2019 年 5 月 9 日受理 連絡責任者:猪谷富雄 ([email protected])
長浜市の虎姫田んぼアートの概要とイネ品種の葉色の推移
青木純太郎・大谷哲平・妹尾拓司・山本涼平・猪谷富雄
龍谷大学農学部(〒 520-2194 大津市瀬田大江町横谷 1-5) 要旨:田んぼアートとは,田んぼを巨大なキャンパスと見立てて,その中に色の異なるイネ品種を用いて絵や文 字を作り出す作品である.使用される観賞用品種(葉色,穂色の変異種)のイネは,葉や穂が黄,紫,白,赤な どに発色し,レイアウトに応じた使い分けがなされる.本報告では,田んぼアートと観賞用イネ品種についての 概要および滋賀県長浜市虎姫地区での取り組みの概要と葉色の推移に関する調査結果を述べる.使用された品種 の葉色の変化は,色彩色差値,アントシアニン含量(ACI 値),クロロフィル量(SPAD 値)の観点から評価し, 品種間差異や時期別の推移に関する情報を得た. キーワード:イネ,観賞用稲,色素,田んぼアート,葉色緒言
龍谷大学農学部には約 800 品種・系統のイネが保存され ており(猪谷 2013),その多様性を活かした研究の一つと して,滋賀県長浜市虎姫地区と甲賀市水口町牛飼地区の田 んぼアートを調査した.虎姫地区は葉色の異なる 5 品種を 用い,牛飼地区は葉色の異なる 4 品種と穂色の異なる 2 品 種(‘紫穂波 と 赤穂波 )を用いていた.牛飼地区は, 信楽高原鐵道の貴生川駅から徒歩圏内の場所にあり,例年, 地域にまつわるキャラクターがデザインとして起用され, 2018 年度は地域の消防団のマスコットキャラクターであ る「にんくるけし丸くん」が描かれた.地域活性化や食育 の一環として,信楽駅∼貴生川駅間の電車車両の車窓から 田んぼアートが一望できるように工夫されて植え付けがな されていた. 田んぼアートへの取り組みは,近年全国的に増えている ものの,その目的や概要,使用される品種に関する情報は 非常に少ない.そこで本報では,1)田んぼアートと観賞 用イネ品種,2)虎姫田んぼアートの概要,3) 虎姫田んぼ アートでの使用品種の葉色の調査結果について報告する.田んぼアートと観賞用イネ品種
田んぼアート(水田アート)とは,田んぼそのものをキャ ンパスと見立てて,その中に葉色や穂色の異なるイネ品種 を用いて巨大な絵や文字を作り出す作品である.近年,特 に青森県田舎館村や埼玉県行田市などで行われている田ん ぼアートが注目を集め,全国各地で制作されている.また, 「全国田んぼアートサミット」など,全国規模の情報交換 会をはじめ,国内外に PR するための取り組みが盛んに行 われている(田んぼ団 2019).使用されるイネは現代の食 用に広く栽培されているイネや観賞用品種(葉色,穂色の 変異種)のイネなどであり,これらの葉や穂の色によって 緑,黄,紫,白,赤などの色が作られる.田んぼアートに 使用される葉色変異種は,見頃に合わせて色調を調節する ことが非常に難しいとともに,気象条件など環境の影響を 受ける(堀末 1999,猪谷ら 2016). 制作の背景や目的として挙げられるのが,生産者,消費 者が一緒に取り組める活動を通じて交流し,顔の見える食 と農の信頼関係を構築すること,地元農産物を広く消費者 に知ってもらうこと,子供たちの農作業体験を通じて農業 の大切さを知ってもらい,食育に役立てることなどである (瀬下 1999). 田んぼアートに用いられる観賞用イネ品種は,色の素材 として葉色で紫,黄,白の 3 色,穂色で紫と赤の 2 色が注 目されており,葉色の変異は葉緑体突然変異や複数の遺伝 子の相互作用により発現するものとされている(滝田 2001).紫稲は,茎葉など地上部全体にアントシアニンを 含み,古くは農業試験場で試験区のボーダーに用いられた もので,地域に適した熟期のものが育成されている(小川・ 猪谷 2004).紫の葉色に関係する遺伝子は多数あり,その 遺伝子の組み合わせによって薄い色から濃い色まで存在す る.葉色と穂色は独立の関係にあり,葉色が濃い紫でも穂 色 が 同 じ く 濃 い 紫 に な る と は 限 ら な い( 高 橋・ 木 下 1968).黄稲は,クロリナと呼ばれる突然変異形質で,ク ロロフィルが減少し,カロテノイド系の色素であるキサン トフィルが目立つためと考えられている.白稲は,ストラ イプと呼ばれる突然変異形質で,クロロフィルの減少によ るものである.移植後,緑色だったイネが 5 葉期頃から突 然白くなる(滝田 2001).穂や籾の赤や紫の色は,在来種 に多い変異である(猪谷 2013). 実際に田んぼアートに利用される品種として,在来品種 では葉色が紫色の 短稈紫稲 ,黄色の 黄稲 ,濃緑色の 観 稲 などがあるが,青森県産業技術センター農林総合研究 所水稲品種開発部は,観賞用白葉稲 ゆきあそび ,赤葉 稲 べにあそび ,橙葉稲 あかねあそび ,赤穂稲 赤穂波 ,資 料
紫穂稲 紫穂波 を育成し,青森県内および全国に種子を 販売している (小林ら 2010,2011,須藤ら 2013,前田ら 2013).このような葉色変異体は苗の時からある程度識別 可能であるが,その色調はイネの生育とともに変化する. 例えば, あかねあそび は在来種の黄稲と紫稲の交配後 代から選抜され,赤紫色と黄緑色が混じり合い遠目では橙 色に見える.見頃は,最高分げつ期∼成熟期頃である.ま た, 赤穂波 は成熟期にかけて穂が赤茶色に, 紫穂波 は濃い紫色に変わっていく品種であり,いずれも紫黒米系 統間の交配後代から穂色などに特色のある個体が選抜・固 定された.出穂期以降に絵柄に変化を加えたり,文字を浮 かび上がらせたりするのに用いられる.
虎姫田んぼアートの概要
長浜市虎姫地区はおみくじの元祖といわれる角大師(良 源:比叡山延暦寺中興の祖)の生誕地があり,「おみくじ」 や「開運」「厄除け」等にまつわる地域である.この地域 資源を内外へ PR し知名度を浸透させることが虎姫田んぼ アートの取り組みのひとつの目的である.虎姫地域づくり 協議会は,地域の課題を地域住民が主体となって考え行動 し,解決する取り組みを進めている.子どもから高齢者ま で多世代が交流することのできる「田んぼ」に着眼し,田 んぼを活かした地域振興を模索する中で,皆がわかりやす く目標を共有し取り組むことができる「田んぼアート」に 糸口を見出した.コミュニティを強めるほかにも環境学習 や来観者の増加など多くの課題解決に資することができ, 毎年デザインに「おみくじの元祖 角大師」を用いること で地元に根差した郷土愛着や地域資産の内外発信を図って いる(猪谷 2018). 開始後 6 年目になる 2018 年度は,田んぼアートのデザ インに長浜市出身の戦国武将「石田三成」をモチーフにし たゆるキャラ「三成くん」を,角大師に加えて起用してい る.地域内外にも広く協力を呼びかけ,デザインの原画を 用いて 1,700 本の竹串とビニールテープで囲いを作った上 で田植えを行った.同年 5 月 19 日,20 日の「田植え祭」 には,地元中学校の生徒が授業の一環として参加した.7 月 16 日には,のぼりなどで開催の呼びかけを行い,披露 会「田んぼアートを見る会」を行った.地域の里山である 虎御前山(標高 224m)の山腹に建てられた展望台の頂上 から田んぼアートが一望されるよう工夫されている(第 1, 2 図).虎御前山は JR 北陸本線・虎姫駅からも徒歩圏内に あり,電車利用者にも散策してもらえるよう誘導看板や案 内マップを設置,配布するなどの工夫がなされている.な お,来観者に地域の特色を認知してもらうために展望台に はおみくじを引けるようにスポットを設けている.虎姫田んぼアートでの使用品種の葉色の調査
材料および方法 虎姫田んぼアートに用いた品種は あかねあそび (赤), ゆきあそび (白), 濃紫米 (黒), 黄大黒 (黄),そ して一般品種 コシヒカリ (緑)の 5 品種とした.その うちの コシヒカリ を除く葉色変異体 4 品種は,青森県 産業技術センターなどから種子配布を受けた.箱育苗で 25 日間育苗し,2018 年 5 月 19 ∼ 20 日に一株あたり 2 ∼ 3 本の苗を,条間・株間およそ 20cm の栽植密度で本田に 移植した.施肥は,全量基肥で N 4.0,P2O5 5.6,K2O 4.0, Mg 1.6 g/ m2 で,移植後に除草剤を散布した. 葉色は 7 月 16 日,8 月 8 日,8 月 21 日,9 月 14 日の 4 時期に,田んぼアートに使用されている株を調査した.色 第 1 図 2018 年度の虎姫田んぼアート(7 月 16 日撮影) 第 2 図 虎御前山山腹の展望台彩の評価には各品種 3 個体の最上位完全展開葉の中央部を 対象に色彩色差計(コニカミノルタ CR400)を用いて,L* 値,a* 値,b* 値の測定を行った.また,同じ材料をアント シアニン含有量メーター(オプティサイエンス ACM − 200plus)と葉緑素計(コニカミノルタ SPAD − 502)を用 いて,アントシアニン量(ACI 値)およびクロロフィル量 (SPAD 値)を測定した.これらの結果から,時期別推移 と見頃の推測を行った. 結果および考察 第 3 図にイネ品種の色彩色差値の推移を示した.L* 値(明 度)は,調査期間を通して ゆきあそび と 黄大黒 で高く, 濃紫米 で低かったが,移植後 118 日(9 月 14 日)には ゆ きあそび と 黄大角 は低下し, 濃紫米 で上昇する傾 向があった. あかねあそび は移植後 58 日(7 月 16 日) と 81 日(8 月 8 日)が最も低く,その後上昇した.a* 値(+ 赤∼−緑)は あかねあそび で高く,移植後 81 日(8 月 8 日)が最高で,他品種との差が大きかった. コシヒカリ は最も低い,すなわち緑色を呈した. 濃紫米 は変化が なかった.b* 値(+黄∼−青)は,初期は 黄大黒 が著 しく高い値であったが移植後 94 日(8 月 21 日)には低下 した.なお, 黄大黒 については,最終調査日の段階で 枯死しており調査できなかった.また, コシヒカリ は 収穫を終えていたため最終日の調査はできなかった. 第 4 図に,ACI 値の推移を示した.ACI 値は,他の 4 品 種に比べ 濃紫米 で著しく高く,移植後 81 日(8 月 8 日) が最大値を示し,移植後 94 日(8 月 21 日)以降は低下した. 第 5 図に,SPAD 値の推移を示した.SPAD 値は,移植後 81 日(8 月 8 日)以降は 濃紫米 で高く,次いで コシ ヒカリ , ゆきあそび , あかねあそび , 黄大黒 の順 になった.このように, 濃紫米 はアントシアニンとク ロロフィルを高濃度に含み紫黒色を呈し, 黄大黒 は両 者とも低濃度であった. あかねあそび は a* 値が高かっ たものの,アントシアニンやクロロフィル量は少ないこと が分かった. 各品種の葉色の色彩特性が発揮される時期としては,移 植後 81 日(8 月 8 日)であった.また,群落としての見 頃は被度が高くなる最高分げつ期から出穂期とされるもの が多く,その点でも合致していた.しかしながら,2018 年は記録的猛暑に加え,台風など農作物に対する影響が極 めて大きかった.他府県でも猛暑の影響で観賞用イネの枯 死が報告されていた (毎日新聞 2018).したがって,虎姫 地区でも平年の気象環境では異なった結果となった可能性 は考慮せねばならない. 2018 年は 黄大黒 が枯死し,ま た取り組み開始後初めて あかねあそび が全く出穂しな かったとのことである.これは,高温による除草剤の薬害 の可能性も示唆された. 簡易な測定機器を用いた非破壊検査でも色調の調査は十 分に可能であった.本試験結果でも明らかであったように, 環境や栽培条件に大きく左右される部分があるため葉色変 第 3 図 虎姫田んぼアートのイネ品種の色彩色差値の推移 調査は移植後,58,81,94,118 日に行い,データは 3 個体から 得た値の平均値±標準偏差で示した. 第 4 図 虎姫田んぼアートのイネ品種の ACI(アント シアニンメーター)値の推移 調査は移植後,58,81,94,118 日に行い,データは 3 個体から 得た値の平均値±標準偏差で示した.
異稲の見頃をうまく調節する必要があり,より良い品種選 択と栽培方法の検討が必要である.
謝辞
本研究を行うにあたり,御指導,御助力下さいました, 虎姫地域づくり協議会の西村光之氏をはじめとする当該地 域の方々に心より感謝申し上げます.引用文献
堀末登(1999)新しい米―「新形質米」の特性と加工・利 用.米麦改良 1999 年 10 月号:14-25. 猪谷富雄(2013)「多様なイネで日本の水田を守る―県立 広島大学で収集してきた国内外の稲遺伝資源の栽培特性 と活用事例 ―」平成 22 ∼ 24 年度科学研究費報告書.県 立広島大学生命環境学部 :1-106. 猪谷富雄・橋本晋輔・妹尾卓司(2016)葉色変異稲の品種 特性と光の影響.日本作物学会第 242 回講演会要旨集: 119. 猪谷富雄(2018)多様な稲による地域おこし―滋賀県の稲 作と古代米.『琵琶湖水域圏の可能性―里山学からの展 望―』(牛尾洋也ほか編,晃洋書房):182-187. 小林渡・諏訪充・前田一春・神田伸一郎・川村陽一・今智 穂美(2010)観賞用白葉稲品種「ゆきあそび」の特性. 東北農業研究 63: 3-4. 小林渡・前田一春・神田伸一郎・川村陽一・今智穂美(2011) 観賞用赤葉稲品種「べにあそび」の特性.東北農業研究 64: 1-2. 前田一春・上村豊和・神田伸一郎・須藤弘毅・須藤充(2013) 観賞用橙葉稲品種「あかねあそび」の特性.東北農業研 究 66: 5-6. 毎日新聞(2018)巨大なコンドル―猛暑乗り越え.埼玉版 2018.7.26. 小川正巳・猪谷富雄(2004)紫稲の歴史を遡る.農業およ び園芸 79: 866-868. 瀬下正晴(1999)集落で楽しむ転作−紫色のイネをつくっ て「楽しむ田」プロジェクト(田んぼの楽しい使い方, 新しい使い方).現代農業 78(6): 163-165. 須藤弘毅・前田一春・上村豊和・神田伸一郎・須藤充(2013) 観賞用赤穂稲新品種「赤穂波」及び紫穂稲新品種「紫穂 波」の特性.東北農業研究 66: 3-4. 高橋萬右衛門・木下俊郎(1968)稲連鎖地図の現況.北海 道大学農学部附属農場報告 16: 33-41. 滝田正(2001)観賞用イネ育成の現状と展望.農業および 園芸 76: 551-556. 田んぼ団(2019)HP (https://tamboart.jp/) 2019.1.20 閲覧. 第 5 図 虎姫田んぼアートのイネ品種の SPAD(グリー ンメーター)値の推移 調査は移植後,58,81,94,118 日に行い,データは 3 個体から 得た値の平均値±標準偏差で示した.Review of Torahime Rice Paddy Art in Nagahama City and the Measurement of
the Changes in Rice Leaf Color
Juntaro Aoki, Teppei Otani, Takuji Seo, Ryohei Yamamoto, Tomio Itani
Faculty of Agriculture, Ryukoku University (Seta Oe-cho Yokotani 1-5, Ohtsu 520-2194, Japan)
Summary:Rice fi eld art is a huge artwork of fi gures or letters drawn in the rice fi eld by planting rice cultivars that have leaf
color mutations or colored panicles. These rice cultivars show many kinds of leaf or panicle colors, such as yellow, purple, white or red, but the time at which the colors appear varies with both the rice cultivar and the environment of cultivation. We surveyed the rice fi eld art in Torahime District in Nagahama City and the changes of the rice leaf colors. The changes of rice leaf colors were evaluated using a color measuring instrument, and anthocyanin and green color meters. The leaf colors and the time the color appeared for each rice cultivar are reported in this paper.
Key Words: Leaf Color, Ornamental Rice, Pigment, Rice, Rice Field Art
Journal of Crop Research 64: 47-51 (2019) Correspondence: Tomio Itani ([email protected])