インタラクティブアートにおける,心を感じさせる表現と
見えない世界を「みる」インターフェイスの研究
久世 祥三
*The study of interface for "seeing" unseen worlds in interactive art and the expression
which lets people to feel a mind
Shozo KUZE Abstract:
I work in an art unit named "MATHRAX" and I am creating an interactive art work related to sensation. Those works act to light, sound and fragrance by the "touching" action of the viewer. When we make these works, we think that we want to make deeper communication between people and works. In other words, we want to make the works that lets people feeling “might have a mind?" If our works make the people feeling have a mind then it will become a trigger to obtain the experience of "seeing" unseen world. So that I think the experience and imagination will lead people to solve various problems. I think it is important for our expression not only comfortable but also frustration and confusion. This time, we will take up 7 works using touching acts and elements of light, sound and scent, and describe the attempt to "expression which lets people to feel a mind".
KEY WORDS: interactive art, interaction of light and sound, touching interface
要旨: 私は「MATHRAX」というアートユニットで活動し,感覚に関わるインタラクティブアート作品を制作してい る。それらの作品は鑑賞者の「触れる」アクションによって,光や音や香りによるリアクションを起こす。私はこ れらの作品を作る時,人と作品のコミュニケーションをより深く交わせるようにしたいと考えている。言い換え れば,その作品に「心があるのではないか?」と感じさせたい。なぜなら,作品に心があると感じさせることで, 人が見えない世界を「みる」という体験を得るきっかけとなり,それは人が物事の先を読んで想像し,問題解決の 糸口を導くことにつながると考えるからである。私は、心を感じさせる表現に必要な要素として,鑑賞者の作品へ の心地よさはもちろん,もどかしさや戸惑いなども重要だと考えている。 今回は,触れる行為と光や音や香りの要素を用いた作品7つを取り上げ,これらの「心を感じさせる」表現の試 みについて述べる。 キーワード:インタラクティブアート,光と音のインタラクション,触れるインターフェイス
1.はじめに
私は久世茉里子と共に「MATHRAX(マスラックス と読む。以下,マスラックスと表記する。)」という ユニットでアーティストとして活動しi,光や音や香 りといった感覚に関わる表現をとりいれた作品を制 作している。私も久世茉里子も美術大学出身である が,私は絵画科で油画を学んだ後,コンピュータに興 味を移しプログラミングや電子回路によって光や音 を扱うようになった。久世茉里子は大学ではグラフ ィックデザインを学び大学院では音によるコミュニ ケーションに興味を深め,その表現を模索するよう *湘南工科大学 工学部 総合デザイン学科 准教授になった。そのような経緯から,マスラックスでは主 に私が作品の仕掛けとなる装置の設計と開発を担当 し,久世茉里子が外観や音の表現のデザインを担当 している。作品コンセプトについては,両者で決めて いる。 我々マスラックスの作品表現には電子回路を用い ている。作品は鑑賞者のアクションを検知し,コンピ ュータプログラムによって内部処理したリアクショ ンを返す。このインタラクションを通し,鑑賞者に 「この作品には『心』があるのではないか」と感じさ せたい。そして作品を長く愛されるものにしていく ことが,マスラックスの作品制作の精神である。 以下では,この「心を感じさせる」という表現の試 みとアプローチについて解説し,今後の作品展開の ポイントを述べる。
2.作品制作の背景
私は見えないものが“みえる”人に会ったことがあ る。それは,2013年にNPO法人房総自然博物館(現在 はNPO認証取消しとなっている)の方と一緒に山の 中で野生のニホンザルを追いかけた時のことだ。こ のNPOは1974年からニホンザルの生息地保護活動を しており,そのメンバーのひとりは山を熟知してい る「山の達人」であった。その方は,目や耳だけでサ ルを追いかけるのではなく五感と知識と自身の経験 を統合して状況を判断し,サルの群れをみていた。ニ ホンザルが好むルートや,自身で歩き尽くして把握 した尾根の地形,季節や天候,ウグイスの警戒する囀 りなどからサルの位置を予想し,土に残った足跡の わずかな体重移動による凹みからは「子供を抱えた 母ザルである」と分析した。山の達人と一緒に進んだ その先には確かに,60頭近くの野生のニホンザルの 群れが現れた。私は彼が「サルが山の中のどこにいる のか『みえる』」と表現していたことが印象的だった。 彼がみたものは何だったのだろうか。この体験は「も しかすると私は『みる』ことを誤解していたかもしれ ない」と思わせるほどの衝撃を与えてくれた。もしも 私も山の達人のように,感覚の解像度を上げ,意識を 集中させながら世界を感じることができたなら,こ れまで私はどれほど多くの物事を見落としてきたの だろうか。 このような経験から私は,感覚を通してその向こ う側にある世界を感じられる作品を作りたいという 考えに至った。それは見えない世界であり,作品を鑑 賞する人の知識と経験による想像に委ねられるが, 作品に対する知識や経験は多少異なっても私のイメ ージと大きな方向性を共有させたい。そう考えた時, 人と人とのコミュニケーションにヒントを感じた。 人と人のコミュニケーションでは共通の言葉がな くとも,その表情や声を見聞きして思いやることが できる。上も下もなくフラットに相手を思う気持ち が自らに芽生えることで,お互いに傷つけはしない という前提が生まれ,より深いコミュニケーション へ発展することができる。人には「心」があり,その 心を察することで私たちは多くの情報を汲み取り行 動する。悲しそうなときには励まし,嬉しそうなとき には一緒に喜ぶ。人の発する言葉と本当の気持ちに は差異があることが多いが,私たちはその感情を推 し量ることができる。「悲しそう」「嬉しそう」とい った感情のイメージは,表面的な言葉に左右される のではなく,五感で得られた情報と知識や経験を総 合的に判断してみえるものであろう。つまり相手の 心を感じることで,別の世界がみえるということで はないだろうか。私の作品にも「心」を感じさせるこ とができれば,より深いコミュニケーションへ発展 し,みえない世界を感じることができるのではない か。そしてそのコミュニケーションを意図した方向 へ導くことができれば,その作品は,イメージを共有 するためのインターフェイスと捉えることもでき る。3.表現方法
マスラックスの作品は「触れる」ことをきっかけに 何らかのアクションを起こす仕組みを採用している。 触れるという感覚は物体の存在を確かめるだけでな く,自分とその物体の関係性を感じながらイメージ を刺激する。たとえば突然に暗闇の部屋に放り込ま れ視覚に頼れない状況に陥ると,手探りで壁や地面 に触れながら徐々に部屋の詳細をイメージしながら 状況を把握していくだろう。手肌にあたる感触やそ のリアクションと,自分の知識や経験を照らし合わ せてイメージに変えていく。ここで仮に,知っている はずの感触なのに知らないリアクションが返ってき た時,私たちは少々戸惑いながら,別の知識と経験に 照らし合わせるか,新しい情報として知識と経験を 上書きするか,何らかの思考を伴うことだろう。この ような思考を巡らせる作業は,当てにしていた判断 方法が使えないときに行うことが多い。たとえば人 と人が言葉を使えない時の,表情や声質などから「心」 を察して情報を汲み取る作業とも似ている。作品においても,鑑賞者が当てにしてきた既成概念を使え なくすることで,そこから思考を巡らせることがで きないだろうか。ここではそのような表現方法を要 約して「心を感じさせる表現」と表記している。 私は2006 年から作品の発表を始めた。当時はまだ 単独で活動しており,インターフェイスをテーマに センサと白熱電球によってインタラクティブに反応 する光の表現を試みた。このとき静電容量方式のタ ッチセンシング技術と出会った。2009 年から久世茉 里子とアートユニット「マスラックス」を立ち上げ, タッチセンサと動物のモチーフを組み合わせた作品 を制作し始めた。その後,音を奏でる作品へ発展し, 音が響く空間を意識するようになった。5 年ほどかけ て,光から音へ,音から空間へと興味が広がり徐々に 技術を身につけていき,2015 年に新たに香りを表現 要素に加えた作品を制作したii。香りは空間と切り離 せない関係にあり,再び空間や音や光の表現につい ても考え直すこととなった。ここでは 2006 年から 2015 年までの作品 7 つを取り挙げ,表現の試みを時 系列で解説していく。 3.1 スイッチの中で働く小さな人「感覚スイッチ」 この作品は,照明スイッチへの接し方をセンサに よって置き換える実験的な作品である。私たちは部 屋の照明をスイッチによって操作する。その行為は 生活に溶け込んでいて,一生のうちに数え切れない ほど触れることになる。そのスイッチが心を持って いたとしたら世界の感じ方が一変するのではないか と考えた。「心を感じさせる」表現として,「スイッ チ内部に電気の操作を行なっている小さな人がいる」 というストーリーでスイッチの擬人化を試みた。 「感覚スイッチ“ノックする”」(図1)は,スイ ッチの周りの壁を 2 回ノックすることで,徐々に照 明が明るくなり始め,しばらく光ったのちに静かに と消える。プレート内部にはドット絵で顔が表示さ れ,照明が明るい時には笑顔になり,暗い時には無表 情になっていくようなアニメーションを表示した (図2)。 図1 「感覚スイッチ “ノックする”」(撮影 久 世茉里子) 図2 「感覚スイッチ “ノックする”」のアニメー ション(撮影 久世茉里子) 「感覚スイッチ“タッチする”」(図3)では,プ レートをタッチすると4 文字のカタカナでルーレッ トのように挨拶が表示される。4 文字しかないため, 「コニチワ」「アリガト」のように日本語を覚えたば かりのような文字表現になる。そして「コニチリ」「ア リガワ」のように最後の 1 文字は間違えるようにし た。タッチされずにしばらく経過すると,この文字が ドット絵の顔になってチラリと現れすぐ消えるよう にした(図4)。 感覚スイッチシリーズは,外観をスイッチプレー トの規格に限定した。日常のスイッチプレートだと 思わせた中に,小さな顔とその表情の変化が見つか る。鑑賞者の多くは私の考えた「電気を操作する小さ な人」というイメージに共感し,鑑賞者から「がんば って」とか「電気を消さないと可愛そう」という感想 があった。しかし「心を感じさせる」という狙いは達 成できたものの,あらかじめ用意したパターンで擬 人化する表現手法に浅さを感じ,別の表現を探した いと考えるようになった。
図3 「感覚スイッチ“タッチする”」(撮影 久世 茉里子) 図4 「感覚スイッチ“タッチする”」のアニメーシ ョン(撮影 久世茉里子) 3.2 光の演出による試み「remokuma(リモクマ)」 図5 作品「remokuma(リモクマ)」2009 年制作(撮 影 久世茉里子) この作品はクマの形をしたリモコンである。クマ が電球のオンオフを担っている様子を想起させるこ とで省エネを促すというコンセプトである。タッチ 操作によって頭をトントンと 2 回触れると電球を点 灯させ,お尻をトントンと2 回触れると消灯する。背 中を頭の方向に撫でると明るく調光でき,お尻の方 向に撫でると暗く調光ができる(図5)。 「心を感じさせる」表現として,クマの形状を模し たこと以外にも,光の演出がある。オンオフのタッチ 操作を受けると,リアクションとしてクマの顔を水 色に点滅させた。この点滅は「はい」と淡白な返事で はなく,「はいは〜い」というような親しみのある返 事をイメージし,点滅の回数や時間間隔を決めた。ま たタッチ操作をされずに 1 分ほど経過すると,眠っ ているように鼻のあたりが緩やかに明滅する。この 鼻ちょうちんのような明滅には,私の呼吸を計測し た時間を参考にした。クマの顔は無表情のままでも, こういった光の点滅や明滅を利用することで,クマ が性格を持っているかのような演出ができ,「心を感 じさせる」という表現のヒントを得た。 3.3 音色と撫でるインタ ラクションに よる試み 「Rhinon(らいのん)」 図6 作品「Rhinon(らいのん)」(撮影 久世茉里 子) この作品「Rhinon(らいのん)」は,背中を撫でる とオルゴールのような音を奏でるサイの形をした木 のおもちゃである。頭の方を撫でると高い音,お尻の 方を撫でると低い音を奏でる(図6)。また補足とし て,この作品から素材を木の無垢材に変えた。その理 由は作品「remokua(リモクマ)」に使用した樹脂素 材の加工時に,粉塵を吸い込み体質にあわなかった からである。樹脂は光を透過させることができるが, 木を透過して光らせるには加工精度が求められるた め多くの失敗を重ねることとなった。そこで光の表 現ではなく音の表現へと移っていった。この作品は その後の作品の方向性に大きく影響する。以下,その
表現の「音」と「撫でるインタラクション」について 解説する。 まず音による表現では,抽象的なオルゴールのよ うな音色を選んだ。開発途中では,猫の鳴き声や自分 の声を鳴らしたが,具象的な音の場合はそのニュア ンスにとても敏感に聞き入ってしまうことがわかっ た。私たちは聞き慣れた動物の鳴き声や人間の声に は,微細な変化を聞き分けようという意識が働く。具 象的な音であるほど,豊かなバリエーションのない 音声は瞬時に偽物であることがわかる。ある音を聞 いて「これは猫じゃない」「これは人じゃない」と一 瞬に感じるのは,猫や人を期待させたためにすぐに 違うことが判明したからである。「興醒め」という言 葉があるように,違うと判明してしまうと興味を集 中することが難しくなる。そこで,より深いコミュニ ケーションへと導く「心を感じさせる」表現のために, 具体的な生き物を期待させないことを考えた。作品 に採用した「オルゴールのような音色」は実は正弦波 を元に生成している。正弦波はクリアな音色だが自 然界には存在しない。つまりこの音色は人工的で抽 象的な音色で,オルゴールに似た音色ではあるがそ のものではないということである(図7)。 図7 上:正弦波による音色の波形の拡大図 下:オルゴールから録音した音色の波形の拡大図 次に「撫でるインタラクション」では,タッチした 瞬間に音は鳴らず,タッチした指を滑らせて移動さ せた時にのみ音を奏でるようにした。このインタラ クションでは狙ったタイミングで狙った音を奏でる ことができない。しかし「頭の方向に撫でると高い音, お尻の方向に撫でると低い音が奏でられる」といっ たルールは一貫しており,おおよその操作が可能で ある。このことで作品鑑賞者は意図せずに,その撫で 方によって音楽を奏でることができる。逆に意図し た音を奏でることが難しいことについても,気分に よって返事を変える生き物のように,「心を感じさせ る」表現に効果的であると感じた。 以上のことから,音色の試みには「何の音かわから ず少し戸惑う」という要素があり,撫でるインタラク ションの試みには「狙った音が鳴らずにもどかしい」 という要素がある。これは共通言語のない人との最 初のコミュニケーションと似ている。そこには相手 の言葉がわからない「戸惑い」と,自分の考えが伝わ らない「もどかしさ」が混在する。しかし何度もやり 取りするうちにコミュニケーションできるようにな り,徐々にお互いの意思を理解する。この作品でも, 作品鑑賞者と作品とが何度もコミュニケーションを 試みるうちに,徐々にルールが理解でき,自分の出し たい音が出せるようになってくる。 「心を感じさせる」という表現に必要な要素として, 少しの戸惑いやもどかしさ,つまり鑑賞者を裏切る ことも必要ではないかと考えるようになった。 3.4 傾きによって 3 拍子の音を奏でる,音楽的要素 をとりいれた作品「poulain chocolat(プーランショコ ラ)」 図8 作品「poulain chocolat(プーランショコラ)」 (撮影 kenji kagawa) この作品は,傾きによってオルゴールのような音 を奏でる子ウマの形をした木のおもちゃである(図 8)。傾けるインタラクションによって音階が上下す る。ワルツの3 拍子のリズムを意識し,1 回のインタ ラクションにつき音を必ず 3 つ連続して奏でるよう にした。モチーフの子ウマが楽しげに駆け回るよう なイメージを意図し,3 拍子のリズムで 3 つの音を連 続して奏でることにより,いつまでも繰り返してし まう心理が働き,延々と子ウマを振り続ける鑑賞者 もいた。 この作品では,特にコミュニケーションを長く持 続させることを考えた。鑑賞者が起こすアクション によって,作品が悲しみや痛みなどを想起させるリ アクションを取った場合,鑑賞者はアクションをや
める方向へ向かう。そこで音楽的な要素を取り入れ, 作品のリアクションに「心地よさ」を求めるようにな った。その「心地よさ」を求める試行錯誤によって, この後の作品の不協和音と協和音,五音音階などの 興味へとつながっていく。 3.5 アンティークオルゴールの音色と五音音階の 「そらのしらべ」 図9 作品「そらのしらべ」(撮影 久世茉里子) この作品は,5 羽の鳥をモチーフとしたサウンドイ ンスタレーションである(図9)。「六甲ミーツ・ア ート芸術散歩2013」に出品するために制作した。六 甲ミーツ・アート芸術散歩とは,神戸市の六甲山にあ る各施設で行われる現代アートの展覧会である。 2013 年の一般公募で審査を通り出品することとなっ た。これまでの作品をベースとし鳥をモチーフとし た 5 つの作品を制作し,六甲山の山頂にある「自然 体感展望台 六甲枝垂れ」の内部に設置した。木でで きた鳥のモチーフを撫でると音を奏でる。その音は 六甲枝垂れの空間の中で反響し,心地よい空間とな った。 鳥は日本の野鳥をイメージし「スズメ」「ハト」「ヤ マセミ」「キジ」「ワシミミズク」の5 つをモチーフと した(図10)。鳥の大きさ別に,スズメは高音を,ハ ト,ヤマセミ,キジ,ワシミミズクになるほど低音を 奏でるようにした。ここでは「音色」と「和音」の試 みを解説する。 図10 鳥のモチーフのスケッチ(画 久世茉里子) まず「音色」について解説する。この作品の音色は 正弦波ではなく六甲山の施設「六甲オルゴールミュ ージアム」にあるアンティークオルゴールの音をも とに生成している。音色を具体的なものにする表現 は,作品「Rhinon」(図 6)での音色の考え方と異な るが,作品「poulain chocolat」(図 8)でリアクショ ンの心地よさを重視するようになり,長く愛されて 来たオルゴールの音色を使うことによってその心地 よさを求めた。制作コストを抑え且つ音質の良さを 活かすために,波形をマイコンに取り込んでリアル タイムに生成しているが,単なる録音ファイルの再 生ではない。近隣施設の「六甲オルゴールミュージア ム」の学芸員に依頼し,収蔵オルゴールのひとつで 1900 年頃に製造されたアメリカのレジーナ社製「オ ーケストラル・レジーナ 6 型」というディスクオル ゴールの櫛歯を指で弾いてもらい録音した(図11, 図12)。その波形を元に,「波形メモリ方式」と呼ば れる方法で音響を合成している。ここで「波形メモリ 方式」の簡単な説明をしておく。音色の違いは音の波 形の違いであるが,その波形を拡大していくと周期 があるのがわかる(図13)。音の始まりの 0.03 秒程 度は独特の波形が見られるが,その後に続く波形は 似た形となっている。マイコンには,図13 の A と B の波形データを保持させ,ABBBBB…と(A は音が 始まる瞬間に1 回だけでその後 B が続く)繰り返す ことにより音色を再現できる。さらにプログラムに よって再生ピッチを速め,音を高くして音階を生成 できる。この音響合成技術によって,100 年以上過去 に作られたオルゴールの音色を作品に取り入れるこ とができるようになり,そのオルゴールを作った職 人のこだわりや,現在まで大切に扱われてきた時間 の記憶などを作品に借りることができたように感じ た。
図 11 「六甲オルゴールミュージアム」で収蔵され たアンティークオルゴールの音色を録音した(筆者 撮影) 図12 オルゴールの櫛歯を弾いた音の波形 図13 「図 11」の音の始まりから 0.05 秒間を拡大し た波形(音の始まり「A」は独特の波形であるが,そ の後「B」には似た波形の周期が見られる) 次に「和音」について解説する。これまでは1 つの 作品でのみ音を奏でてきたため,音が混ざることを 想定していなかった。今回の作品は 5 つの鳥のモチ ーフから 5 つの音が奏でられる。ここでは久世茉里 子の音楽の知識から「五音音階」のアドバイスを受け, 不協和音になりにくい音階の組み合わせがあること を知った。この作品では「D・E・G・A・B」iiiという 5 つの音階のみを使うことで,同時に音を奏でても不 協和音となりにくいようにした。これは「五度圏」と いう調和するとされる音の規則から選んだ音階であ るが,言い換えれば,どんなにいい加減な演奏をして も,響きが濁らず不快感を与えにくい。つまりある程 度の心地よさをキープできるということである。会 場である「六甲枝垂れ」の内部はヒノキでできており 音がよく反響するのだが,作品鑑賞者を観察してい ると作品を撫でながら1 時間以上リラックスして音 を楽しむ姿が見られた。 「心を感じさせる」表現の要素としては,作品と鑑 賞者とが,じっくりとコミュニケーションを深めて いくことが必要になる。「音色」の試みでは,オルゴ ールが過ごしてきた 100 年以上の歳月や職人のこだ わりに想いを馳せ,「みえない世界を感じさせる」こ とにつながった。また「和音」の試みでは,不協和音 と協和音を意識したことで,心地よさを持続させ,リ ラックスしながら鑑賞できる作品とすることができ た。そして「心地よさ」とは何であるかを考えるきっ かけとなり,その後の作品でも「和音」や「五音音階」 を踏まえながら音の表現を試みることになった。 3.6 鑑賞者が奏でる音と自動演奏による試み「ステ ラノーヴァ」 図14 作品「ステラノーヴァ」のインターフェイス 操作の様子(撮影 久世茉里子) この作品は,星をテーマとしたサウンドインスタ レーションである。長野県の美ヶ原高原美術館の「こ どもと旅する美術館」という展覧会に向けて制作し た。これまで動物や鳥をモチーフとしてきたが,この 作品では標高2000m からの夜空の星の美しさから, 「星」をテーマとすることになった。その星をイメー ジした形は,円やキューブといった無機質な形態と した。またこれまでの作品のような動物の外観では なく,より抽象的な「心を感じさせる」表現を試みた。
ここでは作品概要を説明し,作品と音階の関係性に ついて解説する。 まず作品概要を説明する。手で触れることができ る円形のインターフェイス(図14)が 2 つと,さら に天井から吊り下げられた6 つのキューブがある(図 15)。キューブは円形に配置されており(図 16), 各インターフェイスにも円形に 6 つのタッチセンサ が配置されている。そのセンサに触れるとインター フェイスとキューブが呼応するように音階が奏でら れる(図 17)。体験者とスピーカーの配置方法は, 坂本(久世)茉里子の論文・制作「合奏における奏者 間の関係性のモデルの研究とそれを利用した作品制 作」ivの作品「woven」の形態に倣ったものである。体 験者は空間上にあらわれる自分の音と他者の音との 間で、お互いの音に意識を傾ける時間を体験する。 図15 作品「ステラノーヴァ」の全体図 図 16 作品「ステラノーヴァ」の円形に配置した 6 つのキューブの位置関係 図17 インターフェイスと呼応するキューブの音階 次に音階について解説する。この作品の音階も不 協和音になりにくいとされる五音音階の組み合わせ を採用している。インターフェイス 1 とインターフ ェイス 2 はそれぞれ異なる音階を重低音で奏でる。 同時に 6 つのキューブが呼応しその倍音を伸びやか な高音で奏でる。音階の組み合わせは 2 パターンあ り「音階1:明るい調」,「音階 2:中庸な調」とあ る。その2 パターンは,いずれのインターフェイスに も触られないまま20 秒経過すると切り替わる(図 18)。 鑑賞者がインターフェイスに触れて操る音と,鑑賞 者に気づかれないうちに音階の組み合わせを変え転 調させることで,不定期に空間の雰囲気を変えるこ とができた。またこの音階を切り替えるタイミング で,人がインターフェイスに触れない状態が続くと, 6 つのキューブは同期しながらランダムに音を奏で 始める。そして再びインターフェイスに触れるとキ ューブたちはその演奏を中止し,鑑賞者の操作に従 って音を奏でる。 「心を感じさせる」表現には,「人がいないときに は星たちが会話をしている」というイメージの演出 を試みた。この時にも不協和音になりにくい五音音 階のおかげで,ランダムに演奏しても心地よく聞こ える音となった。まるでスズムシやカエルのように
人が接近すると気配を感じて一斉に鳴きやむような 演出となり,生命の「心を感じさせる」表現の要素の ひとつとして捉えることができた。 図18 入れ替わる音階パターン「音階 1:明るい調」 と「音階2:中庸な調」 3.7 光と音と香りによる新しい言語「Language(ラ ンゲージ)」 図19 作品「Languege(ランゲージ)」の様子(撮影 久世茉里子) この作品は,光と音と香りのインタラクティブな インスタレーションである(図19)。私と久世茉里 子のユニット「マスラックス」と2 人の資生堂グロー バルイノベーションセンターの研究員(図 20)の 4 人で制作したコラボレーション作品である。さらに 2015 年 10 月に開催された,株式会社資生堂(以下, 資生堂と表記する。)主催の「LINK OF LIFE さわる。 ふれる。美の大実験室 展」に出展するプロジェクト のひとつで,資生堂の研究の知見を取り入れた作品 である。 図20 資生堂グローバルイノベーションセンターの 研究員の2 人(作品の前で撮影 久世茉里子) 2 人の研究員は「触感」や「香り」を専門としてお り,「さわる」「ふれる」というテーマは資生堂にと って研究の中で大切な題材ということであった。作 品プランの相談を重ねるうちに,香りの研究の話か
ら,1 つの香りが複数の香りによって構成されている ことを知った。言い換えれば,1 つの香りを構成する 複数の香りがあり,単体でも何かの香りだと認識で きるということである。これは香りの研究では当た り前に知られているということだった。次の打合せ で,研究員がサンプルとしてバラの香りを作ってき てくれた。それは3 つの香りに分けられていて,1 つ めはドライフルーツの香り,2 つめはハチミツレモン の香り,3 つめはグリーンハーブの香りであった。1 つずつ嗅ぐと確かにそれぞれの香りがするが,同時 に嗅ぐと確かにバラの香りと感じることができた。 バラの香りはもともと複雑な香りの成分を持ってお り,その中で特徴的な3 つの香りの成分を,一般的に わかりやすい香りに調香したのだそうだ。研究員に よると,調香する際に本来バラにはない成分を足し ても,バラに特徴的な香りの成分を相対的に強く同 時に嗅ぐことで,その香りをバラだと感じてしまう ということであった。この不思議な体験は,私と久世 茉里子は未知であったが,それを受けてマスラック スから提案した作品プランでは,光と音の表現と香 りの表現がバランスの良い配分となった(図21)。 図21 作品プラン(画 久世茉里子) この作品プランではまず,3 種類の香りと 3 種類の 動物を対応させることを考えた。その動物の背中を 撫でて音を奏でると,花をイメージしたオブジェか ら香りが漂う。1 つの動物を撫でると 1 つの花から香 りが漂い,3 人で同時に動物を撫でるとバラの香りに 変化するだろうと考えた。途中で,音も香りも視認す ることができないことに気づき,このままでは動物 と香りが対応していることも,鑑賞者が香りを操っ ていることも伝わりにくい。そこで視認できる要素 として 3 色の光で花のオブジェを照らし,香りと光 の明るさを連動させる仕組みを考えた。 具体化していく初期段階では,香りを制御する方 法がわからなかった。光や音はこれまでの作品から 方法を思いつくことができたが,どうすれば香りを 操ることができるのか。仮に香りを発生させること はできたとして,逆に香りをリセットする必要があ るだろうと予想した。なぜなら何もないところに香 りを感じさせることができたとしても,既に何かの 香りがある状態で別の香りを感じさせることは難し いと考えていたからである。そこでシンプルに風を 起こすファンを回転させ香りを飛ばし,そのファン の羽を逆回転させて風と香りを吸い込む方法を考え た。結果的に香りをリセットする必要はなかったの だが,これについては後述する。 形や見せ方においては,これまでの作品にない要 素があった。それは人が座ったり寝転んだりできる, ゆったりとした空間を作ることである。これまでは 展示台の上に作品を置くか,与えられた空間に作品 を設置するかのいずれかであったが,この作品では6 畳ほどのゆったりとしたスペースそのものを作るこ とに挑戦した。その理由は展覧会に親子連れが多く 来ることが想定され,子供をこの作品で遊ばせてお けるスペースとするためである。その広さとのバラ ンスから,我々の作品だけではなく,東京おもちゃ美 術館にご協力いただき,「ひのきのたまごプール」や 同館所蔵の造形作家有馬晋平氏の作品「スギコダマ」 など木育玩具を借りて設置した。 作品制作の途中では,マスラックスのアトリエで 研究員の 2 人と一緒に木を削って磨きオイルで仕上 げていく作業を通して,木の板が徐々に形を変えツ ルツルの触り心地になっていく経験をし,我々の中 で共有する「さわる」「ふれる」感覚を具体的にして いった(図22)。また,花をイメージした木のオブ ジェには,子供たちが乗りかかっても壊れないよう な耐久性が求められたため試作を繰り返しながら (図23),有馬氏の「スギコダマ」にインスピレー ションを得て我々もスギコダマ風の木のオブジェを 制作し,そこに花の木彫をつける形とすることにな った(図24)。
図22 研究員の 2 人が制作した,杉の玉(撮影 久 世茉里子) 図23 試作中の,花のオブジェ(撮影 久世茉里子) 図 24 最終的に制作した,花の木彫(撮影 久世茉 里子) また,3 つの香りに対応する動物として,これまで のマスラックスの作品に登場した 3 種類の動物,ゾ ウとサイとウマを採用した。ゾウにはピンク色の光 とドライフルーツの香りと高い音,サイには黄色い 光とハチミツレモンの香りと中間の音,ウマには緑 の光とグリーンハーブの香りと低い音をそれぞれ対 応させた(図25)。 図25 動物と,光・音・香りの対応 作品タイトル「Language(ランゲージ)」には,「さ わる」「ふれる」ことによって言葉とは異なるコミュ ニケーションを生み出す新しい言語という意味が込 められている。木でできた動物を撫でながら音を聞 き,さらにその姿を見る人たちが会話をしはじめた り,初対面の子供同士がこの作品で遊ぶうちに友達 になったり,「LINK OF LIFE さわる。ふれる。美の 大実験室 展」の会期中には賑やかで人が絶えない場 となった(図26)。 図26 「LINK OF LIFE さわる。ふれる。美の大実験 室 展」での作品「Language」の様子(撮影 久世茉 里子) ピ ン ク 光 音 香り ド ラ イ フ ルーツ 黄 色 はち みつレ モ ン 緑 色 高 音 中 音 低 音 グリ ーン ハーブ
ここで香りについて補足しておく。前述したよう に,当初は香りをリセットする必要があると考えて いた。しかし結果的に必要はなかった。確かに予想通 り,空間全体がバラの香りになってしまったのだが, 3 種類の動物を撫でながら 3 種類の香りのそれぞれ を感じることができた。人間の嗅覚はより強い匂い があれば,それを嗅ぎわけることができるというこ とを身を以て体感することができた。このことは当 初予想しなかった効果を産んだ。それは動物を撫で ることで 3 つの香りのバランスが変わり,甘めのバ ラの香り,スッキリめのバラの香りのように,微妙な 香りの違い感じることができたことである。このこ とで,動物の撫で方によって,光の見え方,音の聞こ え方,そして香りのニュアンスも変わる作品となっ た。 これまで「心を感じさせる」という表現の対象を作 品単体で捉えることが多かったが,スペースを作り あげることも重要な表現要素だということを改めて 感じた。またそのスペースを作る上で,香りという要 素には可能性を感じた。それは,エリアを区切る視覚 的なサインなどがなくとも,まとまりのある空間を 意識させることができ,人を自然に作品に導くこと ができるからである。研究員の話によると今回の3 つ の香りには,女性らしさを引き出す効果,メラニン の生成を抑える効果,気持ちをリフレッシュさせ る効果などがあるということであった。このよう な面からも香りの要素は「心を感じさせる」表現 につながる可能性を感じた。
4.見えない世界を感じること
ここまで「心を感じさせる」ための表現の試みを解 説してきたが,振り返ると作品に人の記憶や経験を 込めてきた試みとも言える。私は何を作りたかった のか,言葉を選ばずに言えば,生命を作りたい。しか し生きた細胞を作ると言う意味ではない。そもそも 「生きていると思う」のは,感覚を通して自分とその i 2006 年〜2008 年までは筆者単独で活動。2009 年 から久世茉里子と共に「MATHRAX(マスラック ス)」として活動をはじめた。 ii 資生堂グローバルイノベーションセンターの研 究員2 人と MATHRAX とのコラボレーションによ 物体との関係性を知り,これまでの知識と経験から イメージを形成し、感じさせた結果である。ならば生 きていると思わせることができればよい,と私は考 える。例えば,視覚や聴覚の情報が少ない場面で,誰 もいないのに気配を感じた経験は誰しもあるだろう。 作品にもそのような感覚の勘違いを引き起こし,気 配を感じさせるために,私は抽象的な表現を好んで 使ってきた。その代わり,触覚や嗅覚の情報を取り入 れることで,さらなる感覚の勘違いを起こそうとし た。その勘違いこそ,目の前にある物理的な光や音の 現象とは違う,みえない世界を感じさせてくれる鍵 となるのだと考えている。私は作品を通して,みえな い世界を感じさせ,そこから私たちの感覚をもっと 自由に解放できるようにしていきたい。5.今後の作品展開
今後の作品では,さらに「心を感じさせる」表現の 試みを進め,作品自体が個人を見分けリアクション を変えるような表現を試みたい。人によって光や音 色が変わる,しかし同じ人が起こすアクションには 同じ反応をする,そのような作品を生み出したい。私 たちが個人を見分ける時には,顔のパーツや指紋な ど断片的な情報を思い浮かべるが,顔が見えなくと もしぐさや佇まいでも見分けることができる。もち ろん見分けられないこともあるが,そのような曖昧 な状況判断は日常的に存在することは事実である。 意識することはなくとも体が感じているという状況 には,明確な情報のみが存在しているわけではなく, 曖昧な情報が大量にあり,その中から必要な情報を 汲み取れることの可能性を示している。これまで単 体では不確実だったセンシング手法でも,センシン グデータのログ解析や,センサ種類や数の組み合わ せによって,曖昧な情報を多面的に捉えることがで きるはずである。必ずしも確実性だけを求める必要 の無い「作品」というアウトプットによって,その可 能性を具体化し提示していきたい。 る作品。制作:中西 裕子・松本 薫/資生堂グローバ ルイノベーションセンター,久世 祥三・坂本 茉里 子/MATHRAX。2015 年 10 月 23〜28 日まで,株式 会社資生堂主催の「LINK OF LIFE さわる。ふれ る。美の大実験室 展」に展示した。iii 英・米式表記の音階。「C・D・E・F・G・A・ B」は,それぞれイタリア式表記の「ド・レ・ミ・ ファ・ソ・ラ・シ」と対応する。 iv 坂本茉里子(2008)「合奏における奏者間の関 係性のモデルの研究とそれを利用した作品制作」, Study and artwork involving the model of relationships between players in an ensembles,情報科学芸術大学院 大学修士論文(未公刊)
参考文献
Wavetable Melody Generator,
<http://elm-chan.org/works/mxb/report.html> 2017 年 10 月 15 日ア クセス。 音名・階名表記,<https://ja.wikipedia.org/wiki/音名・ 階名表記> 2017 年 10 月 15 日アクセス。 藤枝守(2007)『増補 響の考古学:音律の世界史 からの冒険』平凡社。