音楽聴取時における乳児の身体反応−音楽の感情価の差異による検討 [ PDF
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(2) てもらい,その音楽が positive/negative であるかの判. negative な性格を持っていると判定したこと, また AVSM. 定を行わせた.さらに谷口(1998)による音楽の感情価測. による高揚尺度,抑鬱尺度のそれぞれの得点から,①②. 定尺度(AVSM)を用いてそれぞれの音楽の感情的な性格を. ③刺激を成人が positive と感じる音楽として, ④⑤⑥刺. 測定した.これは,24 の形容詞(例:やさしい,陽気なな. 激を negative と感じる音楽として乳児に聴取させるこ. ど)に音楽がどの程度当てはまるかを 5 段階で評定して. とは妥当であるといえる.. もらい,音楽の感情価について 6 つの下位尺度によって 得点化するものである.. 実. 験. 目的 刺激 それぞれ約 1 分程度. 音楽聴取時の乳児の身体反応を録画し分析することで,. Positive 刺激. 乳児が聴取した音楽の感情価の違いによって乳児の身体. ①オリジナル(Vn.旋律,シンセサイザー伴奏). 反応に違いが出るかどうかを調査する.. ②クラシック(メンデルスゾーン:イタリア交響曲) ③童謡(森のくまさん,歌,無伴奏). 方法. Negative 刺激. 被験児 「九州大学赤ちゃん研究員」として登録されて. ④オリジナル(Vn.旋律,シンセサイザー伴奏). いる乳児と保護者を対象に,研究協力の承諾を得た福岡. ⑤クラシック(ペールギュントよりオーゼの死). 市近辺にすむ 6-10 ヶ月児.47 組の乳児と保護者の協力. ⑥童謡(赤い靴,歌,無伴奏). を得た.泣き出しなどによって実験が最後まで行えなか ったケース,実験中に明らかに音楽以外の要素に気をと. オリジナル刺激は専門の作曲家に作曲を依頼し,専門 のシンセサイザーとヴァイオリンの演奏家によって演奏. られていたケースなどを除き,18 組(P 群 10 組,N 群 8 組) の有効データを収集した.. されたものを用いた.P/N 両刺激で,メロディーの輪郭 や調性によって感情価の違いを表現しているが,メロデ. 手続き 実験は周囲の視覚的な刺激を遮断するために簡. ィーが同じリズムパターンを持つように作曲を依頼した. 易テントの中で行われた.乳児の座るベビーチェアを設. ものである.テンポはクラシックや童謡の P/N 刺激間の. 置し,音楽はテント内に置かれたスピーカから再生され. ような大きな差はない(P 刺激:♪=110, N 刺激:♪=100).. た.乳児の様子はテントの外にあるビデオカメラで録画 された. ベビーチェアの隣に保護者に座ってもらったが,. 結果. 母親の刺激音への反応が乳児に影響するのを防ぐため,. 音楽が positive/negative のどちらに当てはまるかと いう強制選択の結果, それぞれ①100%②100%③91.1%の割 合で positive, ④95.6%⑤91.1%⑥100%の割合で negative. 遮音のためヘッドフォンで別の音楽を聴取してもらった (Fig.1). 乳児を positive 音楽聴取群(:以下 P 群)と negative 音楽聴取群(:以下 N 群)に分けた.まず,ベースライン測. と判定された. また,AVSM によるそれぞれの音楽の感情価の得点は. 定のために音楽聴取前に 30 秒から 1 分程度無音の時間 を設け,その後群ごとに用意された刺激の音楽(3 曲ずつ). Table 1 の通りである.. をランダムな順で再生した.各刺激のインターバルは 10 Table 1. 音楽の感情価測定尺度(AVSM)による各刺激の感情価の得点. 秒以上とした.また N 群ではフォローアップとして最後. 高揚. 抑鬱. 強さ. 軽さ. 親和. 荘重. にポジティブな音楽を呈示した.実験の所要時間は 1 人. ①P オリ. 17.8. 5.2. 9.5. 14.8. 12.4. 8.4. 約 7 分-10 分であった.. ②P クラ. 14.8. 5.4. 15.4. 11.3. 8.1. 14.0. ③P ドウ. 16.0. 6.5. 6.6. 13.7. 12.5. 5.2. ④N オリ. 5.6. 16.8. 8.2. 6.8. 13.0. 11.8. ⑤N クラ. 5.6. 15.8. 9.9. 5.5. 12.0. 17.6. ⑥N ドウ. 4.7. 18.0. 7.0. 5.9. 12.4. 9.5 Fig. 1 実験の様子. 考察 それぞれの音楽について,その演奏形態やテンポやリ ズムなどの要素がそれぞれ大きく異なるにもかかわらず, 強制選択によって 9 割以上が調査者の意図した positive,. 分析1−一般成人による評定 音楽聴取時の乳児の身体反応の全体的な印象が聴いて.
(3) いる音楽によって異なるかどうかを調べるために,それ. 母親: κ=0.91,いずれも p<.05).. ぞれの音楽を聴いている乳児の様子をサイレントで成人 に見せ,どの程度楽しそうかを評定させた.. Table3 身体反応カウントのカテゴリー. 手続き 乳児のベースライン時 30 秒, 音楽聴取時の後半. 手足: LM 腕や足全体の明確な振り,ストローク. 30 秒,(乳児1人当たり 30 秒×4) のビデオを大学生に. SM 手首や足首のみ,腕や足が一部が動くなどの動き. サイレントで呈示し,その乳児がどの程度楽しそうかを. NM 動きなし. 7 段階(1:全く楽しんでいない-7:とても楽しんでいる). 体幹: LM 頭部の位置,顔の向きが変わるほど動く. で評定させた.一度の調査に乳児 6-8 人分のビデオをラ. 弾む反応を示す. ンダムな順に呈示した.ビデオを評定した大学生の人数 は乳児 1 人あたり 6-11 人であり,計 18 人(P 群 10 人,N 群 8 人)の乳児のビデオについてデータを得た.. SM. 軽く首をかしげる,軽く揺れるなどの運動. NM. 動きなし. 母親へのアプローチ: M. 母親へ働きかける(母親の方を向く,触ろうとする). N. 母親への働きかけなし. 結果 ベースライン時とそれぞれの音楽聴取時の乳児の様子 についての成人の評定の平均値を群別に Table2 に示す.. 結果 身体反応のカウントの結果,群ごとに,手足,体幹の. Table 2 成人による音楽聴取時の乳児の評定. BL. オリジナル. クラシック. 童謡. P群. 4.43. 4.17. 3.70. 3.80. N群. 3.87. 3.27. 2.73. 3.21. 動きの LM,SM が生起したブロック数の平均を,それぞれ のベースラインからの差をとったものを Fig.2,3 に示す. Fig. 2 positive 音楽聴取群の身体反応 20 16.9*. いる乳児の印象が変化しているかどうかを調べるために, それぞれの音楽聴取時の評定得点からベースライン時の 得点の差をとって,群(P/N)×音楽(3 曲)の分散分析を行 ったが,主効果,交互作用共に得られなかった. 考察. ベースラインとのブロック数の差. 音楽の感情価や音楽の種類によって,それを聴取して. 音楽の感情価や種類によってそれを聴取している乳児. P群の身体反応(ベースラインとの差). 15 11.5* 10. 7.3*. 6.4* 5. 5.8* 3.8†. 2.9. 1.6. 0. -4.4 足 足 足 手 手 手 S C O. の印象の得点が変動しなかったことから,乳児は成人に. -2.6. -3.0. -5. -5 幹 幹 幹 体 S体 O体 C. 判別可能なように音楽の印象を身体反応で表現している わけではないということが考えられる.. LM LM LM 足 足 C手 S手. 足. O手. LM LM LM 幹 幹 C体 S体. 幹. O体. Fig. 3 negative 音楽聴取群の身体反応 20. 分析方法 ベースライン 30 秒間,それぞれの曲の後半 30 秒間の乳児の身体反応を分析した.0.5 秒(15 コマ: 以下 1 ブロック)ごとに,3 つのカテゴリーについての身. 10 5.8*. 4.3. 5 0.8. 3.8 1.6. 1.3. -0.1. 0 -1.5 -5. -0.9. -4.6 O 体 幹 L C体 M 幹 L S体 M 幹 LM. 違いがあるかどうかを分析した.. 11.8*. O 手 足 L C手 M 足 L S手 M 足 LM. カウントし,音楽の種類によって運動の出現する時間に. N群の身体反応(ベースラインとの差). O 体 幹 C体 幹 S体 幹. に,乳児の手足の運動,体幹の運動の出現するコマ数を. ベースラインとのブロック数の差. 具体的な行動レベルでの違いがあるのかを調べるため. 15.4* 15. O 手 足 C手 足 S手 足. 分析2−身体反応のカウント. 体反応の生起をカウントした(Table 3) 身体反応のカウント作業は 2 名の分析者によって行わ. それぞれ B:ベースライン,O:オリジナル,C:クラシック,S:童謡. れた.全データのうち 16.6%について 2 名が独立にカウ. ベースラインから増加 *:p<.05,†:p=.09. ントした結果を元に一致係数 κを算出し,手足,体幹, 母親へのアプローチいずれも 5%水準で 2 名の評定が一致. 手足,体幹の身体運動が,音楽聴取時にベースライン時. していることが示された(手足:κ=0.58,体幹:κ= 0.59,. から変化しているかを調べるために,それぞれの動きご.
(4) とに,ベースライン時とそれぞれの音楽聴取時の,動き. また,リズムやテンポを似せたオリジナル刺激でも P/N. が 生 起 し た ブ ロ ッ ク 数 (LM, SM の 合 計 ) に つ い て ,. の差が見られたことから,乳児はリズムやテンポの違い. Wilcoxon の符号付順位検定を行った.その結果,P 群に. 以外の音楽の感情に関わる要素に対しても,異なる身体. ついては,オリジナル聴取時の手足,クラシック聴取時. 反応を示すことができるのではないかと推測できる.. の手足,オリジナル聴取時の体幹の動きが,ベースライ. 感情価に関わるほかの音楽の要素としては,まずオリ. ン時に比べて有意に増加していた.また,N 群について. ジナルの P/N を大きく異ならせている長調,短調の調性. は,オリジナル聴取時の手足,クラシック聴取時の手足. が挙げられる.特に,その弁別ができる以前とされる 1. について有意に増加していた(p<.05).. 歳未満の乳児において,今回のように調性に注目した刺. さらに,大きい身体運動の変動を調べるために,LM と. 激による音楽の感情価についての実験を行うのは本研究. カウントされたブロック数について同様の検定を行った. がおそらく初めてであり,更に乳児が身体反応の違いを. ところ,P 群においてはオリジナル聴取時の手足とクラ. 見せたことは興味深い.今回のオリジナルの刺激のよう. シック聴取時の体幹について,ベースライン時より有意. に,クラシック音楽のように複雑ではない旋律を使うこ. に増加していた.また,N 群においてはクラシック聴取. とによって,乳児期から幼児期にかけての調性のもつ意. 時の手足の動きについて有意に増加していた(p<.05).. 味や区別について,研究の発展が期待される.. また,母親へのアプローチについては,いずれの曲に. 今後の研究としては,出現した体幹の動きの違いがど. おいてもベースライン時からの差は認められなかった.. のような乳児の状態を表しているのかについて,他の場 面や指標を用いながら調査する.また,テンポ,調性,. 考察. 歌/楽器の違い,メロディーの複雑/単純さなど,感情に. 童謡を除いたオリジナル音楽,クラシック音楽に着目. 関わると思われる要素を純粋に比較できる刺激を用いて,. すると,程度の差はあるものの,両群ともに手足の動き. どのような要素が乳児の身体反応と関わり,また音楽の. がベースライン時より増加していた.乳児は音楽を聴く. 感情価に影響を与えているのかを調査する.さらに. と,音楽の感情価に関わらず手足の活動を増加させるこ. Bella et al.,(2001),Schellenberg et al., (2000)な. とを示している.. どの研究のように,音楽を構成する要素間の相互作用が. 一方,体幹の動きについては,N 群においてはベース. 感情価に与える影響についても調査することで,どのよ. ラインからの変動が見られなかったが,P 群においては. うな音楽がどのような感情を喚起するのかという「音楽. オリジナル音楽において体幹の動きの増加が見られ,ま. の感情生成システム」とその発達へ迫りたい.. た大きな(LM)動きについても増加している傾向にあった (p=.09).さらに,クラシック音楽については,体幹の大. 謝辞. きな動きが増加していた.このことは,6-10 ヶ月の乳児. 本研究のためにオリジナルの曲を作曲してくださった. が,成人が positive と感じている音楽を聴取すると,体. 葛岡みちさんとヴァイオリンを演奏してくださった. 幹の動きを増加させて反応していることを示している.. maruse さんのご協力に感謝します.. 既製の童謡については P/N 両群において動きの変動が 見られなかった.これは乳児の既知性が高いと考えられ ること,この刺激だけ無伴奏であったことなどが原因と して考えられる.. 参考文献 Trehub 2003 The developmental origins of musicality. Nature neuroscience, 6 , 669-673 Trehub 1993 The Music Listening Skills of Infants and. 全体的考察 今回の研究では, 成人が positive に感じる音楽を乳児. Young Children. T.J.Tighe & W.J.Dowling(Eds.) Psychology and Music (1993), chapter 7 , 161-176.. が聴取すると,既知性や演奏形態を統制できなかった童. 梅本尭夫 1999 子どもと音楽 東京大学出版会. 謡を除いて,negative な音楽では起こらなかった体幹の. 谷口高士 1998 音楽と感情 音楽の感情価と聴取者の感. 動き(特に大きな動き)が増加することが示された.この ことから,乳児でも,感情価の異なる音楽が異なって捉 えられていることが示唆された. これは,Trehub(1993)の勇ましい音楽の方が穏やかな 音楽よりも弾み反応が起こったことと類似している.た. 情的反応に関する認知心理学的研究 北大路書房 Bella,. Peretz,. Rousseau,. &. 2001. A. Develpomental study of the affective value of tempo and mode in music. Cognition, 80, B1-B10. 二藤,林,南 2002 0-1 歳児における長調旋律と短調旋. だし,今回の研究から,まず,Trehub の研究よりも低い. 律への選好反応 童謡と未知旋律. 月齢の 6-10 ヶ月児でも音楽の感情価の違いによって異. 第 13 回大会発表論文集. なる身体反応を出現させることができることが示された.. Gosselin. 日本発達心理学会.
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英国のギルドホール音楽学校を卒業。1972