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<資料紹介>大西家蔵番外謡本(二)

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(1)

- 42 --資

西

( 二 )

小倉御幸

次第「千代の古道たと-珍-I-\月のにし山尋ん わい絹「是 ハ当今に仕へ奉る右大将秋忠とハ我事な-、組も藤原の定家の卿 は,和苛の道に英名を得給ひ,世にはまれ高し'愛に式子内儀王ハ' イ ツ キ サ ダ 賀茂の斉にそなハ-給ひしが'定家の卿忍ひ--の御契-浅から ハ ヾ カ リ カ タ ホ ト リ ず,され英世の博を思し召けるか'片辺へ忍び給ひしを'内親王い となけき給ひ御なや-と成給ひしが'程な-むなし-ならせ給ひ候' サ ダ イ ヱ キ カ 此事を定家郷間せ給ひ'世の成行キ浅ましと思ひっ∼けて、是も サダイヱ つゐに空しくなり給ひて侯、去間定家なく成給ひし事'君も哀と思 サ ダ     コ モ             ミ                       サ キ ダ ツ   ス ミ し召れ定家の寵-し,西山に御幸有べきとの宣旨也、先立て任し所 見て参れとの宣旨を蒙pr唯今小倉山へと急侯 逆行「四つの海 浜 の 真 砂 ハ っ く る と も , -' よ む 言 の 葉 は よ も つ き じ ' 御 代 の 鏡 ヤド 山に着キて侯,いつくか定家卿の舎-所やらん'暫休らひ尋ハやと 存侯 上シテサシ「あしたに花のかたちあ-といへ共'夕へにハ嵐 とともにちりうせぬ,有為の有様無常のまこと、誰か生死の理りを ろんせざる,あら定なや候,山里ハ物のさひしさまきりけり'人め ウタ も草もかれく-に,世の寄人の名のはまれ、たくひなかりしミねの 月かわらぬかけは残れ共,いつしか今ハ雲がくれ'思ひ出るも'浅 ス ましや 下寄「詠むれハ衣手涼し久方の天のかハらの、秋の初風 毒「たちわかれいなばの山の峯におはる'-.-'松としきか は帰りこんと,つらね給ひし言の葉の残るハ名の、∼・浅ましや'つれ な き な が ら な が ら へ て 御 跡 と ふ ぞ ' 恨 し き   -  詞 「 い つ も の (A / ごとくけふも御墓へ参侯へLtや'是に御渡-候ハ'まきしき雲の ス の池の水'にごらぬ世にやすまふ草' びらの辻打過て'西山本に着にガ巧 ヒ ト しげれる花の二九なる'かた / \     詞 「 急 侯 程 に 、 小 倉

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うへ人と兄へさせ給ふが'何とて此所には御入侯そ  ヮキ詞「さ サ ダ イ ヱ ヤ ド リ きに尋んと思ふ処に'汝ハ此あた-の者ならハ'定家卿の舎のでい ハいつ-にて有ぞおしへ候へ  シテ「されバこそ不思議の事をと ハせ給ふ'いか成人にてましますぞ  ヮキ「是ハ当今に仕へ申、 右大将秋忠也,汝ハ如何成者ぞ シテ「抱かゝる草酢き所迄は, 何とて渡らせ給ひけるぞ'恥かしながら-つからこそ'内親王の召 つかいの梅壷の侍従がなれるはてにて候'  下「か-浅ましき此 身なれバ,恨、主は更に思ハすさふらふ 詞融和の卿のすませ 給ひし所ハ'此山ン上にて侯'わらハ御供申侯へし ヮキ「さらバ テ イ カ ジ ツ おしへて給り侯へ  シテ「これこそ定家の御ン庵ン室にて候へ'又 コ ナ タ 此方なるでいは、式子内親王入御の時'御休らひの御跡なり' 下「我宿ハ小倉の山のちかけれバ'浮世をしかと'なかぬ日ぞなき ヮキカ、ル「実やふ-にし跡を見れバ、露むすぶ池の浮草茂-あ ひて'虫のね迄も心有がはな-'荒物さひしのけしきやな' 詞「いかに梅壷'さだ家の卿のつらね給ひし言の葉有べし、いと見 シ ヘ キ ま く ほ し う こ そ 侯 へ     シ テ 「 只 今 お し へ 申 シ L t   で い の 四 壁 に 詠 モ ヽ 寄有' 上カ、ル「是百人のあつめ苛な-、御覧候へこなたへと 上岡「妻戸をき-∼と押ひらき'見れハむかしの人の面影や、みす のおひ風匂ひ-る'花の都の外迄も、叡慮かしこき御恵も只和苛 の徳とかや  -   クリ同「それ等の事ハ神ミ代よ-はしむといへ とも'文字の数もさためなし'今人の代とな-て'めてたか-し詠 ス セ イ 苛を'集め給ふ  サシ「始ハ天智天皇の御制な-  上岡「秋の 田のか-ほの庵の筈をあら,∼'我衣手ハ露にぬれつつ  下・b,ア「第 二に、ハ持統天皇' 下同「春過て夏釆にけらし白妙の'衣はすで ふ'あまのかく山  クセ「柿の本の人丸'山の辺の赤人'猿丸太 夫あし曳の'山鳥の尾のしだ-おの、ながくし夜を'ひと-かも ねん恨有'善撰が苛に我ガ庵ハ、.都のたつ-しかぞすむ世を字治山 と人やいふ'小野の小町ハ花の色ハ'移-にけ-とつらねしも'わ か身を見てし詠寄かや'和泉式部小式部紫式部と申ハ'彼石山の観 世音'か-に此世にあらハれて'か∼る詠寄ぞ有難き  上「在原 の業平ハ' 同「千早振神代もきかす龍田川'からくれなゐに'水 くゞるとはとつらねしも本地寂光の都を出'本覚真如の身をわけ イ ン タ ツ ト 陰陽の神といわれしも、此業平の事ぞかし'貴からぬも高位に'座 を つ ら ぬ る ハ 苛 の 徳 ' 百 敦 や ' ふ る き 軒 端 の し の ぶ に も ' 猶 あ ま -有'音な-け-'其外のうた人のいつれかおとりまさらん シ テ 詞 「 と て も 山 ぢ の お つ い て に t L は ら く 待 せ 給 ふ へ し 、 上カ、ル「四季の一字を集め給ふ'御物語申へし  ヮキカ、ル「聞及 ひにし一字の題'語給へや立帰-'委奏し申へし  シテ「侍従楯 を承、頓て次第を語-け-  クリ上「抑此一字の題と申事、如何 ス 成人の何事によって'書集めたまふ故いかに共いさしらす クサ 下「されバ四季の草木鳥けたもの'名を集め'是を詠苛の種とし て、詞の花の色∼に'すゑの世迄のためしとかや  クセ同「抑定 家の一字の題に春ハ先霞鷺梅柳蕨桜桃梨経や頗蛙なく葺山ふきつゝ し藤夏にもなれハ薬草鵡き-たれ-いなの鳥に卯の花蛍や蝉に扇蓮 泉や秋ハ又 荻萩露に薄蘭鷹鹿虫に霧の月弟や鴫に菊蔦楓や冬ハ又 し-れの霜のうすこほ-需要に雪鴨鷹ふすま椎とかゝれたり

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- 44-上ロンキワヰ「実面白さ物語'いそぎ帰-て此由を要そうし帝へし ミ ユ キ シテ上「小倉Ⅲ'峯のもみち莫心あらハ'今一たびの御幸またん' 是 を ぞ 頼 む こ ∼ ろ か な グ ブ ヮ ヰ 「 中 之 -ゆ き ハ 頓 て 程 あ ら L t 御 事とゞろきて  シテ「供奉の人J"あまたにて' 下同「都のさがな れや、いとま申てさらバとてはや二尊院を出給へば、侍従ハ御跡見 お く -て も と の い ぼ -に ' 帰 -け り   -. 先       帝 二 人 次 第 「 さ き だ つ 波 の 哀 世 に 、 -1 ' な き 跡 い さ や 尋 ん     ヮ キ 詞 コ ト ぐ -ク 「是ハ都の者にて侯'抱も平家の一門ハ、長門の国にて悉果給ひ メ ノ ト て候'又是に御座候御方ハ'能登殿の御乳母'三位の局にて御入侯 か'此度西国に御下有'一門の御跡を御吊ひ有度よし仰候間、我等 御供申'唯今長門国へと急候  サシ「さなきだに悲しかるへき煉 風の、殊に身にしむ旅衣  二人「浦浪迄も立さハき'しぼ鳴千鳥 ユキキ の友とてハ'浪に往来のあまの子の'声もさひしき夕間暮'物思ハ ず 共 う か る へ / き ' 都 の 長 路 の ' 習 ひ か な     下 寄 「 よ し   -  う き を たよりにてなき跡いさや吊ハん  上苛つ衷実苦ならばと夕波に' く 、 群 ゐ る か も め 立 さ ハ き ' 鳴 音 を 閏 も な つ か し や 事 と ハ ぼ や の マ ボ ロ シ 都鳥'我思ふ世の人ならハ'さそ面影も残らめと'夢をも忍ひ幻 を松の影こそ淋しけれ'--・ヮキ詞「是ハ早長門の国はやともの 浦に御着花て侯、暫定に御得侯へ'里人に尋申侯へし シテ詞「な ふ-∼為れ成旅人ハ何事を御尋候そ ヮキ「是ハ都の者にて侯か' 始て此浦に下-て候、平家の人との果給ひて候所ハいつ-の程にて ツ リ 侯そ  シテ「実と此渚は平家の一門果給ひたる所也、先あれに釣 シ ヅ 舟の見えて候所こそ、先帝の沈-給ひし処にて候へ  ヮキ「扱ハ あの釣舟の有所にて'君ハ沈-給ひけるそや' 下「荒御痛しや侯 カ モ メ シテ「又それよ-東にあたって'鴎のむれいる浪の上こそ'只今吊 ひ給ふ能登殿の沈-給ひし所侯よ  ヮキ「不思議の事を仰候もの かな'こな七よ-名のらぬ先に'誰と思ひて今吊ふ能登殿とハ仰侯 そ  シテ「何をかつゝ-給ふらん'あれに御入侯ハ能登殿の御乳 母 ' 三 位 の 局 に て ま し ま さ す や '   下 「 有 難 や い と を し や ' 遠 さ サ カ イ ハ ル 境を造"と'分越し浦の波小船の'跡とひ給ふ心さし'申も申JV 愚 な り     上 同 「 あ ま の -る め に あ ら ハ れ て ' -1 ㌧ 手 向 を 詰 る 幽 コ ン ハ ク 霊の'魂塊に通ひきて御吊ひを悦ひの'法の力か教経の'常なき道 に 帰 る と て ' 陸 へ ハ ゆ か て 浦 浪 の ' 行 ゑ も 見 え す 成 に け -' -㌔ シ カ -ト     ワ キ 「 夕 塩 時 の む ら 千 鳥 ' -ト ' 友 寝 す -な き 磯 枕 波 ・ i 離 ) 。 夜 も す か ら , 夢 の 契 -を 待 ふ よ , く   後 シ 三 セ イ 「 世 の う き 波 の よ る の 月 、 沈 -し 跡 に や ' か へ る ら ん     二 句 「 波 闇 や と も の う ら み あ る ' 身 は 苦 し -の ' 海 探 し     女 カ 、 ル 「 ふ し き や な さ してまとろむ共思ハさるに'先帝の御姿、同し-能登守教経の'あ らたに見えさせ給ふそや,よし夢成共現成共,失させ給ふ肝姿を' 二度見るこそ嬉しけれ、荒不忠儀の事や侯  シテ詞「うたてやな ナギサ 何連夢とハ思ふらん'現としるたに世中の'程ハ渚の波枕の'唯 -るめこそ現なれ' 上カ、ル「夢とな思ひ給ひそよ 女「実∼今の 仰 の こ と も 現 と 見 し も 夢 な れ ハ ' 今 に は 限 ら し 旅 枕     シ テ 「 か た ふ く 月 の 夜 も す か ち     女 「 夢 な -と て も     シ テ 「 幻 成 共

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女 「 ヤ す く ハ き め じ   秋 の よ の     上 同 「 長 門 の 浦 ハ た の も し や , く'名こそ八重の塩路なれと'君すめば'夏も雲井の空そかし, きれ共なとやらん'都の方そ恋しき'十善万乗の春の花'飛花落葉 の こ と ハ り に ' 煤 の 1 葉 の 船 の 上 実 め の 前 の ' 浮 世 哉 ' く 上 女 カ 、 ル 「 間 に 涙 も ま す 鏡 ' む か ひ て た に も 猶 ぬ る ゝ ' 袖 い つ 迄 の , 浮 世 そ や   下 シ テ 「 よ し く そ れ も 力 な し , 是 も 前 世 恥 郁 鮎 サ ウ カ イ にて'辱-も一天の君だに'蒼海の波に沈-給へハ'我等が身にて ハ 数 な ら す ' よ し 人 と に 思 ひ 合 せ て ' さ の -欺 き 給 ひ そ と よ ク セ 「 い で   -  此 た ひ ' う た れ し 人 の 事 共 を ' 1 ・ ∼ に 語 -つ ゝ ' 扱 ハ外にも増れる歎あ-けるよ'ひと-毎にはなかりけりと,思ひを 忘るゝ程軍物語申さん 上シテ「平治の昔よ-'同「寿永の今に 至る迄'平家四海に威をふるひ'あらそふものもなかりしに,伊豆 ル ザ イ シ ヨ 国の頼朝'身ハ流罪所にあ-なから'ふしたる龍のことくに東南に 雲をおこし其'いきほひ今ハはや西北の浪におほへり  上地「去 程に合戦半と見へし所に'思ひの外の波にたぐえて'沖より時をと っとつくる 是ハ阿波の民部か心かハ-なれハ沖も陸も敵にて今逸 るへきゃうなか-しかハ教経心に思ふ様天晴源氏の大将義経にあハ ゝやと思ひ雑兵の船に入て見れハまさしく義経か舟と見しよりも 打物頓て取直し-1能登守と名乗かけてあた-を払て切て入ハ嵐に 村雲のはるゝかこと-数万の軍兵はつとのいて紛れもなく義経教経 大将二人きつききを打ちかへてしはしハ勝負も見えきりけり撃ハ龍 虎の威を振ひ獅子象のいきほひや帝釈修羅の日月をも手にとる計の 能登守あら物∼しや義経かとて打物ふ-あけ甲に当て丁とうてハは ったと合せこめハそむけて払ふほ-しんふ-しんの力をあはせて弥 手こハく成しかハいきや組むと云健に打物捨て飛て懸れハしきつて 払ふさそ-に造なる味方の舟につんと飛のれははやわきおとりの悲 しやはつゝひてもとはきれハこそせん方な-て其僚船にのりつねハ 腹立レかつておめきさけんて座し給ふ去程に安芸の太郎兄弟ハ落あ ひて能登守とむすと組は汝ハ敵にたらね共最期の御供申せやとて あきの太郎同次郎二人を左右の脇にはさんて波の底に入給ふ新中納 言知盛ハ -此有様を御覧してめのとこの家長か弓とくを取かハ しっれて海にそ入給ふ 二位殿是を御覧して今はかうよと思し召鈍 色のふたつ衣にね-袴のそハを取神要を脇にはさみ宝剣を脇にさし 我身ハ女人成とも敵の手には渡るまし主上の御供申さんとて安徳天 皇の御手をたまハ-船はたに臨給へハ何-へそと問給ふ此国と申ハ かく浅ましき所な-極楽と申て目出たき所かあの浪の下に侯御幸 なし申きんと泣∼奏し給へハ掬ハ心得た-とて東に向はせ給ひて伊 勢天照太神に御暇申給ひて又十念の御為に西にむかハせ給へハ タ 日光かゝやきて龍顔誠有難き眉のあた-の打けふ-末央の柳の幼な き御手を合せ御十念高らかにあそハし 今そしるみもすそ川の流に は波のそこにも都あ-とはと是を最後の御製にて千尋の底に入給へ はかたきも味方も一度にわっとかなしひの声かときけハ波風の音に て夢やきめぬらん音にて夢や覚ぬらん 久       米 次第「教嬉しき法の風'-'心の空に晴ぬらん シテ詞「是ハ和

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- 46-ス ガ ィ セ イ 州上-の郡'久米の菅次郎と申者にて侯'斑も我常に医王善逝を信 ヲ コ タ し,毎日薬王三願経怠る事なし、其仏力の功徳にや'不忠儀に仙郷 ア ド ン シ ハ ン シ ユ ツ レ ン に入り安曇仙人を師範とし、仙術を錬Lt今ハ英名を攻め'久米の ホ ン ケ ル 仙人と成て侯'仙術の力にて飛行翻変の身とな-'虚空をかける 事心の僚なれハ'けふも四方を噸ン見ンし、慰まはやと存候 道行 グ ウ ヒ ソ ウ 「身の債とはや浮雲に法の道'-1'無窮自在に飛走して愛に道ゆ く 芦 原 の ' 我 古 里 や 足 曳 の 、 大 和 国 ハ . ' 是 な れ や -∼   詞 「 是 ハ吉野のあた-勝手の里にて候'暫休らひ四万を詠めハやと存侯 言イ女「麻衣'はす隙もなき明碁を'渡-兼たる、浮世かな ヒ ン カ サシ「是ハ三吉野勝手の里の女にて侯'実や貧家に生れてハ'す む甲斐もなき浮身なから、けふも又河辺に出て布すまし、浮を心の よすかにて木曽の麻衣禦ん シ晶「荒不忠儀ヤあの河辺を見 ア 一 フ れハさもヤことなき女はぎ高-か∼げ'布洗ふ気色見へたり' 下「なまめく姿におもはえす'さばか-神ン通妙力の仙も'はや色

にそむ花柚'詞「吉細柁あれ成女性に申へ滝の候 女芸

思儀ヤな蛾とたる山の常陰よ-'其様けしたる負はせにて、我に詞 を掛給ふハ'いか成人にて有やらん  シテ「我ハ是人間苦界を離 ロ ウ キ ヘ ン イ ヨ ウ カ タ チ れ,聾瞭清浄の身なれ共'自変化容の像を愛し姿を見するはかり ヨ ブ コ タ マ なり  女上「山彦の呼ヤ木魅の二度も'鬼の形ちか冷しヤと'そ ゞろに胸打さハくそや  シテ詞「恐れ給ふな我姿'思ひ入さの山 あ れ て , 上 「 風 に た ゝ よ ひ お の つ か ら ' 乱 る ∼ 色 ハ 恥 か し や 女「こハそも夢か現なや、余所の人目もいかならん  シテ詞「連 も早穂に出そめし言の葉を、受給ハぬハ情なし 女「女ハいらへ も あ ら さ れ ハ     シ テ 「 恨 を 添 て   女 「 ゆ ふ 四 手 の     同 上 「 手 引 ホ ン ナ フ の糸かよる方も'-\'絶ぬ思ひにむすほふれ'煩悩のほむら身を コ ガ                                                         ヶ ハ           ト カ ケ 焦す'よしや只思ハしと、現にたとる心ちして'岨しき山の常陰よ り , 覚 へ す 酎 離 し た り し ハ 浅 増 か -し , 気 色 か な   -  ク -同 ヒ ン ア イ イ ン ゴ ウ シ ヤ ウ 「夫六道四生の衆生ハ貧愛を苦因とし、業障の雲晴かたし  サシ 「然る恥鮎鋸が迷ひ,我身ひとりに限らす,同「波羅奈国のl角 セ ン 仙人も'旋陀夫人に心を移し'拐又日月燈明仏も'八人の王子に謂 有 シテ下品る妙覚数の仏も,同「一郎ハ獣の名を得給へ ア イ シ ウ キ ヅ ナ ケ イ キ り クセ下「実や恋ン慕の愛執ハ'是三界の純な-'其上掛己色欲 ビ ハ ィ ウ の,迷ひハ身ひと-に限らすと'崖婆宴論にも'優陀遠の王宮あ またの官女ひきゐて酢野山に遊ひ給eLに 上(吾の仙人ハ, ヲ コ 同「虚空をかげり給ひしか'多-の官女の声を聞キて愛念を発し タ メ シ っゝ、神足を矢ひ山林に落し其例'今身の上と'浅増か-し次第か な シテ詞「さの-ハ何と包へき'我ハ久米の仙人威か'思ハす妙 成御姿に'通力をうしなひて侯 女「仰を聞ハいたハしや'此上 ハ童か住家へ伴ひ申侯ハん  シテ「荒嬉しやさらハ御供申候へし 女 上 「 い さ こ な た へ と 諸 共 に     シ テ 「 伴 ひ 行 と   女 「 思 ひ し か 上岡「有し女ハ忽に'-'波のうたかた消失て'物冷しき山 ア ラ タ カ ク ヤ ク 陰に薬王菩薩新に、光明赫突たる気色な-、其時仙人ハ'夢のさ めたる心ち心て'有難や御本尊の'煩悩をき∼しめんと'女と現し おハしまし'誓ハせ給ふ利益そと歓喜の涙せきあへす 下キリ「拐 ヂ それよ虹も仙人ハ,く'彼御本尊を渇仰Lt東塔院に安ン置して'

(6)

. i 久米寺と号し奉-'作-し罪もきへ - と'早浮雲にの-の道、開 くる門に入ふよひら-る門にいらふよ 小   侍   従 ヮキ詞「是ハ諸国一見の僧にて侯、我此程は都に侯イて'霊仏霊社残 カ ク りなく拝-廻りて候'又今ン日ハ北山の仏閣に参らはやと思ひ侯' キ ウ セ キ ヱ ^ / 是なる旧跡を人に尋て侯へハ近ノ衛河原の大宮とかや申候程に' シ ヤ ウ ス イ 暫此あた-に休らハはやと思ひ侯  シテサシ「夫人界の盛衰今更 鷲-へさにはあらねとも'さしも栄へし平家の人・∼'寿永の秋の紅 葉はの'散≧に成果給ふ痛しきよ'古き都はあれ増-人Yの家Y も'軒の忍ふの草深く'門ハ葎の戸さしして「 虫の声ま哀也 下司「木の間の月の影の-ぞ昔の秋の形見なる  上寄○良美苗へ ラ ン ヨ シ ヨ ク シ ヤ ハ'/1㌧鷲輿属串の玉衣の'袖を連ねし粧もいつしか今ハ引か へて'只秋風の音計さひしき宮の'夕へ哉 -ト  ヮキ詞「いかに 是成女性に尋串へき事の侯  シテ詞「此方の事にて候か何事にて コ ヱ 侯 そ     ヮ キ 「 授 受 を は 何 く と 申 侯 そ     シ テ 「 是 こ そ 近 ノ 衛 河 原 の 大宮の旧跡にて候へ  ヮキ「扮ハ大宮の旧跡にて候ひけるそや、 下「待宵に更行鐘の声さけハ' 詞「帰るあしたの鳥ハ物かハ と詠せしよ-'待宵と召れし小侍従の住給ひけるも'此宮の内にて ス ヤ サ シ ク 侯か  シテ「謂数もしろし召侯物かな'其比徳大寺の左大将とか や聞えし召人'小侍従と契をこめ給ひしも此宮にての事にて侯 サネサダ ヮキ「実∼是ハ物かハの'蔵人にことをつたへ給ふ芙定の卿なる ネ ケ へLt其ことのはは物かハと  シテ「君か云けん鳥の音の'今朝 しもなとか悲しかるらんと'読しを侍従取あへす  上岡「またバ こそ更行鐘もつらからめ'く'帰る朝の、鳥の音そうきと互に読 し言のはの'露の情も恥かしや、実や有し世を'語るに付て妄執 コ の'罪を浮へてたひ給へと'云捨て矢にけ-木のした陰に矢にけ-ヮキ詞「扱ハ小侍従の幽霊か-に顕れ給ひけるそや' 上カ、ル 「 い ざ や 御 跡 吊 ハ ん と '   上 寄 「 タ へ の 空 も ほ の -ト と ' -ト 、 月 モ ト に成行木の下に'松かね枕そバだてゝ、此御経を、読詞する -㌔ 下シテ「荒物すこの宮の内やな'荒物すこの宮の内やな'山を ユ ウ ミ ギ 1 ) ヒ セ ン 望めは幽月なを影を隠す'裾を聞ハ飛泉うたた声をます'去にて フ‖ノ A.翼は旧にし都とな-∵猶あれまQyる秋なかは、徳犬寺の左大将尋 きた-給ひし帰るき庭∵蔵人をかへし紗ひ名残をおしむ言の葉の' 末もあだなる物おもSに、かぐ苦レ-を受る身の、跡よ-吊ひ給へ とよ  ヮキカ、ル「不思議やな月の夜陰に顕れ給ふハ'有つる女人 の負はせ也'扱ハ正サ敷キ小侍従の'幽霊にてそましますらめ シテ詞「恥かしなから御借の、--きに引れて小侍従か'昔の姿を 顕す也  ワキ「更ハさんげの物語に'愛着の心をふ-捨て'とく /\浮ひ給ふへし  シデ「実此上ハ現なき、有様語申へし クリ同「実やなかれてハ妹背の山の中に落る'吉野の河のよしや世 の中と'読しもおもひ知れた-  サシ「其比都を福原に移されけ れ 八 、   同 「 心 そ ら 成 恋 衣 、 恨 -し か ひ も 滑 の 雨 の ' ふ -増 -ゆ く 契 -と て か れ / \ 成 し 中 成 け り     シ デ 下 「 い き て よ も あ す 迄 人 やつらからん  同「此夕碁と思ひ定て、ひそかに宮をしのひ出て

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-48- クセ「本よりの身ハまほろしのかりの世に語-出るも時の間の契-の末ハ枯増る忍の軒もあれ行は朝には鷲鏡のかけを惜-遠山の眉墨 も匂ひを忘れ夕へにハおしのふすまのひとへなる河崎の影うときひ と-の床そ物うきよしや何事も常に住へき世の中の道そと恨-とに か-に  上「絶ぬ思ひをいへはえに岩ねによ-て終に身ハ底の--つと成果て其まゝ通ふ三瀬川かへらぬ道を歎しに思ひの外なる吊 ひに逢夜の鳥は物かハと云しに増る言の葉を残して頼む彼岸に至る へき道芝の露をや結ひをさけん  シテ下{思ひそ出ッる今宵の秋' ク マ 三五の月の隈なきに'大将の君取あへす'古き都をきて-れハ 上 同 「 あ き ぢ か 原 と そ ' あ れ に け る   マ イ     シ テ 上 「 月 の 光 ハ く ま な -て     上 同 「 秋 風 の -そ ' 身 に ハ し む     上 岡 「 さ る 程 に く 夜 もしら--と'明方になれは'暇申て更ハとて'大将都にかへ-袷 へハ宮も名残の涙の御わかれ'我はよしなき其ことのはを'長きわ かれの形見にて'猶苦し-を'三瀬川に沈-果しをいま達がたきへ 御法に引れ'今あひかたき御の-に引れて'仏栗を得るこそ'有か たけれ 人       丸 次第「九重出る旅の空'/-'八重の塩路に急かん  ヮキ詞「是ハ ( マ マ ) ト ウ レ ン 江東阿弥寺の住侶登蓮法師にて候'我此程ハ都に侯ひて、霊仏霊社 残な-拝-廻-て侯'又西国を-す候程に'此春思立西国行脚と志 し侯  通行「都をハ霞とともに立出て'-1㌧鳥羽の恋塚秋の山 ( マ マ )                           カ リ ネ 淀山崎を打過て、同国のゐなの小笹原'一夜仮寝の草枕明石の浦に 着にけり'-㌔- 詞「急候程に'是ハ早播磨の国明石の浦に着て メ イ ガ タ 侯、暫人を相待'名所をも尋ハやと存侯  シテ言イ「明石潟'月 待方に行船の'浪静成、浦伝ひ  サシ「是ハ此明石の浦に住馴 ナ ミ カ ニ て'心しらても立交る'和讃の浦半の人並に'よるとや云ん笹蟹 クモ の'蜘の振舞頼む陰も、遠嶋守の独居に'馴て汀の蟹のわき'-る カ山ソ 計にや'過すらん  下寄「芦田霜の声を友寝の仮衣夜寒を何と明 き ん     上 寄 「 月 に さ へ 隔 ら れ ゆ -春 の 夜 の '   -' 恨 -ハ 中 の 衣 そと'霞に向へハ大空の葵になして明暮す'心の妻の折・∼も尽せぬ 浦 の ' 詠 め か な   -1     ヮ キ 詞 「 い か に 老 人 に 尋 へ き 事 の 侯 シテ「此方の事にて候か何事にて候そ ,ワキ「是ハ此所初て一見の チ ケ イ ヲ ド ロ 者にて侯'浦・V致景を詠め入'目を驚かして候よ  シテ「実∼我 マシ 等ハ此所の者にて候か、浦に出てハ帰るさを忘れ侯に'増てや初て サ ゾ の御方ならハ曝有らん'何国迄も御たつね侯へ教へ申侯へし ヮキ「先東に見えて侯ハいか成所にて侯そ  シテ「さん侯あれ社兵 ヽ' ヽ 庫和田の御崎'末に続て見えたるハ' 下「天の川是や流れの末な らん、 詞「空よ-落る布引の滝の流れは生田川'詠絶せぬ名所也 シ ウ イ ヮキ「猶も此方に見えたるハ  シテ「童も愚かや拾遺集に、 下「白波はたてど衣に重ならす' 詞「明石も須磨もおのか浦・∼とI 上「彼人丸も詠め給ふ、須磨の浦にて侯  ワキ詞「扱又西に見 ト マ ‖ ノ えたるハ  シテ詞「名も高砂の尾上の松近さあた-ハ室の泊 ヮキ上カ、ル「海上遥かに詠れハ、雲に続き嶋の-ゆる'あれハ名に あふ嶋やらん- シテ詞「泰も神代の昔'伊弊諾伊弊冊の尊のあま ホ コ サ シ サ イ シ ヨ の戸鉾を指おろし給ふ'其したゝ-のこ-かたま-'日本最初の淡

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(ママ) 路嶋、おろころ嶋共申也 「和讃の浦風吹上や ヮキ上「猶も南に見えたるハ シテ 上岡「紀の路の小嶋見え渡る'-1'其方 コ キ シ ロ も色濃藤代の松の葉茂き詠めかな ノ 上。ンギ地「まだ名残ある有明 ツ ヽ の、/tt 霞む其方の沖遠-続ける浦ハ何国そ  シテ上「あれ社 由良の戸を'渡る舟人梶をたへ、行衛もしらすと詠ける名におふ花 の名所也  上同「忍ふ恋路の便-にも、見えて末有ゆらの戸のあ イ モ た り ハ 妹 が 嶋 ヤ ら ん     シ テ 下 「 嶋 ハ そ れ ' -\ 、 い も ハ 誰 共 し ら ぬ江の、形見の浦も名計に  上同「馴て通ハ'同し江の'和苛の タ ハ ム ウ タ 浦人隔なき友と思召'芙ヤ世中ハ'胡蝶の夢の戯れに'唄へや舞や 浄の国の'難波の事も法の人他生の縁は'有難や -\  ヮキ詞 「近比面白き人に参-達て侯'又此所に人丸の御旧跡の御座候由承 侯'何国の程にて候そ御教侯へ  シテ「さらハ此方へ御出候へ' ア ガ 是社人丸の御旧跡'明石の明神と崇め申侯'能JV御拝-侯へ ヮキ上「扱ハ昔の人丸の'神と現して此所に'地をしめ給ふ有難4t' よと'感涙肝に銘するそや' 詞「猶・V人丸の御事御物語候へ シ テ 「 さ ら ハ 委 く 語 っ て 聞 せ 申 候 へ し     ク リ 上 「 夫 人 丸 と 申 ハ ' 父もなく母もなし岩瞥ソます,借入ンなり サシ「人王四十1代の 帝'持統天皇の御字かとよ' 同「石見の国朝田の郡'山田と云所 ミ ン ヲ ク ヨ ハ ヒ ハ タ チ ア マ に民屋あ-'此家の辺-に柿の木有'此木の本に其齢廿余-成 タ 、 ズ ア ル シ ( マ マ ) 人の忽然とィ,∼居た-  クセ「主此人を軽し-て'御身ハ何国よ カル り'来-給へる人と安く尋申せハ、我ハ来れる方もなし'行へき方 ヲ ハ シ もt Lらすと宣へハ'是ハふしきの御事や'いか成所存御座ます' 又何事を'家業とハし給ふそと'重て尋申せハ'我ハ道広き、苛を ハカ 好めと宣へハ'購敷民の墓なさハ'司と云をしらすして'頓て国師 に申せハ'国司此申開召'彼人を請しっ∼'英人ン鉢見給ひて、歌 (ママ) を聞んと有しかハ'定にたやすく目出度'苛を読給ひける、国師不 忠儀に思召'伴ひ都に上-つゝ大君にか-と奏間す  シテ上「帝 叡覧ましまして'寄道の事を、御尋有しかハ'何に答の闇からす' ヱ イ カ ン マ ヨ 君も叡感座しまして、代とに仕へ給へ-'されハ人丸ハ柿本よ-' 出現ましませハ'姓をハ則柿の本とハ付たまふ'苛の道長して'極 ヒ ジ り ノ りなか-し其故に'苛の聖とも此人丸を申な-  上ロンギ地「不思 儀成とよ老人ンの'余-委き物語英名を名乗給へや  シテ上「我名 ガタ を何と石見潟に'昔ハ住馴し人丸'今ハ明石の神威か夢中に現し来 マ ノ ア タ リ キ モ メ イ -た-  上岡「扱ハ明石の明神を、目下拝む事肝に銘じて有難や シテ上「連見ゝゑし夢の申'舞楽の曲を奏しっゝ、夜遊を慰め申 へし暫待せ給へと  上岡「夕山松の木陰に'立よらせ給ふか'社 ト ヒ ラ 檀の'屍を押ひらき御殿に入せ給ひけ--\  ヮキ上苛「所から 夜をも明石の旅寝して'-1'有つる告を待んとて'袖を片敷臥に け り   / \     後 シ テ 上 「 ほ の -\ と ' 明 石 の 浦 の 朝 霧 に ' 嶋 隠 れ ゆ く'舟おしそ思ふ  上岡「御殿頻-に鳴動して、顕れ給ふそ'恭 ク ハ ウ コ ウ なき  シテ上「我贋功の昔よ-'和讃を守-の神た-しか'衆生 カ リ イ サ ス ヽ ヨ を済度せん為に'仮に人間と現し'君を勇め和苛を進め'代とに仕 タ レ へし身なれ共,今ハ此明石の浦に跡を垂,君をあがJS道を守る'明 マレ 石の明神とは我事也'こ∼に和苛の友稀成所に、登蓮法師我をと ス イ ネ フ サ マ ふ'今宵の値遇に引れて'五表の眠-を覚す'いて十㌧和讃の奥儀

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-50-ヨ モ ス カ ラ を顕ハし、終夜慰め申へし'夢はし覚し給ふなよ  ヮキ上「荒有 カ ン ル イ 難の御事や'かゝる奇特に逢事も'只是和苛の徳な-と'感涙袖を ウル 潤はせ-' 詞「猶と和讃の奥儀をも、委-請-おハしませ シテ詞「いて-\語って聞せ申さん  上「天守ハ天地人の三才を以 セイダク ッて詠吟とす'三才といつは'天に五形有地に五色有、清濁和の三 コ ン ヤ ハ ラ つを三才と云'魂ハ是和気也'\されハ此和か成性を苛と云'其徳更 ス ム カ ン にはかり難し'天地を動かし鬼神ンを感ぜしめ'男ン女の心慰め' タ ケ モ ノ ノ フ ヤ ハ 猛き武士を和らぐるも'是和讃の徳な-、荒有難や'御身敷嶋の道 カ‖ノ に心を掛ケ'和讃の値遇の-深きによ-'仮に姿を鋲ハして'寄物 語申也'蓮見ゝえし折なれハ'いさや舞楽を奏しっ∼'夜すから慰 1 >ヽ め 申 さ ん と     上 岡 「 御 声 の 下 よ -も '   -' 音 楽 聞 え 光 -さ し ' ツク 糸竹の役と秘曲を尽し'拍子を揃へて夜遊の舞楽ハ面白や ガク 上岡「夜遊の舞楽も時過て'-1'月澄渡る春の夜の'浪のよせ鼓 手の舞足踏とうくと'拍子を揃へて舞給へハ'夜もしら-、と' あかしのうらに'夜もしらくと明石の浦に、有つる夢ハ'さめに けhソ 鷺   乃   前 次第「治る御代の年久し'-'今此時そめてたき  ヮキ詞「是ハ 延善の聖主に仕へ奉る宮人にて侯'租も我君貿王にて渡せ給ふによ 1 'ヽ り、吹風枝をならさす民声ざしをさゝず侯'誠に目出度御代にて御 座候間'今ン日ハ神泉宛の池の辺-へ御幸成て'御遊覧あらふする との宣旨にて侯間'其旨皆"心得侯へ 此間へ入  王1セイ「久方の 地 「 叡 慮 に 叶 ふ 有 難 や   く 大臣カ ヮキ詞「猶と目出度謂れ中上候 ワキカ シテト有 へ     サ シ 「 然 に い き な き い さ な -の 尊 ' を の こ ろ 嶋 に く だ -給 ひ ' イ ン ヤ ウ 同「せきれいのつばさをかたと-て'陰陽の道と成とかや 下「則国土おさまる事'唯此鳥の'おしへとかや  クセ「其後久 堅の、天の宮よ-かたしけなく'此秋津洲の中津国を、見そなハし 給ハんとて'天若彦をつかハすに'其ま∼三年迄御返-事申さゞれ キ ジ ハ'名なしの堆子を以て重て勅をなし給ふ'程な-御代をたいらけ 慮-あまねき四方の空に、蟹の取り舟とびかけるつハさの羽風なひ ヽ 'ヽ き臥草や木クも心有とかや  上「然れ共神の御代' 同「地神五代 サ ハ へ に至-てハ'うかやふきあハせずの尊の代に、荒ふる神達禍なす' ケ イ カ 、 ヤ 蛍火の輝-神'乱れがハしく芦原の'代をまたおさめ給ひしも' ミ サ キ ト ビ ヤ タ カ ラ ス 御先と成て飛去りLt八樫の烏の羽に懸る、玉垣の内の国や土も木 も 君 の 御 影 か な   上 「 猶 J V 君 の 御 恵 も -㌔ 五位鷺卜宣命ヲ給テ後備申ノ国二飛行彼所ニテ死タリ 其所ヲ鷺ノ森卜云也

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