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文字認知におけるN170成分に関する一考察

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文字認知における

N170 成分に関する一考察

池田 潤

・桐越 舞

††

・渡辺 和希

††

・桂 雯

††

・川邉 貴英

††† 【要旨】視覚刺激が 1 文字の場合、表語文字として処理しても N170 が左側頭葉に現 れにくいという可能性を検証すべく、仮名 1 文字(無意味)、仮名 2 文字(有意味)、 漢字 1 文字(有意味)、漢字 2 文字(有意味)を黙読した際の脳波を測定し、170ms 近傍に出現する陰性波の波形、潜時、電圧を比較した。その結果、表語性の有無は側 頭葉の電圧差に影響を与えないが、マクロ処理の有無は電圧差に影響を与えることが 示唆された。これは上記の可能性を支持するものだと言える。 キーワード: 事象関連電位、N170、漢字、仮名

1. はじめに

N170 は顔や語の視覚処理の際に後頭葉から側頭葉にかけて刺激提示後 170ms 近傍に出現する成 分で、顔の識別の場合は右優位、語の場合は左優位に出現することが知られる1。さらに、正しく綴

られた語(orthographic words)と無意味な記号列(pseudoletter strings)に対する N170 を比べると、

前者の方が電圧が高いことが知られる2。ところが、筆者らが同一の視覚刺激(口)に対して3 つの 異なる認知タスク(形状の目視、カタカナとして黙読、漢字として黙読)を課し、ERP を計測した 実験3においては、N170 の出現に関して個人差が見られた。7 名の被験者4のうち、上記の視覚刺激 を漢字として黙読したタスクでT5 における N170 の電圧が仮名よりも顕著に大きかったのは 1 名の みであった。この結果から本実験のパラダイムで N170 における表語表音処理(漢字として黙読) と表音処理(カタカナとして黙読)の差が出にくいことが分かったが、それはなぜだろうか。ひと つの手がかりとして、我々は先行研究と本実験のパラダイムの違いに注目した。 先行研究では、複数の文字列を1 つの表語単位として(あるいは目、鼻、口などを 1 つの「顔」 として)マクロに処理するタスクが課されている。それに対し、本実験の視覚刺激は1 文字で † 筑波大学人文社会系 †† 筑波大学人文社会科学研究科一貫制博士課程 ††† 筑波大学人文・文化学群人文学類

1 Rossion and Corentin (2012:116-117) によると、顔の脳内処理の際に出現する ERP としては当初 VPP(vertex

positive potential、140-180ms)の存在が報告され、それに対応して左右両側の後頭葉から側頭葉にかけて陰性波が 出現することも併せて指摘された。その後、後者の方が(脳波の発生源に近く、左右差も調べられることから)注 目を集め、S. Bentin らによって 1996 年に N170 と命名された。あらゆる視覚刺激に対して N1 成分が現れ、その潜 時は通常130-200ms であるが、顔や語に対する N1 が後頭葉から側頭葉における最初の大きなピークとして 160-170ms 近傍に現れる場合、とくに N170 と呼んで通常の N1 と区別する。なお、Bentin 自身は N170 の潜時の範 囲を140-200ms としており(1999: 241)、本稿ではこれに従う。

2 Bentin et al. (1999) 、Simon et al. (2007) 、阿部・中山 (2006) 等を参照。Simon et al. (2007) によると、N170 は

語の視覚認知において主要なステップとなる成分であるが、N170 が前語彙的な文字処理を反映するのか、それとも 表語処理を反映するのかについては議論がある。

3 池田ほか (2011:4)、池田ほか (2012: 4, n.6) 参照。

4 このうち 1 名に対しては、期間をあけて同じ実験を 2 度実施し、再現性を確認した。この被験者の場合、N170

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ある。このことから、刺激が 1 文字の場合、表語文字として処理しても N170 が現れない可能 性が考えられる。そうだとすると、N170 は表語処理というよりは、複数の要素を 1 つの表記単 位としてマクロに処理することと関連のある成分なのかもしれない。この点に関しても、実験 パラダイムを工夫して、追験を試みたい。(池田ほか2011:6)5 これまでの実験において N170 が左側頭葉に現れた被験者も少数ながらいたので、まったく「現 れない」というよりは「現れにくい」と言い換えた方が正確である。そこで、本稿では「視覚刺激 が 1 文字の場合、表語文字として処理しても N170 が側頭葉に現れにくい」という可能性を検証し てみたい。

2. 目的

刺激が 1 文字の場合、表語文字として処理しても N170 が側頭葉に現れにくいという可能性を検 証すべく、仮名1 文字(無意味)、仮名 2 文字(有意味)、漢字 1 文字(有意味)、漢字 2 文字(有意 味)を黙読した際の脳波を測定し、170ms 近傍に出現する陰性波の波形、潜時、電圧を比較するの が本実験の目的である。

3. 方法

これまでの実験の問題点をふまえ、実験方法に関して下記の工夫を行った。 ・ これまでは、一貫して同一視覚刺激を対象とした異なる認知課題による事象関連電位を見てきた が、同一視覚刺激ではなく、異なる漢字、異なる仮名を視覚刺激として同様の認知課題を課した 場合にも同様の結果が再現するかどうかを検証する。 ・ 視覚刺激を呈示する前後にFixation(眼球運動の固定)のステップを入れることにより、アーチ ファクトを減らす。 ・ 加算回数を35 回から 60 回に増やすことにより、十分な加算回数を確保する。 ・ これまでの実験における形状目視タスク(ディスプレイに現れる図形をただ見る)は何をすれば よいのかが分かりにくい困難な課題であり、個人差や同一個人であっても実験ごとの差が大きい ことが収録された脳波からも被験者からの聞き取りからも確認されている。当初はカタカナ黙読 タスク、漢字黙読タスクとの引算を目的として収録したが、おそらく上記の理由により波形の引 算から一定の傾向が得られないため、今回は形状目視タスクの収録を割愛する。 ・ これまでの実験では、一貫して100ms のトリガー時間の後、1000ms 上記の刺激を呈示し、3000ms のインターバルをとる設定にし、1 回の施行では、この計 4100ms のサイクルを 35 回繰り返した。 今回、器材のタイムラグ等を実測し、それを参考に時間配分を再調整した。 ・ 3.1 実験日および被験者 実験は2012 年 9 月 19 日に実施した。被験者(WH)は言語形成期を埼玉県で過ごした27歳(実 験時)の女性で、利き手は左である。 3.2 収録機器 筑波大学人文社会学系棟 B613 音声実験室に設置されている機材を使用して実験をおこなった。 5 「マクロに処理する」とは、目、鼻、口などを 1 つの「顔」としてまとめて見たり、複数の文字列を 1 つの表

語単位として処理したりすることを指す。英語では、部分を “local”、全体を “global” と呼ぶことが多い(Simon et

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装置の配置は図1 の通りである。増幅器(生体アンプ)は NEC 社製 BIOTOP 6R12 型生体アンプで、 フィルタ0.5Hz~60Hz、感度 50μV/fs に設定した。加算器(取込用ソフト)はキッセイコムテック 社 製 EPLYZER Ⅱ を 使 用 し た 。 上 記 の 生 体 ア ン プ か ら 、 コ ン ピ ュ ー タ に CONTEC 社 製 AD12-16U(PCI)E 型 A/D 変換ボードを介した取り込みをおこなった。標本化 500Hz、プリトリガ -100ms、取込時間-100~1500ms、基線算出区間-100~0ms、加算回数は各 60 回に設定した。 図1:本実験における装置配置図 図2:本実験用の電極配置図6 電極の配置は、国際10-20 法に従った F3、F4、C3、C4、P3、P4、O1、O2、F7、F8、T5、T6、Fz、 Cz の 14 チャンネルを採択した(図 2 参照)。電極の装着は、Electro-Cap International 社製エレクト ロキャップE1-L を被験者の頭部にかぶせ、同社製 electro-gel を注入しておこなった。

刺激発生装置としてCedrus 社製 Super Lab Pro ver. 2.0.4 を使用し、ナナオ社製 FlexScan ディスプ

レイ(型番SX2761W/サイズ、27 インチ、リフレッシュレート 60.0Hz)を介して被験者に呈示した。

3.3 刺激

刺激には黒の背景に白の文字を用いた。文字はMS ゴシック7の560 pt(1 字の場合)ないし 500 pt

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(2 字の場合)でディスプレイ上の実測で1 文字あたり横 200mm×縦 200mmで表示した。視覚刺 激は別紙1-2 の通りである8。刺激の選択に際しては、下記の点に留意した。 仮名1 文字 ・ 意味のない表音文字として読みやすいカタカナを刺激として用いる。 ・ 単独で黙読しにくい「ヲ」と「ン」は除外する。 ・ 濁点や半濁点のある文字は(文字認知の際に字素処理のようなプロセスを伴う可能性を排除でき ないため)除外する。 ・ 60 の異なる文字が存在しないため、やむを得ず一部の文字を 2 度呈示する。 ・ 仮名2 文字 ・ カナで表記して不自然にならない2 モーラ語を選んだ。 ・ 上記の理由から濁点や半濁点のある文字は除外した。 ・ 漢字1 文字 ・ 読みが1 モーラもしくは 2 モーラの漢字を選んだ。音読み・訓読みの別、特殊モーラの有無には とくに配慮していない。 ・ 誰でも負担なく読めるように、小学1 年生から 3 年生までに習う漢字の中から選んだ。 ・ (文字認知の際に複雑な字画を処理するプロセスを伴う可能性を排除できないため)仮名に比べ て字画が極端に多い漢字は除外した。 ・ 1 文字で複数の読みが日常的に用いられる漢字は避けた。 ・ 漢字2 文字 ・ 小学1 年生から 3 年生までに習う漢字によって構成される 2 文字熟語を選んだ。読みが 3 モーラ 以上となるものは避けたが、音読み・訓読みの別、和語・外来語の別、特殊モーラの有無にはと くに配慮していない。 ・ 熟字訓は(特別な脳内処理を伴う可能性が排除できないため)除外した。 ・ 3.4 手順 3.4.1 指示 シールドルームに入室した被験者を安楽椅子に着席させ、エレクトロキャップを装着した。その 後、実験中はリラックスした状態を保つこと、まばたきはまとめてすることの2 点を伝えたうえで、 施行内容に応じて次のような指示を与えた9。  施行 I:ディスプレイに現れる 1 文字のカタカナを口に出さずに黙読してください。(60 回)  施行 II:ディスプレイに現れる 1 文字の漢字を口に出さずに黙読してください。(60 回) 7 池田ほか(2011)のタスクには形状の黙視が含まれ、これに先立つ予備実験の被験者が明朝体の「口」を形状 として黙視するのに違和感を感じたことから、より四角形に近く見えるMS ゴシックを使用した。本実験のタスク には形状の黙視が含まれないが、先行研究と実験結果が比較しやすいように、フォントは同じものを使用した。 8 仮名 1 文字については、下記の条件を満たす五十音を無作為に選んで 60 回提示しただけなので、刺激の一覧は 割愛する。なお、視覚刺激の作成に際して、早川友里恵氏の協力を得た。 9 実験時には、これらに続けて下記の指示を出し、オドボール課題の収録も行ったが、本稿ではオドボール課題 のデータを扱わないため、説明を割愛する。 施行V:ディスプレイに現れる文字の中から漢字を探し出してください。(45 回×2) 施行VI:ディスプレイに現れる文字の中からカタカナを探し出してください。(45 回×2)

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 施行 III:ディスプレイに現れる 2 文字のカタカナを口に出さずに黙読してください。(60 回)  施行 IV:ディスプレイに現れる 2 文字の漢字を口に出さずに黙読してください。(60 回) 各施行では、上記の指示を伝えた後、被験者に対して刺激の呈示をおこなった。また、各施行の 間には休憩を目的とした小休止をはさんだ。 3.4.2 施行時間 1450ms の fixation の後 240ms の interval を経て10、800ms の刺激を呈示した。1 回の施行につきこ の計2500ms のサイクルを 60 回繰り返したため、収録時間の合計は約2 分半であった。エレクトロ キャップの装着や施行内容の指示などの準備時間および施行間の休憩時間を加えた所用時間は、約 55分となる。 3.4.3 刺激の呈示方法 被験者との距離が 200cm となる位置からナナオ社製 FlexScan ディスプレイを用いて全視野刺激 をランダムに両眼呈示した。 3.4.4 解析方法 キッセイコムテック社製ソフトウェア EPLYZERⅡを使用して収録した脳波の再加算編集11とグ ランドアベレージ処理をおこなった。そのうえで、ERP 波形の山(陰性ピーク)と谷(陽性ピーク) を目視によって観察しながら、チャンネルごとの潜時と電圧を求めた。

4. 結果

解析の結果として得られた波形、潜時、電圧のうち、ここでは N170 について考える上で重要な O1、O2、T5、T6、Cz、Fz のデータを下に示す(↓は N170、↑は VPP を示す)。 10 Interval が 240ms 挿入されているのは、trigger の設定および器材のタイムラグを調整した結果である。タイム ラグの調整にあたり、株式会社イデアラボの澤井大樹氏の助力を受けた。ここに記して感謝の意を表する。 11 筋電や瞬目によるアーチファクトおよびノイズを波形の目視によって除去し、波形の再加算をおこなった。

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図3:仮名 1 文字の波形(10 ㎶) 図4:仮名 2 文字の波形(10 ㎶) 図5:漢字 1 文字の波形(10 ㎶) 図6:漢字 2 文字の波形(10 ㎶) 図3 から図 6 の波形の O1、O2、T5、T6 のピーク潜時と電圧は下記の通りである。 表1:仮名 1 文字のピーク潜時と電圧(ms/㎶) O1 O2 T5 T6 Fz Cz P1 144 -2.38 148 -3.18 92 -2.63 92 -1.72

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N1 108 0.8 118 3.3 182 1.73 182 7.22 158 5.22 156 4.84 P2 160 -6.82 162 -3.02 242 -5.98 248 -11.22 198 -6.38 198 -7.28 N2 202 -0.36 182 1.73 310 -1.2 298 -3.33 246 0.65 252 -1.83 表2:仮名 2 文字のピーク潜時と電圧(ms/㎶) O1 O2 T5 T6 Fz Cz P1 152 -3.2 144 -3.21 108 -1.73 100 -0.74 N1 134 -2.28 120 2.64 184 2.12 184 10.38 146 2.45 150 3.83 P2 166 -7.57 166 -3.59 236 -6.28 240 -8.51 188 -7.97 188 -9.18 N2 192 -1.1 184 1.26 276 -1.74 284 -1.19 242 3.82 246 0.75 表3:漢字 1 文字のピーク潜時と電圧(ms/㎶) O1 O2 T5 T6 Fz Cz P1 140 -4.88 142 -7.73 N1 108 -1.14 120 -0.73 186 2.01 186 6.1 146 0.91 156 1.63 P2 158 -7.48 162 -6.67 244 -6.99 242 -14.47 192 -10.06 196 -10.03 N2 186 -0.22 186 -0.44 366 1.53 438 1.25 248 -0.24 250 -2.62

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表4:漢字 2 文字のピーク潜時と電圧(ms/㎶) O1 O2 T5 T6 Fz Cz P1 154 -4.81 158 -2.01 90 -3.06 90 -2.44 N1 110 0.16 116 5.30 184 1.89 184 9.01 142 2.42 138 3.68 P2 160 -5.43 166 2.03 236 -6.33 240 -9.25 188 -9.99 188 -11.14 N2 184 1.44 166 5.27 276 -2.58 280 -0.46 232 1.72 234 -0.42

5. 考察

いずれのタスクにおいてもT5 と T6 の N1 は、文字刺激に対して側頭葉で生じる最初の大きなピ ークであり(図3-6)、ピーク潜時が 182〜186ms であることから(表 1-4)、N170 成分と見なすこと ができる。したがって、Cz と Fz の P2 は N170 に対応する VPP ということになる(図 7 参照)12。 Cz、Fz の波形と T5、T6 の波形を比べると、T5、T6 の N170 は何らかの理由で Cz と Fz の N1 より も遅れて現れたN1 であるように見える13。 図7:T6, Fz, Cz の重ね書き(↓は T6 の N170、↑は Fz, Cz の VPP を示す) N170 の左右差に目を向けると、いずれのタスクにおいても T6(右側頭葉)の振幅が T5(左側頭 葉)よりも大きい。N170 が左優位ではなく右優位に出た理由については今後の検討課題としたい14 表語性とマクロ処理がN170 の波形に及ぼす影響を見るため、仮名 1 文字と仮名 2 文字(図 8)、 漢字1 文字と漢字 2 文字(図 9)、漢字 1 文字と仮名 1 文字(図 10)、漢字 2 文字と仮名 2 文字(図 11)の波形をそれぞれ比較してみよう。下図のキャプションでは、L が「表語性」、M が「マクロ処 12 VPP については注 1 を参照せよ。阿部・中山 (2007: 398) によると、VPP とは、前頭部電極で測定され、N170 とほぼ同潜時の陽性のERP 成分である」。 13 文字を読む際に T5 と T6 により負荷がかかり、その部分の潜時が遅れた可能性、ものを見れば出現する N1 に 対して何らかの処理が加わることで成分の潜時が変わった(Cz と Fz の N1 はその処理に関与せず、T6 の N1 は同 処理に関与した)可能性などが考えられる(匿名の査読者からの示唆による)。なお、漢字2 文字の波形だけ N1 が 二峰になっているが、その理由は不明である。 14 杉下(2004: 50-69)には、左利きの場合、「右脳が言語優位半球である人が 20 パーセントほど存在する」とい う指摘もあるが、本実験の結果だけから被験者の言語野が右脳にあると断定するのは難しいだろう。

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理」、+と−がそれらの有無を表す15。 図8:仮名 1 文字(−L −M、黒) 図9:漢字 1 文字(+L −M、黒) と仮名2 文字(+L +M、赤) と漢字2 文字(+L +M、赤) 図10:漢字 1 文字(+L −M、黒) 図11:漢字 2 文字(+L +M、黒) と仮名1 文字(−L −M、赤) と仮名2 文字(+L +M、赤) 15 マクロ処理については注 5 を参照。表語性は記号表現(音素列)と記号内容(概念)をもつ言語記号(語)を 記号内容とする記号の特性を指す。詳しくは、福盛・池田(2002)の 3.1 節を参照。1 文字の語がほとんどないア ルファベットではマクロ処理と表語性は渾然一体となる場合が多いが、漢字の場合、マクロ処理と表語性とを単離 できる可能性があるため、ここではあえて両者を分けて分析する。

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図8-10 の N170 成分を比較すると、すべてにおいて T5 の電圧にはほとんど差がない(0.01〜0.39 ㎶)。それに対し、T6 の電圧差には次のような興味深い違いが見られる。 ① 1 文字と 2 文字を比較すると、仮名(図 8:1 文字が 10.38 ㎶、2 文字が 7.22 ㎶)でも漢字(図 9: 1 文字 9.01 が㎶、2 文字が 6.1 ㎶)でも 2 文字の方が 3 ㎶程度電圧が高い。 ② 漢字と仮名を比較すると、1 文字(図 10:漢字が 6.1 ㎶、仮名が 7.22 ㎶)でも 2 文字(図 11: 漢字が9.01 ㎶、仮名が 10.38 ㎶)でも仮名の方が 1.2〜1.3 ㎶ほど電圧が高い。 ①は 1 文字よりも 2 文字の方が視覚情報処理にかかる負荷が大きいことを意味する。1 文字より も2 文字の方が刺激が複雑なので、この電圧差は刺激の形状の複雑さを反映したものという印象を 受ける。ところが、②は視覚情報処理にかかる負荷は漢字よりも仮名の方が大きいことを示してい る。視覚刺激を作成した際に仮名に比べて字画が極端に多い漢字は除外した(3.3 節参照)とは言 え、別紙を見れば分かるように全般的に漢字の方が仮名よりも字形が多かれ少なかれ複雑である。 したがって、①から受ける印象とは裏腹に、②の電圧差は刺激の形状の複雑さを反映したものでは ないことになる。視覚刺激の複雑さ以外で図8 と図 9 に共通して電圧差をもたらす要因としては、 マクロ処理の有無(±M)が最も有力である。したがって、これは「刺激が 1 文字の場合、表語文 字として処理しても(仮名より振幅の大きい)N170 が(左側頭葉に)現れない」という可能性を支 持する結果であると言える。

6. おわりに

本稿では、視覚刺激が 1 文字の場合、表語文字として処理しても仮名より振幅の大きい N170 が 左側頭葉に現れにくいという可能性を検証すべく、仮名1 文字(無意味)、仮名 2 文字(有意味)、 漢字1 文字(有意味)、漢字 2 文字(有意味)を黙読した際の脳波を測定し、170ms 近傍に出現する 陰性波の波形、潜時、電圧を比較した。その結果、表語性の有無(±L)は T6 の電圧差に影響を与 えないが、マクロ処理の有無(±M)は電圧差に影響を与えることが示唆された。これは上記の可 能性を支持するものだと言える。 今後の課題としては、まず同じ被験者で追験を行い、この結果の再現性を確認する必要がある。 その際、仮名2 文字(無意味)も収録したいと思う。その上で、被験者を増やして、今回の実験で 見られた特徴にどれだけ一般性があるかも検証していきたい。また、本稿では文字認知における N170 成分に注目したが、N170 は P2 とセットで現れるため、N170 のトップと P2 のボトムを足した 値にも目を向ける必要がある16。 【参照文献】 阿部央・中山実 (2006)「事象関連電位による漢字の知覚過程に関する検討」『映像情報メディア学会誌』 60-3: 397-404.

Bentin, S., Y. Mouchetant-Rostaing, M. H. Giard, J. F. Echallier and J. Pernier (1999) ERP manifestations of processing printed words at different psycholinguistic levels: Time course and scalp distribution. Journal of

Cognitive Neuroscience 11-3: 235-260. 福盛貴弘・池田潤 (2002)「文字の分類案:一般文字学の構築を目指して」『一般言語学論叢』4・5: 33-56. 16 匿名の査読者からの示唆による。これを受けて N170 のトップと P2 のボトムとを足した値を算出したところ、 仮名1 文字(−L −M)が 18.44 ㎶、仮名 2 文字(+L +M)が 18.89 ㎶、漢字 1 文字(+L −M)が 20.57 ㎶、漢字 2 文 字(+L +M)が 18.26 ㎶となり、L(表語性)と M(マクロ処理)の有無が一致する場合と食い違う場合とで差が見 られた。これは表語性とマクロ処理の相互作用について考える上で興味をひく数値であり、仮名2 文字(無意味) も収録したり、被験者を増やすなどして、さらなる検証を行いたい。

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池田潤・平田彬・渡辺和希・桐越舞 (2011)「文字類型に関する実験研究:同一視覚刺激を対象とした異 なる認知課題による事象関連電位に関する一考察」日本実験言語学会口頭発表(室蘭工業大学、 2011/9/2)

池田潤・平田彬・渡辺和希・桐越舞 (2012)「文字類型に関する実験研究(2):同一視覚刺激を対象とした 異なる認知課題による事象関連電位の再現性」日本実験言語学会口頭発表(文教大学、2012/9/1) Rossion, B. and J. Corentin (2012) The N170: Understanding the time course of face perception in the human

brain. In S. J. Luck and E. S. Kappenman (eds.), The Oxford Handbook of Event-Related Potential

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Simon, G., L. Petit, C. Bernard and M. Rebai (2007) N170 ERPs could represent a logographic processing strat-egy in visual word recognition. Behavioral and Brain Functions 3: 21.

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別紙1 1 文字漢字リスト 1. 右 2. 円 3. 王 4. 下 5. 火 6. 花 7. 貝 8. 九 9. 玉 10. 空 11. 月 12. 犬 13. 五 14. 口 15. 三 16. 山 17. 糸 18. 字 19. 耳 20. 手 21. 上 22. 人 23. 水 24. 青 25. 石 26. 赤 27. 千 28. 川 29. 草 30. 足 31. 竹 32. 虫 33. 天 34. 土 35. 白 36. 八 37. 百 38. 木 39. 目 40. 六 41. 丸 42. 岩 43. 兄 44. 谷 45. 国 46. 今 47. 矢 48. 寺 49. 首 50. 色 51. 西 52. 声 53. 前 54. 店 55. 冬 56. 肉 57. 父 58. 母 59. 北 60. 毛 2 文字漢字リスト 1. 花火 2. 学校 3. 雨水 4. 夜空 5. 夕日 6. 岩石 7. 草原 8. 午後 9. 国家 10. 高校 11. 大学 12. 中学 13. 大男 14. 汽車 15. 名目 16. 海水 17. 絵画 18. 音楽 19. 図工 20. 社会 21. 電力 22. 麦茶 23. 点火 24. 天下 25. 天気 26. 花見 27. 月見 28. 月夜 29. 夜道 30. 近道 31. 近所 32. 牛肉 33. 天才 34. 半分 35. 毎日 36. 友人 37. 男子 38. 女子 39. 弓矢 40. 先生 41. 家出 42. 入口 43. 出口 44. 元気 45. 会計 46. 海外 47. 外国 48. 合計 49. 外出 50. 国内 51. 国外 52. 会社 53. 生活 54. 活字 55. 中心 56. 少年 57. 中古 58. 青年 59. 少女 60. 当日

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13 別紙2 2 文字仮名リスト 1. アリ 2. イカ 3. イス 4. ウシ 5. ウマ 6. エサ 7. オフ 8. カサ 9. カニ 10. キク 11. クマ 12. クロ 13. ケチ 14. コマ 15. サメ 16. サル 17. シカ 18. シロ 19. スリ 20. セキ 21. セミ 22. ソリ 23. タカ 24. タコ 25. ツメ 26. ツル 27. テコ 28. トラ 29. トリ 30. ナス 31. ニラ 32. ヌカ 33. ネコ 34. ノミ 35. ノリ 36. ハエ 37. ハリ 38. ヒナ 39. ヒマ 40. フエ 41. フロ 42. ヘタ 43. ホシ 44. マヒ 45. マメ 46. ミス 47. ミソ 48. ムシ 49. ムチ 50. メモ 51. モチ 52. ヤシ 53. ヤマ 54. ヤリ 55. ユキ 56. ユリ 57. ヨコ 58. ラム 59. リス 60. ワシ

(14)

A Study of the N170 Component

Evoked by Letter Recognition

Jun IKEDA

, Mai KIRIKOSHI

††

, Kazuki WATANABE

†††

,

Wen GUI

††††

& Takahide KAWABE

†††††

In order to test the hypothesis that the lateralized N170 component is less likely to be evoked by logographic stimuli if they consist of a single letter, we conducted an experiment in which we showed a participant a single

kana-letters with no meaning, two kana words, a single kanji words, two kanji words. We measured ERPs while

the participant was reading them silently, and compared the waveform, latency and amplitude of the negativity peaking around 170 ms after stimulus presentation. Our results suggest that the processing of global word con-figurations was more relevant to the N170 amplitude at the temporal electrode sites than that of the logography. This appears to be consistent with the above-mentioned hypothesis.

Faculty of Humanities and Social Sciences, University of Tsukuba 1-1-1 Tennodai, Tsukuba, Ibaraki 305-8571, Japan

E-mail: ikeda.jun.fm@u.tsukuba.ac.jp

††

Doctoral Program in Literature and Linguistics, University of Tsukuba 1-1-1 Tennodai, Tsukuba, Ibaraki 305-8571, Japan

E-mail: mkiri6pp@yahoo.co.jp

†††

Doctoral Program in Literature and Linguistics, University of Tsukuba 1-1-1 Tennodai, Tsukuba, Ibaraki 305-8571, Japan

E-mail: s1030036@u.tsukuba.ac.jp

††††Doctoral Program in Literature and Linguistics, University of Tsukuba

1-1-1 Tennodai, Tsukuba, Ibaraki 305-8571, Japan E-mail: s1130025@u.tsukuba.ac.jp

†††††

College of Humanities, University of Tsukuba 1-1-1 Tennodai, Tsukuba, Ibaraki 305-8571, Japan E-mail: tony.seattle@gmail.com

図 3:仮名 1 文字の波形(10 ㎶)  図 4:仮名 2 文字の波形(10 ㎶)  図 5:漢字 1 文字の波形(10 ㎶)  図 6:漢字 2 文字の波形(10 ㎶)  図 3 から図 6 の波形の O1、O2、T5、T6 のピーク潜時と電圧は下記の通りである。  表 1:仮名 1 文字のピーク潜時と電圧(ms/㎶)  O1 O2 T5  T6  Fz Cz  P1       144 -2.38 148 -3.18 92 -2.63  92 -1.72
表 4:漢字 2 文字のピーク潜時と電圧(ms/㎶)  O1 O2 T5  T6  Fz  Cz  P1  154 -4.81 158 -2.01 90 -3.06 90 -2.44 N1  110 0.16  116 5.30  184 1.89 184 9.01 142 2.42 138  3.68 P2 160  -5.43 166 2.03 236 -6.33 240 -9.25 188 -9.99 188  -11.14 N2  184 1.44 166 5.27 276 -2.58 280 -0

参照

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