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ER 9 INSEAD ER No.9 October

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Academic year: 2021

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(1)

ER

富士通総研経済研究所

経済・経営・技術読本

9

October 2018

メタナショナル経営論

グローバル化を問い直す視座

(2)

『ER』第9号は、「メタナショナル経営論」と題し、グローバル化や、 企業の在り方について、さまざまな識者の知を集めました。以下に、 そのエッセンスをご紹介いたします。 競争優位を確立するには何が重要か――。世界市場の異質性に注 目し「メタナショナル経営」という概念を生み出したINSEADソルベイ 寄付講座教授のイブ・ドーズ氏には、同僚でシニア・リサーチャーの キーリー・ウィルソン氏とともに、知識の複雑性に注目しつつ、企業 がグローバルな規模でイノベーションを成功に導く理論をご紹介いた だきました。 『武士道』が出版されて100年目の記念となる年にその現代語訳に 挑んだ大阪市立大学名誉教授の佐藤全弘氏に、グローバル化した現 代において新渡戸稲造の思想がどのような意味をもたらすのか、お聞 きしました。ダイバーシティやインクルージョンの重要性は、新渡戸 にとって言をまちません。未来へ生きる人々に「人類の魂の通有」を 示しています。 フランス人でありながら弓道に精通し、禅にも造詣が深いゴディバ ジャパン社長のジェローム・シュシャン氏は、著書『ターゲット』(高 橋書店)の中で日本的精神とビジネスの関連性について語っています。 いわく「(的は)当てるのではなく、当たる」。このメタナショナル経 営の求道者は、日本での売上げを倍増させましたが、その背景には、 縁や愛、喜びや尊敬を大切にし、「正射必中」(正しく射られた矢は必 ず的に当たる)の姿勢がありました。 西陣に300年以上も続く細尾は、「京都の老舗企業」というカテゴ リーを超えて世界標準でビジネスを展開するグローバル企業です。代 表取締役社長を務める細尾真生氏は、西陣における優位性を分析し、 世界中とのコラボレーションを通じて細部にまでこだわったイノベー ションを実現しています。その挑戦について語っていただきました。 『静かなる大恐慌』『グローバリズムその先の悲劇に備えよ』(とも に集英社新書)を上梓している京都大学大学院准教授の柴山桂太氏 は、グローバル化とは特殊条件と幸運が重なって生まれた例外的な 状況であると分析し、「その次」に向けた覚悟が必要であると警告し ます。グローバル化の弱点や死角が一読で理解できます。 国境を超える取引には政治的関係性の悪化などのリスクが内在して おり、一国に頼らない市場戦略が重要である――。こう指摘するの は、みずほ総合研究所の主任エコノミストである宮嶋貴之氏です。化 粧品という分野における訪日観光客の消費行動の調査・分析結果を 引きながら、ビジネスリーダーが傾聴すべき知見を披露されています。 日本アイ・ビー・エムのコラボレーション・エナジャイザーである八 木橋昌也氏に、デンマークにおける幸福感の根底にある信頼や対等 な価値について、インタビュー等ご自身の実践を通じて得た知見をご 披露いただきました。幸福感は必ずしも一元的ではなく、複合的な 社会デザインがカギであると説きます。 富士通グループの研究員も、日頃の研究活動の成果を披露しており ます。合わせてご笑読いただければ幸甚です。 所長就任を機に経済研究所設立の趣旨を紐解いてみると、極めて 示唆に富んだ富士通のコアバリューや改めて肝に銘じるべきことがた くさんあることを実感しております。海図なき時代に突入した現在こ そ、日本のみならず世界の未来に向けて「かくあるべし」と気概を 持って問題の提起、政策の提言に臨んでいこうと考えております。「誰 もやらないなら富士通がやろう」。この先輩たちの心意気を忘れるこ となく、ものづくり企業の経済研究所ならばこそ、既存のシンクタン クとは異なる発信や提言ができると自負しております。1996年、山 本卓眞富士通会長(当時)はこう述べています。「最も重要な経済情報 は情報システムのなかにある」。まさに至言であり、今こそ噛み締め、 さらなる進化に邁進していく所存です。 2018年10月 株式会社富士通総研 取締役執行役員専務 経済研究所長

長堀 泉

経済研究所長ごあいさつ

(3)

P03

経済研究所長ごあいさつ

長堀 泉 株式会社富士通総研 取締役執行役員専務 経済研究所長

P06-11

グローバル・イノベーションのトレードオフを克服する

国際企業はコロケーションの支障なく

創造的複雑性を維持する方法を見つけるべき

イブ・ドーズ INSEAD ソルベイ寄付講座教授 キーリー・ウィルソン INSEAD シニア・リサーチャー

P12-15

なぜ今『武士道』なのか

世界の多様性、共通性、普遍性

佐藤 全弘   大阪市立大学名誉教授

P16-19

ターゲット

日本的精神に学んだ成功の法則

ジェローム・シュシャン  ゴディバジャパン株式会社 代表取締役社長

P20-23

伝統産業をクリエイティブ産業へ

More than Textile

細尾 真生  株式会社細尾 代表取締役社長

P24-27

グローバル化が長続きしない理由

次のショックに備えよ

2018

10

1

日発行号 目次

株式会社富士通総研 経済研究所 

(4)

P30-31

デンマーク流幸福中心デザイン

複業家が見たヒュゲの国の生きかたと働きかた

八木橋 昌也 日本アイ・ビー・エム株式会社 コラボレーション・エナジャイザー

P32-33

欧州での共創プロジェクトを成功に導いた四つの鍵

中田 恒夫 株式会社富士通研究所 人工知能研究所 シニア・プロフェッショナル

P34-35

EdTech

が変える「学び」の価値

教育分野ではじまるブロックチェーンの活用

志賀 真保子 株式会社富士通総研 コンサルティング本部 クロスインダストリーグループ シニアコンサルタント 湯川 喬介 株式会社富士通総研 コンサルティング本部 クロスインダストリーグループ シニアマネジングコンサルタント 中谷 仁久 株式会社富士通総研 コンサルティング本部 クロスインダストリーグループ グループ長

P36-37

反グローバリゼーション感情は

テクノロジー企業への警鐘だ

マルティン・シュルツ  株式会社富士通総研 経済研究所 上席主任研究員 

P38-39

グローバルな視点で米中貿易紛争を読む

グローバリゼーションで生じた矛盾を

いかに調和させていくのか

?

金 堅敏 株式会社富士通総研 経済研究所 主席研究員

P40

ER

バックナンバー

P41

編集後記

浜屋 敏 株式会社富士通総研 経済研究所 研究主幹

(5)

多くの企業が、そのグローバル・イノベーション戦略を、重要な ケイパビリティを持つ人々や決定的な知識を持った人々を集めるケ イパビリティに頼っている。これは、数ヵ所のイノベーション・セン ターやリード・マーケットにデザイナーやエンジニア、専門家、クリ エーターらを集めるコロケーション(colocation)1で行われるのが 普通である。そして、そこで創造された新製品やサービスが、世界 中のマーケットに展開されるのである。 しかし、グローバル・イノベーションに必要な知識の幅がより大 きくなり、世界中に分散するようになるにつれ、コロケーションは もはや十分ではない。リーディング・イノベーターはますます、たく さんの異なる地域から知識やケイパビリティを組み合わせることで 競争優位を追い求めるようになっている。 エシロール社2の事例を考えてみよう。エシロール社は高品質の 複眼レンズの世界的リーディング・カンパニーである。レンズはドイ ツで設計するが、レンズブランクはピッツバーグ・プレート・ガラス 社との共同で、アメリカで高透過ポリマーから製造する。さらにはニ コン社と提携して、日本でマイクロ・コーティングを施す。エシロー ル社は、最先端の製品を創造、開発、製造する最高のケイパビリティ を世界中から調達しているのである。 だが、現代の新しい製品やサービスに必要な、複雑かつ分散した 知識にアクセスするイノベーション戦略の国際化に成功している企 業はほんのわずかである。むしろ、企業は世界のあちこちから技術 や顧客、デザインに関する貴重な知識を創造し統合するよりも、ルー チン業務の鞘を取ったりコスト削減のために国際的なネットワーク を用いたりしている。 なぜ、これほど多くの企業がグローバル・イノベーションの機会 を活用することに失敗しているのだろうか。我々の研究は、イノベー ションの機会を制約する複雑性と分散性のトレードオフが一般的に 受け入れられているからだということを示唆している。このトレード オフは図表1の反比例曲線に示す。 イブ・ドーズ氏は、

INSEAD

国際ビジネススクールにて技術イノベーションを専門として教鞭をとるソルベイ寄付講座 教授である。キーリー・ウィルソン氏は、

INSEAD

のシニア・リサーチャーであり、イノベーションを専門としている。本

論は、未訳である

Managing Global Innovation: Frameworks for Integrating Capabilities Around the World

(2012,

Harvard Business Press)

の一部である。

キーリー・ウィルソン

 INSEAD シニア・リサーチャー

Wilson, Keeley Senior Researcher, INSEAD

イブ・ドーズ

 INSEAD ソルベイ寄付講座教授

Doz, Yves L. Solvay Chaired Professor of Technological Innovation, INSEAD

グローバル・イノベーションのトレードオフを克服する

国際企業はコロケーションの支障なく

(6)

形式的で成文化され、モジュラー的な知識が分散的グローバル・ イノベーションにうまく適合することを多くの経営者は認識してい る。このような経営者は、複雑な知識を単純化し、成文化すること によって、その価値を失わせることなく地域を越えてイノベーション を統合するので、曲線の右端に向かう。これによって、企業は国を またぐ顧客に向けたグローバル・デリバリー・モデルを築く。 このもう一つの例は、ネットベースのソフトウェア開発分析会社 のトップコーダー社3である。これは、高度に成文化された知識に よって、すべてのソフトウェア開発を、比較的細かいモジュラーに 分割することができている。そして、モジュールごとのオープン・イ ノベーションと入札プロセスによるグローバルなソフトウェア開発 コミュニティの活用で、世界中の幅広い顧客にサービスを提供して

国際企業はコロケーションの支障なく

創造的複雑性を維持する方法を見つけるべき

図表1:複雑性と分散性のトレードオフをブレークスルーする 注:イノベーション戦略のためのこれら2つのアプローチは、複雑性とグローバル分散の間の伝統的なトレー ドオフ関係(下に凸の曲線)と、分散知識へのアクセスと統合を通じたグローバル・イノベーションを下支え する代替(上に凸の曲線)を示している。

出 典:イブ・ド ーズ、キ ーリー・ウィルソンManaging Global Innovation: Frameworks for Integrating Capabilities Around the World (2012, Harvard Business Press)

(7)

いる。 たとえ知識が形式的でなくとも、複雑な知識を単純化・成文化す ることによって分散イノベーションを達成する企業はある。それに よって、知識は地域を越えて価値を失うことなくイノベーションが統 合できる(曲線の左上から右下への移動)。 しかし、知識の単純化は常にうまく行くとは限らない。知識の成 文化(暗黙 知をより形式的に)によって、知識の豊かさや即時性、 独創性が削がれ、その価値が損なわれたり消滅したりする傾向があ るのだ。多くの産業において、イノベーションにとって重要な知識 がより集合的で暗黙的かつ複雑、地域に根差したものになっており、 成文化の試みに対して大きな課題を生んでいる。企業は複雑な知 識にアクセスし統合しようと、異なるアプローチを採ることになる だろう。このような企業は、曲線の左へと移動し、知識源の一元的 コロケーションへと向かう。 例えば、香水業界は非常に保守的な産業で、そのブランド・シェ アは数十年にわたってコンスタントと言ってよい。日本の化粧品グ ループ、資生堂は20年間にわたって、グローバル・ラグジュアリー・ ブランドの構築を試みてきたが、いずれも失敗に終わっていた。資 生堂はこのセグメントにおいて、デザインや包装、マーケティング の微妙なニュアンスを学ぶために、フランスにマーケティング・ス タッフやデザイナーを求めたが、製造は日本国内を出ることはなかっ たのである。つまり、ブルゴーニュと東京の間に定期的なコミュニ ケーション・チャネルを構築する必要性については認識できなかっ たということだ。 当初、資生堂は香水を開発、製造、マーケティング、パッケージ するのに必要となる複雑な知識の大部分がフランス、つまり、世 界をリードする香水市場かつケイパビリティの集積地に由来してい るということが認識できなかった。フランス事業自体は成功してい たものの、それがグローバル・イノベーション・ケイパビリティに価 値をもたらすことはなかった。フランスのマーケティングやブラン ディング、製造、包装に関する冒険的な取り組みから得られる知識は、 フランスから動かなかったのである。 結局、資生堂は、重要な知識にアクセスするためは曲線の左上へ と移動しなければならないことに気づき、フランスにおける香水事 業を独立事業として立ち上げた。日本人研究開発スタッフを数名フ ランスに送り込み、新しい香りの開発と市場適応に必要な、幅広く 複雑な知識に直接触れさせ、ハイエンド香水ビジネスにコロケー ションさせたのである。この取り組みは奏功した。現在、資生堂は ジャン=ポール・ゴルチエやイッセイ・ミヤケ、ZENなど、成功して いるグローバル香水ブランドを保有するようになっている。 だが、これらのアプローチは、世界中に散らばる人々の暗黙知を 自由にやりとりして製品やサービスを生み出すという理想には及ば ない。要するに、企業が成文化とコロケーションのトレードオフに 囚われている限り、グローバル・イノベーションから価値や競争優 位を創造するチャンスは制限されるということである。 幸運にも、我々の過去数年におよぶ50社以上の国際企業を対象 にした研究では、企業はこの複雑性−分散性のトレードオフに囚わ れ続ける必要はないことが示された。図表1の上に凸の曲線にある ように、イノベーション・リーダーは曲線を反転することができるの である。この転換はイノベーションの3つの側面を最適化すること

グローバル・イノベーションのトレードオフを克服する

国際企業はコロケーションの支障なく創造的複雑性を維持する方法を見つけるべき

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で達成可能だ。 •イノベーション・フットプリント  独自で差別化された知識に携わる人々のイノベーション・ネット ワークにおいて、物理的な現場の数を制限すること。ネットワーク の中によりたくさんの現場が加わると、管理コストやコミュニケー ション、調整コストが大きくなり、限界費用が上昇する。現場がも たらすイノベーションに対する追加的価値は、重複や冗長性のため に目減りするおそれがある。イノベーション・フットプリントにおけ る最適な現場の数は、「必要最低限」である。実証的には、我々が 観察したプロジェクトの場合、成功しているのは約4つの現場が関 わっていた。 最適なイノベーション・フットプリントはまたアジャイルかつ柔軟 で、市場やプロセス、技術の新しい知識源を発見しアクセスするの に役立ち、また、障害となる要因の排除を容易にするほどでなけれ ばならない。このようなコンパクトにまとまった物理的フットプリン トを補い活用するために、企業は次のような短期的アプローチを採 用することができるだろう。特定のナレッジ・ギャップを埋めるため にオープン・ソースの仲介業者を雇うこと、地理的により分散したパー トナーとコラボレーションをすること、潜在的な関心がある知識源 に対して探索活動を行うことなどである。 •コミュニケーションと感じ取る力  通常のコロケーションの下では、複雑な知識を組み合わせること はさほど難しくはない。これは、文脈や規範、言語を共有し、非公 式かつ互恵的、反復的な相互作用プロセスのおかげである。しかし、 複数のイノベーターが距離や時間、文化で隔たりのある状況にある とき、コミュニケーションはかなり難しくなる。これを克服する鍵は、 ローカル・コミュニケーションにできるかぎり近づけることのできる コミュニケーション・ツールやプロセス、メカニズムをフルに活用す ることである。 これは、日常業務の一部となっているICT(ウェブ会議や統合型 エンジニアリング・プラットフォーム、知識共有アプリ、フォーラム、 コミュニティ・オブ・プラクティス、ソーシャル・メディア・プラット フォームなど)と定期的なコロケーションを、分散したチームの信 頼性と仲間意識を醸 成するために組み合わせることで達 成可能で ある。 複数の文化的背景やその経 験を持つ人々もまた、コミュニケー ションにおいて重要な役割を果たす。彼、彼女らはさまざまな状況 で複雑な知識を解釈したり、翻訳したりすることができるからだ。 このような人々の価値は多くのリーダーに認識されているが、この スキルを開発するためにキャリア構造や報酬体系が組まれている企 業はほとんどない。 知識の溜め込みは多くの企業で一般的であるが、「ここでは理解 されません(not understood here)」という態度も、知識共有にとっ ては「ここで発明されたものではありません(not invented here)」 と同じくらい大きな障害となり得る。このような障害を克服するに は、企業文化の草の根的変革が必要となる。例えば、ゼロックス社 は2000年から、かつての秘密主義的な知財依存型の企業文化を、 グループ全体のオープンな知識共有文化に転換している。まずは、

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グローバル・イノベーションのトレードオフを克服する

国際企業はコロケーションの支障なく創造的複雑性を維持する方法を見つけるべき

CodeXと呼ばれるコードの再利用を可能にさせるオープン・ソース・ プラットフォームの採用がある。CodeXは、その利用をエンジニア に促すために、共通ツール・キットやプロジェクト管理ツール、統合 アーキテクチャなどの特典と合わせてデザインされた。エンジニア は、このプラットフォームでプロジェクトを回すことで、知識共有の 恩恵を受けたのである。今日、ゼロックス社の文化は極めて高度な 知識共有とコラボレーションを尊重するようになっている。例えば、 open.xerox.com4では最新のイノベーションに関して、パブリック によるチェックを受け入れている。 •コラボレーション  多くの企業がグローバル・イノベーション・プロジェクトに取り組 んでくれる人を獲得しようとしている。しかし、たいていコラボレー ションのベスト・プラクティスやプロジェクト・マネジメント・スキル を、分散した環境に移転するときに失敗する。グローバルに分散し たプロジェクトは根本的に性質が異なるからである。これには、新 たなコンピテンシーや、これまでと違ったプロセス、強力なプロジェ クト・マネジメント組織、シニア・マネジメントの積極的な参画が求 められる。 グローバル・イノベーション・プロジェクトが企業の境界を越えて、 外部プレーヤーを巻き込むとき、新たなケイパビリティが必要とな る。例えば、外部のイノベーションを見つけ、それを取り込むとと もに、パートナーの期待や貢献を管理しなければならない。インテ ル社がワイマックス(ワイヤレス・ブロードバンド規格)に関する取 り組みを開始したとき、まずは数社と提携した。しかし、やがてイ ンテル社はインフラとデバイス供給のためにさらに大きなエコシス テムを巻き込む必要が生じた。このイノベーションを展開するため、 最終的に、エコシステムは通信サービスやコンテンツ・プロバイダー にも及んだ。 フランスの電器・エネルギー会社のシュナイダーエレクトリック社 は、ポンプや高出力モーション・ドライブに使われる電子デバイス を開発するために1996年に東芝とジョイントベンチャーシュネデー ル・東芝インバーター(STI)を作った。シュナイダーエレクトリック 社は、その後、同様のデバイスを製造するオーストラリアのエリン社 とニュージーランドのPDL社を買収した。そしてこれは、コロケー ションするのではなく、むしろ分散した位置関係を維持した。開発 にかかる2年間が節約できると考えたのである。フランスと日本の 何人かのエンジニアはこれまでのプロジェクトで協働してきたため、 強い信頼関係を感じていた。しかし、ニュージーランド拠点は組織 にとっては新参者で、かなり異なった方法で業務を行っていた。そ のため、万が一、ニュージーランドの責任者にフランス人で強固な 人脈を持った、人々から尊敬される人物が着任することがなければ、 また、他のチームからチームの業務が正当化されることがなかった ならば、分散的業務に不可欠な信頼性は築かれず、プロジェクトは 困難に直面することになっただろう。同様の地理的マネジメントへ の視点は、プロジェクトがアメリカと中国の研究開発拠点に拡大し たときさらに重要になった。現在、STIはライバル企業におよそ2 倍以上のマーケット・シェアを占めるグローバル・マーケット・リー ダーとなっている。 結局、イノベーションは複雑性と分散性の曲線に制約される必要

(10)

はないということが過去の事例から明らかである。企業は、フット プリントやコミュニケーション、コラボレーションを最適化する統合 イノベーション・ケイパビリティによって競争優位を確立することが 可能である。それに必要な変革の実行には、課題がつきまとい、時 間もかかるだろう。しかし、競争環境が急激に展開することで、こ れまで企業の成功を支えてきたものが引き続き成功を保証するとは 限らない。だからこそ、イノベーティブ・カンパニーを将来の競争優 位に向かって舵取りすることが重要なのである。加えて、企業がフッ トプリント、コミュニケーション、コラボレーションを最適化すると、 最も優秀な人材を今の居場所から転勤させるコストや困難なしで、 規則的かつ生産的に集めることができる能力という、非常に珍しい 形での競争優位性を獲得することができる。 グローバル・イノベーションへの挑戦を認識し受け入れることが、 企業を将来、競争に打ち勝てるようにする最上の方法なのである。 翻訳:京都大学大学院経済学研究科博士課程 筈井俊輔 編集:富士通総研経済研究所 研究員 ニック・オゴネック 主任研究員 吉田倫子 イブ・ドーズ(写真右) INSEADのソルベイ寄付講座教授を務める。技術イノベーションが専門。研究プロジェクトが多数の書籍として実を結んでいる。

主な著書に、アカデミー・オブ・マネジメントのGeorge R. Terry Book Award(2018年)を受賞したキーリー・ウィルソンとの共著『Ringtone: Exploring the Rise and Fall of Nokia in Mobile Phones』(オックスフォード大学出版局、2017年)、ミッコ・コソネンとの共著『Fast Strategy』(ウォートン・スクール出版局、2008年)、ホセ・サントスな らびにピーター・ウィリアムソンとの共著『From Global to Metanational: How Companies Win in the Knowledge Economy』(ハーバード・ビジネススクール出版局、2001年) など。

アカデミー・オブ・マネジメントのDistinguished Scholar Award(2003年)を含め多数の賞を受賞し、米国のStrategic Management Society(戦略経営学会)創立フェロー として選ばれた(2005年)。エコノミスト誌により、ユーロッパを代表するマネージメント・グルとして選ばれた。 (編集者注) 1 co-は共同の、共通の、相互のという意味の接頭語である。 本論では、2つ以上のものや人が同時に時空間を共有している集結の状態や、そのような協働の場を指している。 2 エシロール社は、フランスの光学製品メーカーである。 2000年に日本のニコンとの合併でニコン・エシロール社を設立、2017年にはイタリアのルックスオティカ・グループ(眼鏡メーカー)と経営統合を行った。 3 2001年創立。アメリカに本社を置く。 4 本文が執筆された2001年時点でのものである。

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なぜ今『武士道』なのか

佐藤 全弘

 大阪市立大学名誉教授

Sato, Masahiro Professor Emeritus, Osaka City University

明治時代に新渡戸稲造の『武士道―日本の魂―』が出版されてから、既に

100

年以上が経ちましたが、いま読んでも決して当時とその 意義は変わっておらず、むしろ今の時代に向かって新渡戸が発している深い警告を見出すことができます。 私は、

2000

年に『武士道』の新訳を出版しました1。脚注を

600

以上も付け、しかもすぐに参照できるよう、文章のすぐ下に配置しました。 本文の字を大きくし、人名と事項の索引も作りました。より多くの読者が新渡戸の知識量の多さと教養の深さを知ることができればと思っ たのです。 新渡戸は、

100

年前から今の日本という未来を見通していました。今日は、私がこれまで研究してきた一部をご紹介できればと思います。 『武士道』の誕生

『武士道』は、

Bushido: The Soul of Japan

として、最初に英語で書か れました。日本語を含め、ドイツ語、フランス語、ギリシア語、ポーラ ンド語、中国語など、現在では30数か国語に翻訳されており、多くの 人たちに読まれています。カナダでは教科書に利用しているところもあ るようです。 明治時代の日本の書籍で、外国語に翻訳されているものは文学作品 をはじめいくつかあると思いますが、日本的思想というジャンルではこ れほど読まれているものはないでしょう。日本的精神や思想に対する海 外からの注目の高さに加え、「ラストサムライ」などの映画によって、武 士に興味を持っている人も出てきているようです。 新渡戸は、この本を療養先の米国カリフォルニアのホテルで執筆しま した。今でこそ海外にも日本の本はありますが、それでも膨大な数があ るという訳でではありません。ましてや100年以上も前のことですから、 武士道について書くにあたって、西海岸で日本の古典を参照することは 容易ではなかったと思います。 ですから新渡戸は、自分の心の中に刻み込まれている武士としての精 神を、そのまま文字にしたのです。新渡戸は、藩主南部利剛の用人を 務めた盛岡藩新渡戸十次郎の三男として生まれていますので、武士の出 身です。幼少の頃から、周囲の影響を受け、やはり自分の親が武士で、 その下で教えられ、おのずから家庭生活などを通して染み付いてきたも の、おのずから身に付いたものが中心にあります。そうではなしに、み ずから武士道を仕込んだり、武士道を求めて仕込まれたり、無理に学ん だ精神というのでは、あまり身につかないものです。新渡戸自身は、雰 囲気を通じて自然に身に付きそして受け継いだものとしての武士道が、 自分のバックボーンにあると認識していました。 『武士道』の中では、この精神を、西洋の二百数十名の人の思想家と 比較しながら書いています。イギリス人、ドイツ人、ギリシア人、ローマ 人など、単に名前を出すだけではなく、彼らの思想や実践を記載してい るのです。当時、日清戦争の直後で、日本に対する世界的な関心が高まっ ていましたし、日本をどう評価するのかについて、世界の見方が定まっ ていませんでした。新渡戸は、やはり西洋人に日本の思想を知らせるた

世界の多様性、共通性、普遍性

(12)

めには、西洋の哲学を引用することで西洋人の心の中に入って読ませな いといけないと考えたのでしょう。西洋の騎士道との並行関係にも触れ ています。そして、日本の道徳を含めた思想が、西洋の近代文明に劣る ものではないことを証明したのです。 ちなみに、これをアメリカで出版したときはあまり売れませんでした。 むしろ、ヨーロッパで売れたのです。特に売れたのはドイツで、ドイツ 語の訳者は女性でした。なぜかというと、新渡戸の英語は、やはりアン グロサクソンの英語と少し違うわけです。とてもいい文章だけれど、堅 いところがあり、アメリカ人がこれを買って読んでも、もうひとつよくわ からなかったのではないかと思います。 それにしても、この本が様々な言語に翻訳されて読まれているのは、 日本人の行動を規定している精神の根幹が鮮やかに示されているからで しょう。 『武士道』のエッセンス 『武士道』は全体で17の章がありますが、それらの中で、新渡戸が最 も主張したかったことは、最後の3つの章です。すなわち、「武士道の 影響」、「武士道は今なお生きているか」、そして「武士道の未来」です。 第1章から第14章までは、武士たちはどういう思想でどういうふう に生きたかということについて書かれています。自分の家庭における両 親や先祖のことを通じて得たものや、自分が読んだ本なり、環境なり文 化なり、そういうものを通して入ったものを新渡戸は書いているのです。 しかし、最後の3章は新渡戸自身の思想の展開であり、武士の美徳や 倫理体系などからの考察です。今から見ると、予想が当たっていない部 分もあります。しかし、それは当たり前です。 第15章では、武士が社会的には民衆からは高く身を持していたけれ ども、民衆に道徳的標準を示し、民衆をその手で導いたと書かれてい ます。武士道には内向きの教えと外向きの教えがあり、後者は一般市 民の福祉と幸福を追求する幸福主義的な面について、前者は美徳を徳 それ自身のために実行することを強調する徳中心の面についての教えで す。また、芝居、寄席、浄瑠璃、小説などは武士の物語を主題にして いますし、侍の武勇伝と美徳は民衆全体の理想でもありました。民衆 に生き方を示すことで影響を及ぼしたと言えます。大和魂は日本の国土 に固有なもので、その偶有性は他国に共通するものもあるが、しかし本 質は、私たちの風土から出てきているのではないか、ということです。 第16章では、明治になり、武士階級が消滅した時に、武士道が生き ているのか、外来の影響を受けて消えてなくなるのか、ということを考 察しています。西洋における騎士道は、キリスト教との接続というかた ちで生き残りました。神道の国である日本に仏教が伝来し、武士道が 興るにつれてどちらもが影響を及ぼしました。さらにキリスト教が入っ てきて、国民の心理的集合がどのように変化するのか、どのように武士 道を生かせる、あるいは継続させる精神、これをずっと日本人が失わな いようにさせるにはどうしたらよいのか、どのように役に立つようなも のなのであろうかということを新渡戸は思っているわけです。 そして、何より大事なのは、武士道の未来について思想を発展させた 最後の第17章です。新渡戸は『武士道』の中で、歴史的に鎌倉時代や 江戸時代の武士の思想をきちんと書き起こしたり、立派な人物を取り上 げたり、武士道の書物なんかを全部取り上げて議論することはしていな いのです。ただ、騎士道との比較を通じ、社会全体の在り方を論じて います。時代と共に社会が移り変わり、その中で人間には適応力が求め

(13)

られます。ヨーロッパでは封建制度を母とした騎士道が、キリスト教と ともになって衰退を覆して活気を取り戻しましたが、日本では当時、明 治に入り、武士道に不都合な状況になりました。封建の道徳体系は窮 境に立たされ、近代化とともに人々の中に新しい倫理が出てきました。 しかし、体系としては侍がいなくなったときに滅びたかもしれません が、精神としては普遍的なのです。例えば、キリスト教的な考えである 赤十字という活動が日本の中にも根付いたのは、武士道の中に、日本 の中に、優しさや愛、哀れみという心があり、共感を呼んだからです。 それから、「敵も愛する」というのが、日本の武士道の中にあります。 頼朝や義経が出てくるもっと前の時代に、大阪の河内に源氏がいました。 敵と戦い合って、勝利した。でも、戦死した敵の侍の墓をもちゃんと建 てるのです。寄手塚4 4 4と味方塚4 4 4の2つがあり、自分たちの味方の墓とは分 けますが、敵の墓の方を少し大きく建てるのです。 礼儀についても、新渡戸は聖書を引用しながら、「礼儀の要諦は、私 たちが泣く者とともに泣き、喜ぶ者とともに喜ぶことである」と書いてい ます。このような教訓は、日常生活の様々なシーンに現れてくるもので、 武士が消えても残るものです。 ところで、日本に入ってきたキリスト教は西洋のキリスト教で、カトリッ ク教会とプロテスタント教会です。新渡戸は、武士道の中で特に自分も 属していたクエーカーに言及しています。クエーカーは、プロテスタント の一派で、司祭や儀式を否定し、すべての人のうちに神の光を認めると いう考え方を持っています。日本のクエーカーは、沈黙の礼拝4 4 4 4 4という、 元のままのかたちを今も維持しています。みんなで沈黙しているのです。 誰かがインスピレーションを受けたら立ち上がって、聖書なら聖書の何 節かを読むわけです。あるいは、賛美歌をひとつ歌います。別に感想な んかを言ったりしません。あるいは、自分は今こういう事柄で問題を抱 えているけれども、それについてのこういうヒントを、解決の道を得た と言って座るわけです。誰もそれに返事をするわけではありません。ク エーカーは、ちょうど仏教に例えるなら禅宗のような存在で、座禅と一 緒だと新渡戸は言っています。新渡戸の家も禅宗の曹洞宗です。 『武士道』から未来へ 私は、今の時代にこそ『武士道』の意味があると思っています。この 点については、私が翻訳した本の序文でも書いており、3つの点から主 張したいと思います。 第一に、様々な民族の中にある各々の精神的価値4 4 4 4 4 4 4 44 4 4 44 4 4 4 4 4です。世界が多元 化している今日では、それぞれの民族や国家が、他の民族や国家の存 在と価値を認めつつ、平和に共存し、互いの必要に奉仕し合う必要があ ります。そうでなければ、人類の未来はもはや無いと言っても過言では ありません。世界中を一色に塗りつぶすのは、もってのほかです。とり わけ、宗教についてもそのことが言えます。新渡戸は、世界中の文化、 文明、民族には多様性があり、イデオロギーや人種的偏見を超克し、お 互いに受け入れ合って生きていくことの重要性を説いています。 第二に、世界の人々の魂の底で繋がっている共通性4 4 4です。上述の通り、 新渡戸は、世界のあらゆる民族の伝統文化の中に、各々の精神的価値 があるという視点に立ち、それらが表面上いかに違っていようとも、人 間としての魂の根底では相通じるものがあると述べています。『武士道』 の中では、騎士道やキリスト教、西洋の哲学思想などを引用することに よって、その共通性を示しました。このような共通性をお互いに確認し 合っていくことが、平和への確かな礎であると言えます。

なぜ今『武士道』なのか

世界の多様性、共通性、普遍性

(14)

新渡戸の妻は、5歳年上のメリー・エルキントンという米国人でした。 しかし、お互いが敬意を抱いて考え方を認めています。米国で知り合い ましたが、交流を深めたのは、新渡戸がヨーロッパ、メリーが米国に居 て手紙を交わしていた時です。メリーの両親は結婚に反対で、結婚式に も出席していません。しかしのちに2人とも新渡戸の人柄を認め、和解 しています。民族や文化が違っていて礼儀の作法が異なっていても、相 手を尊重したり、喜んでもらいたいと思ったり、平和を願ったりする心 は、一致しているのです。 第三に、普遍性4 4 4です。かつての武士が持っていた武士道の精神ない し日本的な魂は、形こそ変わり、表現こそ違ってきても、決して失われ ることはないと新渡戸は信じています。明治とともに武士階級が廃止さ れたのは、社会の変革の中での出来事で、歴史上は仕方のないことです。 けれども、心というものは、形が消え、姿が変わっても、失われること はないのです。 武士だけが、日本人だけが武士道の心を持っているのではありませ ん。1984年にロサンゼルス・オリンピックがありました。この時、柔道 の山下泰裕選手は2回戦でふくらはぎを負傷しました。決勝戦での相手 は、エジプトのラシュワン選手でした。ラシュワンにとって、勝つこと が優先されるのなら、相手が怪我をしている足を狙えばよい。しかし、 ラシュワンは、山下が痛めた足を一切攻めませんでした。そのことによっ て山下は怪我をしていない足で支えて一本勝ちを取りましたが、山下の 金メダルよりも、ラシュワンの銀メダルのほうがよっぽど上です。 これは、武士の精神にも通じます。弱い者に対しては決して力を用い ないという勇気です。相手が怪我をしている時にはその怪我をいたわり、 それ以外の部分で堂々と挑む。そのような精神が武士道にはありますし、 そのような心を持ち合わせる人は、日本人に限らないということです。 また、アメリカのルーズベルト大統領が亡くなったとき、当時の総理 大臣であった鈴木貫太郎は、日本を代表してアメリカに「この戦争中に 偉大なる大統領を失われたアメリカ国民に対して、心から謹んで哀悼の 意を表する」と弔電を送りました。同日、ヒトラーは、ルーズベルトを 罵ったスピーチをしました。当時、ナチスに追いやられてカリフォルニア にいたノーベル賞作家のトーマス・マンは、日本は負けたといえども武 士道の精神が残っていると、非常な感銘を受けたそうです。 多様性、共通性、普遍性は、これからの社会において、非常に重視 されるべき事柄ではないでしょうか。特に、この世界は多様性に満ちて います。そして、この多様性がますます重要になり、認識が深まりつつ ある世界で、それが押しつぶされようとする動きがあることは、非常に 残念です。 性別、民族、あらゆる偏見や差別を、新渡戸は払拭しなければなら ないと考えていました。日本が、自分の精神的な伝統を、もう一度見直 すきっかけに『武士道』はなると思っています。今の社会に対して非常 に重要なメッセージを、新渡戸は未来へ向かって発していたような気が します。 聞き手・編集:富士通総研経済研究所 主任研究員 吉田倫子 1931年、大阪市生まれ。専門は哲学。日本の近代思想、新渡戸稲造の研究に従事。 大阪市立大学文学部卒。大阪市立の定時制高校で英語教育にあたった後、 1963年大阪市立大学助手、1979年教授、1994年定年退職。同大学名誉教授。 著書に『新渡戸稲造―生涯と思想』『矢内原忠雄と日本精神』(キリスト教図書出版社)、 『新渡戸稲造の信仰と理想』『希望のありか―内村鑑三と現代』『新渡戸稲造の世界』『日本のこころと武士道』 『新渡戸稲造と歩んだ道』(教文館)、『カント歴史哲学の研究』(晃洋書房)など。 訳書にカント『人倫の形而上学・徳論』(中央公論社・共訳)、新渡戸稲造『武士道』(教文館)、 『日本国民』『日本』『編集余録』(『新渡戸稲造全集』17, 18, 20巻所収、教文館)など。 1 新渡戸稲造『武士道』佐藤全弘訳、教文館、2000年(2,000円+税、すでに15版)

(15)

ゴディバジャパンは、私が社長に就任してからこの

5

年間で、売上が

2

倍になりました。しかし、私は会社の目標として売上

2

倍を掲げたり、指 示したりしたことは一度もありません。これはすなわち、社員全員が「正しいこと」をするよう心掛け、自分自身にできることをその場その場で丁 寧に行ってきたという連続した出来事の中の一つの結果に過ぎません。『ターゲット』という本の中で、弓道から学んだ日本の精神性がビジネスを 成功に導いたことを書きました。自己の内面に向き合い、外部と一体になって、さらに自分を一人の人間として育成させる人間形成の鍛錬は、ビジ ネスの面でも、個人的な面でも、成長への「道」であると考えています。この本は、

2018

4

月に

Target: Business Wisdom from the Ancient

Japanese Martial Art of Kyudo

というタイトルで英語版が出版されました。普遍的な倫理観として世界に紹介できたことは、大きな喜びです。

禅、そして弓道との出会い

Zen in the Art of Archery

―。私は大学生の時に、書物で読んだ 日本の禅の世界に魅せられていました。この本は、私が弓道に興味 を持つきっかけとなった本です。ドイツの哲学者であるオイゲン・ヘ リゲル氏によって書かれたもので、『弓と禅』というタイトルで日本語 にも翻訳されています。ヘリゲル氏は大正時代に東北帝国大学の招 聘により哲学を教えるべく来日し、その中で、日本文化の真諦を学 ぶために自分自身も弓道を始めました。 ヘリゲル氏に弓道を教授したのは、阿波研造という当時「弓聖」と もいわれていた名人です。ヘリゲル氏は、阿波研造先生の言葉を引用 しながら、「的を狙ってはいけない。的に当てることはもちろん、その 他どんなことも考えてはならない。弓を引いて、矢が離れるまで待っ ていなさい。他のことはすべてなるがままにしておくのです」と書い ています。この言葉を最初に目にしたとき、私はとても不思議に感じ、 日本の禅的なレトリックなのではないかと感じました。 阿波研造先生は、「的と一体になる」とも言っています。これもまた、 ヨーロッパ人を悩ませる言葉です。なぜなら、西洋哲学では、主体と 客体が分離されており、自分と的が一体になることはあり得ないから です。このように、ヨーロッパの考え方とは全く異なることを提示し ていることに惹きつけられたのだと思います。大学を卒業して社会人 になり、弓道を習い始めました。以来、25年にわたって弓道の鍛錬 を続けています。 ご存知の通り、ヨーロッパのアーチェリーも、日本の弓道も、いず れも弓で矢を射て、的に当てるものです。しかし、私にとって非常に 興味深かったことは、日本の弓道と西洋のアーチェリーが大きく異な ることでした。 アーチェリーは矢を的中させることを目指すものですから、結果が 全てです。一方、弓道の場合は、まず正しい姿勢から始まり、そして、 矢が当たる。すなわち、弓道はプロセスに焦点を当て、最後にその結 果を出すということがアーチェリーとの相違点です。もちろん、弓道 も的に当たらなければならないという考え方はあるのですが、その上 に理念があるのです。その理念とは何か?人間性を磨くということで

ターゲット

ジェローム・シュシャン

 ゴディバジャパン株式会社 代表取締役社長

Chouchan, Jérôme President, Godiva Japan, South Korea, South East Asia, India, Australia, and New Zealand

(16)

す。人間として、修行しながら、自分の身体と心を育てるのです。自 分から出てくるものも見つめ、自分自身を一人の人間として育成します。 技術だけではなく、人間形成というもっと上位の理念があるのです。 これは、経営についても言えるのではないでしょうか。数字だけに 焦点を当てるのは、欧米式の経営です。一方、日本的経営は、プロセ スにも重きを置いています。普通に考えれば、当たれば利益と売上が 増加します。しかし、それだけです。けれども、マネジメントにおい て、最近思っていることは、「次のレベルに行くためにはどのような理 念があるのか」ということです。社員の成長や、社会に向けてのベネ フィットとは何か。そのような角度で見た場合、ビジネスをやりながら、 自分自身も社会も成長して、それでどういうメリットがあるのか。こ のように考えることによって、仕事のプロセスが断然面白くなります。 「正射必中」 私は弓道から多くのインスピレーションを得ました。それらは一つ ひとつ経営に役立っています。中でも、「正射必中」という弓道で何世 代にもわたって受け継がれている言葉から受けた影響は大きいと思 います。私のオフィスにも掛け軸があり、日々洞察を与えてくれます。 「正射必中」とは、正しく射れば必ず当たるという意味です。正射と は、「正しい射」、「正しい心」、「正しい技術」であって、正射にすべて のエネルギーと精神を集中させるのです。的に気を取られてはいけま せん。的のことを考えずに、正しい射だけ意識せよ、ということです。 正射に集中すると、結果はおのずからやってくるのです。これは、私 たちが弓道場で行っている鍛錬です。弓道の先生は、常に型を正し、 当たるか当たらないかについてはあまり見ません。もちろん、競技会 や試験に行けば、弓を的に当てなければなりませんが、この正射と当 たりのバランスが、私にとっては本当に面白いのです。 私は、弓道という伝統的な教えが、自分にとっての師であると感じ ます。ゴディバジャパンの前は、リヤドロジャパンの代表取締役社長 を務めていました。人生で初めて売上の責任を負うことになり、数字 目標に向かって当てなければいけなくなったのです。まさに、弓道と 事業が一体になった瞬間でした。的を射抜く必要があったのです。月 曜から金曜は、いかに売上を達成するかという的に集中し、週末は稽 古で的を目がけて、いかに射るかに熱中していました。いま、ゴディ バジャパンでは常に「正しい射」、つまり、「顧客にとって正しいこと」 に集中しています。したがって、言うなれば野心的な売上目標という ものは設定しません。 西洋的経営をしている友人のCEOの場合、目標を120%や130%に 設定せよと言っているそうです。その中で「100当たれば、まぁいい かな」という状態だそうです。しかし、ゴディバジャパンでは、妥当な 目標100%を設定して、結果は115%∼120%を達成しています。5 年間で2倍の売上を達成しましたので、毎年、15%伸びたことになり ます。 成長目標はたったの3%か4%でしたが、正射、つまり、何が最高 の商品で、何が最高の顧客経験か、何が最高の店舗サービスかに集 中していました。すると、何が起こるか。スタッフが明るく意欲的に なり、やる気が出ます。ただ当てることだけを考えれば、結果に対す るプレッシャーを感じて暗くなってしまいます。 しかし、顧客を喜ばせることだけを考えれば、価値観を問うことに なります。これはもちろん、簡単なことではありません。企業は、消

(17)

費者の声を丁寧に聞いて、そのフィードバックで商品を作っていくこと が重要です。いま、先進諸国において、市場の主導権は消費者にシフ トしつつあります。本当に良いものを作れば、消費者は共感してくれ ます。 私の経営のやり方は、一言で申し上げると厳しいです。「もっとい い商品を作りなさい」、「もっと良い広告を作りなさい」、「もっと良い サービスをしなさい」と言っています。しかし、「正しい射」であれば、 結果として成果はついてくるものなのです。これこそが、私たちが1 年間で15%の成長を達成できた成功ストーリーです。 仮に、私がチームに「毎年15%は結果を出しましょう」と言ってい たとします。そんなことをすれば、それが心理的に重苦しい義務とな り、社員たちは背を向け、誰も私についてこなかったでしょう。正し いことに集中すれば、本当にうまく行くのです。 「当てるのではなく、当たる」 また、私たちにとって非常に重要な言葉がもう一つあります。それ は、「当てるのではなく、当たる」です。上述の通り、弓道では、「的 を狙うな。的と一体になるべし。」と言います。これが、本当に難しい。 弓道には、矢を射るまでの一連の動作を8つに区切った「射法八 節」という射術の基本ルールがあります。①足踏み、②胴造り、③弓 構え、④打起し、⑤引分け、⑥会かい、⑦離れ、⑧残心(残身)です。この 中の「会」という弓を目いっぱいに引いた状態では、「うまく行くのか」 「当たるのか」「当てたいのか」など多くの雑念が生まれます。心がこ のような状態では、矢は的に当たりません。ですから、正しい姿勢と 心に集中して、的と一体になるのです。すると、矢は的に当たります。 これは本当に興味深いと思います。なぜなら、論理を超越している からです。私たちは、ビジネスにおいては常に論理的であることが求 められます。とても合理的なやり方が重視されます。しかし、弓道で はマントラを越えて行くことを学びます。この「当てるのではなく、当 たる」をいかに経営で生かせばよいか、そして、いかに顧客と一体に なるべきか?私は常に自問自答しています。そして、このように考え ています。すなわち、顧客とは的で、私たち自身が顧客になるという ことです。 素晴らしいイノベーションは、創業者によって生み出されてきまし た。ソニーの盛田昭夫氏、アップルのスティーブ・ジョブズ氏、ネット フリックスのリード・ヘイスティングス氏もそうです。彼らは社長とし て、自分が欲しかった商品の顧客にもなった。私は、企業のトップと して、もし、社長が顧客と一体になることができれば、真の洞察が得 られ、それこそ「当たる」が起きるだろうと考えています。当てるので はなく、自然に当たる。顧客になるのは自分自身です。自分自身のこ とだからこそ、極めて強力であり、論理が通用しないのです。 私は、何百年もの歴史を有する日本の弓道と、有為転変の現代ビ ジネスを思うとき、昔の考え方と今のスピードのバランスについて考 えます。日本には、伝統からインスピレーションを得て、現代の経営 に生かそうとするとき、経済界や世界に伝えるべき多くのことがある と思います。日本人は西洋的経営を模倣しようとしますが、むしろ今、 西洋的経営は日本では当たり前の価値観にさかのぼろうとしていると 思います。日本の伝統は、経営だけでなく社会にも役立つとともに、 イノベーションのヒントを与えてくれることでしょう。

ターゲット

日本的精神に学んだ成功の法則

(18)

「一射一射」 大企業だからこそ、イノベーションがやりにくい面もあります。な ぜかと言うと、イノベーションは新しい事だからです。大企業になる と、既存のビジネスで成功したから大きくなったとか、既存の枠組み でしか行動できないところが少なくありません。ところが、新しい事 となると、例えば利益率が変わってくるのです。また、構造も変わら なければなりません。変わることができずに事業企画が却下された り、利益率に固執して最終的に動くことができない状態になってし まったりするのは、組織的な足かせがあって成長できないという大損 失です。ですから、沢山の企業が、最初から特別にアサインされた 社員にするか、最初から社長がリードするか、別会社にするなどして イノベーションに取り組んでいます。これも、日本だけではなく、世 界中でそのような方法がとられています。どうしてもみんなお互いに やり方を模倣しています。 例えば、弓道の場合は、審査の時に2本の弓を引きます。2本が 必ず当たらなければ、4段以上に昇段しません。20∼30年のベテ ランでさえも、1本目にぱっと弓が的に当たった時、2本目も同じ引 き方にしようと思うのです。そうすると失敗します。1本目を忘れて、 2本目に全く新しい気持ちで臨むと、当たります。 「一射一射」は、「1回ごとの射を大切にしなさい」という意味です。 そのためには、集中力が必要です。1本目で失敗すると、その失敗に 囚われてしまい、2本目にも悪影響が出ます。また、1本目で成功し て、2本目も同じように射ようとすると、雑念が入ってしまい、成功し ません。前の射を忘れ、その都度、新たな気持ちで的に臨むべきです。 それが企業になると、私たちゴディバの中もそうですが、1年目に 日本およびアジアを中心とするグローバル・マーケットにおいて、25年にわたってラグジュアリーブランドのマネージメントに従事。 2010年6月にゴディバジャパン株式会社の代表取締役社長に就任し、 日本および韓国のマーケットを統括。革新的な新製品の開発や チャネル拡大戦略によって多様化する顧客ニーズに応えることで、日本の業績を毎年2桁以上成長させている。2016年からはゴディバ オーストラリアも統括。現在、在日ベルギー・ルクセンブルク商工会議所の理事を務める。 日本文化にも造詣が深く、特に25年前に始めた弓道は、五段錬士の腕前を誇る。現在は国際弓道連盟の理事を務めている。 2016年に初のビジネス書『ターゲットゴディバはなぜ売上2倍を5年間で達成したのか?』を上梓。フランス人社長が日本の武道の 一つである弓道を通して得た経営哲学、人生に関するユニークな見解について綴っている。この本は、2018年4月にTarget: Business Wisdom from the Ancient Japanese Martial Art of Kyudoというタイトルで英語版も出版された。HEC Paris (Grandes Ecoles) 修了。

成功したら、2年目にも同じことをやろうと思いがちです。けれども、 お客様は既に新しい気持ちに向かっているので、2年も続けて同じ商 品を購入したくはないのです。特に最近は商品のスピードが速くなっ ています。 池袋西武にアトリエ・ドゥ・ゴディバをスタートした時のことです。 最初にこのアイデアを社内で出した際、新商品やフレッシュケーキな ど、ゴディバがこれまでやったことない構想になりました。社員たち は不安そうでしたが、私は全然心配しませんでした。夢で信じる。世 界的に見ても、どちらかというと日本人は現実的です。企画と実践に おいてはものすごく優秀ですが、夢を語り、自分がやっていることを 信じることは苦手です。確かに、若い人の中には夢を語れる人もいま すが、今度は銀行つまりお金がついていかない。ですから、夢と現 実のバランスも必要ですが、企業の中でも、社会的にも、夢が未だ 形になってなくても、語り合って応援し合えば、もっともっと色々なイ ノベーションが始まるのではないかと思います。 一つひとつの、新しいことにチャレンジする。若い人からのアイデ アであっても、どんな立場の社員からの企画でも、それを受け入れ る文化があれば、本当にクリエイティビティは広がります。さらに、こ れからの時代はやはりダイバーシティが重要です。女性はもちろん、 そして日本人だけではなくて世界中の、様々な国籍や人種、本当に違 う価値観、考え方があって、日本のベースからもっと世界に向けて イノベーションがまた生まれると信じます。 翻訳:京都大学大学院経済学研究科博士課程 筈井俊輔 編集:富士通総研経済研究所 主任研究員 吉田倫子

(19)

伝統産業をクリエイティブ産業へ

More than Textile

細尾 真生

 株式会社細尾 代表取締役社長

Hosoo, Masao C.E.O., Hosoo Co., Ltd.

細尾彌兵衛が元禄年間(

1688

年∼

1704

年)に京都の西陣で織物を織っていたと伝えられ、以来

300

年以上にわたっ て西陣織を生業にしているのが私の家系である。第

2

次大戦後、高度経済成長の波に乗り、西陣織は帯やきものという 和装製品のフレームの中で成長発展してきた。

1980

年代をピークにその後、ライフスタイルの変化等に対応できず生産 販売が落ち込み続け、現在の和装業界の市場規模はピーク時の

15%

程度に縮小し、西陣織産地は滅亡の危機に瀕して いる。この危機的状況から脱し、新たな成長を始めるためには西陣織をリフレーミングし、新しい価値を創り出すクリエ イティブ産業に生まれ変わらせ、グローバルに展開させなければならない。挑戦している我が社の事例研究である。 西陣織のPotential 西陣織は京都のいわゆる西陣地区(京都市上京区を中心とした地 域)で織られている高度な絹の紋織物である。多色で複雑なデザイ ンを薄く軽く織ることができる技術を特徴としている。550年前の 応仁の乱以後西陣織と呼ばれるようになったが、1200年以上の歴史 を有する絹織物である。 平安京が遷都される以前から京都に住んでいた帰化人秦氏がこの 絹織物の技術を朝鮮半島からもたらした。養蚕技術、製糸技術、撚 糸技術、機の工学技術、製織技術等々様々な当時の最先端技術を有 していた秦氏は経済的にも富有な一族であり、桓武天皇の平安遷都 の財政を支援したともいわれている。 平安時代は縫ヌイドノリョウ殿寮の織オリベノツカサ部司として官営で宮中のための織物として 織られ、平安後期から民営に移行していった。以来、西陣織は貴族 やその時代時代の上層階級の人々から注文を受け、装束や調度品等 様々な目的のために最高級の美しい絹織物を織り続け提供し続けて きたのである。 この長い年月の中で、西陣の匠は様々な技術を蓄積し進化させ継 承し、世界に類を見ない多種多様な織物を創り出せるようになった。 西陣織は、織物技術や織物組織そしてデザインの多様性では世界一 の匠の技を誇る織物である。   西陣織のCrisis 長い歴史の中で、天災、戦乱等多くの危機が西陣の匠を襲った。 大きな危機のひとつが150年前の明治維新である。西陣織の最大顧 客である皇室が東京に移った。疲弊した西陣産地は佐サ ク ラ ツ ネ シ チ倉常七、井イノウエ上 伊イ ヘ エ兵衛、吉ヨシダチュウシチ田忠七の3名をフランスの一大絹織物産地リヨンに派遣 し、デザイン情報を入れたパンチカード(紋紙)を使って効率的に織り 糸を操作するジャカードを導入したのである。このジャカードの導入 により生産性を高め、西陣織の市場を広げ、西陣産地は危機から脱 出した。 第2次世界大戦後、日本はゼロからの出発を余儀なくされた。1950 年代に始まった高度経済成長は、西陣織の需要を帯やきものの和装

(20)

製品という形で増やしていった。絹の帯やきもの、西陣織は戦前ま で富裕層しか手に入れることができない、一般庶民にとっては憧れ の高嶺の花であった。高度経済成長により一般庶民の所得も上がり、 多くの人々が憧れの西陣織を買い始めたのである。そして和装製品 の市場は増大し、1982年に2兆円近い市場にまで成長した。 私が家業である西陣織の仕事を始めたのが、和装製品の市場の ピークであった1982年である。1975年に同志社大学を卒業し、本 来なら長男である私が家業を継がなければならなかった。大学を卒 業した1975年は正に日本経済が国際化を進めていた時代であった。 私も国内市場を対象としている西陣織の仕事よりも世界を股に掛け て国際的な仕事をしたいという強い欲求があり、家業は弟に継がせ るよう両親を説得し、伊藤忠商事に入社したのである。伊藤忠商事 の繊維貿易本部で希望通り国際ビジネスをさせていただき、3年間 大阪本社で仕事をした後、イタリアミラノにある伊藤忠商事の合弁会 社ノートンズ社に出向した。ノートンズ社は社員30名ぐらいのアパ レル製造卸売業の会社で、結果4年間その会社で仕事をさせてもら うことになる。このイタリアでの4年間の間に様々な多くの学びと気 づきを得ることができた。私にとって一番大きかった気づきは、家業 である西陣織こそ世界で一番美しい技術的にも高度な織物であり、 世界市場で高い評価を得て受け入れられる織物であるという確信で あった。なぜこのすばらしい西陣織が日本の国内市場の中だけでく すぶっているのか。西陣織を世界に発信し、世界の多くの人々に買っ て使っていただくことを自分のライフワークにしよう。西陣織の家で 生まれ育ち、身の周りにある当たり前の存在であった西陣織。海外 に出て外の目で見直した時にそのすごさに初めて気づいたのである。 イタリアでの4年目に父親が癌になり、長男である私がどうしても家 業に戻らなければならなくなった。伊藤忠商事を円満退社し、西陣 織を世界に広めるという夢を抱いて帰国し、家業である西陣織の仕 事を始めたのが1982年であった。 1982年をピークに和装製品の市場は縮小を始める。ライフスタイ ルの欧米化、着装機会の減少等様々な要因により需要が下がり続け た。ピーク時2兆円近くあった市場が現在2800億円ぐらいの市場 に縮小している。 家業に戻り西陣織の新しい市場を海外に求める動きをすぐに始め ようとしたが、父と共に仕事をしている父の兄弟や番頭さんたちの反 対に遭い許してもらえない。和装製品としての西陣織の製造販売だ けで十分な利益が生まれており、海外に新市場を求めるという訳の 分からない事業にお金と時間と労力をかける必要がない、というの が彼らの言い分であった。海外に新市場を求めるより、国内市場で さらなる努力をすれば業績が上がるという主張である。新入社員で あった私はその主張を受け入れるしかなかった。企業経営は順風満 帆の時が最大の危機である。後年この言葉を実体験するのである。 1990年代に入りバブル崩壊と共に西陣織の需要はさらに落ち込ん だ。西陣織メーカーの倒産廃業が相次ぎ、多くの職人が仕事を失っ た。経済的衰退は若い人の雇用を遠ざけた。職人たちの後継者も西 陣織から離れていった。職人の高齢化が進み、技術の継承が困難と なった。近い将来西陣織が消滅する危険水域に入ってしまった。我 が社の売り上げもピーク時から半減し利益が出なくなった。会社の未 来の夢を語ることができなくなり、未来のビジョンも描けなくなった。 西陣織の最大の危機である。

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