東南 ア ジア研究 38巻 1号 2000年 6月
サ ラワク州 イバ ン村落 にお け る湿地 田稲作
-
植付 け方法 にみる適応戦略
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*
AlthoughthelbanofSarawakarefamousfortheirshiftingcultivationofhillpaddy,
swampricecultivationisalsocommonlypracticedwhereswamplandsexist.Ithasbeen reportedthatthefarmingoperationsare:cuttingScleriagrasswithalongbushknife,
burningthecutgrass,transplanting,andharvesting.Oneofthecharacteristicsofthis methodistransplanting.Inthestudyvillage,however,Somedifferentoperationsfrom thosementionedabovewerepracticed,andthefarmingoperationswereobservedtobe differentdependingon thehousehold. In thispaper,Iwillfirstdescribethefarming operations,especially thoseofland preparation and planting,and then examinethe relationshipbetweentheplantingmethods,thetypeofvegetation,andtheconditionsof households.
Ⅰn thevillage,theplantingwascarriedoutnotonlybytransplantingbutalsoby broadcasting. In thelandpreparation,notonlyScleriagrasslandsbutalsosecondary forestsandLeersiagrasslandswereutilized;andaherbicidewassprayedinmanycases insteadofcuttingbybushknife.
Arelationshipwasfoundbetweenthetypeofvegetationandthelandpreparationand plantingmethods.Forexample,infallowSclen'agrasslands,wheresmallamountsofweed wouldappear,thebushknifewasusedforlandpreparationandbroadcastingcouldbe practiced,whileinLeersiagrasslands,wheremanyweedswouldappear,theherbicidewas sprayedandonlytransplantingwaspracticed.Eachhouseholddetermineditsplanting methodandcultivatedarea,basedontheavailabilityofmanpowerandtheimportanceof riceforthehousehold.Thelbanareknowntochangetheireconomicactivitiesdepending ontheeconomicconditionsoftheirsurroundings.Swampricecultivationisnotnecess a-rilythemainactivityofahousehold,andthemanpowerthatallocatestoricecultivation dependsonitslivelihoodstrategy.
Ⅰn thispaper,itwasfoundthatnotonlytransplantingbutalsobroadcastingwere practiced,andnew methods,suchassprayingofherbicides,wereadopted,basedonthe farmers'accurateknowledgeofthevegetation. Each householdselected thefarming methodsandtechniques,followinganlbanstyleofthelivelihoodstrategy.Asaresult,
variousfarmingoperationswereobservedinthestudyvillage.
* 京都大学大学院人 間 ・環境学研究科;GraduateSchoolofHumanandEnvironmentalStudies, KyotoUniversity,46Shimoadachi-cho,Yoshida,Sakyo-ku606-8501,Japan
市川 :サラワク州イバ ン村落における湿地田稲作
Ⅰ
は
じ め
に
サ ラワ クの イバ ンIbanは,Freeman[1955] やGeertz[1963] を通 じて,一 般 に山地焼 畑 民 と して名 高 い。 しか し,彼 らは,焼 畑 1)で の陸稲 栽 培 だ けで はな く,湿地 が存 在 す る と ころで は水 稲 栽培 も普 通 にお こな って い る [Pringle1970:26]。水 稲栽 培 は, イバ ン語 で ウマ イパ ヤ umaipaya(umaiは稲作地 :payaは湿地 の意 )と呼 ば れてお り,本稿 で い う湿地 田 はそれを訳 した言 葉 で あ る。 サ ラワ クにお いて は, 州面 積 の5分 の 1を 占め る海 岸 平 野 お よ び ラ ジ ャ ン川 やバ ラム川 とい った大 きな河 川沿 い に湿地 が広 く分 布 し, そ こで は湿地 田稲作 が米 作 りの中心 とな って い る。さ らに,類 似 した稲 作 は,東 南 ア ジア島峡部 の熱帯 湿 潤気 候 区,す な わ ち マ レー 半 島, スマ トラ, ボル ネオ, ス ラウ ェ シ, ミンタサ オな どの海岸 近 くで普遍 的 に見 られ る [高 谷 1990:76
]
。
こ う した湿地 田稲作 お よ びそれ に類 似 した稲作 は, 人 間 の営為 をむ や み に加 え な い, 東 南 ア ジア熱 帯 湿 潤 気 候 下 の湿 地 に適 応 した栽 培 技 術 で お こな わ れ る と され て い る [福 井 1980: 725]。 す なわ ち, カヤ ツ リグサ科 草地 を山刀 で伐 採 し, 火 入 れす るだ けで本 田準 備 を終 え, 移 植 に よ る植付 けを お こな い, 後 に収穫 す る とい う もので あ る。 この稲 作 の特 徴 は無 耕起 と移植 と指摘 されて い る [高谷 1978:32]。 しか しなが ら,私 が定 着調 査 を お こな った イバ ンのN村 で は, これ まで報告 されて いない湿 地 田稲 作 の様 々 な特 徴 を確認 で きた。 最 も注 目 され るべ き点 は, 植 付 け方 法 にお いて移 植 だ け で な く, 直播 (散 播 ) が見 られ た こ とで あ る。 しか も, 散 播 は近年 お こなわ れ るよ うにな った ので はな く, 過 去 にお いて は, む しろ散 播 が植付 けの 中心 で あ った よ うだ。 また, 湿地 田 は カ ヤ ツ リグサ科 草地 ばか りで な く, 林地 や イ ネ科 草地 で も開 か れ, 本 田準 備 の除草 は, 山刀 で の 伐採 以 外 に除草 剤 の散 布2)に よ って もお こなわれ て い た。 そ して, 植付 け方 法 は田 を開 く前 の 植 生 と関係 して お り, さ らに植 付 けを含 む栽 培 方 法 が世帯 ごとに異 な る ことが わか って きた0 そ こで本 稿 で は,N
村 で見 られ た植付 け技 術 と植生 との関係 につ いて検 討 し, さ らに, 世 帯 ご とに植 付 け方 法 が異 な る理 由を世 帯 の構 成 員 と生 業 の観 点 か ら考察 す る。 本 稿 で は, 以 下, Ⅱで は調 査 村 の概 要 を説 明 す る。 Ⅲで は村 の各 筆 で観 察 され た稲作 作 業 を 具体 的 に紹 介 し, 作 業体 系 を植付 け方 法 に着 目 して頬 型 化 して い る。 Ⅳ で は, 作 業類 型 ごとの I)本稿でいう焼畑 とは,丘陵斜面などの比較的乾燥 した土地で林地を伐採, 火入れ後, 陸稲 と副菜類 の種子を点播 し,栽培する農地である。 2)本田準備に除草剤が利用 されていることは,Sutlive[1972:215-216],Hoki[1977:458],福井 [1980:714]が報告 しているが,除草剤の種頬,植生 との関係,使用量などの細かい点 については 触れていない。東南 ア ジア研究
3
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巻 1号 投入労働量,経費 および収量 につ いて検討 し, Ⅴで は植付 け方法 と植生 および稲作世帯 との関 係 を考察 した。最後 にⅤⅠで本稿 の まとめをお こな った。 N村での現地調査 は,1
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5
年7- 8
月,1
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年2- 6
月お よび10- 11月 にお こない,1
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年7- 8
月 お よび1
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年8- 1
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月 に補足資料 の収集 をお こな った。 したが って,本稿で述べ る湿地 田稲作 は主 に1
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5- 1
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年 にか けての様子で あ る。村 び との家 に下宿 しなが ら,栽培 方法 につ いての観察,聞 き取 り,各筆 の面積 および収穫量 の測定, また,村 の全世帯 に対 して 生 業 や生計 につ いて のイ ンタ ビューを実施 した。聞 き取 りや イ ンタ ビューな どはイバ ン語 に よ ってお こなわれた. また, 田の面積 の測定 およびイ ンタビューの際 にはイバ ンの助手 を使 っ た 。 Ⅱ調査村 およびその周辺 の概要
1.村 の位置 および自然条件 サ ラワク州 の面積 は約1
2
万km2で, そ こに1
6
0
万人余 り [Department of Statistics, Malaysia1
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]
が住 む。人 口密度 は1
3
人/km2と希薄 である。地形的 には,沿岸部 や河川沿 い にやや内陸 まで広が る低地帯,河川 中流域 に広 が る丘陵地帯, そ して上流域 の山地帯 の大 き く 3つ に分 け られ る。住民 は, イバ ンを は じめ,華人, マ レーMalay, ビダユBidayuhな どの多 民族 か らな る。 この うち, イバ ンは, ここ4
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0
年 はどの間 にサ ラワク内全域 に勢力範囲 を拡大 した。今 日で は, ほとん どの河川 の中 ・下流域 に広 く居住 し,州 の人 口の約3分 の1を占め る最 大民族 であ る。 調査 をお こな った N 村 は,バ コ ン川沿 いの湿地 と,内陸か らせ り出 して きた丘 陵が出合 う地 点 に位置 してい る。このため,村 の面積 の約3
7
km2の うち,半分 は丘陵地,残 り半分がバ コ ン 川沿 いの湿地 で ある。 村 は, ミリか ら ミリ ・ピン トゥル道路 (以下MB道路 と記 す) を ピン トゥル方面- 3
0km
はどの ところに位置 し (図1), ミリか らは1時間 に2本 はどの割 でバ ス が出てい る。 い くつかの ロ ング- ウスが散在 す るMB道路沿 いに,すべての村 び とが生活 して いる。 ミリは,市街地人 口約 10万3千人 [ibid.]で,サ ラワクの中で は3番 目の人 口を擁す る。1
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年以 降 の石油産業 や1
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年代 のバ ラム川流域 を中心 と した木材伐採産業 の隆盛,さ らに,1
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年代 の経済成長 に影響 され急速 に発展 して きた都市 であ る。 この辺 りの年 間降水量 は2
,
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mm程度 あ り,特 に9- 1
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月 は多 雨 で月 間2
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mm 以上 の降雨が ある。逆 に2- 3
月 は比較的雨 が少 ないがそれで も1
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0- 1
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mm
程度 の降雨が ある。土壌 は,川沿 いの湿地 に泥炭土壌 や沖積土が広範 に分布す る一方,道路沿 いの丘陵地 の 谷部 には砂質土 が広 く分布す る [DepartmentofAgriclutureSarawak1
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2
]。市川 :サ ラワク州 イバ ン村落 にお け る湿地 田稲作 隅査対象村 医11 調査地域 0 10 20 30k-2.ロングハウスおよび生業 ロ ング- ウスはイバ ンが居住 す る長屋式 の住居 で, サ ラワクで は一般 的 に見 られ る。 その内 部 は基本 的 に ビレック
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(居室) とルアイr
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(通廊)にわかれ る。 ひ とつ の ビレックに共 に住 む メ ンバ ー は, 多 くの場合血縁 でつ なが り,生計 を一 にす る独立 した集団 を構成 す るとさ れ,Freeman [1955:3-8]はそれを ビレック家族 (bilekfamily)と呼 んだ。N村 で もや は りビ レック単位 で生計 がたて られてお り,本稿 で 「世帯」 とい う場合 は この ビレック家族 を指 して い る。3) 1996年 5月 の時点 で,N村 の世帯数 は84, 各世帯 の構成 員 の合計 は454人 であ った。 しか 3)Freeman[1955:5]は, ビレック家族 が食生活 を共 に し,焼畑 な どの生業 や儀礼 な どを共 にお こな う単 位 で あ る と して い る。 また, イバ ン自身 も同 じビ レック内 の構 成 員 の集 合 を セ ビ レック ( se-bilek,seはひ とつ を表 す接 頭辞) とい うひ とつ の単位 と して認識 して い ることを報告 して い る。 今 日のN村 で も, ビ レックは生 業 をお こな う際 の経 営 単位 と して存 在 して お り, また,村 び と自身 もセ ビレックと してその単位 を認識 して い る。東南アジア研究 38巻1号 し,婚入,婚 出, 出生,死亡, 出稼 ぎ等 の理 由で在村人 口は常 に変動 して いた。特 に, 出稼 ぎ のため に世帯 の構成員 のいずれかが2,3カ月か ら数年 間村 を空 けることは普通 に見 られた。4)し か も,仕事 は,長期 的 に身分 が保証 され安定 した収入 の得 られ る役人 や企業職員 とい った常勤 職 はほ とん ど見 られず,建設現場 での労夫 な どの短期 的契約 が ほとん どで あ った。 このため, 実 際 の在村者数 は少 な くな り, 村 び との出入 りは激 しか った。1995年 6月∼ 1996年 5月 の 1 年 間 の うち6カ月以上在村 した者 は 262人 で あ った。N村 の ほ とん どの村 び とはイバ ンであ る が, 6人 の華人男性 と, 1人 の カ ダザ ン Kadazan5)男性 が村 の女性 と結婚 して いた。 1995年 6月∼ 1996年 5月 の 1年 間 に, 各世帯 がお こな った生計 を支 え るための活動 とその 実施世帯数 (括弧 内)は,湿地 田稲作 (38),焼畑 での作物栽培 (14),野菜栽培 お よび販売 (8), コシ ョウ栽培 お よび販売 (28),果樹栽培 お よび果実 の販売6)(16),家畜飼育 お よび販売7)(68), 漁携 (46),狩猟 (36),木材伐採 ・製材 お よび販売 (23), ラタ ン寵 の製作 と販売 (56),雑貨 屋経営 (6),車 によ る村 び とや物 の運搬 (3), 出稼 ぎ (71) で あ った。近年,道路沿 いに移 住 し,町 との繋 が りが強 ま った ことによ り現金 の重要性 が増 して きた。そのよ うな状況 の中で, 出稼 ぎは現金収入 を得 るために重要 で, ほ とん どの世帯 が携 わ ってお り, 出稼 ぎ世帯 の現金収 入 の79% が出稼 ぎか ら得 られて いた。村 内での仕事 で現金収入 を得 るために特 に重要 なの は, コシ ョウ栽培,木材伐採 ・製材, ラタ ン龍 の製作 で あ った。8) 湿地 田稲作 と作業 期 間が完全 に重複 す る仕事 は,労働 力 が村外 に出て しま う出稼 ぎのみで あ った。 したが って,村 でお こなわれ るほ とん どの仕事 は, 時期 や一 日の内の作業時間 をず ら して稲作作業 と重複 しないよ うにお こな うことがで きた。焼畑 での作物栽培 は,湿地 田稲作 と 似 たサイ クルでお こなわれ るが, その作業 は湿地 田稲作 に少 しずつ先昏区けてお こなわれ るため 作業期間 の重複 は避 け られて いた。 ただ, コシ ョウの収穫期 の初期 と米 の収穫期 の一部 (3月 頃) が重 な ることが あ った。 したが って, コシ ョウ栽培 はほとん どの場合,労働力 とな る家族 構成員 の多 い世帯 でお こなわれて いた。 4)イバ ンの男性は, プジャライbejalaiという出稼 ぎ慣行で知 られる [Freeman 1955:74-75;Kedit 1993参照]。若い男性が一年のうちほとんど村にいないことも普通である。 5)カダザンは,サラワク州にはほとんど居住 していないが,サバ州では全人口の30%近 くを占める 最大民族で,内陸か ら東西の海岸までの間に広 く分布 している。 6)果実は余剰が出た場合,道路沿いの小屋や ミリの街頭で販売された。面積や樹種を問わず果樹園を 持 っている世帯は71あるが,販売に携わったのが16世帯であった。果実が毎年ではなく数年 ごと になる種類が多いと村びとは指摘 していた。 7)村では主にニワ トリ,ブタ,アヒルが飼われていた。ニワ トリはしばしば ミリに運ばれ売 られた。 8)木材伐採 ・製材は, バコン川沿いの湿地林内でチェンソーを用いて樹木を伐採 した後,角材に製材 して華人商人へ売る仕事である。 ラタン寵の作製は,村内外の森から採集 した自生のラタンで龍等 を作 り,それをMB道路沿いや ミリの街頭で売る仕事である。
市川 :サ ラワク州 イバ ン村落における湿地臼稲作
Ⅲ
湿地 田における栽培方法
調 査年 にお いて, 湿 地 田稲 作 の作 業 が稲 作 世帯 全 体 や一 部 の グル ー プに よ り共 同 で お こなわ れ るの は稀 で, ほ とん ど世帯 単 位 で お こな われ て いた。 稲作 の手 順 は, 大 き く本 田準 備 , 稲 の 植 付 け, そ して収 穫 へ と進 む。 これ らの作業 の内,本 田準 備 と植 付 けの方 法 は, 田が開 か れ る 土 地 の植 生 に よ って異 な る と と もに,世 帯 ご との違 い も見 られ た。以 下 に,1995- 1996年 にN 村 で お こなわ れ た本 田準 備 か ら収 穫 まで の様 子 を記 述 す る。 1. 本 田準備 (1) 林 地 で の本 田準 備 8月 中旬 か ら本 田準 備 が始 ま った。二 次 林(
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9))を開 い たの は,稲作 をお こな った38 世 帯 中4世 帯 とわず か で あ った。 二 次林 は, 以 前 の湿地 田が放 棄 され, そ こが森 林 に回復 した 場 所 で あ った。休 閑 期 間 は7- 10年 弱 ほ どで,樹 木 は大 きい もの で二 の腕 は どの太 さ10)で あ っ た。
林地 で の本 田準 備 の手 順 は, まず,林 床 の下 草 , ツル類 ,低 木 を 山刀(
duku)
で刈 り取 り, 1- 2週 間 の乾燥 期 間 を お く。 そ の後 , チ ェ ンソー, 斧 , 山刀 を使 って高 木 を伐 採 した。 これ は男 が 中心 とな る仕 事 で, 特 に チ ェ ンソーの使 い手 はす べ て男 で あ った。 伐 採 木 は2週 間 は ど 放 置 ・乾 燥 され, 数 日間 晴天 が続 くと きを見 計 ら って火 が入 れ られ た。11)村 び とに よれ ば, 柿 地 を開 くことは, 男手12)が確 実 に必 要 に な る こと と, 作 業 が容 易 で な い とい う理 由で, 男 仕 の 作 業 者 が いな い世 帯 で は敬 遠 され る。 (2) 草地 で の本 田準 備 草 地 は大 き く2つ の植 生 型 に分 け られ た。 ひ とつ はエ ンパ サ ンe
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と呼 ばれ るカヤ ツ リグサ科 の大型 多年 草 (高 さ1.5- 2.2m 程度 , 根 元 直径 が5 9)イバ ン語で二次林一般を指す。 10)イバ ンは,太 さなどを体の部位を用いて表現することが多い。 ll)村びとによれば, 地表の水の移動が大 きい湿地 においてこの火入れの意義は, 土壌の肥沃性を高め ること以上 に, 後の作業の邪魔 となる横たわ った伐採木や切 り株を焼却 して作業効率を上げること にある。火入れが うまくいかない場合,後にお こなう散播のまきむ ら調整,収穫などの作業が,倒 木をまたぎ,かい くぐりなが らの面倒な作業 とな り,同時に稲の植付け面積 も減 る。 12)男 はしば しば出稼 ぎのため村を不在にす るので,稲作 は女中心 に進め られる。Fr
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5
] も イバ ンの稲作作業が, 大木の伐採などの一部の作業を除いて女中心 に進め られ ることを指摘 してい る。東南アジア研究 38巻 1号
写実 l カヤツリグサ (Scleria sumatrensis 写真2 タイワンアシカキ (LeeTSiahexandra
Retz.)草地 :高さ1.5- 2.2m程度,
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)
草地 :高さ5
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程度で, 根元 根元直径が5mm
程度の大型多年草が 直径が1- 2mm程度のイネ科が優占優占する。 する。
mm
程度 ,以下,カヤ ツ リグサ)が優 占す る草地 (以下,カヤ ツ リグサ草地 )で あ る (写真 1)0 もうひ とつ は, エ ンク ロポ ッenkropok (LeersiahexandrlaSw.)と呼 ばれ るイ ネ科 の タイ ワ ン ア シカキが優 占す る草地 で あ る。 タイ ワ ンア シカ キ は高 さ5
0c
m
程度 で,根 元 直 径 は1- 2mm
程度 で あ る (写真2)
。また,両 種 が混在 す る草地 も見 られ た。13)ヵヤ ツ リグサ草地 とタイ ワ ンア シカキ草 地 で は本 田準 備 の方法 が異 な るため,草地別 にそ の方 法 を見 てみ よ う。 a.カヤ ツ リグサ草地 で の本 田準備 カヤ ツ リグサ草地 で は,刃渡 り 1m 程 の山刀 が野球 のバ ッ トスイ ングの要領 で振 られ,草 の 根 元 が刈 り取 られ た。14)茎 が太 く硬 いため スパ っと容易 に伐採可能 で あ るが, 山刀 をひたす ら 振 り続 け,伐採 す るの は きつ い作業 で あ る。 ただ し,本 田準備 は,後 にお こなわ れ る植付 けや 収穫 作業 と異 な り,短 期 間 で仕上 げ る必要 が な いため,世帯 によ って伐採 にかか る期 間 は大 き く異 な って いた。 例 えば,作業 者 が高齢 な世 帯 は一 日少 しずっ作業 を進 め長 い期 間 か けたの に 対 し,壮 齢 の作業 者 が い る世帯 は連 日長 時 間 の作業 をお こなえ たので短 期 間 で仕上 げ る ことが 多 か った。 カヤ ツ リグサ草地 で は人丈以 上 の硬質 な草 の密生 に よ り, 草地 の中 を歩 き回 って お こな う除 草剤 の散 布 は,労 力 がかか る ことに加 え, 散 布 ノズルが葉 茎 に邪魔 され操 りに くくうま くで き な い。 また,村 び とは大 き くな った カヤ ツ リグサ に は除草剤 が効 きに くい とい う。 カヤ ツ リグ13)この他, 中型のイネ科のムライmelai (Zschaemum magnum Rendle.かIschaemum goebelii
Hack. のいずれかの種) と呼ばれる草本が面積的にはごくわずかだが MB道路沿いの湿地で砂質 土が広がるところに優 占していた。村びとは, ムライの生育地は土が葺栄養なため稲作には不適で あるが,カヤツリグサやタイワンアシカキの生育地 は肥沃で稲作に適 していると認識 している。 14)2世帯が山刀だけでなく,手持ち式でエンジン与区動の草刈 り機を使用 した。
市川 :サ ラワク州 イバ ン村落 にお ける湿地 田稲作 サ草地 で は除草剤 の散布作業 が難 しい こととその有効性 な どの点 か ら山刀 による伐採 が向 いて い るわ けで あ る。 伐採 された草 は, 1- 2週 間程度乾燥 のために放 置 され,数 日間晴天 の続 いた 日を見計 らっ て火入 れ ・焼却 され た。15)火入 れ は9月上旬 ∼中旬 にすべての田でお こなわれた。 火入 れ後 の 作業 は,植付 けが散播 か移植 の どち らで お こなわれ るか によ って異 な って くる。 散播 でお こな われ る場合,本 田準備 は火入 れ まで とな る。 移植 でお こなわれ る場合,再生 して きたカヤ ツ リ グサの芽 が刃渡 り50cm ほ どの短 い山刀 で移植 開始 直前 に刈 り取 られ るか, 除草剤 パ ラコー ト16)が散布 され ることによ り2回 目の除草 がな された。 b. タイ ワ ンア シカキ草地 での本 田準備 タイ ワ ンア シカキ は, 茎 が細 く柔 らか いため山刀 を振 って も薙 ぎ倒 され るばか りで切断 され に くい。仮 に切 られて も旺盛 に再生 す るため稲 が競争 に負 けて しま う。 そのため, タイ ワ ンア シカキを完全 に除草す るために除草剤 パ ラコー トが必要 とな る。 タイ ワ ンア シカキ とカヤ ツ リ グサの混生草地 で は,植生 の状況 によ り判断 され, 山刀 によ る伐採 かパ ラコー トの散布 の いず れかがお こなわれた。パ ラコー トの散布 には背負 い式 で手 動 の散布機 が用 い られ た。19リッ ト ルの散布 液 で満 た され た タ ンクを背 負 って,片手 で ポ ンプを上下 させ, もう一 方 の手 に長 さ 50cm ほどの噴霧 ノズルの柄 を握 って, 草地 内を くまな く歩 きなが ら散布 して いた。 冠水位 が 高 い場 合 や散 布 直後 に雨 にみ まわ れ た場 合 は除草効 果 が落 ち るため,再度散 布 され る こ とが あ った。 除草剤 によ って枯 れ た草 は, しば らく放 置 ・乾燥 後,火入 れ ・焼却 され た。 その後, 1カ月 はど して,再生 して きた タイ ワ ンア シカキに対 して移植 直前 に再度 パ ラコー トが散布 され た。 (3)湿地 田の面積 この よ うに して開か れた田の面積 は,一筆 当た り0.08- 1.48ha (平均0.54ha)で あ った。 植付 け方法 の違 いに よ る田の面積 の明確 な差 は見 られなか った。調査年 で は, 湿地 田稲作 をお こな った38世帯 中 12世帯 が 2筆 の田を,他 は 1筆 のみ を開 いたため,合計 で 50筆 の田が作 ら れた。世帯 ごとで は0.ll- 2.35ha (平均 は0.87ha) の田が作 られた。世帯 間での田の最大 と 最小 の面積 の間 には20倍 強 の差 が あ る。 15)この火入 れの意義 は, その後 の作業 (特 に移植) を容易 にす るため田に積 もった枯 れ草 を取 り除 く ことであるという。 16)パ ラコー トは, 非 ホルモ ン型 の接触性除草剤で, 草種 による選択性 は少 な く, ほとん どすべての草 に強 い除草効果 を示す。
東南 ア ジア研究 38巻1号 2.散播 または移植 による植付 け 植付 けで は,熱帯湿潤気候下 の湿地 での稲作 の特徴 のひ とっ とされて きた移植 [高谷
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福井1
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0:7
1
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]
がお こなわれているの と同時 に,直播 (散播) もN
村 で は一般的 に見 ら れた。以下 に,各 々の方法 につ いての観察結果 を記述 す る。 (1)散播 林地 が開かれた ところで は,火入 れ後植付 けはすべて散播 によ ってお こなわれた。 また, カ ヤ ツ リグサ草地 が開かれた ところで も散播作業が よ く見 られた。散播 は 9月上 ・中旬 にお こな われた。種杖 は水 に浸 すな どの予措 を しない乾 いた ものであ った。火入 れ直後 に田の中を歩 き つつ種籾 をば らま くだ けなので,散播作業 は移植 に比べれば非常 に楽 で時間 もかか らない (写 真3)。 しか し,まきむ らやスズメの食害,地表水 による種粗 の流 出などによ り-筆 内で稲 の生 育密度 に差 がでやす い。このため,1
0
月中旬 か ら11月上旬 にか けて,生育 の密 な部分 か ら稲 を 間引 き,疎 な部分-移植 す る 「間引 き移植」作業 がお こなわれた。村 び とによれば,数 あ る問 題 の中で もまいた種籾 が スズメに食 われて しま う食害 には最 も悩 まされ るとい う。 こうした食 害 によ ると考 え られ る稲 が発芽 しない部分-苗 の補植 をす る世帯 も見 られた。 (2)移植 林地 が開かれた ところで は移植 はお こなわれなか ったが, カヤ ツ リグサ草地, タイワ ンア シ カキ草地, またはカヤ ツ リグサ とタイワ ンアシカキの混生草地 のいずれの草地 が開かれた田に おいて も移植 による植付 けは見 られ た。 移植 に先立 ち,畑苗代 が9月上旬 か ら中旬 に田の周辺 や ロ ング- ウスか ら田までの途 中 の道 わ きの高 みに作 られた。苗代設置場所 の草木 を山刀 で刈 るかパ ラコー トを撒 くか して枯 らして か ら火 入 れ を し, そ こを穿孔 棒 に よ り穴 を あ け,種籾 を点播,覆土 したあ と肥料 をば らまい た。本 田へ の移植 は,稲 が発芽 ・生育 し,苗が3
0c
m
を越 え る1
0
月 中旬 か ら始 ま り,11月 中 旬頃 に はほとん どの世帯 で終 わ って いた。移植 は,長 さ1m
程 の穿孔棒 を用 いて片手 で穴 をあ け, もう一方 の手 で苗 を- つ まみずっ その穴 に 差 し込んで い く作業 で ある。植 え付 けされた苗 の苗間 は2
5c
m
程度 であ った。村 び とは,苗代 の苗 の草丈 が高 くな りす ぎてか らの移植 は好 ま しくない と考 えてお り,移植作業 はあ る程度 写真3 散播作業中。二次林を開いて4年 目の 湿地田に乾いた籾をばらまく。市川 :サ ラワク州 イバ ン村落 にお け る湿地 田稲作 短期間 で集 中的 にお こなわれ る。 腰 を屈 めた移植作業 は,散播 に比 べて格段 に きっ いが,散播 によ るよ うな発芽 の不揃 いの問題 がない移植 は,植付 けが終 わ って しまえば収穫 まで ほ とん ど 手 がかか らない。 さ らに,植付 け後 の雑草 との競争 に有利 なので生育 が確実 で,分 げっ しやす く穂数 が多 くな るため収量 が高 い と,移植 の利点 を村 び とは説 明 して くれた。
3.
植付 け後 の除草,害虫対策 お よび施肥 散播 と移植 にかかわ らず植付 け後 に最 も多 く出現 す る雑草 は, エ ンチ ュル ンガenchurunga (Ludwigiasp.)と呼 ばれ るアカバ ナ科 チ ョウジタデ属 の一種 (以下,チ ョウ ジタデ属)であ る。 チ ョウジタデ属 を含 む広葉雑草 は,除草剤2,4-D17)の散布 によ って除草 され る。なお,2,4-Dの 使用量 につ いて, 移植 田 と散播 田の間 に明 らかな差 は見 られなか った。 チ ョウジタデ属 は湿地 で旺盛 に繁茂 す るが,休 閑草地 と林地 が開 かれ た田や,常 に冠水 して い るところで は多 く見 ら れ ない。 したが って, 除草 にかか る手 間 は,場所 によ って, また同 じ場所 で も年 ごとの水条件 で異 な る。 稲 の植付 け後村 び とに除草 の予定 を聞 くと, チ ョウジタデ属 が多 く出れ ばす る し, 少 な けれ ば しな い とい う答 えが返 って くるの は このた めで あ る。 ただ し,本 田準 備 時 にパ ラ コー トを適切 に散布 した ところで は,草本 の地上部 が完全 に枯死 し,再生 が遅 れ るため植付 け 後 の除草 の必要性 が少 な くな るとい う。 散 布 は 11月下 旬∼ 12月 の間 の 1- 2日ほどでお こな われた。 害虫 は年 ごとや場所 ごとに発生状況 が異 な り,大 きな被害 が出 る年 もあ るとい う。 主 な害虫 はエ ンパ ンガ ウenPangau(カメム シ類)とブ ンガスbengas(イナ ゴ類)で,これ らに対 して殺 虫剤 が散布 され た。殺 虫剤 の使用量 につ いて も,2
,
4
-
D
と同様,移植 田 と散播 田の間 に明 らか な 差 は見 られ なか った。 また,丘 陵地 の谷部 に作 られ た田で は,移植後 しば らくして施肥 され る ことが あ った。 4.収穫 収穫 は, 2月下旬 あ るいは 3月上旬 か ら, ク タ ップ ketapとい う掌 に隠 れ るほどの小刀 を用 いて,穂摘 みでお こなわれた。村 び とによれば,移植 した田の方 が散播 した田よ り稲 の穂数 が 多 いため,作業量 も増 え るとい う。 収穫作業 の観察 や収穫 日数 の聞 き取 りか らも移植 田の方 が 作業量 がかか ることが わか った。本 田準備 か らの一連 の作業 の中で,収穫 は連 日早朝 か ら日没 まで最 も集 中的 に作業 がお こなわれ た。 これ は,登熟 した穂 を一 目で も早 く収穫 す る ことによ り, スズメ, サル, ノブタな どによ る食害 や, 稲 の倒伏 によ る作業 の非効率化 を防 ぐためで あ 17)2,4-Dはホルモ ン型 の除草剤 で,広葉雑草 のみ に選択 的 に効 く。東 南 ア ジア研究 38巻 1号 表1 湿地 田稲作の作業 の類型化 作 業 頬 型 主 な 作 業 の 流 れ
敬
81 (林地伐採型) 林床のツル .草木類の伐採-林木の伐採-火入れ一散播-山刀による除草-間引き移植 - 収穫 播 82 (山刀除草型) 山刀による除草 - 火入れ一散播-山刀による除草-間引き移植 - 収穫壁B3
(山刀除草 .補樽型) 山刀による除草 - 火入れ一散播-山刀による除草-間引き移植と補植-収穫拷T
l(山刀除草型) 山刀による除草 - 火入れ - 山刀による除草 - 移植 - 収穫 植T
2(山刀 .除草剤除草型)
山刀による除草 - 火入れ - パラコー トによる除草 - 移植 - 収穫 型T
3 (除草剤除草型) パラコー トによる除草 - 火入れ - パラコー トによる除草 - 移植 - 収穫 出所 :現地調査 によ り筆者 が作成。 表 2 筆別 の植付 け方法 作 業 類 型 筆 数 計 散 播 型 B1B2B3 1470 21 移 植 型 T2.T3T1T2T3 14706 27 出所 :現地調査 によ り筆者 が作成。 表3 世帯別 の植付 け方法 作 業 類 型 世帯数 計 散 播 型 BlB2 43 15 B3 8 移 植 型 Tl 2 18 T2 5 T3 6 T2.T3 4 Tl.T2 1 散 播 型 と B2.T3B3.T2 21 5 移植型 B3.T3 1 B3.T2.T3 1 出所 :現地調査 によ り筆者 が作成。 るとい う。摘 み取 った稲穂 は, ロ ング- ウスに近 い田か らは毎 日運 び帰 るが,少 し離 れ ると田 の傍 の出作 り小屋 に収穫作業 が終了 す るまで一時的 に保管 され ることが多 か った (そのまま出 作 り小屋 で保管 され る場合 もあ った)。収穫作業 は3月下旬 には大部分 の世帯 で終了 していた。5.
稲作作業 の類型化 東南 アジア島峡部 の熱帯湿潤気候下 の湿地 にお ける稲作方法 の特徴 のひ とつ は,移植 とされ て きた [高谷 1978:32;福井1980:712]。 しか し,N村 で は移植 の他 に散播 による植付 けが一 般 的 に見 られた。 そ こで,稲作作業 を散播 と移植 に着 目 して分 けた後, さ らに本 田準備 の方法 や補植 の有無 によ り細分化 し6つ に類型化 した (表 1)。 各筆 ごとにお こなわれた作業類型 を見 ると,散播型 (Bl,B2,B3)が全体 の 42% に当た る 21筆 で,移植型 は 54% に当た る 27筆 でお こなわれて いた (表 2)。 また, 2筆 で散播型 と市
川
:サ ラワク州 イバ ン村落 にお ける湿地 田稲作 移植型 が同 じ筆 内でお こなわれていた。世帯 ごとに見れば,散播型 が 39% に当た る 15世帯 で, 移植型 が 47% に当た る 18世帯 でお こなわれた (表 3)。また, 5世帯 (13%)が散播型 と移植 型 ともにお こな った。Ⅳ
労働投入量,必要経費 および収量
1.収量, 自給状況および米 の販売 すでに述べ た とお り,収量が移植 田 と散播 田で異 な ることは村 び とも認識 して いた。実際 の 収穫米 の計測結果18)か ら平均籾収量 を算 出す ると,移植 の場合 (作業類型 T l,T2,T3) は - クタール当た り 1,610kg,散播 の場合 (Bl,B2) は 1,110kgであ った。19) 収穫 された米 は,世帯 内で消費 され,余剰 が出た場合 はそれを売 る世帯 が見 られた。調査年 の収穫 によ って各世帯 における自家消費米 の 自給 の可否 を推定20)す ると, 収穫量 の計測が可能 であ った 25世帯 中 自給可能 であ るのが 10世帯 のみ と大半 が 自給 で きない ことにな る。21) N 村 で は,湿地 田お よび焼畑 での米作 りをお こなわなか った世帯 (41世帯)は もちろん,稲作世帯 で も自家消費米 の不足分 の購入 は普通 にお こなわれていた。 余剰米 が生 じた世帯 は, それをバ コ ン川沿 いの隣 り村 に定期的 に来航 す る華人商人 の屋形船 (bandong)やバ コ ン川
沿 いの商業伐採 キ ャンプにあ る程度 まとめて売 った り,また,小分 けに して ミリの街頭で販売 していた。1996年 5- 6月頃の販売価格 は,華人商人 の屋形船 に対 して は 2.0- 2.5リンギ ット 22)/kg(白米), ミリの街頭 で は 3.4リンギ ッ ト/kg (白米)であ った。 販売量,販売先,時期 な どは,各世帯 の現金 の必要性 に応 じて決 まるが,収穫 直後 が最 も頻繁 に売 られた。その際,先年 の古米が売 られ ることが多か った。1995年 6月∼ 1996年 5月の 1年 18)収穫量 の計測方 法 は,収穫米 の保管方 法 に よ って異 な る。収穫 され た米 は,乾燥 ・脱穀後, グニ guni袋 (市販 の肥料 や飼料 が詰 め られて いたナイ ロ ン製 の袋)や テ ィバ ンtibangと呼 ばれ る米 び つ に納 め られて保管 され る場合 があ った。 また, 脱穀せず に穂 のまま乾燥 させ出作 り小屋 に山積 み で保管 された場合 もあ った。 ダニ袋 の場合 はひ とっずつ袋 を秤量 し, 米 びつの場合 は体積 か ら重量 を推 定 した。穂 の まま山積 みで保管 され た場合 は,収穫 量 の計 測 ・推定 は困難 で あ りお こなわ な か った。 収量 は前述 の とお り, 洪水 な どの 自然災害や獣害 によって年 ごとに, また, 筆 ごとに大 き く変動す る。 調査年 には大 きな水害, 早魅害, および極端 な獣害 ・病虫害 は発生せず,例年 と比 べ 豊作 であ るとい う世帯 が ほとん どであ った。 19)出水や冠水 によ り収穫 が全 くないか極端 に少 ない場合 を除 いて集計 した。 20)米 の消費量 は, 村での計測および聞 き取 り結果 か ら, 1人年 間籾米270kg消費す ると し, これに 世帯人数 を乗 じて算 出 した。 世帯人数 は,1995年6月∼ 1996年5月の1年 間, 6カ月以上在村 し た者 を対象 と し,10歳以上 を 1人,3- 9歳 までを0.5人,3歳未満 を0と数 えた。 21)ただ し, 自給 の可否 は年単位 で は必 ず しも計 れない。 前年, あ るいは前 々年 か らの余剰米 が会 され ることがあ る。 例 えば, 早魅 の影響 を受 け収穫 の少 なか った1998年 の例 で は, 豊作であ った1996 年 の収穫米 を食 して いる世帯 があ った。 イバ ンの村で収穫が 自給 のための必要量 に満 たない世帯 が 多 い ことは,焼畑 の例 で はあ るがFreeman [1955:104] やPadoch [1982:78] が報告 して いる。 22)1リンギ ッ トは約42円 (1996年)であ る。東南 ア ジア研究
3
8
巻1号 間で は6
世帯が粉垂で5
0- 9
3
0kg
(平均4
42kg)
の米 を売 った。 これ らの世帯 で,1
9
9
6
年 の 収穫量 の測定が可能であった 5世帯 の うち 4世帯 は自家消費量 の 2倍以上 の収穫があ った。2.
農薬 ・肥料および手伝 い雇用の経費 除草剤 は,パ ラコー トが2
2
世帯で,2
,
4
-D は2
4
世帯 で使 われてお り,1
3
世帯 で両者共 に使 用 された。使用量 は,パ ラコー トが世帯当た り0
.
7- 1
6
リッ トル (平均6
.
0
リッ トル),2,4
-D が1- 4
リッ トル (平均2
.
0
リッ トル)であ った。除草剤 の使用量 は,植生 の状況 に左右 され る ため, 田の面積 との間には必ず しも強 い相関 はなか った。 例えば,本 田準備で山刀 によ り伐採 した後パ ラコー トをま く (作業類型T2)場合 の除草剤 の使用量 と田の面積 との相関係数 は0.
3
5
, また,広葉雑草 の多 い場合 のみ にまかれ る2
,
4
-Dの使用量 と田の面積 との相 関係数 は0.
2
4
と低 い。 しか し,本 田準備で タイワンアシカキ草地 には じめか らパ ラコー トをま く (作業 類型 T3)
場合 は,パ ラコー トの使用量 と田の面積 との相関係数 は0
.
5
5
とかな り相関がでた。 これ は, タイワンアシカキのみが ほぼ独 占的に優 占す る一様 な草地への散布であるため,単位 面積 当た りに使 われ る薬剤量が世帯間でそれほど変 わ らないため と考え られ る。 施肥 はMB
道路沿 いの丘陵地 の谷部 の田で7
世帯 のみがお こな った。5
世帯 が ミリで化学肥 料5
0kg
を5
5
リンギ ッ トで購入 し,2
世帯 が5kg
を農業局 か ら5
リンギ ッ トで購入 した。5
0
kg
以上 を施肥 (施肥面積 :0
.
5- 0
.
8
9ha)
す るのは,1
9
6
0
年代中頃以来,長年MB
道路沿 い で稲作 を続 けて きた世帯 で,施肥 は貧栄養 の丘陵地 の谷部 の湿地 で有効 だ と考えていた。 手伝 いの雇用 は移植および収穫 の際 に見 られた。 移植時 には5世帯が6- 3
0
人 目 (平均1
4
人 目),収穫時 には7
世帯が1
0- 3
0
人 目 (平均21
入 日),そ して,移植 と収穫 の両時期 には9
世帯 が6- 6
0
入 日 (平均2
4
入 日)分 の手伝 いを雇 った。手伝 いは同 じ村 の他世帯 の女性が ほ とん どであ った。報酬 はすべての世帯 が現金で払 ったが,2世帯 は一部 を米で支払 った。現金 で は1
4
リンギ ッ ト/人 目 (白米 で約6
.
2kg
に相 当),米 で は白米 で約7
.
5kg/
入 日が支払 われ た。調査年 において世帯間の労働交換 による作業 は見 られなか った。3.
作業類型別の労働投入量,経費および収量 1- 3世帯で集中的にお こな った観察 の結果か ら,湿地 田稲作 の主 な作業 の投入労働量 を算 出 し,作業類型別 の単位面積 当た りの労働投入量,経費 および収量 を算定 した (表 4).棉作作 業で は,山刀 による除草,移植および収穫で作業量がかか ることがわか る。 特 に,短期間で仕 上 げる必要 のある移植 と収穫 の時期 に作業量 は ピークをむかえた。移植が集中的に多量 の労働 を必要 とす るのに比べ ると,散播 にかか る労働量 ははるかに小 さか った。表4 ヘクタール当たりの主な作業への労働 ・資本投入 と収量
作業
類型 主 な 作 業 手 順 と 労 働 投 入 量 (入 日/ha) 投入労働量計(人 目/ha) (リンギット)パラコー ト購 入 費 (籾垂 kg/ha)収 量
Bl 林床のツル .草木類の伐採-林木の伐採-火入れ一散播-山刀による除草-間引き移植12 4 0.5 0.5 5 10 - 収穫60 92
0
1,110 B2 山刀による除草 - 火入れ-散播-山刀による除草-間引き移植 - 収穫 1020
26 0.5 0.5 5 10 60 B3 山刀による除草 - 火入れ-散播-山刀による除草-間引き移植 と補植-収穫 140 0 1,360 26 0.5 0.5 5 33 75 Tl 山刀による除草 - 火入れ - 山刀による除草 - 移植 - 収穫 177.50
1,610 26 0.5 5 56 90 T2 山刀による除草 - 火入れ - パ ラコー トによる除草 - 移植 - 収穫 174 -26 0.5 1.5 56 90 T3 パラコー トによる除草 - 火入れ - パラコ- トによる除草 - 移植 - 収穫 151 105 出所 :現地調査により筆者が作成。 注 :1)収穫での労働投入量 は,移植区で 90人 目/ha,散播区で 60人 目/haであった。 2)作業頬型 Blの林木伐採では,すべての世帯が山刀 と斧に加え,チェンソーを用いた。 3)B3では,田の2分の1で苗の補植がおこなわれたと仮定 し,
「間引き移植 と補植」 と 「収穫」の労働投入量,および収量を推定 した。 4)2,4-D,肥料,手伝いの雇用の費用は,世帯によって大きく異なるため含めていない。fF
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ぺ ヾ 王 制 訂 計 耳 か 社 是 Ef] W H'r F東南アジア研究 38巻 1号
Ⅴ
植付 け方法 と植生 および稲作世帯の状況
以下 で は,散播 また は移植 が どの よ うな植生 の状況 の下 でお こなわれ たのか, また, どの よ うな世帯 によ ってお こなわれて いたのか につ いて検討 した。 1.植付 け方法 と植生 植付 け方法 は,先 に述 べ たよ うに, 田を開 く前 の植生 と関係 が あ る。 実 際 に, どの よ うな植 生 の場所 が開かれて散播 と移植 が お こなわれ たのかを等 ごとに検討 した (表5)。その結果,敬 播 は,二次林 また はカヤ ツ リグサ草地 が開 かれた田にお いてお こなわれてお り,連作年数 は初 年 また は2年 目が大半 を 占めた.一方,移植 は,カヤ ツ リグサ草地 が開かれ た田の 10筆 でお こ なわれ ると同時 に, タイ ワ ンア シカキが生育 す る草地 が開 かれ た田で もお こなわれて いた。連 作年数 は6年以上 が大半 を 占めた。 この よ うに,散播 と移植 によ って田を開 く前 の植生 と田の連作年数 が異 な るの は,主 に植付 け後 の雑草 の発生 と関係 す る。 つ ま り,二次林 や連作年数 の少 ないカヤ ツ リグサ草地 で は,植 付 け後 の広葉雑草 の発生 が少 な いため散播 が可能 で あ った。 これ に対 し, タイ ワ ンア シカキが 生育 す る草地 で は,広葉雑草 が多 く発生 す る と共 に タイ ワ ンア シカキ 自身 が急速 に回復 して稲 に害 を及 ぼす ため,稲作 は雑草 との競争 に有利 な移植 によ ってお こなわれ た。移植 は,二次林 に開かれ た田で はその作業 が倒木 をまた ぎ, か い くぐりなが らとな り,効率 が悪 い とい う理 由 でお こなわれなか った.一方,草地 で は,移植 された苗 は雑 草害 を受 けに くいので, いずれの 植生 の草地 が開かれ た田で もお こなわれて いた。 表5 本田準備前の植生 と散播 ・移植田筆数 本 田 準 備 前 の 植 生 連 作 年 数 (筆 数) 筆 数 計 初年 2年 3年 4年 5年 6年以上 敬 二次林 4 4 播田 i; カヤツリグサ草地タイワンアシカキ草地 7 7 2 2 10
8 筆 ) カヤツリグサ .タイワンアシカキ混生草地0
移 二次林0
植田 ( カヤツリグサ草地タイワンアシカキ草地 6 1 2 61 106 出所 :聞きとりにより筆者が作成。市 川 :サ ラワ ク州 イバ ン村 落 にお け る湿 地 田稲 作 タイワ ンア シカキおよびカヤ ツ リグサの両種 とも,開放 された湿地 で は土壌 および乾湿条件 の似 た ところに生育す る。 ただ し, カヤ ツ リグサが林 内で もやや明 る く湿性 な立地 で は散在す るのに対 して, タイワ ンア シカキは林 内で はまった く見 られない。村 び とによれば,林地 を開 いた田での収穫後 そ こはカヤ ツ リグサ草地 とな るが, さ らに同 じ場所 を 5- 10年連作 す ると 次第 に タイワ ンアシカキが生育 す るよ うにな り, ついには タイワ ンア シカキが ほぼ独 占的 に優 占す る草地へ と遷移 して い く。
2
つの草地 は開放 された湿地 の異 な る自然環境 の場所 に分布す るので はな く,人為圧 の強弱が要 因 とな り形成 されてい るといえよ う。2.
散播世帯 と移植世帯 散播 と移植 ともにお こな った5世帯 を除 き,世帯 によ って植付 け方法 はどち らか一方 が選択 されていた。 ここで は,各稲作世帯 を散播世帯,移植世帯 および散播 と移植 と もにお こな った 世帯 に分 け, それぞれに見 られ る世帯 の特徴 につ いて検討 した (表 6)0 (1)散播世帯 (作業類型 Bl,B2,B3によ ってお こな った12世帯) 散播 は,主 に作業者 が高齢 (平均 60歳 :7世帯 )や病 み上が り (1世帯) とい った理 由で体 力 的 に劣 る世帯 でお こなわれて いた。高齢 の作業者 の世帯 の生 計 は,主 に子世代 の出稼 ぎに よ って維持 されてお り,作業者 は稲作 に専念 していた。高齢 のため一 時 にきつ い仕事 はで きな いので, カヤ ツ リグサ草地 の伐採 や間引 き移植 な どの作業 を毎 日少 しずつ長 い期間をか けて終 わ らせていた。 また,作業者が病 み上 が りの世帯 も小 さな田(
0
.
2
2ha)
で散播 による無理 のな い稲作 を した。 一方,前年 まで移植 をお こな ってお り,本来 は移植世帯 であ るが,調査年 で は田を二次林 に 開 いたため散播 をお こな った世帯 (3世帯)が見 られた。 この他 に,壮齢 の作業者 がい るに も かかわ らず散播 をお こな った世帯 が 1世帯 あ った。 (2)移植世帯 (作業類型Tl,T2,T3によ ってお こな った15世帯) 壮齢 の作業者 のいるほとん どの世帯 は移植 をお こな った。 ほとん どの作業者 は,現金収入 を 得 るために ラタン寵 の作製 な どの稲作以外 の仕事 をお こな っていた。世帯 ごとの作業者 の人数 や生計 を立 て る上 での稲作 の位置づ けの違 いによ って経営規模 が異 な っていた。 比較的若 い (平均 42歳)少数 (1- 2人)の作業者 がい る世帯 (4世帯) は, カヤツ リグサ 草地 に小 さめの田 (平均0
.
4
3ha
)
を開 き移植 した。 これ らのほとん どの世帯 は,親子2
世代 に よ り構成 され,子 は若齢 または学業中のため就労不可能 か,働 いて いて も就労経験 が浅 く収入東南 ア ジア研究 38巻1早 は低 い (子 の平 均 年 齢 15歳 )。 この よ うな世 帯 で は, 家 計 を 支 え る の は一 組 の夫 婦 で あ った。 農 繁 期 以 外 は妻 の み が 稲 作 に, 夫 は 出稼 ぎ な ど に従 事 し, 農 繁 期 の み 夫 が 帰 村 し稲 作 を手 伝 う 表6 散播世帯 と移植世帯 の状況 植付 け方法 世 帯 の 主 な 状 況 栽 培 方 法 等 主 な作 業 類 型 と実施世帯数 均面積田の平(ha) 散播 12世帯 作 業 者 が 1- 2人 と少 な く,高 齢 散播 のみの作業類型 B2で広 い田 B2 3世帯 0.86 (平均60歳) また は病 み上 が りの世 を作 る場合 と,小 さい田に散播後 帯o高齢作業者 の世帯 は彼 らの子世 に補植 をす るB3によ りお こな う B3 5世帯 0.40 代 が出稼 ぎ等 で生計 をたてていたo 場合があ ったo 3人 の壮齢 の作業者 がい る○世帯 内 で親世代が稲作 の中心 とな り,子世 代 が出稼 ぎを していたo 毎年,散播後 に補植す る (B3)o B3 1世帯 1.12 1- 2人 の壮 齢 (43歳) の作 業 者 本来 は移植世帯 であ るが,調査年 Bl 3世帯 0.69 がい るo 播 をお こな ったoで は二次林 に田を開 いたため,敬 移植 15世帯 壮齢 (平均42歳) の作業者 が 1- カヤ ツ リグサ草地 に小 さい田を開 T1T2 4世帯 0.43 2人 い る世帯o子 が若齢で就業 して いないため,一組 の夫婦 のみが家計 を支 えたo夫 は出稼 ぎを し,妻 が稲 作 を したo き,移植 をお こな った○ 壮齢 (3人 い る○世帯 は 2- 4世代 か ら構 ア シカキ草地 に中程度 の面積 の田平均51歳) の作業者 が 2- カヤ ツ リグサ草地 または タイ ワ ン T2 8世帯 0.64 成 され,子世代 が出稼 ぎを し,親世 代 が稲作 を したo を開 き移植 をお こな った○ T3 壮齢 (平均39歳) の作業者 が 3- 主 に除草剤 を使 い タイワ ンア シカ T3 3世帯 1.69 4人 い るo世帯 は 2- 4世代 か ら構 キ草地 に田を開 き移植 をお こな つ 成 され,子世代 が出稼 ぎを し,稲作 作業 の中心 とな る親世代 に子 らが加わ ったo米 を売 るため積極 的 に稲作がお こなわれたo た o 移植 と 壮齢 (平均46歳) の作業者が 2- 2筆 の田で, 1筆 は山刀 による伐 T3B2と 3世帯 1.49 3人 い るo世帯 は2- 4世代 か ら構 採 で, もう 1筆 は除草剤 の散布で 成 され,子世代 が出稼 ぎを し,稲作 本 田準備 を, また,1筆で散播, 作業 の中心 とな る親世代 に子 らが加 もう1筆 で移植 による植付 けを し 散播
5世帯 わ つたo米 を売 るため積極 的 に稲作がお こなわれたo て労働 の集中を避 けて いたo
作業者 が高齢 (平均60歳) の世帯 高齢作業者 の世帯 で は,主 に散播 B3T2と 2世帯 0.78 と,夫 の出稼 ぎによ り通常 の作業 が でお こなわれたo作業者 が1人 の
妻 1人 (33歳) に よ って お こな わ 世 帯 で は主 に移 植 で お こな わ れ 出所 :現地調査 によ り筆者 が作成。
市川 :サ ラワク州 イバ ン村落 にお ける湿地 田稲作 ことが多か った。本 田準備 は,作業者 が比較 的若 く, 開 く田 も小 さいため, 除草剤 の購入費 を あま りか けず, 山刀 によ りカヤ ツ リグサ草地 を伐採 した。妻 は稲作以外 に,現金収入 を得 る仕 事 をす るため,植付 け後 か ら収穫 までの作業 が少 ない移植 をお こな った とい う。 壮齢 の作業者 (平均
51
歳)が2- 3
人 いる世帯(8
世帯)は,除草剤 を使 った本 田準備 をす ることによ って比較的大 きな田 (平均 0.67ha
)
を作 ■った。 これ らの世帯 は, 2- 4世代 か ら構 成 され,複数 の労働可能 な世代 を持っ ため,世帯 内で出稼 ぎな どによ り現金収入 を得 る者 と, 稲作 をす る者 に分 れて生計 を立 てていた。主 に2
0
歳代∼ 3
0
歳代 の若 い世代 の男 (平均年齢3
0
読) が出稼 ぎや村 内での稲作以外 の仕事 で現金収入 を得 て,親世代 が中心 とな って稲作 を して いた。移植 は,生育 が確実 で収量が高 く,植付 け後収穫 までの手間がかか らない とい う理 由で お こなわれていた。 壮齢 の作業者 (平均3
9
歳)が3
- 4人 い る世帯(3
世帯)は, タイ ワ ンア シカキ草地 に除草 剤 を使 って さ らに大 きな田 (平均 1.69ha
)
を開 いた。 これ らの世帯 は 2- 4世代か ら構成 さ れ,若 い世代 の男 (平均年齢 26歳)は出稼 ぎをす るが,その妻 や出稼 ぎ しない子 が稲作 の中心 とな る中高年 の世代 に加 わ ることによ って作業者が多 くな り,彼 らの平均年齢 も若 くな って い た。 田が大 きいため除草剤 を用 いて本 田準備 の作業量 を減 らして いた。移植 は,生育 が確実 で 収量 が高 く,植付 け後収穫 までの手 間がかか らない とい う理 由でお こなわれて いた0 2世帯 が 余剰米 を販売す るな ど,生計 を立 て る上 で湿地 田稲作 の重要性 は高 く,経営規模 の大 きい稲作 がお こなわれた。 (3)移植 と散播 ともにお こな った世帯 (5世帯) 壮齢 の作業者 が2- 3人 お り,大 きな田 (平均 1.49ha)
を開 く世帯 (3世帯)が,2筆 の田 の うち1筆 を散播で, もう1筆 を移植 でお こない本 田準備 と植付 け時 にお ける労働 ピー クを低 減 して いた。す なわち,本 田準備時 には作業量 のかか る山刀 による伐採 と作業量が少 ない除草 剤 の散布 を組 み合 わせ, また,植付 け時 には作業量が少 ない散播 および間引 き移植 と作業量 の かか る移植作業 を組 み合わせ ることによ り作業 の集中を避 けていた。 その他 には,作業者 の2人が高齢であ る1世帯 は,散播 を主 に して植付 けをお こな った。 ま た,夫 の出稼 ぎによ り作業者 が若 い妻(
3
3
歳)のみであ る1
世帯 は,移植 と散播 を はぼ同面積 お こな った。 なお,世帯 の労働力 の状況 に関係 な く,種籾 の不足が決定的な要因 とな って 6世帯 が散播 ま た は移植 によ り小面積 の田 (平均0
.
2
2ha
)
を開 いた。彼 らは, しば らく稲作 を中断 してお り, 再 開 した調査年 には種籾 がなか った。 このため,他 の稲作世帯 か らわずかな種粗 を譲 り受 け, 次年度用 の種籾 を増 やすための稲作 をお こな っていた。東南 ア ジア研究 38巻1号 以上 の よ うに,栽培技術 の選択 は,各世帯 の労働力 の数 や労働 の質, また,生計 を立 て るう えでの稲作 の位置づ けが要因 とな ってお こなわれていることがわか った。 Ⅵ
お
わ
り
に
これ まで,東南 ア ジア島峡部 の熱帯 湿潤気候下 の湿地 にお ける稲作 の特徴 のひ とつ は移植 と され [高谷 1978:32;福井 1980:712],N村 の立地 す る地域 も移植稲作地帯 とみな されて きた。 しか し,N
村 で は,移植 に加 えて散播 による植付 け も一般 的 にお こなわれて いた。散播 と移植 を比 べ ると,移植 は散播 よ り作業量 がかか るが,稲 が雑草 との競争 に強 く生育 が確実で収量 も 高 い。逆 に散播で は, まかれた粗 の流 出, スズメの食害,発芽苗 と雑草 との競合 などによ り生 育 に不確実性が伴 うが,作業 は移植 よ りはるかに省力的であ る。 イバ ンは, 時 々の経済状況 によ り臨機応変 に仕事 を変 えて い く性 向があ り [Sutlive1992: 111;Cramb1988],稲作 が生業 の中心 にな るとは限 らない。N村 で も,本文 で述べたよ うに, 各世帯 で は出稼 ぎをは じめ とす る多 くの仕事 が複合的 にお こなわれてお り,世帯 によ って稲作 作業 にか け られ る労働者 の数 や労働 の質 は様 々で あ った。 このよ うな民族 的 な特性 を反映 した 生計 の立 て方 が,稲作 にお ける栽培技術 (特 に本 田準備 と植付 けの方法) の選択 には関係 して いた 。 散播稲作 で一般的 に最 も問題 とされ るのは雑草害 であ るが [黒帯 1994],N村 で はこの問題 を田を開 く場所 の植生 を吟味す ることで解決 して いた。す なわ ち,植付 け後 の雑草 の発生 が少 ない二次林 または連作年数 の少 ないカヤツ リグサ草地 が開かれ た田で散播 がお こなわれた。 こ れ まで,植付 け方法 と して強調 されて きた移植 は,雑草 の繁殖力 が旺盛 な当地域 の 自然環境 に 適応 す るためにお こなわれ ると指摘 されている [高谷 1990:60]。 しか し,N村 の例 で は,異 な る植生 ごとに発生す る雑草 の量 の多寡 が村 び とによ って見極 め られ ることによ り散播がお こな われていたのである。 N村 の栽培技術 は近 年 さ らに多様化 して い る。1970年代終盤 の除草剤 の導入 が契機 とな っ て, それ まで未利用 だ った回復力 の強 い タイ ワ ンアシカキ草地 が, 除草剤 の散布 による本 田準 備 と移植 による植付 けが され ることによ って利用 され るよ うにな った0 本稿 で は,湿地 田稲作 の現況 につ いて述 べて きたが,村 び との話 で は,実 は N 村 で は過去 に おいて は散播 によ ってすべての稲作 がお こなわれて いた。苗代 が作 られ移植 がお こなわれ るよ うにな ったの は, 除草剤 が村 に普及 した ここ20年 はどの ことであ るとい う。 つ ま り,N
村 で は,散播稲作 が基本 であ ったのだ。さ らに,N村以外 で も,西 カ リマ ンタ ン [Dove1980:954; Seavoy1973:222]やサ ラワク南西部 [Padoch1982:69]な どで散播稲作 が報告 されてい る。 この ことか ら,熱帯湿潤気候下 において も散播稲作地帯 が存在す る可能性 が示唆 され よ う。市川 :サ ラワク州 イバ ン村落 にお ける湿地 田稲作 N村 で見 られた稲作技術 は, これ までの報告 のよ うに, カヤツ リグサ科草地 に開かれた田で 移植 され るとい う画一 的な もので はなか った。村 び との植生 に対す る的確 な知識 に基 づ き,植 付 けは移植 に加 えて散播で もお こなわれ, また, カヤツ リグサ科草地 に加 え林地 やイネ科草地 が異 な る方法で開かれていた。それ らの中か ら
,
「イバ ン的」に生計 が立 て られ る世帯 の労働 力 事情 に適 した栽培方法 が選択 され, その結果, ひ とつの村 の中にお いて も,多様 な方法 によ る 稲作 が展開 して いたのであ る。 謝 辞 本稿 は1996年 1月 に京都大学大学院人 間 ・環境学研究科 に提 出 した修士学位請求論文 「サ ラワク州 バ コ ン川流域村落 における生態利用 の変遷 と社会経済的背景」の一部 にその研究成果 が加 え られ執筆 された。 修士論文 と本稿 の作成 にあた って は,京都大学東南 アジア研究 セ ンターの山田勇氏 ,田中耕司氏,安藤和雄 氏 か らご教示 をいただいた。植物 の同定 は京都大学農学部 の三浦励-氏 にお世話 にな った。また,現地調査 で は,調査村 の方 々にひ とかたな らぬお世話 にな った。1995年 か ら1996年 の現地調査 は,財団法人大阪国 際交流 セ ンターか らの大阪 ア ジアスカ ラシップ, お よび財団法人住友財団か らの環境研究助成 によ って, 1997年 の現地調査 は,財団法人高梨学術奨励基金 か らの助成 によ って, また,1998年 の調査 は,財団法人 大和銀行 ア ジア ・オセアニア財団 か らの国際交流活動助成 によ ってお こなわれた。 ここに記 して謝意 を表 します。 参 考 文 献Cramb,R.A.1988.TheCommercializationofIbanAgriculture.InDevelopmentinSarawak,editedby R.A.Cramb and R.H.W.Reece,pp.105-134. CenterofSoutheastAsian Studies,Monash University.
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