないことも指摘している。

伝達行動においては対物的な行動と異なり,相手との関係やその反応をとらえ,それに応じて伝 達手段を調整するといった能力が重要である。木下(1987)は,玩具を被験児の手の届かないとこ うに提示して要求行動を引き出し,その一度目の要求行動では要求を充足させない(玩具を与えな い)場面を設定した。そして,その後,大人が言葉掛け(「〜ちゃん,何?」)をする場合と言葉掛 けをしない場合で,子どもが自己の要求伝達手段をどのように変化させるかを検討した。さらに,

言葉掛けはせずに,玩具を被験児の手の届くところに提示した条件も設定し,このように相手に要 求伝達をしなくても子どもが自分で手に入れることができる場合でも,相手を意識しながら要求の 伝達手段を調整するかいなかを検討している。その結果,健常乳幼児の場合,1歳2ヶ月から1歳5

*茨城大学教育学部障害児教育講座(〒310−8512 水戸市文京2丁目1−1)

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ヶ月までの被験児は,聞き手からの言葉掛けがない場合は自分から伝達手段を調整することは少な く,言葉掛けのある場合に伝達手段の調整をする者が多かった。さらに1歳10ヶ月以降になると言 葉掛けがなくても要求をより明確化して伝える(調整できる)ようになり,要求実現が自分の力で 可能な場面(玩具が手の届くところにある場面)でも直接玩具を取ろうとすることは少なかった。

そして,2歳2ヶ月以降になると「要求のやわらげ」(ex.「,,,トッテモイーイ?)といった調 整がみられるようになったことを報告している。

また,荒木・田中・黒田(1993)は,木下(1984)と同様の実験場面を設定し,ダウン症児の要 求伝達手段における調整機能の発達過程について検討している。その結果,言葉掛けをしない条件 において,ダウン症児でも,MA1歳10ヶ月を過ぎると伝達手段を変化させて相手との関係を調整し ようとする子どもが増え,言語の使用も見られ始めた。しかし,要求語はみられたが,対象語を用 いて要求を明確化することはなかった。次に,言葉掛けのある条件においては,MAI歳半を過ぎる と,言葉掛けのない場合よりも,より間接的な身振りを用いる子どももいたが,相手との関係がと ぎれたり,自己充足的な活動が強められることもあったと報告している。さらに,菅沢・大井

(1994)は,前言語段階にある健常幼児(MA1:2〜2:0)と中・重度精神発達遅滞児(MA1:7〜

2:1)を対象として,両群の要求伝達手段の調整過程について検討している。その結果,全体的に発 達遅滞児の方が健常幼児よりも伝達を中断する者の割合が高かったが,発達とともに伝達の中断が 減少し,伝達を調整する割合が上昇する点は,両者に共通していた。ただし,発達遅滞児において は言葉掛けがかえって負担となり,必ずしも適切に伝達の調整が行われるとは限らない者もみられ ると指摘している。

以上,発達遅滞児における要求伝達手段の調整過程について従来の研究を概観したが,従来の研

究では発達年齢が1歳から2歳の被験児を対象としている。発達年齢が2歳から3歳の発達遅滞児に       鯛

       蒔」く

ィいては,要求場面で言語を用いたり,複数の伝達手段を用いる傾向示高くなるのであろうか。ま た,一・度目の要求が充足されない場合,伝達行動を調整したり,表現をやわらげるにとがみられる のであろうか。さらに,1歳から2歳でみられた伝達の中断については減少するのであろうか。本研 究では,これまでの研究における対象児よりも発達年齢が高い発達遅滞児を対象として,以上の点 について検討する。

方  法

1.被験児

被験児は2歳から3歳4か月までの健常幼児13名,および養護学校の小学部に在籍する6歳5か月 から12歳2か月までの発達遅滞児15名である。健常幼児はCAにより,発達遅滞児は発達年齢(新 版K式発達検査)により,表1のように2群に分けた。

2.手続き

以下の3条件を設定し,各条件ともに2試行ずつ異なる玩具で実施した。3条件の実施順序は被験 児の間でカウンターバランスした。

(3)

表1被験児の構成

発達遅滞児 健常幼児

年齢群 低年齢群 高年齢群 低年齢群 高年齢群

人数 5 8 9 6

DA平均 2:3 3:1 2:5 3:0

DA範囲 (2:0−2:8) (2:9−3:6) (2:0〜2:8) (2:9〜3:4)

条件1:玩具を演示してみせた後,被験児の手の届かない所に玩具を置く。被験児の要求行動に 対しては20秒間無視する。

条件2:玩具を演示してみせた後,被験児の手の届く範囲内に玩具を置く。被験児の要求行動に対 しては20秒間無視する。

条件3:玩具を演示してみせた後,被験児の手の届かない所に玩具を置く。被験児が何らかの要求 行動を示したら「〜ちゃん,何?」と言葉掛けを2回行う。

3.実験に用いた玩具

各条件ごとに,以下に示す玩具のうち2つを用いた。

条件1:自動車,人形,シャボン玉

条件2:押すと音が出るアンパンマンの人形,ハンドベル,ボタンを押すと音が出る玩具

条件3:ねじ巻き式で動くウサギのぬいぐるみ,ピストル,テープレコーダー(アンパンマン,ド ラゴンボール,セーラームーンなどの音楽が流れる)

結果および考察

1.要求伝達手段の種類について

各被験児群の要求伝達手段を12種類に分け,条件毎に示したのが,表2である。発:達遅滞児も言 語による伝達は行っているが,健常幼児よりも2語文での伝達が少ない。また,発達遅滞児では言語 を用いずに,シャボン玉を吹く真似や,ビス.トルを撃つ真似など,動作により要求をする場面も多

く,健常幼児よりも低次の伝達手段を用いている。

2.伝達の中断について

各被験児群において試行の途中で要求行動を示さなくなり,伝達の中断がみられた者の割合を示 したのが,図1である。特に低発達年齢遅滞児群において伝達の中断が多く,要求の途中で窓の外を 眺めたり,他の物をさわることが多かった。また,手の届かない所に玩具を置かれた条件1において

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発達遅滞児の伝達の中断が多かった。

表2要求伝達手段の内訳

達遅滞児・低年齢 健常幼児・高年齢群 発達遅滞児・高年齢 条件1 条件2 条件3 条件1 条件2 条件3 条件1 条件2 条件3 条件1 条件2 条件3

リーチング 2 5 3 2 4 4 2 4 1 2 4 1

指さし 1

動 作 2 4 2

発声 1

リーチング+発声 2 2 4 1 1 1

1語文 1 2 1 1 1

リーチング+1語文 1 1 1 2 6 4 2 7 1 5 2

指さし+1語文 2 1 1

動作+1語文 1

2語文 3 1 1

リーチング+2語文 2 2 2 1 4 4 1 2

指さし+2語文 1 1 1

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健常・低 遅滞・低 健常・高 遅滞・高

図1伝達の中断がみられた者の割合

(5)

3.要求伝達手段の調整について

身体活動もしくは発声・発語のうち少なくとも一方で伝達手段の調整を行った者の割合を条件ご とに図2に示した。ここでいう伝達手段の調整とは,身体活動では,「リーチング」から「指さし」

のように,形態的に間接性の高い手段への変化をいい,発声・発語では「発声」から「発語」や,

「要求語(対象語)」から「対象語(要求語)」や,「要求語(対象語)」から「対象語+要求語」

のような発語内容の変化をいう。どの条件においても,低年齢群,高年齢群ともに健常幼児よりも 発達遅滞児の方が調整を行った者の割合が低くなっている。また,全体的に,低年齢群よりも高年 齢群の方が調整をする者の割合は高い。

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健常・低        遅滞・低        健常・高        遅滞・高

図2伝達手段の調整を行った者の割合

4.要求伝達手段の複合化について

調整前と調整後において複数の伝達手段を用いた場合の割合を条件毎に示したのが,図3から図5 である。すべての条件において両被験児群ともに調整前より調整後の方が複合化の傾向が高く,言 語と身体活動の両方を複合させて用いることによって,要求をより相手に明確に伝えようとするよ うになることが示唆される。発達遅滞児と健常幼児を比較すると,条件1においては複合化の割合は 健常幼児の方が高いが,条件2ではむしろ発達遅滞児の方が高い。さらに,条件3においては低年齢 では発達遅滞児,高年齢では健常幼児の方が高くなっており,一貫した傾向は認められない。 (発 達)年齢との関係をみると,健常幼児では,すべての条件で高年齢群の方が低年齢群より高いが,

発達遅滞児では,一貫した傾向は認められない。伝達手段の複合化について,長崎・池田(1982)

は「健常児に比べダウン症児は単一の活動による伝達の割合が多い」と報告している。本研究の被 験児はダウン症児以外の発達遅滞児も含まれていたが,一貫した傾向は認められなかった。

(6)

138      茨城大学教育学部紀要(教育科学)47号(1998)

100 90 80 70

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健常・低        遅滞・低 健常・高        遅滞・高

図3条件1における伝達手段の複合化の割合

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0 健常・低        遅滞・低 健常・高       遅滞・高

図4条件2における伝達手段の複合化の割合

(7)

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健常・低        遅滞・低        健常・高        遅滞・高

図5条件3における伝達手段の複合化の割合

5.要求表現のやわらげについて

木下(1987)は,相手に了承を得るようにして要求をやわらげる調整が,2歳2か月以降の健常 幼児にみられるとしている。本研究においても,健常幼児,発達遅滞児ともに「ウサギサンイーイ

?」のような要求を柔らげる表現をした者がみられ,両群の間に差は認あられなかった。本研究の対 象となった発達遅滞児は小学部生徒であり,生活年齢の高さがこの結果に影響していると考えられ

る。

まとめ

本研究では,発達年齢2歳台から3歳台の発達遅滞児における要求伝達手段の調整機能について生 活年齢2歳台から3歳台の健常幼児と比較検討した。その結果,以下のことが明らかになった。

1.動作による要求伝達が多い。

2.言語による伝達も行っているが,2語文による伝達が少ない。

3.伝達の中断が多い。しかし,発達年齢が高くなるとその割合は減少する。

4.調整を行う者の割合が少ない。しかし!発達年齢が高くなるとその割合は増加する。

5.伝達手段の調整を行った場合,複合化傾向が高くなる。

6.大人を意識して要求表現をやわらげる者がみられる。

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引用文献

荒木清和・田中杉恵・黒田吉孝1993.「要求事態における対人関係の調整機能に関する発達的研究一健常乳 幼児とダウン症幼児の伝達行動の分析を中心に一」r日本特殊教育学会第31回大会発表論文集』316−317.

布施佐代子198生「集団保育における発達遅滞幼児の要求伝達行為一おとな(保育者)への要求を中心に一」

『発達障害研究』5,280−289.

木下孝司1987「乳幼児における要求伝達手段の調整過程一聞き手からのフィードバックとの関連で一」

『教育心理学研究』35,351−356,

長崎勤・池田由紀江1982「発達遅滞乳幼児における前言語的活動一ダウン症乳幼児と正常乳幼児の要求場 面での伝達行為の分析一」 『発達障害研究』4,ll4−123,

菅沢乃里子・大井学1994「前言語的伝達における明確化の発達と障害」r日本特殊教育学会第32回大会 発表論文集』184−185.

山田洋子198Z「0〜2歳における要求一拒否と自己の発達」 『教育心理学研究』30,128−137 山根律子1989「前言語期の要求事態における伝達様式の統合過程」r教育心理学研究』37,345−35Z

参照

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