ISBN978-4-907033-01-9 C0426 ¥800E
郡山市
商業都市・郡山の持つさまざまな魅力。
古くからの郷土芸能や、美しい風景に光を当てる。
三春町
城下町の風情が残る三春の街を歩く。
春だけではない、三春の魅力を探っていく。
郡山市
01
03 郡山市街地の風景
06 郡山市郊外の風景
郡山市街地
08 安積国造神社 秋季例大祭
13 安積疏水 その歴史と功績
湖南町
23 湖南の名所・旧跡など
29 猪苗代湖の風景
30 風景 10 選
33 舘の早乙女踊り
34 会津万歳の魅力
熱海町
37 熱海の名所・旧跡など
43 楊枝峠を歩く
47 高玉金山
三穂田町
52 三穂田の風景
54 唐傘行灯花火
56 安積守屋甚句
58 高籏鉱山の歴史
中田町
60 桜の景
62 中田の風景
65 柳橋歌舞伎
67 柳橋 菅布禰神社秋季例大祭
70 海老根伝統手漉和紙
72 木目沢の三匹獅子
田村町
75 田村町の史跡と風景を巡る
西田町
84 西田の風景
86 雪村庵
88 高柴デコ屋敷 大黒屋
三春町
92
93 ぶらり歴史散策
102 三春大神宮 秋季例大祭
105 陶芸家 渡辺安里さん
108 伝統技術 水引細工
110 三角油揚を味わう
112 自転車で行く さくら湖の風景
CONTENTS
※歴史的記述について
歴史事実、歴史認識に対しては諸説あるものがご
ざいますが、本書では取材対象者による認識を最
優先とさせていただいております。史実に関する
論争は、弊社の望むところではございません。
※写真のモザイク処理について
本書ではプライバシーに配慮し、写真に取材対象
者以外の一般の方が写り込んだ場合、顔にモザイ
クをかけさせていただいております。
三春町 春田大橋
郡山市
三春町
郡山
市
は
福
島
県
中
通
り
の
ほ
ぼ
中
央
に
位
置
す
る
県
を
代
表
す
る
商
業
都
市
だ。
東
西
南
北
に
鉄
道や主要幹線道路、高速道路などが交差しており、交
通の要衝として機能している。県内の経済や工業、物
流等の中心的役割を担うと共に、様々な文化がもたら
され、発展を遂げてきた。
ビルが立ち並ぶ郡山駅前や幹線道路沿いは、県内外
の人々が行き交う往来の激しい地域だ。商業施設や事
業所が集中している一方で、裏手には閑静な住宅街が
広がる。開成山公園に代表されるような大小様々な公
園の整備もなされており、
「市民憩いの場」と言える、
緑豊かな場所も数多く存在する。
大都市ではあるが、風景もまた美しい。市内中心部
には南北に
阿 あ
武 ぶ
隈 くま
川が流れ、
北部には奥羽山脈の秀峰
・
安 あ
達 だ
太 た
良 ら
山 やま
、西部には
磐 ばん
梯 だい
山 さん
の雄姿を湖面に映し出す
猪 い
苗 なわ
代 しろ
湖、東部には阿武隈山系の山々を望む。猪苗代
湖畔の湖南町から阿武隈高地に抱かれた中田町・田村
町まで広い市域を有しており、市街地から三十分も車
で走れば、豊かな自然に囲まれる。郊外の町には歴史
に裏付けられた様々な文化が根付いており、史跡や古
くから続く郷土芸能も数多い。
今回の誌面では、郡山市街地はもちろん、西から東
まで、各地の文化や歴史、民俗芸能などを紹介してい
く。二〇一一年は東日本大震災、原発事故により、郡
山市は様々な被害を受けた。
思うように進まない除染、
拭い去れない風評被害など、課題も山積されている。
このような中だからこそ、郡山がもともと持ってい
る資源、そこに暮らす人々の想いなどを伝えていくこ
とにより、この市の魅力をもう一度考えるきっかけと
したい。きっと都市と自然が一体となった、自律的な
姿が見えてくるはずである。
郡
こ お り
山
や ま
市
福島県を代表する商業都市でありながら、
美しい風景に囲まれた郡山。
数多く残る郷土芸能や、その土地の文化を知ることで、
大都市の姿とは違った、さまざまな魅力が見えてくる。
取材ご協力:郡山市商工観光部観光物産課、湖南公民館、熱海公民館、中田公民館、三穂田公民館、田村公民館、
西田公民館
お問い合わせは、観光物産課、または編集部まで。郡山市商工観光部観光物産課:TEL 024-924-2621
開成山公園
古くから交通の要衝である郡山市は、現在も福島県内の交通の中心と言える。
東北新幹線は、やまびこ、つばさ、なすのが停車する。東京〜郡山は最も速い
列車で 80 分程度。
在来線は南北に走る東北本線、いわきへ向かう磐越東線、会津方面へ向かう磐
越西線、常陸大子を経て水戸に至る水郡線が通っている。
公共交通では、高速バスも充実している。いわき〜郡山〜会津若松をはじめ、
新宿や仙台、新潟へ向かう便、福島空港へ向かう便などがある。
車でのアクセスの場合、東北自動車道の郡山南 IC、郡山 IC、磐越自動車道の
郡山東 IC、磐梯熱海 IC などを利用する。目的地に応じて使い分けたい。なお、
国道 4 号、49 号など幹線道路も充実している。特に 4 号は市街地の渋滞緩和
のため、バイパス線が設けられており、高規格の道路となっている。
郡山市街地の冬場は晴れが多い天候であるが、降雪もするため、冬期の来訪に
はスタッドレスタイヤ、またはチェーンが必要。
郡山市街地の風景
郡山市街地は、いたるところから山
を望むことができる。特に冬場は、
青空に雪をかぶった山々が映える。
4号バイパスから見る安達太良連峰
は、都市と自然が融合した、郡山を
象徴する風景だ。
安達太良連峰の山々
並木付近から。11 月の下旬、遠くの山々がうっすら
冠雪する。
開
かい
成
せい
山
ざん
公園、開成山大神宮
市役所の南に位置する市民憩いの公園。桜の
名所として知られ、春には多くの人がお花見
に訪れる。内部には総合運動場があり、野球
場や陸上競技場などを擁する。時にはプロ野
球がやってくることも。
公園の西側には「東北のお伊勢さま」として
知られる開成山大神宮がある。明治9年に創
建、安あ さ か積開拓民の心の拠り所として、伊勢神
宮の分霊が祀られている。
上:開成山公園。東側はスポーツ施設、西側が公園になっている。 下:開成山大神宮。
郡山市文学資料館と、郡山市久く米め正雄記念館があるこの
場所は、開成山公園の東に位置する。開成山の昔の呼び
名である「放れ森」から名付けられた。資料館では、久
米正雄や宮本百合子といった、郡山と関わりの深い作家
の資料を常設展示。企画展なども行われる。久米正雄記
念館は、氏が鎌倉で終の棲家とした家を、2000 年にこ
の場所へ移築してきたもの。白壁の瀟洒な佇まいである。
なお、園内は庭園になっており、句碑などを見ながら、
ちょっとした散策もできる。
こおりやま文学の森
上:郡山市久米正雄記念館 下:郡山市文学資料館
市街地
市街地
市街地
都市公園
市街地には多くの都市公園が整備されている。安積開拓
の歴史もあり、池や水場が多く、それらを中心に景観が
形成されている場所が多い。
麓は山やま公園は、中央図書館や裁判所などが立ち並ぶ一帯に
ある。文ぶん政せい7 年 (1824 年 ) に当時の郡山村が宿場町と
して昇格した記念に造られた。園内には麓山の滝があり、
国登録有形文化財となっている。これは安積疏そ水すいの工事
完成を祝って、明治 15 年 (1882 年 ) に造られたもので
ある。滝見台も整備され、訪れる人を楽しませている。
国道 49 号沿いの山崎にある五ごひゃく百渕ぶち公園は、桜の名所
として知られている場所だ。ここは江戸時代には名な倉ぐら池
と言われ、小こ原はら田だ地区の用水池として利用された。昭和
12 年に風ふう致ち地区に、昭和 38 年には都市公園に指定さ
れた。現在は野鳥の楽園として、バードウォッチングを
楽しむことができる。朝夕には、多くの人がジョギング
などに訪れている。
この他、市街地には小規模な公園が数多く存在し、地域
の人達の憩いの場となっている。香か久ぐ池いけ一丁目にある香
久池公園は、元は灌かん漑がい用地として利用されていた場所。
付近は高級住宅街になっている。現在は整備がなされ、
ここも桜の名所として知られている。
市街地
写真上から、
① 麓山公園内、麓山の滝。
② 名残雪の五百渕公園。桜は例年 4 月中旬に満開となる。この年は、
4 月下旬に降雪した稀な年であった。
③ 桜の五百渕公園。
④ 香久池公園。初冬の風景。
五百渕公園の南を流れる、安積疏水の分水路。桜小学校
の裏から、大おお槻つき町の 4 号バイパス付近までの範囲を指す。
水質の汚濁を食い止めようと、行政や地元の人達が様々
な生物が住めるよう環境づくりを行った。現在は遊歩道
が整備され、都会の中の、ちょっとした癒しのスポット
である。
春は桜、夏は様々な生物の宝庫となり、秋には紅葉を楽
しむことができる。是非歩いて散策してみてほしい。
南川渓谷
上下:桜小学校裏から西へ向かう。内環状線の下をくぐる
手前付近で撮影。
阿武隈川の風景
郡山駅の東側には阿武隈川が流れており、随
所で綺麗な風景が見られる。
安
やす
原
はら
町からは、西に市のランドマークである
ビッグアイが見え、少し高い場所へ行けばビ
ル街を一望できる。
北部の阿あ久く津つは、曲がりネギの産地として知
られる場所だ。この辺りまで行くと、川辺の
景色もより開けてくる。
この他にも田村町内、西田町内など見所に事
欠かない。そちらは各特集ページで取り上げ
ることとする。
田村町特集ページヘ
西田町特集ページヘ
市街地
市街地など
上:安原町 下:阿久津より。
蛇
じゃ
骨
こつ
地蔵堂
日和田町
不思議な伝承が残る日ひ和わ田だの地蔵堂。
その昔、日和田の城主、浅あさ香か左さ衛えもんの門じょう尉忠ただ繁しげに「あやめ」
という娘がいた。家来に安積玄げん蕃ば時とき里さとという乱暴者が
いて、あやめを妻にしたいと思ったが許されず、怒っ
た時里はあやめを館から追い出し、他の者を殺してし
まった。
あやめは館の近くの沼に身を投げ、大蛇に化身してこ
の地を荒らした。困った人々は人身供養として、村の
娘を毎年 1 人ずつ差し出した。33 人目の娘の身代わ
りに差し出されることとなったのが、松浦長者が長は谷せ
観音に祈ってもうけた子、佐さ世よ姫ひめである。佐世姫は大
蛇の前でお経を唱え、大蛇は蛇の骨を残して消え去っ
た。その蛇骨を彫って地蔵尊を作り祀ると、日和田の
村には平穏が訪れたと言われている。
現在もお堂にはその地蔵尊が、裏手には人身供養で犠
牲になった娘などを祀った観音が、33 体ある。
上:地蔵堂 下:33 体の観音
藤田川・安
あ
積
さか
山
やま
公園
日和田町
桜の名所の多い郡山だが、日和田町を流れ
る藤田川は隠れた名所の一つ。旧国道 ( 県道
355 号 ) で日和田の商店街に差し掛かる南手
前の陸橋を上がる。小さな川べりで、満開の
花々が迎えてくれる。
松尾芭蕉が訪れたと言われる安積山公園も、
同町内で桜の名所の一つである。旧国道の松
並木を抜けた先にある公園で、小高い丘に位
置する。桜以外にツツジの名所としても知ら
れている。
上:藤田川 下:安積山公園
いずれも 2009 年 4 月 13 日撮影。市街地近辺では、例
郡山市郊外の風景
浄土松公園
逢瀬町
西部の逢おう瀬せ町は山の麓で自然が豊かな地域だ。
浄
じょう
土ど松まつ山は奇岩が突出していることで知られており、
特に「きのこ岩」は珍しい。これは断層によって地層
が分断されたことにより、風化に対する抵抗差が生ま
れ、長い年月の中で形成されたものである。白の凝灰
岩と松のコントラストも美しく、「陸の松島」とも呼
ばれる。
一帯は公園の散策路となっており、駐車場から徒歩
20 分程度。なお、東日本大震災で一部が崩れるなど
の影響を受けた。
逢瀬町内は冬の風景が特徴的である。郡山では冬の初
めや終りに、よく風花が舞う。これは会津方面から雪
雲、あるいは雪が風で飛ばされ、晴れているのに雪が
舞う現象だ。逢瀬町は会津との境である山の麓に位置
し、そのような気候の特色が顕著だ。
上:浄土松公園のきのこ岩。震災の影響により、
一部が崩れてしまった。
下:逢瀬町で 11 月下旬撮影。雪が舞った後に虹
が出た。この日、会津は雪、中通りは晴れであった。
白鳥飛来地
富久山町
阿武隈川には白鳥の飛来地が多い。富ふ久く山やま町の
堂
どう
坂
ざか
も、その一つである。例年 11 月の上旬頃
から徐々にやってきて越冬する。シーズン期間
中だけ、県道 73 号二本松金かな屋や線から土手へ下
りていくゲートが開かれる。このような飛来地
は、他に安積町の阿武隈川沿いなどにもある。
周辺は稲刈り後、どことなく物寂しい雰囲気と
なるが、白鳥の姿は季節の情緒を感じさせ、風
景に華を添えてくれる。
堂坂の白鳥飛来地。車で近くまで下りて
いけるが、くれぐれも驚かさないように
注意したい。
秋季例大祭最終日は神輿還御が行われる。
普段たくさんの車で溢れる駅前大通りも通行止めとなり、この日ばかりはお
祭り一色になる。大都市の中にも地域に根付いた文化があり、ここで暮らす
人々の繋がりがあることを再確認させられる日だ。
「ワッショイ! ワッショイ!」と威勢よく通り過ぎていく神輿は、町の灯
の中で美しく輝く。秋の涼しい空気がお祭り特有の熱気に染められていく。
郡山市街地
安積国造神社
住所:〒 963-8005 郡山市清水台 1-6-23
電話:024 ‐ 932 ‐ 1145
ホームページ http://www.asakakunituko.jp/
特集の秋季例大祭は、9 月 27 〜 29 日の三日間実施。
郡山総鎮守
安
あ
さ
か
積
国
く
に
造
つ
こ
神社
秋季例大祭
郡
山
駅
か
ら
駅
前
大
通
り
を
進
む
と、
緑
の
木
々
に
囲
ま
れ
た
一
角
が
見
え
て
く
る。
郡
山
総
鎮
守である
安
あ
さ
か
積
国
くにつこ
造
神社だ。国道四号、さくら通
りに面した市街地の中心部に位置し、古くから
安積、
郡山の歴史と共に歩んできた神社である。
創
建
は
第
十
三
代
成
せい
務
む
天
皇
の
御
代
( 一
三
五
年
) と
か
な
り
古
い。
勅
命
に
よ
り
比
ひ
と
ね
の
み
こ
と
止
禰
命
が
阿
あさかのくにのみやつこ
尺
国
造
に
命
じ
ら
れ、
安
あ
芸
き
国
か
ら
こ
の
地
に
赴
き、
未
開
の
荒
野
を
開
い
た。
そ
の
際
に
赤
あか
木
ぎ
山
( 現
在
の
赤
木
町
) に
阿
尺
国
の
神
と
し
て
穀
神・
和
わ
く
む
す
び
の
か
み
久産巣日神
、祖神・
天
あめのゆつひこのみこと
湯津彦命
を祀ったのが
神社の起源である。後の
安
あん
康
こう
天皇の時代に比止
禰命が
合
ごう
祀
し
されて
国
くに
造
つこ
神社と号された。
そ
の
後、
延
えん
暦
りゃく
年
中
に
坂
さかの
上
うえの
田
た
村
むら
麻
ま
呂
ろ
東
征
の
際に
誉
ほむだわけのみこと
田別命
が国造神社に奉祀され、
天
てん
和
な
三年
( 一
六
八
三
年
) 現
在
の
清
水
台
の
地
へ
奉
遷
さ
れ
る。
また、中世の領主・安積伊東氏の城内に鎮座さ
れ
て
い
た
倉
うかのみたまのみこと
稲
魂
命
も
同
年
に
清
水
台
へ
奉
遷。
明
治
五
年
( 一
八
七
二
年
) に
は
赤
木
山
に
鎮
座
さ
れ
て
いた国造神社も清水台へと移り、三社を総称し
て安積国造神社と呼ばれるようになった。
国
くにのみやつこ
造
が置かれることは、地方にとっては新
たな歴史の始まりだと言える。この神社はその
時代から連綿と続いており、まさに郡山の歴史
歴史と共に歩んできた
古代から続く総鎮守
緑生い茂る季節の拝殿。
神様が鎮まり坐す御本殿。
安積国造神社起源の地、赤木。現在の赤木神社と大
ケヤキ。
御神楽殿。お祭りの際には神楽が奉
納される場所。
と共に今日まで歩んできたのだ。
■
文化の中心地だからこそ形作られた
華やかな祭り
古
代
に
お
い
て
阿
尺
国
( 注
1
) と
は
旧
安
積、安達、田村の三郡の広い領域であっ
た。近年田村町で
大
おお
安
やす
場
ば
古墳が整備され
たが、郡山市街におよそ百二十、
大
おお
槻
つき
町
には百六十程の古墳があったと言われて
い
る。
古
代
か
ら
そ
れ
だ
け
大
き
な
勢
力
が
あったということだ。郡山という名前も
古
く、
こ
の
場
所
に
郡
ぐん
衙
が
( 注
2
) が
置
か
れ
ていたことに由来する。
神輿還御。祭りが一番盛り上がる時だ。
還御の神輿は国道4号側から神社の石段を駆
け上がる。多くの見物人が詰めかけ、カメラ
を構える。
明治時代の
安
あ
さ
か
積
疏
そ
水
すい
の開拓は地域の発
展に大きく寄与したが、郡山という場所
はそれ以前、古代からずっと地域の中心
であり続けた。江戸時代、二本松藩領の
頃には奥州街道の宿場町として郡山宿が
あり、三つの代官所、安積郡内全村の米
蔵が置かれ、物流や行政面で藩における
重要な拠点となった。街道筋で交通の要
衝であったことから、商業も大きく発展
した。
町の発展は文化の発展につながる。郡
山でも学問や文芸が発展していき、お祭
りもそうした文化的土壌の中で華やかに
執り行われるようになった。それは都市
文化がある程度成熟し、人々に余裕がな
ければできないことである。
現在安積国造神社では元旦から一年を
通して様々な祭礼が行われているが、地
域を代表するお祭りとして古くから根付
いてきたのが秋季例大祭である。祭り自
体は人々の祈りのあらわれであり、すな
わち神社が始まったときから存在してい
たと言える。だが、神輿や山車が出るよ
うな華やかな形になったのは、やはり郡
山が発展した江戸時代からである。
三
年
( 一
七
三
八
年
) か
ら
は
山
車
祭
り
明
めい
和
わ
二
年
( 一
七
六
五
年
) か
ら
は
神
輿
が行われるようになった。
■
地域の人達が結束する
一年に一回の行事
現在の秋季例大祭は九月二十七日から
二十九日の三日間行われる。
初日は式典、
直
なおらい
会
の後、神輿が西ノ内や
方
ほうはっちょう
八町
、
など少し離れた場所を中心に回る。
二十八日は山車祭り。子供が中心の行
事で、山車が出てそこで各町会の子供達