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『続猿蓑』歌仙考

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Academic year: 2021

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(1)『続 猿. A. STUDY. OF. 蓑』 歌. 吉. 田. 義. THE. KASEN. IN. 仙. 考. 雄. THE. ANTHOLOGY. 〃ZOKU-SARUMINOり By Yoshio. YOSHIDA. SUMMARY What. did Shik6 make to the anthology of addition =Zoku・sarumi・ di氏cult a no"?-this to be solved more problem than today explicitly been with all the research that have There materials seems to be, obtained・ therefore, no but to inquire into choice line of the persistently every the judgment from anthology and to bring its manner to Bash6 as whether himself bad any concern it or Those not. but with Bash6 which others in the anthology supplemented be eliminated, so must that a genuine style his manner in his later years of his work more and be may sufnciently appreciated. Out in the "Zoku-sarumino", of the five Kasen the author has tried, in this issue・ to sort out what be presumed to be of Bash6,s may by revISlng, means the of analyzing to and scrutinizing the minutest details. anthology In consequence the specific feature of pursuing after of Bash6・s works, namely, natnralness・触ency, in variable dignity wittiness yet and of his manner・ the conclusion be `Isamitatsu-taka, can血ardly that avoided and `Kara-no-]1・ya'were looked over by not Bash6, the three Kasen while `Hakkuken-yanagi', `Shimo-no-shoro'and `Natsu-no-yo・ya, are undoubtedly by himself. went wbat血e through amount. is too. 1. 俳讃七部集最後の集『続猿蓑』にほ支考の手がかなりに加わっていると思われるが,そ れが『別座舗』 『炭俵』と共に,若干の疑問を持たれながらも,芭蕉の晩年の作風を示す 集として尊ばれ扱われて釆たoしかしそれでほ,何時もいささかの不安と予想外の思い違 いとが,芭蕉の芸術に関してつきまとうことになるであろう。それをすっきりさせたい。. 『続猿蓑』を純粋なものに返したい。芭蕉のものと附加されたものとをほっきりさせ,その *国語国文学教室(Dept・. of Japanese. Literature. and. Language).

(2) ll. 『統猿蓑』歌仙考. 上で彼の芸術を考えたい。しかし支考の手がどの様に加っているかを,資料的に現在以上 に分明にすることほ無理であろうoここに私たちは現在の『続猿蓑』の作品の分析に入ら 『統猿蓑』 なければならない。芭蕉らしいものと混入したものとを作品の質から見分けるo の作品を徹底的に調べ,その作品価値を定めなければならないo資料に依る追求は望めな いから,内在的に純粋な『統猿蓑』の姿を作品自身に語らせなければならないo考えてみ れば,これこそ『統猿蓑』を読む究極の目的ではないか。支考の手が加ったかどうか,そ れを問題にするのもつまりはその為の礎石に過ぎないでほないか。. 精細な作品の研免. ここではその中の歌仙について見たいoなおその中でも,かねがね 問題のある巻と心を占めている, 「いさみ立鷹引すゆる嵐かな」の歌仙を詳細に眺めてみ たい。勿論他の四歌仙も詳しく見それから問題を引き起すのが仕事であるから,それもや ぶさかにするつもりはないのだが,当面この歌仙に精密の度を合せて行きたい1'o 2. 『続猿蓑』所収の五歌仙,まず巻頭に「八九問空で雨降る研かな. 芭蕉」の一巻を置く。. この歌仙ほ自筆草稿が伝来乏)して,芭蕉苦心添削の跡が見られるので,有名な一巻であるo 『続猿蓑』所収の方が更に推敵を加えられたと. すなわち紛れもなく芭蕉の作品であるが,. 見えて,草稿よりも一段とすく小れた作品になっているo手を尽くし,洗練し尽くした一巻 で,確かに他の四歌仙より一頭地を抜くできばえであるoこれが巻頭であるのは,まずこ. の一巻で『続猿蓑』の価値を知れ,そういう意識で据えられたものと思われるo連衆は芭 蕉以下,馬見括圃,即ち『続猿蓑』を編む動機を作った括圃たちの四吟歌仙で,顔見世 的な役割もしていると言えよう。 枯圃等の連衆についてほ,杉浦正一郎博士の評釈が精細であり,また『俳譜大辞典』の記載もある が,若干の食い違いもある。今『統猿蓑』の歌仙を詳しく見るには,この連衆への概念も捨て置けな いので,一応整理しておこう。. ・姑圃。服部氏。名は臥栄九郎,能役者で越前家に仕えたが,兄が続いて早世したので,宝生流 十世の家元を,#ぎ,幕府に仕えた○初め俳号雨言,また幾寿斎と号すo野々口立間の外孫ということ (俳讃大辞典)移浦氏は号幾重斎とするo里圃編の『翁草』 で,芭蕉後見のもとで二世立国を名乗るo にほまゆふを愛した事があるから,それに因んだものか。芭蕉には元緑六年十月九日附許六宛書簡 老の名の有共しらで四十から」とあることなどから芭蕉に接 に「保生佐(正しくは左)太夫三吟に 触したのほこの頃からか.後岩城の平に移住し,享保中七十余才で穀したというo. 蔑寿斎は幾重斎と同音と言えるし,平に移ったとすれば,内藤露法の事などが頭に浮ぶQ (芭蕉全集第五巻)享 なお穀年に関してほ,中村俊定氏ほ享保十五年(1730)とされるo 保十五年七十余才であったとすれば,元緑六年は三十五六才から四十才であったろうo 馬寛。杉浦博士は勝峯晋風氏の研究を紹介されている。それによれば,鷺氏,名ほ貞綱,はじめ 1). 「八九問柳」. 「霜の松露」の二巻ほ杉浦正一郎博士の評釈(三省堂版芭蕉講座)がすぐれているo 最近では『芭蕉全集第五巻』に薮璃版で掲. 2)四日市鈴木家伝釆。文化七年最初の模刻出晩 載。.

(3) 12. 青. 田. 義. 雄. 権之丞,のちに仁右ヱ門と称すo鷺流の狂言師で京今出川飛鳥井町の住,江戸下向のときほ八官町に 宿っていた。元緑七年八月二十一日葬,年五十九o大辞典も概ねこれによっているo. しかし葬年ほおかしい.元緑七年ならば芭蕉は伊賀にいた。. 『続猿蓑』の編纂中でもあ り,何かと関係材料がありそうなものであるoまた其角の『枯尾花』に「心澄て頻に凝つ く洞かな」という芭蕉-の追悼句が載っているから,少くとも元疎七年十月下旬までほ生 存しているoそうすると・権之丞,仁右ヱ門ももう一度調べる必要がありそうである。承 ●. ●. ●. ●. 応三年五十九才で死んだ,鷺流の狂言師に権之丞,のちに仁右衛門と称した人がいるから であるo. (近代四座役者目録)o遼,るいほ,権之丞,仁右ヱ門ほ鷺流世襲の名前であったか. も知れない。 里臥江戸の人。号柵松軒o元緑六年芭蕉入門o恩師に報ずるため芭蕉の一周忌の手向草として 『翁草』を編集し九年三月成る(俳誇大辞典)oこれは『翁草』の結団の序文に拠っている。. 巻頭の一巻はこの達衆による四吟,第二の巻ほ馬寛,第三巻は里圃,第四巻ほ姑圃と, それぞれこの連衆のひとりを,順に立句としての三巻o第四の巻は支考,惟然が芭蕉と巻 いた実際は脇起しの歌仙,. (芭蕉の脇は江戸でできていたともいう)。第五巻はその支考惟. 然も加わっての湖南での一巻o. これほ変化を見せ賑かに終ったつもりであろう。こうし てみると,五歌仙は漠然とは並んでおらず,意識的に布置構成されていると思えるのであ る。. 「八九間空で雨降る柳かな. 芭蕉」この歌仙については(杉浦博士の釈にまかせて)軽く触. れて行きたいのであるが,それでもこの歌仙がどうすく、、れているか,附味の妙味はどうで あるか,それを十分押さえておかなければ,. 『続猿蓑』歌仙の本質を捉えるのに,基準を. 失うであろう。表六句の解を試みよう。 八九間空で雨降る柳かな 発句.『花はさくら』. (秋屋撰)に,. 芭蕉 「春興春の雨いと静に降てやがて暗たる頃,近きあたりなる. 柳見に行けるに,春光きよらかなる中にもしたたりいまだおやみなければ」の前書が見える。この. 前書は十分にこの発句の気分なり情景なりを言い尽くしている。春雨の降るとも見えぬ細 かさが,柔かな緑の若芽を伝わる滴の美しさが,ひろごった柳の大きさが,鮮やかに一句 の中に汲みとられるo気品もあり面白くもある佳句である。このおだやかな,大きな包容. 力のある感じのする句に導かれて, 春のからすの畠ほる声. 姑圃 脇句o春雨に濡れている柳の生えているあたりの/%o畑地である。春雨に濡れて土も軟 かいo烏ほその畑をあさる。春のおだやかにしてしかも賑々しい感じ0 ここで注視されていることほ, 『続猿蓑』では作者は姑圃であり,自筆草稿でほ馬見で あるo同一句でありながら,作者名が『続猿蓑』と自筆原稿で異るのほ,この句のみでな く歌仙全体に行き渡っているo自筆でほ芭蕉作ものさえ『続猿蓑』では他人に変っているo 他人名のものが芭蕉作になっていることも同様であるoまた,この句の場合,自筆草稿で は初め「姑」として,消して「見」と直してあり,次の第三でほ逆に「見」を直して「姑」 としてあるoこういう不思議のこと,作者名が変ることについてほ,後に「いさみ立つ鷹」.

(4) 13. 『統猿蓑』歌仙考. の巻で詳しく考えることとしたい。 初荷とる馬子もこのみの羽織きて. 馬蒐. 第三。烏の声を初春の朝のけしきとして,初荷を運ぶ馬子の初春らしく着飾って・荷運 びする改まっての威勢のよさをつけたのである。 内はどさつく晩のふるまい. 里固. 初荷とる馬子もふるまいによばれて来るoどさつく賑やかな晩ふるまいであるo馬子も あらたまって羽織袴でかしこまって来る。 昨日から日和かたまる月の色. 括. 昨日よりどうやら日和も走ったと思えるo安心してよい月の色である。その頃ににぎに ぎしくあわただしい晩ふるまいがある。 ぜんまい枯れて肌寒うなる. 蕉. 日和定まり秋深き感じ。ぜんまいも枯れて肌に冷えびえとした秋寒を感ずるo「ぜんまい の枯れ」に秋冷を感ずるのは排趣味の妙o 以上,表六句,ここに思うことは何のむずかしさもないことであるo一句一句に難解で 困るものは全くない。それはまた'すらすらと移っていって渋滞を感じさせないというこ. とでもある。つけ運びの素直さ自然さであるo次にはまこと面白いということであるo句 句,いきいきとした話題,題材がとりあげられている。すらすらと行きながら句毎に変化 があり,機智まことに楽しいo第四に,とり上げられる人物ほ親しみを感ずる人たちばか りである。私たちの周囲におり,そこに起る様々なことをあたたかく措いている。第五,. だから暗い感じがしない。これらのことが,この表六句を読んだ際の自然の印象であろ う。. 歌仙ほ初折の裏,名残の表と進めば,更に棟智縦横,変化自在の展開を見せ,どこをぬ いても楽しい附合ばかりである.ここをぬ桝ゴ,あそこもぬきたくなる全篇興趣横溢,実 にすぐれた一巻である。. 初折の裏の六句目より, あたまうつなと門の書つき. 姑蕉里. 笹の菓に小路埋ておもしろき. いづく-か後は沙汰なき甥坊主 雅でもあるし,酒脱でもあるし,どこか哀しみもある。 どこをぬいても面白いが,その中でも,これは捨て難い名残裏十二旬日から,. 伴僧はし謂ちゎき 前やうに長刀坂の冬の風. 里 黄. まぶたに星のこぼれかゝれる. 黄. 引立てむりに舞するたをやかさ. 最. 長刀坂の冷たい風の中で見上げた夕空ほ澄み切っていて,. 、まぶたにこぼれかかる様な満 天の星であった。その冷たい美しさが転じて,静御前の面影であろう,貴人の前に無理に 舞わねばならぬ女人の限の,まぶたにたたえられた涙にとりなしてゆくoいかにも美しく,.

(5) 14. 田. 義. 雄. あてやかである。. 全巻息もっかせぬ面白さ,美しさ,そして全体に気品がある。世俗の材を取っていても けして卑しくならないo芭蕉歌仙の一つの特徴ほこの品のよさと言えるであろう。 3 から. 「雀の字や揃ふて渡る鳥の声. 馬乱を発句とする第二歌仙には芭蕉ほ一座していない。 秋の句だから,元緑六年の作品であろう。どの様な句振り,附味か初めの数句を注してみ よう。. 雀の字や揃ふて渡る鳥の声. 馬蒐. 発句。秋(渡る鳥)。小雀,山雀,四十雀,日雀など,雀の名のつく渡り鳥が,賑やかに 声を揃えて鳴きながら渡って行く姿oよく晴れた秋日和を思わせるわけだが,小雀,山雀 等の種類の多さを「雀の字」にひっくるめて,ことばの新しさを見せようとしたのであろ うoが,ただそれにすがっただけで余韻の乏しい面白味の少い句である。こういう句を芭 蕉ほ許したのだろうかo露伴評「一句,少し古風にして賞するに足らず」。. てり菓の岸の面白き月 括圃 脇。秋(てり菓o月)月の句。てり菓は美しく照り輝く紅葉のこと。川岸にある紅葉が 美しく輝いているところに風情ある月がさしのぼるのである。露伴評の通り,「照葉に月を 寄せたのは,珍しいけれど無理であり」発句の「雀の字」と同様にそれだけの響きしか持 たないことばの使用ぶりである。. 立家を買てほいれば秋暮て 里囲 第三。秋o立家ほたちい-。建っている家。住捨ててある家(婆心録)。照菓の岸の風情 あるところに立家があったoそれに心を引かれて引越したのである。秋深き頃のことであ ったo家の風情また暮秋一段の趣が有ったというのであろうか。第三なので,些か人間の 行為を叙して変化を見せたのである.発句,脇に人の・bをゆり動かすものがないので,罪 三も「漸くにその役目を果し終えました」という程度の印象しか与え得ない。 このあたりで,既にこの歌仙のできの悪さが予想されるであろう。 「八九問柳」のあの おおどかで楽しい表六句の移りを思い出す時その違いに驚くであろう。あれが芭蕉であり, これはまた何であろうかoしかし三十六句の変化の問に,どの様な佳句,妙処が出現する かも知れない。もう少し進んで見てみよう。. ふつふつなるをのぞく甘酒. 寛. 四旬日。秋探し。寒い頃の飲みものとして甘酒を煮たのである。それの沸騰して来,泡 立って来るのを,うまそうだとのぞくのであるo前句の立家を買った人の振舞である。秩 寒い家の桝まいを感じさせようというのであるo. 『婆心録』(露伴も)ほ街道の小店,腰掛.

(6) 15. 『統猿蓑』歌仙考. 茶屋などの甘酒売る店の姿としている。立家がその様な目的で買われたものとするo 活. 霜気たる蕪喰ふ子ども五六人げ しも. 五旬日。. 「霜気たる」で冬の句○霜気たるは霜をかむったの意。霜のため身が柔かくな. ってしまっている。田舎のわんぱくたち。おやつに霜気たる蕪を喰っているのであるo 「髪も乱れ垢づきたらむ。寒駅卑購の態なり」(露伴)o甘酒などを煮たてている家,あまり 富んだ家ではない。その厨,炉の傍などに子供が集っているのであるo古住も(露伴も)立 家から茶店を感じ,ここほその茶店の周りに遊んでいる子供たちの姿と取っているo 里圃. 延をしいて外の洗足. 六旬日。雑。子供たちは泥足を洗わされているo田舎の泥んこの子供たち。前句に応じ ているわけである。ここでやるのだよとわざわぎ笹を敷いてやって洗わせるのであるo発 句,脇,第三の格の重さを離れて,漸く自由に想が動き筆が動くのかと思えば,また,宿 躍のない洗練されない句が続く。外から一通り眺めたばかりで,登場人物の心情が少しも 句から浮んで来ない。 馬寛. 悔しさはけふの一基の見そこなひ 初裏一句目。よそからの戻りであるo外に洗足をする。余り格高い人の帰宅ではないo 商人,それも一歩の見損いを悔む程度の商人である。一日の仕事の終って帰宅して,金の 計算の合わないことを悔しがっている図。. 詰荘与んで奉公ぶりする. 姑. 初裏八句目。雑。請状は奉公人の身元引受の証文。それが取り交されて,初めてその家 の奉公人たる身分がきまった。するともう早速いそいそと奉公人ぶった,忠義ぶったふる 「一歩のみそこなひ」から商家-の奉公人の姿をつけ まいをする。けなげな様で陪ない。 たのである。ト歩銀の見損ひを悔しがるのが,早速の奉公ぶり」と露伴は言うoそこま ではどんなものであろう。. ここまでで今は釈の筆を終ろう。人事の句が出たら興趣が挽くかと思ったが,何か理屈 っぽいだけである。憐れさも出ない。. 「八九問柳」の 里. 渋柿もことしは夙に吹れたり. 孫が跡とる最長の借銭. 葺. この何げない様で深く物思わせる附味と較べてみよ。全体に流麗でほないo芭蕉の限を経 ていないと言わざるを得ない。 4. 「いさみ立鷹引すゆる嵐かな. 里圃」の歌仙。これについては全巻詳密な釈を施したいo. その解釈の問に,様々な問題が現れ,解決されて行く。連句では,具体的に,附合のその.

(7) 16. 田. 雄. 義. 場で問題が考究され解決されるのが,最も理解にいいと思うのである。そして最後に,そ こから抽象されるその歌仙の特質を捉むべきであろう。 いさみ立鷹引すゆる嵐かな 里囲 『ことばの露』 (後川編天明六年, 1786刊)にこの句を立句として 発句o冬(磨)0 勇ミ立つ贋引居る威かな. 里圃. 流れの形に枯るゝ水草. 姑閏. 宿ほづれ明店多く戸をさして. 馬蒐. 三味線さげる旅の乞食 芭蕉 と続く歌仙が見える。尤も里圃は発句のみで,実際は括囲,馬寛,芭蕉だけが一座しての 歌仙である。. ところが,これと同じものが,発句を芭蕉作として『続深川』 三年, 1791刊)にも収められてい,この方が正しいとする説もある。. (採英庵二世梅人編寛政 (『芭蕉全集』ほこれを. 底本とする)。ただ発句の句形ほ,. いさみたつ鷹引居る霞哉 と「嵐」が「霞」と変っている。. 翁. これをどう考えるか。 『続深川』集を取れば,芭蕉,括圃,馬寛の三吟歌仙として,形 ほ落ち着く。しかし『ことばの露』が先の出板である。しかも句柄はさして響きも,含み もない味のない句である。激しく降る霞の勢に刺戟されて,飛び立とうとする鷹の姿。い かにも勇壮な句であるoだが芭蕉に近づけて見れば,その生活であろうか,体験であろう かoそれに何の感懐を乗せようというのであろうか。唯でも勇ましい磨,激しく降る霞の 景物,うるさいばかり重なって,出来過ぎたお膳立と悪評もある。実朝の歌「もののふの 矢並つくらふこての上に霞たばしる那須の篠原」なども想い出されて新味にも乏しい。句 は里圃に与えてしまおう。 『金蘭集』に「いさみたつ鷹引居る霞かなという歌仙は杉風が 筆にて,懐昏残りたるを其儀写し出しぬ。続猿蓑には鷹引居るあらしかなと有て里圃が句 也。これは撰集の時に里圃が句になし玉-るならむ」とある。 ひ. と. 自分の句を他人の句にする。これについてほ芭蕉ははなはだ自在の扱い方をしていて, 現代の創作意識からは,はっと思わせられることが屡々である.例えば『去来抄』の 田のへりの豆ったひ行貸かな ふ. の「元トは先師の斧正有し凡兆」の句を,猿蓑撰の時,凡兆が「此句見る処なし,のぞく べし」と主張したのに対して,芭蕉が, 「兆もし捨ば我ひろほん。幸いがの句に似たる有。 其を直し此句となさん」とて,終に万乎の句として,猿蓑に「田の畝の豆ったひ行発かな」 として収載した記事,また 下京や雪つむ上のよるの雨. 凡兆. の句について,. 「此句初二冠なし。先師をはじ軌、ろいろと置侍りて,此冠に極め給ふ.凡兆あトこた へて・いまだ落つかず。先師日「兆,汝手柄に此冠を置べし。若まさる物あらば,我二度.

(8) 17. 『綻猿蓑』歌仙考. 俳詣をいふべからず」ト也。 とある記事など,この句の真の成立は凡兆の力というべきか芭蕉の力というべきかはな紘 だ問題である。また,例えばあの有名な猿蓑の「市中の巻」の ばせを. 草庵に暫く居てはうち破り. 去来. 命嬉しき撰集の沙汰 の附合は,. 「初ほ,和歌の奥儀をしらず侯」と附けたのを,. 「先師日,前を西行・能困の境. 界と見らるはよし,されど直に西行と附むほ手づゝならん。たゞおも影にて附べしと直し」 「和歌の奥儀をしらず候」と「命嬉しき撰集の沙射,表現は全く別物. たとも記してある。. あじわい. である。また持っている味も別物である。つまり完全に芭蕉のものになっているのに,作. 者去来の名を冠らせているのである。 製作者名の大胆な改変は,現にこの『続猿蓑』の巻頭の「八九間柳」の歌仙で見た通り であるo. 誠にひどい変更,作者は自分の作らない句が自分の作になり,自作と思っていたのが他 人作となる。歌仙の出来上ったのを見た時,それをどう受け容れたであろうかo少くとも 「市中」の巻では去来はそれを不思議としないで受け取っている。. 俳句のような短詩型で,それを磨き上げるために字句を添削する,しかも一座を設けて 多勢で鑑賞し批判するとなれば,作品の形ほ大いに修整されることを予想するoそれは現 在の句会歌会でも見るところである。また宗匠たる老,添削指導の能力が無ければ存在価 値を失うので,大いに力添えする。そしてその添削されたものがその作者のものとなるo 自然のなりゆきであるが,それにしても芭蕉の場合は極端であるo創作精神のよさ,それ もその芽のようなものをつか削ぎ,一句を練り上げてそれをその人の作とする。「市中」の. 巻の如きほ,一巻ほ全く芭蕉の息吹のもとに成立していると言うべく,総て芭蕉作,それ 「八九問柳」の作品の場合も,個々の. 故に珠玉のような,洋然とした傑作となっている。. 作者は問題ではない。この歌仙一巻の芸術性が問題なのである。それ程力を入れた一巻だ 「勇み立つ」の句が里圃に譲られたということもあ. ったとも言える。こう考えて来ると, り得るし, 『ことばの露』の方が『統深川』より先の出板であるし,もともと里圃の句と 「霞か して扱ってよいであろう。ただ里圃の句としても実感の乏しいことは同じである。 な」よりも「嵐かな」の方が素直ではあるが。里囲もあるいほ将軍家に仕えて,そのよう な場面に遭遇したのかも知れないが,どうも想像の句の気がする。発句はその場にふさわ しい句を作る,それが約束の筈なのに,その条件にかなっているとも思えない。脇もそう であるoあるいは能のシーソなどからの着想かも知れない。. 露伴は千載集巻六 っる」を引いて,. 藤原仲実の「矢形尾のまくろの鷹を引すゑて宇陀の鳥立を狩くらし. 「引すゆる」ほこれから出たとする。. 冬のまさきの霜ながら飛. 脇句。冬。. ○まさきほにしき木科の常緑潅木。. 姑固 ○霜ながら飛。露伴ほ,新古今集巻六,. 源俊顧,深山落葉とい-る心を,日暮るればあふ人も無しまさき散る峯の嵐の音ばかりし.

(9) 18. 田. 雄. 義. て. の歌を引くo O霜ながら飛。(露伴)霜を帯びたるまゝ飛ぶにて,朝の嵐の-卜吹厳し きさま能く現ほれ,殊に厚く重くして深緑なる菓なれば,霜ながらもまことに利きたり。 発句の鷹狩のシ-ソを更に鮮やかに描き出したのである。霜のまま吹きちぎれるまさき, りんれつ. それはいかにも烈しい嵐である。なお霜で早朝の喪列な時刻を表わしている。発句の緊張 した調子にほよく応じた句である。その限りでほ批、句でないが,発句に共感できない時 くひな. にほその巧みさも空まわりとなる。 る溝川. 「空豆の花さきにけり麦の縁 孤屋 昼の水難のはし 芭蕉」などの『炭俵』の作品に較べると何とその固い事。里囲,姑圃どこか古風. な作家の感じがするo俊療の歌などが着想の困に有ったとしても,詩的な味を何も深くし てくれてはいないo歌にそういうものが有ったかという程度で,忘れてしまっていい。. 大根のそだゝぬ土に節くれて. 芭蕉 第三。冬(大根)。発句を里固に与えて,芭蕉は第三に廻った。ところが芭蕉ほ第三を附 けただけで,後は馬寛,姑圃,里固の三吟になる。三百にも及ぶ芭蕉の百韻,歌仙の中, 芭蕉が第三を附けただけで,姿を消すのほ, 雪の松おれ口みれば尚寒し. 日の出るまへの赤き冬空 下肴を-舟浜に打明て. 『炭俵』所収の 杉風 孤崖 芭蕉. の歌仙だけである。これにほ次いで,子札桃隣!利牛,岱水,野按,括団,石菊,利合, 依ミ,曾良と芭蕉以外に十二人の連衆が巻き続ける.これほ明らかに門弟達が興趣止め難 く一巻を成したもの。多勢であるから芭蕉が一座しなくても巻き続けてそれほそれで価値 があろう。それでもなお四旬日以下芭蕉の限を通したかは一考の余地があるが,しかし名. にし負う『炭俵』所収の歌仙。それに引き代えて,固苦しい調子で始まった「勇み立つ」 の歌仙連衆ほ里圃,姑囲,馬寛の三人だけであるo大分事情が違うようである. 『雪の 松』の歌仙, 『いさみ立贋』の歌仙何れも元緑六年の冬,同じ頃の作品である。この頃何 かのJb境の変化で,こういう第三だけを詠むということをやるようになったというのであ ろうか。. 芭蕉が第三を附け,その時ほそれだけで,後を継いで一巻を満尾した例に, 葉がくれをこけ出て瓜の暑さ哉 野松に蝉のなき立る声. 歩荷持手振の人と哨しして. 去来. 浪化 芭蕉. の元緑七年の歌仙があるが,これには「蕉翁の落柿舎に偶居し給ひけるころたづねまいり ついで. て,主客三句の情をむすび立か-りぬるを,その後,人々まいりける序,終に一巻にみち 侍るとて,去来がもとより送られける」と断り書きがあって,之道,丈畏支考,惟然, 野童,野明と継いで行っている。. 「雪の松」の歌仙の生れ方も蓋しこれと同じことであっ たろう。ただし「菓がくれを」の歌仙には終りから三旬日に,芭蕉も再び顔を出して一句 附けている。. 芭蕉は俳詔を巻桝ぎ必ずその一巻に数箇所その作句を見せる.. アク. (『虚粟』の「飽やことし」.

(10) 19. 『続猿蓑』歌仙考. の歌仙だ桝ま唯一の例外。他に発句だけで恐らく脇起しの歌仙かと思われるものに,貞享 しペ ニ年の「牡丹薬深く這出る蝶の別れ哉」と,貞享二年「笠寺やもらぬ屈も春の雨」の二歌 仙がある。)芭蕉ほいわば自分の作品にそれだけ愛着が有ったのである。そういう作者な のである。それが何故この「勇み立つ鷹」歌仙だ桝こは一句だけという態度を取ったので あろうか。. 句意ほ,山畑の槽地で,大根が節くれだってしか採れないというのであるoまさきの霜 ながら飛ぶような山地,山畑の様でほあるが,ただ自然の景色を添えたのではなく,少し く人間の営みを見せたのである。発句脇の軌、せいか三句のわたり,全体に暗く余韻に乏 しい。. 馬黄. 上下ともに朝茶のむ秋 初表四句目。秋。. 上つ方の人も,下々の者も,みな朝茶を楽しんでいるo秋の澄んだ朝の気分oみな生活 が楽しめる。ふしくれだった大根しかとれない土地でも,生活のやすけさがあるo勿論田 園である。句柄は悪くないのだが,何かきめつけたような調子も感ぜられるo『婆Jb録』は ふしくれた大根を浅漬にして,それを食べながら朝茶をたしなむ姿とするo小林一郎氏の 「霜気たる 「雀の字や」歌仙五旬日, 『七部集連句評釈』同断。もし大根を食べるのなら, 蕪食ふ」と題材が同じになって来る。並んだ二歌仙でそれほ拙いo. ち帯顎に月見の議の集め銭 姑 表五句目。秋(月見)。月の句。 月見の頭ほ聞き慣れない表現,. O月見の頭。月見の世話私露伴は. ○町軌町内限り.. 『一葉集』などで帽」とある方を取るべきかという。. 町内全体の行事で月見の催がある。その費用を世話人が集めて廻るというのであるo町 内月見の催を少しもったいぶってみせて,世話役を月見の頭などと,ゆかしいような格式 ばった呼び方をさせている。上下ともの上の方の人を出したつもりo前句から町内づき合 の一面を,附けたのである。. 荷がちらちらと通る馬次 表六句目。 #.. 里. 0馬次○宿場o馬や人夫を備えておいて旅人の求捌こ応じてつぎたしを. する所。. 月見の講を町全体七やる○そういう近所づき合の行われる町の姿を,′宿場町と描き出し たのである。荷がちらちらと,かなりな賑やかさがあるのは,月見の頃のよい気候のせい であろう。露伴ほ「秋交代の時宜なり」という旧註(秘註七部集)を引いているo 知恩院の替りの噂極りて. 克. 初裏一句目。賂○知恩院。京都市東山区林下町にある浄土宗の総本山o寺領千七百石 の大寺。.

(11) 20. =l二 F). 田. 義. 雄. 知恩院は浄土宗の総本山で・その住職ほ-宗の長老が推される(小林評釈)。その替りの 人事が決定したoそれのための荷が,ちらちらと街道を賑わして通って行くのである。思 いつきの巧みさを賞めるべきであろう。 かへで. さくらの後は楓わかやぐ 初裏二旬日.夏(楓わかやく小). 知恩院のある東山あたりの樹々が,春から初夏に移って行く美しい姿を描き出したので あるoそれほ美しくていいのだが,桜が過ぎて若やいだ楓に変わったとほ,どうしてもそ の言い方ほ,院主が変ったことを,讐険しているのだと解さざるを得ない.余りにも生な 結びつきで,たとえでなく理屈である。このような生な附味ほ芭蕉の好むところでほ全く ない。 まないた. すずき. 姐の鰻に水をかけながし. 里 初裏三旬日o夏(髄)o鰻ほ季は三秋にわたるものであるが,この句ほ洗鱒と見て夏季. (芭蕉全集五巻). 0. 前句の美しい樹々のある見事な庭を持った家での泉糞沢な料理をいさぎょくやるので ある(露伴)oさわやかさが応じているo 料理茶屋を付たり。」. 目利で家ほよい暮しなり 初裏四旬日。維。. 『古集弁』(杜哉) 「四季の眺め絶えぬ庭園と見立. 『小林評釈』同解。. 黄 こつとう. ○目刺。古筆,骨董などの鑑定を業とする者。. 鯉のおごった料理をしているのは,鑑定などでいい収入のある家だというのである。何 か悠々と,してやったという感じの目刺を着想したのがこの句の味噌,手柄である。 状箱を駿河の飛脚請とりて. 姑. 初裏五旬日。雑。 鑑定家の家が繁昌して,諸方からの使が出入りする姿。 まだ七つにはならぬ日の影. 里. 初裏六旬日o雑。. ○七つ。七つ時。午前四時もいうが,ここは午後四時頃. 飛脚が日影を見て,まだ四時にほならないからと,時刻をはかって出発するのである。 草の菓にくぼみの水の澄ちぎり. 克. 初裏七旬日。秋(水澄む) 雨のあがった野路の景。雨は午後四時前にあがり夕日影がやわらかにななめに射す。草 の菓がくれのたまり水が,美しく澄み切ってたたえている。夕立のあとなどを思わせる, 「野の雨のほれて程経ぬさま(露伴)」がうまくとらえられている。.

(12) 21. 『続猿蓑』歌仙考. 姑. 伊駒気づかふ綿とりの雨 初裏八旬日。秋(綿とり)0. ○伊駒。伊駒山は大和河内の国境の山。六四二米。. ○綿とり. の雨。綿とりの弓削こ降る雨。綿とりには雨ほ鬼門とされる。大和,河内あたりほ綿,木綿 の名産地。. 「生駒きづかふ」というような表現から, そ雨はふるとも」. 「君があたり見つつを居らむ伊駒山雲なかくし 『万葉集巻十二』『伊勢物語』『新古今集巻十五』の歌が着想の一つの糸で. あることに直くtl気づこう。雨ほひとまず晴れたのであるが,雨に洗われた畑に綿を収穫す る人たちが多いであろう。まだ雨の残っている気配を感じて,しきりに生駒山にかかる雲 の動きを気づかっている。生駒山に雲がかかれば雨。綿には雨が大敵。労働しながら雨を 気づかっているのが面白いのであるが,古歌のあることが却って重苦しく,また『婆Jb 録』に,其角に「木綿取生駒の山ほ雨の雲」という題材相似た句のあることを指摘し,露 伴はそれについて,「其角の句よりも早く出たるならば,此句手柄なり,後れたるならば其 か. の余光を籍りたるなり」として何れにしても悪くないとしているものの,着想しやすい題 材であることほ間違いなく,面白いと言ってもやがてあきる,そういう句である。 もず. 里. うき旅は鵜とつれ立渡り鳥 初裏九旬日.秩(鵜)。. ○鵜ほ小さいながらも孟禽で,悪鳥であるとして,ここでは悪者. の警愉に用いられているとする。 (岩波文庫七部集), (芭蕉全集第五巻)。 古住みな,貧苦に身を売った田舎娘が,その人買商人と共に,大和より他の土地へ出て 行く姿とする。渡り鳥の飛ぶ空,踏み過ぎる伊駒山路,そのわびしさ悲しさを措いたもの とする。. 確かにそうとれば句意はよく通るが,こういう余韻のないそのものずばりの警愉の使い 方を元禄期の芭蕉が快く使うであろうか。よし使ったとしても全体のこの説明的な句ぶり は捨てて,もっと余韻のある,あわれを出す作り方をしたに違いない。 寛. 有明高う明はつるそら 初裏十句目。秋(有明)。月の句。. 渡り鳥の渡る空の姿,時刻を見せたのである。有明月がたかだかと残っている。そのま ま夜ほ明けきろうとしているo澄み尽くしたスケールの大きな秋の暁天が想われる。これ. について露伴は曲斎の評を引き,「憂き旅を附け洩らしたりと。評語まことに当れり。此句 宜しからぬとにほあらねど,今少し前句と響きあふところ有た」しとする。しかし前句と 響き合せれば,また人買に連れだつ小娘の哀れっぽい姿が坊んで来て,同じ気分に何時ま でも停滞しよう。. 「生駒気づかふ」の句から何やらたどたどしいのに,それほもうたくさ. んである。. 柴舟の花の中よりつつと出て 初裏十一句目。春(花)。花の句。. 姑. ○柴舟。柴を積んだ舟。.

(13) 22. 義. 田. 雄. 前句の秋の暁を春の暁にし変えたのである。柴舟が花の陰からつっと出て,清列な流れ を漕ぎ来る。川ほまず宇治川を思わせる。あるいは大堰川か。 知らねども霞に落つる宇治の柴舟. 寂蓮」。. 「暮れて行く春のみなとほ. (新古今集)それは霞の中に溶けて行く柴舟で. 有ったが,これはすっきりと輪劃も明らかな,ほがらかな春の暁の舟である。 ●. ●. ●. 『婆心録』. ●. 『小林評釈』の明ほつる空待ちかねて,市へ急ぐ姿とするのは,余りにも煩さい。ただ露 伴の「早暁清和」の景である。. 柳の傍へ門をたてけり. 里. 初裏十二旬日。春(柄)。 川岸o桜咲き,花陰よりつっと出る柴舟もある。舟も自由な所,清雅の地。柳の傍に門 を立て風流な別荘を営む。まことに心憎いばかりの風雅さ。. 百姓になりて世間も長閑さよ. 貴. 名残表一句目。春(長閑さ)。 前句一読五柳先生,陶淵明を想い出させる。. 「柴舟」の句と続ける時ほ,風雅の家あや. しいほど懐かしいのだが, 「柳の傍へ門をたてけり」だけ独立して読めば,何をせずとも五 柳先生-と心が滑る。それほその句の弱みであるoそして正直にここでは「百姓になりて」 と五柳先生を描き出す。何と詩のないことであろう。陶淵明官を辞して田舎に移り住む, 『帰去来辞』ほ余りにも有名である。庭に柳を植え,五柳先生と称し,悠々閑雅の生活を 楽しむ。前句から五柳先生を引き出すのほ自然のなりゆき。陶淵明をつけるのが悪いとい うのではない,余りにも曲のないつけ方が頭の回転のにぶさを思わせるのである。三尺の 童子も知っている人物,故事のつけ方。芭蕉の併附ほこんなものではなかった。西行を附 けては,「直に西行と附むは手づつならん」と言った『去来抄』のエピソードを思い出さね ばならない。これを芭蕉の限を経た歌仙とするか,以ての外と言わざるを得ないであろう。 かたさい. ごまめを膳にあらめ片菜. 法. 名残表二旬日。春(ごまめ)。あらめほ夏季である。あらめを主とすれば夏の句となる。 ひしこ. (芭蕉全集)0. すぽし. ○ごまめ。鮭の素干。たづくりともいう。. ○片菜。露伴に依れば,. 「さい」は. もともと「添へ」で,音が近いので漢字の「菜」が当てられるようになったものo片菜ほ 「片添-」である。. 「一句ほごまめにあらめの附合せと云はんが如し」. 「田作を主に荒布を. 従にして盛合せたるを云-るなるべし」とある。主菜の他に添えるもの。 粗末な膳である。官途,栄達等を捨てて,百姓となってのどかに暮している前句の人物 のその気やすい食膳をつけたのである。 旧住みな,他人の訪れに際して,このような有合せのものを供する,気やすさをつけた のだという。. 売物の渋紙づゝみおろし置. 里.

(14) 23. 『統猿蓑』歌仙考. 名残表三旬日。雑。 ごまめにあらめといった粗末な食事を,道中の茶店,一膳飯屋などとして,そこに立寄 って食事する人の様をつけた。行商人らしく荷物は渋紙に包んである。それを片寄せて置 いて箸を取るのである。世を捨てた人物からよく離れて変化した。 けふのあつさはそよりともせぬ. 黄. 名残表四旬日。夏(あつさ)0 荷物をおろして休んだ感じである。暑を避けたとすれば樹陰であろうかo風が全然ないo 真昼時の事か。 機智人を喜ばす程のことほないが,わかりやすく素直についている。だが,「そよりとも (鬼貫)の二句をつい思 「なんとけふの暑さほと石の塵を吹く」 せいで秋立つことかいの」 い出してしまうのである。表現が誰でもよく口に出すことばで,自然に似たのかも知れぬ が,それだけ磨かれていないとも言えるであろう。 描. 砂を這i,t蒜あ中の蕗姦の声 名残表五旬日。夏(蘇)0. ○絡軌きりぎりす。慢庵西馬の『標注七部集』に「結線中古. 『芭蕉全集』に「正しくは絡緯。」 ノ俗字ナリ。絡孫娘(ギス)の転誤カ。」 砂地を這ってしぶとく繁るいばら。そこを吹く微風すらない。全く風が死に絶えているo そのいばらの中に暑さを増す様なきりぎりすの声.実に暑い白昼の草原を見せた.一句の 音調も何となく暑く,いい附けである。 別を人が云出せば泣. 里. 名残表六旬日。恋の句。 前の句のいかにもうっとうしい感じ,特にギスの声。それに応じて,うっ屈した人と人 との関係が出て来た。ギスの鳴いている草原での事としてもいい,それはただ不快を強め るためで,そこでなくてもいい。ただ道端での事と見た方がいいかも知れぬ。二人で道を 歩いていた時別れ話が出たのである。 『婆心録』で否定する『古集弁』の「郊外に別れを惜 しむ女」でよい。. ただ旧注多くほ,前句のギスの鳴く草むらから,墓所を感じ取り回向して立ち去り難い 夫と別れたばかりの妻とみる説がとられている。(露伴はそれを興趣なしと欺いている。)そ れでは「人が言い出す」が余り利かない。現実の別れ話としたい。 克 痘違の火いけて勝手をしづまらせ. 名残表七旬日.冬(拒焼). 夫が遠国に赴任する。そのための別れである。妻は悲しいけれど,つつましくもきりり っと旅の用意など遺漏なくすませたようである。 も帰り果てし後の,夜やうやく更くるところなり」. 「旅立たんとする前夜に鰻別の人々など 「子も猶幼きがあり,召使も-人二人.

(15) 24. あるなるべし」. 雄. 義. 田. (露伴).恒焼の火を始末して,何かと騒がしくあわただしかった勝手元の. 人々を休ませるのである。この後でしみじみと悲しみが出て来るかも知れない。よい女房 ぶりである.前句の男女の情事を主とした別れから一転させたよい附句と言えようo からうす. 一石ふみし碓の米. 名残表八句目。雑。. きね. ○碓。白を地に埋め,足で杵を踏んで,穀物をつく装置のもの。. 農家の夜遅くまでの仕事o冬の夜長の事であるのほ前句から知られる. あひ. 折々ほ突目の起る天気柏. 里 のぎ. わら. 名残表九旬日o乱○突目oたと-ば麦の巴,藁の尖などに限を衝きたるよりの患。(露. わすらひ. 伴)0. 天気具合で,あやまって突いた限が痛み出す。碓を踏む農仕事に応じての附け。稲刈の 時などにあやまって目をついたものであろう。 ぎやう. 仰に加減のちがふ夜寒さ. 馬菟. 名残表十旬日。秋(夜寒)。 折々突目が起るので,体の調子の見当違いの,当惑した感じがある。それでこの句が附 いたのである。勿論天気具合の変化が*・山こ附けられたのだが,予想外に夜寒のはげしさ に,驚きあきれている感じが,突目の当惑に応じているのである。. 月影にことしたばこを吸てみる. 描 名残表十一句目。秋(月影,ことしたばこ)。月の句。. ○ことしたばこ。. (今年とれた新. たばこ)0. 思いがけなく夜寒のきびしい日が早くにやって来た。改ためて秋探しの感にうたれる0 月影を見てもそれが感じられる。それでほこの秋の景物として今年とれた新たばこでも吸 ってみようか。新たばこのすがすがしいうまさに,秋の深さをしみじみと感じさせようと いう仕組み,句作り。 おもひのまゝに早稲で屋根ふく. 里. 名残表十二旬日。秋(早稲)。 ことしたばこを悠々と吸ってみる,余裕ある百姓の姿。たばこも稲も上出来であった。 それで思いのままに早稲の新わらで屋根をふくのである。附きすぎる程よく附いていて,. 却って品格に乏しい。ことしたばこの句が窮屈なのであろうか。 てばらひ. よめ. 手払に娘をやって如のさた. 貴. 名残裏一句目。瓶。 ○手払。手の中のものを全部出し尽すこと。 前句から思いのままに万事新しくなる気配を受けとって,娘は全部それぞれの所に縁づ.

(16) 25. 『統猿蓑』歌仙考 けてしまった。さあこれから一人息子に嫁を取る段取りだという,万事手廻しよく運んで. 行く。これが人々の望む幸せの姿であろう。前句の思うままの新増築は嫁とりの用意でも あった。. 参宮の衆をこちで仕立る 名残裏二句目。春(参宮)。 伊勢参宮のつれをこちらでまとめるの意(芭蕉全集)。娘は皆縁づけあとは息子に嫁取る ばかり,景気のいい家の人の,参宮の世話も引き受けてやるというのである。 つつ. じ. 花のあと鄭偶のかたがおもしろい. 里. 名残裏三旬日。春(鄭燭)o花の句o もう花も終りであるが,替ってつつじの方が桜よりも-しお菜しいであろう。道中を楽 しみにして出かけるべきだという句。前句の伊勢参宮が花時に遅れたのに,その後の道筋 を思ってのつけ。陽気に楽しく出かけようというのである。 この歌仙このあとに花の句がない。これを花の句と扱おうとすると,実は藤燭が主題で ある。それで,越人の『不猫蛇』の「其様成闇愚ゆ-に,蹄燭に正花を持せ,松露を冬に して置文盲也。正花には桜の花と云ても成ねば鄭燭が成ものか,松露が冬あるものか。」と いう批難が現れる。この批難には支考ほ『削かけの返事』で「つゝじを正花となし,松露 を冬季となしたる事はいづれの集に出申候や云々」とそっぼを向くが,越人ほ『猪早大』 に再び,. 「いづれの集といふ迄もなし。貴房の邪意を以つくり出されたる続猿襲の内にありo. 花の鄭偶のかたが面白いと云句なり。凡華といふほいかなる謂と明師の伝をうけずして, 未熟の鼠名のある花を正花に混じてほ,其取まじ-たる花と成て,正華にはならず。是 はたしかなつゝじの花なり。翁の伝授に引合せて,此方にて吟味せしめ侯。なんぞ古翁倣 う ろん. 補の集に,かゝる胡乱の事あるべき」と理を尽くして攻め立てている。この論越人が正当 であり,この句は花とつつじの混成でしかも比重は後者に強い。参宮の句に気の利いた道 中筋の花々の景を展開しようとして,勇み足をしてしまった。排諮の約束を知らなかった のは里固であり,支考ではないのだが,この附方まことに疑問と主張するには十分の材料 であろう。. 寺のひけたる山際の春 名残裏四旬日o春。. 貴. ○寺のひけたる。寺の移った。. 桜の散りすぎたる後につつじの花が夢しく咲いたのを,人々の多く集り見て面白いとも てはやす態である。そこはもと寺のあった所,寺は移ったけれどさすが庭園ほ,次々と咲 く花樹があり,美しい面影を残している。いまほ有難い遊園の地となっているのである。 前句をうまく落ち着かせて,成功している。. 冬よりは少くなりし他の鴨. 括.

(17) 26. 吉. 田. 雄. 義. 名残裏五旬日。春(帰る鴨) 寺ほ山陰に大きな地をかかえていた。そこに来る鴨,冬の中は実に多くいたが,いまほ 陽気がよくなって少ない数になってしまった。北の国-帰って行ったのである。いかにも. 山際の他の様,鳥の来るに任せ去るに任せ,今ほおだやかな春の釆た風情。. 一雨降てあたゝかな風. 盟. 挙句。春(あたゝか。) こうしてだんだん暖かくなって行く。鴨の数もだんだんに少くなって行くであろう。素 直な結び。. 一巻をこう見て釆た後で,この歌仙の価値はどうであろうか。 (-)発句の作者が不審なこと。 (二)芭蕉が第三のみという姿は異例なこと。 に門をたてけり. 百姓になりて世間も長閑さよ,の安易な悌附けのこと.. 頗のかたがおもしろい. (≡)柳の傍. (四)花のあと邸. の榔燭を正花と扱っていること。. これらの事ほ客観的にこの歌仙を芭蕉の作から除くべき事を証拠だてるものと言えよう。 しかしこの歌仙をこう詳密に見て来たのは,僅かなそれだけを収穫とするためではなかっ た。句々の附け方,移り方,一巻のでき方,芸術性,それを見極めて,その面から芭蕉の ものとして,認め得るかどうか。それを知るための作業であった。芭蕉らしさ,それをこ こに「八九間柳」の歌仙に立ち返ってそれと比較して考えるべきであろうoやや不器用な 整理ではあるが,. (-)ごくわかりやすいこと。. (≡)いきいきとした題材に満ちていること。 捉えていること。. (二)すらすらと移って渋滞しないこと。. (四)人事の句も平凡な世俗人の哀歓を巧みに. (五)暗さがなく,特に気品が高いこと。これ等が「八九間柳」で考えて. 見た特質であった.この歌仙がそれ等の特質を備えているだろうかoそれは見て来た通り である。そのどの一つも満足されない,備えてはいない,つまり芭蕉の目を通したものと してほ考えられない。 こうして証明し得たように見えるが,それならばなぜこのこのような歌仙が『続猿蓑』 に収められたのかの問題が起る。支考が入れたとしたらどこからこの歌仙を得たのだろう. か。芭蕉の手は加わらないけれど,入集する予定だったのだろうか。元緑二年間五月廿一 日曾良宛芭蕉書簡の「括際会感心,先-早速相勤倹段珍重満足由御中伝可被下侯。二巻の 苛仙名之事,称b得候由御中可被下侯。追而委可申侯o」の二巻の歌仙ほこれといラ(衣 野清氏)とされるが,その点いかがであろうか。また元締七年九月十七日付此筋千川宛書 簡に「発句も越前家中無是非人々の句あまた加入,集面先前集にをとり申候o」と必ずし も『続猿蓑』の出来に安心していない口調も見せている。姑囲も越前家にゆかりの人で, その線の発言らしいので,ここには発句とあるが,このことばを歌仙に移して考えて,「雀 の字」 「勇み立つ」の歌仙にも芭蕉は限をつぶったと考えられほしないか。しかし芭蕉の 俳讃精神のあり方から,そのような姑息をなるべくはうち消したいし,芭蕉が限をつぶっ て載せたとしても,芭蕉俳詔の醇なるものとして扱う気が起りにくいのである。.

(18) 27. 『統猿蓑』歌仙考. 「勇み立つ鷹」の歌仙が,その芸術性の乏しさから芭蕉の限の通した一巻としてほ疑わ しい。それを証するのに,実ほここで行ったように全巻に渡る細評にほ及ばない,あるい しかし. は第三までで,あるいほ六句,十句ばかりで既に強く感じられて来ることであるo それ等直感は直感であり,人に訴えても説得力に乏しい。その為の思えば止むを得ぬふる 「『一葉集』は六句だけ収めているけれど まいである。阿部正美氏は『芭蕉伝記考説』で, も,全巻にわたって芭蕉の捌きがなかったとは断言できない。」とされ,また細密な注を 特色の一つとしている『芭蕉全集』もこれにつき何も触れないのはさして取りあげるべき 事とほ思われなかったのであろう。それ故にやや煩く全巻を注してみたのである。そもそ. も直感を軽んじてほならない.それが鋭く物事の本質をつかみ,そこから複雑な思索や探 求が発展することも多いのである。 5. 「猿蓑にもれたる霜の松露哉. 括圃」の歌仙は,確実に芭蕉の歌仙である。支考,惟然. が芭蕉と共に括圃の発句に巻継いだ一巻である。支考惟然が芭蕉と一座し得たのは,元緑 七年間五・六月の京,湖南か,九月二日支考が伊勢から伊賀に釆てから後のことである。 発句が冬であるせいもあって,この歌仙もその感じを受けて作られたとして,秋伊賀での 一巻であろうという。九月十日付去来宛書簡に「猿蓑後集,いせより支考参侯を相手二漸 ミ仕立侯」とある仕立侯は,この歌仙などのことを特に頭においてのことでほなかったか とも推測される。書名になる「猿蓑にもれたる」の発句をどう処理するか,それが芭蕉の 重大Bg}b事だったに違いない.伊賀の秋の一日・漸くそれを気に入った夙に巻き終えたと みたい。この句が書名に関するのに巻頭でないのほおかしいとも言われるが,. 「八九間柳」. のすばらしさに一応席を譲って,却ってここに置いて,変化あって面白いとも言えるo括 圃は立国号を継ぐ時にも後見を願って芭蕉の第三を得ている。またこの発句で歌仙を巻か せている。恐らく強い姑圃の所望があったと思われる。何かとかなり強引なところのあっ た人のようである。四十前後の男ざかりが,また能の家元という格式が・そうさせたもので あろうか。歌仙の作風ほ,. 猿蓑にもれたる霜の松露哉. 括圃. 日ほ寒けれど静なる岡. 芭蕉. 水かるゝ他の中より道ありて. 支考. 篠竹まじる柴をいただく. 惟然. 難があがるとやがて暮の月. 蕉. 発句以外は実に自然で,渋滞もなく,確かに蕉風。. 禦が来てにっともせずに物語. 然蕉考. 盆じまひ-荷で直ぎる鮪の魚. 中国よりの状の吉左右. 然. 昼寝の癖をなをしかねけり. の人事の句の面白さは手を相って喜びたい。最後の歌仙と共に詳しく見るのは次の機会に.

(19) 28. 吉. 田. 義. 雄. 譲るけれども,全巻の気品も上々の,芭蕉の一巻である。 「夏の夜や崩れて明し冷し物芭蕉」の歌仙も確かに芭蕉のもの。この歌仙では,芭責の 捌きこそが見物であるoなおこれには支考の「今宵賦」がついており,これが支考の倣慢 な挿入であると,露伴に憤られるものであるが,けして見られない文章ではない。が,辛 はり疑問をひき起すだけの理由はある。即ち『芭蕉翁追善之日記』に,雲津に泊った所の 記載 阻水賦につゝりて阿里-も見せ奉しかとゝの-て猿蓑の後集にや出すへ. _拠前集にほ幻住魔の記あ 程の事にほなと対し侯半とて堅く. きと仰せられしをいかてさ. 竣工室王の人口に胎焚して長明か記に も先後すへきよしさる 辞しやミぬ. とあるo傍線の部は審でミセ消チにしてあるのも曲者だが,. 「匡且水賦」が『幻住魔の記』. にほぼかりありと言うのなら,. 「今宵賦」も同じことでほないか。 『追善之日記』にそれに 触れる位なら,なぜ「今宵賦」が取り入れられたことに言い及ばないのか。そんな事から 「今宵賦」 -の疑が濃くなるのである。 詳察し尽くせなかった巻もあるが,『続猿蓑』の五歌仙,その価値の良し悪しが判然とし たことと思うo即ち芭蕉らしからぬものを捨て去ってこの集の美が,概念が明確になった と思うのである。.

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