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514 B U N S E K I K A G A K U Vol. 59 (2010) Fig. 2 Enlarged photo of the striped part Fig. 1 The striped textile fragment adhered on the sur face of

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報  文

放射光顕微赤外分光分析法による出土繊維文化財の

材質同定及び劣化状態の解析

奥山 誠義

Ⓡ 1

,佐藤 昌憲

2

,赤田 昌倫

3

,森脇 太郎

4 本研究では,遺跡の発掘調査により出土する考古資料の中で埋蔵環境が異なる 3 遺跡(3C~6C.AD)か ちょ ま ら出土した天然繊維(絹,大麻,苧麻)に関する材質分析や,分解・劣化現象について赤外分析法を利用し た遺跡間の比較検討結果を報告する.測定装置は高輝度光科学研究センター(JASRI)の大型放射光施設 SPring-8に設置されているビームライン BL43IR の放射光顕微赤外分析装置を用いた.出土絹繊維について は劣化が進行していることが多いが,その場合,主として絹タンパク質のアミド I とアミド II の吸収領域の パターンにおいて,共通した変化が生じている.この現象は著者らによる既発表の基礎検討結果を裏付けて おり,主としてアミド II を構成する絹フィブロイン分子の 2 次構造成分の変化に基づく現象である.なお, 繊維文化財の埋蔵環境により繊維文化財に金属成分が付着する場合などには赤外スペクトルにその影響がみ られ,スペクトルにわずかな差異が生じる場合がある.一般に植物性繊維(大麻,苧麻など)は絹繊維ほど には劣化せず,植物性繊維に共通する赤外吸収パターンがほぼ残っていることが多い.また,植物性繊維の 基本構成はセルロース分子であるため,赤外スペクトルは品種によらず酷似したスペクトルを示す.通常植 物性繊維の材質を赤外スペクトルだけで同定することは困難なことが多いが,現代の植物性繊維でも品種間 にわずかな差異を示すことがあるため,この点が今後の研究課題である.

1 は じ め に

考古学的に繊維の劣化とは,長期間の埋蔵中に各種の原 因により本来繊維が持つ光沢やしなやかさが消失する現象 近年日本全国では年間約 9500 件前後の発掘調査が行わ を指す.この現象は繊維表面に亀裂や断裂を生じたり,極 れている1).発掘調査では過去に生きた人々の営みを今に 端な場合には粉末状を呈したりし,赤外スペクトルも現代 伝える「遺構」や「遺物」が発見されている.遺物には土 参照品と異なる出土品特有のパターンを示す2) 器・石器をはじめ建築部材などの木製品や青銅鏡や大刀な これまでの出土繊維文化財の材質調査は,主に光学顕微 どの金属製品,繊維製品があり,これら出土した遺物は人 鏡による形状や繊維断面の観察,あるいは赤外分光分析法 類共通の文化遺産として「出土文化財」と呼ばれ,後世へ による測定などが行われてきた.繊維形態を維持している 伝え遺のこす必要がある. ものは断面観察等の顕微鏡による鑑定により材質を特定す 古代の生活で使われていた繊維製品は,通常地下に埋没 ることも可能であるが,出土繊維文化財は見かけ上の形状 すると土中の腐朽菌等の影響を受けてほとんどのものは腐 をとどめていても,実際には劣化が進行し触れるだけでも 朽し消滅するものであるが,例外的に金属製品と接するな 粉々に崩壊し,顕微鏡観察に耐え得ないものも少なくな ど特殊な環境に置かれた場合に繊維状の形態が保たれて出 い.また,木製品や金属製品に比べて出土する例も極めて 土する. 少なく,出土維製品は貴重で資料的な価値も極めて高く, 発掘調査により出土する繊維文化財は,長年に及ぶ地下 研究のために試料採取を繰り返すことは許されない場合も 埋蔵中に様々な要因で著しく劣化しており,見かけこそ繊 多い.なお,本研究では文化財として扱うべき明確な形態 維状態を呈しているものの,現代産の繊維とは材質が変化 を保持し,まとまりのあるものを「資料」とし,そこから している場合が多い. 分析・測定のために採取したものを「試料」と定義する. これまでに著者らは微少量の試料しか得られない出土繊 1奈良県立橿原考古学研究所 : 634-0065 奈良県橿原市畝傍町 1 2 維文化財の材質同定について,主として顕微赤外分光分析 3奈良文化財研究所 : 630-8577 奈良県奈良市二条町 2-9-1 京都工芸繊維大学大学院ベンチャーラボラトリー : 606-8585  法による研究を行ってきた3)4) 京都府京都市左京区松ヶ崎橋上町 赤外分光法は,漆や繊維などの有機質試料の材質調査に 4高輝度光科学研究センター : 679-5198 兵庫県佐用郡佐用町光 都 1-1-1 SPring-8 おいて,これまでにも広く利用されている分析方法であ

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Fig. 1 The striped textile fragment adhered on the

sur face of the bronze mirror excavated from Shimoikeyama tumulus る.天然繊維を構成する高分子物質は,絹や羊毛などの動 たい ま 物性繊維ではタンパク質で,大麻〔クワ科一年草(hemp)〕, ちょ ま 苧麻〔イラクサ科多年草(ramie)〕などの植物性繊維では 炭水化物(糖類)からそれぞれ構成されている.それぞれ の分子内には特徴的な官能基があり,赤外波数領域に特性 吸収帯を有するので赤外スペクトルから繊維材質を特定す ることができる.更に出土天然繊維が分解あるいは劣化し た状態はスペクトル形状の変化(吸収ピークの強度変化と 波数シフト)を解析することにより知ることができる. 著者らは従来から多くの出土天然繊維についてグローバ ー灯を光源とする顕微赤外分光法を用いて研究を継続す る3)4)一方,更に放射光顕微赤外分光法を利用する方法の開 発を進めている.グローバー灯などの黒体輻ふく射光源に比較 して赤外放射光の利点は,1)一般的に光強度,輝度が高い こと,2)近赤外から遠赤外領域まで一つの光源でまかな え,広い波数領域にわたり強度に大きな変化がないこと, 3)直線及び 円偏光度が高く,偏光を利用した測定に有 利であることなどが挙げられる.世界の赤外放射光ビーム ラインでは,高輝度性を活かした顕微分光が最もよく行わ れている5).著者らはこのような赤外放射光の特性に着目 し放射光顕微赤外分光法による出土繊維文化財の材質同定 に関する研究を続け,既に多くの有益な知見2)6)7)を得てい 楕だ る. 本研究における放射光顕微赤外分光分析の実施に当たっ ては兵庫県にある高輝度光科学研究センターの大型放射光 施設 SPring-8 のビームライン BL43IR を利用し,数年にわ

Fig. 2 Enlarged photo of the striped part

たる一般研究課題申請8)9)により行われたものである. 著者らは約 5 年以上前から主として文化財絹繊維の劣化 現象について各種の方法により研究を続けており,赤外ス ペクトルのパターン変化も,主として繊維分子内の二次構 造成分の変化に伴う現象であることを詳細に解析し,既に 多くの成果を得ている.今回の報告は,これらの成果に基 づき 3 世紀から 6 世紀ごろの繊維埋蔵環境が大変異なる 3 か所の遺跡から出土した試料の赤外スペクトルを比較考察 することにより,赤外スペクトルのパターン変化が埋蔵環 境によらず,主として上に述べた長年月間の二次構造成分 の変化による共通した現象であることを示すことを目的と している.

2 資   料

本研究に用いた資料はいずれも奈良県内の下池山古墳, 藤ノ木古墳,赤尾熊ケ谷古墳群から出土した繊維文化財で ある. 下池山古墳は奈良県天理市に所在する 3 世紀後半から 4 世紀初頭の築造と考えられる古墳(前方後方墳)である10) 本研究に用いた繊維文化財は,主体部石室に隣接する「小 石室」内に残存した直径 38 cm の銅鏡に付着した状態で出 土した織物である(Fig. 1).織組織が明瞭に観察できる資 料(Fig. 2)であったが,繊維の劣化が進行し光学顕微鏡や 電子顕微鏡などにより断面観察するための材質鑑定試料を 得ることは困難であった.織物は銅鏡の銅成分の影響を受 けているものと想定されるので本研究の測定試料には組織 に 注 目 し な が ら 各 箇 所 よ り 微 少 量 の 試 料 を 採 取 し た (Fig. 3). 藤ノ木古墳は奈良県生駒郡斑鳩町に所在する 6 世紀後半 の築造と考えられる古墳(円墳)である.発掘当時石棺内 は雨水が貯留したと思われる水に満たされていた.石棺内 は過去数度にわたり古墳に浸透した雨水と土砂の流入・貯

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Fig. 5 Excavated textiles from a group of

Akao-kumagatani tomb group (No.2 mound, No.1 coffin) Leftside photo : red textile ; Rightside photo : white textile. Scale size is 1 mm.

Fig. 3 Enlarged photo of the striped textile fibers

used for measurement

Fig. 4 Example of floated fibers excavated from

Fujinoki tumulus 留と堆積,乾燥が繰り返されたものと推定され,多数の繊 維は水没と浮遊を繰り返し,更に土砂の影響も受けていた ものと考えられる11).発掘に際し繊維製品は石棺内の貯留 水を排水した後回収されたものである.多くの繊維製品は 形態こそ保っているが,そのほとんどが触れると粉末化す る状態であった.本研究に用いた繊維文化財は,石棺の中 に 2 体の被葬者とともに納められた金銅製馬具や刀剣類等 の副葬品に付随する繊維製品や 300 を超える浮遊繊維塊の 一部である(Fig. 4).本研究では石棺内浮遊繊維と石棺内 堆積資料をそれぞれ微小量採取し測定試料とした. 赤尾熊ヶ谷古墳群 2 号墳は奈良県桜井市に所在する古墳 時代前期築造と考えられる古墳である12).本研究に用いた 繊維文化財は,2 号墳 1 号棺から出土した銅鏡に付着して いた赤色平織布と白色平織布の織物 2 種類である(Fig. 5). この繊維製品は出土状況から木棺の上に鏡を包む状態で置 かれていたものと考えられ,木棺の木材と銅鏡の間に挟ま れた状態で出土したことが確認されている.見かけ上はほ とんど劣化しておらず,繊維本来のしなやかさが残るほど の良好な遺存状態であった. 以上のような,三古墳より出土した繊維文化財を測定に 供した.また,繊維の比較試料として家蚕精練絹糸,大麻, 苧麻の現代参照品を測定した.

3 実 験 方 法

赤外スペクトル測定には SPring-8 の赤外物性ビームライ ン BL43IR を利用した.SPring-8/BL43IR について国内外 の赤外放射光ビームラインと比較すると以下のような特徴 がある.蓄積リングの蓄積電流は 100 mA であり,ほかの 放射光施設に比べると低い.また蓄積リングからの放射光 取出し角は水平 36.5 mrad,垂直 12.5 mrad と狭く,結果 的に赤外光強度はそれほど高くない.実際,通常の実験室 光源であるグローバー灯と比べても,BL43IR の赤外光強 度はオーダーではなく,ファクターが高い程度である.し かし単位面積・単位立体角当たりの赤外光強度(輝度)を 考えた場合には状況が一変する.BL43IR の赤外放射光は, 39.3 mという大きな軌道半径をもつ偏向電磁石からの発光 であるために輝度が非常に高い.上で触れた低い蓄積電流 も,実は電子ビームの安定性とエミッタンスの低さに貢献 し,ひいては赤外放射光の高輝度性を保つことにプラスに 働いている.この高輝度の優位性を実際の測定という視点 から言い換えると,10 μm 前後の微小な試料領域に集光し た場合,その領域の光強度はグローバー灯に比べて二桁程 度高い.このような特徴を最大限に生かすために,赤外顕 微鏡による微小領域,又は微小試料の分光測定に重点を置 いている.また,BL43IR の赤外放射光は,原理的に電子 軌道平面と水平方向に高い偏光成分を持っている.直線偏 光度は 100% ではないが,赤外顕微鏡で軌道水平方向と対 応するように偏光子を固定して,試料をある角度に置いて 測定すると,容易に高輝度直線偏光による試料の偏光依存 性を調べることができる.

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Fig. 6 Measured part of reference modern ramie

fiber

Central highlighted point is an analyzed part

Fig. 7 IR spectra of modern fibers familiar in

archae-ological textiles

a : ramie ; b : hemp ; c : silk

測定に際し繊維試料は,実体顕微鏡下で微小な試料片を 観察しながら適切な繊維部分を採取し,ダイアモンドセル (住友電工ハードメタル Diamond Express)の 2 枚のダイア モンドの窓板に一度挟み,赤外光が透過する程度の薄い試 料としたのち再び分解し,試料が付着した方の窓板を赤外 顕微鏡の回転試料ステージに載せた.SPring-8/BL43IR の 赤外放射光は,光路途中に何らアパーチャーを挿入しなく ても 10 μm に集光することが可能であり,測定試料面積は 通常 f 10 μm である.KRS-5 基板を用いたワイヤーグリッ ド型偏光子(Specac IGP225)を光路に挿入し,偏光方向に 対して繊維軸方向が平行になるように試料を配置した.ス ペクトル測定は透過法で行い,光検出は MCT(HgCdTe) 検出器〔EG&G Judson MCT(J15D24-M204-S02M-60 : 広

Table 1 Peak assignment of modern reference silk2)

Wavenumber/cm-1 Assignment 3290 N-H stretching

2983 C-H stretching 2934 C-H stretching 1649 Amide I, C=O stretching

1520 Amide II, N-H bending, C-N stretching 1454 CH3-N, CH3-C bending

1393 CH3-N, CH3-C bending

1234 Amide III, N-H bending, C-N stretching 1171 CH3-N, CH3-C bending

1050 CH3-N, CH3-C bending

Table 2 Peak assignment of modern reference hemp13)14)

Wavenumber/cm-1 Assignment 3415 H-bonded OH stretching 2892 C-H stretching

1424 δ CH2 Scissoring

1372 CH bending (deformation stretching) 1160 Asym. Bridge C-O-C

1110 Asym. Bridge C-O-C 1066 Asym. In-plane ring stretching

(C-OH)2°alcohol 1034 C-O stretching

897 Asym. out-of-phase ring stretching, C1-O-C4 ;

β-glucosidic bond

帯域型),素子サイズ 2 ×2 mm2,KRS-5 窓〕を用いた.蓄

積リングから赤外顕微鏡まで,光輸送用の各種光学ミラー のほかに,超高真空下の蓄積リングと低真空にあるフーリ エ変換赤外干渉計(FT-IR : Bruker IFS120HR)の間にダイ アモンド窓,FT-IR と乾燥空気雰囲気にある赤外顕微鏡の 間に KRS-5 窓を用いた.FT-IR のビームスプリッターは Ge 蒸着 KBr を用いた.スペクトル測定条件のうち,波数分解 は 4 cm-1又は 8 cm-1,積算回数は 320 回又は 640 回,測 定波数領域は 4000~400 cm-1又は~700 cm-1とした.

4 結果と考察

出土繊維文化財の材質を検討する上で参考とするため, はじめに放射光顕微赤外分光法により現代参照品繊維を種 類ごとに測定した(Fig. 6).その赤外スペクトルを Fig. 7 に示す.植物性繊維の麻類(a,b)と動物性繊維の絹(c) では赤外スペクトルが大きく異なることが分かる(Fig. 7). Table 1~3 に繊維現代参照品の赤外スペクトルの各ピー クの帰属を示す2)13)14).植物性繊維では 1430~1260 cm-1

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Table 3 Peak assignment of modern reference ramie13)14)

Wavenumber/cm-1 Assignment 3432 H-bonded OH stretching 2904 C-H stretching

1428 δ CH2 Scissoring

1372 CH bending (deformation stretching) 1160 Asym. Bridge C-O-C

1108 Asym. Bridge C-O-C 1064 Asym. In-plane ring stretching

(C-OH)2°alcohol 1035 C-O stretching

897 Asym. out-of-phase ring stretching, C1-O-C4 ;

β-glucosidic bond

Fig. 8 IR spectra of the striped textile adhered on the

bronze mirror excavated from Shimoikeyama tumulus a : a part of central brown stripe ; b : modern silk

と 1160~897 cm-1付近にみられる複数のピークが存在す るが動物性繊維の絹ではアミド I,II が強い吸収を示し大 きく異なっている.これらの領域が両者の識別の基本とな る. 4・1 下池山古墳出土繊維文化財 縞 しま 織物中央の茶色縞部分を測定した結果を Fig. 8 に示 す.Fig. 8 中の(a)は下池山古墳試料(縞織物中央の茶色 縞部分),(b)は現代参照品の家蚕精練絹糸である.3300 cm-1に吸収を持つ鋭いピークは N-H 伸縮に帰属されるピ ークである.現代参照品と比較して出土試料スペクトルの 低波数側ではアミド I(1648 cm-1),アミド II(1520 cm-1 のピーク間の境界がほとんどなく,ピーク全体が 1634 cm-1のピークトップとそれに続くショルダーとからなっ ている.この現象は出土絹繊維に共通して生じており,著 者らのこれまでの研究により詳細な解析がなされてい

Fig. 9 IR spectra of the striped textile adhered on the

bronze mirror excavated from Shimoikeyama tumulus a : a part of central brown stripe fibers woven at both side of green stripe ; b : modern ramie ; c : modern hemp る6).Fig. 8(a)では,強度は小さいが 2930 cm-1と 2850 cm-1のピーク(メチレン基の対称伸縮振動及び逆対称伸 縮振動に帰属するピーク)が確認できる.これは Fig. 8(b) の現代参照品の家蚕精練絹糸でも確認できるピークであ る.また,1449 cm-1と 1399 cm-1は CH 3-N 変角に帰属 されるピークである.1100~1000 cm-1の波数領域では 1083 cm-1と 1028 cm-1をピークトップとする幅広いピー クが存在する.スペクトルパターンの類似性と繊維組織観 察からこの縞織物中央の茶色縞部分は絹繊維であると考え られる. 縞織物縁色縞両脇の茶色縞より得た試料の測定結果を

Fig. 9に示す.Fig. 9 の(a)は下池山古墳試料(縁色縞両脇

の茶色縞),(b)は現代参照品の苧麻,(c)は現代参照品の 大麻の赤外スペクトルである.スペクトルパターンから家 蚕精練絹糸とは明らかに異なっており,植物性繊維と一致 する点が多く確認できた.1160 cm-1(C-C ring),1060 cm-1〔(C-OH)2 級アルコール〕13)といった植物性繊維に 特徴的なピークが確認できた.このことから下池山古墳試 料にも大麻や苧麻等の植物性繊維の一種が使用されていた 可能性が示唆された.一方,1715 cm-1には現代参照品の 大麻・苧麻にみられないピークが存在する.このピークは カルボキシル基の C=O 伸縮振動に帰属するピークである. 本研究における参照試料では確認されていないが,既往の 研究15)16)では大麻と苧麻にもこのピークが出現する例がみ られることから,このピークは下池山古墳試料に特異なも のではない.これらのことから,当試料は植物性繊維であ ることはほぼ確かであるが,大麻や苧麻以外の植物性繊維 を使用した可能性もある.

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Fig. 10 IR spectra of textiles fibers excavated from

Fujinoki tumulus

a : Floated fibers on the water (sample No.1); b : Floated fibers on the water (sample No.2); c : depos-ited fibers at the bottom of the stone coffin ; d : mod-ern silk

Fig. 11 IR spectra of textiles excavated from a group

of Akao-Kumagatani tomb group (No.2 mound, No.1 coffin)

a : white warp ; b : white weft ; c : red warp ; d : red weft ; e : modern ramie ; f : modern hemp

4・2 藤ノ木古墳出土繊維文化財 藤ノ木古墳出土繊維文化財を測定した結果を Fig. 10 に 示す.Fig. 10 の(a)は藤ノ木古墳の浮遊繊維(1)(b)は 浮遊繊維(2),(c)は石棺内底部に堆積した繊維片 , ,(d) は現代参照品の家蚕精練絹糸である. (a)の浮遊繊維(1)の赤外スペクトルは,4・1 における 下池山古墳出土縞織物中央の茶色縞部分とほぼ同様なスペ クトルを示しており,絹繊維製品の一部であると考えられ る.下池山古墳と藤ノ木古墳では埋葬形態や埋蔵期間・埋 蔵環境等が全く異なる試料であるにもかかわらず,赤外ス ペクトルのパターンがほぼ一致しており,絹製品の劣化・ 変質過程を解明する上で貴重な結果である. 浮遊繊維(2)は,浮遊繊維(1)とよく似たスペクトル を示しており,浮遊繊維(1)と同様に絹繊維製品の一部で あると考えられるが,浮遊繊維(1)と異なる点は 1525 cm-1にアミド II(1520 cm-1)がわずかに残っており,浮 遊繊維(1)よりも遺存状態が良好であると考えられる.こ の結果から,正常な絹繊維の長年月間にわたる埋蔵環境中 での劣化・変質過程は,浮遊繊維(2)の状態の変化過程を 経て更に劣化が進行すると浮遊繊維(1)の状態へ至るも のと考えられる.つまり,アミド II の分解がアミド I に先 行して生じ,アミド II のピークが小さくなり徐々にアミド Iと一体化していくことを示しており,これまでの研究成 果17)を裏付けるものである. 石棺底部に堆積した繊維片の赤外スペクトルは,家蚕精 練絹糸にみられるアミド I(1648 cm-1),アミド II(1520 cm-1)がピークとしての境界がなく,1644 cm-1のピーク から帰属不明な 1590 cm-1のピークがショルダーと化し続 いていることと,1042 cm-1(CH 3-N)のピーク強度が顕 著に大きくなっていることが特徴である.また,2925 cm-1 (C-H stretching)に隣接して 2850 cm-1にも帰属不明なピ ークが出現している.帰属不明なピークについては今後更 に検討が必要であるが,上記の検討結果からこの資料も絹 繊維製品であると考えられる. 藤ノ木古墳出土の絹繊維文化財については,過去の幾度 にもわたる浸水や堆積・乾燥の過程を経ており,同じ絹繊 維についても少しずつ周囲からの影響に相違点があるの で,得られる赤外スペクトルが全く一様なパターンではな いことが確認できた.これらは劣化・変質過程の違いを示 す根拠の一つと考えられるため,繊維文化財の劣化・変質 過程を考えていく上で重要な点である. 4・3 赤尾熊ヶ谷古墳群 2 号墳 1 号棺出土繊維文化財 測定結果を Fig. 11 に示す.赤外スペクトル全体を見ると 苧麻あるいは大麻とほぼ類似したスペクトルを示している ことが分かり,いずれの繊維も植物性繊維であると考えら れる.出土繊維試料では 1063~1000 cm-1の領域で現代参 照品に比べてピークの変化がみられる.(a)白色緯糸は, 現代参照品植物性繊維で 1060 cm-1と 1035 cm-1に現れる ピークの強度が変化している.1060 cm-1付近のピークは (C-OH)2 級アルコールに,1035 cm-1付近のピークは C-O stretchingにそれぞれ帰属されることが知られている.(b) 白色経糸は現代参照品植物性繊維と大きな違いはなく,遺 存状態が良好な試料であることが確認できた.(c)赤色緯 糸は 1060 cm-1より低波数側で他のスペクトルと大きく異 なっており,現代参照品にみられる 1060 cm-1と 1035 cm-1の両ピークが消失し,新たに 1044 cm-1のピークが 生じている.1060 cm-1と 1035 cm-1の両ピークは(a)白

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色緯糸でもピーク強度が変化しており,繊維に変化をもた らす何らかの原因により変化した可能性が考えられる.赤 色繊維には鉄系赤色顔料が塗布されていたことから,顔料 による影響も考えられるが,現時点では赤外スペクトルの 変化の原因は定かではない.(d)赤色緯糸は現代参照品の 植物性繊維と大きな変化がみられず,極めて遺存状態が良 好な試料であることが確認できた. この古墳群出土の繊維文化財では,同一条件下で長期間 埋蔵されてきた試料でありながら,赤外スペクトルに小さ い相違点がいくつか生じており,藤ノ木古墳出土の繊維文 化財と同様に劣化・変質過程を考えていく上で重要な検討 課題が示されている.

5 結   言

出土繊維文化財のように採取可能な試料量が非常に限ら れる場合は,他の機器分析法による分析は困難な場合が多 い.顕微赤外分光法では少量の試料からおおよその材質と 変化した現状を把握することが可能である. 本研究により出土状況の環境が異なる繊維文化財につい て,放射光顕微赤外分光法を応用し測定を行ったが,埋蔵 環境が繊維に与える影響について更に検討すべき点のある ことが確認できた.つまり,動物性繊維である絹は埋蔵環 境中の共存する金属成分などの影響により,劣化が著しく 進行する可能性があることを本研究が示唆している.その 一方で,植物性繊維については動物性繊維に比べて比較的 安定していることが確認できた.しかしながら,植物性繊 維,動物性繊維のいずれにおいても劣化・変質過程が完全 に解明されているとは言い難く,引き続き研究が必要であ る. 放射光顕微赤外分光法により,繊維の極微小部分の測定 が可能になり成果が得られたことは,従来分析が困難とさ れてきた微細繊維片についても十分な調査研究が行えるよ うになったことを示している.本研究により,出土繊維文 化財という貴重な資料であり試料採取量が厳しく制限され た試料の材質分析に対し放射光顕微赤外分光法が有効な手 法であることを実証することができた.今後は埋蔵環境が 各繊維に与える影響を調査しながら,繊維同定の確度を高 める研究を継続する予定である. 謝   辞 本研究を遂行するに当たり桜井市教育委員会橋本輝彦氏 には調査資料に関するご協力・ご助言をいただいた.ま た,本研究における放射光顕微赤外分光分析については高 輝度光科学研究センター(JASRI)池本夕佳博士にご指導・ ご助言を賜った.ここに記して感謝の意を表する. 本研究の一部は財団法人由良大和古代文化研究協会(平 成 20~21 年度)の研究助成の成果である. 文   献 1) 文 化 庁 監 修 :“月 刊 文 化 財”,No. 548, p. 41-46, (2009), (第一法規). 2) 赤田昌倫,佐藤昌憲,奥山誠義,今津節生 : Jounal of Textile Engineering, 55 (5), 155, (2009).

3) M. Sato, Y. Sasaki, :“Scientific analysis of ancient and

historic textiles”, p. 64, (2005), (University of South-ampton). 4) 佐藤昌憲 :“絹文化財の世界─伝統文化・技術と保 存科学─”,第 3 章,第 4 節,“顕微赤外分光法─出 土絹繊維の科学─”,奈良文化財研究所編,p. 145, (2005), (角川学芸出版). 5) 西岡利勝,寺前紀夫編著 :“実用分光法シリーズ顕 微赤外分光法”,p. 329, (2003), (アイピーシー). 6) M. Akada, M. Sato, M. Okuyama : SEN’I GAKKAISHI,

65 (10), 262 (2009).

7) 赤田 昌 倫, 佐 藤 昌 憲, 奥 山 誠 義 : Jounal of Textile

Engineering, 55 (6), 171, (2009).

8) M. Okuyama : JASRI (SPring-8) (BL43IR), (2006-2009) Applied Subject Number : 2006A1765, 2007A1306, 2007B1364, 2008A1442, 2009A1301. 9) M. Sato : JASRI (SPring-8) (BL43IR), (2005-2008)

Applied Subject Number : 2005B0500, 2006A1030, 2007A1045, 2007B1174, 2008A1249. 10) 奈良県立橿原考古学研究所編 :“橿原考古学研究所 研究成果第 9 冊下池山古墳の研究”,(2008),(奈良 県立橿原考古学研究所). 11) 奈良県立橿原考古学研究所編 :“斑鳩藤ノ木古墳第 二次・三次調査報告書”,(1993). 12) 桜井市文化財協会編 :“桜井市内埋蔵文化財 2002 年度発掘調査報告書 5 赤尾熊ヶ谷古墳群─鳥見山北 麓における古墳群の調査─”,(2008),(桜井市文化 財協会・桜井市立埋蔵文化財センター).

13) P. Garside, P. Wyeth : Applied spectroscopy, 61 (5), 523, (2007).

14) C. Chung, M. Lee, E. K. Choe : Carbohydrate Polymers,

58, 417, (2004).

15) S. N. Pandey : Textile Research Journal, 59 (4), 226, (1989).

16) J. Dorado, G. Almendros, J. A. Field, R. Sierra-Alvarez : Enzyme and Microbal Technology, 28, 550, (2001).

17) 赤田昌倫,佐藤昌憲,奥山誠義 : 日本文化財科学会

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Identification of Excavated Archaeological Textile Fibers and

Analysis of Their Degraded States

by Synchrotron Radiation FT-IR Microspectroscopy

1 2 4

Masayoshi O

kuyama

, Masanori S

ato

, Masanori A

kada3

and Taro M

oriwaki

1

Archaeological Institute of Kashihara, Nara Prefecture, 1, Unebi-cho, Kashihara-shi, Nara 634-0065

2

Nara National Research Institute for Cultural Properties, 2-9-1, Nijyo-cho, Nara-shi, Nara 630-8577

3

Division of Advanced Fibro-Science, Graduate School of Science and Technology, Kyoto Institute of

Technology, Japan, Hashikami-cho, Matsugasaki, Sakyo-ku, Kyoto-shi, Kyoto 606-8585

4

Japan Synchrotron Radiation Research Institute, 1-1-1, SPring-8, Kouto, Sayo-cho, Sayo-gun, Hyogo 679-5198

(Received 10 December 2009, Accepted 26 March 2010)

Excavated natural fibers (silk, hemp and ramie) found at three tumuli (3C-6C A.D.) in Nara

prefecture were investigated by using synchrotron radiation FT-IR microscopy at JASRI

(SPring-8), beamline BL43IR. While three tumuli were kept in different long-term preservative

environments, comparative studies on excavated fibers were performed for the identification of

textile fibers, and for investigating the degraded state of respective fibers. Silk fibers are usually

heavily degraded, and hence amide I and amide II peak patterns show different appearances

compared with that of modern reference silk fibers. These phenomena are in accordance with

the present author’s analysis published separately. In short, the change in the spectral pattern

is mainly due to transformation of the second structure components of the amide II peak during

long–term preservation in various environments. Besides, the spectra pattern sometimes shows

a small variation in the co-presence of metallic objects in tumulus. Plant fibers, such as hemp

or ramie, are not severely degraded compared with silk fibers, and they usually show common

spectra with plant fibers of a modern reference material. Since the plant fibers are in principle

composed of cellulose molecules, exact identifications of materials are rather difficult by only the

infrared spectrum. In summary, it was shown that excavated textile fibers sometimes show the

small variation in the spectral pattern according to a difference in the preserved environment.

Keywords :

synchrotron radiation ; FT-IR micro-spectroscopy ; excavated natural fibers ; textile

fibers ; degraded state.

Fig. 2  Enlarged photo of the striped part
Fig. 3  Enlarged  photo  of  the  striped  textile  fibers  used for measurement
Fig. 7  IR spectra of modern fibers familiar in archae- archae-ological textiles
Fig. 9  IR spectra of the striped textile adhered on the  bronze mirror excavated from Shimoikeyama tumulus  a :  a part of central brown stripe fibers woven at both  side of green stripe ; b :  modern ramie ; c :  modern  hemp る 6) .Fig
+2

参照

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