中 学 生 の プ リ コ ン セ プ シ ョ ン に 対 応 し た 理 科 の 授 業 実 践
高度学校教育実践専攻
授業実践・カリキュラム開発コース 土 壁 直 樹
第 1章 研 究 課 題 設 定 の 理 由
1
現在の教育の抱える課題昨今よく現れてくるキーワードとして「競争 力」と「幹」が挙げられる。国際競争力を高め る 必 要 性 に 迫 ら れ る 中 先 の 見 え な い 社 会
J
,「変化の激しい社会」になっている。そうかと 思えば,人との繋がりを話題にした心温まる話
もよく耳にする。国際競争力の波に飲まれた状 態や地球規模の環境問題,エネノレギー問題など 日本の危機的状態を打破するためには,教育の カと科学技術の進歩が必要で、ある。また,
O E C D
のP I S A
調 査 か ら 日 本 の 児 童 生 徒 はr
思考力・判断力・表現力等を問う読解力や記述式問題,
知識・技能を活用する問題に課題
J
が見られる と報告された。それを踏まえて,学習指導要領 の改訂に当たり「科学的な思考力,表現力の育 成を図ること」が,改訂の基本的な考え方の一 つに挙げられた。人との幹を深めながら,国際競争力を身に付 けて,今の日本の困難な状態に立ち向かうため には学校教育が重要な役割を占める。そこで,
教師が「分かりやすい授業」を実践するだけで は,子どもたちに十分な力はつかない。これか らは,自ら問題を発見し,思考をめぐらせて解 決し,それを論理的に説明するなどの「問題解 決能力」が必要である。変化の激しい社会を生 き抜いていくためにも「問題解決能力」を学校 教育でどのように養うかが求められている。
実習責任教員 前 回 洋 一 実習指導教員 川 上 綾 子
2
置籍校の実態学校アセスメント結果から,理科に関しては,
比 較 的 安 定 し た 学 力 が 身 に つ い て い る と い え る。学習状況調査での結果においても「理科の 勉 強 は 好 き だ
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理 科 の 勉 強 は 大 切 だJ r
理 科 の授業内容はよく分かるJ
など多くの質問で肯 定的に答えている割合が高い。課題として挙げられるのが
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理科の授業で,観察や実験の進め方や考え方がまちがっていな いかをふり返っている
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理 科 の 授 業 で , 観 察 や実験の結果をもとに考察している」という質 問に対して,肯定的に答えている割合が全国平 均より低いことである。このことから,観察や 実験時の授業の進め方に課題があるといえる。今までの自分の授業を振り返ってみても,観 察や実験後に子どもに教え込んだり,自分が一 方的に説明をしたり,教師中心の授業になって いた。子どもたちのつまずきの つである「学 習 前 か ら 子 ど も た ち が 持 っ て い る 自 然 へ の 認 識」を考慮に入れずに,授業を行っていたため,
子どもたちの思考が深まらないままになってい た。そこで,子どもたちが学習前から持ってい る自然への誤った考えを出発点として,既有概 念の再構成を行う授業を展開することが必要だ と感じた。そして,自分との考えを振り返りな がら,観察実験の結果と向き合い,考えていく ことで,最終的に,科学的概念を身につけさせ たいという願し、から,本課題を設定した。
第2
章 先 行 研 究1 子どもの考えについて
プリコンセプションについて,
Hashweh ( 1 9 8 6 )
は「日常生活の様々な経験を通して獲得され,日常生活の事象の解釈や予想を立てることに繰 り返し用いられる概念である。一般化された科 学的概念の形式を有してはいないけれども,初 歩 的 な モ デ ル あ る い は 理 論 の 性 質 は 有 し て い る。ゆえに,すでに科学的概念と競合し,最終 的には科学的概念へと変化し得る資質を持つ」
と述べている。また,高垣
(2004)
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プリコ ンセプションは,科学的概念の『特別なケース』であり,科学的概念に『置き換える』のではな く,
w
再構成する』もの」として捉えている。このことから,筆者は授業に持ち込まれる子ど も特有の概念に対して,
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プリコンセプシヨン」という用語を用いる。
堀 ( 1 9 9 8 )は,子どもの科学的に精微化されて いない知識,概念,考え方の調査を行っている。
そこから「科学的概念の構成のためには,授業 や学習においてまず子どもの授業や学習前の素 朴概念から入っていることが求められている」
と述べていて,授業展開への示唆を得た。
2
子どもの概念変容について知識の再構成の方法について,湯津
( 1 9 9 8 )
は「ある疑問に対して,子どもたちが主張する考 えの矛盾は,すべての子どもにとって意識せざ るをえなくなる。子どもの科学概念が構成され ると共に, 日常知(素朴概念)との違いも意識 化され,知識の再構成が促される」と述べてい
る。
Tsai ( 2 0 0 0 )
は,従来の教授方略とは異なり,学習者自身が動機づけを高めながら概念変化を 促進させる教授方略のモデ、ノレ化を試みて「コン
フリクトマップ
J
を考案している。図1 コンフリクトマップ(
T s a i
,2 0 0 0 ) 第 3
章 研 究 構 想第 1章で示した課題の解決に向けて,先行研
究を参考に,研究構想図(図 2
)を考えた。
図2 研究構想図
これまでは,子どもたちが授業に臨む際に,
すでに日常生活における自然事象の観察や経験 を通して,プリコンセプションを獲得している にも関わらず,それについて筆者は理解しよう とせずに,通り一辺倒の授業を行ってきた。そ の結果,子どもの知識や考えとかなり異なると こ ろ か ら 授 業 や 学 習 が 展 開 さ れ て い た こ と か ら,子どもの考えが変わらなかったと考えられ る。よって,筆者は,子どもたちの持つプリコ ンセプションを明らかにし,プリコンセプショ ンを持った子どもに「葛藤
J
,r
疑問J
,r
驚き」を引き起こし,子どもたちのプリコンセプショ ンを科学的概念に再構成しようと考えた。
研究の方法は,中学生が持っているプリコン セプションについての調査を行い,その調査結 果をもとにコンフリクトマップを作成する。次 に,コンフリクトマップに基づいて授業計画を 立てる。その時に,学習内容での「現実世界
J
と「思考世界」の 2つの領域において,プリコ ンセプションと反証事例との閑に生起する認、知 的 葛 藤(Conflict
(1))と,プリコンセプション と科学的概念との聞に生起する認知的葛藤(Con flict(2))
と を 生 起 さ せ 解 決 さ せ る 取 り 組 み を 入れる。また,科学的概念を裏付けるための決 定 的 な 事 象 と し て の 直 接 的 な 実 験 ・ 観 察 活 動 や,科学的概念を補足説明する適切な概念を提 示することで,Conflict
(1)からConflict ( 2 )
の 解決へ繋げていくように計画をする。第
4
章 フィールドワークI
の取組と結果1
子どもの自然現象への認識調査全学年に対して,目に見えない自然現象(粒 子,力,音など)を中心に,それらをどのよう に中学生がとらえているのか調査を行った。物 体の運動に関して,物体が動いている方向に常 にカが働いていると考えている子どもがどの学 年にも多くいた。また,学年が上がるにしたが って,正答率が低くなるものもあり,学校で学 習したことや生活経験から得たものが,逆に科 学的概念の形成を阻害しているものもあった。
この調査から,植物の光合成に関して
2
,3
年生が誤った認識をしている子どもが多く見 られたため1
年生全クラス(4
学級)で,単 元 「 葉 の っ く り と は た ら きJ
(光合成と呼吸の 内容)の授業を行った。2 コンフリクトマップを用いた授業実践
( 1) Conflict
を生じさせる自 然 現 象 へ の 認 識 調 査 か ら f植 物 は , 栄 養 分の大部分を土や肥料から得ている」と約60%
の子どもが考えていた。「また,根から吸収し た養分は,デンプンと同じようにたくわえてい る
J
と考えている子どもが約70%
いた。このこ とから,子どもたちが持っている概念と矛盾す る事例として,ファン・ヘノレモントの実験結果 を 示 し て , 疑 問 を 生 じ さ せ た 。 す る と 誤 っ た考え」をしていた子どもの半数に疑問を感じ させることができた。( 2
)科学的概念を裏付ける観察・実験 科学的概念を裏付ける観察・実験を2
つ実施 した。観察した結果は,ワークシート(OPP
シ ート)にまとめていった。( 3
)適切な概念の提示子どもたちは,学校で学習したことと日常生 活で学んだこととをうまく結びつけられていな い。また,授業中に生じた葛藤を解消するため の手立てを持っていない。これらを解決するた めに,適切な概念の提示をパワーポイントを用 いながら子どもたちに示して考えさせた。
(4) OPP (1
枚ポートフォリオ)シート 光合成の授業を通して,自分の学びを確認で きるように,表裏 1枚の用紙でワークシートを 作成した。このシートを貫いている「基本的な 聞い」は[植物は栄養分をどのようにしている のか」ということである。シートの特徴として,授業前後で自分の考えがどのように変容してい ったのか,一目で見直せるようになっている。
3
子どもたちの考え方の変容授業後,植物が栄養分をどのようにしている かについて子どもたちがどのように考えている
のか,記述式で調査を行い,日段階 (O~5) に分
類し,授業前と比較してまとめてみた。すると,
f3
,4
,5 J
段 階 の 正 し い 考 え の 人 が 授 業 前 は26
人だったのが,授業後8 1
人に増加した。また,f2J
の 段 階 だ っ た 子 ど も は 授 業 前48
人だったが 授 業 後 は
0
人 に な っ た 。 ま た , 矛 盾 す る 事 象 を提示したときに,疑問を感じた人の方が疑問 を感じなかった人より正しい考えになった割合 が高かった。ただ,授業後,水や養分を吸って 成長すると答えた子どもが1 0
人いて,プリコン セプションのまま考えを変容させることができ ない子どももいた。第 5章 フィールドワーク Eの取組と結果
1
浮力に関する事前調査FW1
の 調 査 か ら , 力 に つ い て 誤 っ た 考 え を 持 っている子どもが多いことが分かった。そこで,I
年生を対象に,浮力に関する学習前の調査を 行った。すると,ほとんどの子どもが「深さj
「形
J r
材 質 」 に 関 係 す る プ リ コ ン セ プ シ ョ ン を持っていることが明らかになった。2 コンフリクトマップを用いた授業実践
( 1) Conflict
を生じさせる子どもの学習前の浮力に関する調査から,水 に浮かんでいるときは,重力がなくなったり,
重力が小さくなったりすると考えていることが 明らかになった。また,水に浮くものには,浮 力が働いているが,沈むものには浮力が働かな いと考えている子どもも多くいた。そこで,
r
鉄 は沈むものJ
と「船は浮かぶものJ
と子どもた ち は 考 え て い る の でr
鉄 で で き た 船 は ど う し て 浮 い て い る の ?J
という質問をすると,今ま での自分の考えが通用しなくなり,疑問を感じ た子どもが多かった。( 2
)科学的概念を裏付ける実験水 に 入 れ る と 沈 む 鉄 が
r
な ぜ 船 の 材 料 と し て使われて,浮くことができるのかつj
この疑 問を解決していくことで,浮力について正しい 考えを持つことができるだろうと考えた。そこ で,アルミニウム箔を使って,船を作らせて実 験を行った。この実験から,浮力は体積に関係していることに子どもたちは気づいていった。
また,子どもたちが持っている様々なプリコン セプションに対応するために条件を変えて浮力 の大きさを測れるようにしたロ
3
子どもたちの考え方の変容「形J,
r
材質」と浮力の関係については,E
しい認識になった子どもが増えたが,r
深さJ
と浮力の関係については,正しい認識になった 子どもはあまり増えなかった。実験後の振り返 りが少なかったために,水圧と浮力について頭 の中で整理されず,混乱したままの子どもが多 かった。ただ,実験結果について「よく考えた」と答えている子どもは,:IEしい認識になってい る割合が高かった。感想に「考えるようになっ た」という内容が見られるようになってきた。
第
6
章 成 果 と 課 題子どもたちへの事前調査を行うことで,子ど もたちが持っている個々のプリコンセプション を明らかにして,それを基にコンフリクトマッ プを作成して,授業計画を立てることができた。
「驚きJ,
r
疑問J,r
葛 藤 」 を 生 じ さ せ る こ と で,子どもたちは課題を自分のものとして捉え て学習する子どもも現れてきた。課題として,教師が子どもの思考の状態を把 握し,実験や観察,話の内容の引き出しをもっ と増やす必要がある。子どものプリコンセプシ ョ ン ご と に コ ン フ リ ク ト マ ッ プ を 細 か く 作 成 し
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疑 問J r
葛 藤 」 を 繰 り 返 す 学 習 活 動 を 取 り入れながら,振り返りの活動を入れて,子ど もたちの思考を揺さぶることが必要である。〈引用文献〉
Hashweh,机2.(1985)rTow.,.dan ~X酬anationof ccnGeptual ch釦ge.JEur叩eanJcc泊1of Science Education. 8
高垣マユミ"∞.iC文学生はいかにカのプリコンセプノヨンを変容させるか』発遠心理学研究第"巻
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号 担 哲 夫(1998)巾題解決能力を育てる理科捜集のストラ子νーJ明治図書出版;I;;iE遺'"刷)1包 知 b翠場から翠科学首への鍾言J北大路.房
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