全面的小康社会への扶貧政策
小 松 出
目 次 はじめに 第 1 章 新世紀以降の扶貧政策 第 2 章 扶貧政策の刷新 第 3 章 貧困地域の脱貧 おわりにはじめに
習近平政権確立後の中国経済は、高度経済成長から経済減速へと転じた 「新常態(new normal)」 に直面した。対外経済依存型経済発展方式から内需主導型経済発展方式へとの転換とと もに 2008 年の 4 兆元財政投資に代表される過剰投資 ・ 生産構造問題が顕在化し、早急に対処すべ き問題が山積している。一方、90 年代中庸以降からの高度経済成長期によって、中国経済は急速な 経済発展を達成するとともに、懸案の 「温飽(衣食が足りる)社会」段階を実現し、次段階の 「小康 (ややゆとりのある)社会」の実現が当面の課題となっていた。統計上、小康社会はすでに 2000 年 段階に実現されているとしているが、地域間格差、都市農村間格差と農村に存在する貧困等の社会 実態との乖離は甚だしく、未だ全面的実現には至っていないと認識されていた1)。 この小康社会の全面的建設課題は、2002 年 16 回党大会上で江沢民から 2020 年までに実現して 10 数億の全人民に恩恵を享受させること、が提起された2)。そして、2007 年 17 回党大会において、 2020 年までに小康社会を全面的に建設 ・ 実現するという目標が正式決定したのである。しかし、小康 社会全面実現目標は、前提条件である農村に堅固に残存している貧困問題を解消すべく対処してい るなかで、毎年様々な場所で到達すべきスローガンの一つとして提起されてきた。確かに、中国の貧 困削減政策(以後、扶貧政策とする)の成果は顕著であったが、後述するように、地理 ・ 環境的条 件が劣悪な中西部山岳地域には扶貧政策開始以来 30 年間解消できない貧困農村地区が根強く存在 しているのである。こうした状況の下、2015 年末に習近平政権は、小康社会の全面的実現を 2020 年までに達成することと農村の貧困問題を解消することを強く提起したのである。 2015 年 11 月の 「第 18 期中央委員会第 5 回全体会議(5 中全会)」 において、① 2020 年までに 「小康社会」を実現する② 2020 年までに GDPと一人あたり所得を対 2010 年比で倍増する③ 2020 年までに貧困地区と貧困人口の貧困脱却を実現する、等が提起 ・ 採択された3)。この 5 中全会は、 翌 16 年開始の「第 13 次 5 カ年規画(2016-2020 年)「中華人民共和国社会発展第十三個五年規画綱要」(以下、13-5 規画と略す)」の内容 ・ 基本方針の採択が主要議題である。そして、この 13-5 規画の最終年度が 2020 年であり、13 ー 5 規画段階で更なる経済発展を実現するとともに、農村 の貧困を解消して全面的な小康社会実現を達成する、ことを明確に提起したのである。 たしかに、高度経済成長によって中国経済全般の底上げ(温飽社会の達成)は実現したのである が、 その一方で社会各方面各分野での様々な格差も急速に拡大した。格差の拡大と顕在化とが改 革開放政策と 「先富論」 に象徴される経済発展の必然的結果であったとすれば、経済減速下での 「新常態」 へと転換した習近平政権下では、「国民のための経済発展、国民による経済発展、経済 発展の成果を全国民が共有」 できる社会的平等と 「共同富裕」を通じた小康社会の実現こそが課題 となっている。 2020 年までの小康社会実現の為には前提条件としての農村貧困問題の解消の実現であるが、 2017 年度の李克強「政治活動報告」でも 「貧困地区と貧困人口は小康社会を全面的に完成させる 上で最も脆弱な部分である」 とされ、扶貧政策の徹底化が強調された。2020 年までの小康社会の実 現と貧困問題解消の基本方針が、2016 年 3 月の両会(全国人民代表大会 ・ 政治協商会議)で採 択された前記「13-5 規画」と「関于打贏脱貧攻堅戦的決定」(2015 年 11 月 29 日。以後、「堅塁 決定」と略す)4)である。この 2 文献の基本的内容は前年の 5 中全会で既に採択されていたが、5 中全会後に中央扶貧開発工作会議が開催され、貧困状況が深刻な全国 22 省市区の党政府責任者 が 「貧困脱却の難関攻略責任書」に署名した、とされている5)。この点からも、現政権が党の活動と して貧困脱却に厳格な責任制を実施するとともに従来の扶貧政策よりも組織的且つ広範に農村扶貧問 題に対処し、且つ「虚偽 ・ 水増し報告を厳しく取り締まり、歴史の検証に耐うる」(前記 2017 年 「政 治活動報告」)確実な成果をあげることを目指していることがわかる。しかしながら、2020 年までに一 定の成果を上げるには余りに時間的制約が大きいと言わざるを得ない。本論では、習近平政権成立 前後からの扶貧政策の推移とともに小康社会の全面的実現にとって最大の障害とされている 「集中連 片特殊困難地区(広域にわたって集中的に存在する特別困難地区。以後、連片特困地区と略す)」 対策と国家扶貧開発重点県(旧国定貧困県で 2001 年改称。以後、扶貧重点県とする)の貧困脱 却 ・ 解消と扶貧政策を確実に遂行する為の施策を中心に検討し、その成果と問題点を検証する。
第 1 章 新世紀以降の扶貧政策
1 節 2001 年要綱の到達点 2010 年段階での扶貧成果は、農村貧困人口は 2000 年の 9422 万人から 2010 年に 2688 万人へ と 6735 万人減少し、年平均減少率 11.79% であった。貧困発生率も 10.2% から 2.8% へと低下を実 現した6)。表-1参照。扶貧重点県での貧困人口も 2001 年末段階の 5677 万人から 2010 年に 1693 万人へと減少し、年平均農民一人当たり純収入も 1277 元から 3273 元へと上昇し、年平均 9.87% 増と同期間の全農村平均増加率 10.14% とほぼ拮抗した。一方、扶貧重点県でのインフラ施設建設 面では、2002 ~ 2010 年間で飲用水供給率も 30.2%から 41.7%へと上昇し、自然村での道路比率も 72.2% から 88.1% へと、電力供給比率も 92.8% から 98.0% へと上昇した7)。扶貧政策実施面では、基本的に 扶貧開発方式を維持し、貧困人口 の分布状況に基づいて適宜、国家 扶貧支援重点地域を調整した。最 終的には連片特困地区、扶貧重点 県、貧困村の 3 地域 ・ 層を貧困区 として扶貧支援対象として焦点を 絞り、「中央が総調整し、省が責 任を負い、県が扶貧政策を実施す る」、党と各級政府による扶貧政 策の管理 ・ 実施責任制度を維持 ・ 改善してきた。2001 年から 2010 年間の中央専項扶貧資金(中央 財政貧困対策特別資金)投入額は 100.02 億元から 222.68 億元へと増加し、同期間累計投入額は 1440.4 億元、また地方政府累計扶貧投入額は 576.15 億元に達し、扶貧重点県(省定扶貧重点県を 含む)の扶貧支援に 1457.2 億元、県平均 1.36 億元が投入された。 「専項扶貧(中央財政資金に基づく扶貧特別プロジェクト)」 としては、2001 年確定の 14.8 万村 の貧困村扶貧開発活動があり、2010 年段階に 12.6 万貧困村で実施している。ちなみに、革命老区 ・ 少数民族地区 ・ 辺境地区での貧困村扶貧支援は基本的に完成している。他の専項扶貧プロジェ クトとして、労働力訓練、教育扶貧、産業化扶貧、以工代賑、転地扶貧、金融扶貧等が実施され てきた。さらに、1)「業種扶貧(各業種部門が貧困地区観光発展の改善のために資金 ・ プロジェ クト面で貧困地区に傾斜的に投資し且つ国家が確定して扶貧任務を完成させる)」 があり、①農業 技術の普及 ・ 展開②貧困地区交通条件の改善③貧困地区水利建設の強化④電力問題の解消⑤農村 危険家屋改造⑥科技扶貧の普及、等がある。さらに、2)「社会扶貧(中央と国家機関各部門各単 位、人民団体、軍隊と武警部隊等が積極的に定点扶貧任務に参加 ・ 担当する)」 として、①定点扶 貧重点県(地区):定点扶貧支援単位を国家が確定し、重点県を対象に支援活動を継続して実施 する。2010 年段階で実施単位 272 単位、支援重点県 481 県となり、02-10 年間に派遣された幹部 数延べ 3559 人、直接資金投入 90.9 億元。②東西扶貧協力:1996 年より開始され、15 東部発達省 市と 11 西部貧困省市間で各種扶貧協力、例えば政府間援助や企業合作等を実施する。03-10 年間 で東部から西部へ派遣された幹部数延べ 2592 人、政府援助資金 44.4 億元、協同企業 5684 社、実 際投資額 2497.6 億元、社会援助資金 14.2 億元、訓練養成技術労働者 22.6 万人、組織的労働力移 転数延べ 467.2 万人、であった8)。 扶貧政策の実施とともに、農村での社会保障諸制度の確立と普及が急がれてきた。2007 年に 建立が決定された農村最低生活保障制度の普及人口は、2010 年末段階 2528.7 万戸の 5214 万人、 同年農村低保資金支給総額は 445 億元(その中、中央補助資金 269 億元)、全農村平均低保支給
額は 117 元 / 人 ・ 月であった。また、農村五保救済制度普及人口は 2010 年末段階で 534 万戸、 556.3 万人に達し、全国各級財政が 96.4 億元を支給した。2009 年開始の新型農村社会養老保険 制度は、2011 年 7 月段階で全国農村地区の 60% と開発重点県の 80% をカバーした9)。農村臨時 救済制度では延べ 529.5 万人、医療救助では延べ 813.8 万人が救済を受けた。一方、教育面では、 2010 年の 7-15 歳の適齢児童就学率は 97.7% とほぼ全国水準に達し、7-15 歳児童の貧困による退 学比率も 2002 年の 9%から 10 年に 2.3%へと低下した。2010 年の青壮年就学年数も 8 年に達し、 文盲率も 2002 年の 12.4% から 7%へ低下した。表- 2 参照。医療面では、開発重点県の全郷レベ ルで衛生院、貧困村レベルの多くでも衛生室が設置された。新型農村合作医療の全農村普及率は 98.7% であるが、開発重点県普及率も 93.3% に達していた10)。 2 節 2011 年要綱以降の扶貧政策 2010 年までの扶貧政策の成果を踏まえて、2011 年 「農村扶貧開発要綱(2011-2020)(以下、 2011 年要綱と略す)」 が発布され、新たな扶貧政策が策定された11)。2011 年要綱では、総体目標は、 2020 年までに扶貧対象の温飽問題の解決として「食 ・ 住」 の憂いを解消し、義務教育、基本的医 療と安全な住居の保障(「両個不愁、三保障」)を実現する、ことである。さらに、貧困地区の農 民一人当たり純収入と基本的公共サービスの主要指標を全国水準にまで向上させ、発展過程での 格差拡大傾向を収束させる、ことを提起した。開発式扶貧方式を堅持し、扶貧開発と農村最低生 活保障制度とリンクさせ、扶貧開発を脱貧致富の主要方法とし、社会保障を温飽問題解決の基本 的手段とするべく社会保障体系の完備をおこなう。また、連片特困地区を扶貧戦略の主戦場とし、 「専項扶貧」 以外の 「業種扶貧」 と「社会扶貧」 との総合的扶貧戦略によって 「社会援助、共同致富」 を実現すること、等が提起された。 同時に、前述したように、2012 年 8 全会以後に 2020 年までの小康社会の全面的実現とその前 提となる貧困人口減少 ・ 貧困地域の貧困脱却が新たな扶貧政策 ・ 戦略目標となった。この新政策 目標実現に際して、実質的には 2014 年を起点として、2011 年要綱を含めて従来からの扶貧政策 及び諸扶貧支援活動システムの刷新が提起 ・ 展開された。2014 年「政府活動報告」において「扶 貧開発方式を刷新し、集中連片特殊困難地区の地域発展と扶貧支援推進を加速化し、同時に扶貧 資源を整理 ・ 統合し、扶貧対象の的確化と扶貧支援が各農村・各農家へ確実に行き渡るよう実行
し、社会諸勢力を扶貧事業に参与するよう誘導する。今年度中に農村貧困人口をさらに 1000 万人 以上減少させること」が提起された。その後、(1)「関于刷新機制扎実推進農村扶貧開発工作的意 見」(2014 年 2 月 10 日。以後、「開発工作意見」と略す)12)と(2)前述の「堅塁決定」を中心に、 扶貧開発戦略 ・ システムの転換を基礎に貧困脱却堅塁攻略戦略及び諸関連施策が提起されたので ある。2011-2013 年段階の扶貧政策を継承しながらも、目標 ・ 目的 ・ 対象に焦点を絞った扶貧政策、 という新たな扶貧政策 ・ 戦略段階へと転換した。 まず、(1)において、扶貧開発活動機構の刷新を 6 項で中心に実施することが提起された。① 貧困県考課メカニズムの改善②扶貧活動的確化メカニズムの確立③幹部の貧困村駐在扶貧支援メ カニズムの健全化④財政扶貧特別資金の管理メカニズムの改革⑤金融サービスメカニズムの健全 化⑥社会参与メカニズムの刷新、であった。 次に(2)において、「貧困脱却堅塁攻略」 プロジェクトが実施されることとなり、総目標とし て 2020 年までに農村貧困人口の 「両個不愁、三保障」 を実現すること、貧困地区農民の可処分所 得と基本的公共部門指標を全国水準まで高め、農村貧困人口の脱貧、貧困県からの脱却を実現し て地域性貧困問題を解決すること、が示された。基本原則として、党の指導の堅持を前提に各級 党委員会が全体を統括し、各方面と協調する革新的作用を果たし、貧困脱却堅塁戦略に責任制を 厳格に執行して、 省市県郷村の各級党書記が諸活動を掌握することが求められた。また、政府の 責任を強化し、市場メカニズムと導入し、社会各界の協調を得て、扶貧プロジェクト ・ 業種扶貧 ・ 社会扶貧が相互に補完して総合的に扶貧支援局面をカバーする。的確に扶貧をおこない、扶貧 効果を高め、本当に貧困なところに支援して、確実に脱却させて扶貧成果の持続可能性を高める。 地域の実情に応じたシステムに刷新し、ばらまき型から的確な扶貧活動をおこない、さらに扶貧効 果基準を当該貧困地区の GDP 発展指標から貧困脱却成果へと転換する。最後に、大衆主導の内 発的発展能力を刺激し、貧困地区の幹部と大衆の積極性と創造性を発動し、貧困人口の自己発展 能力を増強する、ことが目指された。 このように、(1)「開発工作意見」 と(2)「堅塁決定」の 2 文献によって基本的に提起された扶 貧戦略とシステム刷新に関する内容は、Ⅰ . 扶貧戦略 ・ システムの転換、Ⅱ . 確実な扶貧対象へ的 確な扶貧支援を実施、Ⅲ . 長年の扶貧開発にも拘わらず未だ厳然と存在している連片特困区と貧 困県を中心とする貧困地区での貧困脱却実現、Ⅳ . 貧困脱却を各級党の課題 ・ 責任として、党を中 心に社会各界と協同して貧困脱却実現、が明確にされたのである。 より具体的には、Ⅰ’従来の貧困県等の扶貧対象地域の経済発展を志向するトリックル ・ ダウ ン型開発戦略と経済発展指標を扶貧政策考課とする方式を扶貧目標に焦点を絞った戦略へ転換す る。同時に、主に貧困人口減少指標としてきた扶貧政策考課制度をより扶貧支援の内容と貧困脱 却との関連をリンクさせる考課制度へと転換する。Ⅱ’貧困対象を確定し貧困扶助システムへ登 録させ、貧困要因を明確にして適切な扶貧支援を実施し、社会保障制度との連携を確立する。Ⅲ’ 「貧困県退出メカニズム」 に基づいて、貧困県と片区の貧困脱却を貧困発生率の 2% 以下を目標と して実現する。Ⅳ’省レベルを始め各級党委と責任者は脱貧責任書に署名をし、さらに 「扶貧第
一書記と駐村扶貧工作隊」 が貧困戸の脱貧と貧困村全体の脱貧の責任を負う、こととなった。
第 2 章 扶貧政策の刷新
1 節 精准扶貧、精准脱貧 新たな扶貧支援活動の基本的システムとしての「確実な扶貧支援、確実な貧困削減(精准扶貧、 精准脱貧)」を実現するためには、貧困対象の確定から脱貧考課までの扶貧支援活動全過程におい て「確実さ ・ 的確さ」が必要となる。この「6 個精准(6 項目のターゲットを絞った的確な貧困支援)」 とは、習近平総書記が 2015 年貴陽での講話で要求したとされ、1)「扶持対象精准(扶貧対象を的 確に確定する)」 2)「項目安排精准(支援プロジェクトの配置を的確に行う)」 3)「資金使用精准 (扶貧資金利用を的確に行う)」 4)「措施到戸精准(各貧困世帯での支援施策を的確に行う)」 5) 「因村派人(第一書記)精准(貧困村へ的確な担当者 = 第一書記、を派遣する)」 6)「脱貧成效(貧 困脱却の成果を確実にあげる)」、の 6 項である。扶貧支援過程における 「6 項の的確さ」 とは、本 来扶貧支援活動が貧困原因に応じて、貧困類型に基づいて、異なる事情 ・ 条件の下で行わねばな らず、決して大雑把な表面上だけのバラマキ型の支援ではなく、的確な焦点を絞った扶貧支援を おこなうことの指針となっているのである13)。 このうち 1)の貧困戸の確定は、扶貧戦略の基本的前提であり、従来から国家貧困ラインに基づ いて各省で貧困人口規模を確定してきたが、2014 年国家貧困ライン以下の貧困人口は 7017 万人 であるのに対して、全国での貧困戸認定者数(後述する)と貧困村 12.8 万村の貧困人口数は 8862 万人となっており、詳細な調査に基づいた貧困識別 ・ 確定作業としての貧困戸フォルダ登録が必 要となっていたのである14)。各省レベルでの確定以後に、貧困ライン基準でさらに県 ・ 村レベル へと貧困対象の確定調査が進められ、貧困戸に確定されると貧困戸フォルダ登録され、貧困戸カー ドが支給される。この貧困戸カードによる形式は従来から各省で実施されていた15)が、今回はよ り確実に貧困対象を確定し、貧困戸の貧困状況と貧困に至る原因を掌握すること、さらに各省別 フォルダだけではなく、全国的フォルダによってネットワーク管理することが目的であった。 当該貧困地区では、ここで得られた各貧困地域貧困戸のデータを基に、当該貧困村の現状及び 地域的な実情を勘案して、3 年貧困脱却計画案と各年度の扶貧支援活動計画を作成し、扶貧支援 目標 ・ 扶貧任務 ・ 扶貧責任を明確に規定する。実際の貧困戸識別 ・ 確定過程は、①農民の自己申 請②村民代表大会での民主的評議③村党委 ・ 村民委の両会と駐村扶貧支援活動隊の確認調査④第 1 次公示⑤鎮人民政府の審査⑥第 2 次公示⑦県扶貧辨再審⑧結果の最終公示、の段階を経て実施 されることとなっている16)。この扶貧支援対象としての貧困戸確定のプロセスは公平性と透明性 を担保して実施され、農民の自己申請と 2 回の公示には申請農戸だけではなく、村内の他の農民 からの公示内容 ・ 決定への不服申し立てが可能であり、従来からの村内権威機構(両会と権限責 任者を含む)だけの審査決定ではなく、駐村扶貧支援活動隊の調査と鎮政府 ・ 県扶貧辨の審査段 階が付されている。 実際の扶貧活動では支援活動隊が貧困村に駐在し、貧困戸世帯での扶貧活動をおこない、当該農戸の貧困脱却に責任を負う。2015 年段階で既に 12.8 万貧困村すべてに 40 数万人の幹部が駐村 支援活動隊として派遣されている。しかしながら、実際には農村を理解せず、農村活動に名目だ け参加する形式主義が普遍的であった。また、駐村活動隊の大部分は郷鎮レベルから派遣され、 県以上レベルから派遣されるのは少数であった。そこで、青年幹部を貧困村第一書記として派遣 することとし、既に全貧困村がカバーされている。この第一書記と駐村活動隊の主要な任務は、 ①基層組織の強化②的確な扶貧活動の推進③大衆のため働く④地域管理水準の向上、の 4 項であ る。この農村での的確な扶貧支援活動を強化 ・ 監視するために 「巡視整改状況的通報」が発布さ れた。これにより、従来から扶貧考課面において問題視されてきた扶貧資金の流用 ・ 占有や駐村 扶貧活動における形式主義等が摘発されることとなった17)。 2 節 貧困県 ・ 連片特困区と扶貧政策 貧困県の設置は 1986 年に開始された。当時、中央政府は県レベルを扶貧政策の基本的単位とし て、① 85 年の年平均一人当たり純収入が 150 元以下(85 年の貧困ラインは 206 元)の県、② 200 元以下の少数民族自治県、③ 300 元以下の老革命地区の県、を国定貧困県として認定し、全国で 331 県の国定貧困県が確定した。88 年に国務院は更に、河北 ・ 内蒙古 ・ 四川 ・ 甘粛 ・ 青海 ・ 新彊 の各省牧区の 27 県を国定貧困県として追加確定したが、こうした国定貧困県の確定とともに各省 ・ 自治区も独自の基準によって 368 余の省級重点貧困県を認定したために、88 年末段階で全国に 664 県の国家級 ・ 省級貧困県が決定した。その後、94 年からの「国家八七扶貧政策」段階での調 整で、国定貧困県は全国で 592 県、27 省 ・ 自治区に及び、全国農村行政県の 27.7% を占めた。地 理的に見ると国定貧困県は、山岳部地域に集中(384 県、64.9%)しており、全山岳部に展開する 行政県の 38.4% を占めていた。一方、省 ・ 自治区別では、①雲南(73 県)、②陝西(50 県)、③貴 州(48 県)、④四川(43 県)、⑤甘粛(41 県)であり、上述の 90 年代制定の 18 片区に集中して いた18)。 2001 年要綱段階に入ると、国家級扶貧重点県の名称を 「扶貧開発工作重点県」 へと変更した(以 後、扶貧重点県とする)。東部沿海地域の 33 扶貧重点県を全て対象外とし、33 県の枠を中西部地 域へ移管した。また、チベット自治区全体を特殊支援地域とし、扶貧重点県待遇としたが、扶貧 重点県数値には算入しなかったため、依然と扶貧重点県数は 592 県であった。また、貧困人口は 村レベルに分散していることから、新たに貧困村を設定して貧困村の生産生活条件の改善を扶貧 活動の重点とし、村全体での扶貧政策(「整村推進」 方式)を開始した。この段階で貧困村は全国 で 148131 村が確定したが、支援を必要とする貧困層に確実に必要な支援を到達させることと生産 ・ 生活に密着している村レベルでの自己発展能力を促進させることを目指していた。具体的には各 種 「到村到戸プロジェクト」、「参加型村級扶貧企画」 の実施がおこなわれた19)。また、扶貧重点 県が扶貧政策の基本単位であり、中央財政扶貧資金を主に扶貧重点県で用いることは不変である が、県レベルの扶貧計画を県が制定していた方式を省 ・ 市 ・ 区レベルから制定し、扶貧重点県の 扶貧計画を省レベル扶貧計画の枠に移管 ・ 編入した。
一方、集中片区での扶貧政策は 1980 年代の救済型扶貧政策段階から開始されていた。82 年に 中央政府は甘粛省定西地区、河西地区と寧夏回族自治区西海固地区を「三西地区」と総称し、実 施期間 10 年間で毎年 2 億元の資金を投資して貧困削減と開発建設を開始した。その過程で国務院 は「三西地区」の 28 県を重 点貧困削減県として認定し、 84 年に「関于帮助貧困地区 尽快改変面貌的通知」によ り、各種優遇・支援政策を 通じた貧困地区の貧困削減 支援策を貧困削減政策の基 本的原則とすることを決定 した。翌 85 年には、個別に は比較的に小範囲な地区で 且つ隣接 ・ 連続して展開し ている 14 地域を貧困状態に ある 「集中連片区」 として 貧困地区に認定した。さら に 88 年に、14 貧困片区を調整するとともに、上記「三西」地区を加えて 18 の片区へと改めた。 この 18 片区の大部分は「老 ・ 少 ・ 辺 ・ 窮」と称された中西部の山岳地域・老革命区・少数民族地 区と辺境地区とも重複している。表- 3 参照。この 18 貧困地区には、85 年当時の貧困ライン 206 元を大きく下回る年平均一人当たり純収入 50 元前後しかない貧困人口が約 4000 万人居住してお り、自然・地理環境が劣悪な地域であった。 2007 年の中共第 17 次全国代表大会での胡錦濤報告で、2020 年までに小康社会の全面実現す ることの奮闘目標が提起されるとともに、三農問題解決を全党活動の最優先課題として位置づけ、 扶貧開発施策 ・ 活動の更なるレベルアップが強調された20)。この 17 大の提起の具体的施策として 国務院扶貧開発指導小組辨公室は、2020 年までに絶対的貧困現象を基本的に解消するために、革 命老区 ・(少数)民族地区 ・ 辺境地区と片区 ・ 貧困県を含む貧困地区発展への支援力の強化、扶 貧開発水準と扶貧基準(貧困ライン)の向上(「一個加大、両個提高」)を指示した21)。この時期 以降、扶貧対策対象地域として革命老区 ・ 民族地区 ・ 辺境地区が 「特殊類型地区」 として加えら れた。 2010 年段階での特殊類型各地区の貧困発生率は大きく低下し、年平均減少率も全貧困県減少率 を上回っている。ただ、革命老区は従来から全扶貧県貧困発生率よりも低水準であったが、2010 年に低下傾向が減退し、全扶貧県水準へ 0.2 ポイント差にまでとどまっている。また、所得構造変 化で見ると、民族 ・ 革命老区は農民一人当たり純所得では全扶貧県水準に近づいており、また辺 境地区も年平均増加率では上昇傾向が強い。増加寄与率で見ると、民族 ・ 辺境地区では家庭経営
収入増加寄与率が高く、辺境地区での一次産業収入増加寄与率は極めて高い。一方、革命老区では、 賃金性収入の増加寄与率が高くなっているが、出稼ぎ収入以外の賃金性収入に因っている。 2011 年要綱では、この 18 片区を 2007-2009 年間の県レベルでの①一人当たり生産額②一人当 たり県財政一般予算収入③県農民一人当たり純収入等と貧困程度指標を基礎にして、さらに革命 老区 ・ 民族地区 ・ 辺境地区への強力な支援の必要性をも勘案して 11 片区へと再編成した。この 11 片区に、従来から特殊支援政策を実施している西蔵区、四省蔵区、新疆南疆三地州の 3 地区を 併せて計 14 地区を 「集中連片特殊困難地区(以後、連片特困区とする)」 とし、地区内 680 県を 「連片特困地区貧困県(以後、片区貧困県とする)」として認定し、扶貧対策の焦点 ・ 主戦場であ ると位置づけた。表- 4 参照。この 14 連片区は相互に 「集中連片」 性・「特殊困難」 性を特徴と している。「集中連片」性として、18 片区が地理的には大部分が山岳部 ・ 高原山間区に広範囲に渉っ ているとともに、貧困人口集中地区が連綿と点在していることから、①貧困人口集中、②地域連片、 ③貧困に至る要因、④貧困深度、⑤貧困原因の複雑性、の点での共通性があるとしている。「特殊 困難」 地区とは、基本的に自然 ・ 地理環境が劣悪な西部民族地区、辺境地区、中部革命老区、山 岳地区に集中していることで共通性があるとしている。
第 3 章 貧困地域の脱貧
1 節 貧困退出メカニズム 2011 年要綱段階では、上述した 14 連片区内の 680 県を片区貧困県(うち、民族自治地域県 371、革命老区県 252、辺境地区県 57)としたが、その中の 440 県が扶貧重点県と重複するので計 832 県(592 県+ 680 県- 440 県= 832 県)を扶貧開発対象の 「重点貧困県」とした。同時に、扶 貧支援資金の調整権限を省レベルに移管し、各省内の実態に応じて総額不変を前提に分配 ・ 使用 を柔軟化するとともに、連片区内の重点貧困県指標を連片区外で使用しないとし、比較的富裕な 県を退出させ、新たに貧困な県を補填した。この調整で 38 県が移動 ・ 調整したが、総数は 592 県 にとどまった。この 832 県の重点貧困県を 2020 年までに脱貧させて、貧困県を解消すべきことが提起される一 方で、前述の 「堅塁決定」 において厳格 ・ 規範化 ・ 透明性のある退出基準 ・ プロセス ・ 確認方法 を制定すべきことが指摘されていた。これを踏まえて、具体的施策として 2016 年に 「貧困退出メ カニズム(「関于建立貧困退出規制的意見」、以後 「退出規制」 と略す)22)が発布された。この退 出規制において、貧困戸 ・ 貧困村 ・ 貧困県の各々の退出基準と確定プロセスは次のように規定さ れている。 1)貧困戸の退出は、「食衣」 問題の解消、義務教育 ・ 基本的医療と住居の安全性問題の保障 実現(「両個不愁、三保障」)と農戸一人当たり純収入が貧困ラインを上回ること、を基準とする。 退出確定プロセスは、村の両委組織の民主的評議を経て提出し、村党委 ・ 村民委の両委と駐村 活動隊が確認した後に貧困戸退出を認可し、村内での公示に異議がなければ、 正式に退出を公 告し、貧困カード貧困人口から抹消する。 2)貧困村の退出は、貧困発生率を主要な基準とし、当該貧困村内のインフラ施設、基本的公 共サービス、産業発展、集団経済収入等を総合的に考慮して決定されるが、原則的には貧困発 生率 2% 以下(西部地域では 3% 以下)が基準となり、郷鎮内での公示に異議がなければ退出 が公告される。 3)貧困県の退出も、主要には貧困村同様の基準であり、貧困発生率が基準となる。県級扶貧 開発指導小組が退出を提起し、市級同指導小組が審議し、省級同指導小組が調査した後に退出 を確定し、社会的に公示して意見を求め、異議がなければ省級同指導小組が審議決定した後に、 国務院扶貧開発指導小組に報告することとなる。 同時に、国務院扶貧開発指導小組は中央と国家機関及び関連部門を組織して各地での貧困退出 状況を検査し、上記退出認定過程に齟齬があれば、当該地方級組織に再認定処理をさせる。省級 貧困県で上記基準に適合していれば、省政府から正式に退出が認可される事となる。 また、前記 「堅塁決定」 では、こうした基準 ・ プロセスによって貧困戸 ・ 村 ・ 県から退出したと しても、「貧困脱却堅塁攻略」 プロジェクト実施期間は従来通りの扶貧政策の内容は不変であり、 扶貧支援は確保 ・ 維持されることとなっている。前述の 2011 年要綱段階での 38 県の移動 ・ 調整 では、比較的富裕な県が扶貧重点県から退出されたように、期間終了段階で調整されることを意
味している。 「退出規制」 以後に国務院 「" 十三五 " 脱貧攻堅規画的通知」(2016 年 12 月 3 日。以後 「攻堅通 知」 と略す)23)が発布され、「堅塁決定」 と 「退出規制」 で提起された脱貧目標と貧困戸 ・ 村 ・ 県各々 の退出基準が再提起された。さらに、「13 次 5 カ年規画」 期での貧困地区発展と貧困人口脱貧主 要指標」とともに、専項扶貧 ・ 社会扶貧の各扶貧支援活動目標と具体的な扶貧支援工程も示された。 表- 5 参照。 2 節 退出可能性と問題点 2016 年末の農村貧困人口は 1240 万人減の 4335 万人となり、年間 1000 万人脱貧目標を超過達 成した。このうち、移住 ・ 転居による貧困支援者は 240 万人を超え、最終的な貧困発生率は 4.5% にまで低下し、貧困地区農村居住者の収入増加率は全国平均水準を超えた。また、財政投入資金 総額は 1000 億元を超え、このうち中央財政特別扶貧資金は 667 億元、地方財政特別扶貧資金は 400 億元超となり、各々対前年比 40% 増、50% 増となり、2017 年度もこの増加率は維持される24)、 とされた。2020 年までの小康社会の全面的実現、貧困戸 ・ 貧困村 ・ 貧困県の脱貧実現というタイ ムスケジュール通りに脱貧堅塁突破目標を実現するためには、さらに毎年 1100 万人の脱貧が必要 となり、脱貧コスト ・ 扶貧投入資金と脱貧難度は増加傾向にある。現段階で残存している貧困人 口の大部分は自然条件が劣悪で、経済的基盤も脆弱で、貧困度は高く、貧困状況は複雑で堅固な 地域に滞留している。また、貧困人口内容も各種障害者、弧老、長期療養者 ・ 病人等の 「扶貧で きる職業 ・ 所得もなく、脱貧の力 ・ 技術も無い」 貧困者と教育文化水準が低く、技能に欠如して いる貧困大衆、となっている。 まず、2010 年以降の統計数値から全国 ・ 貧困地区(重点貧困県:832 県)・ 扶貧重点県(592 県)・ 連片貧困県(680 県)の貧困人口 ・ 貧困発生率を見てみる。表- 6 参照。全貧困人口は、前 述のように毎年年平均 1100 万人以上の脱貧人口が必要となる。次に、貧困発生率では、全国貧困 発生率の 2015 年までの年平均減少率は 19.82% であり、貧困地区同減少率は 16.93%、扶貧重点県 17.24%、連片貧困県 17.10%、となっている。2010・2011 各年度の統計数値が完備していれば、各 数値は全国水準並みとなる可能性がある25)。次に、貧困退出基準である 2020 年度に貧困発生率 2% 以下であるためには、貧困地区貧困県は年平均減少率 31.54%、扶貧重点県は 31.95%、片区貧
困県は 32.14% を達成しなければならない。貧困発生率 3% としても、貧困地区貧困県は 25.76%、 扶貧重点県 26.20%、片区貧困県 26.41% の年平均減少率が必要となる。各地区貧困県ともに、 2010-2015 年間での年平均減少率実績の約 1.5 ~ 1.8 倍強の減少率が必要となる。 次に、前述の 「十三五規画期での脱貧主要指標」 中の 「貧困地区農民一人当たり純可処分所得 増加率が全国水準を上回る」 項を検討する。表- 7 は農民一人当たり純収入構成の全国平均と扶 貧重点県平均の推移である。年平均純収入の全国平均と扶貧重点県の格差は 2000 年の 0.594 か ら 2015 年の 0.660 へと縮小している。次に、表- 8 で 2000-2010 年間、2000-2015 年間、2010-2015 年間での全国平均と扶貧重点県平均の純収入と各収入項目の増加率及び寄与率を比較する。2000-2010 年間では扶貧重点県平均は全国平均を下回っているが、年間での全国平均と扶貧重点県平均の純収入と各収入項目の増加率及び寄与率を比較する。2000-2010-2015 年間では高増加率となり、 且つ全国平均より 4 ポイント上回っている。よって、2000-2015 年間平均増加率では扶貧重点県平 均が僅かながら上回る結果となっている。2010-2015 年間では、年平均増加率の全項目で扶貧重点 県が上回っており、寄与率でも家庭経営純収入項と移転性純収入項で扶貧重点県が上回っている。 この両項ともに、専項扶貧での産業扶貧や各種農業支援での補助金の影響であるが、賃金性収入 はまだ増加する余地があるため、扶貧重点県の年平均純収入増加率が全国平均を上回る傾向は持 続し、更に増加する可能性も高い。結果的に、年平均純収入の全国平均と扶貧重点県の格差が更 に縮小すれば、貧困ラインを上回る可能性も大きいといえよう。
おわりに
はたして、2020 年までに貧困戸 ・ 貧困村 ・ 貧困県の 「貧困」 からの脱却 ・ 退出は可能であろう か?可能性はきわめて小さいが、党中央の目標は社会主義政権としての貧困脱却であり、2020 年 までの小康社会の全面的実現と前提としての貧困戸 ・ 村 ・ 県の脱貧はあくまでも経過点と言えよ う。現段階での最高目標は、「2つの 100 年」 の努力目標にある。①中国共産党成立 100 年に当た る 2021 年に小康社会の全面的実現を達成し、GDP と都市 ・ 農村部居住者所得を対 2010 年比で倍 増させる。②中華人民共和国成立 100 年に当たる 2049 年に富強 ・ 民主 ・ 文明 ・ 調和を備えた社会 主義現代国家の建設を達成する。この 「2 つの 100 年」 の努力目標の実現は 「中国の夢」 実現の 基礎である26)。その意味では、2020 年のタイムスケジュール厳守はさほど重要ではないであろう。 問題は、80 年代中庸から実施してきた扶貧政策の成果はあったにせよ、残存している貧困問題を 解消するためには抜本的な改革が必要であったことにある。本稿では充分に検討できなかったが、 従来型の専項扶貧だけでなく、業種扶貧 ・ 社会扶貧の展開を重視して、農村の社会保障体系との 連携において残存している根強い貧困問題に対処する、多次元的貧困削減へとシフト転換を図っ ている過渡期といえよう。今後の課題としたい。 注 1) 2006 年『2001 年要綱』においても、2000 年末段階で農村貧困地域の温飽問題は基本的に改称されたとしながら も、環境劣悪な貧困地域と貧困人口が未だに根強く残存しており、2010 年までに貧困人口の温飽問題を解決し、 更に貧困農村の基礎条件を改善して温飽段階を固め、貧困農村地区の立ち後れた諸条件を解消することで小康 水準の基礎 ・ 創造条件に至らせる、としている。 2) 2002 年江沢民 「全面建設小康社会、開創中国特色社会主義事業新局面」 http://book.theorychina.org/upload/f70e3666-9f70-4db4-b5e1-3b487d1cf91c/(2017 年 9 月 30 日) 3) https://reports.btmuc.com/File/pdf_file/info002/info002_20151105_001.pdf(2017 年 9 月 30 日) 4) http://www.cpad.gov.cn/art/2015/12/7/art_46_42386.html(2017 年 9 月 30 日) 5) http://j.people.com.cn/n/2015/1202/c94475-8984852.html(2017 年 9 月 30 日) 6) 2000 年に採用された低収入水準が 2008 年に 「08 年貧困ライン」 として 2000 年までに適応されている。ここで はこの 08 年貧困ラインを使用している。 7) 国務院扶貧開発指導小組辨公室編『中国扶貧開発年鑑 _2011』19-20 頁 8) 中国扶貧開発年鑑 _2012 年 中国農村開発白皮書 pp881-884 9) 「" 中国農村扶貧開発的新進展 " 白皮書」2011 年 11 月 16 日『中国扶貧開発年鑑 _2012』872-884 頁 10) 農村義務教育の普及率は開発重点県でも進展しているが、その一方で重点県での教育費用は 08 年まで継続して 低下していたが、翌 09 年以降反転上昇傾向にある。重点県農家平均一人当たり小学生の教育費用支払額は 08 年 262 元、09 年 286 元、10 年 346 元と上昇していることが懸念される。国務院扶貧開発指導小組辨公室編『中 国扶貧開発年鑑 _2011』31-35 頁 11) http://www.cpad.gov.cn/art/2011/7/14/art_46_51506.html(2017 年 9 月 30 日) 12) http://www.cpad.gov.cn/art/2014/2/13/art_46_12338.html(2017 年 9 月 30 日) 13) 総書記の要求した 「6 個精准」水準と実際の扶貧支援活動での水準はまだ大きな隔たりがあるとしている。劉 永富 「精准施策 攻堅克難 確保貧困人口如期全部脱貧」(2015 年 6 月 25 日)『中国扶貧開発年鑑 _2016』882-890 頁 14) 同時に、各省は自己の財政状況と 2007 年以降の農村低収入保障基準額を勘案して、省級貧困ラインを策定し、 省級貧困人口規模を確定する。一般に、国家級よりも省級貧困ライン水準が低くなるので、農村の貧困対象は国 家級と省級のカテゴリーが併存すること、となる。15) 四川省では、1988 年 3 月に全省貧困県の各郷 ・ 村 ・ 戸レベルで大規模な調査が行われた。その結果によって貧 困戸を確定し、扶貧支援対象の貧困戸として登記されると同時に、貧困カードを支給した。郷レベルで冊子化し、 県レベルで名簿化 ・ 管理した。89 年にも再度、各級開発辨、民政局と農業局との合同で実施され、94 年の「八七 攻堅戦略」 初期にも実施されている。四川省農村扶貧志編纂委員会編『四川省農村扶貧志』2006 年四川人民出 版社 93、246 頁 16) 「建立精準扶貧工作機制実施方案」2014 年 5 月 「同方案的通知」 附件 17) 「巡視整改状況的通報」http://www.cpad.gov.cn/art/2016/1/25/art_624_44122.html 18) 張磊主編『中国扶貧開発生産演変(1949-2005 年)』中国財経出版社 2007 年 105-6 頁 19) 小松出 「中国扶貧政策の転換と小額信貸の動向」『桜美林エコノミックス』2012 年 第 3 号 84-88 頁 20) http://cpc.people.com.cn/GB/104019/104099/6429414.html(2017 年 9 月 30 日) 21) 「開創中国特色扶貧開発之路」 2007 年 11 月 26 日 http://www.cpad.gov.cn/art/2007/11/26/art_624_20003.html(2017 年 9 月 30 日) 22) http://www.cpad.gov.cn/art/2016/4/29/art_46_48830.html(2017 年 9 月 30 日) 23) http://www.cpad.gov.cn/art/2016/12/3/art_46_56101.html(2017 年 9 月 30 日) 24) http://news.163.com/17/0624/09/CNMG917C0001875P.html(2017 年 9 月 30 日) 25) 2013 年度から国家統計局は、農村 ・ 都市居民所得統計を統一し、新たな基準で統計数値と基準を出している。 この基準では、所得水準の低い農村、更に貧困地区での数値はより過大評価される傾向にある。国家統計局住戸 調査辨公室編『中国住戸調査年鑑 2015』3 頁 26) http://japanese.china.org.cn/jp/txt/2014-11/18/content_34118377.htm(2017 年 9 月 30 日) 参考文献 国家発展改革委員会「全国一三五易地扶貧搬遷規劃 5 年推動近 1000 万貧困人口搬遷脱貧」 http://www.sdpc.gov.cn/gzdt/201609/t20160923_819314.html(2017 年 9 月 30 日) 国務院扶貧辨「扶貧開発建档立卡工作方案的通知」 http://www.sdpc.gov.cn/art/2014/4/11/art_27_22097.html(2017 年 9 月 30 日) 国家統計局農村社会経済調査総隊『中国農村貧困監測報告』各年度版 中国統計出版社 劉永福「打贏全面建成小康社会的扶貧攻堅戦」『農産品加工』2014 年 5 月 超強社「扶貧模式演進与新時期扶貧対象探析」『西部学刊』2013 年 2 期 中共中央辨公庁国務院辨公庁 「関于創新機制扎実推進農村扶貧開発工作的意見」『老区建設』 2014 年 1 月 中共中央辨公庁国務院辨公庁「関于加大脱貧攻堅力度支持革命老区開発建設的指導意見」 http://www.sdpc.gov.cn/art/2016/2/3/art_46_44565.html(2016 年 9 月 30 日) 中共中央辨公庁国務院辨公庁「関于建立貧困退出機制的意見」 http://www.sdpc.gov.cn/art/2016/4/29/art_46_48830.html(2017 年 9 月 30 日) 中共中央辨公庁国務院辨公庁「省級党委和政府扶貧開発工作成效考核辨法」 http://www.sdpc.gov.cn/art/2016/2/17/art_46_45016.html(2017 年 9 月 30 日) 中国扶貧開発年鑑編委会『中国扶貧開発年鑑』各年度版 中国財経出版社 楊劉等「建档立卡貧困戸収入特征及反貧困対策研究」『農業部管理幹部学院学報』第 15 期 2014 年